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はてなキーワード: 鬱屈とは

2019-04-15

欝だと思ってたけど、アミノ酸摂取して改善した

欝というほどではないのかもしれないけど

鬱屈した感じが取れなくてだるかったんだけど

1週間アミノ酸系のサプリ飲み続けてたら気分がかなり楽になった

やる気とか、肯定感みたいなものがよみがえってきた

アミノ酸サプリは高いって人は

たんぱく質とればいいと思う。プロテインとかね。

2019-04-14

蟻になる病

うつ病と診断されていくら経ったろうか、もうパッと答えられるほど最近ではない。確か思春期外来にかかって、そこでうつだ、と言われた。恋愛部活で悩んでいた中学校の私は、はっきりと、そこでうつと言われた。今ではそれしか覚えていない。その後、自分に都合のいい親は私をクリニックから引き離した。我が息子がうつであるはずがない、こんなに他人とも関わるのが好きで(好きではなかったが彼らにはそう映ったらしい)そして何より明るい人が、そんな病気にかかる訳がないと。当時、文字を読むのとかがそれほど嫌いではなかった私は必死自分の病について調べた。どんな人がなりやすいのか、どういう治療法があるのか、こんな体験談があるのか、僕は果たして治るだろうか―――そうでもしていないと、冷たい彼女のこと、部活で受けるいびりを思い出してしまうからだ。頭を動かして、紙に文字を書いていれば少なくともそちらには気を取られなくて済む、そう思った私はひたすらに本とにらめっこをしていた。ただ、それでも原因から離れられない日々は間違いなく僕をおかしくしていた。親は投薬も、休学も認めなかった。それも嫌だったが、留意点として教師など、知るべき人にも僕が鬱である由は伝えられなかった。ただ、それでも僕は死んでいない。これは僕が死んでいないかうつでも平気だよ!なんていう詭弁を書きたかったものではなく、うつというのは周りの人も協力してあげないと決して治らなくなるものだ、と言いたいために書いていることは了承しておいていただきたい。それでも常に自殺脳裏に浮かんでいる。従来の自殺は美しくない、死ぬとき牡丹のようにぼとりと落ちて死にたいと思っているだけで、もしそのように死ねものがあれば、直ちに使ってしまうかもしれない。

これを何故書いているかというと、とうとう投薬が終わったからだ。それは僕が良化傾向にあるからではない。むしろ真逆の、薬が効かないという事態になったからだ。長期間渡り抗うつ薬を処方されていた僕は、親に隠れてでもこっそり飲んではいた。でも、原因が近くにありすぎること、またその環境から経済的にも、精神的にも自立して逃げ出せないことでその場しのぎの安楽剤にしかなっていなかった。まぁ、首を吊りそうになったときとか、割と助かりはした。でもとうとう、それも効かなくなりつつあった。この間自殺未遂まで行ったからだ。早期に発見されてしまったので、今も意識清明思考の混濁もない。(無いと言ったら嘘になるかもしれないが)

から、今もこうして文字を打っている。

こうしてみると、仏教説話蜘蛛の糸だとか、信じる者は救われる系の話にすがりたくもなってきた。それでもダメものダメだった。ただひたすら鬱屈とした自分が襲いかかってきて、たちまち意識占拠されてしまう。毎日この繰り返して、今僕は一番勉強すべき時期に差し掛かっているのだが、一向に進まない。それに受験のことを考えてもダメになる。いっそ考えるのをやめたいとずっと思っている。脳が腐ってしまえばいいのに。臓器カードは準備できているのに。

今の自分を一度自分から離れてみると、子供ときに見た蟻地獄にハマる蟻を思い出す。藻掻いて藻掻いて、砂がじわじわと迫ってくる。はてには埋もれて死んでしまう。色んな人に言われる。うつ知識がないような人から毎日をより良くしようとは思わないの?とか苦しいのを楽に変えたくないの?とか。そんな元気があればとうに打つ手は打っている。それができたらこうはなっていない。もう何をしようが、どう動こうがこのまま砂の渦の底に追いやられるのは自明で、それが早くなるか遅くなるかの差でしかない。こう思って、毎日蟻になってしまった僕は暮らしている。

2019-04-10

anond:20190410230627

1. 予備校模擬試験のように、「おまえが将来テニュアを得られる確率は \d%」 と具体的な数値を毎年教えてあげる。

2. 将棋世界のように、n歳までにプロになれなかったら、事実上のクビ。最後師匠将棋指して田舎に帰る帰らせる、をルールにする。

3. 天下を取りたければ食客を沢山持つこと。 IT社長と食い詰め大学院生マッチングサービスで一発当てよう。

やっすいオンナに飽きたIT社長鬱屈した大学院生研究の話、1時間聞いて50万くらい、余裕で払うと思うよ。

2019-04-05

どうせお前は

私の人生を、お前自身人生を、良くするつもりがないんだから黙れ。荒らすな燃やすな。

鬱屈したその感情のはけ口を私に求めるな。

2019-03-24

anond:20190324151333

女にに差別したり買い叩く男ってたいていは金持ち力持ちの強者男性じゃん

強者男性に対してためた鬱屈全然関係ないオタクに晴らしてたらそりゃ何だこいつって思われても仕方ない

言いたいことあるなら強者男性に直接言ってバチボコにされてこい

anond:20190324141947

オタクキモイって暴言吐く女ってたいていはリア充男にくっついてるケバケ女王バチタイプ女王バチのお取り巻き女じゃん

女王バチに対してためた鬱屈全然関係ないネットにいる雑魚女に晴らしてたらそりゃ何だこいつって思われても仕方ない

言いたいことあるなら女王バチに直接言ってバチボコにされてこい

2019-03-17

鬱屈した魂をかかえたまま、今日ネットカフェの染みの付いたマットに転がる

隣ではおっさんがくちゃくちゃ音を立てながらカップラーメンをすすっている

反対の隣では、別のおっさんが大きないびきかいて寝ている

ここが底辺

ここが日本社会の最下層だ

そう思いながら、ブラウザを立ち上げるが、何もすることは思い浮かばない

仕事を探すか、いや、今は気持ちがひどく落ち込むから後にしよう

エロ動画を見ようか、いや、しこる気にもなれない

音楽を聞こうか、いや、今の陰鬱気持ちに合う音楽を探す気力がない

2019-03-15

初めてはてな匿名ダイアリーを使ってみて

私は準ニートだ。

友人も少なく恋人も居ない、すべきこと(就職活動)はあれど、する気は一切起きないクズ野郎だ。

溜める資格も無いのは重々自覚しているが、こんな無職もどきでも日々の鬱屈は溜まる。

かに話すのが一番良いんだろうが如何せん友人も居ない。

先程、ちょっとしたこと投稿してみたら、すぐに言及された。

ほぼ引きこもりの私は久しぶりに人と会話した気になり嬉しかった。

こういうユーザー同士の距離が近いTwitterや反対に遠い5chの真ん中の様な場所に少し救われた。

ただそれだけの話。

2019-03-05

父親が死んだら棺桶を蹴りに行きたい。

父親が死んだら棺桶を蹴りに行きたい。

晩酌をしていた時に私がそう呟くと、

夫は「俺が父親だったらこんな娘に育てたくないな・・・」と苦笑いしていた。


けれども私もそれ相応の恨みがあって言っているのである

父親は私が9歳の時にW不倫したうえ、母のお腹にいた私の妹か弟になったであろう子どもを堕ろさせていた。

そして上記のことがあって精神的にかなり病んでしまった母と、

発達障害の妹(のちに警察沙汰を散々起こし、手帳持ちになる)を残して、不倫相手の元へ行ってしまったのである

私たち母娘はそれまで暮らしていた都心の広々としたマンションから中途半端ベッドタウンにある母の実家に住むことになった。

両親が元から共働きだったこと、母方の実家がそれなりに裕福であったこと、父から養育費を多少もらえていたこともあって、生活には困らなかった。

ありがたいことに大学まで通わせてもらった。その点は両親に感謝しなくてはいけないかもしれない。

それでも、父親タワーマンション不倫相手だった後妻と暮らしベンツを乗り回すという、自分たち暮らしていた時よりも羽振りのいい生活をしていた(しかもそれを娘に隠しもしない)ことに長年傷つけられていた。

パパは自分たち娘やママより後妻の女の方が大事だったんだな、と感じた。

たまに会うと「パパは君たち娘が大事から」なんて言うんだけども本当に薄っぺらい。


・・・とまあ、こんな鬱屈した感情を吐き出しても苦笑いしながら諭し、私を受け入れてくれる夫は本当に優しい。

こうやって増田に書き込めるくらいになったし、恨みも浄化されてきてるのかなあ。


けどやっぱり、父親が死んだら棺桶を蹴りに行きたい。

きっとずっともうこのまま死ぬまでこんな人生なんだろうな

その程度なんだよ俺は

実力や気力や体力や勤勉さがあるようなそんな素晴らしいひとびとがきっと俺のやりたかたことをぜんぶ代わりにやってくれるだろう。そのなにもないクズ無能で下から数えたほうが早いような凡庸自分はそんな素晴らしいひとのお邪魔にならないように慎ましやかに生きていくことが必要なんだろう。

いままで、俺にも運が幾度となく回ってきた。そのどれもを俺はつかみそこねてきた。それは俺に実力も気力も体力も勤勉さもなかったからだ。単にあたまがわるいのだ。自分の頭で考えられないし、考えたとしても間違っている。そして考えたことを十分に行動も移せなかった。

かつては、こんなだめな自分だけど、いつかどうにかなる、どうにかできると信じていた。牛歩のような道のりでも進むことはできるのだと、「そうは在れなくともそう在ろうとすることはできる」のだと、前進できるのだと思ってきた。でも俺も今年で29だ。俺は老いた。まだまだいけると言う者もあるだろう。でもこの29年間できなかったことが、どうしてこの先の31年だか51年だかに実践できるだろう。ゲームパラメータとは違う。これから俺はどんどん老いていく。体力は衰え目や歯が悪くなり記憶力も下がり柔軟性も失せやがて無知蒙昧とした視野の狭い汚らわしい田舎の老人のひとりとなるのだろう。今後の31年だか51年だかをかつてのように信じられない。自分可能性を信じられない。そんなものはないと思う。でも生きていかなきゃならない。ひとの邪魔にならないように、せめてもの体力を奮い立たせ、体調やメンタルヘルスに気を使い、睡瞑運菜、でもなんで生きているんだろうなあ。意味もない。

今は寝不足でくたくたで酒を飲んでいるからこんなことを書いている。でも信じられないことに、この鬱屈焦燥感も、少しべそべそしてからぐっすり寝てアルコールが抜けて体調が戻れば喉元過ぎて忘れてしまう。そしてバカバカしいこの日常がまるで幸せかのように勘違いして日々ニコニコ太陽感謝して生きてしまう。こういうんだから俺はだめなんだ。今が人生ピークであとは下り坂なのに、なぜそのことを普段は忘れてしまえるんだろう。

今は頭がとても冴えているんだ。その頭が告げている。自分の頭で考えて出した結論ひとつ。死んだほうがいい。お前は人生ルートを間違えた。これからは思い出したように過去の後悔ばかりして、生きていくんだ。それはつらいことだから、だから死んでしまったほうがいい。死ね

2019-03-01

口下手の鬱屈

これから書くのは愚痴だ。呪詛かもしれない。

腹の中にどろどろしたものが渦巻いているので少し吐き出したい。

私は口下手なので文字でね。

そもそも口下手なせいで、弁舌の立つ人に言いくるめられた(ように感じている)せいもある。

とりあえず自分でも何がしたいのか、どうあってほしいのかよくわからない。

私は早くに母を亡くした。といっても成人してからであるが。母は突然逝った。祖父母を残して。

祖父母が元気だった頃はまだ良かった。

そのうち祖父が入退院を繰り返すようになる。

からすれば単なる義理の父でしかないのだが、それでも病院の送り迎えなど甲斐甲斐しく世話をしていた。

祖父母にとって近くにいる親戚となると、うちになるのだ。

まあ近くと言っても片道1時間くらいかかるんだが。

亡くなった母には姉はいるのだが県外に住んでおり、病院の送り迎えなど頻繁に帰ることはできない。

自身も持病を抱えており、祖父母介護を一人でやるには負担が大きく、私も送り迎えを手伝うなどしていた。

病院の送迎、お見舞い、といったもの介護と言っていいのかはわからないが、少なくとも私は結構負担を強いられていると感じていた。

そんな祖父も亡くなり、あとは祖母が一人残された。

祖母は足が悪く、家の中でも杖をつかなければ歩くことができない。

そんな状態なので家の掃除などできるはずがなかった。

そんな祖母の家はゴミ屋敷と化していた。

いたるところにゴキブリの卵が産み付けられていた。

台所などゴキブリの天下である

祖母の家は、私にとっても思い出の場所であるはずだ。

しかしそんな思い出はゴキブリの卵で汚されてしまった。

一気に掃除をするしかない。

私はあの空間にいることが生理的に耐えられない。

しかしそんな私にはゴミしか認識できないものでも、祖母にとっては思い出の品である

これを捨ててもいいかとお伺いを立てれば、捨てないで、とっておいてと言われる。

また、自分で食べ切れもしないのに食べ物を次々と買ってくる。

足が悪いので頻繁に買い物に行けない。

から買いだめするのは分からなくもない。

しかそもそも賞味期限無頓着なのだ

そんなに買っても食べきれないし腐ってしまうと諭したこともあったが、買い物を邪魔されたのを拗ねるような反応をされた。

別に祖母が腐ったものを食べるのは祖母勝手である

しかしその結果、台所ゴキブリの天下になっている。

ちゃん生ゴミの処理をしてくれるのならいいが、そもそも掃除のできない人なのだ

布巾をかぶせて食卓の上に放置したままのこともあった。

冷蔵庫の使い方がぐちゃぐちゃなのも手に負えない。

何度も改善を具申したが伝わらない。

そもそも祖母は耳が遠いので、ちゃんと伝わっているのかがわからない。

「わかった」といっても脳内でまったく別のことに変換しているようなので、伝わってるが直す気がないのか、そもそもまったく別のことを言われていると思っているのかもしれない。

父は一人でなんとかがんばろうとしているが、そんな父が疲弊していく姿を見ることが私には辛い。

祖母の長女である母の姉も、最近では月に一度戻ってきて片付けを手伝ってくれる。

こっちもいろいろ限界なので、父ではなく私から電話をして話をした。

私は口下手なのでまったく言いたいことが伝わらなかったが、あの人がどういうことを思っているのかというのはわかった。

・・・ように思う。

曰く、「そもそも父が祖父母の面倒を見る、母ともそういう話をしていたということで面倒を見ているのだと思っていた。

しかし、祖母身の回りが不衛生な状態で、世話なんか全然できていないじゃないか」ということで毎月帰って掃除をすることにしたらしい。

正直なところ、ろくに帰らず法的に介護義務のない父に任せっきりでその言いぐさはなんだと今になって業腹である

ちなみに私は口下手なので、電話で話しているときにうまくそういうことを切り替えせていたらよかったのにというのも業腹である

おばは弁舌が立つのでね・・・ずっと前から口ばっかの人だと思って私は嫌いな人種カテゴライズしていた。

まあうまいこと言い返せなかったのでモヤモヤしていたのを書き出してみたらスッキリするかなと思って書き出した。

多少はモヤが取れた気がする。

父が疲弊していくところをこれ以上傍観できないというのが私の気持ちなのだろう。

では私が矢面に立って祖母介護ができるかと言ったら、無理だ。

血の繋がりもない赤の他人しかないのに、それをやっている父には尊敬の念はない。

馬鹿だなぁとしか思わないが、とはいえ疲弊していく姿を見るのはしのびない。

そんな父をしのびないと思えるのが、私に残った唯一の人間性なのかなぁとも思う。

正直祖母はさっさと死んでしまえばいいと、半ば本気で思っているフシがあり、我ながら人としてズレているなと思う。

この鬱屈は、祖母の家がゴミ屋敷したことによって噴出したが、10数年来の、母が亡くなり祖父介護をしていた頃から徐々に溜まったものである

おばにはこれは伝えなかった。

まあ電話口でそこまで頭が回らなかったかであるが。

私の口が立つのであれば、母がなくなったときから父に任せず、肉親である私が矢面に立っていれば結果は違ったのだろうか。

こんなに呪詛を撒き散らすようなことはなかったのだろうか。

2019-02-27

産経新聞東京新聞兄弟のように似てるなあと思うのは、もしかしたら東京様にいながら地方支配されてる鬱屈感があるのだろうか。

2019-02-18

anond:20190218114241

当時ウケてたヤンキー物って「本当は良い子のヤンキーが熱血教師のおかげで他に打ち込むものを見つけて頑張り更生」みたいなパターンで、そういうのに乗っかりきれない陰キャ向けに「グレても所詮大人の手のひらの上だし自由なんてないし、大人だって社会かに縛られてるだけだし」みたいな歌を歌ったのが尾崎豊なんだけど、なんか数年して普通に不良の歌みたいに解釈されるようになった。

「不良は不良で鬱屈してるし大変なんだよ」って歌うことで陰キャも「そうだよな、俺たちも一緒だよな」って共感できただけで、別に尾崎自身は不良ではない。

ほんとうは危ない「イイネ!ダンス

 

 

昨年ブームとなり、

老若男女が無邪気に模倣したであろうイイネダンス

 

言わずと知れたDA PAMPの大ヒット曲 USA

そのサビで踊られるダンスのフリのことだ。

 

あのダンスに込められているその危険意味を、

何人の日本人がそれに気付いているだろうか…。

 

おそらく何割の方はそれに気付いており、

その重ね合わされている意味理解しているが故にあえて、

このブームをバズらせる事に荷担してもいたのだろう。

 

そうは思っているのだが、

どのくらいの人数にそれが共有されているのだろうか。

そう不安にも思っている。

 

 

イイネダンス

 

 

イイネ!と形容するくらいだから、もちろん良い意味で受け止められているのだろう。表面上は。

 

その特徴的な右手の動きも、親指を立てるそのポーズも、

当然「Good!」を意味するジェスチャーから来ているのだろう。

 

しかし、

その曲に合わせシェイクする腕の振りに違和感を感じないだろうか?

 

その腕の角度と位置が高すぎるのだ(元ネタとされるshootダンスと比べても)。

 

 

 

その手の描く放物線は頂点を超え、背中側では下るほどなのだ

そしてまた、その仕草身体を画面に対し横を向いて行われるのだ。それはなに故だろう。

 

その立てた親指が描く軌跡が、親指がどこを通過しているか

 

その意味を少し考えたら、その違和感の答えが分かるのだはないだろうか。

 

 

親指を下に突き下ろす仕草は、相手否定意志を示す行為であり、

その親指を首の前で通過させる仕草は、死ね!殺すぞ!という意味である

 

そしてこの手の動きとセットとなっているのが、足で何かを踏みつけるような仕草でもある。

 

 

 C'mon, baby アメリカ

 

 

これはちょうどイイネダンスが踊られている時に歌われてる歌詞である

 

その意味は、愛しい人を招き寄せる時の呼びかけであると共に、

敵対する相手挑発する時に吐きかける言葉でもある。

 

この、密かに重ね合わされている意味を、どれだけの人が自覚的に使っているのだろう‥。

 

無論、これはそう解釈できる…という話であって、振付師意図を決めつけているものではない。

ただ、そんな解釈もしうるダンスを、あなた家族子供にこのまま踊らせていても良いとお思いでしょうか?

 

今なお気になって仕方がない。

 

いかがだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついでに蛇足ながら…、

 

「ダサカッコイイ」とも評されたその意味が相反する評価

 

それは単なる外部評価としてあるのだけではなく、

曲そのものの中に、相反するままに、貫かれているような気もする。

 

まず、今上げたC'mon baby にあるように、戦後ずっと常に日本指導し先導し父親のようなポジションにあったアメリカを、あたかも目下の対象であるかのように呼びつける構図を描いている。

 

これは、昨今多少批判的に言及されるようにもなってきた「日本スゲー」勢を満足させる構図でもある。

アメリカ挑発し、見下し、かかってこい!と挑発しているのである

気持ちの上では。

 

その潜在的意味を、意識的にか、無意識的にか、人それぞれの割合で汲み取られていたことによって、この歌は、この時代に、必然的な条件を揃えて一大ブームとなっていたのだろう。

 

気持ちの上だけでは。

 

 

そう。潜在的な願望としては持っていても、直接面と向かって宣戦布告はできない。その度胸は無い。

 

から、正面向いて直接的に挑発ポーズは取れやしない。

横を向いてその意味を隠し、最初イイネのサムズアップを強調することで言い逃れをまず先に用意しているのだ。

 

その鬱屈した感情の発露が、ダサイ。

ダサイけれど、完全に服従している訳ではないという秘めたる信条がカッコイイのだ。

 

アメリカ欺瞞対象として賞讃しつつも否定する。

 

 

 ドリーム見方を inspired

 

 

それは、夢を見せて成長の原動力を与えたくれた…という意味ではあろうが、

叶うはずのない夢を追って身を持ち崩すよう動機付けられたとも取れる。

 

 

 サクセスの味方を organizer

 

 

成功道筋を付け導いてくれたというように解釈すべきではあろうが、

儲けに繋がる見込みのない者には一切目もくれられないとも取れなくもない。

 

 

 C'mon, baby アメリカ

 

 

英文の部分の意味は逆さに解釈するのだとすれば、この言葉はこうなる。「こっちに来ないでくれ」と。「アメリカよ、もう日本に関わってくれるな」と。

 

 

 どっちかの夜は昼間

 

 

栄枯盛衰弱肉強食繁栄の裏に影在り。

 

我々が、日本が、現状「夜」であることは、今、これまでが、アメリカが「昼間」であった事と必然的関係となっているのだ。

 

 

 

…と、

 

ここまでだけなら、アメリカ日本の構図で終わりである

しかし、こうも歌われている。

 

 

 競合してくジパング

 

 

より強くアメリカナイズされた沖縄は、日本本土に対して先行する存在だ!と、そこで育った若者としての自意識はあったりするのだろう。

しかし、そんな沖縄基地問題にもあるように、日本本土から負担一方的押し付けられて続けている存在でもある。

 

どっちかの夜は昼間…その沖縄「夜」を産み出している「昼間」とは、単純にアメリカとしてよいのであろうか、それともその標的は実は日本本土を指しているのであろうか。

 

アメリカ繁栄の裏で、日本国内の対立は煽られている。

 

それらをひっくるめて歌われている。

 

 

 C'mon, baby アメリカ

 

 

これをただ無邪気に歌い踊っていてよいのだろか?

 

その親指を地面に向けて突き立てているその矛先は、どちらを向いているのだろうか…。

 

 

 

 

 

芸術への衝動

この世界で起こっているしょうもないできことを、物腰柔らかな口調で切れ味鋭く皮肉りたい

抽象的なイメージと大胆な色使いで構成された映像を、俺の好きな70〜80年代音楽に載せて巨大なスクリーン爆音で流したい

自虐的言動鬱屈し続けてきた自分の半生を、見た目は綺麗な1枚の絵画中学生でも読めるような平易な文体小説へと落とし込めたい

それらを実現するためのスキルが、俺にはない

世界の片隅のこんな片田舎世界の中心への憧れを数十年燻ぶらせているがもう限界

どうすれば俺のこの思いを世界に発信できるだろうか

どうすれば俺は何者かになれるだろうか

2019-02-15

ナンバーガールのことを忘れる時が来たかもしれない

全く感情の整理ができない。

ナンバーガール高校生の頃こっそり見つけた、自分けが知っている他人には教えない最高の音楽だった。

心の中の一番大切な鬱屈の箱だった。

インターネットナンバーガールについて色んなヤツが色んなことを言っているが、

それが自分だけの世界を踏み荒らされているみたいですごくすごくすごく苛ついてしまう。お前たちはナンバーガールの何を知ってる、ZAZENが今度新譜出すのも知らないくせに。

再結成の発表だけでこんなに発狂しそうになってしまうなら、きっと、

ライブチケットが取れない

・(交通状況・宿泊の手配)ライブ会場に行けない

ライブ会場に行けても周りの客がうるさくて虚しくなる

ライブ会場に行けても周りの客が楽しそうで虚しくなる

ライブ微妙に思ったのと違う

などなど、あらゆる理由発狂するほど傷ついてしまうと思う。


それなら、いっそずっと大好きで大好きで仕方なかったナンバーガールのことを忘れてしまってもいいのかもしれない。

CD(オリジナルリマスターで2枚ずつ、ライブ盤も)、DVDTシャツも、おまけでZAZENの今度出る新譜ツアーチケットも、

ナンバーガールのことでこんなに苦しむならすべて誰かにゆずってしまいたい。

もう思い出したくないから忘れることにしたい。

anond:20190212122924

若者鬱屈してない。就職は空前の売り手市場働き方改革残業少ない、初任給も上がり始めた。

鬱屈してるのは氷河期アラフォー

2019-02-14

anond:20190212122924

今の若者には鬱屈なんかしてる時間経済的余裕もない。

大学は出欠を取るし、インターンにも行かないといけない。

若いうちに結婚相手も探さないといけない。

なんだかんだで大人に甘えてた上の世代とは違うのです。

anond:20190212122924

その鬱屈具合も今の若者多様化分散化しすぎて少数のまとまりの中でしか共感を得られなくなっている

世代でも他グループ鬱屈には共感不能

から時代鬱屈表現したような尾崎豊みたいなのは現代には現れ得ない

anond:20190212122924

尾崎時代自分vs社会鬱屈のはけ口になっていた

今の時代鬱屈がある場合自分vs自分と捉える傾向が強い

多分転換点は2000年

doragon ashviva la revolution革命を歌いながら、それは社会への働きかけを歌ったのではなくて自己変革を通じて同世代連携

ともにこの社会を歩んでいこうというメッセージだった

2019-02-12

今って、尾崎みたいに鬱屈した若者を代弁するようなアーティストっていないの?

2019-02-07

[] #69-3「愚者自覚

結果、俺のいるAチームは負けた。

勝敗内野の残り人数で決まったんだけど、Aチームは俺1人で、Bチームは2人だった。

「うーん、惜しかったね」

ブリー君は何の気なしにそう言った。

俺たちは、それに気のない返事をする。

「……そうだね」

そう、僅差だった。

からこそ、俺たちはブリー君を恨めしく思った。

不平不満を垂れ流して味方チームの士気を下げつつ、パスで敵に易々とボールを渡し、避けるそぶりすらせずやられたブリー君をだ。

もちろん、俺たちのプレイに何の落ち度もなかったわけじゃない。

最も悪目立ちしたのがブリー君というだけだ。

でも、ブリー君が文句ブツブツ言わなければ、パスくらい最低限できれば、避けるのをもう少し頑張ってくれれば……。

そのどれか一つだけでも多少できれば、マシだったなら勝てたゲームだ。

極端な話、ブリー君がAチームではなくBチームにいれば……いや、ブリー君がいなければ勝てたに違いない。

僅差で負けたという結果は、そんな鬱屈とした思いを大きくさせた。

だけど、そんな俺たちのことなんてブリー君は知ったこっちゃない。

「やっぱり戦術不足が敗因だと思う。もう少し対策を練るべきじゃないかな」

ブリー君は自分プレイを棚にあげ、物知り顔で語りだした。

外野も、もっとパスを回して相手を動かして、体勢が調わなくなったら足元を狙えばいいんだよ」

挙句に、俺たちにアドバイスまでし始めた。

まあ実際のところ、ブリー君の言っていること自体的外れってわけじゃない。

言ってる本人がまるで出来ていない点を除けば、一理ある指摘だ。

だけど「ブリー君が足を引っ張ったから」という指摘の方が、何理もあるのは変わらない。

そのことを言わないよう気を遣う俺たちと、その可能性を1ミリも考えないブリー君。

健全なコミニケーションが成立するはずもなかった。

「うん、うん、分かったから。早く教室戻ろう」

「そうそう、そうだよブリー君。早く着替えなきゃ」

俺たちはそう言いながらブリー君に背を向け、小走りでその場を後にした。

ブリー君が後ろからまだ何か言っていたが、自分たちの会話でそれをかき消す。

それは、良いやり方ではなかったけれど、それが俺たちの精一杯だった。

あの時、ブリー君の顔を見たり、声を聞いたりする余裕が俺たちにはなかったんだ。

本心からくる心ない言動が、いつ表に出てくるか分からなかったんだから


私、女だけど、ああいうのと上手くやっていける気がしないわ」

俺たちにだけ聞こえる声量で、誰かがそう呟く。

仲間のタオナケだ。

“ああいうの”とは、たぶんブリー君のことだろう。

自分の言っていることが周りにどう思われるか、まるで考えていないんだもの。すごく無神経で、そのことに無自覚で、自分のことを客観的に見ようともしない」

タオナケの言うことには同感だ。

だけど諸手をあげて賛同するわけにもいかなかった。

タオナケ。そういうことは出来る限り声に出さない方がいい。ロクなことにならない」

「私、オカルトは好きだけど、言霊だとか本気で信じちゃいないわよ」

「そういう話じゃあない。言いたいことを言うのに慣れてしまったら、いずれ歯止めが利かなくなっていくと思うんだよ。そうなったら俺たちはブリー君と同じだ」

俺たちはクラスメートとして、否が応にもブリー君と接していかなければならない。

毎回、苛立ちを言葉にしていたら身が持たないんだ。

「無理して仲良くする必要もないけど、だからといってトラブルも望まないだろう?」

「私、その理屈は分かるけど、何だか不服だわ。こっちが一方的我慢を強いられてるみたいじゃないの。ねえ、ミミセン?」

タオナケが仲間のミミセンに話を振るが、反応は鈍い。

「おい、ミミセン」

俺はミミセンを軽く小突いた。

「……あ、ごめんタオナケ。聴こえてなかった」

雑音を嫌うミミセンは、その名が示す通り耳栓をよくしている。

それでも普段は近くの会話くらいは聞こえるんだけど、その時は耳当てまでつけて音を防御していた。

しかも、その耳当てを手で押さえつけた状態で、小さい呻き声まであげているのだから聴こえるわけがない。

「私、戸惑ってるんだけど、ミミセンどうしちゃったの?」

「どうもブリー君の声が、だいぶ耳に“くる”みたいなんだ。声質とか、喋る時の抑揚とか、色んなものが相性悪いみたいで……」

ミミセンの反応は極端なパターンだけど、この時点でクラスの皆が精神をすり減らしていたのは事実だ。

時間問題だろうな。

俺の未だ残っている理性が、漠然とした未来を告げている。

(#69-4へ続く)
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