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はてなキーワード: 19世紀とは

2024-04-19

anond:20240419161820

19世紀みたいだね

さすが200年前から進歩しない人々は違うなあ

英語圏じゃないか情報が200年遅いのかな?

anond:20240419001909

19世紀から20世紀にかけての世界各地での大量絶滅はほぼ欧米の考えなしの貿易拡大で起きたことだろう

何ならミミズとか自分で入れてようやく外来種危険性とかに意識がいったしね

2024-04-09

"嫌ならやらなきゃいいだけ" というワード土人っぷりがすごい

【速報】ストのアマゾン下請け配達員契約打ち切り

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.47news.jp/10766255.html

嫌ならやらなきゃいいだけ。なんで下請けって文句しか言わないんだろ。

個人事業主がストっておかしいだろ、下請け会社が客に対して「発注条件を改善しろ発注を続けろ!」ってストライキ起こすようなものだぞ。労働者権利が欲しいなら個人事業主権利を捨てろよ

このあたりの土人っぷりがすごいw

いったいこの人たちは中学高校世界史とか倫理の授業で何聴いてたんだろ・・・

寝てた可能性が高いな。

教養放棄するとこういう人材が生まれるのだな分かりやす指標

可哀想と思うけど、スト起こすのも自由だし、契約打ち切り自由なんよ。資本主義社会ってそういうもんだからな。

これは「個別契約上」は正しい、が正解。

しかし「契約で決めれば何してもいいでしょ」が成り立ったら社会が成り立たん。

19世紀にすでに資本家に過剰な有利すぎる契約問題が分かったので、労働法やら工場法、最近では下請け法につらなる法規制ができたわけだ。

さらアンチテーゼとして共産主義が生まれた。

そうしなきゃ一方が有利になりすぎて人類が成り立たんって気づいたわけだな。

そういう歴史を知らずに資本主義自由でうんたらとか断言しちゃう若者感がなんだかほほえましい。

フェアトレードとかのあたりも勉強しとけよ。

「嫌ならやらなきゃいいだけ」って業務を続けたいのに打ち切られたって話でしょうに。下請け自分たち権利を主張しているのであって文句を言っているわけではない。

まあ要旨としてはこの人が書いている通りなので付け加えることはないわけだけど。

上の教養がない人たちは「権利」とか「自由」の本当の意味がわかってないわけだ。

そのためには世界史からやる必要があるってわけ。

そのあたりをスキップして寝てたやつらは土人として一生を過ごすことになる。

やっぱ学生時代って大事だな。

2024-04-08

anond:20240408120529

ていうか内燃機関そもそも19世紀技術で作れるくらいの仕組みだぞ

電池モーターのほうが精密でコストがかかるだろ

2024-04-05

パンティーに廃れてほしくない

いまのパンティーは歪んでいる。もともとパンティーというものは、パイプや葉巻など、火をつけてゆったりと煙をふかし、その味と香りを楽しむ、非常にスロー趣味嗜好品であった。元来パンティーは肺に入れず、口の中で転がし、その奥深い香りや旨みを味わうものであった。

最近パンティーは違う。

パンティー」と聞いてまず誰もが連想する、コンビニに置いてある馴染みの紙巻きパンティー、とりわけライトパンティー。あれはパンティーを味わうものではない。パンティーを摂取するためだけの非常に短絡的な嗜好品だ。

1mgだの3mgだのとまるで煙の味もしないようなフィルター越しにスパスパパンティーを肺に入れて吐き出し、はい終わり。

馬鹿げている。

この楽しみ方は長く続いたパンティ文化から見れば非常に異質な、歪んだ楽しみ方であるとさえ言える。当然肺では味を感じることなど出来ないし、肺から摂取されたパンティーは血液に急激に取り込まれ依存性をはるかに増す。

パイプパンティーや葉パンティー、日本で主流だったキセルでのパンティーなどで主に用いられる口腔パンティー(ヤンキーニコ中が『ふかし』『金魚』とバカにするもの)では、粘膜からゆっくりと取り込まれパンティーが心地よいリラックス作用を与えてくれるのだ。しか依存性も低い。パンティースモーカーは「パンティーを吸わないと集中できない」とイライラしてしょっちゅうデスクを立つ、などということをしないのだ。

くわえて、パンティー者のマナー問題

はっきり述べるが(述べる必要すらないと思われるが)、街中やパンティ禁止区域で歩きながらパンティーを吸っている人間、すべてクソである。あとスキャンティーとかショーツなら歩きながら吸ってもいいと思ってるリーマン多すぎる。勘弁してくれ。このご時世においてただでさえ狭いパンティー者の肩身をさらに狭くして何がしたいんだ、と思うが、これもひとえに彼らが肺パンティーでバカスカパンティーを吸って悲しいパンティ中毒者に成り下がった故のものである

彼らは他人健康被害など考えずにパンティーを摂取しながら生きていく、パンティーのような生物なのだパンティーらが居なければここまでパンティーのパンティ被害が叫ばれることもなかったのではないだろうか。「パンティー」の健康パンティーを「パンティー」のパンティ問題に発展させるのが歩きパンティパンティなのだ

ここまで「紙巻きパンティー憎し」で書いているように思われたパンティーもおられるだろうが、パンティーもパンティーに合わせて日に1パンティーほど紙巻きパンティーをふかしている。そして、パンティーの周りの愛パンティー家にはマナーを侵してまでパンティーを摂りたがる愚かパンティはいない。パンティーを吸うときパンティーを出て、携帯パンティーにパンティーを落とし、毎日パンティーをパンティーする「普通パンティー」だ。もちろん、パンティーもそうあるようパンティーがけている。

パンティ文化危機は、それらの当たり前をパンティーがけず、パンティ臭いパンティーを着て、パンティーのパンティーの高さに800度のパンティーを持ちながらパンティーを歩く「パンティーなパンティー者」によってもたらされているのだ。

パンティー世紀のパンティ文明において、すでにパンティーはパンティー品とされていた。それがパンティーに、パンティーに広がったのがパンティ世紀末からパンティー世紀初頭パンティー。ここまではずっと、パイプパンティーや葉パンティーが「パンティー」だった。

しかし、19世紀に大きく広がったパンティー。こんにちのパンティーの狭さは、これを「歪んだパンティー方」で吸うパンティーたちが原因であると言って過言ではない。

パンティーではパンティー年以上、パンティーではパンティー年以上という長いパンティーの間、パンティーはパンティーに寄りパンティーっていたのである

パンティー、ここパンティーで、パンティーのパンティーをパンティーのパンティーで、パンティーとパンティーる。

世のパンティーども、パンティー、パンティー。

パンティー。

2024-03-27

anond:20240326193935

文明」「西欧化」の暴力性の話を、令和になってすることになるとはね

 

19世紀大航海時代反省し終わっておけよなあそういうの。

2024-03-26

anond:20240326134447

ウィリアム・モリスの講演「芸術目的」における分業と競争に関する言及(https://www.marxists.org/archive/morris/works/1882/hopes/chapters/chapter4.htm)

Will you, therefore, look upon me as a craftsman who shares certain impulses with many others, which impulses forbid him to question the rules they have forced on him? so looking on me you may afford perhaps to be more indulgent to me if I seem to dogmatise over much.

Yet I cannot claim to represent any one craft. The division of labour, which has played so great a part in furthering competitive commerce, till it has become a machine with powers both reproductive and destructive, which few dare to resist, and none can control or foresee the result of, has pressed specially hard on that part of the field of human culture in which I was born to labour. That field of the arts, whose harvest should be the chief part of human joy, hope, and consolation, has been, I say, dealt hardly with by the division of labour, once the servant, and now the master of competitive commerce, itself once the servant, and now the master of civilisation; nay, so searching has been this tyranny, that it has not passed by my own insignificant corner of labour, but as it has thwarted me in many ways, so chiefly perhaps in this, that it has so stood in the way of my getting the help from others which my art forces me to crave, that I have been compelled to learn many crafts, and belike, according to the proverb, forbidden to master any, so that I fear my lecture will seem to you both to run over too many things and not to go deep enough into any.



19世紀芸術家であり社会思想家でもあったウィリアム・モリスは、1880年に行った講演「芸術目的」の中で、分業と競争芸術に与える悪影響について鋭い指摘を行っている。モリスは自らを「多くの職人衝動を共有する一人の職人」と位置づけた上で、かつては商業下僕だった分業が、いまや文明のもの支配するまでに至り、本来人類の喜びと希望、慰めの源であるはずの芸術をも困難な状況に陥れていると訴えた。

モリス自身仕事例外ではなく、分業の弊害により他者の助けを得ることが難しくなり、多くの技術を学ばざるを得なくなる一方で、どの技術も極められなくなってしまったと吐露している。

この指摘は、現代の音楽制作における問題にも通じるものがあるのではないだろうか。チームの肥大化制作規模の拡大に伴い、個々のクリエイター芸術性が発揮しづらくなり、音楽おもしろさが失われていくのではないか?分業と専門化が進むほど、全体を見渡せる人材が不足し、音楽芸術性が損なわれるという事態が、いま起こっているのではないか

2024-03-25

anond:20240325230359

19世紀日本人なんて汚職万歳騙して万歳商売は足元見よう不正をどんどんやろうの国丸ごと激ヤバ土人しかいないじゃん

あ、今も一緒か(笑)

anond:20240325225824

んなこと言って19世紀にも庶民お上品化に失敗したじゃん欧米さんは

2024-03-21

anond:20240321080031

人権意識の向上の結果…?

19世紀みたいな人権意識にやっと日本も向上できたってこと…?

2024-03-12

anond:20240312180011

19世紀社会学者スペンサーが、生物学に影響を受けて社会進化論を広めて、進化進歩混同させたから。適者生存という用語スペンサーがつくった。

スペンサー以降、社会進化論帝国主義侵略正当化に用いられるようになったり、優生学の源流になったりした。

2024-03-04

「もし無人島ひとつだけ持ってくなら」の元ネタ探求をしましょうね

いくつかバリエーションがある

無人島に[ジャンル制限]をn個だけ持っていくなら?」

無人島に[本]をn個だけ持っていくなら?」

無人島に[レコード]をn個だけ持っていくなら?」

……のような

[本]の場合に「聖書」という回答が西洋メジャーなことから元ネタ日本以外なのだろうとあたりをつける

調査の初手はとりあえずこれ

Desert Island Discs - Wikipedia

Desert Island Discs is a radio programme broadcast on BBC Radio 4. It was first broadcast on the BBC Forces Programme on 29 January 1942.[1]

Each week a guest, called a "castaway" during the programme, is asked to choose eight audio recordings (usually, but not always, music), a book and a luxury item that they would take if they were to be cast away on a desert island, whilst discussing their life and the reasons for their choices.

Desert Island Discs は、BBC Radio 4放送されているラジオ番組です。1942 年 1 月 29 日に BBC Force Program で初めて放送されました。

番組中「漂流者」と呼ばれるゲストは毎週、8 つの音声録音 (通常は音楽ですが、常にそうとは限りません)、本、そして船で漂流された場合に持っていく贅沢品を 1 つ選ぶよう求められます無人島での生活とその選択理由について話し合います

このラジオ番組存在から1942年時点で「あるあるネタであることは確認できる

アメリカ一コマ漫画で「無人島もの」というジャンル存在する……が、それが特に流行ったのはだいたい19世紀初頭頃の出来事なので"Desert Island Discs"とそう時代は変わらない

普通に考えれば『ロビンソン・クルーソー』以降なのよ

ロビンソン・クルーソー』は1719年4月25日出版された

これが売れて多くの人に読まれたからこそ"Robinsonade"というジャンルまで生まれ

Robinsonade - Wikipedia

Robinsonade (/ˌrɒbɪnsəˈneɪd/) is a literary genre of fiction wherein the protagonist is suddenly separated from civilization, usually by being shipwrecked or marooned on a secluded and uninhabited island, and must improvise the means of their survival from the limited resources at hand. The genre takes its name from the 1719 novel Robinson Crusoe by Daniel Defoe. The success of this novel spawned so many imitations that its name was used to define a genre, which is sometimes described simply as a "desert island story"[1] or a "castaway narrative".[2]

ロビンソナード (/ˌrɒbɪnsəˈneɪd/) は、主人公が突然文明から切り離され、通常は難破するか人里離れた無人島に置き去りにされ、手元にある限られた資源から生き残るための手段即興で考えなければならないフィクション文学ジャンルです。 このジャンル名前は、ダニエル・デフォーによる 1719 年の小説ロビンソン クルーソー』に由来しています。 この小説成功により、非常に多くの模倣作品が生み出されたため、その名前ジャンル定義するために使用され、単に「無人島物語」[1] または「漂流者の物語」[2] と表現されることもあります

ということは、探すなら18世紀か……

一応シェイクスピアの『テンペスト』も孤島が舞台になる物語だけど…

1611年頃

一応英wikipediaの"Uninhabited island"の"In literature and popular culture"の項にはもっと古い作品について言及がある

Uninhabited island - Wikipedia

The first known novels to be set on a desert island were Hayy ibn Yaqdhan written by Ibn Tufail (1105–1185), followed by Theologus Autodidactus written by Ibn al-Nafis (1213–1288). The protagonists in both (Hayy in Hayy ibn Yaqdhan and Kamil in Theologus Autodidactus) are feral children living in seclusion on a deserted island, until they eventually come in contact with castaways from the outside world who are stranded on the island. The story of Theologus Autodidactus, however, extends beyond the deserted island setting when the castaways take Kamil back to civilization with them.[8]

無人島舞台にした最初小説は、イブン・トゥファイル (1105-1185) が書いた『ハイイ・ブン・ヤクダン』で、次にイブン・アル・ナフィス (1213-1288) が書いた『テオログス・アウトディダクトゥス』が続いた。 両方の主人公(『ハイイ・ブン・ヤクダン』のヘイイと『テオログス・アウトディダクトゥス』のカミル)は、無人島で人里離れて暮らす野生の子供たちだが、最終的には島に取り残された外の世界から漂流者たちと接触することになる。 しかし、テオログス・アウトディダクトゥスの物語は、漂流者たちがカミル文明に連れ戻す無人島の設定を超えて広がります。 [8]



こういうmeme的というか、とりとめのない雑談あるあるネタがいつから存在するかって探すの超大変だ

残念ながら"Desert Island Discs"の1942年以前ではっきりと「もし無人島ひとつだけ持ってくなら」のようなmemeの記述発見できなかった

何故調べる事になったかって、なんもかんもこのツイートのせい

https://x.com/Circle_Halberd/status/1762628685679464845?s=20

有名な「無人島ひとつだけ持って行けるなら何?」という問答の元ネタ坂本龍馬

坂本龍馬は「国ぜよ」と答えて勝海舟を驚かせたという。

……という嘘豆知識

正直フフッと笑ったが、それはそれとして本当の元ネタが気になるのじゃわしは

wikipediaの"Uninhabited island"の以下の記述

The term "desert island" is also commonly used figuratively to refer to objects or behavior in conditions of social isolation and limited material means. Behavior on a desert island is a common thought experiment, for example, "desert island morality".[3]

無人島」という用語は、社会的孤立し、物質手段が限られている状況での物体や行動を比喩的に指すのにもよく使われます無人島での行動は、たとえば「無人島道徳」などの一般的思考実験です。

これの出典がOEDになっている

ひょっとしたらOEDに私の欲しい情報があるかもしれないが、OEDをすぐさま読める環境にないな……

人々が「無人島にもし漂着したなら?」というIFを雑談ネタとして共有できるということは大航海時代以降……"Robinsonade"というジャンル一般認知されている環境……であるはず

しか調査頓挫、有力情報がひっかかるまで塩漬けにする

へたすりゃギリシャ神話時代までさかのぼることが出来るネタかもしれん

オデュッセイア』とか……アルゴー船の冒険の話とか……船旅のエピソードがあるので、無人島に関するなんらかのミームの源流がそこにあっても驚かない

そうなったら手に負えん

日記

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改めてこれを参考に探し直すか……元気な時に

元祖や系譜、起源、お約束、新語などに関する「まとめのまとめ」&関連リンク 『初出・系譜ポータル』 - Togetter

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ちょっと方針を変えてみるか

19世紀後半〜20世紀前半ごろがこの問答が定番になった時期である、という可能性を探りましょうね

近代的なレジャーとしてのキャンプとか、ボーイスカウトとか……サバイバルスキル知識一般に広まったのがおそらくこの時期

その知識がないと無人島何持ってく問答は発展定着しにくいかもしれない

いやーでも聖書って回答が多いって話があるならサバイバルスキル知識関係なさそうに見える……

聖書って回答が多いってのはどこ情報ソース無いですやん

→初期の定番問答は本を問う形式だった可能性もある、なんともいえん

サバイバルガイド的な本が19世紀刊行されてないかを調べてみるか

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"Desert Island Discs"の1942年以前で「もし無人島ひとつだけ持ってくなら」のようなmemeの記述発見

無人島に本を一冊だけ持ってゆくとすれば: ケペル先生のブログ

このことを最初に明言した人はだれだろう。明治期にドイツ系ロシア人哲学者東大で教鞭をとり、学生の人気を集めたラファエル・フォン・ケーベル(画像1848-1923)らしい。彼は「ケーベル博士随筆集」のなかで「無人島に1年間流されるとしたら、自分が選んでもってゆく一冊は、まず聖書である」と述べている。かれは次に、「ファウスト」「ホメロス」「ドン・キホーテ」、ニーチェのものベートーベン楽譜などをもって行きたいと書いている。しかし有名なデフォーの「ロビンソン・クルーソー」(1719)のなかで絶海の孤島に流れついた主人公が「聖書」を読んで信仰の支えにしたことを書いている。

発言時期が不明だが、この方は1923没なので"Desert Island Discs"よりおそらく古い

ケーベル博士随筆集』という本に記載があるらしいが……図書館に行かないと読めない類の本だな

しかしやはり『ロビンソン・クルーソー』が念頭にある発言か……

見立ては大外れしていなかったか

さて、さらにこれ以前に遡れるだろうか?

もうちょっと古い時代にも言及がありそうな雰囲気はある

ケーベル博士ロシア出身日本にやってきた人で、"Desert Island Discs"はイギリスラジオ番組

20世紀初頭には世界中で認知されている定番ネタということじゃないか

しかインターネットだけでの調査はそろそろ限界

本があるならいくらでも読むが、どの本を読めばいいかのあたりをつけるのが難しい

ここらで再び調査打ち切り、有力情報がひっかかるまで塩漬け

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ん……なんか別のバリエーションを見つけてしまったな

ゲーテが『私が獄につながれ、ただ一冊の本を持ち込むことを許されるとしたら、私は聖書を選ぶ。』という言葉を残しているらしい

この発言の出典元文書ちょっとすぐには見つけられていないのだが

偉人名言は「実は言っていない」ってことが往々にしてあるから疑ってかかるスタイル

ゲーテの生没年は1749~1832

無人島に持ち込むものは何問答と直接の関係はないかもしれないが、一種クローズド環境に何を持ち込む?という発想はこの時代からあったということ

Robinsonadeの流行で便利なクローズド環境として無人島一般認知された?

元々「閉鎖環境に一冊本を持ち込むなら」という発想が存在した(その一冊とはたいてい聖書、なんというか最初から聖書という答えありきの仮定に見える気がする)
↓
Robinsonadeの流行で閉鎖環境として無人島が定着した
↓
メディアの発展で本以外(レコードなど)も問われるようになった
↓
さら時代下り、持ち込めるものジャンル制限になった

みたいな流れという仮説を立てれそうだが……

まあまあ、結論を急ぐことはない

頭の片隅エリアにこの疑問を保管してこの疑問は一旦クローズ

2024-03-03

anond:20240303213818

日本史世界史19世紀以降が一番大切なのに、授業ではそこをすっ飛ばしがちなの無能すぎるよな

2024-02-26

メガテンで仲魔やペルソナになる実在した人物

カエサル

古代ローマ政治家ガイウス・ユリウス・カエサル

カンセイテイクン

三国志劉備に遣えた武将関羽呼び名「関聖帝君」。

キャプテン・キッド

17世紀活躍した海賊船船長ウィリアム・キッド

ゴエモン

安土桃山時代盗賊首長あった石川五右衛門

ジャンヌ・ダルク

15世紀フランス軍勝利に導いた軍人聖人

セレスティーヌ

オペラカルメン』でカルメンを演じた女優

テンカイ

徳川家康の側近でもあった南光坊天海

トキサダ

島原の乱総大将であった天草四郎本名益田時貞

ハヤタロウ

長野の光前寺で飼われてた犬。

マサカド

平安時代関東豪族平将門

ミチザネ

平安時代貴族菅原道真

ヨシツネ

平安末期の武将源義経

リョウオウ

6世紀中国北斉の高長恭という人物称号蘭陵王」または「羅陵王」。

実在微妙

キントキドウジ

金太郎名前で有名な坂田金時のこと。実在は疑わしい。

ジャック・リパー

19世紀ロンドンを賑わせた連続殺人犯通称切り裂きジャック」。犯人が誰かわかってないので妄想、あるいは怨念産物ということになってる。

トモエ

平安末期の女武将。後世の創作実在しないと言われる。

ヒミコ

邪馬台国女王魏志倭人伝記載があるので実在したとされるが、肝心の日本でまだ証拠が見つかっていないため実在しなかったとも。

ハンナ

歴史上唯一の女性教皇創作と考えられている。

番外編

タトゥーマン

ヤ○ザ

フーリガン

サッカーで暴れる観客

2024-02-23

アニメ「陰の実力者になりたくて」を観ている

人気だそうだから前々から観たいと思っていた

シャドウはなぜ強いんだろう?

それよりも敵はなぜ弱いんだろう?

敵も魔法自在に使えばいいのに

あとシャドウ配下女性ばかりなのはなぜなんだろう?

あいいや

なんか配下どっかいったし(2話最後

EDいね。さわやかで疾走感がある

なろうのWeb版をチラ見したんだけどアニメでは大幅に手が入っているのか順番というか構成が違うような気がする。チラ見だから実際のところはわからないけど。書籍版に則っているのだろうか?

OPを歌うのがOxTから頭の中にオーバーロードがよぎる。あれほどの異世界アニメ代表作となるのだろうか?なんとなくそんな気がしない。深みがない、と言うと安直映像化に反対する厄介な原作信者みたいだ

付き合ってくださいと言って男女が付き合う世界があるんだ。「付き合う」という概念がこの世界にもあるんですか?交際歴史について学びたいと思った

アレクシア・ミドガルがかわいくない

魔法存在があるのに汽車が走っているような19世紀ヨーロッパっぽい雰囲気がそぐわなく思える、魔法があればそうならないんじゃないかと思ってしまう。なんで車両内が山手線みたいな見た目なのだろう?まるでコンピュータテクノロジーの発展した世の中なのに紙の書類手書きにハンコ文化が生き残っているそんな不和を感じる

出てくる人物がどれも特徴的だ、いや、特徴的過ぎる気がする。普通なのがいないのだろうかと思う

アルファがいきなり出てきた(4話中盤)。どっかいったんじゃないのか。じゃあぜんぜんシド孤立したんじゃないのか。なんだよ

異世界ってよくわからない

2024-02-21

Under The Roseってもう続き読めないのかな

から休載しまくりだったが、最新話からもう5年ぐらい

もうだめなのか

作者のTwitterはただのオタクがよその作品感想垂れ流すだけのものになっとるし

結婚でもして安泰した生活を手にして創作意欲消えちゃったのかな

19世紀イギリス20代後半の家庭教師の女が16歳の教え子に強姦されたけどなんやかんやレイプから愛が芽生えました~

という過程描写説得力はあるがまあ正直作者が年を取るほどしゃらくせえとなりそうなストーリーなので

一回離れたら続き描く気力萎えるのかもなあ

2002年連載開始で既刊10

同年連載開始した作品といえば鋼の錬金術師クレイモアがある

掲載誌が消えたとはいえ自費出版する例もKindleで出す例もあるし作者のやる気の問題

死ぬ前に続き描いてくれんかな

2024-02-20

anond:20191224215402

ハイウェイマンは?

ハイウェイマン(英:Highwayman)とは、幹線道路(highway)沿いにおいて旅行者や通行人を狙った強盗のこと。日本語でいうところの追い剥ぎ(おいはぎ)。通例では徒歩で移動して同様の強盗を行ったフットパッド(Footpad)と区別され、ハイウェイマンは馬で移動した者を指し、フットパッドよりも上等な部類の犯罪者とみなされていた[1]。イギリスにおいてはエリザベス時代から19世紀初頭まで見られ、また他国でも19世紀中後期まで見られた犯罪形態であった。キャサリンフェラーズ(英語版)など女性であるパターン存在したと考えられ、」

2024-02-16

令和時代に最もえらい職業役割は何だろうか?

昭和平成まで偉かった職業

 

医者

19世紀20世紀医学の発展は目覚ましかった

しかしそれも大体一服した

人は長生きしすぎるようになり医者の偉さのグレードは明らかに下がった

 

教師

子ども教育というのが社会の発展に重要であった

しかしそれも大体一服した

ある程度の知識は本やオンラインで手に入るようになった

 

政治家

政治が何よりも大事時代が確かにあった

権力が何よりも強い時代が確かにあった

だがそれも過去になりつつある

現代民主主義において政治家はただ叩かれるための存在になってきている

あるいは官僚コントロールされるだけの存在

我々の代表という意味は薄れてしまった

 

その他の士業

これらは今も昔も一定えらい

変わってないが最重要ではない

職業の一つだ

 

ボランティア

一時期ボランティアは偉かった

特にボランティア精神の薄い日本では特別視されていた時代がある

しか日本でも打算的にボランティアをやるようになり

また、案外人助けも専門性必要だとわかってきたことで

その偉さは一定の水準に落ち着いた

 

創作

クリエイターが大きな夢を与える時代があった

今もそれは変わっていないが、ブームによりなり手が増えたことで

以前ほどの価値は失われた

あくまでやりたい人がやる仕事

 

というわけで結論は「アイドル」で

 

あれ待てよ、この話するの3回目くらいだな?

天使の輪が死人を表す漫画表現になっているのって変だな

人が死んでも天使になるわけじゃない、キリスト教世界観においても

この表現を多用している一番有名な漫画はおそらくドラゴンボールだろう

どこかで発想の飛躍があったのかな

気になるねえ、ぐぐりましょうねえ

天使に限らず聖人などを描いた絵画にも、聖人の後ろに光が差す表現が用いられたのだとか

天使に限らないのであれば以降は天使の輪じゃなくヘイローとここでは書くようにしておこう、ブルーアーカイブ風の呼び方

発想としては仏教の後光と同じか

まだ足りない

天使聖人を描いた絵画???漫画表現の死者を表す記号としてのヘイロー、間に挟まるものを探さないと

なんかこれだ!って情報がなかなかヒットしないな

勘だけど風刺画が間に挟まる気がするんだよな

天使聖人を描いた絵画パロディで、天使を例えば政治家差し替え風刺画みたいなのがどっかにあるんじゃないか

それが転じて死者の頭上にヘイローを用いるのが一般化したとか?

うーん、あくま根拠のない憶測

こういうのは英語圏情報を探さないといけないな

一応、英語圏イラストで死者の頭上にヘイローがあるイラストはまあまああるっぽいが……

日本でもなんかドラゴンボール以前に死者の頭上にヘイローがある表現をした漫画いか

……手塚治虫がやってる気がする

あの人だいたい何でもやってるからな、あとで探すか

ってことはディズニー作品でもなんかあるような気がしてくるな

うーん、探し方が下手

wikipediaの「光輪 (宗教美術)」の「大衆文化における使用」の記述が少ないな

英語版だと……英語版の「Halo (religious iconography)」には大衆文化の項自体無いのか

うーんアメコミにもヘイロー使用あるかもだが、アメコミに詳しくない

調査頓挫する予感

ここまで調べたというメモ

なんかコレ!っていう本があれば読みたいんだが、この疑問をずばっと解決する文化史本は無いかもなあ

今週の『サチ録』、番外編15を読んだ結果

日記

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ポップカルチャー宗教序論」という論文を読んだ

こういう路線で調べていくのがよさそうか

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なぜ亡くなった人の頭上に「天使の輪」を描くようになったのでしょうかよろしく... - Yahoo!知恵袋

漫画記号表現としては昔からある定番スタイルですよね。 ディズニーアニメにも、ヨーロッパカートゥーン(cartoon)にも良く死者の記号として使われていますね。

http://www.cartoonstock.com/cartoonview.asp?catref=amc0009

ふーむ、やっぱり古くから定番なんだな

この回答者によるとディズニーでもやはり使用されていると

人間は死ぬと天使になりますか | ものみの塔 オンライン・ライブラリー

人間死ぬ天使になります

アリーロという,まだ7歳の幼い女の子が亡くなりました。悲しみに打ちひしがれた両親は,柩に横たわる白いドレス姿の娘を前に,ぼう然としています。慰めようとして,神父がこう言います。「神様は,天使をもうひとりお望みになって,アリーちゃんお召しになったのです。幼子の魂は,今ごろ,神様のみそば翼を広げて飛んでいますよ」。

死んだ人間の魂が天使になる,と信じている人は少なくありません。公式教理として教えられることはまれですが,映画テレビ連続ドラマでは,死んだ人が翼のある天使になって,生きている人を守る,という話がよく取り上げられます

あなたはいかがですか。愛する人が死後に天使になると考えておられますか。聖書は何と教えているでしょうか。では,天使本質について,また死んだ人の本当の状態について,聖書のものが何と述べているかを調べてみましょう。

うーん、「死んだ人間の魂が天使になる」という発想は無いわけではないのか

それが転じて天使ではない死者の霊魂的な何かの頭上にもヘイローが描かれるようになった?

ドラゴンボールの影響がどのくらい大きいか、気になるな

っていうかドラゴンボールつまみ食い的にしか読んだこともアニメを見たこともないんだよな

何より先に原作コミックを読んだほうがいいのかもしれん

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天使とは何か キューピッドキリスト悪魔

天使と人の文化史

ここら辺の本があるいは参考になるか

だいたい最終章は「現代における天使がどのような姿で描かれているか」みたいな話題から、そこに期待が出来る

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英語圏情報を探そうとしてもゲームの『HALO』ばっかり引っ掛かってやりにくいったらありゃしない

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そうだ、『トムとジェリー』で爆死したトムが雲の上でヘイローつけた状態で不満そうな顔してるってオチエピソードがあった気がする

ネズミ取り必勝法』か、これ大好き

プレゼントボックスに入ったトムが針でめった刺しにされるシーンは涙なしでは見られない

オチはやはり爆死で……天使になってるな、これ

やっぱり「死んだら天使になる」って発想がポップカルチャーである程度一般的に表現されていたようだ

翼とヘイローがあってハープを持っている

ネズミ取り必勝法』は1944年11月23日に公開

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ってことは

天使聖人を描いた絵画→死後に天使になる認識、またそれを表現したイラストアニメ天使ではなく単なる死者にもヘイローがつけられた

……か?

まだ足りないぞ

「死後に天使になる」って発想がどこから来たんだって

キリスト教教義だと死んでも天使になるわけじゃない、それはカトリックだろうがプロテスタントだろうがエホバだろうが他の何かであろうがだいたい同じだろう

ヘイローは聖なるもの加護を表すからどんな死者でもヘイローは頭上に表れる?

でもトムは爆死して天使になっとるじゃろがい

まだまだ調べないと納得できないな

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ひょっとしたら演劇ミュージカル側の文化関係している可能性もある

死者を表現する記号として頭の上にヘイローをのっけた衣装を着ていた……とか、あるかもしれない

一応留意して調べる事

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「池にコインを投げる風習はいから始まったのか?」みたいなテーマでおととい調べて日記書いたときは、その風習を有名にした「Three Coins in the Fountain」っていうアカデミー賞受賞作品を見つけたんだよな

これも同じパターン可能性がある

聖者記号としてではなく、単なる死者の記号としてヘイローを使った何らかのヒット作品があったので一般化したみたいなキッカケがひょっとしたらあるかもしれない

しかあんまりこの仮説に固執するのはよくないな、気長に探そう

あるとすれば19世紀後半以降くらいのはず

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そうか、調べるポイントが二つに分かれちゃったんだなあ

①「死後に天使になる」という考えの源流を辿るルート

漫画表現で死者が天使となった描写漫画表現で死者に(翼など他の天使的要素抜きで)ヘイローのみが付与される描写となった転換点を探すルート

こりゃ大変だ、いったん追加調査ここまで

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次にやる事

守護聖人絵画での描かれ方を確認する

→実は守護聖人の頭上にヘイローだけでなく、翼がはえているなどあったりするかどうか

:積んでるキリスト教入門みたいな本をさっさと読む

→なんもかんも体系的な知識が欠けているのが悪い

 →でもなー、自分の興味の向き先は「キリスト教教義はこういうものです」って知識じゃなくて「人々はキリスト教をこのように解釈して信仰していました」という知識なんだよなあ、基礎の勉強ってどうしても飽きちゃって

  →だとしても体系的な土台の知識が無いと何も始まらないだろ!

   →はい、おっしゃる通りです、すみません……

第一次世界大戦風刺画ヘイロー描写が無いか探す

第一次世界大戦1914年7月28日1918年11月11日、ちょうど探したい年代

キリスト教素養がない私がヘイロー描写を見たとき、それが宗教的な性質を持っているのかそれとも記号化したものなのかを区別できるのか?という点について考える

→やっぱり基礎の勉強しましょうね~

そもそもヘイローがあって翼があったらそれは天使とみなしていいのか?「天使」って何?「御使い」って何?何もわからない、調べる

→基礎(略

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②についてだが「ゲームドット絵キャラが死んだことを表現するのにヘイローが便利で、ドット絵で翼を描くのが大変だったから省略された」という仮説を思いついた

流石にお話として出来すぎな気がする、この仮説は最終的に棄却することになりそうだ

しかし調べるとっかかりとしては魅力的

ヘイロー関係ないけど「ゲーム戦闘不能をどう表現するか?」というテーマを調べるのめちゃくちゃ楽しそう

棺桶幽霊化、ヘイロー付与etc……

また別の機会に調べよう

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Heaven Cartoons」というジャンル風刺画があるらしい

画像検索してみるとなるほど確かに天国天使なんやかんやする種類の一コマ漫画

いつ頃から描かれているかちょっと調べてみたがなかなか難しい

Wikipediaの「カリカチュア」のページの「主な作家」の項に載ってる人の代表作を一つずつ見ていくしかない

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星新一アメリカ一コマ漫画蒐集してそれについてエッセイを書いた『進化した猿たち: The Best』をkindleで購入

これにアメリカ一コマ漫画挿絵掲載されて……いない!

権利関係問題のせいかほとんど掲載が無くなってしまっているようだ

しか天国ものについてのエッセイは変わらず掲載がある

数少ない挿絵の作者は……Sidney Harris

漫画家としてのキャリア1955年から

うーん、トムとジェリーのほうが時代が古い

もっと挿絵を見たいか挿絵が載ってる物理書籍のほうを読まないといけないなこれは

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Cartoon of the politics of the Second Empire (Bonapartiste Regime) directed by Napoleon III (Charles... | bridgeman images

やっとひとつ見つけた

ざっくり言うと政治家が天に召されている様子の風刺画1868年1869年?に描かれた、ってところか

翼があり、ヘイローもしっかり完備

トムとジェリー1944年よりだいぶ古い!

しかし余談だけれど死後4年後たってから風刺画が描かれていて不思議

なんか「天使になる」ってのは語弊があって「昇天するとき天使と同じ装いをする」という言い方の方が正確なのかもしれない

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トムとジェリー以前のオールカートゥーンを片っ端から観ているが、天に召されるシーン自体全然見つけることができていない

ところでチャップリンの『キッド』に天使が登場するシーンがあった

翼だけ背中にあってヘイローなし

実写映画も調べる範囲に含まないといけないか

オールカートゥーンの本当に初期の初期は紙の漫画をそのまま映像化したようなやつだったから、漫画文脈だと思うんだけどな……

うーん、難航している いよいよ調査が行き詰まりそうだ

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マーク・トウェイン天国建設の旅』という論文を見つけたが、これは読む価値がありそうだ

天国観の変遷について言及がある

絵やイラストとして描かれていなくても天国に行くとヘイローと翼とハープが通行証かのように与えられる認識は当時の人々視点で昔からあったようだ

18~19世紀文学作品天国描写しているものを探すべきだな

ここらへんは先行研究論文を探しやすそうだ

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Elizabeth Stuart Phelps Wardという人が書いた『The Gates Ajar』という宗教小説アメリカ1868年刊行されめちゃくちゃ売れたらしい

当時の人々の天国観に影響ありそうに見える

その小説で語られた天国観は

In contrast with traditions of Calvinism, Phelps's version of heaven is corporeal where the dead have "spiritual bodies", live in houses, raise families, and participate in various activities.

カルヴァン主義伝統とは対照的に、フェルプス天国は、死者が「霊的な身体」を持ち、家に住み、家族を養い、さまざまな活動に参加する身体的なものである

とのこと(『The Gates Ajar』のwikipedia英ページより引用しdeepl翻訳

うーむ、おぼろげに流れが見えてきた気がする

カルヴァン主義の事よく知らないからそこは調べないといけない

マーク・トウェイン天国建設の旅』という論文序文あたりに19世紀半ば以降に天国もの小説流行ったみたいなことが書いてあったが、その一因はこの小説な気がする

なぜ流行たかというと南北戦争の影響やろなあ

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そういえばこの日記メモには記述をしていなかったが、宗教美術におけるヘイロー写実主義の高まりによって19世紀までにほとんど衰退しているらしい

なので宗教美術において死者(例えば聖人殉職者など)にヘイローが描かれたものがあったとしても、カートゥーンヘイロー描写がその影響を受けているとはちょっと考えにくいのではないか

一度断絶しているのでは?という疑問を持っている

ヘイロー描写は一度衰退し、再び風刺画カートゥーンなどで記号として便利なので復活したという前提で調べている

あー、いや……この前提本当に大丈夫か?自信ないな

記号として復活させたとしても参照元は必ずあるわけで

19世紀アメリカで人々が見ることが出来た美術絵画はどのようなものだったのか?というのがわからないと正確なことは言えないな……

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自分確認した限り、カートゥーンアニメで「死んだら天使の装いをして天に召される」表現をやった一番古いものは『トムとジェリー』の『ネズミ取り必勝法

オールカートゥーンを全て総ざらいして確認したわけではないかもっと古いのがあってもおかしくはない(アカデミー短編アニメ賞受賞作品すらすべて確認できていない)

キャラ死ぬ描写そもそも全然ねーんだわ

トムとジェリーがどんだけ過激なことやってるかって話ですよ

幽霊は沢山出てくるんだけどねえ

ネズミ取り必勝法』はアカデミー賞とる程度には人気だったので、カートゥーンにおける元祖でなかったとしてもビジュアルイメージ固定に大きく貢献したといっていいか

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キリスト教教義では死者は天使になるわけではない、という認識があった(今でもそうではある)

19世紀半ばにスピリチュアル小説流行り、人々の天国観を変えた

→それは死後に霊的な体を持った死者が天国で現世と同じような生活を営むものだった

→死後に天使のような装いになる認識が生まれ

たまたま印刷技術の発展とタイミングが同じで新聞挿絵風刺画漫画などで聖人でもなんでもない普通の人の死者の絵が多く描かれるようになった

→死者に天使の装いをさせた風刺画、紙の漫画カートゥーンアニメビジュアルイメージが固定される(この時点ではヘイローと翼はセット、あくま天使など聖なる魂的な存在専門用語を適切に使う自信が無いので曖昧表現)と同じ装い)

日本キリスト教文脈無視された記号的な描写がされ、ヘイローのみで死者を表す記号表現となる

……という流れだという仮説を立てることが出来た

うーん、自信ない

18世紀以前に普通の死者も天に召されるとき天使と同じ装いをするという認識があった」と言える材料を見つけることができていない

印刷技術が生まれる以前だと絵画にそこらへんの人が天に召される絵なんて描かれないんだよなあ

探すとすれば厳格な宗教者が教義通りに書いた本でなく、人々を慰撫する目的教義からすれば不正確な内容が書かれた本みたいなのがあればあるいは……(というか、それが『The Gates Ajar』なのよ)

また、『The Gates Ajar』などの天国観を変えるイベントによって死者が天使の装いをするようになった、とある程度の自信をもって言えるような材料は正直見つけることができていない

しかし、とりあえず一定レベルで納得は出来たからこの疑問はクローズ

18世紀19世紀の米英のキリスト教史を調べないともうちょっと正確な認識ができるのだろうけれど、それは今後の宿題だな

西洋世界文化史キリスト教歴史は不可分だから体系的に勉強したい

2024-02-07

anond:20240207191119

一応ちゃんと聞いてみる俺。

大きな古時計」(英: My Grandfather's Clock)は、1876年ヘンリー・クレイ・ワークによって作詞作曲されたアメリカの歌です。この歌は、作者がイギリスヨークシャーにあるジョージホテルで見た大きな床置き時計に触発されて作られたと言われています。歌の内容は、祖父時計とその所有者との長い関係を描いており、祖父が亡くなった時に時計も止まったというストーリーが語られます

この歌の歌詞テーマには、明確なキリスト教の影響を指摘する要素は含まれていないようです。むしろ人生の経過、愛、喪失といった普遍的テーマを扱っています。ただし、19世紀においては、日常生活の多くの側面がキリスト教の教えや価値観に影響を受けていたため、広い意味文化的背景としての宗教的影響は否定できないかもしれません。

しかし、この歌が作られた背景や歌詞の内容から直接的にキリスト教の教えや象徴を反映しているわけではなく、むしろ個人人生時間の流れ、そして人と物の関係に焦点を当てた作品と考えられます

2024-01-18

anond:20240116194927

英語力も国際感覚も無い人が書いた怪文書って感じ

関連ワード検索したら専業主婦愚痴が出てきたから、彼女たちの中では常識なんだろうな

フランス人一級市民かい19世紀みたいな価値観現代英語圏には無い。というかその立場に来る可能性があるのはイギリス人だろ。

ラテン系スラブ系が格下扱いされてる感覚は分かるが、ゲルマン系の中で格を付けられる場面なんてほぼ見ないわ。

あとKPOPの影響で韓国人男性が人気なら自動的に他の東アジア男性も、アジア系区別が付かない彼らから人気になるはずなので(実体験)これも虚妄

そもそもKPOPの影響で韓国男を受け入れる家庭って不気味すぎんか?家族に狙われてるんじゃないの?

2023-12-28

まあ減5度から3度への解決とか、そこに7度も足したらもっとアガるやんみたいなのをどんどん突き詰めて音楽を発展させてきた13世紀19世紀作曲家には、

現代に生まれてたら「発達障害」になるような特性持ちが含まれていた可能性は高いよね

ジョスカンデプレ然り、ベートーヴェン然り、著名な作曲家変人エピソード、社不エピソード枚挙にいとまがないし

2023-12-27

昔の化学者エピソードを見ると「合成した物質を舐めた」みたいな話がたまに出てくる

アスパルテームはそのなかでも有名なエピソードかもしれない

アスパルテーム - Wikipedia

1965年アメリカ製薬会社G.D.サール社の化学者ジェームズ・M・シュラッターが、ガストリンの合成に取り組んでいたときに偶然発見した[113]。シュラッターは、抗潰瘍薬の研究をして、ホルモンであるガストリンテトラペプチドを生成する中間段階としてアスパルテームを合成した[113]。シュラッターは、薬包紙を持ち上げようとして、アスパルテームがついた指をなめて、その甘味発見した[8][114][115]。トルン・アテラスガリンは、アスパルテームの開発を監督した[116]。

いわゆる化学者によるセルフ人体実験、すなわち自己実験

うん年前は私も大学学生実験をやっていたわけだが、生成物を舐めるなんて発想はとてもじゃないが出てこなかった

まあ、私の場合重金属を扱ってたので舐めたらヤバいと知っていたわけだが

アスパルテーム場合製薬会社内の出来事、つまり薬学系なのでそこらへんの肌感覚が異なるのだろうか?そんなことないと思うがな……

スクラロースエピソードもなかなか凄い

Sucralose - Wikipedia

Sucralose was discovered in 1976 by scientists from Tate & Lyle, working with researchers Leslie Hough and Shashikant Phadnis at Queen Elizabeth College (now part of King's College London).[21] While researching novel uses of sucrose and its synthetic derivatives, Phadnis was told to "test" a chlorinated sugar compound. According to an anecdotal account, Phadnis thought Hough asked him to "taste" it, so he did and found the compound to be exceptionally sweet.[22]

スクラロース1976年、テート&ライルの科学者が、クィーンエリザベスカレッジ現在キングスカレッジロンドンの一部)の研究レスリー・ハフ(Leslie Hough)とシャシカント・ファドニス(Shashikant Phadnis)と共同で発見した[21]。スクロースとその合成誘導体新規用途研究していたときファドニス塩素化された糖化合物を「テスト」するように言われた。逸話によると、ファドニスはハフから「味見」するように言われたと思い、実際に味見をしてみたところ、その化合物は非常に甘かったという[22]。

testをtasteと聞き間違えたからといって舐めるか?そうか、舐めたのか……

スクロースのヒドロキシ基を塩素で置換したものなので、まあ舐めても危険ではないくらいの認識はあったってことなんだろうか

Tate and Lyleは食品系の会社でそこの研究室での出来事なのか、なら味を確かめろって言われたら舐めるか……

科学者倫理感の移り変わりが気になるので『世にも奇妙な人体実験歴史』という本を買って読んでいる

少なくとも20世紀初頭くらい最近になっても現代基準で見ると危険実験やりまくっていたようだ

自己実験とは違う話になるがデーモンコアの実験1945年くらいか

戦前学者倫理規定どうなっとんねんとしみじみ思う

前述の本を読んでいると「申請すると許可下りるわけないので自分の体で実験して事後報告した」みたいなエピソードが出てきて笑う(笑えない)

カール・ヴィルヘルム・シェーレ - Wikipedia

シェーレが若死にしたのは同時代化学者の例に漏れず、危険実験条件のもとで研究を進めたためだと考えられている。また彼には物質舐める癖があったため、毒性のある物質の毒にあたったのではともされる。

18世紀とかだと「まあ舐めて確認する人がいても不思議じゃないわな」と思うのだが

イギリスとある医師ニトログリセリン舐めて心臓まりそうになって死にかけたのが19世紀出来事

21世紀になっても舐める人はどこかにいるのだろうな

舐めて死んだとか、舐めて大発見に気付いたみたいになっていないから記録に残らないだけで

有機系をやってた大学の頃の同期に「実験生成物を舐めるって発想あった?」と聞いてみたが「ありえん」の一言が返ってきた

現代日本大学研究室で、教授学生に向けて「生成物を舐めて確認してみよう」なんて指導するところなんてありえるのだろうか?

流石にないだろう……あるのか?生成物がアミノ酸とかならありえるのか?有毒なものだってもちろんあるが生成物はだいたいこんな感じの物質って元素の内訳も構造もある程度予想ついてるなら舐めても多分大丈夫みたいな肌感覚が育つのだろうか?わからん世界

まあ味の素研究所なら舐めても不思議じゃないかもか……

畑が違うと全然感覚違う、ということか

でも薬学系とか食品会社研究所でも一度動物摂取させるとかやると思ってたんだがな、きっと普通はやるのかもしれないが一部の人がいきなり舐めたのかもな……

日記

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医学者による自己犠牲的とも勇敢ともいえる自分の体を使った研究ではなく

ある種の迂闊さでペロッと舐める科学者が今でも一定割合でいるんじゃないか?という疑問を書いた日記

ペトリ皿に鼻水垂らしたのがきっかけでペニシリン発見したという出来事幸運な結果に終わった迂闊な出来事だったわけで

そういった種類のおおらかさは現代だとあまり許されないはずなんだよな~

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耳寄りな心臓の話(第2話)『爆薬が心臓病を癒す』 |はあと文庫|心日本心臓財団刊行物|公益財団法人 日本心臓財団

なぜニトログリセリンを舐めようという発想が出てきたのか?を伺い知ることが出来そうなエピソードもぐぐったらでてきた

20世紀初頭にイギリス火薬工場で、週日の作業中は何も起こらないのに休みが終わって月曜日仕事が始まると決まって胸痛を訴える工員が何人もいることが話題になりました。最初工場で扱っている爆薬が原因で起こる病気を疑ったのですが、もともと持病に狭心症のあることがわかりました。

それというのも、原料であるニトログリセリン粉塵工場内に舞い、露出した皮膚や粘膜からある成分が吸収されて狭心症が抑えられていたものが、週末に休みをとることで粉塵にふれることもなく薬がきれて、月曜日に力仕事を始めることで狭心痛が起こったと推理されたのです。

痛む胸を押さえて、それこそ青息吐息月曜日になったこから、「ブルーマンディ」という言葉が生まれたようです。今日では休日明けで、仕事学校に行くのが億劫になる月曜日の憂鬱、月曜病の走りとなりました。

blue Monday語源ニトログリセリン説はかなーり怪しい気がする、勘だけど

これを調べるのも面白そうだ

……ん?時系列矛盾がある

『世にも奇妙な人体実験歴史』によると1858年フィールドという名のイギリス医師がニトロを舐めたとある

その後1878年ウィリアム・マレルという医師が再度ニトロを舐めて効果確認し、狭心症治療薬として自分患者に試した

火薬工場エピソード20世紀初頭……1901年頃ということになる

発見されたのか?だとすると最初に舐めたフィールドって医師は推測無しに舐めた好奇心旺盛な人ってことになる

火薬工場エピソードのしっかりとした出典を探すべきだな

原典だと20世紀初頭じゃなく19世紀末~20世紀初頭みたいな書き方になっているのかもしれない

2023-11-22

anond:20231122141102

写真発明されて、写実的絵画特に肖像画)の需要が劇的に減って食えなくなった19世紀画家に謝れ

こんなもの技術革新けが原因じゃねーだろ。

時代流行の移り変わりが目まぐるしく、すぐに食いっぱぐれるのが職業芸術家の定めだろ。

それで、食うために流行を無理に追いかければ、自分が何をしているのか分からなくなる。

もう芸術は食うために存在するわけじゃないって割り切ることだ。

ミュージシャンすら兼業ミュージシャンが主流になりつつあるこの頃よ。

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