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はてなキーワード: 病死とは

2017-11-18

子持ちは極右

子持ちにとって、そんなに出産子育て趣味でも実益でもなく

国への奉仕であり全額税金で賄われるべき、子無しはそれを負担すべきっていうなら

お前らの子供は国家財産であるのだから、万が一それが途中で病死したら全額返還すべきだし

事故死だったら監督不行き届きで弁済すべきだし

ヒキニートになったら自分処分するんだよな

子供大人になっても掛かった費用分の返済が終了するまでは、国際結婚国籍変更も許されるべきじゃないよな?

国の金使って育って国外脱出なんてありえないよな

当然そういう覚悟があっての権利の主張だよな?

お前ら子持ちはリベラルでも何でもなかったんだな

安心したよ

価値の低いセフレ

綺麗な空気や水など、いつもあるとそのありがたみが薄れますね。

日本では水道蛇口をひねると当たり前のように浄水が飲めますが、他の後進国はいまだに綺麗な水が飲めなくて病死する人もいます

 

大して好きでもないどうでもいい人とセックスしてばかりで、それが当たり前になってしまうとセックスのありがたみが薄れます

セックスも本当に好きな人とやればそのありがたみは増し、快感も大きくなります

セフレをたくさん作るよりも1人のステディパートナーを作って、貴重なセックスを堪能するほうが大きな利益が得られます。そのほうが精神的にも肉体的にも最高の快楽を味わうことができます

 

取っておけ 取っておけ 本当の楽しみ 取っておけ

 

マスコミや周囲の風潮に流されず、自分価値観を見失わないようにして、セフレを求めるバカ男は切り捨ててください。

2017-10-25

anond:20171025171445

路上に出された人の最後餓死に近い病死が多いが、統計上は餓死としてカウントされない。ホームレスの死を見ようとしない。

2017-10-17

ドラえもんがいなかったら大長編はどうなっていたか

割とドラえもん関係なしに起こる事件もあったな、と思ったので、

とりあえずどうなるか考察してみた。

のび太の恐竜

ぴーすけの卵(化石)くらいなら、のび太自力で掘り出すかも。

しか恐竜の卵と証明する事ができないので、鼻でスパゲッティを食べる羽目に。

ドルマンスタン恐竜ハンターは、特に関わる事無く悪事を続ける。(もっとも、彼らが悪事を始めるのは22世紀であり、まだ始めてないとも言える)

のび太宇宙開拓史

ロップルの宇宙船のび太の部屋の畳の裏が繋がるのは、ドラえもん存在とは無関係と思われるので、そこは原作どおり。

チャミーが食べ物を盗みに来た時は、のび太一人では捕まえられないと思われるので振り切られる。

宇宙船を直す方法がないので、壊れたまま。

ロップルは餓死を免れるためにチャミーと共に地球に逃れ、のび太の家はファーストコンタクト舞台として世界的なニュースとなる。

コーヤコーヤ星は地上げに遭うが、特に困ってない主任ギラーミン招聘しないと思われるので、

そうこうしているうちに警察ガルタイト工業にガサ入れして平和が戻るだろう。

のび太の大魔境

のび太たちは冒険に行く方法がないので、普通に日常生活を送る。

ペコ(のび太に飼われないので、ペコという名前はつかないが)は、数年かければ何とか自力アフリカに帰り着けるだろう。

しかし生きて王国に戻れるかは微妙

ダブランダーは恐るべき野望を実行に移すが、世界征服普通に無理なので、ナイジェリア辺りの軍にボコられ、生物学史上最大の大発見として科学界を賑わすに終わる。

のび太の海底奇岩

海底火山が爆発し、鬼角弾がばらまかれる。

海底も含めて世界をくまなく覆うレベルミサイル攻撃となると、迎撃成功する可能性はほぼ皆無なので、世界は滅ぶ。

のび太魔界冒険

何も起こらない。

のび太宇宙戦争

パピは地球に来るが、ロボッターや映画撮影がないので、のび太達との接点が発生する可能性はごく低い。

追ってきたドラコルルに発見されるかは微妙だが、ドラコルルの直感は反則級なので、見つかる可能性がそれなりにある。

捕まったら処刑されるが、ピリカ住民きっかけがあれば立ち上がれる程度には勇敢なようなので、遅かれ早かれ独裁政権は倒されると思われる。

のび太と鉄人兵団

南極前進基地が築かれ、地球は滅ぶ。

人類メカピア奴隷として連行される。

のび太と竜の騎士

バンホーら地底人そもそも存在しない。(ドラえもんが聖域を作っていないため)

■のびたのパラレル西遊記

のび太が劇の練習で寝ぼけて恥をかくだけ。

のび太の日本誕生

時空乱流でのび太の家に来たククルは、そのうち捕まる。

身元・国籍不明なので、おそらく悪名高い東京入国管理局に長期拘留され、そのうちに病死する。

ギガゾンビはそのうちTP逮捕される。

のび太アニマル惑星

光の階段のび太の家につながるのは、ドラえもん存在とは関係ないと思われるので、そこは原作通り。

のび太が2回目に行った時(嵐の時)にどうなるかが不透明だが、のび太は恐らく迷子になり、チッポは死ぬ

ジャイアン達が光の階段を月につなげないため、ニムゲ同盟はまだ動物星を侵略しない。そのうち警察につかまる。

のび太ドラビアンナイト

何も起こらない。

のび太と雲の王国

ノア計画が実行に移され、世界は滅ぶ。


結論

のび太の家の特異点ぶりは結構すごい。

世界は割とピンチ

2017-09-28

https://anond.hatelabo.jp/20170928092219

結婚タイミングは、2人どちらかの仕事の転換期や私生活の節目と重なると思う。

自分たちは、親の病死とか就職転職一人暮らしで家を出るタイミング、適齢期等々が重なった時期があって、一緒に住んでたらメリットがあるので結婚した。

当時は他にいい人がいるとは思わなかった。付き合っていた期間が長かったので。

結婚子供作るのも離婚するのも、気持ちタイミングだけではなく、仕事私生活を含めた上でのタイミングだなと思っている。

2017-09-17

作者死亡により未完で終わった作品はどうするか

どれがいいんですかね?

終わらせたくないは大人達の都合もあるし、続きを見たいファンの間でwin-winのように見えて原作者意向無視した扱いを受ける可能性もある。最も死んだ作者がどう考えるかなんて知る方法も無いんだが。

終わらせるはストーリー物なら有りだろう。最近だとゼロの使い魔原作者最後までのプロットを残していたのと死の前に続きを書いてほしい事を遺族に伝えていたおかげで書けた。しかしこれが不可抗力事故死や病死でその後の展開が誰にも分からない場合、下手に続きを書くのはまずいと思う。それならいっそ未完は未完のままでいい。

2017-09-16

anond:20170916220644

死にたいなら死んではどうか

仕事に向いていないんじゃなくてお前は人間社会に向いていない

残念ながら適応することができなかった

淘汰されることは自然なこと

うつ病気自殺病気というなら病気死ぬのは罪ではない

社会的不都合があるから自殺は悪だとされているけど、ただの病死自然淘汰と何も変わらない

環境適応できなかった個体は淘汰されるだけ

そうやって何億年も生き物は生きてきたんだから病死だろうが自殺だろうが何も変わらない

適応できない個体を生きながらえさせるほうが、集団にとっても不利益である

2017-09-13

まじでどうしたらいいんだ

死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい

からやなんだよ

この仕事に向いていないんじゃなくて俺は人間社会に向いていない

残念ながら適応することができなかった

淘汰されることは自然なこと

うつ病気自殺病気というなら病気死ぬのは罪ではない

社会的不都合があるから自殺は悪だとされているけど、ただの病死自然淘汰と何も変わらない

環境適応できなかった個体は淘汰されるだけ

そうやって何億年も生き物は生きてきたんだから病死だろうが自殺だろうが何も変わらない

適応できない個体を生きながらえさせるほうが、集団にとっても不利益である

2017-09-12

今度鎌倉旅行に行くので鎌倉時代のこととか調べてるんだけど

めっちゃ人死にすぎない??

平清盛源氏から北条氏執権政治あたりまで、次から次へと暗殺やら病死やら反乱やらで死んでない??

兄弟、親子で争うのは当然のこと、天皇上皇やらのお偉いさん方までお互いいつ相手のことを消してやろうかって考えている。

これはなんだ、参考にした集英社学習まんが日本の歴史が良くないのか。

2017-08-18

時流に乗ってインパール作戦顛末をまとめてみた

ブラック指揮官ブラック作戦顛末

      昭和18年12月下旬 第15軍司令部において、インパール作戦の兵棋演習を実施

第15師団 岡田参謀長

 「まだよくわからぬが、今回の演習で受けた感じでは、この作戦は無理なように思われる」

ビルマ方面軍 中参謀長

 「軍の作戦構想はいかにも危険性が多いと思われる。再考余地はないか

南方総軍後方主任 今岡参謀

 「軍司令官が主張されているように、一ヶ月以内にインパール攻略できるということであれば、いま軍が考

 えている補給計画でなんとか追随できると思う。しか作戦のものが途中で頓挫すれば話は別である。突進

 戦法が失敗すれば補給は続かないし、軍の補給計画全面的に崩れる」

南方総軍作戦主任 山田参謀

 「わたし自身もこの作戦危険だと考える。補給問題一つを取りあげても、随分無理なところが多い。要する

 にこの作戦は中止すべきだと思う」

                       ↓

牟田大言壮語廉也

 「イギリス軍なんか弱いんだからさ、補給心配なんかする必要ねえって。インパールコヒマも天長節まで

 には占領してやるぜ、ガッハッハッハッハ!!」

                       ↓

ビルマ方面軍司令官 河辺中

 「いやあ、牟田口にお願いされると俺としては弱いんだよねえ~。よーし、やっちゃえやっちゃえ!」

                       ↓

南方総司令官 寺内元帥

 「最近ウチのほうの戦局もパっとしねえし、一か八かでもこの大作戦成功すりゃ大手柄だな。

 次期参謀総長俺様に決まり!ってかぁ。よーし、やっちゃえやっちゃえ!」

                       ↓

         昭和19年1月4日 インパール作戦計画案、大本営に提出

                       ↓

大本営作戦部長 真田少将

 「自動車飛行機もない状態では絶対に反対である

     ↓↑

参謀総長 杉山元

 「いやあ、でも、ほらさあ、寺内ちゃんのたっての希望でさ、俺も断りづらいわけよ。無理ッポイのはわかっ

 てんだけどさ、そこをなんとか曲げてくんない?頼むよ、真田ちゃん」

                       ↓

           1月7日 大本営インパール作戦実施を認可

                       ↓

牟田アントワネット廉也

 「日本人は、もともと農耕民族草食動物なのだ。食い物が無ければジャングルの草を食えばよいではないか

 ガッハッハッハッハ!!」

                       ↓

                3月中旬 各部隊、作戦発起

                       ↓

5月 牟田責任転嫁廉也

 「いや俺だってね、インパール作戦が失敗だってことぐらい、4月の終わりにはわかってたけどさ、ほら、

 河辺のやつが早期撤退渋るもんだから、俺はあいつの命令に従うしかなかったんだよね」

                       ↓

         昭和19年5月 参謀本部において、現地視察団による報告

大本営 秦参謀次長

 「作戦成功の公算低下しつつあり」

     ↓↑

東條英樹 参謀総長

 「どこが不成功なのか!何か悲観すべきことがあるのか!」

                       ↓

5月16日 東條英樹上奏

 「作戦は、一応大きな不安はない状況ですので剛毅不屈、既定方針の貫徹に努力いたします」

5月 牟田メイミョウで芸者遊び廉也

 「よし、雨期になりゃこっちのもんだ。てめえらしっかり戦えよ!」

                       ↓

5月? 第15師団長 山内中将

 「撃つに弾なく今や豪雨と泥濘の中に傷病と飢餓の為に戦闘力を失うに至れり。第一部隊をして、此に立ち

 至らしめたるものは実に軍と牟田口の無能の為なり」

5月 第31師団長 佐藤中将

 「弾一発、米一粒も補給なし。敵の弾、敵の糧秣を奪って攻撃を続行中。今やたのみとするは空中よりの補給

 のみ、敵は、糧秣弾薬はもとより、武装兵員まで空中輸送するを眼の前に見て、ただただ慨嘆す」

                       ↓

            第31師団長 佐藤中将死刑覚悟独断撤退

 「師団はウクルルで何らの補給をも受けることを得ず。久野村参謀長以下幕僚能力は、正に士官候補生以下

 なり。しか第一線の状況に無知なり。従って軍の作戦指導支離滅裂、食うに糧なく、うつに弾なく、戦力

 尽き果てた師団を、再び駆ってインパール攻略に向かわしめんとする軍命令たるや、全くおどろくのほかなし。

 師団は戦力を回復するため確実に補給を受け得る地点に移動するに決す」

                       ↓

牟田口半狂乱廉也

 「なにを~っ、この臆病どもが!!おまえら根性が足りん!解任じゃ~~~~~!!」

牟田神がかり廉也

 「諸君佐藤バカは俺の命令に逆らってコヒマを放棄しやがった。食うモンねえから戦が出来ねえだとおぉ~?

 これが皇軍か。皇軍は食いモン無くったって戦争やんだよ!兵器ねえとか弾丸ねえとか食いモンねえとか、んな

 甘ったれたこと言って戦闘やめてんじゃねえよ!弾丸なかったら銃剣あんだろ!銃剣なくなりゃ腕があんだろ!

 腕もなくなったら足で蹴れや!足もやられたら口で噛みつけ!日本男子にゃ大和魂ってもんがあんだろ!!

 日本神州なんだから神様が守ってくれんだよ!!かんながら~かんながら~かんながら~」

           6月5日 ビルマ方面軍司令官河辺中将来訪

牟田甘ったれ廉也

 「俺の口から作戦中止なんて言えるわけねえだろ。顔色で察しろよ、ったく河辺の鈍感野郎はよ」

ビルマ方面軍司令官 河辺中

 「牟田口はなんか言いたそうだったけど、俺のほうから作戦中止言いだすのもなんだしなあ、ま、いっかぁ」

                       ↓

6月末 第33師団長 田中信男中将柳田中将後任)

 「わしもここへきてみて、こう、手をひろげすぎてはいかん、と思った。わずかな兵力で、戦線を拡大したっ

 て、どうもならんよ。兵力だけの問題ではない。わが軍のやり方は、まったく時代遅れだ。大陸でやった戦術

 をそのままくり返している。ところが戦争の形はまったく変わっているし、その上、連合軍は一日一日と戦術

 を改良発展させている。大本営あたりでは、これを物量の差だときめこんでいるが、とんでもない。こりゃ頭

 の違いだよ。民族能力の差だ」

                       ↓

7月1日 東條英樹上奏

 「局所的には、我に利あらざる戦況も発生し作戦を中止します」

                       ↓

              7月2日 インパール作戦、中止命令

                       ↓

              アラカン山系に白骨街道が出来上がる

                       ↓

牟田猿芝居廉也

 「このような時、牟田軍司令官が、藤原参謀の机の所へやって来て、私達部付将校の前でこんな事を言った。

  「藤原、これだけ多くの部下を殺し、多くの兵器を失った事は、司令官としての責任上、私は腹を切ってお

 詫びしなければ、上御一人や、将兵の霊に相済まんと思っとるが、貴官の腹蔵ない意見を聞きたい」

  と、いとも弱々しい口調で藤原参謀に話しかけた。私達は仕事の手を休め、この興味深い話に耳を傾けた。

 彼は本当に責任を感じ、心底からこんな事をいい出したものだろうか。自分自害を人に相談する者があるだ

 ろうか。彼の言葉形式的な辞句に過ぎないものではなかろうか。言葉の裏に隠された生への執着が、言外に

 あふれているような疑いが、だれしもの脳裏にピンと来た。藤原参謀はと見ると、仕事の手を一瞬もとめよう

 とはせず、作戦命令の起案の鉛筆を走らせていた。司令官には一瞥もくれようとせず、表情すら動かさず、次

 のようなことを激しい口調で言われた。

 「昔から死ぬ死ぬと言った人に死んだためしがありません。司令官から私は切腹するから相談を持ち掛け

 られたら、幕僚としての責任上、一応形式的にも止めない訳には参りません。司令官としての責任真実感じ

 ておられるなら黙って腹を切って下さい。だれも邪魔したり止めたりは致しません。心置きなく腹を切って下

 さい。今度の作戦の失敗はそれ以上の価値があります

 と言って相も変らず仕事を続けている。取りつくしまもなくなった司令官は「そうか、良くわかった」と消え

 入りそうな、ファッファッと、どこか気の抜けた笑い声とも自嘲ともつかない声を残して、参謀の机の前から

 去っていった。私達は何事もなかったように各自仕事を再開しながら心の中で思った。司令官死ぬ積りは

 毛頭ないのだ。大勢将校のいる前で参謀相談し、参謀から切腹を思い止まるよう忠告する言葉を期待して

 いたのだ。そしてこの寸劇により、司令部内外への宣伝効果をねらったのに違いない。ところが案に相違した

 参謀言葉に、この演出は失敗に終ったのだ。卑怯卑劣という言葉が、この場の司令官言動に最も適した言

 葉であった」 (高木俊郎『抗命』文春文庫 より)

                       ↓

           8月 帰国する牟田口のために慰労会が催される

牟田ポジティブシンキング廉也

 「インパール作戦は失敗じゃねえぞ。俺がインパールやったから、ビルマとられずに済んだんだからな、

 ガッハッハッハッハ!!」

                       ↓

                     その後・・・

参謀総長 杉山元元帥        →小磯内閣陸軍大臣

南方総司令官 寺内壽一元帥    →終戦まで現職

ビルマ方面軍司令官 河辺正三中将  →大将に昇進 第一軍司令官

第15軍司令官 牟田口廉也中将   →陸軍予科士官学校

第15師団長 山内正文中将昭和19年6月 解任)→メイミョウにて病死

第31師団長 佐藤幸徳中将昭和19年6月 解任)→ビルマ方面軍附 東北軍附 ジャワにて終戦

第33師団長 柳田元三中将昭和19年5月 解任)→関東州防衛司令官 後、ソ連抑留病死

                       ↓

佐藤幸徳

 「結局、大本営、総軍、方面軍、15軍という馬鹿の4乗が、インパール悲劇を招来したのである

                     おしまい

(参考文献・高木俊郎『抗命』文春文庫 その他)

2017-08-13

友達が死んだ

まだ19歳。病死中学クラスが分かれて教室が1Fと3Fで分かれて部活も別で、塾に通いだしたせいで学校であった時に話すだけになって、高校は別の学校だったかほとんど疎遠と言えるくらいになって、入院したという話を同じ高校に行った友人から聞いて、一緒に見舞いに行って、それからすぐだった。

人生6ありゃ9もあるさ」というセリフの書かれたペンケースを持ってて、ユーモアがあって、オカルトの話に詳しい子だった。

の子の家の仏間がいつもオレンジの薄明かりで子供心にめちゃくちゃ怖くて、遊び部屋が仏間の上の部屋だったもんだからTVゲームしながらいつもビビってた。その部屋の、うっかり下に仏壇があるあたりを歩いてしまって、仏壇を踏んで霊的なものと通じてしまたから祟られると私たちが怖がっていると、その子は「目を閉じて三回取り消しっていうと許してくれるよ」と言って、みんなで必死で取り消し取り消し取り消しと呪文を唱えた。今思えば仏壇はご先祖なのだから失礼でこそあれ怖がる必要はないのだが、当時はとにかく死者というものがこわかった。

形見分けに、ぬいぐるみをもらった。私は中学からまり遊ばなくなってしまっていたので、もらっていいのか戸惑ったが、その子のお母さんが「◯◯だと思って」と渡してくれた。

そのお母さんが出棺のとき、悲痛な声で友達名前を呼び続けて棺をおいかけて、そのお母さんを取り押さえる親族の方が、顔をぎゅっとしているのがたまたま見えて、それが本当に辛かった。

帰り道、友達と、やはり「取り消し」の呪文の話になった。万能の呪文だったので友人もやはり覚えていた。私は20になっても頭のどこかで幽霊を怖がっていて、夜の自宅マンションの長い廊下ながすごく怖くて(夜の病院のような雰囲気なので)、よく呪文に助けられていた。とりあえず恐怖を感じる気持ち区切りをつけられるので。友人とはそのまま駅で分かれて、電車に乗りながら、目を閉じて、「取り消し」と三回心の中でつぶやいた。普通にさよならを言うより、こう言った方があの子らしいなと思った。人生6ありゃ、9もあるよね。

2017-08-06

他人を信用していないので他人他人を無条件で信用する気持ちが分からない。

からいから見ててイライラする。

だけどそれでイライラするのが情けなくて考えるのをやめてしまう。

およそ周りの人に首根っこをつかまれる感じで今を生きてるけど早く死んで、捕まった状態から楽になりたい。

環境から逃げ出したところで、内在化した他人がどうせ私の中で責め立てる。

なればこそ死ぬしかない。

あと最近は「どうやって死ぬか」を妄想するのが生きがい。

一番自由になれる。病死もできる。圧死もできる。

死に方を知れば知るほど妄想が広がる。

2017-07-22

https://anond.hatelabo.jp/20170722005402

それは紛れもなく幸せな事なんだから大事にすべきと言いたい。

しろ、これから起こりそうな生老病死にまつわるトラブルに備えておくべき、と月並みな助言をしてみる。

退屈なら、負担にならない範囲適当つまみ食いでもしとけばいい。

2017-07-11

夜間の出版技術学校を修了したところ、近所に珍しく編集バイト募集があるのを雑誌で見つけた。

断れば良かったのだが、大企業関連の犯罪事件取材する羽目になった。自給800円で。

そして不審交通事故にも遭い障害を負った。ツレは誰かに誑かされたあげく病死

事故は半分がたもみ消され相手方はご出世

募集の罠は他にもあった。債務整理寸前の会社だったり。

そんな罠が張り巡らされているようなナチス思想社会なら、

他人仕事に協力しようとするほうがバカらしい。

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170705215906

元妻の「病死」って自殺のことと思うけど、最後死ぬ前に沖縄旅行に連れて行かれたって話?

2017-07-05

とある生活保護cw日記

今の部署に配属されてから3ヶ月が経つが、もう無茶苦茶なことがめちゃくちゃ多くて心底感覚麻痺している。

あげつらうとキリがないが、今日めちゃくちゃ腹が立ったのはこれ。

※ところどころ虚実を織り交ぜて書いてあります、大体の流れは一緒

話は5月の半ばに遡ります

ある被保護者が元妻とやり直し、県外に転居するので、生活保護廃止にしてほしいと電話で申し出てきた(被保護者は単身世帯)。

電話口にその元妻という人も出てもらい、転居に至るまでの大体の流れと、転居先での生活はどうするのか、向こうでも生活保護受給する意思はあるのか、などを尋ねた。転居に至るまでの流れについては、元妻の父が死去し、ある県にある元妻の実家の墓を守らなくてはならなくなったので、ある県に転居するとのことだった。

転居後の生活について、元妻は、元妻の親類を頼って同居し、その親類が営む家業を手伝いながら生計をたてるか、もしくは近くに住み別の仕事を探すかする、とのことだった。平たく言えば、まだ転居先もはっきりしておらず、向こうに移ってから生活もどうするのか具体的には固まっていない様子だった。

しかし、もう転居の日取りと段取りは決めており、5月末には転居したいという。

当職から助言できることは、まず向こうでどういった方法生計を立てるか、また転居先をどうするか決めてから引っ越しをするようにすることくらいだった。

あくまで本人の意思尊重しなければならないので)

この時点でおかしな点が一つあるが(親類がいるのにどうしてその県に転居してわざわざその元妻と被保護者が墓守をしなければならないのか、という点)、その時は私も初めてのことで右往左往し、周りの先輩方に助言を請いながら対応するしかなく、疑問に思いはしたが、その点についてはあまりツッコミを入れることもできなかった(そこにツッコミを入れていいのかわからなかった)。

通常であれば、窓口に来て辞退届を書いてもらい、他県に転出による保護廃止という流れになると思う。自己都合による転居となるので、辞退届を書いてもらうだけで、特に支給もなくすんなり終わるはずだった。

しかし、この元妻というのが曲者だった。

電話口の印象としては、あくま普通、寧ろ父親の死にダメージを受け、沈んでいるような雰囲気も感じられたが、実際にその被保護者を伴って窓口に来た時の印象はまるで違った。

電話で話した際に、元妻に身元引き受け人という形で一筆書いてもらった方がよいとの助言を上から頂いたため、元妻も窓口に一緒に来てもらったのだが、面接室で話を聞くうちに元妻の態度が豹変したのだ。

やれ転居費用を出せだの、家を引き払うときにかかるルームクリーニング代は出ないのかだのの主張をはじめ、かれこれ二時間はそこに居座ったのである

そもそも、元妻は離婚しているままなので法的には扶養義務関係もなく、その上生活保護受給しているわけでもない。完全に部外者なのであるあくまでこの時点ではの話で、私の認識が間違っていなければだが)。

そのうち元妻は、「私の父は生活保護受給している父の兄に、父の兄の知り合いのならず者を通して、ギャンブルで使う金欲しさに金をせびられ続け、それを苦痛自殺して死んだのだ、当職の住んでいる街で調べればそいつ受給していることがわかるはずだ、なのにこちらはなにもしてくれないのか」、などと言い始め、その父の兄の名前を当職が尋ねると、それは教えられない、などと無茶苦茶なことを並べ立て始めたのである。仮にその話が本当だったとして(明らかに苦し紛れについた嘘のように思えるが)、こちらとしては、事情理解できるが、そのような結果がもたらされたのは、冷たいようだが、我々の指導できる範囲外のことであり、そういう案件警察相談してください、と伝えるしかなく、当職がそう伝えると、元妻は既に警察には相談している、役所は何もしてくれないのか、などと、主張を並べ立てるばかりであった。

ちなみにその間、被保護者本人はずっと大人しくしていた。被保護者本人は無害そうな人物で、特に何も無茶苦茶なことを言うことはなかった。寧ろ、無茶苦茶なことを並べ立てる元妻に対し、やんわりとなだめこちらをフォローしてくれているような様子さえ見て取れた。

いきり立つ元妻に、当職は何度も少々お待ちください、上と協議して参りますので、という宝刀を用い、かれこれ3、4回はそれを繰り返した(実際、本当に対応を上と協議していた)。

私も3月までは完全に生活保護門外漢であったので、OJT(私の業務サポートしてくれる方)も同席の上、対応していた。

ルームクリーニング代は通常支給していないが、そのうち上も元妻がただでは帰らないことを察したのか、何とか法的根拠に則った上で、必要書類が揃ったら、という条件を満たせば、クリーニング代を支給することとなった。

なんやかんやで被保護者必要書類等を持参させ、それが揃ったのは転居当日であった。しかしそれには明らかな不備があった。こちらとしては、原則として、あらゆるものにおいて、事前にかかる費用見積もり(この場合大家不動産から請求書)を提出してもらい、こちら側での検討を経ない限り、費用支給できないことになっているのだが、その請求書自体がまだもらえていないというのだ。当職が被保護者に対して、業者請求書を出すよう頼むように、事前に伝えていたにも関わらずである。それでも業者が頑として請求書を出さない、というのは考えにくい。

どう考えても、それではその場でのクリーニング代の支給はできない。しかも、保護は同日付で廃止となる(同日なのか翌日なのかの認識が間違っているかもしれないが)。これでもう支給は不可、ということになりそうなところだが、特例として、後日その領収書を提出をするのなら、それが確認でき次第口座に振り込む(このような場合原則窓口で直接小切手を渡し支給するが、県外転出で窓口には取りに来られないと思われるため)こととなった。

さらに、29日付けで廃止となったため、支給済みの、月の残り3日分の生活保護費は戻入金として返してもらわなければならない。

まり良いことではないが、転出してからでは回収できる見込みが薄いため、現金状態でその場でピッタリの額を預かることとなった(お釣りこちから出すことは出来なかった)。

釣りは出せない旨伝えると、元妻は露骨に機嫌を損ねた様子で、財布から出した札をこちらに放り投げ、持っていけとばかりにこちらに差し出した。この時点で当職は怒りではらわたが煮えくり返っていたが、それを受け取り、一旦この件は落ち着いたかに見えた。しかし帰り際、元妻は当職の名前を聞き出し、ある県に行くのはもうやめる!あんたとはやり直さない!などと腹いせに被保護者に対して言い放ちながら、足早に去っていった。被保護者は、その後ろをいそいそとついて帰っていった。

そして翌日、帰り際に元妻が市民相談窓口にクレームを入れていったらしく、その元妻が訴えたことが市民相談事案として当職のグループ下りてきた。私は対応協議していた直属の上司とともに、そのさらに上の上司に対して、このような事案があった、という釈明に追われた(その場では、私の対応特に落ち度はなく、こういうことはままあるので気にするな、くらいの話でまとまったが、それまで私の胃がキリキリしていたことは言うまでもない)

そして今日まで、何度かその被保護者と元妻に連絡を入れたものの、結局そのクリーニング代の請求書こちらに届くことなく、その支給は宙に浮いた状態になっていた。

長くなったが、これがことのいきさつである

ここからがやっと本題だ。今日、その被保護者から突然電話があった。何かと思えば、元妻が病死し、行くあてがなくなったので当職の住むもとの街に戻りたい、と言うのである

そして今どこにいるのかを問うと、沖縄、という答えが帰ってきた。もちろん、元妻の実家がある(と聞かされていた)場所沖縄ではなかった。この時点で話がめちゃくちゃだが、その上その被保護者は、身元の保証人になってくれる人がいないので家が借りられるかどうかわからない、こっちでそうした保証人のいらない物件を紹介してはもらえないのか、などと言い始めたのである

いや、無理。斡旋とかできないし。つーかもう帰ってくんなや。帰ってくるにしても自分で探せや。あんだけ好き勝手やっといて、保証人になってくれる人もいねえし、なんの宛もないくせに、こっちに戻ってくる理由はなんだ。

久しぶりに私のはらわたは煮えくり返った。もちろん電話口では、そういう紹介はできない旨伝え、こちらでできることは何もないとやんわりと伝えるなど、冷静に対応したが、怒りをどこに向けていいのか分からず、思わず舌打ちをしそうになった。

沖縄の方が暮らしやすいぞ?てか帰ってくる金はどうすんだ。借りた?んじゃあその金で暮らして立ち行かなくなったら自己破産でもしろや。つーか生活保護申請なんかわざわざこっち来てしねえで向こうでやれや。

本当にこの世の中は理不尽な事だらけである

枚挙に暇がなさすぎるので、このへんで筆を置くことにする。

2017-06-04

親が死んでも泣かないかもしれない

親は両親とも80近く2人で暮らしていて、自分は自立してかなり離れたところに住んでいる。

特に母は優しいし苦労もかけたし物凄く世話になったし仲もいい。

父は大嫌いだが。


どうイメージしようが、どうシュミレートしようが、泣くように涙が出るように思えない。

死因が老衰であれ、病死であれ、災害であれ、過失0の事故死だったとしてもそんなふうに思えない。

アニメとかラノベとかマンガだとちょっとしたことで涙は出るのに。


実際、数年前に姉が自殺したときもなんとも思わなかった。

まぁ、姉のことも父に似ていて大嫌いだったというのがあるかもしれない。

失業中の身で自身しんどい時にめんどくせぇと思いながらも泣き崩れる親をよそに淡々葬儀の進行を務めてた。


「死んだら死んだで事後処理大変そうだな」

とか

死ぬなら先に父が死んでくれないかな」

とか

「実際に死んだ時に、自分がこんなじゃ、誰かに『冷淡だ』とキレられるんじゃないか

そんなふうにすら思ってしまう。


自分が冷淡だとは思いたくはない。

自分が頑張ったことで誰かが喜ぶ笑顔はなんとも素敵に思うんだ。

ただ、リアルの人の死に対して、なぜこんなにも無感情なのが不思議なんだ。

なんでこうなったのか、自分でもよくわからない。

昔、もう20年近くなるだろうか、当時よく遊んでた友達自殺したときは泣いてたのに。


最近自分借金が辛くて、もういいやって死にたくなることが時々ある。

それなりに色々経験して辛いことも楽しいこともいっぱいあったし、少ないけど本気で気にかけてくれる友達もいるし。

こういうのもなんだけど、思い残すこともないし。

でも、他人迷惑をかけずに死ねいからと思いとどまるあたり、まだ余裕があるのかな。

でも、両親が死んだら迷惑かける身内も居なくなるし……。


てか、オレの周り自殺者3人て多い。

先の話の失業社長が多額の負債自殺したことが遠因となった倒産が原因。

務めてた会社倒産したのも4社くらいあって多い。

偶然なのか、それともなんかあるのかな。


つらつら書いてたら話が随分それてしまった。

でも少しだけ楽になったよ。

2017-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20170601122334

なるほど。

極端に書くと、病死は0にできないが、自殺は0にできると、そういう趣旨のことを言っているのだな?

http://anond.hatelabo.jp/20170601121155

なんで?

事故死や病死一定数あるのは避けられないんだから自殺がそれ以下であることは喜ばしいことじゃないの?

http://anond.hatelabo.jp/20170601121155

若い子がむちゃして事故死とか、不幸にも治療できない難病にかかって病死する割合が多いほうが

まだましな社会だと思うよ。

自分意思で死を選ぶよりかずっとマシだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170601121155

自殺が多くて良くないという主張をする人にとっては、病死なら自然出来事からOKなんじゃないですか?

http://anond.hatelabo.jp/20170601121155

元増田若者の死因のトップ戦死病死社会の方が健全だと言いたいんだろう。

ちゃんと行間を読んで言いたいことを察してあげよう

2017-05-19

葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。

目次 [非表示]

1 概要

1.1 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

1.2 書名の由来

2 脚注

3 刊本

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

概要[編集]

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。

文中、鍋島藩である鍋島直茂武士理想像として提示しているとされている。また、「隆信様、日峯(直茂[1])様」など、随所に龍造寺氏と鍋島氏併記しており、鍋島氏龍造寺氏の正統な後継者であることを強調している。

当時、主流であった山鹿素行などが提唱していた儒学武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。赤穂事件についても、主君浅野長矩切腹後、すぐに仇討ちしなかったこと[2]と、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別相手に突っかかることはできないのである」と評している。

この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

明治中期以降アメリカ合衆国出版された英語の書『武士道』が逆輸入紹介され、評価されたが、新渡戸の説く武士道とも大幅に異なっているという菅野覚明の指摘がある。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしま気概覚悟が慣用とされていたといわれる。そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜    常朝

白雲やただ今花に尋ね合ひ    陣基

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」[編集]

葉隠記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。

しか山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠記述は、嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナー指南書や礼法マニュアルに近い記述ほとんどである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、一般近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。

戦後軍国主義書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように『葉隠』には処世術マニュアル本としての一面もあり、『葉隠』に取材したビジネス書出版されている。

戦後も、葉隠を愛好した戦中派文学者で、純文学三島由紀夫は『葉隠入門』を、大衆文学隆慶一郎は『死ぬことと見つけたり』を出している。両作品は、いずれも葉隠入門書として知られ、各新潮文庫で再刊された。

書名の由来[編集]

本来葉隠」とは葉蔭、あるいは葉蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公大義とするという説。さらに、西行山家集葉隠和歌に由来するとするもの、また一説には常長の庵前に「はがくし」と言う柿の木があったからとする説などがある。

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518182735

レッサーパンダ帽男殺人事件ググるといいよ。

知的障害者男性結婚して子供をつくり、自分は何も出来ないので妻に暴力をふるい働かせ子供虐待

妻は若くして病死。生まれた息子にも知的障害があり、虐待経験のせいで精神も病んでいた。

そして息子は29歳のとき通りすがり女子大生包丁で刺し殺した。

みーんな結婚できる社会が生むのはこういう家庭。こういう悲劇

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