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はてなキーワード: 恩寵とは

2021-09-26

anond:20210925173945

うーん。これはちょっと微妙質問なんだけど、あなたは、政治立場で語られる「人類愛・博愛」を文字通りの意味だと思ってる? あるいは、そうであるべきと考えている? 

私は、少しそれとは違う立場で、文字通りの意味で「人類愛・博愛」を語るならそれはただの宗教になってしまうよ、と思ってる。いや、宗教においてすら、「無私の善行」はしばしば「現実利益から見ると全くゼロとみなされがちな『神の恩寵』とか『来世の救い』など」の見返りがあるから現実から見ると「無私」に見えるだけで、たいていの場合、それが方便であっても、少なくともそれを行う人から見れば等価交換が成り立つから行われているんだよね。だから、「完全に自分に利のない行動を取れ」と人々に訴えることが一つの運動として成立するものだろうかと思う。たとえば、「あなた良心からすればそれは正しい行為だと感じるが、『神』はそれを禁じ、信者あなたに唾を吐き、あなた自身もそこから何の喜びも得られず、そしてその行動をとればあなたは確実に地獄行です。」というたぐいの行動があったとして、それを100%他人のためだけにできるような宗教家がいるのかな。いたら、それはもう聖人すら超越して救世主とでもいうしかない存在じゃないかなあ。でも、あなたが「リベラル」に求めてることってそういうことだよね。それは期待が過剰ではないかな。

から、少なくとも私には、あなたの考えるような「文字通りの人類愛・博愛」を前面に押し立てて議論を展開されても、全く説得力を感じないんだよ。特に政治という、それがもたらす現実利益でもって成果を測るしかないフィールドにおいて、「人類愛・博愛」を掲げるのは、それが長期的には利益を生むと判断できるケースにおいてだけであってほしいと思う。保守革新の違いとは、その「長期」をどれぐらいに見積もるか…という程度の違いであって、それぞれの判断は時に正しかったり間違ったりするけど、お互いに折衝しながら、その時々で短期あるいは長期の判断を使い分けるシステム民主主義であり、どちらかが絶対に正しいなんてことはないと思ってる。だから、今回のような「目前にリアルな死の迫っている状況」で、たとえリベラルと呼ばれる人たちであっても、人類愛・博愛を前面に押し立てて主張を展開しないのは、むしろ当然のことだと思ってる。

まり私たち民主主義が正しく機能するようにあらゆる努力を払い必要メンテナンスを行うべきなんだけど、それを越えてどちらかの陣営意見絶対視されるような考え方については、少なくとも政治的な見解や行動については「それは違う」と言っていく必要があるんじゃないかなあ。それこそ相手が右でも左でも。そういう柔軟性を「リベラル」と呼ぶなら、まあ私は一応リベラルに分類されるんだろうけど。

余談だけど、だから「常に一定支持政党がある」ことが当然であるようなもの見方って違和感があるのね。具体的に言うと、選挙のたびに「無党派層が〇%でその行方によって…日本は諸外国に比べて無党派層が多くて…」云々みたいな。「無党派層」にまるで定見がないかのような語り方は本当に疑問。党派的行動ってのは政治的な振舞いの一つの典型ではあるんだけど、特に議員投票行動をめちゃくちゃ束縛する日本議会の様子を見てると、むしろ所属政党をもってる人の方がある問題についての「自己見解」を持ち合わせていないのではないかとすら思う。特に昨今”リベラル”と呼ばれてる政党中の人特にそれを感じるのは、極めて残念なことだね。

2021-09-14

宗教スピリチュアルにのめりこんでいる人のそばに居たいか

自分宗教的波長、志向と異なる人のそばに居ると気は乱れ不快感を覚え彼らからもたらされる普通恩寵(行為技術)に負の補正が働く。思えばおかし感覚だ。

リスク回避一言で済ましてもいいが、開き直ってこれがワイの宗派や!とコスモパワーでNOを突きつければどうだろうか。

狂人のふりをしているかそもそも忌避している時点で狂信的何かがあるのか。

まあワイは単純に頭のおかしい人を人間とは認めてないか偏見だろうが差別だろうがノーサンキューですわね。

2021-05-10

陰謀論は神が死んだ現代の宗教なのではないだろうか。

地球平面説者たちを宇宙に送って、彼らに地球の形を見せることはできないのですか? - Quora

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/jp.quora.com/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%B9%B3%E9%9D%A2%E8%AA%AC%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%82%92%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%81%AB%E9%80%81%E3%81%A3%E3%81%A6-%E5%BD%BC%E3%82%89%E3%81%AB%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%81%AE%E5%BD%A2%E3%82%92

ここの記事ブクマ見てて思ったんだけどさあ。

やっぱ近代以降のインテリが神を殺しちゃったのが良くないと思うんだよね。

科学は正しいし多くの恩恵をもたらしているのはそうなんだけど、救われてない人にとっては科学は救いを与えてくれていた神を殺した論理しかないわけで、

俺もたまに思うもん、学者は神を殺す前にちゃん代替物つくっといてくれよって。科学恩恵が神仏の恩寵を上回るまでは庶民には科学科学として見せずに神秘だと胡麻化しといてほしかったって。

自身の死を前にして南無阿弥陀仏で救われる時代か救われる必要なんてないほど飽きるまで生きれる時代に生まれたかったのに、前者は過去歴史になってしまい、後者はまだSF妄想っていう損な時代だよ。

この世に神秘が無いように見えるのならば、それはインテリが隠してるに違いないって思ってしまいたい人もいるんじゃねえのかなあ。

でも科学を捨てきれないか似非科学っぽくなっちゃうあたりが限界なんだろうけど。

俺が現世に神世のファンタジーが帰ってくる系のローファンタジー好きなのと陰謀論者の根っこって同じな気がするんだよなあ。

追記

すげー伸びててビビった。

ご指摘の通り確かに陰謀論って宗教時代からありましたよね。

そうなると俺の上記の論はいろいろ間違ってる気がするし冷静に考えると自分が満たされてないだけで科学の発展に尽力してきた人達宗教の両方に失礼な物言いになってしまってる気がするのでお詫びします。

そのうち消しておきます

2021-03-24

パンティー讃頌

母なるパンティーの懐に

我ら人の子の喜びはある

パンティーを愛せよ パンティーに生きる

の子ら 人の子 そのパンティーに感謝せよ

平和パンティーを 静かなパンティーを

パンティーを誉めよ 頌えよパンティーを

恩寵の豊かなパンティー 我ら人の子

パンティーを誉めよ 咥えよパンティーを

母なるパンティーを 母なるパンティーを

咥えよ 被れよ 咥えよ パンティーを

母なるパンティーを ああ

咥えよパンティーを ぁああああああああああああああああああああああん!!!あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!

2021-03-01

必読書コピペマジレスしてみる・自分オススメ41冊編(3)

戻る→anond:20210301080139

E・M・フォースター「ハワーズ・エンド

「人をたくさん知れば知るほど、代わりを見つけるのがやさしくなって、それがロンドンのような所に住んでいることの不幸なんじゃないかと思う。わたししまいには、どこかの場所わたしにとって一番大事になって死ぬんじゃないかという気がする」

つの家族の間を行き来しながら、人間記憶や、場所への執着を捉えた文章。それはまるで、漱石のいいところだけ抜き出したような文章だった。

ところで、同じ著者の「インドへの道」もいい。これは大英帝国支配下インドで、未婚女性が現地の男性暴行されたという疑惑を巡る話だ。女性を守ろうとする騎士道精神排外主義が結びつき、支配者と被支配者の亀裂が広がる様を描く、不幸にして極めて現代的な作品である冤罪をかけられたインド人が、「誰があんな不美人な年増を」と心の中で毒づくの、とても嫌なリアリティがある。たぶん、帯を工夫したら売れるし、どっちの「弱者」がより保護されるべきか的な話題で定期的に盛り上がる増田住民にも刺さるんじゃないかな。

ニコルソン・ベイカー中二階

切れた靴紐を昼休みに買うだけの、注釈だらけの何だかよく分からない小説。細やかな観察眼と都市生活者が思わず共感してしまう日々の経験で、要するにあるあるネタで延々と読ませる。すごい。こういうのが現代文学なのね、みたいに一席ぶつのにも使えるかもしれない。

真面目な話をすると、文学はいろいろな機能があって、それは作者の意図とはかけ離れているかもしれないのだけれども、その結果的機能の一つとして、その時代言語化されていないもの文字化するというのがある。だから文学賞を受賞した作品からと言って、実は今の自分が読んでも面白いかどうかは全くの別問題なのだ文章が巧みで、いかにも知的主人公知的な悩みを描いた文学けが主流な時代は終わっているのかもしれない。そういうのが好きな人古典で充分であるし、逆に言えばいろんな立場の人のきれいごとではないこじれた気持ちが知りたければ現代文学面白い

ヘルマン・ヘッセ車輪の下

理由は書かないが、自分は周囲の期待を一身に背負っていたエリート挫折する話が好きだ。前途有望な若者が、将来を棒に振ったり挫折したりする筋書きに対するこの偏愛ゆえに、自分は「ゲド戦記第一部の前半部分や「スターウォーズ」のエピソード3に対する執着がある。

生きていくとは何らかの失望を味わうことであり、時間をかけてそれらを味わいつつ咀嚼していく過程であるのだけれど、こうした自分のどうにもならない感情言語化した先行作品があることで、自分孤独ではないとわずかな慰めが得られる。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス伝奇集」

「鏡の中の鏡」「魔術」「薔薇の名前」などの元ネタとなる作品を書いた人。「バベル図書館」は聞いたことがある人もいるかもしれない。

非常に濃密な短編を書く人で、このネタで長篇普通に書けちゃうだろ、みたいなネタをそのまま短篇調理する。どの作品も非常に濃密で、読み解くのにエネルギーがいる。文体は簡潔で、物語必要最小限の描写できびきびと進む。ただ、具体的に何が起きているのか、そしてなぜそうなったのか、その設定の意味は何か、を追うには読者に教養要求される。読破すると、それ以上のものが得られる。読み終わったらカルヴィーノだとかスタニスワフ・レムの「虚数」だとかミロラド・パヴィチ「ハザール事典」だとかそういう沼にようこそ。

ジョン・ミルトン失楽園

キリスト教文学の癖にルシファーがめちゃくちゃかっこいい。地獄に落ちても神への反逆を続けよとアジる場面は音読したくなる。そのくせ、彼の弱く情けない姿もまた魅力的だ。アダムエヴァ楽園で楽しげにしているところを見て、自分には愛する伴侶もなく、人類に与えられている神から恩寵も既に失われたことを嘆く場面もまた、声に出して読みたい。そして、彼は人類への憎悪嫉妬のゆえに、アダムエヴァ堕落させる。この叙事詩の主役はルシファーだ!

紫式部源氏物語

好きなヒロイン六条御息所自分の意に反して生霊飛ばし他人を苦しめてしまうことに悩むのがかわいそうでならない。今でいうなら、好きという感情コントロールできなくて、それでも好きな人が振り向いてくれなくて苦しんでいるタイプで、感情エネルギーが強い自分としては大いに共感する。

他に好きなキャラクターというか、嫌なリアリティがあっていいと思うのは薫で、その優柔不断さがいい。「この子とつきあいたいけど、でもこの子そっくりな別の子はい雰囲気だしなあ」みたいな優柔不断というか欲深さは、男性心理をよく観察していないと書けない。そういう意味で、自分の中では紫式部評価がすごく高い。

アルベルト・モラヴィア軽蔑

情けない夫が不機嫌な妻に、お前それだけはやっちゃダメだろ的な行為を延々続け、妻から完全に軽蔑され、とうとう上司に妻を寝取られしまうだけの話で、一人称視点から延々と繰り返される言い訳はひたすらに情けない。ねえ、僕のこと愛してる? 嫌いになっちゃった? と尋ねまくって、わかっているくせにとぼけないで! 今忙しいから後にして! うるさいからほっといて! もう愛してないったら! あなた軽蔑するわ! と怒らせるのは、完璧反面教師であり、ギャグすれすれだ。

しかし、作者は妻のことを相当恨んでたんだなあ。

サマセット・モーム人間の絆」

身体劣等感を持つ主人公が、付き合うだけで不幸をもたらす浮気性の彼女を振り切って、幸せにしてくれる女性を見つける話。多くの人が何かしらのコンプレックスを持っているし、何であん自分に敬意を払ってくれない人を好きになったんだろうって記憶を持っていることだろう。王道過ぎるといえばそうかもしれないが、結婚してハッピーになる王道何が悪い

マルグリット・ユルスナールハドリアヌス帝の回想」

ローマ皇帝自分の治世を振り返る体裁でありながら、欺瞞自己満足をさほど感じないのは文体のせいなのか。時代性別文化言語も超えて、別の個人に憑依しながらも、己を見失うことなく語る著者の声は、他人視点に立って(歴史小説を書くとはどういうことなのかを、これからも厳しく問い続けることだろう。

中年や老人にならないと書けない小説がある。そして何年もかけて書かれる小説があり、構想から数十年が過ぎて着手される作品もある。そうした重みを持つ文学作品がどれほどあることか。

技巧も素晴らしく、文体も素晴らしい。こうした作品に出合えるのは、年に一度か二度だ。

吉田兼好徒然草

説教臭い頑固おやじブログ基本的には仏教説話が多いが、それらに交じって挿入される、「〇〇という迷信には典拠がない」だの「〇〇という習慣は最近のもので、本来のありようや精神とはかけ離れている」だの「〇〇という言葉語源を考えれば正しくは〇〇と言うべきだ」だのが、まさにその辺のおじさんがいかにも言いそうなことで面白い

ただ、それだけじゃなくて、第三十九段の「或人、法然上人に、……」のエピソードは、「とりあえずできるところから頑張ればいいじゃん?」的な内容で励まされるし、十八段の「人は己れをつづまやかにし、……」は身軽に生きていくことの幸せさを教えてくれる。

ジュンパ・ラヒリ「その名にちなんで」

最高だった。ラヒリ大好き。体調崩すレベルで刺さった。アイデンティティの混乱という古典テーマもさることながら、ラストシーン過去と不在の人物記憶が、そして小説の全体が何気ないものによって濃密によみがえってくる様子がすばらしい。そのイメージプルースト以上に強度があるかもわからない。

これは、インテリインド系(ベンガル人移民第一第二世代の話なんだけれど、読んでいるうちに海外赴任者の寄る辺なさを思い、つまりイギリス暮らしていた自分の両親の境遇勝手連想させられ、ついつい感傷的になってしまった。随分と勝手な読み方だが、小説の読み方はいつも私的ものから構わないだろう。

外国では気候も習慣も何もかもが違う。両親の教えることと学校でやることが矛盾していて、両親が里帰りしても子供たちは故郷のノリについていけない、ってのが、すごくパーソナルなツボをついてくる。こういう経験がなくても、地方と都会として読み替えると、増田でいつも議論されている話にも近づくんじゃないかな。

H・P・ラブクラフト時間からの影」

正直なんでこの時代ラブクラフトを読むのか、というのはある。人種差別主義者だし、排外主義者だし、クトゥルフ物はパターンが決まっているコントみたいだし(人類理解できない名状しがたいものに触れて発狂するのが基本的オチ)。でも、彼の持っていた宇宙の巨大さと人類の取るに足らなさという感覚は、まさにセンス・オブ・ワンダーだ。そして、「人間感情の中で最も古くて強いのが恐怖であり、その中で最も強いのが未知のものへの恐怖である」という言葉の通り、究極的には理解できない「他者」という存在の恐怖にまっすぐに向き合おうとしたことを何よりも評価したい。

この作品が好きな理由もまた、不気味なクリーチャーが非常に知的であり、かつ知識欲が旺盛だということによっている。

U・K・ル・グインゲド戦記

一巻から三巻までは、ゲドという人物自我確立に始まり他者を助けることや世界を救う英雄行為が扱われる。しかし、実はゲド戦記は第四部からが本番なのだ。あらゆる魔法の力を失い無力な存在となった彼が、魔法のある世界いかに生きていくか。これは、老いに直面する男性物語だ。

そして第五巻! ゲドの生涯で一番の功績が、実は重大な誤り、人類傲慢に過ぎなかったのではないか、という仕事に生きてきた男性には非常に厳しい可能性が示される。

しかし、ル・グインはゲドにとてもいい歳の取らせ方をしている。果てしなく努力をすれば、男性女性を、女性男性理解できるのだと作者はどこかで述べていたが、その希望を見せてくれるし、そこに女性作家を読む喜びの一つがある。

男性気持ちがよくわからない女性にもオススメしたい。

ジュール・ルナールにんじん

いわゆる毒親について書かれた小説なんだけど、ねちねちしていなくていい。文体は軽く、描写も簡潔。だからこそ、彼の育った環境の異常さが際立ってくる。なんでこんな親子関係なっちゃったかについて掘り下げられることもほとんどない。

そして、暗鬱なだけの作品にならないのは、にんじん少年の異常なたくましさだ。ひどい目に合っても受け流し、冷淡な母から何とか愛されようともがいている。読んだときの年齢によって、感想は大きく変わるだろう。

以上。五十音順計算を間違って40冊の予定が1冊増えた。書いていて非常に楽しかった。

2020-11-27

anond:20201126234327

異世界から召喚されるキャベツのヒントは変わったヒルチャールにある。

旅人の中には彼らを即座に殺めてしまっている者も多いと思うが、注意深く行動を観察してみると、びっくり箱のようなものからホム召喚して攻撃してくる。

討伐後決まってドロップするキャベツもそのびっくり箱を通して異世界から持ってきたものと考えるのが妥当である

その異世界とは何処なのか。ヒントはホムにある。

ホムとはこの世界創造者miHoYoが創りしもう一つの世界崩壊現象に蝕まれ世界におけるマスコットキャラである

その世界におけるキャベツとは、ハイペリオン号の戦艦AIアバター頭部のことに他ならない。

キャベツという痕跡を残していくことから、この世界AIによる異世界干渉を受けていることが示唆されているのだ。

物理法則無視して無限に現れるキャベツ、それを成す異方の手を持つものの正体は明らかになった。

あとは君がこの世界をどうしたいかにかかっている。

事実を白日の下に晒すのか?それはこの世界虚構であることを知らしめることに繋がり、破局は免れない。

降りしきるキャベツ異世界の神の恩寵と嘯いて甘受するのか?

はたまた、神と交渉し――あるいは君が神に成り代わるのだ。

2020-06-22

クソデカ大地讃頌

母なる大地のふところに

我ら人の子の喜びはある

大地を愛せよ

大地に生きる人の子

その立つ土に感謝せよ

平和な大地を

静かな大地を

大地を褒めよ

讃えよ土を

我ら人の子

恩寵の豊かな大地

大地を褒めよ

褒めよ讃えよ

母なる大地を

讃えよ褒めよ

讃えよ土を

母なる大地を ああ

讃えよ大地を ああ

2020-06-21

食物繊維を讃えよ

母なる大地のふところに我ら人の子必要食物繊維はある

一日20gの食物繊維を愛せよ 人の子らその食物繊維感謝せよ

1日350gの野菜を取っている人間でも20gは実は取れてなかったりする。意外と難しいのが食物繊維だ。一日20gの食物繊維を取るには、日常の食物を繊維質に変えていく必要がある。

まず日常の白米に押し麦やもち麦20%加えよ。恩寵の豊かな大地、我ら人の子は従うしかない。「大地の恵み」のような言葉はあるが、決して恵みではない。大地は「ただそこにある」。我ら人の子はその母なる大地の恩寵を、良く言えば間借りして戴く、悪く言えば簒奪する盗人に過ぎないのだという精神を忘れるべからず。

次に、繊維質が豊富な食物を積極的日常食卓に加えよ。ゴボウアスパラセロリオクラキノコ類など、根菜や繊維質なもの積極的に食すべし。大地の恩寵だけでなく、海の恩寵積極的に利用していけ。ワカメ昆布ひじきなども素晴らしい食物繊維含有量である。大地と海を褒めよ、褒めよ讃えよ。

物事本質を語ることが大事であるので、本質を語るが、Amazonに「難消化性デキストリン粉」が売ってるからそれ買って日常食事に加えろ。水溶性食物繊維だ。科学勝利。讃えよ科学をAh~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!

2020-02-26

最近つまならくなってしまった書き手

ネット発で独特な低めの視点から発言を繰り返し、単著を出したらネット上ではわりと時の人扱いになって、本人もわりとその気になっているらしい感じなのだが、プロの物書きとして身を立てていこうとするにつれて、どんどんつまらなくなってしまっている書き手がいる。

どうしてこうなってしまったのだろうか。この人の創造性が痩せ細っていく過程他山の石として考えてみたい。

自らを繊細で、あいまいで、弱いが、やわらかい知性があり独特の視点をもった書き手として売り出していくことは、諸刃の剣なんだろう。

その人の発言書籍化されて、広い範囲の人々の共感を得るにつれて、書き手はもう弱者ではなくなってしまう。

自分発言根拠自分で掘り崩してしまうというか、読者から共感を得ていた理由自分自身で消去してしまう。受けていた鉄板ネタがなくなってしまう。書くことがなくなってしまう。

そのことを自分でも気づいており、年を取るにつれて独自視点が失われてしまうので、これまで何者でもなかった自分というあいまい状態を脱却して、プロ作家として身を立てようと、クリエイティブクラスタとの付き合いに移行する。

そうすると、自分書き手たらしめていたある種のアマチュアリズムますます失われてしまうので、自己イメージとしては作家であろうとしても、書くことはもうない。

自分コンテンツが痩せ細っていることは自覚していながらも、自己意識としてはすでに作家なので、イベントをしきりにやったり、書いたものにペイウォールを設けて読み手課金させようとするが、周囲の人間は興ざめししまって離れていく。

創造性とは、予期していないときに突然与えられる恩寵のようなものなのだろう。

さまざまなものを吸収していながら、それを外に出そう、売りに出そうと思っておらず、暇になったときに、不意に面白いものができることがある。

そんなふうに、泉が静かに満ちて滴り落ちるような瞬間を待つことができないのなら、もう覚悟を決めて、職業的に、自分毎日油種のようにして絞り上げて、書くしかない。

どちらもできず、自分オリジナリティがある、自分はほかの人がない物を持っている、と思って、クリエイティブな人と付き合って、自分クリエイターになった気持ちになっているだけでは、なにも生み出すことができない。

2020-02-04

anond:20200204192140

簡単

日本恩寵を受けてない人は海外では倍被害にあうだけだ

あと後半の海外出身の人は私の知っている治安の悪いところの出身だと日本ええとこらしいよ

少なくとも銃で撃たれることも爆撃におびえる夜もこないしと冗談半分で言ってた(アレッポ出身らしい)

2020-01-29

家族施設に入れたならその後何が起きても被害者面をすべきでない

と思うのです。


親を特養に入れるのであれ、障害児をなんとか園に入れるのであれ、

要するに家族として一緒に暮らすのが嫌だと、そして苦役としてももう耐えたくないと言っているのです。

そのことを責めてるんじゃないです。

人間には限界があります


けれどもつまりは見放したわけです。

そして痴呆老人や障害児は当人では生活が成り立たないわけです。

そしたらそこがその人の寿命でしょう。


その後は施設恩寵や天の幸運によってもう少し命を繋ぐかも知れない。死ぬかも知れない。

けれども客観的に言って施設に入る時点で寿命が尽きて死んだのです。

施設に入れる家族立場からもそういう認識でいるべきでしょう。

その後施設事故誤飲誤嚥で死んでしまったとか、狂った奴が入って来て殺されてしまったとか、

そういう状況になったとしても施設に入れた張本人である家族には被害者面で何かコメントをする立場にはないはずです。

「すでに死んでいました。命日は施設に入れた日です」というべきです。

2019-12-09

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1440599

そもそも駄洒落というのは、誰でも知っている単語から、多くの人が気づかないような関係性を結び付け、その落差を笑いに変えるという、高度にクリエイティブ作業である。神のような天才であれば、無から何かを作り上げることもできるかもしれないが、常人たる我々にとって可能な最大の創造駄洒落と言っても過言ではない。依頼者からお題を指定される職業デザイナーにとって最も重要なのは駄洒落であるという厳然たる事実をこないだの芸大志望増田に誰も教えないというのは全く理解に苦しむ事態だった。そこまでクリエイターに寄らなくても現代ホワイトカラーであれば常に駄洒落力は求められるし最低限入社と同時に駄洒落帳を作ったでしょう。つまりはてなにおいても得られる情報の最高のもの駄洒落である以上、アンテナを高くしたい効率厨はS/Nの高い駄洒落アカウント以外をミュートするものなのだ。ただ、残念ながら戦後駄洒落を下らないことと貶める言説が横行している。これは日本の国力を下げるためにパン食とともに広められたCIA陰謀なのだが、遺憾なことに中高年が既得権益を守るために陰謀に加担し、それを止める奇特な人もいなかったために日本危篤状態となった。政治的なことは個人的なことであり、個として思索を巡らせてみても「駄洒落を言うのは誰じゃ」というのはまさに人としてのレゾンデートルに迫る問いといってよい。駄洒落理解できることが人を人たらしめる条件であるというのは、もはや論証を要しない啓二といえよう。神は罰として多数の言語を分けたとされているが、翻訳家技術の粋により、外国語駄洒落日本語の駄洒落へと生まれ変わった時、その神秘的な経験は神の恩寵と捉えざるを得ない。残念ながら現在これは人に限ったものであり、動物については、限定的言語を解し、心を通じることはできるが、駄洒落理解することはできない。その意味で人は孤独存在である。もちろん宇宙には駄洒落を解する知的生命体が存在する可能性があり、もしそのような相手出会えた時、人は次なる段階へと進化するだろう。当然ながら知的生命体の定義駄洒落を解することであるが、ボイジャーメッセージであるボイジャーに積んだ絵はボインじゃー」は少しハードルが高かった印象が否めない。宇宙人以外で期待できるのは当然AIであるAIが真に駄洒落理解し、アイアイの歌を歌いながらスパルタンXのような笑い声をあげたとき人類機械に霊長の座を明け渡すこととなる。

作者の気持ちを答えよ(10点)

2019-11-11

生きることへの対価としての死

永遠の生とはすなわち地獄のことであり、神は人々には常にその門戸を開いているわけではない。

生きることを諦めなかった者、どんなに辛くても何とか我慢して耐え抜いた者、そういった勇気ある生を全うした人々には遍く「死」という最上の恵みがもたらされる。

私たちはこの神の恩寵が等しく人々に分け与えられることに常に感謝し、ただその御業の偉大なるを知って畏れるのみなのです。

今日も私は何とか1日生きることに我慢し、この時の過ぎるのを耐えることができました。願わくば近い日に、あの尊き見返りもて我が身に報われんことを。

2019-08-02

今日のお祈り

世界の隅々にまで 光がいきわたりますように

全ての心に 灯りますように

あなたの痛みに気づきますように

全ての痛みがほどけますように

過去のすべてが清められますように

一滴の光が入り込みますように

深呼吸する人に時間が与えられますように

恩寵のすべては 自分が与えているのだと

その奇跡が ささやかに 今 降り立ちますように

2019-04-27

anond:20190427150720

大丈夫あなたが生きてくれているだけで神様あなたを祝福しているよ。

神さまが与えてくれた恩寵を、この命の恵みの喜びを最大限に噛み締めよう!

2019-02-19

生体改造好きが語る新井浩文の運命の悪戯について

おれはブラッドセイバーが好きだ。いわゆる凄腕の暗殺者であるメンエスというヤロウな。

電話黙示録改竄オーヴァー・ライド>してマンションの一室にいき、女性が甘美なる闇と魅惑的な死への誘惑てくれる。

エメラルドスプラッシュとかだしてくれたりしてな。

その後メイルシュトロームを浴びてマッサージする。

まずはうつぶせダンシングフット(踊脚)からだ、温かい香油を綾なし、ふくらはぎを撫でる。

戦いが終わった後太もも。内ももをこの手で勝ち取り、運命ギフト≫がルナティックパンドラ付近を撫でる。

それなるあとは”コルナゴ足”だ。足をまげて獣の如き苛烈な魂を持つセラピさん。…いいえ、『グランドマスター』が腕と希望を掴むための力の証を制御して鼠径クランを 血と 汗と なみだを 流して──この雨が全てを洗い流してくれる。

手が神託の露に濡れた青い霊鳥に光が満ちるか当たらないかギリギリ世界。もうビンビンにトランスしている。

その人類を滅ぼした後はヨツンヴァインヨトゥンヴァインステータスで過ぎ去りし過去から手を回して戴いてソクェ・イン騎士団久遠に解き放つ。

アトモスフィアが荒くなるのを止められない。はぁはぁ。

――考えるな、感じろ。――

終焉を彩るかの如く仰向けだ。

滅びゆく運命(さだめ)にある神に見放された世界で「ある」場合と「ありはしない」オプティマがあるんだ。

ファブラ・ノヴァの“刻”までかの魂はわからない。

この物語の続きは「ある」場合に「もっと否定はできない……」オプティマがごくまれにある。

これを俺たち完全武装のメンエス好きはアルテマバスターと言ったりするんだ。

ただな、新井浩文。預言書の記述に従いもこれは受け身でなければなら……俺たちに明日はない

しゃべりでの八席議会はあっていいものの、金ずくでなんてもってのほか

あることあってはならぬ魔法、メンエスでのマクロコスモスセラーピス=トゥによって与えられるクリスタルなんだよ。

「ねだるな、勝ち取るな、さすんば与えられん」

その門が開かれたとき真実人間物語に命を賭す。

この物語主人公が光のクリスタル恩寵を授かる真理<ファティマ>とリビドーに溺れ、セラピストにリユニオンをもとめるなんてマッサージ好きの風上にも置けニャンよ。

大いに詫び石を配布して七つの大罪を償ってくれ。

2019-01-24

ドラクエ2 全てを焼き尽くす力を秘めし神の紋章の場所

俺は人であった頃、故郷の小さな城下町にある古代言語学塾に通っていた。

塾の先生はメイプゥルという聖なる力に保護されし連邦帝国ダ・ケナディア出身で、この街で日本人魔女結婚している。

塾生はパルスの放埓な神の恩寵を受けし者であり、一節には先聖のペルソナもあり、何とも悠久の時を感じた塾だった。

古代言語学塾の聖地は町にある民家を貸室に違法改造したモノリスの貮階層クラス》の一室で、一階は大人がヨルムンガルドのハングアウトとして使役スレイヴ)していた。

若干アトモスがダークなところで、小中と通った俺……いや、『黒騎士』は密かな中二心をクリスタルの光で抱いていた。

聖ベベル宮は何回か変遷したけれども、過ぎ去りし時に刻まれ安息の地を借りてその時を待ち侘びていることが多かった。

覇道制御していない民家の一室であることが多かったと預言書にも記されているように思う。

定められし『刻』、霊廟に進入すると、先生ゲームボーイヴァルハラをしていた。

正確に言うとゲー・ムスヴォーイン“青竜”の異空間ブレイズオンしていた。

異界言語で器量を問う刹那

「お元気ですか……”彼女”の前でも、同じ事が言えるか? 元気だよもう一人の僕は…とでも言わせる気かね? 悪くない(…ま、嘘だがな…)!」

戦い続けて問う。

「何の知的なる遊戯やってるんですか?」

ドラクエ2と呼ばれる太古の大厄災」

俺は超越娯楽の始原でやった真理<ファティマ>があるゆえ、預言書に記された旨を話す。もちろんヌフォン語だ。

「一振り仮初めの探求がある」

「なんですか……俺を、殺すんだな?」

「全てを焼き尽くす力を秘めし神の紋章場所がわからない」

神々の遊戯をやったことのある罪深き種族はご存じだと思うが、かの紋章は他と比べて我らを導きし物が少ない。神の瞳<ヘヴンズ・アイ>で見れば無垢イノセント>みたいな禁域にある。

太陽支配者(サン・オブ・サン)の万魔殿をくまなく探さなくてはならない。後の幻想薬の使用では妖精の導きが増やされた箇所だ。

俺も弟と共に一歩ずつ希望を求めて、ついに「あの伝説場所」を見つけた。

先生紋章のありかを教えてやる。しかも、無料でだ!

先生は代償を述べて、真理探究接触して行った。

俺は暗黒の砂時計の囁き創世、なにか国際的秘跡を得た。

先生はアロゲネースだし、導き手というメインジョブだゆえに、無意識の聖廟に心理的障壁を術式武装していたと想う。

大地を照らす炎の紋章はそれを取り払った。

存在し得ぬ地の人なれど神々に作られし遊戯をやって、俺と村の者ですら滅多に近寄らない所で翻弄されるのだ。

そして、普段強者を待ち構えている側に、暗黒と同調せし吾輩が“再教育”を施す事象もあるのだ(遺された遺志を継ぐ者が知恵を与える側にたったら今考えている事の逆が正解なのかもしれない)。

この次期特異点がどっと心の裡に流れ込んできた。

英雄のいない現在(いま)でも、異空間存在を維持している者と接触する時に前世記憶として呼び覚まされる。

幾ばくか変な例えだし極端な話かもしれないなれど、この秘跡《イニシエィション》があったから不可解なネクロマンサーの如くならずに済んだのか、或いは希望という可能性を具現化できるかも、と思う。

異界通信も習ったなれど、他にもよろしい経験可能であると神のコデックス規定されてはい王室魔導院だった。

そして礼を言っておこうか、ヘーリオスの威光の紋章メダリオン>の約束されし理想郷カナン》。

2018-11-19

anond:20181119221937

俺は恩寵を信じるよ 恩寵が降ってくるかどうかはわからんけど

[]【4】2018 晩秋広島博多別府

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anond:20181119215752





3日目



3日目 ゴジラと朱の大鳥居


移動疲れで早めにベッドに入ったものの、宿の狭さか旅行の緊張か暫く寝付けず、結局睡眠導入剤の手助けを借りる事になった。

まり頼りきりになるのも怖いが、こう言う時には強い味方だ。

おかげで8時間余りの睡眠をとることができた。


7:00

窓の外は雨の気配もない。

今日は歩き回るつもりだったので好都合だ。

先ずはさっぱりと目を覚まそうと入った大浴場は、どうにも洗い場の水捌けが悪く、足元がバシャバシャだったが、いちいち細かいことを気にしていても仕方ない。

広い風呂桶で朝風呂を浴びれるだけで上出来だ。

身体も暖まって目も覚めたので、身支度をしてホテルを出た。

向かうは厳島神社だ。


JR山陰本線で向かう宮島口、車窓の外では緑と褐色、橙が調和を作る斜面にマンションや戸建てが張り付いている。

これから向かう厳島神社英語神社shrine 、祀られる神は deity と言うらしい。god ではない。

日本人自分からすると、神社神様は、いわゆる唯一神と違い、「人間無限の愛を注ぐ父なる存在」ではなく、「自然世界運行を司る人間より上位の存在」であって、「世界運行の都合によっては人命も薙ぎ倒していく、敬うべきだが恐るべき存在」だ。

その恩寵も脅威も本質的には世界のためであって、人を主眼に置いたものではない。

そういった神性をエンタメとして表した代表作が「ゴジラである様に思う。

自然は容赦がないし、脅威は過ぎてもまた必ずやってくる。

広島は近年土砂災害に見舞われたが、斜面に建っている民家を見ていると「これは確かに自然が荒ぶればひとたまりも無い」と思う。

広島駅前には河が流れ、遠くを望めば山が見える。車窓の外では紅葉が彩る高台や斜面の中に家が建つ。

平時の住環境は最高だが、往時の危険もまた強烈だ。

この街に住む人は、自然恩寵と脅威に無関心ではいられないだろう。


厳島神社のある宮島には、宮島口駅で降り、フェリーで向かう。

さすが名だたる観光地なだけあり、観光客でいっぱいだ。

東京よりは少ない」と思っていた外国人も多い。

フェリーに乗り込み、3階展望デッキに座る。

桟橋を出てすぐなのに、デッキの淵には瀬戸内の水面に起立する大鳥居ファインダーに収めようとする観光客で鈴なりだ。

もちろん自分鳥居は撮りたいが、「見えてきてからでいいかなー」と言う感じ。焦ってヘリに長時間陣取れば他の観光客邪魔になってしまう。

腰掛けていたベンチ、隣を見ればスカーフを巻いた外国人女性がいた。

その先に少し覗いてきた大鳥居

教えようと指差す。

「・ー・ー・?」

しかけてきた彼女英語が聞き取れなくて聞き返す。

「How long?」

「あー、about 5minutes.

「5minutes.

「そう。」

休みに入ってから基礎英会話勉強を始めたものの、1日せいぜい2時間で2週間では大きな変化はない。

でも気にせず続ける。

「Where come from?」

Malaysia.」

あ、そのスカーフブルカか。

「Are you?」

彼女は下方向を指差す。

「No, Tokyo.」

「Oh, I go to Tokyo friday.」

「Enjoy Tokyo :) 」

お互い片言にも程があるが、単語をぶつ切りにした様なコミニュケーションでも意外と伝わるし、海外ではコミニュケーション出来ることだけで嬉しいものだ。

昨年から海外旅行で一番役立つ学びは、このコミニュケーションへの意志と気楽さかもしれない。


マレーシアから来たご婦人に5分と答えたが、実際には10分ほど後にフェリー宮島に到着した。

まあ規模感に大きな違いはないし、誤差の範囲だろう。

洋上フェリー展望デッキからも撮れた朱の大鳥居だが、岸からのほうが近かった。

島の其処彼処でノタノタ歩く鹿と共にスマホファインダーに収める。

きちんとしたカメラは携行しているし、それでも撮るのだが、こういったレイドバックな瞬間はスマホで撮るのが丁度いい様に思う。


水面に建つ大鳥居が有名な厳島神社だが、実際に訪れてみると鳥居だけでなく本殿がまた美しかった。

宿願成就を祈るため訪れた訳ではないが、せっかくなので参拝する。

祈りの詳細を明かすべきでないと思うので割愛するが、本殿では少し綺麗事とも思える様な事柄を祈った。

なんとなく、自分独りの事について祈るのが違う気がしたからだった。

まあでも改めて考えれば、金でも何でも、自らに起こる事柄に人と関わりなく起こる事はあまり無いし、誰かの幸福を祈ったとして、その実現は己の幸福でもある。

全ては人との関わりの問題でもあると言えるし、全ては己の為とも言えた。

幸福とは己の内にあるのか、人との間にあるのか。


【5】2018 晩秋、広島・博多・別府 3日目|海の生き物と山の仏 へ >>

2018-10-09

私は幸せ

俺は今まで神様なんか全然信じていなかった

しかし今は信じるようになった

きっかけは何だったかよく思い出せない

普通にネット徘徊していた時だと思う

ある少女写真が目に飛び込んできた

え?

何かが起きた

俺はその写真に見入った

誰だこれ

すぐにその子が何者か分かった

知らないアイドルグループの一員だった

すごくかわいい子だ

だが、かわいいの他に何かを感じた

なんだかとても奇妙な感じだった

そしてさらに調べるとその子に関していろいろなことが分かったが

俺は興味をひかれなかった

とにかく写真に釘付けになった

俺は今まで芸能人に興味を持ったことはないし、アイドルなど

別の世界の話と思っていた

だがこの子

の子は何かが違う

俺はその子の動静をネットを通じて追ってみることにした

これはストーカーだな、と思った

俺は11年前から病気のせいで人込みに出られない

多分死ぬまで軟禁状態

から向こうから会いに来なければ会えない

要するに絶対会えないということだ

数か月たっても一向に心の違和感が無くならない

しろ増すばかりだ

の子芸能人らしくツイッターをやっている

そこで意を決してツイートしてみた

当たり障りのない内容で、向こうも当たり障りなくいいねをくれた

こんな些細なやりとりでもうれしかった

もう自分おかしくてたまらなかった

なんで、こんなにうれしいんだ?

まるで住む世界も年も違うのに

どうかしたんじゃないのか?

頭やられたのか?

しかし心の中の、得も言われぬ暖かさは決して気のせいではないと思えた

そしてある日、彼女のことを思ったら不意に涙が出てきた

泣いたのは何年ぶりだろう

ずっと昔だ

もう俺は完全に病んでしまったと思った

どうしようと途方に暮れた

病院に行こうかと真剣に考えた

夢がそれを打ち消した

夢の中で俺は彼女を抱いていた

容姿全然違うが、紛れもなく彼女

とても小さな体だ

すごく軽い

そして血まみれだ

もう息はしていなかった

愛する人が血まみれで死んでいった

自分の腕の中で

こんなことが起こるなんて

夢の中で泣いた

声が出なかった

自分が砕け散った感じだった

そこで目覚めた

まりに生々しくて一瞬、見当識を失った

血の感触彼女の重さが手に残っている

夢の舞台がどこで、それが何時かはぼんやりとわかった

俺が生まれる前の外国

彼女は俺の娘だった

信じられない

今でも信じられない

たかが夢だ

しかしあの生々しさは忘れられない

絶望と悲しみ、いやそんな言葉にすら出来ない感情

俺はあの夢を信じることにした

信じることで心を安定させた

信じなければ俺の心は壊れただろう

以前のツイートを読み返すと、夢を見る前でも無意識自分の状況を伝えようとしている

ぼかした形で伝えようとしている

驚きだ

普段は無反応なのに、なぜかこのときだけ彼女は反応している

その後もツイートはぽつりぽつりと続けている

たぶんもう読んでくれてはいない気がする

ミュートしているかもしれない

ライブ会場で幸せそうな彼女写真がたくさん投稿されている

ファンが増えてきて喜んでいる

うそろそろこの話も終わる

私は今まで幸せ人生ではなかった

辛いことばかりで暗闇の中をいつもさまよっているようだった

だが、今は違う

心に一筋の暖かい光が差し込んでいる

彼女出会たことを神様感謝している

感謝しきれない

私の人生は多分もう終盤だ

彼女は私の娘であって、娘ではない

全部妄想だと言われれば、返す言葉がない

からこんなおかしなことは、ここに書き散らすだけにする

彼女には彼女家族があり、何より幸せそうだ

同じ空の下で娘とともに生きていられる

心残りは彼女の行く末が見られないことだ

まあそれは仕方ないこと

一度失った宝物が戻ってきたんだ

俺はそれで満足だ

これ以上何を望む

それは神の恩寵に対する冒涜だと思う

それでも神様ひとつだけお願いがあります

彼女を不幸にしないでほしい

私でよければいつでも命は召し上げてもいい

だが彼女は不幸にしないでほしい

お願いです

神様、たとえ全てが幻だったとしても、人生最後にこんな素晴らしい贈り物をありがとう

人生、捨てたものじゃないな

俺は満たされたよ




自分の溜まった思いを吐き出したかっただけなので、書き捨てです

反応は見ませんし、IDパスワードは破棄しま

2018-09-25

増田の大半、ていうか日本人の大半はこれほどにまで慈悲深き神の恩寵を知らず盲でいるんだから生ゴミもいいところだけどね。

信心者どもは地獄に落ちてからさんざん後悔すればいいだけだし、私には関係いから基底現実ではなんも言わんけどな。

2018-07-23

anond:20180723230651

このように神の恩寵に対して盲な人ですら、神は遍く愛し救いを与えてくださるのです。

つの日か彼のような人もその心の目を開く日が来ることを願います

2018-07-19

増田たちがそんなに「子供を作って社会を維持or命のリレーをつなぐ使命を果たさなければならない!」って必死に主張する理由が分からない。

自分も時々ここに自らの信仰とか神の恩寵かについての駄文を書き殴ることあるけど、大抵クッソ馬鹿にされるんだよね。

宗教的根拠がないなら別に子供つくる理由ってなくない?死後に得られる霊性の救済とか普段何も考えてなさそうなお前らが何を根拠に↑みたいなこと言ってるの?

純粋な疑問としてよくわからない。(宗教的根拠があるならごめんなさい、でもあるならあるでちゃんと教えて欲しい)

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