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はてなキーワード: 三次元とは

2019-02-21

ジャニーズVtuberデビューについて

最初Vtuberという流行に乗っかってるだけの企画で「ジャニーズ事務所もこの先生のこるために大変だな」と思ってたけど、Vtuberや(Vtuberから話が変わるが)二次元アイドル声優に関する疑念が割と解消されるのでは?と思った。

中の人事務所が分かる安心感

もはや中の人など気にせずに動画を楽しんでいるけれど、それでもどこか隠し事が常に付きまとってる感じは正直否めなかった。

別に声優を知ったところで余計に入れ込むことも無いし、むしろ声優や同声優が演じたキャラでいじる風潮(テラ子安とか別キャラ名前で呼ぶあれ)も嫌いだし、それに巻き込まれるくらいだったら未発表で構わないのだが、隠し方に対して気持ち悪さを感じる部分があった。

あとは未発表かつ最初から所属してた事務所が見えないところであの手この手使ってそうな疑念もあるし、それだったら先に所属事務所を発表してそこからデビューしてるVtuberの方が潔いので。

からこれがジャニーズ事務所というのを伏せての企画でのちに判明したら滅茶苦茶悪口書いてただろうし、折に触れては恨み節呟いてたと思う。

あと正体が分かってるが故にメタネタ使えるのは強そう。

声優に歌とダンスバラエティ耐性課せられてるのを見るのが苦手

Vtuberと離れる話になるが、声優キャラクターとして歌とダンス披露するライブが実は得意ではない。

ライブ感想で「キャラが目の前にいた!」というのを見かけるし公式もそのように推してくるが、個人的にはキャラを演じた声優しか目に映らないのでその辺りと温度差がある。

またゲームアニメ内にラジオ生放送ネタ逆輸入するのも元ネタをそこまで見ないし聞かないので白けてしまうところがあるし、声を演じるのがメインの職業の人にバラエティ的な面白さを強要しているオタクを見ると辛く思ってしまう。

もし今後このジャニーズVtuberが曲をリリースしたりゲームアプリを発表することになり、かつVtuberとしてではなく生身としてライブに出なければならない時に、普段通りに歌って踊ってバラエティ対応すれば良いのだからその辺りの齟齬解決するのではないかと思っている。

中の人が数人いるのが苦手

Vtuberなら普段の動きも声優本人がやってるが、ダンスや何かしら特殊な動きを披露するモーションとなるとさすがにダンサーがモーションをつける事になる。

またアイドルゲームアイドルアニメ場合は確実にモーション班がいるが、どうしても「皆でキャラを作り上げている」のではなく「キャラというガワに何人もの人間が入れ替わり立ち代りしている」ように思えてしまう。着ぐるみを着回してるような感覚があるのだ。

それが先程も述べたように可能な限り一人に収束していって、キャラ=その役者のものになるのは違和感がないのは良いと思う。

と、ここまで好意的に書いたが、見た限りあの素人っぽさは脱却しないと厳しいだろうし、事務所流行りに乗っかるだけのスタンスなら一企画だけで終わってしまいそう。長期化を視野に入れ腰を据えてやるならVtuber界の刺激になるのでは。

あとやるなら新キャラを作り出すのではなく、本人自体二次元にした方がよりキャラ演者に対するズレが減るのでは?とは思った。

それなら本人がYouTuberになった方が早いかもしれんが、やはり二次元が好きな層、三次元アイドルが好きな層、声優が好きな層は相容れないと思うのでそこのうまい潤滑油になれたと思う。

中の人の交代や2代目とか3代目が出てくる布石かもしれんが。

アニメ実写化大反対

アニメというか二次元作品全般

なぜ学ばないのか?

ニセコイがっこうぐらしもクソオブクソだったでしょ

もちろん予告しか見てないけど

スカトロ興味ないのに「うんこ食うAV凄いエロい!一回見てから批判しろ!」って言われて見るか?

見ねーよバカ

三次元魑魅魍魎二次キャラ代替するなど無理

三次から三次クイーン映画だって寄せてきてるじゃん

あれ短足チビ眼鏡出っ歯歌下手な日本人がフレディ役やって納得する?

無理でしょ

2019-02-17

大沼くるみちゃん

胸が大きいというだけで男達から性的な目で見られて生きてきて、そのせいもあってか13歳にして巨乳に対してコンプレックスを持つようになってしまったのに、アイドルになっても変わらず男に性的搾取されていくんだろうと思うとめちゃくちゃ複雑な気持ちになってしまう。

加えて三次元には巨乳コンプレックスくるみを(巨乳コンプレックスと知ってて)性的に消費するオタクもいる事実

なんで運営はこんな子を出したんだろう。見ててつらすぎる。

2019-02-16

子供はいつも損得の一次元。それが善悪二次元、好悪の三次元と増やして大人物差しになる。

大人になって安全だの景気だの数え切れないほどたくさんの次元の中で生きていることに気づくと人を隣の数直線にずらしてあげることができる。

増田社会ガーはなんでまたそこまで戻っちゃったのかね

と天冥の標の最新刊断章8を読んで思ったわけよ

関係性を志向するファンダムのこれから 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216023228

3【オタクによって関係性を消費されるオタク

キャラクタ化するオタク

 本章では、オタク同士の関係性をテーマにした創作作品や、バーチャルYouTuber同士の関係性が消費されることについてより深く考察していく。

1章で述べたバーチャルYouTuber同士の関係性に視点を戻すが、バーチャルYouTuber現在6000人が活動している。その中で人気を得ている配信者こそ、関係性を構築し、バーチャル上での物語消費者提供しており、姿かたちや趣味嗜好こそ多様なものの、ひとくくりにいえば大体の生まれは「オタクである。つまり、「オタク」だからこそ萌えられるキャラクタ関係性をセルフプロデュースし、それをまた「オタク」が消費しているのだ。これがループのように連続することで、時には自らも憧れてバーチャル世界に踏み込んでいくためにバーチャルYouTuberは日々増え続けているのである自分人生趣味嗜好を、キャラクタというフィルターを通すことでシェアし、自らが創作物/キャラクタのものになるということは、自伝エッセイ執筆し、その読者と直接対談するようなことだ。「オタク人生」を物語として消費し、絶え間なく新たな物語関係性が発生していくというコンテンツに、オタク萌えることができる。たとえパーソンが基底現実においてどんな人物であったとしても、「生けるキャラクタ」としてのバーチャルオタクの魅力に、オタクシンパシーと巨大なエモーショナルを感じざるを得ないのだ。自分と近しい存在人生物語として消費することは、永久機関のような底の知れない魅力を持っている。

また、「このマンガがすごい!2019」*4 では、オンナ編第1位に鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(2018)、第8位に町田 粥「マキとマミ」がランクインしており、この作品はどちらも腐女子同士の関係性を主題としたものである。2章で述べた「腐女子特有の親密さは、既に広く認知されており、さら創作物として女性からの支持を強く得ているということである。この背景にも、自らのオタク言動コミュニケーション「あるある」と思いながら読むような自伝エッセイ的な要素ももちろんのことだが、「腐女子特有の親密さへの愛着」や「登場する腐女子同士の関係性のリアリティに即した萌え」が確実に存在していると考えている。

・「関係性」の基底現実での実践

 上記のようにキャラクタ化したオタクや、親密さの自覚を持った腐女子は、基底現実においても関係するようになる。1章で述べた「バーチャルYouTuber同士が三次元で会った時の飲食物画像」や、腐女子特有の「なりきりアカウント文化の「背後交際」などが主な例だ。バーチャルYouTuberコラボ放送をしていた親密なパーソン同士が3次元でも会うようになり交際に至ったという例も、キャラクタとして表沙汰にならずとも存在する。また、腐女子コミュニティにおける「なりきりアカウント」とは、主にTwitterなどで作品キャラクタのロールプレイをし、自分の好きなカップリング相手ネット上で交際したり、同作品キャラクタ日常会話をする文化である。このアカウント運用主を「背後」と呼ぶのだが、彼女たちは基底現実でもオフ会をし、実際にロールプレイ交際していた相手現実でも交際に至ることがあるという。

 つまり関係性消費が加速し、自らもキャラクタ化したオタクは、パーソン同士としての基底現実でも「萌え関係性」を実践しているのである。この状況において、「わたしたち関係性は萌える」という自覚の有無はもはや必要ない。パーソンとキャラクタ境界あいまいになり、オタクは自らを自らで消費することが可能になっていくのだ。

4【関係性消費はどこに行きつくのか】

 本論では、関係性消費が牽引していくというトピックからオタクのものキャラクタ化、そして完全なる相互消費の永久機関にまで言説が行きついてしまった。しかし、現実での関係性消費において立ち上がってくる問題はやはりジェンダールッキズムである。これに対するアンサーは2つある。1つは、すべてのオタク理想バーチャルキャラクタとしての3Dモデルの肉体を手に入れることであるバーチャル空間での関係性の構築はYouTubeだけでなく、「VRchat」という果てしない多様性を持ったもう一つの世界ともいえるVR空間でも今まさに進行中だ。全オタク理想キャラクタとなり、主体的交流してその関係性すべてを消費することができれば、そこにはジェンダー格差ルッキズムによる格差存在しなくなるのではないだろうか。2つ目は、キャラクタ化しない、あるいは関係性に参入せずあくまでも傍観者としての消費・あるいは創作を貫く選択肢を選ぶことである。2章で述べたように、創作物と消費者セクシャリティ/あるいは創作物と作者のセクシャリティなどは分けて考えるべきというスタンスに基づく在り方である

これらの二つの未来像は両極端にも見えるが、しかしこれらが混じりあい議論が巻き起こっているのが現状であるしかし、バーチャル空間上でのルールマナー議論の末に整えば、それぞれが理想関係性を追い求めて基底現実バーチャル世界を横断していくようになるのではないだろうか。創作だけに留まらず、現実世界拡張現実侵食する「関係性消費」は、しか古典時代から物語として脈々と行われてきた文化であるオタク文化、双方がその形を変えて混じりあう瞬間に、今わたしは立ち会っていると思うと感慨深い。

関係性を志向するファンたちのこれからは、今後のオタク市場の動向と、バーチャル技術の発展にかかっていると感じた。これからジェンダーセクシャリティ論とカルチュラルスタディーズ、両方の視点からわたしも一当事者として今後の動向を研究していきたい。

引用文献】

*1 東園子,2015,「宝塚やおい、愛の読み替え 女性ポピュラーカルチャー社会学新曜社

*2 難波優輝,2018,「バーチャルYouTuberの3つの身体 パーソン、ペルソナキャラクタ」『ユリイカ』第50巻:117-125

*3 斎藤環,2009,「関係する女 所有する男」講談社現代新書

*4 このマンガがすごい!編集部,2018,「このマンガがすごい!2019」宝島社

【参考文献】

玉川博章,名藤多香子小林義寛,岡井孝之,東園子,辻泉,2007,「それぞれのファン研究 I am a fan」風塵社

吉澤夏子,2012,「『個人的もの』と想像力勁草書房

山岡重行,2016,「腐女子心理学 彼女たちはなぜBLを好むのか?」福村出版

塚田修一,松田聡平,2017,「アイドル論の教科書青弓社

2014,「ユリイカ 特集百合文化現在」第46巻第15号 青土社

2018,『ユリイカ 特集バーチャルYouTuber』第50巻第9号 青土社

美水かがみ,2004-,「らき☆すたKADOKAWA

なもり,2008-,「ゆるゆり一迅社

あとがき

期限ギリギリで提出したので粗も多いが、これをベースディスカッションできる地盤固めができたので良かったと思っている。オタク人生で遊んでいこうな!

関係性を志向するファンダムのこれから 前

 本稿では、現在の「ファンオタク」が「関係性消費」を志向するようになってきているという事象を踏まえ、その内部の「男オタク」と「女オタク」のジェンダー格差や、関係性消費の今後について多角的視点から分析を試みる。なお、本稿においての「オタク」は、二次元三次元を問わずある作品概念グループなどを愛好すると自認している人々のことを指すポジティブ言葉として用いる。拡散多様化するオタク文化は2次元と3次元の壁を超え、全体像画一的に語るのはほぼ不可能なため、ジャンルジェンダーに関する詳細については各部で詳細を補完したい。

1【現代オタクデータベース消費から脱却する】

日常系が売れるのは「関係性」を読み取れるから

 「日常系」は広大なオタク市場の中でもかなりの割合を占める作品群だ。基本的には複数女性キャラ日常生活描写した4コマ漫画が多く、それを原作としたアニメ2010年代以降各クールに2~3本は放映されている。基本的ドラマティックで壮大な展開や激しい戦闘を行わない、いわば反「セカイ系カルチャーともいえるだろう。源流としては美水かがみらき☆すた」(2004)や、なもりゆるゆり」(2008)などが代表的ものとして挙げられるだろう。00年代初頭から現代まで増加傾向にある「日常系」は、現在も各メディアで売れ続けている。この背景には、やはり弛緩した日常風景の一瞬・ごく短いセリフや1コマのシーンの行間を読む関係性消費への志向への高まりが一因であると思われる。日常系の「物語性のなさ」は、逆に巨大な「行間」を生み出し、そこにオタクが各々関係性や物語想像して消費することができるからなのではないだろうか。

・「行間を読む」相関図消費の“複雑さ”への萌え

 関係性消費について、2,5次元舞台での「リアリティ担保に参加しつつ、舞台裏も消費するファン」や、「タカラジェンヌの四層構造」(東 2015:96-98)*1 で取り上げられた「各レイヤーを横断し、その要素を複雑に融合させながら関係性を消費するファン」は非常に興味深い。これに似た位相にあるコンテンツに、「バーチャルYouTuber」が存在する。「バーチャルYouTuber」とは、2D3D二次元アバター現実の肉体の動きとシンクロトラッキング)させ、そのキャラとしてゲーム実況雑談配信などを行う人々の事を指す。そもそもYouTuber」の動画には前提とされる物語世界観はなく、その動画単体でも楽しめることが前提とされており、多くのバーチャルYouTuberも同じく、上記の「日常系」にも通ずる他愛もない放送を行っている。しかしここにおいて重要なのは、「日常系」を「実在人物が演じる」ことがコンテンツとして確立し、今流行していることである難波優輝は「Vtuberの鑑賞の構成要素は、パーソン、ペルソナキャラクタという三つの身体に分けられる。そして、ペルソナキャラクタ画像がつねに重ね合わせられ、かつ、パーソン/キャラクタとペルソナの層がそのつど関係づけられながら、装われるペルソナが鑑賞者の鑑賞の対象になっている」(難波 18:121)*2 と論じ、これを「Vtuberの三層構造」と名付けている。

そしてバーチャルYouTuberは、電子の肉体によって軽々と他のバーチャルYouTuberとの関係性を構築する。コラボ放送などでみられる仲睦まじい様子を、鑑賞者は「Vtuberの三層構造」を横断し、「彼/彼女らのパーソンのレイヤーでの関係性」が見え隠れする片鱗をSNS動画において意識しながら鑑賞しているのである。また、バーチャルYouTuber側も当然「パーソンを消費される」ことに対する意識を持っているため、現実世界でパーソン同士が実際に会い、その時食べた飲食物画像投稿する、それに対して「パーソン・レイヤーにおいても継続される強い関係性」を読み取れるようになる、といった事象もあった。これはまさにタカラジェンヌの四層構造における「芸名存在」におけるパフォーマンスと相似であり、その表象が3DCGやVR機器の発達によりさらに「オタク」向けに変化(美少女美少年だけに限らず多様化)したものではないだろうか。「日常系」と「関係性消費」の拡張であり、またジェンダー次元の攪乱への大きな手掛かりとなるムーブメントだと考えられる。

まり、「実在人物が裏に存在するという事実に裏打ちされた生々しい日常系関係性」が、液晶内のキャラクタバター動画配信という形態の手軽さにより、オタク関係性消費への志向次元を超えてさらに加速していくと予想できる。

2【やおい文化百合文化から読み解くオタクジェンダー格差

関係性消費における性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)の無意味

 前章で関係性消費への志向さら高まると予想したが、本章ではオタクジェンダー格差について女性向けジャンル男性向けジャンルという分類の持つ意味合いやその内部の消費形態差異があるのだろうか。

もちろんHL(異性愛文化を扱う少女マンガ少年マンガにおいても恋愛友情ライバルなどの相関図は存在するが、メインとなるカップル男女の恋愛関係がメインに据えられることが多い。一方BLGL文化ではそれ以外の登場人物関係性をより深く読み込み二次創作に落とし込む、あるいは理想の相関図を一次創作で描き出す。今後どんどん規模を増していくであろう関係性消費においては、性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)は無意味になっていくのではないだろうか。しかしここではあえて、わざわざラベリングされている「腐女子」と「百合男子」という言葉意味合いについて掘り下げ、BLGL同性愛ファン文化それぞれの特徴から考察してみたい。

・「腐女子特有の親密さ

女性オタク人文学社会学研究に関しては、特に腐女子論」か「ジェンダー論」による先行研究が数多くある。その中でも数多く散見されるのは、「主体的女性性的欲望解放」といった視座からの言説であった。特に腐女子論」と「ジェンダー論」を組み合わせた言説では、「自らの女性身体が侵されない安全領域において、性的表象を消費するためにやおい文化は発達した」といったもの存在する。しかし、現在においてこれらの言説に私は違和感を感じる。勿論そういった側面も確かに存在する(した)と思うが、現在日本混沌としたオタクカルチャーの中で女性オタクの中から腐女子だけを切り取って上記のように論じるのは既にごく限られた一部の事例においてしか適用されない理論であるように思う。

 今あえて「腐女子」を論ずるならば、私は「腐女子同士の関係性」に目を向けたい。腐女子であることによる世間からマイナスイメージ払拭しようとしたり、イベントSNSでの趣味スラングの共有による特殊連帯が、このコミュニティでは無数に形成されている。やおいコミュニティ特殊性について東は、「やおいを好む女性たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでも、異性愛を欲しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛排除したところで成り立つ、女同士のホモソーシャルな絆がもたらす快楽を求めているのである。」(東 2015:236)と述べている。さらに、腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く、またホモソーシャルな絆から発展し、腐女子同士が交際していることなどもよく小耳に挟む。シスターフッドレズビアン連続体、ホモソーシャル関係性を含んだ腐女子コミュニティは、作品上においても現実世界においても強い「関係性」を追い求めている集団なのではないだろうか。

・「百合男子」はなぜ流行らなかったのか

 では次に、GLを愛好する男性オタクについて考察してみたい。残念ながら、男性オタクの先行研究は数多くとも、その内容は美少女キャラクタへの欲望コミケでのゆるやかなホモソーシャル交流などになり、「百合男子」単体にスポットライトを当てたものは見つけられなかった。なぜなら、GLというコンテンツ受け手ジェンダーによって大きくそ意味合いが変化してしま場合があるからである。そして男性GL愛好者は、「美少女キャラクタへの性的な消費」という使い古された言説の中に含まれ見えなかった存在であり、その消費の仕方は齊藤によって「腐女子との比較でいえば、男性おたくの『萌え』にとっては、関係性のプライオリティはそれほど高くない」(齊藤 2009:154)*3 と評されていたのだ。よって、ネット上でGLを愛好するファンは「百合厨」「百合豚」などと呼称され、その性別限定されていない。これはGLというジャンル男性けが消費することに対することが上記齊藤の言説のような文脈を帯びてしまうことに対する対策と、実際にファンの男女比がほぼ半々であるため、両方の理由によるものと思われる。逆説的に考えれば、「腐女子」という呼称流行ったのはBLというジャンル女性が消費することを蔑視されることに対するアンチテーゼとして、BLファン当事者たちが自らをそう名乗ったことに起原するのではないかとも考えられる。

 また、百合コミュニティにおける異性愛忌避姿勢は、腐女子コミュニティのそれに比べてはるかに厳格なものに感じられる。先に述べた「男性による女性キャラクタの性的消費」とは違うことを宣言するために「百合男子/厨」を名乗った男性オタクたちは、腐女子のようにホモソーシャルな絆を構築することはなく、二次元三次元を問わずして異性愛的な欲望を抑圧されるようになった。この構造腐女子ジェンダー論に見られた主体的な性消費の解放とは真逆の道を辿っており、非常に面白い点だと思っている。

関係性消費によるジェンダー越境可能

 こうして述べてきたように、同性愛コンテンツファン構造は非常に複雑で特殊ルールの基に成立している。しかし、上記性的欲望を抑圧される百合男子に関しては、百合というジャンルの男女比がほぼ同じであることに大きく由来するだろう。つまり、「同性愛コンテンツを扱うにあたり、そのファン異性愛忌避しなければいけない」といった暗黙の了解のようなものオタクの中で存在しているということである。これに関しては、創作物消費者セクシャリティは隔絶して考えるべきであるという立場をとりたい。そして、特殊連帯プラスにもマイナスにもなり得るBLファン界隈と、ジェンダー問題に揺れるGLファン界隈は、第一章で述べたバーチャルYouTuber関係性消費をモデルとして再構築されつつあると考えている。バーチャルYouTuber関係性消費は、非常に複雑なジェンダー攪乱が日常的に行われている。パーソンがシス男性ペルソナシス女性キャラクタがシス女性キャラ同士の「絡み」は、GLともBLともタグ付けをすることが難しい議論になってくる。しかし、その関係性に惹かれるファンキャラクタとパーソンのジェンダーを軽々と越境し、その複雑な「関係性」を消費することができるようになるのである。これに似た現象アニメ漫画においても進んできており、創作物受け手ジェンダー必要以上にファンを語るうえで関係づけられることも少なくなっていくのではないだろうか。

【続きと参考文献リスト

https://anond.hatelabo.jp/20190216024058

2019-02-14

anond:20190214190038

そもそも量子の時点で重ね合わせの状態とかあるし

因果宇宙空間での矛盾くらいどうってことないやろ

三次元の生き物は「神が持ち上げられないものを神が持ち上げてる状態」を理解できないかもしれんけど

2019-02-08

妊娠中に子供小児性愛者か分かる技術発明されたら間引かれるんだろうか

俺は二十代独身だが、母親とかなり仲がいい。

価値観もだいたい合うし俺がオタクであることにも理解がある。

ただ母親ロリコンという存在気持ち悪いと思っているし、ましてや三次元小児性愛者などたとえ犯罪を侵さなくてもこの世に存在してほしくないと思っているだろう。

以前「児ポ法改正」が危険だと話題になった時、母親がなんの疑いもなく「そもそもそんな趣味人間は死んだ方がいいでしょw」と言った。

もし母親が俺が小児性愛であることを知ったら嫌悪するのだろうか。

そして表題のような技術がもしあったとしたら、母親は俺を生まれる前に殺したのだろうか。

そんなことを考えてしまう。

2019-02-03

コンビニエロ本』と『公式タグホモ絵投稿

コンビニエロ本撤去お気持ち表現の自由!と噛みついてる自由戦士が、公式タグホモ絵投稿すんなって言ってんのを見かけてつい笑ってしまった

そこで前述の不心得者はべつとして、エロ本撤去に反対の諸兄とひとつ合意形成したいのだが、

貴殿らの目指すところは、for meな性表現自由に取り扱われるかわりに、not for meな性表現でも溢れかえる世界だ、という認識で構わないな?

自分ら向けの性表現は今まで通り自由でやりたいけど、腐女子ホモは俺がご不快から目に入れたくないんで隠れてろ、とは言うまい

よーするにだ、貴殿らが目指してんのは貴殿自身が性表現で傷つけられる可能性のある世界、ということで、

そういうわけなら、われわれ腐女子は表立って貴殿らの身体をどんどん眼差すかわり(今ですらどっさり隠れてるんだぞ)、貴殿らの味方となろう

……腐女子ホモを「キモい」と感じるその気持ち、それが要するに貴殿らの揶揄するところのお気持ち

そしてそれは、もしかしたら貴殿らの中にもあるかもしれない

(本来腐女子ゲイを一緒くたに論じるべきではないんだが、ネット空間を取り巻くホモフォビアは主にこの二つに振り向けられてきたと思う。ホモというワード選択も褒められたものではないのだが、腐女子ホモ現実同性愛と一致しないわけだし、このワード、扱いが難しい。どう言うべきか教えてくれ)

われわれは、ピクシブ腐女子流入し、ホモ絵が増え始めたころに排斥キャンペーンを張られたことを忘れてはいない

2000年代ネット空間で、間違いなく最も石を投げられた属性のうちひとつ腐女子だったことをわれわれは覚えている

腐向けでないニコニコ動画ちょっとでも腐的なコメントがあろうものなら「巣に帰れ、出張ってくるな、腐女子キモい、ほんとどこにでも湧いてくるな」などのコメントが大きな赤い字で流れ、罵倒ばかりで肝心の腐女子コメが見つけられないこともあった

そして、いまも多くの腐女子が、腐女子は表立って存在しているべきじゃないという価値観内面化してしまっている

からこそ、お気持ちをぐっとこらえ、多様な性表現へ門戸を開く態度が世界をやさしく生きやすものにするだろうと、わたしはこの身に降り積もった経験からそう思うのだ(三次元搾取される実在児童がいなければ、ペドロ表現もまた許容されるべきだと思う)

知って欲しいのは、男性もまたお気持ちで性表現排除してきたということだ

からこそ、ヘテロ男性に向けた性表現が誰の目にもつくところから排除されることを正しいと思わないのであれば、それは貴殿らの内省にも繋がっている必要がある

まりヘテロ男性向けでない性表現もまた、ゾーニングの向こう側に押し込められるべきではなく、貴殿らの目につくところに出てきていいということだ(未成年の目につくことに関しては別の議論がいると思う)

タイトルのふたつが一見まったく関係ないように見えて、実はヘテロ男性自身差別感情によって繋がっているということが、賢明貴殿らには理解できたことと思う

さあ、それを振り捨てて、この世界はあらゆる人間のための性表現で溢れかえっていていいのだと、それが差別から自由であることだと、大手を振って主張しよう

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…ところで、賢明な諸兄は、わたしが単純に主義主張における趣旨一貫を炙り出そうとしていることにお気づきかと思う

普段この手の話題女性お気持ちを重視する発言をしているなら男性お気持ち(ホモ絵見たくない)もまた重視しろ、みんなが傷つかないことが大事だ、と言わなくてはならないだろうし、

逆に表現の自由を支持する発言をしているなら、腐女子向けの性表現、実際の同性愛者向けの性表現、その他さまざまな人のための性表現で目に見える世界が溢れかえることもまた支持すべき、となるだろう

普段からこの話題で、ヘテロ男性向け以外の性表現の許容について触れているブックマーカーは多くない(驚いたことに少数存在する、はてなは進んでいると思う)

さて、思いつくままに多少とりとめのないことを書きなぐってしまったが、今日言いたいことはそれくらい

乱文乱筆失礼しました、ご意見感想ご指摘は随時歓迎しま

あと、この話題にかこつけて腐女子同性愛差別してるじゃん、と指摘したい御仁、その指摘は非常に正しいので、遠慮なく指摘し続けてくれ(とはいえ話の本筋からは逸れるんだが)

2019-01-30

[]

最近はよく空を飛べるようになった。

だがドラえもんの歌のように自由にとはいかない。

まず「跳んでやるぞ」という、空を浮遊する感覚を強くイメージする必要がある。

そうしてようやっと飛べても、常にイメージは保ち続けなければならない。

浮遊するイメージの強さに比例して上昇し、それが途切れると下降してしまうからだ。

空を飛べると言うと聞こえは良いが、実際はバルーンファイトのようなものである

調整には集中力と繊細さが要求され、前進するスピードは遅く、三次元的な飛行を楽しむ余裕はない。

にも関わらず俺がこれを多用するのは、副次的効果として無敵になれるからだと思う。

夢の世界では俺を追ってくるヤツがいる。

その存在がどういったヤツなのかは様々だが、とにもかくにも俺は逃げなければならない。

しかし、これが中々に大変。

夢の世界では重力が凄まじいようで、俺はゆっくりしか動けないからだ。

大声も出せないので助けも呼べない。

だけど空を飛べるようになってからは、逃走成功率が大幅に上がった。

どうやら空を飛んでいる状態は、何者も邪魔することはできないらしい。

2019-01-28

推しを推せないと痛感した日

数年前、好きだったアイドルが脱退を発表した。

それはSNSを騒がせ、友人たちから心配ラインが続々と届いた。

アニメオタクの私だが、三次元アイドルを推す事になった時は驚いたし、

それまで学生お小遣い範疇趣味お金を使っていたが、

バイトをしてお金を貯めるようになった。

最初ツアーがあればどこか近くで参加していたりしたが、

段々と多趣味になったり交友関係が広がったり、

奨学金を借りながらの苦学生という身分もあり茶の間から応援するようになっていった。

元々同担を探して交流をしていなかったのもあって茶の間になるのは容易だった。

もし、同担友達がいたら違っていたのだと思う。

茶の間でもCDが出れば買ったり、

音楽番組に出れば観ていたし、

ドラマに出れば録画して観ていた。

(初めて買ったドラマDVDボックスだって今でも持ってる)

しかし、ある時脱退を発表した。

正直、グループからの脱退が発表されたとしても

推しだけは最後まで残るだろうと思っていた。

世間一般のほかの方々の認識もそうだったように思う。

でも脱退したんだよ。

茶の間でもショックだったよ。

今一番応援してるかと言ったら、正直めちゃくちゃ応援しているアニメの方に財産を全フリしてる。

けれど、最初最後三次元アイドルアイドルを辞めるということが

どうしてもショックで、悲しくて、悔しくて、しばらくロスが続いた。

しかし、ある程度の沈黙期間を破って、芸能界に復帰するという報が入った。

もう後悔するまいと、茶の間じゃいられないと、

CDの予約もしてリリイベへの参加も決めた。

リリイベではそれはもう近くで見られた。

これ以上ないぐらい推しを間近で見た。

でも、ココロが遠かった。

私が好きになったパフォーマンスとは毛色の違う路線

なんとなくこっちのジャンルが好きなのかなぁとは脱退頃には思っていたが、

私が落ちた頃の推しとは表現するものレベル世界観も違っていた。

パフォーマーとしての推しの成長を素直に喜べなかった。

推しはいつまでも推しだと思っていたのに、

「もう推せない」とリリイベの会場を出た瞬間に痛感した。

私の場合グループの中のアイドルとしての推しココロ惹かれていたのだと。

私の好きな推しは、推しの望むべき姿ではなかったのだろうと。

推しのしたいことをお金を出して推せないことの悔しさ。

嫌いになったわけではないとはっきり言える。

だけど、「音楽性の不一致」なんてありふれた陳腐言葉の重みを知ってしまった。

うそからは悲しくなるだけだから追ってはいないのだけど、

過去DVDとかのグッズは捨てられないし、

脱退後のライブDVDを罪滅ぼしに買ったけど見れないままだ。

物をすぐに処分できる質なら良かったのに、

そこに思い出が乗るとアルバムのように思えて手が伸びない。

2019-01-24

anond:20190124221614

男同士の恋愛非生産的だと思っていて、男女の結婚生産的だと思ってました。三次元の話ですね。すみません

2019-01-21

anond:20190121162730

それはごく一般的創作の楽しみだよ

しろ三次元からデータをとってるぶん昨今の自家中毒創作より良質かも知れない

2019-01-19

紙の本でも置き場に困らなくなるし、簡単に持ち運べるから四次元ポケット欲しい。

三次元ポケットはすぐいっぱいになる。

anond:20190119142802

ならば行きたい二次元世界を言うがいい

その世界に連れて行ってやろう

ただし!二度と三次元には戻れなくなるがいいか

2019-01-18

エロ妄想大好きだけど三次元男性とはセックスしたくない

生涯独身を貫く勇気もないので婚活始めたけど、良さそうな相手出会えてもこの人とセックスするのか〜とか考えるとやっぱ無理って思っちゃうんだよね。

オナニー週4はするし、暇さえあれば仕事中でもエロ妄想するくらいドスケベなんだけどな〜。

でもよく考えてみるとオカズにするのも二次元ならヒゲマッチョ男性キャラなんだけど、三次元だと巨乳AV女優なんだよね。

内容も痴女モノとかオナニーとか男優があまり目立たないものの方が好きだわ。

なんかもう今週末のお見合い憂鬱。いい人だったとしてもセックスしたくないから断りますとは言えないしなあ。

2019-01-17

お姉さま」という概念

こないだ増田で「年下のクリエーター創作物に熱くなれない」ってエントリがあったけど

自分はそういうのはないんだけど、逆に最近若い女の子アーティストを猛烈に好きになってしまって

それをどこまで表に出していいのかなってことにちょっと悩んだりしてる 今のとこリアルでの知人には言ってない

私は30代前半の女なんだけどそのアーティストアイドルとはちょっと違う所謂ガールクラッシュ」と言われる

女の子たちをキャーキャー言わせるような実力派の女の子4人のグループで、私が好きになったのはその中の1人でまだ23

歌も踊りも最高にうまくてセクシーグラマラスな体つきに長い黒髪、でも(表に出している)性格はさっぱりしていて男っぽくて

笑い声が低いんだけどかわいらしくてグループ内で最年少なのに他のメンバーの誰よりも「お姉さまオーラを醸し出していて

お化粧したそのお顔が「お姉さま」という概念のまさに権化という感じの美しさ凛々しさで

でもそのお化粧をする前の自分のあっさりした素顔も平気で見せてるもうとにかくめちゃくちゃに素敵な「お姉さま」で、

彼女の新しい動画や新しいステージパフォーマンス見る度に私は歳を忘れてドキドキしてしまう 9歳も下の「お姉さま」に

ほんと30代の立派なババアと言われてもおかしくないくらいの年齢の女が何を23歳の女の子お姉さまだよって自分でも思うし

ファンの子たちも圧倒的に彼女と同年代かそれ以下の年齢の女の子たちで占められてるからリアルネットに関わらず

私も彼女を好きだ!ってことをなかなか言えないなあと思う

良くてすごく才能あるよね~!若いのにかっこいい!くらいの距離感からしか好意を表す事が適切ではないように自分で思ってしま

素直にキャーキャー好きだと言い募るのはその子から見ればBBA調子乗ってて痛いと思うだろうし

それでできあがってるファン間の空気を壊すのも本意ではないのでまあやっぱりこれからもきっと表に出すことはないだろう

まあそれはともかくとしてキャラクターとしての「お姉さま」という概念

実年齢ってあんまり関係ないものなのかもな、という実感をした昨今

吉野朔実という人の描いた漫画小学校5年生のしっかりした女の子にその同級生である主人公少年母親

「キリリとしていて素敵ねえ(略)なんかお母さんドキドキしちゃった お姉さまみたい…」ってときめくシーンがあったんだけど

まさにその感覚で、二次元三次元わずそれを認識する自分という存在度外視して考えるとき

対象の持つ屹立したキャラクター性というものは年齢性別を超えて確実に存在し他に波及するのだなあという気がする

概念において年下でも「お姉さま」、年下でも「先輩」という状態があってそれに萌えるのは

そんなにおかしいことではないのかなという気がしてくる

勝手キャラクター性を当てはめて消費していると言われればその通りだし

ふと自分を同じ土俵に上げてしまうと現実に返ってしまうのがつらいが、

心の中でそう思ってる分には許されるのではないか、許してほしいと思いながら

こっそりとしかし熱くそのかっこいい年下の女の子を「お姉さま」として崇めながら一挙一動を見守っている

コスプレとかvtuberとか

三次元はどう頑張っても三次元であって、二次元にはなれないよね」というのは心の底からわかる。

一方で「それでも二次元になりたい」って気持ちもわかる。

から「これで少しは二次元に近づけたかな?」って人には「ほとんど二次元だよ!」とエールを送りたくなるし、

趣味の合う人と楽しむ「ごっこ遊び」はやっぱり楽しい

不気味の谷なんて見ないフリしちゃってさ。

それは割と普通の楽しみ方だと思う。

anond:20190114180529

私もそうです。

周りの子、同じ作品を楽しむ人は皆声を揃えて『推しはそこにいた』『押しが三次元にいるならまさにこれ』と言いますが、私としては押しが三次元にいるなら……と考えること自体そもそもありえません。

三次元にいるのならそれは私が愛した推しではありません。

からイラストは好きでもフィギュア違和感がぬぐえない等ありました。

何人かにそう言ったことはありますが、ピンと来るどころか理解する気も更々無いのでしょう「ふ~ん」と返されて終わりだったので、もうただ楽しむ皆を眺めるだけになりました。

私が少数派なのはわかったし、別に楽しむ皆を邪魔する必要もないので。

でもこの記事を見て、同じ感覚の人がいると知ってとても胸の置くがざわつきました。

納得したと思っていても、やっぱりそんなに変わった感覚なのかとどこか押し込めた不安が仲間がいると救われた気持ちです。

結局声優さんパフォーマンス2.5次元が見えなくなるわけではないけれど、いい折り合いがつけられればと願います

心に響く記事出会えてよかったですありがとうございました。

2019-01-16

シンデレラガールズナナシススクフェスバンドリ、先日終了したときめきアイドルオフライン版で引き続きプレイはしている)に手を出しているが、ライブどころかラジオ中の人三次元コンテンツ感強くて受け付けないレベルだけど、そもそも中の人製作者に興味がないのとその人たちの言動が耳に入るとキャラクター作品自分評価中の人に対しての印象に引っ張られるから意図的に避けている。

anond:20190114180529

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