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はてなキーワード: 焦燥感とは

2020-08-14

メンタル不安定になりとにかく歩きまくった

休みの間なにもする気がおきない状態になってしまった。

普段は楽しめていたはずの動画鑑賞、NetflixTwitterゲームなどもすぐに頭がぼんやりしてきて集中が続かない。

人と通話などする機会があるとその時だけは元気で楽しくなれるが、通話を切った後にドーンと虚しい気持ちに襲われる。

なんかやばいかなと思って、でも会える人もいないしとりあえずめっちゃ歩いてみることにした。

熱中症だけは気をつけねばと思い帽子や水は用意して家を出発する。

06:30くらいに家を出た。既に太陽はまぶしくて目につくものがやけにくっきりして見える。

歩きながらいろんなものが見えた。

古い団地のベランダに見える室外機は早朝からうなりをあげていた。

60代くらいだろうか、日焼けしたグラサンおじさんが黙々と走ってる姿は素敵だけど同時に少し切ない気持ちになった。

そんなんでゴールはできないぞと叱られてしょんぼりする少年目線は白い花に向けられていた。

ずいぶん平べったくなった信号機はなんだか威圧感がなくて、もっとごつくていいのではと思った。

乱反射するペットボトル、謎の生き物の鳴き声、遠くで聞こえるなにかの番号を読み上げる声。

様々な現象が周りに溢れかえってるように感じた。俺はなにかキメているんだろうか?妙に明確で華やかだ。

一番良かったのは凸凹の砂利道を歩いた時だった。

舗装された道と違って、歩くことそのものに気を配る必要がある。

それまで歩きながら周囲のいろんなものに気を取られていたのが、足元にフォーカスが移る。

なんとも心地よかった。足の裏で形を感じるのっていいなと思った。

うまく表現できなくてもどかしいのだがコケかけて咄嗟に足が出た時のようなハッとする感覚、あれの小さいのが1歩ずつにあった。

足つぼ的な効果もあったかもしれない。とにかく気分が晴れた。

家に帰ってからも穏やかな気分でいられている。

いつもある焦燥感が薄れているのがわかる。

なにが良かったのかよくわからないが(単に運動するだけではなかなかこうなってくれないので)

もう少し効果を確かめるために条件を変えてまた歩いてみようと思う。

学生時代の友人がよく「時々自然の中にいかないと気が狂いそうになる」と言っていたのを思い出した。

まあそんなもんなのかもしれない。

2020-08-12

[] #87-5「保育園ドラキュラ

≪ 前

ちょっと待って」

事務室前に着くと、ミミセンはポケットから手鏡を取り出した。

それを使って、中の様子を間接的に覗き込むようだ。

「何でそんなもの持ってるんだ」

吸血鬼は鏡に映らないから、人間かどうか見分けるために持ってきたんだ。けれど、こんな形で役立つとはね」

そう言ってミミセンは自嘲気味に笑ったが、おかげで部屋の様子は分かった。

現在、中には年長の男性が一人、室内で最も奥にあるであろう場所で座っているらしい。

特徴的な髭を貯えていたから、たぶん俺の知っている園長と同一人物だろう。

しかし肝心の鍵が、どこにあるか見えない。

「ひょっとして、事務室にはないのかも……」

「いや、俺の記憶が正しければ鍵棚があったはず。ここからだと死角になってて見えないんだと思う」

うろ覚えだが、自分記憶を信じるしかない。

となると、後は園長の気をどう逸らすかだ。

「頼む、タオナケ」

「私、待ちわびてたんだけど、ここでやっと出番ってわけね」

タオナケは着けていたゴーグルを、おでこにまでたくし上げた。

そして園長の近くにあった表彰状へ向けて、鋭い視線を突き刺す。

そのまま凝視し続けること、5秒、6秒、7秒……

「……まだか?」

「私、急いでいるけど、あんたらが急かしても早くはならないわ」

タオナケは特定物体破壊することが出来る超能力を持っている。

けれど色々と制約が多く、しか成功率は5回に1回といったところ。

その上、この日は本調子じゃないようで、いつも以上に手間取っていた。

タオナケの焦燥感こちらにも伝わってくる。

「ああ、もう!」

だが、その感情の揺らぎが超能力作用したようだ。

タオナケが苛立ちの声を上げると同時に、周りの空間が一瞬だけ歪んだ。

超能力が発動した合図である

「わっ、なんだあ?」

突如、額縁の支えが音を立てて壊れ、表彰状がバタンと落ちた。

園長困惑しながら、おずおずと落ちた表彰状へ近づいていく。

「背を向けたぞ、今だ」

俺はゆっくりと扉を開くと、事務室の中へ入り込む。

近くにいる園長プレッシャーを感じながら、鍵棚があるであろう場所へ直進する。

記憶どおり、鍵棚はそこにあった。

自分記憶力を誉めてやりたいところだが、今はそんな暇はない。

俺はすぐさま物置部屋の鍵を拝借し、そそくさと事務室から出て行った。


とんだ回り道もしたが、俺たちはやっと物置部屋までたどり着いた。

「ここがマスダの言っていた、吸血鬼がいるとかいう……」

「私、まだ信じてないけど、確かに威圧感あるわね」

入り口の扉は何の変哲もなく、表札には「物置」と素っ気なく書かれているだけ。

だけど、そんな無機質な風貌が、むしろ俺たちを萎縮させた。

湧き上がる恐怖を振り払うかのように、俺は思い切って錠に鍵を差し込む。

そして勢いよく捻ると、扉はガチャリと開錠を告げる。

「……開いてしまった」

その言葉が口から漏れ出るのを、俺はギリギリ間一髪すんでの所で止めた。

まったく、ここまで来ておいて、何を弱気になっているんだ。

心の中で自分のケツを引っ叩きながら、俺はドアノブに手をかけた。

次 ≫

2020-08-11

!!!好きだ!!

・朝起きて感じる、驚異的な布団の気持ちよさ

・室内なのに吐く息が白くなったときの愉快さ

・均一に白いのでかえって潔い空

・晴れるときメチャクチャ晴れる!

 ・そうするとすげー寒いんだよな

・外出て息吐いていよいよ白いのを見ると嬉しくなる

・鼻から息吸うと独特の感覚があるけどあれは匂いなのか冷たさなのかよくわからない

霜柱を踏み砕いたりつまみ上げたりするときの高揚感

・凍った水たまりの上に乗ったときのきしむ感じ

・雨に降られたときガチで勘弁してくれ、寒すぎるという感覚

 ・そうして家に帰ったとき安心感

・クソ寒い野外から建物に入ったときホーム

・日が落ちるのがいよいよ早くなって、6時台なのに真っ暗なときの謎の焦燥感

・初のあられが降り始めたときの興奮!

 ・雪が多い年のうんざり感…

水道水の冷たさ

・全体的に漂う妙な静けさ

 ・同じ場所で同じくらい無音でも冬の方が静かに感じる

エアコンをつけずに生活しているときの生きている感覚

 ・暖は身体ひとつで取れるが、涼は無理

日差しの弱さ

 ・3〜4時の昼下がりくらいに日向歩いても全然熱感じられないの本当に好き

・夜の雰囲気

 ・冬の夜にはマジで匂いがある

  ・夏の朝にもあるが…

精神活動を阻害しない過酷

 ・夏は心も身体もやられるが冬は身体だけ動かなくなる感じがする

2020-08-10

パトレイバーとか攻殻機動隊を見返していて思った

あの時代は発展していく日本世界IT技術から繰り出される未知のサイバー犯罪サイバーテロリスト警察対応できなくなってやられっぱなしになるのではないかってハラハラ感や焦燥感あったけど

まさかあれから2~30年後に「日本世界第二位IT大国の座から転がり落ちてもいいからガッチガチ法規制で切り崩して無理矢理技術が発展しないように警察や国が阻害した」なんて未来誰が想像できただろうか

でもよく考えたらIT軍事技術から日本政府の選択としてはありうる話だったんだよな

今じゃ秋葉原なんか風俗街、渋谷バカの街だ

おっさんの皮

増田は29歳の独身女性営業マンであった。出世街道まっしぐらと言うには今ひとつパッとせず、営業成績もいつだって番手まり

5年付き合った彼氏とは、なかなか結婚まで至らない。

焦燥感ばかり募り、空回りを繰り返す。そんな時期に直面していた。

デートドタキャンされたある週末、昼間から1人缶チューハイを開け、増田はてな匿名ダイアリー巡回した。下ネタ政治、男女論、いつも通りのくだらないエントリが並んでいる。この間の釣りエントリはまだホッテントリに登っていない。ああつまらないな。そんなことを考える増田の目にある文字列が飛び込んだ。

おっさんの皮」

真っ白なバナーに地味なフォントでポツンとそう書かれた広告は、いつもみる洋服セールソシャゲ広告とは違っていた。

気になった増田広告クリックした。古臭いhtml形式ホームページには、スーツ姿の3人のおじさんの写真が並んでいた。下には2万円、と価格らしきものが書かれている。

4、50代だろうか?3人とも違った顔立ちをしているが、どれも似たような印象のおじさんだ。冴えない、少し脂っぽい、髪の薄くなりかけた、どこにでもいそうな普通のおじさん。

一番左のおじさんは、高校の頃の数学教師に少し似ていた。似たり寄ったりのおじさんの中からわずかな親しみを感じられる1人を見つけた増田は、青い字で表示された2万円、をクリックした。

おっさんの皮。48歳、73kg、173cm。老眼あり。眼鏡付属。」さっきと同じおじさんの写真の隣には、短くそう記されていた。後は、「戻る」「カートに入れる」があるのみだった。

不思議サイト好奇心かられた増田は、ほかのおじさんのページも覗いた。身長体重は異なるものの、説明文は似たりよったりだ。

初めのおじさんのページに戻って、写真をまじまじと眺める。平凡でつまらないおじさんだ。良く見ると色々な人に似て見える。取引先の川上さんにも、政治家の武川にも。親戚にこんな人がいたような気にもなる。増田は、カートアイコンカーソルを重ねて考える。

2万円、それはちょうど今日増田彼氏誕生日を祝うために予約していたコース料理の値段と同じだった。記念日ドタキャンなんて、もう別れどきということだろうか。心の底で澱が渦巻く。

酔っていたせいか、それともドタキャンされた腹いせか、増田は「おっさんの皮」をカートに入れ、レジに進んだ。Amaz○n IDでの決済が可能らしい。どういうことなのだろう……強く回り出した酔いに身を委ねながら、増田は考えようとした。が、暫くして暗い部屋に増田の寝息がスースーと聞こえた。

ーーー

おっさんの皮」が届いたのは、増田がすっかり忘れ去った頃、一月もしてからのことだった。増田が、興味半分疑い半分で、その変に軽い段ボールを開けると、そこにはおっさんの皮があった。

ああ、そういうことか。

ひと目見て理解した増田は、試しに皮をまとってみた。浴室の鏡の前に立つ。そこにはあのおっさんがいた。増田より10センチも高く、20キロ近く重いおっさんが。白目は黄色がかり、眉はひょろりひょろりと伸びている。近くで見ると想像以上に肌の凹凸が激しい。ああ、おっさんだ。と増田は思う。

翌日増田は、自分スーツの上から皮を着て会社へ向かった。皮を着ても、皆増田増田と分かるようで、「増田さんおはようございます」と声をかけられる。いつも通り……、ではなかった。いつもなら「増田ちゃんおはよー」と声を掛けてくる鬱陶しい同僚も、今日はどうしたことか「どうも」だけであった。いつも煩わしいほど和かにお節介挨拶をしてくれる老齢のヤクルトレディも、今日はやけにさっぱりとした対応だ。

おっさんの皮の効用は、取引先で顕著であった。いつも若造扱いされているような、舐められているような、どこか雑な対応今日は違った。

増田の口からでる言葉、一つ一つが地に足がついたような、しっかりとした印象を与えてるのがわかる。それに今日はやけ取引先の社員と目が合う。

二週間が経った頃。おっさんの皮の影響は、如実に成績に現れていた。いつも良くて2番、4、5番を浮き沈みしていた増田営業成績は、ついに1番になっていた。

おっさんの皮を着てからというもの、いいことづくしである。月に1度は遭遇していた痴漢も、皮を着て乗るようにしてから全く合わない。電車で妙に密着されて苛立つこともない。夜道を歩くのも平気だから残業も気にせず出来る。

普段皮を着て過ごしている分、彼氏や友人と会う時は目一杯のおしゃれを楽しむ。似合わないからと敬遠していたリボンレースをあしらったフェミニンファッションにも挑戦した。最近増田はいつも明るい。そのせいか会社でもデートでもよく褒められる。

今日増田は一段と楽しそうだ。金曜の夜だからか?いや、それだけではない。今日は、彼氏が家に来る日だからだ。それというのも、来年4月と2人で決めた、結婚式の招待状を書くためだった。……招待状なんていうのも一つの口実で、再び愛に火がついたのだから家でのんびりいちゃつきたい、というのが真の目的なのだが。

増田は思ったより遅くなってしまった帰宅に、焦りながら部屋を片付けた。会社帰りの崩れたメイクじゃ嫌だ。この間買ったばかりの可愛い部屋着もだそう……と、背中に手をやって気づいた。

脱げないのであるおかしい。そんなはずはない。どんなに試しても脱げないのだ。皮はまるで初めから増田のものであったかのように張り付いている。今までどうやって皮を脱いでいたか、思い出そうとするが、うまくいかない。焦る増田の脂汗はおっさんの皮をつたう。臭いまでおっさんそっくりだ。このまま一生見ず知らずのおっさんの皮を貼り付けたまま生きていかないといけないのだろうか。

インターホンがなる。モニターに映るのは彼だ。

ああ、彼氏が来てしまった。すぐに合鍵でドアを開ける音した。でも大丈夫だ。おっさんの皮を着ていたって、わたしわたし認識されるんだから……。大丈夫大丈夫

ほら、いつも通りの表情だ。あはは、なんだ心配することなかったじゃない。皮の脱ぎ方は後でショップに連絡すればなんとかなるはず。今はせっかくの彼氏との時間に集中しなきゃ……。

彼氏役所で貰ってきたばかりの婚姻届を取り出す。増田笑顔を作ろうとするが、口角はぎこちなくひくつく。机の上には金色インクで細かな縁取りのされた可愛らしい招待状が並び、まるで幸せ象徴のようであるしか増田の頭の中は貼りついたおっさんの皮のことでいっぱいで何も頭に入らない。彼氏がなにかと尋ねるが、今日増田の返事は要領を得ない。

最近仕事も忙しかったようだし。もう休もうか、と彼氏が言う。増田は皮に気を取られながら、口先の同意をする。

そうして、気もそぞろの増田を、彼氏がそっとベットに押し倒した。そういえば久しぶりな気がする。ここ最近お互い仕事が忙しくて会えなかったからな……。鏡を見なきゃ自分じゃわからないんだし、電気を消してしまえば……と、増田が彼に身を委ねよ……

「なんだお前おっさんじゃねーか!!」

突然彼の声が響いた。

「あっうっ」と中年男性の情けない声が後に続く。

そうして若い男は荷物を掴むと逃げるように部屋をあとにした。

暗い部屋にはおっさんが1人、残されるばかりであった。

2020-08-08

ソシャゲに200万金使ってる増田を笑ってたけど俺も1000万くらいソシャゲに金使ってた。

気が付けば息をするようにソシャゲに金を使っている。

毎月5~10万使う生活をもう10年以上続けている。

今は3つのゲームをメインでプレイしているがガチャで強キャラが出るとついつい回してしまう。限定が出てもついつい回してしまう。そこまで本気でやりこんでいるというわけではないので、最新キャラ限定キャラがいないことで不便を感じたことはないのだけれど、出るとついつい回してしまう。いると便利になるのは事実だし、後から「あぁ、引いておけばよかった」となるのが嫌なのだ

言うてのめり込んでるんでしょ?と言われるかもしれないが、新キャラが出たらいつもの解説動画投稿者チャンネルをチェックするくらいで5chやおーぷんのスレは見たことがないし、SNSもやっていないのでキャラや進捗をシェアする仲間がいるわけでもない。これはもうライト層以下なのでは?

 

他に趣味もなければ(あって映画動画鑑賞だがネトフリとツベプレに入で合わせて4000円で済む)友人もいない。当然恋人もいないし、今後もできる予定もない。両親は健在だが貯金が十分にあり、老人ホームの選定も住んでいるらしい。すごい。

他に使う金がないのをいいことにどんどん課金している。もう36歳だが貯金は50万。ここ5年は収入生活費を除いて全部課金に突っ込んでいるので増減は0だ。

今の職場正社員になって7年。コロナでむしろちょっとだけ忙しくなった職なこともあり、定年までとはいかなくても今すぐに潰れたり首になったりしそうな気配もない。将来の展望が何もないからとりあえずフリーの50万があるというだけで危機感も薄い。

 

これまで何度か課金を減らそうと努力してみたこともあったが続いて2か月。3か月目からはむしろリバウンドして3倍課金してしまった。アニバーサリー限定が重なったのと、貯金に余裕ができたことでタガが外れてしまったのだ。クレジットカードに限度額がなかったら危なかった。

もう最近別にほしいキャラがいなくても「最近あんまり回してないし回しとくか」くらいの感覚で回してしまう。ガチャをまわしてないとソワソワする。なんなら新作が出るたびにプレイして5000円くらい突っ込んでガチャを回して飽きてやり捨てる、ようなことまでしている。どうせすぐにやらなくなるゲーム課金するなんてくだらないとわかってはいるんだが止められない。とにかくガチャを回してサクサクしたいのだ。

 

危機感が薄いとは書いたが本当は50万しか貯金がないのはヤバいのはわかっているから本当はもっと貯金をしたいし、別のもっと身になる趣味を始めたいし友人だって……まぁ友人はいいや。とにかく、もうソシャゲに毎月何万も使うべきじゃないことはわかっているのだ。わかっているがやめられない。毎月1回くらい焦燥感と後悔で手が震える夜が来る。それなのにガチャ天井がもうちょっと無償が切れて課金するかとなったときに何の躊躇もなく10000円のパックを買ってしまう。もう歯止めがぶっ壊れていて止まれないのだ。

 

こんな経験、ほかの増田にはないのだろうか。そしてこんな経験から立ち直った増田がいるなら方法を教えてほしい。

そうこうしているうちにもう俺も40になる。いつまでもこうではいけないとわかってはいるのだ。ガチャガチャ

2020-07-27

僕はメンヘラか?

彼女かわいいが少しアホだ。でもすごい好き。

厳密には今は彼女じゃない。僕の精神的な不調がかなり裏目に出て僕から別れを切り出した。

でも久しぶりに会ったら「まだ僕のことが好きだ」と言ってくれた。

 

土曜日彼女が働いているお店に来てほしいと言われた。

でも行けなかった。本当に行こうとしてたんだけど、準備までしてたけど家を出られなかった。

理由は明白。日曜日に他の男(共通の友人)と遊ぶって知ってたから。

それを知ったときはそうかそうかと笑ったけど、内心は焦燥感と辛さと死にたさしかなかった。

 

今、なんで土曜日に来なかったのかと問い詰められたりしてるけど言えるわけないじゃん。

嫉妬してました、ていうか死にそうなくらい辛かったです、なんて言えるかバカタレ。

僕より年収もいい、顔もいい、若い彼女趣味も合う。

そんな男とデートにいくなんて知ってしまったらもう無理だろ。

泣きそうなんだよ。僕は基本重たい男だって知ってるだろ?

 

夜、連絡が返ってきたのもものすごい遅くだったじゃないか

今日は楽しかたか?いい男だったのか?なんて聞けるわけない。好きで好きで仕方ないんだ。

でもそんな子を手放した僕が悪いんだ。もう本当につらい。

 

幸せにならそれでいい。だからうそうならそうとハッキリ言ってくれ。頼む。

僕が悪い、だから新しい男と付き合う。お前は元カレだろ?口出してくるなよ。

そう言ってくれ頼むから。そうならLINEもしてこないでくれ。昔より既読の付くスピードも返事も遅いじゃん。

僕を拒絶してくれ。優しくしないでくれ。好きなんて言うな。かまうな。頼むホントに頼む。

逆にこれがただの杞憂なら言ってくれ。ハッキリしてくれ。嘘はつかないでくれ。

他の男と会わないでくれ。なんでもする。なんでもするから

 

僕はこんな死ぬ思いしてるのに明日ご飯に誘うなよ。

きな子に誘われたら行くに決まってるだろ。

でも顔見ただけで泣きそうになるんだ。明日予言できる。

辛い。死にたい

 

匿名ダイアリーくらいでしか吐き出せない、見せかけだけ良くしたい自分を殺したい。

俺はまだこの夜から出ていない気がする

25年前も同じ街を同じ夜中にとぼとぼと歩いていた。その頃俺は大学生で、眠れない夜にはこの街意味もなく一人で夜通し歩いた。昼には確かにいたはずの人々が、夜になると嘘のようにいなくなる。廃墟のような、しかし生きた街の熱量はそのままに、人のいない静けさだけが街を覆っていた。

20年以上たってもこの街はあまり変化がない。目をあげると遠くに、かつては無かった背の高いビル再開発地区に林立しているのが見えた。けれどその再開発この街までやってくる事はない。古ぼけたビルと狭い迷路のような街路が続くこの街……

俺も変わらない。変わったのは右手の中の携帯電話と財布の中身だけだ。あの頃感じていた不安焦燥感孤独は今もまだ俺とともにある。まるでリボ払いのように返済を先延ばしにしたまま、その感情の吹き溜まりは元金として俺の中にそのままそっくり残っているようだ。

歩行者信号が点滅する。左折するイキのいい車に急かされて、俺は早足で横断歩道を渡った。

堂々巡りですよ、お客さん!」ふと、ある台詞が頭に浮かんだ。あれは古いラジオドラマだったか……

堂々巡りか。そうだな。俺はこの夜を堂々巡りしている。今も。25年前も。同じ夜から出ることができないまま、ずっとグルグルと巡り続けている。

妻の話を聞くのが限界

40代男性結婚10+数年。

妻は妊娠出産の一時期は専業主婦をしていたものの、徐々に仕事に復帰し始めて、今はフルタイムで勤務している。最初の勤務先に復職しているのではなく、新たに就職し始めた感じ。とはいえ、もう全部合わせると5年以上のフルタイム勤務を続けている。

 

妻はもともと僕との会話で、延々と愚痴を話すような人間だった。それは付き合いたてのころもそうだし、結婚したての頃も、妊娠出産して専業主婦をしているころも、そしてもちろん今も。

愚痴の内容はその時期の彼女属性に基づくものになる。

 

結婚前は職場での立場の低さからくる給与仕事内容のバランスの悪さや、友人たちとのライフステージに対する焦燥感についてのもの、その矛先はしばし僕に向き、いつになったら態度をはっきりして結婚に向けて進めてくれるのか、一人暮らしはいい加減に疲れたし、家賃もったいないから、そろそろ一緒に住みたいみたいなことを毎日毎日電話で一日に30分以上話していた。休日に顔を合わせると一日中そういう話を僕にしていた。

その頃の僕は、前の彼女と別れた理由が「僕が彼女の話を聞かず、僕の愚痴ばかり話すこと」だったこともあって、自分が話すより相手が話してくれる楽さと頼られている心地よさに身をゆだねていた。

 

結婚してから愚痴は、仕事のものが一気に増えた。彼女転職先がひどいパワハラ職場で、いつも莫大なストレスを抱えていたからだった。かつ、仕事時間基本的孤独環境になりやすかったこともあり、同僚と共有するような感じになりにくかったこともあったようだ。

そして、仕事ストレス八つ当たり的に僕に対して、「子供を作る気はあるのか」「いつまでこんな狭い家に住む気なのか」とか詰め寄り続けた。僕は仕事でかなり大きな問題を抱えていたが、それを妻に愚痴ことなく、休日マンションモデルルーム見学に何度となく歩き回った。あの時期、おそらく全部で20件はマンションを見たと思う。彼女はどこに住みたいとか具体的なイメージを持つことなく、僕がネットや分厚い情報誌(当時は電話帳くらいの住宅情報誌が毎週出ていた)を探しながらリストアップしたマンションに対し、この町は好きだけど、部屋が狭いとか、このマンションはすごく雰囲気がいいけど、街が嫌いとか、この地域は好きだし、マンションも好きだけど、駅から遠すぎて通勤イメージがつかないとか、ずっと文句を言い続けた。結果的には、最初から3番目に見たマンション半年近くたって完成目前のタイミングで再度見学をしたら、運よく出物の部屋があり、そこに決めた。

 

子ども結婚3年目でできた。3年目ならごく普通タイミングだと思うのだが、彼女は30代前半のうちに何とかほしかったらしく、最後の方は不妊外来にも通っていた。一度は僕も精液検査をしたのを覚えている。

子育てが始まると生活リズム完璧にしたい彼女は、僕が子どもの就寝時間に帰ってくるのをひどく嫌って、そういう時間帰宅するとものすごく不機嫌になった。そして、ママ友の家の話をしたりして、その夫の献身ぶりや子煩悩ぶりを延々と僕に愚痴った。僕は休日には子供とべったり過ごして、買い物や妻の食事の世話をしたり、妻を休ませるために子どもと二人でぶらぶらと散歩したりした。それでも妻の愚痴は止まらなかった。その愚痴の中には「子供は二人いないとかわいそう」という、一人っ子の僕に対して、何を本気で言ってるの、それ、みたいなことも含まれた。

とはいえ、数年後に子供はもう1人できた。子どもが二人になると子どもと家庭に関する愚痴は2倍かと思ったら3倍になった。僕の家事労働力は飛躍的にアップした。僕はたまたま休日子どもの体調が悪かったりすると僕が一人で病院に連れていくことも日常茶飯事だった。土曜日なら小児科でも父親だけで連れてくる家庭は少なくないだろうと思ったが、全然そんなことなく僕は母親たちに紛れて、子どもと待合室で絵本を読んだりしていた。それでも週末に登山キャンプだ、アクティティだと繰り出したりすることが苦手な僕は、妻から見ると子供との時間をさぼってる夫に見えていたようだ。そして、そういう体験を与えなかったことで、子どもたちがインドアになったと今でも思っている節がある。

 

の子どもが幼稚園に通い始めたタイミングで、徐々に妻は仕事に復帰し始めた。朝の幼稚園の送りは僕の仕事になる機会が増えた。幼稚園に送るとどうしても朝の出勤時間が数十分間に合わなくなり、それが毎日続くので、上司に白い目で見られた。僕は事情説明して了解をとったものの、やっぱり、それは時間ルーズイメージを作っており、若干査定に響いた(数年後にコアフレックスになったので、今の後輩たちは自由に送り迎えをしている)妻は子育て愚痴に加え、仕事愚痴が爆発的に増えた。仕事の内容的にブランクが足をいろいろ引っ張るらしく、しかも、年齢的にはかなり厳しい状況で新領域チャレンジすることもあり、その悩みは大きかったのは薄々わかるが、その愚痴を吐き出す先は僕一人だった。妻の職場環境や同僚などについて僕はひどく詳しくなったけど、たぶん妻は僕が今どんなことを仕事にしていて、どんな人と働いているのかは全く知らない。たぶん、会社辞めてもしばらくは気づかないんじゃないかな。

 

そして、新型コロナの猛威が世界を覆い始めた。

うちの会社リモートワークを導入し、僕の出勤回数は大きく減った。自宅で仕事をするようになると必然的家事の一部を僕が賄うようになる。僕が平日の夕飯をつくることも大きく増えた。もともとサポートしていた掃除洗濯も僕がやることが多くなった。

妻はリモートワークがしずらい職種なこともあり、出勤を続けている。4月ごろは日々減っていく通勤客と自分感染するかもしれない恐怖を毎日30分くらい愚痴っていた。それ以外にも職場愚痴を1時間程度、子どもたちに関する愚痴(主に一日中ごろごろしてるとか部屋が汚いとか)を1時間程度話している、その話はたいてい僕がしっかり怒らないからだという結論に収斂される。この辺の愚痴は今に至るまでずっと続いている。僕は本を読んだり、スマホを見たりしながら3割程度耳を傾けて聞いている。家事に関する愚痴が大きく減ったのが救いだ。まあ、部屋の掃除ちゃんとしてないとかあるけど。

 

考えてみると妻が日常生活で楽しかたこと、感動したこと面白かったことを聞いたことはこの5年はない。テレビ番組ストレス発散できるタイプならいいのだが、なんでもかんでもnot for meにしてしまうので、僕への愚痴に収斂してしまう。お前の大好きだった80年代90年代バラエティより今のほうが面白ものはるかに多いよ。ネット記事に心をざわつかせてるのに、子どもYouTuberの話をうのみにするのをバカにするのはダブルスタンダードだと思うんだがね。子どもボカロとかネット音楽を好きなのと、お前が90年代クラブポップが好きなのは何も変わらないといつになったら気づくのかね。

もう足掛け15年程度は妻の愚痴を聞き続けているが、いつの間にか自分限界が来ているように思う。毎日家で仕事をしていても妻が帰ってくる時間憂鬱になる。妻が最初に何について愚痴るのかを考えると気が重くなる。妻と過ごす寝るまでの6時間程度をどうやってやり過ごそうかを考える。日々、やり過ごすだけで過ぎ去っていくように思う。新しいことは家でも仕事でも何もしていない気がする。家庭のある人、NetflixとかAmazonプライムとかどうやって見てるの? そんな自分のためにテレビを使う時間なんてどこにもないんだけど。というか、自分のために時間を確保するなんて、子どもができてから家の中では微塵もない。

僕は時々妻と結婚しなかったら、こういう愚痴時間を何に使っていたのかを考える。

孤独

4連休最終日、それは急に訪れた。

それまでの3日間は、溜まった皿を洗ったし部屋の掃除もしたし、スーパーに買い出しに行ってご飯も作ったし、歯医者にも行った。3日目の夜、もう直ぐ終わってしま連休を惜しみながらも、遅くとも10時までには起きて、月曜から自分が頑張れるように、明日ちゃんと準備をしようと思いながら眠りについた。

今日の朝、目が覚めたのは13時だった。

この時点で今日を生きる気力は半分減った。

目覚ましで起きれなかった自分に腹が立つし、何もかも面倒になってしまった。

別にご飯を作らなくても腹が減ればウーバーイーツで頼めばいいし、物が散らばっていても怒る人はいない。洗濯物が溜まってもいつかまとめて洗えばいい。今日はもう、何もしなくてもいい気がした。

思えば、この連休は誰からもなにも誘いがなかった。

もちろんこのご時世、積極的に外に出ることは推奨されていないから、誘いがないことに寂しさとかを感じることもなかった。

ステイホームを徹底するしかないな〜と思っていた。

けれど、親友親友が、昨日2人で遊びにいっているのをSNSで知ってしまった。

その瞬間に全部がダメになってしまった。

私たち3人は、コロナ前は月に3、4回は会っていたし、4月5月中旬くらいまでは毎日のようにテレビ通話時間を共有していた。

いつも3人で一緒なわけじゃなくて、1人の予定が合わなかったり興味がなかったりしたら2人で遊んだりしたし、今回も私があまり興味のない場所に行っていたから、そうだったんだと思う。

ただ、6月7月になってから、何故かあまり連絡を取らなくなってしまった。

私がビデオ通話ゲームに誘っても、返事が来なかったり時間が合わなかったりと断られる回数が増えていった。

多分、本当に時間が合わなかったり、気分じゃなかっただけなんだと思う。

だけど、その頃から私は、焦燥感に駆られている。

多分、2人に依存しているからだと思う。

比較的知り合いは多い方だし、どんな人とも仲良くできる自信はある方だ。

だけど、誰かにとっての一番にはなれなかった。

2人は、初めて私にとっての一番になったし、お互いにそれを確信できる関係だった。

から私抜きで遊びにいっていても、今までは不安になることはなかった。

でも、今日知ってしまったのがいけなかった。

何もかもダメになってしまった時に見てしまったのがいけなかった。

急に、蚊帳の外にいる感じがした。

もしかして、一番だと思っていたのはわたしだけなんだろうか。

どうして一言声をかけてくれなかったんだろう。私が興味なさそうだから

最近の私は2人に合わなかった?

どうして、私は誘う時に2人がいるグループで声をかけるのに、2人は個人でやりとりしたんだろう。

なにもわからない。

こういう焦燥感は、今日が初めてじゃなかった。

けれど、今までは2人が興味を持ちそうな何かを探して、声をかけて3人で遊びに行くことで自分安心させていた。

今回は、なにができるだろう。

どうすれば、2人は私に興味を持つだろう。

どうすれば、つなぎ止められるだろう。

なにもわからない。

これだけのことで死にたくなってしまった。

一人暮らし20代は、不意に訪れる孤独にどう対応するんだろうか。

今日はもう寝る。

明日の私は、元気でいてほしい。

2020-07-26

anond:20200725232203

夜遅くに飲むと深夜目が冴えて動機焦燥感におそわれる。 そういうことが何回かあってからコーヒー飲まなくなった。

30歳になるのが怖い

28歳。社会人5年目。

30歳になるのが怖くて頭がおかしくなりそう。

リサラとかバリキャリ連中見てると、30にもなったら部下がいて、年収600万くらいは軽く稼いでいて、専門分野が3つ以上ありTOEICは900とってが最低ライン、それすらできない奴は市場価値がどんどん下がっていって40になったらリストラ…みたいな風に感じてしまう。もちろん自分はあと2年じゃ600万届かないし部下もいない、英語は苦手意識が強い。

コロナのせいでとんでもない不況が来ていることは肌で感じてるし、自分はまだ職には困ってないけど焦燥感半端ない

努力しなきゃ死ぬぞという焦りがあるわりに、平日夜も土日も疲れて何もできない。寝てるだけで本当に何もしてない、大して激務でもないのに。

30になったら自分価値がガクッと落ちて、もう若さで許されることもなくなり、有能じゃなければ産業廃棄物扱いされるのかと思うと怖くて頭がおかしくなりそう。

せめて通勤時間や夜、土日に本を読む、勉強する、筋トレするのを一つずつ習慣にしていこうと思ってるけど、今日筋トレしかできなかった。読むつもりだった本積んだまま。できない自分さらに焦って胃が痛い

歳を取るのが怖い。30になったら安楽死させて欲しい。本当に辛い。ハードルが上がり続けるのに能力老いて衰えていくなんて、人生って何の罰なんだよ。

【問い】なぜオッサンは「◯◯は終わった」と死亡宣告したがるのか?

【答え】

既に実人生が終わってるオッサン流行理解できないオッサン世間から

疎外感をうっすら感じてるオッサンの「焦燥感」の自己投影から

自己紹介乙」案件

2020-07-25

anond:20200725004403

ありがとう増田が優しくて嬉しい。

自分も外出らしい外出は全然してなくて、よく考えたら別にそこまでしたいとも思っていないはずなんだけど、何故他の人が出歩いていることにもても厳しくなってしまっているのか自分でも理解できなくて嫌なんだ。

この謎の焦燥感とか余裕のなさに振り回されてる。

2020-07-24

私は今日エレベータを待っていると、奥の部屋に人影があるのを見つけた。昼も過ぎてとっくに閉鎖されたビジネスホテル朝食会場。ビルの陰となって、日の差し込まない薄暗い空間には、整然と並んだテーブル椅子たち、コップ、皿、カトラリー。その隅の席に、女性の影があった。

その人は、じっと動かずになにか書いている姿勢に見えた。いや、こんな時間あん場所に人がいるだろうか......。見つめ続けても、その影は動くことがなかった。

「なんだ、私の見間違い......」

荷物が積まれているのを私が、人の影に見間違えたのだろう。

私は目的だったコンビニへ行き、またホテルへ戻り、エレベータを待っていた。ふと、先ほどの人の影があるのか確認したら、その影はなくなっていた。


私は、この間、こんな夢を見た。

雑踏に紛れる、近年新しく進出したコンビニ。年々、出店の勢力を上げていた。私の街にも当然そのコンビニはあった。ある日から、そのコンビニは、今までに見たことのない暗い極彩色不明言語デザインされたのぼりを飾った。その違和感宗教じみたものを感じた。なにか強いメッセージを感じるものの、私には何も読み取ることはできなかった。

つの間にか、そのコンビニの外装や商品もそのデザインに変わっていった。私は、そのコンビニが平然と街に馴染んでいくのが受け入れられなかった。

そのような夢であった。


私は、小さい頃、サーカスや劇が嫌いだったことを思い出した。そんなふうに、芋づる式に自分不快が思い出されて、こうして文章に書くことにしたのだった。

サーカスは暗くテントで覆われ内密に行われる。広くぽっかりとした空間を丸く観客が取り囲んでいる。暗いテントの中で、中心がライトで照らされている。調教された熊や犬が芸をする。人間たちも張り付いた笑顔曲芸披露する。観客たちはそれを見て拍手する。

さな頃の私には、これの何が楽しいのかわからなかった。嫌な感じがする、けれど、拍手しなければならない。楽しいフリをして拍手した。


劇の不快について。

学校体育館で、いつものステージ劇場に変わり、見させられる劇。年上の大人たちが、何かを演じている。独特の演劇口調と衣装を纏って、役になりきっている。確かに物語に没頭はできた。その役の人物を好きになってしまうことさえあったくらいに。

しかし、終わってしばらく経つと、とても虚しい気持ちになってしまうのだった。映画アニメを見たのときには感じない虚しさがあるのだった。

演劇には特有陰湿さを感じていた。湿っぽいような、なにか滞っているような。劇が喜劇的であればあるほど、その落差を感じた。


ディズニーランドパレード

小さい頃、両親が休日に朝から連れて行ってくれたディズニーランド

一通りアトラクションを楽しんだ後に、人々の帰路を意識し始めた焦燥感をじわり感じながら、陽の沈みかけた園内でパレードを待つ。

そのうちに電飾で彩られた巨大な装置と、それに乗ったキャラクターたちが現れる。大音量音楽となにかセリフが聞こえる。

また、大勢の人たちが拍手をしている。私もそれに合わせて拍手をする。もしかしたら、拍手をする大多数は、私のように周りに合わせて拍手をしているだけなのではないか大音量で煌びやかなパレードを見ながら、その音や景色が頭の中で遠ざかっていく。


中学生の頃、ある宗教画を見た。

その画は西洋宗教画の並びにあった。一連の草原、道、淡い色の空。そんな印象をかき消すかのように、白に近い水色と鮮烈な赤で彩られた円い曼陀羅魔法陣のような物体。ぽっかりとした空間にそれが浮かんでいる。

どんな絵だったのか、よく覚えていないのだが、その独特の色彩が頭から離れないのだ。

中学生の頃、部活帰りの夜に、誰もいない真っ暗な田んぼ道を自転車を押しながら、ふとそのイメージが思い出されてしまって、動けなくなってしまった。

あの色彩は、人間の神経と血管を想起させるのか。それとも、自然界での毒を想像させるのか。この画はずっと私の頭の中にあるというのに、作品名を忘れてしまったため、その作品存在さえもはやわからなくなってしまった。

2020-07-22

ライザのアトリエ精巧青春の再演だ

 君の青春時代を思い出してほしい。部活動サークル活動に明け暮れ、あるいはそうでなくとも仲の良い友人たちと過ごした日々を。同年代の仲間たちが集まって、同じ目標に向かって努力し、でも皆個性的バラバラだった。得意分野も違えば、目標を目指す理由も違って、かける熱意も時間も、家庭環境物事価値観だって違う。ただ同じ場所にいる、同じ目標を持つ、同年代なだけの子供たちが集まった歪な空間青春譚はそんな中で紡がれる。皆バラバラからいつも仲良くというわけにもいかず、時には激しく争ったりして、仲間が去ることもあったろう。対立の末に互いを尊重するようになることもあったろう。決して順風満帆ではないその起伏に溢れる日々は、フィクションの中にとどまらない、現実物語として青春時代支配する。

 青春譚の世界は狭い。子供たちは自分たちの目に見えて手の届く範囲世界を生きる。仲間たちを見て、この先いつか出会う他の集団を思い、自分たちのこれから歩む道を見据える中で、その下に埋もれた大勢に思いを馳せることはない。自分たちと同じくらい努力して、けれど自分たちと今後出会う事のない別の子供たちに対して、仲間意識や同情が芽生えることもない。だからいつも青春譚の主人公は「自分」になる。青春の熱気が、自分こそが物語主人公かのような錯覚に溺れさせる。だから青春時代に、例えば「僕はこんなに頑張っているのに!」とほかの仲間たちも同じくらい、あるいはそれ以上頑張っていることを知っていたとしても、つい思ってしまうのだ。クラスメートGでも部員その16でもない、自分こそが主人公なのだから、その主人公というまやかしアイデンティティにすがってしまう。子供たちにとっての青春譚は、自分自分たらしめるアイデンティティを探し求め、特別になろうとする物語とも言えるだろう。

 しかしずっと青春謳歌しているわけにもいかない。歳を重ねるごとに見なければならない世界は広がりをみせ、将来という現実が重くのしかかり、広い世界の中で自分いかにありきたりで普通な存在なのかを自覚せねばならない時が来る。受験就職勉強スポーツの成績、資格試験引っ越し失恋、身内の不幸、怪我もっとささいな下らない会話かもしれない、そのきっかけは様々だろう。子供たちは転機を迎える。そうして子供たちは青春を過ごした集団から引退する。「成長」して「大人」になって、青春譚は終わりを告げるのだ。

 けれどそんな期間限定青春譚をずっと紡ぎ続ける者も中にはいる。青春を捨てることな集団から去って「大人」のひしめく社会へ赴く彼らは、その「子供」的な部分をあるときは称賛され、ある時は幼稚だと批判され、けれどそのどちらであれ特別存在であることには変わりない。大半の子供たちが普通大人になる中で、普通ではない者だけが特別存在として「子供」であり続けることができる。選ばれし者だけが終わらない青春譚を謳歌する。

 ライザのアトリエ青春であるしかしライザのアトリエ青春譚として異質な部分がある。

 青春譚の多くは主人公物語の中心に据えつつも、仲間たちにまつわるエピソードを描く。例えば青春を題材にした傑作部活もの響け!ユーフォニアム」はアニメ化成功しており知る人も多いと思うが、この作品主人公久美子を通して物語が進むものの、個々のエピソードの中心には様々なサブキャラクターが据えられていて、彼女たちの問題にぶつかりながら、彼女たちの力で先に進むつくりになっていることが分かるだろう。「響け」ではある種記号的な主体性のないひとたらし主人公を設定することで、疑似的に吹奏楽部全体を主人公として描き、仲間たちの物語を繰り広げる。青春譚は仲間たち「みんなの物語」だからこそ、多くの作品は幅広いキャラクターの幅広い問題を描くことになる。

 けれどライザのアトリエにはサブキャラクターイベントほとんど存在しない。したがって仲間たちの物語ほとんど描かれず、物語の節々からその成果だけが見え隠れするにとどまる。そんな主人公だけにフォーカスした青春譚は、いつのまにか、まるで主人公ひとりの英雄譚かのような様相を呈してくる。そう、青春譚が「みんなの物語なのはあくま大人目線の客観的ものにすぎず、そのさなかに居る子供たちにとってはそれが「自分主人公英雄譚」かのように錯覚してしまうのだ。ライザのアトリエ青春譚だが、ただの青春譚ではない。青春の熱に浮かれた主人公ライザの視点から見た、錯覚英雄譚なのである

 ライザのアトリエはライザの英雄譚だ。自身こそが主人公である錯覚に溺れるライザは、仲間たちにも同じように物語があることに気づけない。例えばタオはどうだろうか。勉強を頑張っている場面が何度かあったかと思えば、いつのまにか遺跡古代文字をそらんじて見せた。他にも、例えばライザとの確執を乗り越えたボオスはあっという間にライザをも超える決断力と行動力を見せるようになった。彼らの成長はそれだけでひとつ物語になりうるほど大きいものに違いなく、彼らは全員が物語主人公たりうるのだ。けれどライザはそのことに気づけない。気づけたとしても気にしない。青春の熱気で仲間たちへの関心さえも浮ついてしまったライザは、自身英雄譚に溺れていく。

 ライザのアトリエファンタジーRPGであり、プレイヤー主人公ライザを操作してゲームを進めていく。走り回り、素材を採取し、アイテムを調合し、依頼をこなし、戦闘をし、そしてテキストボックスをおくって物語を進めていく。そんなゲームとして当たり前な行動に対して、ライザのアトリエもまたゲームとして当たり前の快感プレイヤーに与える。素材採取の爽快感、調合の楽しさと達成感、報奨金を得てうれしく思い、戦闘では調合の成果に一喜一憂する。RPGにおいてプレイヤーゲームシステムから特別感や万能感といった快感享受することになる。

 そしてライザのアトリエでこの快感享受するときプレイヤーは気付かぬまま物語に没入してしまうのである。ライザの英雄譚を進める中で、ライザ本人は自分特別さや万能さといった錯覚を抱えて自分物語主人公だと信じており、一方プレイヤーゲームシステムから特別感や万能感といった快感を与えられながら「ライザが主人公ゲーム物語」を進めることになる。ライザの描く錯覚物語プレイヤーの受け取るゲーム快感はゆるやかに、けれど確実にシンクロしていく。プレイヤーは気付かぬうちにライザの錯覚英雄譚の支持者となってしまう。プレイヤーもまたライザと同じように青春に溺れてゆき、サブキャラクターにも物語があることを重要視できなくなってしまう。タオ古代言語研究も、ボオスの精神的成長も、レントもクラウディアもアンペルもリラのことも、しっかり評価しているつもりでもどこか軽視してしまう。青春譚がみんなの物語であることをつい忘れてしまう。だってライザのアトリエはライザの英雄なのだから

 ライザのアトリエは、誰もが英雄ではないからこそ面白い青春譚を、英雄譚を語るためのフォーマットであるRPGを用いて語った時いったい何を表現できるのかという問いに対して、ひとつ面白い答えを示せているだろう。

 やがて夏が終わり物語エンディングを迎える。けれどそこに訪れたのは英雄凱旋というハッピーエンドではなく、別れだった。自分の将来という現実、親の都合という現実、これから生活という現実、ライザがそれまで見て見ぬふりをしてきた様々な現実が、仲間たちとの別れとともに押し寄せる。英雄譚を共にした大切な仲間たちが「大人」としてライザの前に立つ。青春譚を経て特別になれなかった子供たちが「大人」としてライザに別れを告げる。ここでライザははじめて、仲間たちにも同じように物語があったことを理解する。ライザが青春の熱に浮かれて目の前のことだけに躍起になって満足している間に、仲間たちはもっと広い世界を見つめていたのだ。このひと夏の出来事は、決して英雄譚なんかではなく、仲間たちみんなの物語だったという現実がライザを襲う。自分が見て体験してきたひと夏が一気にひっくり返されて、言葉を失うほどのショックを受ける。

 けれどライザも特別存在でないのなら、現実とは向き合わねばならない。ライザは「大人」になることを決める。皆を引き留めない。隠れ家は解散。遠く離れてもまたいつか会おう。そんなありきたりな結末を選ぶ。ライザは特別にはなれなかった。子供のままではいられなかった。「なんでもない」ライザは青春の夢に生まれ、そしてなんでもないまま「成長」という名の死を迎えた。青春を生きたライザというキャラクターは、青春の終わりとともに消える。ライザは「大人」になっていく。

 ライザが「大人」になることを選んだように、プレイヤーもまた青春の夢から覚めなければならない。ずっとこつこつ積み上げてきた錯覚英雄譚は、エンディングの場にきて一気に崩される。プレイヤーの支持した英雄譚なんて最初からなかったのだ。エンディングプレイヤーに、ゲームシステムからもたらされる特別感や万能感を物語解釈にまで持ち込んでいないか咎めてくる。ライザ視点しか見てないのに物語全体を理解した気になっていないかと冷酷に突き放される。ずっとおだててきたくせにエンディングにきて突然「なんでもない」の世界に突き落としてくる。プレイヤーも「大人」にならなければならない。

 平和後日談もなく物語ピーから急に始まる決してハッピーではないエンディング。いつか訪れることを知っていた仲間たちとの別れ。その別れを祝福したい気持ち。けれど自分だけ取り残された焦燥感もある。どうにかハッピーエンドには行けないのかと歯がゆく思う気持ち自分特別さを否定された時の居心地の悪さ。

 そんな複雑に絡み合ってモヤモヤした、けれど無性に懐かしいあの青春喪失感を、「ああ、明日からこの部室に来ることは無いんだ」と思うあの青春残響追体験したいなら、これほど適したゲームは他にないだろう。

 ひと夏の濃密な時間を過ごして、結局特別にはなれず「なんでもない」まま青春時代を終えた少女、ライザリン・シュタウト。そんな少女に、3年の年月を経て、2度目の夏が訪れるという。

 「ライザのアトリエ2 ~失われた伝承秘密妖精~」は今冬発売予定。アトリエシリーズをよろしくお願いします。

anond:20200721141645

投稿者大学時代に自信があったが就活の失敗という認識から自信を喪失してしまい、さら職場環境ストレスを感じている。

ストレスの原因は、

自分もっと良い環境に行けるはずであったのに行けなかったという敗北感

②友人知から評価による劣等感

③客から悪口自身自尊心を傷つける

④このままでは親孝行できないとう認識による焦燥感

であると思われる。この原因を取り除くために転職による地位回復を図りたいが、転職成功させる自信がなく行動できない。

投稿者にとっての幸福は何か、地位か、金か、趣味か、彼女ができるか子供を育てたいかあなた幸福を実現する上で必要ものはなんでしょうか。

文章をみるに他人から評価あなた幸福を左右すると捉えているようですね。

①に関してですが、「お前が思っているほどおまえは大したやつじゃない」とは糸井重里言葉です。受け入れましょう。

はいちいち気にする必要はありません、人間いつでもカツ丼食えればそれで十分なんです。大企業に入れたって幸福とは限らないですよ、隣の芝は青いです。

③俺もサービス業やってたが色んな客がいるもんよ

親孝行とは、子供幸福に生き続けることなんだ、あなた幸福はなんなんだ

給料いか転職したいとかだったらさっさとしなさい

2020-07-19

anond:20200719011843

希死念慮とか焦燥感孤独感に苛まれないよ。生きてればどうにかなる。

気になるメンタル面のギャップ

 生きている大半の人は希死念慮とか焦燥感孤独感に苛まれ経験がないって本当なの…?

自分生命体としての魅力や存在意義のなさに絶望してどうしようもなくなったりしないの……?

 希死念慮はあるけれど、一般的倫理観価値観は備わってるから、自らで生命を断つことや死への恐怖だけは人並みに刷り込まれてるから死ぬ死ねない辛さやもどかしさがつらい。

生きている理由もないけど死ぬ勇気もないからダラダラ生命活動を維持してるのは甘えなんだろうか。あ、今死にそうだって思いながらもなんとか踏んばってる。がんばりたくないけとがんばらなきゃいけない。

 目に見えて分かってしま容姿への劣等感、それによって形成される他者とのコミュニケーションや相関図が苦しい。ああ、満たされない承認欲求自己顕示欲。なんかすごく俗っぽい悩みの種なのがものすごく嫌だ。

どうあがいてもここから文章がまとまらない、無理だもうやめよう。眠りにつこう。

2020-07-09

俺は心療内科にかかって恐らくは発達障害だろうと診察されたし仮に誤診だとしても尋常じゃない怠け者に違いないけど

時々病院に行ってコンサータストラテラインチュニブを貰うくらいでアルバイト就職活動なんて何もしていない

働き手だった父親が亡くなったので今は母親と二人暮らし貯金を食い潰しているような有様

でも最近焦燥感なんて何も無いし毎日TVを見たりインターネットをしたリゲームをするだけで時間が過ぎていくのでそれも良いと思っている

年始めたアルバイトニートの体にはとても過酷で5日で辞めてしまったしね、また働きたいと自然に思う日までは毎日こんな風にダラダラしていても良いや

創作パラノイアについて

オタク界に広がる二次創作文化の影で生まれ

創作をやらない」のでなく「創作出来ない」人間お気持ち表明。

創作パラノイアについて、主だった病状は以下の2つである

(1) いつも漠然と”創作をしなければならない”という義務感(あるいは焦燥感)に駆られている

(2) 創作を達成できなかった日は、どれだけ楽しかろうと意味はないという気持ちになる

これだけならば、創作を達成し続けるだけで生活に支障は発生しない、問題は次の症状が併発したケースだ。

(3) 創作意欲が形だけで実際に達成されることがない(創作に取り組めたとしても達成と思えることがない)

(4) 実力以上に自分創作力を過信している

(5) そもそも創作が好きではない

こうなってしまうと、好きでもないものに向き合わなければならない強い義務感を毎日感じ、その義務遂行しようとしても達成されることはなく、”今日成し得たかもしれない可能性”という実のない幻想生活を蝕まれ続け、疲弊してしまう。

この手の人間たちは表現する術を持たないため、表に現れることはないがオタクたちの中に相当数いるのではないかと思う。

2020-07-06

調子を出すコツ

調子が沈んでいたとき解決した方法と症状を記録してみる。

  • すべきことにまず取り組んでみる
    • これができれば世話はない。やり始める方法が未だにわからないが、やりだすと頭が回りだす。



  • 脳トレする
    • 脳内で全く考えることができなくなって、会話等ができなくなったときに効く。脳トレを3日ほどやればだいぶマシになる。


  • 散髪する
    • 散髪すると急に自分の身だしなみが気になりだして、自分自身への関心を失っていたことに気づく。2ヶ月以内で切っておきたい。





こういうノウハウ他にもないかな。

2020-07-04

七瀬サイドの人間はなぜ対価システムに至るのか(おけけパワー中島)

■おけけパワー中島人間関係に対価システムを持ち込むオタク

https://anond.hatelabo.jp/20200703193938

 先日こちらのお気持ち文を投下したところ、想像以上の反響があった。私も主にツイッター感想などを眺めていたのだが、感想をつぶやいてくれた人のうち7割ほどが七瀬サイド、2割ほどがおパ島綾城サイド、残り一割はどちらにも属さないという比率であった。

 追記や補足で、七瀬サイドが対価システムに走る理由や、それらが巻き起こす事故についてざっくりと説明をしたが、やや説明不足なところがあったため、あらためて対価システムの成り立ちと、巻き起こった事故などについて書かせていただく。

 なお、今回の文章漫画への関連性が薄く、私の実体験や周囲で観測した事故の話を多分に含んでいるため、人によってはトラウマの想起を招いたり、公平性に欠けるところも多々見受けられると思う。不快に思われたら、体調を崩す前にブラウザバックしていただきたい。

有能アピールはなぜ始まるのか

 心理学に、マズロー欲求5段解説というものがある。下から順に、生理的欲求安全欲求社会的(愛の)欲求承認欲求自己実現欲求ヒエラルキー型に並び、一つの欲求が満たされると、もう一つ上にある欲求を満たしたいという気持ちが湧いてくるようになる、というものだ(詳しくはググってほしい)。

 対価システムにとらわれるコミュ障は、多くがこの社会的(愛の)欲求か、承認欲求に大きくかかわる、ネガティブ経験(いじめ孤立暴言虐待など)がある。要因はコミュ力の低さや容姿機能不全家庭(いわゆる毒親)や身体的欠落によるハンデなどさまざまだが、とにかく、これらが幼少期に満たされていないと、自己肯定感を持てなかったり、不安障害発症したりと、成長後人格成型に大きな傷跡を残すこととなる。

 自己肯定感のなさやコミュニケーション能力の欠落はストレスを加速させ、やがて他者言葉行為意味を悪意的にとらえたり、常に攻撃的な態度をとるなどして”周囲に期待をしない”ことで、自分を守ろうとする。これは努力性格問題というよりは、本能的な防衛反応である

 ストレスに晒され続けると人間の脳は委縮し、判断力選択肢を失い、やがて自傷他傷の二択に追い込まれしまう。自分含め、人を傷つけるのは世間一般的に望ましい行いではないが、酷寒の雪山で身震いを止めることが不可能であるように、”いま”そうでない人であっても、追い詰められればこうなる可能性があるということは、どうかご理解いただきたい。

 無条件に愛されるという経験が少ない人間は、「何かメリット相手に感じさせないと見捨てられる」という不安に取りつかれがちで、かつ自分をとことん下げているので相対的相手は雲上人となり、相手の”貴重な”時間無駄にしないため、関心を引くために、有能アピールを始めるようになる。自己顕示欲というよりは、お友達料金に近い。

 親切心で行うというよりは、存在しているだけで周囲に迷惑を与えていると考え、その損失を埋めるべく”他の分野で”役に立つことで相殺しようというシステムだ。

 しかし埋め合わせが毎回成功するなどは到底あり得ない上に、対価システムを持つようになる人間社会的能力が低めなため、昼食に誘ってもらえた際に、誘ってくれた相手に報いようと必死で話しすぎて空気を凍らせてしまったり、面倒ごとを引き受けることでいい顔をしようとして、身の丈に合わぬことを一人で背負いこみ、結果周囲に尻拭いをさせてしまったりと、心臓が痛くなるような失敗をしてしまいがちだ。

 埋め合わせに失敗したら、さら必死に償わなければならない気持ちになる。そしてそういう時に限ってますますやらかし雪だるま式焦燥感無力感と、ストレスが膨らんでいく。とてもつらい。


対価システム押し売り

 不平等相手に飲ませていることに抵抗を覚え、距離を取るようになるのは一般的な考えだと思うが、対価システム保持者はニュートラル自分という存在に、強力なデバフをかけている。生きているだけで常時-10点といった状態だ。向こうからすれば存在しないその10点分を穴埋めしようと、できれば次にミスった時のための貯蓄をしようとやっきになって空回りし、無駄疲弊して疎遠になるケースもある。

 これを相手視点で見ると、やたら労力の成果を見せてきたり、マウントを取ってあわあわした挙句、急に疲れ果てた様子になり、そのうち連絡もしなくなるという、まったく謎の状態である相手の期待を裏切りたくないという気持ちや、一緒にいるだけで迷惑から……という卑屈さは、相手には関係ないのだ。

 まだそれだけならただの変な人で終われるが、もっと悲惨なケースだと、最初は完全に捧げる気持ちで書いていたのだが、もらってばかりでは悪いからと返礼があり、やがて絵を描く目的が返礼になって相手疲弊させてしまったり、見返りを求めず書いていたはずが、自分ばかり書いていて不公平だとなぜか不満を抱き、それを相手にぶつけ不快にさせたり……などがある。

 当然のことだが、人はそれぞれ価値観や許容量が異なるし、ルールマナーモラルはそれぞれ別物である。自他の区別境界線あいまいだと、「自分は平気だから○○さんも平気だろう」「自分はこれを守っているのだから、向こうも当然守るだろう」と、無自覚価値観押し売りをはたらいてしま可能性がある。コミュニケーションに自信のない人は、よほど普遍的な事例を除いて、基本的にその都度確認か観察する癖をつけたほうがいい。


対価システムの行く末

 七瀬の目的は、一貫して「綾城に認められる」であった。話が進むにつれいろいろと拗らせ、ついには諦めてしまうも、最後までそのスタンスぶれることはなかった。

 気さくなリプライを送り、ジャンル外の話題なども提供してくれ、通話して楽しいおパ島と、まったく交流を持ち掛けてこず、静かに有能アピールをしてくるだけの七瀬。楽しい相手交流したい綾城が後者を選ぶ可能性は、限りなく低い。

 「何かしら対価を支払えば、正当な結果が返ってくるものだ」と思い込んでしま認知バイアスのことを世界公平仮説と言うが、対価システムはこれに限りなく近い。

 しかし、実際は努力が必ず報われるという保証はない。どんなに頑張っても認めてもらえない、ありのままではなお肯定されない状況が続けば、世界を恨むか、オカルトに走るか、すべてを諦めるようになってしまう。頼むから、こうなる前に七瀬はカウンセリングに行ってほしい。

最期

 私は心理学権威でもカウンセラーでもないのだが、私の言葉が、少しでも自己分析の助けになり、気持ちを整理するきっかけになれたなら、この上ない喜びだ。

 それと、自己肯定感が著しく低い人には、どうか自分を、ほんの少しでいいので肯定してほしい。全肯定ではなくていい。なにかひとつだけ、人より優れてなくていいから、好きになれる個性を見つけてほしい。箸の持ち方でもお礼をちゃんということでも、声でも足でも字でも、なんでもいい。ひとつあるだけで、少しずつでも自己肯定感をはぐくんでいけるから

追記

■対価システム人間の面倒くささと負の公平仮説(おけけパワー中島)

https://anond.hatelabo.jp/20200705112649

公平仮説についての補足と、個人的にとった解決手段他山の石にしてもらうべくしたためた。今回と同様に、科学的な根拠などはほぼないことをご容赦願いたい。

2020-07-03

強い渇望感がずっと続いているが、自分でも何を求めているかからないので、何を探しているのかわからないまま何時間ネットを見続けて結局何も得られずに終わる。苦しい。何が苦しいのかわからない。焦燥感が酷い。何か欲しくてたまらないものがあるのだがそれが何かわからない。眠れない。眠い

ある漫画を読んで全然関係ない自分経験を思い出した話

私がこれを書こうと思ったきっかけは、Twitterで流れてきたある漫画だった。それは、神字書きに触発され自分でもそのカプを書こう!となりその神や神の相互に心を掻き乱されまくるという話である(トレンドにも入っていたので、目にした方は多いんじゃないかと思う)。オチもないし読み返しても何が言いたかったのかわからないので、時間のない方はスルーするのをオススメする。こういうことがあったよーという経験談であることを了承した上で読んでいただきたい。

私は、出戻りし再ハマりしたジャンル(以下某ジャンル)にて自カプ(以下AB)にどハマりしていた。ここで隙自語させていただくが、自分はめちゃくちゃ、めちゃくちゃ飽き性である。熱しやすく冷めやすタイプである。それを前提にこの文章を読んでもらうと、憐みが増すと思う。

その話は置いておくが、私はABを検索している中神を知った。神は、可愛い絵を描く絵師だった。まだ駆け出しだったし、おそらく公開垢で同人活動するのは初めてのようで、フォロワーも全くいなかった。私は神の絵に惚れ込み、誰からも送られてなかったマシュマロに長文の感想(というか1枚しか絵を上げていなかったので、ほぼ好き!!という告白)を送った。すごく喜んでくれた。それから自分もABで同人活動を始めよう。そう思った。

自分には死ぬほど絵の才能がなかった。なので文章を書くことに挑戦した。某ジャンルに初めてハマった時に、一度だけ文章を書いたきりであったが、頑張ってSSを書き、そして神をフォローした。私など神にとっては虫けらのようなものだったが、神は私の1つのSSだけで、フォロバをしてくれた。その時既に、私は神と自分より2週間前に繋がった相互(以下Xさん)がいることを知っていた。そして、私もXさんと相互だった。

Xさんは、絵を描くのは初といった感じの人で、沢山のジャンルにハマってきた歴戦の兵士だった。正直、Xさんの絵は上手いと言われればそうではなかったと思うし、ABへの熱だけで絵をあげている人だった。いい人だった。でも、だからといって、私にはXさんと繋がる理由はない。ということは、今思い返してみても私は心の奥底で2人が仲良くしてるところに混ざりたい、という醜い欲望があったのだと思う。

私は、神がアカウントを作ってからずっと見てきた。Xさんが繋がる前に神があげ、消した絵ももちろん見てきた。神と繋がった時に、「以前あげていた〇〇のABがメチャクチャ好きでした!!」と送ったら、「そこから見てくださってたんですね!ありがとうございます!」と返信してくれた。私には神をずっと見てきているという傲りがあった。そして、神はそれをすごく喜んでくれ、そこから約3ヶ月後のイベントに参加するなら、会いませんか?と言ってくれた。もちろん会います!!!!と食い気味に返信した。

私は神とお近づきになりたいと思っていた浅はかな人間で、あわよくば通話とかもしたいな〜なんて思っていた(自分コミュ障なのでこちからしかけることはできないタイプだった)。そこで、神とXさんが通話アプリ通話し始めたのを知った。私もその通話アプリで2人とフレンドだったから、アプリの通知で2人が話していることも知っていた。ツイッターでも毎週◯曜日の深夜に話しましょう!と話しているのも見かけた。そのアプリは、そのメンバーとフレンドだったら勝手に話しているところに入っていけるシステムだった。しかし、私には入っていく勇気がなかった。

それから、数週間たった。彼女らは、タメで話していた。そして、その通話アプリ最近話していないなと思っていたら、LINEを交換してLINE通話をしていた。それが堪らなく嫌で嫌で死にたくなった。なんだか全体的に冷めてしまった。萎えた。今思えば私から歩み寄りをしていなかっただけだったが、私はABの生産量が足りないから神と話せないんだ、と思い込みABをすごい勢いで生産していった。かなり反応も貰えるようになり、ありがたいことにフォローしてくれる人も増えてきた。

しかし、ここで、スキル:飽き性が発揮された。まず、私はハマったカプは1ヶ月も持たないのだ。アカウントを作り同人活動を始めたことを本当に後悔した。そして、ここでABに対する自分価値観と、ABに対する大衆価値観が違うことに思い知らされる。ABは、公式提示してくれて、しかハッピーエンド万歳という雰囲気のカプだった。カプの傾向を左右する何人かの大手絵師ハッピーエンド万歳傾向にあったし、ほとんどの二次創作作品が、幸せで溢れていた。しかし、私の生み出す作品は薄暗くて、あまりに浮いていた。そこから自分はABについて何もわからなくなった。アカウントを消せばよかったのだが、せっかく神と繋がれて、約3ヶ月後のイベントで会う約束をした以上、とりあえずイベントまでは頑張ろう、そう思って苦しみながらABを生産し続けた。

イベントも約1ヶ月後!とみんなが浮かれている中、私は某ジャンルにもABにも疲れ果てていた。某ジャンルは離れ、別のソシャゲをしていたし、ABなのかBAなのかわからなくなって、解釈に悩みすぎて終いにはA、B、2人のカプが見れなくなってしまった。今すぐ消えてしまたかった。それでも、私は神をイベントで一目見たかった。

そして日数が過ぎイベントの前日、神はXさんと遊んでいた。私は何をやっているんだろうと思った。謎の嫉妬焦燥感に襲われて、死にたくなりながら寝た。ABのスペースがたくさんあるイベントなんて面倒くさくて行きたくなかった。

当日、私はずっと仲の良いリア友兼オタ友とイベントに行った。もう好きじゃなくなってしまったABのスペースをてきとうに巡回し、神に送った「会場にいるなら会いませんか」というDMへの返信を待ち続けた。神から「ABのスペースらへんにいます」という返信が来た。私はダッシュで神のところへ向かった(会場で走っちゃダメです)。

神はめちゃくちゃ可愛かった。そして、すごく優しくて親切でいい人だった。性格が悪くて毎日鬱で死んでいる自分とは対称的な人だった。神は一緒にABのスペースを巡回してくれ、初めて直接話してAB以外の話でも盛り上がり、LINEを交換してくれた。もっと神と話したかったし、自分にも連れがいたものご飯の予定でも立てられないかななんて思っていた。

神は、私をXさんのところへ連れて行った。神はXさんと慣れ親しんだ感じで電話しながら、落ち合った。Xさんもいい人だった。目の前で、神とXさんが話しているのを見て初めてああ、圧倒的に"足りない"と思った。ABに対する情熱も、過ごした時間も。本当に死にたくなった。その後、3分足らずで解散し、大好きなリア友と帰りカラオケに行った。同じタイミングで、神とXさんが同じくカラオケに行きABの歌を歌っているのをツイートしていた。神は遠征組だったので、帰ってしまった。ああ、もう神と2度と会うことはないだろうなと思った。

イベントに行ったからと言って、ABがまた好きになるわけではなかった。自分が書いた文章を読み返して吐き気がした。本当に、何もかもが嫌になって、TLを見るのをやめた。私は神とのLINEを途中で無視した。

それから約5ヶ月がたった。完全に某ジャンルからは離れ、ABも読めなくなった。久々にアカウントログインし、TLを見たら、みんなはまだABが大好きだった。ずっとABを生産し続けていた。アカウントを消すのも億劫だった。LINEは未だに無視している。最低だ。5ヶ月何もツイートもせず作品をあげることもせず、LINEも返さない私の存在なんて忘れているに違いないし、別にそれでよかった。そして、今もこの状態が続いている。

あそこで、同人活動を始めなければ解釈が難しくなって、ABを嫌いになったりなんかしなかったのだろうか。イベントに行く前に、ABを生産できなくなった時点で、アカウントを消すべきだったのだろうか。理不尽LINE無視されている神は当然悪くないし、Xさんも悪くない。悪いのは一時的な興奮で神に踏み込みたいと思ってしまった私である

それでも私は、イベントで神が私と話して嬉しそうにしてくれた時のことを思い出して、この一連の思い出が良かったのか悪かったのか、それを決められないでいる。

(追記)

身バレすると思い上の文章では書かなかったが、実は私は高校生だ。ちなみに神も高校生だったし(イベントで知った)、Xさんは成人済みの方だった。いい年した大人がこんなゴミみたいなことしてるわけではないです。すまん。いやまあ高校生でも恥ずかしいけど。

(追記)

というか何が最低かってネット上の知らん人間嫉妬したのもそうだけど、神はイベントで私と話が盛り上がって、しかも年齢層高めの中で神と私は年齢低めで近くて、っていうのでイベントからLINEもくれたし通話しましょう!って言ってくれたのにABを拗らせすぎて嫌いになってしまったという至極どうでもいい個人的な都合で神から差し伸べてくれた手を振り払って無視してるのはこちらなんですよね!!それが最低…

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