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はてなキーワード: 海外赴任とは

2017-05-31

地方中小製造業海外赴任で手当がつかない

年休が105日(隔週休1日)しかないとか基本給が18万とか、

昇給公務員3号棒にすら届かない、あるいは無いとか、

ここまでは我慢できる人はいるだろう。

しかし、中国に赴任させておいて全く手当がないとはどういうことなんだ。

大企業規定なら50万単位で貰えるところも中小製造ともなると0円で済んでしまう。

事前にわかるかだって?調べてわかるのはかろうじて労働法守ってるかどうかくらいだろ。

中小における給与制度海外赴任の手当が同業他社並かなんて応募の段階でわかるわけねえんだよ。

2017-05-17

機能不全家族思春期海外渡航したら鬱になって人と会話が出来ない

私は思春期の数年を海外で過ごし、大学入学とともに帰国した、いわゆる帰国子女だ。

そしてたぶん、機能不全家族育ちだ。

色々あって、自分がわからなくなって、人と会話が難しくなった。

世の中の帰国子女といえば自信に溢れてきらきら活躍している人が多くて、自分との格差にどんどん自信を失っていく。

相談しようにも、相談できる人も、同じような境遇の人も、そういったことを専門にされている方とかも見つからなくて、誰かいないのかなと思ってすこし書いてみることにした。

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インターネット上で、機能不全家族とか毒親というワードをよく目にするようになった。専門家の方が書いた本を読んだりネット当事者の話を見ている中で、自分の生きづらさの正体が分かってきた。

機能不全家族×思春期海外生活」のコンボだ。

海外赴任などで家族移住する場合、子にとって家族関係が良好であることはすごく重要だ。学校生活が完全にアウェイ状態から始まるのだから、心の退避所たる家庭が安定していることに越したことはない。

私の家庭はたぶん機能不全家族で、家の中での母国語コミュニケーションもままならないのに、海外に行った上に現地の学校入学してしまったものから、家の外でも言語的に孤立してしまっていた。

家では母国語OKだが健全コミュニケーションが少なく、外では言語不自由コミュニケーションに苦労した。

苦労して、挫折したのだけれど、親は放任主義であまり助けてはくれない。というかそもそも私の家族には会話が少なく、「相談する」という文化もなかった。日本にいた時から学校での出来事を聞かれることもなかったし、話そうと思うことも少なかった。「授業はわかる?」とか、「先生はどう?」とか、親の側から声をかけてもらうことがなくて、それが当たり前だと思っていた。

最悪なのは車社会学校も遊びも親による送迎で行動しなくてはならなかったこと、ビザ関係アルバイトも出来なかったこと。金銭的にも自由がなくて、意識を外に向けることが出来なかった。ひたすら学生として最低限の通学と勉強だけをして、帰国を夢見ていた。帰国さえすれば、昔の友達に会って、働くことも出来て、言葉心配もいらなくて、、

外国でひとりで外を出歩くのは危ないと思い込んでいたし、学校⇔家のガチガチに固まったループから抜け出したいという思いをもつことも悪いことのように思えていた。

今あの時の自分と話せたら、「外はそれほど怖いところじゃないし、ネットで調べてどこにでも行きな!やりたいことやっていいよ!」とか言ってやりたい。

滞在中は「このつらい滞在を耐えて日本に帰りさえすれば楽しい日々が戻る」とひたすら思っていたのだけど、いざ日本に戻ってきたらコミュニケーション経験が乏しすぎて浮いてしまい、それを気にして自意識過剰になり、鬱になり、家族関係悪化し、なんとか取り戻そうと情報を集めたり考えたことをノートに書き留めたり新しい場所に飛び込んで沢山人と会ったり通院したりカウンセリングを受けたりしてみたが、どんどん悪くなるばかりで帰国10年近く経った今 ほんとうに人と会話ができなくなってきてしまった。マズイ。

なんだかもうよく分からないのだけど、本当にコミュニケーションが上手くいかない。

返答が思いつかないし、思いついてもしっくりこないのだ。

人との会話で、些細な雑談でも一言ひとことの返しに「適切さ」を求めて、すごく考えてしまう。

海外生活の中で外国語発言をする時「どういう表現をしたらいいんだろう?」とか、いちいち考えながら喋らなくてはいけなかったのも一因かも。

「こう言われたらこう考えてこう返すべき、というパターンがある筈なのでそれを探して返さなくては」、っていう思考に取り憑かれてしまった。

正解のパターン候補として幾つかの振る舞いのパターンが脳裏に浮かんで、その是非を検討する。

教科書通りのような会話ならこうかな?(自信はない)」「憧れのAさんだったらこうするだろうけど私がそうしたらこの人はびっくりしてしまうな」「この間同じような場面でBさんはこうしていた」……

自分に素直になりたい!とは思うんだけど、自然に浮かぶはずの「自分きもち」がなかなか出てこない。

ありがとう」「ごめんなさい」「恥ずかしい」くらいは出てくるんだけど、どうしても咄嗟無難な答えを作ってしまう。

加えて帰国後は、帰国子女いじりを気にしすぎたせいで、「普通ならどうするか」、「相手がどんなことを期待して接してきているのか」を考えるようになっていった。また、母国語で考えている時と第二言語で考えている時で性格がすこし変わってしまうことに気づいてから日本語でも外国語でも口にすること全てが自分本心ではない気がしてきて、ますます自分がどういう人間なのか分からなくなってしまった。

この表現力の問題は鬱になってからさら悪化した。頭が回らなくなって、少ないながらも以前は使えていた語彙さえも出なくなったし、とっさの逃げ道の冗談なども思いつかなくなった。

いまでは相槌を打つのが精いっぱい。

人と話す時、フルオートでにこにこしてしまうし挨拶くらいは出来るので第一印象は良いらしいけど、味気のない相槌しか打てないし話題も振れない。たまに話せても的はずれなことを言っていたり、浮いたことを言っていたり、無理してる感じがしてたり、そんなつもりは無いのに帰国子女感のあるドヤ顔発言みたいになっているみたいで脳内反省会が白熱してしょうがない。

そしてそれが嫌で会話の場から逃げたくてしょうがない。

だれとも一線を引いた付き合いになってしまって、どんどん孤独になっていっている。

この文章もかなり絞り出して、可能な限り本心に近づけて書いた。自然に出てきたものではない。

こういう人いない?いないの?

こういうのってどうやって解決していったらいいんだろう?

ネットにいる機能不全家族とか毒親持ちの方は何だかんだで結婚されていたりして、自分の居場所ができていて羨ましい。

私もなんとか実家は出て経済的にも独立したけど、家族距離を置く中でいよいよ社会から孤立してしまった感じもする。

私はこれからどうやって人間関係を作っていけばいいんだろう。

しかし、これを書いていて改めて思ったけど、自信のなさとか心の弱さは生まれつきな気がする。

海外生活なんて貴重な経験させてもらったのにな。なぜ活かせなかったのか。

強くなりたい。誰かと自分言葉で話してみたい。

早く安心したい。

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場所お借りしました。長い文章すみませんありがとう

2017-03-03

海外赴任の話してる人たちが何を言いたいのか結局よくわからなかった

いちいちここで確認するまでもなく人生いろいろでしょう

http://anond.hatelabo.jp/20170303184433

つか大元見れば、同級生で省庁とか行くのが普通にいるような大学東大?)卒で

海外赴任しているような女が前提の話だろ?

それが何故いつ転落してもおかしくないとかいう話になるのか

そりゃ海外在住ってだけなら底辺を見ればそういうのもいるだろうが(それこそ違法滞在違法バイトで食ってるなんてのみたいに)、

そんなのが前提の話じゃないだろうに

http://anond.hatelabo.jp/20170303175236

海外生活したいだけなら、自力海外赴任可能性がある会社に入ろうと思えばいいわけじゃん

でもそれは全然念頭にはなかったみたいなので。

同級生普通に省庁行く人いるのに、何でそんなに赴任妻に固執するんだろうと当時から不思議だった。

夫の肩書ハンターとか、出自ロンダリングみたいな感じもあるのかなぁ。人頼りの上昇志向っていうか。

2016-12-05

ブラック企業死ね」が理解できない

そんなに嫌だったら転職すればいいじゃない。

憲法には一つの企業就職したら絶対に定年まで勤め上げなければならないなんて明記されてないし、法的にも何も強制してないし、それどころか職業選択の自由日本は認めてんだからさ。

役員役職を与えたいほどの技能習得していたら諸手を挙げて受け入れてくれる企業だってあんじゃん。

あるいは自分起業したっていい。

もしあなた特筆すべき技術も有していなくて、ただの社会の徒食者のような人間であるのならば、受け入れてくれる企業があるかは知らないけどね。

そりゃ主義主張ばかりが強くて、何の苦労もしなくて社会保障制度を蝕んでいく人間なんて、どこの企業お断りだろうよ。

断られたとき自分を呪うか、自分がその程度の人間なんだときちんと認識して受け入れてください。

考えてもみてよ。

全く知らない人があなた会社で「帰る家もお金もない…助けて」と声をかけてきた。

かわいそうだからという理由で受け入れたら、投資のために貯めていた内部留保を毟り取られるんだよ。

かといって、その人は労働をするわけでもなく、ただ会社の中で腹が減った、娯楽が欲しいと大声で叫び続けるんだ。

しかし、その人が営業上手でどこかで稼いできたり、あるいは積極的特許を取ったり、雑務を協力的にしてくれるんだったら、受け入れて良かったと思うんじゃないかな。

そもそも営業上手で稼げるレベルなら、誰かに頼ることはしないのかもしれないけどね、つまりそういうことだと思う。

個人的には電通は十分すぎると思っている。

私程度の百数十時間程度の残業で、一体何人の労働時間補填できるんだろうと考えときがある。

社屋などのランニングコストを考えたら、もしかしたら数人にも及ばないかもしれない。

その社屋を使って営業にも行くだろうし、接待にも出るだろうし、飲みにも行く。

海外赴任ベトナム)の経験から、雨が降ったあとに外を出歩いても泥で裾が汚れないというだけでも、かなりありがたいと思っている。

そもそも論なんだけど、何でそんなに企業固執してんの?

ブラック企業就職して、食べていく道を選んだのは君たちが選択した結果でしょ?

だれもブラック企業就職しなければならない、毎日6時間残業しなさいと強制したわけじゃない。

例えば優良企業で働きたかったら、グーグルかどっかに就職して、将来はストックオプション行使して数億円くらい取得したらいいじゃない。

それがダメかどうかはグーグルが決めることで、グーグルにとってあなた従業員として受け入れる価値があるかは知らないよ。

それで断られたら「グーグル死ね」とでも言うのかしら。

しかしたら、私は「ブラック企業死ね」という人のことが理解できないのではなく、理解したくないのかもしれない。

私は電通が好きだ。

から電通に帰ってきたし、電通に骨を埋めたいと思う。

そうであるからこそ、私は電通を良い方向に変えていきたいと思う。

さな個人ではあるけれど、もっと働きやすい良い企業にしたいから諦めたくない。

確かに斜陽企業なのは間違いはないと思うけどね、働きやす企業を作る可能性はゼロじゃないよ。

それでも「ブラック企業死ね」と言われるのであれば、それは私に対して「死ね」と言っているものと同様であることを知って欲しい。

他人に対して容易に「死ね」と口にする人ほど、関わりたくはないと思うし、恐ろしいものはないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161204222654

http://anond.hatelabo.jp/20161204222654

同じく海外赴任したことのある身から想像するけど、海外赴任できるチャンスを得られたということはそれ自体が恵まれている。

しかしたら貧しい中で必死バイトして留学資金を貯めたのかもしれない。家族から見放され家を飛び出したのかもしれないが、それでもなお。

ただ、海外に出て世界の広さを感じると別の部分が鈍感になる傾向がある。よく陥るのが「自分努力してできたんだから他の人だってできるはず」という思い込みである

そしてあなた日本だけでなく多くの国で問題になっている「閉塞感」というもの理解できていない。

国がどれだけ恵まれていようがその恩恵に預かれない人がいる。そして自身生活を打開できるだけの精神力を持つことを許されなかった人がいる。

この人たちは「恵まれない」環境にいるのだ。物理的に恵まれない人へは同情が寄せられるが、精神的に恵まれない人はあなたが敵意を向けるように理解を得られないことが多い。

物質的に「日々の食べるものにも困り、生きてくるだけで精一杯だった」人がいるのと同様に「精神的にぎりぎりで、ここまで生きてくるだけでも精一杯だった」という人たちがいる。

その人たちとあなたは90度くらい違う。私も英語プログラミングができるので、別に何をしたってどこの国だって生きていけるという安心感がある。これだけで世の中がどれだけ悪かろうが夢を持て、生きていくエネルギーを得られる。

しかしそれもこれも基本的には努力できる恵まれ環境を用意してもらえたからだ。恵まれ環境を与えられずエネルギーが尽きかけてる人に、エネルギー源のある人の方法論を唱えても使えるものじゃないんだよ。

世の中に届かない方法論は国を良くしない。

原発立地自治体はいままで散々おいしい思いをしてきたのに反対するとは何事か。俺が政治家ならすぐに再稼働するのに」という意味合い発言を聞いた。

最悪である

こいつは今までに政治家地方にどれだけ頭を下げようやく原発を建てさせてもらったかをまったく分かっていない。事故は起こさないという約束を守れずどれだけ信頼を失ったか理解していない。仮にこんな奴が政治家になったら失言の上、地方自治体から総スカンくらって即更迭である。国のために何の役にも立たない。足を引っ張るだけ。

同様にあなた意見

最初から最後まで、皆うんうんと頷いて聞くだろう。そうだね、その通りだよ。今までの人生で1000回くらい聞いたよ。そして半年後には別の誰かの1100回目のお話で上書きされ誰もあなたのことは覚えていない。

あなた意見が間違っているわけではない。個人幸福の追求方法としては正しいが、多数の幸福を求める場合、思いが届く範囲が狭すぎるのだ。国を良くしたいならその方法効果が薄い。

あなたのような意見が聞けるのはいいことだ。きっと日本をよくできる、個人でも頑張ろうという人が少なからずいるということは日本にとって明るい材料だ。

しかし閉塞感の蔓延した世の中には届かない。ここ20年間以上、無力感を蓄積させられた人たちに必要なのは「頑張れば日本は良くなる」ではなく「良い日本にするから頑張れ」だ。閉塞感→不景気少子化悪循環を止める現実的少子化対策だ。

今回の「保育園落ちた日本死ね!」は結果として「お!?きっかけはともかく、実際に対策が打たれたぞ!?こいつは明るいニュースだ」と今保育園に入れられない現実に直面している人たちの背中を押しただろう。子供が一人増えれば、何世代か後にはGDP数億円分に貢献したことになる。

理想とは言い難いが「伝わる」物言いが世の中を変える。(途中で気づいたが、トランプ大統領誕生一種のそれだな。私はトランプを支持してないので書いてて自分の胸に刺さったわ……)


なんと、仮想増田だったとのこと……『種明かし』http://anond.hatelabo.jp/20161205182802

2016-11-27

猫夢

昼寝して飼い猫の夢を見た

夢の中では自分海外赴任留学中か何かで、旅先でも猫を飼っていて

「今飼ってるミケとトラも可愛いけど、そろそろ帰ってニャンスケと暮らしたいな~」

なんて言いながら長旅が終わるのを待っていたけど、目が覚めて思い出した

そうだ、ニャンスケはもう死んじゃったんだった

ミケとトラはニャンスケが死んでから飼い始めたんだった

ニャンスケとまた暮らすには、あと30年くらいは待たなきゃ駄目かなあ

2016-10-07

DV野郎離婚して後悔しているたった一つのこと

私はバツイチである結婚期間は約三年間。

離婚理由は元夫の暴言暴力である

離婚して、現在、おもいきり日々を謳歌している。

誰の目も気にすることなく、自分自分人生を生きていると実感することができる。

結婚していた頃には考えられない感覚だ。

離婚してよかった。心からそう思う。

唯一つ、後悔していることがある。それは、ヤツに全ての貯金を渡したことである

もし、これからDV野郎離婚を考えている人がいれば、少しでも参考になれば嬉しい…

という大義と、「とにかく吐き出してしまいたい」という気持ちでもって、ここに私の経験を記したいと思う。

「元夫」と書くことすら抵抗感があるので、恨み辛みが表出していて格好悪いなぁと思いながらも、以降も「ヤツ」と記載させていただく。

ヤツと結婚したのは、私が三十手前で「そろそろ結婚したいな」と思っていた時期だった。

ヤツからアプローチがあり、数ヶ月の交際後、結婚するに至った。

当時から、ヤツのことを好きだったのかどうか、正直分からない。「この人と結婚したい」ではなく「いま結婚しとかないと誰ともできないかも」という気持ちが大きかった。

私のそんな気持ちは、態度にも表れていたのかもしれない。

ヤツは結婚後、共働き仕事後に取り掛かる私の家事について、そのクオリティにいちいち口を出すようになり、私が反論すると、激しい口論となって、挙句手を出されることもあった。

死ね!」は当たり前、「大した仕事もしてないくせに」だとか「親の人間性もクズ」と言われたこともある。

暴力」については、殴られたことはない。手首を捻りあげられて骨にヒビが入ったことが二回、首を絞められたことが二回(一度は屋外で締められた)、

髪をひっぱって引きずられることが数回、寝ているところを枕ごと頭を蹴り上げられたことが一回。あと、至近距離で思い切り食器をぶつけられたこともあった。


それらのキッカケは、先述の「家事が未熟である」だとか、「友人と一緒にいた際の俺への態度が気に入らない」といったことであった。

家事については、CookDoの利用を説教されたり、布団カバーを替えた時に窓をあけていなかったことであったり、急な雨で洗濯物を取り込んだ際に投げ入れたことについてであったりした。

あるときは、私の大切な友人数名との食事会で、同席した私の友人発言に対してキレてしまい、急に店を出て、追いかけた私をひっぱってシャツを破き、車道カバンを投げられたこともあった。


こうして書き出してみると、改めて「どうして我慢していたのだろう」と我ながら思う。

いや、実際には、黙ってただただ我慢していたわけではない。私は元来気が強く口が悪い。

「どうしてそんなことでキレられないといけないの」「私の友達の前でそんな態度しないで」と何度も言い返していた。結果、ヤツから言葉だけでなく力となって暴力が飛んできたのだ。

次第に私は自信を失っていった。自分をなんて駄目なヤツなんだと思うようになり、常にヤツの顔色を窺い、帰宅するとヤツが早く寝ることをひたすら願いながらやたらとニコニコしていた。

仕事が好きで、その仕事を頑張る自分を、ときには落ち込んだりしながらも「そんなに悪くない」と思い、充実した毎日を送る自立した社会人だったはずなのに。

転機は結婚して数年目に訪れた。商社に勤めるヤツが海外赴任となり、約半年単身赴任生活を送ることとなったのだ。

最初は、部屋に一人でいることが寂しく、早く会いたいと思っていた。

でも、一ヶ月ほど経つと、自由に友人と会い、自分生活だけを考えれば良い生活が、

罪悪感がありながらも楽してたまらなくなってきた。

そして数ヶ月が経ち、洗脳がとけるように私はハッと気付いてしまった。

旦那がいないときの私の方が、私自身、好きな気がする…」

そう、単身赴任中の一時的な気楽さだとか、人と一緒に住む難しさだとか、そんなことではなく、

ただ、ヤツと一緒にいない自分の方が、堂々としていて、思い切り仕事をしていて、自由意見発言している。そんな自分の方が好きだと思ったのだ。

そして約束半年が経過し、ヤツから「予定より一週早く、今日帰れることになったよ☆」とメールが来た日、

私は会社トイレで、おもいきり吐いていた。

家を片付けられていないのに帰ってきてしまう!明日仕事で朝早いのに帰ってきてしまう!あぁこれからまたあの生活が始まる!!

そういった精神的なプレッシャートイレで吐瀉物にしながら、私は決心した。「もう無理だ。別れよう」と。

ヤツが帰国して三日後に、夜ご飯の品数の不十分さについてキレられた際に、私は離婚を切り出した。

「私はあなたにふさわしい奥さんになれない。別れてほしい」と切り出した私に、

ヤツは「納得できない!」と暴れまわり(文字通り暴れまわったので壁に複数の穴があいた)、

散々に詰ってきたが、これまでと違って私が決して折れないと気づくと、泣き落としにかかってきた。

「一緒に暮らすことを楽しみにこの半年頑張ったのに」「必ず変わるから信じてほしい」等々…。

ある日には、夫婦ぐるみで仲良くしていたヤツの友人に囲まれ、「なぜ離婚するのか」と責められたこともあった。

実はこれが一番キツかった。私も、ヤツがきっかけとはいえ、彼らとは友人だと信じていたし、私の話を聞いてくれるのだと思っていたのだ。

そこで初めて、上記の暴力について打ち明けた。人に話すのは初めてで、すごく勇気を出して話した。

ところがその結果は、数時間に渡って「考え直してあげてほしい」「どんなときも支え合うのが夫婦だ」と言われつづけるだけだった。

このときのことは、今も思い出すと辛い。

信じていた友人に責められたことで、自分が物凄く非情人間で、酷いことをしていると思ったし、誰かに話すと自分が責められるような内容なのだと思わされる出来事だった。

このとき、再度ヤツと話し合うことはした。しかしやはり私の決心は固かった。

そして遂に私はヤツに「二人で貯めた全ての貯金とこの家、それに家具家電も全部要らないから別れてほしい」と話した。

ヤツはかなりの守銭奴で、二十代でかなりの額を貯めており、結婚後も、給与共通口座に振り込むことが一日でも遅れると激昂していた。

ヤツの貯金や家へのこだわりを感じていた私は、それまでの「貯金の半分はほしい」という主張を取下げ、とにかく離婚を最優先にすることにしたのだ。

ちなみにここまで、ヤツは「そんなに怖がらせていたのなら変わるようにする」とは言っても、暴言暴力について謝ったことはなかった。

よく「DV野郎暴力の後急に優しくする時期がある」と聞くが、ヤツの場合は、そもそも自分のやっていることを悪いことなどとは露とも思っておらず、

自分が正しいことを証明するための手段であり、怒らせる私が悪い、これだけ怒らせたら暴力は当然だ、と思っているようだった。

そして、私が金銭や家の要求を取下げたことで、ヤツはようやく離婚同意した。

私の両親が結婚時に買ってくれた多くの家電もそのままに、結婚時に同一名義にした結婚前の貯金はもちろん、

この数年間に二人で貯めた数百万円のお金全てと引き換えに、私は自由の身となった。

離婚が決定となった頃、ヤツはかなり憔悴していて、愛情は全く無くなってもさすがに可哀想に思う気持ちも少しはあった。

しかし、家を出ようとした際にヤツに言われた一言で私に戦慄が走り、すぐに冷静になった。曰く、

「俺は100点満点を目指してほしかっただけなのに。」

この一言には、私の結婚生活の苦しさや、ヤツの全てが集約されているように思う。

ヤツは最後まで「帰国したら急に離婚と言われて可哀想な俺」と自分立場認識していたし、

私への暴力を悪いこととは思っていなかった。

それは、私が100点満点じゃなかったから。未熟な嫁が満点をとれるよう、一生懸命指導してきたら裏切られた、とでもいうような気分なのだろう。


『100点満点』って何だよ。

なんで毎日生活で満点とらないといけないのか。しかもそれを採点するのは誰なのか。


そうして、自由になった私は、いい歳して実家の両親の援助を受け、どうにか一人暮らしを再スタートしている。

しかし、当初は開放感と喜びでいっぱいだったが、さらに数ヶ月が経過し、生活が落ち着いてくると、だんだんと腹が立ってきた。

なんで私は全財産渡しちまったのか、と。

これは、お金が無い苦しさからだけではない。もちろんそれもあって、欲しいもの買えない!なんて時に「ヤツめー!」と腹が立つこともあるのだが、

お金が一銭ももらえなかったということは、ヤツは私を苦しめていたということを最後まで認めていないのだ。

しろ「俺は納得していないから、せめてお金はもらう」みたいなことを言っていたので、

慰謝料ももらったような気でいるのではないか

これが数十万でも「暴力を受けた分の慰謝料としてもらいます」と受取ることができていれば、また気持ちが違ったかもしれない。

そう思うと、腹が立って腹が立って仕方がなくなってくる。離婚の成立に焦らず専門家相談すればよかった!と思えてくる。


実際は、金銭で揉めていれば未だ離婚できなかったかもしれないし、

ヤツが逆上して刺されるようなこともあったかもしれない(離婚後、実家を急襲されないかしばらく怯えていた)。

DV野郎との離婚金銭要求は期待してはいけない、という話も見た。

それでも、私が「数年に渡って傷つき苦しんだ」という事実が、ないがしろにされているように思い、金銭を諦めたことだけは、今も時おり思い出して後悔することがあるのだ。

冒頭、「少しでも参考になれば」などと書いたが、これは「お金もらわなくて後悔しているから、そこは要求した方がいいですよ」という話として受取ってほしくない。

金銭でこじれてさらに困難な事態に陥る場合もあるかもしれないし、DV野郎とは、とにかく早く離婚することが第一だとは今も思っている。

ただ、「あまり離婚成立だけを優先し、何の謝罪ももらえないままだと、憎しみを引きずりますよ」とだけは伝えたい。

いや、伝えたいというよりは、吐き出したかった。

読んでくださった方を不快にしていたら大変申し訳ないけれど、こうしてこの場をお借りして吐き出すことで、私の中の黒くて暗い感情の塊が、

少しはトイレに流れていったように感じる。

今は、公私ともに充実し、前より自分を好きになり、毎日暮らしている。

私が抱えたままだった後悔は、友人(と思っていた人)を数人失ったことや戸籍にバツ印がついたことなんかじゃなく、

ヤツに怯えたままだったせいできちんとした謝罪要求できなかったこと。

あのとき理不尽な目に遭いながら主張できなかった自分を悔いている。でも、あのときはそれが最良の方法だったと分かっている。

悔しさは消えないけれど、「どうせなら謝らせたかったぜコンチクショウ!」と思えるくらい、

心が元気になったと信じて、また一歩前に進みたい。


余談だが、離婚後、暴力について他の友人に話した際、息を呑んで「殺してやりたい…」と言ってくれた人もいた。

というか、上記の友人数名以外は、皆一様に、こういったリアクションだった。

もし今悩んでいて、打ち明けた相手に「それでも簡単に別れたら駄目だよ」なんて言われた人がいたら、

安心していい。そいつは本当の友達じゃない。

たとえどんな場面でどんな理由があったとしても、暴力などという手段自分の主張を通そうとする人間のことは、全力で捨ててほしい。

本当に大切な人は、そんな奴らじゃない。だから絶対大丈夫

2016-07-04

年収250万で海外赴任させる

ある工作機械メーカーの話

昔みたいに手当つかなくて出張先で遊ぶ金ないので引きこもってゲームやるしかないらしい

2016-05-30

スポーツ選手の末路

http://anond.hatelabo.jp/20160529230713これに関して、

ブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20160529230713)に若干、スポーツエリートへの蔑みが瘴気のようにうずまきつつあるんで、

自分の知っている「元スポーツ選手」のその後を記しておく。

陸上が、その後が華やかじゃないことについて、また駅伝の残念さについては大きく同意する。

陸連が相当マズイので増田陸上でそこそこの場所はいたのなら、中に入れるなら中に入って改善した方が良い。陸連は本当にダメ

それと、私が知っている「彼らのその後」については、消息を知り得る人だけなので、生存バイアス的な情報ではある。

でも、「それなりに幸せで、自分なりに競技を続けてる」人はすごく多いということも知ってほしいので。

実弟

実業団とある競技の選手をやっていた。1部~2部を行ったり来たりするチームの、一応主力。

当然というか、高校大学就職どれひとつ試験」は受けたことがない。ただ、地頭は悪くなかったと思う。スポーツトップキャリアになるには馬鹿じゃ無理なのよ。

現役時代も9-17会社員をやって「残業」として練習毎日やっていた。同僚や会社からは、それなりに応援はされていたように思う。

最後は膝の古傷がどうにもならなくなって30代前半で引退引退後は、実業団チームのコーチを務めていたが、その後チームが売りに出される(不景気のため)。

買い手からコーチ・ゆくゆくは監督で、と誘われるも、サラリーマンの安定が捨てがたくw 固辞。

完全にリーグから足を洗ってからは、お目こぼしてもらっていた社内資格試験などを泣きながらこなしつつそれなりに仕事をしている。

今もサラリーマンをやりながら、地元のその競技団体協会長を務めつつ、子供たちをボランティアで教えたり、

学生時代の仲間とクラブチームを作って地域リーグに参戦したりしている。楽しそう。

子供は3人いるけど、誰も彼と同じスポーツを選んでいないぐらいが、しいて言えば闇と言えるかも。やっぱりお父さんと比べられるのはイヤらしい。

実弟の友人たち

弟の高校時代チームメイト。一応全国制覇はしているので他のチームメイトも実弟と同じルートをたどるかと思いきや、ぜんぜんそうじゃない。

優勝チームで、大学スカウトがかかったのは実弟と同期一人、一期下一人の3人だけ、他の人たちの進路はさまざま、ごく普通人生を送っていると思う。

実家を継いだもの、現役で大学いってサラリーマン大学2浪してサラリーマン、など色々。

年に1度は集まって、スポーツミニ大会同窓会みたいなことをしている。みんな家族も参加したりする。私も顔を出すけれど、楽しそうだよみんな。

「結局日が当たらなかった人生」ではなくて、どちらかというと「高校時代、超モテたんだ俺」な人生という感じ。

それぞれの地元スポーツを続けてる人が多いけど、「メンバーまらないんだよねー」と草野球チームに入っていたり、マラソンチャレンジしてる人とかも。

ちなみに弟は高校時代モテすぎて家の前に女子高生の張り込みなどがあって大変だったので、そういうのはやめてください。

私が学生時代出会った人たち

ラグビーアメフトアイスホッケー体育会に属していた友人がそれぞれいた。みんな今はサラリーマン

どれも、あんまり強くないチームだったからというのもあるか、就職については、大学名のネームバリューが良いので

「こっち(実業団)じゃなくて、そっち(大学名)のカードを切る」という感じで、超氷河期だったのに皆さん良いところにお勤めになった。うらやましい。

三人とも普通にサラリーマンをやっている。ラグビーアメフトの二人については、今でもクラブチームに携わっている。

もうオッサンから競技はやってないけどクラブチーム運営会計とか協会との折衝とかそういうもろもろ)やってたりするらしい。

アイホくんは海外赴任中。

私が仕事出会った人たち

プロスカウトに声もかけられたことがあるという人や、ユニバーシアード出ましたみたいな人やら、実業団でやってましたみたいな人やら、ゴロゴロいる。競技も様々。

共通してるのは「今でもその「草競技」をやってる」ということ。あと、普通にサラリーマンとして仕事をしている。

まぁ、出世するかというとしないけど、仕事できないかというと、普通かそれ以上に仕事できる。ほとんどが営業職だけどひとり技術職で元選手、という人もいる。

知人の中で一番の知名度を誇る「元スポーツ選手」は、一般人でも聞けば名前を知っているレベルの人だが、仕事で役立つかというと「ほとんど無いな」らしい。

競技は、実業団じゃないけど、会社部活動的なものでやっていたり、学生時代体育会OB的なクラブチーム(がどの競技にも割とあります)だったり、

地元友達を集めてやってたり、ひとりでこつこつ(個人競技だとこっちよね)練習しつつたまにシニア大会に出たりとか、そうやって続けている。

「見に来てよー」と言われて「いいですよー」と見に行ったけど、まぁオッサンの草競技だけど、

和やかでゆっくりしてて、ただやっぱり全盛期すごかったんだろうな、と思わせるようなプレーも見られて、面白かった。

競技を続けていると、その競技団体の枠の中でそれなりにスポーツに関わり続けることができる。

ほとんどのスポーツには「○○連盟」とか「○○協会」という形で競技団体があって、地域都道府県レベルまでピラミッド型に競技リーグ組織ができていたりする。

サッカーでJ1、J2とあるようなもの。例えば東京サッカーなら都4部とか5部とかあって、チームを作ったり選手登録して、いくばくかの金(登録料的なもの)を払えば、誰でも大会に参加できる。

テニスとか陸上なんかの個人競技についても、定期的に大会が開かれてたり、サークル独自トーナメント作ってやってたりもするしね。

なので、ある程度、競技を続けられる能力があれば楽しみ続けられる。

それに、体育会って、なんだかんだ言って就職が悪くない。サラリーマンとしての出世とか仕事で成し遂げたいと思うことがない限りにおいてはw。

スポーツを続けるということは「自分より強い相手存在を常に認め続ける」ことでもあるので、「過去の栄光」に縋る人って逆に少ない気がする。

しろフィールドを変えて「今の自分なりに、そのスポーツを楽しもう」という感じの人が多い。

ただこれは、「進学先の校風」とか「就職先の社風」とか「その競技特有個性」によっても、変わってくるようにも思う。

もちろん、その選手当人の競技能力・精神的な能力と、親とのかかわり合いが大きなファクターを占めてるのはありますが。

「親子鷹でずっと野球一筋だったが、高校で肘を痛めてそっからぐれたよ」という人も知人にいるし、

私と弟の母校については、陸上野球はすごく宜しくない噂がたくさんあった。たくさん囲い込む癖に怪我するとすぐ潰すとか…。

なので、これは生存バイアスでもある。やっぱりリスク高いよねスポーツ競技で身を立てようというのは。

ただ、「選手としては目が出なかったが、それなりに生きているし、競技もそれなりに続けてて、それなりに楽しい」と言う人が、一番多いんじゃないかな。

そこで「あの時にああしておけば」と黒い発想をしてしまう元選手がいたとしたら、それは脳筋トレーニングしかしてこなかったから、じゃなくて

スポーツやってなかったとしても、大学受験失敗したあとあたりに、似たようなことを考えてたタイプかもね、とは思う。

2016-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20160307153003

こういう「本当は子供欲しいに違いない」って考える奴ってなんなんだろうな。俺も子供持っちゃったらこのくらい想像力が退化すんのかなって恐ろしくなるわ。

世帯年収1300万はちょっと嘘で、いま海外赴任中なので赴任手当入れたら1800万くらいになる。1300万は日本での世帯年収。まーこっちは生活費クソ高いから別に裕福ではないけどな。

2016-01-20

本当に嘘のような本当の話

偶然と言えばそれだけの話かもしれないけれど、まさか自分人生の中で、

こんな不思議なことを経験するとは思いもしなかった。

ブログはやってないし、SNSに書くのもプライバシーが気になるから

普段は見るだけだった増田に書かせてほしい。

備忘録と言うか、まぁ書かなきゃ落ち着かないってことで、

長文になるだろうけど、吐き出したい。


俺は友人が少ない。

いや、正確に言うと、本当に友人と思えるヤツが少ない。というかいない。

友人以上という意味で、一人だけ親友がいる。幼い頃から腐れ縁で、

お互い三十歳になったが、もう二十五年以上の付き合いだ。


そいつが五年付き合った二つ下の彼女と別れたのは去年の頭のことだ。

仕事海外駐在が決まった彼女から一方的に別れを告げられ、

冬が終わって暖かくなり、親友気持ちが落ち着くまでは、

毎週末のように散々酒に付き合わされた。


俺は都内で勤めていて、特に用事のない金曜の夜は、

帰り道にある行きつけのジャズバーで一人しっぽり飲むのが日課だった。

親友の拘束も落ち着き、久々に顔を出したその日、マスターに奇妙なことを言われた。

タイミング悪いな。今日は来てないよ」

何のことだ?と思って話を聞こうとすると、

入り口から一人の女性、と言うには幼い見た目の女の子が入ってきた。

俺は彼女を見た瞬間、初めて見るはずなのに、妙な既視感に襲われた。

「あぁ、この子。ずっとアンタを待ってたんだ」とマスター


話を聞くと、彼女もよくこのバーで飲んでいて、

いつもカウンターマスターと話す俺を見て、話かけたいと思っていた、とのことだ。

それが今年に入ってから俺が全く顔を出さなもので、ずっと来る日を待っていたらしい。

俺が一人飲みを始めて五年程たが、こういう話は意外に多い。

けれど若くて、且つ一人で絡んでくる女性は初めてだったので、正直テンションは上がっていた。

加えて彼女とはやたら話が合い、その日はマスターも含め三人で遅くまで飲んだ。

「また一緒に飲みましょうね!」

終電があると言い、最後に連絡先を交換して、彼女は足早に帰って行った。

俺も帰ろうと身支度を始めた時、マスターがボソッと

「でもなぁ、あの子に話しかけられるまで、正直見ことなかったんだよなぁ」

そう言ったのが少し気になった。


その後、金曜日前になると彼女から携帯メッセージがくるようになり、

つの間にか金夜は一緒に飲むことが定番になった。

何故か彼女といると全く緊張することがなく、とても居心地が良かった。

まるで気の知れた家族といるような、奇妙な感覚だったので、

会いたい、一緒にいたいけど、恋とは違う。そんな感情の中で揺れ動いていた。

きっと久々のロマンスから、恋する感覚を忘れているのかも知れない。大事に育てていこう。

そう思い、親友には当面黙っておくことにした。


数回会った後、彼女は俺の交友関係を聞いてきた。

俺は友人はいないが、親友がいること。長い付き合いであること。

彼が最近彼女と別れて、相当参っていることを当たり障りなく話した。

ふと、そろそろこの子を紹介するか。と思い、

「良かったら今度連れてくるよ」と言うと、何故だか彼女は頑なにそれを拒んだ。

そして、まるでずっと言い出すタイミングを待っていたかのように、突然おかしなことを言い出した。


「その親友さんの彼女さん。本当は大事なことを隠していると思う。

是非彼女さんに連絡をして、それを聞き出して。それは私に言われたからではなくで、

自分から思いついてそうした、と言うことにして」と。


親友彼女とは、二人が付き合い始めた頃から親交があったし、

しょっちゅう一緒に飯や旅行に行っていたので、とても仲が良かった。

二人が別れる時にも話をしたが、それ以降は連絡をとっていなかった。

「でもなんで君にそうするように言われたと言ってはいけないの?」と聞くと

だってバーで知り合った女に言われた、なんて言ったら、嫌がられるでしょう」と彼女は笑った。


久々に親友彼女メッセージを送ると、意外にも早く返信が来た。

今日本に帰ってきてる。良かったら会って話さない?」と書いてあった。

余りにトントン拍子に進む話に、何か変なことに巻き込まれいるかも、と

このあたりから思い始めたことを覚えている。

約束時間に少し遅れて、彼女指定した都内喫茶店に行くと、

彼女はやつれ切った表情で座っていた。

「久しぶり」と話かけると、みるみる内に彼女の目に涙が溜まり、急に泣き出してしまった。

まるで自分が泣かせてしまたかのような状態になり、あたふたしていると、彼女

まさか連絡が来るとは思わなかった。一人でずっと辛かった」と言った。

絶対に彼には言わないと約束して」

彼女は俺にそう言うと、ゆっくりと順序立てて話し始めた。


一昨年にある病気が発覚したこと。

その病気によって、時間が経つにつれて、日常生活が困難になること。

子供をつくることも難しくなること。

ずっと悩んでいたが、彼にはこんな風になってしまった自分ではなく、

別の健康女性を見つけて幸せになって欲しいという結論に至ったこと。

それを言うと彼のことだから絶対に許してくれないと思い、

海外赴任と嘘をつき、実家に帰ったこと。

彼にバレないように、親兄弟以外には秘密にしていたが、辛くて仕方がなかったこと。


全て聞き終えた時点で、正直俺は「こんな話ってマジであるのか」とかなり面食らっていた。

まりにもショック過ぎて、その場では気の利いたことが何も言えなかった。

家に帰る道すがら、これは何か見えない力が動いている。こんな偶然はあり得ない。

きっと俺は何かしなきゃいけないと強く思い、自宅に着くと即彼女電話を掛けた。

「知ってると思うけどさ、俺、すげえ口軽いんだよね」

そう伝えると、まだ彼女は泣いていたのだろうか。震える声で

「やっぱりあんたって最低だね」と言った。

よく聞き取れなかったが、最後「ありがとう」と言った気がした。


翌日、俺は親友電話をし、全てを伝えた。

親友電話口で絶句していた。暫く無言が続き、

その後すすり泣きのような音が聞こえたかと思うと

サンキュー。悪いけど用事が出来た。また今度な」と言って彼は電話を切った。


その後、案の定というか、俺のたった一人の愛すべき馬鹿親友は元鞘に戻った。

しかもその後、通常では考えられない速度で、彼女難病が快方に向かい始めたというから驚きだ。

更に衝撃なのが、彼女妊娠が発覚。子供をつくることも難しいと言われていたのに、

立て続けに起こった奇跡に俺も親友もただ笑うしかなかった。


「諸々の事情から結婚式なんてまだまだできそうもないけど、

よかったら俺達が夫婦になる瞬間に立ち会ってくれ」

親友にそう言われ、役所婚姻届を出すところに立ち会った。

友人が見届け人的な役割で一緒に来ることは珍しくないが、

三人とも笑いながら号泣してるのを見るのは初めてだ。と役所の人に苦笑いされた。


俺はというもの、この一連の奇跡引き起こし張本人

バーの彼女メッセージを送るも既読が付かず、バーで会うこともなく、

一体どうしたものか、とうだつの上がらない日々が続いていた。

暫くし、また寒さが身に染み始めた頃、親友から女の子だ!」と連絡があった。

へぇ。じゃあ俺が名前を付けてやるよ」と冗談半分で言うと、

「すまん。なんだかわからんが、俺と彼女で上げた候補の中で、一つだけ同じ名前があって、

偶然かも知れないけれど、運命っぽいから、その名前にすることにした」と、

二人が書いた同じ名前が書かれた紙を撮った写真を送ってきた。


その写真をみて俺は目を疑った。

慌てて、スマホを開き、アプリを立ち上げた。

相変わらず既読はついていなかったけれど、バーで出会った彼女名前

親友が娘につける名前は、漢字も読み方も全く同じだった。


こんな話、作り話と言われてもおかしくない話だ。

けれど、実際に起こったことだから始末が悪い。

一体バーで出会った彼女は何者だったのか。何故、こんな奇跡を引き起こせたのか。

今となってはわからないし、きっとこの先彼女に会うことはないだろうと、なんとなく思っている。

いつかしようとは思うが、この話は未だ親友と、その嫁さんにも話ていない。

けれど、先日酔っぱらった勢いで、バーのマスターには一連の出来事を伝えた。

話をする中で、婚姻届を出した時に三人で酷い顔で撮った写真を見せた。

マスターはじっと写真を見た後で、またいつものようにボソッと言った。


「あのお嬢さんさ、よく覚えてないけど、アンタの親友と嫁さんにソックリじゃない?」


「勘弁してよ。もうお腹一杯だよ」

俺はそう返すのが精一杯だった。

2016-01-13

英語が本当に苦手なんだけど、なんでみんな英語話せるの?

小学校

今と違って小学校英語なんてやらない時代だったけど、親の意識が高かったから小4から英語教室行ってた。

中学校

英語の成績はかなり良かったが、英語以外の成績もかなり良かったため、英語教室効果があったのかは不明

意識は高かったので、古本屋英語絵本を買って自分で読んだりはしてた。

高校

地域一の進学校に入ったこともあり、英語も他の教科も成績は学年で中の下くらい。

意識は高かったので、近所の教会無料でやってる「聖書英語で読む教室」みたいなの毎週通ってた。

大学

眞子様佳子様で有名になったあの大学に進学。

入学時の英語の成績は、海外経験なしクラスの中では中の上くらいだった。

特に1年生時は英語特訓プログラムみたいなのが必修で、気が狂いそうなほど英語漬けにされるし、短期留学も2回した。英語で開講されている専攻科目の講義も15単位くらいとったし、卒論英語で書かされた。多分、ネイティブから見たら読むに堪えないひどい文章だったと思うけど。

現在

海外旅行に行って困らない程度の英語力はあると思う。英語で道を聞いたり買い物したりホテル予約したりするくらいなら余裕。

ただし、ビジネスの話とか絶対に無理。

まず商談で使うような単語なんてほとんど分からないし、文法中学校レベルしか使いこなせない。かろうじて意味は通るけど、不自然まりない表現になっている自信がある。

英語プレゼンとか、海外赴任とか、不可能だと思う。

  

  

でもさ、ネット見るとみんな、「仕事英語必要なので社会人になってから勉強してついに海外就職できました」とか、

英語できたほうが仕事選択肢が増えるのになんで英語勉強しないの?」とか、書いてるわけじゃん?

自分は決して頭が悪いほうではないと思うし、人よりも英語学習リソースを割いてたと思うけど、それでもせいぜい「海外旅行不自由しない」レベルしかなれなかったわけで、仕事英語使ってる人は一体どうやってそうなったのか心底不思議だ。

ひょっとして自分は、学習障害みたいな感じで英語が出来ない障害なのだろうか?

それとも仕事英語使うレベルの人は、隠しているだけで本当はみんな東大卒英語専門の家庭教師が24時間ついてたりするのだろうか?

  

ちなみに5歳の娘は、1歳の時から英語教室に通っているのに、5歳になった今、せいぜい「色や動物名前英語で言える」「20までの数字が言える」「ハローとかハワユーとか言える」程度。

日本中学1年生1学期レベルにも達していない。

ちなみに、他の能力ひらがなを書くとか、簡単な足し算とか)は平均より出来るほうなので、知的問題があるわけではないと思う。

普通、1歳から習えばもうちょっと上達するよな。自分の「英語障害」が遺伝してしまったのだろうか、と思うと申し訳ない。

2015-08-20

海外渡航前夜に神様がくれたプレゼント

5つ上の職場の先輩。私の自慢の人。私の片思いの人。

彼は、私の第一希望会社リクルーターだった。彼は、いかに仕事が楽しくて、悩みが多くて、でも幸せに感じる瞬間があるかを、懇切丁寧に語ってくれた。最初は、「やっぱり社会人はすごいな」と思うくらいで、ことさら彼に惹かれていたわけではない。しかし、会社で働き始め、自社他社問わずさまざまな社会人に接するようになって初めて、彼のすごさが分かるようになった。会社の一大プロジェクトチームに彼の名前が載っているのを見たのも、一度や二度ではない。彼がいない飲み会だって、彼のことは度々話題となる。上司からの信頼も、部下から尊敬も集めていた。

そんな彼は、全く違う部署に配属された私のことを、よく気遣ってくれて、ランチに連れて行ってくれた。飲み会で一緒になったときには、こっそり二人だけの二次会を行ったりした。いつも時間が過ぎるのを忘れて、話し、笑った。彼は、私のどんな話に対しても、たとえそれが私のプライベートな悩みであっても、一生懸命に聞いて、励ましたり、厳しいことを言ったりしてくれた。彼の一生懸命さが、心からしかった。私は次第に、彼の一番弟子自称しはじめ、彼もそれを笑って聞いてくれた。

私には遠距離の彼がいることはいたが、惰性で付き合っている状態で未練もなく、いつ明示的に解消するかだけの状態であった。一方、彼には付き合っている人はいなかった。会社派遣の子と二人で繁華街を歩いていたという噂が流れて、落ち着かない日々を送ったこともあったが、どうやら発信源はその派遣の子本人であり、あえなく撃沈したというオチが遅れてやってきた。そういえば後日、そのことを彼にそれとなく聞いたら、「誘われたので御飯にいっただけだよ。美味しいお店だったから、今度連れて行ってあげようか」と笑って答えてくれた。この人は鈍感なのか策士なのか。

海外赴任が決まった」。ちょうど1年前の今ごろ、残暑厳しく光溢れるテラスで、それ以上に明るい顔と声で、彼が教えてくれた。「まだ、正式ではないから、皆には内緒ね。でも、お前にだけは先に伝えておこうと思って」。彼は昔から海外勤務を希望しており、会社も彼に期待していた。したがって、そうなることは自明であったが、私は根拠レスに、そんな日なんて来ないと盲目に信じていた。単に、私の希望だけだったのだが。出発すれば、少なくとも5年は帰ってこない。「私も連れていって」というドラマみたいな言葉が頭に浮かんだが、現実的なわけもなく、そのまま脳の奥底に吸収されていった。「一緒に行こう」と言ってくれないかと念じてもみたが、テレパシー能力なんて突然身につくわけもない。精一杯の力を振り絞ってできたことは、「出発までに、二人でお祝い会をさせてください」という約束を取り付けたことだけだった。

ミシュランレストランの食事は、美味しさよりも、寂しさに満ち溢れていて、正直あまり覚えていない。彼は楽しそうに、これからどんな仕事をするのか話してくれたが、いつもは楽しい彼の話ですら、私の頭には響かなかった。デザートが出たところで、迷った末に選んだ時計プレゼントしたら「向こうではこれを使い続けるよ」と言ってくれた。思わずお手洗いに駆け込んで泣いてしまった。でもおかげで、吹っ切れた。

お店を出て人影が途絶えたところで、前を歩く彼の手を引っ張って私にたぐり寄せ、耳元で、「ずっと好きでした。これからもずっと好きです。」と囁いてみた。あー、すっきりした。満足して、笑いながら身を離そうとしたら、予想外にも抱きしめられてしまった。「ありがとう。ぼくも好きだったよ」。そのままキスされた。一連の流れがあまりに突然すぎて、キスされている自分自分認識できていなかった。抵抗も目をつむることもできず、間抜な顔をしていたに違いない。理解が追いついてくると、今度は、今日は朝まで一緒かな、おしゃれな下着着ておいてよかった、なんて急に大人のことを思った。が、そのまま彼が手を引いて連れて行ってくれたのは、ホテルではなく、地下鉄の駅だった。そして、そのまま、家に帰った。

その夜のメールは、いまでも保存している。「お前のことは大好きだが、5年も離れて恋愛するのは無理だと思う。かといって、お前が会社を辞めて僕と一緒に海外に行くというのは、君のキャリアを殺してしまうし、それは自分がお前に言ってきたこと対する自殺行為だ。お前は一生の相棒だ」。文書で書くと言い訳っぽいが、就職から私のやりたいことを聞いて応援してくれた彼の言葉に、ウソはないと思った。こちらだって現実的に付き合えるなんて思ってもいなかったし、それ以上に、私の気持ちをきちんと伝えることができた満足感と、彼も私を認めていてくれたことが分かったという幸福感のおかげで、思ったよりもショックは少なかった。泣きまくったけど。

その後、彼が出発するまでの間、壮行会と称した飲み会が、数え切れないくらい開かれたが、私は一つとて参加しなかった。彼と会ってしまうと、泣けてしまうから、思い出してしまうから。私と彼の仲の良さを知っている人からは「あれ、行かないの?」と聞かれたりしたが、ごまかして乗り切った。彼からの連絡も、なかった。

そして、彼の出発前夜の金曜日。家に着いた22時ごろに「やっぱり、最後にどうしても会いたい」とメッセージが届いた。嬉しくて涙が出そうだったけど、いま会ったら、これまでの努力が水の泡と帰してしまう。「今日はだめなんです、ごめんなさい」と返した。「明日には日本を出てしまうので、今日最後なんだ」「そうかもしれませんが、いきなり言われても無理です、ごめんなさい」というやりとりを繰り返した。そして、自分の心を落ち着かせるために、彼宛の手紙を書き始めた。いま泣いていること、一緒の時間を過ごせて嬉しかったこと、いつまでも応援していること。1時間くらいかけて書き終えたら、また泣けてきた。

そして、私は負けた。日付が変わるころ「明日の朝、泊ってるホテルに行きます空港までお見送りに行かせてください」と返事をした。すぐに返事がきた。「いつでも待ってます」。

あれから数ヶ月。私の中には、新しい命が宿っている。その最中今日危険日だと伝え、お互いに合意の上だったが、まさか本当にそうなるとは。彼とはすぐに婚約をし、会社には「結婚し、出産します。会社は辞めません。」と報告。出産後に渡航して、彼と子供と3人でつつましい生活を行うつもりだ。会社は育休中に新しいポストを探してくれると言ってくれた。皆からは驚かれたが、少なからず「やっぱりね」と言われた。

ウソみたいな話だが、神様がくれたプレゼントに心から感謝して、生きていきます

2015-07-17

ぼくは愛を証明しようと思う。(あるいは恋愛工学)の感想を書こうと思ったのだが

女。28歳独身

都内在住実家住み。仕事IT企業広報。S女子大英文科卒。中高は神戸女子校

愛読書はFitzgeraldの「Tender Is the Night」、

Calvin Tomkinsの「Living Well Is the Best Revenge」

音楽絵画趣味はこの2冊から知ったもの中心

容姿三十路近いというのにノースリーブワンピースを気張って

着ましてですな、ラペルラのランジェリーガッツリ下半身

武装してまんねん

ほんでな、職場の仲間と一緒に、バーベキューか何かをしている写真を撮ってやな、

たとえばWantedlyにでも上げれば、リア充女子やんか思われて、高学歴エンジニア氏や

渋谷六本木IT業界界隈で有名な営業マン氏からのつながりコンタクト

あったりなかったりする今日この頃やで。

すまん。標準語に戻す。

んで、ある知人男性がいるのだけれども。まあ元彼というやつだ。

この男、東大出の金融関係勤務で3年前に半年ぐらいセックスする関係があり、

彼の海外赴任とともに別れたが、1ヶ月ほどまえに東京に帰ってきており、

それで連絡が復活した。一度会って当然のようにセックスに誘われたがそのときは断った。

しかしまた会うことになっていて、今度強引に誘われたらわからん

あて、意志弱いし快楽に流されるタイプやもん、やってしまうかもしれへん。

あ、すまん、標準語に戻す。

ところで主題の件。

「ぼくは愛を証明しようと思う。」

という本が出ていて、藤沢数希という方がお書きになったご本である

面白いよと、その男から教えてもらった。職場の同期入社女子コンサバ女性雑誌で、

それなりに有名な読モだった女だ)に話したら彼女も知っていて、

その本を持っているというので借りてみた。

でいちおう読んだので、自分ブログ感想を書こうと思い、

尼のレビューざっと読んでみた。あと、この本の感想を書いてる

諸兄や女子たちのブログも読んだ。

が。

まらない。

この本が、じゃないよ。尼のレビューがつまらない。

この本の著者は「恋愛工学」なるもの提唱しているんだが、

レビューには恋愛工学信者による賛美か、恋愛工学批判するdisしかない。

私の感想はそのどちらにも属さない。

なので、こんどは2ちゃんを著者名で検索した。

すると、私と同じ視座のレスがいくつかあり、安心した。

http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/money/1403901468/l50

以下上記スレから引用する。

====

94 :名無しさん:2015/07/17(金) 07:31:10.79 0

>昔からヤリ手の男は日替わりでハイレベルな女を運用しまくってたし、ヤリ手の女も男を運用しまくってたしね。

まあ、それは正しいんだろうけど。

恋愛工学精神を蝕まれると、本当にイイ男になることから

どんどん逸れていくリスクがあると俺は思う。

ちょっと個人的な話になるけど、サッカー中田ヒデ

自分、知り合いを介しての知り合いで、何度かお会いしたことがある。仕事がらみで。

まあインタビューみたいなものと思ってください。

で、俺にとって、実際に会ったことのある「いい男」の象徴ってヒデなんだ。

つか年上だからヒデさんね。

で、会社の同僚(男)の匿名ブログ恋愛工学なるものを知り、ぼく愛っていう本の

存在を知って、その知り合いの男が傾倒して実際にナンパもしているというので

興味があり本屋立ち読みしたんだけど。最初の数ページで棚に戻したよ。

ヒデさんは、イタリアで、いい女たちと無数につきあったかもしれないが、

こういう手法で女と仲良くなっただろうか?そんなはずがない。

そう思ったんだね。で、俺の人生には無関係な本だな、と。

俺はこの本を最初の数ページだけ読んで「自分には無関係」と無視する

ことができた。

だが他人のことは知らない。なぜなら、

「いい男」と聞いて具体的に誰をイメージできて、そのイメージから

どのように情報を取捨選択できるかというスキルには個人差があるからだ。

95 :名無しさん:2015/07/17(金) 07:45:33.10 0

お前わかってないな。

そりゃ中田はかっこいいよ。あたりまえだろう。

中田恋愛工学手法

自分から物欲しげに女に近づくようなナンパなんかするはずもない。

でも本やメルマガ作って商売するとなりゃ、

中田レベル人生)を目指そう」

といったところで誰もくいつかない。

あんなのに自分がなれるはずがないと思ってしまうからね。

でも

「(ぼく愛に出てくる)永沢みたいなのを目指そう」

といえば大衆はついてくるんだよ。

これなら自分もなれるかもしれない、と思えるからね。

特にいまの世の中、若い男たちは傷つくことを極度に恐れていて

これは自分を傷つける可能性がある

と少しでも予感させるようなコンテンツ無視される。

まり「男ならヒデを目指せよ」的なメッセージは今の時代売れない。

逆に、恋愛工学は、もてない男を傷つけることなく、

お前らもセックスにありつけるぞ

と言って彼らに寄り添ってくれ、彼らのコンプレックス癒してくれる。

から売れるんだよ。

自身恋愛工学的なやり方で女に近づいたことはないが

ぼく愛が売れるとメリットがある側の人間なので

この本が売れたらいいなと思っているし、実際に売れている。

96 :名無しさん:2015/07/17(金) 07:54:17.65 0

94だけど。

>>95 は見城さんのレスに思えて仕方がないw 

===

引用は以上。

ちなみに、私の今所属している会社は、ある有名IT企業出資していて

めざせIPO勝ち組万歳モードでやっているんだが、その有名IT企業

社長幻冬舎創業者と仲がいい。

って、そんなことはどうでもえーねん

私が快適に生きていければ、それでえーのや。

とりあえず会社上場させたい。そしたらウチもプチ成金やでえ。

ほなな。

2015-06-14

ガラにも無く説教をしてしまった話

先日、25歳で新卒という若者にあった。

今は研修期間で入社3ヵ月という。彼曰く「仕事ばっかりやっていて気付いたら30歳。そういう人生を送りたくないので今はプライベートを重視したい」とのことだ。

25歳と言えば入社して大卒なら3年経ち後輩や部下も出来て仕事も任せられることだろう。

そんな大事な時期にプライベートを重視したいということに少し「おいおい」と感じ少し説教をしてしまった。

私の20代後半は数年前のことだが、当時は国内で実績を積み自ら手を挙げて海外赴任をしていた。

有名企業ではなかったので本当にがむしゃらに働いた。成果が出て評価され金も貯まった。

新卒ではただのエンジニアであったが、営業やマネジメントなど多くの経験を積み30歳前には異例の出世を果たすことが出来た。

同期にも前述の彼のような男がいた。だが彼は今では口だけの人間になり30代後半に入っても独身の平社員のままだ。

独身が悪いとは言わないが30代後半にもなって給与も低く落ちこぼれ扱いされている彼を見ると「プライベートを重視する」という言葉は逃げのように思う。

今は自分会社経営しているが、やはり20代特に25~28歳くらいの経験は今でも大きな糧となっていると思う。

もちろん彼らの人生だ。それぞれの好きにしたら良い。良いと思う選択をしたら良い。

だが、「何かを選択できるようになるには相応の能力必要」だと思うし、「やらねばならない時にやらなかった人間はいつまでもやれない」と思う。

今の私は自由だ。誰からも指図されず自分の思うように会社運営している。

小さい会社からこそ、社員一人一人と向き合えるし、私はこういう組織を創りたかった。大変満足している。

最近は「そんなに頑張らなくてもいいんじゃないか」と思う若者が増えているように思う。

仕事で命を落としたり不幸になるようなことは馬鹿げている。仕事なんて所詮は生きていくためのものだが、都合の良いやらない言い訳にしていないだろうか。

私は「意識が高い起業家」ではないが、久々に説教してしまったので自分の襟を正す意味でも書いてみた。

2015-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20150601022913

小中からの付き合いなら男のほうが切るに切れないだろうな・・。女同士で想定される海外云々や女子会無駄使いの話は男同士じゃありえないけど、どっちか片っ方がビハインド側に遠慮しまくってつき合いを続けるわけで・・。海外赴任経験多い男と、一生国現場でぐだってる男同士じゃ一生国内組が海外の話を持ち出さない限り会話に海外の話は出てこない。

女同士の関係は”褒め合い”からの”aegage”関係継続できるかどうかが肝とみた。「合コンがー」「海外がー」とか言ってて純粋に”ageage褒めてほしい”女のほうが学ばない、切られてしまうわな。

2015-05-19

出会い厨

海外赴任旦那について来た。

現地での家を決めて入居したが旦那の様子がおかしい。

近所に昔、旦那をひどくイジメ職場の先輩が住んでおり、そのイジメ野郎はこちらで再会した旦那をすっかり忘れていたらしい。

なのに、しつこく住まいを訊いてくる。

家は決めた?どこに住むの?奥さんは子どもいないし暇だよね?ねえ、どこに住むの?

まるで「どこ住み?どこ住み?」と訊いてくるネット出会い厨である40代おっさんだが。

旦那も私ものらりくらりと答えをかわしてきたが、あまりにもしつこいので旦那が近所であることは教えた。

そうしたら今度は部屋番号を聞いてきて、「ウチの奥さんも暇しているし、そちらも暇だろうから今度家族同士で食事をしよう」とか言ってきた。

勘弁してくれよ。大人だろう。こちらが何回か質問スルーした時点で察してくれないか。

そんなに鈍感だから新人イジメて、すっかりその過去を忘れられるのか。

あと、私は就職活動語学学校に行っていて実は暇じゃない。勝手に決めないでくれる??

もうこちらは嫌悪感しか湧かない。気持ち悪い。

謝れとは言わないので、せめて近づいてこないでほしい。

2015-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20150304205717

例えば、海外赴任中に子供を産んだり外国人結婚子供を産んだりして、子供が長じて外国籍を選択したらどうするんだろう

子供が将来的に外国人結婚して外国籍を取ったらどうするんだろう

そんなんただの確率の話じゃん。

そこまで個々の事情を斟酌しなくても、総体として日本に残る人が多ければ、日本人は増えるじゃん。それでいいんだよ。

仮に、国外へ逃げる人が多いなら別の規制必要になるかもしれないけど。

2015-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20150304205717

例えば、海外赴任中に子供を産んだり外国人結婚子供を産んだりして、子供が長じて外国籍を選択したらどうするんだろう

子供が将来的に外国人結婚して外国籍を取ったらどうするんだろう

それがいったいどれ位の割合なんだ?アホなのか?

http://anond.hatelabo.jp/20150304181146

例えば、海外赴任中に子供を産んだり外国人結婚子供を産んだりして、子供が長じて外国籍を選択したらどうするんだろう

子供が将来的に外国人結婚して外国籍を取ったらどうするんだろう

そう考えると、富国の方だって怪しいもんだけど。

どっちにしろ結婚とか出産みたいなきわめて個人的なことを理由にして

「それはずるいので税金とります」なんて感じで法律で縛られるのはすごく抵抗ある。

からこその、扶養者がいない人への増税ではなくて、扶養者がいる人への控除という形なんじゃないのかな

2015-02-02

ホームシック

出張で一人海外にいる。今日でちょうど2週間が経った。

新卒入社後数年の自分にとって、これが初めての海外出張

日本帰国するのはもう少し先の予定だが、今とても自宅が恋しい。

もともと海外志向など皆無であった。

海外赴任どころか、国内転勤でさえ出来れば敬遠したいと思っていた自分である

(その可能性を承知した上で総合職として就職したのはもちろんだけど)、

結婚をし一生を共にできると思えた信頼出来るパートナーを得たことや、

その他、仕事を続けていく中での内面や外部環境の変化によって

会社の都合で(会社の金で)、自分の知らない土地に住めるなんてラッキーじゃん!」

と思えるまでにマインドチェンジされた僕の考えは、今回の出張で脆くも崩れ去った。

家の中では靴を脱いで過ごしたい。使い慣れたお布団に包まって眠りたい。

変な虫もう出てこないで。水道水は飲めないの?おいしいおやつにホカホカごはん。。

結局の所、自分は内向き志向ということで何も変わっていなかったわけだ。

メディア若者海外離れが叫ばれている昨今ではあるが

(真偽のほどは定かではない)、それでも、すでに日本を飛び出している者、

世界中を旅する日本人は多からず私の周りに存在する。

もちろんの彼らもホームシックに陥ることはあるだろうけど、

慣れない土地で生き抜くタフさは一体どうやって手に入れられるのだろうか。

自分にはやっぱり厳しいかなと思いながら、妻の写真を横目に一人眠る

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