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はてなキーワード: 古本屋とは

2019-06-19

anond:20190619104427

古本屋

謎解きが得意そう

豆腐屋

朝起きるのが早そう

眼鏡

サバイバルとき火おこしできそう

時計

時計の修理ができそう

八百屋

漫画家になりそう

魚屋

太刀魚で戦いそう

設定映えする「○○屋のせがれ(娘)」

ストーリー上、○○の能力や要素が生かせるもので。

古本屋豆腐屋眼鏡屋、時計屋、八百屋魚屋……

2019-05-29

エロ漫画を読むけど読めない女の話

私は下ネタ過激エロイラストが好きだ。AVも観る。BLも読む。だが男性と接するのは苦手で、交際経験もない処女だ。

ここまで書いてきてなんか胸にこみ上げてくるものがあるが、一応続ける。

こんなことを書き出したのは、つい最近知り合いに「君の性観念って歪んでるよね。とてもとても胸糞悪い」と言われたからだ。

個人性的歴史というものがあり、その歴史に始まりがあるならば、恐らく私の場合物心がついたかどうかの辺りだ。

その頃私は父のエロ漫画を読んでいた。

父は片付けが雑だった。エロ漫画は、父の部屋の押入れを開けるとすぐに見つかった。父の雑な部分は多く、夜のドライブと言われて本屋に立ち寄り、青年誌のコーナーへまだ幼かった私の手を引いた。アニメとか漫画が好きだったので、漫画ちょっと読もうと思ったのだろう。そして小さな私が青年誌漫画の表紙を見ても分からないと思ったのだろう。裸や水着姿の女の子漫画表紙を、自分の膝くらいの背丈の娘がそれと認識するなんて思っていなかったのだろう。

記憶に深く残っている父のエロ漫画は、いつ読んだか忘れたが船の甲板みたいな所でX型の磔台みたいなものに何故か女の子が拘束され、やたらとゲスそうな男に乳首を舐め回されて「気持ち悪ぃんだよ!!」とキレている……というものだ。正直ここらへんの諸々が私の性癖の土台だと思う。

夜中ふと目が覚めるとつけっぱのテレビが煌々と輝いており、それがAVだった、なんてこともあった。黒ビキニを着た女性複数男性に囲まれ、何か二言三言話した後に雪崩れるように蹂躙されていた。ビキニはあっという間に剥がされ、胸を揉みくちゃにされ、はにかんでいたテレビの箱の中の女性。私は布団を頭に被ってそれを見ていた。父がどうしていたか記憶にない。眠っていたのか、トイレにでも行っていたのか、それとも私の近くでテレビを観ていたのか、記憶にない。

弟とビデオを観ようとしたある昼のこと。ラベルも何もないビデオデッキに入れっぱなしだったので、深く考えずに再生したら椅子に括り付けられた女性乳首をなんだか銀色のよくわからないもので挟まれていた。ビビった。その頃私はエロに多分に興味のある馬鹿ガキだったが、流石にこれを母や弟に見せてはいけないと思った気がする。気がするがあまり覚えていない。その場を母親に見つかったようは気もする。なんだか怒られたような気もするし、何も言われずに無言でビデオデッキから吐き出されていたような気がするが、あまり覚えていない。小学校に上がる前の記憶なので定かでない。

父はその後も私の好きなアニメアダルト番組を録画したビデオに上書きするなどの雑な手腕を見せ、再生して数分女性の喘ぎ声を聞かされる羽目になった。

(この頃、仲の良かった男子とおままごとごっこをして一緒にベッドで寝ながらスカートに手を入れられた気がするがよく覚えていない。私は喜んでいた気がする。)

(完全に当時の記憶はないが、親戚の家の壁には4歳くらいの私のほぼ全裸ダブルピースみたいな写真が貼ってあった。ぬいぐるみ付属しているフリフリエプロンを腰に巻きつけただけの幼児写真はいかがなものかと思う。)

(ちなみに弟の話が出たが、私は小学校三年生になるまで弟と一緒に風呂に入っていた。父や母とも結構なこと入ったし、小学校三年くらいまでは祖母風呂に入れてもらった。その風呂場で、私は弟の股間というか、陰部を、牛の乳搾りを連想しながら握ったことがある。一緒にいた父親に「どスケベお姉ちゃんだ」と下ネタ気味にからかわれたのが嫌でやめたが、今思うととても死にたい。弟にはとてもすまないと思っている。いくら幼く無知だったとは言え、あれは性的虐待だった。本当に後悔しているし、過去に戻れるなら自分を殴りたい。弟はきょとんとしていた気がするが、これは私の願望かもしれない。)

これまでの私のエロガキっぷりは酷いが、小学校に上がってもさらに酷い。

私は父のエロ漫画だけでは飽き足らず、父の部屋にあったエロ雑誌エロゲのパッケージなども見ていた。一度現場を父に抑えられた気がするが、怒られた記憶はない。むしろ父は私をからかったかからかうように笑っていたような気がする。頭のおかしい親父だが、私や弟が自分の好きなものに染まって欲しかったのだろう。アニメ特撮は大体父の趣味だ。母は私が父の趣味ばかり受け継いでいるのを面白くないという趣旨の話をよくしていた。

あと父のノートパソコンエロゲをしていた記憶がある。場所リビングで、夕方だった。画面では緑髪眼鏡っ娘おっさんなんやかんやされていた気がする。一人でノートパソコンを起動できたとしても、ゲームを探し出すのは当時出来なかったと思うので、恐らく父が私たち子供用と自分用のゲームを一緒のフォルダに入れていたのだろう。

この頃私は異性とやたら外で遊んでいた。幼稚園ではチャンバラをしていたし、小学校低学年ではザリガニを捕まえた。でもおままごとも好きだった。父の知り合いの子供たちとおままごとしたことがある。兄妹だった。おままごとで三人で布団に入ると、兄の方が私のパンツに手を入れた。私は喜んでいた気がする。だが、その頃にはそれがいけないことなのだとなんとなく察していたので罪悪感が募って、兄の方がトイレに立った際に妹の方に私はこう言った。

「(お兄さん)が、私のパンツの中に手を入れてきた」

私の小さな声に返ってきたのは、満面の笑みと「私も」という囁き声だった。事案である

この後も私は父のエロ漫画を読むことをやめなかった。少女漫画は三年生の頃から読み始めていたが、それでもエロに対する興味は尽きなかった。ズボン下着をずり下げて自分が触られる妄想もした。この妄想行為をあるとき我に返って父に懺悔したが、父は笑ってまぁそんなこともあるさ的な返事をしていた気がする。私はそう言われても尚、自分の行いは恥ずかしいことだと、気持ちの悪いことだと言い募ったが父は笑っていた。

同級生母親から漫画主人公イケメンレイプされたりモブレイプされたりしてなんだかんだイケメンと付き合う話)を借りたら母親に中身を見せろと言われ、問答の末に見せて「エロ漫画」とバレて叱られた。この時母から同級生母親、つまり大人が読む漫画を借りた上に隠そうとするから怪しいと思った」と言われた。

この小学生時代はそのほか色んなエピソード目白押しである

知らない老人にスーパーで名札を見られながら「オネェちゃん色っぽいねぇ、まだ小学生二年生なのに」と言われたり、父に背中を触れられ「お前…まだブラしてなかったのか?」と言われて、僅かな羞恥でキレたものなんやかんや後日デパートでブラのサイズを測ってもらったら「背も高いから、お年のわりに胸も大きいですねぇ」と女性店員に言われ嬉し恥ずかしの思いをしたり、同級生男子いじめられて服を脱がされそうになったり、同級生女子トイレの個室に連れて行かれて「一人でトイレは怖いから一緒にいて」と頼まれて壁と同化したり、遊戯王女性が描かれたカードを無闇に集めたり、古本屋で見つけたM字開脚の中絵つきBL小説を読んであまりの衝撃に吐いたり、同級生下半身露出して走り回って女子生徒が絶叫するなか女性教師たちが「ちっちゃいチ◯チ◯出して恥ずかしくないの〜?」と笑っているのに驚いたり、百合漫画に手を出してみたり、遊びに行った親戚の家にあった女性向け漫画のあまりのエグさにビビったもの興味本位でそのプレイ(氷を膣に挿入する)を真似てパンツに氷を入れて首を傾げてみたり、夜中起きて二段ベッドから下を見下ろしたら床の上で両親が下着姿で抱き合っているのを目撃したり、下着を盗まれたり、同級生男子いじめられたり……。

ディープキスという概念結構後で知ったのだが、それを知る前に弟と舌同士をくっつける感触面白いとハマっていたことがある。何度目かに外出先で、母に恥ずかしいからやめなさいと怒られてやめたのを覚えている。

母は私をませていてお喋りで恥ずかしい娘だというようなことをたまに指摘した。私もそう思うが、かと言って母も小学生の私に知り合いとのメールを見せて「罵倒」だとか「セフレ」だとかの言葉意味を聞いてきたので、なんかもう残念過ぎる親子だった。(前者の意味は『ののしたりたおすって書いて、すっごく相手のことを馬鹿にしたり悪口を言うことだよ』と説明したが、後者意味は流石に知らないフリをした)

中学生に上がるとネット環境があったのでお察しな理由ワンクリック詐欺に騙された。エロGIFエロ画像江戸川乱歩にもハマった。

学校で抜き打ち校則検査を受けた。制服をたくし上げて下着を見せるという検査方法があった。校則では白と肌色とあとは制服の下から透けないもの、と言われていた。私は伯母のお下がり下着を着ていて、それが白でも肌色でもなかったので、居残り説教を受けた。チェックしたのは女性教師だったが、近くには男性教師もいた。帰宅して母に愚痴ったが「制服の下から透けてないのに?」と言われた。

高校生の頃はネット二次元三次元わずエロ動画を見るようになっていた。

男子ゴムを持ち歩くことを自慢し、無修正がすげぇと語り合っていた。友人からは「間の楔」を勧められた。「恋をしてぇ」と語る友人もいた。

私はアンディマルグやサドマゾッホ谷崎潤一郎江戸川乱歩ラノベBL小説、様々なものにハマった。変態街道まっしぐらである。どうしてこうなるまで放っておいたのか。男子キスをする際のロマンチックムード演出したいと語っている隣で、通販で取り寄せた佐藤晴夫訳の「ソドム120日」が届いていないかとワクワクしていた自分変態である

友人から彼氏が出来たと聞いて異国の人間かと思った。

大学生になった変態ネット自慰の仕方を調べ、真似た。指を入れるのは出来なかったが、下着の上から触るのは気持ちが良かった。AVを見ながら親に隠れてやった。賢者タイム(?)が訪れた時の「自分は何をやっているんだ?」感が凄かった。

本屋バイトを始めたりもした。そこで出会った年上の男性店員ははじめフレドリーオタクのように見えた。だが、私が漫画好きだと言うと腐女子認定をされた。そして腐女子エロいという超理論でもって絡まれた。よくわからなかった。必死エロが読みたいかBLを読んでいるわけではないと反論した。事実、その頃私はBL作品で気に入ったものがあると会話がほぼないベッドシーンは飛ばすようになっていた。高校生の頃からつの間にか、恋愛を取り扱った作品で気に入ったものができると、上手く言葉に出来ないがどうしても気恥ずかしくなって(?)、ベッドシーンを一瞬読んで「重要そうな会話はない」と判断したら服を着てるページまで読み飛ばししまっていた。感情移入をしたキャラクター性交よりも、そのキャラクターパートナーと結ばれる過程が見たかった。そんなこともあり、私はベッドシーンを読み飛ばしていると馬鹿真面目に説明したが相手は「エロいことに興味ないの?」と尚も聞いてきた。嫌な奴だと思った。バイト上がりにその人は家まで着いてきて、メアドを交換することになった。挨拶の際に知っていたことだが、その人の住所は私の家とは正反対だったはずなのだが、何故かずっと一緒の道を歩いていた。シフト調整に必要からメアドを交換したが、何故か執拗に年齢を聞かれた。意味がわからなかった。

絵に描いたような馬鹿である

帰宅して、母に愚痴った。腐女子であることを母が理解してくれるとは思わなかったし、同性愛に対して大いに偏見のある人だったので、BLを読んでいることを言わなかった。あと普通に恥ずかしかった。なので、とりあえずバイト先の男性がやたらと絡んできて、家まで着いてきて歳を執拗に聞かれたと話した。母は「その男はお前に気があるんだよ。お前は化粧っ気もないからチョロそうだと思ったんだろう」と言われた。こんな地味で陰気な腐女子に気がある筈がないと思った。意味がわからなかったし、分からないのは恐怖でしかなかったので次の日からその人を避けた。するとその人は私だけを無視するようになった。普通に腹が立った。まぁでも避けたのは自分だし、絡まれるよりマシだと思った。

友人にはバイト先での一連の出来事を全て愚痴った。友人は「初対面でそれとかあり得ない。非常識」と驚いていた。件の男性に感じた嫌悪感は間違ってなかったのだな、と思った。後から、私はあの時居心地の悪さを感じていて、あの瞬間が嫌だったのだと分析した。

バイト先の本屋ではアダルト雑誌も取り扱っていたので、セクハラ発言をするお客様大勢いた。頭を触られたり、商品を渡すと私が触れた部分の匂いを嗅ぐような仕草を笑いながら見せつけられたり、ある商品を探して欲しいと言われたので応対したら何故か顔を近付けられ別の男性店員フォローされたり、フォローしてくれた男性店員に「あのお客は女性セクハラをする人だから気を付けて」と言われたり、シフトがない日に常連お客様とばったり遭遇して「お前の名前◯◯だろ?覚えてるよォ」と大声で叫ばれたり、アダルト雑誌消費税を含むと思ったよりも高いと言って怒鳴ってくるお客様もいた。

コンビニ商品棚の飲み物を選んでいたら、知らない男性が近づいてきて、私の背負っていたリュック鞄の下部分を歩きながらはたいた。最初は偶然だと思った。だが暫くして男性の手が触れた箇所がリュックの下の、底部分に近かったこと、鞄は通学用にも使っているものなのでかなり大きく、背中辺りから尻まで覆うようなサイズであったことを考え、もしや?と思った。

……なんというか今までの話の中で私を含めた登場人物殆どがロクでもないのだが、これは現代日本実在する人間たちの話です。

さて話は現在、知り合いに「君の性観念って歪んでるよね。とてもとても胸糞悪い」と言われた件に戻る。この知り合いには父親が雑なおかげでエロゲやエロ漫画に幼い頃から触れていたこと、下ネタエロも好きだがBLなどの一部作品ベッドシーンを読み飛ばすことを話していた。なんちゅう話をしとるんじゃという感じだが、思うに私は好意を持つ人間には汚点も含めた自分の話をする癖がある。頭がおかしいし、この知り合いもこんな頭のおかし人間に慕われて頭パッパラパーな話を聞かされるのだからいやもう本当にすみません

……それで、まぁ、そんな大分頭のおかしな私のことを知っている知り合いから会話の流れで「下ネタは好きなのにBLとかのベッドシーン飛ばすのっておかしな話だよね」と言われた。どんな会話の流れだとかそういったことはもう置いておくが、話を振られた私はこう答えた。

「なんというか、推しカプとかの、自分が好きキャラクターがどうこうされるのは見てられないんですけど、AVとかエロ小説みたいなのは女性役は人格のないキャラクターというか…そういう感じだから見れるんですよ」

この私の言葉に対する反応が「君の性観念って歪んでるよね。君の父親のしたことが透けて見えて胸糞悪い」だった。衝撃的だった。

相手がひとりの人間で、性格個性、そして一個人人間としての生活や生い立ちがあることを認めたうえで、性的に消費できる人間はいるのだろうか。皆多かれ少なかれそういった気持ちレイプモノや痴漢モノなどのアブノーマルで非倫理的な「娯楽」を楽しんでいるのではないか女子高生モノだってOLモノ、ナースモノだって、それを記号として楽しんでいるのではないのか?ケモミミや触手ファンタジーから楽しめるのではないか

ポルノの「キャラクター」を「個人」として性的に消費する方が難しいように思う。自分の隣にいる慕わしいと思う異性、または同性をやれ陵辱だやれ素人だとエロの娯楽に落とし込めるのが普通なのか。それはフィクションだけの話ではないのか。「この人はエロいかからヤリたい」なんて、相手人格を無いものとして扱うから来る感情なのではないのか。

AV女優の方はその人の人生があるのだろうが、画面の中でどう感じているのか考えたらもうポルノなんて観られない。

この考え方はおかしい、穴だらけだと突っ込む自分がいる。だが、もう自分はそう思って数十年生きてきたのだ。よく分からない。

私はコミュニケーション能力が欠けている。聴覚問題はないがその言葉や音声を理解する能力が乏しいらしい。加えて生育環境がそこそこ特殊だったらしく、受け応えがおかしいらしい。共感能力も欠けていて、他人が何を考えているかまりよく分からない。

おかげさまで然るべき機関に通い日々の相談などをしているが、先生上記のようなトンチキクソクソ下世話な話を素面でするのは気が引ける。

なのでこのような場所でひとさまに好奇や嫌悪感情を抱かせることを承知で書いてみた。だれか私の性観念に頷いてくれる御仁や、私のこの歪んでるらしい考え方がどう間違っているのか回答してくれる御仁はいないのだろうか。

追記

件の知り合いから「胸糞悪いのは君の性癖じゃなく両親というか環境のことを言ったのだと訂正しろ」と言われたので訂正します。

2019-05-28

被害話題をよく聞くので便乗して被害告白する

 痴漢安全ピンやら、わざとぶつかってくる男やら、TLによく流れてくるので便乗します。親にも話していません。

 前提として、私は美人でも可愛くもありません。

 ただ身長が平均より低く、大人しい自覚があります。ご老人やお子様に道を聞かれやすい人……と言えばわかりやすいでしょうか。周囲に何人もいるのに、こちらに歩いて来てまで声をかけられる。迷惑ではありませんが、私は道案内が苦手なのでいつも申し訳ない思いをします。

 それだけです。

 大人しい女というだけで、これまで何回かの性被害に遭いました。

 以下に書いていきます。店や年齢などに多少のフェイクを含みますが、被害自体はすべて事実です。一部不快になる表現を含みますので、ご注意ください。

 小学校中学年、大手古本屋にて。

 立ち読みをしていたら、後ろからお尻を触られました。さわ、じゃなくてむぎゅ!です。握られた感じ。

 驚いて振り返ると、歩いていく犯人の後ろ姿が見えました。弟?なのか、私とそう変わらない背丈の男の子の両肩に手を置いて、前を歩かせていました。

 そこは少女漫画コーナーで、私と彼らしかいませんでしたので、犯人を間違うということは決してありません。

 高校生接客バイト時代

 ホームレス風の男に目をつけられました。

 何週間も風呂に入っていないような、饐えた臭いのする男です。その男が帰ったら、男が通った後にファブリーズをかけるのがお約束になるほどキツい臭いでした。必ずお手洗いに寄るので、その個室はしばらく使用禁止です。髭は当たり前に剃っていないし、服も臭いし、髪も整えていないので勝手ホームレスと思っていましたが、噂によると生活保護を受けているとか。

 男は、私がいる日はほぼ毎日アダルト雑誌を買っていきます。当然のことながら、いつも私がいるレジにやってきました。

(前述した通り、私は特別可愛くも美人でもありません。ただバイトで一番若いのが私でした)

 その日は何百円ごとに引けるクジ引きのキャンペーンがありまして、男にも引かせました。ハズレか、何か当たったのかは覚えていませんが、男はクジの商品代わり?にお誘いをかけてきました。買ったアダルト雑誌を見せつけて「男はいつもこういうものを読んで◯◯◯を◯◯◯◯ておくんだよ」だの「これは◯◯◯◯っていってね」「今度◯◯で会おうよ」と放送禁止用語オンパレードです。

 私はひたすら「そういったサービスはありませんので」と言って、その十分間のセクハラ悪臭を耐えました。

 こう書くと反感を買うでしょうが生活保護ホームレスお金がない=ろくにお金も払えないのに、無料でそういった行為ができると期待されていたのかな、と思いました。

 私程度なら押せばいけるとか、アダルト雑誌購入ついでの付録程度に思われていたのでしょう。何万円で〜と援助交際を持ちかけるのも悪質ですが、これも悪質と言って良いのでは? お金を払えばいいというわけでもありませんけど。つまり私は無料の女では? 少なくとも、その男の中ではそうなのでしょう。クジ引きついでですし。

 周囲にまばらに人がいる午前中の犯行でした。

 セクハラ最中、助けは入りませんでした。周囲もどうしていいのかわからないといった雰囲気でしたので、それはまあしょうがないことと思います

 その後、男が来たら私はバックヤードに隠れるように言われました。男は20〜30分間店内をうろつくようになって、私はその間バックヤード掃除くらいしかできませんでした。

 別の店でバイト時代

 店員女性ばかりでしたので、被害は私だけではありません。

 無言電話セクハラ電話もかかってきます。「下着は何履いてるの?」という電話の時には、「お電話が遠いので」と「ご予約ですか?」を何度も言っているうちに電話を切られました。

 そういった電話は、主婦パートさんたちがいる時間帯よりも、学生がいる夕方に多くかかってきた覚えがあります

 他にも総武線でのお誘い、兄の友人からの直接的なセクハラなどありますが、特に覚えているのは上記三つです。

 だから安全ピンを認めろとか、生活保護はうんぬんという話ではありません。ただ私程度の女がこれだけの被害に遭っているのだから、これ以上に酷い目に遭っている女性もいるはずです。この現実を知らなかった男性には知ってほしいし、もしパートナーがいるなら、それとなく気にかけてあげてほしいと思います性犯罪者は、顔も場所時間帯も関係なくやってきます

2019-05-17

anond:20190517160930

社会的役割を持って出版社はやってたんだよ

そんなことはない、あったとしても「大学の近くにある古本屋出版社みたいな零細学術書出版社」みたいなやつ位だし、その手の出版社ほとんど潰れちゃってて存在してない。出版業のこと分かってなさすぎぃ!あの人たちは金の亡者だよ。良い意味でも悪い意味でも。文化担い手だぜ!なんて思ってる人の方が少ない。ド大手でもそう。

2019-05-12

anond:20190512150514

正直、図書館かにいるあまりCG意味がわかってない人たちが専門書だとおもって買ってた

雇用につながるといわれていたマイクロソフトオフィススペシャリストとかの資格商法とおなじで役人は内容がないものでも表題さえよければ騙されて買っちまう

 

サル鉛筆をもてるようになっても、そもそも何のために鉛筆必要かをわかってなければ道端に落ちているバナナをとって鉛筆を放り捨てる

 

本屋さんにいくと一時期かならず買った本の袋に資格取得講座(取得できるとはいっていない)のビラかオーネットお見合いマッチングサービス)のビラが入ってた時期があったけどそれと同じようなもん>元増田にとっての3DCG

 

まず自分はこういうものを作りたいというビジョンなり絵コンテのようなものがつくれなければ

どんなに丁寧に差し出された道具でも意味がない

 

 

って煙に巻いてもかわいそうだから一つおしえてあげると

古本屋(ぶっこふでいい)のパソコンムックコーナーにSAI講座の本、イラレの本とか3DCGの本とかたくさんある

中身ぱらみしてこの絵の画風は絶対にモノにしたいと思うのがあれば

その前後を読んで表題ソフトでこれ全部できると書いてあるかちゃんと調べる(たいてい「別のソフトも使った」とかかいてある)

 

そうして必要ソフトを探した上で自分ビジョンに取り組め

中古になってる時点でハズレばっかりということもあるだろう

その時は立ち読み可能書店図書館で探すしかないけどぶこふより少ない

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

2019-05-08

anond:20190508012205

なんかさーああい叢書って場末古本屋かに埋もれてそうじゃん

そういう所からひょっこり掘り出せれたりしねえかなあって妄想してる

2019-05-07

父はアスペ気質だった。

自分も同じような気質から、今になって父の大変さがわかった。

アスペ気質人間社会でやっていこうと思ったら、「ありのまま自分」という言葉を信じたら手痛い目にあうということを。

アスペ気質ゆえ周囲から舐められ馬鹿にされ押し付けられ、それでも些細な形成逆転を時にするために、理論武装自分しか出来ない事を磨き上げる。愛想よくしていい相手とそうでない相手も見極める。アスペ気質理想家だからこんな自分が凄く嫌になることもある。

それでも頑張るのは、家族のため、子のためだったのだろう。

自分の今までを肯定しないとやっていけなかっただろう。気持ちだけでも肯定するために、酒の力を借りる。タバコも吸う。家族の前で再び理想自分を演じるために、どこかでリセットしなければ頭の中が情報過多でおかしくなりそうだから、父は、必ず家に帰る前に寄り道をしていた。パチンコだったり、本屋だったり、安い立ち飲み屋だったり。そんな父を、母は、自分ばっかり楽をして!子育て押し付けてと怒ったり、アスペ気質の父を、スマートじゃない面白みのない人望のない男と子供たちに腐していた。ならば自身馬鹿にしているそういう男にしか選ばれなかった母も母だが。

からも愛されず、子供たちも妻に習い軽んじる。父の心の拠り所はなんだったのだろう。

のしんどさもわかる。私は発達障害の気があり何度も学校に呼び出された。子供に対し何もしてくれないと嘆き、たまに遊園地に私を連れて行ったら、いいとこ取りしていいわねと腐していた。生まれてきてごめんなさいという気持ちに何度もなっていたが、父は外遊びが苦手な私に、母のようになんで外で遊ばないの?友達がいないの?と急かすことは一切せず、好きな漫画の話をして盛り上がったり、古本屋さんでいっぱい本を買ってくれた。

今思えば、父は自身と同じ気質の私と気持ちに寄り添ってくれたのだと思う。

父の癌が発覚したのは三年前。死んだのは去年だ。あれほど腐していた母なのに、献身的介護をしていた。ホスピスに行こうか、ほかの名医と言われる先生のところに行くんだと必死病院を探し回っていた。尻を叩く母が居なかったら、私も社会生活を営めたかどうかも怪しかった。

母も年々弱くなってきた。

結婚も出来ず、子供も残せず、親不孝で、なんのための生まれてきた子供なんだろうと自分のことを不甲斐なく思うこともあるけれど、生まれてきたことじたい、許されてきたのだと思う。

つらつらと思うことを語りました。見てくれてありがとう

2019-04-28

anond:20190428015710

同人とかコミケとか全然知らなかった頃に、高校の友人がその手のアンソロをなぜか強引に貸してくれて、まこ亜美にハマったなぁ。セーラームーンでこんなのありか、とびっくりしたが。

ただ、その当時、和田慎二先生の昔の作品古本屋さんで出会い、強い女性主人公が可愛らしい女友達イチャイチャするシーンを読んで(多分『怪盗アマリリス』か『スケバン刑事』かな?)ある種、物語の本編以上になんかすごくドキドキしてしまった。

こういうのが百合っていうのを知ったのは、この10年以上後の話だけれど。

和田慎二先生、遺作の『傀儡師リン』でも百合っぽいシーンが結構あったから、今ならガチガチアクションバトル百合で名作を、と思えて残念。萌え燃えの両輪で面白かったんじゃ?

そんなわけで自分場合セーラームーン(というか「まこ亜美二次創作)と和田慎二作品百合きっかけかなぁ。バトル百合

この辺り、たしかコミック百合姫百合ヒストリー特集とかでも、あんまり取り上げてもらってないかも?

ゆるゆり』みたいな日常系楽しいけど、セーラームーンセーラーギャラクシア(原作版)、麻宮サキと海槌麗巳みたいな強烈なライバル百合を読みたいなぁ。歴史に学んで、どなたか描いてくださらないだろうか。

……ミラクるんとライバるんがいるって?

2019-04-20

数年ぶりにさくらと対面した

久しぶりに会ったあいつはまだ中学生だった

おれとさくら出会った頃はお互い小学生

なんならさくらの方が少しお姉さんでカードキャプターする姿に憧れていた

ある日の回でローラーブレード疾走するさくらパンツが見えそうだった

見えてなかったけどおれには見えた気がしてドキドキした

初恋だった

夢中になって近所の古本屋さんを巡って同人誌を探したしゲームセンターフィギュアを見つければ救出した

パソコンを手に入れたおれはさくら画像を集めた

とにかく集めてずっと眺めていた

そんなある日ふと気付いてしまった

どんなにさくらを集めてもこっちの世界さくら実在しないのだと

そんなの当たり前だ

そう思うかも知れないが当時のおれには衝撃的な事実で本当に涙した

どうやってもさくらには会えない

それ以来おれはさくら無視することになる

そして今日数年ぶりにさくらと対面した

おれはキモくないし金もあるアラサーのおじさんだった

君が中学生になるまでの間におれは数十年を時を過ごした

いつさくらに会っても大丈夫なように頑張って勉強していい職について自分を磨いた

少し画質の上がった君はやっぱり可愛くて

でもこの年の差はもう埋められないと気付いたら数年ぶりに視界がボヤけてしまった

昔は応援しきれなかった君の恋を応援したいと思えたおれは少し大人になったみたいだ

明日から新しい恋を探そう

2019-04-05

ツイッターでたまに

古本屋めぐったけどなかった……とか

CD売ってなかった……みたいな投稿見かけるんだがこういう人ってどういう世界に生きてるんや?

2019-02-26

本の入手方法について

本を入手方法を大きく分けると以下の4つになる。

1.書店で定価で買う。

2.古本屋安く買う

3.貸本を借りる。

4.図書館や知人から無償で借りる。

本を定価で買うだけの経済力がない人は2〜4の方法を選ぶ。これは昔からそうで情報は欲しいが金がないという人はそうするしかない。

 

では、本を売って生計を立てている人たちはどうすば良いだろうか。考えられる方法は以下のものになる。

1.紙の本を高値で売り電子書籍安値で売る。

2.古本貸本の売上から印税をとる。

3.電子書籍のみを販売する。

4.電子書籍レンタル制にする。

5.電子書籍を定額制にする。

消費者が本の複製や転売が面倒だと感じる仕組みを作れば皆が得をし幸せになれる。

2019-02-09

宇野常寛善良な市民)さんの歴史(1/5)

今私が非常に面白がっている人物宇野常寛さんという人がいます

この人はネット上でサブカルチャーへの評論を展開し、その文章を買われて(?)ライターとしての活動を開始、現在SFマガジンという雑誌評論ゼロ年代の想像力」を連載しており、オタク評論の新たな地平を切り開いた巨人東浩紀敵対したり、一緒に酒を飲んだりしています

要は上の世代にもある程度期待されている新進気鋭の評論家さんです。

その主張は苛烈で痛快です。「評論世界は十年遅れている」と言い放ち、その十年を取り戻す作業自分仕事だと宣言しています。上の世代評論家はすべて「現状認識できていないノスタルジー中年でもはや害悪」、萌えに耽溺するオタクは「『酸っぱい葡萄状態のどうしようもない奴ら」と無手勝流の撫で斬りで片っ端から斬り捨てます

この人の活動の遍歴をまとめてみると面白いのでは? と思いこの記事を書いてみました。

北海道にて全寮制の男子校に入る。ここでの経験がその後の宇野さんの方向性を決定付けます。元々オタク率が高い田舎進学校、加えて異性がまったくいない寮生活という住環境……。それは寮生の九割がキモオタという地獄絵図。ここで宇野さんは大嫌いなファンタジー小説新刊が出るたびにむりやり読ませられて感想を聞かれる、などの地獄のような責め苦を受け続けます富野信者サブカル系宇野さんには美少女ビキニアーマーを着て大冒険をするような話は耐えられなかったのです。

なぜ宇野常寛があれほどまでに萌えオタを敵視するのか? それはこの寮生活でのトラウマがすべての原因なんです。宇野さんが萌えオタを攻撃するのはこの頃の復讐なのです。

寮生の半分は卒業後に「引きこもりギャルゲーマー」になったそうですから相当屈折した人たちが集まっていたことが覗えしれます。そして、「恋愛したくてもできないかギャルゲーに逃げるオタク」をいっぱい見た宇野さんは「性愛コンプレックス」にこだわるようになります

同じ嗜好性を持つ人間がまったくおらず、一人で古本屋に行き「アニメック」のバックナンバーを買い集めていた宇野さん……。この時に趣味を共有できる仲間に出会えていればその後の人生は大きく変わったでしょう……。

この辺の話は旧惑星開発委員会コンテンツ「善良な市民のオタク黒歴史」というエッセイに詳しいです。

高校卒業し、宇野さんは寮生活から解放されて浪人生活に入ります。ここでどんな風に過ごしてたのかはあまり語られませんがPLANETS第四号によると「楽しすぎてさら浪人した」と書いてありますので、キモオタ軍団から解き放たれたのがよっぽど嬉しかったのか勉強せずに遊んでいたようです。

しかし、そこはやはり浪人生。二年間もの浪人生活でキャンパスライフへの憧れはどんどん膨れ上がっていきます。未だに「大学生活」や「サークル」に拘るのはここに起因があるとみて間違いないでしょう。

ところで思春期男子校で過ごし、その後二年間浪人……ってことは宇野さん、ヤラハタですか?

そして、立命館大学入学関西移住大学に入った宇野さんはサークル自己紹介名簿を見るのが趣味となり、サークル内での「立ち位置」や「キャラ設定」について考察するようになります。おそらくは自慢のコミュニケーションスキルを生かしてサークル貴族となり、カーストの下位にいる人間宇野さんによると「毎日辛いけどサークル抜けると友達がいなくなるから抜けられない人間」)を苛め抜いていたんじゃないでしょうか。

そして在学中、おそらく三年生か四年生の頃に「善良な市民」というハンドルネーム2002年1月に「惑星開発委員会」というウェブサイトを開設します。それまでのテキストサイト(単なる日常を痛々しいほどの過剰な修飾で必死面白話に仕立て上げようとするサイト)に違和感を持っていた宇野さんは一人ではなく友人を誘って複数人運営

主なコンテンツアニメ漫画作品複数人レビューする「クロスレビュー」、90年代サブカル文化人事件考察を加えて紹介する「惑星開発大辞典」、宇野さんが出会った痛いオタク面白おかしく描くエッセイ善良な市民オタク黒歴史」などです。

複数人運営していること、宇野さんの広範なサブカルチャーへの知識、ひたすら萌えオタを攻撃する芸風、まったく洗練されてないごちゃごちゃしたサイトデザインなどで話題になります

特に萌えオタへの強烈な煽りは当時のオタクたちを刺激し、某掲示板スレッドが立ち「萌えオタは現実逃避してるのか?」と論争が巻き起こるほどでした(当の宇野さんは萌えオタ批判は「過剰な方が面白いかエンターテイメントでやってる」と掲示板ネタバラシしていました)。

しかし、おそらくは就職メンバープライベートが忙しくなり、クロスレビュー更新することが難しくなります。また、萌えオタ批判マンネリ化し、一本調子になってしまい、読者にも飽きられ始めてしまいました。そうして宇野さんは更新への意欲を失っていき、更新を止めてしまます活動停止、実質の閉鎖です。最終更新2003年4月になっています

続き

https://anond.hatelabo.jp/20190205070002

2019-01-27

大東京ビンボー生活マニュアルという漫画

マイナー漫画だと思ってたんだけど、Webを見てるとたまに見かける

直近だと、知人がTwitter言及してた

20年ぐらい前に古本屋で5巻セットを買って、パン床の漬物イメージだけ残ってたんだけど

以前からWebでしばしば見かけるなぁ、とおもって

実は影響力の強い作品じゃないかと思い始めた

電書があったので読み返してみたけど、その日のお金が100円くらいで生活できたのは、時代的なものかなと思った

多分、貨幣価値は変わったけど、当時のノリで生きている人もいるような気がしたので

大東京ビンボー生活マニュアル2019を読みたいと思ったんだけど、知らないだけで割とあるんじゃなかろうか

おしえてほしい

2019-01-23

anond:20190123131755

実際どういう運用になってるか知らんが、古本屋エロ本が売ってるのは事実じゃねえか。

大体TENGAも売ってるから風営法コントロール下なのかもしらんが。

2019-01-19

何がしたいのか分からないまま人生が終わった

小さい頃から逃げてばかりいた。

近所の子供たちが遊んでいるのを離れたところから見ているだけの自分に、親は「よして」と言うように教えてくれた。漢字で書くと「寄せて」になるのだろうか、仲間に入れてほしいというような意味だ。ついに一度も言わなかった。

家の中でばかり遊んでいた。本もゲームもそれなりに与えられてたので退屈はしなかった。テレビアニメ特撮をやってるときだけ見ていたが、ドラマ歌番組には興味がわかなかった。

幼稚園小学校は真っ暗なジャングルだった。そこら中に猛獣が潜んでいて、油断すると噛みつかれる。顔も名前もわからない「ともだち」たちから笑われ、小突かれ、追い回された記憶ばかり残っている。

教室にいると何が飛んでくるかわからいから、隠れ場所を探して校内をさまよった。目を閉じたら何をされるかわからいから、まばたきするのも怖かった。

このまま公立中学に行ったら殺されるに違いないという親の判断進学校を目指すことになった。進学校が何なのかもよく分からなかったが、言われるままに頑張った結果まあまあそこそこの私立に引っかかった。

公立を知らないので私立がマシだったのかどうかは分からない。同級生は相変わらず猛獣の群れだったが、目立った不良グループとかはいなかった。大きな図書室があったので、空いた時間に通いつめた。帰り道にあった古本屋お気に入り場所だった。家からバスで一時間くらいかかったが、本を読むには丁度よくて時々乗り過ごした。

せっかく入った進学校だが、勉強を頑張った記憶は無い。授業中は教科書落書きばかりして、溜まった妄想秘密ノートに描き連ねた。入学後に部活を選ぶ機会があったが、入ろうとした部の先輩に初回で約束をすっぽかされてそのまま無かったことになった。中高一貫だったので何の区切りもなくただ学年の数字だけ増えていった。

高校を出たら大学へ行くものらしいとは聞いていたが、受験の仕組みとかはまるで理解しておらず模試センター試験区別もついてなかった。どの大学に行きたいのかと言われても特に思いつかなかったので、自分の成績で向いていそうな学部適当に受けた。

一浪して隣県の国立に入り、仕送りもらってアパート一人暮らしを始めた。山と田んぼばかりの実家と比べるとずいぶん都会だったが、主に利用したのはスーパー百均古本屋古ゲーム屋くらいだった。アルバイトはせず、与えられた金額範囲いか生活するかばかり考えていた。

講義はどれも興味深かったし、図書館も大きかった。パソコンインターネットにも初めて触れた。けれど溜まっていくのは雑学ばかりで、何を目指して進めばよいのかが分からないままだった。

この頃には周りの人間猛獣ではなくなったが、自分から近づく気にはなれなかった。声をかけてくれる人もいてサークル活動などもやってみたが、結局はどの付き合いも長続きしなかった。人と関わって舞い上がる自分への嫌悪感と、夢や目標をもって進む人への劣等感で押しつぶされそうだった。

ノート落書きは続いていたが、書けば書くほど自分空っぽさを見せつけられた。オリジナルだと思っていた設定もデザインも誰かの真似でしかなかった。愛も理想言葉だけで、何一つ信じてなんかいなかった。

つまづきながら単位は取っていったが、論文が書けなかった。研究したいテーマなんて何一つ思いつかない。自分がやりたいことも、やるべきことも、できることも何も見えなかった。院に行けるような頭が無いのは分かっていたし、学んだことを社会で役だてるイメージもまるで出来なかった。

あてがわれた研究室で無意味に悩んでくすぶって、二回留年してから卒業した。教授に与えられたテーマそのままに本とネットでかき集めた文章をつぎはぎしただけの卒論を提出して、実家へ逃げ帰った。

家でただ寝ているわけにもいかないので就職活動をはじめたが、大卒肩書きしかない、やりたい仕事もできそうな仕事も分からない人間を雇ってくれる会社など見つかる訳がない。取りあえずどこでも良いので働いてみてから考えればという助言に従って、隣町の食品倉庫で時給労働をすることにした。取りあえずのはずだったが、そのまま十数年たった。

肉体労働苦痛だったが何年かすると慣れた。基本的には書かれた数字にあわせて箱を動かすだけなので頭を使う必要は無い。周囲に人はいるが朝の挨拶トラブルの報告以外で話すことは無い。毎日たくさんの箱が出荷されていくが、買い手のことはラベルに書かれた名前しかからない。ただただ箱を運び続けている。

学生アルバイトでも務まるような仕事から給料もその程度だ。実家住まいのおかげで多少の貯金はできたが、病気などで大きな出費があれば簡単に消し飛ぶだろう。別の仕事を探すべきだったが、こんな簡単仕事ですら苦労する自分に他の仕事などできるだろうかと思うと身動きが取れなくなった。

日々の暮らしのものには不満は無い。食べるには困らないし、仕事上のストレスくらいなら家でお菓子を食べてゲームしていれば解消できる。会社以外で人に会うことがないので服にも身だしなみにもこだわる理由が無い。特に行きたい場所もないし会いたい人もいない。飲まないし打たないし買わない。

このあいだ四十歳になった。独りのまま四十を過ぎると妖精になるなんて言ったもんだが、実際に妖精郷というのはこんなふうかも知れない。苦労が無い代わりに、新しいことも起こらない。小雨の降る午後のように、静かにただ夜を待つだけの時間

今週は先週と似たような週だった。来週も同じだろう。来月も、来年も、かわりばえのしない日々がただ続いていく。そうする内にいずれ親が倒れる。そして自分が。人生に残された大きなイベントは、もうそれくらいしか無い。

すでに自分人生は終わった、と思う。死んでいないだけで生きてもいない。小さな目標はいくらでも立てられるけど、それが他の何かにつながっていくことが無い。

自分は何がしたいのか、考えても結局わからないままだった。空っぽのまま生まれ空っぽのまま死ぬのだと思うと、少し寂しい。

2019-01-14

古本屋の本がさわれない

汚い絶対汚いと私のGhostがささやくの

2019-01-01

雑誌文庫本が30年後に無くなるのは当然として、市場書籍はどうなるのか

anond:20190101181441

紙の雑誌文庫本が30年後に無くなるのは当然だし、日本ハードカバーほとんどないので書店は無くなる。

それはいいとして、

市場流通した、紙の書籍はどうなるのかが関心事。

いくら大事に所蔵してたとして、いずれはその所有者も死んでいなくなり、

ほとんどの家庭から書籍中古古本)に売りに出されるか資源ごみにだされるかだろうな。

ただ、受け皿になるブックオフみたいなところは、紙の本が売れないんだから、一足早く消滅しているはずだ。

細々とした古本屋が、すべてを抱えてくれることもないだろうし、書籍は失われていく。

このとき

せめて中身の内容だけでも自炊してPDFにできれば、書籍を捨てても

家族の故人の読んだ本として、子孫にも読ませてやれるそういうデータ保管も可能だったろうが、

出版社は、自炊代行を違法にしてしまったので、それは叶わないんだ。

から、家庭から書籍は、ただ純粋に、失われる。

書籍は、図書館という名の博物館に保管される遺物になるだろうな。

2018-12-24

400万あったら本買うなー

これもいわばコンテンツへの課金である非難割合は減ずるだろう。

なんでかな。タメになる度合いかな。

ソシャゲが役に立つのは本人の気持ちに対してだけど、本もまあそうだ。

物体があるから古本屋で売ればいくばくか返ってくるとこが違う。

じゃあ映画はどうかな。400万円分の映画

俺は映画見ない輩だからやらんけど3000本くらい見れるのか?

そんだけ見たら映画通を気取って全然良いと思う。

コラム書けると思う。

ソシャゲコラムは書きたい人多そうだし楽しく読める人もその分いるだろう。

お金払って読んでくれるかは両者とも微妙だ。

金銭感情的にリターンがうっすいうっすい投資馬鹿にされたり、自分で嫌になってしまう。

からソシャゲないしギャンブル投資ではなく自傷なのだ

2018-12-09

初めて失恋したら帰省してた話

☆はじめに

・滅茶長いです。数えたら4000字ありました。3000字のレポート課題は一向に進まなかったのに、皮肉ものですね。 

フツーに、私達のことを知ってる人が見たらああアイツ等のことか、と分かるんじゃないかと思います。気づいても、出来れば、自分の心に留めておいてくれれば幸いです。とはいえ、あの人はきっとこれを見ても怒ったりしないだろうけれど。



__________

20歳の冬、恋人と別れた。

あの人は違ったけれど、私にとっては初めての恋人だった。1年2ヶ月の記念日喧嘩して、1年2ヶ月と2日目に直接顔を合わせて、話し合って、2人で決めたことだった。心残りはなかった。

…はずなのに、気付いたら、私はゆうちょ銀行でありったけのお金おろしていた。そしてその足で駅へと走り切符を買って新幹線へと飛び乗った。行き先は実家の最寄駅。正直何も考えてなかった。ただただ本能の赴くままに、私は帰省してしまっていたのだ。

新幹線の中で父に「急にごめん、今から帰ってもいい?」とラインしたら、すぐ既読が付いて、それから10分後くらいに「分かりました。駅まで迎えに行きます」と返事が来た。母親にも同じようなラインをすると、「おにぎり味噌汁ならあるよ」と返ってきた。

新幹線に乗っている間、私はずっと車内の電光掲示板を眺めていた。色んなニュースが流れていたけれど、ひとつも内容が思い出せない。ただひたすらに、駅名がひとつずつ西にずれていって、目当ての駅がくるのを待った。

2時間半くらい過ぎた頃、新幹線はやっと駅についた。父から駅前牛丼屋の横に居るとの連絡が来て走ってそこまで行ったのに父がいない。ついたよと送るともうすぐ着くと返事が来た。"居る"の意味知らないのかな、父。

3分くらい待っていたら父の車が見えた。父は何も聞いてこなかった。ただ嬉しそうに、明日上司競馬に行く予定だったけど無くなりそうだということを教えてくれた。私から最近車校路上教習に突入したこととか、最近急に寒くなったこととかを話した。

からは45分くらいで実家についた。チャイムを鳴らすと母がドアを開けてくれた。お風呂沸いてるよと言われ半ば強制的風呂場に連行された。ひとり暮らしの家は狭いユニットバスで、いつもシャワーで済ませていたから足を伸ばして浴槽に浸かるのは久々だった。足先から体が温まっていくのを感じた。

30分くらいで風呂から上がり、居間に行くとおにぎり味噌汁からあげと餃子ゆで卵が用意されていた。昆布おにぎりを半分と味噌汁を少し飲んだらお腹がいっぱいになってしまたから、残りは朝食べることにした。父は知多をロックで呑んでいて、「知多?珍しいね」と言うと「中身は違うけどね」と言われた。本当の中身は過去ツイッターで不味すぎると炎上した伝説を持つトップ●リュのウイスキーだった。

そんなこんなしていると夜中の1時を回ったから、父におやすみを告げて2階の寝室に上がった。キングサイズのベッドに横になった。5分くらいすると、母が部屋に入ってきた。ベッドに座って私に一言、「頑張ったね」と言った。

その瞬間、私の両目から噴水のように涙が溢れた。元旦デパート開店直後みたいに、ものすごい勢いで色んな感情がとめどなく流れて来た。辛い。寂しい。苦しい。悔しい。なんでこうなっちゃったの。もう前みたいに遊べないの。もう好きだよって抱き締めてもらえないの。もうどの街に住もうか?なんて戯言を言い合えないの。もう、2人で添い遂げ合う人生は遅れないの。

母は、ひたすら「頑張ったね、もう充分やれることはやったもんね、辛かったね」と私の背中を撫でてくれた。そのあとに、「でも、色んな楽しいこととか初めての経験とか素敵なモノも沢山貰えたんだから、嫌な思い出にしちゃ駄目だよ。」と言った。

19歳の秋だった。

私とあの人は、同じサークルでひと夏を過ごした。かなり厳しいメニューをこなす日々で、春には名前も顔も知らなかった私達が夏が終わる頃には家族よりよく会う存在になっていた。

夏が終わるとサークル活動も一段落し、私達は顔を合わせることが減っていった。そんな時、あの人からディナーに誘われた。

他の同期も来る筈だったのに、何かと来れなくなり、2人になってしまった(これがあの人の策略だったのか、本当に偶々だったのかは結局分からずじまいだった)。2人でやっすい店に入って、色んなことを話した。好きな音楽、好きな作家高校生の頃の話、過去恋愛話。私が中高ヒエラルキー最下位大学デビュー女のため恋愛経験0の喪女であり、その当時自分アプローチしてくる人がいたのだがどう交わせばいいかからないと相談したら、フフッと笑って「ぶっ飛ばしたいなあ、そいつ」と言われた。一瞬ん?と思ったけれど、「ホントそうだよね~」などと軽く流した。

正直、全く意識していなかったのだ、恋愛対象として。ひと夏を共に過ごしたかけがえのない大切な同期、という認識だった。だったのに、やっすい店から出たあと、そんな私達の思い出の練習場で、告白された。午前2時くらいのことだった。

その時も、急に涙が溢れて止まらなかった。信じられなくて、嬉しくて、少し申し訳なくて、何より私が本当は心の奥でずっと惹かれていたことに気付かされてしまって。

あの人はそんな私の手をずっと握っていてくれた。「でも私、多分中学生みたいな恋愛しかできないよ?」と震えながら言うと、「ロミジュリジュリエットだって中学生なんだよ。」と笑って更に強く握りしめてくれた。その温もりがとても気持ち良くて、私達は手を繋いだまま眠った。

朝の6時頃に目が覚めると、夢じゃないんだと隣から聞こえる寝息に心臓バクバクした。そうしているうちにあの人が起きて、不意に抱き寄せられて、キスをした。それが私にとっての、ファーストキスだった。

その日から私達は、所謂"恋人同士"になった。数え切れないほどデートをして、旅行も行って、一緒に大学の授業を受けて、お互いの家にも行き来した。

デートは、本当に色んなところに行って色んなことをした。映画を見たり公園ピクニックしたり気になる飲食店を片っ端から当たったりショッピングモールで服やコスメ吟味したり美術館考える人の真似をしたりディズニーに行ったり(私にとっての初ディズニーだった)、割と付き合いたての頃古本屋に行ったらエロ本だらけで少し気まずくなったこともあった。

ラブホだって、行った。勿論私にとっては初めてだったけれど、何気ない会話の中であの人は初めてじゃなかったことが判明してしまってそれはもう死ぬ程泣いたな。

デート以上に、私達は沢山沢山体を重ねた。週に1、2回くらい私の家に来てくれて、近くのコンビニまで手を繋いでお酒を買いに行った。気取ったジャズなんかをかけながらお酒飲んで、ほろ酔いセックスするのが本当に大好きで幸せだった。

いつも一緒だったな、と思う。毎日のように好きとか愛してるとか言い合って、自撮りを送って褒め合ったり、記念日には詩を送り合ったりして、サイコー幸せな日々だった。

…だったけど、会うごとに、知るごとに、着実に違和感が大きくなっていったのも事実だ。

最初は、私が話しているのにスマホを見ているとか、そんな程度だった。

けれど、それは次第に、私の話になった途端全くつまらなさそうになる(電話だったら寝られる)、私の誕生日を忘れる、逆に誕生日を祝ったら明日忙しいからと電話を切られる、ご飯を食べる約束をしていたのにやっぱり家で食べるとドタキャンされる、自分が忙しくなるとライン一つくれず放置される、そして私が貴方のこういう言動が嫌だからどうにかならない?と話しても自分はこうしたいからと全く歩み寄ろうとしない、というふうにどんどん根本的なところに及ぶようになっていった。決定的に考え方や価値観が違うことに気付くのにはそれ程時間はかからなかった。

けれど、気付いたときにはもう遅かった。私は、完全にあの人に依存してしまっていた。傷ついても、傷つけても、別れることが出来なかった。本当に毎日が辛くて、耐えられなくて、覚悟を決めて別れようと言っても、本当に別れたいの?と子犬のような目をして聞くあの人から離れることはどうしても出来なかった。

 

から最後の数カ月間はお互い深い話を避けるようになってしまっていた。悩みごとや将来の話はお互い他の友人に話すようになり、2人で話すのはこのツイートがどうとかおっぱいがどうとか、本当に俗っぽい上辺だけの話題だけだった。

1年2ヶ月の記念日にした喧嘩は、それ自体はそんなに重要トピックではなかった。ただ、限界だったのだ、もう。お互いに、これまで少しずつ感じて来ていた"違和感"ゲージが、この喧嘩で満杯になってしまったのだ。

1年2ヶ月と1日の日、多分これは別れるな、と思った。頭では理解していたのだ。けれど、心が、それを受容しなかった。初めて付き合った人と結婚したい、要は一生一緒にいたいという典型的少女漫画脳と、あの人とならそれが出来る!という付き合いたての頃の自分幻想、そして何よりもまだ体験したことのない、失恋がもたらす精神的苦痛というものへの恐怖が決断邪魔をした。

から、1年2ヶ月と2日目に、決めきれずゴニョゴニョしていた私にあの人が「もう頑張らなくていいよ」と言った瞬間、スッと楽になる感覚がしたのだ。それからは驚くほどスムーズに、そしてお互い納得できる形で、私達は別れ話を終えた。最後挨拶は「じゃあ、またね」だった。

何も後悔は無かった。あれほど恐れていた失恋苦痛も感じなかった。むしろ、あの人と今までより素敵な関係性になれるのではないかという希望すら見えていた。

のに、私は、気付いたら、実家を目指して駅へと走っていたのだ。

多分、母は全部分かっていたのだと思う。父だって察していたのかもしれない。私が、初恋の人と結婚たかたことも、本気で恋人に一生を添い遂げようとしていたこと、そのために沢山沢山頑張ったこと、でもそれは結局報われなかったこと、依存や執着もあったけれど、私があの人を本気で好きだったこと。私が、本当は沢山沢山泣きたがっていること。

そう。好きだった。本気で好きなつもりだったんだよ、ずっと。ずっと一緒にいれると思ってた。だから、頑張った。初めてで、何も分からなかったけど、頑張れば一緒にいれると思ってたのに。あの人も、あの人と作り上げてきた時間も思い出も失わずに済むと思ったのに。

私はただひたすらに、思いっきり泣きまくった。そしてそのまま眠りに落ちた。母はずっと、私の横にいてくれた。

次の日、目が覚めたら昼の12時を回っていた。居間下りると父が録画した吉本新喜劇を見ていた。母はお茶を沸かしていた。私は昨日残したおにぎりと新しいおにぎり味噌汁からあげとゆで卵を食べた。餃子冷蔵庫から出し忘れていた。

その後、母と近所を散歩した。いつもより空気が冷たくて空が澄んでいた。公園について、木製の古いベンチに腰掛けた。「辛い経験や悲しい経験は全て未来自分幸せになるための布石だ」という言葉を思い出した。空を眺めがら、あのユニットバスの、小さなアパートに帰ろう、と思った。

2018-12-02

ヒモだけど最近日々不安

おはよう。ヒモです。

俺は彼女の家(賃貸)に住み、彼女に食べさせてもらっている。

家事は気が向いた時にしかやらないので主夫とも言えないと思う。

いま抱えている悩みに、漠然とした不安感がある。

彼女は優秀な人で、かつ外資系企業で働いているので給料もたくさんもらっており、僕一人養うくらい造作もないはずだが、それでも不安がある。

彼女との関係は良好だ。

この間気分が向いて晩御飯を作ったら、比喩でなく本当に泣いて喜んでくれたし、セックスも週にそれなりの回数している。

喧嘩ほとんどないし、彼女家族も親戚もいないので(彼女とは中学の時に出会ったが、ネグレクトのようなものを受けていたようで、就職を機に縁を切りました)その方面から横槍を刺されることもない。

順風満帆といっていいと思う。

でも不安になる。文豪言葉を借りれば、それは漠然とした不安なのだ

彼女から昼食代とは別に月にお小遣いを一万円貰っているので、それでよく古本屋で本を買い、日がな一日それを読んで暮らしている。

不安を消すためには、何かに没頭するのが一番だからだ。

ゲームも良いが、起動したり操作したりするのには主体的に行動しなければならないので消耗してしまう。

その点本はページをめくるだけでいいから楽だ。

話が逸れたが、とにかく日々不安だ。

不安の原因がわからいから、対処のしようもない。

思い返してみれば、就活に失敗し彼女の家に転がり込んだ時からずっと感じているような気もしている。

どうしたらいいんだろう。

2018-11-23

セカンドライフに「ネット古本屋起業しませんか?

https://www.asahi.com/articles/ASLC53JDGLC5UTNB003.html

古本ネット販売を、セカンドライフ起業副業に――。そんな狙いで、古本業者組合古本の競りを起業家向けに初公開した。街の古本屋は減り続け、存続の危機さらされている一方で、インターネットでの古本販売需要があるといい「新たに組合員を迎え入れ、市場活性化できれば」と期待する。

はいものの、なんか臭う。

朝日からかもしれないが。

2018-11-09

anond:20181103165224

1~2ヶ月に一度くらいは利用しているけど、過去一度もそんなことなかったなあ。

だいたい古本屋らしい人が相手だったからだろうか。

その相手評価普通だったの?

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