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はてなキーワード: 定年退職とは

2017-10-05

anond:20171005093829

理屈より、その業界で現役で働く人々が定年退職or転職完了するまでは業界維持せなあかんからなあ

そろばんその他もぐずぐず言っていたのが、その時期になると一気に衰退したよ

将来、自動運転車が控えている流通業界もその状態に入っとるな

2017-09-27

ぼくのなつやすみ

もう夏は終わりだバカヤローという声が聞こえますが、たまに出る娑婆空気はまだまだ暑苦しいと思います

会社を休んでいます。長期で。これで在職中二度目になります

二度の長期休職を許してくれるなんて、弊社はなんて懐が深いのだろうと思います

そこそこ規模の大きい会社ゆえに下手なことができないからでしょうか。それとも人手不足なだけでしょうか。

新卒入社してから初めて関わった仕事では、それなりに新入社員らしく、従順仕事しました。

管理職に叱責され、家で泣いたこともありましたが、翌日にはかすかな殺意を胸にしまって仕事をしていました。

ある程度慣れてくると、言われたことに従うだけでなく、おかしいと思ったことに口答えができるようになりました。

おかげで、少しだけ方針を変えることができたり、賛同してくれる味方ができたりもしました。

物理的な辛さで言えば、あのころが一番辛かったと思います精神的にもそこそこだったと思います

ただまぁ、なんで大丈夫だったかといわれれば、少なからず「面白かった」からだったのかなぁ、と思います

しばらくして、異動になりました。まったく畑違いの部署でした。

管理職からは、「お前くらいしか推薦できる奴がいなかった」と言われました。

成長すると見込まれたからでしょうか。それとも厄介払いということだったのでしょうか。

管理職はすぐ定年退職してしまったので、真偽のほどはわかりません。

新人同然なので、おとなしく従順仕事しました。新しい管理職は穏やかで、叱責するような人ではありませんでした。

残業ほとんどなく、始発まで拘束される飲み会もない、ホワイト職場でした。悩める就活生はあそこにいくといいと思います

申し訳程度の繁忙期に、私は疲弊しきっていました。くだらないミスが増えました。

取引先に頭を下げにいった時も、管理職は「そんなこともあるさ」と穏やかでした。

決算を終え、部長から指名で、来期に向けた業績目標を全社員の前で高らかに宣言した次の週、私は会社休みました。

会社にいる間、自分一挙一動すべてに、何の意味があるのか、そんなことばかり考えていました。

今振り返れば、最後まで「面白さがわからなかった」のだなぁ、と思います

しばらく休んで、私は前に所属した部署に戻ることになりました。当時一緒に仕事をしていた管理職が呼び寄せてくれたそうです。

しかし、休み明けであったり、色々と人事上の都合もあり、当時とは異なる担当に配属されることになりました。

私には、休み明けなので早めに帰るように、と指示が出ていました。他の人は、休日仕事をしていました。

また毛色の違う仕事なので、必死仕事しました。新しい管理職は「まかせたいことは山ほどある、期待してるよ」と言っていました。

部署新人が入ってきました。私はその教育係になりました。やったことのない仕事を覚えながら、必死に教えました。

私はそのまま、担当の長になりました。やったことのない仕事を覚えながら、自分より年上の部下に、必死に指示を出しました。

部下のひとりがクビになるかもしれない、と伝えられました。それを知らない部下は、ニコニコお茶を飲んでいました。

今まかせている仕事の出来によっては再考されるかもしれない、とのことでした。一緒に試行錯誤しながら、仕事を進めました。

途中から会社にいくことが怖くなりました。朝準備しても、家を出ることが難しくなりました。遅刻が増えました。

大事な打ち合わせの日、私は欠勤をしました。管理職が何を言っていたか、今では思い出せません。

そのまま、私は再び休むことになりました。部下がどうなったかは知りませんが、今では人はだいぶ入れ替わった、そうです。

今回、私は頑張った、という自覚がありました。そして、もう頑張れない、と心が折れた自覚がありました。

振り返ってみれば、今回も「面白さがわからない」ままだったな、と気づきました。

今回の休みは、面白いことをして過ごそう、と思いました。結果、起きて、ぼんやりして、寝る日々です。

私はゲームが好きです。プレイヤーを楽しませるシステム作りや、質が高く考えさせられる物語は、とても面白いものです。

働いていた頃に興味がありつつ買わずにいたゲームを買ってみました。とても面白かったです。

ユニークシステム、濃密な物語、本当に面白くて、疲れました。クリアは当分先になりそうです。

他にも趣味はありましたが、少しやってみては、疲れて布団に寝転がる毎日です。

二度休んで、自分のこれまでを振り返って思ったことは、「面白いこと」ならやれる、のではないかということでした。

しかし、今、この暮らしを続けて気づいてしまったのは、「面白がることも疲れる」ということです。

結局、働くこと、生きることを面白がろうとして、疲れてたどり着いてしまったのが、この夏休みなのかなぁ、と思います

初めて休んだ時は、暗い気持ちになりながらも、どうやって戻るか、どうやって社会復帰するか、ということで悩み続けていました。

今回は、もうどうすればいいかわかりません。先が真っ暗というよりは、無色透明で何も見えないといった感じです。

会社解雇されるかもしれない、貯金が尽きるかもしれない、親族死ぬかもしれない、そんなことも、どこか遠い世界の話に思えます

面白いことも疲れて考えられないなら、面白くないことにはどう向き合えばいいのでしょう。

なんでも死ぬことは悪いことらしいです。命があるってけっこう面白いことらしいです。いやだなぁ。疲れるなぁ。

テレビで言っていましたが、だんだん寒くなるそうですね。夏ももう終わりらしいです。風邪はつらいので上着を買いました。

時間が流れて、それに合わせて、人は生きます。同じように、人は死んでいきます。それを生活と呼ぶそうです。

久しぶりに文を書いて疲れました。お疲れ様でした。お先に失礼します。

2017-09-10

保善高校であった、今もあるであろう体罰の話

有名トランペッター日野皓正体罰の話が盛り上がっている。

世界トランペッター日野皓正中学生を往復ビンタ

http://bunshun.jp/articles/-/3929

ドラム日野ビンタダウンタウン松本さんと爆笑問題太田さんの意見真逆すぎた」

http://www.kansou-blog.jp/entry/2017/09/04/073456

日野皓正児童虐待ビンタ)事件について元ジャズミュージシャンが考えてみた」

http://k-yahata.hatenablog.com/entry/2017/08/31/日野皓正児童虐待ビンタ)事件について元ジャ

日野皓正中学生へのビンタは教育…「必要な時もある」

https://www.daily.co.jp/gossip/2017/09/01/0010515517.shtml

正直、他人の出番を無視してドラムを延々と叩いてた子がビンタ食らっただけでこれだけ喧々諤々の議論が巻き起こるのはうらやましいし、近年ネット体罰動画などが拡散され、教師が処分されている事等を考えるとネットという存在体罰への抑止力として働いているのは確かで、ろくでもないものも多いネットのもたらした大きなメリットひとつだと思う。

で、僕がこれからするのはそんな便利なアイテムが普及してない時代のろくでもない体罰という名の暴力の話だ。

舞台は96年の東京高田馬場にある保善高校偏差値でいえば55前後、昔ラグビーの名門で花園に出た以外に特に語る事のないパッとしない私立高校だ。

ちなみにお隣には後年某ブラックチャイルドな有名バスケマンガモデルになった偏差値70台のエリート高校があり、お隣だが近所の早稲田大学への距離は全く違うと言われていた。

我々が入学する前、この高校理事だかなんだかわからないが、お偉いさんが「このなんの特徴もない学校をお隣みたいな超進学校にしよう」等とドラゴン桜みたいな事を考えた。

目的のみをみれば「少子化を見越し、進学校としてブランド価値を持たせる」という戦略は悪いものではないのかもしれない。

だが、彼らにドラゴン桜のような「外部の優秀な講師を招いて生徒の学力をup!」という策などあるわけがなく、結果としてできあがった保善高校特進クラスは地獄になった。

「三年の間に偏差値55前後人間普通に早慶受かるようにしろ」そんな無茶な目標を与えられた現場教師達は大混乱しただろう。

それはそうだ。彼ら教師ほとんどが一般的に二流と言われる大学を出てこの高校教員として努めている人間であり(文系だった我々のクラス担任は獨協の英文科卒だった )、当然だが中堅高校の生徒をトップレベル私大合格させられるノウハウといったものを持っていない。

そんなこんなで上に対して自分達が頑張った事をアピールしつつ、失敗しても責任回避できるだろうと考えた彼らがとった方策は授業時間を8限までにするという手段だった。

要は部活含め授業以外の事は一切やらせない。

そして入学してからその事を聞かされた特進クラスに選ばれた我ら生徒達は当然反発する。

部活を目当てにした生徒も多かったし、そもそも強制で8限までの授業なんて受けたい人間はいない。

正直、ここまでなら大人になった今になって考えると教師達に同情の余地がないでもない。

上の無茶に対してかかる現場への圧力のつらさは、それなりの歳になり、上と現場板ばさみになってから嫌というほど知った。

現在の自分負担をかけてしまっている現場人達にひたすら頭下げたり、飲料を差し入れ、それでもイラつかれるように保善高校現場教師達には我々生徒が分かりえない上の人との板ばさみのつらさがあったのかもしれない。

だが、我々の反発を抑えるのに担任教師が使った方法は頭を下げるでも飲料を差し入れるでもなく、「嫌ならやめろ」と暴力のセットだった。

あらゆる異論の封殺体罰という名の暴力が使われた。

そして出来上がった授業自体適当なやる気ないプリントを配ったりするくらいで、正直これを8限聴くくらいなら予備校の授業1限聴いた方がはるか有益なんじゃね?となる受験にはなんの役にも立たない内容だった(事実自分浪人して予備校通ってた時期に英語偏差値がグングン上がり、今までやらされていた勉強いかに非効率かを知った)。

結果的に我々は3年間に渡り、ほぼ毎日の様に殴られ、22人いたクラスメイトの内、3人は部活自分のやりたい事もできない状況を受け入れられずに自主退学に追い込まれ、残った19人も相当に精神を病んだ。

1人は卒業後、数年で自殺した。

正確な因果関係を立証する事はできないが、卒業時の我々の精神状態鑑みると、遺族が因果関係否定するならともかく、当時の保善の教師達が「関係ない」等とほざく事は許さない。

ここまで読んで何人かの人は「なんで体罰に対して対策をとらなかったの?通報するなりいくらでも手があるだろうし」と思われるだろう。

今にして思えば何故自分自身、当時の自分がなんら手を打たず、3年間、殴られるままでいたのかが理解できない。

現在の30代半ばの自分で、今の時代であれば同じ状況でもいくらでも手が打てる。

教師が生徒を殴ってるのを動画なり音声をを記録し、youtubeに放流」「動画や音声を教育委員会区議会に送りつける」「動画や音声をもって弁護士のところへ行き、教師退職に追い込み、学校からは金を引き出し、なおかつ現況の改善する」「逆にこちらから暴力制圧する」等。

だが残念だが、我々の時代には便利なものはなかったし、他の手段をとる勇気もなかった。当時の時代でも打てる手はあったのかも知れないが、結局我々は何も打てる手がないままひたすら3年間を暴力に耐え続けて過ごした。

他の教師に相談しても「君達の事を思ってあえて自分でもやりたくない事をなさってくれてるんだから」と黙殺されるし、「嫌ならやめればいいだけ」と常に脱落への恐怖を感じさせられ逃げられなかった。

それが事実だ。

今の自分のみならず、多くの人達当時の自分怠惰に写るのかもしれない。

いくらでも打てる手があるし、場合によっては金にもできたのに何故なにもしなかったのかと。

言った瞬間、発言者を糞馬鹿認定する言葉では「公共の福祉」と並ぶ「自己責任」という言葉を使いたくなる。

だが、異論=即暴力否定という立場に置かれるのは当時の10代の子供にとっては逃げ道のない牢獄で看守に見張られているようなものなのだ

常に暴力や脱落の恐怖に晒される状態で冷静な判断ができるかと言われれば今の自分でもこころもとない。

現在自分内最高漫画更新し続けてる「パンプキン・シザーズ」で主人公は8巻で町ぐるみ人身売買に巻き込まれ、結果共犯者になった住人を慰める為に「人間は新しい環境に放り込まれた時にまるで即興劇に放り込まれ役者のように本能的にその舞台を壊さないよう行動する」と言っていたが、結局我々はその舞台から3年間逃げ出す事ができなかった。

昔、自分ナチスソビエトクメール・ルージュだのに属して上の言うままに行動する人々を笑えたが、この保善高校体験を通して以降、全く笑えなくなった。

さて、色々回りくどい事を言ったが、ここら辺で私怨タイムにさせて頂く。

曳地利秋、お前はガチな屑だな。お前は三年間俺達の担任教師だったわけで、その間お前を「センセイ」と呼んでたが、お前を教師だとも尊敬する人間だとも思ったことは一度もなかったよ。

平賀自殺して少しは反省したのかと思ってたが、仕事出会った8歳下の保善のOBの人に聞いたらお前はあの後もなんら反省せず、特進クラス以外でも生徒を殴り続けてたらしいな。

もっとも俺達以前にも暴力を奮ってたろうし、「口答えする特進クラスの生徒」というのはお前にとって殴れる大義名分を更に与えただけだったろうが。

お前は殴る相手が反抗すると「いつか社会に出れば俺に感謝する時がくる」とかいってたが残念ながらそんな時は来なかったよ。

社会を知れば知るほどわかるのはお前という人間が対等な立場では殴り合い一つできない生徒に対し、能力でも人格でも統率できず、自分が殴られない立場に甘えて一方的に生徒を殴ってた屑である事。

それだけだ。

お前は教師でもなんでもない。

自分安全な場所から他人を殴るのが趣味の糞野郎だ。

お前が定年退職たかどうかは知らないが、現在、学校でも塾でもあらゆる教職に関わってない事を心から祈ってるよ。

残念ながら俺やクラスのみんなに対しての暴行への公訴時効は過ぎてるんでお前に刑罰を与える事ができず、こういう形で書いたが、お前がこれを読んで反省するとかかけらも思っちゃいない。

原国の片山、お前は俺達が曳地に毎日殴られてると度々訴えたときも「曳地先生は生徒のためを思ってるんだ。甘えてるんじゃない!」とかほざきやがったな。

お前も曳地の同類の糞虫だよ。

そして96~98年に保善高校にいた教師達。お前ら俺達が散々殴られて助けを求めていたのを知りながら、無視、罵倒を対応にしてたよな。曳地も含めてお前らが全員地獄に行ってくれる事を心から願ってるよ。

ここまで書いといてなんだが、「抵抗できない相手一方的に殴るのは保善高校教師達と同じ」という心の声が聞えたんでこっちの身分もそっちに対して分かる範囲で明かしとく。

96年~98年に在籍し、文系特進クラスで正面二番目の列にいて、その後一浪経て法政大学に進学した生徒。それが俺だ。

そこから俺の名前googleでたどれるようにしてあるし、そこからくれば答えるし、名誉毀損で訴えたいならばいつでもどうぞ。

さてここまで書いて「保善高校」「体罰」でググったら

体罰、何も伝わらなかった 「殴られた」生徒語る - 朝日新聞デジタル http://t.asahi.com/9v

田村剛】私立保善高校東京都新宿区)の男性教諭が、男子生徒に暴行した罪で今月4日に罰金30万円の略式命令を受けた。被害者の生徒と、その友人で「同じ教諭に殴られた」と主張するもう一人の元生徒が、朝日新聞取材に応じた。「もっと早く周囲の大人に気付いてほしかった」と訴えた。

2人によると、1年生で同じクラスにいた2011年の1学期ごろから空手部の顧問でもあった担任40代男性教諭から、校内で平手打ちなどの暴力を受け始めたという。

携帯電話学校に持ってきた▽読書感想文の本を忘れた▽授業中のおしゃべり……。さまざまなことがきっかけとなった。この生徒(17)は「高校では暴力が当たり前なのか」と思い込んだ。他の教諭も止めに入ってくれなかったという。

2年生になって登校できなくなり、休学した。親に話すうちに普通ではないと気付き、警察に届けた。

学校側は謝罪のため生徒宅を訪れ、暴行理由説明した。それでも、殴られなければならないとは思えなかった。「ただ苦しかった。先生の言いたいことは何も伝わってこなかった」と振り返る。この教諭は、この生徒を複数回にわたって平手打ちをするなどしたとして、略式起訴された。

もう一人の元生徒(18)は、暴力を受けても「先生の言うことを聞きなさい」と話す親を前に、学校行きたくないと言えなかった。「誰にも相談できず、どこにも行き場所がない感じだった」と語る。

耐えられず、昨年5月に退学。一時はうつ状態になって精神科に通った。「同じことをしたらこうなる」という周囲への見せしめが、暴力目的だったと感じている。「次は自分ではないか」と、他の生徒がビクビクしているのが伝わってきたから。

自分たまたま自殺せずに済んだ。でも、親や周囲の先生にはもっと早く気付いてほしかった」。大阪市桜宮高校教師による体罰で生徒が自殺したことが問題になり、そう思う。

同校の青木繁副校長取材に「教諭が何度も暴行したという認識はない。生徒らの話は過大で、学校が把握する内容と大きな違いがある」としている。教諭暴力については「許されないことだが、2人の就学姿勢を立て直すという思いがあった」と説明する。

という記事が出てきた(元記事は既に消えてるが)。当時の自分達の気持ちをそのまま表している記事だった。お前ら、90年代にあれだけやらかしたにも関わらず、何一つ反省してなかったんだね…

正直、我々の時代体罰という理不尽問題を取り上げ、裁判なりで戦って「教師が生徒を殴らない」という当たり前の権利を勝ち取っていれば彼がこのような目に合う事はなかったのかもしれない。

そういう意味では我々抗議の声を上げなかった人間も彼の目からすれば保善の教師と変わらないのかもしれない。

だが我々には声を上げる知恵も勇気もなく、結局、放置し、自分と同じ、もしくはもっと酷い状況を10数年後に後輩に味あわせた。

そして偏差値は51~58と我々がいた当時と何ら変わらない状況。

進学校にするため」という大義名分で我々に奮われた暴力は結局何の意味もなかったのだと脱力するしかない。

保善高校理事だの教師だの糞虫ども、正直お前ら全員死ねばいいと思うよ。

お前らは教育者でもなければ、経営者としても糞だ。お前らには何一つ敬意を持てるものがないし、何一つ美しいと言えるものがない。

質実剛健」とか本当に笑えるわ。

とりあえずこの記事呼んで保善高校への受験を辞める人が増え、一人でも保善高校犠牲者が増えない事を元生徒として祈っている。

2017-09-09

売る物が無い営業

某社で営業をしている。

様々な原因によって製品需要供給を遥かに上回った、それもほんの2~3ヶ月で急激に。

という訳で会社からは、生産量以上に売っても、以下に売ってもダメだと

毎回ホールインワンを求める様な指示を厳命された。

工場生産量が3倍になっても足りないほど、引き合いは殺到しているが

自社も同業も、人は増やさず今ある設備範囲で、せいぜい1~2割増産出来るかなといった状態だ。

昨年度まで売れずに各社赤字が続き、減産と在庫圧縮設備廃棄とリストラに勤しんだばかりだからだ。

営業仕事販売ではなく、情報収集と「お断り」に奔走する事がメインとなる。

「買って下さい」の代わりに、「売る物が無いので売れません」を言い歩く事になる。

しかもこの先1~2年はこの状況が続く可能性が高い。

仕事が楽になるかと思ったが、これがなかなかメンタルに来る。

この製品が無いと客先の事業活動が完全にストップするので、購買担当者必死で泣きついて来る。

会社からは、これまで関係を築いてきた取引先のどこを切り捨てるかリストアップしろと言われる。

加えて状況把握の甘さもあり、幾つかの客先を生産停止に追い込みかねない状況になってきた。

訴えられたらどうしようと、毎日ヒヤヒヤ綱渡り状態だ。

勿論価格についても、過去に無い様な値上げ交渉に走らされている。

相手からすれば、随分と足元をみた交渉をされたと思う事だろう。

数年後、需給が落ち着いたらどうなるか今から恐ろしい。

過去赤字の影響か、この2年で社員数が2割近く減っている。

定年退職も含んだ数字だが、ちょっとこれはどうなのと言いたい気持ちが強い。

なお、ボーナス組合会社協定により、今年いっぱいカットされたままだ。

手当や福利厚生は、コスト削減の名のもとに昨年迅速に改悪された。

ググってみても、売れない営業改善方法みたいなサイトしかヒットせず

売りたくても売れないほど売れる時にはどうするか?なんてのは出てこない。

そんな状況に陥る人は、さぞかし稀なんだろう。

はっきり言って面白かったのは最初だけで、日々追い込まれる感が凄い。

最近残業が以前の3倍近くに増え、早く寝ないといけないのに眠れなくなってきた。

仕事中は上司への呪詛を唱え、早く辞めたい以外の事は考えられなくなってきた。

家買ったばかりで辞められるか馬鹿野郎

どーすりゃ良いんだクソッタレめ。

2017-08-30

戦争について考えようって言うが

俺らがそんなことする意味あんのかな?

国際情勢を決めるのは一国民でなく政治家だし

選挙するのはその辺の業務委託のためだし

戦争したくないって大体みんな思ってるはずだし

避難訓練とかならともかくさー

なんか俺らが細かいことまで考える必要ないよな

まあアホな定年退職者さんとか専業主婦とか

仕事しかすることのない可哀想な人たちの

ヒマ潰しとか視聴率のために時事問題ってのが

必要なんだろうけどさ(マジで可哀想だ)

そう考えたらニュースの99%はどうでもよくなるな

自分趣味関連でドル円くらいしか気にならん

どこで火事とか事故とか人殺しとか

誰がどこで何してスキャンダルとか

可愛いイヌネコ動画1%ほども価値がないよな

難しいことは税金搾り取ってる政治家がするし

俺らは楽するために選挙して税金払ってるわけだし

権力監視とか言われてもマスコミゴミクソだし

その選挙大勢を決めるのは前評判知名度

票田とかい言葉が生まれるくらいの裏工作だし

しょせん俺ひとりにはなーんにもできねーっと

ヒトラー動機はそりゃ正しいわ

俺には国がクソだから俺が変えてやろうなんて

そんな崇高な意志目的は考えられそうにない

時事問題マスメディアについて話す奴らは

途端に底が浅く見える理由がなんとなくわかった

全員自分人生を生きてないんだもんな

俺みたいにくだらんことでも趣味があって

自分人生楽しめるほうがよっぽどいいわ

結局のとこ中身のない暇な奴らが一番クソだな

そういう無能な働き者が日本をクソにする

けどすげえ有能たちがいい国作りをしてくれてる

おれはそこの恩恵に与れればいいんだわな

無能からインターネットテレビを取り上げろ

今日愚痴おわり

2017-08-29

https://anond.hatelabo.jp/20170826172932

うちの親父が年収大体3500万くらいだった

定年退職して今は家でごろごろしてる

基本的自分の中のルールは曲げない

1日5000歩歩く、とかそういうくだらないものでも一切曲げない

最近暑いから部屋の中を万歩計見ながらぐるぐる歩いてるが、絶対意味ない

そういうくだらないのを抜きにしても、例えば重度のチェーンスモーカーだった父は「俺は明日からでも別に禁煙なんてできる」と嘯いて全く信じていなかったが、

父の知人が肺がんと発覚した翌日から、持っているタバコを全て捨ててピタッと止めたのは今でも覚えてる

自分の専門外については専門家以外のアドバイスは聞かない

家の中を歩いても意味がない理由を私が述べても無視するが、医者に言われると信じる

もちろんものにもよるが、基本的に後から自分で答え合わせをすることに意義を感じないものは、その道の専門家の言うことを全面的に信じることで判断基準を大幅に単純化している

仕事をする上でもそうだが、判断必要材料が足りない、あるいはその材料を集めることに意義を感じないものについては、専門家意見を信じるのが一番確実だと言っていた

お金解決できるもの基本的お金解決する

父が家事を手伝ってほしいと言われた際、父はサイクロン掃除機食器洗い乾燥機とななめドラム洗濯乾燥機を母に買った

父は一切の家事ができないので、手伝えと言われても何も出来ない以上、家事が楽になる道具を一通り買えばよいだろう、と言うスタンス

これも上の話に似ているが、今更努力して会得しても赤点になるようなものをこれ以上頑張る理由が無い、ということで、そういうときお金専門家を呼んでくるのが良い、とのこと

単身赴任ときも、同じ理由で家政婦的なものを雇っていた

残った時間仕事に対しての勉強をしていた

上記二点を行うことで時間を開けてから仕事に関わるもの勉強をしていた

結果的仕事以外の部分は一ミリ尊敬できない父が出来上がったのだが、まぁ、それも父の生き方なのだろうと思って眺めることにした

ちなみに最近は何を思ったのか70を超えてスイミングを始めて、しかもとりあえず全ての泳ぎ方を学びたいということでクロール平泳ぎ背泳ぎバタフライ練習を始めた

結果、腰を痛めてしまったようで、最近朝起きられないと嘆いていた

どう考えてもバタフライが原因だから辞めろよ、と父に何度も説教したのだが、頑なに続けている

医者に言われたらやめると思うので、こんど無理やり医者に連れて行くことにする

2017-08-24

2015年にもなって設立されたEC課なる部署

管理職コピペしかできんよ。

30代の管理職同族経営の息子とその太鼓持ちから、どんなに無能でも席はなくならない。

B2BB2Cだと言っているが、メールで受注する卸売と、ブラウザ管理画面しか使わないネットショップ

発注は基幹システムEDIFAXサーバを使わせてもらえず、Excel発注書を作ってプリントアウトしてFAX

部署部長より

「まあ、わしらが紙の伝票や精神論でやってきた商売から、多少なりとも進歩した形態のはずよな」

と言われるも、正直、退化してますよ。あなたが構築してきた業務支援系に類するものも一切、入れる気はないですから

てか、部長も分かって言ってるわけですが、もう数年で定年退職のはずで、

もう好きにしやがれ、な気持ちなのかもしれない。

サクラクエストに出てくる観光協会wikiで調べた結果

由乃拠点としている観光協会

wikipediaに出てた「観光協会」があったのでみてみた。

なかなか問題を孕んでるなー

内部事情に詳しい人が書いたっぽい

財源

主な財源は国及び地方自治体から補助金、会員からの会費、観光イベントなどに於ける収入、各種団体から観光目的とした事業委託等により賄われている。

実際に観光施設駐車場などの運営事業を持っている場合は、当該事業から黒字が出ている限り、観光協会自主財源ができるため、組織運営は安定する。

しかし、赤字に陥った場合会社組織に比べて意思決定機構が複雑で、極端な場合、当該組織では意思決定できず、管掌する行政指導・助言を仰いだりする場合もある。この場合行政観光協会とで責任の擦り付け合いになり、組織としての意思決定が遅れ、結果として思い切った構造改革ができず、赤字累積となる危険性もはらんでいる。

事務局体制

設置規模によって事務局体制は大きく異なる。もともと人件費よりも事業費を重視する体制であり、業務内容と量に比べて職員数は抑えられている。

出向職員給与は出向元が負担するが、専従職員給与観光協会の体力や設置する自治体方針によって異なる。

役場職員に準じる場合もあるが、規模が小さな観光協会職員事務局長であっても年収200-300万円であることもままで、ワーキングプアもしくは名ばかり管理職の温床となっている。

こういった特殊職場環境にあるため、新卒採用を含め一般公募による職員採用ほとんど行われず、定年退職者の受け皿として機能することが多い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E5%85%89%E5%8D%94%E4%BC%9A

サクラクエスト登場人物年収計算してみた

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170818121139

由乃年収 204万円・・・ 福利厚生の内容によっては貯金できるけど、あれだけのモチベーションを維持できる由乃たちはすごいと思う

2017-08-11

https://anond.hatelabo.jp/20170811062418

その論理で行けば、転職定年退職するという特異点はある。

あとは、明示的な締め切りがない仕事に就くというのもあるかもしれない。

自分のできる限りを毎日やり続け、その中間結果がリリースされていくという。

締め切りがあるというのは、締め切りがある仕事があるということで、

仕事があるというのは社会人にとって信頼と期待の証だと思う。

2017-08-08

半生を働くことに捧げた中高年が自分人生を見つめ返す

みたいなシチュエーションから始まる映画とか作品が好きなんですが何かありませんか。

定年退職でもよし、ふと思い立って仕事を辞めるでもよし。

昔憧れてた趣味をやってみるとか

仕事ばかりで家を空けてた埋め合わせに奥さんにサービスをするとか

そんな感じで!

2017-08-05

https://anond.hatelabo.jp/20170805114802

近くの公立大学、まじめに「ノートの取り方」「レポートのまとめ方」とかいう科目が1年前期に選択である

教員定年退職した先生方が教えに来てる

2017-08-03

https://anond.hatelabo.jp/20170803154957

もともと新しいものに興味があまりない人が年を重ねたら、ますます新しいものが面倒くさくなっていると思うので

無理して趣味を持たせようと思わない方がいいと思います

うちの母がザ・無趣味だったけど、定年退職後に趣味開花した父親自分を比べて焦って、一時期うつっぽくなって大変だった。

積極性が無いタイプの人に何かを勧めたりすると、逆に自己評価が下がっちゃう時があるみたいだから気を付けて。

2017-07-31

仕事人間の特徴の1つで関係を持たない人はキレる高齢者予備軍になるのか

仕事人間記事はたくさんありますが、仕事人間の特徴の1つで関係を持たない人はキレる高齢者予備軍になるということ。

ここ最近ではキレる若者よりも、キレる高齢者が増えてきては犯罪を繰り返す高齢者も多いとか。

超高齢者社会となり、必然的高齢者が目立つのは仕方のないことです。

全ての仕事人間がキレる高齢者になるとは限りませんが、そもそも仕事人間とは一体どのような特徴の人なのでしょうか。

仕事人間といわれる特徴の人達


私の中での仕事人間というイメージはどこか真面目で一生懸命に働いているという感じ。

確かに仕事人間の生きがいは「仕事」ですし、その仕事がなくなれば生きる意味を失われたのも同然。

けれども、人生において生きがいは何も仕事だけとは限りません。2017年以降にキレる高齢者ともいわれる人たちは、高度経済成長期を支えてきた年代人達です。

その時代はとにかく働くことが人生の全てで、長時間働くことを誇りに思っている人が多かった時代。もちろん、全ての人達がそのように感じていた訳ではありません。

それでも、今現在にキレる高齢者といわれる人達はそのような時代を乗り越えては今に至ります

仕事を失った後の人生がわからない


仕事人間といわれる人達仕事を失うと、その後の人生をどのように過ごせばいいのかわからないといいます

仕事を失うといってもリストラだけではありません。定年退職なども同じように、定年後の人生が見つからない人達が多いのも現実

定年後に何をしたらいいのかわからない人が多いのも仕事人間の特徴の1つですが、やる気がなくなっては自暴自棄になり、軽犯罪を繰り返す人が多いのも否めません。

感情コントロールが鈍くなるとキレやすくなる

キレる高齢者に限らず、突然に怒り出す人は何も高齢者だけではありません。

キレるというのは感情コントロールができないということ。年齢を重ねると当然ながらあらゆるところが衰えてきますし、脳も例外ではありません。

ある記事ではキレる高齢者が増えてきているのは、脳機能の低下ということ。

感情を抑える脳機能が低下すると怒りの感情コントロールが難しくなり、キレることが多くなるということです。

年というのは誰では取りますし、今現在は若くてもいずれ高齢者になります

決して他人事ではない内容ですが、キレる高齢者にならないための予防策を考えていきます

キレる高齢者にならないためには?

キレる高齢者にならない予防策として、まずは仕事人間にならないことでしょう。

今の時代個人でも稼げる時代なので、働きづくめで生きることをしなくても生きていけます

もちろん、借金苦や働くことが好きな人例外ですが、別にガムシャラに働かなくても死にはしないということ。

しろガムシャラに働きすぎて命を落とすケースがたくさんある時代仕事人間から卒業することによって、キレる高齢者予備軍にもならないということです。

人との関わりを面倒くさくても維持する

確かに年を取れば取るほど人間関係は面倒くさくなります

身内だけで集まっては狭い世界でワイワイするのも楽しいでしょう。これは何も高齢者だけとは限りませんが、とにかくキレる高齢者予備軍にならないためにも人との関わりは大切するということ。

仕事人間ほど仕事以外の人間関係を持たないものですが、やはり仕事以外の人間関係も維持したいもの

仕事上だけの人間関係所詮仕事上だけのこと。寂しいですがその仕事が終われば、ほぼ人間関係は消えていきます

からこそ、趣味や好きなことで共通する人間関係も維持したいところ。

今の時代インターネットを通じて世界中人達と繋がれますからね。

仕事人間の特徴の1つで関係を持たない人はキレる高齢者予備軍になるのかのまとめ

これからますます増えていく「キレる高齢者」と呼ばれる人達

現在10代~30代でも生きていれば必ず高齢者となります。キレる高齢者となるかは今後の考え方と行動しだいですが、できることならキレる高齢者になりたくないのが正直な気持ち

もちろん、脳機能の低下は抑えられるものではありませんが、軽減させることはできます

どちらにしても、人生を楽しむ術を知らないと仕事人間に限らず、キレる高齢者予備軍になり得るということ。

人生時間は短いですが、その人生でキレることだけが生きがいなのはとても寂しいもの

常に自分人生について考えていくことが、キレる高齢者にならないための1つの対策ですね。

仕事楽しいですが、何ごともほどほどにしましょう!私はブログデュエルリンクス以外は続いたことがありませんが

2017-07-28

父の新しい趣味

昨年、父が定年退職した。

父は40年以上ずっと運送会社で働いていた。趣味も車で、休みの日は必ずドライヴテレビも見ない、本も読まない、ネットもやらない。昔はよく料理をしてたけど、今はぜんぜんしてない。

学生時代映画監督になりたかったらしい。だからだろうか、私が小さいころはよくカメラを持ち歩いていろんなもの撮影しまくっていた。8ミリハンディカム? くわしいことはわからない。とにかくビデオカメラで何でも撮ってた。旅行運動会七五三etc

でもいつしかそれもやめてしまった。それからは車一筋。ドライヴけが人生って感じだった。

私は父が心配だった。そんなんじゃボケちゃうよ。それにいくら車が好きだからって、もうなるべく運転は控えて欲しい。年なんだから

父はひとりで暮らしている。母は私が2才の時に癌で亡くなった。それからずっと父娘で暮らしてきたが、私は3年前に26で結婚して家を出た。

私は父にノートパソコンプレゼントした。父が車以外のことで時間を潰せるようになればいいなと思って。オンライン将棋なんかを勧めてみた。それが半年前。

で、驚くべきことが起きた。父がパソコン動画編集にはまってしまったのだ。

映画青年の血が騒いだのだろうか。父は短期間に相当な知識技術を身に付けていた。

スポーツカー ベスト10』なんていう2分ぐらいの動画を作ったりしてる。ランキング形式で車の映像が流れるのだ。

その車の映像、どうやって手に入れた!? BGMもついてるし、解説テロップも入ってる。文字がボヨーンと飛び出したりして。すげー。

いやー、よかった。これで老後の趣味ができたねー。

なんて、安心してたのも束の間。

なんと父は私の小さい頃の映像編集し始めたのだ! ねえ、その古いテープ達、どうやってパソコンに取り込んだの?変換とかできちゃうもんなの?とんでもない機材とか買ってない?大丈夫?散財してない?

その手の知識が全くない私はとにかく心配心配で。こんなことは簡単に出来ると父は言うのだけれど。本当だろうか?

そんな父から、先日、DVDを渡された。なんとそれ、私の思い出ムービーだっつうじゃないですか。いやあ、さすがに身構えた。

で、観たんですが、これがかなりぶっとんでまして。。よく言えば前衛的。はっきりいうと、めちゃくちゃ。

映像はいきなりビデオレター風に始まる。どこかの山の登山口にひとりで立つ父。カメラの前でぎこちなく笑いながら手を振ってる。テロップが出る。

なぜ高尾山!? どういう意図があるの?しかもこれ、三脚立てて一人で撮ったの!? 松居一代スタイル!?

父が私に呼びかける。

  • 覚えてますか~、ここは大昔に君とふたりで来た山です!

そうだっけ!? ごめん、覚えてない。。あ、でもなんか、すごく小さい頃、山の中でゴンドラに揺られたような記憶が、あるような無いような、、あれが高尾山

そこでなぜかBGM

永ちゃん!?なぜそのチョイス!?明るい山並みとぜんぜん合ってないよ。。完全に夜景向きの曲じゃん、、、

映像が変わり、実際に私が緑の中を歩いてる場面が流れる。すごくちっちゃい。たぶん幼稚園のころだ。何だかぐずっている。カメラの奥から父の腕がにゅっとのびて、私を抱き上げたところでフェードアウト

今度は私が運動会で走ってる映像が流れ始める。

これは良かった。なんと幼稚園から小学校5年までの私の徒競走映像ちょっとずつ繋いであるのだ。(ちなみに6年の時は休んだ)

走りながら成長してゆく私。たまにスローになったりして。かっこいいじゃん!BGM爆風スランプじゃ無ければさらに良かった。次から音楽担当は私にやらせて。

そっかー、父は毎年、私が走るところを必ず撮ってくれてたんだね。

そのあとも、七五三海水浴さくらんぼ狩り学芸会、お誕生日会と、まあ懐かしい映像が次々と。知恵熱が出そう。

さて、問題はここからですよ。再びカメラの前に現在の父が登場。

なんと私が小2の時に書いた手紙カメラの前で読み上げやがった!

完全に松居一代じゃん! 暴露ノート的なやつじゃん!もしかしてオマージュ!?影響受けたの!?

しか手紙文章テロップに起こして、ピアノBGMなんかつけちゃって、映画エンドロールみたいにして晒すという、、、まさに鬼畜所業。。

  • パパへ

おたんじょうびおめでとう

パパのオムライスが好きです

ごはんを食べるとき

パパはおもしろいはなしをたくさんしま

わたしケーキ屋さんになったら

たくさんケーキをたべてね

食べ物の話だけかいしかもこれ、テロップにする意味ある!?

ビデオはここで終わる。いやー、すごかった。いろんな意味で。

手紙、ずっと持ってたんだね。

私、ケーキ屋になりたかったんだなあ。ケーキ、作ってみるか。よし、今度作って父に食べさせよう。

代わりにオムライスを作ってもらおう。あれはね、世界一うまいんだ。

2017-07-19

ブラック企業なんてやめてうちにおいでよ

自画自賛みたいになっちゃうけど、うちの職場悪くない職場だと思うんだよね。

残業無いし、17時半定時だし、完全週休二日制だし、休日出勤無いし、飲み会休日返上の付き合いも無いし。冬休み夏休みも1週間あるし。

都心にあるからアクセスもいいよ。ネームバリューなんて全然無い小さい会社だけど、歴史はそこそこあるよ。景気にも左右されないよ。

年収だって平均の1.5倍~2倍くらいは出るし、営業成績がいいと更に増えちゃうかも。昇給だって単位であるよ。

学歴不問、未経験OKだよ。年金とか保険だって勿論支払ってるよ。

でもねー、年末からせっせと求人出してるんだけどほっとんど応募が無いの。

数件来た応募も全員面接しようと思ったけどバックレられたり、何度電話しても出なかったり、ドタキャン食らってあっちからお断りされてる。

もうすぐ定年退職の人が居て、その人の引継ぎを…と思ったんだけど無理そうだ。

から何件か人材紹介?みたいな会社に問い合わせてみたけど、いい返事は来ない。らしい。俺はその愚痴を聞いてるだけだからよく解んないけど。

取引先でも中々人が集まらなくて難儀してる所が何か所もある。今は応募来ないから大変だよーって口揃えて言う。大きい所は違うんだろうけどね。

世の中じゃ転職しようにもまともな職が無い。食いっぱぐれるなら今のブラックで…って頑張っちゃう人がいっぱい居るらしい。

大企業島耕作になりたいって言うなら話は違うんだろうけど、中小結構求人出てるよ。

うちの周りじゃ大きい会社より小さい会社の方が若い人の待遇はいい。だって逃げられちゃったら次捕まえるの大変だもの

勿論ヤバい所もあるけどさ、でもそうじゃない所もちゃんとあるよ。

からそんなにヤバい所やめてうちにおいでよ。休みお金もちゃんとあげるから

2017-07-18

安楽死権利を認めてほしい

極端なことを自分アカウントで書く勇気がないか増田に書かせてもらう。

安楽死権利を認めてほしいし、安楽死させてくれる場所をつくってほしい。

自ら赴くためにある人間保健所とでも言おうか。

日本人男性平均寿命はだいたい79歳。女性86歳。

おおくの会社では定年退職は60歳で、本人が希望すれば65歳まで再雇用が認められる。

この希望は本人がすれば基本的会社拒否することはできない。

それから20年近くを働かずに生きながらえるためには金が必要だが、国民年金など雀の涙

つつましく暮らしたとしても健康的で文化的な最低限の生活がおくれるのだろうか?

からこそ学生時代にはがむしゃらに勉強し良い大学を出て就職し、老後資金である退職金を満額もらって定年退職するためにがむしゃらに上司のご機嫌をとる社会人生活を40年近くおくる。

そう思うと僕は人生希望をいっさい感じない。

子供結婚が生きがいだ幸せだと言うひともいるけれど、他人と一緒に暮らしひとりのまっさら状態で生まれ人間をまっとうに育てることがどれだけ大変なのか想像しただけでも自分には無理としか思えない。

フリーランスだとか起業だとか言うやつもいるけれど、そんな生き方で老後も大丈夫な人はよほどの努力家か能力の高い人間だと思う。

僕のように何のとりえもなく努力もしたくない人間は今いる会社必死で定年までしがみつくしか老後も生きていく方法なんてないんだ。

僕は老後を気にしないで、その時にやりたいことをやってなんとなく楽しく暮らしたい。

頑張るとか、努力とか、そういうのはもうやりたくない。

なんとなく週4で1日6時間くらい働いたら、空いた時間趣味を楽しんで、友達と酒を飲んだりしながら気ままに生きて、人生に飽きたり詰んだなと思ったらその時に死にたい

安楽死を施してくれる場所にふらりと入って、死にたい

死んだら何も残らないほどに燃やして墓にも入れずこの世から消し去ってほしい。

お葬式だって別にいらない。

家に帰って寝るだけ。

疲れて土日も寝て過ごすだけ。

連休も寝て終わった。

こんな俺の人生希望なんてない。

2017-07-17

実家距離を置くことにした

数年前に母親再婚した

私が5歳のときに父と離婚して私と妹を引取り育ててもらった

離婚後すぐに実父は交通事故他界している

私と妹の就職を待ち、何年か前から付き合っていた男性再婚した

私は中学時代から高校まで反抗期で、ヒステリー母親を嫌い

近くに住む離婚済みの祖母アパートに住んでいた。

高校卒業とともに県外へ就職したので母親が付き合っていた男性と関わる機会は殆どなかった

帰省荷物が置いてある祖母アパートで過ごし実家に戻ることは基本的にない

再婚相手は母の持ち家である実家に同居という形になり母親再婚相手・妹で暮らしていたが

定年退職を迎えた祖母年金だけではアパート一人暮らしできないため実家

引取り同居することになったのが去年

自動的実家しか帰省先がなくなり、何年も男性がいる家で生活したことがなかったので

生活スペースに知らない男性がいることに嫌悪感があり、食事もできるだけ祖母の部屋でして

再婚相手が同行する外食に誘われても全て拒否していた

昨年祖父逝去したため土曜日初盆があった

妹とファミレスへ甘いものを食べに行こうと会話していると母が割り込んできて

再婚相手母親も一緒に行っていいか聞いてきた

正直に言って知らない男性パフェを食べる趣味はないので拒否したところ

「じゃあいい」と怒った口調でドアを強く閉めて出ていった

母親は私と再婚相手がいつか仲良くできると思っているが私は無理だと思う

別居することで距離を保ち、ある程度縮まったと思っていた母との距離がまた開いてしまった

この件について和解したところで別のタイミングで同じことが起こるのは目に見えているし

祖母大事にしたいが実家にいると息が詰まるので数年は帰省しないことに決めた

2017-07-11

旦那デスノート

うちの叔父が割と優秀なエンジニア

もう定年退職したんだけど

とあるごとに死亡時の生命保険等の一時金と

生きている限りもらえる年金の額を親族に話してた

 

もう少し生かしとく方がお前ら得やぞ

俺はほんま金使わんでも生活できてるから

 

生活貧乏学生時代から変わらず質素らしい

僕のお古のデジカメを愛用して散歩写真を撮る日課だそうな

経済成長期に一流企業エンジニアを長年務め

自分自転車しか持ってないのに嫁と娘にはそれぞれ欧州車を買ってる

 

家庭内カーストペットの次なんだとさ

2017-06-28

老獪゛

働き者だけが取り柄だった人、定年退職すると老害になるのかね〜。

なにしろ長く生きていることだけが取り柄ですから

2017-06-25

https://anond.hatelabo.jp/20170624172536

手段目的が逆転しているような気がする。

~~が好きとか、~~をやってみたいというなら分かるけれど、外に出るために無理やり作るものじゃないんじゃないか

それこそ、定年退職者が暇を潰すために無理に趣味を作ろうとしているのと変わらないと思う。

社会人サークルや近所のバーにでも入り浸って常連グループに入るなりして

その時々の面白そうなことに首突っ込むくらいで良いと思う。

2017-06-24

シングルマザー日本では裕福になれない

N=1という批判は受ける。

先日自分の両親が熟年離婚危機にあるということをほかのきょうだいから聞いた。

父母はそれほどベタベタカップルではなかったが、私達きょうだい実家生活をしていたときには目の前で激しい喧嘩をするわけでもなく、それなりに仲の良い夫婦と思ってきた。

だが、話によると母親父親定年退職の日を待ち構えて離婚を切り出したらしい。

又聞きではあるが、母は昔から父親の横暴なところが嫌いで、過去勝手自分貯金借金の穴埋めに使ったり、近所への見栄でくだらない出費をしたりといったことを憎く思ってきたのだという。

何より離婚の決定打となったのは、長年患っていた母親の実母が危篤になったと連絡が入って今にも出かけようとしていたときに、父が「夕飯の支度はしてけよ」と言い放ったことらしい。

そんなこともあって定年の日を狙って母親父親離婚を切り出したのだが、その時もネチネチと「そんなことするとお前はこの土地に戻ってこれなくなるぞ」「恥をかくのはお前だぞ」と言ったそうで、母は結局そのまま友人を頼って家を出て現在は別のところに居を構えている。

そこまで拒絶をされたのだからさぞ父親は落ち込んでいるだろうと実家を久しぶりに尋ねてみたところ、ちょうど行政書士の人が来ていてどうも遺産相続の時に母親一円も残さずに済む…どころか借金押し付け方法はないかといったことを相談しているようだった。

既に自分にも家庭はあるのであまりよそのことに口は挟めないが、この年になって父親人間としての小ささを知ったような気がしてがっかりしている。

というか、男が女に別れさせないようにする手段経済的相手を困窮させるしかないんだなと思ってそのことの方がむしろ落ち込む理由になっている。

うがった見方なのかもしれないが、日本世界でもシングルマザーに冷たい国であることは、女性経済力をもたせると男が簡単に捨てられるからという男側の論理でやっていることなのだろうと思ってしまう。

もし国会議員の半数が女性になったら、シングルマザー処遇はきっともっと良いものになるのだろうな。

定年退職する上司に帰ってきてほしくない

しらけ世代人達がこのまま消えてくれると職場からパワハラがほぼ一掃される。

大体パワハラしてるのってこの世代なんだよ。

ちょいワルを格好いいと勘違いして『イタズラ』を部下にすることを生きがいみたいにしてる頭おかしい連中がどこ行っても何割かいる。

2017-06-21

幸せが壊れていく・・・」私を絶望に追いやった更年期障害悪夢

更年期障害なんて他人事だと思っていた。



しかし、50歳の春、私は更年期障害になった。正直、更年期障害なんて大したものではないと思っていた。



でも全く簡単病気ではなかった。



更年期障害は私の人生を大きく変えてしまった。
家族、友人、多くの人を傷つけ、大切なものも多く失った。



でも周囲の粘り強い支え、幸運出会いもあって、何とか克服ができた。今では元の幸福を取り戻すことができたと言える。



更年期障害は心身共に症状が現れる。それゆえに知識がないと混乱をしてしまい、治りが遅くなるばかりか、周囲の人を傷つけ更に自分自身を追い込むことになる。



もっとこうしていれば、苦労しなかったのにな・・・」



そう思うことが沢山ある。

それを今更年期障害に悩んでいる人に伝えたくなった。


興味があれば読んでみてください。

普通幸せ、そこに突然訪れた「ある変化」・・・



私は昔から特に見た目、賢さに恵まれたわけではなかったが、健康だけには自信があった。風邪らしい風邪は引いたことがないし、入院したことも出産ときぐらいだ。



子供を産んだときもあまりにあっさりと産んでしまったので、主治医が若干苦笑いをしていたほどだ。



そんな私は、当然、華やかな人生を歩んできたわけではない。しか女性としての普通幸せは手に入れることができているという満足感はあった。



私にはもったいないくらいの優しい夫、26歳の長女は嫁ぎ、23歳の長男社会人に。子供が自立したのと、夫の定年退職もあと数年に迫っていたので、「老後ものんびり楽しく過ごしていこうね。」と仲良く話し合っていた頃だった。



その変化は突然やってきた。



なんだろう。暑い・・・・



最初異変を感じたのは3月事務パートに行く電車の中だった。



暖かくなってきたとはいえ、その日はさほど暑い日ではなかった。



午前10時、電車の中は通勤ラッシュも終わって混雑はしていなかった。それなのに顔がほてり、汗が止まらなかった。私はそんなに汗っかきではないはずなのに。



「なんだろう・・・」



不思議に思いながらもその場は特に深刻に考えることもなかった。



だが、職場に着いても汗は止まらない。クーラーの効いた室内でみんなが涼しそうにしているのに私だけは暑くて汗がでてしまう



「これは何かがおかしいのではないか?」


一瞬そう思ったのだが、仕事が忙しかったため、その心の声をなんとなく流してしまった。

この判断が私を長い苦しみの追いやったのかなーと今でも後悔している。



続く症状、心まで蝕まれていく



汗の症状はその後も続いた。



特に夜に暑くて目が覚めてしまうことは辛かった。パジャマシーツが汗で濡れて冷たくて目が覚めたこともあった。



汗だけであれば慣れてしまえばどうってことはなかったのだが、1ヶ月経つ頃から別の症状も出るようになった。



朝起きるのが辛く感じるようになった。起き抜けから身体がだるく、軽いめまいもあった。なにより気分が重い。仕事行きたくないな-と思い休んでしまうことも増えてきた。



家事に関しても大好きだった料理もする気がおきず、惣菜を買って帰ってしまうことが増えた。

掃除洗濯苦痛になり週末まで溜め込んでしまう日が続いた。

これまで主婦としてしっかり家事をこなしてきたことには自負があったので、そんな自分が許せず、罪悪感でいっぱいだった。



そんな心身ともに不安定な時期が続く中、

あの事件が起きてしまった。

大事ものが次々に壊れていく・・・



さすがの夫も家事が以前のように行われていないことに気がついたのだろう。



「最近家事あんまりできてないみたいだけど、何かあった??」



心優しい夫は気遣いながらもそう聞いた。



夫は優しく聞いているだけだっただろう、ただ罪悪感に追い込まれていた私は夫に対して怒りを露わにして



「何にもわかってないくせに!私を追い詰めるの!!」



と大きな声をあげてしまった。



私が感情的になることなんて結婚してから一度もなかった。昔から気が長い方で怒ることなんて滅多にない。ただこのときの私は感情までコントロールできなくなっていた。



夫の驚いた顔が今でも忘れられない。



ケンカ一つしない、互いを尊重し、問題は優しさで解決するそんな関係を長年続けてきた。でも、その大切に育んだものに大きなヒビが入ってしまった。そう思った瞬間だった。



すぐにフォローをしなくては。そう思うけど心が追いつかない。
一体わたしはどうなってしまったのか。



唯一の相談相手



「何かおかしいんじゃないか?」



夫はそう言ってくれるけど、私は認めたくない気持ちがあった。



こないだの1件で心に溝ができてしまったこともあるんだろう。



夫は最も信頼できる人ではあるけれど、異性ゆえに相談しにくいこともある。特に心や身体のことは打ち明けるのに抵抗があった。



はいえ、私にも明らかにおかしいというの自覚はあった。けどどうしたらいいかからない。追い詰められていた私は遂に親友相談をした。



大学の同期の加奈子だ。大学卒業してからも定期的に会い、今でも家族ぐるみの付き合いをしている。私の全てを話すことができる唯一の人。それが加奈子だ。



私は加奈子にこれまで起こった全てのことを打ち明けた。



「それって更年期障害じゃないの??」



加奈子の意外な言葉に私は驚いた。



今まで、病気一つしたことが無い私は、正直更年期障害と言われてもピンと来なかったが、加奈子の言う典型的な症状と私のそれを照らしてみると、確かに当てはまることが多い。



実は加奈子も昨年に経験をしたという、加奈子とは3ヶ月に一回は会っているのに全然気が付かなかった。



「私は軽かったというのもあるけど、職場の友人が更年期障害を疑ってくれて、早めに対処できたのが良かったかもね。まさみも早いうちに病院に行ったほうがいいよ。更年期外来ってのがあるから。」



やっと踏み出せた一歩、しか・・・



友人の話というものはすんなり入ってくるもので、すぐに病院を探し、近くの婦人科に足を運んだ。



その医師によると、更年期障害一般的に2から3年続き症状が収まることが多いとのこと。



「これが2,3年も続くのか」



そう思うとこれから人生が暗く重く感じた。



この医師HRTという療法があると提案をくれた。しかし、あまり病院に慣れていない私は、なんだか大掛かりな治療のように感じ少し抵抗感があると伝えた。



それであれば漢方という方法もあるとのことなので、まずは漢方治療から行うことにした。しばらく加味逍遥散喉、半夏厚朴湯、大防風湯、抑肝酸、を服用し様子をみた。



最初の1ヶ月程度でほてりに関してはだいぶ改善してきた。



しかしながら、3ヶ月経過しても、だるさ、めまい、気分の重さに関しては改善がほぼなかった。これでは辛い生活は続くばかり、夫に対しても感情的になってしまうことが多くなったため会話も減ってしまった。



娘、息子への連絡も減ってしまったし、たまにする電話でも以前より感情的で口うるさくなってしまったのか、前ほど家に寄り付かなくなってしまった。



私の世界がどんどん狭くなり、壊れていくような感覚に包まれていった。居てもたってもいられなくなった私はまたも加奈子相談した。



意外な解決策



加奈子は何で治したの?」



以前はなんとなくプライド邪魔して具体的な治療までは聞けなかったが、今度は率直に聞いた。



「私はHRTをやったんだけど、あんまり改善しなかったんだ。軽度だったというのもあって大豆製品を中心に食べる食事療法をやってた。途中からちょっとサプリメントも飲んだよ」



漢方にも改善はみられなかった。HRTはやはり抵抗があったので加奈子と同じ治療選択した。



私は加奈子より症状が重いように感じたので、食事療法を中心に最初からサプリメントも服用した。



溢れ出る希望、なくしたものを取り戻すために



友人同士体質が似ているというのはないだろうが、この選択は私にとって正しかった。



効果はわりとすぐに現れた。約2週間程度でずっと持っていたイライラ感が少しずつ減ってきた。それに伴い感情コントロールができるようになり、夫との会話の回数が増えてきた。



1ヶ月経った頃には身体のだるさが改善してきて、家事に対して前向きになれた。



掃除は軽くではあるが毎日洗濯は週2程度、料理は週に1度くらいしか作れなかったが、簡単ものなら毎日作ろうという気分になってきた。



一度改善兆しが見えると気分は晴れやかになってきた。治療に対してどんどん前向きになって大豆食品を多く取り入れた食事を調べたり、サプリメントに関する知識積極的仕入れ、よりよいものを探すようになった。



そして、3ヶ月目には、ほぼ以前の私を取り戻すことができた。



休みがちだった職場の方々も理解をしてくれて、職場にも以前のスケジュールで復帰することができた。



家事も以前のようにしっかりとこなせるようになった。夫も私を気遣って家事を身に着けてくれたので、以前より2人で一緒に家事をやるようになった。



夫との会話も以前のように弾むようになり、信頼関係も戻ってきたように感じた。夫も私が更年期障害であることは理解してくれていたようで、



「症状が収まろうが収まるまいが、ずっと寄り添っていくつもりだったよ」



と言ってくれた時には思わず大泣きをしてしまった。この感情の動きは更年期障害によるものではないと今では確信できる。



結果的に私は友人の進めた食事療法サプリメント民間療法で幸い比較的短い期間で更年期障害を乗り越えることができた。



自分の心と身体が思い通りにならない約半年間は本当に苦しかった。



周囲も理解はしてくれるけど、気持ちが離れていっていることはわかる。その孤独感が特に辛かった。どうにもできない自分も本当に歯がゆかった。



あなたに伝えたいこと。



私が今も後悔していて、あなたに伝えたいのは、一つだ。



ほてりを感じる日が続く、気だるさ、気分の重さがなかなか抜けないといった症状を感じたら、すぐに更年期障害かな?と疑い病院に行くべきだということだ。まずは更年期障害であるということを理解してほしい。



もちろん私に効果のあった治療あなたにとってベストだとは思わない。HRT受診したほうがいい場合もあると思うし、漢方が効くこともあると思う。また他にも治療法があると思う。



なので、どんな治療でも良いと思う。開始することで前向きになれるし、意外と周囲の理解も得られる。更年期障害は早い人は30代後半から、誰もが抱えうる問題であって、決して恥ずかしいものではない。



一人で抱え込んで、症状が悪化し、周りに迷惑をかけることが、孤立を招き更年期障害を非常に辛い病に変えてしまう。



病院が嫌だということであれば、気軽にカウンセリングを行ってくれるNPO法人もある。まずは更年期障害であることを疑い一歩を踏み出してみて欲しい。


はいちばん大事家族という存在を失ってしまう寸前まで精神的に追い詰められてしまい、本当に苦しい体験となってしまった。



あなたには同じ思いを絶対にしてほしくない。



この体験談が役に立ってくれることを願っている。


2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170619173249

公務員定年退職」と書いてるし、ちゃんと年金もでるだろうから「私達のことは心配するな」って言ってるのを想像してたけど。

不幸な方向に想像を膨らませすぎじゃね?

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