「必然性」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 必然性とは

2017-11-14

高校生の時に付き合ってた子とは、学校帰りデートサイゼ寄ったり、休みの日に一日遊んだ後に吉牛行ったりしてた。

大学に入って年上との交流ができたら、「飲む」という選択肢が一つ増えるので店選びが変わるし、

ごはんを楽しく過ごそうと考える場合には、店を事前に選んでおいて予約をしておく、というコードを知った。

じゃないと行きたい店が埋まってて店探しが大変とか、えいやと飛び込んだ店がいまいち何となく盛り下がる…

それなら事前に準備をしようよ、と学習するからだ。

社会人になったら、それぞれ自由時間を合わせるのがさらに大変になって、店選びやダンリコードの重要性を理解した。

大学生社会人吉牛サイゼデートしないか、といえば、そりゃ別に行くときもあるんじゃないか

そこに必然性があれば。

猛烈に腹が減ったとか、吉牛食べたことが無いから連れてって!(友人の実話)とか。

その年齢に応じたふるまいや付き合いをしてこなかった人が、上記のような"必然性に応じたその時必要な行動"を理解できなくて、

下らないことでワーワー言うんだろう。

そもそも、店のチョイスが、サイゼ吉牛ってところがまた釣り感満載

2017-11-06

女性はか弱いので守りたいと思う気持ちはあれど・・・

女性は男と違って力が非力な人も多いし、男と身体的な構造生理があったり生命を生む事も出来るし、

それに伴う激痛も耐えていかなくちゃならないというハンデもあるから守って行きたいという気持ちはあるんだけど。

それを理由に横柄な態度になったりするような女性を守っていく必要はあるのかなと思うこともある。

特に男尊女卑だなんだという割に、男と違って陰湿嫌がらせを考える事もどちらかというと女性に守れと言われても、守る必要あるの?と思わなくもない。

男は群れになるよりも孤高で考える人が多く、女性場合は仲違いも多いけど基本は群れて不平不満をつのらせた挙句個人をいたぶる行為をする。

こういう事をしている姿を見てしまうと、さて女性は本当にか弱いのかな?と疑問に感じる。

身体的に弱いとしても精神的な苦痛を与えてくるのは、どちらかというと女性の方が強い気がするんだけど。

まぁ男の場合はクソ野郎ほど暴力で物を言わせようとするクズが多い。

お互いどっちもどっちという考えであるならば、男が女性を守るという必然性は感じない。

いや、そういう女性もいるけど基本的女性はか弱い生き物だと主張するのであれば、せめて守られる側は態度を改める必要があるのではないだろうか。

守られる側の女性は、自分お姫様のようなイメージを持っているのかもしれないけど、その考えを捨てて一人のただの何の変哲もない人間として考えて欲しい。

もしお姫様のような考えで、守られるのが当たり前という態度であるならば。

男尊女卑というもの存在しないし、むしろ女尊男卑になっているだろうと思う。

男という存在女性を守りたくなるのは、女性謙虚であればあるほど守りたくなるものであって

守って当然という考えを持つような女性は守る必要もなければ、養う気にもなれないというのが世の真実ではないだろうか。

知性を持つ食人種が倫理的葛藤したり人類交渉したりする、バトルや恋愛とかがメインでない物語が知りたい

旧題:吸血鬼絶対悪ではない吸血鬼物語があったら知りたい

2017/11/06 18:34追記)タイトルに関して「別に吸血鬼じゃなくても」という意見があってそれは実際そうなので一般化して「捕食者が絶対悪ではない食人物語があったら知りたい」って頭のなかで書き直してみたら「『野火』じゃねーか」っていう気がしてきた。まああれは非常時における食人であって習慣としての食人ではない。

全部満たしていなくてもいいので吸血鬼種・人類種間の種族間の問題を描くような物語があったら知りたいです。

よろしくお願いします。

--------------------

追記:

吸血鬼に限らなければ2以降のデッドライジングがそんな感じか。

--------------------

追記2 (2017/11/06 17:32)

うぉっと、こんなにブクマがつくとは思いませんでした。

吸血鬼ものが一大ジャンルであるということを再認識しました。

全体的に単に私が読書不足なだけでサーベイ代行とかそういうのではないです。

そもそもこれを考えたときに視ていたのは『クジラの子らは砂上に歌う』です。

クジラ側の住人(特にチャクロ)などが感情共感を仲間かどうかの規準とおいている(まあ大抵の少年少女向け物語ではそうですが)のが気になって、

この世界に行動レベルでは倫理的逸脱をしないサイコパス存在したらどう扱われるのだろうとそのようなことを考えました。

しかし、共感ベース倫理を組むというのは上に書いたように多くの物語でそうですし、(少なくとも感情レベルでは)現実世界でもそういうところはあるだろうとは思います

ざっくりとした理解では食肉に絡む動物擁護派の一部は忌避行動で苦しみを測れるとし、実際攻撃に対して忌避行動をとるので苦痛を感じているはずだとして屠殺を伴う食肉が倫理的ではないとしていたと思います(それでファイナルアンサーかはともかく)。

もし、動物が人語を語るのならば苦しんでいるか否かは動物たちの語る言葉によって判断されるだろうと思います

何れにせよ共感を持てる対象かというのは言語的反応や身体的反応が似通っているかによってたいてい判断されているんだろうと思います

そして身体的反応と言語的反応を比べた時言語的反応のほうがおそらく重要視されるだろうと思います(*書いてから思ったが要検討:「言葉は嘘をつくが、目は嘘をつかない」とか)。

それで言語レベルでより強い共感性を持つ捕食者・被食者の集合というものを考えたとき吸血鬼に思い至って上のようなものを書いてしまったわけです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/347980048/comment/hobo_king

hobo_king 本文を読むに「『その生態の特殊性から過去において様々な軋轢を生んだ吸血鬼だが、現代では人間(食料)への最大限の配慮を主張する個体存在する世界吸血鬼物語』があったら知りたい」って感じ。長い。

だいたいそんな感じです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/347980048/comment/Silica

id:Silica タイトルの付け方が…吸血鬼ものじゃなくても、知的生物同士が捕食被食関係にあるような世界を描いた作品あるけど、そういうのはどうなんだろう

タイトルは追記にゾンビの話書いた時点で書き換えるべきでしたね。上のように言語レベル意味を共有できる知的生命ならいいのでぜひ知りたいです。

仮に吸血鬼絶対悪だとしたら人類もしくは吸血鬼どちらかが早晩絶滅するから物語が成立しないってどこかで読んだ気が。

これは数理生態学の本読むとそんな単純なものでもないというのがわかると思います中学理科でもあったように肉食獣が増えると、草食動物が減り、餌が減った肉食獣の生存率が下がり、やがて草食動物が増えという感じで振動します(植物の絡みは省略)。1捕食種-1被食種のケースが最も単純で、そうでないケースではもっと全種全滅みたいなケースが起きる確率は減ります

とは言えウナギの例もありますし捕食者の補色ペースが早すぎたら絶滅ということもあるかもしれませんね。

その他色々有り難うございます。気になるやつから読んでみます

2017-11-03

[] #40-6「お菓子祭り作戦

そうしてタケモトさん宅の近くへたどり着くと、予想通り弟がそこにいるのが見えた。

遠くて聞き取れないが、何かをタケモトさんに訴えているようだ。

「誓ってもいい~すべて本当のことだよ~」

俺は左手自分の口元を覆い、吐き気をこらえた。

あいつ、まさか歌ってんのか。

やめろやめろ、そんな恥ずかしい真似。

様子見なんて悠長なことはしていられない、早く止めねば。

「この愚弟が! もう歌うな! 何の必然性があってそんなことをするんだ」

「ぐわっ……」

俺は右手で弟の口を塞ぐ。

事態を飲み込めないタケモトさんは怪訝な顔をする。

「ああ? なんだ? どういうことだ」


俺はタケモトさんに事情説明した。

「はーん、なるほどな。ほんと宗教屋ってロクでもねーな。大言壮語美辞麗句を吐くくせして、やることがしょーもねー」

「まあ、今回は弟もマヌケだとは思いますけどね」

「仕方ねーさ。子供乾燥したスポンジみたいに何でも吸収しちまう。しかも“衝撃の新事実”ってのに弱い。情報更新されると、そっちを容易く鵜呑みにしちまう。仮に事実だとしても、それは側面的なものしかないということが分からない」

「じゃあハロウィンが昔は厳かなお祭りだというのは嘘なの?」

「だから側面的な話だって、タケモトさんが言ってるだろ。昔がどうだったからといって、それが今のハロウィン否定するものとは限らないんだよ」

俺たちの言うことに弟は首を傾げる。

その様子にタケモトさんは溜め息を吐く

「じゃあ逆に聞こう。ここまでの道中お前は色んな人たちに“ハロウィン真実”とやらを吹聴して回った。で、どんな反応だった?」

「……みんな生暖かい目で俺を一瞥するだけだった」

「つまり、そういうことだ。みんな自分たちのやってることがハロウィンモドキだと分かってるから、お前の言うことを受け流す」

「どういうことだよ! 皆なんであんなに無邪気でいられるんだ。馬鹿みたいだと思わないの?」

「まあ……思ってるやつもいるとは思うが、思っているだけだ。それでおしまい祭りってのは馬鹿にならなきゃ楽しめないもんだ。逆説的にいえば、祭りを楽しむのは馬鹿だけ」

「もう少し表現を変えましょう、タケモトさん」

「ああ?……じゃあ“誰も得しない”から、で」

「誰も得しない?」

「皆は思い思いの仮装をして、仲間内お菓子を持ち寄ったりワイワイ騒いだりしたいわけ。そんな人たちにハロウィンそもそも論だの、こうあるべきだのといった話は必要ない。無粋だとすら言ってもいい」

「つまりな、ハロウィンは楽しむための“きっかけ”。花見だって、誰も純粋に桜を見に行っているわけじゃないだろ」

「あとは商業主義とかもろもろ……要は彼らにとってどうでもいいことなんだよ。お前の気にしているようなことは」

「なんだよそれ……何というか、不純だ。過去蔑ろにしているみたいで」

「ったく、変なところで真面目だな、こいつは」

タケモトさんも俺も考えあぐねていた。

もちろん弟の不満を価値観の相違で片付けてしまうことは簡単だろう。

だが弟が知りたいのは“人それぞれ”の構造と、その是非だ。

弟にとって“人それぞれ”だなんて結論は表面的なものしかなく、思考停止と同じなのだ


風習時代環境によって形を変えることは珍しくありません。ですが、それは一概に悪いことではないと思いますよ」

突然、話に教祖乱入してきた。

全く逆の方向を捜していたのに俺たちと合流したってことは、一応は捜索を熱心にやっていたということか。

「若干、説教くさいが、この宗教屋が言うことは一理あるぞ。そりゃあ元が何かってことは大事だろうさ。それがなければ今もないんだから。でも拘り過ぎるのも考え物なんだぜ」

ハロウィンがどういったものだったかなんて知ったところで、現状が何か変わるわけでもない。元あったものが形を変えることに哀愁を感じるときはあるかもしれない。だが時代の流れは自然の摂理。それに不平不満を言ってせき止めようとしたところで、結局は誰も得しない」

弟がうーんと唸る。

理屈は分かっても、どこか心の根っこの部分がそれを拒否しているようだった。

こうなったら最終手段だ。

俺は教祖を軽く小突いて、目配せをする。

教祖はそれを察して弟にマジックワードを説いた。

「えー……つまりですね、この街ハロウィンは、これはこれで“真実だってことです」

真実……そうか、そういうことだったのか! 俺たちにとってのハロウィンはこれが正史なんだ!」

どういうことかは分からないが、教祖言葉は弟にとって天啓だったらしい。

「それじゃあ、お前が納得したことだしハロウィンを続行するか。それとも今からこのお菓子を返しに回るか?」

「……それもいいかもね」

おいおい、まだそんなこと言ってんのか……。

「代わりにイタズラをしに行こう!」

ああ、そういうこと。

結局、今回のハロウィンもこうなるのか。

「ハッ! やっぱりな、とんだ悪童だぜ。こんなこともあろうかと自宅をイタズラ対策用に改装しておいてよかった」

タケモトさんはなんだかんだ言いつつ、この日のためにそこまでしていたらしい。

悪態つきながらもノリノリだな、この人。


こうして俺たちの「お菓子祭り作戦」……もとい「ハロウィン真実キャンペーン」……もとい「イタズラ大作戦」は酷い遠回りをしながらも幕を閉じた。

それは確かに遠回りだったけれど、いつも漫然と歩いていた道のありがたさを知る上で、弟にとって決して無駄ではない道だったんだと思う。

時代の流れは個人を待ってくれない。受け入れるにしろ拒否するにしろ、進まなきゃ」

「ああ、そうだな。ハロウィンが終わったからといってウカウカしてはいられないぞ。次はクリスマスだ」

クリスマスだったら歌ってもいい?」

「いいけど、俺の目の届かない場所でやれよ」

「よっしゃ、楽しみだぜ!」

(おわり)

2017-10-31

anond:20171031155258

説教自体別に構わんのだが、唐突に、本当に唐突に(視聴しているなら意味わかるでしょ)演説が始まるからもう何もかも吹き飛んだ。長いし。

雲の王国演説自体には必然性はあったからなあ。作品全体が説教臭いのはその通りだけど。

単純に男女逆にして毎度お約束で捕まる男キャラなんていたら助けようとも思わねえだろ?

仮にいたとしてもネタキャラ扱いは免れない

キャラが多いのは女性蔑視とかじゃなくて、苦労して助ける必然性をどう確保するかという話な

もっと言うなら男女の価値の差と言ってもいい

2017-10-26

ブログで稼ぐ

アフィリエイトで1つ売れるためには何万という来訪者が必要で、

そうなるには誰もが名前を知ってるぐらいに有名になる必然性がある

そんなの無理

2017-10-22

スポーツ漫画超人化の必然性

羽生くん、今季も二位発進おめでとうというより、4回転ルッツおめでとうだろう。

スポーツとは人間が豊かになるにしたがい、そして突然発生遺伝的に、こういう風に進化していくものなのだろう。

イサンも4回転4種類やってたし。

となると、フィギュアスケートアニメユーリonICE」がどんどん「あとで見ると古くなるアニメ」になっていっちゃうと感じた。

何故なら二次元なのでちょっと高めに設定してるにも関わらず、三次元がどんどん追いつき追い越しをしていくからだ。

スポーツでは無いが、将棋もそうだな。

羽生さんの話をこの記事でするとややこしいので、藤井くんの話をすると

藤井君の設定は「三月ライオン」の桐山零くんの設定を軽く超えている。というか藤井君みたいなキャラ設定すら人物も出てこない。

昨今、こういう物語にはリアリティが求められているというか、そういうのが受けるのだろう。

しかし、リアル=「ありえる」を突き詰めれば突き詰めるほど、

凡人には分からない到達点を天才たちが作り出してしまう…。

さて。みんな大好きテニスの王子様の話をしよう。

錦織くんは、テニスの王子様を超す日が来るだろうか。いや、多分無い。

何故ならテニスの王子様登場人物は、全員宇宙人だし、あれは地球では無いからだ。

あれが実現できる人間は多分居ない。なぜならその時には、人間絶滅しているからだ。

まぁ冗談のような本気は置いといて、テニスの王子様ブームを受けにうけまくった世代増田なのだ

あの当時テニス部は定員オーバー状態だった。そして入部希望者はみんなテニスの王子様を読んでいた。

自分テニプリブームの前にテニスを少しだけやっていたのもあり興味はあったが、何故か当時の家はテレビ大阪が映らなかったのでブームについていけなかった。

後々見て、序盤のリアルさと中期からカオス具合に頭をかかえていくことになるのだが、それはまた別の話。

進学し、テニスが激強い学校入学した。増田全然違う部活をした。

全国トップレベルテニス選手ごろごろ居て、まぁテニスのことしか考えていないような人たちだったのだが

何故テニスをはじめたのか聞いてみると「テニプリ」と言うのだ。テニス部女子たちの当時のブームは「テニミュ」だった。

全国トップレベルの強豪テニス部は、完全なオタ部だった。テニプリ愛好会とも言える。

リョーマがやってた技やってみたんだよね、超練習したらできた。ありえないと思ってたけど、びっくりした」

増田もびっくりした。

まりスポーツ選手にとって目標は高ければ高いほどいいのだろう。

そういう意味テニプリは、テニス愛する人たちに一生読まれ漫画になるのではないだろうか。

ちなみに錦織くんも昔からテニプリを読んでいたという。流石ブーム直撃同世代である

WOWOW生中継修造さんが「ゾーンだ!ゾーンはいった!」と叫び実況していた時は、コイツ!?となったが。

ということで

創作者のみなさま、こういうことも踏まえて「リアル指向」の流れに逆らい、頑張って空飛んだり光線だしたりするスポーツ作品を作ってください。

うまいこといけば、永遠に愛されるでしょう。

2017-10-19

anond:20171018121031

新章WUGで一番残念に感じるのは意志が感じられないところですね。

ヤマカン監督の頃には、強い意志作品から感じました。

フィルムからWUGを作ることの必然性と切実さと誠実さを感じました。

新章は意志を感じません。

これなら揉めないで新しいタイトル作ればよかったのに。

ああ、今までリアル現実声優アイドルとしての)WUGには多額のお金を注ぎ込んでるし、

そういうわけにはいかなかったって話かなw

まり金儲けのために無理に延命措置された作品ってことか。

そんなの誰が喜んで見るんだろうね?w

2017-10-16

anond:20170829094133

温泉回という言葉根付いたのはパイオニアLDCあたりの天地無用あたりのOVAシリーズぐらいかな?

30分×6~7本のパッケージビデオ販売スタイルで、今の1クールモノのフォーマットベースとなっていると思う。

TVシリーズとの差別化もあり「お約束サービス回」として定番になっていった記憶。深夜帯の1クールモノはこの「パイオニアフォーマットから基本的には変わってないので、もはや制作側が面白がってやっていた域はとっくに通り過ぎて「必然性がなくても入れておかないと販売的に不安」という次元に到達している。

「なぜ必要なのか」を問いただせるのは、その作品で、よほど「面白いという確信」が共有されてないと無理。

2017-09-15

メスにおちんちんがついてるイグノーベル賞の話で

例の虫は、メスが自分ペニスを使ってオスの膣穴に溜まってる精子ストローのように吸い出すという交尾をするという。

これは食料の少ない場所での進化らしく、交尾の時にメスはオスから栄養を吸い出す目的もあるとか。そのため、メスのほうが交尾積極的になって競争が激しいという。

 

今までフィクションで男女逆転の世界は飽きるほど描かれてきたが、生殖器逆転から立場逆転は自分は聞いたことがない。

既存の男女逆転のエロでは、女性積極的男性が奥手に、性行為が描かれていても、結局最後男性のおちんぽが気持ちいい~で終わるので何だかなぁ~と思っていた。

いくら「もしも…」の世界としても、「おちんぽ気持ちいい」はずの男性が奥手になる必然性が全く分からなかったのだ。

 

しかし、この虫のように生殖器からして逆転の世界なら、女性積極的になるのはオスから栄養を吸い取りたいメスの本能から男性が奥手になるのはペニスを持っていないから、と分かる。

女子思春期になると男の子を見ると、メスの本能ペニス勃起させてしまう。

男子思春期になると膣穴に精子が溜まり、定期的に掻き出す必要がある。精子が多い子ように精子おむつが売られている。

女子は「ダメ赤ちゃんできちゃう」と「もう我慢できない」の台詞を一人で言うことになる。

 

こういうオスの女の子化の世界に、現実世界ペニス男子が転生する。

ペニス男子はこの世界女子セックスできずに男子に走る。

ペニス男子「もう我慢できない!」 男子「君に赤ちゃんできちゃうぞ」 ペニ男「俺は赤ちゃんできないから出し放題だ!」 男子!!!!」

そこにこの世界女子乱入してペニ男の後に即座にセックス

女子はこの世界男子とペニ男の2つの精子を吸い出す。

この女子妊娠するが、生まれ赤ちゃんペニスを持つ女子男子か、膣穴を持つ女子男子か。

世界大パニックに……

2017-08-31

https://anond.hatelabo.jp/20170831213941

言語化すること自体が難しいというより

自分にとってする必然性がないことをいちいち言語化するのが難しいし訓練がいると思う

極端な例えだとうんこ匂いいかに素晴らしいか解説してくださいとか言われても普通の人は無理とかそういうようなこと

2017-08-30

https://anond.hatelabo.jp/20170830123042

まず、「小さく見える」条件は何かというと、「視界全体に占める面積の割合が小さい」こと。

ここに物理的な必然性はない。その見えてるものは実際には小さくないし、人間の目と脳は物の遠近を知覚できるんだから、遠くにあるものを「小さい」と感じる必然性はない。どういうわけかわからないけど、人の脳は、たとえそれが遠くにあって、実際にはそれほど小さくないとわかっていても、「視界全体に占める面積の割合が小さい」というだけで「小さい」と感じるようにできている。これが第一理由

で、なんで遠くにあるものが視界に占める面積が小さくなるかというと、視界が放射状に広がっているから。カメラレンズと同じ。光の性質上そうなる。これが第2の理由

じゃあどういう構造であれば遠くのものが小さく見えないかというと、目の物理構造は同じでも脳がどう感じるかによっては小さく見えないんじゃないかと思う。例えば、人の脳のサイズ感覚が視界に占める面積の割合に影響されないようになっていれば、遠くのものでも小さく見えないんじゃないかと思う。

あるいは、カメラのように環境光をレンズで捉えて物を知覚するんじゃなくて、放射状に広がらない、レーザー光線を発射して、帰ってきた光線で知覚すれば、視界が放射状に広がらないから、遠くのものでも視界に占める面積の割合が小さくなることはない。

2017-08-23

https://anond.hatelabo.jp/20170823183117

この国でエンジニアになるのは負け組だが、エンジニア負け組になるような国は国際競争負け組

「だが」で繋げる必然性あるの?

この国でエンジニアになるのは負け組であり、エンジニア負け組になるような国は国際競争でも負け組

https://anond.hatelabo.jp/20170823122305

いやそれはおたく感情論じゃん

そこからなんで急に「必然性がない」という論理的結論に結べるのか分からない

2017-08-14

コミケ現代でも継続する必要性があるのだろうか

まず前提で、「印刷会社関係する企業団体が食えなくなる」などの話は全くの別問題として切り捨てる。



さて、今は個人でも低コスト通販電子出版が容易にできるサービスがあって、

同人誌発行の容易さや頒布手段自由度は昔より向上している。


それにも関わらず、わざわざ申し込みに手間がかかり、表現規制はうるさくて、

地方在住の参加者にとっては運賃物流コスト負担が重く、夏は糞暑く、

設営完了した時点でグッタリするようなところで、用意した数をさばききれるか不安を抱えながら

わざわざ創作物頒布する必然性が今もあるのか疑問だ。


毎回誰かしらがやらかしている新刊落ちや、表現規制頒布停止になった話や、徹夜組問題や、

大手サークル目当ての一般参加者が炎天下に長蛇の列を作って、まるで修行のような様相を呈している

グダグダな様子を眺めていると尚更強く思う。

このような問題は、発表の場をコミケ限定しなければ解決できる問題ではないだろうか。



今でもコミケ創作物頒布しようとする理由コミケでなければならない理由を考えてみる。


1,コミケ以外で創作物頒布する手段がよくわからいか

2,外的要因の締め切り(印刷会社入稿期限やコミケ開催日)を設定されないと創作物を作れないか

3,同人作家同士の交流会を兼ねているか

4,記念として「コミケで本を出す」こと自体目的になっているか

5,来場者数が多いコミケならどんな創作物を手に取ってもらえるのではという期待を持っているか

6,限定商法を展開したいか

7,未知の出会いを求めているか


1。とりあえずBOOTH検討してみてはいかがだろうか。

とらやメロンのような審査はなく誰でも使えて、サービス提供側へ収める額も少ない。


2。現状ではがんばってくださいとしか言えない。

PixivあたりがAPOLLOのようなオンライン即売会の形で特集でもやってくれれば、

そこを目指してもらうなどもできるのかもしれない。


3。懇親会を個別企画してみてはどうだろうか。


4。代替手段なし。そういうこともある。


5。コミケ知名度集客性(一般参加者は客ではないので語弊があるが)をあてにするにしても、

作風がよくわからず近寄りがたいサークルが、午後になっても大量の頒布物を残しているところを見るに、

コミケならなんでも手に取ってもらえるとは考えがたいので、別の手段を考えたほうが建設的かもしれない。


6。通販販売期間を限定するという限定のしかたはどうだろう。

長蛇の列を作るような大手サークルは、会場限定頒布物などを作るよりも

手堅く通販で用意するほうが喜ばれるのではないだろうか。

また、コミケでの頒布商売目的なんてことはないはずだから、購買欲を煽る必要はないはずである


7。PixivTwitterなどのSNSアンテナを張ってみよう。



オリンピック開催による会場確保の難しさや表現規制強化など問題がある今、

本当にコミケじゃなきゃダメなのか、考えてみるのもいいのではないだろうか。

2017-08-10

https://anond.hatelabo.jp/20170810225726

かわんご自身ニコ動ユーザではないから。

ユーザではないか特に不便も感じないし、改修を急ぐ必然性も考えられない。

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170806072023

最先端意味にもよるけれど、1~3は間違いなくゲーム界をリードするつもりでつくっていたように思う。

転機は4、5、6

ドラクエ4

3でロトシリーズが最高の形で締めることが出来、ストーリーゲームシステムとしても一新を考えたドラクエ4

2、3が、ストーリーシステムも「前作にプラスアルファ」という形だったのに対して、前作までの否定とも思えるほど意欲を感じた。

ファミコンスペック限界に近づいていたために、あの程度に留まったんじゃないかと思う。

最先端であり続けようという意欲に、ハードスペックが追い付かなかったという感じ。

その後に出たファイナルファンタジー4に大きく鼻をあけられた印象はぬぐえない。

ドラクエ5

最もファイナルファンタジーシリーズの影響を受けているように思う。

今までのドラクエスタンスであるドラマ主人公になるというより、ファイナルファンタジーシリーズのようなドラマ第三者的に見ているような印象があった。

意欲的だったが使いにくいAIシステムを、「めいれいさせろ」によって実質的コマンド手入力制に戻したり、かなりバランスよくまとめにきた。

一方で、目新しい部分は少なかった。

この辺が、最先端から一歩引き始めたころだと思う。

同じころにリリースされたファイナルファンタジー5と比べると、ストーリーの優劣はとにかくとして、システム面ではありきたりに思えた。

ドラクエ6

この作品では、ファイナルファンタジーとの差別化を図り、ファイナルファンタジードラマ、それに対してドラクエ主人公一人称目線ということに拘ったように思う。

ムドー戦以降、自分探しという今一つ必然性にかける旅の目的であったせいで、ストーリーの印象は非常に薄い。

どの職業にも転職できる、二つの世界自由に行き来、などなど、自由度の高さが目立ち、さしたる目的もなく好きにブラブラしてたという印象。

この頃からファイナルファンタジーナンバリングタイトルリリースタイミングがズレてきた。

制作期間の長さと否定して丁寧につくられていたが、反比例して勢いがなかった。

ストーリーボリュームグラフィックを詰め込んでも、ゲームとしての完成度につながらないジレンマが出てきたのはこの頃だと思う。

チュンソフトが手を引いたせいだと思うけれど、アイディアというのはスピード感を持って形にしないと、死んでいくということを実感した。

2017-08-07

[]ペルソナ5クリア 130h

実質ラスダンシドパレスクリア後はコミュMAXにするために奔走した

でもなんか急激に飽きがきたから最低限にしてクリスマスイベントを全員分見たりはしなかった

修学旅行ときセーブアンドロードで杏以外全部見たけど

ロードアンドリトライしたいときコストが高すぎてめんどくさいんだよなあ

イベント中(メッセージ読んでるだけ)にロードできないのがきつい

閑話休題

からクリア前にペルソナ全書を埋めたりカード、装備をなんかして二週目に備えたりとかを考えてたけど、

今それやっても2周めをやることは当分ないと思ってやめた

次やるのは完全版がでたときかなー

1周でお腹いっぱいになりましたわ

1/3くらいまではよかったけど、残りが微妙だったなあ

あと主人公と各キャラの絡みはよかったけど、各キャラ同士のつながりがすごく薄い気がした

みんなともだちのともだち的な感じで仲の良さが感じられなかった

必然性が感じられなかったともいえる

からまだらめのあとに杉田がなかまになってびびったわ

他のメンバーもだいたいそんな感じで必然性いまいち感じられない

日めくりカレンダー演出がうざい

時間かかるだけだし

もう寝ようぜがうざい

寝るだけなら飛ばしてほしい

イベント早送りしかないのつらい

ダンジョンめんどい

似たような仕掛けを繰り返すから飽きるしダルくてめんどいだけ

宝箱が出てくるけど現代渋谷とかリアル等身のキャラとのギャップ違和感がありまくりだった

最後の超展開も現代舞台でいきなり神と戦うとかってのがかなり無理があるように感じられて微妙だった

銃があん意味なくて銃属性魔法と同レベル位置しかなかった(から、改造もしなかったし途中から買わなくなった

はいろいろあるけど結局パターン化したらほとんどの場所は行かなくなった

一度も行かなかった場所もある

りゅうじうざい

いろいろと不満もあるけどだいたい中盤までが★4で終盤の展開が★5で、終盤飽きがきたのとラストが★3でトータル★4かなあ

なんだかんだで130時間もやったってのがそれだけの面白さはあったっていうことだし

P4Gがやりたくなった

さて次は何しようかな。。。

魔女と百騎兵リバイバルLIFE isストレンジラストオブアス、ヘビーレイン・・・ここいらかな

2017-08-04

月曜日スカート」に感じた違和感の正体

https://anond.hatelabo.jp/20170803230001

元増田の主張と少しズレるが、欅坂の「月曜日の朝、スカートを切られた」に対し自分違和感を覚えた理由がこれを読んでわかった

まず自分は歌においてメッセージ性を打ち出すためにあえて過激表現をとること自体否定しない派である

それが「性的配慮のないもの」であろうが本人が「このメッセージを伝えるためにはどうしてもこう表現方法でないといけない」と考えており

なおかつその必然性理屈こちから見ても伝わるものなら

配慮なさすぎと思っても全否定まではする気はない

しかし「月曜日スカート」は、ファンの「この曲はサイレントマジョリティの前日譚なんだ、スカート切られて泣いてる子がサイレント~で立ち上がるんだ」という主張を見ても釈然としなかった

自分でもなぜかよくわからなかったのだが

この歌詞を歌わされるアイドル以前に女の子たちが、かわいそうだと思う。

この一文を見て理由がわかった

欅坂の子たちが「歌わされてる」からいけないんだよ、それもずっと父親くらいは年上の男に

もしこの歌詞欅坂メンバー自分たちで考えた末にあえて女の子性的被害にあって立ちあがる歌詞を書いたなら

悪くてもこの表現を選んだのはデリカシーなさすぎたねもっと的確にメッセージが伝わる表現方法を探るべきだったね位で私は済ませたけど

これは自分たち意志でなく上からの指示で歌わされてる(少なくとも部外者からはそうみえる)から気味悪いし気持ち悪いと感じたんだよ私は

2017-07-22

今年よかった映画や本などのメモ

一時期赤羽の駅前を賑わせた男性がいる。彼はどう見ても普通の、背広を着てネクタイを外したサラリーマンなのだが、なぜか道行く人にノートを見せつけてくると言う。そのノートにはどれほど猥雑なことが書かれているのだろうかと怪訝に思われるだろうが、実はそうではなく、ノート手書きで書かれているのは

君の名は

に関するあらゆる情報。どうやら彼は映画館で観ていたく感動し、その作品を広く世に知らしめるべく行動に出たようなのだ。すごくないですか?このインターネット全盛の時代に。しかもすでにみんな結構観てるし。でもなんかいいなと思った。どうしても色んな人に観てもらいたかったのだろう。

今年観た映画には素晴らしいものが数多く、会う人会う人に、向こうのリアクションなどお構いなしに下を見ながらブツブツすすめ続けてしまう。わたしは何かを観たことによるマウントを行いたいわけではない、と思う。ただ、自分が今ラリっているブラントを配りまくっているジャンキーのようなもの。たぶん。ヘイ、ニガ!一緒に吸おうよ!みたいな。たぶん。知らないけど……。僭越ながら紹介させていただきます。とっておきのブラントなんだぜ、ニガ。

長い前置きすみませんでした。

◆超オススメ

①映画「お嬢さん」監督:パク・チャヌク

韓国鬼才によるエロサイコミステリーしか百合韓国映画敬遠しがちな人は度肝抜かれるので観てください……。戦時下、美しい日本庭園で美しい衣装を着て日本人のフリをする朝鮮人たちが騙し合うんですが、セリフがずっとカタコトの日本語。この時点でカルト映画だ!となるんですが、話の展開も予想だにしない方向へと引っ張られていき目が離せないです。しかも最後が爽やか。イェーイ!となるという。とにかくエロいんでそこ目当てでも観て欲しい。

公式サイト:http://ojosan.jp/sp/index.html

②映画「コクソン」監督:ナ・ホンジン

韓国の寂れた村に國村隼が住みついてから、村人が家族を惨殺する事件が相次ぐ……なんで國村隼?本当に犯人は國村隼?なんでフンドシで鹿の生肉食べてる國村隼?こう聞くとB級映画しか思えないと思いますが、カンヌ出品も納得のテーマへと迫っていく。何を信じるのか?終わり方は苦手な人もいそうだけど、でもそういう人こそ観るべきだと思う。途中、祈祷師なる人物がドラをジャンジャン鳴らしながらヤギの首をかっ切るシーンは尋常じゃない高揚感が得られます

公式サイト:http://kokuson.com/sp/

③映画「くすぐり」監督:デイビット・ファリア

Netflix話題を呼んでいるドキュメンタリーニュージーランド記者が「くすぐり我慢大会」なるものを見つけ取材を申し込むと「オカマ野郎には関わって欲しくない!てめーはクソだ」のような攻撃的な返事。調査を進めるうちに、まるでゲイポルノのようなくすぐり動画を撮影し、恐喝に用いていたことが判明する……。

実話であることが恐ろしすぎる!見ず知らずの若者を支配し人生をぶち壊すことにしか興味がない恐ろしきサディストの話。こんな怖い話があってたまるか……。ゾワゾワしたい人は是非観てほしい。すごく怖い。

参考サイト:http://cinemandrake.blog.jp/くすぐり

④本「勉強哲学 来たるべきバカになるために」著:千葉雅也

勉強するとはどういうことか?勉強するとはキモくなることである勉強すると100%キモくなる。なぜなら周りのノリに対し浮くからだ、という箇所に大納得。でもそれでも勉強してしまう。なぜなら自分が変わっていくマゾヒスティック快楽があるから。勉強とは、今までわからなかったことがわかること。言葉自分のなかで血肉を持つこと。でも言葉自分環境を一度切り離し、客観的に捉え直すことが必要自己啓発書風だけど中身はすごくわかりやすいドゥルーズだった。わたしがなぜ学生の時にドゥルーズに心惹かれたか、腑に落ちた。とても平易な言葉で書かれているけれど、勉強のものに切り込んでいくのでスリリング。名著だと思う。……伝わってますか?すごく読みやすいのに考えさせられる、とてもよい本。

テレビシリーズ「ル・ポールドラァグレース

こちらもNetflixにて。アメリカンドリームを夢見る、人種バックグラウンドも様々なドラァグクイーンたちがバトル!ル・ポールの前で1番を競い合う。カーテンドレスを作ったりものまねショーをしたり。あれ?意外に予算がかかってない?しまむらチックな私服を着た屈強な男たちがメイクと豪華なドレスで美しく変身する様、見習わないといけないなと思わせます。そしてなんてったってル・ポールが美しい!普段はダンディなスキンヘッドの50代のオジさま(声だけ女)なのに、ひとたびドレスアップすると193センチの美女!日本の番組ありがちな、 「でも実はオッサン」的ないじられ方をすることなく、ただただ美の化身として存在するル・ポール尊いです。あと発音がわかりやすくてリスニング力を鍛えることができる。

⑥映画「モアナと伝説の海」監督:ロン・クレメンツ、ジョン・マスカー

海、砂、黄金テクスチャーが本物以上。海洋スペクタクルアドベンチャーモアナプリンセスというよりかは立派な施政者。16歳なのにあんなにしっかりしているなんて……。話の説明パートは歌かギャグが入るので飽きることがない。オチ完璧だったし、この映画を観て育った子供は絶対に自然環境破壊しないと思う。ホントか?半神ムアイは全身タトゥーだらけで顔もいわゆるディズニーヒーローとは違っているけど、とても愛らしい。ディズニーは反ルッキズムへと舵を切っているのかも。人間に御礼を要求する歌がいいです。派手なカニやココナッツマッドマックスも必見。

⑦映画「レゴバットマンムービー」監督:クリス・マッケイ

今激激激激オシしている映画。なぜなら全然流行ってないから。でもそれはどう考えたってオカシイだってこんなに面白い映画そうそうない。映画館で終始ニヤニヤ、たまにゲラゲラ、笑いすぎてむせてしまったかと思えばしんみりさせてくれる。バットマンでかつレゴ、でもどちらも必然性があるストーリー。レゴがとにかくかわいくカラフルで魅せられるんだけど、話は意外に考えさせられる。

ダークナイト」では、悪に対し私刑を加えるにすぎず、その行動がより悪を増長させ自らもまた悪の似姿となるバットマンが、アメリカオーバーラップさせる形で描かれた。奇しくもジョーカーを演じたヒース・レジャーの死によってダークナイト問題提起に答えが与えられることはなくなってしまったが、その答えを与えるのが「レゴバットマン」。まじです。しかも子供も楽しめる。すごい。ウォルデモート卿やマトリックスエージェントキングコングまで。騙されたと思って観てください。

公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/legobatmanmovie/

オススメ次点

⑧映画「アシュラ」監督:キム・ソンス

韓国ノワール。人がイヤな死に方をすることでは天下一品韓国映画にまた一作、観ていて痛そうな映画が。サイコ市長に飼い犬のように使われるダーティ刑事が牙を剥く。観終わったあとに結局なんだったのか?感が否めないが、市長がフルチンでキレたり、やたら痛そうな拷問など、観ると楽しい。主演が西島秀俊に似ている。

公式サイト:http://asura-themovie.jp/

⑨映画「ムーンライト」監督:バリージェンキンス

閉鎖的な黒人社会でセクシャルマイノリティとして生まれたこと、というよりかは孤独な子供あるあるとして観た。静謐さ、不安定な視界、不安げな表情、どれも既視感のある普遍的ものだったので、不器用な子供だった人にすすめたい。また、車、言動、振る舞い、筋肉、どれをとってもギャングスタに憧れないわけにはいかなかった。

公式サイト:http://moonlight-movie.jp/sp/

⑩映画「湾生回家」監督:ホアン・ミンチェン

台湾で生まれ育つも敗戦により引き揚げざるを得ず、しばらくかの地に足を踏み入れることのできなかった日本人を追ったドキュメンタリー故国ではないところに故郷がある人の、心はいつだって異邦人という言葉に痺れる。人の優しさと詩情に満ちている。

公式サイト:http://www.wansei.com/

11映画「スウィート17モンスター」監督:ケリー・フレモンクレイ

とにかく女の子ダサい二日酔いから覚めると一人しかいない親友といけすかない兄貴がウチでヤッてた!?最悪な気持ちのまま適当アジア系のイケてない男の子デートしたり先生悪口言ったり、ジタバタ。パーティで人に話しかけることができなかったり、目も当てられないが、それはまごうことのなきいつかの自分。近頃よく見るイケてない青春ムービー一角だが、大した事件が起きないのにしっかり成長するので見ごたえがある。サントラがいい。

公式サイト:http://www.sweet17monster.com/

台湾国籍台湾籍

単に台湾籍といえば大日本帝国時代日本国籍本籍地台湾の人を指す。

戦後日本が旧植民地出身者の日本国籍者(本籍地朝鮮台湾)の人たちから

日本国籍剥奪し、生じたのが朝鮮籍台湾籍

 

その朝鮮籍台湾籍だった人たちは朝鮮韓国台湾から新たに国籍付与されたり、

自ら取得したりしなければ「朝鮮籍」「台湾籍」とは呼ばれるが実質無国籍状態

朝鮮韓国台湾としては本来外国にいる無国籍者に国籍付与する必然性はない。

 日本から理不尽国籍剥奪された血縁者に人道的に国籍付与しただけ。)

 

蓮舫さんはたまたまそういった経緯で台湾国籍をもっていて

国籍法変更により日本国籍を得ただけ。

日本出身地理由として日本国籍剥奪したりしていなければ

戦前日本人戦後日本人の人の子どもが日本国籍を生まれながらに持っているというだけの話。

 

憲法10条で日本国民要件立法裁量に任されているのも

与党法律により国籍自由にできる危険をどうにかした方がいい問題

2017-07-20

https://anond.hatelabo.jp/20170720141503

URLを貼ったら、自動的リンクが張られた状態になるので、

使い分けする必然性が薄れているのでは?

2017-07-18

ジャニヲタアイデンティティ依存

アイデンティティ、という言葉はとても簡単に使われるけれど、高校の授業で改めて学んだときに、衝撃を受けた記憶がある。

アイデンティティ形成するには二つの要素が必要らしい。自己斉一性と、社会集団への帰属性。「わたし」の認めるわたしと、「わたし」以外のものが認める「わたし」は同一で、しか連続性を持っていなければならない(ということだとわたし認識している)。

その授業を聞きながら、ああ、私は一生アイデンティティ確立できないのかなあと思ったものだ。というのも、私は幼少期の私を「わたし」として認識できていない。性格が変わった、というレベルならそれは自己連続性を壊すほどのものではないけれど、なんというか、本当に他人事なのだ。昔にあったエピソード記憶に残っていないわけではないけれど、それに対して浮かんでくるのは「かわいそうだね」とか「よかったね」といった感情であって、「悲しかった」「嬉しかった」では全くない。子供最初に参加する社会である家族の人々も、「まるで人が違うようだ」と言っていて、社会集団への帰属性という意味でも、自己連続性という意味でも、アイデンティティ確立できるとは思えない。(もちろん、家族から意見過去の私と今の私を別人格として捉えているというほどの意見である可能性は低いが。)

なんとなく、それは執着心があまりにも薄すぎたからなのかなあと思っている。遅い子供だったのもあって、物質的な不満を感じたことがなかったから、ものへの執着が芽生えなかったのかな、と。嬉しいとか悲しいとかそういう感情は、執着からなるものだ。執着が薄かった頃の私は、今の私から見て、どこかぼやっとした、つかみどころのない、何かの膜に包まれたような存在なのだ

だが、別に今の私は普通にキレるし悲しむし自担への執着心は人一倍強い。二年前の「わたし」と、一年前の「わたし」と、昨日の「わたし」と、今の「わたし」は同一であると、はっきりといえる。それはいつ頃からか、と考えはじめると、実は自担を初めて見た頃ぐらいからだ。「私のアイデンティティ形成のキッカケはジャニーズです」だなんて笑ってしまうけれど、たぶん、本当にそう。もちろん、当時はそんなことを考えてはいなかったが、「何かを好きになる」ということは当時の私にとって非常に重要なことだったのだと思う。それが彼の魅力のなしえたことなのか、それともそろそろ何かに執着しなければならない、と深層心理的なところで考えていたときに彼がたまたまテレビに映っていただけなのか、はよくわからないが。ともかく、それからは彼に執着しまくったし、彼を馬鹿にされたら怒ったし、彼を見ると嬉しかった。そうしているうちに、なんとなく他のものにも執着できて、今の私からみて「他人事」とは感じない自分になってきた。

その時から今まで、ずーっと彼だけを応援してきたわけでない。でも振り返ってみると、いつの時代も何かに対する「オタク」であったように感じるし、友人には「何かに貢いでないと死ぬサカナかよ」と笑われる。アイデンティティを彼と出会った時点から連続性で捉えていいのならば、私のアイデンティティ形成の要は「何かを熱狂的に好きでいること」なのかもしれない。自己同一性の要が自分でないものへの愛だなんて、かなり寂しい人間な気もするが、まあ宗教とかもそんなものだろう。

から、私のアイデンティティは彼と、彼の所属グループに大きく依存している。例えばの話であるが、ある日彼らがすっかり全員芸能界をやめて、私を含む世の中の人全てが彼らのことを忘れたら?私の友人のアイデンティティは揺るがないだろうが、私のアイデンティティは揺らぐだろう。何か他の熱狂信仰対象を手に入れれば執着は取り戻せるけれど、自己連続性が示されない。他になにかの記憶を注入したら、もうそれは私ではない気がするし。(そもそも記憶唐突な変化が訪れた場合、それが消去のみであったとしても、その人間は私といえるのか?)

前振りだけで2000字近くなっているのだが、なにを言いたいかというと、彼(ら)の連続性こそが私の連続性を担保しているものであり、そのアイデンティティ崩壊は私のアイデンティティ崩壊につながる。

グループとして考えたときと、個人として考えたときアイデンティティを同じように考えるのは無茶なことだし、同じように考えられたとして、彼らのアイデンティティは人数ではないのだと思う(多分)。いくら彼等がデビューから今の人数であったかのように振舞っても、私の持っているシングルジャケット写真から一人消えることはないし、というか彼らの記憶からも消えることはないだろう。だから別に、彼らとしては連続性が揺らぐようなことはないし、私の連続性も揺らぐようなことは本来、あるはずがない。

しかし今現在私の依存先は彼であり、私はときに彼の言葉事実の重みを凌駕するような気になってしまう。彼が彼らの連続性を否定するときわたしもまた、わたし連続性を否定されるような気がするのだ。事実として、彼らの連続性が揺らいでいないとしても。

極論を言ってしまえば、別にエリクソンかいう会ったこともないおっさんの持論でギャーギャー悩む必然性はないのだが、それでも、今を生きるのに、過去必要なことは事実だと思う。そして、自らの過去を自らの言葉否定していくのは、どう考えても健康的ではないし、それが一部のファンが言う「前を向く」ことになるとは、私にはどうしても思えないのだ。



結局のところ連続性やらアイデンティティやら云々よりも、私にとって一番問題なのは私が彼の言葉事実以上に重く受け止めてしまっていることで、だけど私は趣味との適度な距離の取り方、がいつまで経ってもイマイチよくわからない。距離を置こう、と思うと((もしくは強制的距離を置かれると))、また新たな依存先にズルズルとのめり込んで、またそれとの距離感おかしくしてしまう。

もう潮時なのだと思う。やっぱり原点だから、戻って一からまたやり直しても、距離感おかしくなるスピードが他のものと段違いなのだ

でも他のものに移行しようと思っても上手くいかなくなってしまっていて、どうすればいいのかわからない。このままズルズルとダメになっていくのも、また私らしさなのかもしれない。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん