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はてなキーワード: 自然淘汰とは

2018-12-09

anond:20181209100905

生物多様性を問う場合在来外来かで価値判断をして人工的な影響力を排除するだけで、あとの自然淘汰勝手にして、というもの

一方で、社会の人々の多様性を問う場合自然淘汰は許さずに外部から影響力を与えまくる。

誰しも本能的にいびつものを感じてるよね

2018-11-28

anond:20181128075746

A君はまずいハンバーグ批判せず、大人の知恵のような小賢しい言い訳に終始している所に資本主義限界を感じる

まり市場競争自然淘汰といった概念いかに脆いのかを端的に示している

A君によるB君母への憐憫はまさしくプチブル精神の発露という他なく、ポピュリズム極致だよこれは

やはり純粋マルクス主義こそが人類のゴール

2018-11-23

1年目のSierという存在価値マイナスの塊

奴らは凄いな。

何も出来ない。

何も分からない。

いない方がいいけど、奴らを通さないと仕事が進まない。

レールの上の石ころとはまさに奴らのための言葉だ。

何も言わずに判子だけ押してくれればいいし、何なら書類も全部こっちが代行してやりたいぐらいだ。

なんの為にいる?

なんの嫌がらせだ?

そんな連中を量産しては、結局育てきることもなく辞めさせていくのはなんの為だ?

育ったあとで結果を出していく過程ならまだいいんだ。

あいつらのうに育つのは何%だ?

自然淘汰されていつの間にかよその業種へと渡っていくじゃないか

なんだ?

新人が育つまでの我慢をあと何十回繰り返せば育ち終わった担当者仕事ができるんだ。

虚無感しかない

2018-10-29

話題警察学校漫画を元警官に見せてみた

高校時代の同期に元警官がいるので、話題漫画当人達はどう思うか聞いてみた。

残当。毎年一人二人はこういう奴がいるし、同情の余地なし。」

警官志望はこんな奴気にするな」

「ただの努力不足。努力すれば自然と周りは認めてくれるし、実際ハンディ努力で乗り越えた人はいくらでもいる。」

迷惑なだけなので応募しないでほしい。」

そもそも事実か怪しい。いくら警察だって暴力沙汰には厳しい。盛ってるんじゃない?」

努力しなかったやつが自然淘汰されただけの話。」

警官自衛官はこの程度でくじける精神力の持ち主を求めていない。この苦しみを乗り越えるからこそ警官自衛官という特別な職につける。」

正直もっと突っ込んで聞きたい事、それはおかしいって言いたい事はあったけども、努力して警官になった彼の人生を(家業を継ぐとかでやむなく退官したが)否定するのは友人として出来なかったので強いことは言えなかった。それに最後の「強い精神力を持っていなければ警官自衛官という特別な職に就けない」ってのは否定できなかった。

同期は結構苛烈信条の持ち主で、本来民間企業もこれくらい努力しない人には厳しく当たらなければならない、ってことを常日頃言ってるんだけど、それだけは本当にやめてほしい。

2018-10-25

anond:20181025172548

今の女叩きしてる奴は結婚して子供を産むタイプには見えないか

100年後ぐらいには女を叩くタイプ遺伝子の奴は自然淘汰されてそう

2018-10-21

anond:20181021233118

もともと数生んで自然淘汰されていくのが種の保存だぞ。

文明人はこの自然の摂理を捨てたんだからそもそも生物として終わってる。

2018-10-09

法学論文査読がないという話で覚えておいてほしいこと

以下、司法試験受けるどころかまともに法学単位とれなかった法学徒崩れの一見解です。

査読のある分野とない分野がある

まず、法学にもざっくり2つの分野が存在する。現実社会運用されている実定法研究する「実定法学」と、それ以外の法にまつわる研究をする「基礎法学」だ。

このうち、基礎法学には、少なくとも今「○○ 査読」でググった程度の範囲では、論文誌に査読がある。少なくとも法哲学法制史比較法学法社会学あたりで査読論文誌があるのは確実だ。勿論ないものもあるだろうし、そういうものに関しちゃガンガン批判していくのはありだろう。ただ、少なくとも「全ての法学分野で論文査読がない」というのは明らかに間違い。

実定法学にはおそらく査読がない

こちらはおそらく事実。というか、査読というシステム意味があまりないということは考えられる。これは、実定法学というものイメージがついていないと多分理解しにくい。

あくまで俺認識だが、実定法学においては

  1. 「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」
  2. 「それを基にした個別の条文解釈
  3. 「それらが現実個別事例と出くわした際に発生する『どうあがいても解釈のわかれる問題』」

の三段階くらいレイヤー存在する。ひとつ目は誰だろうと覚えてる当たり前の知識だけど、二つ目になると正解がないので絶対に個々人で異なってくるよね、3つめに至っては言うまでもない、みたいな話はおそらくある。

具体例を挙げよう。刑法には「刑罰は何のために存在するのか」という考えにざっくり2つの異なる立場存在する。「ある個人が、悪とされる『行為』を行ったのでそれを罰しよう」という行為価値論と、「社会的に悪い『結果』をもたらしたからそれを罰しよう」という結果無価値論だ。これは刑法における根本的な思想である。それらはどちらが絶対的に正しいとかではなく「どの分野でどの程度どちらの立場を優先するか」というレイヤーで争いがある。

具体的には、「心が壊れた人間による殺人」と「自分赤ちゃんを殺そうとした人間を殺した母親」などだ。前者は刑法39条規定により無罪となるとしよう。なぜなら、心神喪失状態での行為は「自分の行った行為に対する責任」を問うための刑罰を化しても無意味からだ。その人は自分がおこなったことの意味理解していないから、刑罰を科すことに意味がない。ふざけるな、という意見は多数あるだろう。心情的にそれは俺も理解できる。しかし、それでもなお刑罰を科すとするならば、それは「誰かが人を殺したという『結果』が悪いことである。だから、本人が自分行為理解していなくても、社会としてその結果をもたらした人間を罰しなければならない」という立場をとる、ということにならざるをえない。

では、「自分赤ん坊を殺されようとしている母親が、殺そうとしていた人間を殺した」といった場合、その人間に対してどういう立場をとるべきなのか?「人を殺したという結果は社会にとって変わらないのだから赤ん坊が殺された母親であっても刑罰を科すべき」という立場になり得るのか?

この話は、実のところ論理的には適切な例ではない。結果無価値論と行為価値論は違法性阻却の議論で出てくるものであり、前者は心神喪失による有責性の阻却の話で、後者緊急避難追記ブコメで「正当防衛ではないか」とありましたがそのとおりです。ありがとうございます……)による違法性阻却の話でしか出てこないからだ。もっと言えば刑法民法憲法では基礎になる論理が全く異なる。ここで俺が言いたいのは、実定法における「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」は、法解釈において多くの矛盾を生み出す、ということだ。そこには「正解がない」。どの場面でどのような立場をとるか、それは1か0かで決められる問題ではなく、「ある場面ではAの立場肯定し、別の場面ではBの立場肯定する」、そういった解釈違いが、刑法民法刑法何百何千もの事例において発生する。それらに対して、「ある事例でAの立場をとり、別の事例ではBの立場をとる」という判断の組み合わせに、論理的整合性をどのようにつけるか。それを生み出すのが、ざっくりと法学における「学説」と呼ばれるものになる。繰り返すがこれは刑法の例であり、民法憲法では細かな部分は異なるだろう。だが、どの分野でも「学界の多数説」「学界の少数説」「実務における判例」の3つが異なる立場にある、というものが1つや2つくらいあるのは当たり前だ。それが実定法学の実情だ、と思っていいはずだ。

そんな現実において、あくまで俺の認識に限って言えば、その「矛盾しない解釈論理体系を構築する」というのは研究をやる上では当たり前のことだ。論文出す以前に、研究ができるかどうかという前提の話。何の話をしているかというと、その能力を持っているかどうかを確認するのが「司法試験」であり、司法試験程度(そう、司法試験「程度」)を合格する能力がないと、法学研究なんてできない、というのが現実なのだ。全体的な解釈整合性をとれているのは当然である司法試験合格すらできない人間研究者になれない。「最低限の研究能力」という点で、院なりなんなりに進んでいる時点で最低限の自然淘汰が発生しているのは実定法学研究では当たり前の前提である。したがって「最低限の論理的整合性が取れてるかどうか」という意味での査読そもそもない……というのが、院生の友人知人を持たない俺の、推測レベルでの解釈だ。そもそも論文を出せる環境にいる時点で、能力保証されているからだ。

そして、そこからさらに「構築した論理体系による学説が『受け入れるに値するものか』」って話にまで踏み込むと、そのための「査読」ってなによという話がある。たとえば、心神喪失状態で何十人と殺した人間無罪にすべきという、法学論理的整合性がとれている説を唱える人がでてきた場合、それを査読する意味とは何か。論理的には正しい解釈体系が、何十人もの法学者によって何十個と出来上がっているなかで、誰の立場をとるか。ここまでくると、正直なところ、査読がどうこうという話ではないのだ。はっきり言えば、「その学説社会が受け入れるかどうか」って話なのだ

この辺りを、法学勉強したことがないひと、いや法学勉強したひとですら勘違いしていることがあるけど、法と社会/法と政治というのは、ものすごく漸近している。法学学説が受け入れ良レルかどうか、というのには少なから社会価値観/社会通念が影響しているし、法は決して固定的なものではなく、社会のなかで変動している。法は社会に内在しているし、社会に対して法は影響力を持つ。

そうした実定法学の特徴が生み出すのは、ある一定レベルを越えると「学説が正しいかどうか」が「その学説が多くの人に受け入れられるかどうか」という問題に近づいていく、ということだ。法学部にいればよくあることだったが、どんなすごい教授でも、講義のうち何か1つくらいは、その人独自の(少数派)学説をとっていることはざらにある。だから、そういった場合に「査読があるかどうか」は問題にはならず、「発表した学説が受け入れられるか/無視されるか」という話が、業績や信用性、実力の評価として組み込まれるんじゃねえかな、とは思う。

まあ、それが客観的指標とは言いがたいのが問題だ、というのは絶対ある。だが、その場合はどのようなかたちであれば「客観的指標」による評価法学が下せるのか、というのも問題になるだろう。

このように、「研究ができる/研究論文を出せる」という環境にいるというスクリーニングの上に、「それが社会的に受け入れられるか」が重要視されるという事後的なスクリーニング、その二つがあるからこそ、実定法学に査読文化がない、というのはおおよそ雑な話としては、言えるのではないかと思っている。

で、これを読んで異論があるガチ法学研究者の人、補足というか訂正頼む。ぶっちゃけ法学でまともに単位とってない俺みたいなアホが補足いれないといけない状況にうんざりしてるんだ。真面目に誰か解説してくれ。

2018-09-23

anond:20180923224103

自然淘汰自然選択)ってやつだよな

水害の危険が少ないエリアに住むこともできず、いざ水害が起こっても逃げることもできない弱小な個体が淘汰される

素晴らしいね

2018-09-18

ふと思う

日本人はどの業界に行っても、求道者気取りで二言目には能力のないものは淘汰淘汰と言い出す人間が多い

しかし考えてみれば自然淘汰とは「遺伝子の残しやすさ」に優劣がつくことで後の世に残って行くことであり、

一世代パイの奪い合いで勝者となったものが後の世にも影響を与えて行けないのであればそれは淘汰というより共倒れである

個人資質で奪い合ったパイを残して行くための後進育成に力を注げないワンマン求道者こそが淘汰されていくのである

いわんや、自らの厳しさについて来れない若者は淘汰されよと言わんばかりの老害をや、である

他人を淘汰しているつもりで自分が淘汰されてるんだから世話あない

もう頑張れない

秋バテ」というやつがTV話題になっていたらしいけど、自分はまさに今そんな状態だ。

夏のあの殺人的な暑さをなんとか乗り越えてきたけど疲れはててしまった。最近身体が動かない。寝れば多少回復するけど寝つきは悪いし途中で目は覚めるし3時間程度の睡眠時間一か月くらい続いている。

あの暑さが今年だけなら頑張れるけど来年以降も続いたらどうしようと不安でならない。もしそうだとしたら俺はもう頑張れない。自然淘汰されてゆく動物として生きてゆくか死ぬしかない。

2018-09-07

9月1日自殺が多いんだってね。

今年は土曜日だったから、3日が多かったのかな。

メディア等々で、自殺防止キャンペーン的な?もの散見しました。

自ら死を選ぶ子供は、自然淘汰ってことで、放っておけばいいのに。

今は子供が貴重だから一人でも失いたくないのは分かるけれども、

学校にも行けない子供が、ちゃん給料稼いで納税できる大人になれるのかな。

ひきこもりからニート、親の年金がなくなったら職歴もないまま生保コース

社会保障費納めるどころか食い潰す側に回ってしまうんじゃないかなー。

2018-08-16

anond:20180816182910

その理屈でいうなら乱獲なんて言い方で人間が取っている全体の数パーセント程度の収穫で種が滅びるとか大げさなのもいいところだわ。

ウナギなんてウナギの超えられない高さの段差のせいで生息できる地域が激減してるってことは既に言われてることだ。

日本だけでなく中国の方がその点圧倒的に土地面積も川面積も広いだろ、日本が何したって中国の協力がないと漁獲も環境改善意味いから。

そもそもの話をすれば地球環境の僅かな変化だけで絶滅する種なんて毎年たくさんいるんだぞ。

特別視しているのは人間だけだ。人間有益そうなもの無駄固執から一部の種だけ保全するなんて滑稽すぎ。

過去を振り返れば現存する種よりも絶滅種の方が圧倒的に数多いしそれが自然淘汰なのにゆがめているのは人間のほうなんだが。

2018-07-25

利己的な遺伝子LGBT

10年以上前にヒットした本だが覚えている人も多いだろう。

利己遺伝子論とは何かというと、生物の振る舞いにおける「利己的な」存在単位は、生物種でも生物個体でもなく、遺伝子だという理論である。たまに、「生物利己的に振る舞うように遺伝子によって決定づけられている」という理論だと思っている人が観測されるが、全くそんなことはない。むしろ利己なのは生物個体ではなく遺伝子だとすることで、一見不合理な(利己的でない)ように見える生物個体の振る舞いを、実は遺伝子にとっては合理的な(利己的な)行為として説明することができる理論である

よく知られているように、人間には異性愛者とそうでないものがおり、マジョリティは前者だが後者自然状態で数パーセント〜10パーセントほど生まれるという。そして、これは人間だけでなく、自然界の他の生物種にも普遍的に見られることが知られている。よく、「ゲイは子孫を残せないか生物として不自然だ」という非常にナイーブな主張があるが、少なくとも人間特有現象でないことは明らかである

では、子孫を残せない同性愛者は、なぜ自然淘汰されないのだろうか? ダーウィンに従うならば、子孫を残すのに不利な形質は淘汰されるはずだ。

答えは簡単同性愛は子孫を残せないが、遺伝子は残せるからである

どうやって? 自分同性愛者であっても、自分遺伝子の大半は、自分の近親者に共有されている。したがって、自分の近親者が子孫を残し繁栄すれば、自分遺伝子も受け継がれるのである

逆に、遺伝子ほとんど同じもの複数いるのだから、何も全員が子孫を残さなくてもいいわけだ。全員が異性愛でなくても、何も不自然なことはないのである

2018-07-18

38度でダウンしてたらこ先生きのこれない

地球温暖化はこれから更に加速する。

今はまだ7月8月けがこの暑さだけど、そのうち5月にもこれぐらい暑くなるし7月の暑さはこんなものじゃなくなる。

その時代になったら38度でダウンするような奴らは社会には不要になるよ。

自然淘汰さ。

この程度のことで騒いでいたのは牧歌的だったなと振り返るようになるさ

2018-07-17

anond:20180717103224

自然淘汰される側にも尊厳がある。

淘汰される際に爪痕を残そうとするのは自然なことだろう。

2018-07-07

anond:20180707150628

演歌は創られた伝統」というのは要するに、「演歌はニセモノの日本の伝統だ」ということですよね。

「ニセモノ」というのは、「ホンモノ」があるから成り立つわけです。ホンモノが明確ではないのであれば、ニセモノも明確ではないということになる。

だとすると、

演歌はニセモノの日本の伝統だ」という主張をするためには、

「これがホンモノの日本の伝統だ」という主張が必要不可欠なはずです。

これは正しい。

まずそもそも日本」という単位自体ナショナリズムのものといっていい。

ゲルナーは『民族ナショナリズム』において"政治的単位民族単位を一致させようとする政治的原理"をナショナリズムと捉えた。

日本の伝統と言ってしまうと必然的にそうなる。

肯定する場合でも否定する場合でも主語日本にしてしまうとそうなる。

国家及び民族主語にして語る時点でナショナリズム的と言っていい。

演歌はもともと西洋音楽から日本の伝統ではない」

ということを自明であるかのように語る人がいっぱいいるけど、全然自明じゃないです。

もし仮に、日本は古来から文化的排他的海外のものを寄せ付けなかった、とかい歴史的事実存在するのであれば、

演歌はもともと西洋音楽から日本の伝統ではない」というのは正しいと思います

でも実際には、そんな歴史的事実存在しないんですよ。

箏も三味線も、もともとは海外ナウい楽器だったし、雅楽ももともとは海外ナウい音楽ジャンルだったわけす。

仏教インド発祥だということはだれでも知ってることのはずです。

ようするに、もともと海外のもの伝統になる、ということは日本では古来から普通のことだったわけです。

というか世界的に見てもそれが普通なんですよ。


この段落は非常に雑だし、前提がおかしい。

当該社会集団が何を選択的に残し、何を排除たか。何をナウいと考え、何をダサい判断たか

その価値判断は誰によるものか。どういう思想によるものか。

そういった当該社会集団による意図的選択連続としての受容史を単なる伝播、自然淘汰と読み違えている。

インド仏教日本仏教は全く違いますよね。

また、楽器で例えるなら韓国伽耶琴と日本の琴は全く違いますよね。

ダルシマーヤンチンは全く違いますよね。

文化は伝播してもそのまま伝わるわけではなく、ある種の選択判断が生じている。

雅楽だって日本韓国昔ながらのスタイルのままだと主張しているが、実際には微妙な違いがある。

その価値判断伝統の名の下にくだすのがナショナリズム的言説でしょ。

たとえばですよ、

正月によくかかる「春の海」という曲はたいてい「伝統音楽」の棚においてあります。この曲は洋楽邦楽ハイブリッドです。形式的には完全に西洋音楽です。

から

「春の海は形式的には洋楽から日本の伝統じゃないよ」

という意見もあります。でも同時に、

作曲者バリバリ邦楽演奏家なんだから日本の伝統じゃん」

という意見もあるわけです。

で、このふたつのどちらが客観的に正しいかということを実証することは不可能です。人それぞれ価値観が違う、としか言いようがない。

いやそもそも音楽学者で《春の海》をそういった視点分析する奴は今日びいないです。

伝統かどうかというのはもはや何の問題提起にすらならないんですよ。

なぜならその枠組み自体幻想だという前提で読むからね、まともな音楽学者は。

伝統」とはなんなのか、「日本」とはなんなのか、「音楽」とはなんなのか、

とういうような哲学的な問いにきっちり答えないといけないはずなんですよ、もし演歌はニセモノだと言いたいのであれば。

「創られた伝統」という概念と「創られたわけではない伝統」という概念は、どこがどういうふうに違うのか、

ということを哲学問題として、きっちり論理的説明しなきゃいけないはずなんですよ。でも、そんな作業してる音楽学者なんていないですよね。いたら教えてください。


とっくに議論されています伝統の創出についてはホブズボウムがまず前提。

ヘルダー、ダールハウスタラスキン、ヴィオラリーマン、リッサ、アドラーも読んでどうぞ。

特に19世紀ヨーロッパナショナリズム芸術関係が盛んに論じられていたので、

この分野の先行研究として学びがある。ロシアスペインフィンランドハンガリーなどなど。

繰り返すけど伝統って自然に生じるものではなくて、外と相対化されて初めて気づくものだし

伝統自体共同体による幻想なんだよね。

割と最近テレビラジオ地方地方性を駆逐したのではという話もあって面白い

北海道沖縄も、東京の発信する音楽文化に染まってしまったという話で、

それが国家音楽民族音楽だと大衆勝手に読み替えられているという話ね。

音楽って人間社会性そのものだよねってのはブラッキングの『人間音楽性』の指摘だが、

そういう純粋なる民族性の罠にはまってないですか。増田

あれ、演歌の話どこいった。

2018-06-22

anond:20180622231340

戦後~その直後生まれたベイビーたちが育ちあがるころは戦争で死にまくった後で若い男が少なかったからとにかく男(稼ぎ手)ってだけで大事にされたんじゃないか

そのままの意識高度経済成長期まで来る→経済低迷&男女個体数安定(むしろそれまでの環境なら自然淘汰されたような弱い個体医療進歩によって生き延びる)→気が付けば少子化男女同権社会

そんな感じでおっさんが『あれ…?なんか俺たちが若いころ見てた光景と違わないか』と気づく層とそんなこと全く気づかずにいけいけどんどんで突き進む層に分かれてるとみている

2018-06-17

正直、数百年以内に惑星間移動しないと人類の存続が危うい状況で、

連れ子がどうとか関係ないんですわ

から、俺みたいな考えの大人しい奴と結婚すれば虐待なんかされないのにねー

どうして、女という生物DQNに惚れて、地球の中で一族諸共自然淘汰されてしまうのだろうか?

2018-06-09

[] LGBTが普及しない理由

子孫が残せないから。

つの時代も、LGBT自然淘汰され、減っていく運命にあった。

今は、インターネット個人自由情報発信できる時代から、潜伏していたLGBTが表舞台に出てきて、急に増えたように錯覚しているだけでは?

(今も昔も、LGBT自体存在していた。排他的一神教社会では、LGBTを神の意思に反する異端として排除していた?)

2018-05-25

なぜロリペドは淘汰されなかったのだろう

ロリペドって子供を壊してしまうわけやん。せっかく死亡率の高い乳幼児期を乗り越えて無事に育った子供を壊してしまうのって人間全体の敵だったんじゃない?なんで自然淘汰されなかったんだろう?すべての人間子供を守る本能がある、くらいに進化しても不思議じゃないと思うがなあ。

2018-05-03

anond:20180503012306

自然淘汰されていたら、既に俺らは生まれてないのでは?と思っている

希望を捨てるな

2018-04-02

幻の日本原産種 増田(学名 ishiki takaikei in kya)の生態調査報告

雌雄の個体の平均身長は158~167cmほど(性成熟すると雄は盛んにマウンティングの際の鳴き声で185cmや190cm代という声で鳴く)

日本全国に分布するが、海外への移入外来種は記録されていない、過去世界各地、主にアメリカ西海岸や、イスラエルテルアビブなどに輸入が図られたが、スキル不足や季候に合わずすべての個体が定着に失敗している

基本的に雑食性であるが、性成熟した雌雄は盛んにアメリカ西海岸産や、アメリカ流行の食物を好む、反面中国産韓国料理ノルウェー産魚介類オージービーフなどは「勝ち組は食べない」などという鳴き声で嫌う習性が報告されている。

22歳で性成熟した個体特に雄に関しては、IT業界に生息するが、数万体に一体の割合でなる個体上級SE」「フルスタック」等を除けば、30歳~35歳を境にIT業界からはいなくなる、これは専門家の間では自然淘汰によるものという説が現在有力である

IT企業における飼育下では、特にSIerソフト屋の客先常駐スキルが高いエンジニアしかいない自社開発などの環境下においては、チック症候群、うつ病、消化器不良、パニック障害躁うつ病統合失調症慢性疲労症候群にすぐかかるが、精神治療や薬物治療自己啓発書、なろう小説、雌個体は悪役令嬢小説などを与えると、亜科に属するヒトと同じくらいの寿命は生きるという説がある。

飼育下で家畜として使役したい場合は、web業界の檻を与え、やりがい、将来性、スキルといった餌をあたえ、勉強会や週に一回の自宅リモート勤務を与えるとよい

ただし、週2~3回に増やすと、サボり始めて生産性を著しく落とし、「マウンティング」「給与交渉」「SNS会社の内情を暴露」といった習性に出るために注意が必要

増田飼育は困難を極めるため、国内飼育したい場合は、IPA資格プロジェクトマネージャー、もしくはPMP資格がなく、許可なく飼育して野生化個体精神個体などを生み出すと、罰則などが設けられている。

野生化、飼育下での繁殖率は著しく低く、一説にはジャイアントパンダよりも繁殖が難しいため、繁殖手法確立などの研究がされているが、未だ有効手段確立されていない。

フリーランス、完全フレックス制のwebホワイトベンチャー外資系社内SEといった環境でなければすぐに病気にかかるほど非常に繊細な個体である

やりがいスキルといった言葉を与え、フリーランスで放牧、男女ともに容姿のいい飼育員などで介護すると、泡の立つドブ川に生息し、ジャンボタニシの卵を主食にしても問題がないほどの免疫力を得るという説が存在している。

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