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2017-06-24

[] #28-4「超絶平等

俺たちのそんな鬱屈とした思いを、誰が真っ先に爆発させるか。

裸の王様に、裸だと伝える必要に迫られていた。

だがシガラミで雁字搦めになった大人に、そんな役目はあまりにも重たすぎた。

いつ、自分が反逆者として後ろから刺されるか、それに怯えていたんだ。

社会に順応した大人たちは刺される人間にはならないし、場合によっては刺す側にだってなることも厭わない。

そんな強迫観念に捉われないのは、いつだって社会をよくも知らぬ子供だ。

例えるなら俺の弟である


おかしい……こんなのは納得できない!」

弟は市長のやり方がどう間違っているのか分かっているわけではなかった。

あいつの持っている反骨精神がそうさせただけなのだろう。

弟はたまたま目に付いた足の不自由な人に駆け寄る。

公衆面前で、杖は使わずスタスタと。

すると、その場に居合わせた俺ですら恐れ多いことを口にした。

「俺のやってることは差別?」

言葉にしにくい、なんとも奇妙な光景だった。

それは他の人たちも、弟に尋ねられたその人も同じだったに違いない。

その人はどう返すべきか、迷っていた。

いくら自分関係者だとはいえ、あくまでその中の一人でしかないという自覚があるからだ。

なまじ自分第一声が『差別』という概念象徴するものになってしまうのも如何なものか、と感じていたのかもしれない。

だが、ここで有耶無耶になってしまうと、このバカげた政策はしばらく続いてしまう。

その割を、これ以上食わされるのは俺もゴメンだ。

それに、弟にばかり“差別主義者”を負わせるわけにもいかないしな。

二人の間に入ると、新たなアプローチをした。

「ひとまずシンプルに考えてみよう。俺たちがあなたの真似事をして、あなたは救われたのか、守られたのか。『理解をされた』と感じるか?」

設問は些か誘導じみたものだったが、その人にとって答えやすものであったのも事実だ。

市長のやっていることがおかしいと確信に至るものであればよかった。

「うーん……全くないとは言えないですけど……そんなことで“理解”されるよりも、快適に生活が出来る環境にするだとか、ちょっと困った時に手を貸してくれるだとか、そういった“理解”のほうがいいです……」

その人の言葉は、別にこの政策定義する差別の是非を、根源的に批判するものではなかったかもしれない。

だが、今回の政策鬱屈とした思いを抱えていた人たちを奮起させ、団結させるには十分なものであった。

「そうだ! これは差別じゃない!」

「ああ、そうだ。仮に差別だっていうんなら、もう自分差別主義者でいい。存分に後ろ指をさせばいい!」

人々は杖を武器へと変え、口々にこの政策への不満を吐き出し始めた。

俺はおもむろに持っていた杖を壁に立てかけ、その不可思議光景を溜め息交じりに眺めていた。

もはや俺の頭では何が差別でそうじゃないのか、よく分からなくなっていた。

そもそも差別かどうのとかで語ることかどうかすら、それに思考リソースを割く気になれない状態だった。

ただ、まとわりついていた妙な倦怠感が、徐々に離れていく心地を味わっていた。

(#28-5へ続く)

2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170622220827

他の人からも色々意見があると思うし、人それぞれ合うスタイル合わないスタイルがあるからあくまで俺自身のケースでいうのだが、高校時代は全く勉強せずに遊んでいて、本当に正解だったと思う。

 

いま38歳なんだけど、振り返ってみると、「高校大学で好き放題遊んだ思い出」ってのは、自分人生に対する満足感を長きにわたってもたらしてくれるものだ。「俺は不幸な人生を送っている人間ではない」という漠然とした自信みたいなものは、仕事やら恋愛やらで辛いことがあったときの、回復力の基礎にもなっていると思う。

ちなみに俺は、遊びまくっていたと言っても、彼女がいなかったから、遊び人として不完全ではあった。イケメンではないし性格が変わってるほうなので、初めて彼女ができたのは大学に入ってからだ。

 

高校は、東大京大に行くやつもチラホラいる程度のそれなりの進学校だったんだけど、校風自由だったこともあり、俺を含めて一部の生徒は「勉強を頑張ろうと思ったことは一度もない」という感じで3年間を過ごしていた。

学校はけっこう好きだったので欠席はあまりしていないのだが、授業は嫌いなので年間200回ぐらいは遅刻していて、午後からどっかに行ってしまうこともあった。

 

勉強せずに何をしていたのかはイマイチ詳しくは思い出せないんだけど(彼女いなかったし)、似たようなタイプ友達が何人かいたので、そいつらとブラブラしていたという感じだ。バイトしまくりでカネが割とあったのと、土日は毎週競馬場に行っていたことは覚えている。

 

当時それが楽しかったのかというと、高揚するような楽しさはなかった(彼女いなかったし)と思う。色々難しい年頃だから漠然とした倦怠感や鬱屈もけっこうあったと思う。

だけど何かの義務に縛られて過ごすのではなく、けだるさの中で自由にできていたというのは、今から振り返ると「あの頃があってよかった」と思える記憶になっている。

 

当然、勉強してないから俺の高校の奴らが受けるレベル大学には受からないわけなんだけど、ありがたいことに親の経済力には余裕があったので、一浪してそこそこの国立大に進んだ。

 

で、ここからが言いたいことなんだが、その当時の周りの勉強とかもみていて分かったのは、大学受験必要な「集中して勉強する期間」は、だいたい1年から2年の間だってことだ。3年間頑張って勉強しても上積みはあまりないし、半年とかだと分量的に受験の最低限の範囲カバーできないことが多い。

1年頑張るか2年頑張るかで、行ける大学の幅が多少は変わるが、2年やって受からない大学に、3年やって受かるのかは疑問だ。

 

ということは、現役で大学に進む前提で、かつ勉強期間を2年確保するとしても、高校1年の間は遊びまくってて全く問題がないという結論になる。浪人まで覚悟し、かつ1年で行ける大学でいいやと割り切れば、高3まで遊んでいても問題はない。

ちなみに浪人の1年間は、現役の1年間の1.5倍ぐらいの効率勉強できるから、高3の4月から勉強を頑張って現役で進学した奴よりもいい大学に行ける可能性がある。

ざっくり言えば、「高2の夏休みぐらいか気合いれて勉強して、現役で受かる大学」=「浪人してから気合い入れて1浪で受かる大学」=「自分能力の上限レベル」という理解でいいと思う。

 

なお、就活などを経るとわかるのだが、だいたい3浪の年齢ぐらいまでは差別されないことが多く(新卒採用で25歳までのところはチラホラあったが、それ以下は見たことがない)、浪人はべつに人生のハンデにはならない。

というわけで、今はひたすら遊んでいて何の問題もないと思えばいいと思う。

 

あと一つ言いたいことがあって、高校卒業してから人生の進み方なんて、本当に予測不可能

はいま、色々あって世間的にはトップ校に数えられる大学教員になってしまったんだけど、高校生の時点ではこんなことになるとは思ってもみなかった。

色々な偶然の出会いによって、自分も色々と変わっていく。俺は大学に入ってから大学単位を取るための勉強高校以上にサボりまくったから、卒業がやばかったんだけど、一部関心を持てる分野があって、そこについてはべつに苦労することもなく気づいたら知見が蓄積されていて、修士まで出たあといったん企業就職し、その後博士課程に戻って博士号を取り、研究職にまでなってしまった。いい先生と偶然出会えたのも大きい。

 

勉強量がある程度モノを言う職に就いてしまった今でも、「高校の時にもっと勉強しとけばよかった」とはべつに思わない。もちろん、中高生の頃から真面目に勉強しまくってた先生も周りにはけっこういて(逆に遊びまくってた先生も意外といる)、かなわんなと思うけど、別にはいいやって感じ。

俺は東大には入れなかったけど、浪人1年の労力ではいれる大学で十分だったと思うし、なにより自由に過ごした(彼女はいなかったけど)数年間が俺の人生にあったという記憶は、今の俺のさまざまな気力・精神力を支える一つのベースになっていると思う。

2017-05-29

大学の授業が薄っぺらすぎる

東大とかみたいにレベル高いところに通っているわけではないし、言ってしまうとMERCH以下の偏差値しか無い大学に居るので「お前が馬鹿からそう思うだけ」と言われたら説得力のある返しができないのだけれど、それでも大学の授業が薄っぺらいと主張したい。

今年で大学生活も3年目に入り、順当に行けば後期には単位の取得が完了するペースなのだが、得たものが一切ないといえるほど大学での授業内容が頭に残っていないのだ。

単位取得はしているけれど成績という観点から見ればC評価が多く、ギリギリ赤点を避けている現状なので授業内容が頭に入ってないんだろうとも考えられる。

けれども単位取得の肝を担っている学期末テストの内容が『授業中に再生した動画言及した企業マーケティング戦略は何だったか?』というのはひどすぎるのではないだろうか。

自慢ではないがマーケティングについては当大学内で比較した場合に限るけれど、ある程度の知識を私は持っていると自負しているが、流石に特定企業が行っていたマーケティング戦略なんて動画を見ていなかった私に解けるわけがない。

せめて、商品販売個数を計測する戦略とか書いてくれれば何となく当たりをつけることは出来るが一切とっかかりになる情報がないので授業出席者しか解けないのだ。

授業に出席しないものは、いかなる知識保有していようとも単位は上げませんと言っているようなものである

そもそもの話私が大学に行かないのは、授業時間90分のうち、教授雑談が半分以上を超えていてどのタイミングで本旨に触れるかわからいかである

教授ゼミ生と一緒に福岡に行った時に食べた食事がとても美味しかった話など、至極どうでもいいのでとっとと必要な話をして終わらせてほしいというのはおそらく講堂にいる生徒全員が等しく思っていることだろう。

適当面白みのない授業を展開する教授ばかりではないのはだが、どちらが多いかと言われれば上記のようなゴミ教授ばかりである

こうやって教授批判するかの言葉を連ねると「彼らは有名大学を出ていて高知能、その話を楽しめないキミは低知能」とマウントを取られる。

しか東大を出ているとか、有名大学の院を出ているとか私からすればどうでもよいことなのだ。授業がつまらないという事実は私の中で変わることはないのだから

やっていることは市販されている本(自著であることが多い)を朗読しているだけで、自宅で必要な部分は覚えられる。そんな「教授いる?」と感じるような講義内容でどこに「教授は頭いいなぁ」と感じる要素があるのか。私が異端なだけで世の中の人資格肩書だけで知能を判断する、判断基準が外部にしかない人ばかりなのだろうか。

つまるところ大学というのは教育ビジネスであり、肩書を得られるのを対価に金を払って、脳死しながら授業を消化し続ける場所なのだ

私が声を大にして言いたいのは「大多数の人間にとって大学は一切必要ない」ということ。

企業大卒要求していて、大卒給料が高いかしょうがないので大学に行って卒業しようと考えているだけで、そこで何を学べるかはどうでもいいのだ。

しかし私はそこまで割り切ることができず、大学を学ぶ場所と考えてしまったいたからこうして不満が爆発しているのだと思う。

私は運がいいことに文系大学に進学しているが、小さい頃にパソコン祖父から貰い、そして2つ上のいとこがネット関係に非常に強かったため影響を受けIT関係に強くなった。

そして大学ではこれまた運がいいことにビジネス精通した人間たちと仲が良くなり、今後の希望を得た。

情報量を多くする気はないのでこれを読んだ奇特な人は「騙された人間」と私を罵るかもしれないが、それはどうでもいいことだろう。

私の周りは大学に通うことを強く勧めたが、結局それは私に合わず、彼らに合わなければ日々鬱屈とした思いを抱えながら、ただ授業を消化する人生を歩んでいた。

アドバイスに従った結果、得られたのは大学と私が合っていなかったという知見だけである

このことからアドバイスと称して意見をぶつける人間は、個人を見ていない」というのが判明する。

彼ら助言をする人間最大公約数的な、大体の人間にとってベストではないがベター程度にはなるはずという意見をぶつけることで自身人生正当化をしつつ、悦に入ってるだけなのだ

確かに最終的に選択をしたのは私であるが、どれだけの人間が周りの人全てが自分と反対の意見を述べている中、自分の考えを押し通すことが出来るのか。

私は大学生になり人に恵まれたおかげで、本当の考えを通せたのであって、高校生の頃であれば貫くことはできないだろう。

結局、大学の授業が薄っぺらいというのはこの「多様性を認めず一般論を勧める人間」が大学への進学を勧めているかなのだ

から教育という存在はまるで利権を貪る団体のように怠惰でありながら肥大してしまった。

大学というのはそもそも専門性の高い話を学び、その専門的技術社会のために使うのを目的とした教育機関だ。

特に能のない私のような人間大学に行ったところで卒業したという事実を抱えて企業に入り、一切学んだことを使わないで終わるのが関の山である

学歴社会は確かにフィルターとして有効な部分もあるが、その企業学歴フィルターをかけているのが世間にバレればまるで現在検索エンジンがハックされるようにそこに向けて最適化されてしまう。

まり大学進学するものは優秀で専門性の高い人間から採用するというのが前提にあって学歴フィルター機能していたのに、そこがハックされてしまったがためにバツグンな効果を発揮するとはならなくなった。

ハックされていない採用基準意図した人材を取得できるため優秀であるが、認知されてしまえばそこに注力できる人間採用する弱い基準となってしまう。意図しない人材を確保することになる。

起業家の話を聞いてみると「東大生のほうが統計的に話がわかる」と語る。

まり学歴フィルター大卒区別するのでなく、東大生などの超難関校とそれ以外で区別するようにしたほうが建設的だ。(給料も含め)

そうすれば無駄大学に通う人間も減るし、ビジネス大学も少なくなる。大卒枠を争って貧困に悩む人間も減る。

私が問題提起したいのは以下の2点。

・何も考えずに一般論で「大学はいったほうが良いよ」と個人を見ずに語るやつは口を閉じよう

企業大卒学歴フィルタリングしても効果が薄いので、給料から難関大学基準はMERCHかそれ以上?ここはわからない)とそれ以外で分けるべき。もしくは意図した人材採用できてかつハックされていない新しい採用基準を見つける。

こうして大学が少数精鋭になれば教育者も生き残りをかけて力を尽くし、怠惰で肥えた教授も減ることだろう。

私はとにかく薄っぺらくて意味のない授業が大学から消滅してほしいので、教育機関こそ激戦のビジネス社会のように苦しみながら競争して欲しいと思っている。

確かに科学の力というのは重要だとは思うが、現在私の身の回り生活に欠かせないと思うものを作っているのは企業であり大学で教鞭をとる人ではない。私が知らないだけで企業にその教授も協力しているのかもしれないが、それなら大学ではなく企業研究させてもらえばいい。

まり「安定してるー」とアホ面下げて年に数回、偉そうにゴミみたいな本を書きながら教壇に立つ輩は荒波にも稀ながら淀んだ精神を磨き上げるべきだということ。

そもそも大学はいま腐るほどあるわけだけれど、その全てが科学において必要ではないだろう。それならばなおのこと競争化させて精鋭化させなければいけない、なぜ「研究」という話になった途端嫌儲精神が発作的にでてくるのか。

何度も書いている気がするけれど、その大学競争化をする上で最も邪魔なのは一般論を振りかざして大学に行かせようとする無能な働き者と大卒フィルタリングする企業だ。

個人を見ないで、自分人生訓を元にとりあえず精神アドバイスするやつは総じて糞だし、対してその人を案じているわけではない。

こうした一般論で武装した人間に対して、正論に感じようが自分感性と考えを元に対抗できるように成長することが、幸福につながるだろうしひいてはこの薄っぺら大学の授業の減少につながる。


以上が大学の授業が薄っぺらいと感じたことから私が考えたことでした。

2017-05-23

身体から来る鬱、一重で鬱の(鬱っぽい)人に読んでほしい

 

    • 一重の人は、それが原因で鬱っぽくなってるかもしれないという話。

    一重がコンプレックスがゆえに鬱になりやすい、とかそういう話ではないです。

    そして、ここでの一重とは、単に二重まぶたではないと言うことではなく、

    一重で目が腫れぼったい、パッチリしていない人を指します。

     

      • まず、目の開きが悪い人、これは眼瞼下垂(がんけんかすい)可能性があります。(保険治療出来る立派な病気です。)

      眼瞼下垂とは、簡単に言ってしまえば、

      まぶたを持ち上げる力が弱くて、目の開きが悪い病気です。

      特に片目だけ明らかに開きが悪いとかだと、可能性が高いです。

       

        • 要するに、この眼瞼下垂が、鬱の原因になりうるという話なのですが、

          • そもそも目の開きが悪いので、気が重たい。常に眠いような感じなので気力が出ない。(気だるさ)

          • 目の開きが悪いために、必要以上にまぶたを持ち上げようとして、目や首肩の筋肉酷使している可能性がある。(筋肉酷使による疲労感)

          • 目の開きが悪いために、必要以上に首を上に傾けて、上から見下ろすような感じでものを見ている。(首に無理な負荷が掛かることによる自律神経失調)

          この3つのパターンが考えられます

           

            • 実は、自分は、眼瞼下垂の手術をしたのですが、する前は上記の3つ全て当てはまってました。(常に気だるいし、肩こり酷いし、首が火照りぼーっとする)

            何もやる気がしないし、体調悪すぎるし、ぼーっとするし、正直自分で鬱は甘えだと思っていましたが、とにかく体が動きませんでした。ですが、目の手術をしてから、嘘みたいに首の熱や疲労感、眠気が消え、体が軽くなりました。特に顔なんかは、手術してから気づいたのですが、常にあご1つ分くらい上にあげてました。(そりゃ首痛めます)

             

            その鬱は体から来ているもの可能性があるよ!ということを伝えたくて、

            自分と同様の悩みを持っている人がいたらそれを知ってほしくて、こんなエントリを書きました。気になった方はまず、ここでは割愛しますが、眼瞼下垂自律神経失調症について調べてみて下さい。

             

              余談です。

              鬱というと、精神的なものについて言及していることが多いですが、今回上げたような身体から来ているものも実は多いんじゃないかと思うのです。

              そもそもストレスを受けて怒り状態になった時や、緊張で不安になった時には、筋肉が強張ります。こうして慢性的筋肉に負荷がかかった状態が、精神にもたらす影響というのは、看過できないものだと思います

              楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しくなる」なんてことはよく言われますけど、鬱だからだるいんじゃなくて、気だるいから鬱になる、という一面もあるのかな、と。自分は、今後も、身体精神に及ぼす影響と、鬱(鬱屈した感情)への身体アプローチについて考えていきたいと思ってます

               

              長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

              同様のことに悩む人の目に、少しでも多く触れてほしいと思ったので、増田に書きました。よろしければ、拡散などしていだだけると嬉しいです。

               

               

               

              2017-05-20

              うまく生きたい

              今日人と話していると、自分の態度のことについて話題が移った。

              どうやら自分の態度は、周りから見ると消極的かつ鬱屈しているということだそうだ。自分自身を振り返ってもそのとおりだと思う。

              そもそも自分はなにもできないと思っている。今こうしていることは殆ど奇跡によるものだと思うし、正直自分には何がどうするだとかこうしたいとかがない。

              というよりも自分がこうなりたい・こうしたいというものを持たなかったり、そういったものがわかなかったりするのが自分だと思っている。

              そんな物が湧いたとしても、自分が思うようにできるまでに挫折自分自身への裏切りなどがあり上手いこと行かないし、周りに働きかけようとも自分意見など通らないという現実を知ってしまっているということもある。期待してもどうせ思い通りにはならないし、思い通りになるように力をつけるには自分は少々歳を取りすぎている。そう思っているのである

              しかしそんな人生に対して後ろ向きで僻んでいるような態度はどうやら社会的にはよろしくないようだ。通りで過去行ってきたアルバイト店長上司と話が合わなくそのままフェードアウトしていくわけである

              どうやら世間的には自分はまだ若いらしくそんな風にしているのは良くないとのことだ。

              だがどうやったら世間に対して僻まないで、なおかつ自分に対して悪くないじゃないかという態度でいられるのだろうか。希望を持てるのだろうか。

              自分ダメ人間であるということは、学生生活社会生活を見ていて要領が悪かったり勉強仕事ができなかったり、恋人ができなかったり人生がうまくいかなかったりしている時点でわかっている。それをやれ自分はさもうまくやっていけてます振る舞うのは滑稽ではないかと思うのである

              けれども現状生きるのが相当辛い局面に立っている自分としては、今回改善を指摘されたようなことができたらと憧れるのも事実である

              だって自分人生をもう一度立て直したいと思っているし自分は案外悪く無いじゃんと思いたい。しかしやり方がわからない。社会でもいじられているそんな環境風貌をしているのである

              一体どうしたら自分は生きて行けるのだろうか。うまく生きたい。

              2017-05-14

              http://anond.hatelabo.jp/20170214182418

              自分は体が大きいから、子供の時はずっと「お前は体が大きいから他の子に手を出してはいけない」と言われてた。

              でもやり返さないと子供って(大人もか)図に乗って信じられないくら暴力的になるし、大人もそれを止めないよ。殴ってるのが女だったらなおのこと。

              今だから言えるけど、「やられたらやり返せ」って野蛮で幼稚に聞こえるかもしれないけども、この手の問題解決にすごく有用なんだよ。

              そりゃ子供我慢重ねさせてやり過ごせれば楽だけど、この手の問題子供時代解決しないと鬱屈した人生が待っているだけだよ。

              2017-05-07

              ちょっとイラッとした

              mixiデビュー!(0)

              今日は僕の誕生日です!(0)

              みなさんはどう思いますか?(0)

              あけましておめでとう!!(0)

              マイミクの皆さ~ん!お知恵拝借!(0)

              mixiプレミアム入っちゃいました!!(0)

              皆様にアンケートです(0)

              最近めちゃくちゃ落ち込んでいます…(0)

              首切りました…(0)

              家にある睡眠薬全部飲みました…(1)

              ありがとう…(1)

              我はメシア明日この世界粛清する。(54687)

              メサイアコンプレックス」という言葉がある。

              実際はモラルハラスメントなどに通じる考え方であるが、ここではちょっとネット向けにアレンジした理解として、「個人問題や悩みを解決するために、わざわざ社会を変えなければならないと考え、それを呼びかける人」のことを指すこととする。「スラクティビズム」という言葉親和性持たせる感じね。

              例えば、自分オタクとして十分なアイデンティティの充足が得られない人が、「今のオタクは間違っている。正しいあり方に直さねばならない。私が主導する」といい出したり、例えば、左翼リベラルとして十分なアイデンティティの充足が得られなかった人が、活動の場を求めて、他に誰も問題視していないことを大げさに騒ぎ立てて自分存在感アピールしたりtogetterまとめなどを使って拡散しようとしたりする事案などがそれに当てはまる。

              そういう人たちが、自分問題社会問題を「リンク」はさせつつも「別の問題」として扱えるのであれば問題はない。当然のようにつながりはあるが、それでも自分問題自分問題社会問題社会問題として、それぞれの課題を分離できるならいいのだ。

              だが、大抵の人はこの2つを混同してしまう。というか、そうでもなければ、わざわざ社会問題なんて考えようという人はそうそういないだろう。

              だけど、これはわざわざ難しい事をやって、わざわざ行き詰まるように自分を追い込んでいる。セルフハンディキャップよりタチの悪い、約束された失敗に向かって飛び込む破滅願望のようなものだ。自分に酔っているだけで何の役にも立たない。

              いわゆる「心の贅肉」というやつだ。

              そういう贅肉がある人は羨ましい限りだ

              それにしても学歴が高い人に有りがちな「自分のことだけ考えていてはいけない」という強迫観念があるのかもしれない。

              最近はそうでもないと言われるが、やはり良い大学に行った人や、

              本人はそうでなくとも親が良い大学に行っていたり医者だったりする人は、

              多かれ少なかれエリート意識と言うのはまだ残っている人が多い。

              そして、エリート意識というのは、正しく扱わないとその人間を蝕む毒になる。

              数十年前の学生運動というのは当初、東大京大などの人間が真面目に考えすぎた結果、こじらせてしまったところが出発点だった。

              せっかくいい大学に通わせてもらったののに、他人より恵まれ立場にいたはずなのに、自分は何をやっているのだろう、自分だけ幸せになっていいのか、社会はこのままでいいのだろうかと余計なことを考えて、ふわふわした感覚のまま社会を変えなければならないという気持ちけが先行してああいうことになった。

              彼ら彼女らはとにかくクソ真面目なのだ。クソ真面目すぎて、背負う必要もない責任を抱え込んで、それをどう扱っていいのかわからないまま混乱してしまったのだ。

              最近はてなブログでこれに近い、クソ真面目な人が混乱しながら書いたんだろうな、という記事を読んだ。

              東大に次ぐ日本で二番目に難しい文系大学を出たあとニートになったりすれば、その鬱屈した感情は非常に強いことだろう。

              ああ、エリート意識を持て余し、メサイアコンプレックスに取り憑かれているなと感じる。

              だが、タイトル革命、のような言葉をつけているわりに記事の内容は幼稚としか言いようがない。

              自分に酔っているなとすぐわかる。

              大学卒業したての人間が、雇われずに生きていくと言っているのと近い。

              願望を述べるのは良いが、具体性が足りない。そこに本気を感じない。

              この人はシャドウ・ワークという言葉を知らないのだろうか。 良い大学を出ていても、あまり勉強してこなかったように思われる。

              自分問題社会問題混同している。

              自分問題から逃げるために社会問題を論じているだけのようにしか感じない。

              自分現実から逃避するために適当に論じている人を見ると少し腹が立つ。

              そういう人間が、私は社会問題をちゃんと考えてます、というツラをされると私としては大いに腹が立つ。

              しかに私は社会問題については考えていないかもしれない。

              だが、今の社会を維持するために少なから努力はしている。

              今の社会はそりゃ間違っているかもしれないが、それでもとりあえずギリギリ成り立っている。

              それを支えるために結構な労力を費やしているわけだ。

              ブラック企業を支持する奴隷と言われるかもしれないが、すくなくともこの社会において

              多少なりとも世界価値を生み出しているつもりだ。

              別に私でなければ回らないようなオンリーワン仕事なんかしてないが、

              与えられた仕事毎日踏ん張って、自分だけでなくて家族を養って生きてるのだ。

              そのことに多少はプライドというものがある。

              他人から見たらつまらない人間に違いないだろうが、そういうことを蔑ろにされたくない。

              そういうことすらろくに出来ないやつが、社会の変革みたいな大げさな話をしても鼻ホジでしかない。

              ままごとがやりたいだけならマストドンでやっていればいいのだ。

              社会革命とか考えなくていいからまずは自分気持ちよく生きること考えたほうが良いとしか思わない。

              2017-05-06

              童貞でも幸せになれるこの時代に、未だ見ぬあなた性交したいのです

              この1年ほど、ずっと悩み続けている。

              気付けば三十路をとうに過ぎ、不惑に至るのも時間問題だ。これまで全く女性というものに興味のなかった自分ですら、日々衰えていく肉体と精神自覚し、周囲との"違い"を認識したとき、焦燥に駆られるのだから神は残酷だ。


              婚活は下調べだけで諦めた。他人と競い、他人比較されるストレスもさることながら結局は自助努力が全てであり、素養のある者は上手く渡り歩き、無いものはただただ搾取される構図に絶望しか抱けなかった。世の中に美味しい話なんてあるわけが無いのだ。

              はいう、底辺であることを受け入れてさっさと風俗にでも行けと。

              確かにそれは鬱屈したコンプレックス肥大化していく性欲の解消には手頃なのだろう。

              口説かずに抱く女はうまいか?と疑問を抱いたことすら忘れて呑まれていくに違いない。

              きっと肌は絹糸の如く繊細で、唇は朝露に濡れた白百合のように潤い、胸は桜を散らす春風のように暖かく柔らかいのだ。労せずに結果だけを得られるのだから世の中は上手くできている。

              しか風俗で手に入るのは一瞬の快楽であり一夜の夢だ。

              生殖目的としない、ただの自慰行為に過ぎない。胸に抱いた妄想で為すのと本質的には何も変わらない。

              そんな紛い物に一体何の意味があるのか。

              こんなのは綺麗事だ。童貞が抱くただの幻想だ。

              だけどそれでも私は、本物が欲しいと思う。

              一体何が本物なのかもわからないし、そもそも他人を遠ざけることでしか他人を見ることができない自分がどの口で、とも思う。

              誰にも求められず誰かを求めることもできなかった自分に残された、きっとこれが最後の一線なのだ。これだけはただ、守りたいと願う。

              2017-05-03

              同人活動結婚、約一年後の心境。

              http://anond.hatelabo.jp/20160622100234

              この記事を書いた者です。

              年間アクセス7位になっているのに気付き、久しぶりに記事作成をしようかなと思い立ったのでこれを記しています。あとゴールデンウイーク突入し、暇なのもあります(笑)

              本文、追記共に当時の自分の心の澱と人には中々主張出来なかった故の断定的かつ鬱屈した感情がみっしりと記されていて、書いた当人ですら読んでて疲れました。

              ただ、この記事自分気持ちを発散したことで実に穏やかな気持ちになれたのは確かです。

              この匿名ダイアリーという場で、多くの人に自分の実際に感じたこと、体験したことの一部を『わたし』という人間が見えない場所から発信し、意見を貰う。カウンセリングに行くよりもずっと効き目の高いセラピーになりました。

              発信して初めてわかったことがありました。それは、私みたいな生き方をしている人間は思っているよりもいなかったことです。

              自分多数派だなんて考えは当然ありませんでしたが、「私と同じ悩みを抱えて、苦しんでいる人は多いのかもしれない。そういう人がいるんだよって発信したら、私みたいな人間は救われるのではないか」くらいのことは思っていました。

              ただ、反応を見る限りだとそうではなかったみたいです。共感以上に、私や周囲の異常性、読み物としての感想が多く、もしかしたら私自身の考えや生きてきた人生というのは、自分が思ってた以上に異常なのかもしれないということにお恥ずかしながら初めて気付かされたのです。

              しかすると、普通は越えないような轍を何個も何個も越えてきてしまい、引っ込みすらつかないのが私の人生なのかもしれない。

              そう考えると、ここに記した殆どのことは、実生活の私の「墓場まで持って行く秘密」にしないと、あまりにも受け入れがたい事実なのだなぁと感じました。その位、人には理解しがたい人生を歩んできてしまったのだと。

              これはとてもさみしいことです。だからこそ、インターネットで発散できてよかった。もしそうでなければ、私はこの澱んだ感情をずっと抱えたまま死んでいかなければならなかった。誰も私を理解できないと、自分けが思ったまま。

              そんなことすら、人に認められないと自認できない。

              承認欲求の底知れなさを思い知りました。そして、私は、そういうことと一生をかけて向き合うのかもしれないと。

              そういう性質性格なのだから、仕方ないですよね。今はそうやって自分と向き合えるようになりました。

              同人活動なのですが、Twitter中心で細々と続けています

              エントリーに関するRTが流れてくるたびにドキドキしていましたが、誰もそれを書いたのが私だとは気づいていないみたいです。今では誰も話題にしていません。インターネットなんて、そんなものです。

              二次創作を描けば1000を超えるRTを頂けることもありますが、そのことに関して前よりは落ち着いていられるようになりました。というよりも、RTされるネタの書き方みたいなもの感覚で掴みました。

              完全に記事脱線するので詳しくは書きませんが(そもそも感覚なので説明も難しい)、別に絵が上手いとか特別技量がなくても伸びるときは延びるのだから一喜一憂していたらキリがないなぁと。

              即売会は、行く回数は減りましたが参加しています。ただ、もう新刊を作ることはないかもしれません。キャラクター愛やそれを人と共有したいという感情が前よりも薄れました。

              創作が楽しくなくなったわけではないのですが(これに関しては後述します)、なんでしょう。これが年をとるということなのかな。自分の中で「思い出」になりつつあるんです。

              好きなキャラCPきっかけにして、Twitterでつながったり、Skypeをしたり、自分で本を書き、人の書いた本を読み、萌えて転げて、アフターや日常でも仲間同士で集まって、そのキャラの話で花を咲かせて。

              そういう光景を見かけると、楽しそうだなという感情にはなるのですが、参加したいなという気持ちにはならなくなってしまいました。

              でも、気の合う子とのおしゃべりは今でもとても楽しいです。みんな会ったとき10代でしたが、今では大人になりました。結婚している人は多くないですが、会うとキャラ萌えを語るより、近況を話すことのほうが増えました。

              そんな私をつまんない人だと感じる人は、どんなに仲良くしていたとしても離れていきます。でも、それでいいんだよなと。

              今、一緒にいて楽しい人だけがオタク友達」なんです、きっと。そこから先の「普通友達」になるためには、それだけじゃ足りない何かが絶対必要になってくる。そしてそれは、誰とでも芽生えるものじゃない。だからこそ、オタク友達はあまりにも即物的。でも真の友情が芽生える可能性もあるからバカに出来ないなって思います

              Twitterフォロワーだって同じです。繋がるのに何の不自由もないかフォローされてるだけであって、共通項がなくなればそこで終わりです。だからこそ、数に拘るのは無意味なんだと思います。ずっと見てくれる人や、たまの落書きを何年も変わらずにいいねしてくれる人こそ、大切にしなきゃいけない人なんだと思います相互片道関係なく。

              ここまで書いてきて、また自分の「●●でなければいけない」癖が文章に反映されていて、苦笑しました。

              誰かに伝える文章は、例えそれが自分に課している制限だろうと断定的に書くことで人を不快にさせるみたいです。それもここで知ったことです。

              難しいですよね。でも「私はこう思うけど、あなたはどう考えても自由だよ」とその度に書くのはくどいと思うのでここで一回書いたことで許されようと思います。許して下さい(笑)

              二次創作への情熱が薄れるかわりに、最近一次創作楽しいです。

              まだ公表していません。それなのにこんなに楽しいことがあったのかとびっくりしています

              物語という形にすることで、自分意志を表に出すことができる。そこには何の制限もありません。もちろん物語としての整合性を整えるのもひとつの楽しみですが、どうしても自分の主張したいことがあるなら、オリジナルキャラクターやらせる分には誰も文句は言えないのではないかと気付きました。

              悪い部分もあってこその人間。仲のいい友人に見せると、とても生き生きと動くキャラクターだねと言われ、お世辞でも嬉しいです。

              ここで数人が「実録としてエッセイマンガにしたらどうか」とコメントされてましたが、いまでもそれをする気はありません。やはり私は、事実をそのままマンガにするのは好きじゃないみたいで、だったら一次創作キャラクターに、何らかの形で搭載したいです。

              主人とは、つかず離れず上手くやっています。私も多少ちょろまかすという事を覚え、小遣い以外に稼いだ分から少し抜いた分で友達ランチへ行ったりしています。意外と気付かれません(笑)

              私の場合ささやか幸せ幸せとも感じてなかったことがそもそもの間違いだったので、今はそこを目標生活水準を下げています。意外となんとかなります

              一年経った今、自分のことを牙を抜かれてチワワになった狂犬みたいだなと思いますが、それでこのままチワワになれたらもうけもんです。

              尖って尖って、非難されるような自分だったからこそ、なれるものがある。

              それを誰かにバカにされたり情けないだなんて言われる権利なんてきっとない。

              他人人生を私が生きることが出来ないように、私の人生は私にしか生きることができなかった。

              それがどんなに汚い生き方でも、一般的には努力の足りない人生でも、誇りに思っていいことだ。

              そんな風に、思います

              そう思えるようになったきっかけは、間違いなくあのエントリー

              本当に、この場所感謝してます

              なんてステマ臭の強い記事なんだろうと思うけど、本当にステマじゃないです。最後まで読んでくれてありがとうございました!面白みがなくてごめんなさい!相変わらず長い!ただの感謝気持ちです!

              2017-04-22

              サヨクって世界系だよね

              自分の子供っぽい鬱屈をそうとは認められず

              世界構造問題にして大騒ぎしようとする。

              自分のちっぽけさと直に向き合えないから。


              何もかもが権力に媚びている気がしてならない。

              経営カルチャーと言った表現、あたりまえだが大衆である

              権力世間空気に逆らう新しい風が吹くことを期待したいが、それも怪しい。

              現在大学生というのを見ると、絶望せざる得ない。

              周りをバカにして世界転覆夢想するくせに

              その転覆の地道な部分を自分でやる気もない。

              見下し対象である周囲にそれらの仕事を期待してる。

              転覆のための「叛乱」について、自分現場で汗を流したり傷付いたりする役ではなく

              指揮をして利得を得る立場だと思ってる。


              根には自己愛妄想があるだけなので

              別に世間一般より能力があるわけでも賢いわけでもなく

              にもかかわらず周囲を見下して自分利益のために扇動できると思ってる。

              素朴な意味自分他者区別がついてない、発達心理学的な幼児

              世界系の精神たる嫌な意味でのガキっぽさ。


              何よりの問題

              向き合うべき個人的問題社会問題大義に摩り替えるので

              人を非難する活動(心の中での悪態から実際に路上に出る政治運動まで)に没頭して何も解決しなくなること。

              この人もでかい顔や汚い顔について、治る部分は医学アプローチで治すことを考えるべきだし、

              治らない部分についてはさっさと受け入れて勉強にでも打ち込むのが幸せになる道なのに

              そこから逃げ続けて他人自分妄想押し付け非難することに血道を上げてる。


              自分の顔を気にしてるのは自分で、他人ルッキズムの有無じゃないということに向き合わない。

              ほんとの問題に向き合わないための装置としてサヨクっぽい思考言動ものすごいパフォーマンスを示す。

              今の大学生やら若者の大半は、中身なんかないのだ。

              表面を取り繕うことばかり考えているだろう。

              自分が通う頭のわるい大学を歩けば、セックスアピールをしようとしている奴らばかりだ。

              容姿至上主義なのだ

              そして、ただ空気を読むだけだ。

              思想なんか殆ど無さそうだ。

              人と深く付き合うこともせず遠くから観察しても自分内面を強化する答えしかでない。

              自分脳内勝手アテレコつけてるんだからそりゃそうだ。

              サヨク風味の現実逃避マジで10年20年、下手すりゃ一生という時間をすっ飛ばししまう。

              コミュニケーションと言っても、相互理解ではない。

              美男美女が絡み合う猿みたいなものしかない。

              その上、世間がそんな人材を求めるのだから益々拍車がかかるだろう。

              それが、未来においていい影響を与えるとは到底思えない。

              空気読みと容姿だけな世界なのだから、そっちのほうが楽しくなれそうだ。

              自分コミュニケーションをしてるのかと。

              大学に通ってるのにろくな友達もいない。

              顔面の出ないネットですら一方的コラムを書き散らすだけで会話できない。


              そして、容姿がいいと自由だ。

              自分容姿が醜くて、その場の空気不快にさせる。

              容姿が良くなりたいのだ。

              ただ、酷く深い大量のニキビ跡や大きな顔がきれいになるのだろうか。

              持病の薬のせいで整形もでき無さそうだが、出来るのと信じたい。

              結局、顔が良くて従順な奴が幸せなのだ

              汚い顔が治らなかったら一生そうやってそれを言い訳に生きていく気なのか。

              それも自由だけど、自分が変わらなければ時間は何も解決しない。

              ほんとに今の子供っぽいくだらない精神を抱えたまま30歳や40歳になる。

              幼稚で他人を恨みながらまともな会話もしたことなおっさんになる。

              そんなおっさんゴロゴロ居るのでほんとに高確率でそうなる。

              大学でそのままなら社会に出てから変われる可能性は更に低い。

              危機感が足りないと思う。


              サヨクダメゼッタイ

              世界系、ダメゼッタイ

              貴重なあなた自身人生を腐らせるから

              http://anond.hatelabo.jp/20170422010737

              2017-04-19

              毎日両親のため息ばかり聞こえるのがつらい

              私自身はため息を絶対につかない。意図的だろうと無意識だろうと聞こえた人の気分を下げるから

              三十歳手前のフリーター無職になり実家に世話になって四ヶ月。

              失業保険をもらいはじめたのが最近

              この一ヶ月は特に鬱屈していて一日12時間以上寝ていた。

              布団で目を覚ましても、起きていても何も良いことがないので夢の中に逃げた。

              日が暮れて両親が仕事から帰ってくる頃に焦って起きた。

              夕食の支度をしたり、家族TV映画を観たり。その後は朝まで小説を読んだりして、そういうとき笑ったり泣いたりはできる。

              ひどいときは確実に鬱病だったのだとおもうけれど、病院に行って診断を受けたことはない。

              今は四六時中無気力ってわけでもないし、常に週2くらいで何かしら友人と遊んだり社交的なことをするからさら病院へ行っても鬱病認定されるのかよくわからない。

              ただ鬱にせよ鬱でないにせよ、認定を受けたところで社会的に良いことないだろうから病院に行ってもデメリットのほうが多そうだ。

              思考がもたつく。すぐ昼夜逆転する。頭がすっきりしない。気付くと時間が吹っ飛んでいる。

              三ヶ月間ずっと部屋掃除が進まない。

              親は我慢している。が、たまに爆発する。

              今まで何をやってきたんだお前のせいで家計がガタガタだ寝られなくなったおかしくなった甘えるな詐欺師etc.

              もっとも、実際迷惑をかけつづけているので何も反論できない。

              親は我慢している。ため息が聞こえる。

              ため息の原因は私だ。

              聞こえないふりをするしかない。

              いま、私の現状を初めて文章化した。

              部屋掃除の終わりがようやく見えてきたからだ。

              掃除が終わったら就職活動を始めなきゃ。

              最低なことに貯金自暴自棄パチンコで溶かしてしまった。

              鬱は甘えとはよくいうが、私は鬱に甘えてるんだな。

              2017-04-18

              http://anond.hatelabo.jp/20170418233011

              おっしゃるとおり、奴らは「自分は偉い、周囲が私に尽くすべき」って思ってると思うよ

              でもそんな物言いしたら支持されないどころか、クソミソにぶっ叩かれるに決まってるだろ?

              からあいつらもそんなストレート物言いはしないわけさ、

              私たちは困窮している、そして社会私たちを助けるべきだ」っていう理屈に持っていくわけだ

              そのためには弱者的な属性を持っていた方が遥かに都合が良い

              でも「自分は偉い」という自尊心だけは絶対に譲れないから、

              私たちを助けてください」とは死んでも言えない、

              私たちを助けるべきだ」ってなるわけ

              確かに間違いなく選民意識はあるとは思うが、

              案外自己暗示かけてて「私たちこそ社会から虐げられている被害者」という自己意識に半ば浸かってるんじゃね?という節も随所に見受けられる

              指摘のとおり、男性社会から虐げられているという鬱屈とした精神もあるだろうな

              からあんだけ捻くれ曲がった要求を平気で通せるんだと思う

              結局のところは、

              「私は偉いはずなのになぜこんな惨めな思いをしなければならないのだ!」という中二病的全能感からくる勘違いってことじゃないのかね

              エリート意識を持った無能ほどこの世で惨めな生き物はないのだが、

              その惨めさから必死で逃げるために、

              あいう「社会運動」に血道を上げてるんじゃねえか?

              http://anond.hatelabo.jp/20170418224525

              そもそもあいつら、自分弱者だと思ってんのかねえ

              元増田も「私は働かないと食えない可哀想弱者なんだから、働かなくても食えるセレブ専業主婦たちは私を助けてくれるべきでしょ」的な主張ってなら

              まだ分からんでもないけど、そうじゃないやん

              「優秀なアテクシはPTAなんてくだらない仕事はやってる暇ないの、それは暇で無能専業主婦がやるべき」って主張だよねこ

              どっちかっつーと「自分他人より偉いんだから、周りは自分を他の無能人間共より優先すべき」的な「選民思想」じゃないか

              ラディフェミの「移民輸入して安くシッターや家政婦としてこき使え」ってのも

              移民より自分は優れているからそういう扱いをされるべき人間であるべき、と言う思想が含まれてるのは明らかだし

              ただそれと同時に「自分は男より不当に差別されている」と言う鬱屈も含まれているんだろう、と思う

              「男と比べたら弱者だが、女の中では強者」と言う立ち位置なのかな

              そこから出て来るサバイバル策が「男には逆らわず、他の女を奴隷扱いする事で『女の最上位』『名誉男性』を目指す」になっているのは、何だかなあと思うけれど

              高齢者ヘイトやってんのは、もっと分かりやすいんだけどね

              PTAもジジババにやらせとけってのは

              世代格差高齢者ばかりが得をして俺たち若者は損をしている、高齢者強者で俺たち若者弱者だ、

              からジジババは若者の為に働け」ってな意味だろうし、主張としては単純

              2017-03-31

              女になりたい元増田より

              http://anond.hatelabo.jp/20170327002725元増田です。

              恐ろしく長い書き込みになりますすみません

              コメントありがとうございました

              とにかく吐き出したい一心で書き込んだものにさまざまなお言葉いただき、とても驚いています

              書き込んだときは、一つ二つコメントがあれば御の字、よくて炎上事案だろうと思っておりました。自分が発信したものに、こんなにも多くの方からの方から反応をいただいた経験もなかったため、あまり現実味がなかったのも正直なところです。

              しかしながら、増田の皆さんがコメントするという手間を割いてくださったこと、純粋に嬉しく思います。読み初めは恐る恐るでしたが、最後には泣きながらすべてのコメント拝読しました。

              ありがとうございました。

              お返事(というよりは所感)

              いただいたコメントの中には、はっとしたり、感銘を受けたり、お礼申し上げたいお言葉がたくさんございました。

              今後立ち止まったときに読み返したいという思いもあり、誠に勝手ながら覚え書き代わりに再び書き込んだ次第です。

              こんなところまでご覧になる方はごく少数かと思いますが、以下、先の書き込みを通してわたしに投げかけられたと思しきコメントを中心に挙げさせていただきました。

              わたしの頭が及ばず文脈を読み取ることのできなかったコメントコメントに対するコメントなどついては割愛させていただきます。本旨を拾うことができていない場合も見受けられるかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。

              コメント群 I:そもそも内容が不快

              自覚がなかっただけ余計に質の悪い「いけ好かなさ」があったのだろうと思いますし、言い訳以上でも以下でも無い書き込みでしたのでご指摘ごもっともです。貴重なお時間をいただいてしますみません

              コメント群 II:書き込む場所問題

              解決法、相談場所など考えるなり調べるなりすべきだったところ、自分勝手に思い詰めた挙げ句思考停止していました。

              今後は適当と思しき場所相手を見定めていきたいと思います

              コメント群 III:受け身すぎ・主体性がない
              • 単なるビビリやん、行動するのに御託を並べてる時点でビビ卒業できてないわ
              • 自分人生から逃げ続けていると、そのうち人生からしっぺ返しを食らう。
              • 傷つくことを恐れて逃げると、もっと傷つくことになる/同世代だって心を受け止めあえる優しい人がいることをまずは知って欲しい。とにかく探して話していけば、きっと人として愛しあえる。
              • 残念、悉く受動的。恋愛に限らず、してもらうことばかり考えている人に惹かれる人は少ないと思うよ。許されたい、愛されたい、と他人に望んでばかりじゃね。
              • コンプレックスのせいで受け入れてくれそうな人に甘えているだけでしょ。お洒落モテる努力をしてコンプレックスを解消してみては?30代は出会いが沢山あるので遅くないよ。今諦めると10年後にもっと後悔する本当に
              • 酷い言い方かもだけど、メソメソこんな私を愛して延々言ってたら、一生搾取おじさんの餌食から抜け出せないと思う 自分自己肯定感低いけど、なんとか脱しようと努力しているか増田さんとは相容れない

              その通りですと頷くことしかできないコメント第一群でした。

              コンプレックスの強い部分が性にまつわる事柄に集中していたのでああいった書き込みになりましたが、そもそも人として受動である、ということをコメントを通して実感しています

              こちらも仰る通りだと思います

              自分と向き合うこと。価値を見出すこと。認め、受け入れること。すべて放棄してしまったがゆえの今のわたしですね。

              コメントIV自尊心・願望が高すぎ
              • この人はもうショーケースに並んでいるのだと思う。ただ、それを自分で認めたくないだけで。
              • 自信が無いのではなく、プライドが高すぎるだけでは。「ショーケースに並んでる」女性を見下してきたんじゃない? 私は違うって。
              • なんかモテない自分に酔ってるような印象を受けた。モテないと言いつつナルシストなんだろうな。理想を下げられないんだ。
              • さないと愛してもらえないぞ。先に愛したら負けだと思っているんだろ。

              このあたりも刺さったコメント群の一つでした。

              自主性を放棄したのも自分選択ですが、そのあたりを「放棄せざるを得なかった」と外に責任転嫁。「誰かと恋愛を共有できずとも生きていく」ということに固執し、「私は違う」と言い聞かせながら、どこかでは自分から愛するのでなく選んでもらいたいという望みを抱えていた気がします。

              いや、抱えて”いた”というか。現在進行形の方が近いでしょうか。

              • プライド自尊心)の処理さえどうにかできれば、あとは“彼女たち”の真似をすれば十分追い付けるのでは?/不倫超うらやましい……。好奇心がある今のうちに、男から色々教えてもらいなさいな
              • なんか無理に小難しい言い方をして賢く見せようとしてる感じがするなあ。プライドが高いのかもしれないけど、恥かいてもいいと思ってないと他人と深い関係にはなれないよ

              なので、こちらのご指摘の通り、自尊心の壁を崩して自己開示することは大きな課題だと思います

              不倫は二度とごめんですが、(誰かに迷惑をかけない形で)失敗を恐れず経験を積み重ねることができたら素敵ですね。

              こちらのコメントには心底はっとしました。

              自分が傷つきたくない一心積極的な行動を避けるようになりましたが、はたしてそれで何を守ることができたかと問われると、得心のいく答えが見つかりません。

              • 真面目な非モテ結婚すればいい。恋愛じゃなくて結婚するんだ。そもそも日本人の大半には恋愛なんてできないんだよ。
              • そんなに恋愛幻想持たないでもいいと思うぞ。(妻帯者は避けたほうがいいとは思うが)愛し愛されたいとか、それだけならそこらの男性半年も付き合えばできるし、それをうなずけないのは、望み高いからだし。
              • じゃあ俺が恋人にしてやるよ、って言っても拒否するだろ?結局わがままなんだよ、選り好みしてるだけのただの甘え

              文化的な背景であったり、そもそも現実的な部分であったり、分かっていなかった部分がたくさんありますね。

              少女漫画ドラマリアリティを疑う頭はあるくせ、夢見がちな自分の頭を自覚する能は皆無だったのだとつくづく思いました。

              わたしが選り好みしない人間であれば、何食わぬ顔で件の人との関係を続けていたでしょうし、きっとああいった書き込みもしていません。

              コメント群 V:不倫女のテンプレ

              いくら年上が好きでも不倫だなんてありえないし、人の旦那に引っかかるような女にはなりたくない。そう思っていた十年前の自分に今回の書き込みとこちらのコメント突き出してやりたいです。

              正直ぐうの音も出ません。

              年齢ばかりが大人の濃度を増すのに比例して、欲求も複雑かつ深くなっていくので、大人として制御の仕方も覚えねばと強く思います

              同じ轍を踏まないための必須スキル自己肯定であることも忘れずにいたいです。

              コメントVI:見た目ばかりが大切なのか

              コメントを受けて自分文章を読み返したのですが、見てくれからして自分を好きになることができないあまり、中身はおろか包装さえ魅力がない!だから手にとってもらえない!という書き込みになっていましたね。

              もちろんそう感じていたのは事実なので、コメント一つ一つから見目に執着していたことを自覚することができました。

              書き方が悪かったため「可愛らしい女の子」に内面も含まれることが全く伝わらなかったことと思いますすみません

              わたしが羨んだ親友たちが(自覚的にせよ無自覚にせよ)努力で構築してきた「かわいさ」には、親しみやすさであったり、思いやりであったり、内面の豊かさに表れるものもたくさんありました。わたし可愛いと感じた外見も、そうした内面から滲み出る表情・仕草が大半を占めていた気がします。

              明るく振る舞っていた彼女たちと、マイナスばかり抱えて鬱屈していたわたしとでは、比べるべくもありませんね。

              自分書き込みが外見ばかりに言及した内容であることに気が付かなかったあたり、内面から目を逸らしているというご指摘は的を射ていると思います

              コメントVIIワード定義・考え方について
              • 女になる、というのは果たして、綺麗に着飾って声を掛けてもらえるのを待つ状態を指すのだろうか。逆説的に、声を掛ける人だけがあなたの中では男なの?
              • 「女としてショーケースに並ぶ」ことが女になるってことだと思ってるなら、それがそもそもの不幸のような気がする。
              • 増田が何を目指してもいいけど、そういうのは女じゃなく恋愛体質とか恋愛至上主義者って言ってくれ。
              • 「異性のパートナーがいない女は『ちゃんとした女』ではない」って思い込みを捨てれば楽になるのでは。

              このあたりもすごくはっとしたコメントばかりです。

              女として、女になりたい、女、女……と再三嘆いているわりに、わたし自身劣等感を通じて「女性」という性を蔑み、貶していたのではないか?と感じました。

              自尊心にしがみつきわたしの憧れる「女性」に対して「わたしは違う」とどこかで思っていたのと同時に、女性としての価値勝手に決めつけていた気がします。これもまた思い上がりですね。

              • すごい違和感増田の中で「女性=選ばれる立場」という認識?選ばれたいという願望で自覚的にそう思ってるならまだしも、増田だって愛する権利は勿論あるし「人として」愛されるという選択も確実にあると思うけど
              • ショーケースなんかに並んでないで、自ら狩りに出れば選びたい放題だよとマジレス
              • この人は「選ばれること」「評価されること」を強調するけれど、自分自身もまた「選ぶ立場」「評価する立場であることを忘れている。その非対称性が少し気にかかる。
              • 受け身は止めてみたらどうか。あなたが主導でも恋愛は成り立つ。
              • 既婚者なのに言葉巧みにおいしいとこだけ持ってこうとするやつなんかに選ばれようとしなくていいよ。そんなショーケースに自ら入る必要ないよ。あなたを「選んで」くれる人を、自ら選べるはず。

              こうしたご指摘を受けた根底には、上記のような「女性」に対する偏った価値観があったのだと思います

              日常生活の中で無意識に「選択する」ことを繰り返しているはずですが、そのあたりを自覚できていなかったのも問題なような……自己肯定すること、主体性を持つことにも繋がると思いますが、前向きに選ぶことができるようになるのも課題の一つと感じました。

              前述したコメントから繋がるものですが、こうしたご指摘は、偏った価値観に縛られて手段目的になっていたのだと気づかせてくださいました。

              ショーケースに並ぶことは女として取り得る手段ひとつにすぎず、それ以外の選択肢があることを理解しようとはしていなかったのかもしれません。

              労っていただいてありがとうございました。

              上記の通り偏った価値観から好き勝手に嘆いていましたが、「女」になることで何が欲しいのか?という問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったことに気がつき呆然とした次第です。

              好みの恋人を得るために可愛い女性になりたかった、というのが当てはまるような気はしつつも、女として生まれ自分が持ちうる一番身近な「愛される形」が「女性」だったのでは、とも思いました。

              長くなりすぎたのでIIに続きます

              2017-03-27

              http://anond.hatelabo.jp/20170327002725

              だが、そういう中でも希に異性からアプローチを受けることがあった。

              社会人になってから知り合ったその人には、こうしたコンプレックス鬱屈した部分の一部をうち明けていた。

              異性としてというより、人として感じる安心感から話したような記憶がある。下らない自己嫌悪真正から受け止めてくれたことが嬉しかった。

              そうしているうち、経験を積んでみたら変わることもあると言われ、全てを委ねた。

              女の自分語りはさも当たり前であるかのようにこういった描写

              サラリと入ってくるから、いけ好かないしまったく共感できない。

              ちゃんと女になりたい

              長い追記とお礼I II III

              わたしは二十代後半になる女だが、恋人ができたことがない。

              自分には恋愛感情関係として発展させる才能がない。と、思っていた。

              最近は、できたことがないのではなく、作る努力をしてこなかったのだと感じている。

              学生の頃、お洒落や化粧、恋愛一生懸命だった周囲は別世界の人のようだった。

              そういうことに興味を傾けずとも自分は充実していると思っていたし、実際、好きな音楽や本だとか、趣味に没頭する時間が好きだった。

              はいえ、恋愛をしていなかったわけでもない。

              人並みに誰かを好きになることはあった。

              同級生たちと違ったのは、相手が手の届かない大人ばかりだったということだ。

              成就するはずもない相手だという希望の無さに一種安心感を覚えて、好き勝手に思いを募らせていた。

              年上に惹かれるのは完全に好みの問題だが、恋愛に対する能動性を放棄し続けてきた要因にはこうした好みも含まれるのだと思う。

              わたしには自信が無い。

              とくに、女としての自信が無い。

              親友と呼べるほどの間柄にいつも可愛らしい女の子がいて、年上に惹かれるようになる前、同級生に恋をしていた時代意中の人は悉く彼女らに夢中になった。

              彼女たちのように可愛くなりたい。

              そう思うより先に、私は女の子として愛してもらえる存在ではないのだと思った。

              恋をすることが怖くなった。可愛い女の子たちと比べられること、女として評価を下されることに耐えられなかった。

              異性(とくに同世代)に対して、女として扱ってもらうことを諦めたのは十代半ばくらいの頃だ。

              手が届かないほど年の離れた人に惹かれるようになったのもその頃だった。

              年齢だとか、立場だとか。障害が多く、どう転んでも関係を発展させられないという事実は、わたし美少女だろうが醜悪な面だろうが覆らない。

              才能の有無によって結果が左右されないことが嬉しかった。(今でこそそれも立ち回り次第だと思うが)

              逆に言えば、何の努力をしなくてもいい。女として評価されることが怖かったわたしには、この上ない逃げの口実になった。

              完全に好みの問題だとは言ったが、書いてみると年上に惹かれる理由はこうしたところにもあるのだろうと思う。

              女として傷つかない安全なところで、好き勝手に一人で恋をして、恋が成就せずとも(結婚できずとも)生きていけるようになる。

              それを第一に掲げ、学生生活を突っ走った。

              ただ、それでいいと思えていたのは学生時代だけの話だ。

              十代の頃であれば、年の離れた人といっても二十代や、せいぜい三十代前半。独身が多かった。

              でも今は違う。今のわたしと比べて年の離れた人、と言うと、世代的にも家庭を持っている人が多い。

              そういった人たちの余裕に惹かれるところがあるのか、ここ数年は妻帯者ばかりを好きになっている。

              立場も、学生社会人であった昔とは違う。

              同じ社会人だ。否が応でも同じステージで女としての評価を下される。

              何気ない言葉中途半端希望を抱いては、現実に歯噛みした。

              それさえ初めは「思わせぶりな態度でその気にさせられた」と思っていたのだから、笑うに笑えない。

              恋愛一つ誰かと共有できた試しのない女が、既婚者相手勝手に思い上がっていただけだった。

              違うことは他にもある。

              二十代に入って困ったのは性的欲求が発散できないことだった。

              十代の頃にも年相応の知識はあったが、自慰を覚え、知識身体感覚が噛み合ってから他者と繋がりたい欲求が募っている。

              はいえ、恋愛一つままならないわたしにとって、性交渉などさらに高みにある高次コミュニケーションだ。

              前段階も突破できずにいたのだから、それこそ手の届かない次元の話だった。

              だが、そういう中でも希に異性からアプローチを受けることがあった。

              社会人になってから知り合ったその人には、こうしたコンプレックス鬱屈した部分の一部をうち明けていた。

              異性としてというより、人として感じる安心感から話したような記憶がある。下らない自己嫌悪真正から受け止めてくれたことが嬉しかった。

              そうしているうち、経験を積んでみたら変わることもあると言われ、全てを委ねた。

              他者と繋がりたい欲求と、変われるなら変わりたいという焦燥が強かった。これを逃したら二度とそんな経験はできないかもしれないとも思った。

              その人が妻子ある人だと知ったのは、後の話だ。

              全く不用心というか、愚か者の極みでしかないと思う。

              自分立場がありながら誘いを持ちかけてきたその人に対してというより、ここまできてしまった自分に呆れた。

              あれほど女として扱われることを、評価されることを怖がっていたのに、逃げていたつもりで雁字搦めになっていた。

              本当は、女として生きてみたかったのだと痛感した。

              わたしには自信が無い。

              とくに、女としての自信が無い。

              自信を育てる努力をしなかったのだから当然だ。

              今となっては、私の周囲にいた可愛らしい女の子たちが、彼女らなりの努力をして女の子としての地位を獲得していたのだと思う。

              若いうちから彼女らはきちんとショーケースに並び、自身を磨いていた。

              今はそれに見合う成果を得ている。恋人だとか。結婚だとか。

              一方、わたしは女としてショーケースに並ぶだけの度胸がなかった。努力放棄した。

              相応の結果として今がある。

              それでも、女として生きてみたいことに気がついてしまった。

              自分だけと、後ろめたさなど一切無い関係を結んでくれる人がほしい。

              愛することを許されたい。愛してもらいたい。

              どんな風に努力を重ねれば、今更でも、こんなわたしでも、女という性を自分のものにできるのだろう。

              もはや諦めるしかないという気持ちと、女であることを諦めきれない気持ちとが堂々巡りしているので整理したくて書き込んだけれど、結局まとまらなかった。

              2017-02-24

              男ですけどま~ん(笑)とか言ってる男は軽蔑しますよ

              まとめサイトは酷いですね、2ch鬱屈とした童貞呪詛一般人ミーム汚染してしまうなんて

              2017-02-17

              怒ってる相手にいきなり合理的説教するな

              男女対立でも貧富論でも世代対立でもオタ非オタ対立でも外交問題政治論でもそうなのだ

              世の中のなにかに対して文句をぶちまけてる人間に対して

              「確かに問題はあるけど極論や叩きに走っては関係するどの陣営の態度も硬化するだけ。

              現実的解決は本当にわずかずつしか進まないけれど、根気強く取り組んでいこう」

              みたいなこという人がいるけど、怒ってる相手にいきなり合理的説教をするな。

              極論や破壊行為に走るくらいの、心の全てを支配するほどの怒り恨み鬱屈憎悪があるんだよ。

              もう一秒たりとも我慢しがたいのに「ゆっくりとした解決のため」とか言われて頷けるわけないだろう。

              丁寧な物事の考え方とかできるわけないだろう。

              余裕のあるやつが余裕のある場所から余裕の笑顔で神経逆撫でしてきてるようにしか見えない。

              合理的説教をするなら怒りを解消させてやってからしろ

              2017-02-14

              臭い若い女が増えた

              僕は接客業飲食ではない)をしている。働いている店は、なかなか格調高い雰囲気の店だ。

              少なくとも、気軽にスウェットサンダルで来ることができない店だ。客の身なりもそれなりに良い。

              それは、今も、僕が働き始めた頃も同じだ。

              だけど、最近違和感を感じることがある。

              臭い若い女が増えているのだ。

              何も、僕は女の頭を引っつかんで頭頂部に鼻をつけて臭いを嗅いだり、

              おもむろに女の片腕を掴んでバッと手を挙げさせて、脇のくぼみに鼻をつけて臭いを嗅いだりしているわけではない。

              対人距離定義で表すならば、遠目の“個人的距離”~“社会的距離”をあけて客に接している。

              どんな臭いなのか。

              所謂わきが臭いではない。そういう人は今も昔も臭いは変わらない。これは遺伝なのだから仕方のないことだ。

              そうではなくて、恐らく誰でも嗅いだことがあるであろう「しばらく風呂に入ってない臭い」だ。

              酸化した皮脂の臭い。恐らく大部分は頭部から発せられていると考えられる。

              臭い若い女は、服装もちゃんとしている。だけど臭い

              僕は、この臭いが大嫌いだ。

              ホームレスならば仕方がない。明らかに貧乏ならば仕方がない。

              でも、綺麗な装いをしているのに何故臭いのか。許せなかった。

              そんな風に鬱屈した日々を送っていたら、あるときネットの広大な海でたゆたっている最中に「湯シャン」なるワードを拾った。

              湯シャンとは何か。

              色々なやり方(酢やクエン酸を使うとか)があるようだが、究極的にはお湯のみで洗髪するということを指しているようだ。

              シャンプーには色々な化学物質が含まれていて髪や頭皮を痛める。ハゲる。

              五木寛之(頭を年1回くらいしか洗わないことで有名らしい)やホームレスがドフサなのは、頭を洗わないせいとのこと。

              ここ数年、若い女性湯シャン実践している人が結構いるらしい。

              僕は激怒した。

              若い女が臭い原因の一つは、奴らがシャンプーをやめたからだ。

              若い人間は、皮脂の分泌が旺盛だ。それをお湯だけで洗う?

              ふざけるな。

              お湯だけで頭皮の脂がとれるはずがない。

              シャンプー石鹸には界面活性剤が含まれており、これは分子疎水基と親水基の2つを持っているために脂汚れを落とすことを可能としている。

              水だけでどうやって落とすんだよ。

              しかも、顔と違って頭には髪が生えていて、頭皮の脂が髪の根元にこびりついている。いくら水流を強くしたところで簡単には落ちないんだよ。

              そんな風に、五木寛之への憎悪を深める日々を送っていたら、休日に買い物帰りの妹にばったり遭遇してしまい飯をおごらされる羽目になった。

              彼女就活放棄し、大学を出てからすぐに、僕達の幼馴染であるKと結婚を決めた舐めくさった女だ。

              妹は若く、身内の手前味噌かもしれないがなかなか悪くない容貌をしている。

              Kは僕達より一回り年上の高給取りで、妹には潤沢なおこづかいが与えられているらしくいつも隙のない服装をしている。

              しかしその日は少し様子が異なっていた。

              一通り食事を終え、食後のコーヒーを飲んでいるときに、我慢できずに妹に切り出した。

              「気のせいかもしれないけれど、どうやら君から洗ってない犬みたいな臭いが発せられているように思える」

              ちなみにその時は、へんな時間レストランに入ったせいで、僕らの周りのテーブルに人はいなかった。

              「そんなはずないわ」彼女は言った。

              「こういうことを女性に言うのは気が引けるのだが、ちゃんとシャンプーで頭洗ってるの?まさかお湯だけ、とか言わないよな?」

              僕が問い詰めると、妹は少したじろぎ、しかし次の瞬間胸を張って言った。

              シャンプーは髪に良くないの。環境にも害があるし。お湯だけで洗ってるわ。でも臭くないもの

              自分臭いは分からないものだよ」

              「私だけがそう思っているんじゃないの。毎日Kさんにチェックしてもらっているもの

              僕は“密接距離”まで彼女に近づき、恐る恐る鼻をひくつかせた。あの何とも形容しがたい香ばしい臭いがして、Kに同情した。

              「君ね、溺愛している奥さんに『臭いよ』って言える男なんてそうそう居ないよ」

              妹は顔を真っ赤にしてレストランから飛び出していった。

              彼女高校生の頃、毎朝わざわざシャンプーして、遅刻しそうになりながら登校していたのだ。ずいぶん変わってしまったものだ。

              ため息をついてテーブルに目を落とすと、妹が食べていたデザートの皿は空になっていた。

              抜かりない女だ。

              数日後、Kから連絡があり、心から感謝された。

              妹がまたシャンプーするようになったと喜んでいた。やっぱり臭かったけれど言えなかったらしい。

              湯シャンをしている人に言いたい。あんた方は多分臭い

              家族に嗅いでもらって点検している人もいるようだが、「臭いよ」とは言いづらいものだ。

              だいたいお湯で洗っただけの頭皮を嗅がせるなんて罰ゲーム以外の何者でもない。親しき仲にも礼儀あり、だ。

              長々と書いてきたが、結局何が言いたいのかというと

              女性にはシャンプーのいい匂いをまとっていてほしいんだよ。

              最近夫婦セックスレスが深刻化しているらしいが、臭い女が増えたせいじゃないのかと僕は思っている。

              頼むから普通に頭洗ってください。お願いします。

              2017-01-26

              http://anond.hatelabo.jp/20170126122302

              田舎暮らしに憧れてくる人はその話とは全然別だろ

              そうやって自分の辛い思いとか鬱屈関係ない人にぶつけるのはやめろよ

              だせー田舎もんだな

              2017-01-20

              悪意を汲み取ってしまう人たち

              こわい。

              今のネットはそういう人たちばっかりコメントつけて正義面してる。

              信者創作者はそんなつもりないし、普通の人なら本来意図を汲み取れるはずなのに。

              しかも発信側もみんな、そんな叩かれるほどは迂闊な表現はしてないのに。

              誰か(自分のこともある)や何かを持ち上げたり主張したりする一方で、

              そうでない他者をこき下ろしたり見下すようなことはないよって、

              明確に言っていたとしても、さも自分が侮られたかのように感じて怒るよね。

              何かをageる=反対の何かをsageる、だと思ってる人が多いのかな。

              そう感じてしまうのって相当鬱屈していると思う。

              ちょっとでも鼻につく部分があると、もう鬱屈のままに悪意的な見方をしてしまうことから逃れられない。

              人間だれも完璧じゃないから、ちょっと気になる部分くらい誰にでも、どうしてもあるはずなのに。

              ネット記事でも、アニメの読解でも、そういう人本当に多すぎて、こわい。

              それが多数派になっていて、だーれも「その受け止め方は歪んでない?」って指摘しない。

              いや、指摘する人はいるけど、説得しようとする人がない。いたとしても、絶対不可能

              説得できるほどの文章って途方もなく長くなるし、超絶エスパー能力必要だろうから

              それについて考えた人は、きっと皆諦めてる。

              永遠の断絶。

              こわい。

              2017-01-17

              APAの代表ってもしかしてトランプになりたいの?

              正直、今回の炎上で、「アパホテルいいぞ」「中国人まらなくなるんだったら、アパ使いたい」「そうか、こういう本置いとけば、中国人がこないんだ!いいアイデア!」とはしゃいでる層が、日本国民の1割程度(当社調べ)はいる。

              そこまではいかなくても、最近、町に中国人が増えているのをなんとなくうっとおしく思っていたり、韓国イラついたりして、景気も良くないし、もっと海外に強いこと言えて世の中の鬱屈とした気分を吹き飛ばしてくれそうな新しいタイプ政治家が出てきたら支持したいと思っている人が、日本国民の2~3割はいる(当社調べ)。

              で、現在選挙制度の隙を突けば、有権者の3割~4割程度の「なんとなく支持してくれる」人をうまく動員できれば、政権とることは充分に可能だ。

              実際、トランプだって、単純な得票数でみればヒラリーより支持は少なく、有権者全体の4割に満たないというし。

              完全に偏見なんだが、不動産ホテル事業で財をなすには、イノベーションだの組織マネジメントだのよりも、押しの強さと厚顔無恥がモノを言いそうな気がする。

              その点、元谷夫妻とトランプは似ているんではなかろうか?

              実際、ちょっとサイトにのってる発言みるだけでも元谷氏はトランプを高く評価しているっぽい。

              多分、いろいろと共鳴するところがあるのだろう。


              ところで、さっき、「真の近現代史観」なる、例のタモガミ氏を世に出したアパの主催する懸賞論文サイトを見てきたのだが、歴代の受賞者の中に、元皇族詐称芸人コンス竹田氏とか、発明王ドクター中松氏とか、民主党松原仁氏とか、ケント・ギルバート氏とか、多士済々な受賞者がいて、なかなか興味深かった。

              直近の受賞者は、ときおり怪しいネット広告でみかけるスタンフォード大学教授・西鋭夫なる人物で、ああ、こういうところでご活躍されているのか、と感じ入った次第。

              その論文も読めるのだが、正直、論文の体はなしていない。

              君の名はIMAX見てきた

              通常版をちょっと前に一回見てるので通算二回目の視聴

              結論からいうとIMAXで見て良かったー!最高ー!とはならなかった

              普通のが100点なら110点くらい、なんかふつーだった

               

              やっぱ元からそれ用に作ってないと駄目なんかな

              絵が綺麗になって音が良くなっててもなんかそんだけやん感


              ところでワタクシはてっしーが好きなんですが同意してくれる方はいらっしゃいますかね?

              てっしーは親友に頼まれたくらいで爆弾盗んでテロますくらい鬱屈したもの抱えてるよね

              それは父っつー超えられない壁に押さえつけられてどうせこの村から出られはしないみたいな諦観から来るもので、オカルト趣味なんかも逃避がゆえのものだと思う

              そしててっしーには父と面と向き合う勇気がない

              からこそいざ爆破したあとでさえ父に見つかっただけで「ここまでや」なんて言ってしま

              そこが父と向き合って話すことが出来た三葉との対比になってて、三葉をファンタジー側とするならてっしーは現実側の人間なんだよね

              俺が好きなのはそこからで、現実は向き合えなかったで終わってなくて、てっしーは未来で父と同じ仕事を選んでる

              三葉のように真正から向き合えなくても何年もかけて受け入れて認めて、父みたいな生き方も悪いもんじゃないなって思えるようになっていったんだろうなって思えて、それが監督境遇と被って見えて

              そこに現実に対する救いが見えててっしーが好きです

              2017-01-07

              “陰キャ”マウンティングも滅んで欲しい

              石田衣良新海誠の件を見ていて思ったこと。

              あれを“陽キャ”マウンティングとするのならば、“陰キャ”マウンティングの方がはるかにウザくて嫌いだ。

              “陰キャ”マウンティングが頻繁に行われる界隈。そう、それはお笑いである芸人にとって学生時代鬱屈して過ごしたというのはむしろ勲章になるのだ。アメートーークの「中学の時イケてないグループに属していた芸人」とか。

              何故、芸人たちはイケてなかったアピールをするのか。その方が視聴者のウケがいいからだ。大抵の人間は望むような輝かしい青春を過ごせないので親近感を寄せる、ひねくれた毒舌芸の免罪符にもなる。学生時代クラスの人気者だったんだろうなと思わせる芸人の嫌われっぷりと比べるとお得なポジションだ。

              そうした芸風の芸人が飽和状態になるとどうなるのか。“陰キャ”マウンティングが始まるのである

              番組で2人の芸人トークしていた。2人とも捻くれた芸風であったため、「友達面白いことして騒いだ」みたいなエピソードちょっとでも出てくると妙な雰囲気になる。ふ~ん陰キャで売ってる癖にそういう思い出あるんだぁ、みたいな。

              ネットでも「あいつは運動部だったかビジネス陰キャ、本当は陽キャ」や「友達たから陽キャ」みたいな言説が起こり、もはや陽キャって何という具合に過激化している。

              楽しい思い出があるやつは敵だ、というようなノリはキツい。一体何を争っているんだか。

              2017-01-02

              デリヘル呼んだら、憂鬱が吹っ飛んだ

              21時頃、滅茶苦茶憂鬱だった。

              死ぬ気力も出ないほどの憂鬱

                

              多分うつ病だと思うのだが。

                

              更に、今は失業中。

              日中に次の職場になるであろうところの面接もある。

              ヤラナキャいけないことは終わっているが。

              これからの行動はあまりミスも許されない。

                

              憂鬱がひどいので、風俗行こうと思ったが、行きつけの風俗年始から

              電車に乗っていく気力も低い。

                

              で、デリヘルホームページを開いた。

              完全に愛に飢えている。

              失業してから、週1くらいのペースで風俗に行ってる。

              同じ嬢は選ばない。

              深い中になるのは嫌だが、女には愛されたい。

                

              女の子は、『背が高い女の子』でお願いする。

              自分が160センチほどしか身長が無く、身長コンプレックスなので、背が高い女の子相手されない普段鬱屈を晴らすためだ。

              だいたい、8割くらいは、高身長女の子をオーダーする。

                

              デリヘルが来るまで1時間ほど

              俺が住む家は、高級住宅街の高級マンション

              デリヘルを呼ぶのは初めてだ。

                

              デリヘル嬢が来る。

              地下アイドルオタサーの姫やってそうなくらいのレベル

              ブス性のあるかわいい女の子

              ソファーに座る。

              部屋はやや散らかっている。

                

              嬢 「本が一杯なんですね。部屋も広い。」

              俺 「うわー部屋に女の子がいるってスゲー!」

              嬢 「えーっとじゃあ、まずお金いいですか?」

                

              俺の年は32歳。いない歴=年齢である

              玄関に財布を取りに行く。

                

              俺「今ね!玄関見たら!女の子の靴があるんだよ!やっぱ違うわ!全然空気が違ったわ女性ものブーツがあるだけで!」

              完全にはしゃいでいる。

                

              風呂に行く。

              俺は、カツラを実はかぶっていた。ハゲているのだ。

              ゆるゆるのカツラなので、鏡を見ると、微妙にずれている。

                

              体を洗われる。

                

              俺 「やっぱ、完成されたからだしてるね。すごーい」

              嬢 「えー、ずぼらだから何もしてない」

              俺 「それ美人な人の、何もしてないアピールでしょ。鏡見ても、俺のダルダルからだと全然違うわ!

              ダルダルな腹と、ゆるゆるなカツラ、嬢のほうが若干背が高くい。

                

              風呂が終わり、ベットへ。

              ベットシモンズのマアマア高いベットだ。

                

              俺 「このベット女の子が来る時がねえ!」

              嬢 「え~?」

                

              俺 「こういう時、わからないなあ、どうするの?」

              嬢 「私もわからない~w」

                

              俺 「じゃあ、えっと、好きな体の場所どこ?、、、違うか」

              嬢 「wwwwwwwwwww」

                

              俺 「え~っと、あ、そうだ、俺、足の裏フェチなんです。これも違うか」

              俺 「あ、そうか、キスとかするのかな」

                

              キスをする。耳がかわいい

              足の裏を見る。

              足の裏をグーぱーぐーぱーさせる。

              足の指の間をクンカクンカ

                

              俺 「耳フェチなんで、耳、いただきます。」

              耳をベロベロ舐める

                

              まあ、この後は、ソファーに移動した。

              俺 「口の中見せて。口の中フェチなんです」

              嬢 「それは無理!」

                

              俺 「あ、そうだ、オナニー手伝ってよ。」

              オナホールを渡す。

              PCエロ動画をあさる。

                

              嬢は粛々とオナホールでシコシコとやりだす。

              俺 「あ~!もったいない!こんな可愛い女の子がいるのに、オナニーさせるとかマジもったいない。君とやれるってなったらオナニーなんかやらせないよ。こんな可愛い娘」

              やたら盛り上がりだす俺。

              俺 「世の中のオッサンはね、モテないオッサンはね、君みたいな子を見ると、こういうことさせたいって思ってるんだよ!ね!」

                

              俺 「そうだ、あのさ、ローションを口に含んでさ、『はーい入れてください』みたいな感じで、君の口をオナホールにさせてよ!」

              拒否られる。

              玉を攻めさせる。

                

              俺 「あー!行くからさ!口に出すよ!」

              フィニッシュ

              ちなみに、俺はめちゃくちゃな量の精液が出る。勢いも魔貫光殺砲(まかんこうさっぽう、ピッコロおでこから出るビームね)。

              嬢が途中で口の中に納まりきれなくなってる。

              俺 「俺の尿道にまだ残ってるから吸って!吸って!」

              しかし、嬢は口が一杯で飲めないらしい。

                

              俺 「ごめんね!」

              察するや否や、ダッシュで台所からキッチンペーパーを持ってくる。

              尿道に残っているやつを吸ってほしかったが、嬢がかわいそうになった。

              俺 「うがい行きます?こっちです。」

              洗面所に嬢を案内する。

                

              その後はシャワー

              嬢は、オタクらしい。

              乙女ゲーが好きと。

              王子キャラが好きと。

              うた☆プリ、バイタミンなど、聞きかじった知識で雑に会話をつなげようとするが、ダメだった。

                

              普段愚痴をよく言う感じらしい。

              職業デリヘルのみ。

                

              さよならー。

                

              さよならした瞬間、気づいた。

              憂鬱が吹っ飛んでる。

              時間的ものなのか、性欲を思うままに嬢にぶつけたおかげか。

                

              いやー幸せでした。ありがとう

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