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はてなキーワード: 「正義の味方」とは

2019-07-13

少しずつおっさんになるのが怖い

歳を重ねるのが怖い。わたしはそのうち「おっさん」になる。もうなっているかもしれない。そうなったら、社会の向ける目は敵視に変わるだろう。

わたし正義の味方が嫌いだ。正義を振りかざすのは検察官だけにしてほしい。

自分はいいことをしている、と思えば何でもできる。例えば悪そうな人を非難したり、殴ったり、馬鹿にして悦に浸ったり。そして相手悪者だと社会的に認知されれば、加害行為は免責されてしまう。

自分正義で、相手が悪なら、嘘をついてもいいし、社会的に殺してもいい。それがこの社会正義の味方だ。

この社会は「強きを挫き、弱きを助ける」いい社会だ。社会弱者、例えばご老人や女性に対する保護は手厚い。そして益々手厚くなっていくだろう。一方で社会強者に対する目はどんどん厳しくなっていく。儲けているもの、体格の大きいもの、とにかく強そうなもの。彼らを取り締まる目は日に日に厳しくなっていく。

わたし強者だ。

30歳男性年収は平均くらい、学歴もある。そして肩幅が広くて背も高い。学生時代ラグビー部から勧誘がしつこかった。なんの不自由もなさそうに見える。強いて言えばキモメンであることくらいだろう。

しかしわたしは通勤電車優先席に座る。内部疾患を抱えているからだ。混んだ車内で何十分棒立ちは耐えられない。

それでも「ヘルプマーク」があれば周りは何かを察してくれる。これは別に席を譲れマークではない。私は一度路上意識を喪ったことがあるが、これのおかげで適切な処置を取ってもらえた。本来的な意味はそれだとしても、電車内では察してくれマークになってしまう。

そしてある日、私はその察してくれマークを忘れた。

大きな商談があり、かばんを変えたときに察してくれマークを付け忘れたのだ。

そんなことに気づかず電車で眠りに落ちる。薬が残っていると乗車駅までたどり着くのがやっとで、座ったらもう眠りこけてしまうのが日常だ。

徐々に電車が混んできたころ、誰かに起こされた。意識朦朧とする中、おばあさんに声をかけられたらしいということだけはわかった。

「杖をついている人がいるから、席を代わりなさい」

おばあさんはそういった。ままあることだ。仕方ない、さて立ち上がるかと思ったが、身体が動かない。体中の筋肉が弛緩し、急に声を掛けられても立ち上がることはできない。

もたもたしていると、足に痛みを覚えた。見るとおじいさんが杖で足を殴っている。

「そこに妊婦さんがいるじゃないか。どこに目をつけているんだ」

たいそうお怒りのようだった。妊婦さんのほうは「いえいえ大丈夫です」と丁寧に遠慮されていた。

老人2名に詰られつつ席を立とうとすると、隣の若い女性がさっと席を立った。それに対してご老人二人は「え、いいんですか!」と素っ頓狂な声を上げて、結局妊婦さんが座った。

私はやっと立てるようになって、気まずさが勝ったので降りるには随分早い駅で降りた。

去り際に「ささ、席が空きましたよ」というおばあさんの声が聞こえた。

見た目上健康そうで体格のいい男性優先席に座ることは、この社会では杖で殴ることを免責するほどの悪であることはわかった。

だとしたらこうしよう。これからは席に座らず、耐えきれなくて意識を喪って緊急停止ボタンを毎朝押してもらうというのはどうだろう。いい取引だと思うが。

実のところ席に座る譲るは割とどうでもいい。

ヒトは自分正義の側にあるとなれば、警察でもやらないような暴力を振るうようになる。

相手事情があるとは考えない。

「体格のいい男性優先席に座っている」からけしからん殺せ」となるのがいまの正義の味方だ。

「なにかおかしい、彼には事情があるはずだ」とはならない。自分正義を疑わないから。

こんな調子だと「男」であるだけで強者、ないし加害側扱いをされるこの社会で歳を重ねることが怖くなってくる。

おっさん」はセクハラ痴漢加害者予備軍、稼いで養っても稼げず養わなくても非難され、その他様々な理由により「加害側にあるから害をなす」として正義の味方が敵と見做す存在だ。

結局正義の味方が「弱者」と認めるのは自分可哀想だと思った相手だけだ。きっとおっさん弱者として認定される日はない。なにもしてなくても、いくら所得税社会保険料を支払っても、おっさん社会の敵で正義の味方攻撃する的として生きていく。

こんな社会おっさんになるのは耐えられない。10年以内に「正義の味方」が少しでも少なくなるように闘っていきたい。

この社会は「強きを挫き、相手が弱いかどうか確認しない」とてもいい社会だ。 <h3>o- **</h3>

誰も読んでないだろうけど追記

Q.具合が悪いことは伝えたのか

A.意識朦朧としていた上に完全に責められる格好だったので伝えられる状態ではありませんでしたし、そのような状況をみても猶「なにか事情があるはずだ」とは考えなかったようです。

Q.通勤困難なのに平均年収もらってるなら保護されてる側では?

A.そうだと思います。だったら尚更杖で殴られたりおばあさんに詰られたりする謂れはないです。ただ、見た目だけは健康のものなのが問題です。

Comment:弱者マウントを試みる人は杖で殴る側だと思います

Q.一瞬でおっさんになるほうがこわいだろ!

A.たしかに。ゆっくりおっさんになっていきます

2019-06-11

タイムラインが闇堕ちする仕組み」に欠けている視点

タイムラインが闇堕ちする仕組み

https://note.mu/fladdict/n/n2984690f10a0

深津さんのこのエントリ、非常によくまとめられていてわかりやすく、個人的にも高く評価したいのだけれど、インターネットと共に育ってきた身(現在30代)としては欠けてる視点があるなと気付く。

先ず1つ目の欠けてる視点として例えば「2ちゃんねるではディスコミュニケーションを前提とする掲示板もしくはスレッドしかディスコミュニケーションほとんど発生していなかった」という点。

この「ほとんど」という部分が重要で、人間がいっぱい居れば口論が発生してしまうことは往々にしてあるので「絶対に発生しなかったわけじゃない」のは当たり前の話。

ディスコミュニケーションを前提とした掲示板って今でも一部で悪名の高い『生き物嫌い板』とかだよね(※動物愛護者はググらない方が精神衛生上良い。これは本当に心から善意博愛精神を持って全力強力に要請したい。ググるな知るな見るな)。

そして更に欠けている視点と言えば、これたぶん現在40代以上にはまったく知らないか、もしくは知っていても下らなすぎて一切関わりを持とうとせず内容を知らないユーザが多いと思うんだ。

それが何かと言えば「過去インターネットには『喧嘩板』と呼ばれるディスコミュニケーションを前提としたディスコミュニティ存在した」って点。

この喧嘩板はlivedoorしたらば掲示板へ各々のコミュニティ所属するユーザが好き勝手に設置していったもの2ちゃんねるには存在しなかった。

その喧嘩板の黎明期は各コミュニティ口論が発生した際にそのコミュニティ雰囲気破壊しすぎないようにユーザが各々に自浄作用として「オイちょっと体育館裏に来いやクソボケ!」的に設置するものだった。

まあつまり端的に言えば「口論をするため2ちゃんねるの外に設置された掲示板」ってわけだ。

しかし次第にその当初の目的は薄れていって(ストレス解消のためか)本当にどうでも良い理由口論することが目的2ちゃんねるの外の掲示板になっていったんだ。

悪ノリが過ぎる2ちゃんねる運営ですらここまでストレート口論するためだけが目的掲示板は設置していなくて、そのためか深津さんは「コミュニティ自浄のためのコミュニティ設立」「ディスコミュニケーションをするためのディスコミュニティ」を認識できていないんだよね。

こういうコミュニティ面白いところは現在のみんなは理解できるだろうけど「現在喧嘩板は廃れている」ということだね。

現在2ちゃんねるユーザ数が減っているとはいえ、完全にコミュニティ崩壊したのか?といえばそうではないとみんなは知っているはず。

少なくとも一定需要があった喧嘩板が廃れ、2ちゃんねるコミュニティが存続しているという事実は深津さんのエントリでは説明が付かない。

2ちゃんねるが存続している理由、これはおそらくきっと「喧嘩板は口論のたびに設置されることが多く、設置目的からして喧嘩板の寿命は非常に短かった」というのが関係していると思われる。

喧嘩板は2ちゃんねるコミュニティ崩壊しないよう、まるでアポトーシスのように2ちゃんねるの代わりに早々その役目を終える運命だったんだ。むしろその短命こそが目的だったとも言える。

改めて2ちゃんねるディスコミュニティ化を防ぐやり方を振り返る良いタイミングなのかもしれない。

  1. 大まかなジャンル掲示板を設置する
  2. 口論が起きるとユーザ口論用のスレッド作成する
  3. 口論収束せず口論用のスレッドが乱立するとlivedoorしたらば掲示板喧嘩板が設置される
  4. それでも口論収束しない場合運営に訴え出て新たに隔離板が設置される

まり2ちゃんねるでは問題が起きるたび枝分かれのように分岐してディスコミュニティ化を防いできたんだ。

ただこれは2ちゃんねるのみで起きたことではない。実は現代(平成終期)のTwitterでも確認している。

それは何かと言えば、Twitterディスコミュニティ化したと捉えた一部のユーザ分散SNSMastodon移住した件だ。

分散SNSはその大半がオープンソース提供され、各自自由に設置できるSNSだ。大小の規模を問わず分散SNS同士が相互接続することでコミュニティ形成している。

その流れの中で生まれたのが「テーマサーバ」と呼ばれる分散SNSサーバで、分散SNSを設置する際に音楽テーマイラストテーマなどお題目を掲げ、ゆるく話題を絞るという試みが起きた(このテーマ絶対基準でなくテーマに合っていない雑談をしても叱られることはない一応のお題目だ)。

2ちゃんのる的に言えば「専門板」に該当し、ゆるく話題を絞ることによって大幅な「板違い」を防ぐことが狙い。あまりにも自由だと怪訝な表情を浮かべざる得ない発言が目立ってしま可能性があるからだ。

分散SNSは「自由」に関してばかり着目されることが多く「ユーザ自由を縛る中央集権や、ユーザ発言価値観中央判断することへ対してのアンチテーゼである」ということが注目されやすいが、実はそればかりでない。

Twitterを例にすると、Twitter運営TwitterでなければならずTwitterを愛するユーザは決して認めないだろうが、分散SNSユーザはすでに「Twitterディスコミュニティである」と見做している。

Twitterを愛する者からすると多くの反論があるだろう。しか現実として分散SNS移住したユーザ代表格として一部のユーザTwitterというコミュニティを見限っている。

Twitter喧嘩板のような口論をし他者を罵るディスコミュニティだと烙印を捺したのだ。自身ルール押し付け合い、自身ルールに反した悪とみなせば徹底的に追い詰める。それがTwitterだと分散SNSユーザは言う。

突然、話は変わるが現在若者に人気のサブカルチャーコンテンツに「Fateシリーズ」という作品がある。

ゲーム小説漫画アニメと幅広くメディアミックスを展開する作品であり高い評価若者から受け人気だ。

そのFateシリーズに「アーチャー」と呼ばれる登場人物が居る。

詳細は省くが、アーチャーはもともと正義の味方へ憧れる少年であり、いつまでもその心を待ち続け、いつしか少年は成長し多くの人々を救ったことで正義の味方代名詞である英雄と称されるようになった。

そんな正義の味方アーチャーが登場するFateシリーズだが、長期シリーズでは付きもの登場人物がどんどん増えていくという長期シリーズの悪習を踏襲している。

そんな中で「オルタ化」と呼ばれる既存登場人物を再定義する設定が追加された。つまり同一人物ではあるが設定の違う二人目が現れたのだ。

もちろん既存登場人物の「アーチャー」にもオルタ化は適用された。ここでは「アーチャーオルタ」と呼ぶことにしよう。

アーチャーオルタアーチャー正義の味方たる魂が反転した存在という設定だ。なんだつまり悪役になったのか?と考えるのは誤りだ。

アーチャーオルタは悪を倒す。それも徹底的に追い詰め手段を問わず悪を殺戮する。悪を倒す正義の味方が反転した存在アーチャーオルタは「悪の敵」である

日本サブカルチャー界は2000年以降、これまで掘り下げられてきた「正義の味方」というテーマを非常に強く掘り下げてきた。もうそろそろ20年に到達する一大テーマだ。

ブギーポップは笑わない」「涼宮ハルヒの憂鬱」「とある魔術の禁書目録」「金色のガッシュベル!!」「機動戦士ガンダムSEED」「テラフォーマーズ」「僕のヒーローアカデミアetc...挙げればキリがないほど様々な正義の味方考察され描かれてきた。昨今の日本流行アメコミもその流れの一環だろう。

そんな正義の味方考察の中で対比として描かれたのが悪の敵アーチャーオルタなんだ。

正義に反する者を悪と断じ、正義の味方に反する悪の敵が徹底的に追い詰める。

Twitterはそんな悪の敵が蔓延ディスコミュニティだと分散SNSへと一部のユーザは逃避した。

2ちゃんのるの頃とは逆に喧嘩板を設置するのではなく、Twitter喧嘩板になってしまたからこそTwitterは最早手遅れだと自らがそんなディスコミュニティではないSNSを立ち上げていった。

これが現在マイクブログSNS世界だ。

しかnote2ちゃんねるSNSのように分岐してディスコミュニティアポトーシスができない。可能方法と言えば中央集権SNSと同様に運営物事の可否を判断することだ。

我々はそろそろ勇気を持って認めるべきだと思う。

Twitterと利用する多くのユーザは公正、平等自由博愛倫理法治人権平和etc...健全を重視して運営コミュニケーションしようと模索し続けており、その結果がディスコミュニティ化してしまった現状であると。

これらを訴えるアナタたちは決して悪ではない。しかアナタたちは正義の味方か?

少年少女の時分で胸に秘めた正義の味方であるアンパンマン仮面ライダーウルトラマン戦隊レンジャーセーラームーンプリキュア魔法少女が今アナタのような言動を取るか?

そして愛を唱え、自由を訴え、平和を願う者たちをWebサービスはどうやってコントロールすると言うのか。中央集権たるnoteにはそれができるというのか。

ディスコミュニティは悪が蔓延って生まれるばかりでない。ディスコミュニティは悪の敵が蔓延っても生まれるのだ。

この視点が欠けている限り絶対に上手く行かないと警告すると共に、noteが今後見せてくれるであろうイノベーションに強く期待したい。

2019-06-04

anond:20190604135521

ファジーで良い

俺は「正義の味方」で居たい

「正義の味方」の振りをした「悪の敵」になりたくはない

2018-07-12

anond:20180712164528

から、本物の「善」「正義の味方」=本物のフェミニストを出してみろっての。

それができないなら、「正義の味方を名乗る悪人しかいない」だろうが。

anond:20180712163935

正義の味方のフリをして悪い事をしてるやつがいる」

正義の味方のフリをして悪い事をしてるやつしかいない」

もうなんでここで変わっちゃうんだよ…。

から君は全て「悪」認識してんだろ?

もう一人は「善」がいて「悪」が「善」のフリして悪い事してるって言ってんの。

からもう出発点が違うんだよ…。

庇ってるんじゃなくって、何も知らない人が「正義の味方のフリをしてる悪人」を見た時に「正義の味方」勘違いしたら困るよねって言ってるんだよ…。

anond:20180712163711

正義の味方のフリをして悪い事をしてるやつしかいない」のなら、そんな「正義の味方」は信頼に値しないと思わんか?

その「正義の味方」とやらを庇ってどうなるの?

「悪いことをしてるやつ」を利するだけじゃね?

2018-06-27

ヒーローという名のクズ(2018.06.27 13:30追記有)

既に多くの人が増田記事)を書いているが、6月24日の晩に福岡増田はてな匿名ダイアリ)ユーザーの一人であるHagex氏が、
同じく増田はてな匿名ダイアリ)ユーザーの一人である低能先生に刺殺された。

この事件が発生するまでの経緯や、明かされた詳細を見ていて、私は心情的には低能先生支持な立場だ。

私にも、刺し殺したい奴がいる。
そいつは、Hagexと行動が似ている。
そいつ一言で言えば…。

ヒーローと言う名のクズだ。

から10年ほど前、私はあるローカルヒーロー運営する団体トラブルになった事が有る。
皆はローカルヒーローと言うのを知っているだろうか?言葉説明するのは難しい。
Wikipediaから説明引用すると

日本においてテレビ番組映画漫画ゲームなどを踏襲し、有志の個人や団体、企業独自企画制作して生まれ地方資本キャラクターのこと。ご当地ヒーロー(ごとうちヒーロー)とも呼ばれる。

と書かれているが…。
何のことは無い。円谷がウルトラマンというヒーローを作り、東映戦隊仮面ライダーというヒーローを作り、
それらのキャラクターを使ったヒーローショーというもの日本各地で行われる様になっていく中で
キャラクターを借りてヒーローショーを行うのは権利料等のコストがかかるから
と、そうしたヒーローショーを行っていた団体によって考え出された権利料削減のための案からまれたのがローカルヒーローだ。

10年程前、私はあるローカルヒーローファンだった。
そのローカルヒーローは、主となる活動地域で時折ショーを行いグッズ販売をしていた。
同じローカルヒーローファンでグッズ購入で大量に札束を注ぎ込む女性が居た。
この女性をAさんとしましょう。

私はAさん比べたらグッズにかける金額は少なかった。
Aさんが一回のグッズ購入に注ぎ込む金額が1万円だとすれば、私が注ぎ込む額は3000円ほどだった。

Aさんは、そのローカルヒーローファン達の間で、羽振りが良い事で人気が出て、ファンループ代表の様な存在になっていった。
Aさんが、グッズ販売をしているスタッフと仲良さそうに話している所を何度か見た事が有る。

ローカルヒーローファンの皆から「Aさんは××(ローカルヒーロー名前)に対する愛が凄いですよね~。」とちやほやされていた。

ある時、そのローカルヒーローファンイベント後に食事をして行こうという話になった。

私は、多分世間でいう所の陰キャの部類に入るのだろう。あんまり他のファンの人と話したことは無かったけれど、その食事に行く際に声をかけられた。

食事の席では、皆がAさんをおだてていた。
「Aさんは××に対する愛が深いですよね~。」「Aさんはスタッフ人達とも仲良いですよね~。」等々。煽て(おだて)られて悪い気がしないのか
Aさんは自慢を始める。

場の片隅でポツンとして、誰からも声をかけられない私。
「かけたお金の額が愛の深さなんでしょうか?」私がポソリと言った一言がその場に居た人達全員に不快だったみたいだった。

次のイベント以降、私は他のファン人達から無視され、そこに存在しないものの様に扱われた。
それでも、私はそのローカルヒーローが好きなので、イベントに行き続けた。
ローカルヒーローイベントの中にはグリーティングというのがある。
グリーティング、つまり、一人一人のファンと話をしたり写真を撮ったり等の交流を行う時間

グリーティングで私と一緒に写真を撮りながら、そのローカルヒーローが言った。
「君、Aさん達の悪口を色んな所で言って回ってるらしいね。」
身に覚えがない。
Aさん達がそのローカルヒーローにそういう風に吹き込んだのだろう。
悪口なんて言ってません。」
と私は言ったが…、「でも、Aさん達数人から聞いてるんだよね。」「そういう事をする人には僕のイベントには来て欲しく無いんだよね」と、そのローカルヒーローは言った。

私は、そのローカルヒーローイベントに行くのを止めた。

ローカルヒーロー…仮にもヒーローを名乗る人が、片方の言い分だけを鵜呑みにしてもう片方を排除する…それがヒーロー正義なんだろうか?

片方の言い分だけを鵜呑みにしてもう片方を排除するのがヒーローであり正義だと言うのなら、私は、そんなの「ヒーローという名のクズ」だと思う。
知っている人同士が争っていたら両方の言い分を聞いて両方の悪い所を指摘するのがヒーローであり正義なんじゃないのか?

私は、そういう思いを抱えながらそれから数年を生きて来た。

5年ぐらい前、私がトラブルになったローカルヒーロー団体とは別の団体トラブルになった人数名と縁ができ、話を聞く事が出来た。
トラブル経験し、他の団体トラブルの話も聞いたから言える。
ローカルヒーローが全部そういう物だとは言わないが、ローカルヒーローの中にろくでもないのが少なくない事は事実だ。
多分そうしたトラブル被害者の話をまとめれば「ローカルヒーロー被害者」というタイトルの本の一冊や二冊作れるのではないかと思う。

どのトラブルにも言える事だが、「ヒーローという名のクズ」達の行為は、何処か今回刺殺されたHagex氏と似ている。
大抵の「ヒーローという名のクズ」の手順は

ローカル"ヒーロー"という肩書を利用してもっともらしい事を言い、"正義"を演じ
自分達にとって利になるファンを集めてコミュニティを作り
コミュニティ内で諍いが起これば、諍いの当事者の内、利にならない方をコミュニティの力で攻撃する

と、私も第二の低能先生かもしれない。自戒を込めて。で書かれているいじめっこのパターンと同じ事をする。
「正義の味方」正義定義が「正義自分利益をもたらすもの」という事なのだろう。

自分語りですまない。
今の日本にはヒーローを名乗りながら弱い者虐めをするクズが多すぎる。
彼らにとっては虐められる者、弱い者が悪なのだろう。

Hagexのやっていた事は「ヒーローという名のクズ」達のやっていた事同じだ。
からこそ、Hagex氏を刺殺した低能先生が私には、"自分達を虐める正義"に立ち向かったヒーローの様に見えて勇気付けられた。

検索用:Hagex,低能先生,ローカルヒーロー

追記(2018.06.27 13:30)
件のローカルヒーローもといヒーローという名のクズ

くず嫁ッター@公里原 鹿生さんのツイート: "このHagex氏の殺人事件、ネットがあるからわかりづらいけど 駅で怒鳴り散らす人がいて周りが大量に迷惑こうむっていて、仕方ないから警察に「ちょっとあの人問題ありませんか?」と相談に行った人がいる。その相談に行った人を逆恨みして怒鳴った人が刺した事件 とすれば犯人の異常さわかるでしょ?"

というツイートRTしていたのを知った。
件のローカルヒーローHagexの様に刺し殺せたらなあという気持ちになった。

2017-10-29

髪染め話題の行き着く先の不幸感

なんかもう既に色んな所で吹き上がってて、下手すりゃ大部分の学校で頭髪の色とかそういうのの自由

解禁されそうな勢いなんだけどさ、これ学校で解禁されたからって彼らが最終的に就職する企業では

解禁されてないからな。

ほんともう何で学校で頭髪のこととか厳しくなるかって言えば、学校に躾を任す親と生徒の卒業後の事が

あるからってのも事実なわけで、まずそういうところを変えねえと意味ねえんだよ。

学校では自由だったから!って強弁したところで就職できない奴らを大量に生み出して、今吹き上がってる

「正義の味方」様たちゃその頃にゃ新しい話題かぶりついててほったらかしになるのが目に見てるんだよ。

あと、大企業は〜とかいい出したバカも居るけど、世の中の大半の人は大企業に行かねえんだよ!

地元中小企業就職するの!大企業がそうなったからっていって、地元中小がそうなるのなんて

一体どれだけの期間あると思ってるんだ!

学校クレーム〜とか言ってる奴らは、「生徒の為を思って!私正義の味方!」とか思ってんのかもしんねえけど

実際にやってることは生徒の事を顧みないって点では、髪を強制的に染める学校と変わらんからな。

しろ、まだいびつとは言え、生徒の未来に多少でもマシでる可能性がかなりある髪染めをさせない学校のほうが

よっぽど生徒の方を向いてるかもしれんのだぜ。

2017-09-19

anond:20170919121853

やっていることがマスコミと一緒だなぁって思う。

パクリだ!」と騒くだけで、「じゃあ今度どうしよう」とか

具体的な結論や考えみたいなのは全くなし。

ただ騒いで成功している人を引き摺り下ろしているのを楽しんでいる感じがする。

増田書いたように「正義の味方」気取りだよね。

2017-08-18

https://anond.hatelabo.jp/20170817111241

学も教養もなく、論理的思考も最低限の倫理観もない、そんな人種「正義の味方」コスプレをし始めるとだいたいあんな感じになるんだよね

2017-06-16

自分正義だと思ってる奴ほど危うい

善悪とは移ろうもの。故に神仏のみぞ知る。人の身でこれを裁くこと適わじ」

故に、月光仮面正義象徴である薬師如来の脇に仕える月光菩薩の名を冠し、「正義」ではなく「正義の味方」を名乗った。

2017-05-31

殴られたことに腹が立つなら当人に腹を立てろよ

「かつてお前と同じ属性を持つやつに殴られたから、お前も殴るやつだってみなしてやる。お前は暴力振るいまくるとんでもない犯罪者に違いない。だからみんなに注意喚起してやる」

こんなんどう考えても差別じゃん。殴られたひとがかわいそうだから正当化していいわけないじゃん。

なのに差別だって行ったらお前も「殴るやつ」の仲間だ!殴られたひとの気持ちがわからない頭おかしいやつだ!って叩かれるんだから納得いかない。

かりに親を殺されたのだとしても、悪いのは殺したやつであって、それと同じ属性を持つひと全般に恨みを広げるのは違うと思うんだけど。

だのに「弱者に寄り添う俺様かっこいい」的な「正義の味方」気取りがヒステリックにいろいろいったりとかするのは意味がわからない。

2016-09-20

大学生男2人で「聲の形」を観にいった

映画聲の形」のネタバレ要素を含みます

*観に行った当日に書いたものです。極力他人感想等を見ない・聞かない努力をしています

*とはいもの記憶は薄れてしまっているので、読まれる方の混乱を防ぐためWikipediaなどのによりあらすじ・登場人物確認を行った上で投稿されたものです。

*自省的なものです。レビューは他のかたの記事をお当たりください。

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映画を見なくて久しい友達が、ハリーポッターくらいしかまともな(?)映画を見たことのない僕に「観に行かへんか」と誘われ数々の選択肢から導かれて「聲の形」を観に行くことになった。

コミック未読の身としては、予告編の限りでは「普通によさそう」だと思い前向きだったが、相方ヒューマンドラマ的すぎて醒めてしまうのではないか、と消極的。結局後々の話題性新学期の話のネタ)を考慮した結果がこれだったんですが。

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昼過ぎ集合、東宝の某劇場で別の映画を観るも機材のトラブルサイレントに。7割は観たけど全額返金で謎のオトク感をかみしめ、軽食をとり松竹うつる

スクリーンにつく。若い人が多い印象。ぼくらみたいに男だけで来てる集団もかなり多かったような・・・

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そろそろ作品自体の話に移りましょう。

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小学生時代経験する個々人のやりきれなさ。

主人公石田責任を負う形にはなるが、西宮に対するいやがらせ根本的には植野黒髪女子から始まったように描写されている。

それはいじめに発展しますが、

そもそもこの「いやがらせからいじめ」への変遷で最も大きなものは、攻撃人数の増加・攻撃者の集団化だと思う。

集団化とは、ときに思わぬ人を巻き込むこと。川井クリーム色の髪の女子)は集団化の被害者であり西宮への加害者である

また、極端な描写はいえ、教師配慮の無さも事態エスカレートさせている印象があった。

加害者追及(石田が全責任を負う)の場面は自分小学生時代記憶フラッシュバックした・・・加害者ではなかった分とても不愉快記憶

そして集団性は攻撃標的をも流動的に変えてしまう。

どれもこれも、人の未熟さゆえの出来事であり、高校生になった今、未だ未熟でありながらも、子どもたちはあの時の集団性を見返すのです。

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高校生時代感情の衝突。激しくむごたらしくも、清々しい。

なんといっても、主要人物全員が橋の上で集まるシーンがこの作品の中核をなしていると思う。

広義的ないじめ加害者観測者はすべてあの人物中にカテゴライズできる、と言っても過言ではないかもしれない。

そしてその一人ひとりに対し「主要な」いじめ加害者石田が吐き捨てる言葉は的確であり、「こんなやつおるよなあ」と感心したくらい。

植野も、口は悪いもの的を得発言が多く痛快。正直悔しい。

永束のキャラ性は決して浮きすぎず、むしろ重くなりがちな展開を緩和してくれてありがたい。

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途中に入れようとしたけど入れられない書きたかったところ。

西宮の「お人好し」に対する描写

すぐ「ごめんなさい」と伝える傾向にある西宮に対し、怒りを爆発させる植野の心情。

川井の清々しいまでの自己防衛

いじめ攻撃のある場にいるだけで参加しているようなものだ、と思う(陳腐ですが)。これを自覚できずただ流されるままの人間にはなりたくない。

たとえ偽善者と言われようと、嫌悪感を抱いたら行動は起こすほうがいい(身の上のためにも)。

島田広瀬の扱い

島田金髪男子遊園地バイト)はともかく、広瀬Wikipediaみるまで覚えてなかったんですが、なぜ彼らが石田の命を救ったのか。

・永束の扱い

記憶が正しければ劇場においてはいわゆる「正義の味方」役にとどまっていたはず(Wikipediaに載っているようなバックグラウンド描写されていない)。ただこの一面だけであっても、実に典型的現実的いじめ観測者になっている。

・美也子(将也の母)の人物

綺麗事を並べているわけでもないが、将也をはじめとした多くの人物一言で影響を与えるとてもいい役をしている。画面にいるだけで安心する(?)。

八重子(硝子の母)の人物

劇場では厳格で冷たい人物であるように事故前まで描かれていた。館内で配られたSpecialBookでバックグラウンドが補完されている(ことにあとで気づいた)。

・いと(硝子の祖母)の存在

・そして、結弦

思えば彼女高校生に混じって違和感なく接している(!)。

石田西宮が立ち寄った現代美術モニュメント群は一体・・・

はじめは金沢美術館あたりかなあと思ったんですが、舞台である岐阜大垣市結構名古屋寄り・・・今度調べなければ。

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全体的な感想としては、久々に映画を観るからか、とても楽しめましたし、精神的収穫もありました。

これが「日本映画典型的なお涙頂戴」とは違う感慨であってほしい・・・

とりあえず自分の思ってたことはかけたので、他の人のレビューを見ていって補完していきたい所存。

映像化されたらまたゆっくり観たいですね。

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以下オタク雑感。

早見沙織、やはりうまい

アニメをみてたのはほんの一時期だったので全話見て知ってるのは俺妹のあやせたんくらいなのですが(すでにうまい)、某動画サイト異能バトルなる作品での名演が残されています。5分間しゃべりっぱなし・・・

硝子のような役回り彼女くらいの技量がないとつつがなくいかないのでしょう。

2016-09-08

貧困JKにしても今話題アイヌうんたらにしても

お手軽に善人ヅラしたい連中が問題メチャクチャにしてしまうという点では共通してるね。

手軽に「悪者」を見つけられて、お手軽にそいつをとっちめられて、お手軽に自分「正義の味方」に出来てしま

2016-06-07

相容れない「正義の味方」

撒き餌に喰いついた魚の群れが可視化されることによって、もっと恐るべきものを呼び寄せているような気がする

2016-03-06

戦隊もの主人公って、感情あるの?

子供と一緒に戦隊ものDVDを見た。

そこでは、正義感に溢れた主人公が、自分の知り合いが人質にとられているからという理由テロリストビル群を倒壊させるのを容認していた(「やめろー」とか叫んではいた)。毎週敵の巨大ロボや怪獣が現れ、無警戒の一般市民が逃げ惑っていた。

正直、見るのが辛かった。敵の戦闘機が目の前で住宅地を絨毯爆撃しているにもかかわらず、唯一の戦力である特殊戦車の中で夫婦漫才をしている「正義の味方」は、本当に怖い。彼らが感情を持った人間であるとは思えない。こんなの子供に見せていいの?幼稚園児って、他者理論を獲得して、周りにいる人間自分と同じような存在なのだ、ということを理解するかしないか、みたいな発達段階だよ?

2015-10-20

ナチュラルクラッシャー

なんとも、思わずに人に嫌みやカンに触るものの言い方をする人。

相性の悪い人とも、言える。

自然と人の心を、「あなたのためだから」と言って踏みにじる。

辛すぎる。

離れようにも、今までは、離れることが出来なかったな。

  

  

PS..ブックマークがつくとは、思いませんでした。ありがとうございます

英語での表現を分かっていないのに、使うべきではなかったですね。

a person who get us unproductive relationship naturally.

と、いうことが、本来は言いたいです。

  

共依存関係のようなことです。

  

  

PS2..本人は、「正義の味方」とか「良いことを教えてやっている」というスタンスなので、タチが悪いです。

 悪気なく、善意で、困ったことをしてくる人がいるという話です。

2015-06-25

Fate SN UBW 20メモ でもにっしょん

昔、ある出会いがあった。

おそらくは、一秒すらなかった光景。

されど。

その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。



その先が地獄だとしても前に進むと決めた士郎と

その先が滅亡と知っていても王になると決意したセイバー

やっぱりこの二人は似たもの同士だと改めて思ったなあ



本編のアーチャーの詳細の中で「なんのペナルティもなく固有結界を使いこなし」という一文があったが、本当に消えかかった身でも発動可能なくらい消費が少なかったんだな

わりと初期の頃このペナルティがどれくらいのものなのかと議論されていたがまさかこんなところで結論が出ようとは



HAの『たとえ地獄に落ちようとも思い返すことのできる光景』をまさかUBWで見れようとはなぁ………

アーチャーが契約した“かつてのセイバー”に対する思い入れ出会いの強さがしんみりと来たぜ

……だからこそ、歯痒いものを感じる

セイバーの聖杯に対する願望、そして自分の内にある鞘の存在を知るほどの関係に至っていたのに、なんで彼女を救えなかったんだ馬鹿野郎………!!



この世界の士郎は先にアーチャーを見たからこそ、アーチャーの様にはならないんだろうな。

守護者の立場が確定したアーチャーはもう抜け出せないけど、後悔だらけの自分とは違う道を示す自分を見たわけで。

本人にはもう救いはなくても、可能性を感じられるだけマシ、なのかなあ。



問おう、貴方が私のマスター

カットが入っててまたいいわ。あのシーンて確か本編士郎じゃなくて

本編アーチャーの過去編だったよね。

セイバーの表情もとても良かった。



そういえば士郎はよく「借り物の理想に執着してしまった愚かな男」って言われてるけど、どっかの誰かさんが言ったように「借り物の理想を持たない人間はいない」んだよな。そして自分も元だけど「借り物の理想」をもった人間に該当する。

何年か前、ある人の実況動画をみて、その実況者がプレイしたゲームの素晴らしさに憬れて、自分もそのゲーム製作者のように素晴らしい作品を造りたいと思うようになったのよ。

でもいつからだったか覚えてないんだけど、自分の抱いた理想が「そのゲーム製作者のように」ではなく「自分だけの、自分にしかできない作品を創りたい」という理想に変わったたんだ。

つまり何が言いたいかっていうと、全ての理想に対するanswerは「他人から受け継いだ借り物の理想を借り物の理想のままに終わらせるか」と「借り物の理想を自分だけの理想に変えられるか」という二つの結論に帰結するんじゃないかなといいたいんだ。



新規の人のコメントで「袖がないアーチャーの服は『涙を拭くことができない』ことを表していると思った。」っていうのを見てめちゃくちゃ納得した。



一晩たって落ち着いて考えてみると、この一番大事なシーンを時間の制限ついたアニメにしっかり合わせて分かりやすく構成してると感心するわぁ…

原作やったのがだいぶ昔でアーチャー言葉にひたすら対抗して打ち合ってたイメージあったけど、ちゃんとその苦しみを理解してその上で対峙するって段階を丁寧に丁寧に描写してたのがほんとよかった、特に同情なんてしないけど心が欠けそうになるってシーン。

あと原作やった時は二人にしか目が行かなかったけどセイバーさんめっちゃ辛そうだな



挿入歌の「傷だらけの硝子の心が」の部分でボロボロの士郎が映って、「忘れかけた熱をともす」でアーチャーに切り替わってるんだよな

偶然かもしれないけど、なんか感じるところがあった



ある意味では士郎にとっても(桜関係や横暴なところを除けば)そういった持ち味を持った慎二も愛おしい日常象徴だったんだな。だからこそHAでの殺し殺されるっていう緊迫した感じや魔術に対する毒気が抜けて、これから間桐家から出て一般人として再出発しようと語る慎二と士郎のやり取りは(セイバー&桜√で死んでることを考えると)胸にくるものがある。もしHAが映像化したらぜひ入れて欲しい。



理想に執着しているのであって助ける相手に執着していないと言っているのだと思う

衛宮士郎幸福のために邁進する者ではなく、もっとあいまいなものを守ろうとしているに過ぎないと

だから誰を救うのかも定まらない

それは特定の誰かを助けるために必死になれる人間(たとえば士郎のために真剣に怒った凛など)に比べれば動機が弱い

自分の欲望ではなく願いのために戦うから薄っぺらいんだとエミヤは言いたいんだと思う

じっさいは薄っぺらいどころか士郎は折れる気配すらないと悟るんだけど



今思えばアヴァロンって必ず誰かを救ってくれる要なんだよね…士郎の命が切嗣によって救われただけじゃなく切嗣自身も士郎と出会い救われたし、SNでは後にセイバーが士郎と忘れられないあの夜に出会って彼女自身が救われるきっかけになったしさ。皆の架け橋のような存在だよね。

数ある宝具の中でも、特にアヴァロン(全て遠き理想郷)は尊いものに感じるな。



エミヤに「その先は地獄だぞ」と言われた後の士郎の微笑みが素晴らしかった。

自分の理想の根底にかつての自身の願いがあったことに思い至っての、自身の理想が空虚な借り物でなかったことへの安堵、かつての自分と同じようにたとえ未来自分から進む先が地獄だと告げられてもその道を進むことをやめようと思わない「自分」と言う人間の性への苦笑、そしてこれからも理想を追い求めていくという決意、それらがあらわれた絶妙な表情だった。

「士郎は人間の振りをしたロボット」とよく言われていたけれど、実は士郎も自分自身のやりたいことを追い求めたれっきとした人間だったんだな。



士郎の始まりは切嗣との出会いでも「正義の味方」という借り物の理想ではなく大災害の地獄の中で願った「誰かを助けたい」という思いだった

今回の話は視聴するまで不覚にも自分ですら忘れていた事柄を士郎と一緒に再確認させられたエピソードだった

これまで士郎は「人間のフリをしたロボット」や「士郎が人間になれるのはHFだけ」っていう意見が多かったし、自分もそう思っていたところがあったけど

今回の回想を見て、改めて以前にきのこが語っていた「士郎という人間は大災害に遭わなくっても最初からああいう人間だった」や「士郎は成長しない主人公」という言葉通り、士郎は最初から士郎以外の何者でもないと改めて気付かされた

今回のUBWはアーチャーが忘れてしまった大切な事を思い出す物語であると同時に、視聴者が「衛宮士郎衛宮士郎という一人の人間である」っていう原作をした時には分かっていたことを思い出す話じゃないのかな?

そういう風に思わせてくれるufoときのこの演出は本当にすごい

ある意味ではこれまでのfateの総決算ともいえるの名エピソードでした 



Fate/stにおいては近くにアーサー王がいるとオートリジェネが入る便利装備

もう一つ便利機能があるがこれは別の話

アーサー王物語にて、策略でアーサー王決闘させられたある騎士がすんでで相手の正体に気がつき

鞘をアーサーに返却、同時に鞘の加護が消滅してしまい、治癒しきっていなかった致命傷が元で死亡してしまった

と、本来なら死亡しているであろう傷でも命を繋ぎとめてしまう能力がある

もう一つの便利機能、害意判別といいアーサー王物語におけるエクスカリバーの本体はこっちなんじゃないかとの声も



上手く言葉に出来ないけれど、ダイバーのようだった。

忘れてしまったモノを思い出す為に記憶(うみ)に潜り、あの地獄、あの原初の光景の中にある大切なモノを手繰り寄せる。

Fateは偉大な英霊同士のバトルが目玉なのはよく分かるし、派手だから目に付きやすいし当然だと思う。

でもやっぱり、こういった『人間の想い』を丁寧に織り上げる物語こそが、Fate真骨頂だとPC版をプレイした時からずっと感じてた。

次話の『answer』もだけど、これから終局まで続く怒涛の展開に期待!



ユニクロ士郎は前編通してやるともうこれしかねぇって感じになるからね、仕方ないね

個人的に士郎のユニクロについては、端的に士郎の特徴を現してる気がする。

服装って現代では(昔からそうではあるが)自分をよりよく見せたいとか人と異なる服装をして自己個性を出したい、または同じ服装をすることで一体感を味わいたいといった意味で使われると思う。でも、士郎にはそういった人より優れた自分を見せたいという“自己”には乏しい。士郎がユニクロ着てることからそういう風にも読み取れるんじゃないかなぁと自分は思ってます。



凛の「アイツはああでなくちゃいけないって、ああいうヤツがいてもいいんだって救われてる。」

20話視聴後の感想はまさにこの心境だった

衛宮士郎というキャラクター創作物の中でも一番好きなキャラかもしれん



違うアーチャーも言ってただろ

「助けたいから助ける」そこに理由がないから偽善だって言ってる

普通の人は大切な人だからとか誰かを助けるに足る理由存在する

でも士郎は見ず知らずの人すら命がけで助けてしまう

でその理由を挙げるなら死にそうな誰かを助けたいという理想しかないんだよ

間違ってない願いだけど人間として致命的に欠けている



総てを見通す魔術師は、選定の剣に手を掛ける少女に忠告した。

「それを手にする前に、きちんと考えたほうがいい。それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ」

地獄を見てきた男は、荒野を目指す少年忠告した。

「おい、そこから先は地獄だぞ」

剣を抜くカットもそうだけど、この辺りもまた対比になってるなぁ



元から、「今、願ってる主体」が士郎以外の誰かだったことはないよ原作でも。

切嗣への憧れから始まってるから「所以が」借物だってだけ。

これ、普通物語なら「始まりがなんだろうとこれは俺の心だー!」になるんだけど

そこで、「もう借物だとか自分の心だとか、理想が理想である前には超些細ですし」

までぶっとぶのがUBW。

「笑いたかっただけ」みたいな話は、普通キャラにとっては深刻なんだけど

衛宮士郎二人にとっては、自分が偽善呼ばわりされるなんて大した話じゃないから

話さくさく流れて理想の話になっちゃうんだよね。

「笑いたかっただけ」は作中である意味投げっぱなしだから

そこを凄い脳内で拡大してる人が出たりする。

それこそ、「士郎は切嗣の行動をなぞってるだけ」とか。

原作にそんな描写どこにもないんだけど。



士郎は切嗣に「憧れた」わけだけど、

それはつまり、「ああいうものに憧れを抱く、善しとする価値観」を

士郎が元々持っていないと始まらない。

それを考えると、もうちょっと複雑なんだよねその辺り。

アーチャーの「幸せそうだったから憧れただけ」を真に受けるのはナシだしな。

「実は贖罪」もそうだけど、UBWであいつが殊更露悪ぶって口にする言葉

鵜呑みにしたって始まらない。

それよりは

>「―――覚えてる。俺を覗き込む目とか、助かってくれと懇願する声を。

> その淵で思ったんだ。自分が助かった事じゃなくて、助けてくれるヤツがいる事は、なんて」

> 素晴らしい、奇蹟なんだって事を。

の辺りを読み込んだ方が未だヒントになりそうな。



UBWの荒野は、アーチャーが辿り着いたものの象徴だから

 どうやら相手は、自分の記憶を流し込まれているらしい

→じゃぁもっと決定打になるものを見せてやろう

っていう意味じゃないか? UBW展開は。

「お前の辿り着く先はこの不毛の荒野だ」を文字通り目に物見せると。

あと、演出的には、Ufoはアーチャーと士郎を背負う空(特に雲)で表すそうだから

多分answerが凄いことになる。

UBWは心象世界だから、心象のぶつかりあいをビジュアル化する装置になりうるんだよ。

まさかここにきて、「アーチャーのUBW展開はローコスト」という設定が

演出上の最強のカードになろうとは。



某動画サイトでのコメントアーチャーセイバーを間接的にdisってるwwって解釈してるから違和感ある。

あそこのシーンのセイバーアーチャー言葉に傷ついてるわけじゃなくて自分と同じような道を歩んだ士郎の成れの果てのアーチャーを痛々しく思いながらも自分と似た願いを持つアーチャーを否定しきれない葛藤も持ちながら二人の問答の答えがどうなるか見守ってるんだと思う。



ホントそれ。そもそも願いが間違いなだけでセイバーの在り方自体はFateの全編を通して否定しえないものとして書かれてる。

SNから入った人はセイバー√で初めにそれを理解するんだけどそれをZeroで盛大に全否定したもんだから

そこから入った連中はセイバー=否定される、していいキャラとして認識してるから大問題。

虚淵のネームバリューもあって被害は甚大よ。



士郎って、熱血少年ぽいパーツそろったデザインだし、

たまに絵に起こしてもらうと、ゲームのCGイベントは戦闘だし、

パッケージイラスト起用でも戦闘系だしで、

「いかにもうおおおおおとか言いそう」なとこが対外的には押されがちだったけど

基本「己と向き合い自分の心を形にする」人間だから

実は「動」だけじゃなくて「静」の面も強いんだよね。

しろ「静」が本質って気もする。

その「静」に支えられるから熱さもあるって感じ?

今回の、内面でのアーチャーとの静かな対峙で

「静」の面が凄いクローズアップされたと思った。

自分はこれが見たかったんだよね。



とりあえず、「以前の記憶がない」は「ほほをつたう」と矛盾してると思う。

士郎、思い出に浸るのを自分に禁じただけで、普通に記憶はあるぞ。

> 何もなくなった場所にいって、有りもしない玄関を開けて、

> 誰もいない廊下を歩いて、姿のない母親に笑いかけた。

> ……あの日の前に戻れて。

> 何もかも悪い夢だったのだと、そう目が覚める日を待ち続けた。

一度心が死んだってフレーズが印象的なんで、

マジで大火災が0才状態と思われてたりするけど。

士郎って割と元々ああよ。



衛宮士郎アーチャーと士郎に分かれて真剣に自分の将来を模索するお話まじ熱い

アーチャー自分が辿った選択ではろくな道筋にならないと力説する

士郎は自分が進む未来は「選べる道」ではなく「選びたい道」を進もうとする

幾度の面談を経て衛宮士郎は見つけづらい険しい道筋を見つけて答えとする

自分会議(物理)は死ぬほどストレスたまりそうだけどその分効率の良さが半端じゃないな



今回のエピソードは、アーチャーの月下の誓いに対する「呪い」という言葉

あまりにそのまま伝わり過ぎていることに対する反論的な意味もあるのかな……と思った。

余人から見れば呪いととられかねない歪なものなのは確かだし、発言したのが未来の士郎と

いう点もあって、「信憑度が高い」と取られても仕方がない部分はある。

だが、そうじゃない。そんなものは、アーチャーレトリックに過ぎない。

「月下の誓いに至るには、大火災のさなかで救いを求める自分がいて、生存者がいないと分かりながらも

助けようとした切嗣がいた。だからこそ、救われない人間をこそ救おうとするエミヤが生まれた。呪いなんて、忘れてしまったアーチャーの後付だ」というように。

ここら辺、原作やってても勘違いちゃう人間がいるし。これをより説明的にしたことを指してデチューンと言ってたのかもね。

なんだかんだ分析してるが、初見じゃもうボロボロ涙でて凄かったよ。そうだよ!そうだよ!と絶叫しちまった。



価値観っていうと語弊があるのかもしれないが

とにもかくにも「心」はないと憧れも発生し得ないってところは

押さえておいてもいいのではと。憧れって心の働きなので。

災害中の描写から、衛宮士郎連続性を断つ描写は作者したつもりないと思うんだよな-。

っていうか、原作描写をそう読まれちゃったことを踏まえて再構成したのが

今回アニメ描写って気もする。



んー、言いたいことは分る。確かにもっともだ。

だが、「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」だと

極論すると、士郎以外の誰であっても

上記二条件を満たせば、士郎の如き人間になるってことだろう。

実際問題、それは非常に考えづらくないか?

なんで士郎がああまで凄まじい人間になっちゃったのかって言ったら

やっぱり元々「何もできないのに謝って楽になるのはだめだ」と

涙を呑んで歩き続けるような真っ当すぎて真っ直ぐすぎる子供だったからで、

そういう心をベースに憧れが発生したからだろう。

「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」

を強調し過ぎると、なんっかその辺拾えてない印象になる。



VSって原作時からして情報量凄い上、

大事そうな話をよく読むとさっくり投げっぱなしにしつつ

「え、そこ?」ってとこに落ち着くのな。

よく考えたら何故その話が理想に落ち着く、みたいな。

読み甲斐があるといえばそうなんだけど、お陰で

「借物」が「心がない」と誤解されたり

「笑いたかっただけ」が一人歩きしたり、

ある意味衛宮士郎の誤解の発祥源でもあったわけだが

今回、物凄い分かり易くバッサリまとめてきて、色々衝撃だった。

始まりは憧れ、でも根底に在るのは願い って、きのこだなぁおい



思い出したよ、くっそながい文章アホみたいにぶっ通しで昼夜読み続けてここの所で「なんて尊い大馬鹿野郎どもだ」ってボロボロ泣いたの。

嗚呼、あの当時原作プレイした俺は幸福だった。



今回は素晴らしかった。

なんというか、エミヤシロウというキャラクターの魅力を再確認できたよ

人間なら誰であれ死に絶えるような地獄の中で意味もなく切り捨てられる小さな命をこそ守りたいと願った少年が、その地獄の希望をくれた人から受け継いだ理想によって、その最も救いたかったものを切り捨てて大多数を救うものになってしまったんだからやるせないよなあ

士郎が本当に凡人なら、途中で折れるんだろうけど、地獄の道行を後悔なく駆け抜けることができてしまった心身の強さに物悲しくなる



一応補足しとくけど、兄貴ディルでは置かれた状況が全く違うから

兄貴ディルを比べてディルをけなしている人はそこらへんを忘れているし、あえてどちらがより酷いかといえばディルの方が遥かにひどい状況だったんだよなぁ

そりゃ恨み節の一つも吐きたくなるだろって納得するくらいに

仮にディルが戦闘続行を持ってて、セイバーと切嗣を倒してケイネスたちを救えた後に消滅したなら恨み節は残さなかったろうし

もし兄貴ディルと同じ状況だったら、恨み節はともかくとしてやはり憤怒の形相で怒っていたんではなかろうか

それに主君に忠を尽くすってディルの願いも、強い奴と全力で戦いたいっていう兄貴の願いも自分本位な願いという意味では同じだからディル兄貴同様、立派なケルト英雄だと思うけどなぁ



士郎が人助けをしたいのに、元々法政志望してたことが昔から疑問だった。救急隊とか医者とか、もっとわかりやすく人助けできる仕事があるのに、と。

でも、きっと士郎はそんな自分の手の届く距離だけに留まるミクロ人助けではなく、社会の仕組み全体を変えるようなマクロ人助けをしたかったんだろうな。

そう思うと、世界と契約したのも、膨大な力で社会全体をよりよくできるという期待を持ってたのに、実際は何の権限もないただの末端の処刑人でしたっていうオチに涙せずにいられない。

なんて愚かで、なんて愛おしいんだろう。大人しくレスキュー隊にでもなっていれば良かったのに。でも身の程を超えて、それより上を、人類の幸福の根源を求めてしまう士郎だからこそ、愛せずにはいられない。

大河になってアーチャー馬鹿馬鹿って言いながら思い出してくれるまで思いっき抱きしめたい



俺もそんな風に思っていたけどFateを深く考察するようになってちょっと考えが変わった

士郎が最も助けたいのは苦しみ足掻いてなお幸せになろうとする人なんだよね

だからもしかしたら罪を犯しても尚幸せになろうと苦しんでいる人をこそ助けたいと思っていたのかも

分かりやすい消防隊員や警察官を目指さないのは

本人に自覚が無くても無意識にそう感じていたのかな?と思った

だからあのゲリラ少年を始めとする人々はアーチャーにとっては助けたい相手だったんじゃないかって

指導者はともかく実際に戦っている人達は思想に関係なく自分家族が食べていく為だったりするし



>>「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」

>原作ではこう

>>自分では持ち得ないから、その尊さに涙した。

>>いけないのか。自分気持ちではないから、それは偽物なのか。

それ、別に矛盾しなくない? 

士郎は元々恐ろしく真っ当な子供で、「『誰か』この地獄を覆してほしい、みんな助かってほしい」

っていう願いを持ってた。

でもそれは、救いのない、誰も彼も死んでいく現実をつきつけられて

意味をなさなくなった(これを「心が死んだ」作中では表現する)

そして、その地獄にあって未だ生存者を探す、

「『自分で』地獄をどうにかしようとする」切嗣に会って、

士郎は、「助かりたい」「助かってほしい」という情動すらボロボロになった己の心では

抱けなくなってたその思いに涙したわけだろう。



SN切嗣では強すぎて物語にならないのは分かるけどだからといってケイネス一人に原作で語られた外道戦術使うのはちょっと弱体化させすぎやな(せめてもう一組くらい・・・

会話の制約があったとはいえ、セイバーをあからさまな無能騎士道中にしたり、切嗣に明らかにおかしい戦争は英雄のせいだ論を抱かせるのもちょっとな(過去編から考えても切嗣が恨むようになるのは魔術師のはずだし、セイバーがあんなに騎士道大好きなはずもないから、明らかに話の都合のためにそうなったようにしか見えない)

これはもうちょっとやり様があったのじゃないかと思ってしまう

後やっぱりなぜ切嗣は火災の犯人になったのだろうか?

虚淵さんが言峰大好きだったから変えたんじゃないよな流石に

ナタリアとの別れによる正義への絶望故郷での事件等の過去編がよかったから余計にそこらへんの矛盾や弱体化が気になってしまうな



横からだけど、「士郎は正義の心を元来から備えていた」と思われる描写は今回、原作、前回のアニメでも見えたりしてるよ。

・泣きながら災害のなかを歩いた。その時、周囲から「助けて」 と声が聞こえてきた。止めてくれ、オレにはそんな力はない。という感じの描写

・そして今回の顔。泣いてはいるけど、泣き顔ではない。

「誰か助けて」ではなく、「助けられないのに助けを求められることに対して謝りながら、歩き続けた」

スマホからだと書きにくいな…



俺は

「たしかに、始まりは憧れだった」

「けど、根底にあったものは願なんだよ」

「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」

「(切嗣)誰かの力になりたかったのに、結局、何もかも取りこぼした男の、果たされなかった願いだ」

って解釈した

根底にある願いは切嗣に会う前から持っていた



コメントを見て思ったけど、確かに「こんな地獄を覆して欲しい」っていう表現は、今まであの手この手を尽くして地獄を覆すために努力してきた切嗣の願いとしては受動的すぎるかなって思うんだよね。だからこれはやっぱり地獄を前に何も出来なかった子供士郎の願いなんだと思う。



車の傍の死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

トンネルの中の死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

荒野の木の周りの死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

世界との契約

暗転[赤い画面に黒い文字で]――いずれ辿る、地獄(りそう)を見た。

という事?



そうじゃなくて、

地獄を見た。

地獄を見た。

地獄を見た。

――いずれ辿る、理想(地獄)を見た。

ってこと。



いや、原作ではとてもそうは見えなかったけどな。

実力的には1/10しか戦闘能力出せない状態でも圧倒的に士郎<アーチャー

そして勝負のついた最後の一刀もアーチャーなら余裕で防げた。けれど防がずに士郎の攻撃を受け入れたってちゃんと理解出来る用になってる。

セイバーも「アーチャー…何故……」って疑問を口にしてた筈だし。

だからこそDEEN版でそこが分かりづらくて不満点になってるんだし。




セイバーが辛そうなのは士郎達が殺し合ってるのに見てる事しか出来ない辛さだと、思うけどな。

彼女はずっと士郎の生き方は危ういと言ってたし、実際に破滅したアーチャーが士郎を殺そうとしてるんだからそりゃ辛い。

士郎とセイバーは似たもの同士だから士郎やアーチャー気持ちセイバーは理解できるだろうしね。



挿入歌にあるSTARDUSTって星屑もそうだけど「夢を見るようなロマンチック気持ち」という意味もあると知ってショックを受けたよ。星屑はまさに「願い」の記号だけどそれだけじゃなく、地獄と知っていても夢を掴みにいく士郎の熱い気持ちも表しているようでAimerさん、なんという言葉を選んでくれたんだ。ついでに、

Dustは赤く燃えるStardustから零れる欠片=士朗

Ashは色も熱も失った灰塵=アーチャー

Judasエミヤシロウを最後には殺してしまう裏切り者=理想

として歌詞を見ると本当にアニメ映像とリンクしていてもうこの歌が大好きになってしまったよ。本当になんてすばらしい物をつくってくれたんだこの人たちは。



士郎自身は無自覚だけど、彼の行動がひたすらトライアンドエラーを繰り返して道を探すやり方だからじゃないかな?

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2015-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20150324155408

俺はネトウヨ寄りなだけでネトウヨのものではないが、

「俺は人種差別と黒人が嫌いだ」

と言ったらダブスタだけど、

「私は女性差別ネトウヨが嫌いだ」

と言っても別にダブスタにはならないのは面白いところだよね。

別に止めやしないから

勝手にやってな(ハナホジー」

つわれたぐらいでヒスんなよ。

お前ら別に「正義の味方」じゃねえから

2014-10-21

橋下との面談の前。在特会桜井マスコミのやりとり。

https://www.youtube.com/watch?v=_o96MMvrUkw&feature=youtu.be

いわゆる「ネトウヨ」を現実でみるとこうなんだろうけど、それ以上。

ここまで醜悪だと思わなかった。

大前提として、自分たちは「被害者」で、名誉回復させるために「正義の味方」

その上で、「目には目を」の精神で同じ事をやり返しているだけ。

自分たちが拒絶している差別を仕返しているという矛盾放置

誇り、誇りというが相手を自分の都合に言いように動かすために言い訳で、決して相手には敬意を表することはない。

自分達に賛成か反対か、Aか非Aかだけで判断して、個人ではなく集団から個人をみる。「韓国人」であったり「NHK」「朝日新聞」「毎日新聞」と集団で捉えているわりには、組織論理踏襲せず、権限もない個人に集団意見代表させる。

意見を言うチャンスを与えているようで、代表する権限がない個人に対して詰問しており、また会見直前と議論するような時間がないタイミングで言い出しており、当然反論も何も言えない。その中で何も言えずに時間がくれば勝利宣言ができる。

卑劣。こんな奴らに「日本人としての誇り」なんて語って欲しくないわ。

2014-10-18

Fateレイシストをしばき隊によって乗り越えられた。


こんなツイートを先日ツイッターで見た。

https://twitter.com/Morgenthau0217/status/521845540087021569

正義」と言うと胡散臭く感じたり、他の正義との対立の火種と捉える人も多いでしょうね。でも欧米系の政治哲学では、正義はどちらかと言うと「公正」のニュアンスに近いの。日本アニメなんかに出てくる「正義の味方」って「善」のニュアンスに近いでしょ。哲学用語正義は、善とは異なる概念なの。

今放映中のアニメFateのことを連想した。

Fate主人公衛宮士郎は、モロにこのツイートにあてはまる「正義の味方」になりたいというキャラ

主人公なんて大抵いい人でいいことをするから正義の味方なんだけど、Fate特に正義の味方ということにこだわった作品で、士郎は命がけで聖杯戦争を戦う中で正義の味方になろうとして苦悩する。だから特に日本アニメなんかに出てくる正義の味方概念を考えるのにいいと思う。

そしてFateと対比するのにいいのがタイトルに書いたけどレイシストをしばき隊。こちらはフィクションじゃなくて現実日本存在する組織だ。

しばき隊リーダー野間易通(kdxn)は自分しばき隊のコンセプトを細かく説明している。読むとこれがね、国際政治学たんの言うところの欧米政治哲学での正義であることがよくわかる。ジョン・ロールズの影響を語っているので間違いないだろう。

http://kdxn.tumblr.com/post/81061752924

リンク先。kdxnにとっての正義というのは弱者を守ることではないと説明されている。むしろそういう考えを批判どころか否定するのが大切なんだとされている。日本アニメのファンとしてはけっこうおどろくよね? 俺もおどろいた。Fateの士郎の考える正義は困っている人を助けるとか死にそうな人を助けるとかいうことだ。みんなそう思っているはず。なのでFateが真っ向から全否定されているようなものだ。Fate物語の中で士郎は正義の味方であることにこだわりすぎて自家中毒になってアイデンティティクライシスに陥っちゃう。士郎の父親の切嗣も同じだ。kdxnはツイッターでくりかえし完璧正義へのこだわりを批判している。それはもちろんFateとは関係ないんだけど無理やり読めばFate批判みたいにも読める。

しばき隊批判派で争いがあってその結果は言葉議論だけだと結局納得しない人が多いだろうけどしばき隊は相当話題になってテレビに出たりした。現実問題しばき隊が勝ったといっちゃっていい。政治は結果がすべてだからね。

しばき隊現実日本自分たちの考える正義概念実践してアピールしてみせた。すごすぎでしょ。もう正義なんてとっくに古くなって無理だとみんな思ってたのにw ここでFate現実に負けた。

しばき隊は注目を集めた短期的な成功だけじゃなくて長期的にもFateに勝っている。士郎みたいに「「正義の味方」とはなんだ~?」と悩まない仕組みになっている。正義を追求しているのは同じでも正義概念が違う。

しばき隊弱者のためではなく社会のために行動するので弱者に対して思い入れすぎない。完璧正義ではなくて比較的な正義を求めるので完璧主義で悩まなくてもすむ。多数を助けるか少数を助けるかなんてのはくだらない。助けるためじゃなくて社会の公正さのために戦うらしい。ヤバイ

士郎的な正義は実は正義じゃなくて善なのよね。困っている人を助けることは正義関係がない。慎二みたいなクソ野郎しばき隊は助けるわけがなく罵倒するんだろう。

まりぶっちゃけて言うと士郎は正義理解してないから正義の味方なんてくだらないことで悩んじゃうのである

正義自分犠牲にして化け物と戦うことより、「ヘイトスピーチをやめろ」と言うことなんだ。これに納得しない人(俺も半分はそうw)でも主張の強さは認めないといけない。

アニメゲームもこれからしばき隊正義を扱わないと現実に負けちゃうだろう。それじゃ存在価値ないしねw 現実フィクション面白がらせてほしいw

2014-03-19

女の落ち度が9割

http://www.lovepiececlub.com/lovecafe/mejirushi/2014/03/17/entry_004997.html

http://anond.hatelabo.jp/20140318174232


痴漢路上レイプはともかく、DVリベンジポルノは女の落ち度が9割。
発生原因において。
発生原因と「誰が悪いか」は別。
悪いのは男だという当たり前のことを強調してもDVリベンジポルノは減らない。
ネットでは男を責めるのがポリティカル・コレクトネスみたいな感じだが。
そりゃあそうでしょうよ。悪いのは女をゴミみたいに思ってる男の方。
男を叩き、女の落ち度は責めないのが正義の味方
正義の味方を増やせば被害は減るんですかね。
それは脳内お花畑だと思いますがね。


女の落ち度ばかり指摘すると被害者が「自分が悪かったのでないか」と辛くなってしまう、というのはわかる。
男の暴力性に対して社会が甘すぎるというのもわかる。
しかし「だから女の落ち度を指摘するな」というのは間違っているし、男に対する啓発を拡充したところで被害はなくなりはしない。


女の落ち度の指摘の仕方が「浅すぎる」のが問題なんだよ。
だいたいDVするような男を彼氏にする女は、そういう男を選択的に彼氏に選んでいる。
殴られても別れようとはしないし、別れても次の彼氏DV男だ。
DVしない男なんてその辺にいるのに、そういう男は絶対に彼氏に選ばない。


DVリベンジポルノの発生原因はこういう「自分を大切にしない女」だ。
「『自分を大切にする』ということがどういうことかわかっていない女」だ。
特に若い女は「自分を大切にする」ということの意味がわからない。いい年してわかってない女もたくさんいる。
こういう女の落ち度を指摘し、啓発しないことには被害は減らない。
だが誰もそれは言わない。
それを言ったら「正義の味方」じゃないからだ。

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