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はてなキーワード: アイキャッチとは

2020-06-16

anond:20200616121437

それはどっちも少ないだろうけど

誰だか知らんとしてもアイキャッチとして目を引かれるのがどちらが多いかっつったら明白だよな

男は無名の女でも美人ってだけで目を引かれるけど、女を女で釣るなら元々人気ある女引っ張ってこないと無理

2020-06-06

ローソンデザインのやつ

あれ

部屋を見渡したら誰かがデザインした物ばかりってゾッとしない?

売るためにアイキャッチさせるための派手なデザインケージされたあれやこれ

からうるさくないデザインっていうのはアリ。

2020-06-05

anond:20200605102436

誰の動画かを脳に刷り込むためだぞ

子供の頃見たアニメアイキャッチだけ記憶にあったりしないか

2020-05-26

anond:20200525193958

本業容姿活用できるような業種ではないし、

著書や寄稿でも自分写真をでかでかとアイキャッチにすることもないので

本人の見た目がどうあれこの文脈の「美人」ではないわな。

ただネットフェミ関連の話題について語る時はうかつな言動が多いので頭良い感じもしない。

本業では頭の良いはずの人が、片手間のSNSで油断して雑な発言してる感じ。

この人たちは、遅れている世間(男)に今時の進んだ男女平等概念を教えているつもりなんだろうが

それはステレオタイプで、世間フェミ言動を見て理解が進んだ上で今時の反論をしていることに気づかない。

2020-04-13

anond:20200413184909

それは6話目までひきのばして戦闘にあきあきした視聴者おっぱいや雄っぱいでぐっとひきつけるやつだから

1話からあるってほのめかしちゃだめだろ

本当の日本猿アイキャッチか次回予告にうつるけだものアニメならよい

2020-03-18

フェミニストでもなんでもないけど

炎上たからっていうのもあるにせよ宇崎ちゃん献血ポスターとかみかんのやつはちょっと嫌だなと思うし、ぐらんぶるフライヤー映画館普通に置いてあるのも嫌だよ。みかんつの何がアレって擁護しようとしてるオタクスカートエアプなせいで擁護しきれてないかキモいだけになっちゃってるところなんだよね。宇崎ちゃん炎上きっかけだしうっすらとした嫌悪感しかいかあんまり思ってないのかもしれない。

胸の大きなフリ素モデルさんのやつに関してはTwitterで声の大きい自分フェミニストと名乗る人のせいで燃えてると思う。“性加害されることなくどんな人も好きな格好をしていい”みたいなのもフェミニスト活動だと思っているので、ただのアイキャッチとして使われただけの女の人に放火したように見える。その写真普通サイトにもエロい感じのサイトに使われてたっていうんなら女の人が被害者だし。フリ素といえどそういう使い方ってしていいの?

ぐらんぶる原作があるらしいけど見たことないからただ全裸の男の人2人が出てくるっていうことしか知らない。それが写ってるフライヤーしかたことない。あとTwitterで流れてきた広告。30秒稼ごうとしてたのがなんかキモくて広告に『興味がない』ってやつで取り消した。嫌だな〜って思った。映画館って誰でも入るのにそんなところに置いてあるって本当に嫌だって思った。もしかすると自分が見る映画の予告で流れるかもしれないし。楽しみにしてるときにそんなもん見たくないよ。予告見るのも好きだしそれに限っては見る見ないとか耐性に関わらずラブストーリーホラーアクションなんでもござれなんだけど。まだ憶測の話だけどさ。

デレマスデレステユーザーだけどPがアイドルに対してセクハラと取れるような言動を行うのも嫌だ。私はただ可愛い女の子たちをプロデュースしてるだけなのに。嫌ならやるなって言われるとそういうんじゃないんだよって思うし。ゴムボールみたいな乳とか踊るとき必要以上に揺れる乳嫌だ。踊るときあんなに揺れてるのノーブラとかでしょ。2次元なんだからって言われちゃうかな。でも3DCGだし気になっちゃうんだよね。

どうやって終わっていいかからなくなってしまった。けど私はフェミニストでもなんでもない。

全然関係ない追加なんですけど、Twitterフェミニストが女の人でいう胸の対比として男性器を使うのずっと不思議に思ってます

2020-02-23

表現規制派とTwitterは相性が悪い

表現規制派とTwitterは相性が悪い。理由は二つ。

Twitterには文脈がない

Twitterというツールは、140字で1かたまりというそ特性から文脈ありきの主張をうまく表現することができない。もちろんリプツリーに繋げて、長々と意見を表明する人はいる。

しかしそういう、長々とした意見よりは(それがどんなに理にかなった、素晴らしい考えだとしても)1ツイート内に収まった、パッと見てすぐにわかる、インスタント意見が好まれて、拡散されやすい。この"リツイート拡散"というのも、文脈を汲んだ意見が支持されにくい理由だと思う。わかりやすくて面白いものが広まりやすいのは当然だ。

(大抵の)規制派の意見文脈ありきだ。女性差別とか、ジェンダーセクシュアリティに関する問題はとにかく文脈や背景が大切だ。(というか、文脈説明なしに「萌え絵ポスター撤去しろ!」と叫んでいたらただの過激オタク差別主義者だ。私はそれを規制派とは呼ばない)

自分は長々とした文章を読むのが好きなので(そして暇なのでw)、規制派の非常に長いリプツリーも根気よく読める。何言ってるんだコイツというのもあれば、なるほど!とハッとさせられるものもある。しかし大抵の人は長い文を読むのが億劫だ。Twitterにそんなに時間をかけていられない人もいる。

から規制派の「表現としてではなく、広告として…」「ポスターの皺の形一つに文句をつけるのは、むかしか女性性的アイコンアイキャッチャーとして広告使用されていて…」「ラ●ライブコラボダメなのではなく、ポスターの絵だけが…」といった長々とした説明は読み飛ばされ、規制反対派の「ラブ●イブ攻撃されている!表現の自由が奪われようとしている!」という、わかりやすい、一言ツイートが正しかろうが間違っていようがぐんぐん拡散されるのだ。

Twitter判官贔屓

Twitter陰キャオタク/Instagram陽キャリア充、といった考え方をそのまま流用すると、Twitterヘビーユーザー層は隠キャでオタク人間が多いということになる。(体感では、そういう属性自称している人もかなりいる)

そのせいか知らないが、Twitterの風潮はかなり判官贔屓な方に傾いている、と思う。これは、本当に私の勝手感覚だが。(すぐソースは?とか言う人がいるのでw)

現状、献血ポスターみかんポスターの件は「規制派の声により、撤去または第二弾から絵柄などの変化があった」という結果になっている。特にみかんポスターについては、規制派が声を上げたことにより「撤去を強いられた」ということになっている。

私としては規制派・反規制派のどちらも善でも悪でもないと考えるが、この一連のポスターについての流れが上記のように「規制派に撤去を強いられた」という、ある意味単純化された構図になり広まることにより、一部のユーザーの間では「規制派=悪、いじめっ子」「反規制派=正義いじめられっ子」的な風潮が高まっているように感じる。

上で述べたように、Twitter文脈きらう。長々と理屈をこねてポスター批判する規制派は「悪そうな奴」に、そんな「悪そうな奴」にいじめられている(ように見える)反規制派の「表現の自由が侵害されている!」という端的で、わかりやすツイートに「ひどいことだ。規制派はアニメを潰す気か」と賛同する人が増えるのも、そりゃ、仕方のない話なのである。そして、長々と主張を述べる・読む人と、端的に述べたい・読みたい人の論争が、噛み合うはずもないのである

つーわけで、表現規制派はTwitterと相性が悪いので、意見を表明すればするほど、悪い方向に転がるなんてことも…だからといって、どうすることもできないですが。

と、まあツッコミどころ満載な気もしますが 風呂入りながら何となく思ったことを日記に。案の定長くなったので、Twitterのリプツリーに繋げなくて良かったw

規制派・反規制派どっちの肩も持たずに書くつもりだったけど、「ツイフェミと、ツイフェミに叩かれた人がよく使う言葉」みたいなしょーもないツイが、バズっていてなんだか脱力してしまったので、かなり規制派寄りになってしまたかも。

2020-02-18

anond:20200218114151

いや、だってこれ成人向けソフトじゃん

広告図案もアダルト向けであってそれを広告主体否定しない案件

???

公共空間に設置する看板の適否を「広告主体アダルト向けと考えているかどうか」で判断するとおっしゃってます?同じおっぱい丸出し看板小学校の近くに設置されていても、広告主体が「これはアダルト向けではありません」といえばセーフということ?そも、アダルト向けかアダルト向けじゃないか業界団体メーカー自主的に決めていて、中には一般向けと銘打ってはいるけど露出が際どいゲームもたくさんあることはオタクなら自明だと思うのですが、それでも判断基準は「広告主体意思」なんですか??

炎上したのはCMではなく弁護士

サラッと歴史修正トライしないでね

しかこうだった、ではなく、せめてリンク先を読んで事実確認しましょう。普通にCM内容が批判されています歴史修正はやめましょう。

その種のネット調査世論を全く反映しないしいくらでも偏らせたりインチキしたりできる

本当の世間の声は「わけわからん喧嘩してるやつらどっちもキモいしうるせえ」が大半では

ググればすぐ出てきますが、この調査民間会社委託して実施されたもので、ある程度信頼性があると考えますあなたお気持ちで考えた本当の世論とか知りません。それ何か根拠あるんですか?

嫌いとか気持ち悪いというお気持ち自由だけれども

自分の嫌いな表現」と「社会的な悪」との区別をつけられずに抹殺しようとするのはやめろ

なぜ広告のような公共表現物でover sexualizeしてはならないのかと言ったことは散々議論・指摘されてきたし、こちらはその証跡として、ガイドライン提示しましたし、もっと提示することもできます。「表現 ガイドライン」と検索すればいくらでもヒットするし、過度に性的に描かれた女性アイキャッチとして使うことをやめましょうという記載はどのガイドラインにもあります

しろ逆に、あなたがこれは好きだとか問題ないと思うというお気持ち自由だけれど、「自分的にセーフな表現」と「社会的な善」を結びつけて通そうとするのはやめてください。あなた個人的にセーフと思っていても、社会的に許されない表現はあります差別もその一つです。

多分あなたにとって都合が悪かったか引用しなかったのでしょうが、各種ガイドラインに反した表現を通してよいとする論拠を示してください。

何回この話をさせるの?

あのポスター気持ち悪いというところまではあんたたちはただしい

問題はその後の振る舞いで、女性差別であり悪で有り撤去とまで言うならその根拠をきちんと説明せよ

ガイドラインを示しました。リンクを読んでください。


あの女の子イラスト気持ち悪いのを超えて女性差別であるのは何故か?

ここを説明してと何度言われても逃げるじゃん

ガイドラインを示しました。リンクを読んでください。こちらはなぜ当該表現が許されないのかを、ガイドラインのような根拠とともに提示しました。そちらも、なぜ当該表現が許されるのかの論拠を、根拠付きで示してください。

差別的な表現は当然許されないでしょ。

何が差別的な表現に該当するのか揉めているのに、差別的な表現から許されないというのは回答になっていません。ただのトートロジーです。

じゃあ男性差別と「取れる」CMが出てきたとして、広告主がそんな意図はなかったとさえいえば、無罪放免になるってことですかね、あなたの論だと。

2020-02-17

女性アイキャッチ作るなら男性アイキャッチも作れ

JAラブライブさ、もう一個うたプリとかアイドリッシュセブンで、男版を作ってはどうか。乳首の影が浮き出てるやつ。真面目にお願いしたい。国民の約半分は女だし、ゲイもいるんですよ(怒)

2020-02-05

なぜオタクフェミ不毛対立をしてしまうのか

 直近だと献血ポスターの宇崎ちゃん炎上したように、ネット上ではオタクフェミの争いというものがたびたび起きている。が、そこでのやり取りを見ているといつも議論は噛み合わず、ただただ不毛対立が盛り上がるばかり。なぜこのようにオタクフェミ不毛対立をしてしまうのか。

 

 それについて論じる前に、まず自分立場を表明しておく。例の宇崎ちゃんポスターについて自分は「即座に撤去する必要があるほど問題のあるものではない」「が、今後において避けるのが無難と言える程度の問題は確かにある」という見解を持っている。なんともどっち付かずで玉虫色見解だ。ただ、このような歯切れの悪さこそが大事だと確信している。というのも白黒はっきりさせるような歯切れのいい議論ばかりがなされているのがオタクフェミ不毛対立の大きな原因であると考えているからだ。

 例の宇崎ちゃんポスター批判者が主張する理屈は「公共性の高い場所女性性的側面をことさらに強調しそれをアイキャッチャーとして利用するのは女性差別である」というものだ。この主張に向き合う上で確認しておきたいのは、この主張には程度問題グラデーション内包されているということだ。まず第一公共性の高さというのがグラデーションを含む概念だが、相対的重要性が低いのでとりあえずスルーする。より重要なのは性的な強調というのがグラデーションを含む概念だということだ。ここを意識しないとどうしても議論不毛となる。

 例のポスターにおいて宇崎ちゃん巨乳突き出し、煽るような表情でポスターを見る者に視線を向けている。これを性的な強調が無いとするのは難しい。というか不可能だろう。一方で露出は少なく、あからさまなエロというわけではない。この「性的な強調はあるがあからさまなエロではない」という半端さこそが騒動が拡大した大きな要因だ。もしもポスターの内容が対魔忍のアヘ顔といったような言い訳余地のないエロだったらオタク達も批判対象とされることに反発しないだろう。一方でポスターの内容が特殊な嗜好の持ち主以外誰も性的に感じないようなものであれば批判者が1人いても誰も追随しないので大きな騒ぎにはならない。性的な強調があると言ってもその程度には濃淡があり、薄ければ問題とならないし濃ければ問題となる。例の宇崎ちゃんポスターはちょうど問題があると思う人も多くいれば問題ないと思う人も多くいるグレーゾーンのものだったのだ。

 そしてこのグラデーションへの意識ポスター批判するフェミ側もそれに反発するオタク側も欠いていたのが不毛対立の最大の原因だ。

 SNS上ではより強い表現を使った方がウケるフェミ側はこの件で強い糾弾調の表現を用いてしまった。世の中には本当に一切の寛容さを示さず強く非難すべき女性差別というもの存在する。例えば医学部入試での得点操作がそれに該当する。一方で女性差別的と言えるがあくま不適切レベルでありそこまで強く糾弾しなくても良いもの存在する。宇崎ちゃんポスターこちらだろう。グレーのはずのものを真っ黒であるかのように扱ってしまったためにグラデーション意識した議論が成立しづらくなってしまった。

 一方のオタク側の問題として大きいのがオタク達が滑り坂論法に陥ってしまたことだ。滑り坂論法とはひとつを認めるとどんどんエスカレートしていき最終的には破滅的な結果を招くので最初の一歩も認めるべきでないという論法のことで、どんどんエスカレートしていくはずであるという認識が単なる不安感情の表れでしかなく根拠を欠くため誤った議論典型として扱われる。オタク達がこの誤った議論に陥ってしまたことにより何が起きたかというと、フェミ側の主張を完全否定してしまわなければならなくなってしまった。例の宇崎ちゃんポスターは先に述べたように性的強調があることを否定するのはおよそ不可能な代物だが、それすらもオタク達は否定しなければならなくなってしまったのだ。そうしてオタク達はフェミ側の「女性アイキャッチャーにするな」という主張を「結局オタクが嫌いなだけ」「フェミ巨乳差別している」といった明らかに元の主張と異なるものに捻じ曲げ、フェミ達を悪魔化することによって「オタクフェミに不当に攻撃される被害者」と位置付け団結する戦略に流れてしまった。もしもオタク達にグラデーションへの意識があれば、「女性アイキャッチャーにすべきでない」や「宇崎ちゃんポスター性的強調表現がある」といった否定しようとすると無理が生じるラインまでは受け入れつつ、とはいえその度合いは著しく不適切と言えるまでのものではないという形で反論することができただろう。しかし、滑り坂論法に囚われたオタク達の防衛ラインフェミの主張の完全否定まで引きあがってしまい、宇崎ちゃんポスターには少しも黒い要素はない、真っ白であるというグラデーション意識した議論を受け入れられない立場を取ることとなってしまった。これでは議論不毛となるより他にない。

 とにかく大事なのは白か黒か、0か100か、ではなく、物事にはグラデーションがあるということを意識しなければならないということだ。

 ここで注意しておきたいことがある。グラデーション存在詭弁によって攻撃やすい穴にもなる。その攻撃とは「基準を示せ。基準を示せないならそれはただのお前の主観しかない」というものだ。残念なことにネット上では「それってあなた主観ですよね?」と煽るひろゆき画像が出回っているようにこの手の詭弁論破テクニックとして重宝されがちだ。

 しかし、基準を示せないものがすなわち主観にすぎないということは決してないし、基準を示せないならその論点無効ということもない。

 このことを考える上でハゲ頭のパラドックスを取り上げたい。髪の毛が一本も生えていないハゲ頭があるとする。ここに髪の毛を一本生やしてもその程度ではハゲハゲのままだ。では2本目を生やしたら? やっぱりハゲだ。3本目なら? まだまだ全然ハゲのままだ。髪の毛を一本増やした程度でハゲハゲでなくなることはない。しかし、このように一本ずつ髪の毛を増やしていけばいずれその頭はフッサフサになりハゲではなくなるはずだ。では、ハゲはどこでハゲでなくなるのだろうか?

 この問題についてはっきりとした基準を示すことはできない。一応頭皮のうち髪の生えていない範囲が5割に満たなければハゲとみなすというように基準を作ることは可能だが、その基準日常語としてのハゲの使われ方とは距離がある。頭皮のうち髪の生えている範囲が50パーセントならハゲではないが49%ならハゲというのは明らかにおかしい。

 では基準を示せないならハゲという概念自体存在しないのだろうか? そんなはずはない。明らかに頭髪の薄い人がいて、それをハゲと呼ぶのはただの主観に過ぎないのだろうか? もちろん大半の人はそれをハゲとみなすだろう。ただの主観に過ぎないとは言えない。

 グラデーションのあるものについてはっきりとした基準を示すことはできない。しかし、そのことは即座に客観性を欠くことを意味はしないのだ。

 

 最後に余談となるがなぜオタクフェミオタクの敵とみなすかについて自分見解を述べる。

 おそらく最大の理由情報の偏りだ。

 宇崎ちゃん騒動の発端となった太田弁護士ツイッターアカウントを見てみると、だいたいいつも自身ツイートRTで何事かに対し怒りの表明や批判をしている。別にオタクけが狙い撃ちで批判されているわけではない。

 しかし、そういった普段の振る舞いはオタク達に広く拡散されることはない。オタクが叩かれているわけでなければオタク達は特に気にしない。例えばテレビ東大女子排除した東大のウェイサークルが取り上げられ、それを受けてフェミ達がサークル批判的なツイートをしたとしても、「【悲報フェミさん、ウェイの敵だった」というようにオタク達に拡散はされない。広くオタク達がフェミ達の主張を見るのはフェミ達がオタク関係あるもの言及しているときに限られる。こうして、オタク達の中にフェミオタクばかり叩いているという認識が出来上がる。これはちょうどデータを見ると実際には治安が良くなっているのに、テレビ凄惨事件がよく取り上げられるので物騒な世の中になっているように錯覚しがちというのに似ている。

 そしてもうひとつ理由歴史的フェミ勝利たからだ。

 かつてはビールポスターといえばグラビアアイドル水着だった。しかしそういったポスターは今となってはほぼ絶滅した。

 今の時代、それこそ献血のような公共性の高いところでのポスターを作る場合、そこに起用されたのがグラビアアイドルであってもわざわざ批判を招くことが容易に予想できる水着ポスターにはしないだろう。普通に作れば炎上を招くようなものは避けることになる。

 そんな中、唯一炎上を招くようなものが通ってしまルートオタクコンテンツとのコラボだ。

 例えば鉄道オタクのように「〇〇オタク」というのではなく単に「オタク」という場合現在ではこれは二次元美少女コンテンツの熱心な消費者のことを指す場合が多い。近年(というほど最近に限らないが)のオタク文化は二次元美少女と共にあり、更に言うとエロと共に発展してきた。

 これは「まどマギ脚本虚淵玄エロゲーのシナリオライター」とか「エロさえあればなんでも許されるところでクリエイターが育った」とかそういう話ではなく、もっと直接的な話だ。ラノベを読めばなにかしらラッキースケベ的展開が用意されている場合が多いとか、異種族レビュアーズが地上波アニメ化されてるとか、彼氏のもとに彼女チャラ男からビデオレターが届くが実は彼氏のためを思ってのもの寝取られたわけではなかったというエロ同人ネタを前提にした漫画ツイッターバズるとか、そんな具合にオタク文化はエロと共にある。

 なのでオタクコンテンツの作り手は性的な要素を強調することでキャラクターを魅力的に見せるテクニックに長けているし、それは手癖レベルで染みついている。よって、公共性の高い団体オタク作品コラボしたときオタクコンテンツの作り手が普段と同じノリで仕事をすると公共性の高さに対して相応しくないとみなされるほど強い性的強調を含んだものが世に出てしま場合がある。もちろん悪意などなく無意識に。

 また、宇崎ちゃんのように単行本の表紙がそのまま流用された結果……というパターンもある。宇崎ちゃん場合作者が心身の不調やスケジュール上の都合のために献血コラボで描き下ろしを用意することができず最新単行本の表紙がポスターに流用された結果炎上を招く事態となってしまった。単行本の表紙は献血ポスターのように公共性の高いものとみなされないため性的強調を含んだイラストで「この作品にはエッチ可愛い女の子が出てきますよ~」と訴えて手に取ってもらいやすくするのは当然の戦略と認められるものだろう。が、それがそのまま別文脈に置かれてしまうと炎上を招くこととなってしまう。正直宇崎ちゃんの作者は運が悪かったと思う。描き下ろしを用意する余裕があれば炎上騒動に巻き込まれることはなかっただろう。かつてののうりん炎上の件もこのパターンだ。

 このように通常ではまず炎上するような表現が表に出てくることはないのに対し、オタクコンテンツとのコラボにおいては……という事情があるため、公共性の高いところでの性的強調表現フェミ批判される事態オタクコンテンツ絡みに偏ることになる。このことが「フェミオタクを敵視している」という印象をオタク達に与えているのではないだろうか。

2020-02-02

嘘や炎上を使わずに狙ってバズらせられるようになってきた

世の中には「狙ってバズらせることができる」という技能を持っている者たちが居る。

ブログや文筆業を趣味生業としているのならば喉から手が出るほど欲しい技能だろう。

しかすると「そんなことは不可能だ」と否定をしてしまう者も居るかもしれない。しかしこの技能現実的存在する。

昨今ではこのような技能を持つ者たちの一部はインフルエンサーなどと呼ばれている。もしくはマーケッターとも表現するのかも知れない。

そのような文脈を前提に「自分はその技能を得た」と言っても怒られない程度には狙ってバズらせるようになってきた。

オンラインとの関わりはざっくりと説明するのであれば、小学生ときニフティサーブ時代を経ると共に2ちゃんねる、そしてTwitterという典型的ものだが、その中で「どうすると人々は僕の作ったもの馬鹿笑いしてくれるのか、興味津々になってくれるのか」をいつの間にかよく考えるようになっていた。

そしてその考え続けたもの現代で言う「バズらせる」ことへ繋がる。

ただ、やはり人間簡単疑心暗鬼になるもの自分自身が本当に狙ってバズらせる技能を得たのか不安になってしまった。

去年の暮れ頃、とあるコミュニティで初めて力試しとして「どれくらいバズらせることが出来るか試す」のようにコミュニティ所属する多数の前で宣言をし、年が変わって元旦に1つの記事インターネット上へ公開した。

その結果として現在までに5万に迫るアクセスを得た。前提として無名かつ匿名人物が公開した記事であり、内容としては難解とされがちで読者を選ぶジャンル記事を事前に宣言して5万に迫るアクセスを狙って記録したのだ。

5万はPVなのかUUなのかシステムの都合上判然としないが、数字だけ見ると別段凄くはない。しかしこれを嘘や炎上を使わずに真面目な記事で狙ってやるのはなかなか難しい。

この結果を得たことにより「狙ってバズらせる」技能を持つ人間の末席に座っても良いのではと思うようになった。

長々と書いてしまったが、おそらくアナタたちが気になるのは長々と語った前段よりも重要なのは「狙ってバズらせるにはどうすると良いのか?」という点だろう。期待通りそれを語ろう。

ただし、何も特別なことはない。基本と呼ばれるものは流石は基本と呼ばれるだけはあり、結局のところは基本を踏襲することへ収束していくからだ。

読者層を想定する

アナタはどこでバズらせたいのか?を考えなければならない。

TwitterなのかYoutubeなのかInstagramなのかTikTokなのか、それともインターネットアクセスする全ユーザなのか、年齢層はどの辺りなのか。

それらのユーザ(=読者)がどのようなことを好み、どのような文体(=表現)だと受け入れて貰いやすいか考えなければならない。

バカにも伝わるようにする

ここで言う「バカ」は何も他人貶めるための表現ではない。

結局のところバズらせるには読者の膨大な受け取り方をあらかじめくまなく想定しておく必要があるのだ。

まり、読者によっては自分自身が想定していない斜め上の発想を持つことがあり、よくわからない理由で「このコンテンツ自分向きではない」としてコンテンツの閲覧をやめてしまうことがある。

それを抑える工夫が必要だ。

アイキャッチは非常に重要

Twitterなどではブログ記事画像サムネイル化され表示される。

このサムネイルは非常に重要であらゆる読者のアイキャッチとなり得る。

Youtube動画サムネイル日本的スタイルがある」と言われるように、読者層へ合わせたスタイルアイキャッチを作ることによって読者流入を呼び込みやすくなる。

その点で言えば増田は少々不利なプラットフォームだと言える。

タイトルと冒頭3行で読者は自分に向いたコンテンツかを判断する

実際はアイキャッチとなるサムネイルも含めてなのだが、読者は筆者が思うよりも非常に早い段階でコンテンツを切る。

アイキャッチタイトルを読者に読ませるもので、タイトルは冒頭3行を読ませるもので、冒頭3行は記事全体を読ませるために存在すると思ってもらって構わない。

早い話が読者の興味を維持し続け、欲を言えば次々と読者の興味を増幅していく必要があるのだ。

もしアナタの書いた記事アクセス数(PVUUなど)自体が全く伸びないとするならばアイキャッチタイトルの時点で失敗している。

どんなに記事の中身が良くてもクリック(タップ)されなければ意味は無いのだ。

人気のプラットフォームへ乗る

例えばはてなーであるならばはてなブログを使いたくなるだろう。

しかしそれは「はてなブックマークホットエントリ入りしたい」という目的でない限りは間違っている。

バズらせたい読者層を想定したときに、はてなブログ以上に人気のあるブログサービスがあるならばそちらを使うべきだ。

想定読者層に人気のプラットフォームには想定読者が居るのは当たり前であり、アナタ目的想定読者層でバズらせることなので、アナタの好みでプラットフォームを選ぶべきでない。バズらせたいのであれば想定読者の好みでプラットフォームを選ぶべき。

YouTubeだろうがInstagramだろうが想定読者が好んでいるのならばそのプラットフォームを使うべきなのだ

記事の堅さやジャンル分散すべき

読者層を想定した際に、その想定読者層でよく読まれシェアされている記事の堅さはよくチェックしておかなければならない。

まりにも堅い記事が続いてシェアされていたり、同じジャンル記事が続いていたりすると想定読者層はそれに飽きていることが多い。

例えば想定読者層でお堅い政治記事シェアが続いているならば、アナタが書いたお堅い政治の、しか素人が書いた下手な記事を読むわけがない。

お堅い政治記事シェアが続いているならば、そこへ食の乏しい2月の今、旬の食べ物ちょっとプレミアム食事記事サムネイルと共に公開してみると良い。間違いなく人気が出るはずだ。

この例で右や左、保守リベラル革新の膨大に公開され続ける素人記事の多くが読まれない理由を察すると良い。

逆に柔らかい記事が続いていても読者は飽きるので、そういうものが続いているのであれば知識欲を刺激するような記事を公開すると良い。

女性性やLGBTQ+やジェンダーネタ切れを起こしがち

扱うなという話ではなく前段に共通する話だが、女性性やLGBTQ+やジェンダーなどのネタでバズを経験するとコレに旨味を覚えて継続してしまうことが多い。結果として読者は飽きる。

そして結果としてやりがちなのがセンセーショナル言動をしてしま炎上状態へ陥ってしまうというパターンだ。

女神

何もお堅いネタばかりでなく下世話なネタエロネタでも全く同じ。それで1つバズると続けてしまいがちだ。

特に女性性によるエロネタ2ちゃんねる成長期から続く「女神」の悪習なので良くない。ニコ動でどれだけ女神垢BANを見たことか。

怒りは持続しない上にしっぺ返しをくらう

女神を批難するようなフェミニズムが居ることは良いことだが、それによってバズを経験し旨味を得て繰り返すとしっぺ返しをくらうのは最早インターネットではありがちな光景だ。

フェミニストジェンダー論者、LGBTQ+の目的は怒りを拡散することではなくフェミニズムジェンダー論、LGBTQ+の考え方を広めることだと解釈しているが違うだろうか?

怒りは人間心理ネガティブ感情であってネガティブ感情継続したくないのは人の常だ。

性的被害などを叫ぶのは重要だが、それ以上に大切なのは「誰しもが楽しく面白いフェミニズムジェンダー論、LGBTQ+」を広めることだと思う。

敢えて言おう、バズらせるのに「怒りのフェミニズムジェンダー論、LGBTQ+はもう古い」と。

1発当てるのは簡単

実はたった1回のバズならば比較簡単に行える。

前述した要素を考えて数十回コンテンツを公開するとバズるコンテンツが現れるはずだ(当然ながら見当違いな考えをすると失敗もするが)。

プロではないのでテキトーなことを言うけれど、プロプロである所以は安定して高いアクセス数(PVUUなど)を稼ぎ出すからだ。プロはおそらく1発のバズよりも一定間内の総数の方が重要だ。

今回5万程度の数字を得たが、プロは1回の記事1000としても、例えば1週2記事の公開した場合は1年約52週=10万4000もの数字を稼ぎ出すはず。

そしてそれが想定読者層へ対して最適なプラットフォームであった場合1000などという小さな数字であるはずがないので5万などという数字は鼻で笑うようなものだ。

何ならプロオススメレコメンドなどによって他の記事数字すら伸ばすだろう。

今回は事前に宣言するという失敗すると恥ずかしい自身ハードルを設けたが、プロは常にこのハードルを超えているわけで流石としか言いようがない。

しかも当然ながら(真っ当な)プロであるならば嘘や炎上は使わずにそれを行っているのだから感服する。

この記事は今のところのバズらせるコツみたいなものを書いたものなので今後考えが変わるかも知れないが、参考にしていただければ有り難いしツッコミは大歓迎だ。

最後にもう1つ不穏な言葉を付け加えよう。

個人的な予想としてインフルエンサーマーケティングは失速するだろうから、この記事をもってインフルエンサーになろうとするのはやめたほうが良いと強くアドバイスする。では。

2020-01-20

anond:20200120185833

イィッデ、ゥオーンンッ♪

あのアイキャッチの音にセンスを感じてシビれたリアルタイム視聴小学生世代

ガンダムアイキャッチは、

デデデン!・・・デデデデン!・・・(←伴奏)ッシャアウッ!!♪

スキャット?部分が何てゆってんのか論議になり、やっぱ敵役の「シャア」のことゆってんのかな~、てなアホなことを学校帰りにともだちと話してた遠い日々。

2019-12-11

anond:20191209214855

アイキャッチに使われてるのはこの傾向強い気がする

ニルギリスのチックチックチックとか

2019-11-12

アホか

全体的に低レベルすぎるだろ

「宇崎ちゃん挑発によって自発性を損なって献血してしまう人が現れる」という批判可能性がゼロではないけど限りなくゼロなことを論う詭弁批判です。

限りなくゼロじゃねーよ、オタク君なんて馬鹿が多いんだから山ほど殺到するに決まってるだろ。だから献血に行った人の数が増えたとかドヤ顔でふれまわってたんじゃねーか

天下の羽生結弦のキメ顔の自発性奪取力が、宇崎ちゃん程度の三流漫画の安いおっぱいセリフのそれに負けるとでも?

負けるに決まってるだろ。オタク君なんて馬鹿が多いんだから適当に大きな胸見せておけば爆釣りだろ。そんくらい考えろ


オタクコンテンツにだけ別の基準持ってると疑われても仕方ないですね

当然だろ。クールジャパンだぞ世界に誇る日本の文化だぞ。オタク向けの市場規模どんだけか分かって言ってんのか。オタクコンテンツは何にもまして人間判断力を失わせるミラクルなんだから、そこだけ基準が厳しくなるのも当然。それを熟知した上での批判に決まってるじゃねーか!

多少人の欲望にもとづいてアイキャッチ改善した程度でどうして「自発性が減る」ことが予測できるのか、私には全く納得できませんので、対案を出す必要などは一切、感じません。

とならへんか。

からならないんだってオタク君に向けて胸を出せば自発性は激減して全員我先に売血しにいくの目に見えてるじゃねーか。

対立的な議論の時に自分シリアスな身の上話をフレーバーにする人間詐欺師かアホだと思っています

何言ってるんだ。同情してやれよ。なんかたくさん単著も出してるんだから詐欺師であるはずもアホであるはずもないに決まってるだろ。

anond:20191112112951

さえぼう氏の「自発性尊重」論は妥当

献血ポスター問題について - Commentarius Saevus

https://saebou.hatenablog.com/entry/2019/11/11/000000_1

この批判新機軸ちょっと面白いですよ。

宇崎ちゃんの絵やセリフが、献血自発性を阻害するという批判



1.宇崎ちゃん自発性のない献血が発生する?

宇崎ちゃんが、注射が怖いか献血しないのではないか劣等感を煽っていますが、

これは自発性尊重する倫理的理念からして、

本来は「これはやってはいけません」という例になるような状況であるはずです。

結論から言って、この批判馬鹿馬鹿しいと思います

例えばさえぼうさんのような人や、

今はさえぼうさんに乗る尻馬サーファー太田弁護士の「セクハラからダメ」を支持しておいてどうも上手くないとなったら 岩渕、牟田瀬川、さえぼう、と全く別論点批判に次々乗り換えてきている、要は論理は何でもいいかスカッオタクヘイトさせろやというお気持ちのみなさん)達は、

「宇崎ちゃん」のコンテクスト理解しないわけですから

”なんか感じ悪いポスター”や”オタクくせえポスター”のある献血場で献血はしないわけです。


そして「宇崎ちゃん」のコンテクスト理解するようなオタク人達からすれば

宇崎ちゃん煽り言動は常に「ウザ絡みしてイラつかせて軽い成敗を受ける前振り」であって、

相手を意のままに操って目的を遂げるような智謀ではありません。

献血ポスターセリフがもし本編であれば、

 「俺はちゃん献血行ってるんだぞ」と献血手帳を見せられ、「うわこんなに献血してる。いい人ぶってるんすか~?」と言い返して

  最後は鼻をつままれるなどの軽い制裁を受ける、というようなくだらないウザ絡みのやり取りが続く)


「高尚な献血事業に悪ふざけのようなセリフを使うな」とか

コンテクストがわからない人には単に不快なので献血者が減るではないか」とかい非難ならまだしも

「宇崎ちゃん挑発によって自発性を損なって献血してしまう人が現れる」という批判

可能性がゼロではないけど限りなくゼロなことを論う詭弁批判です。


2.自発性なき献血を本当に心配するなら

そんなことで自発性を損なって献血してしまうアホが居るのだというなら

もっと普通に人気アニメキャラ笑顔献血呼びかけるポスターの方がまずくないですか?

http://www.machiasobi.com/events/kenketsu.html

これなんか今ワンピースを抜いてジャンプ看板といわれるほどの超人アニメキャラが呼びかけてますよ。

マイナー漫画キャラ煽りセリフを吐いてるポスターなんかよりはるかにまずくないですか?


何より、オタクしかからないオタクコンテンツポスターよりもっとまずいものがありますよね?

好感度高い有名人写真献血呼びかけてるポスターですよ。

武井咲新垣結衣、栄倉奈々、市川由衣深田恭子石川遼羽生結弦田中将大

若くて見目良くて能力あって好感度高い人たちが献血ポスターになって呼び掛けてるわけです。

彼等のファンはそれを見たら頭がポーッとなって献血行っちゃうかもしれませんね。

これは自発性を損なってると言わないんですか?

天下の羽生結弦のキメ顔の自発性奪取力が、宇崎ちゃん程度の三流漫画の安いおっぱいセリフのそれに負けるとでも?


本当にさえぼうさんがそれぐらい厳密で精緻レベルで「自発性喪失」を心配なさってるなら、

好感度の高い有名人写真採用にも今回以上に抗議してないとおかしいんですよ。

田原俊彦ぐらいの時代からずーっと若者アイドル使って自発性を奪取し続けてるんですから献血は。

たとえば献血ポスター画像をやめて社会的重要性や健康リスクだけを記載した文字ポスターたばこの注意書きみたいな感じ)にすれば自発性安全性結構まります

そういうポスターが正しいんだという立場は真面目にアリだと思いますよ。でもさえぼうさんはそういうことをこれまで言ってたの?


日頃からそういう議論を展開してない、

羽生結弦新垣結衣らの戦略兵器レベルに高い自発性奪取力は看過しておきながら

その人たちに好感度知名度も遠く及ばない3流漫画自発性奪取力だけを心配するというのは

オタクコンテンツにだけ別の基準持ってると疑われても仕方ないですね。


3.「どうして不都合事態予測できるのか、私には全く納得できません」

 なお、これについて「このポスターに反対することで献血量が減る、どうしてくれるんだ」ということを言ってきた人がたくさんいましたが、多少理念にもとづいてデザイン改善した程度でどうして「献血量が減る」ことが予測できるのか、私には全く納得できませんので、対案を出す必要などは一切、感じません。

これは全く同感ですが、同じ基準でさえぼうさんによる自発性奪取批判をチェックするならば

多少人の欲望にもとづいてアイキャッチ改善した程度でどうして「自発性が減る」ことが予測できるのか、私には全く納得できませんので、対案を出す必要などは一切、感じません。

とならへんか。


から自分への批判に対する現実味チェックと同じ程度の厳しさを

自分から人に発する批判にも持てないですか?


それで笑っちゃうのが自分の主張の最後唐突

なお、私はこれについて日赤デザイン理念合致しないので問題があるという話をしており、これを見て性的好奇心劣等感をかき立てられた人が献血しかねないとか、この漫画広告に使うべきでないとかいうような話は一切、していません。全部日赤責任があると思います

こんなことだけ付け足してあるんですよね。

おいおいこれで自分の主張への現実性検討だけは回避したつもりなのか。

まあ理念の話なんだってことにしても、有名人ポスター自発性理念チェックから逃れられないため、追い込まれ場所は一緒だと思います

自分の主張にだけそんなせっこい逃げを打つのは、どうせ逃げられない上にダサくなるだけの悪手ではないですか。


他人から批判現実性や確実性の観点から却下するんだけど、

自分の主張だけは理念の話をしてるのであるから現実性検証されるのすら不当なんだってさ!

こんな便利であほらしい防衛線を真顔で張るというギャグ、私も事故か老化で脳細胞が激減した暁にはやってみたいなあ。



4.余談

1. どうして私が献血にこだわっているのか

私が生まれた時、母親が輸血で肝炎になりました。母親はしばらく入院し、その後

今それ関係ないしどうでもいいでしょ、そういうの。

対立的な議論の時に自分シリアスな身の上話をフレーバーにする人間詐欺師かアホだと思っています


5.余談2

でもさえぼうさんは他のほとんどの人よりずっとずうーーーーっとマシです。

「私はこれこれこういう理由でまずいと思う」ってきちんと説明たからね。

からこそ私もこうやって反論が出来てる。


付け人太田弁護士始め、

「何がまずいのか」「基準は何か」明言を避けて逃げ回る人間ばっかりでしたからね。

なんで避けるのかというとこうやって反論受けるのが怖いからです。

さえぼうさんは議論を逃げませんでした。

あなたベストです。

他のポスター批判の仲間達やそのレベルですらない尻馬サーファー達にはあなたの爪の垢も勿体ない。


追記

Arturo_Ui 誤読してドヤ顔晒す醜態は、末永く語り継いであげたい。id:saebouは「自発性を阻害する」点を批判しているのではなく、「"自発性に基づく"という前提があるのに、あの広告では不適切だ」と批判しているんだろうに。

そのさえぼうさんの防衛線については文中に触れてるからよく読んでください。3段落目です。

「前提や理念に反するところを問題にしてるんだ、現実での効果関係ないんだ」って言い訳でも結局同じとこに戻ってくるでしょ。

なんで商業CMみたいにイケてる芸能人写真で呼びかけるのはいいの? なんで粗品のような利益提供はいいの? 

さえぼうさんの宇崎ポスター批判と同じ水準の厳密さで問うなら当然駄目な筈だよね?


真っ先に飛び出てきた果敢さは偉いけど

この程度の文量を読み通すことも出来ないために

とっくに触れられてるところをドヤ顔で出してしまい一瞬で討ち死にってどうなんですか。

かえってさえぼうさんに迷惑掛けてますよね。

「やっぱこんなレベル馬鹿が持て囃してるのか」みたいに。

2019-11-05

献血ポスターの件、乳袋ってエロいけどエロくないのが面倒くさいところなのかなあ。

間違いなく性を意識した表現ではあるけれど、程度問題としてそこまでエロくはないっていうか。もちろん見る人の感性によるんだろうけど。

宇崎ちゃんってキャラクター巨乳であること=乳袋があることとそのキャラクター性とか密接に関わっているから、ポスター乳袋問題視すると宇崎ちゃんを選んだことに論点がずれてしまい、ややこしくなる。

乳袋否定キャラクター性の否定になるから乳袋否定すると宇崎ちゃんポスターに用いること自体疑問符がつく。

そもそも用いなければよかったのかもしれないけどなあ。なーんかこの程度のライン要求を呑みたくないんだよなあ。

乳袋って差別なのかなあ。女性を性の商品化している表現アイキャッチに使っているかダメなのかな。

よく分かんないんだよなあ。乳袋によってもたらされる差別ってのなんだよって話。

具体的に何なのかいまいちぴんとこない。黒人差別だと社会的地位の低さや理不尽暴力とかと繋がりやすいんだけど。

たぶんそういうことを反対派〈ゾーニング派?〉の人たちは言ってるんだろうけど、乳袋表現社会的地位の低さってのが感覚的に繋がらないんだよなあ。

二次元で描き表された乳袋と、実社会における理不尽待遇とだよ? 文章にするとますますよく分かんなくなる。

乳袋表現が公で許容されている社会は、女性性的欲求とを直接結び付ける感覚が許容されていることを示していて、ゆえに乳袋は公で表現されてはならないってことなのかなあ。

もしそうだとしたら、一部のフェミニストの人たちは一件後も次なる標的を見つけるだろうし、最終的に内心の自由にまで踏み込んできそうなんだよなあ。

そんな長いスパンでは問題を捕えていなくて、エロいことを思っていてもいい、ただそれを表に出すなってだけの話なのかもしれないなあ。というか、たぶんそうなんだろうなあ。

でもって面倒なのが、許容できるエロさに個体差があるってところなんだろうなあ。

件のポスターに反発している人たちには乳袋がもうダメエロさなんだ。ここでもう線引きしてる。

でも、乳袋ってエロいけどエロくないからなあ。エロに対する解像度というか、懐の深さというか、それが違うのが問題なのかなあ。

エロいのが嫌いな人に、もっとエロい世界を知ってくださいなんて言うのは直感的にダメだってわかるしなあ。

2019-11-02

A型O型血液ピンチ

 らしいです。施設内部に立て看板があった。@大阪場所によって違ったりするのかな?よく知らないけど。残念ながら僕はB型なのでピンチは救えなかったよ……

 行ける人は献血いこうね。

 例によって宇崎ちゃん騒動みてから献血余裕な自分でした。

 すぐ献血行こうと思ってたんだけど、生憎ひどい風邪ひいたので治って落ち着いてからってことで先日行ってきた。

 一応ポジションを明らかにしておくと、献血歴は二けたやっと乗る位のアラフォーヘテロオタクノベルティとしての例の絵は問題ないけどあのポスター配慮が足りなかった気がする派。太田弁護士のいう環境セクハラというのは当たらないと思う。1かゼロかの問題ではないので、話し合ったり意識調査なりなんなりして、都度都度ラインを考えましょう。このラインというのは法律第三者が強権的に決めるガイドラインではない。先日の4エントリ分の長文増田と大体同じ考え方。

 平日の昼過ぎに行ってきたので、献血に来てた人は高齢者が多く、リタイア済だろう男性・60手前ぽいおじさんが2,3人ずつ。あとは20後半~40前後女性が3人ほど。人込み嫌いなのであえて繁華街ではなく、住宅街にある所にいったのでこんなもんかという感じ。宇崎ちゃんキャンペーン10月末日で終わってるし、そもそも対象エリアじゃないので関連するような掲示物は何もなかった。

 前回献血から数年経って居たので、献血ルームってどんなんだっけってあれこれ観察してみた。行ったことある人ならわかるだろうけど、基本的献血ルームって病院と同じような場所。待合室+処置オンリーな感じ。壁とかも基本白くて清潔感あふれてる。張ってあるポスターもお役所かに張ってある、とがった表現の全くないおとなしい表現のものばかり。唯一、若い女性をアイキャッチとして使って、コラボしたポスターがあったんだけど、それが乃木坂48のもの。帰ってから検索してみたら、宇崎ちゃんみたいにクリアファイル配布してたみたい。下記リンククリアファイルの絵柄と同じポスターや、正確に同じだったかもう覚えてないけど小さなポップやパンフがあった気がする。

https://ken-love.jp/hatachi/about/index.html#sec-present

 自分3次元には声優ですらほぼ興味のない種類のオタクだし、秋元アイドル未成年エロい歌詞うたわせたりエロいグラビア取らせたりではっきり言って嫌いだけど、この絵柄だと文句の出ようは無いよなぁと思った。

 そんなお役所的な、尖ったもの排除された小奇麗な空間に、宇崎ちゃん3巻表紙のポスターがあったらって想像してみたけども、「やっぱすげえ浮くなぁ」というのが正直な感想。1巻2巻の表紙なら、煽るような表情ではなく、元気な笑顔だし、アングル的にも巨乳なのはわかるけど3巻表紙ほど、一般の人でもえっちな感じしないんじゃないかなぁと。

 そのへんから考えても、やっぱり本件ってTPO問題しかない、と自分は思うわけ。あのポスターエロいエロくないかは置いといて、乳を強調してるのだけはおそらく否定する人いないんじゃない?病院(に準じた施設)の表や待合室に乳強調掲示物あるのって、違和感無いといわれてもほんとに?と自分は思う。まぁ違和感があろうがダメじゃないからいいんだ!っていうのもそれは一つの意見だとも思う。

 ただ、ポスター表現主体日赤から掲示を決めたのは日赤だろうし、掲示を止めるとしてもそれは日赤判断責任しかないと思う。なので擁護派も批判派もあいトリの電凸のような暴力的にならないように気を付けてロビイング(メールを送る、電話する、署名サイトなんかで署名を集めて送る)すればいいと思う。自分は本件でなにか要望を送るつもりは無い。思うところがある人がそれぞれ意見したり、世の中の反応を参考に日赤妥当判断を下すという確信があるから暴力的圧力が加えられたらどっちサイドでも批難する。そんなもんかな。


 一つだけ、また余計な事を言い出す。冒頭のポジション表明で、本件は環境セクハラにはあたらないと書いたけど、それは一般人に対しての環境セクハラ献血ルームで働く人に対する環境セクハラにはなり得る可能性は否定できないと思う。自分が見た限り、献血ルームで働いていた人は合計10人ほどで、男性は問診担当医師と、看護師っぽい人の2人だけ。7割位の職員女性。何か所かの献血ルームに行ったけど、大体こんなもんだった気がする。問診担当医師はかなり年配の男性ばかり。事務献血実務を行う職員はほぼ女性。宇崎ちゃんポスターは、コラボ実施献血ルームではきっと乃木坂コラボポスターのように張られていただろう。そこで働いていた人がどう思ったかヘテロ男性の俺にはわからないが、そう受け取る人がいてもおかしくは無いんじゃないか、とは思った。

 まぁそんなこんなで久しぶりの献血は終わり。問題がない限りまた行けるときはできるだけ行こうと思う。少しの時間と、チクっとするの我慢するだけでいいことした気になれるしね。混んでさえなければ全血で合計3,40分、成分で120前後かな?待ち時間には置いてある漫画読んだり、無料ジュースお菓子をとることもできる。空いてたので1巻の半分ほどしか読めなかったけど、読んだことなかった働く細胞読んできたよ。

 そんなわけだから、行ける人は献血いこうね、特にA型O型の人。ピンチを救えちゃうよ!

2019-10-29

https://anond.hatelabo.jp/20191029132449 の続き

アファーマティブ・アクションとその後の世界

ところで、議論を混乱させるもう一つの問題として、アファーマティブ・アクションの話と、男女同権が達成されたその後の世界の話を混ぜて話している人がいるように見受けられる。たとえば、「必然性なく女性のみをアイキャッチ的に使うべからず」というのは、過渡期における一種アファーマティブ・アクションとしては、一定妥当性を持つと考える。一方で、真に差別解決した世界では、そのような配慮は逆に不要になるかもしれない。たとえば、「必然性なくA型の人のみをアイキャッチ的に使うべからず」というガイドラインは、馬鹿げている。そもそも血液型など誰も気にしていないからだ。性別問題も、真に男女差別がなくなった世界では、最終的にはそこに行き着くのかもしれない。類似の例として、アメリカなどでは、商品パッケージ人物複数掲載する場合人種の割り振りに対して神経質になるところがある。これは、特定人種のみをアイキャッチに使う場合人種差別助長しているとみなされる可能性があるからだ。現在ガイドラインとして策定されているこのようなルールが、既存の不平等是正するための措置であるという事実無視して議論を展開することは、好ましい姿勢とは言えない。また、このようなガイドラインを「女性アイキャッチに使うべからず」と極端な方向に誤読したり、「男性アイキャッチ的に使用するのはいいのか」と、誤読を元にしたミラーリングを行うことは避けなければならない。

このようなアファーマティブ・アクションそれ自体不公平あるいは不正義であり、そもそも認めない、という姿勢はあり得るかもしれない。また、単純に過度な配慮不要であるという意見もあり得る。例えば、過去に発生したNHKにおけるキズナアイ騒動人工知能学会誌の議論では、性的役割の固定に対する議論が行われたが、性的役割是正を求める批判派(アファーマティブ・アクション派といえるだろう)、とそこまでの配慮必要ない、あるいは(その後の世界では)むしろそのような配慮こそが差別である、とする擁護派の間で、意見対立が見られた。個人的には、この2つの個別の事例に対しては、過度の配慮であると考えている。一方で、批判派の言いたいことも理解できるので、批判自体には問題がないと考えているし、耳を傾けるべき指摘であろう。なお、特にキズナアイ騒動については異なる論点もあったようだが、その点についてはここでは議論しない。

件のポスター性的、あるいは過度に性的なのかどうか

議論の多くは、おそらく件のポスター性的、あるいは過度に性的かどうかに帰着するように思われる。そして、この点について、両陣営合意は、ほぼ得られていない。

擁護派の多くは、件のポスター性的ではない、あるいは性的な要素はあるとしても、問題になるほどには過度に性的ではないと考えている。一方で、批判派の多くは、乳袋や表情を理由として、ポスターは過度に性的であると見なしている。ポスターが過度に性的であると認められた場合女性差別につながる表現であり、セクハラにもなるかもしれない。一方で、そもそも性的でないのであれば、セクハラにも女性差別にもならないだろう。

巨乳はいけないのか。ポスター批判派は巨乳自体攻撃しているのではないか

巨乳それ自体がいけないわけがない。また、ごく一部の過激派を除いて、大多数のポスター批判派も巨乳自体への攻撃はしていないように見受けられる。この点を議論するのはあまり意味がないし、ごく一部の過激派意見のみを根拠に、相手陣営全体に対して「差別主義者」といったラベル付けを行うのは、誠実な姿勢とは言えないだろう。

擁護派はオタク表現に親しみすぎて、性的表現無自覚になっているのではないか

これは全員にとって非常にクリティカルな指摘である。正直なところ、私自身も自分認識社会の平均と合致しているかどうかの自信がない。ポスター擁護派のうち、オタクを自認する人たちの意見が気になるところである

例えば、「ビキニアーマー」は恐らく今となっては性的表現のように思われる。肌に密着した黒タイツはどうだろうか。乳袋も本当にセーフなのだろうか。境界線自分の中でもあやふやである。セーフな気もするし、性的な気もする。あるいら性的な要素はあると認めたとしても、過度に性的かどうかと言われると、過度ではなさそうか。みなさんはどうだろうか。

今後社会は(緩くなっていく|厳しくなっていく)

何を性的と見なすか、あるいは、何を過度に性的と見なすか、は個人どころか社会においてもあやふやであり、時代の変化にしたがって変化してく。

ポスター批判派は、(仮に今現在は認められていたとしても)今後このような表現社会的に許されなくなり、状況は是正されていくべきだと考えている。これは、過去には普通に存在していた、水着女性が(無意味に)アイキャッチとして使われていたビールポスターが、近年ではほぼ絶滅した経緯と相似形である

一方で、私は別の未来想像している。それは、このような表現が、むしろ緩く認められる社会になるのではないかということだ。近年すでに指摘されている通り、「オタク自体一般化しているらしい。それに伴って、乳袋のような表現に過度の性的な要素を見出す層が減っていく可能性がある。言うなれば乳袋ネイティブ世代誕生である。こうなった場合乳袋は広く認められた表現になる可能性がある。

ナミとセーラームーンが許されるのはおかしいのではないか

宇崎ちゃん性的であるが、ワンピースのナミやセーラームーン性的でない、という意見が見受けられる。これはポスター批判からも出ている意見で、ナミは性的ではないという意見が見受けられた。

ポスター擁護派は、ナミも宇崎ちゃんもどちらもが乳袋表現として用いていることから、仮に宇崎ちゃん性的なのであれば、ナミも同じく性的であり、ナミを公共の場で用いることは認めら得るべきではないと考えている。同じくして、ナミを認めるのであれば、宇崎ちゃんも認められないと一貫性が失われると指摘する。

ここで興味深いのが、ポスター批判派の中でも、この点については意見が別れているということだ。これは、ポスター批判派が用いている「性的表現無自覚になっている」人々というのが、ポスター批判派の中にも存在するという事を意味しているように思われる。ワンピースは非常に歴史がある作品であり、オタクだけでなく、社会的にある程度の知名度を持って受け入れられている。好きな漫画といえばワンピースという人も多い。そのため、本来は過度に性的表現を持ち合わせているはずのナミも、ワンピースという作品と共に社会に受け入れられてしまっている。ポスターに対して批判であるが、ナミについては認められるという人は、乳袋ネイティブ世代に染まりつつあるといえる。私自身は、もし宇崎ちゃんポスターが「乳袋女性性的に消費する表現である」として認められないのであれば、たとえナミであろうと、乳袋は許されないという姿勢を維持するべきであると考えている。ここで一貫性が崩れてしまうと、「(過度に)性的表現」の定義が非常に困難になってしまうため、合意が得られにくい。「ナミは(見慣れているから|みんな好きだから|明るいから|強い女性から)セーフ」という話になってしまった場合個人の「お気持ち」と揶揄されるのは避けられないだろう。

セーラームーンについてはどうだろうか。すでに指摘されている通り、セーラームーンも公開当初はブルセラを想起させるであるとか、露出が多いであるとか、性的表現についての批判女性からもあったようだ。現在では市民権を獲得しているため、このような批判が行われることはまず見かけないが、たしかに絵面だけ見た場合、肌の露出は大きい。セーラームーン使用した表現が公の場で許されるとしたら、なにが理由だろうか。

ポスター批判からは、男性からの人気を得るために胸が強調された(宇崎ちゃん|ナミ)に対して、女性が良いと思う服装女性に着せただけのセーラームーンは、性的消費には当たらないという説が挙げられている。これは、一理あるように思われる。セーラームーンは単に綺麗だったりかわいい格好をしているだけで、それを性的と見なすのは、見る方に問題がある、という考え方になる。韋駄天の例では、靴下を脱いだだけなのに、勝手にそれを性的と見なす男性陣によって問題が発生していたが、セーラームーンも同型だと言えるだろう。人には好きな格好をする権利があるのだから女性がどのような格好をしても、他人にどうこう言われるのは好ましくない、というのは理解できる。

本人の気持ちと背景情報

ここで、本人が望む格好は、どこまでなら許容されるべきであろうか、という議論がある。仮に、ある女性自分にとっては裸がもっと自然であると考えた場合、その女性を公の場に掲示されるポスター使用することは妥当であろうか。そして、その裸のポスターを過度に性的であると誰かが見なす場合、それは見る側の問題であろうか。これは、冗談ではなくて、例えばヌーディストビーチ議論においては、既に似たような議論が起こっている。現在日本において、恐らく多くの人は、裸の女性写真を公の場に掲示することは、本人の意志はどうであれ、過度に性的であると見なすであろう。裸は極端としても、例えば胸の谷間が強調された服装はどうだろうか。このような服装自発的に好む女性存在するが、公共の場ポスター使用することは適当であろうか。もし、そのような服装適当でないと考える場合、あるポスター評価する上で、本人の意思は、具体的な表現に劣後すると言えるのではないだろうか。つまり、本人が望んでいようとも、性的もの性的であると見なされるということである

ところで、海外の識者に宇崎ちゃんポスターを見せたところ、ネガティブな反応があった、という情報がある。ここで、気になるのが、同じ人物にナミやセーラームーンポスターを見せた場合、どのような反応があるか、である。宇崎ちゃんに対して否定的な反応がある場合、ナミやセーラームーンに対しても、これらの作品を知らない人からは同様の反応が帰ってくる可能性が、それなりに高いのではないだろうか。セーラームーンも、背景情報がなければ、過度に肌の露出が多い若い女性をアイキャッチに使っているだけのポスターに見える可能性がある。漫画アニメに馴染みのない人たちにとっては、ナミも宇崎ちゃんセーラームーンどんぐりの背比べに映るのではないだろうか。そのような人にとって、セーラームーンを許容するあなたは「性的表現無自覚であると見なされるかもしれない。

こういった観点を踏まえた場合、本人の気持ちや、背景情報といったものは、表現性的であるかどうかを判断する上では、必ずしも重要な要素ではない、と考えることは可能である。「勝手性的に見ている」という見方もできるが、多かれ少なかれ、だれもが自分の中の基準をもとに、ある表現性的かどうかを判断している。そのため、「勝手性的に見ている」こと自体を悪とする言説は、筋が悪いであろう。これは何も男女間にだけ発生するわけではなくて、世代間や宗教間にも発生する。そうであるならば、性的表現基準を考える上では、本人の意志や背景の文脈考慮するよりも、物理的な要素(肌の露出度など)を用いるのが妥当である、という見方もできる。

長すぎて自分もびっくりしたわ。まだ続くよ。

https://anond.hatelabo.jp/20191029132908

2019-10-21

萌え表現不自由展2019

前回、何故横にしたと突っ込まれたので縦方向改訂キズナアイ騒動以降の交戦について増補しました

追記:足りないネタ追記していきます。割と端折ってしまってるところもあるので、解説概要なのはもう少し必要かも知れない。

被害者戦端交戦経緯争点結果
人工知能学会表紙2013学会誌の表紙イラスト(Twitter投稿)人工知能可能性を表現したイラストか、旧来の女性観を主張するイラストかの議論。なおイラストレータは女性旧来のジェンダーに基づく女性差別女性蔑視編集委員会見解を表明。次号では女性ロボット目線イラストに。
碧志摩メグ2015現役海女フェミ団体明日少女隊」が公認撤回署名活動・提出2014年に登場したキャラだったが公認きっかけにフェミ団体問題視海女への侮辱性的搾取性的表現志摩市公認撤回現在ラッピングバスで起用、ゆるキャラ化。
のうりんコラボポスター2015美濃加茂市観光協会とのコラボ制作したポスター画像(Twitter投稿)コラボ企画過去にも行われていたが、ポスター使用されたイラスト問題視。なお掲示駅前一部のみで店舗配布数は17枚だった。胸部の強調による性的消費・性的搾取性的表現セクハラポスターイラスト差し替え制作コラボ企画実施
女子高生探偵シャーロットホームズ冒険日本版表紙2016海外小説日本語版表紙イラスト(Twitter投稿)萌えイラストへのお気持ち表明。性的表現原作者への侮辱原作者大喜び。
駅乃みちか2016鉄道むすめ用の描き下ろしイラスト駅に掲示されたポスター等ではないにも関わらず、東京メトロで張り出されると誤解・曲解し開戦。また表情や陰影といった技法についての感受性乖離による交戦もみられた。性的搾取性的消費・性的表現、表情やポーズ扇情的か、スカートの陰は透けであるスカートを単色に修正したが後の鉄道むすめ企画では東京メトロ版みちかイラスト使用
レーティッシュ鉄道2017スイス私鉄採用した萌えキャラ画像駅乃みちか問題延長戦性的であるかどうかの違いとは何かを問う。駅乃みちかとの違いは何か不明
ジャンプゆらぎ荘の幽奈さん巻頭カラー2017少年ジャンプ掲載内容弁護士編集部への抗議を主張。少年漫画誌に於ける性的表現女性蔑視・性差別不明
(参考事例)日向市サーファー動画2017日向市PR動画CM/PR動画におけるポリコレ炎上が続いた中、ポリコレ的に正しいと弁護士が絶賛・見習えと主張したことから別件との違い、本当に差別性は無いのかを問う。散々批判されてきたルッキズム性的搾取には当たらないのか反論するフェミ側より「表現の受け取り方は人それぞれ」「あなた要求したわけではない」との言葉が出る。
境界線上のホライゾン表紙2018書店平積みされたラノベ表紙を娘が気持ち悪いと指摘(Twitter投稿)性的搾取性的消費・ゾーニング、公の場所定義といった議論へ。性的表現性的搾取ゾーニングキズナアイ騒動接続
ノーベル賞受賞解説でのキズナアイ起用2018性的に強調されたアイキャッチNHK使用する事への弁護士による疑義武蔵大学社会学部教授キズナアイは適役ではなく炎上であるとするコラム記事yahoo掲載女性蔑視の萌えキャラである中日新聞記者同調したが後に教授聞き手女性であることへの問題提起であると主張。過去投稿から社会学論文に於ける慣習についての疑義へと発展。性的表現性的搾取・聞き役を女性に当てはめる事に対しての性差別小競り合いを繰り返し終戦キズナアイ秋葉原バーチャル観光大使に任命される。
プリキュア抱き枕2018抱き枕(公式販売グッズ)抱き枕は成人男性向けの商品であり性的搾取であると主張。抱き枕は誰に対しての商品か。ディズニー任天堂抱き枕商品製作していることが確認された。
湯ノ花幽奈フィギュア2019ジャンプフェスタ2019でのフィギュア展示(Twitter投稿)フィギュア女性のモノ化であり、ジャンプ読者は少年が想定されることから悪影響を主張し開戦。女性のモノ化(人格人権無視)を植え付けるものフィギュア販売済み
なんでここに先生が!?等身大パネル2019等身大パネルはお触り自由との作品公式アカウントのTwitter投稿「お触り自由」の文言女性キャラクタが描かれている等身大パネル問題視され開戦。アニメジャパンでの展示であることからファミリー向けアニメ目当ての親子連れも目にすると誤解した主張も見られた(ファミリー向け作品対象としたイベントは別エリアで「ファミリーアニメフェスタ2019」が催されており両者は別イベントである)。公の場での女性蔑視、性的暴行性的消費公式Twitter華麗にスルー
「宇崎ちゃん献血ポスター2019弁護士公共空間での環境セクハラと主張(Twitter)これまでと同様、当の弁護士による宣戦布告後は周囲で様々な論点での殲滅戦が起きる形式となった。文春オンラインが発端(弁護士が主張する際に引用された英文投稿)の米国人インタビューを行っており『本屋一角原作漫画を見かけたとしても、「好みは人それぞれだから」で済む話です』との発言を残している。大きな胸を描くのは性的か、性的であることは自明であるのか他。赤十字社は抗議には取り合わず。小競り合いを繰り返し次の火種に繋がると思われる。





参考文献:

人工知能学会の表紙は女性蔑視? https://togetter.com/li/607736

碧志摩メグ炎上問題三重県志摩市)まとめ一覧 https://togetter.com/li/873570

日本版女子高生探偵シャーロットホームズ』の表紙に対する一部の批判 https://togetter.com/li/1024743

駅乃みちか問題まとめ https://anond.hatelabo.jp/20161018105236

ゆらぎ荘の幽奈さん」(週刊少年ジャンプNo.31 巻頭カラー炎上問題/まとめのまとめ https://togetter.com/li/1127474

ポリコレ物語の結末 https://togetter.com/li/1145999

フェミプリキュア抱き枕問題ないとする人はディズニーキャラクターで抱き枕作っても問題ないのか!」https://togetter.com/li/1281640

【またお前らか】『なんでここに先生が!?』のブースツイートに、いつもの連中がイチャモン付けに来た。https://togetter.com/li/1331836

2019-10-19

性的に見てほしくない、と思っているのは東アジア女性に多い

アメリカだと性的セクシーに見られるのは美人証拠で、むしろほこらしいことだとされる。

もちろんアメリカでも、女性性的シンボルとしてアイキャッチに使うような広告や、そのような発言表現は厳しく糾弾される。が、それはシンボル化がいけないのであって、女性性的に見ること自体までは糾弾されていない。ここの線引き。フランス人が「口説く権利」とか言ってたが、おそらくこういう発想から来てると思われる。

性的に見ることに問題はないが、シンボル化はダメだ。

翻って日本体感では韓国中国など東アジアの国々では、儒教的なアレで性的なことがアレされてきたせいか女性にとって性的に見られること自体ハードルが高い。よって、社会に求められる性的に見ないハードルもまた高い。

そういうイメージ

2019-07-04

https://anond.hatelabo.jp/20190703202308

貼ってあったnote文章読んだけど、文章自体は読みやすいのに画像が多いなと思った

あとnoteホームタイトルアイキャッチだけをざっと見ると批評的な文が妙に多くて怖かったな

noteに限っていえば各エントリいらすとや複数使うよりアイキャッチ用のCC0の写真1枚の方が本文へはリーチされそう

2019-05-05

2019年アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その2

2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その1 からの続き )

 

ひとりぼっちの○○生活

 クソザコナメクジ中学生クラスメイト攻略シミュレーション1話にしてタイトル詐欺、というわけでもない。友達100人できるかな原作者は「三ツ星カラーズ」でお馴染みカツヲ。良い最終回だった

 制作C2C。先のアニメはるかなレシーブ」の元請け。ちなみに監督はるかなレシーブ10話の絵コンテ担当した安齋剛文。はるかなはスポ根系だったのでかなり動きのある作品だけど、本作は主人公の表情がよく動く。怒涛の感情変化で魅せるため、敢えて話のテンポゆっくりしているみたい。かわいい演出的には三ツ星よりコミカル表現が多く、この辺もはるかなレシーブっぽいかも。キャラデザは違う人だけど、両作ともキャラ雰囲気も似てる。

 脚本モノローグ定評のある花田十輝1話の半分以上主人公モノローグじゃね。てかOP曲名になってて草。主人公中の人森下千咲)は新人さんで、1話台本を読んでセリフ量の多さにびびった話すき。

 劇伴MONACA高田龍一ハナヤマタ 田中秀和WUG灼熱の卓球娘。つくづく田中美海と縁のあるMONACAである劇伴かわいいテイストはわりと三ツ星カラーズのそれに近いかも(カラーズの劇伴:美知留)。

 主人公クソザコナメクジっていうアニメは去年も結構あったのでそれらと比べると、「スロウスタート」は周囲と比べて主人公の影が薄く、あわあわしてる主人公の手を周りの優しい人達が引いてくれて、徐々に友達の輪が広がっていく話。「ちおちゃんの通学路」はもはやすべて諦めたので教室にたどり着くことすらない。全部まななのせい。登場人物がほぼ全員やべーやつ。「こみっくがーるず」は学校に居場所を見いだせない主人公漫画家寮の中で居場所を見つける話。に対して本作はクソザコナメクジながらも能動的にクラスの子達を一人ずつ頭脳プレイ攻略していくお話。ただし頭のネジが飛んでいるので、必ず視聴者の予想の斜め上を攻めてくる。必ず。

 三ツ星カラーズにもいたけど、頭のネジが飛んでるかわいい子が多い。特に2話から主人公情緒不安定さ、不器用さ、行動原理不明さがマッハで、わりと理詰めで考えがちな私からするともはやミステリー作品であるマジで、なんで縦笛持ってたの?あとなんで体操服に着替えたの・・・?何らかの意味があるはずなんだけど、丸一日考えてもわからなかった。今期最大の謎である

 あとカラーズは毎話、三人組の服装が違うっていうやばいアニメだった(キャラデザ大変だったらしい)のに対し本作はほぼ制服。でもかわいい中学1年生によくある「成長を見越して大きめのサイズになってるせいで全体的にダボッとした制服」をちゃんと絵にしてて好き。特に主人公が小さい。そういう描き方をしてる作品って、最近だと「ヒナまつり」くらいかもしれない。あれいいよね。

 

フルーツバスケット 1st season

 原作者要望によりスタッフ一新原作準拠最後まで製作予定。制作スタジオディーントムス・エンタテインメントに。(本作に限らず)仮にこのアニメ面白かったとして、それは”旧作が面白くなかった、あるいは本作が旧作より優れていることを証明した”ことにはならない、という前提で観てる。1話冒頭の「行ってきます!」だけでもう泣きそう。2話で泣いた。

 1話冒頭の「行ってきまーす!」だけでもう泣きそう。2話で泣いた。1話からノルマ達成。1話シナリオは旧1話とだいたい一緒なので見比べやすい。主人公を中心に徐々に打ち解けていって、あの家がみんなの居場所になっていくお話

 大地丙太郎監督下のアニメ(めいこい面白かった)はコミカル表現を多用し、優れたテンポ感のあるアニメだったのに対して本作はかなりリアリティ寄りに仕上がってて、コミカル表現は少なめ。朝のシーンも夕方のシーンも太陽光が射す角度までちゃん計算しててエモい仕上がりに。特に目を引くキャラデザの違いは原作者意向で今風にリブートされているため。透のキャラデザでいうと、リボンの色が青→黄色に。特に髪型に相当気合が入っている。短めの前髪ぱっつんめっちゃ好き。寝てるときの髪の毛も、三つ編みの書き込みもすごく丁寧で可愛い。あと2話の夾くん初登校シーンで咲ちゃんが透の髪をコテで縦ロールにしてるシーンすき。

 そんな透を演じるのは石見舞菜香彼女は去年の劇場版アニメさよならの朝に約束の花をかざろう」で初主演の新人さん。さよ朝の演技でいうと「一日中仕事を探して周りへとへとになって帰ってきたら、息子が仕事道具を勝手に広げて遊んでたのでついキレちゃったシーン」がめっちゃ好き。本作は日常パートギャグ)~シリアスパート(凄くしんどい)までかなり幅広い展開の話なので、もう楽しみ。あと由希くんが変声期を迎えました(CV.島崎信長)。

 学校のシーンで言えばモブ学生がみんな手書きな上に学校風景を作るための装置として機能してて、旧作との如実な違いに感じた。また遠くのモブ作画が崩れてない気合の入りよう。おまけに背景はPAWORKS作品でお馴染みスタジオ・イースターPA作品以外で見るのは結構珍しい。2話はイースターBamboo。2話は背景が遠くまで見えるような画角が多い(あんまり背景を省略してない)。家の前の階段と、両脇の木々と、遠くに広がる町並みとか。環境音も丁寧に付けられてて、この世界空気を感じる(音響効果古谷友二)。ココらへんに高い熱量を注いでいる作品みたい。要約すると「大人っぽいフルーツバスケット」。

 OPは旧OPと同様リリカルな感じ。やさしいせかい劇伴も非常にエモい音楽横山克)。同氏の劇伴でいうと「亜人ちゃんは語りたい」に近い感じ。作品としては「フルーツバスケットの諸問題がある程度解決した後の世界」=「亜人ちゃん」みたいな感じ?あの音楽がすっげー好きだったので嬉しい。

 

ぼくたちは勉強ができない

 1話あらすじ:ひょんなことから「五等分の花嫁」1話みたいなことが起きました。学校でも屈指の変わり者である女子たちと華の学業生活をするラブコメ

 制作stシルバー。元々エロゲを作っていた会社アニメ制作へと華麗に転身したみたい。話題OP絵コンテ松竹徳幸で、同氏の経歴を遡ってみたら、「はっぴ〜ぶり〜でぃんぐ」っていうアダルトゲームアニメーション演出stシルバーと繋がってたりする(Wikipedia調べ)。

 そのOPだけど、3人のヒロインが持つ個性を指の先まで丁寧に描き分けていてめちゃくちゃすごい。「ああ、この子は繊細な子なんだな」「ああ、この子は快活な子なんだな」っていうのが冒頭の、寝起きの背中を見ただけでわかる感じ。この書き分けは勉強してるとき一瞬映るノートの内容まで踏み込んでいて、文字の癖からノートのとり方まで違うし。一番好きなのが、うるかプールから顔を出してちょっと笑いながら前髪をぎゅってするカット。私が水泳部だった頃の記憶では、たいていの人は帽子とったら髪を前から後ろにかきあげてたんだけど(だって邪魔だし)、うるかが!前髪を!ちょっと気にして!!ぎゅって!!可愛すぎかよ!!!

 制作会社の遍歴的に「エロアニメかな?」って思ってたんだけど案外そうでもなくて、例えば同じ週刊少年ジャンプ連載作品ゆらぎ荘の幽奈さん」と比べてかなり控えめ(もちろんゼロではない)。今期の高校生ラブコメでいうと、なんここ>>淫青ちゃん>ぼく勉。青ちゃん比較すると、青ちゃんが作中マジで勉強出来ないのに対して本作はかなり勉強してる。ドラゴン桜ほどじゃないにしても、2話クレジットに”参考文献:「行きたい大学に行くための勉強法がわかる高校一冊目の参考書」”ってなってるくらいには気合が入ってるみたい。4人がお互いに足を引っ張り合うわけでもなく、好きな彼を陥れようとするわけでもなく、極度に性的ないたずらをするわけでもなく、仲良く勉強してる感じが凄くすき。それに対する主人公リアクションが割とリアルで好き。心の中では阿鼻叫喚だけど顔には出さない感じとか。流石に白銀会長ほどウブじゃないけど。

 監督はみんな大好き岩崎良明シリーズ構成雑破業担当してたり、かなり気合を感じる。去年の岩崎良明監督作品だと「ラストピリオド」がブラックコメディ作品だったけど、あれに恋愛要素を足した感じで結構コメディ寄り。コミカルギャグ演出可愛い面白い。特に停電のくだりが好き。でも恋愛要素はあくまで「青春の1ページ」で、多角的に描かれている思春期の一部っていう感じがある。「亜人ちゃんは語りたい」の町京子みたいな。ちなみに本作のヒロインあんまり悩まずカラッとしてる。そこらへん五等分の花嫁と比べてテンポ感重視な仕上がりみたい(あっちは「最終的に全員と和解できるのか…?」っていう縦軸になっていた。11めっちゃエモかってん)。そのため物語の導入部分もざっくり。振り幅のあるギャグパート青春パート劇伴雰囲気がガラッと変わる感じがすごく良かった。

 アイキャッチかわいいハナヤマタとかこみっくがーるずもそうだけど、漫画の一コマみたいなやつ良いよね。2話のアイキャッチうるかやばかった。本編と関係ないけど、d’アニメストアで配信されている2話のサムネうるかめっちゃ可愛かった。

 

ワンパンマン 第2期

 ヒロイズム群像劇ワンパンマン1期の13話~。ガロウ編。せっかくなので前回の最終回を観てね。見比べる理由として、1期と2期で監督夏目慎吾櫻井親良)、制作スタジオマッドハウスJ.C.STAFF)が違う点がある。夏目慎吾率いるマッドハウスは、先のクールで「ブギーポップは笑わない」を制作していたので多分その関係かと思われ。2期としておきながら配信等で13話…と表記ゆれがあるのは多分このせい。ブギーポップ面白いからね、仕方ないね

 ほんとモブが活き活きしている。作画もそうだし演技もそう。本作における魅力の一つ。そして1話(13話)はみんなのアイドルキングの話。原作ONE)→ジャンプ版(村田雄介)→アニメと見比べると、特にキングキャラクターがどんどん魅力的になっていく。彼は普段表情やセリフ感情が乏しいので、アニメ化によって情報量が増えたことで魅力が倍増した感じがある。実質主人公。そんな1話が最高だった。サイタマキングの、最強と最弱の対比マジで好き。あの二人がゲームしてるシーンが原作の頃からずっと好きなので、アレ見れるの嬉しい。対比で言えば、作中パワーアップするヒーロージェノスとキングくらいしかいない(特にキングインフレやばい)。ガロウもまたハゲマントとの対比として印象的だよね。そういう意味では一貫して群像劇としての面白さを失わない作品。余談だけど、ONE氏による原作更新再開した模様。

 ONE原作アニメモブサイコ」も大概やばかったけど、アレや1期と比べると作画力でぶん殴ってくる感じは控えめになっている。というか1期の作画どうなってんだあれ。1話の鬼サイボーグが戦ってる感じ、エフェクトもりもりでめっちゃかっこよかった。爆風や粉塵作画好き。1期と比べると群像劇としての側面が丁寧に描かれている印象で、特に2話のフブキすき。主人公のやる気ねえ感じとフブキの勝手に鬼気迫ってる感じのギャップでどうしても笑っちゃう

 

世話やきキツネの仙狐さん

 中野日常悪魔の囁き、幸福の形、見る堕落制作動画工房

 あらすじ:小林さんちのメイドラゴンみたいなことが起こりました。押しか同居人との共同生活を描く日常アニメ

 公式ラジオで千孤さんの中の人和氣あず未)が「おばあちゃん感を意識して演技してというディレクションだった」て言っていたけれど、メイドラゴン小林さんが押しか彼女(妹?妻?)に「洗濯っていうのはこうやるんだ、わかった?」と手取り足取り教えてたのに対しこっちの仙子さんは「おかえり、ご飯温めるから着替えちゃいなさい」「忙しいのはわかるけど、ちゃん朝ごはん食べなさい!」みたいな感じで完全に立場が逆。あとメイドラゴンギャグ全振りで本作は癒やし全振り。脚本中村能子だけどラブコメではなさそう。いや、ラブコメかもしれない。

 動画工房最近も割と幼女を扱った作品が多かったけど、その中でもダントツ背徳感がある。なぜに狐=のじゃロリなのか。監督は越田知明。監督を務めるのは続とうらぶに続き2作目。同氏が絵コンテ担当した「アニマエール!」7話がめっちゃ好きなので嬉しい。スーパー1000個さんタイム(以下SSST)を思いついたのは監督だろうか。SSST特に視聴者を癒やし切るまで絶対に返さない」という強い意志を感じる。これ応援上映やってくれねえかなー。キンプリのような破壊力がある。

 夜の駅前めっちゃリアルクレジットを読む限り背景は自前っぽい?「自宅などの狭い個室で話の90%を展開するコメディ作品ばっかり作ってる」でおなじみ動画工房がついに背景も描けるようになっちゃったのだろうか。

 背景に限らず、全体的にリアリティが強め。職場のやり取りとか、終電の駅のホームとか、主人公によるセリフの多くが「ハァ…(疲労困憊)」みたいな感じとか。諏訪部順一の「くたびれたおっさんの演技」めっちゃ良いよね。自室も小林さん家と比べてリアル。そんな「一般的社会人」として感情移入しやすく描かれた主人公の前に仙子さんが現れたもんだから、とてつもない幸福感に襲われる。多分、仙子さんは現代風にリブートされた幸福化身なのだろう。家に帰ると「おかえり」と言われる/何も言わずともご飯を用意してもらえる/しかもおいしい/おかわりもある/「お風呂入りなさーい」「朝ごはん食べなさい!」と諭してくれる(ときに叱ってくれる)/見返りを一切求めないメイドラゴンは「一緒にいたい」という見返りを得ている)etc。要は、かーちゃん或いはおばあちゃんリアリティラインめだからこそ強烈に刺さる。母親が一緒に居てくれた時間より隠れちゃってから経過した時間の方が長くなった身としては特に2話の耳かきヤバい。つい母親を思い出して「それ以上パーソナルスペース踏み込むな!人間に戻れなk・・・あんぎゃあああああああ!」ってなった。

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