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2019-04-20

KKOと活気ある街作り

キモくて金のないおっさん」と「活気ある街作り」の関係性について考えてみる。

KKOとくたびれた感

KKOにはくたびれた感がある。

くたびれた感を別の言葉表現すると

となるだろう。

過酷労働に疲れ果てトボトボと帰宅するKKO

「家に帰ってもなにもやる気が起きない」

KKOと聞けば、そういうシーンを連想する。

容姿に優れない」「経済的に優れない」「中年男性」という3条件を満たしていても「KKOらしさ」のない人間もいる。

例えば「見た目のよくない売れない中年芸人」などがそれである

「見た目のよくない売れない中年芸人」は「キモくて金のないおっさん」という条件を満たしながら「応援」されて成功する場合がある。

KKO応援されない」という言説への反例と言えよう。

逆にKKOの条件を満たしていなくても「くたびれた感」があると忌避される。

容姿絶対的基準がないことは、あえて言うまでもないだろう。

金を持っていても「くたびれた感」があれば周囲から嫌煙される。

年齢について言うなら、おっさんもかつては若者だったのだ。

(KKOは「おばさん」も含む場合がある。性別重要ではない)

すなわちKKO構成する3条件とは、根本的なポイントではない。

KKOらしさ」は「くたびれた感」によって規定される。

3条件を満たしていても「くたびれた感」がなければKKOらしいとは思われない。

くたびれた感と活気

くたびれた感の反対を考えてみると「活気」ということになる。

活気を別の言葉表現すれば

となるだろう。

個人レベルKKOを脱却したいのなら「くたびれた感」を消して「活気」を出さなければならない。

よく「見た目には清潔感が大切」と言われるが、それは本質的ではない。重要なのは「活気」である

KKO自業自得」という言説も「活気」を出せば解決できるという理屈に基づくのだろう。

世間にとって「活気がない」=「悪」というのはあえて言うまでもない自明の理なのである

から、そこはわざわざ語られない。だが、心当たりはあるだろう。

シャキッとしなさい。元気を出しなさい。背筋を伸ばしなさい。笑顔を絶やしてはいけません。

ただしKKOもなにも好き好んでくたびれているわけではないのかもしれない。

強いられている「低賃金長時間労働」が原因と考えることもできる。

KKO低賃金長時間労働については鶏と卵の関係なのかもしれない(その辺は後述)。

「活気ある街作り」という流れ

本邦では「活気ある街作り」が試みられている。

いったいなぜ「活気ある街作り」を目指しているのか明確なところはわからない。

しか大衆に「活気ある街作り」=「善」と認識されていることは確かだろう。

元気のある街。笑顔のある街。24時間営業バーゲンセール。ケバケバしい看板

「活気ある街作り」とは、こういう方向性だ。

KKOはよく「弱者救済」の文脈を持ち出す。

しかし「弱者救済」もそれ単体で存在するのではない。

「活気ある街作り」という大きな流れの中にあるものひとつが「弱者救済である

活気ある街作りと弱者

「活気ある街作り」と「弱者」の関係を考えてみよう。

まり「活気」を演出するツールとしての弱者である

子供」「老人」「身体障碍者」「女性」の例で考えてみる。

子供が「活気」の象徴であることは、説明するまでもない。

子供の声は騒音ではない」という言説が一定の支持を得るほどだ。

ゲームばかりやってないで外で遊びなさい」という理屈も「活気ある街作り」という文脈に繋がる。

「元気に走り回る子供」の姿は活気を感じさせる。

老人はそれ単体では活気ではない。

しかし老人が出歩くことは「年齢というハンデに負けずアグレッシブ活動」という意味を持つ。

また老人が存在することで「助け合い」という「活気」を演出するイベントが発生する。

例えば「若者が老人に電車で席を譲る」という行為は「活気」のあるシーンである

創作物の中でも「大きな荷物を持った老人が横断歩道を渡るのを助ける」シーンを幾度となく目にしてきたはずだ。

身体障碍者についても老人の場合と、おおむね同様である

「ハンデをものともせずアグレッシブ活動する」ことは「活気ある街作り」という方向性である

また「車椅子に乗った人を手伝う」のは活気を演出する「助け合いイベントである

一方で精神障碍者身体障碍者ほど受け入れられてはいないのが実情だろう。

それは「助け合い」という活気を印象付けるイベントとあまり関係がないからではあるまいか

女性存在もほかの弱者と同様に「活気」を演出する。

女性存在は「女性が一人で出歩けるほど治安が良い」という意味合いで活気の演出となる。

また「女子高生」などは「活気」のシンボルアイコンとして用いられがちだ。

「飛び跳ねる女子高生」は活気の象徴だ。

権利を求める一部女性の「活動」は良く言えば「アグレッシブ」、悪く言えば「狂犬」だ。

だが、それでも「元気があってよろしい」ということなのだろう。

くたびれた感よりも「攻撃的で噛み付く」くらいの方が好感をもたらす。

ところで、すべての女性弱者として救済されているかというと、そうでもない。

女性の中でも「くたびれた感」のある人間は救済されない。

それは「活気ある街作り」という目的合致しないためだ。

活気ある街作りとKKO

さて、ここまで読んできたら恐らく気づいただろうが「KKO」=「くたびれた人間」は「活気ある街作り」という方向性には合致しない。

くたびれた人間は「活気のなさ」の象徴である

くたびれた人間他人を助けもしないし、助けられもしない。

くたびれた人間の周囲では「助け合いイベントが発生しないのだ。

(なお「仕事に疲れてくたびれた人間」が助けられるシーンは活気とは言えない)

くたびれた人間の中には「仕事で疲れているのだから暇な老人に席を譲る必要はない」と公言するものさえいる。

もしも、くたびれた人間に金を与えたらどうなるか?

「つらい、しんどい疲れた」と言いたがるタイプが街に出歩くことになる。

よくよく考えてみると、日本の街には「休憩する場所」があまりないように思える。

「休憩」は活気ある街づくりからは遠ざかる方向性であるためだろうか?

疲れやすタイプ人間を出歩かせないために、どうすればいい?

金を与えてはならない。暇を与えてはならない。

面接の段階で「くたびれた」タイプ人間は弾かれる。

くたびれたタイプには出来るだけ出歩いてもらいたくないからだ。

さて「くたびれた感」は低賃金長時間労働によってもたらされるのか?

あるいは「生まれ持った気質なのだろうか?

世間は恐らく「くたびれた感」を生まれ持った気質判断しているのだろう。

KKOは「KKOに金と暇を与えても活気ある街作りには繋がらない」と認識しているはずだ。

現状を踏まえて待遇改善要求するなら「金と暇があれば活気ある街作りに協力する」という姿勢を示すのが有効だろう。

まずは応援したいと思わせなければ、助けてはもらえない。

なぜ「活気ある街作り」を目指すのか?

近年では工業立国の先行き不安とともに観光立国を目指すべきであるとの声が出つつある。

美しい国」。国全体がそういう世界観アミューズメントパークを目指している。

ヒントはいくつかある。アニメで言うなら「クールジャパン」「聖地巡礼」もその一環だろう。

「活気ある街作り」の集積によって美しい国が実現される。

観光立国を目指した都市景観を考えると「くたびれた人間」は存在してはならない。

活気ある街作りとは矛盾が生じるから「くたびれて帰宅する人」の姿を目にしたくない。

から場所時間帯をずらしてもらいたい。

くたびれた人間を隠したい気持ち特に観光」を意識する人種ほど強いだろう。

観光に携わる人間ほど「景観に害を与える」くたびれた人間を敵視しているはずだ。

さら政治家資産家などの決定権を持つ人間観光を強く意識しているだろう。

そのような人間が決定を下すからKKOはいつまでも救済されない。

根本的には、そろそろ「活気ある街作り」という方向性自体を見直すべき時期であるように思う。

他国観光立国を見ても必ずしも活気ある街作りを目指す必要はないように思える。

観光には活気どころか「ゆったり感」「のんびり感」の方が求められているのではあるまいか

さら少子高齢化の加速する日本において今後も「活気」という方向性勝負するのは厳しいだろう。

KKO積極的に「カメラへの映りこみ」を狙うべきだろう。

都市景観を守るためにKKOを隠す」方向性が無理となれば「KKO存在にあわせた都市景観」を考えなければならない。

結局のところビジョンとは映像なのである

「活気ある街作り」という映像リアリティをなくしてしまえばいい。

KKOはどうすべきか?

  1. 活気を演出する(個人アプローチ)
  2. 「金と暇があれば活気ある街作りに協力する」という姿勢を見せる(社会的アプローチ適応)
  3. 「活気ある街作り」からの脱却を目指す(社会的アプローチ・改変)

2019-04-15

高給とか高学歴といった、男社会的価値観での成功意味わからん

いや高学歴も高給も男も女も関係なく成功シンボルじゃん。知と金やで。そういったものを女が男に求めるのは矛盾、というブコメだったが、ますます分からんぞ。男とか女とかトランスとか男の娘とか関係なく誰にとっても貴重なものだしパートナーに求めるのは性別関係なく自然なことでは?

2019-04-08

anond:20190408133859

お前らが増田で消耗してる間にanonはOKサイン違法化したしな 次はレインボーナチズムシンボルにするらしいぞ

けものフレンズ2の悪意とはなんだったのか

先に言っておくと、100%邪推

けものフレンズ2に悪意があったかどうかという話をする前に確認必要な3点がある。

1つは「誰の悪意か」もう1つは「誰に対する悪意か」そして最後に「悪意とはそもそも何なのか」だ。

順を追って考察していく。

まず「誰の」。

これはもっともわかりづらい。情報が少なすぎるからだ。内部の、それもかなり上流の意思決定観測できる立場人間でないと、これを多少なりとも正しく認識することは不可能だろう。

だが、一般論としてプロジェクトのものに対して作家性を出せるほど最上流に近い立場がどこなのかはわかる。監督プロデューサー原作者出資者だ。これは大雑把には後になるほど上流にいる、と考えて差し支えない。

じゃあ後の方が…と考えるのはまだ早い。上流に行けば行くほどプロジェクト全体の舵取りができる立場になるのは事実だが、それは個々の部分に手を出すことができないほど図体がでかい、という意味でもあるからだ。原作者にある権利は全てを無に帰すボタンを持っているというだけ、と平野耕太も言っている。

次に「誰に」

これは悪意の存在のもの否定するのでもなければ論を待たず、「アニメ一期」だろう。ここに「一期のファン」を含める向きもないではないが、流石にそれは被害妄想、というよりは加害者存在妄想と言っていい。そこまでを悪意の射程に収める意味がない、というか入れなくてもそれくらいの被害は出せるからだ。

その上で、考慮に入れなければならないのは一期のさらに前…すなわちNEXON時代けものフレンズだろう。言うまでもないがNEXONアプリけものフレンズはなんだかんだであまり成功とは言えず、無料化からサービス終了という結果になった。この経緯の悪あがき感、そして終了後に放送されるアニメというのを見ても関係者のデターミネイションはかなり強かったと言えるだろう。最初に立ち上げた時点での絵図自体がかなり大きかったというだけなのかもしれないが、だとしてもそれは原因であって否定要素にはならない。

ここで最後っ屁として出てきたアニメ一期が、まったく予想もしない形でとんでもないブレイクを起こした。この誤算はできれば立て直したい(夢物語)であろうプロジェクトにとっての嬉しい誤算かと思いきや、それを主軸にプロジェクト自体を立て直そうとしたら主軸にできなかった、という最悪の誤算が重なる。このたつきヤオヨロズ降板騒動に関しては詳細が全く不明瞭なので言及を避けるが、結果としてユーザーほとんどの求心力を一手に引き受けるアニメ一期は外様に置かざるを得なくなってしまった。「悪意の矛先」はこのようにして発生した。

そしで最後、「悪意とは何か」

前段の締めで違和感を感じた人もいるだろう。ここでいう「悪意」というのは、「憎悪」「害意」よりはむしろ恣意」に近い。法律用語の「悪意」であればさらに近いだろう。もちろん法的な話ではないのだが。

すなわち、「座組の上でけものフレンズアニメ1期を埋葬する必要があった」これがプロジェクト最上流においてなされた「悪意」の正体だと私は睨んでいる。この必要性の根拠は単純に言って、たつきの代わりは誰にもできないというただそれだけの話だ。たつきを外した穴を埋められるアニメ1期のようなものは(探したのかもしれないが)無かったので、別のもので蓋をしなければならなかったのである

が、にもかかわらず「サーバルプロジェクトシンボルなので絶対に主役で出せ」「一期で得られたメリットは引き継げ」というおそらくは出資者レベルから要望を取り入れざるを得なかったのだろう。特にサーバルに関する要求は確実にあったと断言できる。その結果として埋葬は生き埋めのリアルタイム実況中継となり、悪意は憎悪に化けた(ように見えた)のである

そう見えたのはおそらく視聴者だけではない。末端の現場スタッフもそうだったのではないだろうか。セルリアンが絵から現れる実験をした時にハカセセリフ(としか思えない口調)をかばちゃんが言っていた、という事案があったが、これは収録が別録りになった時など、間をはかるためにその場にいる人が代わりに台詞を言うなどの手法をとることがあり、その際に発生した音声素材ではないかという説がある。これが実放送レベルで出てくるというのは、相当チェックがザルであったことがうかがわれる。つまりそのくらい現場モチベーションは低かったのだろう。これを上流視点で見ると、「誰も言うことを聞かない」という表現になる。現場の混乱を理由に挙げる人もいるが、その現場の混乱の理由としては無理なスケジュールよりもこちらの方が大きかったのではないだろうか(というか、厳しいスケジュールが無理なスケジュールになった原因と呼ぶべきか)。

まとめると、けものフレンズ2で起きていたことの背景は「けものフレンズという企画の中核を巡るお家騒動」ということになる。あくまでもここで争っている主体はコンセプトであって、人が、つまり吉崎・たつき木村細谷お家騒動をしていたわけではない。人間がそれをやっていたのはたつき降板以前の段階で、今話しているのはその後の話だからだ。悪意説と悪意否定説が入り乱れている理由も半分はここにあるだろう。「悪意」と呼ぶかどうかが怪しいラインなのだ。私はこれを「悪意」と呼ぶにふさわしいと思うが、そうではない人も多い。

2019-03-13

日本人はなぜ席を譲らない?」は内臓病気ヘルニアで座る人を知る気がないね

義足とか孝霊とか女性とかわかりやすシンボルを使ってシルバーシートで男を殴る女

人を傷つけるために利用しているだけで人権の人じゃないね

2019-03-08

桜より梅のほうが優れている

まず、梅は香りが素晴らしい。

離れたところからも漂う、癒される匂い。桜は、桜餅匂い、おえっとくる。

梅は花期が長い。

控えめな花が三週間咲く。美しい。桜はパッと咲いてすぐ散る、花の量が多くて、下品

梅の木は形が綺麗。

シンボルになるほど木は風情がある。桜は黒ずんだ木肌、野性味あふれる樹形、どこに植えても映えない。

そして、果実

青梅は嗅ぐだけで幸せ。熟した実を食べるのも良い。桜の実はゲロマズ、虫の餌がお似合い。

以上、全ての点で梅が優っている。

2019-03-06

フランダースの犬って知ってる?

1982年ヤンコルテールはベルギーアントワープにある旅行代理店に勤める職員だった。

ある日、日本から来た少年につたない英語で尋ねられた。

フランダースの犬って知ってる?」

フランダース獅子のことかい?」(フランダースシンボル)

「違うよ、ライオンじゃないよ。犬だよ。犬!」

彼にはそれ以上答えることが出来なかった。

その後、彼はそのことについて同僚に尋ねてみた。

「そうそう、日本人は何故だか知らないけど犬を探しているのよ。図書館で何かそのことについてわかるんじゃない?」

ヤン図書館で調べると、英語で書かれた「フランダースの犬」を見つけた。

仏語版と蘭語版は存在しないようだったので、彼はそれを読んだ。

彼がこの100年で5人目の読者だった。

読み終えたとき彼は衝撃を受けた。

「これは私たち物語だ!」

彼は周りから笑われるのも構わず物語研究にのめり込んでいった。

彼はあらゆる情報を集める為、日本人の旅行者に訊いてまわった。

フランダースの犬を知ってますか?」

皆の返事は同じだった。

「もちろん知ってます。どうして貴方は知らないんですか?」

彼は日本からオフィスが埋まるほどの本を取り寄せ、それを読むため日本語の勉強を始めた。

ヤン物語舞台を探し回り、ホーボーケンだと突き止めた。

彼の努力は実り、ネロパトラッシュ銅像が建てられた。

今、この街を訪れる日本人観光客の数は、EUを除くとアメリカ人の次に多い。

24年たった今、ヤンネロパトラッシュ専門家として尊敬を得ている。

もう誰も彼のことを笑う者など居ない。

5年前には、ヨシミさんという日本人と結婚もした。

アニメベルギー放映にも尽力し、物語蘭語版の出版にもこぎつけた。

「この本はついにアントワープに帰ってきた。100年間世界を旅したのち、日本人がベルギーに持ち帰ってくれた。」

と、彼の言葉が贈られている。

そして2008年1月、彼は日本人の妻を殺した容疑で逮捕された。

2019-03-03

anond:20190303134508

20世紀最高の頭脳といわれたホンノイマン原爆京都に落とすべきと進言した男です。

その理由は、日本人精神のよりどころであり、日本文化シンボルとしての京都破壊することで日本人日本国へのダメージを最大化できるからだそうです。ついでに町全体がグリッドになっているので爆撃の目標を見つけやすいということも言っています

ホンノイマン世界中歴史文化精通しまたから、日本人の大切にしているもの完全に理解した上でそういうことを言っているわけです。

米軍将校達はこのあまりに恐ろしい案を却下して広島を選びました。

知能が高いということは人類にとってそんなに大切なことでしょうか。

私自身非常に高い知能をもって生まれましたが、健康上の理由から社会への貢献はほぼ皆無です。

頭がいいということへの憧れは素晴らしいと思いますが、滅多なことは言うもんじゃないと私は思いました。

2019-02-21

トイレアイコンはすごい

うんことか尿を一切表現してないのにトイレとして世界的に認識されてる

特に反応無いかチラシの裏的に更新ちゃおう。

1000年くらい前にトイレ持ってタイムスリップしたとして、急に記号を考えろ、となったらたぶん便座をシンボルにすると思うんだよね。

でも蹄鉄勘違いしたりアルファベットの何かの文字勘違いされそうで、やっぱダメだろうなぁ。

あとトイレ和風洋風が定期的に変わる性質を持ってたりすると困るし、それ以外の形状になったらもっと困るだろうしなぁ。

うんこシンボルも昔は例のマークではなかったろうからNGだし。

トイレ」ってそのまま言葉で書いてしまうと、急に地球の裏にワープしたときに通じなくて困るしなぁ。

というわけで男女を並べるだけでトイレシンボルなのはスゴイ。

でも誰かが1001年前にタイムスリップして、風俗シンボルとして世界中に広められたら困るなぁ。

というかあのシルエットで男女を表現している、という大前提もすごい。

女性の方がヒラヒラした服を着がち、というのが世界共通の認識なんだろうなぁ。


人知れず黙々と更新していこう。

どうやらあのマーク東京オリンピック前後から普及した様子。

道理で一気に世界的に普及したわけだ。

オリンピックならではのピクトグラムデザインきっかけになってるんだろうなぁ。

1964以前は世界的にはどうなってたんだろうか。英語圏ならW.C.だったみたいだけど。

2019-02-19

そのうちUnicode虹色の石の絵文字が追加されたりしそうじゃない?

もちろんソシャゲ課金石のシンボルとして。

英語名は…なんだろな

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216024920

 そして2018年現在百合ジャンルはその定義をやっと安定したものとして確立し、内部で属性の細分化が進行している。「少女小説」にルーツを持つ「正統派百合」や「セーラームーン」にルーツを持つ「戦闘美少女もの、多数のメディアミックス作品からなる「アイドルもの、「アイカツ!」や「プリパラ」の代表的女児向けアニメ本編での百合的な描写など、ひとことに百合といっても多岐にわたる作風や絵柄、対象層の想定の下で日々多くの作品創作されている。この流れを示唆するのが、2017年からみられるようになった細分化された特定百合ジャンル作品掲載したアンソロジーの発刊である。例としては、おねロリ(お姉さん×少女カップリング限定したアンソロジー)、社会人百合(学生設定の多い中、ヒロイン二人の年齢を成人以降に限定したアンソロジー)、夢(一人称視点ストーリーが進行し、主人公としての読者とヒロイン恋愛が描かれるアンソロジー)などがある。また、少年誌で連載されていた百合マンガアニメ化が続々と決定し、各書店百合特設コーナーが作られるなど、確実にやおいBLコンテンツと肩を並べられるまでの規模に成長しつつある。さらに、「ユリイカ」「ダ・ヴィンチ」といったオタク向けでない雑誌においても、「百合」が特集されて取り上げられることもあった。これらによって百合ジャンルは読者層をどんどん広げ、境界線の明確なものではなく、あらゆる作品エッセンスとして取り入れられるように変化してきているといえる。

まり2000年初頭にみられた「百合」論争とファン同士の対立とは逆に、ジャンルの細分化によっていい方向に百合という概念拡散してきているといえよう。女性男性議論を重ねながら平等構成している百合ジャンルは、マンガジャンルの中でも特異な体質のものだ。しかし、やおいBLジャンルに関する研究は数多くみられたが、百合GL ジャンルに関する研究現在ユリイカ掲載されたもののみである。今後、さら百合ジャンルが広まっていくにあたり、読者分析や内容分析によってさらに細かい分析をするに値する分野だと考えられる。特にマンガという表現形態だけに限らず、各時代代表する百合作品時代背景を踏まえ、ジェンダーフェミニズムといった視点からのより詳細な分析必要性を感じた。

<参考文献>

川崎賢子, 2014,「半壊のシンボル――吉屋信子百合欲望共同体」『ユリイカ12月号:42-49

上田麻由子,2014「内なる少女を救い出すこと――『シムーン』の孤独連帯」『ユリイカ12月号:190-198

藤本由香里「『百合』の来し方――『女同士の愛』をマンガはどう描いてきたか?」『ユリイカ12月号:101-109

アライ=ヒロユキ, 2015,「オタ文化からサブカルへ――ナラティヴへ誘うキャラクター繊研新聞社

<本文中で紹介した作品><単行本

吉屋信子, 1925,「花物語洛陽堂 『少女画報』掲載

山岸涼子, 1971,「白い部屋のふたり集英社 『りぼんコミック掲載

池田理代子, 1972-73,「ベルサイユのばら集英社 『週刊マーガレット掲載

池田理代子, 1974,「おにいさまへ…集英社 『週刊マーガレット掲載

武内直子, 1992-97,「美少女戦士セーラームーン講談社 『なかよし掲載

さいとうちほ, 1996-98,「少女革命ウテナ」小学館 『ちゃおフラワーコミックス掲載

介錯, 2004-05,「神無月の巫女角川書店 『月間少年エース掲載

サンライズ佐藤健悦, 2004-05,「舞-HIME-」秋田書店 『週刊少年チャンピオン掲載

なもり, 2008-「ゆるゆり一迅社 『コミック百合姫S』・『コミック百合姫』掲載

えばんふみ, 2010-2011,「ブルーフレンド」集英社 『りぼん掲載

白沢まりも, 2011,「野ばらの森の乙女たち」講談社 『なかよし掲載

アンソロジー

2017,「パルフェ おねロリ百合アンソロジー一迅社

2018,「あの娘と目が合うたび私は 社会人百合アンソロジーKADOKAWA

2018,「百合+カノジョふゅーじょんぷろだくと

雑誌

2003-05,「百合姉妹」ムック

2005-,「コミック百合姫」一迅社

2007-2010,「コミック百合姫S」一迅社

2007-2011,「コミック百合姫Wildrose」一迅社

2007-2014,「コミック百合姫」一迅社

2018,「ダ・ヴィンチ 3月号」KADOKAWA

テレビアニメ

2011,「魔法少女まどか☆マギカ

2012-2016,「アイカツ!サンライズバンダイナムコピクチャーズ

2014-2017,「プリパラタカラトミーアーツシンソフィア

あとがき

 これを書いたときはやが君アニメ化前だったので取り上げなかったな~と思うと感慨深い。あとファン考察が雑で本当に申し訳ございません。いつかしっかりやろうと思います

2019-02-05

日本版黄色ベスト運動」のシンボル

フランス黄色ベスト運動日本に波及するとして、「黄色ベスト」のようなシンボルになるのは、日本だったら「スーツと革靴」なのかな?

デモ隊がみんなスーツと革靴だったら迫力があるし、日本的だし、「普通の人たち」が本当に怒っているのだなと思える。

もちろん今までだってデモ隊は「普通の人たち」だけど、休日私服で来ているから、なんだか「暇な人たち」に思われているような気がする。

平日は朝から晩まで働いて疲れ切っていて、本当なら休日休みたいけれど怒りを表明せずにはいられないから来ているのだ、と分かってもらうには、スーツを着てネクタイ締めて革靴履いて行くしかないんじゃないのか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E8%89%B2%E3%81%84%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E9%81%8B%E5%8B%95

2019-01-26

anond:20190126204804

大阪京橋のある種シンボルグランシャトービルから徒歩数分にぎょうざの満州満洲の大きな看板があるので埼玉から来た人間には不思議光景に映るはず

そういえば松屋町弁当屋日本亭あるらしいか唐揚げ弁当買いにいきたいと前から思っている。

2019-01-21

anond:20190120115814

ブランコ以外は最近の複合遊具一台で賄えるしそっちの方が良いと思う。

ただ最近の複合遊具スゴいけど当たり外れ大きくて、子どもと色々公園巡りしているとコンパクト簡単な作りなのに感動するほど遊べる奴(余裕で2時間くらい遊んだ)もあれば、でかくて金かかってそうなのに遊び方の幅が無くてびっくりするほどつまらない奴もある。それも新しい奴で。

注文が自治体単位なのと、遊具同士のプレヤビリティ比較した客観評価とか親からフィードバックとかないからなんだろうけど、公園毎に違う遊具入れるとか、クソみたいなオリジナリティ加えるとかホントにいらない。(なんか変にうねうねしてると思ったら、地元シンボルマークかたどってるとかさ)

シンプルで高評価の奴を量産してあちこち公園におけば、量産効果もあって安くなるし、親子のUXも高まってWIN-WINだと思うんだけどなー。

2019-01-17

国旗国家蔑ろにするやつって教養ないよな

普通に考えて共通アイデンティティーである国旗国家を雑に扱っていいはずがない

大昔、人はどうやって他人自分たちと同じ人だと認識してると思ってるんだ

知らなくたって考えば分かる

夜中火を囲んで音楽を楽しんで、絵を書いた

その中で印象的な絵は体に刻まれ岩に刻まれ共通シンボルとし他人自分同一性見出していった

人はそうやって象徴を作ってそれを大切にして家族を守り仲間を守り村、街、国へと発展していった

日本国家国旗も当然数え切れない人の思い中で紡がれて今に至ってる

こんな簡単なことすら理解できないやつらがインテリぶって上から目線日本批評したり

蔑んだりあるいはジャップだと罵る

そんなの俺は耐えられないよ

頼む殺してくれ

2019-01-10

anond:20190109200605

トランス団を結成して

差別する個人集団集団論破したら恐怖心に負けてトランス差別が減るのではないのだろうか

褐色制服を作り十字マークシンボルを作ろう

2019-01-04

anond:20190104230324

宗教的シンボルとか処分に困りそうだよな。

他の寺に寄贈とか?

anond:20190104133531

君の主張はクッキー付加価値をつけて売るビジネスは許せない、というもので、本質的自立支援施設とは無関係だよ

キャラクター販売タレントCM起用もクッキーの味とは無関係だし、邪道だよね

自立支援施設商品に的を絞ってるのは君が身体障害という特徴を何か別の理由特別視してるから

自分身体的特徴をシンボルにしてはいけないなんて道理はない

レインボーカラーセクシャルマイノリティに取られてしまったのは迷惑

anond:20190103174931

これ読んでて普段から思ってたことが再噴出したんだけど、

レインボーカラーという普遍的で昔からあったものをある意見団体が「自分のもの」みたいにしちゃうの凄い迷惑なんだけど。

そこはオリジナルな”差別化”出来るシンボルとか意匠自分達で作ってよ。

レインボーカラリングって好きだったのに今ではどうしてもそのニュアンスを読み取られちゃうから使えなくなった。

これは私がゲイ人達をどう思ってるかとは関係ないことなので念の為


別にゲイのことをどうも思ってなくても、

意図せず選びとるバッグやカラーを「ゲイのもの」みたいに縄張りにされるのは困る。

当該「ゲイのもの」がゲイ達が言ってるんじゃない偏見ならもちろんゲイ達に責任はないけど

レインボーカラーとか特定のバックは明らかに自分達で言い出してるよね?

無関係な人を大勢巻き込みかねないような符丁は単純に配慮が足りないと思うし

レインボーのような普遍的ものに縄を張らないでほしかった。

2019-01-02

京大までの受験の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

読んだらわたしも書きたくなったので書く。もう10年以上前の話ではある。

元増田と違い中学受験私立とは無縁で、片田舎公立中学公立高校卒業して京大入学した。

中学時代

勉強なんてほとんどしてなかったけど、テストでは常に学年トップで完全にお山の大将だった。

一方で家庭環境的にいろいろあった時期でもあり、また自分自身もいろいろ拗らしてた時期でもあったので、私立組やいわゆる英才教育を受けている人たちへの異常なコンプレックスがあった。塾なんかに頼るやつは元々馬鹿私立高に通って高いお金さないと勉強できないやつに勉強する意味はない、などと誰彼構わず吹聴していた。今思っても最悪の性格だった。

将来の展望なんてこれっぽっちも見えてなかった。大卒大人は周りに全然いなかったし、もちろん官僚なんて言葉も知らない。そんな中、ある日法事だかお盆だか正月だかで叔父に当たる人と久しぶりに会った。聞くと某地方総合大学工学部卒業し、自動車メーカで開発をしているとのこと。元々機械は好きだったので、その仕事をすごくかっこいいと思った。そしてそれ以上に、その人の身なりや車(といっても今で言うアルファードみたいな上位国産車)、余裕、羽振りの良さなど、あらゆるところに今まで自分の周りになかった、ハイクラスな何かを感じ、衝撃を受けた。今思えば(叔父には悪いが)お金持ちのモデルとしてはずいぶん控えめではあるが、それでもこの衝撃は大きかった。自分の目の前に一つの道が示されたような気がした。

そんな自分に両親はとても優しかった。自分選択意見をいつも全力で肯定し続けてくれた。今思えば自分可能性を広げるための最大限の配慮をしてくれていたのだろう。

高校入学受験勉強まで】

結局地元で2番目ぐらいの公立高校に行った。理由はいろいろあるが、自転車で通えるというのは大きかった。自宅から公共交通機関アクセスが最悪だったかである

この高校は一応進学校とは銘打っているものの、毎年東大ゼロ京大が1人いるかいないか旧帝大に数人、といった感じだった。相変わらず高校でもお山の大将だったが、高校は全国模試があるので自動的に全国の高校生と比較される。片田舎の小さなさなサル山で大将を気取っていた少年はここで初めて現実を知る。

1年生の夏、家族京都旅行に行った。古い街並みと近代的な景観が融合するこの街を、わたしはすぐに好きになった。さらに、この旅行の行程には京都大学観光が組み込まれていた。今思えば、両親がわたしのやる気を引き出すために連れて行ってくれたのかもしれない。ともあれ、権威シンボルである時計台自由象徴する立て看板鴨川百万遍の街並み、どれもが自分の心を強く打った。

ここに入ろう。自分にはその資質がある。

本気でそう思った。

そこから勉強を始めた。あんなに嫌いだった塾にも結局行った。恥を忍んで塾に行きたいと親に言ったときも、やはり親は快諾してくれた。塾は大手予備校講師OB地方でやっている個人塾だった。英語数学を教えてもらっていたが、ここの先生方には現在に至るまでお世話になっている。勉強だけでなく、自分の見識を大いに広めてくれた恩人であり、今でも頭が上がらない。

受験勉強受験まで】

高2の終わりぐらいまでは漫然と過ごした。学校の授業は地方国立MARCH関関同立といったところをターゲットにした内容であり、物足りなく思うことは頻繁にあった。しか学校の授業でつまずいているようでは京大もクソもない、という信条があったため、まずは学校の授業で習った部分は確実に押さえることを一番に考えた。

高3になると全国模試ランキング浪人生が入るので、順位や判定が一気に下がって焦った。先生方は「最初は下がるけと徐々に追いついてくる」と言っていたが、秋になっても成績は伸びずにただただ焦った。自分の立てたスケジュール通りにまったく勉強が進捗していないこともあり、更に焦った。焦りすぎてメンタル不安定になり、何度も勉強中に発狂した。振り回したシャーペンは何本も折れた。親には意味不明な理由八つ当たりを繰り返した。親はすべて受け止めてくれた。

高3の大晦日の夜、いつもどおり家の机で勉強していたのだが、うっかりそのまま寝てしまい、気づいたら新年を迎えていた。あまりの不甲斐なさに一人で泣いたのをよく覚えている。

受験勉強はチーム戦、という言葉がある。上でも書いたとおり、自分のいた高校は難関校の受験生が少ない。しかし逆にその分、似たような境遇の我々には妙に強い結束感があった。別に机を並べて一緒に勉強したりするわけではないが、模試の結果や参考書の話、志望校の話などをとりとめもなく話せる人が周りにいるというのはとても心強かった。模試の判定を見て落ち込んでいるとき不安でやる気を失いかけているとき鼓舞してくれたのは彼らであった。結果は人それぞれだったが、今でも年に一度は集まる良き友人たちだ。

試験

京大工学部センター試験の点数配分が恐ろしく低いので、気軽に受けた。特に数学足切りラインを除くと全く評価されないのでろくに対策もせず、1A2Bともに85点程度だった。ただ周りの友人が満点を連発していたので妙な焦りだけがまれた。

私立早稲田慶応を受けた。どちらも全く行きたいと思っていなかったが、練習だと思って受けた。初めての一人東京だったので異常に浮かれた。慶応試験前日、下見ついでに少し街を散策したが、これがよくなかった。壮大に風邪を引いた。熱で全く頭が回らず、とうとう英語試験の途中で医務室に運ばれた。医務室でひたすら泣いた。

京大2次試験の当日、出発前にわたしは親を呼び、これまで支えてくれたことへの感謝を伝えた。いろんな人に支えられてここまで来た。特に親の気苦労とサポートは計り知れない。そのことをどうしても当日伝たかった。わたしも親も泣いてわけがわからんことになった。

当日は自分でも驚くほど冷静に試験に取り組めた。数学試験試験官に手紙を書いているような気持ちで答案を作成した。結果的に完答できた問題はなかったのだけれども。


ところで、新年を迎えたこから自分の中のルールとして「前期試験不合格連想させるようなことは一切口に出さないし、心にも思わない」というものを設定した。「浪人したら…」「後期試験対策は…」といったことを考えることも禁止した。発言自由はおろか思想の自由まで侵害するという、今思えばドン引きするルールだ。バックアップを想定することは合理的であるが、その発想自体が心を弱くする、という根性論だった。今の自分根性論が大嫌いだけど、ともかくその時はそれが最善だと思っていた。自分なりに必死だったんだろう。

合格発表掲示開始時間には10分ほど遅れて到着した。すでに合否の熱狂から段落しているところで到着した形だった。手足が震えていた。すがるような気持ち掲示板を見た。番号があったので、また泣いてしまった。声を上げて泣いた。今までずっと無理をしてきて、辛かったんだということをその時理解した。その様子を見たアメフト部の人たちに囲まれて、胴上げされた。

【その後】

入ってから色々あったがここでは割愛する。卒業してからは某メーカで開発職をやっている。結局件の叔父と同じような道を選んだことになる。しんどいこともたくさんあるが、機械が好きなのでなんだかんだ向いていると思っている。


【さいごに】

一番お世話になった参考書の一つにチャート式があるが、この巻頭に記載されている「汗をかけ」という文章わたし世界で一番好きだ。短い詩なのでぜひ全文読んでほしい。

http://www.chart.co.jp/corp/00epitome/01what/asewokake/asewokake.html

「確実な道」を行く者は、「近道」を行く者よりも、汗をかかなくてはならないだろう。だが、その汗は、絶対無駄はらなない。君が、将来“かっこいい大人”“素敵な大人”になれるかどうか――それは、10代の時どれだけ「汗」をかいたかで決まるから

恋でもいい。グラウンドの上でもいい。

そして、エンピツを握ってでもいい。

フィールドは何であれ、思い切り「汗」をかく人であってほしい。


元増田にもあったが、受験はその構造上どうしても他者との競争の構図ができがちだ。しか自分自身の弱いところや意地悪なところや卑怯なところと徹底的に見つめ合い、自分の力で一歩一歩進むことに最大の意義がある。

すべての人に受験勉強というプロセス必要とは思わない。ただ、受験勉強を通して得られるものは決して少なくなく、ただの公式知識暗記ゲームにとどまらない、自分にとって大切なことを教わる大変よい機会だった。大学ではすっかり落ちこぼれ学生だったが、多種多様の人たちに出会い自分の見識を常に広げ続けさせてくれた京都大学には本当に感謝している。

センター試験まであと少し、全国の受験生に幸多からんことを。

2018-12-24

深夜のコンビニの前で電柱により掛かりながら、オジサン身体を左右にゆらしてる。

夜だから、色ははっきり分からないけど。黒っぽい服。

そのオジサンの目の前には明るい店内。

雑誌コーナーでは、OL風の女性立ち読みをしている。

  

そんな様子が左前方の横断歩道の先に見えた。

僕は、信号が青に変わったので、歩いた。

真っ直ぐ進んで横断歩道渡り、左を向いた。

コンビニ前のオジサンがいるところの後ろを通り過ぎる。

すると、どうも。

様子がおかしい。

オジサンズボンはいてなかった。というか、ズレてた?

ちょっと、ニヤニヤしてる??

意図的ってこと?

寒い格好で、店内の女性に見せつけてたんだ。

  

僕は戸惑った。

  

一応、警察に連絡した。

男性シンボルが出てたのですか?どんな状態でした?」などと聞かれた。

年末になると、変な人が湧いてくるのかな。。

この後で、取り調べ室に行って調書を書いて貰ったんだけど、ワードエクセル時代手書きだったので、ビックリした。思ったよりも時間がかかるモノですね。

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