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はてなキーワード: 自然淘汰とは

2019-03-14

anond:20190314102844

外部要因がクレームだろうが、それを上回る声が上がったら生存するんだから

それも含めて自然淘汰ってことじゃない。

暖かい寒いけが自然じゃなくて、クレーム時代環境のもの自然ってことだろう。

anond:20190314102422

クレーム」という外部から攻撃で滅ぼされるのを「自然淘汰」とは言わんだろ常考

anond:20190314094217

それはそれでいいんだよ。

自然淘汰ってことで諦めるしかない。

どちらにせよいつかは見れなくなったりするもんだろうし。

全部の作品が残るべきってのは理想論から

から投票に一人一票でなくAKBスタイルをとっているところがポイントなのよ。

2019-02-12

「昔は○○だった」という人

歴史の長いお店や施設などでありがちだが、「昔は○○だったのに今は××でサービスが悪くなった!」という人。

「今までにこうだったことが、これからもずっとそうである、それでなければならない保証必然性もない」という発想に至れないのはなぜだろう。

いわば「既得権益保護せよ」「既得権益を奪うとはけしからん」との訴えなのだろうか。

単に保守的と言えばそれまでなのかもしれないが、変化とか多様性とか叫ばれる現代においてここまで柔軟性に乏しいと、一体これからどうやって生きていけるのだろう(願わくは自然淘汰されてほしいとも)と、余計なお世話だが不安視せざるを得ない。

2019-01-27

anond:20190127130446

そんな政治家出てくれないかなー

補助金打ち切って最低学力レベル義務付ければ自然淘汰されるだろうに

そしたら新卒採用もなくなる

2019-01-20

anond:20190120235215

狩猟時代男が死にまくったから男女が半々(に産む遺伝子自然淘汰で生き残った)」というのは飛躍がないだろうか。

それなら半々の説明がつかない。男性が多くても成立する。

2019-01-18

anond:20190118163230

これもコミュニケーション能力一種なので、よっぽど感性が尖ってるセンスか際立って優れてる、とかじゃなきゃ説明できないデザイナー自然淘汰されていくよ

2019-01-08

少子化民主主義の結果なのだからもっと喜ぶべき

結婚を願えば、普段社会動物ぶるくせに、非モテだのなんだのルッキズム全開で自然淘汰は当たり前といい、

いざ妊娠すればタイミングだの障害あるだの理由つけて中絶し、

出産したとしても泣き声がうるせーだの、電車内のベビーカー邪魔だの、産休は認めないだの文句を言い、

預かってくれる保育園は数年待ちでそれを計算して出産しなればならない現状、入れたとしてもまたうるせーという苦情。

教育費は1000万以上かかると煽るくせに、糞金持ちどもはピケティを絶賛しつつもタックスヘイブンして貧困民や子育て家庭にも再分配されないし、それの罰則すらない。

少子化はみんなが望んだ結果でしょ、ほらもっと喜べよ

2018-12-26

妥協婚が無い時代

昔の女は経済的に男に頼るしかなかったけど、今はそうじゃないからね。

女一人でいくらでも稼げる時代からしょうもない男と結婚する必要が無くなってる。

マッチングアプリも爆発的に広がっているし、中流以下のしょうもない男女は子供を残すことな自然淘汰されていく。

経済的社会的に高スペック人間のみが遺伝子を次の世代に受け継いで行く時代に入った。

人生イージーモードの子供が量産されている現代

わざわざ低スぺ人間同士が妥協して結婚して子供を作っても、ハードモード人生ゲームを子供強制的やらせることになるだけだからやめたほうが良いんだろうな。

人類全体の幸福を考えたら、昔より今の時代の方が良い。人生ゲームは簡単であればあるほど幸福だ。

2018-12-23

一番かわいい人間でも、一番不細工な猫よりかわいくない

という感覚生物としては少々バグっていると思うが

そのようなバグを抱えた私は猫だけ飼って子孫は残さず終わりそうなので

なるほど自然淘汰ですわ、と納得する

しかし、世代を重ねても猫を可愛がる人が減ったという話は聞かない

猫の人類支配は、淘汰圧をも超える謎の力でなされているらしい

2018-12-09

anond:20181209100905

生物多様性を問う場合在来外来かで価値判断をして人工的な影響力を排除するだけで、あとの自然淘汰勝手にして、というもの

一方で、社会の人々の多様性を問う場合自然淘汰は許さずに外部から影響力を与えまくる。

誰しも本能的にいびつものを感じてるよね

2018-11-28

anond:20181128075746

A君はまずいハンバーグ批判せず、大人の知恵のような小賢しい言い訳に終始している所に資本主義限界を感じる

まり市場競争自然淘汰といった概念いかに脆いのかを端的に示している

A君によるB君母への憐憫はまさしくプチブル精神の発露という他なく、ポピュリズム極致だよこれは

やはり純粋マルクス主義こそが人類のゴール

2018-11-23

1年目のSierという存在価値マイナスの塊

奴らは凄いな。

何も出来ない。

何も分からない。

いない方がいいけど、奴らを通さないと仕事が進まない。

レールの上の石ころとはまさに奴らのための言葉だ。

何も言わずに判子だけ押してくれればいいし、何なら書類も全部こっちが代行してやりたいぐらいだ。

なんの為にいる?

なんの嫌がらせだ?

そんな連中を量産しては、結局育てきることもなく辞めさせていくのはなんの為だ?

育ったあとで結果を出していく過程ならまだいいんだ。

あいつらのうに育つのは何%だ?

自然淘汰されていつの間にかよその業種へと渡っていくじゃないか

なんだ?

新人が育つまでの我慢をあと何十回繰り返せば育ち終わった担当者仕事ができるんだ。

虚無感しかない

2018-10-29

話題警察学校漫画を元警官に見せてみた

高校時代の同期に元警官がいるので、話題漫画当人達はどう思うか聞いてみた。

残当。毎年一人二人はこういう奴がいるし、同情の余地なし。」

警官志望はこんな奴気にするな」

「ただの努力不足。努力すれば自然と周りは認めてくれるし、実際ハンディ努力で乗り越えた人はいくらでもいる。」

迷惑なだけなので応募しないでほしい。」

そもそも事実か怪しい。いくら警察だって暴力沙汰には厳しい。盛ってるんじゃない?」

努力しなかったやつが自然淘汰されただけの話。」

警官自衛官はこの程度でくじける精神力の持ち主を求めていない。この苦しみを乗り越えるからこそ警官自衛官という特別な職につける。」

正直もっと突っ込んで聞きたい事、それはおかしいって言いたい事はあったけども、努力して警官になった彼の人生を(家業を継ぐとかでやむなく退官したが)否定するのは友人として出来なかったので強いことは言えなかった。それに最後の「強い精神力を持っていなければ警官自衛官という特別な職に就けない」ってのは否定できなかった。

同期は結構苛烈信条の持ち主で、本来民間企業もこれくらい努力しない人には厳しく当たらなければならない、ってことを常日頃言ってるんだけど、それだけは本当にやめてほしい。

2018-10-25

anond:20181025172548

今の女叩きしてる奴は結婚して子供を産むタイプには見えないか

100年後ぐらいには女を叩くタイプ遺伝子の奴は自然淘汰されてそう

2018-10-21

anond:20181021233118

もともと数生んで自然淘汰されていくのが種の保存だぞ。

文明人はこの自然の摂理を捨てたんだからそもそも生物として終わってる。

2018-10-09

法学論文査読がないという話で覚えておいてほしいこと

以下、司法試験受けるどころかまともに法学単位とれなかった法学徒崩れの一見解です。

査読のある分野とない分野がある

まず、法学にもざっくり2つの分野が存在する。現実社会運用されている実定法研究する「実定法学」と、それ以外の法にまつわる研究をする「基礎法学」だ。

このうち、基礎法学には、少なくとも今「○○ 査読」でググった程度の範囲では、論文誌に査読がある。少なくとも法哲学法制史比較法学法社会学あたりで査読論文誌があるのは確実だ。勿論ないものもあるだろうし、そういうものに関しちゃガンガン批判していくのはありだろう。ただ、少なくとも「全ての法学分野で論文査読がない」というのは明らかに間違い。

実定法学にはおそらく査読がない

こちらはおそらく事実。というか、査読というシステム意味があまりないということは考えられる。これは、実定法学というものイメージがついていないと多分理解しにくい。

あくまで俺認識だが、実定法学においては

  1. 「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」
  2. 「それを基にした個別の条文解釈
  3. 「それらが現実個別事例と出くわした際に発生する『どうあがいても解釈のわかれる問題』」

の三段階くらいレイヤー存在する。ひとつ目は誰だろうと覚えてる当たり前の知識だけど、二つ目になると正解がないので絶対に個々人で異なってくるよね、3つめに至っては言うまでもない、みたいな話はおそらくある。

具体例を挙げよう。刑法には「刑罰は何のために存在するのか」という考えにざっくり2つの異なる立場存在する。「ある個人が、悪とされる『行為』を行ったのでそれを罰しよう」という行為価値論と、「社会的に悪い『結果』をもたらしたからそれを罰しよう」という結果無価値論だ。これは刑法における根本的な思想である。それらはどちらが絶対的に正しいとかではなく「どの分野でどの程度どちらの立場を優先するか」というレイヤーで争いがある。

具体的には、「心が壊れた人間による殺人」と「自分赤ちゃんを殺そうとした人間を殺した母親」などだ。前者は刑法39条規定により無罪となるとしよう。なぜなら、心神喪失状態での行為は「自分の行った行為に対する責任」を問うための刑罰を化しても無意味からだ。その人は自分がおこなったことの意味理解していないから、刑罰を科すことに意味がない。ふざけるな、という意見は多数あるだろう。心情的にそれは俺も理解できる。しかし、それでもなお刑罰を科すとするならば、それは「誰かが人を殺したという『結果』が悪いことである。だから、本人が自分行為理解していなくても、社会としてその結果をもたらした人間を罰しなければならない」という立場をとる、ということにならざるをえない。

では、「自分赤ん坊を殺されようとしている母親が、殺そうとしていた人間を殺した」といった場合、その人間に対してどういう立場をとるべきなのか?「人を殺したという結果は社会にとって変わらないのだから赤ん坊が殺された母親であっても刑罰を科すべき」という立場になり得るのか?

この話は、実のところ論理的には適切な例ではない。結果無価値論と行為価値論は違法性阻却の議論で出てくるものであり、前者は心神喪失による有責性の阻却の話で、後者緊急避難追記ブコメで「正当防衛ではないか」とありましたがそのとおりです。ありがとうございます……)による違法性阻却の話でしか出てこないからだ。もっと言えば刑法民法憲法では基礎になる論理が全く異なる。ここで俺が言いたいのは、実定法における「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」は、法解釈において多くの矛盾を生み出す、ということだ。そこには「正解がない」。どの場面でどのような立場をとるか、それは1か0かで決められる問題ではなく、「ある場面ではAの立場肯定し、別の場面ではBの立場肯定する」、そういった解釈違いが、刑法民法刑法何百何千もの事例において発生する。それらに対して、「ある事例でAの立場をとり、別の事例ではBの立場をとる」という判断の組み合わせに、論理的整合性をどのようにつけるか。それを生み出すのが、ざっくりと法学における「学説」と呼ばれるものになる。繰り返すがこれは刑法の例であり、民法憲法では細かな部分は異なるだろう。だが、どの分野でも「学界の多数説」「学界の少数説」「実務における判例」の3つが異なる立場にある、というものが1つや2つくらいあるのは当たり前だ。それが実定法学の実情だ、と思っていいはずだ。

そんな現実において、あくまで俺の認識に限って言えば、その「矛盾しない解釈論理体系を構築する」というのは研究をやる上では当たり前のことだ。論文出す以前に、研究ができるかどうかという前提の話。何の話をしているかというと、その能力を持っているかどうかを確認するのが「司法試験」であり、司法試験程度(そう、司法試験「程度」)を合格する能力がないと、法学研究なんてできない、というのが現実なのだ。全体的な解釈整合性をとれているのは当然である司法試験合格すらできない人間研究者になれない。「最低限の研究能力」という点で、院なりなんなりに進んでいる時点で最低限の自然淘汰が発生しているのは実定法学研究では当たり前の前提である。したがって「最低限の論理的整合性が取れてるかどうか」という意味での査読そもそもない……というのが、院生の友人知人を持たない俺の、推測レベルでの解釈だ。そもそも論文を出せる環境にいる時点で、能力保証されているからだ。

そして、そこからさらに「構築した論理体系による学説が『受け入れるに値するものか』」って話にまで踏み込むと、そのための「査読」ってなによという話がある。たとえば、心神喪失状態で何十人と殺した人間無罪にすべきという、法学論理的整合性がとれている説を唱える人がでてきた場合、それを査読する意味とは何か。論理的には正しい解釈体系が、何十人もの法学者によって何十個と出来上がっているなかで、誰の立場をとるか。ここまでくると、正直なところ、査読がどうこうという話ではないのだ。はっきり言えば、「その学説社会が受け入れるかどうか」って話なのだ

この辺りを、法学勉強したことがないひと、いや法学勉強したひとですら勘違いしていることがあるけど、法と社会/法と政治というのは、ものすごく漸近している。法学学説が受け入れ良レルかどうか、というのには少なから社会価値観/社会通念が影響しているし、法は決して固定的なものではなく、社会のなかで変動している。法は社会に内在しているし、社会に対して法は影響力を持つ。

そうした実定法学の特徴が生み出すのは、ある一定レベルを越えると「学説が正しいかどうか」が「その学説が多くの人に受け入れられるかどうか」という問題に近づいていく、ということだ。法学部にいればよくあることだったが、どんなすごい教授でも、講義のうち何か1つくらいは、その人独自の(少数派)学説をとっていることはざらにある。だから、そういった場合に「査読があるかどうか」は問題にはならず、「発表した学説が受け入れられるか/無視されるか」という話が、業績や信用性、実力の評価として組み込まれるんじゃねえかな、とは思う。

まあ、それが客観的指標とは言いがたいのが問題だ、というのは絶対ある。だが、その場合はどのようなかたちであれば「客観的指標」による評価法学が下せるのか、というのも問題になるだろう。

このように、「研究ができる/研究論文を出せる」という環境にいるというスクリーニングの上に、「それが社会的に受け入れられるか」が重要視されるという事後的なスクリーニング、その二つがあるからこそ、実定法学に査読文化がない、というのはおおよそ雑な話としては、言えるのではないかと思っている。

で、これを読んで異論があるガチ法学研究者の人、補足というか訂正頼む。ぶっちゃけ法学でまともに単位とってない俺みたいなアホが補足いれないといけない状況にうんざりしてるんだ。真面目に誰か解説してくれ。

2018-09-18

ふと思う

日本人はどの業界に行っても、求道者気取りで二言目には能力のないものは淘汰淘汰と言い出す人間が多い

しかし考えてみれば自然淘汰とは「遺伝子の残しやすさ」に優劣がつくことで後の世に残って行くことであり、

一世代パイの奪い合いで勝者となったものが後の世にも影響を与えて行けないのであればそれは淘汰というより共倒れである

個人資質で奪い合ったパイを残して行くための後進育成に力を注げないワンマン求道者こそが淘汰されていくのである

いわんや、自らの厳しさについて来れない若者は淘汰されよと言わんばかりの老害をや、である

他人を淘汰しているつもりで自分が淘汰されてるんだから世話あない

もう頑張れない

秋バテ」というやつがTV話題になっていたらしいけど、自分はまさに今そんな状態だ。

夏のあの殺人的な暑さをなんとか乗り越えてきたけど疲れはててしまった。最近身体が動かない。寝れば多少回復するけど寝つきは悪いし途中で目は覚めるし3時間程度の睡眠時間一か月くらい続いている。

あの暑さが今年だけなら頑張れるけど来年以降も続いたらどうしようと不安でならない。もしそうだとしたら俺はもう頑張れない。自然淘汰されてゆく動物として生きてゆくか死ぬしかない。

2018-09-07

9月1日自殺が多いんだってね。

今年は土曜日だったから、3日が多かったのかな。

メディア等々で、自殺防止キャンペーン的な?もの散見しました。

自ら死を選ぶ子供は、自然淘汰ってことで、放っておけばいいのに。

今は子供が貴重だから一人でも失いたくないのは分かるけれども、

学校にも行けない子供が、ちゃん給料稼いで納税できる大人になれるのかな。

ひきこもりからニート、親の年金がなくなったら職歴もないまま生保コース

社会保障費納めるどころか食い潰す側に回ってしまうんじゃないかなー。

2018-08-16

anond:20180816182910

その理屈でいうなら乱獲なんて言い方で人間が取っている全体の数パーセント程度の収穫で種が滅びるとか大げさなのもいいところだわ。

ウナギなんてウナギの超えられない高さの段差のせいで生息できる地域が激減してるってことは既に言われてることだ。

日本だけでなく中国の方がその点圧倒的に土地面積も川面積も広いだろ、日本が何したって中国の協力がないと漁獲も環境改善意味いから。

そもそもの話をすれば地球環境の僅かな変化だけで絶滅する種なんて毎年たくさんいるんだぞ。

特別視しているのは人間だけだ。人間有益そうなもの無駄固執から一部の種だけ保全するなんて滑稽すぎ。

過去を振り返れば現存する種よりも絶滅種の方が圧倒的に数多いしそれが自然淘汰なのにゆがめているのは人間のほうなんだが。

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