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はてなキーワード: 必然性とは

2020-05-22

anond:20200522135916

ナルトは体型がめちゃ短足で平べったい顔民族

そして他の人は白髪黒髪多め(ピンクの髪のヒロイン漫画的にしょうがない)

ナルトだけ里の一般人とは出自が違うから金髪被差別というストーリー上の必然性があるんだよなぁ

2020-05-21

https://anond.hatelabo.jp/20200424123040

11

あの日、この国のリーダーは、世界が二度ともとに戻らないことを宣言した。緊急事態宣言の解除。それが新しい時代の合図だった。

彼は“新しい生活様式”という言葉を使った。今後も人との適切な距離を取ること、通勤や通学をなるべく控えることを人々に求めた。

サタはその“号令”を聞くまで、この国がまた元の不合理な世界に戻ることを懸念していた。そのせいか彼女はやたらと胸を踊らせてその言葉を聞いていた。私たちはこの国の盛衰を見てきた。サタの懸念も当然だった。

工業分野で一度成功を収めたこの国は、その後、情報通信分野で他国に後れをとっていた。その理由はいくつもある。成功体験を手放せなかったとか、政治家特定産業癒着のせいだとか。権力者たちが発想のバージョンアップを怠ったせいだとか。

しかし本当のところは、工業分野での成功をもとに社会システムが構築されたため、新しい分野を受け入れる余地がなかったためだ。

たとえば子どもたちが義務教育間中に学ぶのは、国語算数だけではない。集団として生きていく術の習得さえ、教室という閉じた空間に一任されていた。彼らはやがて満員電車通勤し、この国の経済に貢献することを期待される。これが古いシステムバックボーンだった。

集団を前提とした教育から労働までの一貫した流れ、それに特化したかたちで社会システムは構築されていた。これまでの経済的な成功には、集団での活動が不可欠だった。

そこにリモートワークやオンライン授業が介入すればどうなるか。このシステムの、“集団での生産活動”という基本理念崩壊することになる。つまり“それ”にとって、その手の技術障害しかなかった。通勤や通学ありきで敷かれた公共交通無駄になってしまう。

本当は、誰もがその集団を前提とした古いシステムに疲れていた。柔軟性のなさに飽き飽きしていた。もっと本質的なところで効果的なやり方があるはずだと、みんなうすうす気づいていた。

しかし(本当の意味で)より合理的システムに作り変えるには、既存のものを一度壊さなければならない。壊すということは、そこ(特定産業など)に深く携わっている人が犠牲になるということを意味する。

安定を好むこの国の人々にとって、その選択は難しかった。誰かに起こる悲劇自分にも起こりうる。明日は我が身。共感性の強い人々のそういった思考習慣が、それを阻んでいた。そしてそれは、最終的には、為政者政治判断に反映される。

政治家特定産業癒着や、国家予算といった表面的な問題のその底に、この国に住む人たちのそのような集合的意識がひっそりと流れてた。ほとんど気づかれることなく。

実は一度、この古いシステムを再構築する試みがあった。しかしそれは犠牲を生んだだけで、何の成果も得ることなく中断された。多くの求職者自殺者を生んだだけだった。

失敗の理由は明白だった。それぞれの人間の思惑が介入しすぎたためだ。古いシステムには当然のことながら、長年のしがらみが複雑に絡みついているが、新しいシステムの構想もまた、一瞬にして誰かの思惑に取り込まれる。

そして中途半端に壊れ、(一部の人意図に沿って)中途半端機能する、中途半端システムが完成した。完成したと言っていいのかすらわからないが。

ともかくこの国の人々は、その生殺しシステムの上で、前にも後ろにも行けずに30年、止まった時を彷徨うことになった。

それに終わりを告げたのがSARS-CoV-2だった。そこに人間の介入はない。ただ、自然の摂理、あるいは不可抗力共存するためのシステムモデル、そして本当の意味での合理性の追求があるだけだ。

それだけが、完全なる破壊遂行できた。特定意図の介入を阻むことができた。

破壊の後の自由の上で、それぞれの技術本来能力を発揮することを許された。呪縛は解かれ、初めてリミッターが外された。為政者たちは、もう古い理念、古い技術による古いシステムに場を提供し続ける必然性がなくなった。逆に言えば、それらを護るために新しい可能性は制約されていた。

場は、新しい技術に明け渡され、ウイルスやその他の脅威から人を護るため、都市全体の空気清浄化するシステムや、生体情報管理調整を担うウェアラブルデバイスの開発が加速した。

変化は、テクノロジーだけではなく、人々の精神においても加速した。今まで科学社会通念の“外”にあるとされていた物事が、“内”に組み込まれることになった。

2020-05-13

anond:20080304194910

性別が違うとちょっとした親切って難しいよね・・・

人助けや危険回避のような必然性があると躊躇なくできるのに

2020-05-12

anond:20200512200623

巡り合わせだろ。複雑な状況だから必然性が介在してるなんて事は無くて、むしろ大抵の最悪な事態は偶然が重なって引き起こされるんだぜ。

2020-04-28

anond:20200427201644

聴いていたけど、そもそもこの話題を取り上げる必然性あった?って思う

なので正解は

「こういうセンシティブな時期にこのネタをわざわざ採用しない」

だとおも

そこを敢えて火中の栗を拾いに行ったのなら、この炎上岡村を含め番組サイドはシメシメって思っていることだろう

2020-04-20

anond:20200420132916

いや、だから

何度も言ってるけど使い捨てマスクである必然性は無いだろ?

って言ってるのだがそれには答えないんだなw

anond:20200420113527

マジでみんなマスクどこで入手してるの? いうから騒動直前に240枚入り2箱(家族5人分な)買ったって教えたら買い占め死ね言うしw

相方に作ってもらったと教えてもらえても針を使えないから作れないとかw

使い捨てマスクである必然性はないんだからメルカリでも近所のショップでも1000円くらいで布マスク2〜3枚買って、中に入れる取り替えシートと併用したら良いだけじゃないのか?

2020-04-10

anond:20200410235019

酒に軽く酔う状態が若干のストレス解消になる

人前で酔う必然性を感じない

自分のペースで飲み、好きなものを食べたり好きなものを見たりしたい


ということで宅飲みになるよ

外食で飲む」「会食で飲む」という概念からは離れた、別個の飲酒だよ

2020-04-06

オタク増田が素晴らしい

文章力と語彙力が突き抜けていて、そしてどこか懐かしくも新しさもあって、こんな短いSSなのに満足感が物凄く高い

オタク恋愛話といえば最近では「オタクに恋は難しい」「理系が恋に落ちたので証明してみた。」が有名だけれども、それとはまた一線を画したオタク文化への造詣の深さ、濃密な理解が見て取れる

オタク主人公である話なんて実際はそこまで珍しくないし「オタ恋」のようにオタクという設定の普通少女漫画みたいなものとは違って、オタクであるという説得力必然性は「ミトコンドリアイブおばあちゃん」という言葉選びでガツンと理解させられてしまった

やべぇ!これ連載で読みてえ!

2020-03-24

anond:20200324171423

思い通りにならないからといって、イラつく必然性を感じない。

もっとあきらめの境地に達して欲しい。

2020-03-23

anond:20200323133708

オリンピック精神によれば、参加することに意義がある

練習ができないから不参加とか、なんでもかんでも都合のいい理由を付けて参加しない国に配慮する必然性がない。

2020-03-05

カップルがミッドサマーを観に行った話

最近Twitterでやたら見掛ける映画がありますね、そう、ミッドサマーです。

カップルが観ると死ぬ」「観て別れたらセラピー保証して貰える」など、カップルで観るなランキング2020の1位を独走中の映画ということで、観に行くことにしました、カップルで。

とは言え監督も「固い絆があれば大丈夫だよ!」と言っているみたいですし、これで観た後に破局となったらと思うと興奮しますね。ちなみに両者共にアリ・アスター監督作品初見です。

と言うわけで、カップルでミッドサマーを観に行った感想文です。知識が無いので有用で目新しい考察とかは全く無いです。

このご時世ですが国内旅行を嗜んでいる中、ミッドサマー鑑賞会を決行しました。ロケーションは某県市内、上映している中で一番行きやす映画館を探してみるとミッドサマーともう一種しかやっていないという中々に硬派な劇場経営大丈夫?)でした。

上映後即入れ替え制でしたが、観覧後らしい女子大生が得意げなドヤ顔で「えーこれくらいのグロ余裕だよぉ」「ヘレディタリーもっと凄いよ〜笑」みたいに語っていた為、この映画はひょっとすると『そういう』層ばかりが観ているのではないか不安になりました。勿論、鏡の中の私もその一人だからです。

ですが昔の人は言いました、人の振り見て我が振り直せ、そんな訳で襟を正して場内へ。

私は映画館に行ったらポップコーンを頼むのは様式美映画館に対して表するべき敬意であると常日頃から考えているクソデブですのでポップコーンを購入。二種類あったので当然二種類頼みます。ミッドサマーは上映時間が2時間を超えるらしいので、お茶コーヒーの類を頼み膀胱への刺激は最小限に抑えます

さて、開始早々にメンヘラ不穏メンヘラ不穏不穏メンヘラヘラヘラ不穏みたいな流れに困惑しかしこれはきっと明るく楽しい狂気下地なのでしょう。分かれる寸前のカップルか?(そうです)みたいなカップル不和を堪能し、こういうのがじわじわ来るカップルもこの中に居るのかなぁって思ったらなんだかとってもドキドキしちゃいましたね。

随所にグロテスクな映像ホラー的な表現はあるものの、概ね「まぁそうなるよね」と予想のつく流れが多い。なのでこう、ビックリしてドーンがバーンでギャーみたいな感じはない。そういう面で言えばドッキリ系ホラーが苦手な人でも安心して観れるんじゃないでしょうか。

から公式解説ページを読んでみたのですが、「あーやっぱりそうかぁ」もあれば「ホァ!?」ってなった部分もあったので、全体の雰囲気に流されて細かい狂気を見逃したり、一瞬の狂気をきちんと理解できていなかったりする部分があるんだろうなぁと思いました。

個人的に血の鷹は後からヒョェって感じです。ただ、なんで彼がそんな拷問のような仕打ちを受ける役回りになったんでしょうね?立ちション白人がやられるならわかるんですけど。細かく描かれていないだけで、儀式的な必然性があるんですかね。

あと結構セックスが云々って話題になってたので、もっとセックスシーンがエグいと思ってた、予想してたのは「あの緑の傘みたいなのは子宮メタファーであの木の下で大乱交素ファック(ゴム無しの意)ブラザーズ(穴兄弟の意)」とかだったんですけど。

本当に申し訳ないと思っていますミッドガル花屋の登場シーンみたいだなって思いました。

さてラスト差し掛かって、熊が炎上するじゃないですか。そこで「あーあの子せっかく種貰ったんに15分でパパ居なくなっちゃうんだなぁ」って思っていたのですけれど。これ、そもそも違うんですよね。異邦人ホルガコミュニティの一員ではないんだから父親ではない、アメリカからやって来たデリバリー精子しかないと気付いたのは半日位経った後でした。

この感覚の違い、普段うんこちんちん面白おかしく生きているつもりになっている自分いかに平凡な一般人であるかを思い知らされる大変に良い経験だったなぁと思います。この映画の色んな部分に「?」を感じている時点で私もあなたホルガの民ではないってことなのでしょう。安心ですね。

普段から物語に(特にホラーに)触れている人間なら絶対に「最後にこの女は死ぬな」って予想すると思うんですよ。スタッフロールの後、この黒い画面が転換したら次はこいつだろうなと、でもそんなものは無くて、ミッドサマーはここで終わる。

観賞後に「最後絶対死ぬと思ったのに」「ねー」なんてやり取りをしていたけれど、そりゃ死ぬわけないんですよね。

ミッドサマーちょっとグロ理解不能な演出が多いだけで、きっとホラー映画サスペンス映画じゃないんですもん。

老人も異邦人も村人も死んだ、けれどそれは必然で、必要から死んだっていうだけなんですよね。死んだ、殺した、そういう観点ですら無いんでしょう。だからダニーは死なないんだなぁって、それが凄くこの映画らしい終わり方だなぁって思いました。

私はミッドサマーホラー演出が多いだけでホラー映画ではないとはっきりと言い切りたい、ちょっとトラウマを刺激する可能性があったり観ている人間不安定にさせたり不快にさせたりグロテスクな表現があったり理解が難しかったりするだけの、ホルガドキュメンタリーなのでは?って感じ。

映像は物凄く綺麗で、狂気は往々にして美しいものだよなぁとひしひしと感じました。

ところでペレの親が炎に巻かれて死んだって言うのはかつて供物に捧げられたってことですかね?って思ったけどこの祝祭90年に1度しかやらないんでしたっけ。この点と点を結ぶ発想も一般的思考だなぁと感じます

深読みして考察して理解しようとするのもまた、意味の分からないものに飲み込まれないようにするための防衛方法なんでしょうね。

解放カタルシスハッピーエンド、というのは本当にその通りだと思います

最終的に二人で感想を分かち合った所、「いや流石にクリスチャン可哀想では……?」で意見が一致したので、どうやら我々はミッドサマーのせいでは別れずに済みそうです。鑑賞日が29日で肉の日だったこともあり、この後二人でホルモン焼肉に行きました。完全な悪ノリですね、美味しかったです。

さて、メンヘラ女とはなる早で別れろ、というのが総まとめの映画でした。

なんなら皆が死んだのは一年前の時点で別れておかなかったクリスチャンのせいとすら思います。この映画の隠されたメッセージは「やるべきことを先延ばしにし続けると取り返しのつかないことになるぞ」ではないでょうか?いやぁグズには刺さるメッセージですね。だからインターネットランドも含めて爆発的に流行ったのかもしれないですね!

瞬間最大恐怖で言うと、CATSの方が怖かったです。

おわり

大正時代から」でなにか説明した気になってるやつはアホ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1477162

あのな、舞台大正時代でもな、作ってるのは現代、読んでる人間現代たまたま舞台大正時代現代作品なんだわ。

その時点ではてブ民の意見は、以前の自衛隊ストパンポスターへの擁護として「いや、下半身丸出しなの必然性はある!なぜならあの世界では~」って設定の話しだすオタク完全に一致なんだわ。

設定の話してねんだわ。

近年のディズニー映画は数世紀前のヨーロッパ舞台でも黒人平等に活き活きと描かれてるんだわ。なぜならな、それが現代進歩的価値観に沿うものからなんだわ。当時、黒人の扱いが悪かったからと言って、劇中に登場する黒人召使い奴隷だけだったら、視聴者黒人の子供たちに対してdiscourageなコンテンツになるんだわ。

鬼滅の刃って少年マンガなんだわ。成人済の女オタクイケメンキャラ見ておしょんこぽんぽんするコンテンツじゃなくて、あくまでも主要なターゲット層は少年なんだわ。

その少年たちに対して、誤った価値観インストールしてしまうのはまずいよね、っていうのが今回の議論本質なんだわ。

またそこからですか?

2020-02-23

もう俺たちはオタク老害なのだということ。

https://anond.hatelabo.jp/20200224102105結論はすべてこっちに書いてあるのでこちらを先に読んでください。ようするに、アニメゲームマンガを見ながら政治運動に傾倒して、アニメゲームマンガ政治でぶっ叩くよりも、「ガチャを回すぞ、かわいい女の子を描くぞ、コスプレしたぞ」のほうがよっぽどオタクとしてきちんとした姿だってことに、最近まで気づかなかったって話です。)


心が折れそうなので書く。当方30代のオタク増田

背景は、同人作家。で、左派思想バックボーンを持ちいわゆるネット論客とかもやってた。


ここ数年で確信したことがある。

俺たちはもう老害なのだ

いま、もう、俺たちの時代通用したオタクしぐさはただの迷惑行為なのだということを感じる。

昔は、バンダナジーンズをつけたオタクがいた。あれは当時の最新のファッションを後追いしたものだった。しかし、今見るとダサいキモいし、痛々しい。

俺たちはネットで、「バンダナジーンズをつけたオタク」をやっているのだということを自覚した。



具体的に、老害オタクしぐさというのは、何なのか。

そう、政治オタク作品を無理やり絡めて批評することだ。

ラブライブスカートの線は現実女性に悪影響を与えるから許されない、という例の話は、はっきり言えば老害オタクしぐさなのだ。

もうすこし順を追って話そう。

俺たち30代40代オタクは、好む好まざるにかかわらず、政治にかかわることを必要とされた。(後から追記:考えてみればかかわる必要などなかったし、そう思うこと自体が、おかしいといわれればまさにそのとおりなのだが、なぜかそもそもかかわるものだと信じていた)

オタクというだけで、差別され、いじめられた時代経験し、保守左派系ラディフェミ政治家も含む)政治家がオタク文化を焼き払おうとした時代だ。

からオタク政治にかかわって自分を守ることが要求された。

それゆえに俺たちのイケてるオタクしぐさ、というのは政治にかかわっていろいろ発信することだった。(後から追記:考えてみればなぜそう思ったのか心底わからない。オタクとして萌え萌え言っておけばよかったと心底思う)

サブカルとしての政治運動にかかわってるというだけで、一目置かれたし、あらゆるアニメ政治に結び付けて批評したりすることが最先端オタクしぐさだった。

から政治とか学問みたいなペダンチックオタクが受けた。

とりわけ人文科学もっと言うなら大学で覚えたばかりの社会学歴史学心理学を利用してオタク文化批評したり政治牽強付会してサークル議論したりネットに発表したりすることが最先端のしぐさだった。(後から追記:当時からすでにめちゃウザかったっぞというブコメもついている。すでにダサかったことに、その当時は全くおもわなかった。しかし実際はダサダサだったのかもしれない)

セーラームーンフェミニズムのかかわり、エヴァンゲリオン登場人物心理解析、シスプリの大ヒット、涼宮ハルヒ社会に与えた変化と現象、発売されたばかりのアダルトゲーム国防体制とか、そんな愚にもつかない論考を出せば、転載サイト記事拡散し、バンバンブクマが付いて、はてなFC2ブログが大いににぎわった時代体験したのだ。


しかしその時代は、終わりを告げる。個人SNS情報速度の加速に、この手の論考はついていけなくなった。より刹那的に、よりリアルタイムでの反応が求められた。

また、オタク政治立ち位置とかかわりも一気に変わった。まさか、よもや、自民党から表現規制反対の議員が出て、アニメゲームマンガを守る一本槍で戦い、全国比例で53万票も獲得するとは夢にも思わなかった。同時に、左派議員にも表現規制賛成を叫び、多くのかつてのアニメゲームマンガ規制反対政党からも、アニメゲームマンガバッシングが飛び出すようになった。

こんな時代になってくると、もう、人文科学政治オタク趣味を絡めて、左派価値観作品を論評したり、オタクにかかわることが何の意義があるのか? ということになる。「この作品リベラルなのかどうなのか」とか、「この絵はフェミニズムから考えると女性の抑圧ではないか」とか論評すること自体、もう「バンダナジーンズオタクダサいのに自分イケてる勘違いしている」ということになる。

いまどき、「艦これアズールレーン趣味をやりながら正しい歴史認識を叫ぶ」というのも痛々しい。

そんな奴よりも、「ただネット同人誌の一コマを乗せたほうがよっぽどRTいいねが来る」し「youtubeレイヤーがSEKIROをプレイしてたほうが尊敬を集めるし面白い」って時代になった。

いちいち海外の友人と友達だなんてマウンティングをとる必要もなく、同人作家海外絵師ファンと、レイヤー海外レイヤー相互フォローになってる。自分たちが海外に友人がいるんだぞとマウンティングの経費を大量に払ったのと比較にはならず、ナチュラル異文化交流してやがる。




そんな老害になった俺たち世代がせめてもの抵抗として、注目を集める方法が、炎上オタク文化批判だったことは悲劇である。要するに、「今のオタク表現差別だ。許されない。俺が真の表現規制反対派として、表現規制してやることがお前たちのためになるんだ」と言い出すことだ。

老害化を直視できないが、注目を集めて最先端に残るためには、世界破壊しようとするしかないのだ。

上手く器用に路線を切り替えられた人間幸運だ。

でも全員がそんなことできるわけじゃない。

昔の時代を忘れられずに、しかし、今の時代適応できない人間はかなりの数いる。

文化の中心にいない人間が、ついに最先端若者たち攻撃する時代になった。もう完全にやってることが石原慎太郎である

事実、かつては左派表現規制反対派の論客たちが、次々と規制派へと転向フェミニズム系規制論を唱えるようになったのは偶然じゃない。

いま現在左派価値観で、オタク趣味を語ることの価値暴落し、何の意義もない。唯一かろうじてオタク文化の真ん中に居座るには、規制派としての椅子しか残されていなかった。

さんざん世話になった左派思想である。どんなにくだらない、萌えオタ表現たたきであったとしてもこの際仕方がないという面は理解できる。

自分老害化していることを認めず、「今のオタク文化矯正してやるんだ」と息巻いては見たものの、周囲の人間からは「迷惑でうるさい老害が来てるよ、お前は石原慎太郎同類だよ、劣化したな」と軽蔑まなざしを向けられる政治語りオタクを何度も見てきた。

いま、政治オタク文化を結びつけるには「差別」という強いカードを切って、「お前らは差別しているんだ。いや差別じゃない」とこじつけしかない。

だがそれを繰り返せば繰り返すほど、余計にダサい老害になるというのに。


自分はもう今はアニメも見てない。

昔は20本以上見ていたのに。

ソシャゲの周回もおっくうだ。

そのくせ、ひどく怒りっぽくなってアニメとか新作を見るとくだらないと思える。

もう認めよう。

俺たちは石原慎太郎と同じ道を歩んでいる。


追記1 ブコメに「もう虐げられてるサブカルじゃなくて、超どメジャーカルチャーなんだよ。」ってまさにそれなんだよね。マイナーサブカルロックバンドが好きだったのに、メジャーになったとたんに「堕落した。メジャーに媚びた」って、昔のファンアンチになるでしょ。あの状態。今更、メジャーサブカルとしての生き方をどうやってやったらいいのかわからないのだ。だけども、この流れは今更もう止められないだろうということも理解してる。

追記2 自分は30代だが、この世代がどうとかいうのはたしかに間違いだった。もっと上の世代にもそういう人が多いというのは理解してる。世代というよりは、政治にかかわってオタクを語ろうとするクラスタの話なのかもしれない。

追記3 その老害ムーブを、まずやめろというのは正しいし、自分はそうならないようにしているがそれでも、政治語りがダサいということを受け入れるのは難しい。

追記4 いろいろ反応を見て気づいた。なぜ政治オタク語りなんてやってたのか。全然からないし必然性もなかった。本当になんでやってたんだろう。

追記5 「オタクじゃない、政治サブカルだ」というのは本当にそうだと思う。サブカルオタク文化的な敗北したから、サブカルから一段下にオタクを見下しつつかかわってた人たちの軸がすっ飛んだんだと思う。政治サブカル破綻して、オタクけが残ったんだと思う。

追記6 なぜ害だと気づけたかというと、政治サブカル系のアカウントが次々おかしくなっていったから。かつてはまともだったはずなのに、今はもう何なのかわからない人たちがたくさん生まれ始めた。それを何だろうと考えた結果。

追記7 KEYについては正直よくわからない。やってないから。ただ友人は、CLANNADガンガン推してきたが、ぶっちゃけ観てない。絵柄がちょっと合わなかった。

追記8 「アニメから思想が消えた」とか、無理やり政治問題や世相を切る道具として使って政治敵を攻撃したり政党批判に持っていくのが、ダサい時代になったということだと思考

追記9 30代は若い若い、と言われてる。確かにもっと年齢層が高い印象。しかし、この手の老害化は30代でもかなり目撃してる。

追記10 お前39だろ、39だろ、っていうやつら。39歳だってまだ30代の仲間だろ! いじめよくない! どうしてそう、必死に30代にしがみつかせてくれないんだ。

追記11 これを規制派とか反規制派とかいうくくりで読むこともできるんだろうけれど、害だなあと思うようになったのは、「本気でオタク表現に対してマジギレ」したり、「本気でオタクネトウヨだが俺たちは違うんだ」と立ち振る舞う人が、オタク政治に浸透してきて「本気かよ」とドン引きしたのが最近の率直な印象。「オタクは腐敗してる」とかいっても、どうせごっこ遊びだろ? いつもの極論ワロスw って受け止めてたが、ここ最近、本気で怒って、本気でつぶそうとしてる人が自分の周囲でもマジに出てきた。昔は評論遊びをしてる部分はあったと思ったけれど、実際には他者に多大な迷惑をかけまくってたんじゃないかと考えるようになった次第。

追記12 ラブライブスカートの線で、マンガ家が「そんなの大した問題じゃないだろ。俺の健全な絵でも見ろよ」とオタクを軽く挑発するオタク老害しぐさをやって「本気の攻撃をされたと認識したオタクフルボッコにした」ことがあるけれど、あれを見るに、もう今と昔ではオタク自意識作法も違うと思う。昔から嫌がっていた人が可視化されただけかもしれないが。

(追記)『自己肯定感が最底辺に落ちると自信湧く説』を皆に説きたい

ブコメその他がためになったので追記した(2/23 18:23)

※あとこの投稿は「最底辺に落ちれば自信が出るからそうしろ!」とかいものでは一切無いです。そういうニュアンスが出ちゃってたのは大変申し訳ない。少しでも浮上してるならそれに越したことはないし下がれなんてとんでもない。この投稿は助言でもなんでもなくて、自分はこうだったなぁという糞自分語りに過ぎない(最後オナニー以外)からそれを踏まえていただければ大変うれしい

anond:20200222181235

自分自己肯定感はそこそこ低い方で、 増田と同じく学生時代自分以外の全員がド有能の聖人に見えてたんだけど、増田のもちょっと違う気がするんだよな。

「私と仲良くしてくれる人は何を考えているんだろう、こんなグズに優しくしてくれる聖人たちに何を返せばつりあうだろう」

そう、ここまではほぼ一緒。でも俺の場合はこの次の段階があって、

「こんなに有能な聖人が言ってる事をグズの俺が否定する権限はない」

って理論が発生するんだよな。

少し場面を想像してほしいんだけど、数少ない友人と会話してる時、案の定おれの「俺なんてゴミやし……」とかいう発作が起こるよな? グズの俺と違って友人は有能の聖人から、まぁ「いやそんなことないよ」とか、たまに「増田の〇〇なとことか凄いじゃん」とか言ってくれる。俺の脊髄は(いやいやそんなことなくて俺はゴミでぇ……)とか反射しそうになるんだけど、"グズの俺が否定する権限はない"ので、お世辞であれその言葉を甘んじて受け入れないと絶対おかしいんだよ。ここで「いやそんなことはない、私はゴミだ」と言える時点でまだそこそこ自己肯定感あるから安心していいと思う。向きはともかく、自分思考理論相手のそれより強いと思えてるから

逆に自分否定された時はそもそも自己肯定感が最底辺なのでノーダメージ。ゴミ自分は有能な他の全人類否定されて当然だし不当でもなんでもない。当たり前の事を当たり前に指摘されただけなので悲しくもならない。でも[ゴミと友人になってくれる有能な聖人]とただの[有能]だと前者のほうが優先順位が高いので先述した友人の言葉が消えるわけではない。仮に消えたら聖人の友人に失礼極まりないのであり得ない。周りに当たるなんて選択肢はどうやっても発生しない。

このマインドを続けてると、基本的肯定感が正の値になることはあってもマイナスにはならない。ふとした拍子に2とか3くらいゲージが溜まってちょっとウキウキな気分の時だと、理不尽否定と正当な批判の切り分けなんかも意外にできるようになったりするので、ただでさえ鉄壁の防御力にさらに磨きがかかる。余裕ができると「ほんとにちょっとだけなら"俺の〇〇なとことか凄い"んじゃね……?」とか思えてきたりこなかったりする。

要は、自己肯定感低いアピールは人が多いところでやると時に不快感を撒くことになるから、基本控えめにしてある程度自己評価あるフリでもしてたほうが周りの人を尊重してることになるし、結果的自己評価を見つめ直すことにも繋がる。理論的に考えればそういう考えに落ち着くのが真っ当じゃね?っていう話ですわよね。

まぁなんというか、自己憐憫って蜜の味なんだよな。だから癖になってるひとも多いと思う。今は夕方人外歩いてる時とか、中高の時に毎回テスト最下位赤点で居残り勉強してた時間とかを思い出して「相変わらず俺ってゴミだなぁ」とか思いながら自己否定オナニーして自己憐憫欲を解消してる。もちろんオナニーは心の上での比喩だけど、めっちゃ気持ちいかおすすめしたい。




追記ここから

珍しくブコメが色々ためになったので(自己肯定に溢れた感想)、お礼と言うにはおこがましい自分語りだけど返事をさせてもらいたい。

oratansu よく「最底辺に落ちたのであとは上がるだけ」みたいなコメントする人いるけど、それ以上に落ちるかもしれないのによく今が最底辺だと定義できるなあという感想しかない

読み直すと「死ぬこと以外はかすり傷!(ドン!)」とかいうどっかのゴミ自己啓発本と同じ台詞言ってるように見えてめっちゃ恥ずかしい。ごめん。(自己啓発本は悪だって言いたいわけじゃないんだけど、なんというか基本強者理論だと感じちゃうんだよね)

今の自分絶対値的なこの場所が最底辺、というよりは"自分=ゴミ"の図式が無条件で成り立っちゃってるから、落ちたところで自動的認識が再修正されるので特に何も感じない、というほうが正確だろうか。こう書くとより救いがない感じがするな。でも気は楽。弊害は未知数なのでオススメはしない。

fukazawakyoko これ、元増田もそうだけど最底辺感がないんだよな。能力が低くてガチ自己肯定感が低いというより、どっか余裕のある人が考えた自己肯定感の低さって感じ。

yume_ga_nai 増田プライドが低いだけで、そんな自分肯定できているように見える。

あ~やっぱそういう感じ出ちゃってるよなぁ。言い訳させてもらうなら、現状、そこそこ自信というかなんだかんだ俺もそれなりに大手を振って生きてていい(≒他の人間も大した理由があって生きてるわけじゃない)って思えるようになってるから、この立場から何書いても薄っぺらいってのはあるかも。一時期は何言われても「おっ悲しいなぁ(諸行無常)」みたいな感情しか湧かなかったから、這い上がろうという気力も湧かなかったのはホントのところだとは思うけどね。

コメントにも出てきてるけど"余裕"は本当に大事だと思う。これが枯渇してるとホントに何も考えられなくなるし、シンプルに周りにも迷惑がかかる(その迷惑自分卑下する必然性もないんだがそう考える余裕も無くなる)。自分の少しの余裕がどこから湧いてきたのか考えると、やっぱカウンセラーとか薬ってことになっちゃうのかなぁ。ラッキーだったのは、「精神科に行って薬まで出された自分は欠陥人間だ……」とか、どうしても先生を信じきれずに(orあってない先生をずっと変えなかったりして)ネットメンヘラ界隈的な場所ででくだをまいちゃったりすることはなかったって点だろうか。一応心理学専攻で、治療に対してそんなヤバい行為だとは考えてなかったってのもあったし、治療受けるのってどんな感じなだろう……!みたいな好奇心が少し先行してたのも大きい。

でもカウンセリングや薬ってなんだかんだお金かかるし、1割負担にするのもちょっと抵抗感ある人もいるかも知れないから、こういうのも含めた余裕を考えると俺もまだまだ序の口ってことなんだろうなぁ。保険で色々試せるのおもしれえなぁとか、ビンシャリってこれかよ草、みたいなノリは万人にできるものではない。

Caerleon0327 自分よりできない人を見たり、自分より大変なことになっている事象(例えば、今回の新型コロナパンデミックとか)見て、それと比べて自分の目の前のことはマシだと慰めている

この理論で生きてると、自分よりできない人が他の場面で自分より高い性能を発揮する現場を目撃すると総崩れになるから注意したい。そこで「できないように見えた人にも得意なことがある」なら「できない自分にもなんかいい点がある(≒自分をある程度認めないとその人の優れた点まで否定する事になる)」と考えを反転して良い感じにしてたんだけど(これも自己啓発の謎理論っぽくてキモいな)、まぁこれもある程度の余裕がないと出来ないことだよなぁ。

aobyoutann 弱みを見せたらそこに付け込まれるような底辺環境だと、自己憐憫に浸る余裕なんてない。本当にない。

自信がない状態から立ち上がれるかどうかは周辺環境に左右されまくる、ってのは本当そう思う。そこにつけ込まれると色々厳しい。弱ってる人間につけ込んで追い打ちかけてくるゴミなんて生きてる価値無い、社会に害を振りまく俺以下のゴミじゃん、って思えれば楽なんだけど、そう思えるまでが長いんだよなぁ。これを個人でどうすべきかはちょっとからない。今の自分はそういう人間の屑を見るとめっちゃイライラする性格と化したからそれに関係する仕事をしてるんだけど、そういう支援もまず最初に人の目に触れないと始められないし……難しい。

aeka そんな言葉遊びしてる次元じゃないんよ。「自分なんてクソで…」などと人様に聞いていただこうなんておこがましいこと思ってるようじゃまだまだ下がいてだな…いやこんなことわざわざ衆目集まるところですみません

俺もすまん(挨拶)。寧ろそれを伝えたい文章だった。俺の作文力の無さが光る。そう、自分が糞という意思をもってる時点で自分肯定できてるから、そんな奴らの言うことなんて何の参考にもならない。これはポジティブ思考でもなんでもなく、ただただそれを出来ない自分が沈んでるだけで、良い事はなにもないか安心してほしい(?)。

アドバイスなんて身の程知らずなことは一切できないけど、それこそカウンセラーダイレクトに助けられる数少ない場面な気がする。先生仕事から聞くのは毎日のことで一人が増えても大差ないだろうし、自己開示はただするだけである程度意味がある。今は心療内科もいっぱいいっぱいだから難しいかもしれないけど、それに準じた相談をできる場所結構あって、意外と人のいない穴場もあったりするからちょっと頭の隅に置いておくのも悪くないかもしれない。

anond:20200223103043

迷惑をかけていて、なおかつどうしてもそこに必要というわけではないものは遠慮してあげてもいいのではないかと思うのです。

娯楽はどうしても必要ものではないし、ましてコラボなど必然性の欠片もない

無限に遠慮しろと言っているのと同じ

ネタバレあり】『ミッドサマー』 駄作ではないけれど・・・

主人公視点に仕掛けを作る(キマってる時とそうでない時に記憶齟齬作ってそこに真相が潜んでるとか。例えばだけど。)とか、なんかほしかったなあ。

そういうんがないならあのコミューンのオゾい風習が主眼になっちゃうんだけど、

そこの作りこみはやはりメインディッシュにするには足りなかったと思う。


晴れ晴れとした村の中で村人たちがなんかしら散発的に歌とミニ儀式してるのがずっと背景に映ってるのとか、やっぱ変だよ。

学生現代アートの散漫な展示会を見てるようだった。

それおぞましがらせるためだけに考えましたよね?

って冷めちゃうようなディテールが多すぎる。

聖典にも何の意味も謎もなく。


いやミステリみたいに出てくることにいちいち意味伏線が込められてるべきとは思ってないけど

そういうんではない映画だと思って見るとクオリティがそんなでもない。


死体の目に花が入ってるのがもう劇的に萎えた。

あーこれもう面白いと思ってやってるやん。

わけわかんない半解剖されてひっそり吊られてる意味は一体?

それをする彼等なりの文化とか必然性とかが全然示されてないんだもん。

これただの悪ふざけ若しくはアートやないか、ってなる。


キチガイ達としては全く当たり前に、疑う余地ない文化、いやむしろ生活の一部としてそれをやっている」という凄味がない。

ラブストーリーよって言いながら陰毛タペストリーだったりするのも絵を含めて露骨でわざとらしすぎる。

そもそも陰毛茶というの自体がこれも「気持ち悪がらせるために考えました」感が出過ぎてる。


黒人の足が茂みから生えるように無造作に埋まってるのはなんで?

これも目に花を突っ込んだのと同じセンスですよね?

「ここで足が生えてたら怖がるやろ」という散漫な発想による受け狙い。

大事ないけにえの筈だし、そうでなくても一応隠さないといけないものですよね?

「ああこのために黒人だったのね」「役者はどう思ってんだこの必要性キャスティングされたの」っていう笑いはあったけども。


ていうか全体的に都合のいいドラッグに頼りすぎじゃない?

吹き掛けただけで一瞬で昏倒するコナンもびっくりマジカパウダーがあるのに最後全然効かないイチイはなんやねんとか

マークが一瞬ゾンビっぽくなってたのは何だったの?とか

あとなんだろう

そもそもあの村はずっとネットは一切つながらないっていう設定だったのかな?

もしもネットに繋がっちゃうなら位置情報撮影したものSNSにアップされたりクラウドで保存されたりすりゃ一巻の終わりだけど

繋がらないんならどうせ一人も帰さないんだしスマホで何撮影したっていいじゃねーか。


そしてあの村がネットから隔離されてたとしても

そこへ行くまでのログとか残ってたらやっぱり終わりだし

そうじゃなくてもペレ故郷に行くって言って行方不明になってたらペレの身元から遡られて終わるし。

あの村どうやって維持してんのよ。

その辺をペレが小細工するぐらいのことは頑張ってもいいんじゃないの。

スウェーデンの別の場所に行く予定を立てといて土壇場で「俺の故郷に行こう」って言いだすとか、何かそれなりにさあ。

まあ90年に一度だからそのへんボケてて行けると勘違いしてて(文明を知ってるペレが突っ込めや)、あの後全員逮捕になるのかな。


そういう「あの村捕まるじゃん」は野暮だとしても

恐怖要素の一つ一つのディテールが甘くてしらけるのはどうにもならなかった。

何気なく放置されてる祖先の木とか。

セックス儀式とかどう?笑うでしょあんなの。

アップやカットに逃げずに頑張った結果だということは評価しなければいけないんだろうけど。


そんで主人公の村への取り込まれ感もなんかストーリー性がないというか、踊って泣いただけじゃん?

ちょっと包摂や救いという風には見れなかった。


あとメイクイーンて焼かれてる絵があったような気がしたけど違うのかな。

あのあと焼かれるってことなのかな。

まあどうでもいいや。


蛇足ながら主人公金髪白人にしては顔の形が東洋人的に平らで背が低く、全体的な特徴がグレタさんに似ている。

あの顔で泣いたり怒ったりされるとだんだんグレタさんに見えてきた。


ついでに脚も相当短くお尻がやけにでっかく容姿が地味に個性的

北欧の村の女性から浮き上がる為にそこを求めたんだろうけど

ジョシュ役の俳優の「俺はこのつまんないシーンで埋まってる脚から即座に判別されるために黒人要素を求められたのか・・・」と同じぐらいに

あいいや。


とにかくこの村を貫く個性思想のようなもの全然かめないので

スタッフめいめいに怖いと思ったアイデア持ち寄って現場作りました感を受けてしまう。


繰り返し出てくるペレの下手糞な絵にも特に意味はなく。

ペレ主人公が無理に入ってこなかったら人数足りなくなったけどどうしたんだろう。

そもそもこんなに足がつきやすい形で関係深い人間外国人らを誘い入れて殺すぐらいなら

最初からスウェーデン国内でヒッチハイカーでもさらえばいいだろう。


まとめると

ミステリ的な部分をきちっと詰めて面白がらせる意識全然乏しい」

「村のディテールホラー要素は散漫で褒められない」

主人公包摂と救いも唐突な感じでもう少し掘り下げや仕掛けが欲しい」

どの角度から見ても微妙



全体的に「もうちょっとなあ・・・」だらけの映画だった。

惜しい。のかなあ。

2020-02-22

追記】「ドラえもん のび太と竜の騎士」と「風の谷のナウシカ

追記鉄人兵団も改めて見てみた。

かにあちこち台詞回しにナウシカっぽさが感じられるし、改心後のリルルの言動は明らかにナウシカモデルにしていると感じられる。修理中のリルルとしずかちゃんのやり取りは、クシャナと風の谷のじいや達のやり取りを彷彿とさせるようでもある。

竜の騎士キャラデザインや背景、BGMなどにナウシカっぽさが見えたが、鉄人兵団心理描写にその影響が強く出ているなと思った。

トラバにもあるけど、私も竜の騎士鉄人兵団宇宙戦争の三作がドラえもん劇場版の中で別格に好きです。

ストーリー展開にはアラやご都合主義もそりゃあるけど(ロボット達が鏡面世界に気づくの遅すぎだろ、とか、タイムマシンはさすがに禁じ手だろ、とか)子どもの心をあんなに惹きつける作品はやっぱりなかなかない。

鏡面世界食べ放題バーベキュー、私もやりたかったなー。

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アマプラを物色していてふと目に入った「ドラえもん のび太と竜の騎士」、そういやこれ子どもの頃大好きで何度もビデオ見てたなーと思い出して30年ぶりぐらいに見てみたら、ものすごく「風の谷のナウシカ」でびっくりした。

検索してみたら、監督芝山努氏と宮崎駿氏は東映の同期入社組なんですね。

さら芝山氏は高畑勲氏と一緒に仕事したこともあるようで、それでなんとなく腑に落ちるところはあるのだけども。

にしても似方がすごい。

竜の騎士団のデザイン

鎧と兜は土鬼(アニメではトルメキアの下級兵)、胸の紋章はペジテ。

乗用の小型竜はトリウマ。

地下世界郊外には、ちょうど風の谷の郊外にもあるカッパドキアのような砂漠光景が繰り返し描かれる。

ドラえもんの地下世界は高度に科学文明が発達した社会で、街並みは近世ヨーロッパ20世紀当時のSFっぽさを付け加えたような雰囲気だ。そこにトルコ的な何かは見えない。

未開の部族が住む秘境も点在しているが、それもアフリカ中南米原住民文化ベースになって描かれているものだ。

すなわち、わざわざカッパドキアモチーフあんなに時間をかけて画面に出す必然性は何もない。にもかかわらず何度も出てくる。

ドラえもん一行が、地上人に脅威を知らせるべく竜の騎士の家からひそかにタケコプターで逃亡するときの情景は、BGMも含めてまるきりオマージュナウシカが風の谷の住民達に脅威を知らせるためペジテのブリックからメーヴェで飛び立ったシーンのオマージュだ。これをオマージュと言わずして何を言うかというぐらい、立派なオマージュだ。

上人を守りたいドラえもん一行と、地上の覇権を取り戻したい竜人達は最終的に全面戦争を始めることになる。

ここにも一瞬オマージュがある。

風雲ドラえもん城に竜人達が攻城櫓を運ぶシーンが、酸の海でクシャナがあの娘の帰りを待たないで進軍を始めたときと同じだ。これも状況がそっくりBGMも。

そしてそこにクライマックスとなる天災(風の谷のナウシカのほうは人間引き起こし天災なので本当は人災なのだけど)が訪れ、両軍ともに戦争どころではなくなる。

キャラデザイン風景BGMのみならずストーン展開のこの重なりよう。

意図しないとここまでの重なり方はしないと思う。

ただ最後ドラえもん人類科学技術の粋であるところのひみつ道具バンバン使って本来なら絶滅していたはずの恐竜を安住の地へと導き、竜人達の始祖の神となってしまう。自然破壊してるわけではないにしても自然の摂理に強く介入する行為であることに間違いはなく、人類自然の営みを支配コントロールすることの是非という点ではナウシカではなくクシャナ寄りの価値観と行動だ。ここがナウシカとは決定的に違うとこで、まあそこはドラえもんが『ドラえもん』というアニメ作品主人公としての役割をきちんと果たしているということで、どちらが正解でどちらが間違いという話ではない。

この相似、たぶんいろんな人が言ってることだと思ったんだけど、ちょっとググった程度では見つけられなかった。

芝山氏は何を思ってこんな作風にしたのだろう。この作品だけでなく当時のアニメはみんなナウシカ二番煎じみたいな作風だったのだろうか(そんなこともなかったと思うのだけど)。

それが知りたいな、と思った。

そういや鳥山明氏も宮崎駿氏に影響を受けたって聞くよね。ドラクエ2の三人にはナウシカデザインが色濃く反映されているという話は有名だと思う。

2020-02-20

anond:20200220012929

古文、偽古語好きというのは

中学高校感覚が抜けない「学校好き」という説

ほら、中学高校くらいだと、授業で習った新しい言葉とかを

遊び半分でパクって会話の端々に混ぜることがあるだろ

授業で『枕草子』とか『方丈記』とかやると

中途半端勉強きな子(注:必ずしも成績優秀とは限らない)は

ついつい語尾に「いとをかし」とかつけて喋ってみたくなる

自分は昔、防衛大に入学したばかりの知人が手紙中で

何の必然性もないのに習ったばかりの軍事用語混ぜてるのを見たことある

多分そーいう感覚が抜けてない人なのではないか

2020-02-19

橋本岳おかしいところは・・

副大臣という立場で、あの船に乗るなんてことはぜったいあり得ないんだよ。

ガードの固い医療従事者ですら感染する場所に、副大臣が入る必然性が無い。

SARSでの痛い教訓は、医療従事からやられていくという、悲惨事実があるからね。


ところが、俺が「現場責任者」だとカッコつけてしまったが為に、

なんで「現場責任者」が現場に居ないんだ?と突っ込まれしまって、

引っ込みがつかないので、現場に居たことにした。

現場に居た以上、岩田を見かけてるはずということになって、

頓珍漢な答えで誤魔化そうとした。

2020-02-18

「成長」は個人的な愉しみだ

と思う。あくまでたくさんある愉しみの一つであって、それが唯一じゃない。

そして、仕事に愉しみを求めなきゃいけない必然性もない。

https://blog.tinect.jp/?p=63872

2020-02-09

ボクサー選手生命金融商品にできないかな?

ボクシングやってる奴からチケット買ったことあるやついる?

ボクシングってのは基本的

「殴り合いを見せるのでお金ください」

って商売。まぁ知ってるよね。

デビュー自体は案外簡単で、これを読んでる増田も、健康一年くらい週3以上で通えて、試験受験時点で32才以下なら大体デビューできる。ちなみに37才で日本ライセンス自動失効。

踏み込んでワンツーとなるべく左フックができて、ガードが(あんまり)下がらなければ大体受かる。強いて言うならあがり症だと緊張しすぎてダメかも。

600人前後が毎年受験してほとんどが受かる。

現状1400人くらいが継続的試合してて、2600人くらいが引退せずライセンス持ってる。

毎年600人プロになって現状1400人、めっちゃ引退する。ほとんどのボクサーが二年以内、四試合ほどで引退する。

デビューしたての子でも四万円くらいもらうんだけど、殴り合いって脳ミソ傷つけ合うスポーツからあんまり間隔短くできない。勝ちまくっても毎月試合したら常識はずれのペース(レベルによるけど)

その四万円も曲者で、八千円のチケット五枚渡されて「これ売ったら丸々お前のファイトマネーね」と言われるとこが多い。

現金で渡せば優良ジムヤバイジムだと「はいチケット十枚、半分はジムの取り分だから前納で四万円出せや、ついでに興行参加費と事務手数料保険料で更に二万な」なんてのもある。

大概のジムだとチケット売ってそのままそれがファイトマネーボクサー本人に値引き頼むと案外あっさり応じてくれる。二割とか三割とかね。

最初キャリア浅いうちは、(勝ってれば)あんダメージないから年間に何試合もする。

金融商品としては20%ってとんでもない数字じゃんね。でもそれくらいの割引気にしないわけよ。もちろんとんでもない高リスク商品だけどさ。

日本チャンプになるとファイトマネー五十万くらいファンがついてたり後輩やジムが気を使ったりしてくれる(あのトレーナー試合観に行きませんか?みたいな)、すごく人気があったり営業上手いと後援会とかついて二百万とか、たぶんそのあたりが上限。

世界チャンプなら二千万とか、階級日本での放映権によるけどね。

20%の利息がつくなら五試合でほぼトントン

八割が四試合以内に引退するから、八割の確率で損する、でも二割はトントン、ほんの一握りが何十倍かの価値になる。

今はアマチュアあがりの子なんかはぺーぺーから始めるわけじゃないし、人気の偏りは絶対あるけども。例えば村田諒太デビュー戦でいきなり日本トップとやったし、井上直弥は海外ランカーとデビュー戦したはず。

才能ない子が消えるのは当然だけど、日本ランカーなら余裕だろ、って子でも

世界とるのは無理っすわ」で引退してく。

高校時代ずっとボクシングしてました、超強いしボクシング大好きなフリーターです、でもプロは危ないしトップ無理だし良いや。

ゴロゴロしてる。実際スパーリング大会とか充実してきてるから試合したくてもプロになる必然性ない。

ボクシング危険だし無理に続けて良いスポーツじゃ絶対ないけど、にしても全く儲かんないのもどうかと思う。

前評判不明な子でも、二十万くらいデビューしたら手元に入って、勝ちまくったら投資したおじさんたちもニッコリ。

という風にできないかな?

繰り返すけど、もちろん人気って片寄るし、小狡い奴は逆手に取るだろうし、全員がそう上手くいかないだろうけど。

今、日本含めて先進国は金あまりで、糞みたいな金融商品でも結構売れてるじゃん。いくらかでも国内スポーツに、特に金のない奴に回せるようにできないかな。

どう思う?

計算おかしくない?

うるせー

計算収益根拠がわからないけど、先に金渡したらもっと続ける奴減るのでは?

たぶん底辺ボクシングみないと書いてる数字一つもピンと来ないと思うけど、少なくとも底辺じゃ金が理由継続できてる奴なんていない。始める数が増えたらそれで良いジャマイカ

なるほどねぇ。違う切り口だけど、モーションセンサー付けまくってVR試合させたらダメージ溜まらない分、稼働率があがって生産性UPしたりしませんかね?

Eスポーツとしてはありだろうけどジムでその手の初期投資はできないんじゃないかな。

剣奴かよ

少なくとも剣奴は飯が出るぞ。

追記

システム次第だけど、将来有望で金困ボクサーが、もっかい発行できるかもしれないじゃろ。そしたら少し選手生命伸びる。雑魚は辞めたらええけど。

増田はとりあえず10万円を用意して、例のアレに応募してみたらいいのでは。10億あればはじめられるでしょ。

例のあれってなんじゃよ。

強欲投資家に自分の株を買われたボクサーが、瀕死怪我でもリングに立たされる地獄絵図が目に浮かびます人間経済動物にするのはおやめください。

八重樫や長谷川後援会の期待でボロボロになるまで試合まれたな。

国内レベルならJBC基準で止められるし、そもそも千万も動かんからポートフォリオの一部で終わりよ。世界クラスなら既にそうだから、この方法改善もせんが悪化もしない(ハズ)。

クラウドファンディングではダメなの? // 有望株の育成・デビュー必要資金を「その他大勢」の納めるカネで賄い、ベルトを獲れたらジム広告塔に…という構造だし、本当に才能があれば商品化するまでもないぞ。

もっともな疑問ばっかりだけどダメなんや

ラファンだと投機性がない、ぶっちゃけ依存性がない。元の知名度ないと集まらないけど、元の知名度あったらそもそも十数万程度の金に困らんしね。ジム開設なんかではありだけど。

元も含めて、日本チャンピオン人知ってる?自分が入ったジムチャンピオンしか知らないでしょ?世界タイトルとって初めてスタートが切れるような状況で、広告塔としての投資なんてできないししない。

ボクシング興行の客は、ほとんど学芸会見に来てる親と一緒、ボクサー個人人間関係を換金させて成立させてる。あと地元デカイ顔したい中小社長趣味か。

ボクシングテクニックを見に来るやつなんてほぼいない。友達が頑張ってるとこを見に来てる。日本チャンピオンクラスでもマニアしかおらんで。

善意は長続きしないし。

2020-02-08

手癖でキャラ名を決めるな

ハガレンロイ・マスタングルイ・アームストロングガンダム00ティエリアアレルヤイオリアFE覚醒クロムルフレルキナなど、同じ作者がこんなもんかなとキャラ名を決めると必然性なく名前が異様に似たキャラが発生してしまう。まだまだあるぞ。ちゃんと周りの人がチェックしてやれ。

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