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はてなキーワード: 18世紀とは

2019-10-08

日本はいつの間にかAI後進国になってしまった。ついこの間まで、日本技術世界最先端の最も進んだ国だったが、この数年間で一番革新が進んだAIの分野で、完璧発展途上国になってしまった。(中略)まだ挽回できないことはないが、結構やばい

マサがこんな事を言っていた。

20年前の世界時価総額ランキング現在ランキングを対比してみると色々と見えてくるものがある。

18世紀後半に産業革命が起こった。

その頃、日本では多くの人が田んぼを耕して、ちょんまげをした人が罪のない人を斬っていた。

AI後進国日本は(いまここ)のタームらしい...

しかし、急速に方向転換してHondasonyが頑張って世界を取った。

から安心して欲しい。

終わったじゃなくて、既に終わってるけどどうにかなる。(かもしれない)

2019-10-03

anond:20191003013039

馬鹿だねえ

前近代的社会ほど、貞操観念はきびしく、男尊女卑が強いんだから

ビッチ活躍できる場なんか現代よりずーーーーーっと少ないわけじゃん

体育会系じゃないとモテない世界にみずからオタが乗り込んでいくようなもんだよ

……という偏見を覆す話を書きたいのだろうか?

まあ性道徳感がきびしい時代に、すごい美女だけど貞操観念がゆるい女が乗り込んでくれば

男を引っかけまくるという展開も想像はできんこともないが

上流階級ほど処女性にうるさかったりして

下町売れっ子娼婦程度が関の山ではないのか

一定以上の教養もある上流階級相手の高級娼婦が成立したのは

史実だともはや近代に近い時期(18世紀ぐらい)だろうし

2019-09-20

球技がいつ始まったかとかのまとめ

名前開始時期発祥備考
ラ・スール12世紀フランス町の住人が敵味方に分かれて目標地点までボールを運んだり妨害したりする地域行事
マス・フットボール14世紀イギリス町の住人が敵味方に分かれて目標地点までボールを運んだり妨害したりする地域行事
ゴルフ15世紀イギリススコットランド発祥。源流は諸説ある。イギリスで爆発的に広まったのは19世紀後半。
クリケット16世紀イギリスバット・アンド・ボールゲームの原型。現在イギリスインドオーストラリアなどを中心に人気。
ジュ・ド・ポーム16世紀フランスラケットゲームの原型。現在も「リアルテニス」などと呼ばれ一部でプレーされている。
カルチョ16世紀イタリア1チーム27人で乱闘しながらフィールド内に指定されたゴールにボールを入れる。17世紀あいだに廃れた。
フットボール16世紀イギリスパブリックスクールプレーされたフットボールサッカーラグビーのより直接的な原型。
ラウンダーズ18世紀イギリスクリケットから派生野球ソフトボールのより直接的な原型。
野球1850年アメリカ地区で行われていたラウンダーズルール統一したもの
ラクロス1860年カナダネイティブアメリカン伝統競技バガタウェイ」が白人にも広まり、そのルールを整備したもの
サッカー1860年イギリスパブリックスクールで行われていたフットボールルール統一したもの
ラグビー1870年イギリスラグビーユニオン。1871年サッカーから分裂。ラグビー校で整備されたルールをもとにプレー
テニス1870年イギリスローンテニスジュ・ド・ポームをもとに芝生で行うようにしたもの
フィールドホッケー1870年イギリス19世紀半ばにパブリックスクールで発展し、1875年協会設立スティックを用いたサッカー
アイスホッケー1870年カナダフィールドホッケーやラグビーを組み合わせて氷上で行うようにしたもの
バドミントン1870年イギリス植民地時代インドで生まれ軍人が持ち帰ったものが普及したと言われる。
アメフト1880年アメリカ大学で行われていたラグビールール統一して様々な変更を行ったもの
ラグビーリーグ1890年イギリス1895年ラグビーユニオンから分裂。
バスケットボール1890年アメリカ屋内でプレーできる安全球技としてサッカーラグビーラクロスなどをもとに考案された。
バレーボール1890年アメリカ屋内でプレーできる安全球技としてテニスバドミントンなどをもとに考案された。
ハンドボール1900年デンマーク北欧ドイツを中心にルールが整備される。
ドッジボール20世紀初頭アメリカアフリカ発祥説などがあるが不明

2019-08-15

anond:20190814194941

近代以前の清潔観念では体毛はあんまり問題視されてなかった

日本じゃ江戸時代まで女でも腋毛は剃らない方が普通だったし

欧米でも18世紀頃まで庶民の大部分はそうだったのではないか

で、すね毛が意識されるのは夏場に成人男性が短パンをはく場合だが

これもせいぜい1980年代から広まった習慣で

それまでは大人になれば夏でも長ズボン普通だったはず

しかも夏以外の季節はずっとズボンから脚は隠れたまま

江戸時代飛脚下半身ふんどし一枚で街道を走ってたようだが

当時「すね毛キモい」という言説があったという話は聞かない

――つまり、「男がすね毛露出して歩くのはキモい」なんてのは

人類史数千年のなかで、せいぜい30数年ぐらいの、しかも夏限定現象

たぶん将来の40世紀人や50世紀人から見れば

古代エジプト人やインカ人の珍奇な習俗と同じに見えるはずだよ

2019-07-17

やきそばパン

映画でも漫画でもアニメでもドラマでも何でもいいんだけど、まともな人間焼きそばパンを食べているシーンは決して出てこないことに気づいた。

 

ガリレオ博士焼きそばパンを決して食べない。ロングバケーション焼きそばパンを食べているシーンは出てこなかった。もちろん、おくりびとにも出てこなかった。雪ノ下雪乃焼きそばパンを食べないし、加藤恵焼きそばパンを食べない。ラスコーリニコフ焼きそばパンを食べないし、ジャン・バルジャン焼きそばパンを食べたという記述は、あの18世紀パリを詳述し、登場人物描写にも抜かりない原作小説にも出てこなかった。まだ見てないけれど天気の子焼きそばパンをおそらく食べない。

 

しかし、雨宮蛍はおそらく焼きそばパンを食べる。今期アニメで言えばバカ烙印を押されている田中望(女子高生無駄かい CV:赤﨑千夏)は実際に焼きそばパンを食べていたし、きんぎょ注意報主人公は恥ずべきことに1話につき何度も焼きそばパン連呼するという醜態晒している。おそらく澤村・スペンサー・英梨々焼きそばパンを食べる。ドン・キホーテはおそらく焼きそばパンを食べるし、狂言にも間抜け山伏が木の上の焼きそばパンを盗もうとして地主に見つかるという話があった(これら作品の中に焼きそばパンを食べるシーンが実際には出てこなかったとしても、陰では絶対に食べている)。

 

君が焼きそばパンを食べているとき、周りからどういうふうに見られているか意識したほうがいい。少なくとも木村文乃福山雅治のようには見られていない。万が一、君が福山雅治だったとしたら、焼きそばパンを食べた時点で福山雅治ではなくなる。焼きそばパンとはそういうものからである

この文章焼きそばパンを食べながら書かれている。

2019-06-28

anond:20190627202643

解析機関を作る話は他の人も挙げているが

電気使わない歯車仕掛けの機械だと巨大になるし

近代以前の技術では容易に大量生産もできんので

それだけ古典SF独裁的なマザーコンピュータイメージに近くなるな

18世紀末のフランスにあった腕木通信システムなら

電気使わないインターネット可能情報伝達能力電信レベルだが)

http://www.pcatwork.com/semaphore/s001.html

中世前期の技術水準の世界でも腕木通信は作れるはず

ただこれもすごく巨大になる

2019-06-07

anond:20190607115649

感情がどうのこうのって、もはやイデオロギーの中身関係なくね

保守陣営でも小難しい理論的なことを言う奴はおるが

社会全体においてどちらかといえば保守陣営のほうが優勢なのは

世の多数の人々が好きなのはクラス内で人気のあるウェイ系

ちょい強気でノリがよくて、それゆえ体育会系価値観全開だったり

根性で人に無理をさせるブラック企業価値観だったり男尊女卑でも

なーとなく許されてるタイプ人間

結果的にその手のタイプ人間弱者味方陣営の思想になりにくい

ということで、イデロギー以前の問題ではないか

思うに、左翼リベラル派は別に勝たなくて良いのである

しろ、勝つとソ連共産党中国共産党のようになりかねない

ただし、建前上は民主主義政治ならば、その時の与党に対して

疑義申し立て勢力は常に必要

それが常に一定数いることで、普通選挙だの労働時間時間だの

現在では保守与党もおいそれと否定できない現在の「普通基準確立された

18世紀フランス革命以前を基準に考えれば、世界はずっと「左翼化」し続けている

今や世襲貴族特権なんかほとんどない、地主農民奴隷のように支配もしてない

(それらを実現させたのは、政治的な運動より産業資本主義テクノロジーという面もある)

今でも、別に小難しい左翼イデオロギーが好きでも何でもない大衆の間でも

ブラック企業はヤダ」「男尊女卑とか古い」みたいな価値観蔓延してる

これ、イデオロギー以前の、楽になりたいとか束縛は嫌、みたいな「感情」だろ

マイノリティに対する問題に関しても、在特会みたいに露骨排外主義という

小難しい主義を唱えるような連中は「なんだかわかんないけど怖い・ダサくて格好悪い」

というのが庶民最大公約数的な感情」ではないのか

それでよいのではないか

あるいは、保守陣営人気取りのためそういう感情を取り込んだ政策を実行するなら

それでも結果的目的は果たせたことになるであろう

2019-05-12

anond:20190512005931

(略)ここの「インフォーマル」って何でもぶち込めるnoteを、形式として定まってない、形式ばらない、砕けたかい意味で言っているんじゃないの?

その形式の特徴を言っているだけなわけで、各国で使ってるとか関係なくない?

遅くとも18世紀にはヨーロッパで使われてる形式を「形式として定まってない」「形式ばらない」とかちょっと何言ってるかわからないですね……国ごと分野ごとに微妙な違いはあれど、notesの書き方はだいたい整備されてますよ。

文系ではむしろこっちの方が格式ばった、フォーマルなやり方です。砕けたやり方? author-dateの方がよっぽど「最近若手や中堅がやり始めてる砕けた記法」だよ!

2019-05-11

文系学問における注と参考文献の話、補遺

文系学問において資料実在証明するものとは何か」(anond:20190510230425)についたブコメに応答&補足説明します。

参考文献と注は違うよ!

Wikipediaですら参考文献を求められるので、参考文献(ここで言っている注)のない本はある意味Wikipedia以下の信頼性と考えられても仕方がないことを多くの人に知らせるべきだと思う。

参考文献と注は違います! ぜんぜん別です! 参考にした本を並べてあるのが参考文献(厳密にはこの場合「参考文献一覧」)で、本文中の記述の出典を直接明らかにするのが注です!

参考文献と注については、以下の4つの組み合わせが考えられます

  • a)参考文献も注も揃っている
  • b)参考文献はあるが、注はない
  • c)参考文献はないが、注はある
  • d)参考文献も注もない

このうち、研究書として許されるのはaとcだけです。ここで問題にしているのはbとdで、多くの学術的な新書はbであり(中公新書とかでよくあるやつ)、ごくまれにdみたいな本があります最近だと、岩波新書の『ロシア革命』)。

えっ、cも許されるの? はい、許されます。なぜなら、個々の注でしっかりと典拠を示してある場合は、参考文献リスト存在せずとも出典の表示に不自由はないからです。

これだとわかりづらいかもしれないので、架空の例で説明してみます(わかりづらいかと思ったので書き直しました)。

a)増田うんこを漏らした(注1)。一方、同人作家おしっこを描いた(注2)。

(注1)はてな太郎増田研究Hatelabo2019年、819頁。

(注2)Y. Arim, Oshikko Collection (Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019), p.8107.

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

b)増田うんこを漏らした。一方、同人作家おしっこを描いた。

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

c)増田うんこを漏らした(注1)。一方、同人作家おしっこを描いた(注2)。

(注1)はてな太郎増田研究Hatelabo2019年、819頁。

(注2)Y. Arim, Oshikko Collection (Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019), p.8107.

d)増田うんこを漏らした。一方、同人作家おしっこを描いた。

cでも十分に出典表示として問題のないことはご理解いただけるでしょうか? 実際、英語圏でもcのような本はたまにあります。そして、著書ではなく論文レベルだと、cのようなやり方を採用している雑誌はとても多いのです(日本語圏でも英語圏でも)。いや、もちろん理想を言えばaみたいな本であるべきなんです。でも、紙幅の都合というものがあり、印刷費が嵩むからどこかを削りたい、となった場合には、真っ先に参考文献が削られてしまうのは致し方ないと思います

日本出版問題は、そこで「参考文献ではなく、注を削ろう!」という話になってしまうことです。違います注か参考文献、ページ数の関係上どちらかを削らないといけないのなら参考文献を削るべきなんです。

もし注がしっかりとつけられていれば、参考文献の欠如は「どんな文献があるかひと目でわかりづらい」程度の問題しかなりません。しかいくら参考文献があったところで、注がなければ「ではこの記述典拠はいったい何なのか」という根本的な問題惹起します(bの例から正しい出典を復元できるでしょうか?)。参考文献は省いても構いません。しかし注を省いてはダメなのです!(学術的な新規性のある本ではなく、学界の定説初心者向けにわかやす纏める本でなら、読みやすさを優先して逆の判断になっても構わないのですが)

もちろん、これはauthor-date方式やMLA styleの注をつける場合には適用できません。どういう方式かというと、次のような方式です。

author-date方式

増田うんこを漏らした(はてな 2019: 819)。一方、同人作家おしっこを描いた(Arim 2019: 8107)。

参考文献リスト

Arim, Y. 2019. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies.

はてな太郎.2019.『増田研究Hatelabo

MLA style:

増田うんこを漏らした(はてな 819)。一方、同人作家おしっこを描いた(Arim 8107)。

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

こういう方式の注をつける場合には参考文献が絶対必要です。当たり前ですね(author-date方式についてはanond:20190511230117も参照)。

2種類の「参考文献」

自分実験室の試験管”イメージ偏ってるなー(´・_・`)理系論文での引用たことないんかな。普通に出典書いてるし、それを叩き台に積み上げたり、否定したりするんだが。博士論文なんか引用文献沢山乗るしね

理系学問についてのイメージが偏っている点についてはごめんなさい。でも引用については、申し訳ないけれどそちらが勘違いされていると思います(もちろん私は理系論文ちょっとしか読んだことないので、私に事実誤認があれば教えてほしいのですが)。

文系学問において、参考文献には2種類あります

このうち、理系論文で文献として挙げられるのは「先行研究」だけですよね? でも、文系では「一次文献」も参考文献に含まれ、そこへの参照が論文重要な核を占めているのです。

たとえば上皇陛下が書かれた論文(※1)を見てみると、確かに末尾にずらずらっと先行研究が並んでいますが、論文の核となる部分はあくまハゼ遺伝子を解析した部分にあって、それは当然ながら実験室で採られたデータであり、何らかの文献によって引証される類のものではないわけです。

しかし、皇族つながりで天皇陛下が書かれた論文(※2)を例に出すと、この論文において著者の主張の裏付けとなっているのは古文書における記述であって、その原本研究施設が所蔵していたり史料集として公刊されていたりするわけです(史料集って何ぞや、という点については後述)。

私が最初増田で言ったのは、この「一次文献」の問題です。多くの場合理系ではこういう資料引用しないですよね(最近だと古天文学歴史的史料引用するとかあるのかな?)。しかし今回の研究不正がなされたような分野においては、そのような資料こそが研究の核心にあるという話です。

もちろん、慌てて言いますが「なにをデータにするか」は研究対象によって異なります文化人類学のような分野では、ヨソの土地まで出かけていって住人たちとの会話を書き取ったもの資料です(この分野だと「インタビュー」とかいう生易しいものじゃなくて、ヨソの土地に住み込んでその土地言語習得して日常生活を過ごす中で遭遇した会話や出来事を持ち歩いてるノートに書き付ける、という調査方法が採られます。これを参与観察というわけですが、私にゃ無理ですわ)。記述言語学だと研究対象の言語話者にその言語を口に出してもらって記録する(「これを○○語でなんといいますか?」と聞くこともあれば、話者どうしで会話してもらってそれを横で聞くパターンもあり)、というやり方になるんだろうと思います。なので私が言っているのは、あくまでも近現代史やその隣接領域での話だと思ってください。

一次史料からといって信憑性が高いとは限らない

文系生データは出典となる書籍だったり、原典資料がある場所と。原典原典って、どんどん辿っていけるブロックチェーンみたいな形式理想ってわけか。一時情報当事者証言なら信憑性高いって判断にはなるし

違います! 当事者証言からといって必ずしも信憑性が高いわけではありません! たとえば戦争犯罪裁判にかけられた人の証言のことを考えてみてください。彼もしくは彼女証言をそのまま「信憑性が高い」として扱ってしまってよいか? そんなわけはない。

歴史学において一次史料が重視されるのは、それが「生データ」だからです。それはひょっとしたら当事者の保身によって捻じ曲げられているかもしれないし、当事者が間違えているかもしれないし、当事者が見ても聞いてもいないことは書かれていないかもしれない(たとえば「沖縄返還をめぐる日米交渉」を研究しようと思ったとき日本側の史料は「日本側の政策決定過程」を教えてはくれますが、アメリカ外交官たちがどういう考えを持って交渉に臨んでいたかを教えてはくれないのです。それを知りたければアメリカ側の史料を見るしかありません)。けれども新しい研究は必ず一次史料から出発する必要があるのです。何故ならそれは昔の人によって直接書き記されたものから

なので歴史学では「史料批判」というものを重視します。これは説明すると長くなるので詳しくは歴史学入門書とかを読んでほしいんですが、要するに史料に書かれていることはどのくらい信用できるのか、みたいなことを分析するわけですね。あれれ~? おっかしいぞ~? この人、自分は後方にいたか虐殺行為に関わってなかったって言ってるけど、部隊の記録では後方にいたなんてどこにも書いてないよ~?

(「なにが一次史料か」というのも研究対象によって変わります特に科学史史学史といった分野では「他の研究において先行研究とされている文献が一次史料である」という状況がしばしば発生するのですが、この理屈はわかっていただけますよね)

デジタルアーカイブ史料

図書館ScanSnap SV600を完備し研究する皆の熱意でデジタルライブラリが出来るといいな… P2Pで共有されればノード消滅にも耐えられる。しか日本ではプリウスミサイル上級国民は不逮捕で、P2Pプログラマ逮捕なので

出来るといいな、じゃなくて、既にあります

たとえば国立国会図書館デジタルライブラリーには幕末以降の古書が多く登録されていて、PDFで落とすことができます。archive.orgや、フランス国立図書館デジタルライブラリー「Gallica」も有名ですね。こういうところに所蔵されている文献については、わざわざ現地の図書館まで行かなくともPDFダウンロードすればそれでよいわけです。デジタル化によって歴史学者の仕事は格段にやりやすくなりました。18世紀ドイツ語の本をコタツに入ったままで入手できるんだもんなぁ。

しかし、当たり前ですが全ての史料電子化されているわけではありません。国によってデジタルライブラリーの整備状況に違いがありますし、そもそも現代以降に出版された印刷物の数を考えたら全部をデジタル化するなんて人手も時間も足りない、という場合もあるでしょうし、身も蓋もない話をすれば著作権問題もあるでしょう(とある国では、その国の図書館に直接行かないとデジタル化された史料アクセスできなかったりします。てっきりPDFはないと思っていたのですが、著作権上の問題で館内からしかアクセスできないようになっているだけだそうです)。

また、多くの国では、公文書館史料まではデジタル化は及んでいません。元増田でも書きましたが、お役所ちょっとした書き付けなんかも史料になるわけで、それ全部デジタル化しようとしたらとんでもない数になります(これについて、日本戦前外交文書のかなりの数をウェブで読めるので恵まれていますね……アジア歴史資料センター様には足を向けて寝られません)。なので未だに、現地に行って史料を直接見てくる、というのが重要になるわけです。

さらに言うと、史料が必ずしも公的機関によって保存されているとは限らず、貴族武士の子孫のおうちに保管されていて、読みたい人はご当主様の許可を得て読ませてもらう、という場合もあり、当然デジタル化の波は及んでいません。イギリスだと由緒ある大貴族屋敷には私設の文書館付属している場合もあり、日本歴史学者でもソールズベリ侯爵のお屋敷であるハットフィールドハウスに赴いて史料収集している人もいます。謝辞で「史料を閲覧させてくれた当代のソールズベリ侯に感謝する」みたいなこと書いてあって「すごい……」って思いました)

ただ、「みんなが読みたがる重要史料」については、史料をまとめた本を出すとか、史料を集めたマイクロフィルムを作るとか、そういう形で広く公開されている場合があります(たとえば第一次世界大戦の勃発に関しては、イギリスオーストリアなどの当事国が何十巻にも及ぶ史料集を出版していて、東京大学などの国内研究機関にも所蔵されています)。けれどそういうのを購入するのはお金がかかるし、何より発行から何十年も経ってしまうと入手自体が難しくなってしまう(でも著作権は残っているためデジタル化も遅々として進まない)ので、あんまりお金がなかったり新設されたばかりだったりする大学研究者は結局それらを所蔵している大学図書館に行く必要が……

「注があると読者に嫌われる」は本当か?

しろ最後の注を見て次の本を決めたりするので、注があると読まなくなる人というのがいるのにびっくり…

注なんて読みたくなければ飛ばせばいいのに注があると売れない……? やべえな世の中。/ みんな本当に自己防衛意識が弱いよね。優しい世界生きてるんだろうな

注があると読まない人が居るという話、ただ気持ちよくなるために情報摂取してる層には、正確性の担保なんてむしろ邪魔なんだろね。ワイドショー視聴者と同質。

これ、実際に「注があるから読まない」読者が本当にいるのか、と疑ってみるべき案件だと思うんですよね……。「編集から言われて注を外した」という話は学者あいから漏れ聞こえてきますが、「注があるから読んでいて苦痛だった」という話ってなかなか聞かなくないです? いやもちろん編集者のところにはそういう苦情のお便りが届いているのかもしれませんが……。「注があると売れない」という都市伝説が生き長らえているだけのような……(一般読者からしてみれば、注の存在に気づいてなかった、とか、なんか数字が振ってあるけど気にしてなかった、という場合も多いでしょうし)

注は別に読まなくてもいいです

ちゃんと注まで読んでるのね。今まで気にしたことも無かった…我ながら知的レベル低い…

注がついている本を読んでいる段階で十分かと思いますので安心してください。注は、もし興味がないならさらっと読み飛ばしても別に大丈夫ですよ。というか、注で典拠が示されていても、アラビア語とかギリシャ語とか朝鮮語とかロシア語とかで書かれている場合も多々あるわけで、そんなの普通の読者さんにチェックできるわけないですし。ただ、注を見てみると、おっ、ここはちゃんと原史料を読んで書いてるのか、なーんだ、ここは英語二次文献に頼って書いてるんだ、みたいなことがわかっちゃったりするので、学者仕事の裏側を垣間見ることができて面白いですし、どんな情報源を使って書かれているのか? をチェックしてみることは学術書だけでなく普通ニュースとかを読むときにも重要なことだと思いますよ。

ブコメ

物理分野では「参考文献」の意味増田とは異なる。参考文献は本文記述の直接の引用を表す。あとあまり明確に決まってないけど、注は捕捉説明を指す。「参考にした文献一覧」は存在しない。読書案内なら見かける。

誰がReferences(Bibliography)を参考文献と訳したのか。"refer"した文献のリストであって、本文の著述に紐づけられるものだけリストアップすればよく、逆に、何でもかんでも列挙して博識をひけらかすところではない。

や、まあ、文系でもたいていの場合は「引用文献」ってことですよ。それを「参考文献」と呼んでるだけ。参考にはなったけど言及してない文献は、私なら入れない(でも入れる人もいるかも)。

いま史学科にいる人間全員読んでリアルブクマしとけ。懇切丁寧な論文の"文法書"だぞ。

あなたがこの増田に感心してくれたことは嬉しいけれど、史学科の学生上から目線アドバイスしないでください。こんなの初歩の初歩で、史学科の学生さんならとっくに理解してます史学出身じゃない人たちが「そうだったのか~!」って言ってるだけ。別に史学科の常識を知らないのは悪いことじゃないけれど(私も他学科常識とかわかんないし)、自分が知らなかったある分野の初歩の初歩を解説されて、そこで聞きかじった内容をその分野を学んでいる人の前で「お前らこういうのよく読んどけよ~」って言えちゃうの、ちょっと傲慢すぎません?

2019-04-22

anond:20190422174919

オチをつける必要はない

「広い世界にはこんなユートピアもあるんやで!」「ほぇーすっごーい!」

だけで小説が成立していた時代があった

具体的には1718世紀頃のことで、この時期は植民地開拓ブームだったため、読者も異国情緒あふれる明るい世界を求めていたのだろうと思われる(だから探検家による見聞録みたいな体裁をとっている作品が多い)

今は手に入りにくいが『ユートピア旅行記叢書』っていう翻訳シリーズがあるので図書館に行けば読めるかもしれない

 

ユートピアって言うほど理想社会か?」という疑問が投じられるようになったのは19世紀以降のことだが、この時期はマルクス主義の勃興の時期でもあるので

「ワイは未来ユートピアを見てきた!やはり共産主義は正しかったんや…!」というスタンス理想管理社会を描いた小説も多数書かれており、「管理社会ディストピア」派との間で論争が起きている

anond:20190422002407

つ「前近代

まれとき職業階級も決まってて変化がない、自分で考えなくて目の前のことだけやってればいい世の中なら、18世紀以前のほとんどの国は基本的にそうだよ

2019-03-19

anond:20190319153137

ああ、なんかわかる

18世紀庭園隠者はそこそこそれに近いな

超絶金持ちならできるよきっと

2019-02-12

anond:20190211135211

16世紀半ばの戦国時代の末期にマカオからポルトガル船が九州各地に来航していわゆる南蛮貿易が始まると、おそらくは中国産砂糖安定的供給されるようになる。最近ポルトガル船の積み荷の研究によれば、年間150キロ前後砂糖が輸入されていたという。

 江戸時代に入ると17世紀から18世紀初期にかけて福建省から琉球奄美黒砂糖の製法が伝えられ生産が始まった。しかし白砂糖や氷砂糖は、18世紀末の寛政年間に国産砂糖上方市場に登場するまで、長崎に来航する唐船(中国本土東南アジアからの来航船)とオランダ船(東南アジアから来航するオランダ東インド会社の船)による輸入に依存していた。

 長崎貿易により輸入された砂糖は、国内商人落札された後、船で大坂道修町の薬種問屋へ運ばれ、さら堺筋町の砂糖仲買によって江戸をはじめとする全国に運ばれていたという。

2019-02-02

anond:20190202150100

技術社会に与えた影響度で評価するなら、文句なし18世紀産業革命でしょうし、

象徴的な出来事という点で評価するなら、初めての有人月面着陸でしょうかね。

2018-12-06

言葉で融和できる相手とは会話を重ねて仲良くなる

それでも無理な相手とは、老若男女問わずエッチして強制的に仲良くなる

そういう強制的友達パーソンいないのかな

18世紀から今日までに一人二人はいるだろ

井原西鶴の本でそういうキャラいたと思うし

2018-11-12

anond:20181110230554

インタビューウィズバンパイア

耽美ヴァンパイア物っていうか原作海外腐女子先輩

トムクルーズ×ブラピブラピ総受

ロリヴァンパイアにして疑似家族作っちゃう

(またこロリが素晴らしい大好き)

とにかく、トム・クルーズ様が! 光の王子であるところのトム様が

闇の王子を演じててそれがものすごくハマっているので

特にムファンでなくてもあれはいものだ素晴らしい

結構昔の映画だけどそもそも舞台18世紀とかなので違和感はないと思う

2018-11-03

anond:20181030121821

え?

いや、普通に18世紀くらいなら黒人居ただろ。

貴族城主ならともかく、下働き(Not奴隷)程度なら普通に居たぞ。


いままで中世近世舞台映画かにいなかったのがおかしいってだけで。

2018-10-30

anond:20181030121852

せやなキャプテンアメリカノンフィクションドラマやもんな。…ってんなわけあるかい

美女と野獣は確かテレポーテーションする場面があって、確実にフランスのどっかに移動して「ワイのマッマとパッパはペストで死んでもうたで」みたいな話があったかファンタジーでも時代設定自体18世紀くらいで固定の筈。記憶が確かなら。

anond:20181030121241

美女と野獣でお城の住人に黒人が混ざってたのはあれどうなん感あったよな。

時代設定(18世紀頃のフランス)としても不適切やろ。

2018-09-25

anond:20180925205844

トラバミスった

ホメオパシーなら二重盲検法による検証やそのメタアナリシスがいろいろある(専門外なんでよく知らんがpubmed検索したら関連論文も見つかるんじゃない?)そうだけど

水素商法に関しては単純に歴史が浅い上に社会に対する悪影響もまだそんなないか研究対象になってないんでわ?なんせホメオパシー18世紀からあるから

2018-09-09

衰退先進国ポルトガル18世紀リスボン震災から"失われた250年"を絶賛継続中で気合が入ってるし、日本はまだまだ衰退途上国なんだなと実感する。

2018-08-19

ウンコスキー

世界史で、ちょっと語感がアレなのは色々あるが、これはすごいな。

プチャーチン欧州を出発したときに乗ってたパルラダ号の艦長名前Ivan Unkovsky - Wikipedia

いやウンコスキーだよ?微妙マイナーなのであまり話題になってないけど、この名前はすごいな。

18世紀中央アジアロシアから派遣された Ivan Unkovskii って人もいるけど、同じ一族なのかな?

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