「一朝一夕」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 一朝一夕とは

2018-09-19

雑記

いつだったか。いつだったか果てしない夢を見た。

ステージで輝く彼ら、彼女らは誰を見ても素敵で、

目を奪られる様々なイラストは狂おしいほど美しくて、

紙に綴られた物語はいともたやす不思議世界へ彼を突き落とした。

僕もそんな、誰かを、誰かを動かすような何かをしたい、作りたい!

そんな単純な夢だった。けれど彼は努力を知らなかった。一朝一夕で身に付けられるものではないとわかりながらも、わずかな時間に積み上げられるモノの少なさに、単純なその量に心が折れた。

果てしない積み重ねの最後にようやく至れる領域に思いを馳せながら、その彼我の距離絶望したのだ。

一日1mmの前進一年でどれだけ進むかと考えられず、感じられなかった。

折れた心は希望を捨て、歩くことを止めてしまった。

情熱は枯れ果てた。

必死に頑張っても方向が違えばやってないのと結果は変わらない。そんな、くだらない思想の元に毎日毎日毎日毎日、それこそ積み上げて3年間腐りに腐った彼に現実が隔たる。

努力することを知らない彼に、当前のように苦労を積み重ねる彼らが信じられなかった。

努力の先を知らない彼に、自分より先に進んでいる彼らとの差が何かわからなかった。

努力した後に残るものを知らない彼に、彼らの見ているものは見えていなかった。

向ける情熱の先が違ったらちゃんとできるのに。

情熱なんてなかった。

地頭いいんだから頑張れよ。

何をもってして良いと判断してるのかわからなかった。

他の人に失礼だと思わなかったのか。

失念していたよ。何も言えないね

ここまで目標に頑張りましょう!

その目標は僕には遠すぎるよ、先生

あと少しなんだから打ち込んでみたら


一生懸命に生きるってなんだろう。

全力を尽くすことは阿呆で、努力天才のための言葉で、馬鹿な僕には関係のない縁もゆかりもない異国の言葉に過ぎないはずなのに。

うすっぺらな自分の、何もない道程に今更すぎる後悔だけが、積もって重なって

もう先も見えない。

夜の吹雪に飲まれたように、進む先は見えなくて。

暗い森の奥深くのように、行くべき先はわからない。

方位磁針はとっくに壊れて、怪我はないのに足は動かない。

体力はちょっと足りないかもだけど、でも進めないわけじゃないはずなのに。

なんで、こんなに苦しいのか

ちょっとずつしか進めないときに何度も何度も夢を見ていた。理想自分、なりたい自分

何かできるようになりたいとは思っても、どうすればなれるのか、何をすればなれるのか知りもしなければ、調べも、教えを乞うこともなかった。

無知だった。教養のなさとはこのことだ。

一生懸命生きることが、積み重ねることであるならば、その先に僕は何かを見ることができるのだろうか

今はまだわからない。

2018-08-08

皮膚科だって男が欲しいんだよ

俺は大学勤務医してる卒後10年の皮膚科医なんだけど。女医がよく行く科としてあがる皮膚科でも長く働けて肉体的にもキツイことがこなせる男が欲しい、切実に。

皮膚科ってさ、一見楽そうに見えるしそう聞くじゃん?

開業医のクリニックかなんかで皮膚診て、塗り薬渡されて終わり、って経験みんなあると思う。でもさ、大学病院にいるとそういうケースだけじゃないの。

皮膚科とか眼科みたいな科は内科治療外科治療自分の科で行うんだ。それで当たり前だけど皮膚にもガンって発生するのね。それに火傷とかで皮膚を植皮する人もいる。だから皮膚科だって実は大きい手術があるんだよ。

5mmくらいの皮膚を切り取る、いわゆる生検くらいなら入局してすぐ何件か経験するし、簡単採取キットもあるからみんなすぐできるようになる。

たださっき書いた癌とか植皮はやっぱり入局したてのやつが一朝一夕でできるかって言ったらそうはいかない。植皮なんて術後の審美性に直結するからどう切るか縫うか事前の知識経験がそのまま直結してくる。だからね、俺たちのところは執刀医は俺、助手若い医員を入れて、次世代教育もしつつ患者さんにとっても満足のいく仕上がりになるように努力してる。

さて問題は、そのいわゆる執刀医ができる人間が今のところ医局では俺しかいないってことだ。俺は皮膚外科を専門にしているんだけど、他の助教はみんな皮膚内科で「切る」のは専門じゃない。俺より10才上の講師悪性腫瘍には精通しているんだけど、地位が上がってくるといつもいつも最前線にいるってわけにもいかいからさ。だから切るのはいつも俺。切った後に経過を見る主治医も俺。切る前にアナムネ取って説明するのも俺。

うちの皮膚科に入局した人は基本的に将来皮膚内科に進んで、アトピーとか膠原病を専門にして飯を食ってく。医局入りたての頃に一緒に切っても皮膚を貼っても最後はみんな皮膚内科で、一緒に皮膚外科を盛り立てていこうっていうやつがいないの。しかたないよな。手術室に長い時間籠って手術するのも、外来で皮膚診て塗り薬出すのも給料一緒だもん。いや、皮膚内科馬鹿にするつもりはないよ、診断つける時似たような発疹を見分けるのにはやっぱり経験値もいるしさ。でもね、傍から見たら皮膚内科に流れちゃうよ。誰だって肉体的にきつい仕事は嫌だろう?

それにもう一つ。皮膚外科で結局開業することはないってこともある。クリニックでは生検はするとしても、いざ植皮とか悪性腫瘍摘出手術となったら大きい病院に送るからいくら外科スキルを磨いても、将来開業するとなったらあんまり役に立たない。それよりきっちり皮膚内科を臨床研究から学んでおいて「当院はアトピー性皮膚炎に強いです!」と触れ回る方がよっぽど集客力があるからね。となると皮膚外科医が輝ける場所は忙しくていつも人員不足大学病院飼い殺し、が現状なんだよね。

皮膚科特に女性が多いか福利厚生は他の科に比べたら手厚くて、学会としても女性の働きやすさを推進している。消化器とか循環器とも違って急変も少ないし働きやすいのも分かる。それはいいことだと思うよ。ただ女性男性より現実を見る分皮膚内科に進んで、将来は育児しつつまったりやりたいです、パートナー開業も考えていますなんて人が多いから、皮膚科内でも分野ごとに偏りが出ている。学生にも分かるみたいで「先生いつも手術日は術野にいますけど、先生がいなくなったらうちの大学の皮膚外科って成り立たないんじゃないですか?」って質問されたこともあったな。そういうキツイ分野は聡い学生ますます敬遠するから、今後皮膚内科は増えても皮膚外科は増えないんだろうな、って俺は思ってる。

この歪みを解決するにはやっぱり「マンパワーを増やす」と「それなりにキツイ労働には対価を」が必要だと思う。

前者はいわずもがなだな。フェードアウトする人材より長く働いてくれる人材を登用すべきだ。後者についてはお金で全てが解決できるわけじゃあないけど、自分が頑張った成果が目に見えて分かるのが給料から。俺も同期よりもうちょっと貰ってもいい働きをしていると思うんだ、甘いかな。

去年は男が3人入局した。珍しいことだよ。皮膚科に、男ばっかり、3人も、なんて。だから自己紹介されてこれから一緒に働きますって言われた時はすごく嬉しかったな。

今は一緒に術野に入ってもらって切って貼って縫ってを毎週1人1回は助手として経験させている。

この中に一人でも皮膚外科として芽が出たらいい、そんなことを思いながら俺は手術台の前に立っている。

2018-07-08

三島由紀夫金閣寺」について


金閣寺』という小説が何を表しているのか、単刀直入に語るとすればどのような言い方になるだろうか? それについて敢えて率直に語る事はすまい。

 とは言え、勿論その文章の中心的な部分は割に簡単言葉で表す事ができる。つまりは「美しさ」と「地獄」という二語によってである。ただし、これだけだと余りにも簡単説明でき過ぎてしまう。実は、金閣寺はこの二語のみによって説明できる小説なのであるが、それではあまりにもざっくばらんすぎて、説明が詰まらなくなってしまいかねないのだ。その為、少しだけ読者を焦らす事にする。


 金閣寺1956年雑誌新潮』に掲載され、年内に単行本化し15万部のベストセラーとなった――また、現在に至るまで文庫を中心に300万部以上を売り上げる日本の伝統近代文学の内の一つである海外においては複数言語翻訳され、日本文化を緻密に描いた三島由紀夫文章は各地で絶賛を浴びた作品でもある。しかし、無論この小説には難しい部分がたくさんあって、一朝一夕で読み解くにはハードルが高い。

 しかし、繰り返すようにこの小説は二つのポイントをさえ押さえるならば十分に理解することができる。

 つまりは「美しさ」と「地獄である

 この言葉はあまりにもこの小説を語る際に便利過ぎる。

 金閣寺は美しさの象徴であると同時に地獄象徴であった。これが三島由紀夫がこの小説において語ろうとしていた全てである小説金閣寺』は1950年に発生した、青年僧侶による「金閣寺放火事件」を下敷きにしており、三島由紀夫はこの青年僧の犯行根底に「美への反感」があることを読み取った。そして、そのコンセプトを元に書き上げられたのが、当の大作『金閣寺』なのである


「美への反感」。

 つまり、人は美しいものを時に憎むのである。そのような感情一言に言って地獄の現出に他ならない。

 何故ならば、人は美しいものに中々なれないかである

金閣寺放火事件」の主犯となった青年は幼少より吃音の症状を呈しており、恐らくそ吃音症は彼の人生に薄すらとした重たげな影を投げかけていた。

 吃音症は美しいか否か、と語るとするならば、恐らく人は吃音症を称賛するよりも嘲笑するだろう。いや、これもまた偏見なのかもしれないが、少なくとも三島由紀夫はその吃音の症状一つ取るに、青年僧の人生に降りかかる薄すらとした影の姿をまざまざと感知したのであった。そして、青年僧は自身が美という観念からはやや隔たった存在であることを自覚すると共に、美に対する拭い難い憎しみの存在を抱え続けることになるのである。――自身の美への憧れの象徴として、自身父親から長く「美しい」と語られていた金閣寺存在を、憧れと同時に、憎悪対象とし始めるのである。やがて、青年僧は最終的に犯行に及ぶ――金閣寺放火し、その美の象徴たる美しい建造物を、焼き払ってしまうのであった。

 美に対する憧れ、そして憎しみ、そのような薄すらとした影が、青年僧の人生には降り掛かっていた――これが、この金閣寺という小説を書くに至って、著者である三島由紀夫本人が青年僧に対して抱いていたイメージ重要な箇所であるだろう。そして、もはやこれは自明のことであるとは思うのが、その薄すらとした影――つまりは「美への反感、憎しみ」――とでも言うべき影は、三島由紀夫人生のものをも固く包み込んでいたのである

 三島由紀夫本名平岡公威(ひらおかきみたけ)は1925年に父、梓。母、倭文重(しずえ)の元に生を享ける。

 幼い頃は虚弱体質であった三島が、長じてからは肉体強化のトレーニングに励んでいたことは周知の事実であろう。

 三島心中いかに「美」に対する執着と、そして同時に反感とが存在していたか推して知れることである小説仮面の告白』においても語られていた通り、三島由紀夫心中には鬱々たるものがあった。そして同時に、そこには複雑な、文章によって表現することの憚られるような感情が幾つも幾つも存在していた。恐らく、彼はそのような歪な感情存在する理由を、人生において追究していたに違いないと思われる。

 でなければ誰があん小説を書こうとするであろうか?

 ともかく、三島由紀夫はその人生において複雑な美意識を持っていたし、同時に、その美意識に対する反感を抱き、自分自身感情を飼い慣らすことに苦労していた――そこには美に対する憧れと、同時に美に対する反感、そして美を中心とした地獄があった――これはおおよその三島由紀夫研究者が抱いている彼に対するイメージであろうと思う。三島由紀夫は彼の小説において、彼の人生のものを率直に表そうとしていた。彼の人生というものは、恐らくは彼の書いた小説以上にわかやすものだったのかもしれない。


 金閣寺の作中において、柏木という名の登場人物が現れる。この人物は跛足であり、つまりは歩行に困難を抱える身体障害者であった。

 そして、小説金閣寺』においては明確にこの人物が、当小説における極めて重要な部分を語る鍵となっているのである

 作中における柏木キャラクターについてはここでは敢えて詳細に語らないが、しかし彼が主人公青年僧に対して口にしていた、『金閣寺』という小説の根幹を成す極めて重要台詞について語ることにする。それは、以下のような台詞であった。

地獄の特色は、すみずみまで明晰に見えることだ。しかも暗黒の中で!」(文庫金閣寺、p.129)

 柏木というキャラクターはいわば「地獄」に関する伝道者としての役割果たしている。「地獄とは暗闇の中で一切が明晰に見えることである」。この言葉意味曖昧模糊としている。そこには、語るまでもなく明らかな矛盾がある。暗闇の中では一切が曖昧で、決して明晰になど見えはしないのだ。しかし、このような矛盾物語の後半において一挙に解消されることとなる。そう、ここにおいて柏木の語った一節は、当小説重要テーマである金閣寺の「美的側面」、ひいては、金閣寺の「地獄としての側面」に対して、判明な解答を与える重要キーワードであるのだった。


 飛んで、物語の後半。主人公青年僧は、ついにその目的を実行に移そうとしていた。

 彼の中にある美への憧れの根源――金閣寺存在のものを一挙に焼き払おうというのであるしかし、時刻は夜であった。そこは全くの暗闇であり、暗黒であった――。しかしそれでも主人公の目には、暗闇の中にある筈の金閣寺がまざまざと視認され始めるのである

 そう、正に「暗黒の中で」「すみずみまで明晰に」金閣寺が浮かび上がったのだ。

金閣寺は雨夜の闇におぼめいており、その輪郭は定かではなかった。(p.318)

が、私の美の思い出が強まるにつれ、この暗黒は恣まに幻を描くことのできる下地になった。(p.319)

ついには昼とも夜ともつかぬふしぎな時の光りの下に、金閣は徐々にはっきりと目に見えるものになった。これほど完全に細緻な姿で、金閣がその隈々まできらめいて、私の眼前に立ち現れたことはない。(同)

 そう、ここで暗闇の中で明晰に知覚できたのは、美の象徴として語られる金閣寺の姿そのものだったのである

 金閣寺はここにおいて、彼の記憶に根差した「美」の象徴として語られている。そして、同時に、かつて語られた柏木警句が浮かび上がらせるのは、金閣寺の「美」としての側面と同時に立ち上がってくる「地獄」としての側面だったのである


 小説金閣寺』は、青年僧の中に存在する「美」への屈折した感情を描き切った名作であった。そして彼はその「美」をも、「地獄」をもまた共に焼き払ったのであった。

 そこには、純粋な憧れと同時に、地獄としての大きな側面が描かれていたのである

2018-07-01

今年外科には誰も入局者がいなかった

嘘のような本当の話だ。

俺は呼吸器外科を専門にしていて今年で医者19年目になる。

昨日の人気エントリーに入っていた研修医2年目の子の話https://anond.hatelabo.jp/20180630150652を読んで俺も書こうと思った。これは俺個人意見から外科先生みんながそう思っているわけじゃない。だから批判するなら俺だけにしてほしい。

俺のころはまず初期臨床研修制度ってものがなかった。2年間いろんな科をローテーションするってやつがなかった。だから当時俺たちは卒後すぐに診療科を決めなくちゃいけなかった。俺は家が病院ってわけでもなかったから、何科に行くのも自由だった。だからこそ悩んだよ。だってまだ俺その時25才だぜ?25才で一生やってく仕事なんてそんな簡単に決められねーよ。学生時代に2週間ぽっち診療科グルグル見たってさ、たった2週間だぞ、そんなんで決められねーよ。

でさ、悩んだ挙句俺は呼吸器外科に入ったよ。入った理由はさ、バスケ部の先輩にグイグイ引っ張られてっていうただそれだけ。2個上の可愛がってくれた先輩が「外科はおもしれーぞ。俺んとこ来いよ」って飲み会の席で肩に手を回してきて「外科はいいぞ、毎日楽しい」って言うもんだから酒の力もあって俺は入局宣言した。でも別にこれは今でいうパワハラなんかじゃなかった。嫌ですって断ったらきっとすぐ解放してくれたろうし、何よりその外科を語る先輩がすごく楽しげだったんだよ。

入局してからはさ、毎日しかったよ。でも楽しかった。最初のころは丁稚奉公みたいな感じで上の先生アシスタントとしてちょこちょこ術野を動き回ってた。外科系は体育会系の熱いやつらが多くていっぱい叱られたよ。でも仕事が終わった後医局でたまに開かれる飲み会はいつもベロンベロンになっていた。みんな外科が好きで、いつもこの前ああ切った、あの時もっとああすればってのを酔っぱらいながら話すんだ。うちのとこは教授ガンガン術野に入った。雲の上の存在だと思ってた教授だったけど術野で隣にいると不思議距離が近いように感じたよ。教授大事にしている日本酒をこっそり講師先生が出してきて飲んだのもいい思い出だ。

外科のいいところは昨日出来なかったことが努力次第でできるようになるところだ。最初は教えられた外科結びを先輩に遅せぇなぁとからかわれながらやっていた。でもやればやるだけ少しずつ速くなる。今ではすっかり俺も教える側でからかう側だ。

術式もどんどん新しくなっていく。より侵襲が少なく、より速くに進化していくんだ。今は開胸よりも今は胸腔鏡手術が主要になってきた。胸腔鏡手術…VATSっていうのは胸に2,3cmくらいの穴あけてそこから細長い鉗子やカメラを突っ込んで、画面見ながら手術するんだよ。すげぇよな、胸開かなくていいんだぜ?俺も初めてやった時、すげぇな、本当に面白れぇなって思った。群馬大の腹腔鏡手術の件は医局でも結構話題になった。やっぱり腹腔鏡とか胸腔鏡ってのはすごく難しい。一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。俺のいる大学病院は週3回、大体一日2件手術があるけど、自分が入る手術はその半分くらいだ。それだけの手術じゃ上手くなりようがないか時間外にトレーニングルームに籠って練習する。でも努力した分今日やったことが明日もっと速く、正確に、できるようになる。だから俺は結構好きだし他のやつらも結構好きなんじゃないかと思う。

たださ、若いやつらはどうなんだろうな。外科系は肉体的にキツいってのは本当だからさ。俺の所属する呼吸器外科はまだ手術時間は短い方だと思う。大体3~4時間だ。胸膜癒着とかあれば6時間かになることもあるけれどそんなのはしたことじゃないさ。心臓血管外科脳神経外科なんて1日術野に籠りっぱなしだ。中には椅子がなくて座らずにサポートする先生もいる。昼食休憩や交代はあるところはある、ないところはない。だから外科先生基本的に痩せているよ、食う暇がないから。

実習生研修医はそれを見て外科に入りたいって思うのか、心配だった。俺のころとは随分違って彼ら彼女らは吟味する時間が十分に与えられている。外科を選ばなくていい理由なんか山ほどあるんだ。眼科耳鼻科皮膚科泌尿器科のようなマイナー科の誘い文句は「内科系の管理外科系の手術もうちの科は出来ますよ」だ。内科業務の合間にちょっとした手術もなんてまさにいいとこどりで魅力的な話だと俺も思う。眼科白内障の手術なんて30分ごとに患者交代で1日10件もやれる。

次に俺たちは思っている以上に開業が難しいってことだ。体力が落ちてきたら町医者開業って未来がない。いくらVATSが出来るようになっても医局や大病院を出てしまえばそんな手術できない、器具設備もオペ看もないからな。その点内科マイナー科は忙しい業務が辛くなれば辞めて開業して悠然と働けるじゃないか。賢いというか自分の将来を見据えている学生研修医ほど外科を選ばない時代がきているのだと思う。

俺の奥さんは専業主婦で家のことは全部やってくれている。俺はひたすら手術に打ち込んでて家事育児をそこまで手伝ってあげられなかった。それでもうちの奥さんは優しくて毎日アイロンの効いたシャツを渡してくれるし、息子は息子で部活のことをそこそこ話してくれる。家族に恵まれたと思う。本当に感謝しているよ。だから、もし俺がもう少し忙しくなかったら家族もっとしてあげられることがあったんじゃないか、と考えることがないわけじゃない。

成績順で上から決まってくアメリカと違って日本医師自分希望する診療科に就くことが出来る。だから一回「辛い、キツイ」って印象がついた科は敬遠される。敬遠された科は残された人の業務が増えますます「辛い、キツイ」の印象が強くなる。このまま外科に入局する研修医がいなかったら、外科世界はどんどん高齢化していく。農業伝統工業のように継承していく若者がいなかったらきっと衰退していく。内科が行う内視鏡カテーテルで診断はつきました、ただ切って治す人はいませんの時代が来るのかもしれないな。

「これ、いくらだと思う?」

術野に入る学生にはこうしてVATSの自動縫合器を見せるようにしている。一緒に入るオペ看や助手にはまたその話かって目で見られるけれど、この機械カートリッジだけでなく本体すら使い捨てで数万円~数十万だと言うと彼らは驚いた顔をする。その顔を見るのが好きだ。そうだ。俺たちはここで、最新式の機械で最新式の術式で最高の医療を届けているんだよ。こんな些細な会話が彼らの胸のどこかに刺さって、外科に興味を持ってくれたらいいと思う。俺も教授や先輩から教えられた技術経験もお前に教える、何よりさ

外科はおもしれーぞ。俺んとこ来いよ

2018-06-11

いらっしゃいませ止めたい

人手不足なのにバイトの代わりはいくらでもいると言ってバックレられた店長の話がキャリコネニュースピックアップされてた。

私も人手不足な店で働いているけどそこまで言われたら「じゃあその代わりの人に働いてもらってください。それでは」つってその場でバックレるだろうなと思った。

でもって今のバイト先では多忙を極めるなか、なぜかお客さまに目を付けられやすい。

しかしたら人影を感知したら、自動的にいらっしゃいませと声掛けする癖のせいかもしれないなと思う。

けど接客も長いので既に壊れた機械のように癖になってしまっていて、実際にバイト先のショートミーティングでは万引き防止のためにも声掛けが推奨されていて、いらっしゃいませの声掛けも間違ってはないんだと思う。

でもミーティングでは推奨するくせに誰

も声掛けなんかしていない。

私も止めたいのに止められないだけなのだ

なんならコンビニに客として行ってる場所でも店員さんと同時にいらっしゃいませを言ってしまっていて、凄く恥ずかしかったりするくらいなのだ

いらっしゃいませは推奨されているけど、社員ですら言っていないんだから止めてしまって叱られても、「では他のどなたがそれを実行してますか」と主張することは可能

ところが長年で見に染み付いた接客根性一朝一夕で直るわけもなく、ひたすらお客さまから呼び止められる。

商品の有無。

部門店員へのクレーム

正直、忙しいのにまたかよと思ってはいるのに、これまた接客根性接客してしまう。

お客

「あのさあ、○○部門のとこで店員さんに商品あるかないか聞いたら分かりませんて言われたんだけど?」

「それは申し訳ありません。どのような商品をお探しでしょうか」

お客

「○○の○○」

「そのお品に関して私は部門外ですので知識がございませんので、失礼ですが検索させて頂いてもよろしいでしょうか」

お客

「うん、いいよ。して」

持ち込み許可されているスマホ検索。お客さまは既にお怒り気味なので、更に爆発させないように対応には気を使う。

こちらのお品で間違いございませんでしょうか」

お客

「それそれ。それある?」

「当店が在庫データ管理が少々遅れているもので、現時点であると申し上げることは出来かねますので探させて頂きますね。もう一度○○部門までご一緒頂けますか」

お客

「なんで最初からそうしてくれないの」

「当店の従業員が行き届きませんで申し訳ありません」

以降、愚痴を聞きながら在庫を探し、発見するまで約数十分。

バイトの先輩

「なんで他部門の手伝いしてこっちの商品出し終わってないの。こんなことしてもらったら困る」

ちょっと常識ないんじゃない」

と30分ほど品出ししながら説教を食らう。

バイトの代わりはいくらでもいると言われたわけじゃないけど、例え他部門のことでも答えられるように勤めることと規約にあったはず。

大体なんで大型の総合店なのに商品数の在庫データ管理してないの。

人の悪口いたことをいうのも好きじゃないし、言い訳するのもキライ。

でも努力してるのに怒られるのはもっとキライ。

もうバックレていいか

本気でそう思う。

2018-06-04

社会が苦手

基本的空気が読めない人なので、女社会の「皆が感じていることを察して共感するのが当たり前」みたいな感覚について行けない。そして女社会の「共感できないヤツは仲間はずれにしていい」という暗黙のルールにも納得できない。

よく女はきちんと説明せずに察してもらおうとするが、それは甘えも甚だしいと思う。「○○してほしい」という要求とか「××のときは△△すべきだ」という自分たち世界の暗黙ルールがあるならきちんと説明しろと思う。自分常識が何も言わなくても他人通用すると思っていることがおかしいと思わないのだろうか。

たとえば職場内に嫌われ者がいるとき、「皆がその人を嫌いなのは当たり前だ」という空気が漂い、「なぜその人を嫌いなのか」「どこの部分を改善してくれたら嫌いじゃなくなるのか」みたいな議論建設的な解決方法検討はなされない。まぁ人の性格や行動は一朝一夕に治せるものではないけれど、その嫌われ者重要な決定権を握るポストにいる場合、その人を上手く転がして自分たちの望む方向に持っていくのが賢い選択というものではないのか。「嫌いだから飲み会に呼ばない」ぐらいはまぁいいとして、ただ「嫌いだからそいつの言うことは聞かない」というのは単なる子どもだと思う。

自分SNSに何か投稿すると、「イイネ!」を押してくれたりコメントを書いてくれたりするのはほとんど男性である。私は別段若くも美人でもないので、人気があると言うよりは同情票のようなものだと思っている。自分が何か女性陣の暗黙のルールに反することをやらかすと、速攻で仲間はずれにされている感じがして仕方ない。何で暗黙のルール自動的に察しないといけないのか全然納得できない。私が誰かに何か失礼なことをしたならば、はっきり「○○さんにこういうこと言ったみたいだけどそれって失礼なんじゃないの?」と言ってくれる方がまだましだと思う。

最近こういうちょっとムカっとくる事件(ささやか個人的ものだけど)が続いているので、発達障害の診断でも受けようかと思っている。「空気が読めない=悪」という価値観で生きている女どもに、「空気が読めない病気人間もいるのだ」ということを突きつけてやりたい。それで人間関係が改善するかっていうと改善しないかもしれないけど、「察してくれるのが当たり前」という価値観が間違っているのだということを分からせたい。

2018-06-03

anond:20180603121618

保守政党地域での相互扶助というコンセプトが大好きだから、何らかの形で制度化したいんじゃないかな。

子育てだけでなく、高齢化災害対策にでも役に立つことだし。

共助社会の実現ってやつね。

既存民生委員システム活用するのも良いし、今イマイチパッとしない地域型保育事業バリエーションを加えてもいい。

かに個人お金を使うのは使い方が難しいよね。

町内会単位寄付しあうとか、それを税額控除するとか、NPONGOが仕切っていくとか、いろいろできれば良いだろうけど、

一朝一夕には実現できなさそう。

今は子育て政策重要だというコンセンサスがあるので、公共セクター税金を投入して何かするのが手っ取り早い。

特に保育所が、少子化予算投入による大増設の進行で将来的には余裕ができるのが大きい。

最近保育所は本当にすごいよ。

食事なんかも管理栄養士さんがきっちり考えていて、頭が下がる。

2018-05-27

anond:20180526190630

気にされているところ申し訳ないけど、ニキビや跡はあるものの、肌の状態はそれなりに居るレベルに見受けられます

目元等見えないので顔立ちについては明言できませんが、平均的かそれほど悪くないと思います

他の方も触れていますが、堂々とした立ち振る舞いや他人への共感協調を示す態度が大切ではないのでしょうか。

ただ、髭はそられた方がよいと思います

また、頭が大きいのが悩みとの事ですが、筋トレで肩幅を増やす相対的に小さく見えます

一朝一夕でできることではありませんが、気分転換を兼ねて取り組んでみては如何でしょうか。

anond:20180526190630

気にされているところ申し訳ないけど、ニキビや跡はあるものの、肌の状態はそれなりに居るレベルに見受けられます

目元等見えないので顔立ちについては明言できませんが、平均的かそれほど悪くないと思います

他の方も触れていますが、堂々とした立ち振る舞いや他人への共感協調を示す態度が大切ではないのでしょうか。

ただ、髭はそられた方がよいと思います

また、頭が大きいのが悩みとの事ですが、筋トレで肩幅を増やす相対的に小さく見えます

一朝一夕でできることではありませんが、気分転換を兼ねて取り組んでみては如何でしょうか。

2018-04-23

セクハラは重大な問題です

しかも全政治家と全官僚に徹底した研修教育洗脳を施すまで日々の取材業務は待ってくれないのだから

まずは組み合わせの中で一番可能性と割合の高いであろう「取材男性記者女性間で起きうるパワーアンドセクシャルの複合ハラスメント」を仕組みの時点で防止できるペンスルールはとても有効

女性専用車両並みに有効

取材対象セクハラ行為を起こさないように心がければそれで済む?全政治家と全官僚が!あいつらが!一朝一夕で助平心を自制できるようになるとでも思ってんのか!急に信頼高まりすぎだろ!

2018-04-07

anond:20180401223048

私は見た目や社会的ものは人並みであるとは思うので、出るとこ出れば恋人ができるとは思っていた

← いやいや、人はそんなことで恋に落ちるわけじゃないでしょw

なんか勘違いしてない?

イケメンでもモテない人はゴロゴロいるし、かと思うと、全然イケメンでも二枚目でもない火野正平みたいなのが芸能界では女たらしで有名だったそうだし、恋とはそういうものでしょ。

では、人はどのようにして恋に落ちるかと言うと、恋愛体質(というか気質)の人にはそれはあまり自明説明必要も無いし説明できるようなものでも無いのに対して、恋愛体質でない人にとっては摩訶不思議でわけわからん、ということらしい。

そいじゃあ恋愛体質でない人は恋愛できないかと言うと、決してそんなことはないのだけれど、元々恋愛体質の人のように自然にはできないので、やり方を意識して学ぶ必要があるということかと。

ただ、それも一朝一夕には成果が出ないので、意を決してある程度の期間は熱心に学ぶ必要があるようだ。(短くても1〜2年、人によっては数年かかるとか)

から若いうちに恋愛したいなら、それなりに早めに恋愛の学びと実地経験を始める必要があるわけだよ。(もちろん30歳を過ぎてからでも可能なんだけど、それだと成果が出る頃には結構な年齢になってそう)

繰り返すけど、恋愛の学びと実地経験には意を決して熱心に取り組む必要があると思う。それも結構な期間ね。

で、そういうのが嫌な人は、お見合い結婚するという選択肢が、、、、 今もあるのかな? 知らんけど。。

2018-03-22

なぜ人々は文化に優劣がないと信じてしまうのか

https://anond.hatelabo.jp/20180320195213

この記事の追記



まず、この記事を書いた理由だが

Vtuber黎明期海外オタク(と俺)の貢献を新参のVtuberファンに知らしめる事が主目的だったのでホッテントリに入って多くの人に見てもらえたのはありがたい

ブクマしてくれた人には感謝

しかし、あまりにもアクセス稼ぎ用の煽り部分に反応する人が多かったので一応増田マナーとして反論してみようと思う


支持されていたブコメざっと見た感じ、こういった意見が主だろう

世間流行とは無縁に個々の趣味を探求するのがオタクなのだからオタク世間流行を結びつけて論じるべきではない」

こういう反応はある種のオタク像を語るとすぐに返ってくる凄くありがちなテンプレート

なので、まあ、くるだろうなとは予測していたが…

(とはいえここまでなんの捻りもないテンプレート反応が支持されるのか!?

botかなにか?キズナアイちゃんなの?これが今のはてなレベルかと思うと少し悲しい…)


さておき、このオタク像は実際正しいのだろうか?

まあ、少しでも立ち止まって考えてみれば違う事くらいわかるだろう

所詮脊髄反射テンプレ反応でしかない


「今期に流行ってるアニメはとりあえずチェックする」

というのはディープライト層問わず今のオタクならかなり一般的な事だ

古い知識こそ重要だという価値観もそれなりにはあるが

それでも新しい知識を取り入れることを是とするのもオタクだろう

オタク世間流行との関係はかなり密接なものである

ブコメで支持されてるようなオタク像とはあまり乖離している


しかしなぜ世間ではこういった「オタク特殊論」のような言説が支持されてしまうのか?


そこにはなにか、彼らの中の理想像として

世間に流されないオタク

というものがあり

その背景には

文化とは個人それぞれに価値がある相対的ものであり、優劣がつけられるものではない」

「だから世間流行に流されず個々の趣味を探求するオタク尊い

といった幻想があるように思える


この幻想は他のブコメにも現れている

マウンティングをするな!」

といった声や

文化やそれを消費する人間に上も下もない!」

といった単純な反応だ

しかしこれらの反応はあまり純粋すぎるし、現実の状況からはほど遠い


文化に優劣がないというのは明らかな幻想である

文化には間違いなく優劣がある

そして文化というのはこの優劣を競うことで発展してきたものなのだ


例えばヒップホップ文化ではよくfakeという言葉が使われている

お前の音楽スタイルはfake、偽物であり俺が本物であるというスタンスを示す言葉

そこには俺>お前という優劣で競い合い

否定の積み重ねにより文化が発展していった経緯がある

(もちろん模範、サンプリングという肯定の積み重ねもそこにはあった)


文化を支えてきた批評のシーンでは優劣をつける行為は避けては通れない

評価するもの評価しないものを選べばそこには否応なく優劣がついてしま


このように文化の優劣、マウンティグというのは文化の発展のためには不可欠なものである

はいえのこの優劣はあくま個人内の価値相対的ものしかない


では文化の優劣を示す何か客観的指標はあるのか?



一つは単純に経済の話だ

「万人に消費された文化は優れている」

たったこれだけだ

ハンバーガーコーラ理論を知っているだろうか?

ハンバーガーコーラ世界一売れている、だから世界一美味い」

なるほど確かにある種の本質はついている

よし、じゃあこの指標最先端オタクになろう


amazon円盤ランキングをチェック!人気のアニメを推さえるぞ!ニコニコ100万再生!?早く見なきゃ!俺こそ最先端オタクだ!」


…なんとまあつまらない人間だろう

これじゃあ「世間に流されないオタク」が理想となるのも無理はない

単純な数字を見て勝馬に乗るゲームなんて小学生だってできる

ミーハーイナゴセルアウト

これらの言葉はそういった勝馬乗りマンへの侮蔑言葉として存在するのだろう



この単純でくだらない指標から逃れ、新たな指標を見つけよう

そして、本当に文化価値を見極めることのできる「最先端オタク」をめざすべきだ


とある例をあげよう

ドストエフスキーが生きた時代ロシア内の識字率わずか1割であった

まり当時の殆どの人々に読まれていなかったことになる


ゴッホの絵は存命中ほとんど評価されず

彼の絵に経済的な価値がついたのは死後になってからである

有名な話だろう


ではその当時のドストエフスキー小説に、ゴッホの絵には何も価値がなかったのか?

経済ゲームで言えばそうなってしま

もちろんそんな事はないだろう


文化価値指標とは何か?

それは後世の歴史に残るかどうかである

未来で参照され後世の文化に影響を与え続けるかどうか

そこに重要性がある

これは単なる経済の勝ち負けとは違う

前例のように経済ゲームで負けていたもの歴史に残ることは十分にありえるから


この指標面白い

即物的な流行り廃りに惑わされず

本当に重要文化とは何かを見極める必要がある


しかし、ただ単に「世間流行に流されないオタク」だけでは通用しない

時には経済ゲームだって乗る必要も出てくる

何が歴史に残り、何が消えるのか、その見極めは難しい

オタクとして、趣味人としての知性、教養センス

あらゆる能力が大いに試される




さて、ここでけものフレンズバーチャルユーチューバーを例に考えよう


あのブームからすでに1年

うーん…

けものフレンズがいったい何を残したというのだろう

あれって何だったの?結局スカだったよねというのが大体の人の感想だろう

とても文化歴史に残り、後世に語られるような代物ではない


バーチャルユーチューバーはどうか?

10年後、20年後100年後と歴史に残るだろうか?

まだまだ確信できるものではないだろう

しかし日々、関わってくる才能や技術更新され話題性はつきない

ここから新たなものがどんどん産まれてくる

そういう可能性を大いに感じる

少なくともけものフレンズなぞよりかははるかに後世に残る可能性は高い



去年の今頃、

けものフレンズ熱狂していた日本オタク

ほそぼそとバーチャルユーチューバー黎明期を支えていた海外オタク(俺)


今振り返るとあきらかに海外オタク(俺)達は日本オタクに勝っていたのだ

一時的にはけものフレンズ経済ゲームでは勝っていた

しかしながら、一方で海外オタク(俺)達は数字に惑わされずに歴史を見極め、本当に嗜好すべき文化とは何かを知っていた

そしてそれは歴史に残る文化の下支えとなり

最終的に勝利した

増田が彼ら(俺)を「最先端オタク」と形容したのはこういうことなのだ



オタク最先端なんか関係なく生きてるんですー」

自分が好きなことを求めるのがオタクだ!」

ちゃんちゃらおかし

所詮負け犬戯言しかない

現実直視しろはてなーよ

日本オタクは負けてるんだよ





ps

教養あるはてなーへ

ここで書かれてる論理増田個人が好き勝手言ってる事ではなく

いろんな国内外の言説の「元ネタ」の上にある事はお気づきだろう

とすれば一朝一夕反論できる代物ではない事くらいはわかるはずだ

じゃあ何をすべきかはわかるね?

そう、今すぐバーチャルユーチューバー動画を見るんだ

ちなみに増田最近オススメは…

っとやめておこう

ぜひとも君の目で見極め、「最先端オタク」を目指してくれ

2018-03-14

anond:20180314083305

知的障害がなくて、読み書きや計算など限られた分野が極度に苦手な人もいる

職場で他の作業は軽々こなせていても、苦手分野が作業工程に含まれると困難を生じてしま

障害の程度にもよるけど、一朝一夕になんとかなるものではない

から親に放置されてる場合能力も伸ばせないし困ったとき対処法も学べないから、大変なことになる

2018-02-03

コミュ力大事だお

日本新卒就職界隈には「スキルよりコミュ力が重視される」という傾向があり,はてな村住人を始めとするコミュ障社会不適合者達は太古の昔から憤っていた.

私も若い頃は彼らのように憤っている一人だった.しかし,歳を重ねるごとに,色々な現場を見るごとに,この意識は変わってきた.

理由は以下の通りだ.

世の中の大半の仕事においてスキル必要になる場面というのがほとんど存在しない.スキルはあるにこしたことはないが,仕事でのrequirementsなんてものは入ってから勉強すれば普通に追いつける程度のものが多い.もちろん高度なスキルを要する職もあるが,そのような職にはきちんとスキルを持つ人が採用されている.「スキルよりコミュ力を重視するなんてけしからん」と怒る人達そもそも大したスキルを持ち合わせていないのだ.

そしてコミュ力複数人仕事を進める上で本当に大事だ.分かりやす性格コミュニケーションがきちんと取れる人は,多少能力が高くてもこちらの言うことをあまり理解してくれない人に比べるとかなり使いやすい.コミュニケーションが取れない人は一人で勝手に考えすぎて勝手に死んでしまうので本当に面倒くさい.

コミュ力なんてもの一朝一夕で変わるものではない気がする.恐らくコミュ力性格と大きな相関があって,暗い人はコミュ力を養う機会に恵まれネガティブスパイラルに陥りがちなのだと思う.一度このスパイラルに陥った人をすくい上げるのは本当に大変だ.だから最初からコミュ力があるやつを採用した方が楽なんだよね.

コミュ力スキルの一つではあるけども,向上させるのは大変である.他のジョブスキルはよほどのシニアでもない限り別に大したもの必要なく,故にあとで向上させてあげれば済むので楽である.この2つを合わせて考えると,お前らが日本トップレベルジョブスキル保有者でもない限り,コミュニケーション能力はクソ大事よ.

2018-01-30

anond:20180130021213

一朝一夕にそんな風潮が広まるわけがいか10年、20スパンで元々そうだったんだと思うよ。でもネットに居るような知られたら面倒な人種も少数ながら居るはず。

anond:20180130004319

あ、私は最初増田さんではなく横田なんだけれど、質問に答えてくださってありがとうございます

最後にサラッと書いてある”でも相手が話すことはよく聞く”というところが実は一番大事なのかな、と思ったり。

あと”その人が持ってる面白いところを分析”っていうのも、やってみようと思います

一朝一夕には身に着かなさそうだけど。

2018-01-19

博論審査を終えて(所感、長文)

周囲の誰にも話せないので、誰も見ていないかもしれないが、ここにツラツラと書く。

出来の悪い駆け出し研究者の戯言だが、誰かが聞いていてくれたら嬉しい。

身バレは怖いので、専門分野は伏せさせていただく。


先日、博士論文審査を通過して、学位取得がほぼ確定した。

正確には、まだ微修正製本作業があるので、学位授与は2ヶ月ほど先だが。

博論審査が終われば、いろいろと解放されると思っていた。

ブラック気味の所属研究室からも抜け出せるし、次のポスト任期付きだが決まっている。

結婚、の予定は無いし恋人も居ないが、ずっと放置していたプライベートも少しは充実できるだろう。

しかし、実際に終わってみて、期待したような達成感や開放感は全く無い。

それどころか、非常に後味の悪い悔しさばかりに捕われている。

まりに虚しく、情けなくて、もう3日ほど布団から起き上がれない。

私の博士論文は、とても酷い代物だった。

「3年(あるいは5年)間の研究集大成」ではなく、「研究者としての第一歩」にもならず、

博論審査を通過するためだけの博論」にしてしまった。

非常にせこく、下品で、信念が無かった。

こうなったのは当然で、自業自得だ。一貫した研究をやって来なかったのだから

博士課程の研究とは、(人によっては修士課程からかもしれないが)

「1つの大きな研究プロジェクトを立て、試行錯誤しながら遂行する」

プロセスを初めて自力で行うものだ、と思う。

私は、この最初から躓いていた。

博士課程において(おそらく)一番重要な、「1つの大きな研究プロジェクトの構築」が出来ていなかった。

長期的なゴール設定も無いまま、目の前の課題盲目的に取り組み、とりあえず日々忙しいからと慢心していた。

なまじ、目の前の課題は山ほどあったので、散発的にでも小さな成果が出れば、研究したつもりになれた。

本当は「個々の課題が、より大きな研究計画の中で、どう位置づけられるか」こそが重要だったのに。

私は問題本質から目を逸らし続け、そのまま博士3年の後期まで至ってしまった。

10月後半、いよいよ問題から目を逸らせなくなった時、私の目の前にあったのは

複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」だけだった。

個別の成果だけでは小さすぎて博論にならないし、全体を包括するストーリー存在しない。

私には、博士3年間でこれをやりました、と言えるものが無い。

そして、この愚か者がどうしたか

分かりやすい業績(論文等)が出ている話を掻き集めて、後付けでゴールを作った。

つぎはぎだらけの代物に、博士論文タイトルをつけて提出したのだ。

元々興味があった話題は、切り捨てた。十分な成果が出ていなかったから。

私のこれを博士論文と認めて良いのか、自信が無い。

少なくとも、「3年間の研究集大成」では決して無い。

なんて、取り返しのつかない事をしてしまったのだろう。

恥ずかしくて、情けなくて、泣きたいのに涙も出ない。

それでも、博論の提出条件(論文数など)に適っていたから、私は合格を頂いた。

私のこの学位は、半分以上「お情け」で与えられたものだと思う。

これを誇れるだろうか。

博士号とは何だろうか?

私は博士号に値する人間になれただろうか?

博士号とは、先を行く先輩研究者たちに

自分が一人前の研究者であり、1つの研究プロジェクトを完遂させられる人物である

と納得させて、自力で掴み取るものじゃないのか。

お情けで頂いて良いはずがない。

恥ずかしい。悔しい。

それでも、頂いた博士号を返却する気はない。(もっとも、取り消し以外でそんな制度は無いが)

今のラボで、オーバードクターする気もない。

見切り発車で学位を頂いてしまったのなら、これから博士号」に見合う人物になるしかない。

しかし、なれるだろうか?

私なんかが、3年かけて1つの研究プロジェクトも成し遂げられなかった人間が、この先一人前の研究者になれるだろうか。

いっそ、怠けていたら幸せだったと思う。

少なくとも、怠けた故の失敗なら言い訳ができた。本気を出せば良かったのだ、と。

私は、方向性の正誤はともかく、言い訳余地が無いくらいには必死に頑張ってきた。

その結果がつまらないものだったのだ。一体どう受け止めれば良い?

努力たからえらい、結果よりプロセス大事だ、なんて言えるだろうか?

私は言えない。

大人世界では、結果が全てだ。プロセスじゃない。当然だ。

覚悟していた以上に、自分は出来損ないの期待外れだった。

どんなに頑張っても、理想ハードルは超えられない。

自分の期待も、他者からの期待も、簡単に裏切ってしまう。

私は非常に、信用できない奴だ。

でも私には、こんなに信用できない自分くらいしか味方が居ない。

今後も、この胡散臭い研究者もどきを信じて、地道に努力を重ねるしか無い。

そうして度々、期待を裏切られては失望して、潰れて、また立ち上がるしか無い。

他に、私に選べる選択肢など無いんだと思う。

酷い博士論文を提出して、博士号を頂いてしまった分、

自分失望した分、他者失望させてしまった分、この先結果を出していくしかない。

一人前の研究者に、なれるか自信はないが、なろうと努力するしかない。

結果はすぐには出ないから、きっとまた暫くは、挫折感や敗北感とのにらめっこだ。

失った期待や信頼は、一朝一夕には取り戻せないし、そう簡単に一発逆転は起きない。

また1つ、恥を上塗りしてしまった。

また1つ、今後の課題を増やしてしまった。

しかし、挫折や敗北から這い上がることだけは、幸か不幸か慣れている。

博士号に見合う研究者たるべく、今回の反省点を、今後に繋げていこう。

私はきっと自分に甘いし、世界は私に甘くないから、今後もっと苦しいだろう。

それでも、頑張る。

頑張る以外の選択肢が、最初から存在しない。


3日も泣いて寝込んだ。

明日こそは早起きして、やるべき事を地道にやっていこう。

2017-12-31

18卒某国公立女子就活

同じく18卒の子増田がバズっていたのを見て、自分就活も振り返りたくなった。共通するのは学年と性別くらいで、先に言っておくとそれほど努力もせずに内定を手に入れたという話なので、不快な思いをさせたくないしリンクは貼らない。

タイトル通り、私は某国公立大学18卒の女子で、業界にとしてはちょっとニッチなところに絞って就活していた。具体的な業界については、明かさないでおく。地域としては、実家からまり離れたくないというのもあって実家のある地方一体のみに絞り、転勤のあるところは避けて探していた。

私の就活遍歴をざっくりと振り返ってみよう。小学生くらいの頃から大学3年までは公務員を志望していて、実際3箇所の公務員インターンに参加した。そこで自分が求めているものはこれじゃないなと思って、専攻に関連が強い某業界をメインに探すことにした。10社ほどESを送り、うち2社ESで落とされ、8社は面接まで進んだ。内定が出たのは1社で、第一志望でこそ無かったが面接雰囲気が一番好きだったところだった。ちなみに金融系もこれに加えて1箇所受けたけど、なんか違うなと思って途中で辞退した。

スケジュールとしては、3月からぽつぽつと説明会に行き始めて、4月5月上旬まではほぼ就活バイトスケジュールが埋まっていた。5月末に内内定連絡をもらったが、6月いっぱいまで就活は続けた。といっても6月については、週1で予定があるかないかくらい。

それほど努力もせずに、と書いた理由は2点ある。①3月まで(インターン以外)殆ど就活に関することをしてこなかったから。②ES面接について、殆ど対策したり相談したりせずに一朝一夕で拵えたもので挑んだから

①について、私はインターン以外本当に何もしなかった。ポストに入ってくる大学から就活案内の封筒を見ては顔を曇らせ、現実逃避をして開封もせずに3月まで過ごしていた。3月、さすがにマイナビリクナビの解禁的なものがあってようやく重い腰を上げた。

②について、自分文章面接についてダメ出しされるのがなんか嫌で、他人に全く頼らず、しかしそれ故に尻を叩いてくれる何かも無く、締切に追われながらESを書く日々を過ごしていた。内容について、適当だったかと言われればNOだが、書き方についてはなかなか適当だった。前半に出したESは全部「英検2級」と書いてある。「実用英語技能検定2級」略さず書くべきところだ。あと使い回しについて、業界を絞っているのもあって、内容は殆どコピペだった。ちらとHP資料を読んでその会社の特色を取り入れることもあったが、軸としては殆ど同じことを書いていた。

こんな感じに適当にやって適当に終わった感じなので、後輩には「適当でも意外と何とかなるよ」と言うしかない。全員についてそうと言えるのか? 一つ言えるのは、学歴大事ということだ。就職先の内定者は皆MARCH以上だったし、他の会社選考で会った人も皆それくらい。こんな私も一応国公立大卒になるのでそれが功を奏したところは大きいだろう。これについては高校時代に思い描いていたとおりだ。就活学歴足切りされるのが嫌だったし、面接は得意じゃないし学歴だけでもと勉強を頑張ってよかったと思う。

話が飛ぶが、つぎに就活バイトを辞めるべきかについて書く。こんな感じに適当でいっかという気持ちがあったのもあり、それよりもメンタルをやられる危険性を考えて大好きだったバイト就活中も週3で続けた。一人暮らしだし友達もいないので、バイトがなければ話す相手がいなくなってしまうからだ。結果的にこの考えは的を射ていて、バイト息抜きになった。就活を主に行っていた地域は、バイトから電車で1時間ほどと少し遠い場所だったが、多少の遅れなどには寛容なバイト先だったのも有り、就活直後にシフトに入ることもよくあった。理解を示してくれたバイト先の皆には、感謝しかない。ただ、バズっている増田のように真面目に振り返りなどをしながら就活したい人には多分オーバーキャパティである。そこのところを自分比較衡量して選択してほしい。親や友人など話せる相手が居て、生活費にも不安がないなら、続ける必要はないと思う。

最後に、私が就活中ずっと意識していたのは、「就活は相性」という言葉で、これを自分にいいように解釈してはサボり……息抜きをしていました。ダメだったら相性が悪かったんだなあと思うとか、ES面接自分を偽らないとか。

以上、思ったより長くなってしまった私の就活録でした。参考にはあまりならないかもしれませんが、こんな人もいるので。全員が全員ガチガチに縛られた就活をする必要はないと思っています。そこの具合は結局人によるので、自分なりに私の文章をうまく解釈してうまくいいと思ったところだけ持っていってほしいなあと思います

がっつり努力する人を否定しません。むしろ、それを実行できる人はするべきだと思います。なぜなら、そのほうが絶対リスクは少なくなるから。私は多少なりとも運があったから拾ってもらえたと思っているので(時代という運も含めて)。その運というのが怖いと思う人は、堅実に努力したほうがいいんじゃないかなと思います

みんながみんな行きたいところや自分に合うところに行けたらいいね

初めてお風呂屋さんに行った話

先日、人生で初めてお風呂屋さんに行った。

女の子甲斐甲斐しく洗ってくれたりするやつな。

下調べもかなりしただけあって、お店の対応女の子対応も良かった。

女の子は顔はなかなかベテランさんな感じだったがそもそも自分もさして若くないし同年代くらいが好きだし、胸は大きく肉付きはむっちりとはいお腹が2段になってるわけでもなく、話もそれなりに盛り上がったし普通にしかったし良い経験になった。

ただフィニッシュは出来なかった。

彼女いない歴もそろそろ15年目を迎え、ずっと右手恋人(時々左手浮気)なので自分でやり過ぎて…というのは多分ある。

あとはもちろん初めてそういう所に行っているわけなので緊張もあったと思う。

でも一番ネックになったのは、心が通ってない感じがした事だった。

いや、そんなもん初対面の男女だし、心が通わないのが当たり前なんだが、お仕事としての物理的な刺激作業いくらしてもらってもなんだかあまり気持ち良く感じられなくて。

それなりに高いお金払って行ってるのに、お店の女の子に気を遣ってしまって自分が本当にやりたい事やして欲しいことも言えず、なすがままで(向こうからすればこっちが何も言わないんだから当然そうなるわな)ああしよっか、こうしよっかと言われては言いなりになってる内に時間が過ぎてしまった。

あとは目がほとんど合わなかったのが何かな…こっちがシャイそうでわざとそうしてくれた可能性もあるけど。

そんでも一応自分のターンが巡ってきて、自分が上になってるときに首筋にキスしようと思ったんだけどバッと避けられてしまい、ああそういうのは嫌なのか〜…とか思いながら鎖骨や肩の辺りを舐めてその場を取り繕ったんだけど、そしたら何か急に元気がなくなってしまって、その後「口と手でもいい?」と聞かれた時も、実は自分は昔からパートナーに口や手でしてもらってフィニッシュした事がほとんどないんだけど、自分のも元気ないし入れっぱなしというわけにもいかないのかな…と思って了承してしまったんだが、まあ不完全燃焼ではあった。

途中、女の子の髪を撫でさせてもらったんだけど、そうしてる時が一番高まった感じあったなぁ。

やっぱりなんかイチャイチャ恋人プレイみたいなのを望んで行って、かなりお仕事感の強いプロ対応されたのがニーズマッチしなかったって所なのかな〜。

服着ながらなんだかしょんぼりしてちゃいかんなあと思ってなるべく笑顔を作っていたんだけど、「そーんなしょぼくれた顔しないで〜」と言われたので多分何も隠せていなかった。

ただ、別にフィニッシュ出来なかった事がショックだったわけでなく、そんな場ですら相手に気を遣いすぎて肝心なこと(今回の場合したいこと・されたいこと)をちゃんと伝えられない自分に落ち込んだんだよね。

何度も「ごめんね」って謝られてむしろこっちが申し訳ない。

まあ肝心なことが自己主張できないのは一朝一夕には直らないとして、やっぱり俺としてはただ身体だけ繋がってもしょうがなくて、心の繋がりみたいな物を欲してるんだなという結論に至ったので、それがわかっただけでも収穫かなとは思う。

2017-12-14

貧乏舌で幸せだと思っていた

回転寿司でも充分美味しいと思えるし。でも仕事で食を扱う様になってから行き詰まっている。

元々は通信分野の会社なんだけど、最近自社レストランとか地場産業にも手を出してて自分にも仕事が回ってくる。ボロボロ問題が出てきた。

味の良し悪しがわからない

美味しい店を知らない

各地の名産知識が無い

食べ続ければ舌も肥えてくると周りからは言われるが、仕事で求められてるのは今この時なんだ。明日レストランで新メニュー試食するけど、多分「美味しい」しか言えない。ちなみに先日同僚達はサラダに入っている人参の糖度について語っていた。味覚センス一朝一夕で身につく訳もなく、ほとほと悩んでる。

一度気になったら、食だけじゃなく自分教養の低さまで気になって落ち込んできた。同僚は皆んな食通で会話レベルの質も高く、比べて落ち込む。味覚って家庭の教養レベルダイレクトに映し出す気がする。

実家では両親共倹約家で外食殆ど無かった。でも両親には感謝してるよ。共働きで大変な中、毎日手作り料理をたらふく食べさせてくれたんた。それなのに家庭の教養レベルなんて考えてしま自分が嫌で…落ち込む。

野菜の糖度とか、原産地ごとの珈琲豆の味の違いってみんなわかるものなの?

2017-10-04

舌打ち

道の角で人とぶつかりそうになった。

私はすみませんと謝ったが、白髪のおじさんは、

「チッ」

とそのまま地面に突き刺さりそうな舌打ちをした。

これは一朝一夕に出せる舌打ちではないなと、私はその白髪のおじさんの後を尾けた。

おじさんは色々な人や物にぶつかる度に、

「チッ」

と地面に舌打ちを突き刺していた。

おじさんはこの後も舌打ちをして生きていくのだろうか。

舌打ちなんかやめなよと声をかけられるわけもなく、私は尾行をやめて職場に戻った。

2017-09-17

大喜利とは何なんだ

現時点(9/17 7:25)のスター獲得上位ブコメ

不正解ワロス

○と文字数が合っていない。

他はみんな○に1文字ずつ当てはめているのに、それを無視してスタートップだ。

しかし、○が1文字というルールは明示されていないので、一歩譲ってこれはよしとしよう。



大正ロマンス」

しかし、これはお題が変わってしまっている。

「不」→「大」確かに字の形は似ているが、違う字ではないか

他のブコメの中には「歪」と解釈しているものがあったが、これはよい(もし笑点なら、ずる賢い小遊三師匠あたりが出しそうな答えだ)。

試験問題で「一( )一( )」という問題が出たとしよう。

みなが「一喜一憂」「一長一短」「一朝一夕」などと書いている中で、線を書き足して「一日千秋」「十人十色」と答えているようなものだ。

さらに、「大正ロマン」は聞いたことがあるが「大正ロマンス」という言葉は聞いたことが無い。

自分無知を疑ってGoogle先生に聞いたら、やはり「もしかして 大正ロマン?」と、俺がバカにされた。

これらは大喜利として許されるのか。

こんなにモヤモヤするのは、まんまと術中にはまっているのだろうか。悔しい。

https://anond.hatelabo.jp/20170915185159

2017-08-08

顔ファンがよく分からない

容姿を売る職業の人に限定しています

顔ファンブロック*ˊᵕˋ*

顔ファンライブに来るな⠒̫⃝⠒̫⃝⠒̫⃝

ってよく見るけどよく分からない…

頭が悪いからか……?

そもそも顔ファンとは顔から入ったファン、もしくは顔が好きなファンという認識であっているのだろうか?そう思い続けている。

この単語を知ったのはジャニーズ界隈で、事あるごとに叩かれてるのを見る。私が見るのは話題に上がってる時くらいなので大体はチケット当落の頃で、今日は水卜アナの云々で見た。水卜アナ応援している人はにわかの顔ファンらしい、知らんけど。

私はジャニーズ外に推しがいて、推しの顔が大好き。気になったきっかけは素敵な笑顔だったし、毎日更新される綺麗なお顔にうっとりする。推し努力家で真面目な所が顔や体型に出ている、一朝一夕で手に入れられる肌や筋肉ではない。推しの見た目が大好き。

これは紛れもない顔ファンなのではないだろうか?紛れもなくなくても顔ファンである気がする、少なくとも顔ファンじゃありません!と大きな声では言えない。なんてったって推しを見たら顔が綺麗だと思ってしまうからである

ただ、顔ファンは叩かれる。

にわか新規と同じ様にもしくはそれよりも酷く。

私は人に高圧的、排他的意見押し付け行為はめちゃくちゃ怖い事だと思っていて、叩くとかアンチとか最高に怖い。そのような行為をするということは「私は顔ファンとは違う」と明確な意志を持っているのだろう、叩いている人は顔ファンの要素がない人だ、と思っている。自分にその毛があるのに偉そうなのは流石に恥ずかしすぎるのでどんなに学が無い人でもきっとしていないだろう……してない体でいきます

多分、顔ファンを叩く人は崇高な趣味をしているのだろうと思う。きっと推しの中身が変わらなかったらそこらへんの適当おっさんの顔とかに変わっても好きなのだろう。素晴らしい愛だと思う、時代時代だったらお伽噺になってそう。ただ私は絶対好きにならない。推しと同じ性格を持った推しと同じ年齢の男がいても推しの最強顔面を持っていなかったら好きにならない。あんまり関係ないけど容姿を売る職業の土台にブスがいる事が不愉快だと考えている。ブスいるんですようちの界隈、でもこういう人に顔ファン叩きはついてません。

顔ファンを叩く人によくある(私主観)のが「推しの明るいところが好き♡」とかである。顔が整っているからではなく、仕草言葉に惹かれたという。はたしてあなたはその行為を顔が整った人間がしていなくても興味を持ったのだろうか?

顔ファンを叩く人はブスでもいいのだろうか?ブスな男にそもそも興味を持つことがあったのだろうか?あなただって推しに興味を持ったきっかけは整った顔が土台にある行動じゃなかったの?


ここら辺がうまく自分の中に落とし込めなくて、いつも悩んでしまう。顔ファン叩く人が「私は推しオーラが好きなの」とか言ってくれたら納得出来る気がする。

2017-06-14

今こそルックスアファーマティブアクション

稲田が「私たちルックスイケてる」とかなんとか言って満天下に恥を晒した件について。

あんなのが防衛大臣とか日本の恥日本人の恥だ。

見た目の良し悪しをこともなげにオオヤケの場で言えるその人権センスのなさ。

吐き気がするね。

見た目、ルックスというのは人間差別の根源的な部分だ。

まずは稲田更迭し、ルックス言及罪で逮捕し、死刑に処するべきだろう。

しかし、やはり世の中でルックスのことをとやかく言う風潮はどうしても収まらない。

あの朝日ですら美人すぎる○○のような女性差別表現を用いて平然としているのだから

ルックスなど一切気にしない世の中を明日にでも実現すべきところではあるのだが、

やはり残念ながら庶民の愚かな意識一朝一夕では改まらないのも事実

そこで差別問題を解消するために非常に有効であったアファーマティブアクションの導入を提案する。

これはつまり、グッドルキング人間強制的にバッドルキングものとつがわせるというものだ。

具体的にはまずアイドルにこれを課す。

こうすることによって世間意識改革していくのだ。

グッドルキング、バッドルキングなどという思想は世の中から根絶しなければならない。

そのためにはまずその旧態依然とした中世並みの腐り果てた見た目主義を粉砕することから始めるべきだ。


そうは思わないか

はてな諸君よ。

2017-06-04

痴漢司法問題なのは自明のこととしても、一朝一夕に正されるわけじゃない。
明日にでも起こる痴漢痴漢冤罪にどう対応すればいいかという話も同時に必要である

 

痴漢行為を疑われて警察に取り囲まれても安易に従わず「正統な職務執行なのか」を問いただす方法が紹介されていたが、「痴漢されると怖くて声も出せない」のと同じで、警察に囲まれ毅然対応が出来る人は限られるだろう。

また知識武装が冤罪偽装に使われるという話は当然ありうることで、両手でつり革を持ったまま股間を当ててくる痴漢の話があったが、これも「つり革を持って痴漢していないことを示す」善良な一般市民の工夫を、姑息にも痴漢が利用している。こういう輩が増えると「両手でつり革を持つ」ことが冤罪証明にならなくなるわけで、こういう姑息痴漢にはもっと怒りを向けるべきだと思うのだが……残念なことに痴漢冤罪問題で「勘違い女」や「嘘をつく女」を怒りの矛先としている男性一定数いる。

はい示談目的痴漢冤罪でっちあげる女性存在もあり、実際に事件として明るみになったこともある。もっともこの事件は女に痴漢を仕立てるように指示した男の存在がいて、男の敵は男という案件でもあったのだが。まあ、痴漢痴漢冤罪問題において悪いのは犯罪者であり、男か女かという議論になった時点で非建設的ではあるのだが。

 

痴漢冤罪が大きな問題になるほど得をするのが痴漢でもある。したがって現状何の対策もとられないまま痴漢冤罪認識けが広がることは、痴漢を減らすことからも遠ざかる。こうした連鎖危惧して「痴漢女性にとって深刻な問題」と声を強くすると、「じゃあ冤罪をかけられた人はどうなってもいいのか」と反発を受けることがあり、解決どころか水掛け論に陥ってしまう。

同様の話で、女性側が「痴漢の方が深刻」と結果的対立を煽ることになる言葉を使うケースもあるし、そもそも「男の敵は女」と思っているような男性に「痴漢女性にとって深刻な問題」といっても煩いノイズしか聞こえていないのだろう。

両手でつり革をもって冤罪偽装する痴漢もいれば、数人で謀って痴漢をするケースもあり目撃者信頼度も必ずしも完全ではない。別の乗客に間違うように仕向ける痴漢いるかもしれない。女性側も示談目的かもしれないし、バックが当たったことを勘違いしたのかもしれない。痴漢騒ぎがあった時に、痴漢なのか冤罪なのかは当事者しかからないが、その頼りとなる証言第三者からすれば互いに疑わしいところは最後まで残る。

こういった状況でほくそ笑むのは痴漢示談金目当ての犯罪者だろう。
犯罪者が本当に困るような方法対策をしていくべきだと思う。

 

ちなみに度々話題になる監視カメラだが、東京メトロ都営地下鉄2018年度以降に3,800両の全車両内に防犯カメラを設置する予定でいるそうだ。JR東日本埼京線で一部導入しており、東急では2020年をめざして設置予定だという。

監視カメラがどれだけ効果があるかは分からないが、埼京線の導入車両では減ったという報告もあり、実際にカメラ現場検証に役立つというようりも、痴漢をしようとする人の心理的な抑止効果にはつながるのではないだろうか。

しかしそれも10年ほどを設置期間と見ているようで気の長い話ではある。

また、都合が悪い証拠警察改ざんした事件などもゼロではなく、正当な職務執行事実を認めるリスクを避けて捜査不正を行う可能性も否定できないし、冤罪偽装しながら痴漢を行った場合に別の人が痴漢扱いされるケースも考えられ、監視カメラ痴漢痴漢冤罪を減らすことができても、全てを解決するツールとはならないだろう。

監視カメラ設置をした上で、鉄道会社乗客数の上限規制をすることも効果があるかもしれない。無理にでも行った場合、渋々フレックスタイム制を取り入れる会社も増えるかもしれないが、サービス早朝出勤させられる労働者も増える可能性もあり、未知数である

 

根本解決ができない以上、混雑する朝7時から9時半まで男女完全別車両にするほうが早いのではないか。これなら比較コストもかからないし、何よりも痴漢示談目的でっちあげ犯を困らせることができる。

他国から見れば過剰対応かもしれないが、もうすでに犠牲者も出てる上に、痴漢男女間の不信やヘイト根深くなる一方の現状よりはマシなのではないかと思う。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん