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はてなキーワード: 書き言葉とは

2019-02-17

増田文体メモ

●基本



●その他雑感

語尾だけ見ると「言い切るタイプ」「疑問っぽくするタイプ」のどちらかに偏っているやつが多い。

話し言葉といえば、なんか吹き替え映画セリフみたいな文章多くない?

から年齢や性別イメージできるやつもあるね。ようするに匿名になりきれていないってわけだ。

他には字下げするやつとか句読点理系バージョンのやつとかもある。

増田に、限ったことじゃないが、インターネットでは、「、」を、たくさん使うやつが、敵視される。

ネットユーザーは「、」の使い方に、厳しい。

改行のタイミングとかは縦長のモバイル環境で書いているか横長のデスクトップ環境で書いているかでも別れそう。

文字数は大体400~1200文字くらいがベターか?

それ以下だと物足りない感があるし、それ以上になると読むのが苦痛

2019-01-12

音声言語尊いって言うのやめろ

尊いって萌え用語は以前から使われていたが、最近になって急にアニメキャラ尊い連呼するようになった。

自分はあれを聞くたびに寒気に襲われる。皆はあれを見て何か思い出さないか自分はこの寒気を、昔萌えという言葉バラエティやらニュースやらで、2ch用語連呼されまくってる時に起こる寒気と同じ現象なのだと思う。

インターネットで書かれる言葉あくま書き言葉なのだ。それが急に話し言葉、つまり音声言語に変換されたとたん、それは非常に違和感のある言葉になる。

例えばTV文芸評論家やら理系専門家やらが専門用語を駆使しながら長々と語っているとき、(たとえその方面への知識があったとしても)何かその場違いさがなんだか、恥ずかしいような気分になったりしないだろうか。それと同じだ。

それらの専門用語はまだ時代を超えても成立するものからまだいい。尊いとかネット用語はいわば流行語のようなもの書き言葉から話し言葉への変換が定着し、自然言葉になる前に廃れて消えてしまうだろう。そうなるとただ聞いていて恥ずかしかったという感情けが残って、誰も得しない。例えば俺が得しない。現に今恥ずかしい。

作品自体もそういう時節の流行を取り上げたようなものは、10年後見たら冷める。時代から取り残される。作品は十年先になって見ても価値のあるようなものを作るべきだと思わんか。

そういうわけだからやめなさい。いいね

2018-11-13

anond:20181113114523

全くだ。書き言葉ぐらいは、考えて発言したいもんだよ。

2018-11-09

anond:20181108223659

ひらがなカタカナ漢字ローマ字4種類覚えないといけない上に

漢字漢字熟語だの同音同訓異字だの熟字訓だのアホみたいに種類があるからなあ

書き言葉に関しては日本語習得レベルはずいぶん高いよなあ

全部ローマ字にしたららくなんじゃねえかと小学生の時に思ってたな

2018-10-19

言葉を避けたい

最近テレビラジオ、人の声のような言葉の刺激が耳に入ってくると、気分が不安定になる傾向があるようだ。

不安定にならないためには、音楽をかけておくとよいことが経験によってわかった。音楽は、基本的にどんなジャンルでも大丈夫なようだ。ただ、日本語歌詞のものは避けるようにしている。

音楽をかけて落ち着いた時間を過ごしていると、不意の言葉の刺激だけで気分が変わることがよくわかる。音楽がかかった部屋から少し離れて、家族と会話するだけで驚くほどの気分の変化・動揺が感じられる。

また、自分言葉を使わなくてはならなときのもやり辛さを感じている。うまく発声できないし、モゴモゴするし。言っていることが自分でも支離滅裂おかしいと思うし。会話にならないと自己嫌悪感もある。

自分書き言葉だけは何とか使えるが、それ以外の口頭表現とは接したくない。

2018-10-14

anond:20181012151734

ブログは何年も書いて(は辞めて)来たけど、正直

ここまで早急な反応があったのは初めて。

メンズセラピストってやっぱりキャッチーなんだな。

方言があるとのご指摘を頂いて、思わず入念に

読み返してみたけど、どこにあるのか分からなかった。

自分書き言葉は、標準語だと思ってた。。

ちなみに北海道ではない。

後日談は、来月になる。

あしからず

2018-10-11

anond:20181011113011

三重県出身だけどイラッとしたわ。このわざとらしい三重弁。

三重弁は話し言葉であって書き言葉じゃねーよっていいたい。

2018-10-06

自分しか使っていなかった表現

「疑い疑う」「謝り謝る」「眠り眠る」「歌い歌う」のような動詞を重ねる表現書き言葉として使っていた。意味は「深くーする」という意味で書いていたのだが、ある人から意味がわからないと言われた。確かにgoogletwitterキーワード検索をしてみても使っている人はいなく、意味が通らないのも仕方ない気もする。これまで私が書いてきた重ね動詞を見させられた人は、何となく意味がわかったのだろうか、それとも瑣末なことだからスルーしていたのか。

ちなみに中国語動詞を2つ重ねる表現があるらしいが、「ちょっとーする」という意味になるらしい。

2018-09-15

anond:20180915211627

“文才がある”っていうのは“喋りが上手い”の言い換えに過ぎない

書いてあることの意味がわからない。言文一致のあたりから、よりわからない。

たぶんあなた言文一致が何なのかを理解していない。

話し言葉書き言葉が分離していくとは何だろうか。

最後まで読むと、話し相手いるかいないか、が分離をうながす要因、と読める気もする(忖度)ので、

そうであればなかなか興味深い指摘である

文章を書くことは、大まかにつの行程に分けられる。

1、どのようにして書く材料を見つけるか。

2、頭の中にストックした材料いかにうまく言語化するか、いかうまいタイミング言語化構成)するのか。

書き言葉は1→2だが、

話し相手がいる場合は、1→2であったり2→1だったり、1→1→2だったり流動的であると言うのならば、

わりと話し言葉書き言葉の違いについて面白いことを言ってると思うが、

……全部わたし忖度じゃないか……!

“文才”の正体

「この人は文才がある」は「私はこの人の言っている事が良く分かる」の究極の言い換えに過ぎない。だから評価されたいのなら)大多数の大衆理解できないような難解な文章を書いても意味が無いのだ。少し具体的に言うと、文才文才持て囃される増田は全て「難しい言葉が一つも使われていない」っていう共通点があったりする。これは俺が見てきた限り100%そうだった。そりゃそうでしょ、最初に出した大前提の為には「言葉意味が分からない」なんて一番ダメからね。

あともう一つ。「文才がある」と言われる人は大抵「喋りが上手い」ってこと。例は古いけど松本人志とか永井先生とかがそうだった。だから“文才がある”っていうのは“喋りが上手い”の言い換えに過ぎないのでは?とも思っている。話し言葉書き言葉は分離していく性質があり(だから言文一致運動なんてもの必要になる)、「文才がある」だなんてその書き言葉の技巧を褒めているように見せかけて、実は話し言葉としての技巧の方しか褒めてない…というのは面白いな、なんて思う。

まあ、喋りが上手い(口頭での説明が上手い)奴って大抵、相手の頭の中に今どんな絵ができてるか正確に把握できてて、次に自分がこの一言を発するとその形がこう変わる…、というのを理解する想像力に長けているので、その能力の有無こそが問題なのかも知れないが。

2018-08-26

世論調査バイトをした

質問文が「電話で読み上げることほんとに想定してる?」みたいな文ですごい辟易した

1問目は短い設問に対して yes / no で答えられるのに、2問目から設問も長けりゃ選択肢も長いし多いしゴリゴリ書き言葉

せめてわかりやすく言い換えさせてほしい

認知症一歩手前みたいなお年寄りに「簡単ですから」ってゴリ押しして始めてるのになんだよこの気遣いもクソもない質問

そもそも質問が多い

淡々と読み上げろって言われたって、こっちは折角繋がった電話を途中で「長いし意味わかんないからもういいです」って切られないように必死なのに

はあ

2日間の単発だったのに今日寝坊たからそのままバックれちゃった

1日分の給料もらえるのかな

タイムシートファックスするのも気まずいんだが

電話は全くかかってこない、快適

2018-08-24

増田自分うつす鏡か

普段クソみたいな増田ばっかかいてんだけど、

すごくがんばった増田にたいして素直な称賛を送る素直な増田書いたらなんか自分でもそういう気持ちになた

言霊っていうけど、書き言葉でも多分あるよそういうの

ひねくれてけなしたりバカにしたり見下したりすることばっか書いてたらそれに引っ張られて自分もどんどんそういうふうになっちゃうし

そこんとこ気をつけたい

目標はmsdbkmさんみたいになることです!おー!

2018-08-09

いただけるでしょうか

依頼の文面で「〜(して)いただけるでしょうか」を使う同僚がいて、見るたびに違和感を覚えていた。

書類を頂けるでしょうか」

「教えていただけるでしょうか」

「返却いただけるでしょうか」

などが用例。この人は会話でもこう言う。最後の例は「ご返却」としてほしい。

「いただけるでしょうか」ググってみたらそれなりに使われている。例えば「ご理解いただけるでしょうか」とか。これはなぜか違和感があまりない。しかしよくよく検索結果を見ると、依頼ではなく質問ばかりだ。あるいは、質問の体だけど答えは求めていない投げかけが多い。やはり依頼の「〜(して)いただけるでしょうか」は珍しいのではないか

動詞終止形に「でしょうか」が付いているから変なのかと思ったらそうでもない。

「まだ使えるでしょうか」

「雨は降るでしょうか」

これらには違和感がない。どちらも質問だけど。

自分は「〜(して)いただけますでしょうか」を使う。経験的に、他の人もよくこれを使っていると感じている。念のためこちらもググってみたら、誤用として複数ビジネスマナー指南サイトで紹介されているようだ。「ます」「です」が二重敬語なのだと。なるほど。

はいえ、検索上位にくるのは薄っぺらなページばかりで、これなんて特に酷い。

https://www.rirekisyodo.com/study/doublehonorific-point.html

日本語論理も内容もおかしい。こんな記事にとやかく言われたくない。

このページも酷い。

https://careerpark.jp/53907

「いただけますでしょうか」は二重敬語から NG と言いながら、「よろしかったでしょうか」は相手への配慮から OK とか。実際に NGOK かは別としても、この論理でよく記事にできたなと思う。

そしてこの「専門家」とは誰なのか。その専門家に「いただけますでしょうか」について聞くことはできなかったのか。まあ、そこだけ何かを読んで適当にぼかして引用したのだろうけど。

ここで感じたのは、「〜(して)いただけるでしょうか」は、こういったゴミみたいなビジネスマナー指南に従って「〜(して)いただけますでしょうか」を避けた結果として使われているんじゃないか、という疑問だ。

以下について知りたいけれども、検索だけでは答えが出そうにない。

1. 依頼の「〜(して)いただけるでしょうか」は昔から使われていて、これがむしろ自然だという人がいるのか。

2. 依頼の「〜(して)いただけるでしょうか」は「〜(して)いただけますでしょうか」を避けた結果という仮説は正しいか

3. 「〜(して)いただけますでしょうか」は、専門的にはどういう扱いなのか。

皆様のご意見、ご感想をお寄せいただけるでしょうか。

追記

そういえば便利な日本語コーパスがあったのを思い出した。

KOTONOHA 現代日本書き言葉均衡コーパス

少納言

http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/

まず「ますでしょうか」で調べてみた。「いただけ」は二重敬語の指摘に関係ないので。検索対象からヤフー国会会議録は除く。かなり例が出てくる。有名な執筆者ソースを幾つかピックアップしよう。

山本周五郎「人は負けながら勝つのがいい」1998

山﨑豊子「沈まぬ太陽」1999※

安部公房「方舟さくら丸」1984

京極夏彦本朝妖怪盛衰録」2003※

赤川次郎人形たちの椅子」1992

村上春樹東京奇譚集」2005

宮部みゆき「誰か」2003

曽根綾子「この悲しみの世に」1986

ここには、依頼でなく質問の「ますでしょうか」の例も含まれる(※印)。でも二重敬語が駄目なら依頼・質問区別関係ないだろう。

さて、「いただけるでしょうか」を検索たかったが、検索文字列10 字までということなので「けるでしょうか」で検索した。例はかなり少なく、依頼の用例はさらに少ない。とはいってもゼロではないこちらも有名どころを挙げておこう。

瀬戸内寂聴「女人源氏物語」1999

陳舜臣陳舜臣全集 第1巻」1986

というわけで、ここまでの個人的結論としてはこうだ。

1. 「いただけますでしょうか」は、文法的な是非はともかく、今後も自信を持って使っていいといえる十分な用例がある。

2. 「いただけるでしょうか」はそれなりに古い用例が存在するので、とやかく言うほどではなさそうだ。

2018-07-10

ネットっていうか書き言葉ってブラックジョークとか通じなくてつまんないよな

2018-05-29

anond:20180529165152

北海道に転勤になって、男の人が だわ を使うことに

まだ慣れなくていつもビミョーな気持ちになる。

知り合いのFBで、書き言葉でみると余計ビミョー…

2018-05-04

anond:20180503222855

本職 (官僚書き言葉で使うやつ。大企業の中堅どころあたりも使う?)

2018-05-02

anond:20180502104046

横だけど、キーボード入力で書く文章と、手書きで書く文章って変わってくる。

それに、そもそも書き言葉口語全然違う言葉から仕事使用する文書作成発声して音声入力するのは、手書きキーボードよりも脳の訓練が必要になりそう。キーボード覚えた方が早いんじゃ的な。だから、音声入力ビジネスでも主流になるとはちょっと思いにくいんだよなー。

逆に単なる訳し屋みたいな職業は無くなるだろうなぁと思った。学生時代先生に頼まれて下訳のバイトしてたが、あんなのもういらないんだなぁとか。

ただし仕事交渉では専門知識があるビジネス通訳の方にお世話になっているから、これも完全に人力じゃなくなるのはまだ少し先かなぁとも思う。

2018-03-17

となりで中年男性がうら若い女性恋愛相談している。

男性大学教員で、学生恋愛をしているらしい。

それはいいんだが、その男性の喋り方がすごく書き言葉

書き言葉ってか全部説明口調。すっごい腹立たしい、冷静ぶってんじゃねえよって思うわ。

あと赤裸々すぎる。無理。きも。

2018-03-08

anond:20180308144511

話し言葉書き言葉ほど整然としていないのは当然で、「彼の説明そのままコピペしたら伝わらなかった」のも仕方ない。

たとえばインタビューを音声から書き起こして、意味を変えないまま分かりやす文章にするのには、ちょっとしたスキル必要になる。

はいえ、もちろん単なる説明下手の可能性も十分にありうる。

いちばん良いのは、聞いたその場で「これはこういう意味だよね?」と確認することだが。

2018-03-06

anond:20180305223557

正しい正しくないの問題ではなく書き言葉だと同じ文字が続いて目が変になるとかそんな理由しかない。

なので使いたいなら「違和感を感じる」と書いてもいいのだけど、書いてみた文字を見てしっくりこないなら「違和感をかんじる」と片方を平仮名にしたりとかすればいい。または、「違和感を覚える」と書いて「覚える」に「かんじる」とよみがなを振るとか。

2018-02-26

ら入れ言葉

ら抜きの方が可能意味限定されて誤解が減るので本当は書き言葉でも積極的に使いたいんだけどそうもいかなくてつらい。

可能と受け身と尊敬が混ざってるって、意思伝達のツールとして考えたら「ら入れ」の方がむしろ欠陥で不適切だろ。

2018-02-25

チカイケ秀夫さんの文章添削する

チカイケ秀夫さんの文章話題になっていたので、添削してみる。

改善案も良い文章ではないが、少なくとも意味が通る文章にはなっていると思う。

というか、自分も作文が得意ではないので、トレーニング代わりに添削した。

今も「UI/UX」の議論が増えていますが、日本人が好きな表面的な手法からそもそもの深い部分の議論になっているのは、すごい良いと思っています。  


今も…冒頭に副助詞「も」があらわれ、混乱させられる。「今も」ということは、「UI/UX議論」が以前から続いており、今も議論が盛んであるという主張が読み取れるが、「UI/UX議論が以前から続いている」という文脈自明ではない。少なくとも、同じ文章中で文脈を共有していなければ、「も」は使うべきではない。

増えていますが…接続詞「が」を順接の意味で使っているため、やはり混乱させられる。「が」には逆説の意味もある。そのため、「が」を逆説と捉え、「増えている」ことに対する否定的な内容を想定した読者は、ずっこける。

すごい良い…「すごい」も「良い」も形容詞であるため、書き言葉としては好ましくない。「すごい」を副詞に置き換え、「すごく良い」ならば許容できる。なお、好みの範囲ではあるが、くだけた文体でなければ「すごい」の使用は避けて「とても」や「非常に」などを使う方がベター

と思っています…「すごい良い」は筆者の主観なので「思っています」は自明。使わなくてよい。

改善案

今、「UI/UX」の議論が盛んに行われています

日本人が好きな表面的な手法からそもそも本質的な部分へと議論が深まっているのは、とても良いことです。

特にIT業界が「UI/UX」が盛んに見えますが、そもそも議論が「アプリ」「WEB」に限定されており、狭義の議論になっているので、本質的な話をしないとこの問題解決できないと思っています



IT業界が「UI/UX」が…格助詞「が」が連続して使われ、読みにくい。

見えますが…この「が」は逆説として機能しているが、前の文章に対して問題を提起する文章であるから、文頭に逆接の表現を置かないと、不意打ちの印象を受ける。

この問題…「この問題」が何を指すのか不明瞭。「アプリ」「WEB」における「UI/UX」の問題なのか、狭義の議論が行われていることの問題なのか。

改善案

一方で、特に議論が盛んなIT業界においては、「UI/UX」は「アプリ」「WEB」についての話に限定され、議論の幅が狭くなっています

本質的な話に立ち返らなければ、個別問題解決できないでしょう。

私自身も以前はカスタマージャーニーなどもやっておりましたが、マツモトキヨシロゴデザインをしたデザイナー小谷中さんと、地元千葉で縁があり一緒に仕事をさせていただいた時に、施設パンフレットデザインを見せた際に言われた、『現場に行ったみた?』 が今でも忘れられない一言です。


カスタマージャーニーなどもやっておりましたが…カスタマージャーニーなどをやることが「狭義の議論」に拘泥することだと読み取れるが、筆者にとって自明のことも、はっきりと文章中で言及する方がよい。そうしないと、本文の趣旨から外れる部分でつまずく、あるいは噛みつく読者(例:「カスタマージャーニーって?」「いや、カスタマージャーニー本質に関わるだろ」など) があらわれる。

やっておりましたが…順接。

地元千葉書き言葉としては「地元である千葉」とした方がよい。また、「地元千葉という同郷のよしみで仕事をすることになったのか」「単に筆者の地元である千葉で一緒に仕事をした」のか不明瞭。

現場に行ったみた?』…タイトルにもなっている、本文のキモであるしかし、「カスタマージャーニーなどやっていた」「マツモトキヨシロゴデザインを手がけた小谷中さん」「縁があって一緒に仕事をした」など新しい情報が詰め込まれた一文に埋もれてしまっている。太字の決め台詞タイプミスしているのも勿体ない。

今でも忘れられない一言…忘れられないのみならず、この一言UX本質を突くものだと明記しないと、のちの文章で面喰う。

改善案

はいえ、私自身もカスタマージャーニーなど細かい手法論に囚われた時期がありました。

そんな私に、UX本質を気づかせてくれたのは、デザイナーである小谷中さん(マツモトキヨシロゴデザインを手がけた)でした。

以前、縁があって地元千葉で一緒に仕事をさせていただいたとき施設パンフレットデザインを見た小谷中さんは私に向かって、次のように言いました。

現場に行ってみた?』

まさに、UX本質を突く一言でした。

デザイナー小谷中さんは、マツモトキヨシハウスデザイナーとして、1951年ロゴ制作(VI)などをしておりましたが、当時はUX言葉はあるわけではないです。



デザイナー小谷中さん…「デザイナー」は既出

マツモトキヨシハウスデザイナーとして…ほぼ既出

1951年ロゴ制作(VI)など…やはり、ほぼ既出。なので、小谷中さん初登場時に付加情報としてまとめるか、当時から色々と活躍していたということを強調できる形に変えた方がよい。

UX言葉…ここに至って、読者は前述の『現場に行ってみた?』がUXにまつわる言葉であると把握できる。なので予め、前の文章UX本質を突く一言だと明示する方がよい。また、「UX言葉」が「UXにまつわる議論」なのか「UXという用語」なのか不明瞭。

UX言葉はあるわけではない…「わけではない」は特殊事情、状況、理由がないということを表す。「当時」は「UX言葉」がない状況が一般的だったと想像できるので、「わけではない」よりも「ない」と言い切ってしまった方が読みやすい。

改善案

小谷中さんは、当時、マツモトキヨシデザイナーとして活躍しており、UXという言葉流行る以前からUX本質を見抜いていたのです。

施設パンフレットが並んでいる場所に行って、どのようにパンフレットが並んで、もちろん1つだけではないので、複数並んだ時に、どう見えるのか、目に止まり、手にとって見てもらうために、こういう表紙のデザインが良いなど、現場に行って考えている事です。


場所に行って―中略―目に止まり、手にとって見てもらう…場所に行くのはデザイナーである。目に留まるのはユーザーである。手に取って見てもらうのはパンフレット、またはそう仕向けるデザイナーである主語を明示しない、ひとつながりの長い文章となっているため読みにくい。

考えている事です…非常に厄介。「考えている」とあわさって、「事」が指すものをどう捉えるか。「現場に行ってみるとはどういうことか」ということ、あるいは「小谷中さんが実際に施設に行って考えていた」ことのどちらかを表現したいと思われる。

改善案

小谷中さんがいう「現場に行ってみた?」とは、つまりデザインを、現場視点で考えたかということ。

施設パンフレットであれば、実際にどう並ぶのかを直接、目で確かめる。

複数並ぶパンフレットを見て、ユーザー目線意識しながら、目をひき、手に取ってもらえるような表紙のデザインを考えるということなのです。


米国の有名なデザインコンサルタント会社IDEO」が、地下鉄の駅にある自動販売機の売り上げをアップして欲しいと依頼されたときに最終的には、『自販機の上に時計を置く』と提案で、実際に売上、顧客問題解決しました。



IDEO」が…「小谷中さんの話」から、「IDEOの話」へと切り替わる文章である。ここで重要なのはIDEO」ではなく、あくまで「IDEOソリューション」なので、「が」ではなく「は」の方が自然な響きとなる。

例:「IDEO」は倒産した。→倒産したこと重要情報 「IDEO」が倒産した。→「IDEO」が重要情報

提案で…「という提案で」または「と提案して」

売上、顧客問題…売上の問題顧客問題に含まれる。「顧客問題」とのみ書けばいい。あるいは別の形のソリューション区別するために「売上を増やし、顧客問題解決」と書く。

改善案

米国の有名なデザインコンサルタント会社IDEO」は、地下鉄の駅にある自動販売機の売り上げをアップして欲しいと顧客に依頼された際、『自販機の上に時計を置く』と提案して、実際に売上を増やしました。

このソリューションも、IDEOスタッフ地下鉄の駅で、自販機で買う人 (あるいは買わない人) の行動をとにかく、ただひたすら、観察し続けた結果からまれものです。


まれた…一般的に「産」は出産など、生命の発生に使われる。「利益を産む」とは書かないように、ソリューションも「生む」と書く方が自然。ただ、「ソリューションは産むものだ!」とこだわりがあるなら別。

改善案

特になし

今の狭義のUIUXなら、クライアントの売上を上げたい課題に対して、ディスプレイをどうしよう、ボタンの配置をどうしようなどの話になると思いますが、IDEOソリューションは、現場ユーザーの観察(行動)からまれものです。



改善案

今の、狭義のUI/UX議論では、売上を上げたいというクライアント課題に対して、ディスプレイをどうするか、ボタンの配置をどうするかなどの話になるでしょう。

一方、IDEOソリューションは、現場ユーザーの観察(行動)からまれものです。

ブランディング立場で言うと『ユーザーの顔』が見えない事です。本質的には『ユーザー笑顔になっているか』です。


本文中、最もAIっぽいというか、言葉が足りなくて何を言いたいのか分からない部分。

この2つの文はどういう繋がりになっているのか、言葉に間違いはないか、不足はないか、誰か教えてください。

改善案勝手な推測に基づく)

ブランディング立場からすると『ユーザーの顔』が見えなければまずい。

UX/UI議論とは、本質的には『ユーザー笑顔になっているか』を考えるということです。

企業都合で話が進んでいて、アプリ/WEB制作が前提ではなく、『ユーザー笑顔になる』体験を一番に考えるなら、時にはアプリ制作をやめて、他に予算をかけるなどができることです。



は?

改善案

企業都合で話が進んでいるとしても、アプリ/WEB制作を前提とせず、『ユーザー笑顔になる』体験を一番に考えるなら、ときにはアプリ制作から離れ、他の施策予算をかけることもできるでしょう。

今のCDO(最高デザイン責任者)の議論も、IDEOのような提案ができるかです。もっと言うと、これからCDO(最高デジタル責任者)が本流となります



ふーん

今のIT業界UI/UXは、アプリ/WEBサイト議論で「IT革命」に並ぶ、これからデジタル革命』の流れでは、WEB/リアル関係なく『UX=すべての顧客体験』を、制作会社UXデザイナーは、考えないといけなくなります



今のIT業界UI/UXは、―中略―制作会社UXデザイナーは…主述が迷子

改善案

今のIT業界においてUI/UXを考える場合、「IT革命」に並ぶこれからの「デジタル革命」の流れでは、WEBリアルの垣根を越えて、「UX=すべての顧客体験」ということを、制作会社UXデザイナーは突き詰めるべきです。


おわりに

チカイケさんは単に文章を書くのが苦手なだけかもしれない。

より問題の根が深いのは「チカイケさんの文章全然OKと思う人」だろう。

読める文章と読めない文章区別がつかないということは、全て雰囲気で読解しているということだろう。

「まあ、なんとなく言いたいことわかった」みたいな。

論理を重視し厳密に書かれた文章、あるいは誰にでも分かるように平易に書かれた文章も、おなじように我流の読みで解釈するのだろう。

そういう人々と仕事で一緒になると、地獄を見る。

自分同類にならないよう、読み書きの努力を重ねたい。

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