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はてなキーワード: 16世紀とは

2020-07-09

anond:20200709185052

16世紀の時点では「白色」だったのが都合が悪いか黄色になったらしいぞ

2020-06-29

anond:20200629184924

アジア人の肌はいつから「黄色」になったのか─16世紀は「白人」だった


16世紀東洋人と西洋人交流し始めたころ、西洋から旅行者宣教師大使らは、東洋人に言及する際、たいてい「白人」と言っている。19世紀まで肌色人種の特徴としてそれほど認知されていなかったので言及自体がめったになかったが、東洋人については幾度となく、「私たち西洋人)と同じくらい白い」と表現されていた。

黄色」という言葉18世紀末に使われ始め、19世紀になると西洋人たちのイメージの中に浸透していった。ところが17世紀までに中国人日本人ヨーロッパ貿易システム宗教国際関係に加わろうとしないことが明らかになっていくにつれて、彼らの肌の色は文献の中でかつての白さを失い「濃くなっていった」。

いかえれば、アジア人白人と呼ばれていたのは見た目や肌色理由ではなく、文明文化知識従順さ──特に、彼らがキリスト教化される場合──の度合いが根拠となっていた。

最初アジア人は「白人一種」だったのが「キリスト教という正しい文化を受け入れないので人間じゃない」ということになり「人間じゃないので色が違う、あいつらの肌の色は何色だ」ということで新たに「黄色人種」ができたらしい

まり肌の色を「決める」のはキリスト教との親和性

2020-02-20

anond:20200220142701

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本人?

2020-02-07

anond:20200207103556

factor15世紀初頭から使われはじめた言葉なので上杉謙信が生きていた16世紀には当然存在したはずだが

2020-01-17

anond:20200117181911

人間(じんかん、又は、にんげん)五十年」は、人の世の意。 「化天」は、六欲天第五位の世化楽天で、一昼夜は人間界の800年にあたり、化天住人の定命は8,000歳とされる。「下天」は、六欲天最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。信長16世紀人物なので、「人間」を「人の世」の意味で使っていた。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」は、「人の世の50年の歳月は下天の一日にしかあたらない、夢幻のようなものだ」という意味になる。

2020-01-15

anond:20200115150048

17世紀だと東南アジア欧州の魔の手が及んでるから遅い。

16世紀までに支配体制確立して欧州進出を防いでおきたい。

2019-11-28

anond:20191127124349

16世紀まではな、近畿地方こそ都がある一帯で

コイツ言葉使ってるwwwマジダセェ」

「なぜ東言葉をやめへんのや! やめえやって何度も言ってるやろ」

だったんじゃよ

まあ

ナチスにさんざんいじめられたユダヤ人

イスラエル作ったらパレスチナ人に同じ事をやり返してるのと同じようなもの

2019-10-01

anond:20191001190559

映像で覚えろ

16世紀日本は〜と言われたら元寇絵巻を思い出せ

年号暗記なしで歴史理解するの逆に難しくね?

16世紀日本は〜って言われて、あの辺の時代やな、って思えるのは年号暗記のおかげっしょ。

2019-09-20

球技がいつ始まったかとかのまとめ

名前開始時期発祥備考
ラ・スール12世紀フランス町の住人が敵味方に分かれて目標地点までボールを運んだり妨害したりする地域行事
マス・フットボール14世紀イギリス町の住人が敵味方に分かれて目標地点までボールを運んだり妨害したりする地域行事
ゴルフ15世紀イギリススコットランド発祥。源流は諸説ある。イギリスで爆発的に広まったのは19世紀後半。
クリケット16世紀イギリスバット・アンド・ボールゲームの原型。現在イギリスインドオーストラリアなどを中心に人気。
ジュ・ド・ポーム16世紀フランスラケットゲームの原型。現在も「リアルテニス」などと呼ばれ一部でプレーされている。
カルチョ16世紀イタリア1チーム27人で乱闘しながらフィールド内に指定されたゴールにボールを入れる。17世紀あいだに廃れた。
フットボール16世紀イギリスパブリックスクールプレーされたフットボールサッカーラグビーのより直接的な原型。
ラウンダーズ18世紀イギリスクリケットから派生野球ソフトボールのより直接的な原型。
野球1850年アメリカ地区で行われていたラウンダーズルール統一したもの
ラクロス1860年カナダネイティブアメリカン伝統競技バガタウェイ」が白人にも広まり、そのルールを整備したもの
サッカー1860年イギリスパブリックスクールで行われていたフットボールルール統一したもの
ラグビー1870年イギリスラグビーユニオン。1871年サッカーから分裂。ラグビー校で整備されたルールをもとにプレー
テニス1870年イギリスローンテニスジュ・ド・ポームをもとに芝生で行うようにしたもの
フィールドホッケー1870年イギリス19世紀半ばにパブリックスクールで発展し、1875年協会設立スティックを用いたサッカー
アイスホッケー1870年カナダフィールドホッケーやラグビーを組み合わせて氷上で行うようにしたもの
バドミントン1870年イギリス植民地時代インドで生まれ軍人が持ち帰ったものが普及したと言われる。
アメフト1880年アメリカ大学で行われていたラグビールール統一して様々な変更を行ったもの
ラグビーリーグ1890年イギリス1895年ラグビーユニオンから分裂。
バスケットボール1890年アメリカ屋内でプレーできる安全球技としてサッカーラグビーラクロスなどをもとに考案された。
バレーボール1890年アメリカ屋内でプレーできる安全球技としてテニスバドミントンなどをもとに考案された。
ハンドボール1900年デンマーク北欧ドイツを中心にルールが整備される。
ドッジボール20世紀初頭アメリカアフリカ発祥説などがあるが不明

2019-07-01

anond:20190629222026

イギリス史で「長い16世紀」という考え方がある。1500年台とその前後を含めた国際化や人文主義の流れを掴むための時代区分の考え方。それと同じで、あるいは我々は令和民が示す通り「長い昭和」を過ごしてきたのかも。

id:n_kasei

令和が平成に組み込まれ可能性はあっても平成昭和に組み込むのは無理

2019-03-19

anond:20190319153621

マルタ島大包囲戦』

歴オタから

16世紀地中海マルタ島でのオスマン帝国聖ヨハネ騎士団の攻防戦を描いた本。

当時のイスラム世界キリスト教世界の焦点となり、

世界最大・最強・最新のオスマン軍と、少数精鋭・高い士気・鉄の規律十字軍騎士団という対照的軍隊が双方ボロボロになるまで死闘するという点も熱く、

ワイが戦史の中で一番好きな戦い。

また両軍とも70歳超えの最強有能ジジイが率いており、最強ジジイ対最強ジジイ(+援軍で80超えのさらなる最強ジジイがくる)という構図も良い。

著者が史料を集め取材を重ねて書いた歴史本だけど小説表現も多くあり、

騎士団員が海を見張っていると水平線からオスマンガレー艦隊が姿をあらわす場面など印象的なシーンがいくつもある

ほんま映画化してほしい

2019-02-12

anond:20190211135211

16世紀半ばの戦国時代の末期にマカオからポルトガル船が九州各地に来航していわゆる南蛮貿易が始まると、おそらくは中国産砂糖安定的供給されるようになる。最近ポルトガル船の積み荷の研究によれば、年間150キロ前後砂糖が輸入されていたという。

 江戸時代に入ると17世紀から18世紀初期にかけて福建省から琉球奄美黒砂糖の製法が伝えられ生産が始まった。しかし白砂糖や氷砂糖は、18世紀末の寛政年間に国産砂糖上方市場に登場するまで、長崎に来航する唐船(中国本土東南アジアからの来航船)とオランダ船(東南アジアから来航するオランダ東インド会社の船)による輸入に依存していた。

 長崎貿易により輸入された砂糖は、国内商人落札された後、船で大坂道修町の薬種問屋へ運ばれ、さら堺筋町の砂糖仲買によって江戸をはじめとする全国に運ばれていたという。

2019-02-02

クラッカー現代の私掠海賊だなと

国のサーバネットワーク攻撃も、国が主導するわけにはいかないか

ヘイト教育して恨みを持った一般人やらせて国はしらんぷり。

16世紀だねぇ。

2018-11-03

anond:20181103222203

見て来てふわっと理解した。ありがとう。デュマは19世紀の人で、黒人奴隷の子孫として差別受けた、奴隷貿易16世紀には盛んで黒人はその頃めちゃめちゃ酷い目にあった。こんな感じ?

2018-10-05

anond:20181005082009

16世紀イギリスでは、コッドピースという男性器のもっこりを強調する部分をズボンに付けてたよ。

サイズに自信のない男性方は詰め物とかしていたそうだ。

2018-08-17

[]スタンチク

16世紀ポーランド活躍した伝説的な宮廷道化師

宮廷道化師は王を楽しませるエンターティナーであり、また愚かであるが故に王に直言できる存在であった。

タンチクも、実際には政治に通じた賢人であり、しばしば気の利いた風刺を発した。

彼は三代の王に仕えたが、この時代ポーランドは、外ではモスクワ大公国ドイツ騎士団オスマン帝国などと戦い続け、

内ではシュラフタ(貴族)が力をつけて王権を脅かすなど苦難に晒されており、

タンチクがそれらを憂慮する逸話やその場面を描いた絵画が多く残されている。

狩りのために檻から出した熊が王たちを襲った事件を、プロイセンの臣従にたとえて王を嘲笑したという逸話特に有名である

しかし同時に、経済的文化的にはポーランド黄金時代でもあった。

死後、彼はその立場から憂国象徴として利用され、後にはガリツィア地方保守的政治集団の名に冠せられることとなった。

2018-06-09

タバコに廃れてほしくない

いまの喫煙は歪んでいる。もともと喫煙というものは、パイプや葉巻など、火をつけてゆったりと煙をふかし、その味と香りを楽しむ、非常にスロー趣味嗜好品であった。元来タバコの煙は肺に入れず、口の中で転がし、その奥深い香りや旨みを味わうものであった。

最近タバコは違う。

タバコ」と聞いてまず誰もが連想する、コンビニに置いてある馴染みの紙巻きタバコ、とりわけライトたばこ。あれは煙を味わうものではない。ニコチン摂取するためだけの非常に短絡的な嗜好品だ。

1mgだの3mgだのとまるで煙の味もしないようなフィルター越しにスパスパと煙を肺に入れて吐き出し、はい終わり。

馬鹿げている。

この楽しみ方は長く続いた煙草文化から見れば非常に異質な、歪んだ楽しみ方であるとさえ言える。当然肺では味を感じることなど出来ないし、肺から摂取されたニコチン血液に急激に取り込まれ依存性をはるかに増す。

パイプ喫煙や葉巻、日本で主流だったキセルでの喫煙などで主に用いられる口腔喫煙ヤンキーニコ中が『ふかし』『金魚』とバカにするもの)では、粘膜からゆっくりと取り込まれニコチンが心地よいリラックス作用を与えてくれるのだ。しか依存性も低い。パイプモーカーは「タバコを吸わないと集中できない」とイライラしてしょっちゅうデスクを立つ、などということをしないのだ。

くわえて、喫煙者のマナー問題

はっきり述べるが(述べる必要すらないと思われるが)、街中や喫煙禁止区域で歩きながらタバコを吸っている人間、すべてクソである。あとIQOSとかgloなら歩きながら吸ってもいいと思ってるリーマン多すぎる。勘弁してくれ。このご時世においてただでさえ狭い喫煙者の肩身をさらに狭くして何がしたいんだ、と思うが、これもひとえに彼らが肺喫煙バカスカタバコを吸って悲しいニコチン中毒者に成り下がった故のものである

彼らは他人健康被害など考えずにニコチン摂取しながら生きていく、ゾンビのような生物なのだ。彼らが居なければここまでタバコ健康被害が叫ばれることもなかったのではないだろうか。「個人」の健康問題を「他人」の健康問題に発展させるのが歩きタバコゾンビなのだ

ここまで「紙巻きタバコ憎し」で書いているように思われた読者もおられるだろうが、筆者もパイプに合わせて日に1本ほど紙巻きタバコをふかしている。そして、筆者の周りの愛煙家にはマナーを侵してまでニコチンを摂りたがる愚か者はいない。タバコを吸うときは部屋を出て、携帯灰皿に灰を落とし、毎日服を洗濯する「普通喫煙者」だ。もちろん、筆者もそうあるよう心がけている。

タバコ文化危機は、それらの当たり前を心がけず、ヤニ臭い服を着て、子供の目の高さに800度の炎を持ちながら街中を歩く「異常な喫煙者」によってもたらされているのだ。

7世紀マヤ文明において、すでにタバコ嗜好品とされていた。それが日本に、世界に広がったのが16世紀から17世紀初頭。ここまではずっと、パイプ喫煙や葉巻が「喫煙」だった。

しかし、19世紀に大きく広がった紙巻きタバコ。こんにちの喫煙者の肩身の狭さは、これを「歪んだ楽しみ方」で吸う者たちが原因であると言って過言ではない。

日本では400年以上、世界では1300年以上という長い時間の間、紫煙は人類に寄り添っていたのである

それが、ここ数十年で、タバコの楽しみ方を知らないバカのせいで、崩れ去ろうとしている。

世の異常な喫煙者ども、今一度、自分を見つめ直せ。

そしてIQOSなら歩きながらでもいいって思って吸うのマジでやめてくれ。

2017-12-24

プラントハンター」について

最近、「プラントハンター」を肩書とする方の行動が物議をかもしているようなので、思い出したこと。

あるとき、話の流れで西畠清順氏の活動外国人英語説明することになり、「彼の職業plant hunter だそうです」と述べたところ、

プラントハンター?」

と聞き返されました。

「西畠氏の家業は花や植物の卸問屋ですが、彼自身世界各地で珍しい植物を見つけてきて売買したり、イベントを行ったりしているようです。16世紀オランダチューリップをもたらしたり、18世紀ロンドンキューガーデンにある植物をもたらしたりしたプラントハンターにちなんでいるみたいです」

説明しますと、

「それを日本ではポジティブ仕事として受け止めているのか?」

と驚かれました。そこで私から

プラントハンターという職業帝国主義による植民地支配産物であることは、私自身は多少理解しています。そしてそれが欧米ではかなりネガティブに響く言葉だということも。ただ、日本人には、残念ながらそうした知識認識理解もあまりありませんし、なにより西畠氏は、プラントハンティングによってめずらしい植物を手に入れて紹介することによって人々が多様な植物に触れて喜んだり、新薬や新しい食品の開発につながったりする面に誇りを感じ、この肩書を使われているようでして」

とこたえました。すると、

plant hunting や plant hunter という言葉は、現代英語ではネガティブしか響きません。この言葉は、帝国主義による植民地資源略奪行為称揚することにつながりかねないのも問題だし、現実として、帝国時代プラントハンター行為が、原生地の植生に悪影響を与えたり、異国の植物をもたらした側の土地植物多様性に悪影響を与えたりしたことも少なくなかったのです。生物多様性条約にもあるとおり、近年は原生地植物多様性包括的に維持することが国際的に強く意識されており、たとえ有用薬品食品開発のための植物採集であっても、非常に慎重に採取すべきとされています。それなのに、日本人は未だにそのような軽々しいエキゾティズムを喜んで受け入れているのですか。」

絶句されてしまいました。(注:exoticとか exoticismは基本的ネガティブニュアンスです。本質理解せず表面的な異国情緒に惹かれるようすを表す感じです)。続けて相手は、

そもそもハンターとかハンティングという言葉も、あまり良いニュアンスではなく、せめて plant collectorとすべきでしょう。たしかに、イギリスキューガーデンは魅力的な施設であり、膨大な植物コレクションの構築に貢献したのは大英帝国プラントハンターたちですが、プラントハンティングとは、振り返ってみれば、本質的に、帝国による植民地に対する略奪行為だったのです。そのことを認識しないで、ただめずらしい植物の美しさをうっとり楽しめばすむ時代は、少なくとも英国ではとうの昔に終わっています

とも。

増田に書いてどうなるものでもありませんが、例のクリスマスツリーの一件を知り、記しておきたくなったので。

2017-07-25

恋と嘘」はなぜ作品中の社会状況をろくに描写しないのだ?

莉々奈が異常者にしか見えない

政府通達による結婚を完全に当たり前のものとして受け入れていて

根島と高崎の恋を姉か母親のように暖かく見守っている

結婚恋愛を完全に別のものとして認識しているということ?

16世紀ルネサンス期の貴婦人たちは地方領地に夫を残して宮廷近くの館に住み、夫以外の貴族男性若い芸術家たちと恋に落ちていった

しかゆかり社会ではそのようなことが許されていそうな描写はない

特異な劇中の社会制度は断片的にすらほどんど描かれない

からない、まったくわからない

2017-05-09

[] 朝鮮飴

朝鮮飴(ちょうせんあめ)は、熊本県銘菓である。餅米と水飴と砂糖独自製法で捏ね合わせ、片栗粉を塗した求肥飴の一種である

食感は餅に近い。

  

16世紀園田屋の開祖園田武衛門により作られた当初は長生飴と呼ばれていたが、文禄・慶長の役での朝鮮への出兵の際、

当時の城主加藤清正の軍はこれを携行して篭城中の兵糧として役立てたことから朝鮮飴と呼ぶ様になった。

江戸時代中期までこれは藩の買い上げで、製法管理されて市販が許されていなかった。

代々の肥後藩主がこれを江戸幕府朝廷への献上品、諸大名への贈答品として用いた。

  

当初は黒砂糖と玄米使用した淡褐色の黒朝鮮飴しかなかったが、現在は白砂糖精白米を用いた白朝鮮飴が大半を占めている。

1970年代前半には30軒以上が手がけて売上高の総計が10億円に達したが、1990年代後半には2-3億円に減少し、業者園田屋など

数軒になっている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E9%A3%B4

2017-04-14

[] バオバブ

バオバブ英名:Baobab、学名:Adansonia)はアオイ目アオイ科(クロンキスト体系や新エングラー体系ではパンヤ科)バオバブ属の

総称のこと。

  

バオバブ」の名は、16世紀北アフリカを旅したイタリア人植物学者が「バ・オバブ」と著書に記したのが始まり

もとはアラビア語のブー・フブーブ(種がたくさんあるもの)から来ているという説がある。

  

原生種がマダガスカルに6種、オーストラリアアフリカに1種ずつ存在する。

  

アフリカ諸言語ではそれぞれ呼称が異なり、ズールー語では「ウムコーモ」、ハウサ語では「クーカ」、スワヒリ語では「ムブユ」、

フルベ語では「ボッキ」、バンバラ語では「シラー」、モシ語では「トゥエガ」などと呼ばれる。

  

サバンナ地帯に多く分布する。幹は徳利のような形をしており、高さは約30メートル、直径は約10メートルに及ぶ。

最大のもの南アフリカリンポポにあり、高さ47m、直径15mである。葉は幹の上部につき、乾季に落葉する。花は白色で大きい。

果実ヘチマのように垂れ下がり、堅い。果肉は食用調味料とされ、セネガルでは「サルパン」と呼ばれる。

ビタミンCオレンジより多く、カルシウム牛乳より多いと言われる。さら種子からは油が採集できる。

また、若葉野菜として利用する。樹皮は煎じて解熱剤に用いられるほか、細かく裂いて編めば強靭ロープを作ることができる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%96

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