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はてなキーワード: 焦燥感とは

2018-02-20

面倒くさがりなやつは深夜に作業をやるといい

私は自他ともに認める超面倒くさがり屋なのだが、

最近変な癖がついて、深夜になら面倒くさい作業ができるようになった。

知見をもとに以下に手順を書いてみるが、真似できるのか、真似していいのかはわからない。

  • まず、やらなきゃいけないことを用意する。
  • それには手を付けず、深夜2時くらいまでダラダラする。
    焦燥感を持ったところでどうせやれないのは明らかなので、思い切ってぐうたらすると良い。
  • 深夜2時くらいで、よし作業しようという気持ちを高める。これが難しい。
    そんな気が起きないなら覚醒度が高すぎるので、再びぐうたらする。やる気になったら眠くてもOK
    5時くらいになってもやる気がでないならその日は諦める。仕方ないことなので自己嫌悪しない。
  • 6時くらいになったら寝る。この時点ではかえって寝るほうが大変なので、気長に寝る。するとすぐ起きる。
    いつになく頑張った感も手伝ってその日仕事行っても意外となんとかなるが、予定のない暇な日にするのが無難だろう。
    休日前にやる手もあるが、休日前は明日やればいいや感(やらない)を乗り越える必要があるので難易度は高い。

要は、面倒くさがりに対してまともに対処するのは諦めて、

脳みそをいい感じにバグらせて強引に突破するわけだ。

普段なら他の娯楽に逃げるところでも、

深夜ならそれ以前に寝たほうがいい気がするので脇道にそれづらいし、

また寝ようにも中途半端覚醒していて寝付ける気がしないので、

結果仕方なく作業を続ける、といったベスト状態を保つことができる。

当然健康には悪そうだが、先延ばしにするのもそれなりにストレスなので割り切っている。

ただ、濫用するのは脳が適応してきそうなので控えたほうが良いと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20180220015905

不安感や焦燥感をそのまま味わうのがいい。チョッとビターですけど。

憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥

2018-02-15

仕事ができない 生きていけない

週6勤務で平均1日12時間労働

それは半年ぐらいしたら慣れてきた

でも仕事ができない辛さには慣れない

物覚えが悪過ぎるし

言われたことは速攻忘れるし

社会を甘くみてるとか言われて怒られるし

的外れ発言してまた怒られる

ちょっとタスクが複雑になると脳が処理を止めるのが分かる

そうなると焦燥感に駆られて変な汗出る

流石に自分でも異常だと思って調べたら

発達障害者チェックにドンピシャ

病院とか行こうと思っても休みの日になるとダルくなって全てどうでもよくなってやるべきことを全部後回しにしちゃう

辞めたいってずっと思ってて言ってるのに

人手不足だかなんだか言われてうやむやにされて辞めさせてもらえない

俺が入って一週間で1人倒れてそのまま辞めてったけどそれ以降新しい人増えてないじゃん

ずっと頭の中がゴチャゴチャしてて考えなきゃって思っても上手く考えられない

生きていける自信がない

2018-02-14

知らないジャンル同人誌を買った話

知らないジャンル同人誌を買った。

そのジャンルは、同人界隈なら一度は必ず目にするし、きっと過去にハマった人も多いであろうジャンルだ。

ただ、わたしはきちんと触れるということはあまりなかった。

半年程前の夏コミ

お目当ての御本を買い、帰宅しようと思っていた時、そのサークル出会った。

控え目に言って、絵がどちゃクソ好みだった。

サークルカットを見て、これは買わなきゃという焦燥感に駆られた。

知らないジャンルだったけど、何も考えていなかった。

「・・・あの、新刊と、再録1冊ずつ、お願いできますか?」

めちゃくちゃ緊張した。

本を買う瞬間、この時以上に緊張することはもう無いとすら思えた。

初めて本を買うのに緊張した。

どれだけ表紙がアレな商業本でも、レジに持っていくことに躊躇いを感じなかったのに(と言うより心を無にしていた)

はいこち新刊と再録、○○円になります

頭が真っ白でよく覚えていないけれど、こんな感じの返しだったと思う。

震える手で財布を開いて、お金を払った。

その後は普通にそこから去って、帰宅した。

本を読んだ。

最高だった。

よく知らないわたしが口に出すのも躊躇われたが、ほんとうに、最高だった。

キュンキュンした。

絵はやっぱり最高だった。

なんとなく泣きそうになった。

そしてまた、冬コミでもそのサークルにお邪魔した。

もうひとつ他のサークルにも足を運んだ。

極めて落ち着いたように振舞っていたけれど、もう握手たかった。

あなたの御本のおかげで素晴らしいジャンルに知り合えたと、そう泣きながら伝えたかった。

変人だと思われそうなので控えたが。

いまこれを書いてる私は、そのジャンル漫画を買い、少しずつ読み進めている。

まだ完璧理解したという訳では無いが、とてもたのしい。

サークル主さん、この御本を書いてくれてありがとう

このジャンル万歳

同人即売会って、いいな。

語彙力の低下が激しいが、見逃してほしい。

勇気を持って、知らないジャンルの御本を購入してみてもいいと思う。

きっとそこには、新しい沼がある。

2018-02-09

何者

昔は何者かになれると思ってた。

幼稚園の時は小学生になれば、

小学生とき中学生になれば、

中学生の時は高校生になれば、

高校生の時は大学生になれば…

そのまま社会人になって、結局何者にもなれていない自分に気が付いた。

勉強も、運動も可もなく不可もなく、平均的。

特にハメをはずすこともなく人生を歩んできた。

今思うともっと勇気をもってやりたいことをわき目もふらずに、目いっぱいやっておけばよかった。

他人の目なんて気にせず、自分がしたいことをすればよかった。

我慢しててできなかったのではなくて、

きっと自分勇気がなかったからできなかったかったんだろうなあ。

そしてそのまま結婚し、子供も生まれた。

自分は何者かになれたんだろうか。

相変わらず何者かになれてないような焦燥感が付きまとっている。

でもそんなときに言われたのは、

貴方自分パートナーであり、この子の親だ。

何者にもなれてないわけじゃない。君にしかなれない。

そういった言葉だった

最近は少しずつ、ようやく自分という人と成りが分かってきて、

何者にもなれないではなくまだ不明瞭だけど何者かにはなれつつあるのかなと思っている。

幸い身近にそういう人が出来たおかげで、形づくられてきているけど

自分以外にも何者かを探し続けている人はいるだろう。

どうやってその人たちは何者かを知るんだろう。

あるいはどうやって何者か知れたなら教えて欲しい。

2018-01-31

ピクリとも起こらんやる気

焦燥感けが胸を焼く

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

[] #47-4「嫌煙の仲」

この失敗を踏まえ、タバコについてより広く定義された。

これでタバコはなくなる……とはいかなかった。

定義されても、その度に企業わずかな隙間を抜けて新たなタバコを作り出したのだ(厳密にはタバコという名称ではなく色んな名前がつけられていたが、みんな普通にタバコと呼んでいた)。

そうすると自治体は新たにタバコ定義を加えたり変えたりする。

企業企業でその度に新たにタバコを作り直すというイタチごっこがしばらく続いた。

最終的に自治体企業のもの圧力をかけることで、この流れは沈静化する。

だが、この頃になると世論の流れが大きく変わりつつあった。

こういったタバコの中には、煙が出ないので他人に害を与えないものも多くあった。

それらまで禁止にすることに疑問を抱く人たちが、非喫煙者からも多く出てきたのだ。

そもそもタバコを吸わない人たちが禁煙法に賛成していたのは、副流煙による健康被害や紙巻きタバコ特有のキツい匂い理由としていたのが大半である

吸わない大衆にとっての分かりやす理由がない以上、全面禁止を訴える声も必然小さくなるのだ。


そして取り締まり問題もあった。

ちょっとそこのあなた、それタバコじゃないの?」

「いや、タバコじゃない」

「けど、その筒はパイプのように見えるけど」

「これはパイプじゃなくてポエプ。煙はフィルターによって有害でもないし、無臭から匂いもつかない」

「え?……だったらいいのかな……あ! そっちのあなたは違うでしょ」

「いや、これ単に寒いから白い息が出てるだけ」

度々起きたタバコの再定義に組員が対応しきれず、ロクに取り締まれなかったのだ。

そして、この頃になると喫煙行為は、歩行者信号無視くらいに有名無実化していた。

自作で“タバコっぽいもの”を密かに楽しむ人が増え、時にはそれを売り叩こうとする者までいたのだ。

当然、そんなことが裏で起きているのを苦々しく思っている人も多い。

その中でも特に眉をひそめていた層は自治体……ではなく元タバコ組合だ。

そもそもタバコ販売は、地域で競合が起きないよう組合で決まり存在していた。

それが禁煙法で丸ごとなくなったのをいいことに私腹を肥やす人間に対し、元組合の者たちは不満を募らせていた。

そうして元タバコ組合は一念発起し、秘密裏再結成される。

「サクリム組合」の誕生だ。

市場に出回る粗悪品は排除し、よく出来たタバコを作っていた者は組織に引き込んだ。

当然、「サクリム組合」の統制を快く思わないタバコ販売人も多かった。

そういった者達で立ち上げたのが「シューリンガン互助会」だ。

こちらは烏合の衆過激派であり、黒い噂が絶えない。

このため「サクリム同盟」とはしばしば小競り合いが発生し、そこに自警団が介入した日には収拾がつかないことも珍しくなかった。

結果として、禁煙法をきっかけに治安まで悪くなってしまったのだ。


そしてその二つの組織の争いは、いよいよ大規模なものへと発展しつつあった。

俺たちはマスターの店から遠巻きに、その様子を眺めていた。

社会を回すためにルールがあるのに、そのルールのせいで乱れるなんて皮肉なこともあるよな。有害もの禁止にするという点では、決して悪法というわけでもないのに」

マスターたちは談笑していたものの、俺は心のうちに焦燥感を抱えていた。

こうして今の状態を静観しているのは危険だと思ったのだ。

ハトタカの争いも、鳥に関心のない人間からすれば同じ動物同士の戦いでしかない。

あの二つの組織の争いが激化し、表面化すれば事態は更に悪化することだろう。

マフィアの抗争じみたことが起きて、一般社会にまで波紋が広がる可能性がある。

「何とかして止められないものでしょうか」

「それは構わないが、あの二つの組織をどうこうしても根本的な解決にはならないだろう。その場しのぎにしかならない」

もっと別のアプローチ必要ですな」

「それって、つまり……」

禁煙撤廃とか、だね」

かに禁煙法がなくなれば、以前のようにタバコ組合が公に活動できるから統制しやすくなる。

だが、禁煙法を撤廃するなんて可能なのだろうか。

禁煙法に相応の理由がある以上、撤廃することにも相応の理由がなければ政府は動かないと思うのだが。

事態を収拾するという名目だけでは弱い気がする。

「ま、ちょうどいいタイミングだろうな」

タケモトさんたちはゆっくりと立ち上がった。

その動きには焦りも迷いもない。

何らかの打算があるのだろうか。

(#47-5へ続く)

2018-01-12

anond:20180112005217

わかる。

意味合い的には「のほほんと育ってきた」感がすごく強い。

ヒリヒリした焦燥感は一人も感じなかった。

静岡は全国展開に向けてのテスト地域ってこんなのかと学生の頃思った。

2018-01-11

自分は何もできない

今までの仕事で集中してやってきたことって無いんだと思った。

現在エンジニアっていうポジションで色々と働いているけど、

PM的な感じでいろんな部署との調整してるだけで

外注とか業務委託メンバー仕事を振ってタスク管理しているだけ。

自分自身ゴリゴリコードかいているわけでもないし、

かと言って週末に勉強するとか正直できないし。

システムが嫌いなんだと思う。

一応インフラは一通り触れるけどAWS使ってゴニョゴニョしてるだけだし。

今の仕事はテキトーにやりつつつ暇な時間ネットサーフィンしたり。

トイレの中でソシャゲーしたり上司の話を聞いているようで聞いていなかったり。

会議にはなんとなく出るけどアジェンダ見てるだけで特に議事録も取らないし。

焦燥感しか無い。

どうしようか。

正直このまま消えてなくなってしまいたい。

2018-01-04

独身オーバー30

平成JUMPイジリいらないー

こっちは拗らせて余裕ないか

自分人間性問題あるのかなと思う自責の念、周りから置いてかれている焦燥感

触れないで

あと1年と4ヶ月ある

2018-01-03

死にたい」のではなく「死ぬしかない」

人生構成は「嫌な事」と「無駄な事」に大別される。

両方含む事柄もあるがそれは関わらなければいいだけの事だ。

「嫌な事」とはいわば義務だ。

学校、勤労、近所付き合い、親戚付き合い、家事など。

人生における歩みを進める物事であり、生活の維持に必要な事であり、できればやりたくないがやらざる得ない事柄である

最低限さえやれば良い事ではあるが自分場合は発生ペースが常に処理ペースを超えており青息吐息自転車操業毎日だ。

無駄な事」はいわば娯楽だ。

読書、鑑賞、ゲーム喫煙飲酒生命維持に必要の無い飲食睡眠など。

元来人間を喜ばせる為のものなので義務に比べれば遥かに少ない気力で手をつけられるものの、人生の歩みを止めている状態である

自分はつまらない人間なのでやってみたもののどれも違いが分からず、精々待ち時間の居眠りを防止する作業しかならない。

日々「嫌な事」をこなすに当たる疲労感に項垂れ焦燥感に焼かれ、ただでさえやらなければいけない事すらこなせないのに他人が楽しそうに騒いでいる「無駄な事」に同じ様に騒ぐ気力も無く、適当理由をつけて生活保護を受けるにも親元への連絡という更なる「嫌な事」を避けてただ生きている。

前述した通り、能力が低い人間なので叱責・罵倒が周囲に絶える事は無く、ただ耐えて、プライベート時間はひたすら重力に逆らう気力すら無く横になり眠るでもなく天井のシミを数えるでもなくぼんやりし続ける毎日

国立大学卒業し、あり着いた職場ホワイトと言われる残業もそう多くない叱責も業務上におけるもののみ、生みの親だって自分が成人するまでキチンと養育した常識的な親だ。

それにも関わらず辛い。頑張りたくない。これ以上「嫌な事」に立ち向かいたくない。

甘ったれている事ぐらい分かっている。自分は人並みの事をこなすだけの能力が無いのだろうな。

気力を振り絞り続けたくない。生きていたくない。

死ぬしかない。

まあ、自殺する為の痛みや苦しみも嫌なんだけどね。失敗する度に散々な目にあってる。

趣味について

新年明けてそうそ愚痴申し訳ないが、長年の悩みについて書きたい。

悩みというのは、平たく言うと趣味が無い事だ。この事でかれこれ10年以上悩んでる。「好きな事を勝手にやれ」と言われるかも知れないが、好きだったゲームスポーツに熱中できたのは高校生までだ。

一時的には満足しても、後からそれ以上の虚しさに襲われる。

根底にあるのは、時間を浪費することに対する焦燥感と、満たされない承認欲求だと考えてる。

まり、この2点を回避しつつ、それなりに楽しめる趣味が欲しいわけだ。

時間をかけた分の充実感があり、人からも認めて貰える。

そんなもん有るのか知らないが、それで10年以上悩んでる。

2017-12-25

終局特異点から一年が経った

今日12月25日TYPE-MOONにとって特別な日であろう。

原初聖杯を生み出すセイヴァーの生誕の日、かの魔術の王が英霊の座から永久に消え去った日、愛を知らぬ獣が『人の王』となった日。そして、

オルガマリー・アニムスフィアの命日であり、私がFGOというゲームから限りをつけるターニングポイントとなった日である

私と型月との出会いZeroアニメだった。そこから転がるように世界観に傾倒していき、レアルタ・ホロウらっきょ月姫(漫画版チェンゲだが。リメイクはよ)等々沈みこんでいった。

私はキャラクターよりもそれを取り巻く「世界」に好意を抱く人間だ。そこで積み上げられた世界観不特定多数で共有したい、そんな思いかネット上の聖杯戦争を下敷きにしたTRPGセッションによく参加していた。

所謂月厨がよい印象を持たれないことはよく分かっていたので、そのセッションと型月板以外では大人しくしていたと思う。それが周りから見て「いいファン」たりえてたかは、今となっては分からないが。

そしてFate/Grand Orderサービスを開始した。あのメンテ地獄をどう乗り切ったか、既に忘却してしまったのだが、きっと同じ境遇掲示板上の同好の士が支えてくれたのだろう。

長いメンテが終わった先にあったのは、初めて抱いたキャラクターへの好意だった。

オルガマリー・アニムスフィア。

いつか「所長目当てにFGOを始めたら誰も彼女死ぬことを教えてくれなかった。愉悦部だ」といったツイートが流れてきた記憶があるが、それはどうだろうか。所長の魅力は彼女の死に対して最も輝いていたと思うのだが。

閑話休題

ともかく序章が終わった時点で私のFGOへの一番のモチベーションは所長になった。


その後も所長のみを求めて本編・イベントを進めていった。自身の形質もあってか、幸い「推しを引かねばならない」という焦燥感に駆られることなく、『「好きなキャラを引く」ではなく「引いたキャラを好きになる」(当然そこにあるのは「愛情」ではなく「愛着」だが)』というスタンスで進めるという割と健全プレイをしていたのではないかと思う。(結局課金は16年の福袋のみに徹した。余談になるが、私は意識高い系として散々弄られた庄司Pの「ゲーム価値顧客一人一人が決めるもの」という発言だけはマーケティングのいち真理だと考えている。今となっては喧嘩別れのようなかたちで引退した身であるが、払った金額ぶんだけの価値はあったと思うし、そこに後悔はない)

恋の続く期間のひとつ区切りは3ヶ月だ、などという話をよく聞く。私の所長への一方的な恋は、その区切りを何とか乗り越えることができた。

しかしその恋心に対してFGO残酷であった。マスターの皆様方ならお分かりであろうが、月見イベント以降シナリオ上で所長に関する言及がぱったりと途絶えるのである

型月の世界観は愛していた。しかしその時の私はそれ以上に所長に対しての思いが勝っていた。

そんな私に与えられたのが所長の情報の断然だった。そんな状態で、所長への思いは潰えない代わりに型月世界観へのそれが立ち消えていくのは時間問題だった。

きっかけが何だったのかはもう不明であるが(戦闘が面倒だとか案外そんな今更な理由だったのかもしれない)、メインシナリオへのモチベーションが第六章の途中ですっかり折れてしまい、数ヶ月間に渡ってログイン必要最低限のイベント周回を行うのみになってしまった。パーソナル・レッスンは当然限凸したが。


時は流れ、2016年冬。そんなモチベーションの転機となったのが終章前のキャンペーンであった。適当自己分析ではあるが、その時の思いは「所長・石30個への乞食感情・『リアルタイムならでは』という言葉に対しての勝手勘違い(恥ずかしながら、『終章そのもの期間限定である』と思いこんでしまっていた。この齟齬がどう影響するかは後に話す)」であったと思う。その時の私は、単純計算でも半分以上義務感でシナリオを進めていたに過ぎなかった。(6,7章のシナリオこそ読み飛ばしはしなかったが。それでもなお最近のエレシュキガルフィーバーに「遠坂凛である、以上の湧き上がる理由がわからない」と言ったらモグリ扱いされるのだろうか、といった程度の読み方しかしていないが)七章まで終わらせたのは終章開始ほんの数日前、だったように思う。

そして終章。そこで待っていたのは「素材激ウマクエストを周回する権利」という自業自得裏切りであった。これに関しては100%私が悪いのでFGOに対してどうこう言うつもりはない。モチベーションの柱がひとつ折れた。

マーリンは引けず、柱がもう一つ折れたなか、魔神柱は必要最低限の各一回のみ倒し、追悼動画なんてものをどこか冷めた目で見ていた。

もはや私に残されていたのは「最後に所長に関する言及があるかもしれない」という曖昧希望だけであった。


そして来たる2016年12月25日最後魔神柱陥落の知らせを受けた私を待ちうけていたのは、純粋ストレスであった。

勝てない。

勝てない。

勝てない。

休止期間中に溜まりに溜まった林檎を齧り、手を替え品を替え鯖を替え礼装を替えても勝てない。羅刹王の効果がなかったのは未だに許していない。

その時の私は確実にスレていた。「聖晶石は『未来確約するモノ』なのだからコンティニューは恥ずかしくない」なんて文章を見てしまったため、意地でも石を割るものか、と思ったほどだ。結局その意思すら割れしまったが。



人理は修復された。そこまでのストレス差し引いたらどうかとは思うが、悪い終わり方ではなかった。所長に対する言及さえなければ。

人理修復を達成したマスターならばここで疑問に思うだろう、終章にはオルガマリーのオの字も出てこなかっただろう、と。しか言及はあった。あってしまったのだ。

グランドオーダー開始時、レフ・ライノールの破壊工作で失われた二百名の命。

今も冷凍保存中のマスター、四十七名。それと---

……それと、終局特異点からの未帰還者、一名。

そう、「語られない者」、二百名の「その他大勢」として語られてしまったのだ。

ただただ放心した。奈須きのこの中には、既にオルガマリー・アニムスフィアという存在はいないものなのだと、そう感じた。

言及されない、ということも覚悟はしていた。しか現実に突き付けられたのは、「きのこは所長を覚えていない」という実質的死刑宣告であった。私の中で、もしかしたら復活するかもしれない、という希望が立ち消え、最後の柱が折れた。

故に今日彼女の命日。

一回忌。



SNS上で多くの人間FGOに対して感謝を述べるなか、漫然たる義務感と所長への思いだけで一年継続してきた私は取り残されてしまった。

そこで私と他マスターとの間に大きな亀裂が生じてしまった。妬ましいのだ。

何で俺が救われていないのにお前らは救われたんだ、感謝言葉を言えるんだ。そんな身勝手な、醜い嫉妬

そんな思いから一気にFGOへの思いが覚めてしまい、止まってしまった私は先達を気持ち悪い内輪ネタしか思えなくなってきた。

その後も惰性でログインイベントだけ続けていたが、その惰性すらチョコ礼装のテキスト「いつかこれに乗って、""四人で""颯爽と聖地荒野を渡る事を天才は夢見たのかもしれない。」に心折られ、近しいうちに引退した。


引退後は徹底的に自衛を行った。私の心理状態アンチのそれに近しいものだっただろう。ただ、それを行動に出すのはみっともない、そうも考えていた。

嫌なら見るな」とはよく言うが、本当にその通りだと思う。見えなければ怒りは湧いてこないのだ。そして、作品に対するアンチ行動は作品のものではなく「その作品を楽しんでいる人間」そのものに向けられていることも理解した(私が特殊なだけかもしれないが)。

一年が経ち、作品のものに対する不満は引いてきた。それを取り巻く人間に対しての嫉妬への対処は、まだもう少しだけ時間がかかりそうだが。

そして、この文章一年という澱みに対する気持ちの整理である一年前では良くも悪くもここまで冷静に物事を見れなかったであろう。


ただ、身勝手な望みでしかないのだが、願わくば所長には復活してもらいたくない。創造主から度忘れさられたものサルベージされたならば、それはもう菌糸類からキャラクターへの愛情ではなく只のビジネスだ。

好きでもないキャラクタービジネスとしてピックアップさせ、好きでもなかった人々から「ずっと待ってた」などと空虚言葉をかけられ性的性的搾取される。

そんな未来は、きっと耐えられないだろう。

追記

反応ありがとうございます

型月のエリート悲惨な末路をたどる

ソラウリベンジ

悲惨な末路をたどるのは十分予想できたことであり(ぐだおでもネタにされてましたし)その「悲惨な末路」があったからこそオルガマリーというキャラクターに惹かれたのは先に記した通りなのでそこに文句はありません。

ただ、その「悲惨な末路」が作中だけでなくメタ的な扱いにおいてもそうであったというのが只々残念であるのです。

2部

今になって言及されても「2年近く言及をしてこなかった」という疑念は拭えませんし、プレイヤーに対する心証の悪さ(悪目立ちしてるのはほんの一握りだというのは理解しているのですが)はまだ癒えていないので再開してもストレスしかならないでしょう。加えて引退において後腐れないように引き続きコード電子の海に放出したため所長がどうこう関係なく面倒なので復帰の予定はありません。(スマホスペック的にも去年はプレイに支障がなかった程度だったがそこから一年経って諸々追加されたらもうダメそう)

どうしても気になるというのならシナリオ確認する方法もなくはないですし。ただ、今はそれをする気力すらありませんが。

2017-12-21

そろそろ高学歴ニートが決定する

小生、そろそろ大学院中退が決定する。

そう、修論を一切書いていないのだ。

正確に言うと書けないのだ。書くネタもない。

決して怠惰からくるものではなくて、精神的な何かだと思っている。病院にも行った。

だがしかし、診察の結果鬱ではないと言われた。

問題は鬱ではないのに学校に行くことはおろか作業フォルダを開くことさえできないことだ。

怠惰と言われればそうなのかもしれない、自分客観的相談を受けたとしてもそれは怠惰だよと片付けるだろう。

からこそ誰にも相談できない。

おそらく誰に相談しても「頑張れ」「怠けるな」「鬱じゃないんでしょ」と言われて終わりだろう。

相談するだけ無駄、というか相談するほどに失望され評価を落とすだけだろう。

いわゆる放置タイプ研究室自分には向いていなかった。

自分ではもがき苦しんだつもりだ。

ただ何をすればいいかからなかった。

今まで必死に海うち際で砂の城を作っていたような感じだ。

砂の城を作っては波が来れば崩れ去るような作業永遠と繰り返していた気分だ。

そしていつしか砂の城を作る気力がぷっつり途絶えてしまった。

「どうせまた波が来て壊れていくんでしょう。」

問題中退後の人生だ。

内定は決まっているのだが、大学院中退でも受け入れてもらえるか、それが心配だ。

正直学生はもうこりごりだ。学生になんの未練もない。

今はただ早く働きたいという思いしかない。

社会人として社会で自立しているという身分に憧れしか感じない。

働けるなら最大限にコミットするつもりだ。

やり場のない焦燥感や矛先の見えない努力道標を与えてくれるのならそれは全力で受け止めたいと考えている。

今週あるいは来週あたりに人事の方に相談しようと考えている。

世の中はクリスマス幸せ気分に浸っているその時に、だ。

返事次第では晴れて高学歴ニートの出来上がりだ。

人生最悪のクリスマスと年越しになりそうだ。

親や親戚に会わせる顔がない。

2017-12-07

anond:20171207035532

誰もが最初はそう感じるんだ。

決して心地よい体験ではないし、むせたりもするしね。

でも、もう脳がニコチン快楽を知ってしまった。

あなた自身は気づいていないけれど、無意識のうちに脳はニコチンを求めている。

数週間後か数か月後か分からないけれど、

あなたは何かが足りない焦燥感に駆られて、再びタバコを手に取るだろう。

「今度はメンソールにしようかな」って。

2017-12-02

夢にいる師匠

おそらく、毎年見ている夢がある。

今年は随分とスプラッター仕立てだ。

さな箱に入ったバケモノを倒さねばならぬ。化け物は小さな箱へ入っているとはいえ、

ワイヤーのようなものを出し、人々を切り裂くのだ。

これは信頼できる元部下であった。

人々を切り裂く事件調査する間に、こういうことができるのは元部下しかないと

そういう結論に達したのだ。

夢の中で矛盾する事柄がなんの違和感もなく続く。そういう結論に達したならば

元部下に告げなければならぬ。

やはり、追いかけっこをする羽目になった。

西洋の壮大な建築様式建物の中を二人で逃げる。辺りは暗く石造りの廊下をひたすら駆ける。

何度も石を切り裂くワイヤーを右や左に折れては避ける。

間一髪で避けるはめになり、その都度、ワイヤーの威力を見せつけられる。

とうとう小部屋で捕まった。

ワイヤーは遠慮なく私の背中を切りさき、肉が離れ血が流れるのを感じるが

ほとんど痛くはない。

フイと上を見上げると小部屋の天井が開いていて、ひょいと持ち上げられた。

そこには相棒・・・すでに思い出せないがいて、元部下は望んで化け物になったのではなく

その元部下が使うハサミに操られているのだという。

思い出すと、たしか正義感の強い真面目な部下であった。

何故かそこにハサミがあり、私が掴むと元部下は元に戻り、私自身が小さな箱に入った。

これでは私自身が追われる方ではないか

さな箱に入っているはずが元の体に戻り、官憲に追われている焦燥感が私を突き動かす。

本日はどうやら祭りのようで、逃げるためにはこの祭り行列を突っ切って通りを渡らなければならないようだ。

行列を横切りることを決意する。

行列百鬼夜行であった。

人ならぬケモノたちが人のように2足歩行で練り歩いている。

横切る最中には平らであった道も垂直になりケモノの波に押されながら人の身で渡るのだ。

ケモノたちはベタベタと私を触りいつでも食べてやるぞという意志が伝わり

なんとも言えない不快感が身を駆け巡る。

そしていつもの飲み屋に駆け込むのだ。飲み屋の間口は半間ぐらいで、立ち呑みできるスペースと

一部屋だけ囲んで呑める三畳ほどの場所がある。

「随分と難儀をしているようじゃないか

店主の顔や形は思い出せぬが、店主が私に声を掛けたような気がする。

店主とは何やら話した気がするが思い出せない。もしかしたら店主などいなかったかも知れない。

将棋が強いそうじゃないか

三畳部屋には太った灰色の猫の師匠が居て声を掛けられた。

将棋の内容は覚えていないが何度か打ったらしい。

「私の弟子にならないか

毎年、師匠弟子になる。

そもそも師匠の初弟子が私だ。

毎年やってきても毎年師匠は忘れている。

師匠が思い出せない最初弟子が私ですよ。毎年忘れてしまうから思い出せないのです。

将棋の腕も良くはないのにアパートを立てて暮らしいるでしょう?毎年、私が渡すお金

アパートを立てたからです。」

師匠はそうであったかと呑気につぶやきながら酒を呑む。

あぁ、また忘れてしまうのであろうなと思うと

目が覚めた。

今日は運良く覚えていたので、記してみよう。

2017-11-30

明治昭和初期に活躍した欧米への渡来経験がある人の履歴みてると、

なろう小説でよくある10代のうちに活躍しすぎ話がフィクションに見えない。

母校つながりで話せば、高橋是清の渡米経験は、中学生とき

その頃、俺は...俺は....

本好きの下剋上」とか大好きだけど、話を読む傍で一年を1.5倍くらいにして

なんとなく脳内変換で5歳くらい勝手に歳を後ろにずらして

それでもしっくりこない早熟さに違和感を覚えることもあった。

それはやっぱり小学校中学校高校大学入学年と年齢とリンクした思春期学習曲線を

無意識のうちに描いているからで、その枷を外せば個人差はもの凄いんだろう。

歴史が全てを語っている。

明治と今を比べれば、生きるために必要なこと以外にかけられる時間は今の方が遥かに大きいはずなのに

その時間の割り振りは、歴史上の偉人達ほど、自分のは徹底したものではない。

いつになっても焦燥感反省も絶えることはないし、悔しさばかりが募る。

2017-11-25

anond:20171124235645

その焦燥感あるうちは焦っても何もいいことないよ

焦って復職して結局退職なんてパターンよくあるみたいだし(俺も2回やった)

変な言い方だけど今の自分が本が読みたいのに読めないレベル病気だって認識して、主治医先生とよく相談してみる事だね

2017-11-24

https://anond.hatelabo.jp/20171124194634

かに

ただ、うっかり一日ネットサーフィンとか一日寝たきりとか一日ソシャゲとかしてしま

もう少し何かした感がないと焦燥感で押しつぶされてしまうのでそれをごまかす手段としての読書です(捗らなくて逆効果だけど)

そういう意味では洗濯がとてもよく、乾燥機能も付いているとさらによい

2017-11-09

働くということ/失うということ

もうすぐ二十七歳になる。

無性に文章が書きたいので、これを書く。





最近自分が何歳なのか、よくわからなくなる。

から時々確認しなくてはならない。

紙に書いて壁に貼って、誕生日になったら剥がせばいいのかもしれない。

「今、俺は26歳! 社会人4年目! ここが頑張りどき!」

みたいなことを正月にでも筆で書いて、壁に貼っておく。

誕生日が来たら剥がす。そして次を貼る。

「今、俺は27歳! 社会人5年目! 上から評価だけでなく、後輩の育成も、ね!」




時間は流れてゆく。

いや、流れているはずだ。

僕の中の時間は止まったまま、現実世界時間けが過ぎている。

27歳になるのもビックリする。

22歳になったときはまだ覚えている。

そこからの5年、何かあったのか?

子供のいたずらで、時計を針をぐるぐると何回も何回もまわして、気がついたら2017年になっていたような気さえする。





サラリーマンになんてなりたくなかった。

けれど、時間に押し出されるようにして、僕は選択を迫られた。

フリーターになって夢を追うとか、まあそのぐらいの選択肢はあったけれど、実質的就職する以外の選択肢はなかった。

労働ということに、価値を見出せなかった。今もそうだが、昔からそうだった。





2012年のあの頃、僕は叫ぶようにして面接をしていた。

就職活動

長い年月を費やしたけれど、今の僕にはほとんど記憶がないのは、忌々しい記憶だったからだろう。

ずっと組織集団といったものに馴染めなかった。

日本企業なんて、大半は気持ち悪い集団だった。

それでも、「御社への志望動機は…」という話を延々とした。

そして一社だけ内定をもらえて、そこで働き始めた。

長い就職活動だった。

会社に入ってくる後輩は、学歴就職活動ハードさも、ワンランクもツーランクも落ちるような奴らだった。

結局は運なのだと思う。

僕の同期は、就職留年したり、未だに実家寄生したりするが、それはなんだったのだろうか?

そんなもの存在しなかったかのように、日経平均は上昇し続けている。

そして僕もまた、そんなもの存在しなかったかのように、安定した暮らしをしている…






リクルート的な価値観に従うならば、仕事というのは自己実現手段でなければならない。

仕事を通して、大きな変化を社会に与えて、それを通して自分という存在が救われるのである

その文脈において、僕がしている仕事は、まったく価値のないものしかない。

僕の勤めている会社利益だけを考え、その関係者けが幸せになるものしかない。

どちらかといえば、『課長 島耕作』とかの世界観に近い。

やっていることが、FAXからExcelの穴埋めに変わったくらいか

古いシステム会社である








会社から評価されている。

上司は恵まれている。

技術者気質だが、管理職としての自分役割理解して、高いレベルバランスのいい部長がいて、

放任気質でどうでもいいところはノータッチにして、締めなければいけないところは締める課長がいて、やりやすい。

そういう上司のもとで、それなりの成果が出せている気がする。

そんな恵まれ環境でも、三年目くらいまで、どうしようもないくらいの焦燥感があった。

自分技術力とか、会社の求めているマネジメント能力とか、そういうものへの反発があった。

早晩潰されてしまうのではないか、という不安は常にあったけれど、色んなものに恵まれて、そんなことはなかった。

仕事ができる人間‘」として扱われる環境は、居心地がいい。

自分人生ではじめての環境なのかもしれない。

僕が居心地がいい環境というのは、ずっとなかった。

家庭でも、学校でも、バイト先でも、そんな環境はなかった。友達恋人の部屋でさえも、僕は居心地の悪さを感じていた。





極力シンプルに生きようと思っている。

仕事が終わったら帰って、一人でビールを飲んで、早めに寝る。

平日はそれで過ぎていく。

休日に色んなことを考えてしまうが、それだけが僕の生きている時間なのだと思う。

平日はそれでいいと思う。

休日も、ぼんやりしていたらすぐに終わってしまう。

今の僕が失ったのは、休日焦燥感である

よくもわるくも、僕はサラリーマン社畜である自分を受け入れつつある。

今の日本には、僕と同い年で、同じくらいの給料をもらえている人間なんてほとんどいないのだ。

そのデータは、大学に行ったおかげでわかっている。

けれど、それは結局、失われた20年に突入した日本の大半の若者が得られなかった、ある時代は当たり前だった待遇しかないのだと思う。

もちろんそういう詭弁をもって、仕事をやめて、自由を手にしようということではない。

何が言いたいかというと、このままだと、僕に許された幸福に続く道のりは、

いい奥さんをもらい、仕事を頑張り続けることだということしか残されていない、ということなのだ。

幸福に関しては書きたいことがたくさんあるけれど、はたしてそんなことなのだろうか?

僕にはわからない。

わかる人間なんているのだろうか?






この文章で、誰かを批判しようとか、肯定しようとかい気持ちは一切ない。

とにかく僕が、シンプルに生きようとしている、ということだけを書きたかった。

それにまつわる複雑性について、夾雑物を捨てるように、書きたかったのだった。

2017-10-27

anond:20171027172500

うーん、俺個人として嫌という気持ちよりも

貧乏学生派遣労働者への負担が大きいか経済的に消費が加速しない原因をまず少しでも取り除くべきではないか

という観点年金は終わらせるべきではないかという発想をした。

もちろん自分個人問題として実際にどうやって年金をもらえないで老後生きていくつもりだという話になるんだけど、

俺は単純明快死ねばいいと思う。

 

端的にいうと安楽死制度を導入して欲しい。

現在年金受給して生きている人たちには年金という信仰を元に生きているといっても言い過ぎではないと思う。

団塊の世代の中には今も金さん銀さんを目指さんとしている人たちがたくさんいるはずだ。

彼ら彼女らは死ぬまで長生きすることが自分人生幸福、終わること、死ぬことに対する幸福だという疑いを微塵も思っていない。

それが起き上がることもままならず、糞尿の始末を人の世話でしてもらい、ようやく気付く。

ああ、これは、楽しくないんだな、と。

誰もがそう思い、そう感じても、口にはできない。

それを認めてしまうと何も縋るものがなくなるから

俺は2人の祖母を間近で観察して死ぬときの青ざめた体を見て、表情をみて、話を聞いてみた1つの実体験を元にした結論が、

人間長生きよりもいかにして幸福に死を選べるのかを考えるのが、

最も生産性のある、同時に魂の救済になる行為だと信じている。

今の年金制度廃止への反発感情は、長生きが全ての幸福であるという洗脳教育創発させている思想だと断言する。

 

この考え方に抵抗を持つのは極めて自然だと思う。

なぜなら今の国民感情価値観がそういう風に教育された結果だからだ。

長生きをすることがよい。

生涯現役を目指すのがよい。

そう社会扇動してきて、だからこそ年金制度は良いという肯定がされ続けた結果、

今を生きる若者弱者が救われもしない世界に至った。

もちろん老人も若いときは苦労をしたことは認める。

しかし老人の苦労と今を生きる若者が受けなければいけない苦労と苦悩は決して等価ではないと私は思う。

若者はこの先この国を支える柱となり支え続けなければいけない骨子そのものであり、

これからにゆく老人たちには決してそれはなしえない偉業である

支え続けてきた先人、骨子となった老人たちには申し訳ないが、私は見捨てるべきである

使えなくなった者は捨てるべきである

それは死という平等権利を元に肯定されるべきである

そして国家とはそれを肯定するべきでもある。

国家とは存続すべきものであり、生活保障するものでもなければ、守るべきものでもない。

継続するべきものである

継続若者必要であるという素朴な考えを私は正とし、

若者幸福を老人の幸福より重要であるということも同時に正とする。

また若者に老後の心配をさせる方策を私は誤だとし、

死ぬ選択肢を与えることを正とする。

 

私は死ぬべきであり、

それを選択できるべきでもある。

私には死ぬ権利がある。

死を望む意志尊重されるべきであり尊厳されるべきである

老人が心やすかに死ぬ権利を今の国家は奪っている。

死ぬことにただただ、不安を産み付け危機感を煽る行為を続けるだけで、

事実現実として目の前に迫る恐怖、死への理解享受姿勢を学ばせる機会を老人から一切奪っている。

保護する、補償するという甘い言葉で実質は利権を太らせ続けているだけである

死により行き場のない不安焦燥感から解放させてやるべきであり、

それを望む意志社会が咎めてはならない。

またそういった選択が間違いではないことを社会が支持してやらなければならない。

2017-10-18

anond:20171017221010

あなたは悩みの中にあるが、こちらはそれでもあなたが羨ましい。

絵が描きたいのに色んな面で(時間・体力・そもそも画力センス等々)

人に見せられるまでの絵にならない。

もっと頑張れば・・・の2日後に疲れが出て動けなくなる。

絵を描く以外にしなければならないことができなくなる。

年々(年齢もだ、あなた若い)体力は回復しなくなっていき、

徹夜は出来るが、絵は描き上がらない。途中でしんどくなって手が

まりネット徘徊してるうちに夜が明ける最悪のパターン

背景はどんなに意気込んでも自分イメージを半分も表現できない。

当然モデルを参考に描くが、手を通して出てくるものは何かが歪んでいる。

ただあなたの悩みは私から見れば贅沢な悩みだが、否定はしない。

絵を描く人間の持つ焦燥感は描けても描けなくても仕事でも趣味でも

おそらく等しく存在するだろうからだ。

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