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はてなキーワード: ラストシーンとは

2018-12-12

下方婚メリットて何よ

本当の本当にそれで人生ラストシーンまで幸せに終わったとしてさ、残された子孫は弱者だよな

2018-12-10

映画の内容が覚えられない

映画館で一度観ただけの映画の内容をみんななんでそんなに覚えられるの?

元々映画館映画あんま観ない人間ではあるが、今年見た数本の映画の内容があんま覚えられない。特にラストシーンとか。覚えてるのもあるけどさ。

断片的には覚えているんだよ。

昔見たマクロス劇場版も、ミンメイとヒカルが二人きりで閉じ込められてミンメイが誘惑する演技してヒカルラブラブになったときに救出されたとか、早瀬ヒカルプロメテウス乾杯するとか、ミンメイが歌ってるのを観たゼントラーディー軍が爆発するとかそういうのは覚えてるけど、ラストシーンが思い出せない。

テレビで見た映画もなかなか覚えられない。ナウシカとか何度見ても、どんな話だったっけ?って感じ。

ラピュタも、40秒で支度しなとか3分待ってやるとかバルスは覚えてるけどラストシーンが思い出せない。

映画といえば、スターウォーズ1〜6まで劇場で観たのにシーンシーン覚えてるだけで話の内容はほとんど覚えられない。

映画観るのに向いてないのかな。向き不向きあるのかなあ。映画観るのに向いてないってちょっとさみしいな。

2018-12-08

ANEMONE/交響詩篇エウレカセブンハイエボリューション

ANEMONE/交響詩篇エウレカセブンハイエボリューション について、いろいろな人がいろいろな価値判断がくだしていると思う。ここではなるべくそういったことをせず、主に筆者が気になった部分のみについて思ったことを書き留めておく、いわば個人的備忘録である。それらはハイエボ1、もしくはこれまでのシリーズ作品を突き詰めればわかることかもしれないし、ハイエボリューション3への伏線かもしれない。

当然のことながら、ネタバレありきのエントリであるので未見の方は注意してほしい。

誰の物語――ハイエボ1とは何だったのか

ハイエボリューション3部作であり、それぞれあるキャラクターを中心としたストーリーになっている。普通に考えればANEMONEは当然アネモネがメイン、そしてハイエボ1はレントンがメイン、となるだろう。しかし、ANEMONEにおいて明かされたある真実によってハイエボ1という作品意味を反転させた。

その真実とは、これまでのエウレカセブンシリーズが、実はレントンを喪って絶望したエウレカの見た夢だったということである。これにより、ハイエボ1はレントン物語であると同時に、レントンの思い出を反芻するエウレカの心の中の物語でもあったことがわかるのだ(個人的には、ハイエボ1は単体で好きな映画だったため少しショックではあった)。

ここである画像を見てほしい。ネット検索で「ハイエボ」などと調べると出てくるであろう。左から順にエウレカアネモネレントンの顔が描かれた画像である。これは、ハイエボリューションという企画が発表された最初キービジュアルだった記憶がある。それはさておき、この画像を見るとわかることがある。そう、「2017公開 ハイエボリューション1」の文字とともにあるのはエウレカの顔なのである。そして、ハイエボリューション2はアネモネの顔、3はレントンの顔のとセットになっている。

以上を考えると、ハイエボ1がエウレカ物語である、ということはあらかじめ決まっていたことなのかもしれない。かもしれない、という言い方になるのは、ハイエボ1を単体の映画として観ると、やはりレントン物語からである

とはいえ制作過程でいろいろあったという考え方もできる。ハイエボ1はエウレカ物語にするつもりだったが、様々な事情によりレントンの話にせざるを得なかったのかもしれない(余談だが、昨今アニメというコンテンツが、いか資本に歪な形で介入されているのかということを知らないで物を言う人が多いように思う)。

どちらにせよ、エウレカセブンシリーズにおいて、エウレカレントンという存在は切っても切り離せないものであり、ハイエボ1はどちらの物語なのかを考えることに意味はないのかもしれない。

金色の闇とデューイノヴァク、そしてスカブの卵

アネモネが何回目かのダイブで初めてエウレカ接触し、エウレカ石井賢の死に際を再現したシーンの最後であるエウレカの体に赤い電撃が走り、「金色の闇」に押しつぶされてしまう、というようなことを口走ったはずだ。金色の闇とは何なのか?

一方、ANEMONEに登場する、ASSIDに拘束されているデューイノヴァクの目隠しが取れるシーンがあったと思う。その目は黒い白目(なんとも矛盾した表現である)に金の瞳であった。

そして思い返せば、テレビシリーズにおいてアドロックダイアンレントンたちが邂逅するシーンなどは金色を帯びていた。

さらに、ANEMONE終盤でデューイノヴァクが「我々は受肉した!」と叫んだときの目は、金色ではなくコーラリアンの目であった。

以上のことが指し示すことととはなんだろうか?そういえば、アネモネ石井賢の思い出の場所ススキヶ原は「金色の海」だった。何か関係があるのか?

いろいろ考えてはいるのだが、長くなりそうだし、まだ整理がついていないのでここでは疑問の提起にとどめておく。

話は少し変わって、卵のことを考えたい。

ANEMONEのほぼラストスパートにおいて、空から降ってきた謎の卵を破って、ニルヴァーシュZが出てきた。ところで、ハイエボ1にも同じような卵が出てきたのに気づいただろうか?

サマー・オブ・ラブのシーンである。若きデューイノヴァクがサマー・オブ・ラブの爆心地で奇跡的に生きているわけだが、そのあとに出てくるのは割れた卵のようなものに入ったKLFがある(このKLFはもともとデューイが乗っていたものに見える)。

果たしてこれは何か。

ハイエボ1と共通するものとしては、赤いリボンのものもある。ハイエボ1では、これまたデューイシルバーボックスシステム確認しに行ったとき、急に赤いリボン状の何かに飲み込まれた(これが卵の素?)。ANEMONEでは、エウレカセブン暴走怪獣になったところで、ゲオルギウスが赤いリボンのものに飲み込まれそうになっていた。

赤いリボンと謎の卵。スカブに関連していることはわかるが、それが何を意味するかまでは筆者にはわからない。

シルバーボックスとは結局なんなのか

ところで、前節においてシルバーボックスという言葉が出てきた。しかしこのシルバーボックス、混乱している人も多いと思う。どうやらハイエボ1のシルバーボックスとANEMONEでエウレカが言うシルバーボックスは、何か共通するところはあるらしいがまったく同じものではないらしいのだ。

ハイエボ1のシルバーボックスは、アドロックの開発したスカブコーラルを倒すための音楽兵器であった。

しかしANEMONEでは、エウレカシルバーボックスに触れたことにより何か能力を得て、それが暴走してレントンが死んでしまい、エウレカの夢が始まるということになっている。

そしてデューイによるとシルバーボックスの力というのは「神の力」らしい。

さらデューイラストスパートでこんなことも言っていた。卵から出てきたをニルヴァーシュZを見て、「依り代をなくした神の力は、自らそれを作りたまう」と(うろ覚えなため正確ではないかもしれないが、おおよそこんな感じだったと思う)。

ということは、である。まず神の力=シルバーボックスの力は、やはり並行世界を行き来する力なのだと思う。そして、エウレカがその力を失ったいま、ニルヴァーシュZがその力を持っているだろうと思われる。

とはいえハイエボ1のシルバーボックスとの関係はまだよくわからないところもある。そもそもハイエボ1のシルバーボックスには謎がある。シルバーボックスは司令クラスターに着弾したが、うまく動作していなかった。そこでスカブちゃんと繋がっていないのだろうと思われ、デューイホランド派遣されたのであるしかデューイが確かめにいくと、なんと物理的に繋がっていたということがわかるのだ。

正直なところ、よくわからない。アドロックはきっと何かに気づいていたのだとは思うが……。

最後レントン

ANEMONEの最後最後は、レントンで終わる。しかし、その最後レントンは一体何者なのか。

アネモネ最初エウレカセブンダイブしたとき石井賢が取り付けた発信機は、ニルヴァーシュレントン側のコックピットで光を放っていた。つまりレントンが目印かつ、エウレカセブンの中心なのである

そして、そんなレントンはことごとく死んでしまう。それがエウレカ絶望である

だが、最後レントンは死んでなどいない。いったいどこの世界レントンなのだろう?

アイドルとしてのアネモネと謎のフォント

ANEMONEが公開になる前から分かっていた情報のなかで、最もよくわかってないものの二つが、タイトルにも挙げたように、アイドルとしてのアネモネと謎のフォントである

アイドル問題のほうは比較的わかる。ハイエボ1の予告のような形ではなかったが、ANEMONEでは実際、アネモネ世界を救うアイドルになっていた。そういえばラストスーパー6がエウレカセブンから出てきていたし、もしかするとハイエボ3においてよりアイドル的な、つまり歌って踊れるということをするかもしれない。

だが、ハイエボ1の様々な箇所にアイドルアネモネが写っていたことの意味はよくわからない。

もっとよくわからないのが、フォントである

ハイエボ1の円盤にて見ることができるPV0にて、EUREKA SEVEN HI-EVOLUTIONと思われる文字列が変わったフォントで出てくるカットがあるだろう。このフォントは、ANEMONE中にも出てくる。

筆者が気づいたのは二点しかない。実際もっとあるのかもしれない。

ひとつは、ゲオルギウスの側面。もうひとつは、喫茶店みたいなところにかかっている絵画の中。

果たしてこのフォントが何を意味しているのか、まったくと言っていいほどわからないのである

ANEMONEという映画

結びに、ANEMONEの終わりにも言及しよう。

ANEMONEをエンドロールまで観ても予告がないことにガッカリした人もいるかもしれない。果たして予告はあえて作らなかったのか、様々な事情で作れなかったのかはわからない。しかし、このことによりANEMONEはこれまでのエウレカセブンとはまったく異なったものになったと解釈できる。

これまでのエウレカセブンシリーズとまったく異なるものでありながら、それらを否定しなかったわけにするでもなく、すべてを受け止めて包括していく。

ANEMONEという映画は、そういう強度をもった作品だと思う。

触れられなかったことは多々ある。

たとえば、ミーシャ意味深な「あったことをなかったことにする。編集って最低の行為よね」発言

ANEMONEラストシーンで現れたゲッコーステイトの面々やチャールズレイたちはいったいどこの並行世界からやってきたのか(ANEMONEの舞台現代からゲッコーステイトの連中の恰好はかなり目立ちそう)。

デューイはどのような経緯で半身になってしまったのか。

並行世界をつなぐキューブ(っぽいが)、もしくは結び目のようなもの(ANEMONEに出てきたかはわからないが、ハイエボ1のサマー・オブ・ラブのシーンではキューブが結び目に変化していた)は何を意味するか。

からないことは多いが、ともかくハイエボ3が待ち遠しい、ということに尽きると思う。

追記

思っていた以上に反応があって驚いた。

それはさておき、ネット上で、これまでのエウレカセブンシリーズエウレカの見た夢だ、というのではなく、並行世界なだけだという意見を見た。これに関しては、上では特に何も述べなかったが筆者はこう考えている。つまり、少なくともシルバーボックスの力を得たエウレカにとっては、夢を見ること=並行世界を行き来するということである

そもそもコーラリアンであるエウレカにとって、人間と同じように「夢を見る」ことはできるのかどうか、わからない。ましてやシルバーボックスの力を得たエウレカにとっては。

筆者は何も、これまでのエウレカセブンシリーズがすべて、人間主人公アニメでよくあるような「夢オチ」だったのだと言いたいのではない。むしろエウレカの見た夢=並行世界並行世界として存在しており、ただしエウレカにとっては、レントンが結局死んでしまうからその多くの並行世界を受け入れられなかったため、普通人間にとっての夢と変わらないものだった、と言いたいのであるシルバーボックスの力とは、マルチプライズだかセブンスウェルだかが起きて(このあたりの用語も、筆者はあまり整理できていない)そういった並行世界への扉を開き、干渉できる力だと思う。

これまでの文章を読めばわかると思うが、筆者は無責任に思いつきをダラダラ述べているだけであり、文章推敲などいっさいしていない。そのため、これまで述べたことは相互矛盾していたり、論理がごちゃごちゃしていて結局何を言いたいのかよくわからなかったり、誤字・脱字がおおいにあるだろう。見落としや、勘違いも多々あるだろう。現に、主題歌PVを見ていたら、「受肉した!」と叫んだときデューイノヴァクの目は、コーラリアンの目などではまったくなかった。最後にそれを注意しておく。

2018-12-07

ゴッドファーザー小説読んだらジョジョ5部すぎた

ジョジョ5部がアニメ化ということでゴッドファーザー原作小説を読んだ。以前からゴッドファーザーの影響は聞いていたが映画しか見ていなかったのであのラストシーンねとかブチャラティ依頼人オッサンの会話とかオマージュねと思っていたし特に気にしていなかったが小説を読んでびっくりというか引いたし正直ああ荒木飛呂彦たかと思った。ナランチャ過去を思い出してから以下を読んでほしい。

※トム・ヘイゲン一般的ですがこの小説翻訳ではハーゲンなのでハーゲン表記です。

トム・ハーゲン母親は目をわずらい、彼が11歳の時に死んだ。 父親は大酒のみで救い用のないアルコール中毒になっていた。 大工としては素晴らしい腕を持ち、正直一徹の男だったが、結局酒が彼の家族破滅へと追いやり、彼自身にとっても命取りとなる。 トム・ハーゲン孤児となり、街をうろつき回ったり人の家の玄関先で眠るようになった。ハーゲン自身も目を患っていた。近所の人々は母親から伝染ったか遺伝したものだろうから、彼から伝染させられるかもしれないと噂しあい、彼は一人ぽっちになった。 (略)死ぬ前に母親盲目になったことが彼を怯えさせ、自分が眼病におかされた時には、不吉な運命の予感におののいたものだった。自分盲目になると思い込んでしまったのだ。 (略)そんな時、少年だったソニー・コルレオーネが彼を自宅に連れていき、両親に向かって彼を今日からここに住まわせると宣言した。トムの前には油をたっぷり使った熱いトマトソーススパゲティの皿が並べられ、また金属製の折り畳み式ベッドが与えられた。 ごく自然に、言葉に出したり話し合いということはまったくせずにドン・コルレオーネ少年が自宅に住み着くことを許した。それどころか、ドン・コルレオーネ自身が彼を目の専門医のところに連れていき、彼の眼病は遠からず全快した。大学にも法科大学院にも行かせてくれた。この間ドン父親よりも後見人といった立場でハーゲンに接し、愛情を見せないかわりに息子たちに対するよりも思いやりを示し、彼に自分意見押し付けようとはしなかった。 (略)トム・ハーゲン感謝気持ちを込めながらドンに言った。「僕はあなたのために働きたいんです」 ゴッドファーザー 原作 マリオ・プーゾ 訳 一ノ瀬直二


こんなのもうナランチャ過去に感動してるのかトム・ヘイゲン過去に感動してるのか分からないじゃないですか。「トリッシュは俺なんだ」が七人の侍の菊千代の「こいつは俺だ」ってのはよく言われててあれくらいなら引用として楽しめるよ。吉良吉影元ネタアメリカンサイコだけどあれもモチーフくらいじゃないですか。スタンド能力筒井康隆スティーヴン・キングからの借り物が多いけどそれもそんなに気にならなかったんですよ。でも荒木先生ストーリーよりキャラ大事って言ってたけどキャラ過去丸々借り物じゃそのキャラアイデンティティーって何なんだよと。人間讃歌がテーマ作品でそこ借り物かよと。

ゴッドファーザー小説には他にも

から順に身体を切られていきそれを見ながらもう一人はタオルを呑み込み窒息死してしまったギャング達も出てくるし、太っていて陽気だが残虐で人材の発掘と育成の長けていて最後は表向きには心臓発作で死んだことになってるが実際は暗殺された幹部も出てくる。綺麗な賄賂には問題がないと思っている警官も、以前ならボスを狙おうとも思わなかったけれどある機会を得てボスを倒し麻薬ルートコネを広げようとする敵対ギャングも、ギャングに襲われ入院した父を涙ながらに僕が守ると誓いギャングになった青年も、男が女を半殺しにしてる現場に出くわし常人離れした反射神経で相手を倒し殺人罪警察に捕まり裁判にかけられるがその能力ギャングに見出だされ無罪を得てギャングなった青年も。

ジョジョ5部じゃん。

ちなみにゴッドファーザーってのは作者のプーゾが本物のマフィア関係者取材をして書いた小説から全てがプーゾの1から創作なわけではないです。でも他人自分の足でマフィア相手取材して作り上げたストーリーエピソードをそのまま使っちゃうのはどうだろう?「死んだ人から真似するのはパクりじゃない」って荒木先生言ってたけどマリオ・プーゾ5部開始時生きてるし。ちなみにリゾット能力メタリカ楳図かずおの錆びたハサミが元ネタリゾットの服がボーダーなのも楳図先生リスペクトでこれは個人的にセーフ。

スティールボールランディエゴ過去手塚治虫どろろ過去まんまだったけどあれも正直引いたんですよ。スティールボールランの設定自体も「シービスケット」「遥かなるセントラルパーク」だけど気にしなかった。でも今回はちょっと多すぎる。あんまりこういうことがあると他のエピソードも借り物なのか?と楽しめなくなる。荒木先生は「他の漫画家さんと似た漫画を描くと、編集者にすごく怒られた。その隙間を縫うようにアイディアを出していった」って言ってたけど、漫画じゃなく映画小説から引っ張ってくればいいって意味?結局漫画からも引っ張ってきてるけど。

荒木先生金田淳子という人との対談で「BLEACH車田正美先生同人誌を見て描いてる感じ」とも言ってたけどジョジョ5部はゴッドファーザー同人誌ですか?ゴッドファーザーキャラビジュアル戦闘引っ付けたら5部じゃん。ジョルノの髪型チョココルネにしてゴッドファーザーの主役のファミリーネームのコルレオーネに掛けてればオマージュってことになる?ジョジョなら全部許されるのか?世の中ジョジョのパクりとして叩かれてる作品は沢山あるけど。自分精神擬人化させて他人攻撃するってのも楳図かずお先生が先にやってんですけど(後ろの百太郎やカゲマンもあっての流れだろう)なんかジョジョスタンド起源みたいになってるじゃないですか。そういうのもジョジョモヤモヤする原因なんだと思う。ジョジョがやったことは全てジョジョのものとしてマーキングされてしまう風潮があるにも関わらずジョジョのパクりだか引用だかは全てオマージュで済まされたりそもそも引用元を知られていないかジョジョのものとして考えられているのか。(これはジョジョというよりそういうオタク界隈へのイラつきかも)

ジョジョって個人的ストーリー展開や戦闘描写がそんなに優れてると思ったことはなくて、何がかっこいいかってやっぱりキャラ意志がかっこいいんですよ。そういう作品でこういう事があるとジョジョのかっこいい世界観が崩れていく感じで嫌なんです。

ジョジョアート面もトニー・ヴィラモンテスやジャンニ・ヴェルサーチコレクションはかなり元ネタになってるけど荒木先生イタリア芸術ってぼかすじゃないですか。彫刻見てたらジョジョ立ち思い付いたとか。それも嫌だったんですね正直。だいたいヴィラモンテスはアメリカ人だし。かっこよかったから借りましたじゃいかんのかと。上手く借りてるじゃないですか。他の漫画ならそんな気にしないけどジョジョアート面も明確な売りなわけだし。ちなみにスタンドデザインアフリカのお面が多数。(全然関係ないけど荒木先生東北復興支援イラストに地獄の黙示録のマーロンブランドがででーんといるのは何故だろう)

なんか途中からただの支離滅裂愚痴になったけどそれでもジョジョは生涯トップ3に入るくらい好きな漫画なんで、モヤモヤ抱えたままなのちょっとしんどいんで吐き出させて貰いました。

2018-12-04

俺と閃の軌跡シリーズミリアム

閃の軌跡Ⅳをやって(終わらせてはいない)、今作に感じた不満を一気に爆発させたい気持ちになったので、この記事を綴ろうと思う。

閃の軌跡シリーズは、言ってしまえば、「腐女子」にも「ギャルゲ好きの男オタク」にもウケるように作っていたのが1、2の印象だった。

主人公で両性を攻略できるようにしてたかである

しかし、3以降、急に女のカプ厨向きの作品になっていた。

カプ厨自体「女が大半を占める」という偏見があるからこういう書き方をしているけど、まあ、男ユーザーの中にもカプ厨はいるかもしれない。

あと、カプ厨自体にも色々な定義意味があるけど、この文章においては「男女カップルがいっぱいいる作品を好む人」と定義する。

言ってしまえば、ワーキングとか徒然チルドレン、今期で言えばベルゼブブ嬢とか、そういうタイプ作品

とにかく、閃の軌跡は3以降、突然そういうカプ厨向きの作品になって「は?」という感じだった。

自分ミリアムが1から大好きだった。

俺はギャルゲエロゲをよくやる男オタクだけど、あまり一人の女性キャラに執着しない。

というより、色々なギャルゲをやっていると、かえって「超好き」と思える女の子には滅多に出会えなくなってくる。

そんな中で、ミリアムというキャラ一目惚れに近く、ものすごいドハマりをした。

まさかRPGでこんなに好きになる女の子がいたなんて……、と衝撃を受けた。

常に彼女が一番活躍できるパーティを組んで遊んできた。

閃の軌跡1を遊んだのは気まぐれだったが、ミリアムとの出会いは俺にとって運命的で、今シリーズを追うことへの決め手となった。

余談だが、ミリアム役の小岩井ことりさんがファルコムラジオゲストに登場した時、

ミリアムに言って欲しいセリフを送るコーナーに投稿したし、実際に読んで貰った。

その時は「よっしゃあ!」とガッツポーズをした。とにかくそれぐらい好きだった。

マジでミリアムに会うためだけにPS4を買った。

から、3を終えた時、人生で、ゲームをやってあんなに最悪の気分になる日が来るとは思わなかった。

泣きながらキレ散らかした。

ファルコムにPS4と閃の軌跡3の代金、あとは精神的苦痛への慰謝料を本気で請求たかった。

ここまで来たのだからという、オタク特有コンプリート精神で4は買った。

でも、4を遊んでいる限り、あの3のラストの嫌な気持ちが付きまとってきて、中々プレイできない。

結局、閃の軌跡4は3、4回しか起動していないし、一章もクリアできていない。

ネットネタバレは見た。

本当か嘘か知らないが、結局ミリアムは生き返って最後はユーシスと結ばれるらしい。

まあ、生き返っても、あの不愉快時間は返ってこないので、いまのところ4をちゃんとやる気は起きない。(なんで買っちゃったんだろう……)

もう一つ絶対に許せない要素があって、前述の通り、ミリアムはユーシスとくっついた。

「俺の愛しているミリアムをユーシス寝取られた」

3の時点でフラグが立ちまくってて、ラストシーンより前から眩暈がするほど不快出来事連続だった。

俺にNTR趣味はない。

良い歳したキモオタオッサンだけど、ゲームやっている時は主人公=俺だ。閃の軌跡をやってれば、リィン=俺。

それなのに、ミリアムはユーシスとくっついた。最悪としか言いようがない。

別にユーシスが嫌いなわけじゃない。

1でリィンに妾の子であることを告白するシーンや、3のラストルーファスとのやり取りなどもあって、思い入れもある。

可哀想な、報われて欲しい、普通に良いキャラだとは思っている。

から、この出来事に対して、ユーシスのことをあまり悪く言えないのも辛い。

でもさぁー……、だからといって……、俺のミリアムとくっついて良い訳じゃねえんだよなぁぁーー!!?

かにミリアムとユーシス漫才は1から面白いものがあった。でも、これはあんまりである

強い怒りを感じる。言葉に言い表せないほどの、強い、とにかく強い怒りだ……。

ミリアムは、はっきり言って最初は人気が無かったように思う。

3では感動的な台詞をいっぱい言わされて、その後に死んだ。

俺以外のユーザーミリアムの死は嘆いていたけど、恐らく、2までの時点で死んでいたら、大半のユーザーが何とも思わなかったのではないか

2までのミリアムはそれぐらい目立った活躍が無かった。(2の彼女が泣き出すラストシーンは感動的だったが)

3で急に株を上げて、殺すみたいな。今にして思えば、ずいぶんと雑な死亡フラグだったような気がする。

今、手元に明示できるソースはないけど、明らかにイベントトロフィー率が他の女キャラより低かったはずだし、

コミケでも、そもそもグッズになっている可能性が低かった。

あるいは他のキャラが売り切れてる中、ミリアムだけは残っている感じ。

これは一ユーザーの俺の体感しかないけど、絶対に下から数えた方が早い位置だったはずだ。

リサ≧フィー>>>>>>>>ミリアム

というのだけは間違いないだろう。

でも、だからといって、

から、ずーーーっと、ミリアム一筋に生きてきた俺みたいなユーザーもいて、そんなユーザーを裏切っていいのだろうか?

あと、1,2でユーシスホモエンドにした腐女子も少なからずいたはずで、そういう人たちに対しても普通に不誠実だと思う。

(3の旧Ⅶ組の男子メンバーとの絆イベントは明らかにホモホモしさが薄くなっていた、

1,2でファルコム腐女子商売相手にならないと判断した可能性も考えられるか?)

勝手な言い分かもしれないが、じゃあ、なんで絆イベント攻略できるようにしてたんだよって話だ。

不人気だからといった理由で、好きなキャラを殺されたり、他の男に寝取られたりする道理はない。

日夜、あらゆるコンテンツに「自分の好きなキャラ活躍させろ」というクレームが届いているんだろうけど、

俺はそんな子供じみた要求を言うキチガイではないつもりだ。

ただ、攻略できるようにしていたからには、他の男とくっつくなと言っているだけだ。

ギャルゲーみたいに攻略できるシステムを作っておいて、この仕打ちはあり得ない。

不人気なミリアムだったら怒られないだろう、というスタッフの舐めた態度をゲームから感じたから、今回は声を上げさせてもらった。

「そんな訳ねーだろ!!!!! タヒね!!!!!!!!!!!!

あと、これは純粋な疑問なんだけど、2もラストでクロウが死んでとても悲しかったわけだ。

ロウ死ぬためにいるようなキャラだったし、男だし、俺としてはモチベーションをそこまで砕かれた訳ではなかった。

2のエンディングが、3をやらない理由には、俺はならなかったけど、少なくとも2を終えた時も気分は最悪だった。

(っていうか、このゲームユーザーは、俺を含め、1も2も3も最悪の気分で終えるゲームを良くやってこれたよな)

でも、クロウが死んだことで大ダメージを負った女性ユーザー結構いたよね?

なんか3で結局生きてたし、4では大活躍しそうだったけど、これでクロウが死んで悲しんでた勢は嬉しいのか?

「いや、なら、最初からしませるな」って感じだし、4を最後までやってミリアムが生き返っても、俺は全然許せそうにないなんだが?

(“生き返ったところでユーシスとくっつくからモチベが出ない”というのも、俺の場合はかなりのウエイトを占めるんだけど)

(死んだキャラが実は生きてたとか、簡単によみがえるような“ファッション死”が、俺はどんな媒体でも嫌いっていうのはある)

閃の軌跡1,2で軌跡シリーズ自体にハマった。(ミリアムが好きなだけじゃなくて)話も面白かったからだ。

から、零碧まではevoで復習した。

零碧もめっちゃ面白かったけど、この二作をやった後、更に空の三作にさかのぼる気力はなかった。

空の知識は、零碧での空メンバーの登場部分で覚えたのと、すこしwikiを見て回った程度。

からメンバーにあまり理解が無かったのだが、

アガットティータとか、子安褐色女とか、空の軌跡はそういうカプ厨向け作品だった、

ということを、閃の軌跡3、4で学んだ。

しかしたら、俺の軌跡シリーズへの理解が足りなかったのかもしれない。

これだけ男女共に色々なキャラがいるのだから、そういうカップル乱立へと動きたくなるスタッフ気持ちも分からないでもない。

でも、だったら、最初から、そういうカプ厨向きの作品にして欲しかった。

下手にギャルゲっぽくしないで、正ヒロインはアリサで、それ以外の女には手が出せない。

その代わり、もっと雑にⅦ組内で色んな男女カップル作ってれば、それはそれで盛り上がったじゃん……?

最初からそういう作品だったなら……、

絆要素というギャルゲBLゲみたいな、一人のキャラ攻略できる要素が1,2に無ければ、俺も誤解せず楽しめたかもしれない。

ミリアムとユーシスを素直に祝福できたかもしれない。

でも、現実はそうじゃなかった。

ミリアムを愛していた俺の心は、悪魔みたいなファルコムスタッフ達によってズタズタに傷つけられた。

絶対に許せない。永久に憎むと思う。

少なくともファルコム作品は二度と買わないし、プレイしない。

ここからは俺の妄想だし、性差別的な発言にもなっちゃうけど、

絶対ファルコムの社内とか制作スタッフ内に、ミリアムとユーシスカップルを推す声のデカい女がいたと思うんだよなー。

こういうふざけたことをやりたがるのは、ほぼ間違いなく、女スタッフなんだよ。

ミリアムは人気無いし、デカい声のスタッフいるし、似たような感性を持った女性ユーザーツイッターに何人かいから、「まあ、いいか」って上が判断してこうなったんじゃないかなーと。

繰り返すけど、俺の妄想だし、一ミリ根拠はないんだけどね。

ただ、もし、そういうこと言い出した女スタッフが実際にいたなら、もうそつの意見絶対に通らないようになって欲しいなー、

もっと言えば、なんか事故にあって人生破滅して欲しいなーというのが俺のささやかな願い。

普段SNSはやってないし、自分の心情などをネットに書き込む趣味なども特にはない。

ツイッターアカウントは持ってるけど、特にやるモチベーションもなく放置してる。

この、文章最初ファルコム公式アンケートにだけ送るつもりだった。

しかし、200文字までしかダメだったので、こうして匿名エントリーさせてもらった。

しかしたら、俺がそんな態度だったからいけなかったのだろうか。

俺がちゃんと、ミリアムの良さを1の時から声を高らかに謳い続けていれば……

俺に絵心があり、ミリアムのファンアートツイッターに上げていれば……

あるいは、漫画を描ける能力があり、毎年コミケミリアムのエロ本を描いていれば……

こんなことには……ならなかったのだろうか……。

そういうファン活動をしていれば、ミリアムを守れたのだろうか……。

そんなことまで考えてしまう。

まあ、でも、今更ネットSNSファン活動をしたいという歳でもない。

常にこうやって自分感想を高らかに声を出す生活も辛くて虚しいと思っていて、普段はあまりネットをやらないようにしている。

明日からは俺は、またネットでも物を言わぬ、サイレント存在に戻ると思う。

という訳で、これで失礼します。読んでくれた人、ありがとう

2018-12-01

ハリポタ読者から見たファンタスティックビースト

軽いネタバレあり。

ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生を見てきた。

増田スペックハリポタ全巻&シリーズ映画鑑賞

まずファンタビ1は導入編であり、時代背景の説明映画だったのでハリポタ知ってる人からすると「ハリポタで見た」って感じの映画になっている。

ただファンタビ2は「ハリーポッター」で触れられなかった部分をやりはじめたのでシリーズ知らない人からすると置いてけぼりになるところがある。

別に見てないからといって楽しめないわけでは無いが)

そもそもファンタビ1のラストに出てくる「グリンデルバルド」。

ジョニデかよという驚きは置いといて、シリーズを知らない人や映画だけ見てた人からすると「グリンデルバルド…誰だっけ」ってなると思う。

ただ原作読者からすると「ついに来た、グリンデルバルド」となるのだ。

ファンタビ2はそんな話ばっかりだ。あそこで出てきた人、いずれこうなる人。映画見てただけでは分からない話。

から気になるなら原作を読むしかない。「分かりにくい」という批判の多くは大体原作読んでたら解消するものだったりする。

でもハリポタ読者はこう思う。「映画ハリポタの時からそうだった」と。

例えばハリポタ映画は、原作から半分以上カットしている。6時間作ってカットするとかなんとか。

そこに補足説明は無く、未公開シーンに入っていたり、監督インタビューで当たり前にあったことして語られてる時がある。

いわばダイジェストなのだ。ついでに言うと話の流れも入れ替わっている。

から当たり前に前後が繋がっていない。

例えば「アズカバン囚人」で突然グリフィンドール寮の絵画であり門番『太った婦人』が逃げ出してるのだが、映画ではなんで逃げ出したのかよく分からないし、婦人ハリーの会話もカットされまくっていて影が薄い。(シリウスに襲われたんだけど)

こういう細かいところの積み重ねの他にも、

ビル・ロングボトムの存在意義についても大きくカットされている。

誕生日ハリーと一日違いのネビルは『予言の子』に当てはまり、ヴォルデモートに襲われる可能性は1/2だった。

からこそあのラストシーンに繋がるのだが……映画だけ鑑賞すると「突如勇気を出して出てきたネビル!」みたいに見えてしまう。

なので言い方は悪いが、映画だけ見た人にハリーポッターシリーズのあらすじがちゃん理解できてるとは思えないのだ。

だってそうだろう。

ダンブルドアグリンデルバルドが恋愛関係だったなんて、作者インタビュー原作読んだ人しか気付けない。

そもそも映画だけ見た人の記憶グリンデルバルドの印象無いと思う。

シリーズダンブルドア過去になると聞いたとき原作ファンたちはついにパンドラの箱を開くのかと思ったものだ。

ここまで原作読者のマウントともとれそうだが、細かいところが説明されずとも楽しめるのがこのハリポタシリーズだと思っている。

それを興行収入証明してきた。大体魔法CGアクションに見惚れる映画であってる。

血縁について難しいから分かりにくいって聞いたけど、ファンタビはちゃん説明してくれただけ分かり易いと思うよ!

映画ハリポタ全然説明してないからね。

まぁ何が言いたいのかというと、面白かったんですよファンタビ2。ファンタビ1よりずっと。

もうシリーズを知らない者として見た場合感想は出来ないけれど、「知らなければ面白くない映画」じゃなくて「知れば知るほど面白映画」だと見方を変えてみてほしいと思うのだ。

原作翻訳が嫌だ?じゃあ英語版読もう。でも翻訳版も知っとけば「おじぎをするのだポッター」の面白さが共有できるので…

ただの感想を書くつもりが、ハリーポッター原作宣伝になってしまった。

バカ売れした本なので今更感はあるが、ファンタビをこれから追おうとしている「シリーズ未見」「映画だけ見たファン」は是非原作を読んでほしい。

映画を見てからでも間に合う。

しろ映画を見てからの方が、ダンブルドアグリンデルバルドについてはよく理解できるかもしれない。

そんなの知らねぇ。原作なんか見ねぇ。映画1作目しか見てねぇ。とりあえず話題作だから見ようかなと考えてる。

って人には「ニフラーめっちゃ可愛いから見て」とだけ伝えておく。

さっき見たばかりだからまとまってない文章になってごめん。正直「ナギニ。嗚呼ナギニ」としか言えない。

2018-11-26

[] ギフテッドよかった(思い切りネタバレ感想

フロリダ海辺の街で、ボートの修理をして生計を立てている独り身のフランク。彼は、天才数学者だったが志半ばで自殺してしまった姉の一人娘、メアリーを養っている。彼女は、先天的数学天才児“ギフテッド”であり、周りは特別教育を受けることを勧めるが、フランクは「メアリー普通に育てる」という姉との約束を守っていた。しかし、天才児にはそれ相応の教育を望むフランクの母イブリンが現れ、フランクメアリーの仲を裂く親権問題にまで発展していく――。

映画『ギフテッド』オフィシャルサイト| 20世紀フォックス ホーム エンターテイメント

ストーリーはあちこちで語られまくっているからここではもう書かない。

本作のもうひとつの魅力はキャラクターが魅力的なことだと思う。

ただし直接言葉描写されるのではなく、会話の断片やちらりと映る写真からキャラクターの背景が浮かび上がってくるスタイルなので人によっては伝わりにくいかもしれない。語りたいので勝手に語る。以下全部ネタバレ


主人公

彼の最初イメージは、バーに入り浸り汚い家でいい加減な生活をしている駄目おやじだ。

軽口を言い合う娘との関係がなんともいえず良い。

主人公は娘を一人の人間として対等に扱い誠実に会話をする。その様子が心地よく暖かい。2人は強い信頼と愛情で結ばれている。

物語中盤で主人公の背景が徐々に明らかになる。

母親から娘を託された時点では彼はオックスフォード准教授であったらしい。

仕事育児が両立できずに辞職し、現在ではボートの修理工として不安定生活を送る。

浮かび上がってくるのは、育児のためにキャリア収入も捨てその苦労を娘にわからないように振る舞う気丈な男親の姿だ。

人生ほとんどを育児に捧げたその結果、家が汚いことと収入不安定さを理由に娘を取り上げられてしまうのはあまりにも理不尽だ。つらい。

「五分でいいか自由時間が欲しい」とうっかりこぼし、娘が激しく傷ついてしまうシーンがある。

彼は行政にも保育園にも頼らずたった1人で子供を育てて来た。娘が天才であることがバレたら取り上げられてしまうのではないか、という危惧からだ。彼の危惧現実となった。小学校天才であることがバレ、またトラブルを起こしたことからほぼ放校処分英才教育校への転入するように言われる。英才教育を望むおばあちゃんにより養育権を巡る裁判が起こされるという事態になる。

ところで彼の言動子供を育てる親の「あるある」が詰まっていてとてもよい。

LEGOを踏んで絶叫するとか。五分でも時間が欲しいとか。

『育て始めて最初の2週間で自分の手には負えないことがわかっていた。明日こそ児童相談所に行こうと毎日思った。でもその度にあの子は何かをしでかすんだ。思いもよらないことをね。』泣いたり笑ったり。あの子はいろんなことをするんだ。それでいつのまにか手放せなくなっていたと彼は続ける。

そうだろうなあ。わかる。わかるよ。


おばあちゃん

家系図



どこからどう見ても英才教育ソババアなんだけれども、物語が進むにつれ彼女の背景も明らかになる。

どうやら彼女自身も相当に優秀な数学研究者であったらしい。はっきりとは描写されていないがミレニアム問題ひとつナビエ・ストークス方程式の解について研究していたようだ。

結婚出産研究の道を諦めたが彼女の魂は数学に囚われたままだ。出来た子供母親)が数学天才自身の夢を託してしまったようだ。

英才教育の建前のもと子供人生に介入しまくるクソ親で、子供ボーイフレンドと遊びに行くと誘拐だと言って通報する、裁判を起こすと別れるまで脅し続けるなどやっていることは無茶苦茶だ。

どうも彼女自身も男運がないようで「男はみんな駄目男」と思っているかもしれない。この辺りも子供プライベートに介入しまくる理由ひとつなのだろう。

物語を通して2つの関係が描かれる。主人公と娘、そしておばあちゃん母親関係だ。

物語ラストシーン母親に対する自身のこれまでの行いを後悔し泣く。子供である母親と向き合い、彼女の死に対して始めて涙を流す。

つのまにか母親感情移入して見ていたので救われる思いだった。ボロボロ泣いてしまった。

泣く彼女にかける主人公セリフがまた良い。

母親

一切出てこないのにすごい存在感

天才として生まれ英才教育を受け、娘を残して自殺してしまった母親

物語が進むにつれ彼女の悲痛な声が聞こえてくるようだ。

『親に愛されたかった』『親は私を愛さなかった。数学の才能にしか興味はなかった』

母親人生はおばあちゃんに完全にコントロールされてしまっている。

そのせいで母親生活能力がなく男を見る目もない。それを見ておばあちゃんは「自分がなんとかしなければ」とますます母親支配する。

自立したくとも彼女には生活能力がないのでできない。

妊娠して男に捨てられ親(おばあちゃん)に相談するも突き放され、弟である主人公に娘を託して自殺

自分のようにしないで、普通に育ててと主人公に娘を託すが・・・


ませていて可愛くて、繊細で、言動が突拍子もなくて目が離せない。本当に魅力的。

感想サイトを見ると見た人全員が絶賛している。

見ていない人はぜひトレーラーだけでも見て欲しい。

ちょっとした子供仕草が本当にリアル。すきあらば体をよじ登って来るとか、上に乗っかって寝始めるとか

あるあるある。


映画を観る前は「アイアムサム」みたいな内容かな?と思っていたのだけれども娘の立ち位置がこの映画をもう少し複雑にしている。

母親普通に育てるようにと遺言を残したけれども娘自身数学を望んでいる。

普通小学校に通うことを拒否しおばあちゃんの持ってきたPC数学書に純粋に喜ぶ。

母親はおばあちゃん価値観押し付けられ苦しんだ。母親は「自分と同じにしないように普通に育てて」というが

皮肉なことにそれが母親から娘への価値観押し付けにも見て取れる。当然だけれども母親と娘も別の人間なわけで。

主人公自分の行動が正しいのか苦悩し続けている。

もちろん娘は主人公との暮らしを望んでいるし、明らかにおばあちゃんダメすぎるのけれども。

この映画感想に「天才には適した教育をすべき」という主張の人がかなりいることにちょっと驚いたのだけれども

おそらく彼らは娘に強く感情移入ながら見たひとたちなのだろう。


数学描写

映画は素晴らしかった。たまに映るホワイトボードノートの数式もいいかんじ。娘の成長具合がなんとなくわかる。この手の映画は数式が不自然にわざとらしくなりがちだけどそんなことない。よい。けれども1箇所だけちょっといいたい。

天才を試す問題ガウス積分はないでしょーー。しか符号書き間違えるか??ぐちゃぐちゃ長い式書いていたけれどもいったい何を書いたんだ。式が長い方が絵的に映えるのかもしれないけれどー。筋の悪い人に見えちゃうよー。極座標にしようよ。

いや小学1年生がガウス積分はすごいけれども、彼女は少なくとも微分方程式までは勉強しているわけでとうに知っているでしょう。

あのシーンだけちょっと突っ込みたい。

2018-11-13

はてな匿名ダイアリーを始めました

今上天皇お気持ちから2年以上が経った。国会では来年度の祝日についての、1度限りの法案提案され、ニュースを見るたびに平成のしめくくりにかかっているなぁと感じる。さながら、映画ラストシーンを見るような、寂しさと焦燥感と緊張感である

とはいえ平成が終わろうとも、一個人生活には特に影響がないのである。むしろ平成などとは関係なしに未来へ繋がる問題は沢山あるのだが。

ひとまず、一時代ピリオドとして、SNSを終わらせてみた。LINEFacebookTwitterを辞めた。メールは流石に辞めなかったが、電話番号は変えようとしている。

SNSこそ、平成産物である。輸入コンテンツだとは言え、今どきの流行SNSから作られるし、作ることが出来る。クチコミ至上主義であり、誰かが誰かを常に見張っている。Twitterなんて、匿名使用していても、少し眺めていればだいたいの家のエリアも分かってしまう。見ていてもSNSは疲れるのだ。そして、いつから誰もがSNS疲弊し始めたのだろうか?

そういう訳で、今日から新時代まで、匿名ダイアリー更新しようと思う。新時代を生きる勇気希望を、物思いに耽る中から見つけ出したい。古めかしくも新しい、イマイチ世界に誇りきれない、病気のように主体性がない平成心中するつもりはないが、明るい時代を生きる糧を見つけたい。

まだ、平成エンドロールまでは時間がある。今しか知らない人間が、未来を見つけられますように。

2018-11-09

からくりサーカスアニメ

からくりサーカスっていう昔の漫画アニメ化されててさ

今、5話まで来たんだけど、もう全然納得できない

話数が限られてるからカットしないといけないことは分かるんだけど

なぜそこをカットする?とかなぜあの演出をなくす?ってのが多過ぎ

作者の藤田脚本作りに入ってるって聞いてたから期待したんだけど

これは流石に無いわ、と

まぁ、要するに

「なぜこの漫画面白いのか」

っていうのを作者自身も分かってないことって結構多いんだろうな

話の大筋を作ったりキャラを立たせたりするのは作者の力量が大きいけど

面白演出するのって編集者の力なんだな

特にからくりサーカスの「逃げる」「逃げない」とかの選択肢提示する演出ってすごく大事だし

あれがあるからこそマサル覚醒が際立つの

ぜーんぶカットですよ

ていうかそうなるとラストシーンとかどうすんの?マジで

後、マサルの「れざあましおう」も活字からこそ意味のある演出だけど

それをどうにか取り込めよ 普通に字幕にするだけでもいいんだよ

普通に技繰り出してんだよ アホかよ

そもそも中途半端に全話をアニメ化することなんて誰か望んでるの?

序章~サーカス編~からくり編の最初ぐらいまでをとりあえずアニメ化して

後は人気が出たら続編作るっていうジョジョとか進撃みたいな作戦でいいと思うんだけど

人気出なかったらさっさと打ち切りでいいんだよ

質の良いスモールスタートして盛り上げて続けていくっていうベンチャーモデルでやればいいのに

クローズまでの事業計画立てて淡々とこなす大企業モデルとか勘弁してくれ

まぁ来週も見るけどさ、ちょっとこのノリで走られるとキツいわ

2018-10-29

メタルマクベスdisc2を終えて。

メタマクdisc2が終わってしまいました。

失意失意失意のたまねぎっていうよりは、もう観れないという事実をまだ受け入れられていない…ので、結局まとまらないけどダラダラと感想を書いていくことにする。

中盤くらいまでの感想っていうかなんていうかなものは以下参照。①って書いてるけど②はないw

https://anond.hatelabo.jp/20181005225652

しかしここから終盤に向けてメッッッッチャ演者表現が変わっていったので驚いた。自分で読み返して浅いなあ…と思うけど、これだけすごいものを見た記録はやっぱり残しておかねばという気持ちになりました…はてな記法とかよくわからないのでとにかく読みにくいと思われますがご容赦ください。

ランダムスター

ランディ本質、「殺しが好きだから」戦う、っていうところへの迫り方がとにかく終盤すごかった。たぶん、なぜ戦うのか本当に最後最後あたりまで気付いてなかったんだと思う。きっとランディの中では、とにかく王になるため=夫人の願いを叶えるためで、王になってから王位を守るために戦っていて、夫人ランディに戦う理由を与えてくれていた。なのに夫人のための「王位」に固執するあまり魔女予言に振り回されて、最後にはあれだけ執心していた夫人ではなく魔女たちに気持ちが傾いてしまう。メタマクベス予言現実のものにしてくれるから魔女予言を叶えるマクベス自分を同一視して、結局はなんのために戦ってるのかブレブレになってくるんですよね。ランディ殺意たまねぎには本当に魂がなくて、ただ「殺しが好きだからだってことに、夫人が死んだあとに鋼鉄城のバルコニーでようやく気付く。王になるために、家族のために戦ってきたんだと信じていたのに、自分本質を否応なしに突き付けられて、だからレスポールからの問いかけに「殺しが好きだからに決まってるだろ!!!!」って言ったときそれを認めざるを得ない自分がいて、だから泣いたのかなあ。ここずっと笑ってる表現だったのに、ある日突然泣く表現に変わって、それでやっと私の中でランディというキャラクターストンと落ちた感じがした。

夫人がいることで、本質を隠して「家族のため」だと言えたのに、夫人がいなくなってしまってそれが言えなくなってしまった。夫人けがランディ存在肯定してくれていたんだと思う。

ランダムスター夫人

大きなことがしたかっただけで、実態は味気なかったことに気付くのが早い。もうちょっと、もうちょっと余韻に浸ってほしかったの!!

夫人は、野望ばっかりでかいワガママ自己顕示欲の強い女だと思ってたけど(自己顕示欲は強いけど)、もっと根深かった。と、いうことがどんどんわかるようになっていった…大原櫻子恐ろしい…

大きなことがしてみたかったけど、自分では成し遂げられない。そのためにランディ必要だったんだけど単に道具としての存在ではなくて、自分の身代わりであり自分存在肯定してくれる、っていうあの夫婦はしっかりお互いがお互いを必要としていたんだなって今となっては思える。夫人名前もなく、夫人が何をしたところで功績は形には残らないけど、ランディには目に見える評価がある。だからその妻である自分にも同じ評価が与えられている感じがしたけど、結局はそれはランディのものであって、自分はその妻でしかない。それに気付いたから味気なかったのかもしれない。手に入れたものはやっぱり自分のものではなかった。だからランディだけは自分のものであってほしかったのに、ランディの心はどんどん魔女に傾いていって、ランディの目には自分が映らなくなっている。ランディマクベスならその目にもう一度自分が映るためにはローズになるしかなかった。ローズになろうとして、夢の中では自分ローズなのに、目がさめるとランダムスター夫人であることに気付いてしまう。だから眠りたかったのかもしれない。地獄は暗い、地獄寒い、のところでランディが現れて、そこできっと夫人は目覚めていたのにあえて「マクベス、もう寝ましょう」と言ってローズになりきって、ランディは一緒に眠ってくれると思っていたのに起きたらまた1人だった。そこで本当にランディ自分のことを必要としていないことに気付く、もう自分存在肯定してくれる人はいない、1人になりたくない、っていう思いが自分への殺意に繋がっていったのかなあ。最後殺意の歌、自分お腹をドスドス刺す仕草が本当に痛々しくて悲しくて、合間に入る笑い声が、ああもうこの人は死ぬんだなってわかって、もう、とにかくもう辛くて泣けた…

こんなにもお互いを必要としていた夫婦だったのに壊れるときは一瞬で、しかもそれが魔女たちのお遊びだったのかと思うとやりきれなくなって病む。←私が

からもう夫人死んでよかったねみたいな気持ち

レスポールJr.

やっぱり最後まで共感はできなかったけどw、Jr.の行動は全てが希望だった、っていうとちょっと語弊がありそうだけど、Jr.としてはきっと全ての行動が未来希望へ向かったものだったんだと思う。いろんなことがあったけど、それらを絶望にしてしまうともう立ち上がれなくなってしまう。絶望にはしない。だから実際はどうあれ、あれだけ希望を背負った存在だったのかなって。結局やってることは復讐だけど。でもその復讐の歌ですら希望を感じさせられたから、私の中では明けない夜〜も明るい光が射していた。

ランディを倒せば未来があると信じて、それを自分が切り拓くことで父やランディに殺された人への弔いになると信じていて、最後屋上で死を悟ったときも、なんとなく光りがさしてる感じがしたんだよなあ。だから最後の雷はJr.の全てを賭けた希望の光だったと思う。

ここからジャニオタの語りになるけどw、原嘉孝という存在新感線の3番手を担えるなんて、そんな奇跡みたいなことがあんのかよって感じで、レスポールJr.を演じているということそのものがまず希望の光なんですよね。原嘉孝、まだジャニーズとしてバックつけて歌ったことないんですよ。信じられる?!?!それが新感線舞台センター張ってたくさんダンサー引き連れて歌って踊ってんだよ?!?!?!私は信じられなかった、初日は。初日の明けない夜〜の曲中ほんとに息止まりそうなくらいドキドキして、隣の友達の手握りしめて(その節はご迷惑かけてすいません)、曲終わりでやっと涙出てきて。だけど原嘉孝として見て感動したのはそのときだけだった。本人もいのうえさんに「当たり引きましたね」(←よくぞ自分を選んでくれましたね、の意)と言っていたらしいですが、本当にその通りで。どうやってオーディションのチャンスが巡ってきたとかそこらへんのことは置いといて、なるべくしてなったレスポールJr.なんだって納得せざるを得なかった、見れば見るほど説得力があった。原嘉孝レスポールJr.は別の人だけど、ジャニーズJr.としての原嘉孝希望の光だったから、それがレスポールJr.として体現できたんだと思う。

よしたか最高にかっこいいよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

関係各位の皆様!!!!!!今後とも原嘉孝よろしくお願いしま!!!!!!!!!!!!!!!!!!

パール

顔がかっこいい。中の人50歳ってやっぱり嘘だと思う。でも後半ちょっと疲れも出てきたのか、微妙に老けた気もしてそれもたまらなかった。パール王様心底お美しい。好き。

しかパール王はなぜ反乱軍に出てきたのか。余計な正義感燃やしたせいで自分の国をぶっ潰したの本当に罪深いと思う。このタイミングESP国に仕掛けなくても、きっと遅かれ早かれフェルナンデスは滅びてただろうね…でもJr.マーシャルを匿ってくれて剣まで教えてくれてありがとう。お前の優しさが反乱軍を支えてくれた…。

パール王の1番好きなとこは、グレコJr.を送り出したあと、「行くぞ!!!」って走り出したときの顔の前になびく後れ毛。あの若干の後れ毛残した人ほんと天才だと思う。

マーシャル

マーーーーーーーシャル!!!!!!愛しのマーシャルちゃん!!!!!!!!!!disc2で誰にハマってたって、たぶんマーシャルに1番ハマってたwまず顔と身体がどちゃくそタイプ。オープニングの綺麗は汚いのとき上裸だからずっと見てた。時には双眼鏡も使って見てた。たまらなかった。ラストシーンボロボロの服もめっちゃえろかった。マーシャルちゃんの脇腹が私の性癖ガンガンにくすぐった。。。

っていうクソみたいな感想になって本当に申し訳ない。しかマーシャルJr.のやりとりかわいかったなあ。

マーシャルはとにかく弱くて、いつも誰かに守られていて、でも平和な?頃はたぶんそれが当たり前で。古着屋の店長になりてえって夢をヘラヘラ語りながら父ちゃんに愛されて、それで十分だったんだと思う。だからこそ、目の前で愛する父ちゃんが殺されたとき絶望はどれほどのものだったんだろうって計り知れない。しか自分にできるのは逃げることだけ。そもそも自分が弱いから、父ちゃん自分を守るために戦って、そして死ぬあとで書くけど、ローマンあんなに幼くして母のために命を賭けるんですよね。でもマーシャルは逃げろと言われたら素直に逃げる。誰とも戦ったことがないから。ローマンは、父を謀反人扱いされて王が間違っていることもわかっていて、なんとなく「誰かと戦う必要性」に気付いている。けどマーシャルは、父ちゃんが殺されて初めて、何にも抗えない自分、弱い自分に気付く。きっと泣きながらバイクに乗っていたでしょう…だから鋼鉄城で弱々しくもJr.より先に剣を抜いたことがすごく驚きで。ああマーシャルもついに復讐の炎が…と思ったけど結局最後までアホっぽかった。ありがとうマーシャルJr.バカあ〜〜〜〜〜〜!!!!のかわいさが語り尽くせない。連日産んだ。

Jr.マーシャル

いくら父親同士が友達とはいえランディタメ口きいてるマーシャルやばいし、幼馴染だからって王の息子であるJr.タメ口きいてるマーシャルやばい。でもそれが成立しちゃってるのすごい。きっとマーシャルは幼少期からすぐ泣いて、いじめっこからJr.が守ってくれて、いじめっこ達とケンカしてJr.ボコボコにされてマーシャルくそほど怒られてるけど結局変わらない。

ローラが殺される前、Jr.フェルナンデスにいるっていうのは聞いてて、殺し屋達に追われながら行き先はフェルナンデスしかないって思って必死バイク走らせてフェルナンデスになんとか辿り着いて。Jr.は1人でフェルナンデスに行って、味方だとはわかっていても心許せる人もいないし王位継承者としてのプライドもあってたぶん泣かなかった。そこに自分と同じように父を殺されたマーシャルが現れて、そこで初めて泣いて、2人でわんわん泣いたと思う。だけどJr.が泣いたのはそのときだけで、マーシャルにも「もう泣くな」って言って、(マーシャルはその後も何度も泣いたと思うけど)剣の稽古を2人でパール王につけてもらって。

っていう二次創作みたいな設定作って泣きながら見てた。結局最後までJr.マーシャルを守って、マーシャルは王になる。レスポールJr.王位継承者と見せかけて、ずっとずっと人生を賭けて未来の王マーシャルを守り続けてきたんだなあ。

ローマン

この幼児、すごい。世の中の流れをよくわかってて、自分の生きる世界がどうなるのかも悟ってる。あん子供からきっと自分世界はほぼ父と母だけのはずなのに、父がその場にいない状況で母を守るのは自分しかいないって、なんで思えるんだろう。父ちゃんは助けにくるって絶対の自信をもってる。1回致命傷を与えられて、「ちくしょう父ちゃんの…バカ…」は、自分の死を受け入れてる。でも母の死だけは受け入れられない。自分には間に合わなかった父に対しての「バカ」で、母には間に合うはずだとまだ信じてる。だから最後の力を振り絞って、少しでも時間を稼ごうとして「母ちゃん逃げてー!!!」って叫ぶ。悲痛の極み。もうここ私の涙腺爆発してる。力尽きて、命が消える瞬間に母の殺される叫び声を聞くんだよ。これ以上の絶望あるか?!?!ほんとにグレコ何やってんだよふざけてんのか?!?!って毎回新鮮に思う。「俺はバカだ…!!!」ってほんとにな!!!バカやろう!!!!!!!!あとこのシーンの象徴は、夫人と息子が死んだ以外に城の景色が何も変わってないところにあって。殺し屋を全員殺して夫人を背負ってグレコが現れたとき、あまりに静かで。風に揺れる木々の音と、鳥の声と、水の音と、いつも過ごした何も変わらない景色がそこにはあって、なのに家族はもういない。家族の声は聞こえない。それがあのバルコニーに立ち止まる数秒に全部こめられてて、あまり残酷ランディの残虐性もそうだけど、こんなにもあっさりと人を絶望に落とす残酷さをランディがまったく気付いてないんだろうなっていう罪深さも感じる。

そのあと現れたJr.グレコ復讐を訴えかけているのに、マーシャルは父を殺した殺し屋達の首を目の当たりにして、どうしていいかからなくなって崩れ落ちる。「Jr.…」って消えそうな声で縋って、たくさんの絶望を背負っても、それを希望に変えるために立ち上がるJr.のパワーがすごい。やっぱり王ではなく、王を守る戦士だったんだなあとあらためて。



そんな感じではまりにはまったメタマクベス disc2でした。ストレート悲劇だと最初は思ってたけど、終わってみればハッピーエンドだったかもと思わせてくれたdisc2。ひとつ後悔してるのは、disc1を1回しか見ていなかったことだーーーーもっと比較してあれこれ言いたかった。2を愛しながら3も見ようと思います

ありがとうdisc2楽しかった。

言いたいことはまだまだある気がするけどまとまらないので終わります

まだメタマク観てない人!!!!!!disc3だけでもいいから観に行って!!!!!!!!!!!!

感想いらない派が長文自分語りする

Twitterで定期的にバズる話題に、同人作家さんは反応ないと辞めちゃうから感想を送ろう!というものがある。

ほとんどの書き手感想に飢えてると思うんだけど、ごく稀に私のような感想いらない派もいる。その感想いらない派の理由多種多様だろうけど、私の場合感想をもらってしまったために書けなくなったためだった。

最近ちょっとその時のことを思い出してしまったので、ここに殴り書きで書き逃げしようと思う。

誤解の無いように書いておくと、感想なんか送るな!と主張したいわけじゃない。むしろガンガン書いて送っていい。まず喜ばれるから。これはただ、書き手にもたまに面倒臭い奴がいるだけの話で、こんなのに出遭うのは交通事故に巻き込まれるより低い確率だと思う。



当時は個人サイト全盛期で、私もサイトを持っていた。旬のジャンルマイナー気味なカップリング。取り扱いはそれだけ。そのカップリングの話が書きたくて始めた。

もとから交流は苦手だったか交流ツールWeb拍手メールフォームだけの割と簡素サイトで、サーチエンジン系の登録も当時としてはかなり抑えめだったと思う。当然ながら反応は少なかったけど、自分のペースで書きたいものを書けて、少ないながらも読んでくれる人がいるとわかるだけで十分に楽しくて、充実していた。

そうしてそのカップリングの話を書き慣れてきた頃、長編を連載することにした。それはサイトを始めた時からいつか書きたい!と温めてあった話で、連載を始めるといつもよりWeb拍手の数が多くなった。

で、話が中盤に入って来た頃、サイト開設から1度も使われたことのないフォームからメールが届いた。

内容をまとめると、前からサイトを見に来ていて、連載中の話の更新を楽しみにしている。といった感じだったけど、とにかく1つ1つの言葉がとても丁寧に書かれていた。この先、これだけの感想を頂戴することは2度と無いだろうと思うぐらいには。

から最初は本当に、心の底からしかった。話の続きをこんなに楽しみにしてくれる人がいるんだ!って。

そのメールにお返事はできたものの、交流ダメな私は感謝気持ちの1割も伝えられなかったと思う。その分、連載の方はより一層頑張ろう!となったんだけど、それがいけなかった。

元々ラストシーンがきっちり決まった話で、素人なりにプロットも組んでいた。だけど、もらった感想が嬉しくて、少しだけ後付けをした。その人が好きだって書いてくれた、別の短編の話から要素を少しだけ引っ張ってきた。分かる人には分かる、程度のほんのちょっとの匂わせ(のつもり)だったけど、その更新の後、Web拍手がすごく増えた。

気付いてもらえた!と勝手に思い込んだ。嬉しくて、だから、もう少しだけこっちの方向を掘り下げてみようと、更に予定外の更新が増えた。

そうやって調子に乗って、気がついた時には、最初に思い描いた、私が本当にたどり着きたかったラストシーンにはどうやっても繋がらなくなっていた。

そのラストに繋げるために、頑張っていたのに。そこまでの過程が少しずつ形になっていくのが、楽しかったはずなのに。そうなるまで気がつかなかった当時の私はあまりにもバカだったと思う。

その後、悪あがきでなんとか軌道修正を試みたけど、書くのが辛くなる一方で、更新頻度はどんどん下がっていった。気分転換にと短編を書いてみても、モチベーションは上がらなかった。原作は好きだったか最後まで追いかけたけど、もう二次創作を書こうという情熱が沸き上がってこなくなっていた。

結局その長編は未完のまま、サイト放置。閉鎖するために管理画面にアクセスすることさえ億劫になっていた。

今は某所を作品の保管庫代わりに使っている。ロクにタグ付けをしてなくても、時折いいねがつく、それで十分なんだなと思うし、正直なところ、言葉感想を頂くのがちょっと怖い。自分がそういうレベルコミュ障だともっとちゃんとした自覚があれば、あの話も書ききれたんだろうか。


こんなところに書き逃げしてもどうしようもないけど、あの時に感想をくれた人もWeb拍手を送ってくれた方も、感想や反応を頂けてとても嬉しかったです。それだけ更新を待っていてくれたのに、書き上げられなくてごめんなさい。

2018-10-15

演劇とか音楽モノのラストシーン

ちゃん演奏とかして終わらせろや!

特に邦画だと「幕が上がる」とかみたいに「これまで頑張ったで! 今からがワイらのステージや!」ってところでEDにするやろ。手ぇ抜くなや!

「響け! ユーフォニアム」、お前もやぞ!

anond:20181015121053

そんないい映画でもないんだが「セッション

ラストシーンの印象しかない

ラストシーンだけは本当にいい

ラストのためだけに作られてる映画

アマプラにあるから気が向いたら見て

2018-09-25

anond:20180924214113

萩尾望都光瀬龍の組み合わせものとかどうでしょ?百億千億とか。

竹宮恵子も多いよね。「地球へ・・」のラストシーンも数百年後かなぁ

少年キングの2大SFの1つ、「超人ロック」もかるーく1000年超えてたな。

もう一つの銀河鉄道999」もラストに出てくるメーテルが運んだネジ(になった少年)の数かぞえれば1000年クラスかも。

手塚の「火の鳥」・「メトロポリス」とかもそうだろうし。

佐藤史生の「夢見る惑星」もラスト・・・ネタバレになるけど10億年超えかな。

以前、少年ジャンプでやってた「暗黒神話」(諸星大次郎)は56億7千万年(w。

今のジャンプで連載している Dr. Stone も2000年後の世界が今とつながっているというストーリーでいいです。

Dr. Stone を書いてる Boichi日本でのデビューHOTEL も10億年くらいだっけ。

スピリットサークルは、作者の宗教観の結果ではあるけど、これも壮大なストーリーおすすめ骨太です。

ヤングキングつながりなら、六道神士作品結構スケールがでかいエクセル・サーガとかデスレスとか。

あ、「みかルンX」もキリスト生誕からやってるから2000年超えですね。これは小松左京オマージュで多分「果しなき流れの果に」の影響受けてる。

同じキリストネタならば、佐伯かよのの「Quo Vadis」も2000年ものか。ただ面白さで言うなら微妙。同じタイトルのシェンキェヴィチの方を読んだ方が良い。小説だけど。

吸血鬼とかの不死者モノは、「周りが天寿を全うする中、死ねない自分に苦悩」ネタ結構あるはず。

でも、本当に楽しみたいならマンガじゃなくて小説の方がいいと思うよ。

何も作品表現形態にこだわることはないとも思う。

とりあえず誰か一人挙げろ、といったら、萩尾望都マンガ化やってた光瀬龍とかかなぁ。「喪われた都市の記録」とかは電子書籍無理だろwww

2018-09-16

高校時代ぼっちだった

高校時代自分俺ガイルと一週間フレンズ強制視聴させたら精神崩壊して発狂しそう。

高校時代「俺はそこら辺のラノベアニメを楽しんでいるオタクとは違ってまともなんだ!」と思っていた自分にとっては、深夜アニメを見せられているという状況だけでも発狂ものなのに、内容が内容だから絶対精神狂う。

帝王トランザ栄光』のラストシーンみたいに。

 

ぼっち俺ガイルを愛好する理由分からん

何が悲しくて現実と同じ苦しい感覚フィクションで味わらなきゃならんのか。

2018-07-28

ラストシーン破壊力が凄いだけの映画

例:ニュー・シネマ・パラダイス 劇場版エヴァ


デザートがウリのコース料理レストランみたいなもんだよなあ。

逆にデザートが手抜きのレストランってちょっと萎えるよなあ。

缶詰杏仁豆腐とか給食みたいなフルーツゼリーとか最後に出てくる料理屋はさあ。

やっぱ映画ラストシーンって大事だね。

漫画最終話ゴミでもセーフだけど映画アカンねえ

2018-06-30

anond:20180630234530

前後関係無視して見せられた方の身にもなって下さいよ!!

あとそこだけ見せられたって事は親のメッセージとしては充分なのでもう死んだ方がいいのかなって思ったね。

結局それがほぼラストシーンだったしどういう話なのかわからず。

とりあえず主人公ネーム無しで漫画を描くらしい。天才やないか

2018-06-17

警察勾留され、取り調べを受けた結果、亜紀がこれまでの経緯をすべて話し、柴田家の秘密警察に全て把握されてしまます。りんの誘拐、死んだ初江の年金不正受給死体遺棄など主な罪状は、信代が一身に引き受け、亜紀と治は解放されました。映画では描写がありませんが、亜紀は恐らく実家へ戻ったのでしょう。治は、一人暮らしを始めていました。

対象的な結末を迎えたのは、二人の子供たちです。

祥太児童保護施設に入居し、小学校に通い始めました。友達も出来て、学校正規教育を受けた結果、普通の子供らしい生活を手に入れていました。対照的に、りんの生活悲惨でした。母親から虐待育児放棄が復活し、団地の廊下で一人寂しく遊ぶ毎日でした。エンディングでは保育園幼稚園には通えず、未だに10までしか数えられない様子が映し出され、寂しげに団地の廊下から外をじっと見つめるシーンで終わりました。

初江の死後、「万引き家族」は解体され、一人ずつその後が丁寧にフォローされましたが、「家族」の元へ帰れたことで、本来幸せ生活を取り戻せるはずだったりんが、一番悲惨な状況へと落ちていったのです。そんな彼女の後日譚を敢えてラストに持ってきて、寂しげなりんの表情でラストを締めたところに、是枝監督の並々ならぬ問題意識の強さが感じられました。ただのヒューマンドラマで感動して終わり、ではなくて、鑑賞者一人ひとりの潜在意識下に「あなたならこの問題、どう考える?」と重い課題を突きつけた、そんなラストシーンでした。

2018-05-24

多田くんは恋をしない第7話は水瀬いのり

最初のシーンから水瀬いのり読書をしている聡明で無邪気な水瀬いのりだ。無邪気とは言え、よりもいのキマリとのキャラの使い分けができている。放送開始当初、私はこれが水瀬いのりだとは気づかなかった。当然ながら私の落ち度であり、水瀬いのり完璧であった証左である。これが水瀬いのり1である

飼い猫(にゃんこビッグ)がいなくなったと心配を募らせる水瀬いのり諸君もそうだろう、OP曲を挟んだこの場面で今回は水瀬いのりであるとの確信を得た。心配のあまり泣きそうでムッとしている水瀬いのり。俺も家出をして心配してもらおうかとさえ思った。これが水瀬いのり2だ。

山下先輩に恋に落ちる水瀬いのり。これが水瀬いのり3。開始から5分程度で3つの形態を巧みに使い分ける水瀬いのりには脱帽する。様々なキャラクターが登場する今作だがもう水瀬いのりしか見えない。

探偵に扮する水瀬いのり。言うまでもなくこれが水瀬いのり4である山下先輩に抱きとめられて恋がエスカレートする水瀬いのり。これが水瀬いのり5。水瀬いのり形態変化もエスカレートしている。しかし、水瀬いのりの恋はエスカレーターとは行かない。

にゃんこビッグの手掛かりを得て嬉々とする水瀬いのり6。そして、にゃんこビッグを見つけて喜び且つ心配そうに見つめる水瀬いのり7。再び探偵の血が騒ぐ水瀬いのり8。屋根から落ちてきたにゃんこビッグを受け止めて胸を撫で下ろす水瀬いのり9。そして、失恋して寂しそうな水瀬いのり10。ここは目まぐるしく水瀬いのりが変容する。水瀬いのり回最大の見所だ。まるで回転寿司のように目まぐるしい。見つめるためにまばたきする暇もない。

きじゃくる水瀬いのり。これが水瀬いのり11。ついに水瀬いのり一人でサッカーチームを作れる域に達してしまった。なぜ日本代表に選出されていないのかが疑問でならない。

好きな人好きな人がいることを本人から聞かされて落ち込む水瀬いのり12サッカーで言うところの監督ポジションだろうか。そして、テレサの胸で慟哭する水瀬いのり。これが水瀬いのり13であることは論を待たない。もはやトランプができるし、麻雀もできるし、暗殺もできる。チェンソーで人を切り刻むこともできるかもしれない。すごすぎるぞ水瀬いのり

ラストシーン。健気に窓辺にひまわりを飾る水瀬いのり14。君はひまわりのようだよ水瀬いのり

今季アニメ水瀬いのり出過ぎじゃね?問題収束たかと思いきや、過日のキリンレモン、そして今回の水瀬いのり回が突如として降臨した。水瀬いのりは常に機会を伺っている。いつ水瀬いのり15が出没してもおかしくはない。エージェント諸君は決して油断してはならない。

2018-05-23

安室の女になれなかった話

諸君、私はイケメンが好きだ。

諸君、私はイケメンが好きだ。

諸君、私はイケメンが大好きだ。

そういうわけで、何年振りか覚えていないくらい久し振りに、名探偵コナンを観るために劇場へ足を運んだ。

流行りの言い方をするなら、執行されてきた。

目下100億の男(になる予定)と噂される某イケメン安室氏を観るために。

自分にとってのコナン子どもの頃のお楽しみアニメで、「ヴァルシェーブニックカンツァーベカ」の格好よさにしびれてビデオテープが擦りきれるまで観た覚えがあるのだけれど、大人になるにつれていつの間にか観なくなった。

まじっく快斗君とベルモットさんは知っているけれど、赤井さんと世良さんと安室さんは火傷のクールガイボクっ娘かわいいハムサンド飯テロイケメンで合ってる?みたいなレベル

だがしかしミーハーなので、サンデー即完から無料公開なり降谷ハンコなり、猫も杓子も安室降谷バーボン大人気70億超えマ!?な現状が気になり、「ちょっと安室の女になってくるか」的な軽いノリで乗り込んだ。

いやあこれは新たなる萌えの予感ですな、存分にトリプルフェイス沼に落としていただこうじゃないですかウェヒヒと、仕事を定時で切り上げていそいそと乗り込んだ。

…のだが、私は安室の女になれなかった。

がっつりハマる気で、いい歳こいて「きゃー安室さーん」と目をハートマークにして帰ってくる気でいたのだが、そうはならなかった。

彼が素晴らしく魅力的だというのはよく理解できた。

イケメン仕事が出来て、まやかしではない真の優しさで使命を全うし、心身ともに強く気高く、紳士で大胆でお茶目。彼をきちんと表現できるだけの語彙がないことが悔やまれるが、とにかく格好いい。

それでいて、安室さんはい意味で「主役」ではなく「ゲスト」だった。主役はあくま名探偵コナンだった。申し分ない相棒で、見せ場もたっぷりあったしダブル主人公と言っても語弊はなかったくらいだが、決してコナン君を「喰う」ことはなく言葉でも行動でも立てていた。彼は作品を輝かせるピースの一つであり、それ以上でも以下でもなかった。

で、ストーリー面白かったのは勿論、どのキャラの魅力も存分に描かれていた。

毛利おっちゃんはダシにされたわけだけれどあれも「らしい」というか美味しいというか、後半には頼りになるところも見られて英理さんとのラブ要素からお約束オチも見られて良かったし、

少年探偵の子どもらしい無邪気さとガチ重要活躍、哀ちゃん頭脳サポートにお母さん的な面倒見の良さ、博士発明が鍵になって、新一君と蘭ちゃんきゅんきゅん要素あり最高な毛利一家あり、

風見さんがいたか物語絶妙に回り、境子先生の丁寧に散りばめられた伏線ラストシーンインパクト、あの人とあの人の血よりも濃い切なくも熱いドラマ

手に汗握るド派手なアクションRX-7はぎせいになったのだ、いや、一つ一つの演出がとにかくハラハラキドキで、

結論ものすごく面白かった。

安室の女になるとかそういうレベルじゃななく、気付いたら『名探偵コナン』の女になっていた。

もし、私が若くて可愛い女の子だったら夢女子になっていたり、想像創造に長けていたら腐女子になっていたかもしれないけれど。とりあえず今ちょっと、かなり、切実にまず原作不足の女なので、とにかくコナン全巻買ってくる。

2018-05-09

リズと青い鳥 個人用メモ

気付いた事とか順不同で色々書いていく

・劇中作について

青い鳥人間形態

動きが取りっぽいよね

例えば、初めてパン屋に行った時に、ピョンピョンと跳ねて動くシーンとか

リズが作ったジャムを指から舐めるシーンで、上半身を前に倒すシーンとか

希美みぞれのことをどこまで好きなのか

これは原作未読の自分には難しい問いであ

理科室での最後のシーン、自分とは行ける場所が違う事に気付いたがために「みぞれオーボエが好き」としか言わなかったのか

みぞれが初めて話しかけてもらった時の事を話した際「ごめん、覚えてないんだよね」と返すが

その後のモノローグでは、それをハッキリ否定される

希美が抱いているのは、嫉妬と羨望と絶望か、それとも愛ゆえの決断なのか

理科室でそれ以上言葉が出てこなかったのは、何故なのか

心やから

通じる事も繋がることもないけど

それでも、何か一つ伝われば

それで生きていかれるのかも知らへんね

たった一つのそれで

伝わったん?

引用:EERR「水底深き箱庭の」


ポリリズム

冒頭の音楽「wind,glass,bluebird」、ラストシーンでの音楽「wind,glass,girls,」はどちらも「噛み合わなさ」が印象的な曲だ

この感想では、それを「ポリリズムである表現した

二人の「disjoint」が見ている側としては印象的であった

2コマに一度かみあわない

5秒に一度強烈な勘違い

引用MOSAIC.WAB「片道きゃっちぼーる」

disjointといえば、ネット感想では「ハッピーアイスクリーム!」の意図希美が気付かないシーンがある

繋がったり離れたりを繰り返すこの二人なのであった

個人的には、その時にのぞみが見せた笑顔が「もうしょうがないなあ」「これでも幸せ」みたいな感じで好き

もう善いよ そんな恋なんだ

sasakure.UKコイサイテハナ*



フルートから映る光で遊ぶシーン

少女少女が無邪気にじゃれ合う様子と、思いの一方通行さが印象的なシーン

流れる音楽は「reflexion,allegretto,you

公式このPVで使われている曲だ

reflexionは勿論「反射」という意味だろう

allegretto(アレグレット)が何か分からなかったので調べると、「やや急速に」という意味で、音楽の速度標語の一つという意味だった

鼓動が早くなるという意味でもあるのだろうか

・剣崎梨々花との関係について

みぞれが剣崎梨々花と仲良くなり、それに希美言葉を失うシーンがある

希美がもみぞれに対して、一種独占欲とかがあったのだろうかと下衆の勘繰り

さらに言えば、みぞれ希美嫉妬煽りたかったのではという妄想

いや、単純に後輩を可愛がってるだけなのかも知れないけど

図書室で岩波文庫リズ青い鳥を取り出すシーン

何か、他の本のタイトルおかしくないですかねえ

「ほんとにあるの?」みたいな、ネタ的なタイトルがあった気がする

・「山田監督が考えた渾身のダブルリードギャグ」とは?

パンフにはダブルリードギャグがあるとのこと

どのシーン化は明言しないとのことだが、実際どこなんだろうか

希美の笑いの理由

理科室でのシーンでは、いきなり希美が笑う

みぞれはその理由が分からない

自分理由いまいち掴めない

思ったのが、希美

「私は“みぞれオーボエが好き”以外に好きな所を何一つ言えない。私はみぞれことなんて好きじゃなかったんだなあ」

自分には何もないこれだけの愛情を向けられる理由なんて一つも」

と、自分の醜さや空虚さに気付き、自己嫌悪馬鹿らしさから笑ってしまったのではと感じた

・青い羽

希美が冒頭でみぞれにくれた青い羽

この羽根を手で包み込んでキスをするシーン

希美への「好き」と「独占」を綯い交ぜにした、何とも官能的で危うげなシーン

劇中でのリズが同じポーズを取った時にシンクロするのが良い

リズ希美

リズは冬になったらどこに行くの?」

「どこにも行かないわ、ここにいる」

このシーンで、うるっとくる

希美もどこにもいけないんだろうなあと

劇中作でのリズの家は柵に囲われている

家やドア自体もそうだが、まさに鳥籠

ただ、そういう物質的な物よりも何よりも

「置いて行かないで、ずっとここにいて」という言葉のほうが、ずっとずっと強固な檻になるんだろうなあと見ていて感じた

中川夏紀と吉川優子

1・2期も見たけれども

この二人の百合度、子の映画で高すぎない?

何だかんだ言ってお互いのこと心配してる百合すき

監督

山田監督、かわいくない?

きれいな人だよね

・足の動き

また理科室でのシーン

みぞれが思いをぶつけるのに対して、足が下がっていく希美

足だけで表現する凄いシーン

ありがとうありがとうありがとう

これは、やっぱり拒絶や失望言葉なんだよね

告白されて「ありがとう」ってのが肯定言葉でないのが普通であるように

フルート褒められたかったのよねえ、希美

でも、みぞれはその気持を分かってるのかなあ

・鑑賞者の視点

「理科室のビーカーかシャーレか壁になりたい」という感想を書く方もいた

そもそも少女のぞき見している気分で作ったと製作者サイドが言っているんだよねえ

百合鑑賞に置いて頻繁に「見守るだけの観賞植物になりたい」とかい感想が挙げられるのを思い出した

2018-04-28

ネタバレあり】インフィニティ・ウォーから今後の予測をする

昨日(4/27)アベンジャーズを観て、あまりの衝撃的な内容にずっとアベンジャーズのことを考えてた。

で、なんとなく今後の展開を予測したので、書いてみる。

なお、書いてる人はアイアンマンからずっと10年間18作を劇場で観続け、かつ翻訳でだけどマーベルの諸作をそこそこ読み込んでるのでそれなりに知識はある。

最後に示されたもの

ラストシーン、ニック・フューリー操作していた通信機らしきものに映し出されたのは、キャプテン・マーベルマーク

キャプテン・マーベルと言ってもこれまでMCU言及されてないし、正直誰? となるだろうけど、90年代X-MENを追っかけてた人なら、「ローグにパワーを吸い取られたキャロルダンバース(ミズ・マーベル)」と言えばあるいは通じるかな。

で、当然出てくる疑問が「MCU世界キャロルがいるなら、なぜこれまで招集されなかったの?」という疑問が湧く。

ところで、wikipediaキャロルダンバース記述によれば

本作は1990年代舞台としており、スクラル人が登場する

とあるので、どうやらこれは過去の話らしい。

となると、

  1. MCU世界キャロル過去ヒーロー活動をしていた
  2. 何らかの理由現在世界には存在しない
  3. 離脱から10年以上経っており、人々から忘れられている

というところまでは容易に想像がつく。

が、例によってフューリーだけはずっと繋がりを維持していて、今回の未曾有の危機に連絡したということになるのだろう。

アダムウォーロックはどこにいる?

原作であるインフィニティガントレット』で重要役割を果たすアダムウォーロックがなぜ今回の映画に登場しないのかについては、様々に取り沙汰されていたようだ。

が、キャプテン・マーベルアダムウォーロックの役どころを果たすとすれば、これは解決する。

おそらく、原作において対サノス用のキャラクターという感の強いアダムウォーロックよりも、今後別のドラマ展開が期待できるキャロルを持ってきて、切り札とする方が都合が良かったのだろう。

アントマンは何をしていた?

ビル・ウォーにも参戦した以上、今回もどこかで顔を出すと思われたスコット・ラングアントマンは、結局登場しなかった。

MCU次回作は『アントマン&ワスプ』なので、前作同様、世界的な危機を横目に別のことをしていたという展開になるのだろうか。

だが、実はインフィニティ・ウォーにも参戦していて、次のアベンジャーズでその活躍が明かされる(小さいので映ってなかっただけ)という展開があったら面白い

で、ホークアイは?

ポスターに姿がないことから世界中のファンをやきもきさせていたホークアイことクリント・バートン

結局、「クリントは自宅謹慎中」の一言で片付けられてのけぞった。

だが、パンフレットインタビューで気になる記述を見つけた。

今回もロバート(・ダウニー Jr)がよくトレーラーにみんなを呼んでくれてランチしたりしたんだ。たいていはオリジナルの6人でね。

(パンフレットクリス・ヘムズワースインタビューより引用)

オリジナルの6人? ここで「オリジナルの」と言えば当然「アベンジャーズ」1作目のことを言うのだろうけど、映画に出たのはキャップ社長・ソー・ハルク・ウィドウしかいないはず(ロキがいるけど今回の映画ではワンシーンしか出ないので、集まるほど現場にいなかったのでは?)

とすると、実はホークアイジェレミー・レナー現場にいたのでは? という予想が導かれる。

なぜ今作に登場しないホークアイがそこにいたのかと言えば、考えられるのは「次のアベンジャーズも一緒に撮影していたから」と考えても不自然ではなさそう。話としては完全に繋がる(元々前後編の予定だった)ので、2本撮りをしていてもおかしくはないのだ。

となれば、敢えて今作の出演がなかったホークアイは、次回作で誰よりも活躍するのだろう。

2018-04-22

[]2018/04/21

夜に真っ暗な中で劇場版999のラストシーン動画見たら泣いてしまった

多分大学生ときにみてもなんとも思わなかっただろうが30超えるとこれは来る

正直999ってよりかは歌を探しててたまたま見つけた動画だったんだけど予想以上にダメージがあった

さらメーテルさら少年の日々

そこからのあの歌に入るんだもんなあ・・・

歌単体でもいいのに演出と合わさってもうまじでやばい

2018-03-07

岡田麿里監督作品さよならの朝に約束の花をかざろう」を観た

※かなり仔細にネタバレしているので、まず最初映画を見てほしい。すごい良い映画だったので。

 こないだ映画を観たのだけれど、どうしてもよく分からない点がいくつかあった。まだ1回しか観ていないので本当はあと10回位観て考えるべきなんだろうけれど、地元映画館ではそもそも上映しておらず次いつ観られるかわからないので、諸兄に教えて欲しい。レビューのみ読みたい人は4を読んでね。

1.なんでレイリアは最後、空飛んだの?

 

レイリア視点での簡単な流れ(経過時間は大まかな予想)

里を襲撃され、連行される

 ↓ 5年(エリアルの成長から

式典でマキアと再会するも、妊娠理由に同行拒否

 ↓

まれた子をすぐに取り上げられる

 ↓??年

助けに来た仲間が殺される(クリム死亡)

 ↓??年

子に会えないまま5年くらい幽閉状態が続き(メドメルの成長から見て)、精神限界

 ↓??年

外国から侵略戦争勃発

 ↓

(死んだと思ってた)クリムが混乱に乗じて助けに来る

 ↓

彼ではなく、唯一の心の支えだった自らの子に会うことを選ぶ

 ↓

メドメルと初対面し、空を飛ぶ

 

レイリアにとって「飛ぶ」ということ

 まず、作中における「飛ぶ」というワードについて。里にいた頃の彼女自由奔放で、そんな彼女マキアに対して発した「飛ぶ(なんて言ったか忘れちゃった)」という言葉にはどこか、明るい予感に満ちていた。しかし城に幽閉されているとき彼女が同じ境遇を持つワイバーンに対し、翼を持っているのになぜ飛ばないのか…と問いかける姿は「私には翼はないのに…」という呪詛のようで、あの自由奔放な彼女の影も形もない印象的なシーンだった。その後式典を襲撃したマキア達の救出を断った彼女は、別れ際「私にはいつでも飛べる、でしょ?(なんて言ったか忘れちゃった)」と発言していて、その表情からマキアが言うところの「飛べる(物理)」とは違ったニュアンスを感じさせ、これがラストのシーンにつながっていると思われる。

 ゆえに彼女最後空を飛んだシーンは、「自らを抑圧から開放し、自由を取り戻す姿」と解釈できる。

 

レイリアにとってのクリムとメドメル

 彼女はクリムが死んだ(と思った)とき「すべてを奪われた」と感じたように、彼の死は「イオルフの民」という居場所、あるいは人とのつながり(彼女王宮内で人扱いを受けていなかった)、あるいはアイデンティティ、そういう彼女のあらゆる構成要素が失われたことを象徴している。

 またレイリアは自ら産んだ子供さえ取り上げられ、何年も会えないまま王宮軟禁され続けていた。怒り狂うさまはもはや「母性の発露」なんて生易しいものではなく、「最後希望」「自分の子供に触れたい、という(最後の)人間らしさ」「生きることへの執着」として、軟禁生活の中でメドメルへの想いが先鋭化していくようだった。彼女自身も「あの子を腕に抱いたとき感覚を徐々に思い出せなくなっていく」という実感として、自らの変質を感じ取っていたのかも。そういう文脈で考えると、マキアがまだ幼いエリアルを抱きかかえながら言った「太陽匂い」というセリフは強烈である

 その後彼女が(偶然、ではないよね)メドメルと再開したとき、メドメルを抱きしめることもなく、どちらかと言えば安堵に近い表情をしていたのは、彼女にとって「メドメルに(一度でいいから、って言ったっけ?)会いたい」という想いはすっかり変質しまっていたために”「すべてを奪われたけど、なんとか”生きること”にしがみついていたレイリア」ー「メドメルに会いたい、という願いの成就」=∅” つまり「完全な虚無」と化したんじゃないだろうか。ほんの少しでも過去イオルフの民としてのアイデンティティとか)に希望見出していれば、彼女はクリムを拒むことも、メドメルに会うこともなかっただろう。

 

レイリアとマキア

 この戦争では同時にマキアエリアルの親子関係が描かれていて、言ってみればこのお話レイリアかーちゃんマキアかーちゃんの対比(あるいはエリアルとメドメルの対比)として観ることが出来る。そしてマキアエリアル出会って約23年くらいの間に紡いだヒビオル(=エリアルの成長)に比べ、レイリアが約20年紡いだもの(メドメルへの想い)はとても虚しい。マキアエリアル出会った所から物語が始まりレイリアがメドメルとようやく会えたところで物語が終わるという対比も強烈だった。

 

で、なんでレイリアは空を飛んだの?

 以上の文脈から、「完全に燃え尽きたレイリアはまるで灰のように空を舞った…」と考えれば良いのだろうか?それも違うよね。なぜなら飛び立つ彼女はとても晴れやかで、まるでイオルフの里にいた頃の彼女が戻ってきたような、あるいはずっと止まっていた時間が動き出したような、そういうカタルシスを感じた。「自らを抑圧から開放し、自由を取り戻す姿」は、彼女が決して虚無ではなくむしろ満ち足りていた姿を描いているようでもある。自由を奪われたレイリアとの対比として描かれていた飛竜が空を飛ぶ姿を見て「なんだよ、結構飛べんじゃねえか…」と言ったところからも、上記のような心情を察することができる。やっぱりよくわからない。

2.時間残酷ってどこらへんを見れば分かるんだろ?

 

 いろいろなレビューを漁っているうち、「時間残酷さ」というワードを用いた論評いくつか見かけたのだけれど、そのワードはどこからやってきたのだろう。少なくとも私はそのように感じなかったし、作中のキャラによる発言もなかった(と思うんだど、忘れちゃった)ので、もし同様な感想を抱いた人がいたら「時間残酷さ」って何なのか教えてほしい。

3.タイトル意味

 

 「さよなら」は本作でのキーワードイオルフの民の別称から、「さよならの朝」はラストシーン、マキアエリアルの別れを指していると考えられる(エリアルを優しく照らす太陽光の入射角度から、時刻が朝であると予想できる)。このシーンで彼女は彼に対して「さよなら」を言わず、彼が徴兵に行くのを送り出すときと同じ「行ってらっしゃい」を使っている。これは「さよなら」という言葉を強く暗示していて、彼女の抱く寂しさを感じさせた。

 「約束の花を飾る」というのは、慣用句「錦を飾る」みたいな感じで「約束(=花)」を「守る(飾る)」という文節として理解するのが正しそう。マキアエリアルはそれぞれ「カーチャンを守る」「もう泣かない」という約束をしていたので、『マキアは「エリアルとの別れのとき絶対泣かない」と誓っていた』ことを、「さよならの朝に約束の花をかざろう」というタイトルは指しているのかもしれない。どう思う?

4.ヒビオル

 

 こっから本作の感想。なにより「ヒビオル」というモチーフが非常に良かった。

 もともとは「日々の出来事を織り込んだ布」を指し、イオルフの民にとってはある種のアイデンティティとして描かれている。印象的なのは、その色や長さ。最初、里で織られていたヒビオルは長く、どこまでも真っ白だった。その後、マキア商人に見せられたヒビオルは赤と黒基調とした短いもので、その禍々しさに思わず(うわっ)てなった。捕らえられたレイリアの怨嗟可視化されているようで、ヒビオルの特性を端的に表しているシーンだった。更にその後、幼いエリアルマキアに送ったヒビオルは白と黄色基調としたもので、どんなメッセージかは分からないが、子が母を思うような、とても優しく温かい心を感じた。そう思うと、里にあったヒビオルのどこまでも純白の生地が続く様は、いかに里の人達が長い間平穏暮らしていたかを感じさせる。

 そんなわけで、ヒビオルの「活字や歌とは違う性質もつ情報の伝達手段」という側面について色々考えさせられた。現実において後世に何かを残すとき用いられた手段はいろいろあり、メジャーなところでは本(活字)、音楽(歌)だが、本作ではどっちもほぼ登場しない(本は登場なし、だよね?歌は酒場での労働歌のみ)。これらの手段と比べると、ヒビオルは「感情可視化」という独特な性質を持っており、特にアニメという媒体においてキャラクターの感情表現する方法としては劇的に優れた舞台装置である。これを思いついた岡田麿里すげえってなった。

 また、マキアたまたま見つけた赤子のことを「これは私のヒビオル(なんつったっけ)」と言ったあたりから「ヒビオル」という言葉は作中でどんどん拡張されていき、だんだんあらゆるものがヒビオルに見えてくるような演出になっていたのが非常に印象的だった。例えばクリムに長年幽閉され、長く伸びたマキアの髪。それまで栗色だった髪が(昔と同じ)金色になっている様はまるで、「エリアルと苦労しながら生活した思い出」は栗色の髪に、「クリム幽閉され無為に過ごした日々」は金色の髪に織り込まれているようで、その髪を手に取るクリムはまるで彼女のヒビオルを読んでいるようだった。

 そして最後の別れのシーン。マキアが優しくエリアルの手を取りながら語りかける様はまるで、手のシワに刻まれているヒビオルを読んでいるようだった。リアルではよく「言葉では伝わらない」なんて言い方をするように、言語というのは便利ではあるが万能ではない。だからこそ、このシーンにおける「彼」というヒビオルは、彼が生涯に渡って過ごした日々を、感情も含め余すところなく「イオルフの民」であるマキアに伝えることができ、彼女もそれを受容できたのだろう。とても強烈で、救いのあるシーンだった。あと10回くらい観たい。

 んで、気になったのがタイトルそもそもこの作品はヒビオルの物語なんだから作品名は「ヒビオル」でよくね?

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