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2021-04-26

楽巌寺が夜蛾の遺体から呪骸作ったら面白そうだな

2021-04-22

解剖実習が始まった

初心を忘れない為に今の思いを書いておこうと思う。

医学科の受験を決めたときは、将来の夢があり、そのために医学科を目指したはずだった。だが、受験勉強をしているうちに、医学合格目的と成り代わってしまった。いざ合格して大学生活が始まると、将来何をやりたいかが分からなくなり、勉強モチベーションも下がった。留年はしていないが、再試験を受けたことは何度かあった。再試験は面倒だったため出来れば回避したいが、それ以上の学びの意欲は薄かった。

解剖実習の1回目、実習室に入った瞬間、異様な空気に息を呑んだ。ご遺体のある空間は、当然普通の場ではなかった。そんな空気最初は気圧されてしまったが、このご遺体献体してくださった方々のものだと考えると、有り難さと申し訳なさとが湧き上がってきた。

医学教育は、亡くなった方のご遺志に支えられている。そう実感させられる。自分身体を、文字通り捧げてくださる方がいる。それを思えば、その思いを無駄にしないために勉強しなければならないと背筋が伸びる。きちんとした職について、社会還元しなければという思いがつのる。

もう少し、真面目に勉強をしていこうと思う。

anond:20210422181107

東日本大震災経験者に聞きたいね

遺体や負傷者を担ぐとき消防自衛隊が「せーの」と言っていたのかを

映画で「死体じゃないです。ご遺体でしょおおお(怒)」と叫んでる場面を見たが、自分が言われる団になったら健常者もちょっとした呼称の違いが気になるのだよね

2021-04-21

anond:20210420175545

火葬場で骨もほとんど残さず高温のガスでさーっと焼けるようになったのはかなり最近だよ。

それまでは遺体や遺骨がそれなりにかさばったんだよ。だから墓もそれなりに大きい。

技術進化感謝

2021-04-16

はてラボ人間性センター

回答結果

太宰治遺体発見された日をなんと呼ぶ?

正解: 桜桃忌

■「いっせきにちょう」出てくる数字を足すといくつ?

正解: 3

■「す◯◯◯◯◯◯◯◯のうち」の◯に入る1文字は何?

正解: も

俳句短歌都都逸、音数が一番長いのは?

正解: 短歌

ペペロンチーノレシピ記事に現れる警察といえば?

正解: 乳化警察

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2021-04-15

anond:20210415232435

その遺体放射性廃棄物を含んだものになるわけだが、その処分はどうするのかね?

火葬は灰に放射性物質混じって拡散しそうでNGになりそうだな、結局海に流すのか

2021-04-06

anond:20210406155045

諦めてるのは共通してるけど、もともと親戚も少なく兄妹従兄弟も全員負け組独身。まあ引きこもりがいないのが救いだけど、甥っ子なんかも一切いないか最後どうするかだけが気になる。

親連中を墓に入れるまでぐらいは頑張るけど、今の長生き状況を見るとこっちが先にくたばりそうだし、なんとか墓に入れたら、あとは永代供養して墓も家も全部処分して、どうやって最後を迎えるかが心配。家も再建不可とかそういう感じなんでうまく処分できるかが気がかり。うまく改築かなんかして貸せたら一番いいかな?

あとは資産ってほどのものはないけど、狭い住宅クルマとか、相続人がいないとき処分が難しいもの後見人とか遺書とかそのへんを整備したい。

生前自己処分制度必要だと思う。

望むのはこのへんの改善だね。なんか生前のうちに一筆書いてマイナンバー行政登録しておけば、孤独死後のあとは行政業者でパーッと処分できる感じの法律やあらかじめそのへんの費用一定額で預けておけるような生前遺産処分制度。これはほしい。あとは遺体の扱いなんかも含めて。いまはそういう想定があまりされていないので、やるとしたらかなり複雑だし民間だとこっちが死ぬ前に業者倒産とか夜逃げとかありそうだから行政でやってほしい。

生前自己処分制度が出来たら、あとは安楽死法とかもいけると思う。

それないと安楽死するのに家族必要とか本末転倒からね。

家族がいないからあとを濁さないように安楽死したいのに。

悪用するやつが出てきて騙されてバンバン死ぬ世界になるかもしれないけどそんなの勝ち組問題からね。

2021-04-02

anond:20210402001719

人死んで発覚しない記録に残らないってなかなか起こらないのに何が生存者バイアスなんでないの?だよって感じだよな。

ホームレス遺体をわざわざ海に沈めたり溶かしたりしてる妖怪でもいんのかよと。

こういう何もわかってないのにネットで聞き齧った言葉を使いたがる低学歴が一番嫌い。

anond:20210401230016

官報に載ってる身元不明遺体も男のほうがはるかに多いけど?

2021-03-24

anond:20210323104232

貸借対照表的な話なんだけどさ

権利責任責任価値価値福祉みたいなのって鏡写しというか近い関係性をもっているのよ

たとえば、知的障碍で価値がない人を追い出していい、相手にしなくていい、というのなら

そうでない人の生活区域内に、知的障碍の人たちの住むエリアを別途確保することになってしまうよね

用意なんてしねえ一般人の目に触れないところに行けっていっても日本権利者がいない土地はないんだけど

どこかに知的障碍者権利者となっている土地」を日本国土として無料でお分けすることになるのかってことや

いや不要なので殺していけばいいじゃんって言うのだとすると「人を殺すということ」をする事になるので

人を殺すことに社会的リスクと支払うべきコストがあるよね 殺人を犯した人は法治国家では裁かれるの

それを「裁かれない」って大幅コストカットをすると「人の命としての価値」を大幅カットすることになるよね

知的障碍がどこまでか、微分積分ができない障碍者とか三角関数ができない障碍者って価値をいま普通だとおもってる人にもつけかねないし

人の命って不要になれば切り捨てていいんだ、一定土地に住んでる人は水害にあうこと前提なので救助なんていらんわみたいな

いま生活してる人の価値のものダイレクトに削っていくんだよね

権利価値保証されている人たちのもの障碍者の人たちという区分で削ると同じ分だけそうでない人のものも削れるの

人を殺したり支配したりすることが上位だという表現があるから位置関係的に上というイメージに、行動に安全性が確保されてる雰囲気にとらえられやすいけど

実質それだけのコストを支払って安全圏を確保しているってことなんだよね

弱ければ強くなるってことではなくて、弱い部分を補強しているのが強さってことなんだわ

弱さを削っていけばフォーミュラカーみたいな強さとかサラブレッドみたいな強さとか手に入るかもしれない

でもふかふかのシートにエアコンがついてる車とフォーミュラカーなら一般生活はどっちが楽かな

毎日特訓のような生活に明け暮れるならフォーミュラカーでもいいとは思うけど

サラブレッドのような訓練と調整の毎日幸福な人もいると思うけど自由謳歌したい人もいるんじゃないか

人を殺してでも生きていかないといけない社会って銃社会みたいなところがあるかもしれないよね

人に銃口をむけたり、手を挙げろっていってるのにポケットに手を入れようとしたりする人は撃たないといけないかもしれない

そんな人たちを殺してもいいってことになると、ころすひとが殺す準備をしたりリスクを背負ったり殺した責任とかを取らないといけなくなるよね

殺す自由が完全に自由だとしても遺体の処理からなにから税金でするとしてもその税金分なり処分費用をし払う必要があるよね

人として生まれたらどの時点でどう判別してどんなふうに対応するか、っていまはほとんどご家庭で家族でやってもらってるところを社会が人の生活管理することになるかもしんないし

国がそこまで管理しないと基準規定もつくりようがないかもって感じ


自分の部屋が自分統治する世界だと考えてみて

お部屋、常に片付いてるかな

あるべきものがあるべきところにあっていつもほこりを払ってきれいになってる

そんな感じかな

出しっぱなしとか汚れてるとかないか

よごれたりだしっぱなしだったら捨てないといけないっていわれたらコストがロストな感じじゃない?

障碍は出しっぱなしじゃなくて傷だろって思うかもだよね

傷はここでいうと個性みたいなもので多少あっても「おさまっていれば許容される」ことだよね

傷があろうとなかろうと収納規範から逸脱するもを逸脱することについて「障碍」って言ってると思うんだけどどうかな

よごれはそのお部屋の規範とはちがう基準存在してるものだとしたら、基準にあうように洗ったりそういう基準の扱いにしたりすべきがいいか

捨てるよりは洗って使えるなら洗ってまた使ったほうがいいと思うんだよね

それよりやっぱり部屋のものは使ったらすてる 片づけてないものは捨てる いつのなにをもって片づけというかって決めるほうがいいか

毎週金曜日20時の時点で片付いてない物は捨てるって基準だといいのかな

その日帰りが遅くなってたまたま、みたいなことでもごっそりすてていいのかな

基本捨てる捨てないっていうなら、捨てないほうがありがたくない?

優遇しないっていうなら優遇しないって対処をするコスト自分か誰かか何かがその分補填することになるんだよね

なんかもうすでに言葉になってるもの言葉で示した方法で操れる感覚みたいなのがどっかある人たちがいるとおもうんだけど

障碍者ってもなにが障碍者かって1例だけでいえばはっきりそうかもしれないけど自治体レベルの数でいうと

「どっちかわからない」なんて人もでてくるし、それを排除する社会って機能があったらそれを誰かが担う必要があるんだよね

もちろんその人たちを雇用する費用もかかるわけ

お子さんがもしいらっしゃるご家庭で最初反抗期がくるあたりを経験されていたら思い出してほしいんだけど

「それやだ、これがいい、こうじゃなきゃやだ!」ってものすごく無駄ものをせがんだり同じものを欲しがったり

どうせすぐ捨てるのに買うとか言い出したりするのを対応したことあるかなって思うんだけどもちろんない人もいるか

そんな問題は欲しがってるもの与えればいいだけで簡単解決する話ですよね

それが親御さんから目線だと最善の解決方法だとして買い与えていたかどうかって、同じもの無駄にしたりいくつもあったり

使い道まちがってたり、お値段の価値もないものだったりすると、そういう買い物なんかにコストどれだけ払ってるのかって

ちょっとうんざりすることもあると思うんだけど

子供目線から今日はお弁当じゃなくてハッピーセットがいい!同じお昼なのにハッピーセットじゃないのは嫌だ!」って選択肢には

ご家庭でお弁当をつくったりする材料備蓄料理の手間、他の時間帯に波及する食器ダイニングの掃除なんかのコスト無駄にしてるよね

要望をあげる目線からメリットの陰に、大きくコストを払っている人がいたりするってことね

制度を作るって考えてみてさ、その執行や処理や対応をする人たちがいるとして、その人たちのお給料生活・気分・保証その他もろもろ

どれだけの予算でどう運営していくのかってことと、共存ってカタチで予算があればそれぞれの家族地域や近い人やお仕事をそれもかねている人たちを

既存のまま運用できるのとどっちがコストがかかるかってことを考えたら処分専用に高いお金払うより共存のほうがコスト的に浮くとおもうんだよね

高度に管理された社会って結局人間がその高度で管理されながら生きるっていう意味なわけで

相手が大きく失うものがあるとしたら、奪う側はそれを奪い取っても吸収できたり自分のものにできたりしないんだよね

たとえば命をうばっても命は2個にならないよね

奪った命で褒められるのなら褒められるために社会的地位を上げるために奪うだろうけどそういうお仕事って地位あがりそうかな

だれもがやりたくない仕事をさせられる人をふやして、命が奪われることになったとして人の住む領域として健康が最低限天賦されていることが基準という狭さになって

人とはなにか人のあるべきはと定義されて逸脱すると障碍として排除されるようなのって

提案しちゃいたい人からしてみても暮らしやす社会ではないとおもうんだよね


いまの嫌いな人間はみんな死んでほしいとか、異世界に云って無双したいとか、自由発言できてその呪詛がどこにも届かず

空虚に消費されて、ほどほどの労働とほどほどの娯楽ですごせるゆるい今の社会のほうが良いのではないか

そういう目線でみると、優遇って弱者にするとかされてるとかっていうのは、自分優遇措置そのものだって思ったりしない?

2021-03-21

死体「したいよう」

遺体「いたいよう」

Twitterに書けないことを書く

人間が生きることって、いくら取り繕っても汚いし醜いし有害だって気づいた

から自殺したら排泄物垂れ流しとか遺体が醜くなるとか他人迷惑かけるとか言われても……それ普通人生あんまり変わんなくね……?って思っちゃった

迷惑云々の話をするなら

自殺しなくても

町中で婆さんを殴ってトラウマを与えた人とか

若者をこき使って廃人状態に追い込む人とかもいる

植物状態になれば、身内か病院の人に排泄の世話してもらわないといけない

だってここ20年、環境破壊して他の動物の肉を食べながら生きてるし

勿論他人迷惑もかけた

こうしてみると、

いつかどこかで自殺する迷惑

自殺しない人間が一生のなかで他人に与える迷惑

どちらが大きいかとかそんなん誰にもわからないはずだ(異論は認めます)

から、生きるにしても死ぬにしても迷惑はかけちゃうからある程度は仕方ないと思う

ま、こんな綺麗事は、自分の使う電車飛び込み自殺で止まったことがないから言えるのかもしれない。

……はい、以上。

思うだけです、普段なら言いません。Twitterにも書かないけど、ここなら見る人そんなおらんやろ!の気持ちで書きました。

今更ですが、ガイドライン抵触してたら申し訳無い。

蛇足かもですが、タヒにたいじゃなくて消えたいって言う人の気持ちが分かったような気がしました。

見返して気づいたけど自分遅めの中二病発症してないか? もういいや

2021-03-17

メアリーアイスクリーム屋に惨殺され、遺体アイスクリーム屋の車内に隠された

メアリーの血が混ざり真っ赤になったヴァニラアイスはブラッディメアリーとして街の人気メニューとして親しまれた

2021-03-16

普段は「マスゴミ」とか「人権派弁護士」とかを蛇蝎の如く嫌っているような皆さん達が

教育虐待医学部9浪で殺人というセンセーショナル記事に関しては犯人側の言い分を頭から信じ込んでいて謎だ。

もしかして自分を重ねているのか?他人他人なんだからそこは割引いて考えるべきだと思うんだけど。

実際の教育虐待とやらがどの程度のものだったのかは分からないが

殺した後に遺体損壊、遺棄した事。自殺に見せかけようとした隠蔽工作

4月から大学病院で働いていた事、

父親は健在であった事は事実

そして大学看護学科で問題なく生活し国試に受かり、上川隆也ドラマに対する楽しそうなツイート

客観的総合して考えると虐待は大した事なかったか少なくとも犯行の時点ではすっかり治まっていたと推察するのが合理的

犯人は罪悪感の欠如したサイコパスであり、虐待針小棒大に言っている、って思われても仕方の無い事例だと思うんだけど。

2021-03-11

3.11 あの日のこと

誰の遺体がどこの安置所に置かれてるのか、遺族が把握するために津波の死亡者の名簿が公開されている期間があった。

海沿いだった実家地域は壊滅しているので、誰が生きてて誰が死んだのか知りたかった。

津波で、顔の知っている知り合いだけで10人以上死んでいた。

子供のころによく遊んだ女友達の妹。よくお世話になった友人の祖父母と父。友人の父。

中でも印象的だった子の名前があった。

小学生時代自分が6年の時に、1年生として1年だけ被っていた女の子がいて、特に交流もなかったが同じ地域の子なので名前は覚えている子がいた。

の子高校3年生でその年に卒業だったらしい。卒業して進学するのか就職するのか、いずれにしてもこれから色々経験していく人生だっただろう。

3年生は3月であの時間帯もう家にいたのだろう。まだ17歳のその女子高生とその家族全員の名前があった。

そして自分母親名前もページ内検索した。

なかったらもしかしたら生きてるかもしれない

そう思ったがしっかりヒットして現実を突きつけられた

2021-03-10

anond:20210310001630

葬儀屋に転生したと思ったら

微妙に座標がずれて御遺体になりましたー

2021-03-08

必読書コピペマジレスしてみる・やっぱりオススメの21冊編 (2)

戻る→ anond:20210308081829

デュマ・フィス「椿姫

個人的にはオペラよりも好きかもしれない。特に、愛した女性の墓を掘り起こして遺体に直面するシーンがあるところとか。不毛愛情というか、すれ違いや失恋ばかり読んでいたことがあり、これを読んだのもそんな時期だ(「エフゲニー・オネーギン」とか「マノン・レスコー」とか)。というか、そもそもオペラって「乾杯の歌」とかすごい好きなんだけど、台詞聞き取りにくいし、台詞を同時に歌う箇所もあるし、なんか難しい。

ちなみに主人公独白に曰く、「ああ! 男というものは、その偏狭感情の一つでも傷つけられると、実にちっぽけな、実に卑しい者になってしまものです」。……バレましたか

野尻抱介太陽簒奪者」

自分日本SFを読むきっかけになった人で、ハヤカワのJA文庫小川一水とか林譲治とかが特に好きだった。

この作品は、太陽の表面に異星から物体によってメガストラクチャーが作られ、日光を奪われた人類が滅亡の危機に瀕するのだが、若干のネタバレを言うと、最初からエイリアンには悪意が全く存在していなかった。僕はそんなところが好きだ。基本的自分の好きなシチュエーションは、他者との接触により悪意はないにもかかわらず傷つく、というのがあるのだ。

ちなみに日本SF作家をより広く読むようになったのは大森望日下三蔵の年刊日本SF傑作選のおかげ。感謝感謝

オルハン・パムク無垢博物館

三十歳で婚約者がいるのに、親戚の十八歳の女の子に手を出しちゃったダメな人が主人公結婚約束をした女性から婚約を破棄されてしまい、彼は思い出の品を集めた博物館を作りだす。イヤリングはともかく、自分が家をのぞき見た瞬間を画家に描かせた作品や、下着までも集めているあたり、ただの変態である。帯には「愛に生きた」とあるけれど、愛情というか執着や妄念であったような気がする。けれども、不毛な愛のほうが読んでいて面白い

ところでトルコという国は、女性スカーフを被るかどうかだけで政治的立場の表明になってしまう国であり(ハイヒールを履くかどうかも政治的立場の表明ではあるが、トルコはその傾向が顕著だ)、その点からも読んでいて面白い作家であった。

マヌエル・プイグ蜘蛛女のキス

映画オタクゲイ政治犯の獄中での対話劇。ゲイはどうやら看守から政治犯の様子を探るように頼まれているようなのだが、いつしか二人には友情が芽生えていく。緊張感のある対話であると同時に、ゲイお気に入り映画を語るとき調子推しについて語る幸せオタクのものである安易に神という表現は使いたくないが、語りが神懸っている。ゲイの口調が女言葉なので、少し古い訳なのかもしれないが。

リチャード・ブローティガン西瓜糖の日々」

大学時代年齢不詳の友人がいて、今も何をして食べているのかよくわからないんだけれども、今でも時々強烈な下ネタメールが来る。そんな彼が薦めてくれた小説村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の「世界の終わり」パートに影響を受けた作品を部誌に掲載したらものすごい勢いで薦めてくれた。

彼は物にこだわりがないというか、読み終えた本をよく譲ってくれた。同じブローティガン絶版になった本やシュティフターの「晩夏」などもおかげで読めた。「晩夏」はくどいのでいただいてから十年後に読んだのだが、現代小説では確実に切り捨てられる長さの風景描写を含む小説を、定期的に読みたくなる。

町田康パンク侍、斬られて候

就職のために架空宗教団体によるテロでっちあげる侍の話。時代劇の形を借りているんだけど、時代考証は完全に無視している。そして、自意識過剰人間クレーマーおバカしか出てこない語りの芸だ。だが、大体町田康作品は大体そんな感じだし、人間って元来そんなもんなのかもしれない。オチ基本的に完全に投げっぱなしだが、爆発落ちや死亡オチギャグ結構好きだったりする自分がいる。文学っていうのは自由でいいんだよ。

トーベ・ヤンソン「たのしムーミン一家

ムーミンシリーズ以外のヤンソン文学作品を選ぶべきかどうか迷ったのだがこっちにした。友人からなぜかヘムレンさんに似ていると言われていた時期があったことだし。

児童文学短篇って長篇とは違った難しさがある。短い文章と簡潔な表現という制約の中で、キャラクターを端的に表現しないといけないから。そのお手本みたいな作品がここにあり、内向的人間にやさしい世界がここにある。ちなみにとある哲学者の持っている本の名前が「すべてがむだであることについて」であり、すごく笑える。

全く関係ないが僕は萩尾望都の「11人いる!」のヴィドメニールヌームにも似ていると言われたことがある。緑の鱗に覆われた両性具有僧侶で、とても善い人で行動力もあるのだが、説明するときにやや言葉が足りない。

マリオバルガス=リョサ「悪い娘の悪戯

嘘つきで利己的で、のし上がることにしか興味がない空っぽ存在に恋をしてしまった善良な青年。「悪い娘」の人生航路は語り手の人生におおよそ十年ごとに交叉するが、一貫して彼女本位な関係に終始する。

これはどうしようもない女の子に恋してしまって、四十年間ものあいだそれを引きずった男の物語だ。地位財産もなにもかもなげうって、何度裏切られてもひたすらに与え続けた。そんじょそこら悪女ものとは格が違う。シェル・シルヴァスタインの「おおきな木」のように。

バルガス=リョサには基本的にどれも面白い

D・H・ロレンスチャタレイ夫人の恋人」。

猥褻だということで昭和時代裁判になったというので読んでみたが、どこが猥褻なのかちっともわからない。しかも、作者の思想がうるさいので文学的な美を損なっている。

表現露骨というよりも、おちんちんに花飾りを結ぶみたいなのどかヒッピー文化的な感じで、エロティシズムについては性描写の無い仏文学のほうがずっとぐっと来るものがる。しかし、時代を先取りしていていたという意味では素直にすごいと思うし、この程度で猥褻だと騒いでいた時代はさぞ不自由で息苦しかったのだろうなあとも思う。

ピーターワッツブラインドサイト

最強のファーストコンタクトものひとつで、ネタバレするとオチは「意識クオリアとはときとして生存に不利かつ無駄であり、この宇宙では淘汰される可能性がある」という絶望的な結論人間の心も愛も宇宙の中では無だ! みたいなSFが大好き。

基本的構造は「宇宙ランデブー」の変奏で、未知のエイリアン遺物の中を探検するのだが、強烈な磁場の中で意識が攪乱され様々な精神疾患一時的に患うという違いがある(実際に脳に強烈な磁場を近づけると活動する部位が変化する)。言及されるコタール症候群半側空間無視といった症状もすべて実在するが、脳科学知識がないと全部作者のほら話なんじゃないかって読者が誤解するんじゃないか若干心配

それと、ハードSFとしてはすごい好きなんだけど、どういうわけか吸血鬼が味方に出てきて(人類を捕食していた類人猿遺伝子を組み込んだ改造人間という設定)、味方のはずなのにこちらに危害を加えようとする不可解な設定があり、これは作者の吸血鬼ゾンビに対する偏愛のせいだろうが、プロットの上であまり関係がないし必然性もなく、そこが無駄に思われた。そもそもなんでそんな遺伝子組み込んだ危険なやつを作るんだ?

以上。

2021-03-07

雑誌映画秘宝』の記憶(4)

高橋ヨシキが前面に出るようになった頃から映画秘宝』は「切り株映画」を猛烈にプッシュするようになった事を先に記しました。(「切り株映画」とは「人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るようなグロテスク描写が売りのジャンル」を指す為の『映画秘宝』による造語です。しかし、こんな単語を知っていたところで何の役にも立たないので、これを読み終えられた方は忘れてもらって結構です。)

それと共に「切り株映画は『世界真実』を描いている!」と云う、何だかよく分からないアジテーションも盛んに行い始めました。切り株映画に含まれスプラッターホラー作品の事は私自身も嫌いではありませんでした(若い頃の高橋ヨシキが参加していたとされるスプラッターホラー映画情報雑誌『V-ZONE』は私も読んでいました)が、流石に「世界真実云々」と云う主張に関しては理解共感もできませんでした。また、このアジテーションと連動して「女子供から映画を取り戻せ!」というスローガンも誌面に踊るようになりました。しかし、それも変な話です。元来スプラッターも含めたホラー女性ファンが大変に多いジャンルなのに、まるでそれらが男性専用であるかのような言い草ではありませんか。

ここで私自身の若い頃の話になりますが、読書映画観賞でミステリサスペンスが人並みには好きだったこから大学入学してそこの図書館を利用できる機会を得たのを良いことに、これらのジャンルをより深く楽しめるような知識を得ると云う目的のために、書庫法医学関連の専門文献を漁って実際の事件事故記述遺体写真等に目を通しました。医学部生でもないのにそれらを漁る私は、さぞかし周囲の目には不審に感じられただろうと思います。それは兎も角、これらの情報摂取によって、一般的に「グロテスク」とされる映像描写についての耐性は、それらが苦手な他の一般人よりは私の身に付いたと思います。でもまあ、単にそれだけなのであって、別に私は「世界真実」らしきものにはアクセスできませんでした。ただ、事件事故で亡くなった方が亡くなる時に感じたであろう痛みや苦しみに思いを馳せて、何だかとても辛く悲しくなったように記憶しています。なお、そのような感情とは別の話として「生物学的・医学的な現象としての人体の破壊はこのようなプロセスを辿るものなのか。興味深い」と云う知的好奇心の充足が得られた事もまた事実です。

このような文献資料などを通じた私の経験など所詮は「借り物」ですから高橋ヨシキのような「世界真実」を見る事が可能人間の境地には、足下にも及ばないのかも知れません。

では、切り株映画ではなく現実世界仕事で「本物」と接しているような方々、例えば警察消防自衛隊医療関係者の方々の場合はどうなのでしょうか?

実は過去に『映画秘宝』的な作品が好きだという医療関係者の人に接する機会があったので、この時に『映画秘宝』の「切り株映画世界真実を描いている!」と云うノリについて、どう思うかと訊ねた事があります。さぞかし酔狂質問だと思われたことでしょうが、それでもその人は真面目に答えてくれたので、n=1のケースに過ぎない話ではありますが、ここで記憶を呼び起こしてそれを記します。

一般の人たちは、人間遺体や人体が破壊や侵襲を受ける現象に接する機会そのものが少ないから、遺体を何か『特別なモノ』として捉えてしまうような人がいても無理はない。ちょうど、映画スタンド・バイ・ミー死体探しの旅に出かけた少年たちのように。たまたま自分現在仕事選択したので、遺体にしても未だ生きている人体にしても一般の人の目から見て『グロテスク状態』とされる対象に接する機会と経験は多い。しかし結局のところ、自分仕事職業暮らし・日々の営みの一部なので、何も特別な事は無い。もしも貴方医療なり警察なりの職業に進んでいたとしたら、その時はおそらく貴方も私と同じように慣れて、貴方の『生活の一部』になっていたと思う。私個人が、その『世界真実』とやらに目覚めたという経験は私には無い」

ねこのような言葉だったと思います。要するに、最初は「非日常的」と思えた物事でも「日常化するプロセス」を経て受容する事で徐々に「普通物事」になっていくということなのでしょう。

上の対話を今を思い返して、ふと私は次のような譬え話を私なりに思いつきました。

異性の裸と性器セックス存在ぼんやりと知った子供は『この世界には何だかスゴイ事が有るらしいぞ!』と、未知の存在であるそれらへの期待が膨らみ、必要以上に興奮してしまものです。しかし、大人になって恋人が出来るなり夫婦になるなりすれば、異性の裸や性器セックスだって単なる日常生活の一コマになります。謂わば「切り株映画を見ることで世界真実を見た!」と吹き上がっている高橋ヨシキの姿は、異性の裸や性器を見た事もセックス経験も無い子供が、雑木林で拾ったエロ本を見てしまって『スゴイ!ボクは同級生が知らない世界真実を見た!』と興奮しているのに似ているのかもしれません。

また、私が思うに「日常化のプロセス」が機能するのは単純に「慣れ」だけが理由なのではなく、受容する対象を「人間扱い」することも理由の一つとして有るのはないでしょうか。上記の譬え話に則して私自身を省みると、若くて未熟で性体験が無くて性的欲求悶々としていた頃の私は、アダルトコンテンツ女性の裸体や性的行為が出ているのを見ると、只それだけで、たとえそれがレイプ描写などであっても性的に興奮していました。今となってはお恥ずかしい限りです。しかし、現実女性との交遊や結婚を経て「人間としての女性」に接するようになると、そのような描写では「人間としての女性が感じる苦痛」を思い浮かべて悲しく辛くなってしまうので、私は性的に興奮はできなくなりました。愛の営みには、やはり愛が必要なのです。

スプラッターホラー映画を含む切り株ジャンルも、決して全面的に嫌いになったという訳ではない(それが証拠に今は『チェンソーマン』にハマっています)のですが、現実悲惨殺人事件事故知識人生経験を得た為なのか、これもまた若い頃のような熱狂でのめり込んで楽しむ事は減ったような気がします。

雑誌映画秘宝』が「女子供から映画を取り戻す!」を合言葉に「男のための映画雑誌」を標榜して、雑誌内部における「ホモソーシャルな結束」が最優先されて「女性蔑視な言動」が内部で野放しにされていたことと、高橋ヨシキが前面に出て「切り株映画は『世界真実』を描いている!」というアピールをし続けてきた(することができた)こととの間には、何らかの関連性が有るように私には思えます

町山智浩の機嫌を取るために、己の身近にいる女性尊厳簡単蔑ろにした高橋ヨシキ(※その詳細を知りたい人は、吉田豪による町山智浩インタビューを読んでみて下さい)にとって、彼の主張する「切り株映画が描く『世界真実』」とやらの『世界』の中には「女性を含めた『他者』」が存在する余地は無かったのではないでしょうか。また、彼の言う『真実』も所詮自分本位、男性本位のものに過ぎなかったのではないでしょうか。

かつてのモンド映画が「深刻な問題について啓蒙の契機となるために」という口実の下に残酷映像を垂れ流し、日本を含めた「先進国」とされる地域で暮らす観客たちがそれを「外国で起きた他人事」として消費して楽しんでいた事はよく知られています。近年の町山智浩高橋ヨシキらが垂れ流していたポリコレ的な言動も、モンド映画のオープニングとエンディング申し訳程度に付け足されていた「社会を憂うポーズ」の粗悪なパロディに過ぎません。萌えコンテンツを叩いたりポリコレ的な言動に勤しんだりすることで「女性の味方」であるかのように盛んにアピールしていましたが、彼らの心の中で「女性の苦しみ」は、モンド映画の観客が残酷映像を楽しむのと同じく「他人事」に過ぎなかったのです。その「他人事感覚の露見したのが、先日発覚した真夜中のパワハラ事件です。

しかし、仮にパロディとはいえ正義喧伝する行為」によって己と意見が異なる人間を盛んに責めて追い詰めてきたのは、外ならぬ町山智浩高橋ヨシキ自身なのですから、今こそ彼らは報いを受けるべきでしょう。『映画秘宝』の信者である功夫やBazilらも言っているではありませんか。「他人を盛んに責める人間たちは、自分たちはそんなに上等な人間なのか?だったら手本を見せろ」と。彼らに手本を見せてやって下さい。

町山智浩高橋ヨシキらのような人間たちが追放された『映画秘宝』が、今後は幼稚な性欲を野放しにするようなホモソーシャル的な雰囲気偽善から脱却して、良い方向に変われば良いですね。少なくとも「切り株映画男性のもの」と言わんばかりの愚かな主張が無くなると幸いです。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2021-03-06

anond:20210306211142

74年前の今日

久米島で9名の住民が惨殺された。

鬼畜米英』と呼ばれる者たちに殺されたのではない。

『友軍』、つまり久米島に配置されていた日本海軍久米島守備隊によって殺されたのだ。

6月27日に続く、この2件目の虐殺事件では、16歳の少年を含む計6名の男性と、3名の女性犠牲となった。

銃剣で殺した後、家に火を放った。遺体は針金で縛られており、それぞれ数ヶ所に穴があいていたという。

戦後のインタヴューでは、

鹿山曹長自らがこう証言している。

2021-03-04

東日本大震災10年ということで当時はこうだった特集があちこちで出てきて少し辛い。

思い出したことをとりあえず書いてみる。

時系列じゃないです。

本震の後外に避難すると、それまで穏やかだった空がいきなり暗くなって雪が降ってきた

誰かが「この世の終わりか」と叫んだ。

幸い酷い津波は見なかったけど、原発事故範囲だった。

もう少し避難範囲が広がっていたら確実に避難しなくてはいけない距離にいた。

原発水素爆発したとき、多くの人は片付けや給水車に並んでいた。

爆発の速報を聞いてまずは「本当に死ぬのかな」と思った。

その後「でも多分死ぬならみんな一緒だから寂しくないな」と思った。

1週間家から出ることが出来なかった。

外に出る時は雨合羽羽織って行った。

ガソリンは枯渇していた。

古い家の瓦がボロボロ落ちていた。

物資はなくなって、謎の配給が始まった。

犬が不安になってずっと鳴いていた。

家の近くを自衛隊の大きな車があちこち走ってた。

近所の体育館遺体安置所になっていた。

避難所は津波避難原発避難混沌としていた。

ぽぽぽぽーん

毎日余震震度5弱くらいが来る。

揺れたら入口に走っていく。

割れ食器ゴミが多かった。

エネルギー節約で毛布にずっとくるまっていた。

野菜がなくなった。

風呂入った?」が挨拶みたいになってた。

衣装ケースを抱えて水をもらいに行った。

テレビは相変わらず首都圏電車情報津波映像ばかりだった。

ヘリコプターからの放水は見守ってしまった。

避難所でバラバラになった家族との再開があると泣けた。

必死家族を探す人がいた。

ストーブで沸かしたお湯で髪の毛を流した。

ヨウ素剤が送られてきた。

沿岸部の片付けであちこち花が供えられているところがあると聞いた。

おにぎりをたくさん作った。

差別的言動苦笑いした。

高円寺デモにムカついた。

mixi日記書いたらよく知らん人から「泣けました!」と言われた。

節水プロになった。

風呂に入るのはとても気持ちいい。

人間の嫌な面を見た。

それでもヘラヘラしていく図太さを知った。

いつまで経っても全国的報道なんかなかった。

思い出の海岸がなくなって泣いた。

何でこんなにたくさんの人が亡くならなければならないのか考えると死にたくなるから考えないことにした。

車を流された友人は津波を見ていた。

電話で当時の話を聞き、一緒に泣いた。

スクリーニング検査に行った。

近所の広場がみんな仮設住宅になった。

知らない人がたくさんいきなり移住してきた。

好きで来てるわけじゃないけど、好きで受け入れているわけでもない。

人それぞれに地獄があった。

当時の復興大臣にムカついた。

電車が開通したときたは嬉しかった。

桜が咲くのが遅かった。

私たちは生き残ってしまった。

未だに放射線量ニュース天気予報のコーナーで流れる



被災したと言うとおこがましいくらいの経験しかしてないけど、当時のことをつらつら書いてみた。

毎年3月11日はいい天気だ。

今年もいい天気だといいと思う。

2021-02-26

「あたたかくなってきたので人が死ぬ話をしよう」

記憶が完全に薄れてしまう前に、弟の誕生日なので、時効と嘯いて、書き留めます

その日は、自動車教習の実技最終試験の日でした。

から教習所に向かい、どうにか車を運転し終え、「まあ多分受かっただろ」と思いながら確認したスマホには、親からの「家の鍵持ってる?」「なかったら裏の鍵開いてるから」「昼適当に食べて」といったようなLINEが届いていた記憶があります

「何かあったのかな」と思いつつも、家の鍵は持っていたのでそう返しておきました。

ちなみに実技試験ちゃん合格していました。

合格をその日のうちに伝えられたかはよく覚えていませんが、とにかく昼頃には終わっていたため、家に帰りました。家には誰もおらず、親に電話をすることにしました。

「■■(弟)、死んじゃった」

涙声で伝えられたその情報に、まず出たのは驚きでした。現実において

「え??????????本当????????マジで????????????????????」

ぐらいの勢いで叫んだのは、後にも先にもここぐらいでしょう、というような混乱でした。

弟は、私が寮にいる間に、突然家出をし、自殺未遂をし、保護されたあと病院施設に入り、メンタルケアを受け、進学も家から遠く離れた施設から通える高校に行って、また自殺未遂をしたりしていました。その間弟は、家族を完全にシャットアウトしており、1年半の間誰も会えていませんでした。

自殺未遂をしていたこから、それが成功したんだな、ということは簡単に察することができるはずなのですが、私は「次会ったとき『よう……5年ぶりだな……』って一言目に言お」などと考えていたぐらいには弟の死への願望を非現実的に捉えており、まさか本当に成功させるとは思ってもいませんでした。

なので、正直なところ「マジかよあの野郎ッ やりやがった」ぐらいの気持ちで報告を聞いていました。

親は「帰りはいつになるかわからない」というので、まあそれはそうと思いつつ、電話を切り、家に常備してあるパスタを食べました。パスタはいつも通り美味しかったので、美味しいなぁ、と思いました。

薄情な兄だと思われるでしょうが、1年半前以前から私はほとんど寮におり、弟と会うのは帰省した時の食卓ぐらいでした。弟は部活をしており、土日も練習するため学校に出ていたからです。そのため、「昔よく遊んだが、最近会っていなかった遠い親戚が死んだらしい」程度の質感でした。薄情ですね。

お昼を食べたあとは、前からたかった時をかける少女アニメを見ました。正直なところ特に面白くもなく、内容が記憶にありません。ただし、流石に内心ではそれなりにショックを受けておりまともに見られていなかった可能性もあるかと、内容を調べてみました。しかし、やはりつまらなそうでした。

(今回はつまらなかったわけですが)、美味しいご飯を食べることも、面白作品を摂ることも、生きている人間特権です。

実は死んでもそれらはできるのかもしれませんが、本筋から逸れてしまうのでやめます。ただし、死ぬことで人間活動に付随する空間の縛りがなくなるなら、死んだ方が楽しそうですね。

ともかく、それができなくなるのはもったいない選択だなぁ、と思いながら親の帰りを待っていました。

ゆっくり人生をしていけば違った世界を見られたかもしれないのに、その可能性を排除して不可逆の選択を選んだのは、私には理解できないことでした。得られたかもしれない幸せ放棄しているから。

ただまぁ、私はまだ人生幸せを感じる余地はあると思っているから、なんとなく幸せになれそうな方向を探して生きています。全力で死ぬよりなんとなく生きる方が簡単なので。

から、全力で死ぬ決断を下せた弟は、ある意味ですごいなぁとも思っています

から知ったことですが、弟の財布に入っていたレシートには死ぬ前日のものがあり、そこではたくさんのお菓子が買われていました。弟にとっては、それが世界で一番幸せな時に近づくための手段だったのかもしれません。最期の晩餐がそれであることを私は可哀想とは思いません。もったいないと思います

親が帰って来たのは17時半とかで、まあまあ早かったなと思いました。記憶は朧げですが、遺体は布団に包まれていた気がします。それを車から下ろすときに足を持ったのですが、まだ温かく、しか感触は確かに〝終わっていた〟ので「肉の塊だな」と思いました。死体に触るのはもちろん初めてでした。

仏壇のある部屋に遺体を置き、改めてそれを見ると、首には縄か何かで頸った跡がくっきりと残っており、顎の辺りまでが紫色に染まっていました。服装私服だったか既に死装束だったかいまいち覚えていません。私がファッションに興味がないからでしょう。ましてや死んでから洒落しても何もないです。

親は泣いてるし、同居している祖母ももちろん泣いていました。私は涙も出てこないし、なんなら別に悲しくもなく、「へー死んだんだ」ぐらいの兄としては最悪な所感を以てその場にいました。流石に酷すぎるだろ、とも思いますが、勝手に死んだ弟如きのために感情を曲げて自分に嘘をつくのは嫌でした。

整理してて思ったんですが、マジで弟のことほんとになんとも思ってないですね。ぶっちゃけ弟のことはあんまりきじゃなかったです。ポケモンカードの強カード全部捨てられたり、買った本勝手に読まれしかも折り目つけて返されたり、DSソフト勝手にやられたり、いろいろありました。悪い思い出が。

ただ、一度距離感をとって、年をとって、互いに価値観確立して、その上でゆっくり話せば、あのときの最悪な話も思い出話になると漠然と思っていました。私は、自殺未遂も含めた弟の哲学について知りたかったし、弟が何を考えていたのか知りたかった。

それももったいないな、と思います

遺書はなく、スマホデータは消されており、わずかにカウンセラーさんと弟の友達から漏れでる情報によると、「自分に生きている価値はない」「消えるしかない」などと考えていたらしいです。

それはつまらない考え方だ、と私は思うのですが、それに至るまでの積もる話も、私は何も知りません。

独りで考えて、独りで完結して、そんな生き方自分もするのでしょうがさらに独りで死を実行して独りで死ぬのは、流石にどこかネジが外れていたような感じはしています。私が寮にいる間に、いろいろとあったようです。実は私のことも恨んでいるのかもしれません。私には私のことしかわかりません。

弟は朝を食べたあと、9時ぐらいに首を吊り、そのまま1時間ぐらい発見されなかったようです。春休みだったので無理もないですね、見つけた施設の人はさぞ驚いたと思います事故物件作りやがって……と私は思いました。

しかもどうやら発見時は舌が口から出ていたらしく、なかなかグロみがあったそう。

私が教官監視されながら車を走らせているときに、弟の生命活動が終わっていたのは、後から知るとちょっと面白いなと思いました。何が面白いのかは自分にも説明できませんが、「世界のどこかで人が死んでいる」という実感なのかもしれません。解像度が高くなって、知らない感覚を知れたという。

もう記憶があまりないです。呆然としすぎての方ではなく、興味がない方の記憶の無さだと思います。親の親戚も来て、もう片方の祖父祖母も来て、皆泣いていて、自分は二階でいつも通りインターネットをしていました。それこそが私の正しさでした。

葬儀家族葬で、これは本当に何も覚えていません。

あっという間に出棺の日が来たらしいです。棺には、一つの他愛もないメッセージを書いた紙を入れました。「また会おうぜ」、みたいなやつです。

火葬場に向かう川沿いの道に、満開の桜が並木となって咲き誇っていました。親がずっと覚えておこうと言いました。私もあれは確かに綺麗だと思いました。

いよいよ焼くときになって、最後に何か、というタイミングで、親が膝から崩れ落ちすがり付いて哭いているのを見て、弟に「何やってんだよ」という気持ちが沸きました。

結局私は今まで泣けていません。これからもないかもしれません。

ともかく、人が一人死んだ、そういうお話でした。

2021-02-21

anond:20210221183555

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160929-OYTET50021/

2012年1月20日、札幌市地下鉄白石駅に近い4階建てマンションの3階で、姉妹遺体発見された。

司法解剖の結果、姉(当時42)が12月下旬~1月上旬脳内血腫で病死し、

中度の知的障害のある妹(当時40)が残されて、1月上旬中旬に凍死したと判断された。

ガスストーブはあったが、ガスは11月末で止められており、電気発見直前に止められていた。

室内に食べ物はなく、冷蔵庫も空だった。

anond:20210221183555

https://diamond.jp/articles/-/45141

31歳の女性が自宅でひっそり餓死していたというニュースが報じられた。

報道によれば、発見されたのは、大阪市東淀川区団地に住む女性

部屋の押し入れに敷かれた布団の上で、半袖、半ズボンのやせ細った姿になって、仰向けの状態で倒れていた。遺体は腐敗が進んでいて、死後数ヵ月が経過していたという。

すでに彼女の部屋の電気やガス、水道といったライフラインは、すべてストップ。家賃も滞納し、冷蔵庫にはマヨネーズなどの空の容器しか入っていないなど、貧困にあえぐ生活だったことが伺える。

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