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2022-08-15

共感にあらがえ - 内田樹の研究室を読んで

これは、いろいろと考えさせられるいい文章だと思った。永井陽右という青年を振り回すかのように語る内田樹。こういうマウントは嫌いじゃない。

ただ、内田が、

感情の器」って、あくまでも個人的身体条件のようなものから

というとき、何か逃げた回答のような印象を受けた。

たとえそれが自分の中から湧き出す内発的なものだとしても、大昔にアダム・スミス道徳感情論で追求したように、何かのテコで共鳴し、社会規範構成するに至るメカニズムが何かしらあるんだろうと俺には思えてならない。

そういう感覚を身に着けるのにどうすればいいかと問うた永井氏に、家風だとか、弟子入りだとか、そんな表現内田氏がするのは、けむに巻いているようにしか思えなかった。

家風にしても弟子入りにしても、そのつながり方が、社会規範にむすびつくメカニズムがあるはずだ。

アレックス・カー20年前に書いた本で『犬と鬼』という著作がある。

おりしも建設省代表される特別会計の闇が浮き彫りになった時代

アメリカの7倍のコンクリートを使って日本山河コンクリートで固めようとしていた、公共事業のあり方に疑問を呈した名著。

その『犬と鬼』のなかでカーは、そんな日本に至った問題を解明するヒントは「徳の逆説」にあるという。

「徳の逆説」というのは、国家も人も同様に、自分たちに最も欠けている資質を最も高く評価する傾向があるという、カーが常々思っている真理を彼なりに名付けたものだ。


A・カーは、フェアプレイ精神といいつつ、七つの海を支配した大英帝国の事例、平等を錦の御旗にしていた共産主義者トップ黒海に豪奢な別荘を保有し、人民実質的農奴と変わらない生活だったというソ連の例などを挙げつつ、最後に、和を貴ぶ日本人がなぜ明治開国後、対外侵略に夢中になったかという精神性に触れてゆく。

「徳の逆説」は、身近なところでも当てはまる。口うるさい親や上司説教ブーメランに思えてならない、という経験は誰もがしているはず。そして気が付くと俺も親父と同じことを子供に、という連鎖

最近、想起するのはやはり旧統一教会家族価値を高らかに謳いあげておきながら、その活動が原因で多くの家族崩壊している、といった、「おまゆう問題崩壊させているがゆえにますます高まる家庭の価値、という悪循環。これもA・カーのいう「徳の逆説」が見事に当てはまる。これは人が自分自身を規律しようとするとき動機付けメカニズムなのだ

内田永井議論テーマひとつである人権平等。あたか普遍的原理についても、

それを概念として具体化して社会が取り込んだ過程を決して忘れてはならない。

アメリカ建国者の一人、トーマスジェファーソン人権宣言を起草した当時、200人以上も奴隷を抱えていた。

これは矛盾というよりも、むしろ奴隷制にどっぷりと漬かっていたからこそ人権宣言が生まれたという「徳の逆説」のメカニズムを見るべきだろう。

どんなに薄汚れた社会であっても、一度高らかに掲げた理想は、その社会を真綿で絞めてゆく。欲望大全開の人民を前提にすると、民主政は成り立つのか。多数決をすれば少数者が圧政に苦しむのではないか、これがマディソン含め、建国者懸念だった。しかし、為政者の徳(アリストクラシー)と、欲望とは別に社会で正しいと思うことに投票する、二重人格的な資質人民に備わっていると信じて建国者デモクラシー設計した。裁判を通じ、繰り返し憲法価値観をテストする、という振り返りをビルトインした設計は本当に優れたものだ。結果として、最高裁が突き付けた奴隷制と財産権矛盾が、南北戦争北軍正当性を決定的にする。

内田議論に戻ると、外付けの人権というテーマと同時に、内発的なものとしての感情の器という、とても重要キーワードを出している。それは他方で外付け実装された人権と、どのような整理ができるのだろうか。

自分でうまく整理がつかなかった。内田はいう。

「人としてどうふるまうべきか」を子どもに刷り込むのは「家風」なんですよ。子どもたちは親の背中を見て、人間としての生き方を学ぶ。それは教科書で教えることじゃない。

これは、親子を中心とした自分史と言い換えられるのではないかと思った。さらにいえば、自分史は必ずしも親は関係いかもしれないのではないか。つまりこれまでの人生、来し方がキーなのでは。

内発的なものと外付けのもの、この二つはやはり、きちんと切り分けて、そして二つが、どうつながってゆくのか。以下、自分なりに整理を試みる。

まず外付けの倫理から。どのように受容されてきたか

舶来の概念というのは明治以来、洪水のように入った。民法など契約法の世界は、ほぼほぼ圧倒されたし、戦後憲法のものアメリカ経験に基づいたものだ。

しかし、日本人権教育は、残念なことに、人権普遍性を論証することに熱を上げてしまって、そもそも誰の内発的な経験がもとになっていたかという成り立ちのメカニズムを忘れた議論が多い。公共の福祉論などをいくら学説定義を整理してきれいに論じても、だから何?の議論だった。

戦後人権を外付け実装してきた日本は、そのルール規範の成り立ちといった背景をもう少し知る必要がある。それは教養として。

現在、旧統一教会問題話題の、国家宗教というテーマにしてもそうだ。

政教分離キーワードとなるのは、恐怖から解放だ。宗教に悩まされ、その扱いに苦慮するのは古今東西課題だ。宗教いかに折り合いをつけた制度設計をするか、古代ローマ時代からずっと抱えてきた。宗教的寛容、これが統治のカギだと気が付いたのはカルタゴ勝利した古代ローマ

そのテーマに対して、新天地アメリカに到着したプロテスタントたちの子孫が18世紀になってメイフラワー号の協約を思い出して試みたのは、旧世界では試みたことのない壮大な社会実験だった。百家争鳴な多様性のなかで社会構成するには、誰が正しいことを言っているのかは誰も断定できない、という前提に立つ必要再確認された。それが言論の自由関係では、20世紀初頭にホームズ裁判官らに代表されるように、自由市場比喩が生まれる背景ともなった。

他方、旧世界フランスでは、唯一の正しさを神に代わって宣言するカトリック教会権威苛烈弾圧が恐怖であった。だから公共空間合理化を徹底し、宗教を一掃する制度設計になった。フランス言論の自由は、その意味カトリック否定する権利が原点となる経験なのだ。だからこそ、フランスでは今でも神を冒涜する言論というのが非常に重要意味をもっていて、先日、仏風刺紙シャルリー編集長が英作家ラシュディ氏襲撃を非難したこと歴史的な背景は深い。

このように、人権というものは、何に対して恐怖してきた歴史があり、生まれてきたものなのか、という原点に思いを致すことが大切だし考えるコツだ。利他性じゃなくね。

それは、実は国によって微妙コンテクストが異なるものであり、普遍的価値として昇華できなくもないけれども、むしろ司法を通じて、原点となった恐怖を大切に思い出す機会が重要で、その社会が、その真理を繰り返し確信し、制度を強化し、再生産する重要な仕組みなのだと思う。逆に言うと、普遍的価値なら、なぜ何千年も克服できなかったか意味を問うというか。

しかし、外付けの倫理として受け取ったものを、思い出すかのように歴史を振り返るのは容易ではない。戦後日本裁判所も含めて。

でも、それこそが日本人権教育に欠如したものだということは個人的には強く思うところだ。


その意味では、外付けではない、外国の借り物ではない、内発的なもの感情の器からみえてくる倫理、これは本当に大きな価値がある。

内発的なものを自省するうえで、もっとも大切なのは自分の国や自分家族自分自身の歴史だと俺は思う。

自分自分先祖が痛い目にあってきた経験、あるいは他者を痛めにあわせてきた経験というのは、その人固有のものであって、その自分史や国の歴史を忘れてしまうと、あとは外付けの倫理けが残る。国レベルで言えば、それは端的に明治以降の日本アジア欧米との対外関係であり、開国以降、アメリカに敗北するまでの戦争に明け暮れた体験に他ならないし、国家神道によって死生観まで国に洗脳されかけた手痛い経験だ。

歴史というと大げさだが、要するに「自分たちに最も欠けている資質を最も高く評価する」、おまゆう精神自覚することだ。これは教養として学ぶというよりも、もう少し内省的なものだと思う。

自分理想とするもの現実とのギャップを振り返る作業といってもいい。

自分に欠けている部分、そこにこそ追い求めている何か理想的な姿の反転がある、という振り返り。

ネイションとしていえば、戦争体験の振り返りが重要キーになるし、国家宗教というのは、国家神道と戦争という経験で痛い目をみているのであり、ある意味、輸入された欧米経験教養として追体験するだけではなく、日本人が原体験としてもっていた大切な教訓。愛媛県靖国神社玉串料訴訟(1997年)の最高裁判決行政戦没者の遺族の援護行政のために靖国神社などに対し玉串料支出したこと違憲とした歴史的判決で、戦争経験がしっかり振り返えられた、という点で、司法仕事としてとても大きなものを残したと思う。建国精神を振り返るのが裁判所の仕事の一つだと思う。

しかし、戦後77年。戦争体験が風化するなかで、「あの時代を生き抜いた」という共通体験共通項として持っていたものがどんどん失われているのが今の時代

50年前の高度成長期だったら、戦争で死んだ部下を思い出しながら、仕事にまい進し、酒場で同期の仲間と語り合う、とか、厳粛に生きるための厳粛な死が記憶としてあった。

「あの頃は」という共通過去で人はつながることができた。それが内発的なものとして60年安保闘争を支え、水俣闘争があった。外付けの倫理ではない、思い出としての切実さの空気の共有があった。

まり、舶来の外付けの価値観と内発的な器は、その頃はわりと調和していた、といえるのだ。

それが、失われ、外付けの価値観だけがカラカラと空回りし始めているのが今の時代の特徴で、失われつつある寛容性の正体なのだろう。

永井氏はそんな時代に生まれ育った。彼は対談のなかで、大学時代

「そうかそうか、人権というものがあるのか、みんな賛同してるし普遍性高いじゃん」となりました。

と、外付けの人権から始まったと語っているが、外付けのものにも普遍性のみに着目し、それが生まれてきたプロセスを振り返らない、人権教育の失敗が見て取れる。

また、日本憲法に組み込まれ歴史への反省(前文含め)も記憶の風化とともに、個々人の内省が、時代への共鳴という形で、共感を醸成しなくなってしまっている。

高度成長期に「あの頃」といえば戦争時代だった。

それはかろうじて80年代までは存在していた。「おしん」が異例の1年間の朝ドラで始まってしばらくすると、

視聴者からは、おしん私自身そのものです、という声が橋田壽賀子のもとに多数届いたという。

しかし、時代は変わって、平成から令和になって「あの頃」といえば、昭和の末期なのだ

しかもそれをノスタルジックに思い出す、三丁目の夕日的な振り返りだった。さらには、あさま山荘であり、学歴社会バイクを盗んで走る尾崎豊であり、バブルの思い出なのだ。それは、その遺産に苦しんだ次の世代にとっては共感を呼びにくいものであるし、自分たちの社会の重圧と、戦争記憶との関連が薄まった。当然、日本憲法リアリティが失われ、右派から改憲論議が盛り上がってくるのは必然的なことだった。そんななか、統一教会が国の内部を白アリのように巣くって愕然とした先月から今月にかけての出来事というのは、忘れかけた宗教国家の結びつきの恐ろしさを、突如呼び覚まされるものだったに違いない。

しかし、いずれにしても過去記憶憲法規範が直接に結び付かない、その世代経験、そこに、永井紛争国の辺境の地を自分テーマに選んだヒントがあるように思えてならない。

紛争リアルがそこにある。そこに普遍的価値として大学生ときに知った人権、そして憲法価値を、自分なりの振り返りとして再確認する、動機付けがあったようにも思う。

しかし、たとえ社会の人々と共有されないものであったとしても、ひとは自分史のなかで、どうふるまうべきかを動機付けられる。

永井氏が、内田氏との対話のなかで

私は逆に、子どもの頃はよく母親に殴られたり色々と物を捨てられたりされていて、そのときに「この家では力を持った奴は殴ったり物を捨てたりしていいんだな」と思ってしまったんです。そして中学生になって殴られたときに「よく見たら小さいし別に喧嘩が強いわけでもないな」ということに気が付きまして。それでそこから自分母親のことを殴りまくるようになりました。ひどい時はアザだらけでしたよね。父親単身赴任でしたし。

といったときに、内田はそこにしっかりと気が付くべきだったと思う。

全然人権派じゃないね(笑)。」と返した内田に若干物足りなさを感じたのは、まさにそこだ。

動機付けられるものが、必ずしも、家風であったり、模範的ロールモデルとは限らないのだ。

この体験辺境の地での人権探し、自分探しは、多分無関係ではない。


ともあれアレックス・カー面白い

読んだのは20年前だが、年齢を重ねれば重ねるほど、彼のいう、逆徳精神の考え方が真理に思えてくる。

A clue to the problem may be found in what I call the theory of Opposite Virtues. Nations, like people in this respect, may pride themselves most highly on the quality they most lack. Hence “fair play” is a golden virtue in Great Britain, the country that attacked and subjugated half the globe. “Equality” was the banner of Soviet Russia, where commissars owned lavish dachas on the Black Sea and the proletariat lived no better than serfs. The United States prides itself on its high “moral standard,” while perpetuating racial and moral double standards. And then there is l’amour in France, a nation of cold-blooded rationalists. Or Canadians priding themselves most on being so distinctively “Canadian.” In Japan we must look at the time-honored ideal of Wa, “peace.” Wa means security, stability, everything in its proper place, “knowing what is enough.”Yet a persistent irony of Japanese history since 1868 is that for all the emphasis on peace and harmony, they are exactly the virtues that Japan did not pursue. At the end of the nineteenth century, rather than settling back to enjoy its new prosperity, Japan embarked on a campaign to conquer and colonize its neighbors. By the 1930s, it had already acquired a tremendous empire in East Asia; this inability to stop led to its suicidal attack on the U.S. base at Pearl Harbor, as a result of which it lost everything. Something similar is happening again. Perhaps Japan values Wa so highly for the very reason that it has such a strong tendency toward imbalance and uncontrollable extremes.

Dogs and Demons, 2002, A.Karr

2022-07-30

anond:20220730062105

そういう政府相手理想的市民革命やったのって、フランスくらいじゃない?

イギリス革命はそういう意味での市民革命とはほど遠いし、ドイツイタリアも然り。

あとはアメリカくらいか宗主国イギリスとの戦いを通じて、自分らの手で一から政府を構築した理想的な事例かもね。

フランスにしても、フランス国民がというより、パリ市民が18世紀から19世紀にかけておよそ100年繰り返し市街戦をやったということだと思うんだよね。

2022-07-14

有機農業はどうして「有機農業と言うのか

有機農業ってどうして有機農業と言うのだろう?

有機農業って要は農薬を使わない農業だろうけど、農薬ってめっちゃ有機物じゃん。

と思って少し調べました。

 

 

 

化学界隈における有機化合物(organic compound)、無機化合物(inorganic compound)の定義は以下になる(wikipediaより)。

有機化合物とは、炭素を含む化合物の大部分をさす。

無機化合物とは、有機化合物以外の化合物である

 

高校受験理科で、様々な物質有機物無機物に分類する問題があったことは覚えているだろうか。

有機化合物はたとえば、人々が目にするもので言えば、医薬品農薬アミノ酸タンパク質・糖・ビタミンなどなどから成る食品、香料、石油プラスチックゴム、繊維など。塗料化粧品、洗剤なども有機化合物からなる。

無機化合物の例は、身近なものだと、金属製品、宝石ガラスセメントセラミックス半導体電池などでしょうか。

 

 

 

 

さて、農林水産省HPから有機農業定義引用する。

有機農業の推進に関する法律」による有機農業定義は以下のとおりです。

    農業生産方法を用いて行われる農業です。

     

     

    続いて、「有機」という言葉辞書意味を調べてみる。

    ゆう‐き〔イウ‐〕【有機】の解説

    1.生命力を有すること。生活機能を有すること。

    2.有機物性質もつこと。

    3.有機化合物」「有機化学」などの略。⇔無機。

    goo辞書より

     

     

    ふむ。どうやら「有機」という言葉有機化合物同義で使うことは化学者の傲慢だったらしい。

    wikipedia有機化合物の欄に詳しい解説が書いてありましたね。

     

     

    有機化合物、無機化合物という用語が生まれ18世紀末より前にも、有機体 (organisms) という言葉存在生物同義で使われていた。今でいう有機物は、当時は生物付属品と考えられていた。

    18世紀末、イェンス・ベルセリウスは物質生物から得られるもの鉱物から得られるものとに分け、それぞれ「有機化合物」「無機化合物」と定義した。

    後に、当時有機化合物に分類されたものも人工的に合成できることが発覚し、定義を「炭素を含むもの有機化合物(一部例外あり)、それ以外を無機化合物とする」と修正された。が、本来有機(organic)」には「生物の、生物由来の」といった意味があるのだ。

     

     

    から有機農業」を生物由来の肥料だけを使った農業意味で使うことは本来何も間違っていないのだ。

    エセ科学っぽいからという偏見で間違った意見を持っていた。化学者の側が言葉意味を曲げて使ってしまったのだ。

     

     

    また、「有機」「無機」を使う一般用語に以下のものがある。

      • 有機的な:有機体(生物)のように、多くの部分が緊密な連関をもちながら全体を形作っているさま。

      • 無機質な:生物が関与していないと思わせるさま、命が感じられない様子。あたたかみのない。殺風景で味気ない様子。

      なるほど、以上の意味を考えても、本来意味は、有機とは生物っぽいことで、無機とは生物っぽくないことなのだ。化学者の側が言葉意味を曲げて使ってしまったのだ。

       

       

       

      こういう、ある言葉一般的な用法と、科学的な用語としての用法にずれが生じてしまうことって結構あるよね。新しい概念定義する際に既存言葉運用してしまうからでしょうかね。科学用語定義が厳密だが、一般用語定義よりもイメージが大切だからね。

      法律用語もこういったことが多いイメージ。例えば法律でいう「少年」一般で言う少年少女を指すらしいじゃん。

       

       

       

       

      という訳で、「有機」とは本来は「生物由来の」を指す意味であり、それゆえ生物由来の農業、というニュアンスで合成肥料を使わない農業有機農業と呼ぶことは間違っておらず、化学界が定義した「有機化合物」の方が後釜であり、本来のことばの意味からはずれているのだ、という結論を知ったところで終わりにします。

      私は今日もまた一つ賢くなれました。

       

       

      追記

      引用の書式を修正しました。はてな記法を知らず、blockquoteタグでいけるかなと思ったらいけませんでした。ご指摘ありがとうございます

      パンの原料である小麦を始めとして、農作物を育てるには、窒素リンカリウム肥料の三要素が不可欠だが、ハーバー・ボッシュ法は、窒素供給する化学肥料大量生産可能とし、結果として農作物の収穫量は飛躍的に増加した。このためハーバー・ボッシュ法は、水と石炭空気からパンを作る方法とも称された[5]。

      化学肥料誕生以前は、単位面積あたりの農作物の量に限界があるため、農作物の量が人口増加に追いつかず、人類は常に貧困飢餓に悩まされていた(マルサス人口論)[13]。

      しかし、ハーバー・ボッシュ法による窒素化学肥料誕生や、過リン石灰によるリン化学肥料誕生により、ヨーロッパアメリカ大陸では、人口爆発にも耐えうる生産量を確保することが可能となった[13]。これは1940年代から1960年代にかけて起きた、18世紀農業革命に続く「緑の革命」の先駆けとなった[14]。また日本などでは従来肥料として用いられてきた屎尿による寄生虫感染も避けられるようになった。

      ハーバー・ボッシュ法は同時に爆薬の原料となる硝酸大量生産可能したことから平時には肥料を、戦時には火薬空気から作るとも形容された。硝石鉱床が無い国でも国内火薬生産可能となり、その後の戦争が長引く要因を作った。例として第一次世界大戦において、ドイツ帝国海上封鎖により、チリ硝石の輸入が不可能となったが、戦争使用した火薬の原料の窒素化合物の全てを国内調達できた(火薬爆薬を参照)。

      本法によるアンモニア合成法の開発以降、生物体としてのヒトのバイオマスを、従来よりもはるかに多い量で保障するだけの窒素化合物が、世界中農地生態系供給され、世界人口は急速に増加した。現在では地球生態系において最大の窒素固定源となっている。さらに、農地生態系から直接間接双方の様々な形で、他の生態系窒素化合物が大量に流出しており、地球全体の生態系への窒素化合物の過剰供給をも引き起こしている。この現象は、地球規模の環境破壊の一端を成しているのではないかとする懸念も生じている[15]。

      ハーバーは本法の業績により、1918年ノーベル化学賞を受賞したが、第一次世界大戦中にドイツ帝国毒ガス開発を主導していたために物議を醸した[16][17]。またボッシュ実用化の業績により、1931年ノーベル化学賞を受賞している。

        / ̄\

       |^o^|

        \_/

      2022-06-17

      anond:20220617184300

      トフラーは本書の中で、人類はこれまで大変革の波を二度経験してきており、第一の波は農業革命18世紀農業における変革でなく、人類が初めて農耕を開始した新石器革命に該当)、第二の波は産業革命と呼ばれるものであり、これから第三の波として情報革命による脱産業社会情報化社会)が押し寄せると唱えている[1]。 第三の波の一例として、奈良県生駒市で展開された双方向映像配信実験プロジェクト・Hi-OVISを紹介している[2]。

      本書の中でトフラーは、電子情報機器を装備したエレクトロニック・コテージにより在宅勤務が可能になることを予言した。また、これまでの消費者から生産(produce)と消費(consume)が同時に行われる「プロシューマー」(prosumer)が農業革命時のように復活し、経済構造を変化させることを唱えた[3]。

      anond:20220324233920

      トフラーは本書の中で、人類はこれまで大変革の波を二度経験してきており、第一の波は農業革命18世紀農業における変革でなく、人類が初めて農耕を開始した新石器革命に該当)、第二の波は産業革命と呼ばれるものであり、これから第三の波として情報革命による脱産業社会情報化社会)が押し寄せると唱えている[1]。 第三の波の一例として、奈良県生駒市で展開された双方向映像配信実験プロジェクト・Hi-OVISを紹介している[2]。

      本書の中でトフラーは、電子情報機器を装備したエレクトロニック・コテージにより在宅勤務が可能になることを予言した。また、これまでの消費者から生産(produce)と消費(consume)が同時に行われる「プロシューマー」(prosumer)が農業革命時のように復活し、経済構造を変化させることを唱えた[3]。

      2022-06-14

      anond:20220614185632

      こいつらはなんか医療に対する感覚18世紀1950年代とかで止まってるよな

      かにその頃の薬は放射性物質入ってたとか副作用失明リスクが高いとか発がん性があったとか散々だったし

      日本ではじめてワクチンが行われたとき金持ち以外は注射器使い回しで感染症蔓延して死者や感染者続出とかやばかったらしいし

      2022-02-28

      TBSエストニアポリコレと俺

      TBS

      TBS燃えている。4日前の2月24日駐日エストニア大使館TBS NEWSツイートに「TBSさん,またですか..いいかげんエストニアラトビアリトアニアを“旧ソビエトの国“と呼ぶのはやめてもらえます歴史的にも法律的にも不正確な呼び方です。バルト諸国ソビエト継承国家ではないです。2月24日エストニア104回目の独立記念日本日から、もうこの呼び方はやめていただきたいです」とリプライたからだ。

      https://twitter.com/estembassyjp/status/1496798387856834561

      エストニアと言えば把瑠都仮想通貨しか知らない俺も、うっかりエストニアを「旧ソ連」と呼んで国際問題召喚しかねない。保身のために「エストニア旧ソ連じゃない問題」について検索してみた。

      エストニア

      「まとも検索」で「エストニア 旧ソ連」を検索すると、政府国立機関のページが見つかる。バルト三国は「旧ソ連」と呼ばれているのか?

      外務省 わかる!国際情勢(2011年) 「現在エストニアは,バルト三国もっと経済状況が良好で, 2011年1月旧ソ連の国として初めてユーロを導入しました。」

      https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol80/index.html

      国立国会図書館 リサーチナビ(2022年2月更新)「旧ソビエト連邦構成国(ロシアエストニアラトビアリトアニア以下略)の鉄道地図掲載されています

      https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-371.php

      日本政府公認旧ソ連である専門家が書いた本なら如何と志摩園子氏の「物語バルト三国歴史」(2004年)を手に取れば、「旧ソ連邦に属していた三国は、新たな国家建設に当たって(以下略)」と開幕即旧ソ連判定である

      では逆に何故、「旧ソ連」と呼ぶのが「不正確」なのか?この本に沿って俺なりにまとめると、今のエストニアにあたる地域は、18世紀くらいかロシア帝国に支配されていたのだが、ロシア革命後の1918年独立宣言した(※国際的承認は1920~21年)。しか1939年ナチスソ連秘密協定勝手ソ連勢力圏と決められてしまい、1940年6月にはソ連軍に占領された。そして逆らう奴らは逮捕追放され、占領下で選挙実施して人民議会を開き、この議会ソ連編入を決めた、ということらしい。要はエストニアソ連軍に占領されながら「ソ連に加盟します」と言わされたわけで、ぐうの音も出ない茶番であるリトアニアラトビアも同様の茶番ソ連に「編入」している。

      エストニアに言わせれば、こんなふざけた経緯の「ソ連編入」が無効違法なのは明々白々、俺たちバルト三国は半世紀間「占領」されていただけなので旧ソ連呼びは「歴史的にも法律的にも不正確な呼び方です。バルト諸国ソビエト継承国家ではないです。」ってツイートにつながるんだろう。

      けど実際1991年までは政治行政経済ソ連の一部として回ってたんで、日本外務省専門家が「旧ソ連」と呼ぶのも当然と言えば当然。無茶苦茶なやり口で併合されたとはいえ、実際ソ連だったんだもん。

      ポリコレ

      なぜ駐日エストニア大使館は「行き過ぎ」とまで思えるほどブチギレたのか?「アジア経済研究所」というJETRO付属研究所が出している雑誌アジア経済」に、ロシア政治研究者バルト諸国政治研究者中央アジア政治研究者座談会2021年7月30日収録)が載っている。

      https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajiakeizai/62/4/62_79/_html/-char/ja

      バルト諸国政治研究者中井遼氏が「旧ソ連問題を語っている:

      中井「それと,最近やりにくいなと思うことがあって,「旧ソ連」というとすごく怒る方がいるんです。日本だと目立たちませんが,英語圏だと議員外務省メディアが一緒にキャンペーンをはって,former Soviet Union とか ex-Soviet states といった呼称を使った記事表現に対してものすごい勢いで抗議運動をやるんです。まだアカデミックなところではそこまで来ていませんけど,私ですら多少の圧力は感じますし,現地の研究者と話していると大変そうだなと思います。」

      岡(※中央アジア政治研究者)「なるほど,これは地域名称の難しさですね。」

      中井バルト 3 国のなかで,とくにエストニアラトビアは,そもそも国家理念としてソ連だったことはないという建前なんですよ。」

      要はエストニア大使館の怒りのツイートは、エストニア外務省の「キャンペーン」の日本編なのであるこれはまさに政治的に正しいか否かという問題——いわゆる「ポリコレ」なのでは?と雑に納得すると専門家に叱られるだろうか。「歴史戦」チックな問題なのかもしれない。

      どっちにしても、駐日エストニア大使館の言い分はあまりにも強気だ。「エストニアソ連だったことはない」という歴史認識は別に世界アカデミック常識って訳でもなさそうなのに、「旧ソ連」呼びを「不快からヤメテ」ではなく「歴史的にも法律的にも不正確」とまで断じているんだからグルジアジョージアになったのとは根本的に質が違う要求だし、「呼ばれたくない呼び方はやめようね!」程度の問題だと考えてるなら、エストニア歴史認識を実のところ解っていないままってことになる。

      俺としては、日本外務省日本バルト三国専門家バルト三国を「旧ソ連」と呼んでいるわけで、TBSがここまで炎上したのは可哀想な気がする。エストニア政府歴史認識を尊重すれば「旧ソ連」と呼ばないのが親切かつポリティカリーにコレクトだけど、無茶苦茶併合とはいえバルト三国旧ソ連の一部だったことは確かだし、オウムの件のように明らかにTBSが悪い事件まで持ち出してぶっ叩くほどのことかというと疑問。けど炎上のおかげで俺のような無関心人(むかんしんちゅ)までバルト三国歴史にちょっぴり詳しくなったんだし、エストニア外務省の「旧ソ連と呼ぶな」キャンペーンは今のところ成功していそうだ。

      それにエストニアキャンペーンを抜きにしても、「旧ソ連」という枕詞はそろそろお役御免かも。TBSは「バルト三国」の知名度が低いと感じて「旧ソ連」を加えたんだろうが、専門家をもってして今や「普通民主主義経済的に安定した国」(座談会中井氏)と言わしめる国々をいつまでも旧ソ連」と呼び続けるのは、間違いじゃなくとも何か変な感じだ。

      ...ここまで書いてから気付いたんだが、「エストニア政治歴史認識」(著者小森宏美氏)というどうやらそのものズバリの専門書が発売されているらしい。

      http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/240.htm

      結論、皆は把瑠都仮想通貨しか知らない増田怪文書なんかより信頼のおける専門家先生方の本を読もう!!!

      最近マンデラエフェクト

      ユニオンジャック中央の、赤い十字が太くなった

      ピチュー尻尾が全部、黒

      セガソニックの腕が肌色

      東京ビッグサイト金色

      フランス国旗の青の部分は、水色系だったはず(18世紀から濃い青⇔紺で変遷してきた事になっている)

      在日コリアン人口が約45万人(約200万人だったはず)

      ひらがなの「や」の二画目の向き

      ザビエルの一番有名な肖像画の、白いヒラヒラ襟が無くなった

      天の川銀河内での太陽系位置は、もっと外側だったはず

      ・(甲賀忍者甲賀市等の)甲賀の読みが『こうか』

      ロゼット洗顔パスタ

      ・象の前足が長くなった

      ゴキブリの脱皮

      ・Yesterday の綴り

      2022-02-08

      新しい諺は現代からまれて定着するのか?

      ネットスラングだけど例えば「ガンジーでも助走つけて殴るレベル」とかは諺に追加されてもいいと思う。数十年後には認められているのだろうか?

      後は、

      犬も歩けば棒に当たる

      河童の川流れ

      弘法にも筆の誤り

      等の表現が新たに生まれて諺にはならないのだろうか。

      犬も歩けば棒に当たる最初全然定着しなくて、数十年後に認められたのかな。

      調べてみるとTBSラジオ放送されている伊集院光とらじおと内のコーナー「伊集院光とらじおとこどもでんわそうだんしつと」のページがヒットした。

      2021年10月28日放送

      TBSラジオで長年親しまれた名物企画「全国こども電話相談室」(1964年2008年)のコンセプトを受け継いだコーナーです。伊集院光が「電話のお兄さん」となって、毎回、様々な質問に合わせた頼もしい先生をお呼びしています。今回の質問・・・

      Q. なぜ新しいことわざはできないのですか?(埼玉県 あみのくん 10小学4年生)

      (回答した先生金田一秀穂さん/言語学者

      という内容に対して金田氏はこう答えている。

      金田先生 すごいなあ。「起きて半畳、寝て一畳」とか「猿も木から落ちる」ということわざは昔から・・・、昔といっても江戸時代ぐらいだろうけれども、昔から言われていることなんですね。もちろんもっと古いことわざもあります。でも、新しいことわざもあるんだよ。例えば「時は金なり」というのは、アメリカフランクリンという人が作った言葉なんです(ベンジャミン・フランクリンは「アメリカ建国の父」と呼ばれる18世紀政治家です)。それを明治時代日本人ことわざにしちゃったんです。だからそんなに古くないんだよね。みんなが聞いて「いいこと言うなあ、うまいこと言うな、偉いなあ」と思うような短い言葉ことわざになるんです。だから今でも作れるんですよ。あみのくんが何かことわざを作って、みんなが感心してくれたら、それが日本中に広がります。そしていつか辞書に載ります(笑)

      え。そんな感じなの。

      スマホ全盛期で情報更新され続ける今、新しい諺が定着するのは難しい様な気がするが、その中でもガンジーでも助走つけて殴るレベルは群を抜いていると思うんだけど、増田さんやブクマカさん達が生まれから出来た諺っぽい言葉ある?

      2022-01-28

      anond:20220128143019

      おてんばの由来・語源

      お転婆(御転婆)」と書くのは当て字で、語源は諸説ある。

      「馴らすことのできない」という意味オランダ語「ontembaar(オンテンバール)」が訛って、「おてんば」になったとする説。

      女の子が出しゃばって足早に歩くことを「てばてば」と言い、接頭語「お」が付いて「おてば」と言ったこから、「おてんば」になったとする説。

      「御伝馬(おてんま)」という宿駅公用に使われた馬は、餌も十分与えられ、普通の駄賃馬よりも元気良く跳ね回るので、そこから転じたとする説など。

      この中で、オランダ語説が有力とされてきたが、「おてんば」が18世紀中頃から使われているのに対し、「てんば」はそれより早い18世紀初頭には使われていることが分かり、「てんば」に接頭語の「お」が付いたとする説が有力となっている。

      2022-01-24

      anond:20220124104235

      歯無羅毘法典



      紀元前18世紀中ごろに殷王朝が制定した、漢字法典。

      目には目を、歯には歯を」の同態復讐(ふくしゅう)法で名高い。

      2022-01-09

      anond:20220109155036

      1718世紀フランスで有名な作曲家っているのかな。

         って、おい、何言ってんだよ。ヴェルサイユ楽派とか、、

      anond:20220109142810

      ベルリオーズサン・サーンスも19世紀作曲家からフランスもそんなに変わらないんじゃない?

      1718世紀フランスで有名な作曲家っているのかな。

      かに20世紀ポピュラー音楽ではイギリスに見劣りするかも知れないけど…

      2022-01-02

      anond:20220102190352

      しかアメリカ18世紀19世紀文明で生きてる人らおるやろ。おまえさっさとそこへ移住したらええぞ

      2021-12-18

      やはり日本法曹界18世紀感覚を引きずっている

      「性表現に接しない自由」や「公共空間不快表現に接しない自由」が話題のようですが、平成30年司法試験論文式試験(憲法)では、「不快」感を覚える「卑猥な」図書等に触れない利益保護重要立法目的といえるかなどが出題されました

      https://twitter.com/YusukeTaira/status/1471869799236247554

      これを見て唖然とした。いち弁護士意見ならともかく、司法試験を出題する側までこのような「女性人権」「不快にならない権利」を無視した感覚を引きずっているのだとしたら日本法曹会は世紀単位時代遅れなのではないか

      立憲民主党共産党は是非とも、政権を取った暁には島岡まな先生をはじめとする女性権利も含めた21世紀人権を考えられる人をを最高裁判所長官判事指名し、

      法曹界そのものゼロベースで作り直す方向に進んで欲しいと思う。

      2021-12-08

      アンドレア・ルケージ

      という作曲家がいた

      18世紀後半に活躍したらしい(同世代だとモーツァルトが有名か)

      Wikipedia記事は割と充実してるかと一瞬思ったが、たぶん英語版翻訳しただけのようだ

      youtubeにも曲が投稿されている

      聞き覚えのある曲は一つもないが、こういう知名度の低い作曲家の曲を聴くのは愉しい

      2021-11-30

      anond:20211130150658

      台湾人とかアメリカ人とか日本人がこんな事件にあうことはないと考えると、

      どんなこと現地でやってんだよと想像するのがつらくなるくらい

      18世紀みたいに、現地住民奴隷あつかいしたりひどいことやってんだろうか、

      2021-11-25

      anond:20210617064202

      これは神学命題プロテスタンティズム決定論に対して言及がないので不完全。

      アメリカ歴史の初期においてピューリタン重要役割を果たした。彼らの思想の一部は今も残ってる。

      フス戦争カルヴァン主義やその前史にまで言及すると長くなりすぎるので省くが、重要な要素が【予定説】(神学決定論)であるカンタンにいえば「全知全能の神。神は全知全能なのですべて予定済でお前の自由意志なんかねーよ!なので善行した"から" 天国に行けるとかあるわけねーじゃん。俺が "善行する" と思うことまで神は予定済なの!」

      というのがあった。

      こうなると、「えーじゃあ善行しようと思うこと意味なくね?」ってなって人々は悪事を働きそうなものであるが、実際にはそうはならなかった。

      人々は「私は神によって救済される(=天国に行く)ことが予定済の人間なので、そうあるべくふるまう(=善行を行うしより良くなるため努力する)」となった。

      因果が逆転してるというかなんというか。

      この因果の逆転によって、ダラダラ働いてシエスタするようなカトリック圏と異なり、プロテスタンティズム圏では修道院のように禁欲的に働き、禁欲的に自己研鑽し、禁欲的に金儲けをしその利潤を禁欲的に再投資する…ことによって世の中を良くする。なぜなら私達は神に選ばれているので!それができる!

      となっていった。

      (※ 禁欲的に慎ましく暮らすタイププロテスタントもあります

      世俗社会修道院化」によって、日常生活の全てを信仰労働に捧げる。

      節制禁欲のために複式簿記を導入…。合理的精神禁欲的に社会を発展させる(なお奴隷制ry)。。

      この辺の時期の代表例としては、ベンジャミン・フランクリン(アメリカ建国の父にして実業家であり学者であり外交官。そして偉大な政治家。今も100ドル札に顔がある)など。

      勤勉性、探究心の強さ、合理主義社会活動への参加という18世紀における近代人間像の象徴

      …というあたりで、発展しすぎた禁欲資本主義本来宗教性を失い、資本主義になり、「内なる光=神との対話」みたいなあたりが「自由意志」に変わっていく。

      自己研鑽しない者たちに対する憎悪侮蔑は、従来の「つまり定説におけるアイツラは地獄行きになる怠け者」から、「侮蔑すべき怠け者」だけが残った。

      ・・・というあたりはマックス・ヴェーバーが"プロテスタンティズムの倫理と資本主義精神"という本とかで書いてたこと。

      今のアメリカ人は直接プロテスタントというわけではないが、連綿とこの思想を引きずっているのである

      (なぜならそのほうが発展に有利だからね)

      ----

      補足すると、こんだけ「プロテスタンティズムがー!」と書いておきながら、実は西海岸カリフォルニア州は全米でももっともカトリックが多い地域である。なぜならもともとあそこはメキシコであり、今でもスペイン語圏からカトリック移民が多いからです。

      ただ、思想的な主流派は?というと難しい。モルモン系やユダヤ教徒(思想原理は異なるが同様に資本の蓄積が宗教的OK)もスゴイ多いし、西海岸を語るなら中華系の人々に言及を避けることが出来ない。

      そして何より、【西海岸リベラリズム】と対極っぽそうな南部バイブルベルト。

      この地域基本的プロテスタントだ。そしてめちゃめちゃ保守的

      ただまぁ、この辺はそもそもバプテスト派なので同じプロテスタントと言ってもなというのと、更には南北戦争で負けたエリアっていうのと、そもそも南北戦争以前から移民が少なかったため思想固定化されたっていうのとかありそう。

      2021-11-19

      神萌絵師18世紀に転生した結果

      陶器のようにすべすべで白い肌、大きすぎる目、解剖学無視したプロポーション

      彼の持つ美的センスはあまりに異質で、当時誰も理解することができなかった。

      彼の名はドミニクアングル女性の"シワを描かない"ことに異常にこだわり、しばしば解剖学無視した絵を制作した。

      彼の代表作の一つは「グランドオダリスク

      それが公開されると批判と称賛を同時に浴びた。

      椎骨が3つ多い」

      批判派には解剖学的間違いが指摘されたが、後にそれは「故意にやったのだ」と理解されるようになる。

      美術歴史自由歴史と言える。常識を打ち破りより自由表現へと進化を続けてきた。アングルは「美の追求のためなら解剖学無視しても良い」と教えたのだ。

      彼の描く女性像は当時の人に違和感を与えたらしいが・・・残念ながら我々はそれを窺い知ることはできない。つやつやの肌も、大きすぎる目も、解剖学無視したプロポーションも、我々にとってはあまりにも普通からだ。でもそれは逆に、アングルが伝えたかった美を我々は純粋な目で鑑賞できるということなのかもしれないな

      https://ja.wikipedia.org/wiki/グランドオダリスク

      全ての萌えオタは見ると良い。そして讃えると良い。これが巨匠アングルグランドオダリスクである

      女性のシワが出ないようにポージングや構図をめっちゃくちゃ工夫して頑張っているのでその辺もよくみてください。お願いします。

      https://ja.wikipedia.org/wiki/泉_(絵画)

      それからこちらも貼っておきます

      76歳にして完成させた『泉』は熱狂をもって迎え入れられました。陶器のような肌、理想化された肉体、古代ギリシャ彫刻に端を発するコントラポスト新古典主義の傑作として後世に影響を与えました。

      まあつまりさ、「お前の描く人間は腰が細すぎる 解剖学的に間違っている」みたいなことを言われたら「それは18世紀にすでに通った道である」みたいな返しすればええんよ。芸術ってやつは自由でいいんよ。好きなもの追求してください。

      なんか飽きたからここでやめる

      2021-11-12

      シールステッカーとラベルデカールの違い

      からなかったので調べてみました!

      シール

      元は「手紙の封蝋」のことを指し、遡ると「小さな印」という意味で「sign」と同語源のようである。そこから封蝋に限らず手紙や包装などを封じる「封緘紙」のこともシールと呼ぶようになった。

      「糊付きの紙片」全般シールと呼ぶのは英語では稀な用法ということで、実際に辞書にも載っていない。ほとんど和製英語と言っていいようである

      日本では1960年代子どもたちのあいだでお菓子のおまけシールが大流行したが、その草分けである1963年の「鉄腕アトムシール」は明治製菓社員が「手紙封印シールをヒントに考案した」というので、図柄印刷された糊付きの紙片を広く「シール」と呼ぶようになったのはその頃か。

      ステッカー

      元は「stick」は「突き刺す」という意味で、そこから突き刺すための道具である「棒」という意味にもなった。

      さらに「突き刺してその場に留める」ことから「固定する」という意味になり、また「付着する」「粘着する」という意味派生した。

      まりsticker」は「粘着するもの」という意味となり、粘着性のラベルデカールのことを「ステッカー」と呼ぶようになった。

      ベル

      元は「細い帯状の布」という意味で、リボンフリンジのようなものを指していた。

      そこから17世紀ごろに「(そのものの内容を示すために付けられる)細い帯状の紙片」を指すようになったという。

      ベルは必ずしも貼るタイプだけではないが、紐で吊り下げるタイプのラベルは「タグ」と呼ばれることが多いので、ラベルといえば貼るものだという印象が強いのかもしれない。

      デカール

      元は「decalcomania」の略であり、さらに遡るとフランス語で「複写する」「描き写す」を意味する「décalquer」が語源となる。

      デカコマニアは「転写印刷」「転写技法」などと訳される。18世紀発明されたもので、特殊な糊を塗った紙に図柄を描き、陶器ガラスなどの直に印刷ができないものの表面に転写する技法のことである

      成り立ちとしては他と毛色が違う感じがするが、「糊を使って図柄を貼り付けるもの」という広い括りで「シール」「ステッカー」の一種だとみなされているのだろう。

      まとめ

      シール:「(図柄印刷された)糊付きの紙片」のこと。和製英語

      ステッカーシールとほぼ同じ意味。「粘着性」であることがアイデンティティ

      ベル:内容を示すために貼るシール/ステッカーのこと。「内容を示す」ことがアイデンティティ

      デカール:転写式のシール/ステッカーのこと。「転写式」であることがアイデンティティ

      いかがでしたか

      ぶっちゃけ英語圏でも「ステッカーデカールの違いってなに?」みたいなブログがたくさん引っかかるので、たぶん実生活ではそんなに厳密に区別されてないんだと思うよ。

      おまけ。

      テープ

      元は「細長い布」という意味さらに遡ると「引き裂く」という語から派生らしく、布を引き裂いて細長くするようなイメージか。語源としては「ラベル」と似ているが、あちらは「ちぎれる」「ぼろぼろ」みたいなところから来ているようなので、テープもっとしっかり「長い」イメージなのだろう。

      19世紀後半の粘着テープ発明以来、「テープ」といえば粘着テープを指すことも多いが、まだまだ「ビデオテープ」「ゴールテープ」など非粘着性のテープも残っているので、まるきり「貼る」だけでもない。

      語義的には「セロハンテープやダクトテープのような普通粘着テープ」もステッカー一種と言えそうな気もするが、「tape sticker」で検索してみると、やはり柄付きのマステ的なアイテムしか出てこないので、そのあたりは日本でも粘着テープのことを「シール」とは呼ばないような感覚と同じなのだろう。

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