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2018-01-09

40代ダディたちクールすぎ問題

まあ、アメリカ人バーベキューへの思い入れは凄まじいものがあるからな。

海外赴任中に取引先のデブに、ディナー奢ったお礼に誘われて、嫌々行ってみたんだが、

まず肉が凄い。キロ単位で塊で買ってくる。手土産に持ってった肉をみて「それじゃ足りないよ、

貧乏人」という顔をする。エコノミックアニマルはいつまでも肉食には慣れないらしい、みたいな。

絶対、その肉4キロより、俺が買ってきた肉500gの方が高い。っつうか、それほぼ脂身じゃねえか。

で、デブが肉を切る。やたら切る。不良風のデブ娘とデブ息子もこのときばかりは親父を尊敬

普段、目もあわせないらしいガキがダディクールとか言ってる。郷ひろみか? 畜生氏ね

鉄板も凄い、まず汚ねぇ。こげとかこびりついてる。 洗え。洗剤で洗え。つうか買い換えろ。

で、やたら焼く。焼いてデブ一家で食う。良い肉から食う。ゲストとかそんな概念一切ナシ。

ただただ、食う。デブが焼いて、デブデブ家族に取り分ける。俺には回ってこない。畜生

あらかた片付けた後、「どうした食ってないじゃないか?」などと、残った脂身を寄越す。畜生

で、デブ一家、5キロくらい肉を食った後に、みんなでダイエットコークとカロリーカットのビールを飲む。

今日は僕も飲んじゃう」とかデブ息子が言う。おまえ、酒どころか絶対薬やってるだろ?

デブ娘も「ああ、酔っちゃった、あなた素敵ね」とか言う。こっち見んな、殺すぞ。

デブ妻が「太っちゃったわね」とか言って、デブ夫が「カロリーゼロだから大丈夫さ」とか言う。

アメリカンジョークの意味がわかんねえ。畜生、何がおかしいんだ、氏ね

まあ、おまえらアメリカ人バーベキュー誘われたら、要注意ってこった。

2017-12-17

女の自立

例えば、海外にでたいとして、

ある女性は「言語勉強して、仕事を見つけて日本でたいな〜」というのに対して、

彼氏海外赴任になりそうだからついて行きたいなー」

って積極性が違うよね?自分の足で立てないの?

2017-11-27

anond:20171127095346

すっごい働きたいのに引越し非正規寿という事由で離職するって人は離職後や新婚生活落ち着いた後また働いてる筈だけど、

あんだって全員をそこまで追跡して確認してないよね?

逆に、追跡してないのに「全員そのまま働く気もなく一生専業主婦やる気だ!」と思い込めるのは何で?

因みに追跡出来てる人は、子供がいる人以外は全員また働いてるし

子供がいても手が離れて(未子が幼稚園入って落ち着いて)他に訳もない人はやはり働いてるよ。

海外赴任とか、国内でもかなり頻繁に転勤する場合は流石に子供小学校高学年くらいにならないと無理みたいだけど。

(その場合はその時点で夫は単身赴任になって妻はどこかに定住する人が多い)

2017-11-22

anond:20171122185634

流石にビー玉やめんこはないわ

あと海外赴任族だと「母親は家にいるのが当たり前」だと思う

(大抵労働可能ビザがないし、あったとしても育児で精一杯で働く暇がない。子供を一日中託児所にでも入れたら日本語日本勉強も遅れかねない)

2017-11-20

anond:20171120172913

でも海外赴任者とかも大体の人がホームベーカリー持って行くやん

何だかんだで日常的に食べたいのは日本パンから

2017-10-11

育児仕事の両立って難しい(ベンチャー企業/海外駐在員の場合

新卒ベンチャー起業入社海外での仕事チャレンジしてみたくてとある外国での新規事業立ち上げに関わることを自ら希望しました。

かに自分海外駐在希望したのだけど、こんなことになるとは。

海外赴任後、1年半後に現地の人と結婚妊娠

育児休暇中も仕事を1日も休めず、子どもが1歳になったある日。

会社から、「海外にいるんだから社会保険から外れてください。」と言われ、私も子ども日本社会保険に加入できないことに。

これで日本病院に行くなら医療費10負担

さらに今「海外にいるんだから海外と同じ給与水準ね。」と月5万円の給与に減額されるそう。

日本に帰った時に生活できないな。

海外駐在員の後任がいないため、日本に帰ることも叶わない。

私の未来はどうなるんだろう。

娘を守り抜くためにどうしたらいいのだろう。

仕事頑張りたかった。やっぱり辞めるしかないのかな。

2017-08-28

https://anond.hatelabo.jp/20170828114220

全然詳しくはないし、俺も打ってるわけじゃないけど、海外赴任の先輩が法定か国の推奨かで受けなきゃとかなんとかやってたかちょっとだけ雰囲気見てた

性接触というか、血液接触が主な感染径路みたいで、リスクがあるのはB型C型だけど、予防注射できるのはBだけみたいだね

4週間間隔で2回受けて、さら半年後にもう1回打つらしい

ちなみに性接触じゃなくて食べ物とかの経口感染A型感染するけど、これも予防できる

2-4週間間隔で2回、6か月以上リスク地域滞在する予定なら半年後にもう1回打つらしい

C型はあきらメロン

中国東南アジア長期滞在する人は、一般的には受けなきゃいけない予防接種リストみたいなのがあって、肝炎予防接種もそこに含まれているので、申し込むことは全然はずかしい話じゃない


ちなみに、エイズ肝炎みたいなウイルス感染症って、感染してるかどうかは抗体検査で簡易的に調べるのが一般的

感染してない人は抗肝炎ウイルス抗体は持ってないけど、感染したら抗体作ってるよね、って理屈

抗体があれば感染してそう、抗体がなければ感染してません、ってこと

でも、予防注射を打つと、感染はしてないけど抗体を持った状態になるわけなので、抗体検査での簡易検査はできなくなる

予防注射受けると、検査費用は上がるかもね

2017-08-22

https://anond.hatelabo.jp/20170822101314

半数がそこに集中してるわけないだろ…

日本人学校の数と日本語補習校の数の差を比べてみればいいよ

補習校しかない地域=補習校が成り立つ程度に日本人の子女がいるが、日本人学校存在しない、って事だから

勿論補習校さえない地域も多いが

あと日本人学校があってもそこに入れたがらない親も多い

日本で塾通わせるほどの教育は期待出来ないし英語も覚えず、では帰国後の受験への不安が残るから

現地校行ってると受験帰国子女枠使えたりするけど

そもそも子供が大きくなってから海外赴任自体子供英語教育の為に希望した」って親も多いからね

(そうではない場合幼児~精々小学校低学年のうちに帰国するパターンが多い)

それで日本人学校に入れたんじゃ意味ない

2017-05-31

地方中小製造業海外赴任で手当がつかない

年休が105日(隔週休1日)しかないとか基本給が18万とか、

昇給公務員3号棒にすら届かない、あるいは無いとか、

ここまでは我慢できる人はいるだろう。

しかし、中国に赴任させておいて全く手当がないとはどういうことなんだ。

大企業規定なら50万単位で貰えるところも中小製造ともなると0円で済んでしまう。

事前にわかるかだって?調べてわかるのはかろうじて労働法守ってるかどうかくらいだろ。

中小における給与制度海外赴任の手当が同業他社並かなんて応募の段階でわかるわけねえんだよ。

2017-05-17

機能不全家族思春期海外渡航したら鬱になって人と会話が出来ない

私は思春期の数年を海外で過ごし、大学入学とともに帰国した、いわゆる帰国子女だ。

そしてたぶん、機能不全家族育ちだ。

色々あって、自分がわからなくなって、人と会話が難しくなった。

世の中の帰国子女といえば自信に溢れてきらきら活躍している人が多くて、自分との格差にどんどん自信を失っていく。

相談しようにも、相談できる人も、同じような境遇の人も、そういったことを専門にされている方とかも見つからなくて、誰かいないのかなと思ってすこし書いてみることにした。

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インターネット上で、機能不全家族とか毒親というワードをよく目にするようになった。専門家の方が書いた本を読んだりネット当事者の話を見ている中で、自分の生きづらさの正体が分かってきた。

機能不全家族×思春期海外生活」のコンボだ。

海外赴任などで家族移住する場合、子にとって家族関係が良好であることはすごく重要だ。学校生活が完全にアウェイ状態から始まるのだから、心の退避所たる家庭が安定していることに越したことはない。

私の家庭はたぶん機能不全家族で、家の中での母国語コミュニケーションもままならないのに、海外に行った上に現地の学校入学してしまったものから、家の外でも言語的に孤立してしまっていた。

家では母国語OKだが健全コミュニケーションが少なく、外では言語不自由コミュニケーションに苦労した。

苦労して、挫折したのだけれど、親は放任主義であまり助けてはくれない。というかそもそも私の家族には会話が少なく、「相談する」という文化もなかった。日本にいた時から学校での出来事を聞かれることもなかったし、話そうと思うことも少なかった。「授業はわかる?」とか、「先生はどう?」とか、親の側から声をかけてもらうことがなくて、それが当たり前だと思っていた。

最悪なのは車社会学校も遊びも親による送迎で行動しなくてはならなかったこと、ビザ関係アルバイトも出来なかったこと。金銭的にも自由がなくて、意識を外に向けることが出来なかった。ひたすら学生として最低限の通学と勉強だけをして、帰国を夢見ていた。帰国さえすれば、昔の友達に会って、働くことも出来て、言葉心配もいらなくて、、

外国でひとりで外を出歩くのは危ないと思い込んでいたし、学校⇔家のガチガチに固まったループから抜け出したいという思いをもつことも悪いことのように思えていた。

今あの時の自分と話せたら、「外はそれほど怖いところじゃないし、ネットで調べてどこにでも行きな!やりたいことやっていいよ!」とか言ってやりたい。

滞在中は「このつらい滞在を耐えて日本に帰りさえすれば楽しい日々が戻る」とひたすら思っていたのだけど、いざ日本に戻ってきたらコミュニケーション経験が乏しすぎて浮いてしまい、それを気にして自意識過剰になり、鬱になり、家族関係悪化し、なんとか取り戻そうと情報を集めたり考えたことをノートに書き留めたり新しい場所に飛び込んで沢山人と会ったり通院したりカウンセリングを受けたりしてみたが、どんどん悪くなるばかりで帰国10年近く経った今 ほんとうに人と会話ができなくなってきてしまった。マズイ。

なんだかもうよく分からないのだけど、本当にコミュニケーションが上手くいかない。

返答が思いつかないし、思いついてもしっくりこないのだ。

人との会話で、些細な雑談でも一言ひとことの返しに「適切さ」を求めて、すごく考えてしまう。

海外生活の中で外国語発言をする時「どういう表現をしたらいいんだろう?」とか、いちいち考えながら喋らなくてはいけなかったのも一因かも。

「こう言われたらこう考えてこう返すべき、というパターンがある筈なのでそれを探して返さなくては」、っていう思考に取り憑かれてしまった。

正解のパターン候補として幾つかの振る舞いのパターンが脳裏に浮かんで、その是非を検討する。

教科書通りのような会話ならこうかな?(自信はない)」「憧れのAさんだったらこうするだろうけど私がそうしたらこの人はびっくりしてしまうな」「この間同じような場面でBさんはこうしていた」……

自分に素直になりたい!とは思うんだけど、自然に浮かぶはずの「自分きもち」がなかなか出てこない。

ありがとう」「ごめんなさい」「恥ずかしい」くらいは出てくるんだけど、どうしても咄嗟無難な答えを作ってしまう。

加えて帰国後は、帰国子女いじりを気にしすぎたせいで、「普通ならどうするか」、「相手がどんなことを期待して接してきているのか」を考えるようになっていった。また、母国語で考えている時と第二言語で考えている時で性格がすこし変わってしまうことに気づいてから日本語でも外国語でも口にすること全てが自分本心ではない気がしてきて、ますます自分がどういう人間なのか分からなくなってしまった。

この表現力の問題は鬱になってからさら悪化した。頭が回らなくなって、少ないながらも以前は使えていた語彙さえも出なくなったし、とっさの逃げ道の冗談なども思いつかなくなった。

いまでは相槌を打つのが精いっぱい。

人と話す時、フルオートでにこにこしてしまうし挨拶くらいは出来るので第一印象は良いらしいけど、味気のない相槌しか打てないし話題も振れない。たまに話せても的はずれなことを言っていたり、浮いたことを言っていたり、無理してる感じがしてたり、そんなつもりは無いのに帰国子女感のあるドヤ顔発言みたいになっているみたいで脳内反省会が白熱してしょうがない。

そしてそれが嫌で会話の場から逃げたくてしょうがない。

だれとも一線を引いた付き合いになってしまって、どんどん孤独になっていっている。

この文章もかなり絞り出して、可能な限り本心に近づけて書いた。自然に出てきたものではない。

こういう人いない?いないの?

こういうのってどうやって解決していったらいいんだろう?

ネットにいる機能不全家族とか毒親持ちの方は何だかんだで結婚されていたりして、自分の居場所ができていて羨ましい。

私もなんとか実家は出て経済的にも独立したけど、家族距離を置く中でいよいよ社会から孤立してしまった感じもする。

私はこれからどうやって人間関係を作っていけばいいんだろう。

しかし、これを書いていて改めて思ったけど、自信のなさとか心の弱さは生まれつきな気がする。

海外生活なんて貴重な経験させてもらったのにな。なぜ活かせなかったのか。

強くなりたい。誰かと自分言葉で話してみたい。

早く安心したい。

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場所お借りしました。長い文章すみませんありがとう

2017-03-03

海外赴任の話してる人たちが何を言いたいのか結局よくわからなかった

いちいちここで確認するまでもなく人生いろいろでしょう

http://anond.hatelabo.jp/20170303184433

つか大元見れば、同級生で省庁とか行くのが普通にいるような大学東大?)卒で

海外赴任しているような女が前提の話だろ?

それが何故いつ転落してもおかしくないとかいう話になるのか

そりゃ海外在住ってだけなら底辺を見ればそういうのもいるだろうが(それこそ違法滞在違法バイトで食ってるなんてのみたいに)、

そんなのが前提の話じゃないだろうに

http://anond.hatelabo.jp/20170303175236

海外生活したいだけなら、自力海外赴任可能性がある会社に入ろうと思えばいいわけじゃん

でもそれは全然念頭にはなかったみたいなので。

同級生普通に省庁行く人いるのに、何でそんなに赴任妻に固執するんだろうと当時から不思議だった。

夫の肩書ハンターとか、出自ロンダリングみたいな感じもあるのかなぁ。人頼りの上昇志向っていうか。

2016-12-05

ブラック企業死ね」が理解できない

そんなに嫌だったら転職すればいいじゃない。

憲法には一つの企業就職したら絶対に定年まで勤め上げなければならないなんて明記されてないし、法的にも何も強制してないし、それどころか職業選択の自由日本は認めてんだからさ。

役員役職を与えたいほどの技能習得していたら諸手を挙げて受け入れてくれる企業だってあんじゃん。

あるいは自分起業したっていい。

もしあなた特筆すべき技術も有していなくて、ただの社会の徒食者のような人間であるのならば、受け入れてくれる企業があるかは知らないけどね。

そりゃ主義主張ばかりが強くて、何の苦労もしなくて社会保障制度を蝕んでいく人間なんて、どこの企業お断りだろうよ。

断られたとき自分を呪うか、自分がその程度の人間なんだときちんと認識して受け入れてください。

考えてもみてよ。

全く知らない人があなた会社で「帰る家もお金もない…助けて」と声をかけてきた。

かわいそうだからという理由で受け入れたら、投資のために貯めていた内部留保を毟り取られるんだよ。

かといって、その人は労働をするわけでもなく、ただ会社の中で腹が減った、娯楽が欲しいと大声で叫び続けるんだ。

しかし、その人が営業上手でどこかで稼いできたり、あるいは積極的特許を取ったり、雑務を協力的にしてくれるんだったら、受け入れて良かったと思うんじゃないかな。

そもそも営業上手で稼げるレベルなら、誰かに頼ることはしないのかもしれないけどね、つまりそういうことだと思う。

個人的には電通は十分すぎると思っている。

私程度の百数十時間程度の残業で、一体何人の労働時間補填できるんだろうと考えときがある。

社屋などのランニングコストを考えたら、もしかしたら数人にも及ばないかもしれない。

その社屋を使って営業にも行くだろうし、接待にも出るだろうし、飲みにも行く。

海外赴任ベトナム)の経験から、雨が降ったあとに外を出歩いても泥で裾が汚れないというだけでも、かなりありがたいと思っている。

そもそも論なんだけど、何でそんなに企業固執してんの?

ブラック企業就職して、食べていく道を選んだのは君たちが選択した結果でしょ?

だれもブラック企業就職しなければならない、毎日6時間残業しなさいと強制したわけじゃない。

例えば優良企業で働きたかったら、グーグルかどっかに就職して、将来はストックオプション行使して数億円くらい取得したらいいじゃない。

それがダメかどうかはグーグルが決めることで、グーグルにとってあなた従業員として受け入れる価値があるかは知らないよ。

それで断られたら「グーグル死ね」とでも言うのかしら。

しかしたら、私は「ブラック企業死ね」という人のことが理解できないのではなく、理解したくないのかもしれない。

私は電通が好きだ。

から電通に帰ってきたし、電通に骨を埋めたいと思う。

そうであるからこそ、私は電通を良い方向に変えていきたいと思う。

さな個人ではあるけれど、もっと働きやすい良い企業にしたいから諦めたくない。

確かに斜陽企業なのは間違いはないと思うけどね、働きやす企業を作る可能性はゼロじゃないよ。

それでも「ブラック企業死ね」と言われるのであれば、それは私に対して「死ね」と言っているものと同様であることを知って欲しい。

他人に対して容易に「死ね」と口にする人ほど、関わりたくはないと思うし、恐ろしいものはないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161204222654

http://anond.hatelabo.jp/20161204222654

同じく海外赴任したことのある身から想像するけど、海外赴任できるチャンスを得られたということはそれ自体が恵まれている。

しかしたら貧しい中で必死バイトして留学資金を貯めたのかもしれない。家族から見放され家を飛び出したのかもしれないが、それでもなお。

ただ、海外に出て世界の広さを感じると別の部分が鈍感になる傾向がある。よく陥るのが「自分努力してできたんだから他の人だってできるはず」という思い込みである

そしてあなた日本だけでなく多くの国で問題になっている「閉塞感」というもの理解できていない。

国がどれだけ恵まれていようがその恩恵に預かれない人がいる。そして自身生活を打開できるだけの精神力を持つことを許されなかった人がいる。

この人たちは「恵まれない」環境にいるのだ。物理的に恵まれない人へは同情が寄せられるが、精神的に恵まれない人はあなたが敵意を向けるように理解を得られないことが多い。

物質的に「日々の食べるものにも困り、生きてくるだけで精一杯だった」人がいるのと同様に「精神的にぎりぎりで、ここまで生きてくるだけでも精一杯だった」という人たちがいる。

その人たちとあなたは90度くらい違う。私も英語プログラミングができるので、別に何をしたってどこの国だって生きていけるという安心感がある。これだけで世の中がどれだけ悪かろうが夢を持て、生きていくエネルギーを得られる。

しかしそれもこれも基本的には努力できる恵まれ環境を用意してもらえたからだ。恵まれ環境を与えられずエネルギーが尽きかけてる人に、エネルギー源のある人の方法論を唱えても使えるものじゃないんだよ。

世の中に届かない方法論は国を良くしない。

原発立地自治体はいままで散々おいしい思いをしてきたのに反対するとは何事か。俺が政治家ならすぐに再稼働するのに」という意味合い発言を聞いた。

最悪である

こいつは今までに政治家地方にどれだけ頭を下げようやく原発を建てさせてもらったかをまったく分かっていない。事故は起こさないという約束を守れずどれだけ信頼を失ったか理解していない。仮にこんな奴が政治家になったら失言の上、地方自治体から総スカンくらって即更迭である。国のために何の役にも立たない。足を引っ張るだけ。

同様にあなた意見

最初から最後まで、皆うんうんと頷いて聞くだろう。そうだね、その通りだよ。今までの人生で1000回くらい聞いたよ。そして半年後には別の誰かの1100回目のお話で上書きされ誰もあなたのことは覚えていない。

あなた意見が間違っているわけではない。個人幸福の追求方法としては正しいが、多数の幸福を求める場合、思いが届く範囲が狭すぎるのだ。国を良くしたいならその方法効果が薄い。

あなたのような意見が聞けるのはいいことだ。きっと日本をよくできる、個人でも頑張ろうという人が少なからずいるということは日本にとって明るい材料だ。

しかし閉塞感の蔓延した世の中には届かない。ここ20年間以上、無力感を蓄積させられた人たちに必要なのは「頑張れば日本は良くなる」ではなく「良い日本にするから頑張れ」だ。閉塞感→不景気少子化悪循環を止める現実的少子化対策だ。

今回の「保育園落ちた日本死ね!」は結果として「お!?きっかけはともかく、実際に対策が打たれたぞ!?こいつは明るいニュースだ」と今保育園に入れられない現実に直面している人たちの背中を押しただろう。子供が一人増えれば、何世代か後にはGDP数億円分に貢献したことになる。

理想とは言い難いが「伝わる」物言いが世の中を変える。(途中で気づいたが、トランプ大統領誕生一種のそれだな。私はトランプを支持してないので書いてて自分の胸に刺さったわ……)


なんと、仮想増田だったとのこと……『種明かし』http://anond.hatelabo.jp/20161205182802

2016-11-27

猫夢

昼寝して飼い猫の夢を見た

夢の中では自分海外赴任留学中か何かで、旅先でも猫を飼っていて

「今飼ってるミケとトラも可愛いけど、そろそろ帰ってニャンスケと暮らしたいな~」

なんて言いながら長旅が終わるのを待っていたけど、目が覚めて思い出した

そうだ、ニャンスケはもう死んじゃったんだった

ミケとトラはニャンスケが死んでから飼い始めたんだった

ニャンスケとまた暮らすには、あと30年くらいは待たなきゃ駄目かなあ

2016-10-07

DV野郎離婚して後悔しているたった一つのこと

私はバツイチである結婚期間は約三年間。

離婚理由は元夫の暴言暴力である

離婚して、現在、おもいきり日々を謳歌している。

誰の目も気にすることなく、自分自分人生を生きていると実感することができる。

結婚していた頃には考えられない感覚だ。

離婚してよかった。心からそう思う。

唯一つ、後悔していることがある。それは、ヤツに全ての貯金を渡したことである

もし、これからDV野郎離婚を考えている人がいれば、少しでも参考になれば嬉しい…

という大義と、「とにかく吐き出してしまいたい」という気持ちでもって、ここに私の経験を記したいと思う。

「元夫」と書くことすら抵抗感があるので、恨み辛みが表出していて格好悪いなぁと思いながらも、以降も「ヤツ」と記載させていただく。

ヤツと結婚したのは、私が三十手前で「そろそろ結婚したいな」と思っていた時期だった。

ヤツからアプローチがあり、数ヶ月の交際後、結婚するに至った。

当時から、ヤツのことを好きだったのかどうか、正直分からない。「この人と結婚したい」ではなく「いま結婚しとかないと誰ともできないかも」という気持ちが大きかった。

私のそんな気持ちは、態度にも表れていたのかもしれない。

ヤツは結婚後、共働き仕事後に取り掛かる私の家事について、そのクオリティにいちいち口を出すようになり、私が反論すると、激しい口論となって、挙句手を出されることもあった。

死ね!」は当たり前、「大した仕事もしてないくせに」だとか「親の人間性もクズ」と言われたこともある。

暴力」については、殴られたことはない。手首を捻りあげられて骨にヒビが入ったことが二回、首を絞められたことが二回(一度は屋外で締められた)、

髪をひっぱって引きずられることが数回、寝ているところを枕ごと頭を蹴り上げられたことが一回。あと、至近距離で思い切り食器をぶつけられたこともあった。


それらのキッカケは、先述の「家事が未熟である」だとか、「友人と一緒にいた際の俺への態度が気に入らない」といったことであった。

家事については、CookDoの利用を説教されたり、布団カバーを替えた時に窓をあけていなかったことであったり、急な雨で洗濯物を取り込んだ際に投げ入れたことについてであったりした。

あるときは、私の大切な友人数名との食事会で、同席した私の友人発言に対してキレてしまい、急に店を出て、追いかけた私をひっぱってシャツを破き、車道カバンを投げられたこともあった。


こうして書き出してみると、改めて「どうして我慢していたのだろう」と我ながら思う。

いや、実際には、黙ってただただ我慢していたわけではない。私は元来気が強く口が悪い。

「どうしてそんなことでキレられないといけないの」「私の友達の前でそんな態度しないで」と何度も言い返していた。結果、ヤツから言葉だけでなく力となって暴力が飛んできたのだ。

次第に私は自信を失っていった。自分をなんて駄目なヤツなんだと思うようになり、常にヤツの顔色を窺い、帰宅するとヤツが早く寝ることをひたすら願いながらやたらとニコニコしていた。

仕事が好きで、その仕事を頑張る自分を、ときには落ち込んだりしながらも「そんなに悪くない」と思い、充実した毎日を送る自立した社会人だったはずなのに。

転機は結婚して数年目に訪れた。商社に勤めるヤツが海外赴任となり、約半年単身赴任生活を送ることとなったのだ。

最初は、部屋に一人でいることが寂しく、早く会いたいと思っていた。

でも、一ヶ月ほど経つと、自由に友人と会い、自分生活だけを考えれば良い生活が、

罪悪感がありながらも楽してたまらなくなってきた。

そして数ヶ月が経ち、洗脳がとけるように私はハッと気付いてしまった。

旦那がいないときの私の方が、私自身、好きな気がする…」

そう、単身赴任中の一時的な気楽さだとか、人と一緒に住む難しさだとか、そんなことではなく、

ただ、ヤツと一緒にいない自分の方が、堂々としていて、思い切り仕事をしていて、自由意見発言している。そんな自分の方が好きだと思ったのだ。

そして約束半年が経過し、ヤツから「予定より一週早く、今日帰れることになったよ☆」とメールが来た日、

私は会社トイレで、おもいきり吐いていた。

家を片付けられていないのに帰ってきてしまう!明日仕事で朝早いのに帰ってきてしまう!あぁこれからまたあの生活が始まる!!

そういった精神的なプレッシャートイレで吐瀉物にしながら、私は決心した。「もう無理だ。別れよう」と。

ヤツが帰国して三日後に、夜ご飯の品数の不十分さについてキレられた際に、私は離婚を切り出した。

「私はあなたにふさわしい奥さんになれない。別れてほしい」と切り出した私に、

ヤツは「納得できない!」と暴れまわり(文字通り暴れまわったので壁に複数の穴があいた)、

散々に詰ってきたが、これまでと違って私が決して折れないと気づくと、泣き落としにかかってきた。

「一緒に暮らすことを楽しみにこの半年頑張ったのに」「必ず変わるから信じてほしい」等々…。

ある日には、夫婦ぐるみで仲良くしていたヤツの友人に囲まれ、「なぜ離婚するのか」と責められたこともあった。

実はこれが一番キツかった。私も、ヤツがきっかけとはいえ、彼らとは友人だと信じていたし、私の話を聞いてくれるのだと思っていたのだ。

そこで初めて、上記の暴力について打ち明けた。人に話すのは初めてで、すごく勇気を出して話した。

ところがその結果は、数時間に渡って「考え直してあげてほしい」「どんなときも支え合うのが夫婦だ」と言われつづけるだけだった。

このときのことは、今も思い出すと辛い。

信じていた友人に責められたことで、自分が物凄く非情人間で、酷いことをしていると思ったし、誰かに話すと自分が責められるような内容なのだと思わされる出来事だった。

このとき、再度ヤツと話し合うことはした。しかしやはり私の決心は固かった。

そして遂に私はヤツに「二人で貯めた全ての貯金とこの家、それに家具家電も全部要らないから別れてほしい」と話した。

ヤツはかなりの守銭奴で、二十代でかなりの額を貯めており、結婚後も、給与共通口座に振り込むことが一日でも遅れると激昂していた。

ヤツの貯金や家へのこだわりを感じていた私は、それまでの「貯金の半分はほしい」という主張を取下げ、とにかく離婚を最優先にすることにしたのだ。

ちなみにここまで、ヤツは「そんなに怖がらせていたのなら変わるようにする」とは言っても、暴言暴力について謝ったことはなかった。

よく「DV野郎暴力の後急に優しくする時期がある」と聞くが、ヤツの場合は、そもそも自分のやっていることを悪いことなどとは露とも思っておらず、

自分が正しいことを証明するための手段であり、怒らせる私が悪い、これだけ怒らせたら暴力は当然だ、と思っているようだった。

そして、私が金銭や家の要求を取下げたことで、ヤツはようやく離婚同意した。

私の両親が結婚時に買ってくれた多くの家電もそのままに、結婚時に同一名義にした結婚前の貯金はもちろん、

この数年間に二人で貯めた数百万円のお金全てと引き換えに、私は自由の身となった。

離婚が決定となった頃、ヤツはかなり憔悴していて、愛情は全く無くなってもさすがに可哀想に思う気持ちも少しはあった。

しかし、家を出ようとした際にヤツに言われた一言で私に戦慄が走り、すぐに冷静になった。曰く、

「俺は100点満点を目指してほしかっただけなのに。」

この一言には、私の結婚生活の苦しさや、ヤツの全てが集約されているように思う。

ヤツは最後まで「帰国したら急に離婚と言われて可哀想な俺」と自分立場認識していたし、

私への暴力を悪いこととは思っていなかった。

それは、私が100点満点じゃなかったから。未熟な嫁が満点をとれるよう、一生懸命指導してきたら裏切られた、とでもいうような気分なのだろう。


『100点満点』って何だよ。

なんで毎日生活で満点とらないといけないのか。しかもそれを採点するのは誰なのか。


そうして、自由になった私は、いい歳して実家の両親の援助を受け、どうにか一人暮らしを再スタートしている。

しかし、当初は開放感と喜びでいっぱいだったが、さらに数ヶ月が経過し、生活が落ち着いてくると、だんだんと腹が立ってきた。

なんで私は全財産渡しちまったのか、と。

これは、お金が無い苦しさからだけではない。もちろんそれもあって、欲しいもの買えない!なんて時に「ヤツめー!」と腹が立つこともあるのだが、

お金が一銭ももらえなかったということは、ヤツは私を苦しめていたということを最後まで認めていないのだ。

しろ「俺は納得していないから、せめてお金はもらう」みたいなことを言っていたので、

慰謝料ももらったような気でいるのではないか

これが数十万でも「暴力を受けた分の慰謝料としてもらいます」と受取ることができていれば、また気持ちが違ったかもしれない。

そう思うと、腹が立って腹が立って仕方がなくなってくる。離婚の成立に焦らず専門家相談すればよかった!と思えてくる。


実際は、金銭で揉めていれば未だ離婚できなかったかもしれないし、

ヤツが逆上して刺されるようなこともあったかもしれない(離婚後、実家を急襲されないかしばらく怯えていた)。

DV野郎との離婚金銭要求は期待してはいけない、という話も見た。

それでも、私が「数年に渡って傷つき苦しんだ」という事実が、ないがしろにされているように思い、金銭を諦めたことだけは、今も時おり思い出して後悔することがあるのだ。

冒頭、「少しでも参考になれば」などと書いたが、これは「お金もらわなくて後悔しているから、そこは要求した方がいいですよ」という話として受取ってほしくない。

金銭でこじれてさらに困難な事態に陥る場合もあるかもしれないし、DV野郎とは、とにかく早く離婚することが第一だとは今も思っている。

ただ、「あまり離婚成立だけを優先し、何の謝罪ももらえないままだと、憎しみを引きずりますよ」とだけは伝えたい。

いや、伝えたいというよりは、吐き出したかった。

読んでくださった方を不快にしていたら大変申し訳ないけれど、こうしてこの場をお借りして吐き出すことで、私の中の黒くて暗い感情の塊が、

少しはトイレに流れていったように感じる。

今は、公私ともに充実し、前より自分を好きになり、毎日暮らしている。

私が抱えたままだった後悔は、友人(と思っていた人)を数人失ったことや戸籍にバツ印がついたことなんかじゃなく、

ヤツに怯えたままだったせいできちんとした謝罪要求できなかったこと。

あのとき理不尽な目に遭いながら主張できなかった自分を悔いている。でも、あのときはそれが最良の方法だったと分かっている。

悔しさは消えないけれど、「どうせなら謝らせたかったぜコンチクショウ!」と思えるくらい、

心が元気になったと信じて、また一歩前に進みたい。


余談だが、離婚後、暴力について他の友人に話した際、息を呑んで「殺してやりたい…」と言ってくれた人もいた。

というか、上記の友人数名以外は、皆一様に、こういったリアクションだった。

もし今悩んでいて、打ち明けた相手に「それでも簡単に別れたら駄目だよ」なんて言われた人がいたら、

安心していい。そいつは本当の友達じゃない。

たとえどんな場面でどんな理由があったとしても、暴力などという手段自分の主張を通そうとする人間のことは、全力で捨ててほしい。

本当に大切な人は、そんな奴らじゃない。だから絶対大丈夫

2016-07-04

年収250万で海外赴任させる

ある工作機械メーカーの話

昔みたいに手当つかなくて出張先で遊ぶ金ないので引きこもってゲームやるしかないらしい

2016-05-30

スポーツ選手の末路

http://anond.hatelabo.jp/20160529230713これに関して、

ブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20160529230713)に若干、スポーツエリートへの蔑みが瘴気のようにうずまきつつあるんで、

自分の知っている「元スポーツ選手」のその後を記しておく。

陸上が、その後が華やかじゃないことについて、また駅伝の残念さについては大きく同意する。

陸連が相当マズイので増田陸上でそこそこの場所はいたのなら、中に入れるなら中に入って改善した方が良い。陸連は本当にダメ

それと、私が知っている「彼らのその後」については、消息を知り得る人だけなので、生存バイアス的な情報ではある。

でも、「それなりに幸せで、自分なりに競技を続けてる」人はすごく多いということも知ってほしいので。

実弟

実業団とある競技の選手をやっていた。1部~2部を行ったり来たりするチームの、一応主力。

当然というか、高校大学就職どれひとつ試験」は受けたことがない。ただ、地頭は悪くなかったと思う。スポーツトップキャリアになるには馬鹿じゃ無理なのよ。

現役時代も9-17会社員をやって「残業」として練習毎日やっていた。同僚や会社からは、それなりに応援はされていたように思う。

最後は膝の古傷がどうにもならなくなって30代前半で引退引退後は、実業団チームのコーチを務めていたが、その後チームが売りに出される(不景気のため)。

買い手からコーチ・ゆくゆくは監督で、と誘われるも、サラリーマンの安定が捨てがたくw 固辞。

完全にリーグから足を洗ってからは、お目こぼしてもらっていた社内資格試験などを泣きながらこなしつつそれなりに仕事をしている。

今もサラリーマンをやりながら、地元のその競技団体協会長を務めつつ、子供たちをボランティアで教えたり、

学生時代の仲間とクラブチームを作って地域リーグに参戦したりしている。楽しそう。

子供は3人いるけど、誰も彼と同じスポーツを選んでいないぐらいが、しいて言えば闇と言えるかも。やっぱりお父さんと比べられるのはイヤらしい。

実弟の友人たち

弟の高校時代チームメイト。一応全国制覇はしているので他のチームメイトも実弟と同じルートをたどるかと思いきや、ぜんぜんそうじゃない。

優勝チームで、大学スカウトがかかったのは実弟と同期一人、一期下一人の3人だけ、他の人たちの進路はさまざま、ごく普通人生を送っていると思う。

実家を継いだもの、現役で大学いってサラリーマン大学2浪してサラリーマン、など色々。

年に1度は集まって、スポーツミニ大会同窓会みたいなことをしている。みんな家族も参加したりする。私も顔を出すけれど、楽しそうだよみんな。

「結局日が当たらなかった人生」ではなくて、どちらかというと「高校時代、超モテたんだ俺」な人生という感じ。

それぞれの地元スポーツを続けてる人が多いけど、「メンバーまらないんだよねー」と草野球チームに入っていたり、マラソンチャレンジしてる人とかも。

ちなみに弟は高校時代モテすぎて家の前に女子高生の張り込みなどがあって大変だったので、そういうのはやめてください。

私が学生時代出会った人たち

ラグビーアメフトアイスホッケー体育会に属していた友人がそれぞれいた。みんな今はサラリーマン

どれも、あんまり強くないチームだったからというのもあるか、就職については、大学名のネームバリューが良いので

「こっち(実業団)じゃなくて、そっち(大学名)のカードを切る」という感じで、超氷河期だったのに皆さん良いところにお勤めになった。うらやましい。

三人とも普通にサラリーマンをやっている。ラグビーアメフトの二人については、今でもクラブチームに携わっている。

もうオッサンから競技はやってないけどクラブチーム運営会計とか協会との折衝とかそういうもろもろ)やってたりするらしい。

アイホくんは海外赴任中。

私が仕事出会った人たち

プロスカウトに声もかけられたことがあるという人や、ユニバーシアード出ましたみたいな人やら、実業団でやってましたみたいな人やら、ゴロゴロいる。競技も様々。

共通してるのは「今でもその「草競技」をやってる」ということ。あと、普通にサラリーマンとして仕事をしている。

まぁ、出世するかというとしないけど、仕事できないかというと、普通かそれ以上に仕事できる。ほとんどが営業職だけどひとり技術職で元選手、という人もいる。

知人の中で一番の知名度を誇る「元スポーツ選手」は、一般人でも聞けば名前を知っているレベルの人だが、仕事で役立つかというと「ほとんど無いな」らしい。

競技は、実業団じゃないけど、会社部活動的なものでやっていたり、学生時代体育会OB的なクラブチーム(がどの競技にも割とあります)だったり、

地元友達を集めてやってたり、ひとりでこつこつ(個人競技だとこっちよね)練習しつつたまにシニア大会に出たりとか、そうやって続けている。

「見に来てよー」と言われて「いいですよー」と見に行ったけど、まぁオッサンの草競技だけど、

和やかでゆっくりしてて、ただやっぱり全盛期すごかったんだろうな、と思わせるようなプレーも見られて、面白かった。

競技を続けていると、その競技団体の枠の中でそれなりにスポーツに関わり続けることができる。

ほとんどのスポーツには「○○連盟」とか「○○協会」という形で競技団体があって、地域都道府県レベルまでピラミッド型に競技リーグ組織ができていたりする。

サッカーでJ1、J2とあるようなもの。例えば東京サッカーなら都4部とか5部とかあって、チームを作ったり選手登録して、いくばくかの金(登録料的なもの)を払えば、誰でも大会に参加できる。

テニスとか陸上なんかの個人競技についても、定期的に大会が開かれてたり、サークル独自トーナメント作ってやってたりもするしね。

なので、ある程度、競技を続けられる能力があれば楽しみ続けられる。

それに、体育会って、なんだかんだ言って就職が悪くない。サラリーマンとしての出世とか仕事で成し遂げたいと思うことがない限りにおいてはw。

スポーツを続けるということは「自分より強い相手存在を常に認め続ける」ことでもあるので、「過去の栄光」に縋る人って逆に少ない気がする。

しろフィールドを変えて「今の自分なりに、そのスポーツを楽しもう」という感じの人が多い。

ただこれは、「進学先の校風」とか「就職先の社風」とか「その競技特有個性」によっても、変わってくるようにも思う。

もちろん、その選手当人の競技能力・精神的な能力と、親とのかかわり合いが大きなファクターを占めてるのはありますが。

「親子鷹でずっと野球一筋だったが、高校で肘を痛めてそっからぐれたよ」という人も知人にいるし、

私と弟の母校については、陸上野球はすごく宜しくない噂がたくさんあった。たくさん囲い込む癖に怪我するとすぐ潰すとか…。

なので、これは生存バイアスでもある。やっぱりリスク高いよねスポーツ競技で身を立てようというのは。

ただ、「選手としては目が出なかったが、それなりに生きているし、競技もそれなりに続けてて、それなりに楽しい」と言う人が、一番多いんじゃないかな。

そこで「あの時にああしておけば」と黒い発想をしてしまう元選手がいたとしたら、それは脳筋トレーニングしかしてこなかったから、じゃなくて

スポーツやってなかったとしても、大学受験失敗したあとあたりに、似たようなことを考えてたタイプかもね、とは思う。

2016-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20160307153003

こういう「本当は子供欲しいに違いない」って考える奴ってなんなんだろうな。俺も子供持っちゃったらこのくらい想像力が退化すんのかなって恐ろしくなるわ。

世帯年収1300万はちょっと嘘で、いま海外赴任中なので赴任手当入れたら1800万くらいになる。1300万は日本での世帯年収。まーこっちは生活費クソ高いから別に裕福ではないけどな。

2016-01-20

本当に嘘のような本当の話

偶然と言えばそれだけの話かもしれないけれど、まさか自分人生の中で、

こんな不思議なことを経験するとは思いもしなかった。

ブログはやってないし、SNSに書くのもプライバシーが気になるから

普段は見るだけだった増田に書かせてほしい。

備忘録と言うか、まぁ書かなきゃ落ち着かないってことで、

長文になるだろうけど、吐き出したい。


俺は友人が少ない。

いや、正確に言うと、本当に友人と思えるヤツが少ない。というかいない。

友人以上という意味で、一人だけ親友がいる。幼い頃から腐れ縁で、

お互い三十歳になったが、もう二十五年以上の付き合いだ。


そいつが五年付き合った二つ下の彼女と別れたのは去年の頭のことだ。

仕事海外駐在が決まった彼女から一方的に別れを告げられ、

冬が終わって暖かくなり、親友気持ちが落ち着くまでは、

毎週末のように散々酒に付き合わされた。


俺は都内で勤めていて、特に用事のない金曜の夜は、

帰り道にある行きつけのジャズバーで一人しっぽり飲むのが日課だった。

親友の拘束も落ち着き、久々に顔を出したその日、マスターに奇妙なことを言われた。

タイミング悪いな。今日は来てないよ」

何のことだ?と思って話を聞こうとすると、

入り口から一人の女性、と言うには幼い見た目の女の子が入ってきた。

俺は彼女を見た瞬間、初めて見るはずなのに、妙な既視感に襲われた。

「あぁ、この子。ずっとアンタを待ってたんだ」とマスター


話を聞くと、彼女もよくこのバーで飲んでいて、

いつもカウンターマスターと話す俺を見て、話かけたいと思っていた、とのことだ。

それが今年に入ってから俺が全く顔を出さなもので、ずっと来る日を待っていたらしい。

俺が一人飲みを始めて五年程たが、こういう話は意外に多い。

けれど若くて、且つ一人で絡んでくる女性は初めてだったので、正直テンションは上がっていた。

加えて彼女とはやたら話が合い、その日はマスターも含め三人で遅くまで飲んだ。

「また一緒に飲みましょうね!」

終電があると言い、最後に連絡先を交換して、彼女は足早に帰って行った。

俺も帰ろうと身支度を始めた時、マスターがボソッと

「でもなぁ、あの子に話しかけられるまで、正直見ことなかったんだよなぁ」

そう言ったのが少し気になった。


その後、金曜日前になると彼女から携帯メッセージがくるようになり、

つの間にか金夜は一緒に飲むことが定番になった。

何故か彼女といると全く緊張することがなく、とても居心地が良かった。

まるで気の知れた家族といるような、奇妙な感覚だったので、

会いたい、一緒にいたいけど、恋とは違う。そんな感情の中で揺れ動いていた。

きっと久々のロマンスから、恋する感覚を忘れているのかも知れない。大事に育てていこう。

そう思い、親友には当面黙っておくことにした。


数回会った後、彼女は俺の交友関係を聞いてきた。

俺は友人はいないが、親友がいること。長い付き合いであること。

彼が最近彼女と別れて、相当参っていることを当たり障りなく話した。

ふと、そろそろこの子を紹介するか。と思い、

「良かったら今度連れてくるよ」と言うと、何故だか彼女は頑なにそれを拒んだ。

そして、まるでずっと言い出すタイミングを待っていたかのように、突然おかしなことを言い出した。


「その親友さんの彼女さん。本当は大事なことを隠していると思う。

是非彼女さんに連絡をして、それを聞き出して。それは私に言われたからではなくで、

自分から思いついてそうした、と言うことにして」と。


親友彼女とは、二人が付き合い始めた頃から親交があったし、

しょっちゅう一緒に飯や旅行に行っていたので、とても仲が良かった。

二人が別れる時にも話をしたが、それ以降は連絡をとっていなかった。

「でもなんで君にそうするように言われたと言ってはいけないの?」と聞くと

だってバーで知り合った女に言われた、なんて言ったら、嫌がられるでしょう」と彼女は笑った。


久々に親友彼女メッセージを送ると、意外にも早く返信が来た。

今日本に帰ってきてる。良かったら会って話さない?」と書いてあった。

余りにトントン拍子に進む話に、何か変なことに巻き込まれいるかも、と

このあたりから思い始めたことを覚えている。

約束時間に少し遅れて、彼女指定した都内喫茶店に行くと、

彼女はやつれ切った表情で座っていた。

「久しぶり」と話かけると、みるみる内に彼女の目に涙が溜まり、急に泣き出してしまった。

まるで自分が泣かせてしまたかのような状態になり、あたふたしていると、彼女

まさか連絡が来るとは思わなかった。一人でずっと辛かった」と言った。

絶対に彼には言わないと約束して」

彼女は俺にそう言うと、ゆっくりと順序立てて話し始めた。


一昨年にある病気が発覚したこと。

その病気によって、時間が経つにつれて、日常生活が困難になること。

子供をつくることも難しくなること。

ずっと悩んでいたが、彼にはこんな風になってしまった自分ではなく、

別の健康女性を見つけて幸せになって欲しいという結論に至ったこと。

それを言うと彼のことだから絶対に許してくれないと思い、

海外赴任と嘘をつき、実家に帰ったこと。

彼にバレないように、親兄弟以外には秘密にしていたが、辛くて仕方がなかったこと。


全て聞き終えた時点で、正直俺は「こんな話ってマジであるのか」とかなり面食らっていた。

まりにもショック過ぎて、その場では気の利いたことが何も言えなかった。

家に帰る道すがら、これは何か見えない力が動いている。こんな偶然はあり得ない。

きっと俺は何かしなきゃいけないと強く思い、自宅に着くと即彼女電話を掛けた。

「知ってると思うけどさ、俺、すげえ口軽いんだよね」

そう伝えると、まだ彼女は泣いていたのだろうか。震える声で

「やっぱりあんたって最低だね」と言った。

よく聞き取れなかったが、最後「ありがとう」と言った気がした。


翌日、俺は親友電話をし、全てを伝えた。

親友電話口で絶句していた。暫く無言が続き、

その後すすり泣きのような音が聞こえたかと思うと

サンキュー。悪いけど用事が出来た。また今度な」と言って彼は電話を切った。


その後、案の定というか、俺のたった一人の愛すべき馬鹿親友は元鞘に戻った。

しかもその後、通常では考えられない速度で、彼女難病が快方に向かい始めたというから驚きだ。

更に衝撃なのが、彼女妊娠が発覚。子供をつくることも難しいと言われていたのに、

立て続けに起こった奇跡に俺も親友もただ笑うしかなかった。


「諸々の事情から結婚式なんてまだまだできそうもないけど、

よかったら俺達が夫婦になる瞬間に立ち会ってくれ」

親友にそう言われ、役所婚姻届を出すところに立ち会った。

友人が見届け人的な役割で一緒に来ることは珍しくないが、

三人とも笑いながら号泣してるのを見るのは初めてだ。と役所の人に苦笑いされた。


俺はというもの、この一連の奇跡引き起こし張本人

バーの彼女メッセージを送るも既読が付かず、バーで会うこともなく、

一体どうしたものか、とうだつの上がらない日々が続いていた。

暫くし、また寒さが身に染み始めた頃、親友から女の子だ!」と連絡があった。

へぇ。じゃあ俺が名前を付けてやるよ」と冗談半分で言うと、

「すまん。なんだかわからんが、俺と彼女で上げた候補の中で、一つだけ同じ名前があって、

偶然かも知れないけれど、運命っぽいから、その名前にすることにした」と、

二人が書いた同じ名前が書かれた紙を撮った写真を送ってきた。


その写真をみて俺は目を疑った。

慌てて、スマホを開き、アプリを立ち上げた。

相変わらず既読はついていなかったけれど、バーで出会った彼女名前

親友が娘につける名前は、漢字も読み方も全く同じだった。


こんな話、作り話と言われてもおかしくない話だ。

けれど、実際に起こったことだから始末が悪い。

一体バーで出会った彼女は何者だったのか。何故、こんな奇跡を引き起こせたのか。

今となってはわからないし、きっとこの先彼女に会うことはないだろうと、なんとなく思っている。

いつかしようとは思うが、この話は未だ親友と、その嫁さんにも話ていない。

けれど、先日酔っぱらった勢いで、バーのマスターには一連の出来事を伝えた。

話をする中で、婚姻届を出した時に三人で酷い顔で撮った写真を見せた。

マスターはじっと写真を見た後で、またいつものようにボソッと言った。


「あのお嬢さんさ、よく覚えてないけど、アンタの親友と嫁さんにソックリじゃない?」


「勘弁してよ。もうお腹一杯だよ」

俺はそう返すのが精一杯だった。

2016-01-13

英語が本当に苦手なんだけど、なんでみんな英語話せるの?

小学校

今と違って小学校英語なんてやらない時代だったけど、親の意識が高かったから小4から英語教室行ってた。

中学校

英語の成績はかなり良かったが、英語以外の成績もかなり良かったため、英語教室効果があったのかは不明

意識は高かったので、古本屋英語絵本を買って自分で読んだりはしてた。

高校

地域一の進学校に入ったこともあり、英語も他の教科も成績は学年で中の下くらい。

意識は高かったので、近所の教会無料でやってる「聖書英語で読む教室」みたいなの毎週通ってた。

大学

眞子様佳子様で有名になったあの大学に進学。

入学時の英語の成績は、海外経験なしクラスの中では中の上くらいだった。

特に1年生時は英語特訓プログラムみたいなのが必修で、気が狂いそうなほど英語漬けにされるし、短期留学も2回した。英語で開講されている専攻科目の講義も15単位くらいとったし、卒論英語で書かされた。多分、ネイティブから見たら読むに堪えないひどい文章だったと思うけど。

現在

海外旅行に行って困らない程度の英語力はあると思う。英語で道を聞いたり買い物したりホテル予約したりするくらいなら余裕。

ただし、ビジネスの話とか絶対に無理。

まず商談で使うような単語なんてほとんど分からないし、文法中学校レベルしか使いこなせない。かろうじて意味は通るけど、不自然まりない表現になっている自信がある。

英語プレゼンとか、海外赴任とか、不可能だと思う。

  

  

でもさ、ネット見るとみんな、「仕事英語必要なので社会人になってから勉強してついに海外就職できました」とか、

英語できたほうが仕事選択肢が増えるのになんで英語勉強しないの?」とか、書いてるわけじゃん?

自分は決して頭が悪いほうではないと思うし、人よりも英語学習リソースを割いてたと思うけど、それでもせいぜい「海外旅行不自由しない」レベルしかなれなかったわけで、仕事英語使ってる人は一体どうやってそうなったのか心底不思議だ。

ひょっとして自分は、学習障害みたいな感じで英語が出来ない障害なのだろうか?

それとも仕事英語使うレベルの人は、隠しているだけで本当はみんな東大卒英語専門の家庭教師が24時間ついてたりするのだろうか?

  

ちなみに5歳の娘は、1歳の時から英語教室に通っているのに、5歳になった今、せいぜい「色や動物名前英語で言える」「20までの数字が言える」「ハローとかハワユーとか言える」程度。

日本中学1年生1学期レベルにも達していない。

ちなみに、他の能力ひらがなを書くとか、簡単な足し算とか)は平均より出来るほうなので、知的問題があるわけではないと思う。

普通、1歳から習えばもうちょっと上達するよな。自分の「英語障害」が遺伝してしまったのだろうか、と思うと申し訳ない。

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