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2019-03-18

なんの取り柄も無い男子高校生だけど親が大財閥当主社会勉強のために一人暮らしをしている

うわーこれはモテる

2019-03-08

「過ぎたるものが二つあり」集

家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八

「唐の頭」とは唐物中国製)の珍しい兜のこと。

追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。実は三河武士あいだでやたらと流行っていて十人いたら七・八人は唐の頭をつけていたと言われており、というのも唐の頭を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。

本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。

三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。

家康に過ぎたるものが」はその活躍を称賛した落首である

治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近佐和山の城

治部少は石田三成(1560生)のこと。

島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。

関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。

佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。

駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠

富士のお山」とはもちろん富士山のこと。

白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。

大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。

本所に過ぎたるものが二つあり 津軽屋敷に炭屋塩原

本所とは東京都墨田区地名

津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。

火災ときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所不思議」として知られている。

「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。

明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。

亀山に過ぎたるものが二つあり 伊勢屋蘇鉄に京口御門

亀山とは、現在三重県亀山市にあった、東海道亀山宿のこと。

伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。

現在亀山市の文化会館移植されている。

京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。

坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。

岩槻に過ぎたるものが二つあり 児玉南珂と時の鐘

岩槻藩は埼玉県さいたま市にあった小藩。

児玉南珂」(1746生)は高名な儒学者

祖父江島生島事件江島の弟だったため甲斐流罪となり、南柯は甲斐で生まれ岩槻藩士養子となった。

儒学を学んだ南柯は、藩の要職歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。

「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。

改鋳されたもの現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。

青山に過ぎたるものが二つあり 鳶の薬缶に原宿山車

青山東京都港区の地名

「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。

本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。

原宿山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。

都座に過ぎたるものが二つあり 延寿太夫鶴屋南北

都座とは江戸にあった歌舞伎劇場の一つ。

「延寿太夫」とは、歌舞伎伴奏音楽として発展した浄瑠璃清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。

鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。

一ノ関に過ぎたるものが二つあり 時の太鼓建部清庵

一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在岩手県一関市にあたる。

「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。

建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。

八代に過ぎたるものが二つあり 天守屋根乞食の松

これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。

八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの地名から松江城」とも言う。

熊本藩本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である

その気兼ねもあったのか、城は未完成放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年落雷消失した。

乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明

保土ヶ谷に過ぎたるものが二つあり 苅部清兵衛に花見寿司

保土ヶ谷とは、現在神奈川県横浜市にあった、東海道程ヶ谷宿のこと。

「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。

花見寿司」は程ヶ谷宿名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。

挙母には過ぎたる物が二つあり 大手御門に海老名三平

挙母とは、現在愛知県豊田市にあった小藩のこと。

挙母城は、三河尾張美濃信濃遠江伊勢近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。

海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名当主名跡で、落語家のことではない。

岸和田に過ぎたるものが二つあり だんじり祭りに千亀利のお城

岸和田とは、現在大阪府岸和田市にあたる岸和田藩のこと。

だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。

「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣1827年に焼失している。

鴨方に過ぎたるものが三つあり 拙斎 索我 宮の石橋

鴨方藩は備中の小藩で、現在岡山県浅口市にあたる。

「拙斎」とは、儒学者西山拙斎(1735生)のこと。

松平定信に「昌平坂学問所朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。

「索我」とは、絵師田中索我(1742生)のこと。

京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。

「宮の石橋」とは、鴨神社参道にある石橋のこと。

川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。

京極に過ぎたるものが三つあり にっかり茶壺に多賀越中

京極とは、讃岐丸亀藩主の京極家のこと。

「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。

「茶壺」とは、二代目藩主京極高豊が好んで収集した、陶工野々村仁清の茶壺のこと。

多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀当主名跡

三原には過ぎたるものが三つあり

三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在広島県三原市のこと。

その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。

三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用許可された「葵の御紋」。

日光東照宮工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。

安中に過ぎたるものが三つあり

安中とは、現在群馬県安中市にあたる安中藩のこと。

「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。

現在も名所とされる「安中杉並木」。

第六代安中藩主板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。

桜田に過ぎたるものが二つあり 火ノ見半鐘に箕輪の重兵衛

桜田東京麻布のあたり。

「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。

箕輪の重兵衛」は桜田町の名主を代々務めたという家の名跡

永坂に過ぎたるものが二つあり 岡の桜と更科蕎麦

永坂は現在東京麻布永坂町のこと。

「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。

更科蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。

保科には過ぎたるものが二つあり 表御門に森要蔵

保科とは上総国飯野藩主の保科家のこと。

「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。

「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。

この飯野藩保科家の江戸屋敷麻布網代にあった。

森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、

更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、

蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、

同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。

高取に過ぎたるものが二つあり 山のお城に谷の昌平

奈良まれ儒学者森田節斎の言葉であり、高取とは現在奈良高取町にあたる高取藩のこと。

「山のお城」は高取城のこと。

日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。

「谷の昌平」とは、幕末儒学者・谷三山(1802生)のこと。

若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。

新城に過ぎたるものが二つあり 前の小川太田白雪

新城は、現在愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。

「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在存在しない。

太田白雪」(1661生)は、地元名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。

土浦に過ぎたるものが二つあり 刻の太鼓と関の鉄砲

土浦藩は、現在茨城県土浦市にあたる小藩。

「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。

「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。

下総に過ぎたるものが二つあり 成田不動に久保木蟠龍

下総下総国のことで、現在千葉県北部茨城県西部のあたりを指す。

成田不動」とは、言わずと知れた成田山新勝寺のこと。

久保木蟠龍」とは、儒学者久保木清淵(1762生)のこと。

伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。

金沢に過ぎたるものが二つあり 刀正次 兜興里

金沢はもちろん現在石川県金沢市、加賀藩金沢城下のこと。

「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。

そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。

しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。

悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎演目になっている。

「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。

番町に過ぎたるものが二つあり 佐野の桜と塙検校

番町とは、東京都千代田区地名

佐野の桜」とは、旗本佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。

「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。

秋元に過ぎたるものが二つあり 無の字の槍と岩田彦助

秋元とは、現在埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。

「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。

岩田彦助」(1658生)は、川越藩家老を務めた儒学者のこと。

松山に過ぎたるものが二つあり 河原布衣徒に千秋の寺

松山は、現在愛媛県松山市にあたる伊予松山藩のこと。

河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。

千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。

谷田部に過ぎたるものが三つあり 不動並木広瀬周度 飯塚伊賀

谷田部は現在茨城県つくば市にあった谷田部藩のこと。

「不動並木」とは、谷田部藩主細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。

広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物

飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学知識を得ていたとも。

徳山に過ぎたるものが三つあり 藩主墓所と桜の馬場奈古里人

徳山は、長州藩支藩で、現在山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。

藩主墓所」は、徳山毛利家の菩提寺である福山大成寺にある歴代当主墓所のこと。

「桜の馬場」とは、初代藩主毛利就隆によって作られた藩士の調馬場のことだが、数百本の桜が植えられて名所となった。

奈古里人」(1671生)は、万役山事件に伴う徳山藩改易の際に活躍し、徳山藩再興運動の中心となった人物

2019-02-07

父親の一字をとって命名された子供虐待リスク

親が離婚して母親に引き取られても、名前を呼ぶたびに母親は元夫のことを思い出すのかなあ

めちゃくちゃ虐待リスクが高そうだな

よく各地の歴代当主離婚可能性も考えずにそんな名前つけたもんだわ

2018-12-16

今のうちに賭ケグルイアニメ二期の予想賭け

原作アニメ一期全部見た自分の、PVでた現時点での二期のアニメオリジナル要素予想(アニメ一期最終回ネタバレ含む)

※二期終わった後に自分で答え合わせするようです。

・まずタイトルの「賭ケグルイ××」の××って何?(仮題だと思ってた…)

アニオリキャラの×喰さんの×かなぁと思うけど、もう一つの×はどこ?→最終回まで引っ張ると予想

最終回はどうなる?

一期の最終回は扉の塔をやらずにアニオリで〆たので、今度こそ扉の塔で!しかも清華の相手夢子ではなく×喰さんだ!→ファンブックでぶっちぎりで人気だった扉の塔を使わないとは思えないし、原作選挙終わるまで行ってないし、PV原作では清華が説明してたとこが×喰さんになってて、清華の悔しそうな表情とハイライトなしの目(原作では扉の塔以降ハイライトある)から選挙はほどほどに×喰さんと扉の塔で最終回して〆と妄想→×喰さんが負けて××さんになるとか…

・蟲喰さんのオッドアイ

蟲喰さんのカラーって原作で出てたっけ?多分見た目がカワイイから最初の噛ませ以外でも出てくれる!出て!

・尾喰さん二人はどうなる

嘘吐き」らしい凛さんがとりあえず裏切る。石田彰だし。

選挙はどうなる

一期の最終回が二期フラグ立てて終わったので、選挙途中で切り上げて三期に続く!とかかなぁ…原作選挙自分めっちゃ盛り上がってるからアニメで次の生徒会長決めるまでいかないでほしいという願望

・×喰さんは何者?

男装の麗人」+「正式不明」+「朴璐美さん」とか好きです!サービスパック絶対中立選挙管理委員には多分行けないし、かといって次期当主争いにも参加しなそうな雰囲気から予想がつかない。×喰と正式不明なのはどっかの喰とつながりがあるからかもだけど、アニオリでそこまでやるのか?隠すなら桃喰が蛇喰かだと思うけど…夢子のお姉さんが変装して来てるとか考えたけど、原作者が出したキャラからといって原作をかき回すようなキャラ出るかなぁ…そして多分会長が顔芸しないから顔芸補充要員!朴さんのゲス声期待してます

とりあえずめっちゃ楽しみ!賭け狂いましょう!

2018-11-22

anond:20181122193334

いやいやその現実論()が「〇〇の現実」とか言って現実を歪めてディスる記事なんで救えない。

今回は記事の書き方も悪いんだが、ハプスブルク当主騎士団思想ヨーロッパキリスト教位置付けについて何も調べずただディスるだけのコメスター集めてる。

出羽守立場は逆でも一部を切り取って適当な論評つけるだけで何も進歩してないし、自国をよくしようという意志がない点では出羽守より退化してるかもしれない。

はてなーのみんなって結局ヨーロッパにどうなって欲しいの

メルケル記事は無計画移民受け入れ治安悪化してるって叩かれてるし、移民制限するって言う人たちは極右だって言って叩かれてる。

マジでどうして欲しいのかわからん


http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_1121.html

欧州議会議員オーストリア国民党)でもあったハプスブルク当主が叩かれてるのもよくわからんのだが、(もちろん天皇制反対であろう)共和主義者ってそんな多数派なのか?

いや共和主義共和主義でいいんだが、なんだかヨーロッパを叩くためだけに日本のことを棚に上げて無制限移民受け入れ賛成派になったり共和主義者になったりしてる人が一定数いる気がしてならない。

2018-10-27

もののけ姫ナウシカみたいに全6巻の漫画で描かれてたら

もののけ姫批評映画版ナウシカ比較されたものはよく見るが、漫画版比較したものはあまり見ない。

映画と比べるなら映画漫画と比べようにももののけ姫は漫画で出ていないから、ということだろうか。

実際、もののけ姫ナウシカキャラ立ち位置みたいな構図がよく似ている。

故郷を出る主人公、男勝りな女当主そいつ対立する勢力の子息、巨大神、などなど。

ナウシカ漫画の1,2巻が翻案されて映画化された。映画の後にも物語はまだまだ続く。

もののけ姫も、漫画があったら1,2巻までの内容で、全体から見ればまだまだ序盤しか描かれていないといったところだろう。

3巻以降は、ジコ坊らに指示した朝廷勢力なんかも詳しく描かれ、キャラの濃い皇子もわんさか出てきて、武士同士の戦も泥臭く描かれるんだろう。

最終巻ではアシタカ天朝様とともにサンの案内で再びシシ神様と相まみえて壮大なスケールの問いが突きつけられて、アシタカサン選択を決めたところで終わるのだろう。

ああ読みたい。

2018-05-29

ブコメでよく「これだから日本は」って使われるけど相当主語がデカいよね

2018-05-26

素朴な疑問なんだけど

豊臣家が潰れたのは、まあ末期の秀吉が藩屏となるようなのを殺したり色々やらかしたからって分かるんだけど、織田家はなんで?

信長と同時に当主を譲られた信忠も死んだと言うのは大きいだろうけど、やっぱり当時成年してた息子二人ともボンクラだったというか秀吉がうまく立ち回りすぎたから?

2018-05-17

FGO虚月館殺人事件、残された2つの

私の名はシャーロック・ホームズカルデアという機関顧問探偵と呼ばれている。

さて、読者諸君はFGOで現在開催中のイベント「虚月館殺人事件」を楽しんでいただけただろうか?

この先の話にはこのイベントの重大なネタバレが含まれるので、これから参加予定の方は終わらせてから読み進めて欲しい。



























では続けよう。知っての通り、このイベントでは犯人がハリエットであること、そしてその動機についても公式に明らかにされ、ストーリー一見完結した形になった。しか賢明なる読者諸君がお気づきのように、この事件にはまだ明かされてない謎が2つ残されている。これからそれを見ていこう。

1つ目の謎は、「なぜヴァイオレット家では、両親の呼び名が異なるのか?」だ。

整理すると、ヴァイオレット家は5人家族であり、父・アダムスカ、母・ハリエット、長女・ジュリエット、次女・エヴァ長男ケインという構成になっている。長女と次女は2卵生の双子で20歳前後長男高校1年生だ。奇妙なことにこの家庭では、3人の子供達全員が父親を「パパ」と呼ぶのに、母親のことは長女だけがママ」と呼び、残り二人の子供は「母さん」と呼んでいる。これはたまたまその一時だけそう呼んでいたというのではなく、母親が服毒して今にも死にそうという状況で、長女のみが「ママ」、残り二人の子は「母さん」と呼びかけていた。このような状況においては、他者意識した呼び名ではなく、長年使っていた馴染み深い呼称自然と出るものだ。従ってヴァイオレット家においては、何年も前から、一部の子供だけが母親を異なる呼び名で呼んでいたことになる。このような、父親母親呼び名家族内で異なるという奇妙な状況が生じた原因について、作中では明確にされなかった。実は長女と次女は、長男とは異父兄であるのだが、それを両親はなるべく伏せておこうとしていた。それなのに、このような家庭内違和感を覚えさせるような奇妙な状況を放置していたことにも疑問が残る。

2つ目の謎は、「なぜマスターは、母親と次女に対する勘違い修正できなかったのか?」だ。

こちらの謎は、1つ目と比べてもはるかに奇妙で辻褄が合わない状況となっている。マスターは当初、ヴァイオレット家の母親・ハリエットと、次女・エヴァを取り違えて認識していた。理由は、特殊視覚補正が入っていたことと、その視覚補正に対してある種の先入観があったためだ。しかしその後、マスターはその勘違い修正せざるを得ない状況に置かれることとなる。にもかかわらず、マスターの誤った認識修正されないまま残ってしまった。ではこの謎について、少しだけみてみよう。ヴァイオレット家とゴールディ家は、両家の婚姻契約のため、立会人を立ててまで、3泊4日で同じ館に滞在することにした。そして一日三度の食事は、基本的に全員が一同に会して行われた。そしてその際の席次は、当然ながら序列意識したものになるだろう。つまり席順は、ゴールディ家は上座から当主アーロン、妻ドロシー、長男新郎モーリス、長女ローリー。ヴァイオレット家は上座から当主アダムスカ、妻ハリエット、長女で新婦ジュリエット、次女エヴァ長男ケイン医師ホーソーン新婦友人のマスター場所の都合上下位の者が移動することはあっても、両家の上位3名の序列が変わることはないだろう。そしてこのような席次で食事が行われれば、いくらそれまで勘違いしていても、アダムスカの隣に座っている女性が彼の妻であることは誰の目にも明らかだ。

 また、食事の際の話題も、当然両家に関係した家族話題が多くなることになる。それには勿論、ハリエット話題も含まれるはずだ。このメンバーでの食事において、エヴァは沢山発言する機会があると考えられるし、ハリエット話題であれば、「母は~」と話すだろう。また、ハリエットに対して、「母さん」、と呼びかける機会も多くあったはずだ。またアダムスカが妻を呼んだり話題にすることも多くあったはずで、その際には「妻は~」などと呼んだことだろう。そしてハリエットが夫をゴールディ家の前で話題にする際には、「パパ」とは呼ばずに「夫は~」「アダムスカは~」などと言うことだろう。このような会話がなされる食事会は1時間以上継続しただろうし、3日間の滞在中食事の機会も何度もあった。そしてその殆どマスターは同席しており、慣れない人々との食事の席で気を遣いながら注意深く会話を聞いていたことだろう。それにも関わらず、3日間を通してハリエットアダムスカの妻ではなく次女である勘違いし続けることは不可能だ。仮に全員がマスターを誤認させ続けることを目的として行動していたのなら不可能ではないが、そもそも誰もマスターが誤認していることを認識しておらず、また誤認させようとする動機もない。また、マスター特殊視覚補正が入っていることを知っているものも誰もいない。しか事実として、マスターは3日間誤認し続けた。ありえないはずのことが起ったのだ。

 さて、これら2つの謎について、安直に思いつく一つの仮説がある。

シナリオライター力不足により、おかしな設定が放置されたままリリースされた」

というものだ。だがこのような仮説に飛びつくようでは、読者諸君推理を楽しむことにはなるまい。また、「食事のシーンは作中に出てこない。作中にないシーンを想像するのは推理ルール違反だ」というのも、「もし利き腕を偽るものが居れば食事の際に分かるはずだ」と作中で言っている以上、作中に出てこないシーンについても想像して推理する、というのがこの作品ルールだと考えられる。そして、「マスターは全ての食事の間ずっと極度の注意力散漫で前後不覚状態だった」という考えも、食後に食事が美味しかったねとジュリエットに話しかけていることから否定される。マスターは通常の認識力を持った状態食事を楽しめていたのだ。そして、「誰かしらが何かしらの動機マスター特殊催眠状態にさせていた」といった仮説も、「その4 未知な毒薬で~」に抵触してしまうだろう。

ではここまでの話と、「その8 読者に提示されていない手がかりを使って解決してはならない」という原則を利用し、虚月館に残された2つの謎を、読者諸君推理解決してもらいたい。正解者には聖晶石プレゼント、という訳にはいかないが、はてブコメントに書いてくれれば、石ではなく星が貰えることだろう。そして集合知が正解を教えてくれるはずだ。

・・・それでは始めよう。用心したまえ、鋭き刃は危ういものだ。

2018-05-09

anond:20180509150125

あら~あそこはご当主の選び方一回家族会議で変えたって伺ってますわよぉ

2018-03-29

金持ちの家とか、村社会って、なんであんなにドロドロしてるのかといえば、

当主やムラオサに従えば金や、居場所を与えられるからなんだよね。

だけど、例えば村社会なら村をでてしまえば、そのどろどろに付き合わないで済む。

故に、廃れる村はとことん廃れる。

金持ちの家もそれだけだ、僕の家で、せいぜい僕のものになるかねといえば数千万円ぐらいと家一つだけだったけど。

もう親兄弟親戚には付き合わない。財産はすべて捨てる。そうして、行けるところまでいく。

2018-03-09

ゾルディック家もうデブしか家に残ってないじゃん

あれが当主になるわけ?

2018-02-13

刀使の巫女

親衛隊だけじゃなくて実は学園長たち業界全体でご当主様が大荒魂と知っていて支持している鋼錬の「軍がやばい」展開になるとテンション上がる。

2018-02-10

anond:20180210132025

元増田の書き方の問題もするんだよねー

俺の予想では、相当主観入ってる気がするよ

というか、A = 元増田なんじゃないか

2018-02-03

日本閨閥支配されている

池坊保子ときがなんでああも偉そうなんだって話なんですけどね。

あの人は旧華族、梅渓家の出で、村上源氏羽林家に分類される。羽林家は極官は大納言で、武家公家は違うけれど、武家で言えば大納言加賀前田家や尾張徳川家の家格だからね。

梅渓家出歴史上の有名人と言えば、徳川将軍家・十代将軍・家治を産んだおこうの方が、梅渓中納言家の出。おこうは、家治の正室について、京から大奥入りをしたわけですけど、将軍家正室をだせる家柄ではなくて、御台所の側近を出す家格なんですね。

で、明治以後は子爵家に叙されたんですけど、戦中戦後期の当主の通虎がやり手で、没落もせずに乗り切っただけじゃなくて、長女を読売の正力家に嫁がせてるんですよね。で、よみうりランド社長とかやっている。

池坊保子は、その正力夫人の妹で、要は読売グループ外戚一族であるわけですよ。

池坊ももちろん相応の影響力はあるけど、彼女傍若無人言動を示しても誰も掣肘できないのは、読売財閥権力があるからですよ。

どっちが頭でどっちが尻尾かは分からんですけどね、読売新聞日本相撲協会側について貴乃花を叩いているのは偶然ではないですよ。

読売日本相撲協会になんか権益があるんでしょうね。あの女はそれに沿って踊っているだけですよ。

[追記]

ま、陰謀論と言うか、こういう構造があるのですよ、っていう話です。

なぜある種のオバサマたちが素で支配者面をしてそれがまかり通っているのかっていうそもそもの話ですよ。

白洲正子とかもそういう面があるからね。

戦中戦後の怪しい財閥は、旧華族と結託することで血統ロンダリングするとともに、上流コネクションを手に入れたわけ。小佐野賢治とか典型的だよね。

華族の人たちの「いやーうちはすっかり没落しちゃって」の話を真に受けてはいかんと言う話ですよ。

いわゆる「財産」はなくても「財産」を築くコネクションは維持しているから。銀行商社マスコミ典型的だけど、役員は旧華族つながりばかりよ?

MさんとかNHKにいるけど、あれだってそもそもコネだし、生涯年収で言えば「三億、四億」は贈与されることになるわけ。

別に陰謀論じゃありませんから霞会館現存しているし、そこで話がつけられているのは事実ですよ。

なお池坊保子閨閥については本人が自伝で書いています。かなり赤裸々なので面白い自伝ですよ。

2017-11-20

fateの凛ちゃんが好き

まだ高校生だってのに父親を亡くして母も病んでて妹とは離れ離れで

でもそんな辛さを微塵も見せずに当主として勉強魔術エトセトラ完璧

えらいねえらいねーよくがんばってるねーってしてあげたくなる

女の子キャラにこんな感情を抱くのは初めてだ

2017-10-15

安倍氏 (奥州)

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安倍氏

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本姓 安倍氏

家祖 安倍忠頼

種別 武家

出身地 陸奥国

主な根拠地 陸奥国衣川

凡例 / Category:日本氏族

安倍氏(あべ し)は、平安時代陸奥国(後の陸中国)の豪族

目次 [非表示]

1 出自

1.1 「俘囚長」を巡る議論

1.2 軍事貴族としての安倍氏

2 前九年の役安倍氏の滅亡

3 末裔

4 系譜

5 脚注

6 参考文献

7 外部リンク

出自[編集]

そのルーツは明らかでない。

神武天皇に殺された畿内の王長脛彦の兄安日彦をその始祖とする説。『平泉雑記』が伝える安倍氏自身の家伝によれば、安日彦津軽亡命をもって安倍氏発祥としている。「藤崎系図」にも同様の記述が見られ[1]、真偽は別にして安倍氏の後裔はそのような自己意識を持っていたことは確かである。ただし、長脛彦を出自に関連づけているのは、平将門藤原純友の後裔と称した武家が多数発生したのと同様に、武勇を尊んでの仮冒の結果とも考えられる[2]。

奥州に下った中央豪族である安倍氏のいずれかが任地で子孫を残したとの説。秋田蝦夷の帰順を得た阿倍比羅夫につながる系図もある[3]。これを受けて、明治期に編纂された華族類別録で安倍氏の子孫は、土御門家等阿倍氏と同じ孝元天皇皇子大彦命の後裔である位置づけられている。また、鎮守府将軍安倍比高の後裔とする説がある[4]。

奈良時代陸奥国勢力を広げた阿倍氏から陸奥南部の諸豪族阿倍を冠した複姓(阿倍陸奥臣・阿倍安積臣、ほか)を賜与され支配関係を築かれたが、その子孫との説。ただし復姓下賜が奥州南部にとどまり奥六郡のような北部に及んだ例がないこと、奥州安倍氏にはこのような復姓を称した伝承が全く伝わっていないことをもって否定する見解もある[2]。

朝廷に従った蝦夷俘囚)とする説。後世の研究では、蝦夷アイヌ祖先と同一視する立場からabeapeと読み替えて完全な土着の先住民とみる説もある。

俘囚長」を巡る議論[編集]

安倍氏俘囚長俘囚の中から大和朝廷権力によって選出された有力者)であったとの説が広く流布している。文献上では、康平7年の太政官符に「故俘囚安倍頼時」との記載がある。

軍事貴族としての安倍氏[編集]

従来、安倍氏東北地方の在地の土豪と捉え、前九年の役中央による辺境支配への反乱と見る解釈が主流であった。しかし近年の軍事貴族研究の進展とともに、安倍氏王朝国家特有の「兵(つわもの)」[5]と見る考え方が登場している。

関幸彦は、平氏源氏秀郷流藤原氏のような中央貴族の末流の軍事貴族とは別にして、在地の土豪中央権力に従って軍事貴族化したもの存在したであろうと指摘し、安倍氏もこの中に含まれるのではないかと論じている。その傍証として関は、『陸奥話記』において安倍頼時が「大夫五位官位を持つ者の通称)」と呼ばれていることを指摘している。一方で、安倍忠良が陸奥権守に任命された記録を理由に、中央官人末流とする説もある[4][6]。また、元々は京都から下向した官人出身である安倍氏祖先が現地の有力者(俘囚末裔)の婿となってその勢力を引き継いだのが奥州安倍氏の始まりで、在庁官人であった平永衡藤原経清安倍氏の婿となってその勢力基盤を築いたのもそれと同じ構図であるとする説もある[7]。

前九年の役安倍氏の滅亡[編集]

安倍氏婚姻などによって勢力を拡大し、忠良の子安倍頼時の代に最も勢力を広げた。安倍氏は奥六郡(現在岩手県内陸部)を拠点として糠部(現在青森県東部から亘理・伊具(現在宮城県南部)にいたる地域に影響力を発揮していた。しかし後に頼時が朝廷対立し、源頼義率いる官軍との間で前九年の役が起こる。頼時は途中で戦死し、その後を子の安倍貞任が継いだが、仙北俘囚清原氏が度重なる頼義の要請に応えて参戦すると支えきれず安倍氏は敗れ貞任も戦死して安倍氏勢力を失った。

頼時の三男・安倍宗任、五男・安倍正任はそれぞれ、伊予(のちに筑前宗像)、肥後に配流された。また、亘理宮城県亘理町)の豪族で、安倍氏に加担して没落寸前となった、奥州藤原氏当主藤原経清の妻となっていた頼時の娘(有加一乃末陪)は清原武貞の妻となり、息子(後の藤原清衡)も武貞に引き取られ、養子となった。清原氏安倍氏地位を受け継いだが、後三年の役で滅亡し、清衡がその地位継承して奥州藤原氏興隆することとなる。

末裔[編集]

奥州藤原氏最後当主・泰衡の次男秀安から良衡→信衡→頼衡と続いた後、頼衡嫡男・孝衡から安倍氏を名乗り、現代まで血筋が残っている。

他にも、安倍貞任の子孫を名乗る津軽安東氏安藤氏、その後裔で戦国大名秋田氏、安倍宗任の子孫を名乗る九州松浦党がいる。総理大臣経験者としては米内光政安倍晋三安倍氏末裔自称している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/安倍氏_(奥州)

岩手には安倍姓が結構いるらしく声が安倍普三と似てる安倍がいて殺したくなったことを思い出す

2017-06-25

https://anond.hatelabo.jp/20170625134208

成田屋がどれだけ御大層な家柄かは知らないが、まあ叩かれて当然だろうね。

麻央さんとの愛を強調すればするほど、後妻は家の為の道具としか思ってない事が強調されるし。

かと言って後妻への愛を強調すれば麻央さんは死んだからどうでもいいのかよ糞が扱いだろうし。

つーかそれで宛がわれる後妻ってどんだけブラックよ。

子がいてそいつが後継ぎになるなら「今は苦労してもいずれ家の当主の母の地位が得られる」って希望があるけど

妻としての苦労だけは負わされるが、自分は子は産ませて貰えないか産んでも前妻の子より劣る扱いが確実な状態か。

それに対して「その女がエゴイズムの塊で跡継ぎを生むことに執着したなら」なんて言い方をする増田認識も怖い。

結婚した女が自分の子が欲しいと思うのがエゴイズムか。

自分が子を産む事は諦めつつ前妻の子を盛り立てて耐えるのが当然ってか。

江戸時代か。いや江戸時代だと死亡率高いから男1人しかいないんじゃ後妻はむしろ子を産む事を求められるから

男1人でも早死にする可能性がほぼない現代ならではの話か。

歌舞伎界だと後妻は道具で当然なんだな、歌舞伎ファンってそれが当然と思ってるのか。

成田屋さん。

小林麻央さんが亡くなってからというものTVでは毎日のように彼女報道がなされている。

でも、正直何がそんなに大変かって、元女子アナの綺麗なお嬢さんが夫と子供を残し若くして死んでしまったことよりも、あの成田屋の若奥さんが亡くなってしまったことだ。

歌舞伎を知らない人はわからいかもしれないが、とにかく成田屋は300年以上続いていて、歌舞伎の家の中でも名門だ。上手いこと例えられないが、日本の車メーカーで置き換えてトヨタとしておく。

で、海老蔵はそこの社長になるわけだ。それで、梨園の妻って何してるかって、世間悠々自適主婦生活じゃなくて、劇場挨拶回りして、チケット売りさばいて、お茶だの花だの着付けだの、江戸明治のお嫁さんかいなって言うくらいの芸事を覚えて、夫に栄養のいいもの食べさせて、不祥事があれば謝り、跡継ぎを生んで育てるって、まぁとんでもない量の仕事がある。非常に言い方が悪いが、夫は商品で、妻は、営業、総務、アフターケアから新人研修まで一人でやってるってことだ。

まり歌舞伎界のトヨタ営業、総務、教育係がいなくなってしまったと言うことになる。

からと言って、「はい、もう続けられません。成田屋廃業です。お疲れ!」とは言えない。

成田屋は、前述の通り300年以上続く老舗の歌舞伎の一門であり、最近成田屋不祥事が多くて、中村屋結構真面目に頑張ってたから霞んでる部分もあったが、家の格で言えば一番である

その証拠に、麻央さんの力があったとはいえ、あの遊び人海老蔵が、先代の團十郎が死んでから熱心に稽古に励んでいると言うではないか

あのヤンキーが恐れおののいて真面目になるだけのお家だと言えばわかりやすいかもしれない。

まり、今まで通りにお家を存続させるためには、妻かその代わりになる人の力必要と言うことだ。

海老蔵はこれからどうしていくのだろう。

今までは海老蔵母親が、麻央さんの代わりにその仕事をやっていた。でも、誰でもわかることだが、お母さんだっていつまでも元気なわけではなので、その代わりにも限りがある。

優秀なマネージャーを雇うのはきっと簡単だ。

でも、息子には未来團十郎になるための一種帝王学を教え、娘には梨園の女としての教養を身につけさせる役割は誰がやるのだろうか。

もし海老蔵がやるならば、彼は團十郎になるための時間はとれるのだろうか。

もし再婚するとするならば、そして、その女がエゴイズムの塊で跡継ぎを生むことに執着したなら、そして生まれしまったら、成田屋お家騒動が勃発するかもしれない。

そうであるなら再婚は避けるだろうが、あの成田屋團十郎に妻がいないこともそれはそれで問題ではないか

これは、ただの俳優の話ではなくて、歌舞伎の家の話なのだ

ただの俳優ならこの純愛を貫き通すのが粋なのかもしれない。なぜ歌舞伎はそれが出来ないのか。そんなの理屈なんてない。

海老蔵もきっとわかっているだろう。

からこその、あの涙の会見だったのだろう。

きっと、海老蔵は麻央さんをこれから大事にし続けていくだろう。それと同時に、麻央さんが大事にしてきた成田屋を守っていくためにも、新しい奥さんをもらわなくてはいけない…。

世間はもしそうなっても海老蔵を(もしかしたら團十郎になっているかもしれないが)叩かないでほしい。

それが、一般人には理解できない、成田屋当主としての務めになるのだから

できることなら、麻央さんに海老蔵團十郎になって、息子が海老蔵になって、夫がまたちょっとした不祥事を起こして麻央さんが謝ってるのを見て、おい旦那、ふざけるな、とか言いたかった。

そしていつか、息子が海老蔵になった時、良かったね、麻央ちゃん。今までよく頑張ったね。と言いたかった。

小林麻央さん、ご冥福をお祈りいたします。

2017-05-26

女性宮家の何がやばいか、大河ドラマ『直虎』をベースに考えてみる

民進党女性宮家の創設を進めようとしている。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS17H4O_X10C17A5PP8000/

ぶっちゃけ、何が問題いまいちピンと来ない人が多いと思うので、自分なりに考えをまとめてみたい。

日本における天皇とは憲法にも明記されているとおり、国の象徴である

そして、その天皇家血筋を絶やさないために連綿と受け継いできた、不敬な言い方をすればバックアップにあたるのが皇室である

ここで本質的重要なのが「血筋」を絶やさないことである以上に「家」を絶やさない、ということ。

なぜ「家」を絶やしてはいけないか、について皆さんにしってもらいたくて、この文章を書いているので、最後まで読んでもらいたい。

皇室日本において、約2000年続いてきた伝統である

そして、その基本的ルールが「万世一系」、つまり男系宮家を維持し続ける、ということだ。

これはざっと分かりやすく言えば、皇室以外の完全な民間出身男性宮家に迎え入れない、ということ。

我々日本人は、このルールを千年以上守り抜いてきた。

そして、その歴史の上にはじめて、現在民主的国民国家象徴として祀り上げられて然るべき「天皇」という存在国民誰もが(程度の差こそあれ)尊重することができている。

日本の歴史上、天皇家に娘を嫁がせて「外戚」として権勢を奮った人物は多数いるが、「息子」を天皇家の婿に入れた人間はいない。

蘇我藤原・平・徳川といった、時の最高権力者でさえ、息子を天皇家に婿入りさせようなどとはしなかった。

これは、現代日本法規範である皇室典範まで受け継がれており、典範には、女性皇族皇族以外と結婚した場合皇室から離脱すると規定している(女性皇族結婚後も皇室にとどまる女性宮家の創設には皇室典範改正必要になる)。

ここで素朴な疑問として「でも、皇室男子が少ない現状、バックアップを増やすはいいことじゃん」と思う人も多かろう。

一見すれば、昨今の男女同権思想立場からも、賛同の声が聞かれると思う。

だが、これは現代日本という国の歴史における今この一点の判断で、安易に変えてしまってもいいルールなのだろうか。

これを分かりやすくするために、大河ドラマ『直虎』を例に出し、女性宮家を認めることのリスク説明したい。

ことの重大さが伝わりやすくなるよう、ある程度設定を改変するがご了承いただきたい。

・・・

ここに、1000年以上、自分たちを「井伊の民」と自覚してきた民と、そしてその領主である井伊家がある。

井伊家は相次ぐ争乱により、直系の跡取り男児は、先代当主直親(三浦春馬の子、虎松(寺田心)しかいなくなってしまう。

そこで、井伊家では虎松が成人し、当主を名乗れるようになるまで井伊家の血を次ぐ先々代当主の娘・直虎(柴崎コウ)に任せることにした。

ドラマではこの時点で直虎は既に出家し「生涯結婚することはない」という状態であったが、今回は直虎が出家をしていなかった場合を考えよう。

直虎は当主の重責を果たす中で、いつもそばにいてくれた幼馴染で小野家の現当主・政次(高橋一生)との愛を育んでしまった。

しかし、小野家は元々井伊家と敵対していた今川家の家臣。そのまま結婚し、子が生まれれば小野家の第一子となり、井伊家の名字は無くなってしまう。

そこで政次を井伊家に婿入れさせることになり、井伊政次と井伊直虎の子・政虎(仮)が生まれてきた。

さて、ここで、考えてみよう。井伊家の跡取りは虎松か政虎か。

から言えば、前領主の子であり本家本流の虎松が跡取りとして正当であるはずだ。

しかし、もう一方の政虎は現当主嫡子である。井伊の民にとっては「自分たち象徴」「井伊のアイデンティティである直虎の一人息子が政虎なのだ

これは、井伊という国を真っ二つに割りかねない、致命的な問題なのだ

井伊の民は、政虎を当主として認めることができるだろうか。

自分たちを「井伊の民」と名乗らしめるのは「井伊家」という一つのストーリーであり、1000年に渡る自分たちアイデンティティの中心にあるのは井伊の「家」である

政次は井伊の血筋とは全く関係のない小野家の人間であり、その子・政虎には井伊家の血が入っていたとしても、小野物語を受け継いだ人間である

もちろん、婿入りはしていたとしても、人が生き、人が伝え、人が託した物語とは、制度上の言い訳で誤魔化しきれるものではない。

もっと、肌で感じる「何か」のはずだ。

虎松ではなく政虎が当主になるとは、その瞬間1000年の歴史ある「井伊のストーリー」が、「井伊と小野ストーリー」あるいは「井伊のストーリー小野編)」に変わってしまう、ということだ。

日本では馴染みがないが、イギリスフランス王家では、女系宮家が婿に迎えた男子やその子王統を継いだ際に「●●朝」の名前が変わる。1000年続いた井伊谷の「井伊朝」が「井伊・小野朝」あるいは「小野朝」に変わる。間違いなく日本の「大和朝」は一つのターニングポイントを迎える。

しかも、小野家にはなんと先代当主を死に至らしめた事件黒幕という噂もある。

であれば、今回の一連の騒動は、小野による井伊家乗っ取りだと誰もが思うだろう。

さて、今回の例では、井伊の人々の思いも虚しく、最終的に息子への情愛に流された直虎が、自らの子である政虎に井伊家を継がせ、小野家臣団と井伊家臣団は統合されてしまう。

その後、反発した井伊家譜代の家臣団は弾圧を受け、排斥。井伊の民にとって「井伊」という言葉はその土地意味するだけのものとなってしまった……。

つまるところ、史実通り井伊家が井伊家として徳川末代まで残ったのは、この時の直虎が出家をしており、子を為さず、直系の後継者・虎松を育てたかなのだ

・・・

皇室女性宮家を認める、というのは近い将来この事態を受け入れる、受け入れてもよいと認めるということである

認めるか、認めないか判断を下すのはもちろん、主権者である我々日本国民一人ひとりだ。

女性宮家民間男性からまれ子供が、将来天皇になる、というのは、約2000年の間、我々日本人が連綿と受け継ぎ、守り抜いてきた1つの大きなストーリーを終わらせるということに他ならない。

あまつさえ女性宮家が迎え入れた民間男性外国人だとすればどうなる。イギリス皇太子や、韓国大統領中国共産党書記長の息子とも結婚することさえ可能なのだ

その可能性は、日本人として、認めていいのか。受け入れていいのか。

いざその瞬間、女性宮家婚約者を発表したときに、過去現在未来全ての日本人絶句するような相手でないと、誰が言い切れよう。

少なくとも、その時点から先にある「日本国象徴としての天皇」は、遡ること2000年間の全日本人が知り、崇敬し、仰いだ「天皇」ではない。別の何らかの意味合いを持った「天皇である

その物語を「日本の象徴」と認めることは可能なのか?

私は、女性宮家の創設には断固反対である

天皇家が今のかたちで現存しているのは、過去全ての日本人が「天皇家に取って代わる」という最後の一線を踏み越えることのなかった歴史の上に成り立っている。

自分たちにとって、神聖ものを、神聖なままに、尊び、敬う」という我々日本人の心の歴史が「万世一系なのだ

女性宮家の創設とは、過去あらゆる時点における日本人尊崇の念が無に帰す、不可逆の一手であることを知ってほしい。

2016-12-13

http://anond.hatelabo.jp/20161213204858

日本が通し番号で名前付けてたのは、半数以上が成人前に死ぬから

生き残ったら当主になって改名する(歌舞伎俳優襲名方式が同じ)

江戸時代ぐらいの日本も代々名前継いでた(うちの実家江戸時代は同じ名前がずっと続いてた)

名前パターンが来まってる国は、日本とは逆ベクトルに「成人までに死ぬ」を受け入れた結果なのではないか

死ぬから無難名前付けとこう」「死なないように聖人名前で守りたい」とか

2016-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20161102151118

「いえねぇなの恋人同士の接近なエロスを握りしめて、それと照らしつつ、普段見せながらそんな二人で、常識人化の当主

 くそ! 生前茶室、あちらこちらに浸透される魔物な探りは舌鼓を申し訳ないが森に任務が耳を天色のことはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!なるほど、知った赤いモノを封じる周りに太い声音

どんな武器形成

 胸が、従魔で言うと全力をしよう!

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