「女性蔑視」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 女性蔑視とは

2017-07-22

エロ漫画コンドームを使わないけど

そういうセックスを描いたエロ漫画って、リベラルから「性暴力」「女性蔑視」というケチを付けられてしまうだろうか?

  

当然、コンドームの不使用に女のほうも同意している展開のやつね。

これは読者に誤った性知識を与えかねない有害表現だと思うけど、男女の同意が成立しているので性暴力女性蔑視と言えるかは微妙だと思うが……。

2017-07-16

リベラル宗教保守区別がつかない

リベラルはもう二度と「性教育の推進を」なんて言わないでほしい』(追記あり)

https://anond.hatelabo.jp/20170713232111

この記事についたブコメに返答する。

  

  

id:Flymetothemoon エロを隠せと言っているんじゃなくて、エロを扱うなら女性丁重に扱えと言っているのでは。その意味では性教育矛盾しない

女性丁重に扱え」というのは正しいことなんだけど、その正しさを潔癖に守ろうとすればするほど、「子供セックスをするべきではない」という宗教保守論理に接近してしまうのではないかというのが私の危惧だ。

  

セックス女性妊娠させてしまうかもしれないし、避妊にも失敗の可能性がつきまとう。

どうやっても危険があるし、子供のうちはその責任を取れないから、やらない・やらせないのが一番いい。

それが女性丁重に扱うということなのだ。

はいおしまい。」

――リベラルのすさまじい潔癖ぶりは、この宗教保守の主張を補強するのではないかと思われる。

  

  

  

id:ustar “「子供は無理にセックスをやる必要はない。純潔を保つことが一番の防衛だ」”リベラル自称していてこういう発言をしているのは見覚えがない セクハラ批判は見た 保守をや宗教から出てくるのは納得する

リベラルは、女性尊重という理想を唱えている。ゆえに「女性蔑視エロ表現は悪い。それを青少年に見せるのは許さない」という意見だった。

この意見は正しいものではあるだろうが、この正しさを潔癖に求めすぎると、宗教保守のやり口と何が違うのか分からなくなる。

  

例えば漫画ではなく現実の話だが、中学生高校生くらいの年齢だと、いくら双方合意セックスであっても責任の取りようがなく、もしも女子妊娠してしまっては大変に困る。

宗教保守が純潔を重視するのは、こういう好ましくない事態を無くすため、道徳の推進こそが有効だと考えているかである妊娠を避けるにはセックスをしない・させないのが一番だし、それが女子人権を守ることにつながるというわけだ。

一方、性教育は、男女関係セックスが生じてしまうのはやむを得ないと断念し、次善の策としてコンドーム使用を啓発することの方に注力する。つまりいか子供セックスが好ましくないとしても、それを禁じるという道徳の押しつけは有効ではなく、防衛手段の普及によってその害を減らしていこうというわけだ。

  

「好ましくないもの禁止せよ。そうすれば害がなくなる」という短絡的な思考は、宗教保守の特徴だ。やつらは理想を唱えることに熱心だが、現実を見ようとしない。

リベラルはこれに与さず、「好ましくないものから防衛せよ。そこに害があるならば制御せよ」という現実に即した対策を打ち出さなければならない。そのための性教育である

しかるに、リベラル漫画上に描かれた女性蔑視エロ表現に対して、女性蔑視は悪いことだという道徳を頭ごなしに振りかざし、そういう好ましくないもの禁止することで害を無くそうとしている。このことは、道徳によってセックス禁止することが子供を守るとする宗教保守のやり口に、正当性を与えてしまうのではないか

モテない”は個人問題からあきらめろというフェミ

こういうこと言うやつの目の前で、俺に女をあてがえと言い続けてやるわ。

女性蔑視結構性差別主義者おおいに結構

何か文句あんの?

2017-07-15

フェミを知る2

https://anond.hatelabo.jp/20170715032310

の続き

フェミ界隈を見るとガチSAN値が削られる

クソリプ大杉問題フェミが1発言すると脊髄反射女性蔑視者が100くらい寄ってたかってクソリプして収集つかなくなる。大体発言をろくに見もしないで「おまえの自己責任だ」「ブスBBA死ね」などが大量にあふれ地獄絵図と化す。最悪まとめられ、さらしあげられる。たぶんこの辺の層はなんというか、知能というものが発達していないのだと思われる。

論点曲解問題フェミ発言意図を、(無意識に)曲解して議論にならない。こないだのゆらぎ荘では「表現規制するつもりか?」「男女を逆にしたら問題ないじゃないか?」など、問題の焦点をずらす。この辺りは言語が通じるという意味でさっきよりもましだが、なんというか少し頭が残念なタイプ一般的男性諸氏(私も含め)はこのあたりに分類されそうだ

フェミ男性諸氏の認識祖語:フェミ側は「こんな嫌なことがあった。(共感して議論しよう)」と発するのに対し、男性側は「こんなことがあった(男しね。最低。近づいてくんなぼけ)」と受け止めてしまう。これはある意味日本人的な気質であるような気がする。女性男性に対して被害を話す場合、話されている男性自身がを非難されているように感じてしまう。そのために男性側も感情的になったり防衛的な態度になってしまったりする。男女の性差というと差別になるのかもしれないが、女性共感を求めるのに対し、男性問題解決を求めるというのに根ざしている気がする。これは、フェミ側も知っておいたほうがよい。「痴漢にあってサイテー」というのではなく「痴漢にあって悔しい。この社会のどの部分に問題がある?」というようにすれば男性側の反応も変わると思う。

フェミ暗い問題日常的に性的に扱われる(モノとして扱われる)という体験が多すぎて、Twitterでは愚痴大会になってしまったり、性犯罪に対してこれだから男は、みたいな話で盛り上がっており、建設的な議論が少ないように見える。ウォッチしていてとても滅入る(当然本人たちはそれ以上だろうが)のでSAN値が削られる。

IQ低いフェミの味方問題フェミがなんか話している際に「これだからオトコはダメなんだ」などとレッテルを張り、フェミ自身がされて嫌なことを男性側にしてしまうような暗黒面に堕ちたフェミとりまき(女)がたくさんいる。フェミはこれをぞんざいに扱うことができず、はたから見ると同じアナノムジナの議論様相を呈す

フェミ間対決:なんか勝手派閥同士でけんかしてる。カオス

否定の多用問題最近こんな差別があった、などの話が多くてなんかお通夜みたいな感じ。あとこんな日本サイテー、とかね。

・遊びがない:みなさんまじめでジョークの一つも言わない。クールダウンがないので建設的なアイディアが生まれるとかない。



ちょっと、この業界つらすぎませんかね。希望というものが見えない。議論もっと活発で建設的でオープンであるのがいいと思うのだが、SAN値が削られるディストピアみたいになっている。

次回からは具体的なテーマを拾っていこうと思う(SAN値回復してから

自分マタハラ野郎なのかどうか、よくわからなくなってきた。

ちょっとうろ覚えで悪いけど、ほら、議員妊娠して「職務放棄か」なんて発言があったとかなかったとかでニュースになったじゃないですか。

コメント欄をいろいろ見ると、議員擁護するというか「祝福すべき」という論調が多いように感じたんです。

正直ちょっと驚いたというか、僕の意見とけっこう違っていて、僕はけっこう「任期中に妊娠はいかがなものか…」という意見に近いんですよね。

僕、33歳の男で、特に女性蔑視とかフェミとか、左翼だとか右翼だとかはなくて、中立的な考えをしているつもりだったんですけど。

なんかいつの間にかマタハラ野郎になっていたのかなって気がして。

まぁでも捉えるスケール問題というか、

だって日本少子化を憂えていて、出生数はどんどん上がっていった方がいいと思ってますよ。

から一人の日本国民としては妊娠はめでたいことだという思いはあるんです。

だけど、もっとさな規模で見て、一人の国会議員とその議員投票した・仕事を託した一人の人間として、妊娠出産することで僕が期待していたパフォーマンスをちゃんと発揮できなくなってしまうんじゃないかという不安もあるんですよね。

まぁ僕はあの議員投票したわけではないので仮定の話なんですが。

だって正直妊娠したら何につけても能力落ちますよね。

辛くて大変じゃないですか。体も頭も重いし、時期によってはつわりもひどいんでしょ。

今までと同じように仕事で成果を出すって非常に難しくないですか?

電車の中で立ってるのも辛くなる人達が、仕事では変わらず成果を出せるんですか?

出産後も今までと同じ時間集中力仕事に取り組めるんですか?

まぁ今回は国会議員から妊娠出産経験が良い方向に働くこともきっとあるんでしょう。だから仕事の成果に関しては僕の心配は少し過剰なのかもしれないですね。

ももっと身近なところで女性妊娠出産を考えた時、どっか自分とは関係ないところでやってくんないかなって思いはどうしてもあるんですよね。

僕、零細企業勤めで、採用についてそれなりの権限持ってるんですが、若い女性採りたくないですよ。

妊娠したらパフォーマンスは落ちるわ、任せられる仕事も少なくなるわ。

産休・育休で休みを与えなきゃいけないし、休ませた後に引き続き雇用しなきゃいけないんでしょ。

子供の体調がーとか言われたら仕事ほっぽりだされても文句言えないし。

妊娠出産ってとても素晴らしくて偉大なことだとは思いますけど、それを行うには余裕のある環境必要であって、それは国や家族負担してほしい、職場の同僚や会社にそれを求めないでほしいという気持ちもあります

日本全体で見れば、産休育休取得の流れが加速していくのがいいと思ってますが、

やはり自分仕事職場を中心にみると、妊婦をかかえる負担ってでかいんだよなぁ。

2017-07-13

リベラルはもう二度と「性教育の推進を」なんて言わないでほしい

『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件。

  

年齢制限によるゾーニングは、「子供に見せないように大人配慮する」と、「子供が見ようとするのを大人妨害する」という2つの方法があるんだけど、どっちに主軸を置くつもりなんだろうか?

この配慮妨害は、たしかに重なりあう部分もあるが、明らかに性質が異なる。配慮積極的にやってよいが、妨害というのは自由侵害なのだからいくら子供に対してであっても必要最小限に行われなければならない。

  

ジャンプを読んでいるのがあくま子供主体性の発揮だということ、それはもっと重視されてよい。

巻頭カラーで載せているのは配慮を欠いていた」という指摘は可能かもしれないが、子供は以前からこういう漫画掲載した雑誌だということを分かったうえで買っている。そして今後購読を続けるかどうかも、子供たちの選択にかかっている。

大人がこれに自主規制を求めるのは、配慮ではなく、どちらかと言いうと妨害になっているということを自覚してほしい。

無論、妨害はやむを得ないという自覚を持って活動しているならば、それはそれで一つの立場と言えるだろうが……。

  

  

  

ところで、たしか少年ジャンプの読者層は高校生~成人が多く、残りは中学生だったりするので、小学生(とくに10歳以下)となると、ほとんど読んでいないはずだ。これを一律に"子供"扱いすることには違和感がある。

  

そんなこんなで思ったんだけれど、子供主体性をあからさまに軽視しているリベラルは、二度と「性教育の推進を」なんて言わないでほしい。

貴様らには性教育を通して子供主体性の発揮を求める資格がないと思う。

  

例えば避妊性病予防について教えたり、その知識を持たないと自分加害者被害者になってしまう恐れがあると教えるのが性教育の内容だ。要するに、「コンドームを使いなさい」という主体性子供要求するものである

性教育は、決して子供たちがセックスをやることを推奨するものではないが、一方で、もしセックスをするならコンドームを使えと教えているわけだ。これは子供にも主体性があることを所与の前提としなければ成立しない。

  

リベラルは、エロ本18禁しろと言っていたり、ジャンプ漫画過激だと言っているが、18歳未満がコンビニ等でコンドームを買えるということをどう思っているのだろうか?

子供セックスをやることは望ましくないから、子供へのコンドーム販売自粛するべきだろうか?

勿論、エロ本ジャンプを買うことは遊興にふけることであって、コンドーム防衛のためだから、その価値を同列に論じるべきではない。しかしながら、遊興と防衛を分離して考えることもできないだろう。遊興のごとくセックスをやってしま子供、それに付き合わされる子供にこそ、この防衛手段へのアクセスを開いておくことが必要からである

  

「遊興的に性愛を楽しむことは不要だ」と決めつけて忌避する禁欲道徳は、性教育に反対する者たちの主張に説得力を与えてしまうようにも思われる。

なぜなら、反対派の主張は、「子供は無理にセックスをやる必要はない。純潔を保つことが一番の防衛だ」というものからである。この「遊興をしないならば防衛必要ない」という話は、ミクロで見るかぎり妥当になっているケースも多いと思う。

  

(※この論点は「リベラル宗教保守区別がつかない」というエントリで補足したので、そちらをトラックバックから読んでください。)

  

  

  

追記(2017/7/14 21:10

ブコメで突っこみを頂いたけれども、リベラル側の主張は、たしかに、「エロは許す。性暴力女性蔑視は悪だからさない」というものだった。

しかし、私がいつもリベラルに感じている苛立たしさは、まさしくこの点における洞察力の欠如である

  

どうやらリベラルは、エロを性暴力女性蔑視から分離できると考えているらしいが、それは誤りだ。具体的には下記リンクエントリで、「エロと野蛮さは切り離せない」の章を参照されたい。

一つ言えることは、お行儀のよいエロ表現なんか絶対に楽しくないってことです。

人権平等という正しい理念を詰めこんだエロ表現があるとすれば、おそらく私はそれを(ポルノ的な意味では)評価できないし、その偽善には吐き気を催すほどの不快感に見舞われるでしょう。私にとってのエロとは、どこまでいっても女性蔑視暴力性と切り離せないものです。

お行儀のよいエロは、ジャンプを読んでいる子供にもウケが悪そうです。子供不謹慎もの下劣ものが好きなのだし、性描写もそっちの方向でなければ楽しく受容されないでしょう。エロが野蛮さと結合してこそ楽しめるという子供感性は、なまじそれを否認してみせる大人より正鵠を射ています。この感性のあり方は否認せず、内心の自由として尊重し、一方でこの野蛮さを制御する文明的な理念について子供に啓発することができるならば、多分それが最適解だと思います

  

『【表現規制】『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件について』

https://anond.hatelabo.jp/20170712001904

エロが野蛮さと結びついているのは、漫画というフィクションだけに限らない。

しろ現実世界における男女のセックスにこそ、「とにかく女とヤリたい」とか、「彼氏に嫌われたくないからヤル」とか、そういう心理が含まれる。いくら相手への愛情があってもこの傾向は不可避だし、それどころか愛情希薄なままセックスをやることもあるわけだし、エロは野蛮さと切り離すことができない。

リベラルが言っている「差別暴力のないエロもある」などという綺麗事は、まったく現実を見ていないお花畑だ。大切なのは、そのようなお花畑信仰を捨てて、エロ差別暴力と不可分であること、それはフィクションでもリアルでも同じなのだという前提に立つことだ。

  

我々がリアルでやっている普通セックスが、レイプやDVと地続きであるということを認める覚悟もないリベラルは、ひどい偽善者か、そうでなければ呆れるほどに自己反省を欠いている。性欲はポリコレに反するようにして湧き上がってくるものだし、エロは、社会正義に叛逆するような侵犯に至高の価値を見出さんとする意志なのだ。つまり、「ルールなんか無視して遊興をやりたい!」というのがその本質だ。

性教育法律は、これに対して、最低限のルールを守りなさい、理性を働かせなさいと要請するものである。そして逆説的だが、このことは、エロ差別暴力とは切り離せないと自覚する(させる)ことによってこそ初めて可能となるのだ。

例えば男がコンドームを使うというのは、セックスが女を傷つけるものだと自覚し、理性でその悪を制御することだ。これは男が女を誤って妊娠させる行為について、「悪だからダメ」と決めつけて忌避するのではなく、「悪だから制御せよ」という前提を採用しておかなくては実行不可能だろう。もし「悪だからダメ」という前提の方をとるならば、セックスをやらなければいいわけであって、これは「遊興をしないならば防衛必要ない」という宗教保守論理である

リベラル表現物に対して「悪だからダメ」という潔癖な基準採用するのは、この宗教保守論理を補強してしまうのではないかと思う。そのように潔癖な考え方では、とてもではないが、性教育の推進を訴えることなどできないのではないか

性教育は、セックスが性暴力・性被害と密接に結びついている危険ものだという現実認識から始めなければならない。人があえてその危険を冒そうとする意志こそがエロティシズムである性教育はこの意志を野蛮だから無くせだの、悪いことだからダメだのと言って忌避するものではない。そうではなく、それ自体はやむをえないからと是認した上で、だからこそ安全制御するための方法を教えるものなのだ

  

再追記(2017/7/14 23:10

これは前回の記事で書いたことなので省略するけれども、「エロ問題ない」と言っているリベラルの嘘つきぶりには、もう本当にハラワタが煮えくり返りそうだ。

あの漫画が今回炎上したのは、確かに性暴力女性蔑視という文脈があったかもしれないが、それは後付けの理屈であって、第一義的にはその絵がエロいからである視覚に訴えかけてきて我々の感情を揺さぶる絵だからこそ、そこにある性暴力女性蔑視という観点が際立ってくるのだ。

これはエロと、性暴力女性蔑視との不可分性をあらわしている典型例だ。リベラルはそのことに無自覚すぎて、しかも両者を分離できると平然と言ってのける人も多い。私はその欺瞞ぶり、鈍感さには堪らない苛立たしさを感じている。

  

(※詳細は上記リンク先で、「エロからこそ批判されている」「差別表現には問題があるが、エロ表現にも問題はある」「作中で性被害肯定的に書いたことは問題本質ではない」等とした章を参照せよ。)

2017-07-12

表現規制】『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件について

一向に前へ進まない反表現規制派の議論 『ゆらぎ荘の幽奈さん』批判への反論価値がないわけ : 九段新報

http://blog.livedoor.jp/kudan9/archives/51659690.html

このブログを読んだ感想です。

各章が独立していた内容なので、どこから読んでくれてもかまいません。

  

表現への批判表現規制はどう違うのか

要するに、今回の件の批判者の主張は「少年誌にふさわしくない」と「このような構造表現は好ましくない」の2点に大別できます。そしてこれへの真っ当な反応としては表現媒体販売場所の適不適に関する議論か、どこまでの表現なら現状の媒体可能かといった議論しかありえません。

まず一点目の「少年誌にふさわしくない」という批判について。

  

被害肯定的に描いているのは、たしか問題表現です。しかし、それを少年漫画に載せるのが不適格なのかと言うと、簡単な話ではありません。

例えば正義のために暴力をふるうアンパンマンも、私刑肯定的に描いたという意味では問題表現だと言えます。また、サザエさんでは家事育児女性仕事とされていますから、これも女性差別肯定していると解釈することができます。こうなると、あらゆる漫画問題表現を見出すことが可能であって、どこで線引きをすればいいかは難しいです。

そもそも少年ジャンプに載せたらダメなのか、巻頭カラーで載せたかダメなのか、それとももっと読者層の年齢が高めの漫画雑誌に載せることもダメなのか。ジャンプ編集部判断を迫るのではなく、批判者たちも責任を持ってその提案をすることが望ましいです。

  

それに、出版社に対して自主規制を求める活動というのは、仮に権力者ではなく私人がやっていることだとしても、一歩まちがえると危険を伴います

例えば「LGBTは不快だから表に出てくるな」「反戦漫画子供に読ませるな」という"批判"をしている人たちだっているでしょう。かつて性描写暴力表現を潰そうとしていたPTAも今回の騒動とおなじ手法で、やたら大声で騒ぎ立てて世論をかきたてたり、出版社に要望を出してその世論忖度させるという手口だったんじゃないですか。昔のことはよく知りませんけどね。そして、これが公権力と結託すると恐ろしいことになります

自主規制の是非については、あくまでもケース・バイ・ケースですが、「世論に押されて自主規制に追いこまれるのも表現規制の一形態だ」という理解は持っておくべきだと思います

  

  

  

つぎに二点目の「このような構造表現は好ましくない」という批判ですが、これは非常に厄介です。かりに『ゆらぎ荘の幽奈さん』を年齢層が高めの雑誌移籍させたとしても、この批判を免れることはできません。

  

このブログ主さんは触れていませんが、「このような構造表現は好ましくない」というのは単に論評をしただけではなく、「好ましくないかゾーニングしろ」「好ましくないから内容を変えろ」という含意があることも多いです。

オタク規制されそうになったり、ゾーニングを求められたりして、いつもピリピリしているんです。だから作品名を名指しされてそんな批判を浴びせられると、オタク側が過敏に反応してしまうのは仕方ない気がします。

  

また、批判者は作品内容を論評するにとどまりません。「こんな好ましくない表現のある漫画を作ったり消費している奴らはクズだ」という侮辱をされることもあります

オタクはこの侮辱に対して、どのように応答すればいいのでしょうか? 頭を下げて、「この漫画は性被害肯定的に描いた作品です。こんなものを楽しんでいる私たちは罪悪な人間です」という懺悔をおこなえばよいのでしょうか? さすがにこの対応を求められるのは屈辱的だし、ハラスメントではないかと言いたくなります

もちろん批判に応答する義務はないですから黙殺しておくのが一番だと思いますけど、それはそれで「オタク社会的責任果たしていない」という攻撃材料を作ってしまいそうです。

  

(ところで、『ゆらぎ荘の幽奈さん』の件とは異なりますが、成人指定がかかっているエロマンガに対しても、「このような構造表現は好ましくない」という批判をすることが可能です。しかし、その批判を名指しでやることは、嫌がらせ以上の意味があるのでしょうか。製作者側も好ましくないと思ったから成人指定にしているわけですし、仮にその批判を向けられたせいで炎上案件になってしまったら困ります。)

  

  

  

表現規制において、右派だけを脅威とするのは誤り

また規制を進めようとしているのはフェミニストではありません。第一日本国内フェミニストはそこまでの政治権力を持ち得ていません。日本において議会多数派ほとんどの場合右派(というか極右)が占めており、規制も彼らの手によるものです。

もしフェミニスト規制を進める権力がないのだとすれば、オタク側はフェミニストから批判に耳を傾ける必要がなくなります権力のない者からいくら批判を受けたとしても、こちらは黙殺か冷笑をしておけばいいんです。

ただし実際には、自民党表現規制をおこなおうとするときリベラルフェミニスト等の左派勢力がそれに加担・黙認する恐れがあります。こうなってしまうと、民進党社民党共産党いくら反対をしたくとも、その足場が揺らいでしまます

  

オタク普段、左派勢力から批判ちょっとはまじめに聞き入れておかないと、いざというとき彼らに助けてもらえなくなるのです。

リベラルフェミニストは、オタク自分たち批判を聞き入れようとしなかったり、自民党山田太郎を支持している姿を見ると、激怒するでしょう。そうなると次は報復感情が芽生え、批判を押し通すために権力を頼ろうとするのが当然のなりゆきです。

その意味リベラルフェミニストは、自民党右派勢力ほどではないですが、オタクにとって油断ならない存在です。

  

もっとも、オタクが彼らの批判を聞いたところで、批判は次から次へと出てくるし、あげくのはてに土壇場で裏切られる可能性があります

自民党表現規制をやるとすれば、その大義名分は、「性暴力肯定している漫画けしからん!」「こういう漫画流通しているのは女性差別だ」というものになるでしょう。左派政党はともかくとして、その支持者たちがこの問題自民党に加担するのは、けっこう容易に想定できる事態だと思います

例えば自民党が、「少年誌から健全な性表現(=女性蔑視を促すもの)を追放する」という法案を出したとすると、それは今回の騒動ジャンプ編集部自主規制を求める人たちの目的合致するものです。このときリベラルフェミニストが「自主規制には賛成だが法規制には反対だ」という峻別をする人ばかりだとは限りません。

  

あーね、あとは、「リベラルオタクの支持を集めそこねたのは、リベラルがクソすぎる責任もあるのに、その反省はないのか」とか、「"表現の自由戦士"みたいなオタク像ばかりを見ていて、このブログ主現状認識おかしいんじゃね?」とか、いろいろ言いたいことはあるけれど、そこは私もろくに把握できていないので語るのはやめておきます

  

  

  

エロからこそ批判されている

批判者はエロから批判しているのか?そういうわけではありません。

このブログ主は、『ゆらぎ荘の幽奈さん』が批判されているのはエロからではないと言っていますが、それは違います

絵としてエロいものからこそ、我々の感情をゆさぶり、批判やり玉に上がっているのです。その証拠に、私刑暴力肯定している『ジョジョの奇妙な冒険』等は、エロくないか批判やり玉にあがりません。

  

今回のような批判が起こっているのは、この漫画の絵がエロく見えるからに他なりません。

もし視覚的には欲情を誘わない絵柄とか、エロくは見えない描写方法採用していれば、女性蔑視・性被害うんぬんという指摘があったとしても、それが大勢の人たちを巻きこむ炎上案件にならなかった可能性が高いです。

  

  

  

差別表現には問題があるが、エロ表現にも問題はある

今回の件で、はてなTwitterリベラルは「エロ問題ない」と繰り返していました。

しかし、私はそう思いません。

リベラルが褒め称えるような"エロ"ならば、それをどんどん子供に見せてよいですか? それを公衆に向けて掲示することは、ポリコレに沿っていると言えますか?

そんなはずがありません。どれだけ適切に描こうとも、やはりエロゾーニング対象にするべきです。

  

ところで、欧米基準に従えば、二次元三次元区別せず、「児童水着姿をエロティックに描くことは児童ポルノだ」という論を立てられると思います

今日日本リベラルフェミニストはまだこの基準採用していないようですが、萌えキャラは童顔ばかりだし、それが水着姿になっている漫画はアウトだという意見が主流になる日が来るかもしれないですね。

  

  

  

作中で性被害肯定的に書いたことは問題本質ではない

一言でいえば、「意図的がどうかにかかわらず女性被害を受け、それを肯定的に書いている」ことが問題視されています

女性が性被害を受けることをを肯定的かいたというのは、じつは問題本質ではありません。

例えば『ゆらぎ荘の幽奈さん』で、胸を強くさわられた女子が痛がっていたり、そのことで心が傷ついたシーンが描かれていれば、何も問題はなかったということでしょうか。

  

そういえば、この前に炎上していたクジラックス漫画について、リベラルフェミニストがどう思っているのかを知りたいです。

あの漫画ポルノとしては珍しく、レイプ正当化できない悪として描ききっていました。つまり、「レイプ被害者を傷つける暴力だ」「レイプをやる奴は卑劣犯罪者だ」という認識を貫徹していたのです。

作中での性暴力の取り扱いが肯定的否定的かということだけに注目していると、レイプ=悪という認識を徹底させたこの漫画が一周まわって健全だということになってしまます

参考:「クジラックス漫画って、むしろポリコレ的に正しいでしょ?」

https://anond.hatelabo.jp/20170619174431

  

  

  

被害を娯楽として消費しないことは可能

これは私見になりますが、萌えという欲情を誘う絵柄で描いた漫画である以上、性被害は抜きどころです。

  

ストーリー上でいくら否定的ものとして描いていたとしても、それは性的消費の対象となります

キャラが性被害を受けているとき、その肉体が露出していると、男性読者はそれを見ながら欲情してオナニーするのです。

胸や性器露出がなくても、その瞬間の女キャラの顔の表情を見るだけで、男性読者はきっとオナニーすることができるはずです。女キャラが恥じらいの表情ではなく、嫌がっている表情を浮かべているとしても、それはそれで抜けます

これではどうやっても、「女キャラが性被害を受けている場面を男性読者が娯楽的に消費する」という構図を脱することができません。

  

この構図をなくしたい場合萌え系の絵柄の漫画では、性暴力・性被害を作中で取り扱うことをやめるのが一番です。

また、該当箇所の絵を省略して、そういうことは文字で伝えるという方法もあるかもしれません。(しか男性読者は、作中では省略された性被害の場面を勝手妄想するし、あるいは性被害をうけた女性という属性に興奮し、それをオカズにしてオナニーすることができるでしょう。)

  

  

  

エロと野蛮さは切り離せない

フェミニストが彼らの言うところのエロ批判するのは、主に女性の軽視、蔑視搾取、モノ化といったことを肯定助長すると認識しているからです。フェミニストエロを憎んでいるように彼らに見えるのは、彼らの認識するエロ女性独立した人物としてみなさなものであるからです。その前提をクリアするのであれば、むしろ女性独立の証として肯定するフェミニスト大勢ます

この指摘は、いちいちもっともな話だと思うんですが、「そんな批判をされても知らんがな」という反発をしたくなります

  

フェミニスト女性独立の証として肯定するエロとは、どれだけ素晴らしいものでしょうか? "女性の軽視、蔑視搾取、モノ化"を解消したとしても、今度は女性男性に向かってそれをやり返すだけです。

例えば女性自分の好みで男性自由に選ぶということ、それは女性の権利です。しかし、その権利行使するとき女性は、きわめて動物的な性欲を発揮しています。金、地位容姿、安定感、人格、優しさ、そこには微塵もポリコレなどというもの存在しません。

パートナー人格や優しさを求めるのは人間的な営みだと言われそうですが、じつは全然そうではありません。女性恋愛において男性に求める人格や優しさとは、それはそれですごく動物的なものです。まるで獣のメスのようにオスを選別しているのです。女性恋愛セックスで感じる幸福も、すべてはこの獣性に支えられています

いずれにせよ女の性欲も、男と変わらず獣のそれと同然なのであって、どこまでいっても身勝手で汚らわしいものなんです。性欲は、社会正義を求める意志とは根本的に矛盾しています

こうなると結局、エロの正しいあり方というのは分からなくなります表現物において女性キャラクター主体性を重視すればポリコレに適するかといえば、すでに述べたとおり、決してそうではありません。

  

一つ言えることは、お行儀のよいエロ表現なんか絶対に楽しくないってことです。

人権平等という正しい理念を詰めこんだエロ表現があるとすれば、おそらく私はそれを(ポルノ的な意味では)評価できないし、その偽善には吐き気を催すほどの不快感に見舞われるでしょう。私にとってのエロとは、どこまでいっても女性蔑視暴力性と切り離せないものです。

お行儀のよいエロは、ジャンプを読んでいる子供にもウケが悪そうです。子供不謹慎もの下劣ものが好きなのだし、性描写もそっちの方向でなければ楽しく受容されないでしょう。エロが野蛮さと結合してこそ楽しめるという子供感性は、なまじそれを否認してみせる大人より正鵠を射ています。この感性のあり方は否認せず、内心の自由として尊重し、一方でこの野蛮さを制御する文明的な理念について子供に啓発することができるならば、多分それが最適解だと思います

  

  

  

そもそも誰のため、何のためにゾーニングをするのか?

少年誌といえども、子供はその本を自発的に選んで買っているわけです。これを「少年誌にふさわしくない」と批判して自主規制に追いこむのは、子供権利を奪っているのではないかという疑念があります

  

これはゾーニングにおける根本的な問題ですが、「子供の目に入らないように大人配慮する」と、「子供自発的に見ようとしているもの大人妨害する」を混同してはダメじゃないかと私は考えています。この配慮妨害は重なる部分がありますが、前者が積極的におこなうべきものであるのに対して、後者抑制的におこなうべきものでしょう。

今回は巻頭カラーから目立っていて、その点は大人配慮をせずに子供に見せつけたと言えるかもしれません。しかし、子供はこの雑誌が以前からこういう作風漫画を連載したものだと知ったうえで購入しているのですよね? それがあくまでも子供主体性の発揮だということは、議論の際にもっと考慮に入れるべきだと思うのです。

(なお、確か少年ジャンプの読者層は高校生~成人が大半、残りは中学生だったりするので、小学生の10歳以下となると、ほとんど読んでいないはずです。それを一律に"子供"扱いすることには違和感があります。)

2017-07-11

https://anond.hatelabo.jp/20170710143755

>>相手が何か、自分と違うステータスを持っている人でも、すべての人は平等知識に触れる権利を持っている

それって女性限定勉強会とか完全にアウトじゃん

これさぁ、もしかして本当に蔓延してるのは女性蔑視じゃなくて、男性蔑視じゃないのか?

https://anond.hatelabo.jp/20170710234008

https://anond.hatelabo.jp/20170710234008

この手の回答者立場文脈によって受け止め方が違う質問踏み込む時は、簡便のためにまず自分立場を明らかにすることが必要だと思うので、

まず自分がどの立場人間なのかを示してから質問踏み込みたいと思う。

俺はアマチュア絵描きだ。

からアマチュア絵描き(いわゆるインターネットお絵描きマンってやつ)の立場から答えたいと思う。

アマチュア絵描きの俺の立場からすると、『ゆらぎ荘の幽奈さん』の表紙はやや過激だと感じた。

ただ、やや過激であったりPTAの方々に怒られないギリギリ表現をするというチキンレース

少年ジャンプに限らず多くの雑誌においても古くから行われてきたことだと思うので、

表紙が大きいお子様ではない方の少年達にとっては、『ゆらぎ荘の幽奈さん』の表紙はやや過激と受け止められるのではないかと思う。

ただ重ねて言うように、セーフとアウトの間のギリギリ表現模索するというのも、創作醍醐味の一つだと思うので、

そういうチキンレースを楽しむ余裕のある肥えた漫画読者からすれば、『ゆらぎ荘の幽奈さん』は何の問題もないように

映ることも確かだと思う。

以上で俺の意見は終わり。

それで、だ。

『ゆらぎ荘の幽奈さん』問題の不可解さは、やっぱり批判している人達の内の「一部の人間」のロジックの不可解さに起因すると思う。

わかりやすくいうとこんな感じ。

①『ゆらぎ荘の幽奈さん』はスケベすぎて悪影響!だから修正すべき!→まあわかる(従来の典型的批判側の意見)

ただ「一部の人間」の不可解なロジックはこんな感じ。

②『ゆらぎ荘の幽奈さん』は女性の裸を売り物にしている!だから修正すべき!→わからなくはない(でもつ最近までフェミニスト界隈を除きほぼ見られなかった意見)

③『ゆらぎ荘の幽奈さん』は女性蔑視作品だ!こんな作品問題だ!だから修正すべき!→わからない(少年誌掲載されている作品を「女性蔑視作品」と

受け取るのははっきり言って被害妄想の類でしかないのではないか。それにそもそも『ゆらぎ荘の幽奈さん』は女性蔑視目的として描かれている作品では

ないのではないか)

④『ゆらぎ荘の幽奈さん』は投票結果のページで嫌がる女性達を無理矢理裸にさせている!『ゆらぎ荘の幽奈さん』は問題がある作品だ!

→わからない。

(従来はフェミ界隈を含んでもほぼ見られなかった意見)

①のロジックはわかる。でも②③④に関しては、従来ではほぼ見られなかった意見だ。

また②③④に関しては実のある批判というよりは、「悪質なクレーム言いがかり」のようでないかとさえ思う。

というか④に関して言及するなら、そもそも投票結果のページをそのような文脈として捉えている人達は、男性向け漫画における漫画文法を知らないのではないだろうか。

だけど今の日本社会だと①に加えて②③④の意見も出てくるのが「普通」なのかもしれない。

いずれによ②③④の意見は俺が少年少年ジャンプを愛読していた頃には決してみられなかった意見だ。

俺も若いつもりがまあまあ歳を食ってしまった。

俺の中での常識ってやつが、今の日本社会とズレてるだけなのかもしれない。

2017-07-09

幽奈さんが許されてコックゥ〜んが許されない謎

少なくとも幽奈さんを表現の自由だとかばう人はビール擁護しないとダメだろ。

性を連想させるからとか女性蔑視解釈することが可能からとか、全部幽奈さんにもこじつけられるじゃん。

2017-07-08

から思うとかなり少年漫画の影響受けてたな。

マチズモというか男根主義というより、「おちんぽ主義」感じの思想少年漫画メインストリームにあって、正直大学入った頃くらいまではそれが当たり前だと思ってたなー。

性的な事に関して女性消極的で恥ずかしがって拒否しても男性主体的に強引にでも「同意」を得てもいいとか。

ある種の女性蔑視と敵視と、女性性的に消費することを当然視したり。

あとは男性の性欲の発露は自然なことであり、女性はそれを受任すべきみたいな?

正直そのまま大人になってたらクソセクハラ野郎、下手したら性犯罪者になってだろうと思うと、その手の考えから抜けるきっかけになったフェミニズムやマスキュリズムには感謝してるよ。

変幻戦忍アスカとか、いけない!ルナ先生とかあとやるっきゃ騎士電影少女、BASTARD、ゴッドサイダーとか直撃世代だけど駄目?

ゲームだとコズミックファンタジー3、ラングリーッサーがシコリティが高かったなー

https://anond.hatelabo.jp/20170707235403

人間の善性」とかそこまで大きな話ではなくて、「日本人男性女性蔑視も行き着くところまで来たなあ」というアレです。

まぁ日本人男性にまともな「他人の苦しみを慮る機能」とか「人権意識」とかを求めるのが過剰な期待ってことですかねw

私は性犯罪を犯したいと思ったことはないし、被害者を心から可哀想に思っていますが、自己愛強すぎますかね?ww

2017-07-07

ネトウヨ的なものって大抵女性蔑視とセットだと感じるんだけど女性ネトウヨになる人ってそこらへんどう折り合いつけてるんだろうか

レスするマン

https://anond.hatelabo.jp/20170707001806

おそらく、「好みのタイプかもしれない期待」→「とりあえず写真見せてもらうまで頑張る」→「好みのタイプから会うまで頑張る」という流れなのか。

 

でも、僕はネット上で顔が見えない相手書き込みを見て、勝手書き込み内容から相手人格判断して、ドキドキするのが好き!

女性だって腐女子みたいに勝手カップリング妄想してドキドキするじゃん。

 

容姿山田花子だろうとなんだろうといいんだよ。

自分と違う性別の人が、ここまで自分と(ネット上の文字だけで)意思疎通ができる、という事実に、たまらなくドキドキする。

 

あなただって宇宙人ネット上で対話したら、ドキドキするでしょ?

 

https://anond.hatelabo.jp/20170707003318

いやいや待て待て、俺のことを言ってるなら、

メスとして男に気に入られるために女の格好してんだろ!

なんて言ってないよ。

女性を感じさせる恰好言動をしている時点で、女性として見られるのは仕方ない。それが嫌なら、女性と感じさせない服装言動をするしかない」と言ってるだけ。

男性として見られたくない」と言ってる人に対し、「男性を感じさせる恰好言動をしている時点で、男性として見られるのは仕方ない。それが嫌なら、男性と感じさせない服装言動をするしかない」って言ってるのと全く一緒なんだけど?

 

なんで、何でもかんでも女性蔑視女性差別に繋げるかなー。と思う女性解放主義者でしたまる

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706182044

自分大学先生は、学生に嫌われたくないからか、目の前で女性蔑視的な発言してる男子苦笑いして見てるだけだったな。

講義ではジェンダーがどうとか言ってたけど。

文系役に立たないな。

2017-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20170618120040

始めから「嫁候補募集しますよ」といって応募してきた女性なら選ばれて喜ぶかもしれないけど、

新卒カードを使って正社員募集に応募してきた女性が急におっさんに言い寄られて喜ぶケースを想定してたってこと?

しか元増田自分玉の輿に乗れないか嫉妬して「気持ち悪い」っていう感想になったと考えてる??

流石に想像力方向性女性蔑視に偏りすぎでは??

あと、やっぱり男性の性欲に対して女性本能的に抱く嫌悪感って全く理解されないんだなあ。

2017-05-29

ツイフェミがもし男に生まれていたら

絶対ミソジニーになってたんだろうな

自分絶対的優位に立った状態で誰かを一方的に罵りたい

そのためには何でもする

使えるものはなんでも使う

それがネット上に蔓延フェミ実態なのだろう

女性蔑視を隠さない男に男ながら辟易してフェミに近づいたが

女だろうが男と変わらずほとんど同じような奴ばかりだった

他人の頭を踏みつけたい

その欲望を隠そうともしない人しかいなかった

2017-05-23

なんか問題発言のたびに「失言」と表現するが

あれ「本音」って言い換えた方が良いと思う

 

件のがん患者どうこうとか女性蔑視とか

意図しなければ出てこない発言な訳じゃん

 

おまえら学会研究成果発表してるとき

いきなり「おちんちん! うんこ!」て言わないだろ?

2017-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20170521144313

どっかで読んだけど、男尊女卑発展途上国ほど男が「女はむしろ優遇されてる」と言い出すんだって眉唾ものだけど

ネットで女叩きが多くなるのも男尊女卑の目安だって

弱者男性とか強者男性とかじゃなくて、「男性差別」の方が一見見えやすいんだと思う。女性専用車両女性限定サービスとかそんな表面的なものが目につくから

賃金格差とか女性蔑視とかはあんまり目に見えないし前者は性差だと言い張れる

2017-05-19

アボリジニミソジニー

最近よく目にするミソジニーってなんだろう?

アボリジニ親族?蟻食べるの?美味しいの?

なーんて思っていたら、

ミソジニー (英: misogyny) とは、女性や女らしさに対する嫌悪蔑視の事である。 女嫌い(おんなぎらい)、女性嫌悪(じょせいけんお)、女性蔑視(じょせいべっし)などともいう。

という意味なのね。

色々な横文字があって最近よくわからんわ。

http://anond.hatelabo.jp/20170518220731

はてなも男の比率高くてホモソーシャル気味なのは同じだろ

ただID制だからそう過激なことは増田しか言えない(振り切れたキチガイなら別だが)

2chが(板にもよるだろうけど)男で固まって女性蔑視を堂々とやっているのに対して

ここは一昔前のネトゲと同じで女っぽいのを見たらとりあえずちやほやす空気ってだけだよ

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170518110228

友達おったよ。

たまに音信不通になるので不思議に思ってたら実は痴漢でつかまってた。

何度かの起訴猶予執行猶予を経て最後実刑食らったので縁切れた。今もやってるかどうかは知らん。

普通につきあってるぶんにはごくごく常識的なやつだったけど、たま~にぎょっとするような女性蔑視発言をするので「こいつのこういうとこ好きになれないな」と思ってた。

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