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2017-11-28

愚者あほ)が出てくる、村外(とかい)‪が見える

愚者あほ)が出てくる、村外(とかい)が見える――『屍人荘の殺人批判に答える

28鮎川哲也賞を受賞した今村昌弘『屍人荘の殺人』が話題になっている。私も読んだ。

夏休み大学生たちが山荘を訪れて、その場が閉鎖状況となって連続殺人に発展するという、設定だけなら片手で数えられる以上の似た作品諳んじることができよう。

しかし、本作はその閉鎖状況の構成要因が変わっている。それが閉鎖状況下で発生する第一の(一見平凡な)密室殺人や第二の殺人を、この状況下「だからこそ」の、より不可解な謎を生じさせている。

(余談になるが、この構成要素に関して、小説の興趣を削ぐから箝口令を敷く空気が流れているが、要素そのもの真相でもなく、そこから推理小説としての面白みに繋がるわけだから、過敏になる心証がよくわからない。だって、みんな有栖川有栖月光ゲーム』の内容紹介に火山噴火のことが書いてあるからって怒らないでしょう?)

そして、謎解きの段に於いても、用意された設定が存分に活かされたうえで意外性のある真相へ導かれていくのだから新人デビュー作としては文句のない出来だ。

選考委員の一人である北村薫氏が選評でも書いているように、年末ミステリランキングにもランクインすることだろう。江戸川乱歩賞受賞作が出なかった2017年に至っては最大の新人である。票が集まる可能性は高い。

なお、これより先の文章は『屍人荘の殺人』の結末に言及することになる。よって未読の方は注意されたい。そうは言うもの作品分析とは違うので、そういうものをお望みの方には本文章無用である。ほかの小説評論を読んでいるほうが、よほど有意義時間の使い方というものだろう。本格的な『屍人荘の殺人』論は私も読みたいので、その仕事はほかの方にお任せしたい。

それでは本題にはいろうと思う。

あらゆる作品に言えることだが、普段そのジャンルの読者を標榜する輩が仲間内で褒めているうちは、実際の読者数はそんなに多くないというのが常だ(そういう輩は自分の村の外には碌に目を向けられない田舎者で、声だけは無駄におおきい)。

一方そういったジャンル読者のなかから以下のような記事(詳細はリンク参照)を書く者が現れ始めると事態は変わってくる。田舎者批判するのは他所者と相場で決まっている。つまり、彼らの仲間以外の人々がその作品について(読んで)語っていて、その感想へのカウンターとして下記のような記事は生まれてくる。これはより多くの読者を獲得しつつある、要は売れる兆しと言える。


藍川陸里「『屍人荘の殺人』を読んで16の疑問」(補遺の坂)

http://rikuriaikawa.blog.fc2.com/blog-entry-28.html


本人のtwitterを拝見する限り、文学フリマでは200頁超のミステリ評論頒布したらしい。熱心な書き手である。残念なことに自分ミステリ評論のほうは手に入れていないのだが、それほどの分量なのだから、すくなくとも労作であることは間違いないだろう。

もし、そのミステリ評論も先に紹介した記事と同程度の読みの確度であるなら、物を書くことに徒に時間を浪費するより、余生は別の趣味を見付けることをお勧めしたい。

読者の疑問に対して、作者が答えられる機会はそう多くない。作者一人に対して読者は数千数万といるわけだし、アホな質問にいちいち答えられるほど作者も暇ではない。

なので、ここでは氏の疑問に対して僭越ながら自分が答えたいと思う。

もちろん私は『屍人荘の殺人』の作者ではない。ましてや作者の知人でも、インタビューして伺ったわけでもないので、あくまで氏と同じ読者の立場から作者の意図を拾って回答するかたちとなる。ここでの回答が作者の望むものとは同じでないことは(こんなこと本来は言うまでもないことだが)留意してほしい。

「『屍人荘の殺人』を読んで16の疑問」という記事を書いた藍川陸里氏は、冒頭を読む限りでは、まず『屍人荘の殺人』が「過剰に絶賛されて」いる状況に疑問を持っている。本作が完成度以上の賛辞を得ている点には、私も反論はしない(とはいえ、その現象に対して私が差し挟む疑問や意見もない)。氏は本作に関して「さすがに不備が多すぎるんじゃないか」と、本人曰く「辛口レビュー」を展開している。

しかし「レビュー」とは言ったものの、「手落ち感のあった16の箇所」を列挙しているだけなので、いわゆる書評体裁からは程遠い。「手落ち感」という予防線を張った書き方も気になるが(明確に「手落ち」と言えるのであれば手落ちと書けばいい。取って付けたようにオブラートに包むことで批判を「雰囲気」に回収して最初から退路を用意する書き方は、物を書く(それによって批判する)者のスタンスとしては最低である)、ここは氏のやり方に倣って自分も箇条書きにて回答したい。

念のためもう一度注意を促すが、これより先の文章は明確に『屍人荘の殺人』の結末に言及することになる。よって未読の方は、このくだらない文章を読む前に、興味があるなら作品を読むことをお勧めする。世評や他人感想ばかり集めて読んだ気になるのは、読書於いて最大の愚行である


1.登場人物ゾンビへの対応

……登場人物のひとりが話す(映画における)ゾンビの特徴を実際に発生したゾンビに当て嵌めて話を進めるのは納得いかない、と氏は批判している。しかし、謎解きの道具である特殊設定(現実では有り得ない設定)の説明に筆を割けば割くほど、物語における主従が逆転して本末転倒になっていく。氏の指摘は尤もだが、これは特殊設定を活かしたミステリ全般が孕む問題であり、本作に限ったものではない。ほかにもそういう作品があるから本作でも問題にならないというわけでは勿論ない(こういった問題クリアしている作品もちゃんとある)。本作はミステリ研究会の会員が作中でミステリについて言及するなど「お約束」を踏まえた舞台づくりになっていて、更にそこに加えられた異常な状況を、ゾンビ映画の「お約束」で説明している構図になっている。自己言及的なこういう遊びは、すれっからしのマニアもにやりとさせるためのサービスなのだと考える方が多少は面白く読めるというものだ。読書はすこしでも楽しい方がいい。

当該記事のなかでは数少ないまともな指摘なので、あまり長くなっても仕方ない。ここで止めておこう。

2.推理をせずに自白に頼るのはミステリとしてどうか

……記事から引用しよう。「‪第一殺人ではゾンビがなぜ部屋から消えたのかは犯人から自白によって落下したということが明らかになるけれども、さすがにそこは落下したという証拠を元に推理をして探偵が独力で辿りついて欲しかった‬」

端的に言って、この指摘は誤りである。まず、犯人指摘より前の段階、第一殺人真相が明かされた直後に探偵役は「詳しい状況はわかりませんが」という留保のうえで、「星川さんは進藤さんと揉み合いになり、手すりを越えて下へと転落したのでしょう」と推理している(267頁2-3行目)。この推理は厳密には真相と異なるが、星川麗花(ゾンビ)の落下に関しては自白の前に既に推理が為されている。何より、第一殺人直後の現場検証於いてベランダの窓は外に向かって開け放たれ、足跡というほど明確な形ではないが何者かが歩いたような血の跡がベランダの外へと続き、手すりにもべったりと付いていた」と手掛かりまで書かれている。

また、この項目のなかでは「最後犯人を指摘する際、葉山か静原のどちらかが犯人だというところまで来て、結局しズはら自白により犯人が決定したのも手落ち感があります。この腐対rのどちらが犯人なのかという所はちゃんと推理で絞って欲しかったです」と指摘が続く(誤字まで原文ママ)。

かに解決編では犯人が自ら名乗り出る。

しかし、これに関しても、用心深い読者なら頁を遡って「彼女に見送られて俺は部屋に戻り」(191頁8行目)という記述を見付けたことだろう。この記述から最後に自室に戻った人物(=犯人)が静原美冬であることは明白である。語り手の意図によって一部欠落した記述はあるが、彼は嘘はついていないので、上記の箇所も手掛かりとしては有効だ。ここまで親切に手掛かりが用意されてあるにも関わらず、確認もせずに批判する人間がいるとは思えない。もし確認したうえで上記のような批判を出しているのであれば、氏は真に恐ろしい書き手である

3.ホワイダニット真相

‪……探偵役が提示した「全員が死ぬか生きるかという追い詰められた状況で、わざわざ密室の中の進藤さんを殺す必要があるのか」(142頁6-7行目)という謎の提示に対して、氏は「その真相が「こんな状況じゃなくても元から殺す予定だった」っていうのはさすがにしょぼすぎる」と批判しているが、これも正しくはない。‬

‪まず、第一殺人(進藤殺し)の犯人は「元から殺すつもりだった」(290頁16行目)静原ではなく、ゾンビとなった星川である。よって静原の動機は、ここでは本来関係ない。‬

‪また、第一殺人における眼目は「なぜ殺したのか?」に見せかけた「誰が殺したのか?」である犯人人間ではないという真相が明かされることによって「なぜ殺したのか?」も明らかになる。明かされる事件の構図から考えても、「動機がしょぼい」という批判的外れしか言いようがない。‬

4.1つめの殺人推理ロジック

……「‪推理根拠となったのがただ1つ「布団の裏側に血がついていた」というものだけ」とのことだが、2.の回答でも書いた通り、そんなわけがない。‬

そもそも、この疑問自体ほとんど2.の重複で、さして意味のないものである。きっとこの項の手前で氏は一度記事を書くのを中断したのだろう。途中まで書いた内容を忘れて、同じ疑問を書いてしまったに違いない。‬

5.1つめの殺人の顔が食べられた謎‬

‪……このあたりから、箇条書きの見出し日本語が怪しくなってくる(係りが不明である)。‬

‪進藤の顔がゾンビとなった星川に「噛みちぎられた」理由解決編で犯人が話している通り「星川さんに口づけをした」からである(292頁14-15行目)。氏は本当に解決編を読んだのだろうか。‬

6.推理が始まってから証拠が出てくる

……この項にいたっては、該当頁の典拠さえ誤っている。他人文章をあげつらう労力の何割かを自分文章に向けることをお勧めする。

7.登場人物名前をゴロ合わせで覚えやすくしているけれども意味がない。

……難癖以上のものではない。

8.キャラの書き方が雑すぎる

……言い方を変えてはいるが、新本格に対する「人間が描けていない」という批判と何が違うのか。ここで繰り返すのも馬鹿らしいことではあるが、謎解きを主軸に据えたパズルストーリイに対して、心理描写多寡をあげつらうのは的外れも甚だしい。こういう時に出てくる「深み」という言葉は、どうしてこれほどまでに浅薄に聞こえるのだろう。

9.音楽伏線の回収は面白かったけれども、伝聞であるのが良くない。

……このあたりから作品評を離れて、遂に難癖をつけること自体目的となってくる。氏によれば、探偵役とワトソン役が体験した以外に集めた手掛かりはぜんぶ信憑性はないそうだ。それでは、探偵役が証言を集める事自体意味はなく、安楽椅子探偵は頭から存在否定されることとなる。

10.最初ワトソン役の推理ものすごく適当推理をする意味が分からない‬

‪……氏曰く「偽の推理をさせる場合は最低限納得できるものにしてほしい」とのことだが、こういうのは可能性の消去であって、推理於いては当たり前の手順である。‬

11.犯人メタ読みできる

……だから、どうしたというのだろう。

読者を驚かせることが推理小説第一義でない以上、犯人の予想がつくことは瑕疵とはなり得ない。

何よりメタ読みは推理でもなんでもないので、それで犯人がわかることを殊更に主張する真意がわからない。

12.叙述トリックが地味すぎる

……叙述トリックが本筋でないことは誰が読んでも明らかだ。これもまた的外れ批判である

13.探偵心理が異常

……「――あげない」

強い口調。

「彼は、私のワトソンだ」(302頁15-18行目)

この箇所にすべてが書かれてある。氏が、こういうロマンティシズムに感興の湧かないひとなのだと思うだけである

14.‪3つめの殺人の毒の入手方法面白かった。けれども、毒を仕掛ける部分の描写がさすがに不足している‬

‪……これ程までに作者に説明強要する理由がわからない。‬

から十まで書かれていないと理解できないのだろうか。書いてあることも理解できていないのだから、仕方ないのかもしれない。

15.屋上まで逃げた時に、丁度ヘリコプターが来るのはさすがにずるい‬

……「救助のヘリが現れたのはそれから時間後」である(303頁18行目)。

何がずるいのかさっぱりわからない。

それでは、何時間後にヘリコプターが現れるのが現実的だというのかご教示いただきたい。

16.文章は読みやすいけれども、引っ張ってくれない‬

……読みやすさは、ひとつ美徳である。「引っ張ってくれない」と作者の「もてなし」を求めるのは、「お客様神様だ」と宣うことと何が違うのか。こういう考えを抱く読者が改心することを願って已まない。


ここまで氏が指摘した「手落ち感のあった16の箇所」に対して回答したが、その後も熱心に指摘が書き連ねられている。

それらのひとつひとつに付き合う程私も暇ではないが、看過できない指摘もある。

例えば、以下のようなものである

‪「選評で北村薫が「奇想と本格ミステリの融合」と評しているのだけれども、ただゾンビを出しているだけだと思います。化け物が出てくれば何でも奇想とするのはさすがにどうかとは思いました」‬

‪……恐ろしい。とうとう選考委員北村薫氏まで批判対象となるのである。‬

推理小説於いて「奇想」という言葉が謎の不可解さや意外な真相形容する語として用いられることは、多少推理小説を読み慣れている者には周知のことだろう。もちろん北村氏も、ここではゾンビ存在を踏まえたうえで事件不可能趣味真相の意外性を以て「奇想」と評して、それが本格ミステリ作法に則って書かれているから「融合」と賛している。‬

‪決して「ゾンビ」が出てくる事自体を「奇想」と評しているわけではないことは、前後文章を読めば大半の読者にはおわかりのことと思う。文脈が読めない読者というのは、作者にとっては脅威以外の何物でもないだろう。‬


田舎者も村の外を一歩でれば、自分価値観や考えが偏ったものと知ることとなる。‬

‪そこで考えを改めるか、それともこれまでの考えに固執するかで人間は分かれる。‬

‪すくなくとも、村の外に出ることなく、出ていった者や訪れてきた者を思い込み批判する人間は、内と外どちらにとっても害悪以外の何物でもない。

‬まずは卑小な自意識を捨てて、村の外に出ることを勧める。(WY)

2017-09-01

これ、慰安婦の「広義の強制性」のすり替えに通じそう

https://anond.hatelabo.jp/20170901172529

確かに、批判してるブコメの誰も6000の根拠提示してない

慰安婦問題疑義を唱えると喜々として誰も知らないような典拠示してドヤ顔してた人々がだ


6000の数字根拠には巧妙に触れないまま、

小池対応はこういう側面で問題だという持って行き方ばかりだ

特に↓の面々

ncc1701

quick_past

hyolee2

EoH-GS

flowing_chocolate

Janssen

filinion


ここで過去に似たような光景があったな、とフラッシュバックする

そう、

「広義の強制性」だ

何度同じ過ちを繰り返すつもりなんだろうか、彼らは。。。。。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529181430

元増田です。ややこしい話なので追記ではなくこちらで応答します。

カテゴリ分けの項で例文を「引用」してるけど、その例文がどこから引用されてるか明記されてないのは大丈夫なの?

これ、正直、悩ましいところなんですよ。というのは、これを厳密に適用すると、一般書が死ぬからです。

講談社選書メチエとか筑摩選書とかああい選書系は詳細な注をつけることもありますが、新書とかだと紙幅の関係上細かな典拠がつけられない場合があります。たとえば話題になっている中公新書の『応仁の乱』ですが、色んな史料引用してきているし史料名前も示しているのに、具体的にどの巻のどのページに書かれてるかまで書いてあるわけじゃないですよね。岩波新書の『多神教一神教』だと、史料から引用そもそも典拠が書かれていません(参考文献リストに使った史料一覧が並んでるだけ)。でもそれをいちいち書いてたら新書サイズにならないわけです。

一人の研究者が、新書のような一般書と分厚い研究書の両方を書くことはよくあります。そして、後者において引用部分に典拠を記さないのは論外ですが、前者だと紙幅の都合上きちんと典拠を書けないことが起こり得るわけで、それは現状どうなのかと言われたら「良いことではないが、研究倫理に反する大問題というわけではない」と見做されているんじゃないかと思います。少なくとも、「ここは引用ですよ」というのがきちんとわかる(=自分文章であるかのように装っていない)のなら、許されているんじゃないかな。引用元の文献リストがあって、地の文とちゃんと区別されている以上、この中のどれかから引用した、とわかるようになっているわけですし。

そしてもう1つネックになるのが、これが予稿だということです。「レジュメみたいなものから、厳密な典拠表示はサボったけど、フルペーパーとして投稿するときにはきちんと典拠表示をつけるつもりでした」と言われたら、「そうか、まあでも本来レジュメでも典拠をつけることが望ましいんだ。次からは気をつけてね?」と言うのが精一杯ではないでしょうか。これが剽窃みたいなケースなら研究室こんこんとお説教して取り下げろと指導する必要がありますが、引用元の文献をきちんとリストアップしていて(著者名・URLタイトルがきちんと書かれているのでまあ問題ないでしょう。逆にそういうきちんとしたリストからこそ今回燃えてるというのが皮肉ですが)、どこからどこまでが引用か明示的に示されているのなら、そこまで大問題でもないような(この程度の不備でこっぴどく学生を叱りつけるとしたらそっちの方がハラスメントです)。

もちろん、それでも厳密に言えば著作権法違反にあたるわけだから違法だ、告発すべきだ、という主張も可能です。何? 新書業界死ぬ? 知ったことか、そんなムラの慣習が法に優先するわけないだろう、法は法だ、たとえ学生が書いて5,000人規模の学会の内部で報告する予定の正式論文ではない予稿とはいえ、違法なんだから許されない――はい、これ、どうなるかおわかりですね。この論点で攻めるというなら私は止めません。が、その場合、例の朝日記者さんが示唆したことをやられても文句は言えないんじゃないですかね……(刀剣乱舞二次創作が許諾されてるといっても、じゃあハリー・○ッターや銀河英○伝説やデ○ズニーの二次創作はどうなの? ちょっとこれから著作権元に確認取って大丈夫? って話になっちゃうので……)

あと、twitterとかで、私が書いた増田から文章を長々と抜き出してそのあとに一言二言感想をつける方がそれなりにいらっしゃいます。賛成の立場中立立場でいらっしゃる方なら、きちんと読んでくれてありがとう、と思うのですが、「pixiv論文けしからん!」とか主張してる人がそれやってるの見ると笑っちゃいます。お前のそれ、適正な引用の条件である文章主従関係満たせてないから! 無断転載から! っていう。なんで自分たちネットでやることは許されてると思ってるんでしょうね。

作業分析してるから機械分析じゃないよね?要件に当てはまるの?

これは私もうっかりしていました。機械分析にかけるのは適法引用じゃない! と主張する人がいたのでこういう項目を立てたのですが、冷静に考えたら手作業分析してたな、とあとになって気づきました。ただ、機械分析から引用じゃない、と主張する人がいる以上、47条の7は提示しておく必要があるだろうと思います

さて、47条の7は、次のような条文です。強調は引用者によります

第四十七条の七  著作物は、電子計算機による情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報抽出し、比較、分類その他の統計的な解析を行うことをいう。以下この条において同じ。)を行うことを目的とする場合には、必要と認められる限度において、記録媒体への記録又は翻案(これにより創作した二次的著作物の記録を含む。)を行うことができる。ただし、情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベース著作物については、この限りでない。

今回の予稿は、電子計算機による解析の前段階として、手作業による分類を行っています。ということは、「目的とする場合」に該当するのでは? と思いますが、いかがでしょうか。最終的にはコンピュータ分析する予定だけど、その準備を手でやるよ、ってことですよね(もしこれが法律解釈として問題があるのでしたら教えてください)。

ところで、この条文は、「著作物をまるまるコピーしてきて、それをコンピュータに読み込ませ、解析する場合」を想定したものです(違ったらごめんなさい)。しかし今回のように、もともとネット上に転がっていた文章分析の素材にして、しかもそれが手作業である以上、

pixivを見ながら手で数えました。コピー? 引用必要な部分しかやってませんよ」

と言われたらそもそも著作権法上の問題はなんら発生しませんし(わたしたちがインターネットを見てるのと同じですからね)、大学の共用のパソコンとかなら別になるのかもしれませんが、自室でプライベートパソコンを使ってコピーして、そのパソコンの中だけで分析を完結させていれば、30条で認められている「私的複製」にあたるので、やっぱり著作権法上の問題存在しないのでは?(この辺、事実誤認等があったら教えていただきたいです)

2017-05-28

URL明記してたんだしトラブルが起きるとは全く思ってなくて単に典拠を明確にしたかっただけだろう

…改めて本当に悪意ゼロ馬鹿に思えるなぁ

2017-05-27

文系だと文献リスト必須じゃない」の意味

なんかけっこうな数の人に勘違いされてるようで驚く。そんなおかしなことじゃないでしょ。ということで補足。

言っとくけど、これは剽窃無断転載をしていいって意味じゃないですよ。参考文献の情報を表示する方法が違うってだけの話。

標準的理系とか社会科学系の論文では、注ってこうやって示しますよね(以下、例はあくま架空のものです)。

Trump (2018: 70)は次のように主張している。一方、Obama (2018: 47)はこれに反対していて……

この場合、文献リストがないと駄目です。だってこれだけじゃ、どの論文書籍ことなのかわからないもん。だから論文の末尾に文献リストをつけて、

って書く必要があるわけです。これがないとアウト。

でも、人文系場合は、

トランプは次のように主張している(※1)。一方、オバマはこれに反対していて……(※2)

※1 Donald Trump, Make America Great Again (New York: Trump Tower, 2018), 70.

※2 Barack Obama, Yes, We Can (Chicago: UC Press, 2018), 47.

って表示することが許されてるわけですよ。これ、末尾に文献リストつける必要あります? そりゃつけた方が親切だと思うけど、なくても別にいいでしょ。だって参考文献の書誌情報はじゅうぶん伝わってるんだから

なんで下のようなやり方がされるかっていうとですね、私も確かに上の方が便利だと思うんですが、文系論文だと、

みたいな資料引用することが結構あってですね、そういうタイプ資料を扱う研究者にとっては下の形式の方が楽なんですわ……。もちろんそれらの資料でも、工夫すればちゃんと上の形式引用できますし、実際そうやってるひともいるけど、下のやり方は伝統的なので根強く残ってるのです。

あとまあ、学会によっては「下のやり方で書いて文献リストをつけるな」って投稿規定に書いてあったりするしね(もちろん上を指定してる学会もあります。ケースバイケース)。

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

トラバブコメに応答

シカゴマニュアル読んで出直してこい、あほ

http://anond.hatelabo.jp/20170527080444

おっ、せやなシカゴマニュアルのものじゃないけど、手元の解説書を読んでみたら、次のように書いてあるわ(分量的に引用として許される範囲を超えているけど、そこは勘弁してほしい)。

本書は、2つの最も一般的引用方式を扱っている。「注記式参考文献目録方式notes-bibliography style」、または簡単に「参考文献目録方式bibliography style」(人文科学全般や一部の社会科学で用いられる)と、「カッコ入り出典―参照リスト方式parenthetical citations-reference list style」、または「参照リスト方式reference list style」(大部分の社会科学、および自然科学物理学で使われる)と呼ばれるものだ。(後略)(※1)

参考文献目録方式引用では、資料を使ったことを、典拠言及するセンテンスの最後に、上つき数字を付けることによって示す。

He argues that "in an uncertain world, printed materials can be put to use in ways that make them powerful." 1

それから対応する数字をつけた注で、引用の出典を挙げ、それに関する情報(著者、表題、および出版情報)とともに、該当するページ番号を明示する。注はそのページの一番下(脚注と呼ばれる)か、レポート最後に集められたリスト(後注と呼ばれる)の中に印刷される。すべての注は共通形式をとる。

N: 1. Adrian Johns, The Nature of the Book: Print and Knowledge in the Making (Chicago: University of Chicago Press, 1998), 623.(※2)

※1 ケイト・L・トゥラビアン(沼口隆・沼口好雌訳)『シカゴスタイル――研究論文執筆マニュアル慶應義塾大学出版会2012年、194頁。

※2 同、195頁。

で、シカゴマニュアルが何ですって?

id:death6coin

海外でも下があるの?これもガラパゴスだったりする?

元増田でも例を挙げたけど、この方式採用している英文学術誌なんてたくさんあります。私が見たことある限り(ちゃんと読んだというわけじゃなくて、単純に論文ダウンロードして形式確認した限りということ)では、中国語韓国語ドイツ語フランス語スペイン語イタリア語ロシア語学術論文でこの形式は許容されてる。

海外の著者だと、たとえばウンベルト・エーコが『論文作法』って本の中でこの方式を詳しく説明してるので、ご覧になってみては。

文系からすると、この方式を知らない方がガラパゴスですよ。だって文系理系の人はこの方式使わないで別の方式使うよね、って知ってるもん。なんで理系は、文系では別の方式も使うよねって知らないんです?

もちろん、この方式でも、たとえば1冊の本にまとめる場合なんかは末尾に文献リストをつけるのがふつうだと思いますだってそうじゃないと、その分野に関する文献にどんなのがあるか知りたいときにめんどくさいもの。一度、文献リストをつけられてない英語の本を読んだことあるけど、注を逐一確認して文献を探すのめんどくさかったですよ。ただ、論文程度の分量なら、注を逐一確認するのもそこまで苦ではないし、だいたい単にめんどくさいってだけでじゅうぶんに出典表示の義務果たしてるし、紙幅の問題もあるしで、つけないことが多いんじゃないかなぁ。学位論文とかで、文献リスト絶対につけること! っていう決まりがある場合はつけないといけないけど、それは単に投稿規定守れっていうのと同じ話なので……

2017-05-19

壬生寺(みぶでら)は、京都市中京区壬生にある律宗大本山寺院である本尊地蔵菩薩、開基は園城寺三井寺)の僧快賢である中世に寺を再興した融通念仏の円覚上人が創始したとされる「大念仏狂言」を伝える寺として、また新選組ゆかりの寺としても知られる。古くは地蔵院、宝幢三昧寺[1]、心浄光院と号した。

目次 [非表示]

1 歴史

2 境内

3 文化財

3.1 重要文化財

3.2 焼失した重要文化財

3.3 重要無形民俗文化財

4 行事

5 関連項目

6 アクセス

7 脚注

8 外部リンク

歴史[編集]

園城寺三井寺)の僧快賢が、991年(正暦2年)に自身の母のために建立したとされる。京都では珍しい律宗総本山奈良唐招提寺寺院である

中世に融通念仏の円覚上人が中興。大念仏会の際に上演される重要無形民俗文化財の「壬生念仏狂言」(壬生狂言)は円覚上人が始めたものと伝えられる[2]。

江戸時代後期の幕末には京都治安維持目的活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠壬生村の八木家に置かれた。当寺境内新選組兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われたという。その縁で境内には局長近藤勇銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある(近藤勇の墓とされるものは、当所以外にも会津若松市三鷹市などに存在する)。

当寺旧本尊地蔵菩薩半跏像(鎌倉時代後期の作)は、「壬生地蔵」と呼ばれ信仰を集めていたが、1962年昭和37年7月25日放火により本堂とともに焼失した。現在本尊地蔵菩薩立像は、火災後に本山唐招提寺から移されたものである

境内[編集]

現在の本堂は1970年昭和45年)の再建である境内には他に大念仏堂狂言舞台重要文化財)、近藤勇銅像壬生塚、千体仏塔(パゴダ様式仏塔に1000体の石仏を円錐形に安置したもの)などがある。

文化財[編集]

重要文化財[編集]

木造地蔵菩薩立像唐招提寺旧蔵、平安時代

錫杖(しゃくじょう)

紙本墨画淡彩列仙図 長谷川等伯筆 六曲一双(左隻の一扇を欠く)

壬生寺念仏堂狂言舞台)(附 道具蔵、脇門、土塀2棟、棟札2枚)

典拠2000年平成12年)までに指定国宝重要文化財については、『国宝重要文化財大全 別巻』(所有者別総合目録名称索引統計資料)(毎日新聞社、2000)による。

焼失した重要文化財[編集]

木造地蔵菩薩半跏像 旧本尊鎌倉時代

木造四天王立像 鎌倉時代

金鼓 正嘉元年(1257年)銘 - 「金鼓」は仏堂の軒先に吊るす「鰐口」のこと

以上3件は1962年火災で焼失した。[3]

重要無形民俗文化財[編集]

壬生狂言

壬生六斎念仏踊り(指定名称は「京都の六斎念仏」)

行事[編集]

壬生狂言

毎年節分春秋に演じられる無言劇。大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)とも呼ばれる。重要無形民俗文化財指定されている。公開は2月節分の当日と前日、4月29日から5月5日まで、及び10月体育の日を含む3日間(年間12日間)[4]。詳細は「壬生狂言」を参照

壬生六斎念仏踊り

年中行事として、かつては毎年8月9日精霊迎え火、16日の精霊送り火23日の地蔵盆壬生寺で上演されていたが、現在は9日にの実施されている。重要無形民俗文化財。詳細は「壬生六斎念仏踊り」を参照

地蔵盆時の出開帳

壬生寺は、地蔵菩薩本尊とする寺として、地蔵盆の際に地蔵石仏を貸し出す、俗称レンタル地蔵」を行っていることでも知られる。

京都でも新興住宅地などでは地域地蔵がなく、地蔵盆が行えないことがある。この場合宗教色を薄めた「夏祭り」とする所もあるが、地蔵を借りてきて地蔵盆を行うところもある。壬生寺場合は、明治時代から京都各地の区画整理などに伴って祀れなくなった石仏が多数引き取られており、これを出開帳の形式をとって希望する各町に貸し出しているのである

2017-01-16

ひらがなはない

一世一元で、元号追号にしている関係上、ひらがなは避けたいな。後世で「明治大正昭和平成ときて、次に「しあわせ天皇」とか、やるか?

ひらがなとか日本書籍から引っ張るとかい意見は、元号自体中国制度の真似だけに、中途半端日本アピールがかえって寒々しいからやめた方がいいと思う。多数の賛成は得られないだろうな。

「文」が入るのではという意見個人的には好みなんだけど、皇太子が「徳仁」、秋篠宮が「文仁」、その子が「悠仁」…と来ていることを踏まえると、「文」は避けるのではないかと思うね。そのあたりの字は避けると思う。

過去に例があるが、今の人があまり使わない、シンプルな字を軸に、それほどマニアックでない中国古典典拠もつ言葉を選んでくるんではないかな。個人的には「斉」とか使うのがアリだと思う。






http://anond.hatelabo.jp/20170116114532

2016-08-15

ついに燃え尽きた社畜サイト

ついに燃え尽きた社畜サイト

社畜社畜による社畜のための自虐サイト

ハードワーカーズ」が

2016年8月15日過労死終了した。

 

サイト終了のお知らせ】
当サイト「THE HARDWORKERS」は2016年8月15日をもって
終了させていただくことになりました。
長らくご愛顧いただきまして誠にありがとうございました。

http://news.aol.jp/hardwork/

 

3月ぐらいか更新が止まっていたので

なにかあったんだろうなとは思っていた

閉鎖したからなんだと言うほど

注目していたサイトではない

「いつ閉鎖するのかな」的に

ナマ温かいまなざし

サイトを横目で見ていただけだったか

閉鎖の文字を見たとき

「ああやっぱり」というのが率直な感想だ。

  

消えてから気づく社畜存在感

 

ハードワーカーズ」のタイトルを読み返すと 

いろいろと感慨深い

個人的にはソフト話題が好きだった。

たとえばコレ

 

社畜オススメLINE自作タンプ」10

http://news.aol.jp/2014/09/26/hwz_stamp/

 

山本アヒルの全肯定ペンギンは最高だ!

アンチ社畜自分でも

わず使ってみたくなるクォリティ

 

社畜社畜ときはあまり目立たない

だが社畜が居なくなると

職場は突然に社畜存在感が増していく

普段社畜になにもかも仕事をおしつけているか

処理できないジョブがどんどん押し寄せてきて

業務が滞りはじめる。

そして・・・

  

社畜がいなくなってからはじめて

社畜のやってきた仕事自体

ムダな仕事だということに気づき

反省してムダな仕事をしなくなる

こうしてはじめて職場仕事

合理的になっていく

 

逆に言うなら、会社合理化

職場を明るく楽しいものにしたいのなら

会社に貢献しているかのように見えている

社畜を全員クビにすればいい

もしくは全員を燃え尽きさせてしまえばいい

社畜なんてものいつまでも働いているか

いつまでたっても組織は良くならない

 

少なくなる労働力人口絶滅する社畜

 

ハードワーカーズ」が読めなくなるのは

ほんのちょっぴりだけ寂しい

だが、それが時代というものだろう

 

これから日本は50年間以上人口は減り続け

労働人口は急速に減少し希少になっていく

霞が関エリートたちは

5年以上前からその未来を正確に予測している

以下に書くのは

これから確実に起こる未来現実

  

2004年1億2784万人いた日本人口は2100年に4771万人に激減する(中位推計)

・65歳以上の人は2004年に5人に1人だったが2100年には2人になる

14歳以下の若年人口2050年までに900万人減る

高齢者人口2050年までに1200万人増える

2050年日本では年間110万人ずつ人がいなくなる

2050年日本では年間50万人しか子どもが生まれない

1980年12%だった高齢者単身世帯率は2050年に55%になる

2050年日本国土の98.1%で人口が減り1.9%の地域人口が集中する

2050年首都圏では610万人近畿圏では586万人の人口が減る(2005年比)

2050年日本の全人口の56.7%が三大都市圏東京圏に集中する

都市雇用圏でも2050年に51都市人口が半分に減少する

人口が増加する都市雇用圏は全都市圏の3.3%わずか8都市圏のみ

人口1万人未満6千人のほとんどの市区町村人口が半減する

日本の全居住地域の2割が無人化地域消滅を迎える

北海道では首都の6倍(52.3%)の居住地域が消滅する

中国四国では首都の3倍(24.4%以上)の居住地域が消滅する

2050年所有者不明土地が約4倍に増える

高齢人口の増加は東京圏で突出する(全国平均の倍)

高齢人口の増減率が最も高い世代は90歳以上の世代

・90歳以上の世代人口増化率は2040年に500%を超える

2050年に老齢従属指数1未満の地域は対2010年比で3倍に増える

2050年に平均結婚年齢は34歳になる

2050年高齢者一人に対して働く世代人口は1.31人まで減る

2050年東北北陸中国四国北海道生産年齢人口は-50%を下回る

2050年に二人目の子就職する時の平均年齢は60歳

生産年齢人口2050年までに3500万人減る

2050年日本生産年齢人口は総人口の減少よりも大きく減る

2050年までに人口減で国民仕事時間(労働力)は4割減少する

出典・典拠

国土の長期展望中間とりまとめ

国土交通省国土審議会政策部会長期展望委員会 2011年2月21日

http://www.mlit.go.jp/common/000135853.pdf

国土の長期展望中間とりまとめ図表 2011年2月21日

http://www.mlit.go.jp/common/000135838.pdf

労働人口が少なくなるということは

労働力の「売り手市場」が到来し

短い労働時間でたくさん稼げる職場

良い人材が集中するということだ

そんな時代社畜存在し得ない

 

ハードワーカーズ」の閉鎖は

来るべくして来る「労働力超売り手市場時代

幕開けに過ぎない 

   

いつか限界を迎える社畜たち

 

どんな社畜

いつか限界を迎える

どんな社畜

限界を迎えない社畜存在しない

社畜はいつかハードワークができなくなり

働けなくなる

それが社畜運命

閉鎖した「ハードワーカーズ」のように

 

社畜たちよ

お疲れさま(笑)

 

 

 

 

2016-07-20

勉強会をやるのに地方と都会とでは圧倒的に都会を選ぶべき!

幸いなことに、ちょっとした講師に呼ばれるようになって、自分の持っている知識が誰かの何かの役に立つことに喜びを感じることができた。

だけど地方と都会とでは、勉強会の質も変えなければならない、という壁にぶち当たった。

都会だと、それなりのテクニカルタームでも知っている人が結構いたり、あるいはそれが分からなければ質問をしてくれたりする。

そして典拠を示しつつ説明すると分かってくれる。

因みに勉強会の平均年齢は20代から30代といった感じ。

問題地方だった…僕は田舎とは言わない。

田舎地方とは全く異なる存在だ。

地方都市だとテクニカルタームどころか、中学生で習うはずであろう知識の話が通じない。

例えば、歴史の話をするとする。

都会では「ルターカルヴァン」を尋ねれば、ほぼほぼ知らない人がいない。

というよりも、そういう人しか勉強会に来ないのかもしれない。

だけど地方だと、カタカナ人名が出るだけで顔がポカーンとなる。

「どういう人かご存知の方いらっしゃいますか?」と聞けば「誰か分からない。知らない。話が難しい」と来たもんだ。

から宗教改革以前の話をするじゃない?そしたら「今日の話は結局何がいいたいの?」と来たもんだ。

基本的なことが分かっていないから、「これからお話する前提知識として、一旦ここを整理しておきたい」としても、その前提知識の話が通じない。

極端な話をすれば、キリスト教の伝来、いや、イエスキリストの生誕から話をしなきゃいけない。

だけど、その話も実は無駄で、そもそも地方は即物的な、明日にでも誰かに話したくなる雑学しか求めていない。

明日を豊かにする知識よりも、今を楽しく愉快に生きられる、一攫千金を得られる話にしか興味がない。

上で地方田舎とは違う存在と言ったけど、地方というのは田舎から歴史を投げ捨てて、自分たち合理的だと思い込んでいる都会気取りをした地域だ。

田舎には歴史が残っているし、そこに誇りを感じている。

から民俗学的な歴史ネタを振ると田舎の人は貪欲に食らいついてくる。

だけど地方は違う。

歴史ダサいと投げ捨てて近代的だと思っているチェーン店で飯を食って、イ◯ンシネマでやる映画を観ては文化人気取りになる。

もはやインテレサントなものしか興味がなくて、上述のような悲惨勉強会になる。

大都市圏と田舎を除けば、ほぼ上述のような状況だった。

もちろん、僕のトークスキルにも問題を見なければフェアじゃないと思う。

地方での勉強会は、今後もマネタイズの為にやるだろうけど、質をかなり下げて、雑談時間を費やすことになるだろう。

なにより恐ろしかったのは、なにも考えたくない人たちを目の当たりにして、これが日本の現状なのかと感じたことだ。

補足として、地方での勉強会には、関東でいう日東駒専関西でいう関関同立のような大学卒業したレベルの人が多くきてた。

本当に斜陽な国な気がしてならないんだけど…

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以下、駄文、むしろ全文駄文

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僕は都会の植民地田舎ではなく地方に見た感じがした。

古いものダサいという価値観を植え付け、歴史的風習などを捨てさせ、遺跡を整地した上に工場を建てて働かせる。

田舎歴史武器に都会から搾取の機会を伺い、都会は日本人としての原風景田舎に求める。

地方再生は、花が咲いても摘果して養分を蓄えさせるようなもので、都会という一つの果実を完熟させるためなんですね、たぶん。

田舎という根っこはそもそもが元気なんだから

2016-05-18

オカルト板で

久しぶりに2chでスレ立てしてみた。

不思議な話や怖い話が好きだし、少し貢献のつもりで、

あわよくば、まとめとかに取り上げられたら良い自己満足になると思ったからだ。

で、レスがだいぶついて来て、ちょっと疲れてきた。理由は、とにかく、自分の主張を喚きたいだけな奴、自分が持っているイメージ(実際は存在しない)だけで批判したい奴が現れたから。個人的に、オカルトは娯楽としてすごく楽しい。旧帝の文系修士を持つ程度の浅学な身ではあるが、人々の間で、どのように事実理解され、どんな相互作用で新解釈が生成されていくのか、興味深いと思っている。しかし、言葉は悪いが、あまりの頭の悪さに辟易としてしまった。

オカルト好きということが、端的に、情報リテラシーの低さ、もっと言えば識字率問題であると思った。イメージとしては、単語文法を最低限だけ理解できるサルが、画面の向こうにいて、とにかく衝動のままに喚いている。字を読み、打てるだけ。それでも良いのかも知れないが、LINEのりんなでさえ、もう少しまともな受け答えをするんではないかと思った。端的に事実誤認も多い。典拠として査読付き論文を挙げたら、wikipediaに書いてあると反論されると、ちょっと白目剥きそうになった。基礎文献を指示しても読みやしないし、知りもしない。たぶん、ドイツ語ラテン語ギリシア語はおろか、英語でさえ出来ないのだろう。

そう思うと、道端で乾いている枯れた雑草の欠片に真剣に向き合っているような気分になり、我に返った。まだ猫をなでながら、犬をモフりながら、ひとりごとを言う方がよい。オカルト陰謀論にハマり、一日画面の前に張り付いている人というのは、または彼らの思考回路なり論法というのが、まさにオカルト的だなと思った。

なんというか哀れだ。

ということで、休憩おわり。仕事にいってくる。

2016-05-06

日本会議研究」を読んだのだけど

菅野完著「日本会議研究」を読んだ感想、ではなく、疑問点をつらつら書いていく。ホントはまとめて読者お便りにでもしたかったのだけれど、切手代が惜しくなったので、気になった点を列挙していく。なお、これを読んで本書の内容を知った気になって恥をかいても知りません。

isbn:9784594074760

  1. P. 7, L. 2「この点に気づいた私は、保守論壇誌を手当たり次第に読み込むようになった」とあるが、保守を自認するはずの筆者は、これまで「保守論壇誌」と呼ばれるものを読んでいなかったということだろうか。一介のサラリーマン保守論壇誌に興味がなかったというのは別に問題はないのだけど、こと「『右翼であり保守だ』と自認する」筆者が論壇誌や内容の流行り廃りに興味を持っていなかったというのは、いささか不自然に感じた。
  2. P. 9, L. 11サンプルは、路上ヘイトデモであったり、保守論壇誌の記事のものであったり……」とあるが、「顧客アンケート従業員アンケートなどといった定性的情報に頼ることなく」と筆者が謳う「品質管理手法」に適用するサンプルとしては、定性的に過ぎるのではないか。無論、そこから人物相関を引いたり、時系列的に情報伝搬の順を推定したりするのだろうけど、「定性的情報に頼ることなく」と主張をするなら定性的情報と取られかねないものサンプルの例として挙げるのは不適当だ。
  3. P. 19, L. 12「おなじみの顔ぶれ」というが、誰にとっておなじみなのだろう。おそらく「(保守論壇誌で)おなじみの顔ぶれ」ということであろうが、この一語を省くだけで読者には敷居の高い本となってしまう。もっとも、筆者の処女作である保守の本分」は、ほぼ全編にわたって筆者と前提知識や思想を共有していない人には読みづらい不親切な文章であり、それに比べれば幾分改善されたと感じる。よく言えば一般向けでない、悪く言えば説明放棄した文章というのは、読者の読解力を無駄要求すると指摘しておきたい。
  4. P. 21 図表1 「新道議連」は「神道議連」の誤りか。この表だけを見ると、神道議連が9割、靖国議連も8割であり、日本会議国会議員懇談会所属閣僚が8割を占めるという点を「第三次安倍内閣の特徴」とするには、いささか不足を感じる。全国会議員や自民党所属議員に占める比率との比較や、歴代内閣との比較など、筆者の主張を裏付け数字は他になかったのか疑問である。これだけを根拠に「日本会議のお仲間内閣」と評してしまうのはいかにも牽強付会だし、今後の筆者が出す情報が総じてこの程度の根拠という印象を与えてしまう。
  5. P. 32, L. 14 西尾2005では「日本会議つくる会モラロジーキリスト教幕屋や……」と日本会議と並立して書かれているモラロジー研究所キリストの幕屋が、P. 31 の図表5 には日本会議役員として名を連ねている。この包含関係齟齬重要である。なぜなら、両団体日本会議からの働きかけを受け、役員を輩出する団体として西尾氏の活動支援している証左とも取れる一方で、日本会議に対して両団体独立して西尾氏を支援しているという根拠にもなりうるかである後者場合は、役員は「名義貸し」という解釈になるため、これをして「きわめて積極的運動に参画している」根拠とするにはいささか薄弱と言える。
  6. P. 69 L. 10 筆者は「なぜ日本会議とその周辺が靖国神社にこだわるのか」という疑問を述べているが、図表 2 にある通り、安倍内閣閣僚を見ると、日本会議国会議員懇談会所属議員靖国議連所属議員は大部分が重複している。靖国議連議員としてではなく、「日本会議の周辺」として「靖国神社にこだわ」っていると筆者が断じる理由がわからない。無論、思想的に共通する点が多く、日本会議の源流という文脈では筆者が主張するような解釈もできる。しかし、本書を読む限り、この疑問に答えるものはなく、前掲は問題設定として不適切ではなかろうか。
  7. 第三章全体に言えることとして、日本会議活動が、改憲夫婦同姓義務最高裁判決と同じ趣旨であることは論を待たないものの、日本会議の影響がどれほど大きかったか定量的評価がなされていない。日本会議に関心がなくともこれらの問題に関心がある、という分類の人は多数おり、日本会議活動が与えた影響の大きさを推し測れなければ、日本会議が時流を作ったのか時流に日本会議が乗っかったのかという疑問が解消されない。
  8. 四章は非常におもしろい。というのも、地方議会議員へ頻繁に請願アンケートを行うなど、組織バックボーンたる事務方能力が、ようやく採り上げられるからだ。連載の順序を踏襲して単行本を出すことは問題ないが、これまでの章立てでは、日本会議という組織がどれほどの規模を有するのか、なじみのない読者にはここに至るまで、とんと理解ができなかろう。少なくとも、これまでの各章を読み返す限り、日本会議が親睦会以上の実態を持った組織であることを示す根拠は極めて乏しいこれに対し、日本会議日本会議としての実態を伴った活動を例示しているのは、実はこの章が初めてである集会の開催といったものは、特段大きく固定された組織必要とせず、参加団体の持ち回りで運営できる。しかし、筆者が想定する規模の是非はさておき、定期的な請願署名アンケートといった活動継続的に行うには、HQとして一定程度の専従の職員資金的裏付け必要からである。このくだりを読む限り、専従者は数名で済みそうだが、真実や如何。
  9. P. 112, L. 9 「谷口雅春先生学会」は「谷口雅春先生学ぶ会」の誤りか。
  10. P. 113, L. 10 「ぷろでゅーす」は「プロデュース」の変換ミスか。
  11. P. 120 「『『決起』」と鍵かっこがダブっている。このあたり、推敲が不十分と思われる。連載中ならいざ知らず、単行本化に際しては校閲の不徹底を指摘したい。
  12. P. 161, L. 11 「……安倍政権は、このような人に支えられ、改憲路線を突き進んでいるのだ」とあるが、本章の後段はそれ以前の章と同じく、「このような人」の規模感がつかみづらい。証言依拠すればそれほど規模が大きいとも思えず、また知的水準も高いとはいえない若手世代排出が、日本会議にどれほど貢献し、ひいては安倍政権を支えているか認識できない。
  13. P. 185, L. 8「明治憲法復元のために」何十年と運動してきた人物さえ日本政策研究センター改憲優先順位を知らなかったという。一国の首相プロモーターが唱える政策が、一般どころか思想的に近いであろう人々にさえ知られていないというのは、いささか奇異に映る。ましてや、このような人々が同センター日本会議とをつなぐポイントだと主張するのは、説得力を欠く。つまり、同一の目標に向けて連動しているはずであるにもかかわらず、意思疎通が図られていないように読めてしまう。
  14. P. 212, L. 9 これまでも数度筆者はAmazon検索した結果を述べているが、インターネット検索した結果をそのまま典拠として用いるのは、本書の信頼度を大きく減殺する。取材しろとは言わないが、どの文献に載るプロフィールかまでは調べてしかるべきであり、雑な作業と映った。
  15. 第四章の途中から第五章にかけては、筆者の取材メモをそのまま写したかのような文章で、異常に読みづらい。筋立てて説明しているというよりは、手に入った資料と筆者の思考の断片を繋ぎ合せたような文章であり、筆者が明かした全貌が見えない。「一群の人々」の背後関係を調べるのであれば、各人物ごとに切り口を揃えないことには、理解の難しい内容となる。おそらく連載中は締め切りなどの関係もあり十分な推敲を経ずに掲載された回もあったのであろうが、単行本化に際してそれを放置するのは説明放棄といえよう。
  16. 第六章の真偽はさておくとして、単一運動を四十年続けるというのは、特段のカリスマ仮定しなくとも可能ではないかと感じた。例えば、会社員の多くは大卒の二十代から出世レースを始めるが、その中から六十代に勝ち抜けたもの会社経営者となる。終わってみればそういった経営者の多くは旧帝大を始め限られた大学卒業であるが、別に彼らは大学時代出会ったカリスマ的な人物の影響を受けて就職先での40年にもわたる出世レースを勝ち抜く決心をしたわけではあるまい。
  17. ただ一つ言えることは、長年知り合った思想的にも近いとはいえ高々10名ほどの人々が、四十年もの長きとはいえ緊密に連絡を取り合い行動していたとして、それが各々の所属組織に、ひいては現政権にどれほど影響を与えているかという点について本書は明らかにしていないのだ。無論、政治的組織のHQ に属する人々に影響力がないわけがないが、果たして国勢を壟断するに至るほどか、という恐らく本書を読み通した多くの読者が抱くであろう疑問に答えるには至っていない。その点、筆者の「日本会議が大きいわけでも強いわけでも」なく「他が小さく弱くなった」という結論は大いに説得力を感じた。


以上のように、筆者が単行本化に際して加筆修正すべきであった点を放置して世に出したのは、筆者と出版社の怠業である。一方で、本書を「巨大陰組織日本会議の全貌」のような内容という理解評価するのは本書を読んでいないか読解力が不足している。

感想一言で述べるなら「物理的にも内容的にも行間広すぎだろ」

2016-02-19

政治家失言修正大喜利

今日のお題は

アメリカ黒人大統領になっている。これ、奴隷ですよ。建国当初、黒人奴隷大統領になるなんて考えもしない。ダイナミックな変革をしていく国だ」

です。趣旨を変えずに、問題ない発言に置き換えてください。

参考:

発言文脈http://www.asahi.com/articles/ASJ2K73JPJ2KUTFK010.html

上の文の典拠http://www.asahi.com/articles/ASJ2K5SMJJ2KUTFK00L.html

2014-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20141003165248

うーん……。

地上権って土地利用権の一種だぞ。

土地所有者(所有権者)が地上権を取得したら原則として地上権混同により消滅するわけだし(民法179条1項)、明らかにお前の説明は間違ってると思うんだが。

それだけ自信満々ってことは、なにか典拠があるの?

良かったら教えてくれ。

2014-03-14

理研の「調査委員会調査中間報告書(全文)」のOCR変換。

http://www.riken.jp/pr/topics/2014/20140314_1/

http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/topics/2014/20130314_1/document-4.pdf

PDFの中の文字が引っこ抜けなかったので、Microsoft Office Document Imaging使って文字にした。

精度はイマイチだけど、タイプするよりはマシだろうと思うので、情報共有。

誰かが引き継いでくれなかったら、明日清書する。

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平成26 年3 月13 日

独立行政法人理化学研究所理事長野依良治殿

研究論文の疑義に関する調査中間報告書

研究論文の疑義に関する調査委員会委員長石井俊輔他委員5 名

経緯

平成26 年2 月13 日、独立行政法人理化学研究所く以下、「研究所」という0 ) の職員らの研究論文に疑義があるとの連絡を受けた研究所の職員から役員を通じて監査コンプライアンス室に相談があった。監査コンプライアンス室長は、「科学研究上の不正行為の防止等に関する規程く平成24 年9 月13 日規程第61 号)J (以下、「規程]という0 )く参考資料)第10 条第3 項に基づき、当該相談通報に準じて取扱うこととし、規程第11 条に基づき、同日より同年2 月17 日の間、予備調査実施した。予備調査に当たったものは、石井俊輔、他4 名である研究所は、予備調査の結果の報告を受け、平成26 年2 月17 日、規程第12 条に基づき本調査を実施することを決定し、石井俊輔委員長とする本調査委員会が本調査を行うこととなった。

中間報告書は、調査対象のうち、これまでの調査で結論を得た一部のもの、及び調査継続のものについて報告するものである。調査継続のものについては、事実関係をしっかL )と把握した上で結論を導<必要があL )、結論を得た時点で速やかに報告する。

2 調査の方法・内容

2 一1 調査目的調査対象項目及び調査対象

以下の点に関して、規程第2 条第2 項に規定する「研究不正」が認められるかどうか調査した。

( 1 ) obokata et al , Nature 505 : 641 - 647 ( 201 4 )論文(以T 、r 論文1 ]という。)く1 - 1 ) Figurelf のdZ 及びd3 の矢印で示された色付きの細胞部分が不自然に見える点。

く1 - 2 ) Figureli の電気泳動像においてレーン3 が挿入されているよ引こ見える点。

( 1 - 3 ) Method の核型解析に関する記載部分が他の論文からの盗用であるとの疑い。

( 1 - 4 ) Method の核型解析の記述の一部に実際の実験手1 ― 頃とは異なる記述があった点。

く1 - 5 ) Figure Zd , Ze において画像の取り違えがあった点。また、これらの画像が小保方氏の学位論文に掲載された画像酷似する点。

小保方晴子く筆頭著者、責任著者)、笹井芳樹く共著者)、若山照彦く共著者)、丹羽仁史く共著者)

( 2 ) obokata et al , Nature 505 : 676 - 650 ( 201 4 )論文(以T 、r 論文2 ]という。)( 2 - 1 ) Figure lb (右端パネル)の胎盤蛍光画像とFig 29 ( T パネ

ル)の胎盤蛍光画像が極めて類似している点。

小保方晴子く筆頭著者、責任著者)、笹井芳樹く責任著者)、若山照彦く責任著者)、丹羽仁史く共著者)

2 一2 調査対象省の役職

調査対象者の論文作成時における役職は次のとおL )である

小保方晴子

く発生・再生科学総合研究センターく以下、「CDBJ という0 )細胞リプ口グラミング研究ユニット研究ユニットリーダー

笹井芳樹

( CDB 器官発生研究グループグループディレクター

若山照彦

く前CDB ゲノム・リプ口グラミング研究チーム:チームリーダー現国立大法人山梨大学生命環境学生命学科発生エ学グループ若山研究室教授

丹羽仁史

( CDB 多能性幹細胞研究プ口ジ工クト:プ口ジ工クトリーダー

2 一3 調査方法

平成26 年2 月20 日から同年3 月12 日までの間、関係資料の収集及び関係者ヒアリングを行った。

資料は、論文に掲載された実験オリジナルデータラボノート論文作成過程を示すファイル調査対象者らから提出された書面、調査対象者らの間の電子メール実験に使用された機器類等に関するものである

加えて、イメージ画像復元に関して、専門家である中野明彦氏(国立大学法人東京大学大学院理学研究科生物科学専攻発生生物学研究室教授研究所光量子エ学研究領域エクストリームフオトニクス研究グループライブセル分子イメージング研究チームチームリーダーから意見を聴取した。委員会は、これらの資料・ヒアリング結果を基に審議をした。

2 一4 調査結果及び評価く見解)く結論を得た調査項目)

調査結果

小保方氏より、ライブイメージング画像作成し、この画像から静止画像作成し、これを圧縮したもの投稿した、投稿論文の元の画像には歪みがなかった、論文に掲載された画像に歪みがあることは気付かなかった、歪みが何故生じたかは分からないとの説明があった。

この画像元となるオリジナルライブイメージング画像ファイルの提出を受け、調査したところ、複数の仕様の異なるコンピュターで再生しても画面上で、投稿された論文画像に歪みはな<、他方、論文に掲載された画像には歪みが見えることを確認できた。

中野明彦氏から、歪みが生じる原因等について、以下のコメントを得た。提出されたライブイメージング画像から論文に掲載された静止画像と全く一致するもの作成できなかったが、類似したもの作成できた。解像度を下げ、さらJPEG などで圧縮すると歪みが出る。歪みはどれだけ圧縮するかによるた

め、同じ歪みを再現するのは難しい。従って、Nature 編集部における図の作成過程で、この歪みが生じたとしても、画像の歪みを正確に再現することは困難である画像圧縮に伴いブ口ックノイズが生じて元画像にはない色が出ることがある。以上のことから論文に掲載された画像は、提出されたライブイメージング画像の1 コマと考えてよい。

評価く見解

元のライブイメージング画像から論文に掲載された静止画像が作製されたと解するのが相当であるc 投稿の際に用いられた画像に歪みはな<、一方、論文に掲載された画像では歪みが見えることからNature 編集部における図の作成過程で、この歪みが生じた可能性がある。画像圧縮した時に生じる画像の歪み(ブ口ックノイズ)についても広く知られているところである。従って、動画からこの図を作製する過程には改ざんの範畷にある不正行為はなかったと判断される。

調査結果

若山氏より、この2 つの画像はいずれもSTAP 細胞から作製したキメラマウス胎児ひとつを、異なる角度から同氏が撮影したものである、それぞれの画像帰属を整理した上で、他のキメラ胎児画像とともに電子ファイルで小保方氏に手渡したとの説明があった。

小保方氏から、同氏が上記2 つの画像を若山氏から受取L )、笹井氏と共に論文用の図を作製した、論文の構想の初期過程では、FigZg 下の画像はsTAP 細胞とFI - SC との比較のためのコント口ールとして使用することとして挿入することとなり、小保方氏が挿入した、その後、笹井氏の執筆過程で、構想が変わり、図の1 ― 頃番を変えたため、この画像不要になL )、この図についての記載も一切行わないことになった、しかし、そのことに気づかず、削除することを失念したままであったという説明を受けた。笹井氏か引ま、同旨の説明に加え、削除することを失念した状態のままで投稿し、論文修正校正過程でも看過したまま論文発表に至った、図の作製の具体的な作業に当たっていた小保方氏に対して、削除の指示をすることも失念していたとの説明を受けた。

FigZg 下の画像は、胎盤でのGFP の発現を示したものであるが、FigZg の本文及び図の説明では、胎仔でのGFP の発現を説明しており、FigZg 上の画像けが記述されている点を確認した。また、当初の論文の構想過程で考えられていた図の配置を示すとする作成情報付きのファイルや該当する実験ノート部分コピー等が提出された。

評価く見解

Figure lb (右端パネル)の胎盤蛍光画像とFig 29 ( T パネル)の胎盤蛍光画像は、同一のキメラに由来する画像である。他にも本文や図の説明の中で言及されていない図が存在することから、GFP 陽性細胞存在を示すためにFig 29 (下パネル)の図が配置されたと解する余地もある。論文構想の変遷のすべてを記録したデータが保存されていなかったため、その変遷を説明通りに復元するには至らなかった。しかし、上述の作成情報付きのファイルデータの内容を検討したところ、当初の論文の構想過程に異なる図の配置を検討したとの説明と矛盾するものではなく、異なる図の配置を議論していたデータであると解する余地が

ある。

論文では、本文及び図の説明の中で言及されていない図が他にもあるので、他の図に関する説明がないことについても検討したところ、失念とは別の理由によって言及されていないと解することもできる。悪意があったことを直接示す資料等も存在していない。とすれば、規程に定める「改ざん]の範畷にはあるが、その行為について「悪意」があったと認定することはできず、研究不正であるとは認められない。

2 一5 調査経過(調査継続中の項目フ

本項目における下記4 点については、研究不正が行われたか否か、について事実関係をしっかりと把握した上で判断するためにさらに期間を要する。現時点で把握された事実について調査経過として報告する。なお、今後、所定の調査結果及び評価く見解)が得られた時点で報告を行う。

調査経過

小保方氏と笹井氏の連名により提出されたFigure 11 の元になったゲル写真電子ファイル実験ノート類および同図の作成経緯と方法の書面による説明、ならびに同二氏からの個別の聴取内容を精査した結果、Figure 11 の図は2 つのパルススフィールド電気泳動ゲル撮影した2 枚の写真に由来する加エ画像であることを確認した。同電気泳動においては合計29 のサンプルを、サンプル1 から14 をゲル1 に、サンプル15 から29 をゲル2 に電気泳動し、Figure 11 のレーン1 , 2 , 4 , 5 がゲル1 の左から1 , 2 , 4 , 5 番目のレーンく標準DNA サイズマー力一をレーン0 として左から番記)に相当し、レーン3 がゲル2 のレーン1 (同)に相当することを、各ゲルに写った写真情報から確認した。

画像の加工については、ゲル1 のレーン1 , 2 , 3 , 4 , 5 の写真において本来レーン3 が存在していた場所ゲル2 のレーン1 の写真が単純に挿入されたものではなく、前者のゲルにおける標準DNA サイズマー力ーレーンの泳動距離が後者のそれに比して約063 倍であり、Figure 11 の作成時に前者を縦方向に約16 倍に引き伸1 ます加エをした上で後者が挿入されたことを、前者に写った挨類の位置関係縦方向への歪みから確認した。また後者については写真に淡く写ったスメア消失して挿入されていることからコントラストの調整も行われていたと判断した。そこで小保方氏に説明を求めたところ、T 細胞受容体遺伝子の再構成のポジティブコント口ールを明瞭に示すためにはゲル2 のレーン1 が適しておL )、ゲル1 とゲル2 のそれぞれの標準DNA サイズマー力一の泳動について双方のゲルにおいて、標準DNA サイズマー力一の対数値と泳動距離が良好な直線性を保っている関係にあることを確認した上で、ゲル1 の写真縦方向に引き伸ばし、標準DNA サイズマー力一の位置情報に基づいてレーン3 の写真の挿入位置を決定したとの説明があった。検証の結果、ゲル1 とゲル2 の間には、標準DNA サイズマー力一の対数値と泳動距離について直線性の保持は見られず、説明通L )に標準DNA サイズマー力一の位置情報に基づいてレーン3 を配置することが無理であること、仮にFigure 11 のレーン3 に見られるT 細胞受容体遺伝子再構成バンド群の位置に近い標準DNA サイズマー力一群に絞ってそれらの位置情報に基づいてレーン3 の画像を配置するとFigure 11 のレーン3 に見られるT 細胞受容体遺伝子再構成バンドとは異なる位置にT 細胞受容体遺伝子再構成バンドが来ることから、説明を

裏付けることはできなかった。説明とは逆に、Figure 11 のレーン31 こ見られるT 細胞受容体遺伝子再構成バンド群の位置に合わせる形でレーン3 の画像を配置すると、ゲル1 とゲル2 の標準DNA サイズマー力一j くンドの位置にずれが生じることから、Figure 11 の画像加エ時には、標準DNA サイズマー力一を基準にしていたのではなく、T 細胞受容体遺伝子再構成バンド群の位置を隣接するレーン4 のそれらに合わせる形で図の挿入が行われたことが示唆された。

電気泳動されたサンプルについては、実験ノート類などの記載やサンプルチューブのラべルなど小保方氏から提供された各種の情報は、Figure 11 のレーン1 , 2 , 4 , 5 は論文の通りであること、論文で「LymPhocytes 」とラべルされたレーン3 はCD45 + / CD3 + T ' J ンパ球であることを示していた。

( 2 )論文1 のMethod の核型解析に関する記載部分が下記の論文からの盗用であるとの疑いが判明し、この点についても調査した。

Guo J etal ; Multicolor Karyotype Analyses of Mouse embryonic stem cell In Vitro Cell Dev Biol Anim 41 ( 8 - 9 ) , 278 - 283 ( 2005 )

調査経過

小保方氏は、若山氏がチームリーダーをしていたCDB ゲノム・リプ口グラミング研究チームく以下「若山研」という0 )では、核型解析を日常的に行っていたが、若山研で使用されていたプ口トコールの記載が簡単であったので詳しく記載した方がよいと考えて詳しく記載のある文献を参考にしたが、引用を忘れたと説明した。論文のMethod 部分は小保方氏により作成された文章であることを同氏に確認した。小保方氏は何らかの記載をコピーしたという暖昧な記憶を持つ様子であったものの、この文献そのものを保有しておらず、この文章の典拠については覚えていないと説明した。文章の類似性、小保方氏がその手法を熟知していなかったこと、実際に行われていた実験と記載が完全に合致しないことから、この記載はGuoJ らによる論文の記載を何らかの方法コピーしたものであると認められた。

( 3 )笹井、若山両氏から、以下の修正すべき点が見つかったとの申し出を受け、この点についても調査した。論文1 : Method の核型解析の記述の一部に実際の実験手1 ― 頃とは異なる記述があった。

調査経過

この核型解析の実験は、小保方氏と若山研のスタッフによL )行われ、データは小保方氏に渡されたとの説明を若山氏から受けた。細胞サンプルの調製は小保方氏によりMethod に記載された通L ) l こ行われたが、ハイブリダイゼーションとイメージングは、若山研のスタッフにより、記述とは異なり、APP - ied sped 「al lmaging のSKY FISH システムを用いて行われたとの説明を若山氏から受けた。作成情報を含むこれらの画像ファイルが提出された。若山氏は、このMethod 部分は小保方氏により書かれた、小保方氏がハイブリダイゼーションとイメージング部分の実験の詳細を知らなかったため、この間違いが生じたと推測していると説明した。

( 4 )笹井、小保方両氏から、以下の修正すべき点が見つかったとの申し出を受け、この点についても調査した。論文1 : Figure Zd , Ze において画像の取り違えがあった点。また、これらの画像が小保方氏の学位論文に掲載された画像酷似する点。5

調査経過

2 月20 日に笹井氏と小保方氏より、修正すべき点についての申し出とこれに関する資料の提出を受けた。申し出の内容は、論文1 の牌臓の造血系細胞から作製したSTAP 細胞を用いたという記載が、実際には骨髄の造血系細胞から作製したSTAP 細胞を用いた画像であることと、正しい画像に訂正することを考えているという2 点であり、提出された資料は、実験過程を示す資料と作成情報を含むこれらの画像ファイルであった。小保方氏から、それぞれの実験過程で、牌臓及び骨髄に由来する血液細胞のサンプルに対し、いずれもhemato ( hemat 叩oietic :血液系の意味)というラべルを用いていたため混乱が生じ、同氏において画像の取り違えをしてしまったとの説明を受けた。提出された資料等により、この2 つの実験は全く違う時期に行われていたことが確認された。一方、上記の骨髄の造血系細胞から作製したSTAP 細胞を用いた画像は、小保方氏の早稲田大学における学位論文に記載された画像酷似することが判明した。データ比較から、これらは同一の実験材料から取得されたデータであると判断せざるを得ない。学位論文では3 - 4 週のマウスB6 骨髄細胞を細いピペットを通過させて得られた多能性幹細胞スフ工ア)を用いて実験が行われたと記載されていることを確認した。すなわち、修正前の論文1 のデータ学位論文作成時に取得されたと推定されるが、実験条件の記載が学位論文論文1 とでは異なっていることが確認された。

また、この申し出の際、これらの図が小保方氏の学位論文に記載されたデータであるとの言及はなかった。

3 その他の事項

論文1 のMethod のBisulphite sequencing の記述の一部に、他の論文と似た記載があることが認められた。記述は8 行であるが、似た記載のうち大半は、プライマー配列と頻繁に行われるPCR 実験記述であり、必然的に良く似た記述となる。そのため、このような似た記載は、多<の論文に見られる。盗用の範畷にないものであった。

以上

○ 手1 学酬究上の不正行為の防止等に関する規程

平成24 年9 月13 日規程第61 号)

目的

第1 条この規程は、独玉目う攻法人理化学研究所(以下研究所」という0 )の研究者等による科学酬究上の不正行為(以ド1 研究不正」という。)を防止し、及び研究不正が行われ、又f まその恐れがあるときに、迅速かつ適正に油志するために必要な事項を定める。

k 定義

第2 条この規程において… 研究者等」とf ま、研究所研究活動に従事する者をいう。2 この規程において「研究不正」とは、研究者等が研究活動を行う場合における次の各号に掲げる行為をいうD ただし、悪意のない間違い及び意見の相違は含まないものとする。( 1 )掲告データ研究結果を作如上げ、これ

 
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