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はてなキーワード: 類推とは

2020-06-02

anond:20200526233613

1) 名前を略したもの・・・アイマスアイモバ・ぷちます・しんげき・デレステミリシタ

2) 種別所属を略したもの・・・アケマス(レトロニム)・箱マス・ニコマスアニマス・ムビマス・モバマスグリマス

3) 2)から派生して末尾にマスがつくからアイマスだと類推されるもの・・・デレマスミリマス・Mマス・シノマス・シャニマスアノニマス

2020-06-01

団藤重光の化けの皮がはがれた瞬間

 昭和57(し)101  電汽車往来危険威力業務妨害被疑事件についてした逮捕状及びそれに基づく処分に対する準抗告棄却決定に対する特別抗告

昭和57年8月27日  最高裁判所第一法廷  決定  棄却  広島地方裁判所

    において、最高裁第一法廷裁判長担当していたときに出した、次のそっけない決定のときであろう。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/279/050279_hanrei.pdf

   学者の間では、刑訴法の他の条文の類推適用などにより、逮捕に対する準抗告を認めるべきだとの議論平成に入ってから陸続しているが、団藤は裁判長として

最高裁において、準抗告はできないとの判断を示した。

   最高裁刑事部の癌化は昭和40年代以降、着々と進んでいるが、耄碌して最高裁暇つぶしをしていた団藤が、決定において、明確に、逮捕に対する準抗告

認めなかったことにより、昭和の法の何かが決定的に終わったと言える。

   

2020-05-27

Google検索ワードサジェスチョンエロが出てこない件

検索文字列を途中まで入力した時に、語句類推?っていうのしてくれる機能あるじゃないですか。エロい語句だとやってくんないですよね。Googleの中で、エロい担当エラい人が「この語句ダメ!」とか決めて運用してるのかな、とか久しぶりに見ようとした馴染みのエロサイトサイト名が分かんなくて悩みながら思った。

2020-05-25

anond:20200525180903

"こじらせ"た英語教育者が多いと感じる

みたいなね。予備校の有名講師でも文法原理主義・構文原理主義みたいなのもいる

anond:20200525145058

こういう冷笑がいろいろなもの台無しにしていく。

自分はまともと考えており、世間知があると自認しており、

そこから類推に自信を持っており、

xxxxxであると、なぜか無根拠に断定している。

平均以上との自覚とは裏腹に、いつも平均を少し押し下げる役割を演じる。

はてなの悪見本。浅知恵の末路。

2020-05-20

数学の内容が高度になる程、扱う対象抽象的でイメージしづらくなると思う。

本職の数学屋さんはどのように数学対象を把握しているのだろう?

次元を落としたり、具体例から類推イメージする

イメージ化は放棄して論理的整合性のみで納得する

③実は普通にイメージできる(4次元空間体感できる)

他にはあるだろうか。

2020-04-30

岡村隆史非難する事によって生ずる弊害

岡村氏の風俗に対する発言が物議を醸している。これは到底擁護出来るものではないという見方が強く、インターネット上でも彼を非難する意見大勢を占めていると言っていいだろう。

しか個人的には、彼を非難するだけで良いのだろうか?非難している側にも問題があるのではないだろうか?という疑念が湧いてくるのだ、本稿ではそれをまとめてみたいと思う。

岡村氏の発言意図

世間は彼の発言を「この先美人女性が不幸にも風俗に身をやつすことで、金の力を以て性的搾取出来ると期待している」と解釈しているように思うが、これは正しくないと思う。

このような見方は、単純に言って風俗嬢=弱者 客の男性強者という力関係を前提としており、その権力構造の中で男性による女性に対する性的搾取が行われている、という世界観に基づくものだろうが、おそらく岡村自身及びリスナーにこのような考え方は全く馴染まない。

風俗に行くような男性というのは、まあいろいろな例外はあるにせよ基本的にはモテない男性である

自由恋愛の中で性的関係を満足に築けない男性が、お金を払って女性相手をしてもらう為の場所であり、少なくとも本人の自意識の上で客というのはヒエラルキーの最底辺に属するものと思われる。

まり岡村氏の視座から見れば、風俗嬢というのは最大限に言っても対等な関係であり「今後極短期間だけ風俗業に従事するかもしれないが、まだ従事することのない美人」については、これは当然雲上の存在である

そんな雲上人がもしかしたら自分たち下々と同じ地平に一定期間だけでも降りてきてくださるかもしれない、ということを彼は楽しみしているわけで、

世間が思うような上から目線搾取希望などはなく、とてもとても下から目線弱者視点なんだろうと思う。

それがリスナーという一般人非モテ男性に憑依したことで獲得された態度なのか、自身のもともとの女性に対する屈折が招いたものなのかは定かではないが、

そんな超一流売れっ子芸人とはとても思えない弱者的な眼差しから齎された意見なんだということが誤解されていると感じる。

問:風俗嬢は不幸なのか?

しかし、仮に上で類推した意図が正しかったとしても、この先美人女性が望まぬ性風俗への就業余儀なくされるというのは一般的には不幸なことで、そのような不幸を喜ぶ態度は非難されて当然である

という反論が出てくるだろう。だがこの反論には2つの問題点があると感じる。

まず一つには、女性の望まぬ性風俗への就業を支えているのは、上述したようにまさしく望まぬ禁欲主義(Involuntary Celibate:インセル)的な男性欲望である

風俗嬢がいなければ欲求の解消も出来ない男性たちが、性風俗への就業を「本来なくさねばならない不幸」と捉えることが、果たしてどのように可能だろうか?

個人的にはそれは、無理がある話だと思う。

もう一つ、なぜ殊更この先風俗嬢になる人間についてけが取りざたされるのか?ということである

望まぬ性風俗への就業というのは、既にしていままでにも幾らでも起こっていることである。だからこの先も非難するな現状追認せよという話ではない。

まり、望まぬ性風俗への就業自体問題視するのなら、風俗自体解体を唱えなければならないはずだということだ。

仮に岡村氏の発言が「風俗にはほんまお世話になってて、僕風俗なしではやっていかれませんわ」というようなものだった場合、これほど叩かれただろうか?おそらくは全く叩かれていなかったろうと思う。

だが、そのような風俗肯定コロナウィルスなどとは無関係に望まぬ性風俗への就業肯定に他ならず、その点については今般の発言と全く同一の地平にあるはずだ、批判者の中で何が違うのか?

コロナウィルス被害性風俗嬢にならざるを得なくなるというのは身近で感情移入可能だが、それ以前にあった貧困教育機会の喪失による就業は遠い世界出来事なので切断しているのではなかろうか。

そんな差別意識が仄見えるのである

結局そのような世界観は、インセル的な客の男性のことも、現在風俗業に従事している女性のことも切り捨て、善意第三者として勝手他者を哀れんでいるような空理空論に思えてならないのだ。


この先は地獄

とは言え、彼のラジオ番組風俗関係者と客だけが聞くようなものではないので、無関係第三者が聞けばぎょっとして気分を害すものであったのは間違いないところだろう。

ニッポン放送及び本人が謝罪せざるをえなくなるというのは当然の結果ではあると思う。

だが、彼が謝罪することに依って何が起こるだろうか?

謝罪は当然こういった内容になるだろう。

「先般のわたし発言女性への配慮に著しく欠けておりました。コロナウィルス被害に依って女性性風俗業へ従事せざるをえないというのはあってはならない不幸で、そのような不幸を楽しみにするなど言語道断なことでした、ごめんなさい」

しか実態はどうだろうか?やはりコロナウィルス被害によってそのような職を求める女性というのは増えるだろう。

その事実に対して、上述の謝罪性風俗への従事=不幸というスティグマ化を強烈に強める効果しかさないのではなかろうか。

それは風俗業というものを更に一段下のレイヤーに落として不可視化し、風俗嬢及び客にさらなる弱者意識を醸成させる結果にしかならない。それは控えめに言って地獄であろう。

からこの騒動を奇貨とするならば、岡村氏の考えなしの発言非難すればいいなどという無邪気な考えでは駄目で、そもそも社会として性風俗をどう考えるのかを問い直すべきだと私は思う。

それが出来ないのであれば結局非難している人間も彼と同じ、「被害者ぶった加害者」でしかないのだ。

2020-04-24

大人の金遣い

年齢重ねる度に金遣い荒くなってきたわ。たくさんのものお金を使う荒さじゃなくて、経験したことから類推して、早く思考を停止するためにとりあえず払ってしまう感じ。

振り込め詐欺お金を払ってしま気持ちがわかってきた気がする。

2020-04-19

ABEMAトナメ将棋界がお祭りになってる件

将棋AbemaTVトーナメントが先々週あたりから放送されているのだが、これが尋常でない面白さなである。ひねくれたファンが多い将棋ギャラリー界においても今のところ「収録順と放送順が違うのではないか」というぐらいの批判(なのか?)しかされていない。コロナで各棋戦が延期になり、みんなが家にいるという状況も手伝い、将棋界ではもはやこれを観ていないと人権が確保されないところまで盛り上がっている。しかし世情が影響しているとはいえ、この盛り上がりはトーナメント自体がとんでもなく面白いという理由を抜きにしては語れない。以下では、何がそんなに面白いのかを非常に偏った視点から解説する。

AbemaTVトーナメントとは

持ち時間5分+一手ごとに5秒加算という超早指しの棋戦である。この棋戦が出てくるまで早指しの代名詞であったNHK杯20分が切れたら一手30秒という感じ(厳密には違うが)なので、文字通り桁が違う早指しである。ちなみに持ち時間が最長の棋戦は名人を決める決勝の9時間である

それに加えて今回の第3回では、棋士同士のチーム戦という要素も加わる。タイトルホルダーと順位戦Top10棋士ドラフト形式で2名を指名し3人のチームで戦う。過去二回のトーナメントでは二回とも藤井聡太が優勝している(ヤバい)のですが、ドラフト採用していることにより、「そりゃ藤井くん指名したいけど抽選で外れて改めて指名し直すよりは他の人と被らなそうな有望株を指名したほうがいいな…」あるいは「それでも俺は藤井くん指名するぜ」という力学が働き、各チームの特色が生まれることになる。

超早指しが教えてくれたこ

Abemaトーナメントを観たことのない人はまずこの映像の18:30あたりから1分くらい観てほしい。昨日放送された、今の棋界で間違いなく最強・豊島竜王名人と、今の若手で勢いは一番・本田奎五段の対局である。場面は両者残り時間20秒を切りお互いに攻める手は色々見えるけど勝ちに結びつくかは相当読まないと無理な局面

https://abema.tv/video/episode/288-23_s30_p17

さて、観ましたね?頭良さそうな顔をした人たちがチェスクロックを叩き壊さんばかりの勢いで叩いてそれに対して外野がわーわー言ってましたね(将棋界では本当にひえーと言うこともわかったと思います)。このスピード感と荒々しさは今までの将棋界にはまったくなかったものである普通将棋中継は眠くて観ていられない人(将棋ファンにもよくいます)でもこれは面白いという人は多い。しかし、ABEMAトーナメント面白いのは単にスピードが速いという理由だけではないと私は思っている。

これから私は自分変態性を告白しますが、普段扇子パタパタしながら難しいことを考えていそうな顔(まあ考えているのだろう)をしている棋士たちが、1秒を惜しむ必死な手付きでチェスクロックを叩きあっているのを見るのは正直にいって痛快である。この暗い愉しみはいかに趣味の悪いものではあるが、ABEMAトーナメントを観ている人間であれば誰であれ多少なりともその愉しみを感じてしまっているいるということは否定できないはずである。このことが明らかにしたのは、たとえばボクシングコロッセオでの奴隷同士の戦いを眺める貴族の遊びの系譜に連なることは明らかであるが、将棋というマインドスポーツもまたその系譜にあるということである。つまり将棋はいかにも「お上品なインテリ伝統文化でござい!」みたいな顔をしているけど、実は相当野蛮なものであるということである。まあ改めて考えてみれば他人戦争を指揮して戦っているのを上空から眺めるという行いが趣味の良いものであるはずはなかったのだが。

話は変わるが、これまで「将棋インターネットと相性が良い」ということがしばしば語られる際、それはたいてい将棋の長時間性とインターネットの無時間性が引き合いに出されてきた。わざわざテレビ向けにルールが作られたNHK杯とかを除けば、将棋の楽しみは長時間棋士が頭を絞って考えるところにあり、そんなものインターネットしかまるごと放送できない、ということである

後知恵になるが、今やそれが間違っていたことは明白である将棋は持ち時間が長かろうが短かろうがインターネットと相性が良い。要するに面白コンテンツインターネットと相性が良いというただそれだけのことでしかなかったのである将棋ファン棋士が思っていたより面白かった。それがこの超早指し棋戦が教えてくれたこである。そして、更にその面白さを補強するのがチーム戦という要素である

棋士のチーム戦

棋士というのは究極の個人商売である。これまでに棋士同士がチームを組んで戦ったのは、コンピューターvs人類という枠組みがあった電王戦ぐらいのものであろう。そのことを、第2回電王戦コンピューターと劇的な泥仕合を繰り広げ引き分けに持ち込んだ塚田泰明はこう語っている。

「なぜ涙が出たのか、ですか? 負け越さずに三浦さんにつなぐことができた、その安堵からです。

もちろん、投了すべきかとも思いました。批判があることも知っています。でも、どんな形であれ、自分はチームのことを考え、最優先したんだ、そう思うと……。

どうも『チーム戦』という言葉に弱いみたいです。その言葉を口にすると、ううっ、と来るんです」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/35787?page=3

普段まったくチームというものから離れているからこその純粋さであろう。今回のように棋士同士がチームを組み棋士と戦う、というのはもしかしたら将棋歴史史上初かもしれない(まあテレビ企画リレー対局とかはあったけどね)。

これまで我々関係性厨は、限られたリソース師弟関係出身地出身道場、共著、対談、解説イベントでの共演、自戦記や観戦記に書かれたちょっとしたエピソード等、結構あるな!)から棋士関係性を類推することしかできなかった。そのせいで「あの棋士とあの棋士は仲がいい!だって同じコマにいた!」状態になっている人もしばしば見かけた。というかさっきも2ch名人コメント欄で見た。

そこに来てトップ棋士によるドラフトという心理的駆け引きのあるチーム編成であるドラフトは「他の人はそこまで評価してなくても自分が高く評価している棋士」を選ぶ力学が働く。つまり「他のヤツらは分かってないけど俺だけはアイツのいいところを知ってるぜ」な棋士が選ばれる可能性が高い、というか実際そうなった。これは公式からカップリングお墨付きが出たようなものである

先程の映像でも「勝ってると思います勝ってると思います打ってください打ってくださいとりあえず打て!」と、お前そんな早口できたんかというほどの早口野球を観戦しているおっさんと化している三浦九段が映されてしまっていたが、棋士棋士応援する、という光景電王戦以来久しく見ることができなかったものである私生活でどれほど仲良くても盤を挟んでしまえば(あるいは挟んでいない時でも常に)敵なのである。書いてて思ったけどこの関係尊いよね…。いや、それはそれとして、逆から見れば仲のいい棋士が戦っている相手もまた同じ将棋界の同士であるので(それも尊い)、普通棋士棋士応援を公にするということはない。我々ファンは「あの棋士祝勝会/残念会にあの棋士が来たらしい」などというエピソードニコ生で聞いては悶えるだけだったのである

しかし今回は。堂々と棋士棋士応援しているのであるしかしそれは我々が見るのは初めてであっても、きっと棋士本人にとっては仲のいい棋士に対して心の内でいつも思っていることのはずで。それって普通Pixivの〇〇視点SSとかでしか摂取できない成分のはずなのだがなぜか今回は公式にそれが提供されている。関係性の過剰摂取死ぬ

さらに、である。アベマはコンテンツの活かし方をわかっている、というレベルを遥かに超えてプロ(何のだ)が中の人にいるとしか思えない手を指してくる。それが一局分丸々の控室の未公開映像(アベマプレミアム960円登録すれば無料で見られる)と、チーム戦前バラエティ的な親睦会映像、そしてチームのTwitterである。出色なのがTwitterで、チーム佐藤康光さながらレジェンド棋士同士のフランク交換日記様相を呈している。棋士イチャイチャしてるのを現在進行形無限に見ていられるのである死ぬ

からでも間に合う第3回AbemaTVトーナメント

まずはAbemaプレミアム月960円、999999999億円の価値がある未公開映像過去回が観られるので実質無料)に登録して過去回(と言ってもドラフトと先週分しか無い)や先に述べたような映像コンテンツを観ましょう。煽りVや実況解説があるので棋士を知らなくても楽しめます。そしてチームのTwitterフォローしましょう。

いきなり金を払うのは…、という人も無料で観られるコンテンツ(昨日分とか親睦会とか)も多いのでとりあえずAbemaのページに行きましょう。

https://abema.tv/video/title/288-23

あなたはもしかしたらそのうちにAbemaプレミアム初月無料という文字列を発見するかもしれません。その際は「絶対解約し忘れを狙ってるやろ」とか「初回無料とかドラッグの売人とやり口が同じやんけ」などと思わず、素直に登録しましょう。先程も述べたように960円取られても実質無料ですので。

Abemaトーナメントは全何週あるのかわかりませんがまだ昨日で3週目です。将棋でいうとまだ7六歩です。今からでも全然間に合いますので皆さんで盛り上がっていきましょう。

2020-04-14

anond:20200414190226

私は不幸になれとは言っていませんしこれまでのはてなユーザーのみなさんの言動から類推できる皆さんのお考えを確認しているだけです

2020-04-08

緊急事態宣言の「現実的な損失補填」を落ち着いて考えてくれ

緊急事態宣言の損失補塡、首相否定現実的でない」 [新型コロナウイルス][緊急事態宣言]:朝日新聞デジタル

https://www.asahi.com/articles/ASN4746YGN47UTFK00P.html

>>安倍晋三首相事業者に直接補償することを否定。「飲食店」を例に挙げ、「そこ(飲食店)に納入している人たちも、大きな影響を受ける。自粛要請している人に限って、その額を補償するのは、バランスを欠く」と答弁。飲食店補償したとしても、納入業者には補償されないので、バランスを失するとの考えを示した。<<

これに憤っていたはてなー、まずはキミが落ち着け(水ドン

はてなはITや歴史には強い人が多い。

けど、会計経済には疎いって人が多い環境なのは自覚しとかないといかんよね。

袋だたきに遭っていた「現実的ではない」という発言だが、会計畑の人間から見ると当たり前すぎる話。

いい機会だから自分会計能力のヤバさをこの増田で試していってくれ。

まず、そもそも「損失補填」って何よ?

この一言でピンと来ないんなら、頭の中に「損失」の会計的な概念存在していない。

気象災害であれば価値の失われた資産がある。

その価値の減少にかかる損失は資産の帳簿上の金額や、修繕に掛かった支出額で類推できる。

けれど、コロナ場合、具体的な資産価値の減少があるわけではない。

損失がいくらだったのかが、資産の減少や具体的な支出で測定できない。

それなら、どうやって損失を測ろう?

自粛収入がなくなった金額補填すれば簡単だろうが」

なんて考えるのも会計能力が低すぎてヤバい

事業会計個人のおこづかいレベルで考えてる感じ。

収入の減少を測定するには、「たぶんあったであろう売上の見積り」との比較で行われる。

この見積り計算は、過去の売上を参考にして行えば簡単そうに思えるが、そう甘くない。

たとえば、コロナとは無関係事業の規模を昨年よりも減らしていた場合は、損失にする?

たまたま営業に失敗していて撤退する予定だったのを、コロナのせいにして補償をもらうのはあり?

「そういう個別のケースを考えるよりも助けるのが先だ」

ってな考え方をする人もいるだろうけど、激烈に甘すぎる。

緊急事態宣言により休止させられた事業だけに限定するなら、売上が一律にゼロで分かりやすいだろう。

でも、「自粛して売上が減りましたー」という自己申告は、どう計算するのが現実的だ?

あまあま基準見積りしていいんなら、現状で問題ない活動も休止して全額損失として請求するわ。

そういう不正申請と本当の自粛とを、どうやって現実的に見極める?

性善説補償しまくるか、不正を見抜くためのシステムをじっくり作って計算するか。

どっちも現実的ではないだろ。

そんなところに巨額の予算をつけて回すよりも、生活困窮者補償に金を回す方が現実的だ。

「全員に補償すればいいだろ!」

とか、脳内お花畑で騒いでいた人はもう少し落ち着いて考えてほしい。

「なら、休止を要請した企業にだけでも補償すればいいんじゃ……?」

って、最初記事にあるだろ。自粛した企業バランスを欠くって。

つーか、はてなーもっと補償申請方法とかの現実的解決策をブクマすべきじゃね?

その方が困っている人たちを多く助けられそうなんだが。

こんなあからさまな釣りタイトルネタ記事にのせられてんなよ。

「叩くポイントはここですよー」って誘導が見え見えじゃねえか。

はてなブックマークだけを情報源にしてる人もいるだろうが、調べたら見逃してる補償もあるんじゃね。

2020-03-24

anond:20200324171029

多分類推の際に用いる都市知識が不足している

簡単に言えば中世ヨーロッパ風の都市を思い浮かべたくば、フランスなりローマなりの実際の知識必要だし

大都市だったら東京とかの都市風景知識必要になってくる

2020-03-21

漢字勉強しないといけないの損じゃね?

一回できるようになっちゃえばへんとつくりで類推とかできて便利ではあるんだけど、それをいうならアルファベット言語でも接尾辞接頭辞とかで似たようなことができる

ヨーロッパ人が4カ国語できるとか言ってんのみるたびにムカつく やつらせいぜい100文字(大文字文字筆記体ブロック体)くらいしか覚えなくて良い上に文法とか単語結構似てるからな…

 日本人漢字覚える時間に他言語やってたらトリリンガルくらいいけるのでは

2020-03-17

anond:20200317103842

その場合、どちらかと言えば政権支持率のほうが全体の数値として正しくて、投票のほうが正しく出てないと言える。

 

支持率っていうのはサンプリングによって偏りが無いように全体を類推する手法が取られている。

 

投票は「投票に行く程度には政治積極的な人」に限って数を数えている。つまり偏った統計である

 

ただ、自公政権っていうのは固定票が強い組織なので、投票っていう偏りの中では、むしろ数が増える。投票率が低ければ低い程強い。

なので、全体の支持率自公が強い時には、選挙結果との差が出にくい。

2020-02-20

anond:20200220053409

上手く回ってりゃそうそ疲弊しないんで、たぶん指揮系統グダグダでムダなことやって疲弊してるんだと思う

フネ現場見た訳じゃないか類推だけど、そういう構図は世にありまくる

2020-02-17

anond:20200217181448

どっちかっつーと受け取る方の問題だと思う

普通は顔だけで性別分かるし

(そういうのが本気で分からないなら発達障害とかなのかもしれない

描き方のパターンから類推できない、ってことで)

そもそも分からんなら別に分からんでもいいわけだし

2020-02-10

フェミニズム界隈を巡っての反論

 日本フェミニズムが抱えている問題複数あって、煎じ詰めれば「思想善悪如何はともかく、その行動が全く効果的ではない」という一事に尽きる。

 女性地位向上。大いに結構。その、地位向上のためにある種攻撃的な手段を用いること、これまた結構

 しかし、攻撃的な手段を用いている割には、その効果殆ど出ていないことに問題があるのである

 むしろ結果的にそのような手段が、フェミニズムに対する周囲から評価を下げてさえいるのが問題なのだ


 古来より女性男性による抑圧を受けてきた。この事実を頭から否定することはできない。

 例えば、近代イギリス小説家サマセット・モームは、作品『月と六ペンス』の中でこう書いている。「女性自分を殴る男性を好んでいる。むしろ自分を殴ることのできない男性のことを見下しているのだ」と。

 このような記述は、文脈的に言えば主人公チャールズストリックランドタヒチを訪れた際に語られているものである。ここからは、モームがどのような立場女性一般化しようとしていたのかが読み取られ得る。

 また、自然主義人間本質を虚飾なく描くことを目的とした主義思想作家大家である近代フランスエミール・ゾラが書いた『居酒屋』では、登場人物の男らが、まるで息をするように女性達を殴りつける描写が、散りばめられている。貧民層の現実標榜した彼の作品においてもまた、女性に対する暴力が大いにクローズアップされている。


 このように、国の内外を問わず女性に対する男性から暴力というもの散見される。流石に、このような状況は現代において相対的改善されているものの、未だどこかしらに不満を残す女性がいることに不思議はない。その女性らが、自らの権利を向上するための運動を行ったとして、何の不思議があろうかとも思う。


 問題は、それらの行動が評価を得にくいこと、あるいは、フェミニズム評価を落としていることである。それらの行動の多くが、効果がないどころか逆効果であるという点である

 具体的に、何故そのような問題が発生しているのか?

 以下に論点を纏めていく。


1:フェミニズム議論ソフィスティケートされすぎており、一般女性男性認識に馴染まない


 古代ギリシャ劇作家アリストファネスは、自身の著した喜劇『女の平和』にて、女性らのセックスストライキを描き出している。


 女性達が、「そんなに戦争が好きなら、私達を抱かなくとも大丈夫なんだね?」

 と、戦争反対のため断固セックス拒否する痛快さ。このような鮮やかさは、現代人にさえ快い衝撃をもたらすものである

 女性の最大の魅力は何か? それは性である、とアリストファネスは言う。

 このような言説は当時のギリシャ男性においてのみならず、近代フェミニストらにも見られる。

 女性が短いスカートを履くこと、自身の魅力を以て大いに社会地位を占めること――その権利回復せねばならないということ。それを目的として、20世紀フェミニストらが声を張り上げていたことは言うに及ぶまい。

 その運動社会において大きく効果を上げた。

 イランのごとき保守的国家においては、女性が人前に出る際には目元を除き身体ベールで覆う必要がある。そのような規則女性利益担保しているのか、損なっているのか、議論の難しい点には違いないが、現代においてはそのような保守的傾向の多くが拒否されている。女性らは、身体ベールで覆うことを一般的によしとしない。

 女性が獲得した権利はそこに見られる。つまり、性の発露である

 性はそれまで女性自由にはならなかった。構造主義先駆者とされるレヴィ・ストロースは、「女性男性らの所有物であり、婚姻という形で交換が行われた」という意味の主張を行っている。彼に対する当時のフェミニストらの批判推して知るべしだが、女性婚姻父権立場にある人間によって執り行われることは多く存在していた。そういう意味で、女性にとって婚姻も性も自由とは言い難かった時代存在していたのである

 自身の性を管理行使する権利が、婚姻不自由によって制限されていた時代があったことは、間違いない。この文脈に沿って言うならば、間違いなく女性権利現代において拡張されたのである

 ここまではフェミニズムにおいて一般的な議論範疇である

 とは言え、問題はこの延長線上にある。


 女性自身身体的魅力を大いに利用すること、それはアリストファネス喜劇に見られるように、女性自由を支えている。そこには、フェミニズムと密接に関係する女性権利の実現が確認できる。

 しかし、昨今、この身体的な魅力を大いに活用することは、「性的搾取」に繋がることが指摘されている。


1-2:性の解放性的搾取

 相対的な性の解放が、性的搾取に繋がること、これは表裏一体の問題と言える。


 当然、女性社会進出をする上で、女性自身の性を政治手段として用いることには、危うさが秘められている。

 そのような危うさをして、現代フェミニストらは「性的搾取」の大号令を行う。

 アイドル、性産業広告業芸術

 これらの分野における女性露出性的搾取危険を秘めている、と現代フェミニストらは声を揃える。そこには危険があり、権力の影がある、と。

 ここにおいて、深刻な二律背反が生じているのは明らかである

 女性スキームとして用いる性が、危機的な結果に繋がっている。ここでどうするべきなのか?

 残念ながら、この問題に明快な結論は出ていない。


 政治家の大多数が男性であるこの社会において、支配者と被支配者の対照は、男性女性という対照類推させる。

 男性狡猾である――多くの女性の思う以上に――男性狡猾である男性暴力行使することができる。端的に言って、男性の筋力は女性に勝り、悪しき意志が備わりさえすれば、女性尊厳根本からなうことを可能とする。恐らく、文明以前の原始時代においては、男性はこれらの暴力を非常に効果的に用いてきた。そこには、ある種暴力弁証法とも呼ぶべき歴史があった。例えば、あるコミュニティコミュニティが衝突する――。一方が敗北すれば、その敗者側のコミュニティに属していた女性は、勝者側に所有されることとなる。多くの場合、そこにおいて女性尊厳考慮されることはない。

 昆虫動物らに見られる、コミュニティコミュニティの争いや、イスラム国による女学校の襲撃を思い出して頂ければ、上記の言説の正しさは容易に担保されると思う。

 男性狡猾であり、暴力性を有史以来、あるいは以前において大いに活用してきた。

 勿論、現代においても男性による暴力が根絶されたわけではない――とはいえ、その状況は改善されている。暴力には法が対応する。無論、適切な対応が成されない場合存在するが、少なくとも有史以前に比べれば状況は好転している。

 その進歩の影には、恐らく全ての心ある女性と心ある男性の尽力があったことだろう(思うに、倫理を生み出すのは常に狂気じみた努力である)。

 人類は持てる限りの理性を用い、公私において倫理を整備してきた。

 我々は持てる限りの能力を用いてきた。そこに、女性の尽力が関わっているのは間違いあるまい。

 女性はその能力を大いに用いてきた。


 さて、端的に言って、性的魅力は女性能力である

 それは、女性が何かを望む際に、その実現を助ける能力になり得る。例えば、意中の人と結ばれる際にその能力は大いに役立つ。

 性的魅力は疑いなく女性能力である女性自身尊厳担保し、増進させるために、その能力は用いられ得る。


 しかし、その能力女性自身らの尊厳の為に活かすことと――それと、男性(や女性)によって、その能力が利用されること――とは二律背反となっている。

 近代において、女性の魅力や能力が、適切に用いられることをフェミニストは願ってきた。しかし、ここに来てその努力は一つの壁にぶち当たることとなる。

 例えば、大きな胸を強調したポスター女性の魅力が強調されてはいるが、不適切方法で強調されているのではないか――そういう議論が起っている。

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である、と人は言う。

 この命題は決して間違っていない。「女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である」。決して、この命題は間違っていない。

 とは言え、ここが言わばロドスである


1-3:ソフィスティケートされ過ぎた議論

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取となり得る。


 勿論それはそうだ。とは言え、そこには議論錯綜するポイントがある。

 まず第一に言えるのは、女性の魅力の発露=性的搾取といった、シンプルかつ誤謬を招く等式が発生し得ることだ。

 女性が何らかの能力を――この場合には性的魅力を――社会において発揮すること。その能力を発揮することにおいて、何らかの報酬を得ようとすること。それ自体は悪ではない。

 自分能力への対価として報酬を貰うことは、多くの場合善悪とは関係ない行為である

 例えば、女性の高く伸びやかな声、時に力強い声。歌手はそれを披露する。

 例えば、ダンサーは時に挑発的に、曲線的なライン身体を躍らせる。挑発的に、攻撃的に。

 絵画において、裸婦は笑う。裸婦は草原に寝そべり、微笑んでいる。

 これらは全て、(努力などによって獲得された)肉体的魅力を発揮する行為に他ならない。とは言え、それらの魅力や能力の発揮が、「搾取」に繋がると人は言うのである。つまり、その行為は翻って女性地位を貶め、最終的には女性全体に対する不利益を導くものだ、と叫ぶのである


 例えば、女性歌手楽曲を作り、歌う。彼女は、男性への恋心を叫ぶ歌謡曲を作り、歌う。その曲を批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

「媚び」はこの場合、不自然女性立場貶める行為であり、最終的な女性不利益を招く行為を指している。端的に、それは搾取対象であると、誰かが指摘する。

 例えば、写真家女性写真を撮る。彼女は、頬杖を付きながら、気だるげに微笑む。その写真批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。その「誰か」は、最終的に女性不利益を招くと指摘する。

 例えば、

 例えば、例えば、例えば――


 女性が魅力を発露すること、それが搾取対象になり得るということ――それは必ずしも同じではない。しかし、そこには矛盾がある。女性尊厳担保し、増進するために、魅力が用いられること。そのような魅力が搾取対象とされてしまうこと――。

 女性能力を発揮すれば、それは女性全体の利益を貶め得ると誰かが叫ぶ。

 能力を発揮すれば、誰かがそれを利用し搾取すると、その誰かは叫ぶ。最終的には、女性全体の立場は貶められ不利益帰着すると、その誰かは指摘する。

 これが、フェミニズムソフィスティケートされた結果なのである。それは、端的に矛盾である

 カメラに向かって微笑みかける誰かの存在を、「性的搾取であるとし、それがゆくゆくは女性全体の利益を損なうと指摘する――。

 このような言説には致命的な混乱が含まれていると言って差し支えないだろう。近代フェミニズムによって獲得された、女性自身能力や魅力を自身権限によって行使する自由は、ここにおいて壁にぶち当たっている。


 能力を発揮することは搾取に繋がる。能力を発揮してはいけない。

 このような論理は、一般的な男女を納得させるに足る論理であろうか?

 勿論それは不可能であるフェミニズム矛盾にぶち当たっている。

 そして、その矛盾を解消し得る論理が未だに発見されていない現在――少なくとも、フェミニズム論理一般的な男女を――あるいは当事者であるフェミニスト自身らさえ――説得できる状況にない現在思想としてのフェミニズムは大きな困難に直面していると言わざるを得ない。


2:結論

 結局、フェミニズムが直面している矛盾を、フェミニスト自身らが解決できていない状況において、その混乱を抑えられていないのが現状と言えよう。

 その混乱のさなかでは、到底周囲の人々を納得させ得る行動など、示せるわけがないのである

 昨今のフェミニズム運動空虚さ、反感のみを招く徒労さはそこに根を置いている。これまでに獲得してきたものと、これから獲得しようとするものとの間に生じる矛盾――その矛盾解決することなくして、現代フェミニズムは正しい舵取りを行うことなどできない。結論としては以上となる。

2020-01-21

田舎が嫌いだ。いじめたこともいじめられたこともなかったが、学生の頃から地元人間の馴れ馴れしさが、図々しさが気持ち悪かった。高校から逃げ出して県外に通ったけど、出身地を聞かれると適当に濁してしまう。転勤族で、とか。本当は引っ越しなんかしたことないのにね。たまに嘘もつく。できるだけ方言を使わずに過ごしてきたから、言葉もさほど汚れてはいないだろう。少なくとも、出身地類推できるほどには。

大学都内就職都内田舎とは無縁の暮らしをしていたはずだった。それなのに、彼女に言われてしまった。都内まれ彼女。「子供ができたら、あなた出身地で育ててもいいよね」流石に彼女には出身を教えているが、嫌っていることも知っているはず。なのに、適度に田舎な方が育てやすいように思えるんだそうだ。要らねえ。子供田舎に住みたがる女も要らない。話せばわかってくれそうな人だと思うが、そういうふうに思う女だってことが無理だった。果てしなく要らねえ。はあ、未だに出身呪縛に囚われている自分が嫌だよ。

2020-01-14

人間はついつい自分にあてはまる悪口を言ってしまう。

持論なんだけど、人間ってついつい自分ダメージくらう悪口を、相手に言ってしまうんだよね。

 

これは特にネットで顕著。

というのも、相手ダメージが大きい悪口本来言いたいわけだが、相手属性が判らない状態では、自分主観から相手状態類推するしかいからだ。

主観から相手状態類推する傾向は、別にネットでの悪口に限ったわけではない。例えば昔の文通文化研究では、顔もしらない文通相手のことを自然自分とよく似た人間だと考えてしまう傾向があるのが知られている。会話相手の「顔」が客観的存在しない場合人間は顔のない存在と会話するのではなく、そこに想像上の顔を当てはめて会話する。そして想像材料には、自分主観経験を用いるというわけ。

 

から、この無職め! 就職しろ!といきなり言う増田がいた場合は、そいつ過去または現時点で致命的な無職だった経験があり、そのことを負い目に思っている……ということがわかる。 

ネトウヨ自分で考えていない馬鹿からな、とかいつも言っているネトサがいた場合は、そいつは「お前こそ自分で考えていないだろ」と言われるのを誰より恐れている。

文字しか知らない増田女さんにブスじゃんとか言う男さんは、おそらく本人がイケメンからは程遠いことがわかる。

このように、悪口を言うことは、すなわち自分の弱点をさらす事と同じなのだ

レスバトル的に反論ときも、それを踏まえて相手悪口に似たことを言ってやれば、顔が真っ赤になる確率がかなり高いぞ。

 

今日はこいつを見て、やっぱ俺は正しいな、と思った。anond:20200114180104

2020-01-03

さなオタク村で古参お局に目をつけられた話

もうとっくに放送終了したアニメ化作品にハマり、Twitter落書きアカウントをやっていた。

ジャンル内で友達を作らずずっとぼっちで、誰にも相談できずずーーーーーっとモヤモヤしてたので吐き出させてください。

ジャンルオタクのお局みたいな人(古参)のAさんにおそらく目をつけられていた。

私の何かが気に食わなかったんだろうけど 私が何か絵をUPしたり呟いたりするたびに毎回エアリプの嵐。

「(推しキャラ)くんかわいい〜」みたいなどうでもいい呟きをしたら

だいたい5分以内に

「(推しキャラ)をかわいいキャラとしてしか見てないオタクマジでウケるw」

みたいなエアリプが来る。

「第○話のあのシーンはこういう意味だったのかな…」とでも呟こうものなら

「第○話は昔作者が雑誌(今は手に入らない)のインタビューでこうこうこう答えててこういう意図で描かれたシーンなのににわかは都合よく浅い解釈しがちで受けるw」みたいな訂正と公開処刑がセット。

同じような呟きは、他のオタクもたくさんしているのだが、わたしだけ何を呟いても重箱の隅をつつくような間違いを指摘され、古参お局の餌食にされる。

それをいつもいいねしている信者が7人ぐらいいて、私のことをみんなで馬鹿にして裏で盛り上がってるのかな?と被害妄想さえ湧いてくる。

冷笑系オタクたちが、オタク同士でオタク馬鹿にするのが面白いと思ってコンテンツとして楽しんでたんじゃないかな。

最初自分自意識過剰なのかと思ったけどあまりピンポイントニッチな話をしても即エアリプが来る。

人がほとんど起きてなさそうな深夜にそっと呟くようにしても、朝には必ずエアリプが来る。

お前わたしのこと好きすぎだろ?ストーカーかよ。

もしかして私が呟けば通知が来るように設定してないか

秒でエアリプくるとかおかしすぎるだろ。

お互いフォローはしていない。同じ作品が好きなオタクというだけの全くの他人

向こうから私の垢は見えてないはずなのに、サブの鍵垢でフォローしてずっと監視してるのだと思う。

まりにしつこいのだが、私のことを言ってるという証拠はないし、いつもたまたま話題が噛み合っただけというように言い逃れできるラインをこえない陰湿さ。

ブロックしてもどうせ鍵垢から監視されているので意味はない。

というか、ブロックしない、完全無視をし続けることで「お前のエアリプノーダメージ」という顔をし続けることが私の唯一の反抗だった。

ただ、私とAさんを両方フォローしてる人も多いので、あまり話題ピンポイントで同時に噛み合いすぎてて、相互フォローの人同士がエアリプで言い合ってるようにも見えるだろう。

というか、いつもいつもAさんに突っ掛かられている私を見て、両方フォローしている人たちはこの異様な状態をどう思っているのだろう。

二次創作をしている人の中で、私の絵が好きだと言ってくれる人もそれなりにはいたし、そんなに浮いた存在でもなかったと思う。

毒にも薬にもならないらくがきアカウントだ。

あえて言うなら、その凡庸陳腐オタクであることこそ、Aさんにとって格好の見下せるオモシロコンテンツだったのだろう。

Aさんの仲の良い人たちは尖った目線で何かを馬鹿にしてることで自分たちが上位のオタクなんだと確認しあってるようだった。

かに相談しようにも、友達もいないし、何を描こうと呟こうと、Aさんにどこか粗探しされては「私のことだろうな」と類推できる嫌味を言われたり馬鹿にしてネタにされるのでやがて何も呟けなくなった。

最後はもうどうでも良くなって垢ごと消したのだけど、今になってもなんで見知らぬ人にあそこまでしつこく嫌がらせされ続けなきゃいけなかったのか、

それをさら肯定する人たちで盛り上がってたのか、私はただ黙って逃げるしかなかったのか、と時々腹が立って仕方なくなる。

あのジャンル続けてる人まだいるのかな?

次はまた新しい標的がいたりするのだろうか。

2020-01-02

anond:20200102160851

元増田は「子供母親=おじいさんの娘」と書いてる(恐らくそれが類推できる会話があったんだろう)のに嫁と思い込むのって

結婚した女が夫の父を差し置いて実父と一緒に出掛けるなんてあり得ない」と思ってるんだろうか

2019-12-22

個人情報保護委員会も、公取委に言ってくれ……これ位。

公取委個人情報保護委員会とは別にオンラインサービス規制提案して、「サービスの対価として自らに関連するデータ提供する消費者」とか言い出してるけど、EUでも似たようなことが起きてたらしい。

欧州委員会オンラインサービス規制のための新しい指令を起草して、そこで「消費者サービスの対価を個人データで支払う……」とか書いてしまった。これに対し、欧州データ保護監督機関が「何すんじゃワレェ!」したのが以下の見解である

EDPS Opinion 4/2017

https://edps.europa.eu/sites/edp/files/publication/17-03-14_opinion_digital_content_en.pdf

EDPSはデータ駆動経済について、EUの成長のために重要であること、デジタル単一市場戦略として唱道されるデジタル環境において抜きんでていることを認めております消費者法とデータ保護法とが共同し相補しあう関係にあることは私たちが一貫して論じてきたところであります。ですから、「デジタル商品」の提供を受ける条件としてデータ差し出すことを要求される消費者保護を強化するために、デジタルコンテンツ供給にかかる契約に関する特有の側面にかかる2015年12月の委員会指令プロポーザル意図しているところを、私たちは支持しております

しかしながら、この指令のある側面は問題はらものです。というのも、これが適用可能なのはデジタルコンテンツのために価額が支払われる場合だけではなく、デジタルコンテンツ金銭以外の個人データその他何らかのデータの形での反対給付と引き換えに供給される場合にも適用可能からです。EDPSは、人々が金銭を支払うのと同じように自分達のデータを支払えるという考え方を導入するような規定を新たに定めることのないよう警告いたします。個人データ保護を受ける権利のような基本権は、単なる消費者利益に縮められるものではありませんし、単なるお値打ち品のように個人データを捉えることはできません。

最近採択されたデータ保護フレームワーク(以下「GDPR」といいます)は、未だ完全には適用可能でなく、新しい e-Privacy 制度は今も審議中でございます。ですからEUとしては、立法者が協議されている入念なバランスをひっくり返すようなプロポーザルは、何であれ避けるべきものです。イニシアティブの重複は、デジタル単一市場統一性意図せずとも損ない、規制断片化と法的不確実性をもたらすことになりかねません。デジタル経済における個人データ使用規制する措置として、EUGDPR適用することをEDPSは推奨いたします。

「反対給付としてのデータ」という概念……このプロポーザルでは未定義のままです……は、所与のトランザクションにおけるデータの正しい機能について混乱を引き起こす恐れがございます。この点で供給から明瞭な情報がないため、さらに難しいことになるでしょう。それゆえ私たちは、この問題解決する一助として、EU競争法におけるサービス定義を一考することをお勧めしますが、その地域範囲定義するうえでGDPRの用いている規定が役立つかもしれません。

見解では、このプロポーザルGDPRとどのように影響し合うことになりうるか検証いたします。

第一に、データ保護制度に基づく「個人データ」の定義が広範であるため、その効果により、この提案指令の対象となるデータが全て GDPRに基づく「個人データ」とみなされることは十分にありえます

第二に、(個人データの)取扱いが発生する厳密な条件はGDPR指定済みであり、この提案指令に基づく修正や追加を必要としておりません。このプロポーザルは反対給付としてデータを用いることを正当とみなしているようですが、GDPRでは、例えば、(本人の)同意有効性を検査し、デジタル取引文脈において(同意が)自由意思に基づくとみなしうるか決定するための、新たな条件を一式用意してございます

最後に、消費者に与えるものとして提案されている契約終了時に供給からデータを取得する権利供給者がデータ使用を控える義務は、GDPRに基づくアクセス及びポータビリティ権やデータコントローラデータ使用を控える義務オーバーラップしている可能性があります。このことで、適用する制度について意図しない混乱をもたらすことになりえます

EDPS Opinion 8/2018

https://edps.europa.eu/sites/edp/files/publication/18-10-05_opinion_consumer_law_en.pdf

見解は、EU消費者保護規則のより良い執行近代化に関する指令のプロポーザルと、消費者集団的利益保護のための代表訴訟に関する指令のプロポーザルからなる「消費者のための新しい取引」と題する立法パッケージに関するEDPSの立ち位置を概説しています

EDPSは、目標において最近近代化されたデータ保護フレームワークと密接した領域で、既存規則近代化しようという同委員会意図を歓迎します。EDPSは、個人データの大規模な収集収益化、およびターゲットコンテンツを介した人々の注意の操作依存するデジタルサービスの主要なビジネスモデルが提す課題対応するために、現在消費者法におけるギャップを埋める必要性を認識しています。 これは、消費者法を改善して、個人デジタル市場の強力な企業との間で拡大している不均衡と不公平是正する、またとない機会です。

特にEDPSは、指令2011/83 / EU範囲を拡大して、金銭的な価格にて提供されないサービスを受ける消費者が、同指令が提供する保護フレームワーク恩恵を受けることができるようにする意図を支持いたしますが、それはこのようなサービス今日経済的な現実ニーズを反映しているからです。

このプロポーザルでは、EDPS Opinion 4/2017の推奨事項を考慮して、「反対給付」という用語使用や、消費者によるデジタルコンテンツサプライヤーへのデータ提供が「積極的」か「受動的」か区別することを控えています。ただしEDPSは、プロポーザルで想定されている新しい定義により、消費者お金で支払うのではなく、個人データで「支払う」ことができるデジタルコンテンツまたはデジタルサービス提供に関する契約概念が導入されることに懸念を示しています。この新しいアプローチは、「反対給付」という用語使用したり、個人データ提供価格の支払いを類推したりすることで生ずる問題解決していません。特に、このアプローチは、個人データを単なる経済資産とみなしているために、データ保護の基本権としての性格を十分に考慮していないものとなっています

GDPRでは既に、デジタル環境にて個人データの処理が行われ得る状況に関するバランスを既に定めています。 このプロポーザルで、GDPRで定める個人データを完全に保護するとのEUコミットメント矛盾するやり方で解釈される可能性のあるアプローチを促すようなことは避けるべきです。データ保護法の原則を損なう危険を冒すことなく幅広い消費者保護提供するために、電子商取引指令における「サービス」の広範な定義や、GDPR地域範囲定義する規定、もしくデジタルコンテンツプロポーザルに関する理事会一般アプローチの第3条(1)などに基づくアプローチ代替することが考えられます

したがいまして、EDPSは、「有形媒体では提供されないデジタルコンテンツ供給に関する契約」や「デジタルサービス契約」の定義にて個人データを参照することを何であれ控えていただくことを推奨し、その代わりとして、次のような契約の考え方に依拠することを提案します。 それは、「消費者への支払いが必要かどうかに関係なく」特定デジタルコンテンツまたはデジタルサービスを売り手が消費者提供または提供することを約束するというものです。

その後

きちんと追えていないが、「EU消費者保護規則のより良い執行近代化に関する指令」は、昨月末に採択されたようで、前文に「digital services provided in exchange for personal data」という表現が残ったものの、個人データについては「GDPRに従う」とのことで落ち着いた様である

https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2019/2161/oj

2019-12-21

学校無駄イベントお楽しみ会かくし芸大会)は立派なパワハラ

立場が強い者の個人的な満足感のために、②弱者反論余地すら与えず、③無理やりやりたくもないことをやらせて、④精神的苦痛を味合わせる行為

これどうみてもパワハラですよね?

一つずつ解説しましょうか?

教師は生徒よりも明らかに力が強いです。権力腕力発言力、全てにおいて。

教師の言うことは絶対です。絶対である部分とない部分の境界が生徒に示されておらず、絶対ではないと思って絶対である境界を越えるとボコられるので、生徒からすれば全てが絶対です。情報非対称性が生まれいるからです。

③やりたいと思っているかどうかを判断するのは提案した教師に一任されます。つまり教師側の推察、類推、悪い言い方をすれば妄想の域すら出ていません。

かくし芸を持っていない人がかくし芸をやらされれば劣等感を味わうのは間違いないでしょう。クラスで仲の悪い子供同士なのにグループを組んで談笑しろと言われても愛想笑いを浮かべるか喧嘩をするかそれぐらいです。

理解いただけましたか

運動会文化祭は仕方ないにしても、それ以上のイベント教員独断で増やす行為は紛うことなパワハラですからね。

教育委員会教師側に命じる場合でも、それは間接的にパワハラをさせているということですし、教師側はその状況に対して命令に屈してパワハラを行っていると自覚すべきです。

2019-12-17

anond:20191217090711

番線程度でわかることから類推すると

物語的には

子供を埋めないようにする

子供を殺す

ごめんねって言いにいく

の順番なんじゃねーか?

2019-12-10

anond:20191209231656

言葉から類推するに

その金額では難しいのでセールか何かでたまたまその金額のものが入手できたら確保しておきますということか

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