「定年退職」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 定年退職とは

2019-06-18

老後2000万必要問題について。

若い人が活躍する時間帯にすまないが、老後2000万問題について。

若い人向けに言うと、両親が仕事を辞めて年金生活になった時、貯金が2000万ないと今と同じ暮らしはできないって問題のことです。

ネットでは政府金融庁批判したりそればかりかいもの通り批判に託けて自民党批判をするだけの人も多いけど

この問題は、本当に深刻なのでただ批判してるだけの人は無視したほうがいいです。

問題となってるレポートは、年金をもらう世帯は平均毎月5万円足りないという話で、死ぬまでにいくら足りないかの話です。

ただ、平均的な老後世帯の前提があって、

1.住宅ローンがなく賃貸でもない。

2.子育てはしていない。(子供独立してる)。

3.老後の生活は、収入があるときの80%の生活費で生活してる。

4.現役時代は1つの会社に勤めあげて、年金には相応の厚生年金がもらえてる。

5.数か月以上治療にかかる大きな病気をしないで、生涯を終える。

多少、ズレはありますが、これが平均の条件です。

このとき生活するために、毎月5万円前後、足りないということです。

この前提からはずれる場合には、当然、足りないお金も変わってきます

ネットでは、お金がなければないなりの生活をするだけと言う人もいますが、それもこれも上の前提があるうちです。

例えば、老後に賃貸生活をするなら、毎月5万円どころか、10万円以上足りませんし

老後も、いまと同じように友達と会って食事をしたり、出かけたりしても、10万円近く赤字になるでしょうし

なにより、厚生年金をもらえない人は、生活を5万円切りつめても、さらに10万円近く不足するでしょう。

あと、厚生年金は、収入に応じて積み立てられているので、年収が少ない人は少ないですし、年収が多い人は多くなります

現役の収入に見合った生活をしつづける前提で、5万円足りないと考えたほうがよくて

年収が低い人は、低い人なりに年金の足りない額があり、老後を年金だけで生活するなら2000万円まではいかなくても1000万円以上足りないでしょう。

上の前提からはずれている人は、2000万円では到底足りなくなります

がん保険に入っていないのに、がんになった。住宅ローンが80歳まで続く。海外旅行趣味をやめられない。70歳だけど子供私立大学に通ってる。

こういう人は、3000万円、4000万円と、貯金ができていなければ、どういう老後になるのかわかりません。

一部の人達が、政府に恨み言を言うのは自由にすればいいですが、現実問題として生活できなくなる老人、老後をどうするのかを真剣に考えないといけない時代です。

年金を増やせとは、若い人たちの年金基金の料金を値上げしろと同じことなので、到底できることではないとすれば

あとは、60歳以上も、働ける人は同じように働けるようにすることです。

今は、60歳を超えると、定年退職といってほぼどこの会社でも働けなくなり、働けたとしてもアルバイトと同じような給料になります

これでは、病気をしたりローンがあるような老人には到底生活困難ですから退職までに貯金が2000万円もいる現実をどうにもできません。

本当にどうやったら、老後の生活がやっていけるのかを考えていかないと、破産した老人たちで社会が溢れると、あちこち犯罪やら自殺やらで悲惨な事になるでしょう。

2019-06-17

そもそも俺らは年金のためにいくら支払うのか

毎月2万ということは会社も2万折半してるから、月の合計は4万。

年間48万。それを60年だから、2880万円!

20年で使い果たすなら年140万。月10万か。

65で定年退職すれば85歳までは安泰だな。

からとっとと天寿を全うしろよ。

2019-06-11

anond:20190611214208

あと20年くらいで定年退職する新卒になんの価値があるんだよ

鬼か

2019-06-09

定年退職したら1年以内に餓死する自信がある。

日々の生活で精いっぱいなので、2000万どころか2000円も貯められないかもしれない。

年金なんてもらったところで1か月家賃を払ったらなくなるし、

光熱費も払えなくなって電気もガスも止められるだろう。

そして部屋の中で孤独死して、近所から異臭がすると苦情があって初めて発見されると思う。

それでもいいのか麻生さん。

2019-06-06

運転免許は「できない」人に合わせて年齢上限を決めてほしい

高齢者には自動車運転をしないでほしい。

私は「65歳以上」は、免許を一律返納すべきという立場を取りたい。

なぜ65歳かというと、年金を貰えるのが65歳だから定年退職する年齢を65歳と仮定しての線引きである

例えば、トラックバス運転手などの職業ドライバーも、定年で「引退」すると考える。

再雇用云々……は今は置いておいて、例えばバス会社運転手を雇うのは「65歳の定年まで」とすれば、それが運転引退する年齢にすべきだと思うのだ。

よって、この年金を貰うラインを、一応「現役」か「引退」かの無慈悲に引くラインとして採用したい。

からトラックバスなど、プロ運転手に給料を払う企業に対して、厳密にその「現役」と「引退」の年齢ラインをしっかり決めて欲しい。

安心して雇い、安心して給料を払えるのは、何歳の運転手までか。

それを免許返納の年齢規定にしてよいと私は思う。

職業運転手は、人命や大切な荷を運ぶプロだ。事故を起こされたら会社もたまったものじゃない。

から、その業態は慎重に年齢制限を設けるだろう。

私は知らないが、もしかしたらすでに制限があるかもしれない。

職業運転手以外の一般運転手も、それに倣うべきだ。

なぜなら、高齢者はどうしても、認知判断操作能力が、衰えていくからだ。

60歳から65歳になって、年齢が若返ることはもうない。時間は過ぎる。

高齢者運転操作死ぬ人は後を絶たない。

池袋暴走事故の遺族は「少しでも運転不安のある人は免許を返納してほしい」と訴えた。

私もそう思う。

「年を取る」ことは「運転不安が増える」ことと同義だ。

足が衰え、ガニ股になり、バックなどで腰をひねった際、身体の柔らかさが衰えた身体では足の位置がずれてしまい、

その甘い感覚のまま、ブレーキに添えていたはずの足はアクセルにずれ、思い切りアクセルを踏んでしまう。

身体的衰え」が理由事故だ。

反射神経も鈍っているから、すぐにブレーキを踏みなおせない。

なぜなら「ブレーキを踏んだのに進んでいる」→「アクセルと踏み間違えている」→「ブレーキを踏みなおそう」という、

認知判断力も鈍っているからだ。

しろブレーキを踏んでるのにどうして進むの?」とパニックになり、踏み間違えたアクセルを踏み続ける。

その間も、轢いた歩行者を踏み続けていることになる。無慈悲だ。これは殺人と等しい。

これが高齢者運転操作による事故典型である

日々流れるワイドショー特集では、

「年を取っても元気に運転できる人がいる」とか「田舎では移動手段がない」とか、しまいには「生き甲斐」とか言い出す始末。

要は車を取ったら不便になるからギリギリまで運転したいということ。

そして「家族が顔色を窺って、免許返納を遠回しに勧めて」ほしいとか言っている。

子ども世代だって忙しい。そんな暇はない。

なぜそこまで気遣いをしなければならないのか。

そもそも注意する子ども世代がいない高齢者は?

少子化時代にそういう高齢者だって沢山いるだろう。

であれば、「一律」に「平等」に免許返納の年齢上限を設けるべきだ。

18歳未満は運転できないのと同じだ。

福岡市逆走暴走事故は、事故のほんの十分前はまともに運転をしていたそうだ。

しかしたら当時意識を失っていた(突然体調不良になった?)のかもしれないと、事故の原因を調査中だ。

高齢者は、いつどうなるかわからいから、運転はやめるべきだという事実が露呈したと言える。

ほんの十分前まともに運転していた人が、一瞬でまともな運転ができなくなったのだ。

今日できていても、明日できなくなってもおかしくない。

それが「年を取る」……ということなのだ。

これが一番言いたいことだが。

歩行者の命」に関わることだ。

健康寿命の長い、特異な人に合わせないでほしい。

平均点以下……むしろ運動神経の悪くおぼつかなくなってきた人に合わせて、年齢制限を決めて欲しい。

運転偏差値なるものがあるなら、30とか20とかの人に合わせて、年齢制限を決めて欲しい。

車は、踏んだら動く。

座ってるだけで移動できる。

力の弱くなってきた高齢者には便利なものだろう。

けれども、最低限「安全操作」ができる「身体能力」が必要だ。

それは、高齢になるとどうしても不足してくる。スポーツと同じだ。

アスリート自分引退を決める。

自分選手としての限界を認め、退く。

プロであればあるほど、自分が全盛期の動きができなくなったとすぐに気付く。

それだけ自分能力客観的に見ることができるのだ。

それができないなら、年齢制限を決めるしかない。

自動車運転にも、職業運転手の定年退職と同様に、年齢に上限を決める。

どうか、運転免許は「できない」人に合わせて年齢上限を決めてほしい。



*ちなみに我が家場合

私はペーパードライバーだ。

運転免許はほぼ身分証としてしか機能していない。

45歳までに車を買えなかったら、返納しようと思っている。

45歳以上になったら、ペーパードライバー講習を受けても無理だろうと思っているからだ。

21歳で免許取得したのに、自動車のものも維持費も高く、いまだに持つことができない。給料が低いのだ。

からどこにでも歩いていく。汽車に乗っていく。バスに乗っていく。そして歩く。

齢90の祖母、65の父もそうだ。

祖母免許を持っていない。運転できる祖父が亡くなってからは、ずっと歩いている。バスに乗ったり、バスがなければ歩いている。

祖母のような高齢者でも、車がなければないでなんとかやっている。

父は車の維持費が大変で、55歳ごろ車を手放した。

車を手放したらタクシー代が…という人は、車のほうが金食い虫と言えないだろうか。

父は、バスの通る場所引っ越したし、祖母は、生協宅配を利用して日々の買い物は賄っている。

車って、一度持ってしまうと手放せないんだなと、高齢者の誤操作による事故ニュースを見ていて、日々思っている。

そして不思議だ。

実家には車のある時期もあったが、私自身は車を持ったことがない。

そういう人間からしてみれば、なぜそこまで車に固執するのか不思議でならない。

事故ニュースだって、決して交通の便が悪くなさそうなところで起きている。本当に不思議だ。

おまけに、高齢者が若かったころ、そもそも車なんか発明されて間もなく高価で手が出せなかったのではなかろうか。

便利なものを知ると、手放せなくなる典型なのだなと思う。

便利なものはなかなか手放せない。仕方ない。踏めば走る。便利だ。

から自動車運転免許には、一律に年齢上限を決めるしかないと思う。

色々な手放したくない理由がある。それは理解できる。

からこそ無慈悲に年齢で線引きするのが、一番平等なのではないかと思い、この記事を書いた。

2019-05-30

昨日、兄が逮捕されました。

昨日、長兄が逮捕されました。

近所の家の庭に置いてあるものを、盗んで売って金にしていたとのこと。おまけに1、2回どころではなく数十回は犯行していたそうで。

自分の家庭はお世辞にも順風満帆とは言えない暮らしで、音を立てながらもなんとか回ってる歯車みたいな暮らしだったんだが、最近少しずつ崩れ出している気がして仕方がない。

ちょっと疲れて仕方がないので、少しここで自分の家庭状況を書かせてほしい。

公務員の父と、パートの母。一人暮らししながらも堅実に生活している長姉と、よく言えば向上心があり過ぎるせいで一つのところに中々留まらない次兄。その二人の上にいる発達障害持ちの件の長兄、そして1番下の自分だ。

小さい頃はそうでもなかった。父は出張族であまり家にいなかったが、たまに帰ってくればキャンプだったり海に連れて行ってくれたり、家族はそれなりに平和だった。

まぁ、昔住んでいた家が次兄と友人の喧嘩エスカレートして火を放たれたり、長兄がいじめあい、首謀者に外壁を破壊されたりはしたが。

まず一つおかしくなり始めたのは、父が酔って暴れるようになったこと。長兄と長姉が高校を出て、県外へ向かった頃だった。

から酒癖は悪かったが、暴れだしたのは唐突だった。日頃の鬱憤が溜まっていたのかわからないが、卓袱台返しのように座卓をひっくり返し、母に怒鳴り、庇った次兄を殴り、そして止めに入った自分には食器を投げつけられた。

翌日には普段通りに戻るのだが、詫びはなかった。

それから自分は父が嫌いだ。

その次に、長兄が派遣切りにあった。

県外から帰ってきた長兄は、地元仕事に就けず所謂ニートになった。稼ぎがなくなった分、母や次兄、自分の財布から金を盗るようになった。金が盗まれたのがバレて説教されてからは、今度は次兄と自分私物を盗んで売るようになった。完全に今回の件の発端だろう。

まりに悩んで母があるところに相談したところ発達障害と長兄に名がついた。

そんなこんながありつつ自分実家暮らし仕事に就いたが、所謂ブラック企業で、ほぼほぼ家に帰れない生活になり、家の状況が分からなくなっていた。

3年ほど働いたが心身限界退職し、家にいるようになって状況が悪くなっているのを知った。

同じ頃、次兄は県外で働いたりしたが仕事内容に満足できず、一時期実家に帰ってきていたが、私物を盗まれたことに腹を立て長兄に怒鳴り込み、なぜかその長兄を庇う父と殴り合いの喧嘩をして出ていってしまった。

家にいるのは定年退職し酒を飲んでは以前より酷く暴れる父と、家族のものに手を出す長兄と、それに頭を抱え怯える母と、心身を崩している自分だった。

この時点でもう満身創痍感があるが、当事者は気が付かないもので。

自分はそれなりの期間と大きい金額アルバイトができるくらいには復帰したが、その矢先に父が大暴れし流石に命の危機を感じたので警察に介入してもらった。当然離婚を進められたが自分の復帰に金を使い込んだ直後でできそうもないと母は言った。親戚は皆遠くに住んでいて頼ることも難しかった。

結局警察に宥められた父が眠った後、母の部屋で二人、扉に鍵をしてその日は眠った。翌日の父は自分たちに悪びれもせずおはようと言った。

それからしばらくは警察を呼ばれたのが気にかかったのか飲んでも暴れなくなった。こういう時に気が小さくなるところが本当に嫌いだ。それなら最初から暴れないでくれ。

これからしばらく経った昨日が冒頭の話だ。

発達障害の名のついた長兄は支援施設仕事を始めたが、収入タカが知れている。タバコパチンコを始めた長兄には足りない金額だったのだろう。母や自分の金を狙おうにも持ち歩かれていて狙えず、自分私物では金になりそうなものが見当たらなくなっていた。長兄が本の価値が分からない人間だったからそう見えたんだろうが。

その結果がこれだ。

今長兄はまだ逮捕されている。まだ勾留にはなっていないが。

正直個人的刑務所に入るなら入って欲しいが、実名報道なんてされたら自分達はこの家で暮らしていけない可能性がある。

働き始めたアルバイト先で昇進の話が出たのに辞めることも視野に入れなければならないのがひたすら悔しい。

私が何かしたのか、何もしなかったのが悪いのか。

もうよく分からない。ひたすらに疲れた

解決策も改善策もよく分からない。

とりあえずお金を貯めて安アパートでもいいから借りようとおもう。逃げ道がほしい。疲れた

2019-05-24

定年退職後の年金より

定年退職制が実質廃止されて70歳80歳になっても(若い頃より低賃金で)働くのが当たり前な世の中になりそうなのが心配

2019-05-16

丸山ほだかの父親の勤務していた(現在定年退職済)私立高校卒業生です。科目は現代国語、実際に3年間指導を受けました。ちょうど私が20歳になり選挙権を得た頃、丸山ほだかが選挙に出ており、この父親から丸山ほだかに投票してほしい」としつこく電話がきました。同じ高校卒業の友人に聞いて回ったところ、皆同じ被害にあっており、調べたところあろうことか高校の名簿から個人情報を抜き取り、連絡していたことがわかりました。高校にそのことを報告し、丸山からの連絡は止みましたが、個人情報にうるさく言われているこの時代になんて非常識なんだろうと思いました。蛙の子は蛙と言いますか、父子そろって常識が無さ過ぎます。当時あまりにも何度も電話を受け迷惑したため、この場にて報告させて頂きます

2019-05-15

景気のために、誰に借金させることが出来るのか

誰かが借金しなければ、誰かの資産が増えない。

住宅ローン車などを多くの個人借金していたのが人口が減ってきた。

大学に行く人口が増えるのに従い、大学に行くのにも借金するように促していたが、どうもこれも難しくなってきたらしい。


中国のように45歳で定年とすると、どうなるか。

60歳定年退職で大きなお金が入って資産家の仲間入りをするというのはなくなる。

家の寿命が25年ほどでローン返済完遂と同時に、余った退職金リフォームというのはできなくなる。

となると45歳でローンを返し終わるようなプランでなければ融資はしてくれなくなるか、家を差し押さえする気満々で融資することになる。


45歳定年後に大学に入り直すという道もある。その際、大学から数百万を徴収することができるかと思われる。

もしくは職業訓練として数百万払うとしてもよい。45歳以降に会社就職しようとした場合職業訓練を受けないと就職が出来ないとした場合、嫌でも数百万払うことになる。

働きたければ借金しろというわけだ。

企業からするとよりマッチングが出来、かつ教育費用もいらないメリットがある。今のように人材紹介会社お金を払う必要もなくなる。


企業借金すればいい?まさか

政府借金すればいい?まさか

2019-05-13

母の日は花送ればいい風潮あるけど

一番悩むのは父の日なんだよな。

7年前から父は医者から酒を止められたので、今まで焼酎とかウィスキーとかビールギフト送ってたけどダメになった。

まだ20にもなってない頃はネクタイを送ったりしたけど、既に定年退職したのでこれもつかえない。

ちょっと高いおつまみセットは去年送った。

今年は何送ればいいんや…。

(ちなみに母の日は毎回フラワーギフトってのも…ってことで今回は以前食べたいと言っていた店のシュークリームを送りました。)

anond:20190513101445

来店ポイントのある店でよくある不祥事

定年退職後のおっさんが来店ポイント付与マシンの前に束になったカードもって30分~1時間陣取る(たまったら転売するつもりだろう)

 

余人に全く価値のないモノを信じることが信仰じゃねえの

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

2019-05-09

家族イベントで何を贈るべきか。

母の日とか父の日とか両親の誕生日に贈り物をするのが苦手だ。いちおうケーキぐらいは買っていくが、それ以外に何を買っていいのか分からない。

母はあまり物欲がない。「何か欲しいものある?」と聞いても「別にない」という。親子なので私と好みが似ているのか、私の持ち物を見て羨ましそうな顔をすることはあるので、それとおそろいのものプレゼントすれば良いんだろうか?それともモノではなくてお芝居のチケットとか、好きなアーティストコンサートチケットとかが良いだろうか?その手の提案も「面倒くさい」「何着ていけばいいかからない」「テレビで見れば良い」とか言われてしまうのだが。

父は逆に物欲が凄すぎて、私がプレゼントとして妥当だと思う金額はるかに超える大型テレビなどを欲しがり、誕生日などの記念日を待ちきれないので結局欲しいもの自分で買ってしまう。定年退職ときにはデジカメプレゼントしたが、私が父に勧めたかった高級機は複雑なボタンダイヤルがいろいろ付きすぎていて使いこなせそうもないというので、結局安い機種になってしまった。

母とは一緒に旅行に行ったりする機会が多いので、その旅費や向こうでの食事代を出すのもありなんだが、頑なに割り勘を通そうとするうえに、最終日の食事など多少値のはるものを食べても結局母が私の分まで払ってしまう。いつまでも私を安月給の新入社員のように思っているらしい。私はもういい歳で、私と同じ給料奥さん子どもを養っている人もいるのだからもっと甘えてくれていいのにと思う。

まり子どもたかる親もいかがなものかと思うが、父が健在な間はともかく、父が死んだら母がもらえる年金はかなり減るはずだ。今からまり無駄遣いをしないようにして将来に備えるのは良いけど、夫婦で元気な間に多少お金を使ってでもいろいろ楽しんでおくべきではないかと思う。

こういうときに私はどのように振る舞ってどのくらいお金を出すべきなのか悩む。このままだと50歳を過ぎて還暦を迎えても親にお金を出してもらう生活が続きそうな気がする。

2019-05-07

anond:20190507143719

こいつが誰に寄生してるって?

定年退職嘱託を経て、今年から本格的に隠居生活に入った」とあるように、立派に勤め上げてるじゃねーか

長年その禄を食みながら、なんと恩知らずな妻だろうね、こいつの妻は。

2019-05-03

親との関係疲れた

子どもの頃は父親からは「お前の存在が恥ずかしい」と言われていた。モラハラ気味で気に入らないことがあるとすぐに怒る。でも、高校大学私立に行かせてもらったのは感謝してるし、仕事エライ人だったからがんばっていたんだと思う。嫌われてたんじゃないかなと思うけど。

母親は良い人だと思う。優しくて世話好きで友達も多い。よく笑い、何にでも楽しい一面を見つけようとできる人。

そんな両親はひどく仲が悪く、会話はほぼない。

2人ともとっくに定年退職し、険悪なまま2人で暮らしている。

私は、そんな2人に気を使い、会話を成立させるためにたまに飛行機実家に帰る。

そして私は両親どちらとも気が合わない。

親を大切に、とか、親を嫌いだと言ってはいけない家族は仲良く、という世間一般にある美しき家族像みたいなものを人並みに目指し、休暇も無理をして両親と過ごしたりしていたけれど、もう私は本当は疲れてしまった。

お互いからお互いのグチなんて聞きたくない。

どちらかと外食したら、気を使って次はもう一方と外食しなきゃ、とか思いながら休暇を過ごしたくない。

無理矢理ビジネスの話を私としようとがんばって、同じ話題を何度もふってくる父親相手なんてしたくない。子どもの頃は私の存在は恥だと言っていたくせに、超大手外資系企業に入った途端に自慢の娘に早変わりなんて都合良すぎ。

世話好きなのは素晴らしいことだけど、自分のやってあげたいことを自分タイミング押し付けてこないでほしい。人それぞれにニーズってもんがある。それを無視したら、ただの自己満なんだよ。やってあげる、こうしてあげるを連呼されると、断るのすら気を使って疲れるし、私にもタイミングってものがある。断ると去り際に独り言でぶつぶつ文句言うのも聞こえてるよ。

本当に疲れた

美しい家族像のドス黒さに疲れた

私は親と気が合わないと言うことを許してほしい。

だって疲れたんだもん。

吐き出させてくれてありがとう

2019-04-29

抗がん剤治療中に出会って救われた作品を挙げていく

10連休暇なので書いてく。

丁度5年前癌になって手術したんだが、その後地獄抗がん剤治療8ヶ月が待っていた。

抗がん剤中でも上手に調整して出歩いてる人もいるみたいだけど、自分はずっと白血球値が低いままだったし体調も良くないし、メンタル的にもやばかったので病院に行く以外はほとんど出歩かなかった。今思うとちょっと鬱っぽかったのかもしれない。

で、その間に読んだり観たりして救われたと思う作品を挙げていく。

治療後に、これ治療中に知りたかったと思ったのも含まれているので時系列的におかしいとこもあるけど勘弁な。

治療中に下手な本読んだり映画を観たりして登場人物自分と同じ病気で死んだりするとダメージくらうし、かといって主人公が元気にはねまわってるのを観て今の自分境遇と比べて落ち込んだりするし、なかなか難しいんだよ。

病気療養中の人、あるいは周りに病気の人がいてお見舞いに本でも持ってこうかという人はよかったら参考にしてほしい。

ちなみに自分は以前はサスペンスとかホラーとか好きだったんだけど、癌になってからは一切受け付けなくなった。一番最初死ぬ登場人物感情移入してしまうので。

あと『きのこを食べたら癌が治った』みたいな本をお見舞いに持って行こうかと考えてるやつは自分が死んだらいいと思うよ。マジで


ドラマ編】

名探偵モンク

ちょうどHuluで公開されていてこれはマジでよかった。エミー賞も受賞したアメリカの人気ドラマ

主人公探偵モンクが重度の強迫性障害を持っているんだけど、同時にそれが事件の謎をとくヒントともなっているところがうまいモンクを取り巻く元上司警部看護師モンク強迫性障害に振り回されてうんざりしつつも暖かく見守っていくという構図になっている。

探偵ものなので当然殺人シーンはあるけどソフト表現されていて何とか大丈夫レベルシリーズになっていて話数が多いのも助かる。基本コメディ


『dinner』

江口洋介が主演の日本ドラマ

登場人物の一人ごとスポットを当てていく形式だけど、誰もスネに傷持つ訳ありの人ばかり。

さな希望を胸にまた明日も頑張ろうとする姿に励まされた。視聴率が悪くて話数が削られてしまったのは何とも残念。

ラスト一人ラジオ聞く江口洋介の姿に泣いた。サカナクション主題歌もいいよね。


カルテット

社会的には落ちこぼればかりの現実離れした夢の共同生活。明快な答えも解決策もない日々になぜかほっとして救われる。

例の前夜、ゲームやとりとめのない会話を楽しむ4人のシーンは何度も観てしまった。マキさんの「ちょっとトイレ」にも泣いた。

軽井沢に行きたくなっちゃうけどね。


鹿男あをによし

玉木 宏が鹿になっちゃうやつ。幻想的な作品なので現実逃避にもってこいだった。でも良くできてるよね。


行列48時間

國村隼主演のNHK

仕事定年退職したサラリーマンが妻と娘のため正月福袋行列に並ぶというドラマ。これも面白い


ドラマHulu配信されて入ればHuluで、なければ無料動画配信サイトで観てた。

あんまり褒められたことじゃないけど抗がん剤治療はとにかく金がかかるので大目にみてほしい。

癌の種類にもよるけど自分場合は1回あたり15000円、それを月3回8か月続けるのよ。

みんな生命保険大事だよ。元気なうちに入っとこうね。


あと漫画とか本も書こうと思ったけど以外と大変だし読んでくれる人もいるかからないのでここまでにしときます

需要ありそうなら続き書くわ。


--


漫画・本編こっちにまとめました。コメントくれた人ありがとう

あとドラマ編で『植物男子ベランダー』忘れてたわ。NHKの30分深夜ドラマおっさんマジ癒し。途中の変な小劇場飛ばしちゃうけどね。


お陰様で経過は順調です。自分の癌は10年で寛解と言われてるけど、5年を無事経過して再発の可能性は大分低くなったと医者にも言われました。

漫画や本など、闘病記はたくさんあるけど、「癌になったけど家族が支えてくれたから立ち直れました。やっぱり家族は大切だよね、妻Love」みたいのが多くて、結婚していない子供もいない自分はどうすりゃいいんだと逆に落ち込んだりした。闘病記なら何でもいいわけではない。

あと闘病記って健康な人がお見舞に持ってくものではないと思うよ。これ読んで元気出したまえって何様だ。

あくま患者本人が自分意思で読むものではないかと。


漫画

アル中ワンダーランド

最近誰もがお察しの理由でまんしゅうきつこからまんきつに名前を変えたまんしゅうきつこさんの改名前の作品

自身アル中と、そこからの復帰を描いている。このひとの絶望を笑いに変えて昇華する力は本当にすごいし才能だと思う。

再飲せずにこれからもいい作品を描きつづけていって欲しい。


大家さんと僕』

2018年4月時点で累計発行部数75万部を突破した、今更いうまでもないお笑い芸人カラテカ矢部エッセイ漫画

アパート大家さんである婦人矢部との心温まる交流を描いている。

ほのぼのとしたやり取りの中にも、戦争老い介護孤独といったテーマさりげなく混ぜ込まれている。


『元気になるシカ』『元気になるシカ2』

アラフォーBL漫画家藤河 るりさんの闘病記(1)から仕事復帰(2)まで。

病名で検索するのがやめられなくなってしまうなどの癌患者あるあるネタも多く、頑張りすぎない自然体の作者に共感できる。


海街diary

これもまた有名な吉田 秋生の名作。

漫画家ってすごいなあと思った。自分が死んだことがないのになぜ死ぬ人の気持ちがわかるんだろう。

話の途中で癌になったおばさんの話が出てきて、そこはさすがに辛いので飛ばして読んだ。


【本編】

昨夜のカレー、明日のパン

「すいか」とかのドラマで有名な脚本家木皿泉の初の小説

夫の入院からの帰り道、パン屋で焼きたてのパンを買った妻が「悲しいのに幸せにもなれるのだ」と思うシーンが忘れられない。

実は木皿泉夫婦ユニット名でご主人は脳出血でまひがある。そんな背景にも勝手シンパシーを感じていた。

もし癌が再発することがあったら、この本を母親に渡そうと密かに思っていた。


『ナミヤ雑貨店奇跡

東野圭吾の本で泣くなんて自分もヤキが回ったなあと思ったけど。

ファンタジー要素あるのはいいね現実逃避ができて。


あとはYoutubeにあがったお笑い動画とかよく観ていた。主にアンタッチャブル

転移してるかどうかの検査の結果待ちとか、もうどうしようもない時に観ていた。

よく「悲しくて胸が痛い」みたいな表現があるけど、辛すぎると本当に体が痛くなるのよ。

そんなときしょうもないお笑いをみてるとふっと体が楽になった。

やっぱり笑いの力ってすごい。アンタッチャブルまた活動してくれ。

こんなところからなあ。

よく考えたら映画が無かったけど、何でだろう。メッセージ性が強すぎるかな。

anond:20190404031529

バス停の前で何人乗ってきて、何人降りて、何人乗ったを計測してる定年退職組もこ怖い

2019-04-28

定年退職年齢を上げるのは正しいのか

1980年頃に60歳となったらしい(その前は55歳が多かった)

それから30年以上60歳で、色々あって早期退職とかもあったが、そろそろ上がるんじゃないかという風潮が出てきた

平均寿命で見ると、1980年に比べて男女ともに10年延びてる

そう考えると65歳や70歳でもいいんだろうか

 

でも健康寿命はここ15年で3年くらいしか延びていない

1980年からデータはないが、7年くらいだろうか

とすれば65歳あたりが妥当

 

団塊の世代ももう65歳過ぎたし、今65歳にしても経済的には問題なさそう

2019-04-07

一人旅がしたい

現在40代半ば。

最後に一人で旅行に行ったのは、たぶん20代後半、中途入社した会社ではじめて賞与が出たときだったか

その後結婚して、子供も産まれて、仕事も忙しくなり。

経済的にも時間的にも余裕はなくなり、頑張って旅行に行くとしても当然家族旅行で、一人旅なんて選択肢はあり得なかった。

今でもそうだ。

でも、たまに考えるんだよ。

大雑把な行先だけ決めて、バックパック一つとカメラを持って。

ローカル線にゴトゴト揺られて、気が向いた駅で降りる。無人駅だとなおいい。

カメラ片手にぶらぶらと歩き、目についた店で食事して。

観光名所に行ってもいいし、なければ地元の人たちの生活が感じられるような商店街を歩くだけでもいい。

宿も予約などせず、行き当たりばったりで決めるんだ。

安いビジネスホテルでもいい。ぼろぼろの民宿でもいい。

見知らぬ土地の見知らぬ宿で一人過ごす。

そんな旅行がしたい。

子供独立して、今の会社定年退職して。

お金を貯めておいたら、何とか行けるかなぁ。

10年先か、もっとか。

いつかそんな旅行がしたいなぁ。

------

追記

気がついたら沢山コメントついててびっくりした。

「すぐ行け」的なご意見が多かったですが、うちは嫁さんが専業主婦で、自分の稼ぎもそんなに多くないため貧乏なのです。

なのでたった数万でも、自分の楽しみだけに使うのは気が引けます・・・

安く上げる方法提案してもらったので、まずは近場で日帰りとか、なるべくお金のかからない方法を考えて嫁さんに相談してみようと思います

夫婦で交代でやりたいことをやる時間を作るとかもいいと思いました。

みなさんありがとう

2019-04-04

燃え尽きちまった哀しみに

やりたいこと、というか、趣味を探してる。

燃え尽きてしまって、空っぽになった毎日があまり空虚で。

仕事は幸いなことに、自由時間たっぷりあるノマドワーク。お金トントンだけど、充分すぎるほど恵まれ環境

煩わしい人間関係もなく、仕事ストレスはない。

だけど、空っぽな今埋められない。

思い立って、しまなみ海道サイクリングにきた。初心者向けの半日コースクタクタ

体力ある方だと思ったけど、向いてない?

二度としない。

景色は素晴らしかたから、フェリーアイランドホッピングベスト

合わなかった事が分かった、それも大事経験

来週は友人とUSJ

アラフォーにもなって遊園地の楽しさに目覚めてしまった。

からお互い独身なのか?

大人が楽しめる遊園地もっと増えればいいのに。

GW本業休みなので、日雇いバイト入れまくる予定。

人混みに出掛けるなんて冗談じゃない。

ここでお小遣い稼いで、台湾に弾劾旅行計画中。

行こうと思って1年以上たってパスポートすら更新してない。

このままではいかん、と友人に宣言

とりあえず、行ってみる。

、、、もうね、必死

リア充アピってる人並みに頑張って探してる。SNSやってないから誰にアピールする訳じゃないけど。

人生目標なくしてから、糸の切れた風船のように寄る辺なくて。

まっすぐやりたいことにわき目もふらず突っ走ってきた人生に突如訪れた空白。

仕事もおかげでマイペースにやれてるし、これからのこと考える時期なんだと思う。

趣味らしい趣味もなかったから、何して良いのか。

定年退職したおじさんのような気分なのかも。

家に閉じこもってたら、おかしくなりそう。回遊魚のごとく、動いてないと息が詰まる。

次、何しよう?

2019-03-31

野党非正規の党」を立ちあげてくれ。

NHKニュース「転勤なら辞めます厚労省企業制度見直し指針活用呼びかけ」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190330/k10011866601000.html?utm_int=news_contents_news-main_002

いや、どれだけ転勤制度や指針を見直しても、解雇規制に手を付けなければ手先のごまかしに過ぎず、根本解決しない。

今の日本社会に様々課題がありますが、最も社会の根幹の改善妨害しているのは雇用流動性の無さでしょう。

これが、生産性の低さ、過労死企業ぐるみ不正天下り役職定年、パワハラ雇止め非正規貧困女性再就職困難、男性育児不参加、学歴偏重による大学の質の低下を生んでいる。

さらに、過度な部活信仰いじめなど、子ども問題も、終身雇用の反映と言えなくもない。

流動性を高める制度としては、なによりも解雇規制の緩和、そして厚生年金退職金配偶者控除廃止必要

退職金報酬の一部を取り上げて、「数十年後に返すからそれまで辞めるなよ」という人質制度

高プロ同一労働同一賃金は、上記制度が進めばその結果として浸透してくるでしょう。

逆に言えば、流動性を作る前に高プロなどを先に導入するのはごまかしだ。

もはや、流動化の必要性は、議論余地がない必須事項。

安倍政権では時々話題になっているが、結局は残業規制とか有給休暇育休産休義務化とか最低賃金増とかプレミアムフライデーなどの小手先の悪手に逃げて

流動化そのものはまったく進んでいない。

かわいそうな非正規にも正社員と同等の待遇を与えよう、という戦術ごまかしているが、

その結果は、雇止めなど非正規にとって不利な方向に働いている。

労働力を確保しつつ都合よく使いたい企業と長期雇用の安定性を得たい正社員既得権ガチガチに守ってるからでしょう。

和式リベラル政党は、正社員組織労働組合の後押しを受けているので、当然流動化には反対だ。

というわけで与野党ともに、本気で推し進めようとする政党が無い。

でも、今や非正規労働者の4割。

非正規の味方を売りにして、 この4割を取りに行く政党があってもいいんじゃないかな。

リベラル正社員高齢者の方を向いていて、決して非正規層(や 若者)に力を入れていない。

社会弱者投票する先が無い。

リベラルに合流してくすぶっている若手議員は、方向性を変えてはどうか。

非正規にも、事後の正義理解できない層がいるだろうが、一部でも支持を得られれば、支持率1%の野党よりマシだろう。

ある程度の支持率が得られれば、与党無視できなくなり改革が進む。

非正規向けとは言ったものの、流動性には正社員にもメリットがある。

転勤やサービス残業など望まない仕事押し付けられにくくなる。

中高年になってからでも転職の機会が増える。

定年退職が無くなる。

若い内の給料が高くなり、将来の独立や再学習資金になる。

ポイントは、制度の移行期間に解雇される正社員保護制度を手厚く適切に設計すること。

正社員メリット保護制度が、充分に説明されれば正社員層の支持も得られる。

雇用の流動化は、非正規保護救済のためではなく、日本社会が豊かに成長するために必要

党名は「非正規の党」「自由労働党」「労働者の党」「弱者の味方」でどうか。

誰に頼んだらいいの?

2019-03-16

anond:20190316080643

うーん?55才とか60才とか一度定年退職した人、一度は役職にも就いた人がヒラ以下の時給で再度市役所で雇われるということではないのかな?

anond:20190316052005

最近はそんなタイプ役所の人ですらそんなに早く退職する人が多いのか・・・

臨時職員で残るような人って円満定年退職した人が多いってイメージが強かった

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん