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はてなキーワード: 古書とは

2019-05-11

文系学問における注と参考文献の話、補遺

文系学問において資料実在証明するものとは何か」(anond:20190510230425)についたブコメに応答&補足説明します。

参考文献と注は違うよ!

Wikipediaですら参考文献を求められるので、参考文献(ここで言っている注)のない本はある意味Wikipedia以下の信頼性と考えられても仕方がないことを多くの人に知らせるべきだと思う。

参考文献と注は違います! ぜんぜん別です! 参考にした本を並べてあるのが参考文献(厳密にはこの場合「参考文献一覧」)で、本文中の記述の出典を直接明らかにするのが注です!

参考文献と注については、以下の4つの組み合わせが考えられます

  • a)参考文献も注も揃っている
  • b)参考文献はあるが、注はない
  • c)参考文献はないが、注はある
  • d)参考文献も注もない

このうち、研究書として許されるのはaとcだけです。ここで問題にしているのはbとdで、多くの学術的な新書はbであり(中公新書とかでよくあるやつ)、ごくまれにdみたいな本があります最近だと、岩波新書の『ロシア革命』)。

えっ、cも許されるの? はい、許されます。なぜなら、個々の注でしっかりと典拠を示してある場合は、参考文献リスト存在せずとも出典の表示に不自由はないからです。

これだとわかりづらいかもしれないので、架空の例で説明してみます(わかりづらいかと思ったので書き直しました)。

a)増田うんこを漏らした(注1)。一方、同人作家おしっこを描いた(注2)。

(注1)はてな太郎増田研究Hatelabo2019年、819頁。

(注2)Y. Arim, Oshikko Collection (Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019), p.8107.

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

b)増田うんこを漏らした。一方、同人作家おしっこを描いた。

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

c)増田うんこを漏らした(注1)。一方、同人作家おしっこを描いた(注2)。

(注1)はてな太郎増田研究Hatelabo2019年、819頁。

(注2)Y. Arim, Oshikko Collection (Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019), p.8107.

d)増田うんこを漏らした。一方、同人作家おしっこを描いた。

cでも十分に出典表示として問題のないことはご理解いただけるでしょうか? 実際、英語圏でもcのような本はたまにあります。そして、著書ではなく論文レベルだと、cのようなやり方を採用している雑誌はとても多いのです(日本語圏でも英語圏でも)。いや、もちろん理想を言えばaみたいな本であるべきなんです。でも、紙幅の都合というものがあり、印刷費が嵩むからどこかを削りたい、となった場合には、真っ先に参考文献が削られてしまうのは致し方ないと思います

日本出版問題は、そこで「参考文献ではなく、注を削ろう!」という話になってしまうことです。違います注か参考文献、ページ数の関係上どちらかを削らないといけないのなら参考文献を削るべきなんです。

もし注がしっかりとつけられていれば、参考文献の欠如は「どんな文献があるかひと目でわかりづらい」程度の問題しかなりません。しかいくら参考文献があったところで、注がなければ「ではこの記述典拠はいったい何なのか」という根本的な問題惹起します(bの例から正しい出典を復元できるでしょうか?)。参考文献は省いても構いません。しかし注を省いてはダメなのです!(学術的な新規性のある本ではなく、学界の定説初心者向けにわかやす纏める本でなら、読みやすさを優先して逆の判断になっても構わないのですが)

もちろん、これはauthor-date方式やMLA styleの注をつける場合には適用できません。どういう方式かというと、次のような方式です。

author-date方式

増田うんこを漏らした(はてな 2019: 819)。一方、同人作家おしっこを描いた(Arim 2019: 8107)。

参考文献リスト

Arim, Y. 2019. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies.

はてな太郎.2019.『増田研究Hatelabo

MLA style:

増田うんこを漏らした(はてな 819)。一方、同人作家おしっこを描いた(Arim 8107)。

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

こういう方式の注をつける場合には参考文献が絶対必要です。当たり前ですね(author-date方式についてはanond:20190511230117も参照)。

2種類の「参考文献」

自分実験室の試験管”イメージ偏ってるなー(´・_・`)理系論文での引用たことないんかな。普通に出典書いてるし、それを叩き台に積み上げたり、否定したりするんだが。博士論文なんか引用文献沢山乗るしね

理系学問についてのイメージが偏っている点についてはごめんなさい。でも引用については、申し訳ないけれどそちらが勘違いされていると思います(もちろん私は理系論文ちょっとしか読んだことないので、私に事実誤認があれば教えてほしいのですが)。

文系学問において、参考文献には2種類あります

このうち、理系論文で文献として挙げられるのは「先行研究」だけですよね? でも、文系では「一次文献」も参考文献に含まれ、そこへの参照が論文重要な核を占めているのです。

たとえば上皇陛下が書かれた論文(※1)を見てみると、確かに末尾にずらずらっと先行研究が並んでいますが、論文の核となる部分はあくまハゼ遺伝子を解析した部分にあって、それは当然ながら実験室で採られたデータであり、何らかの文献によって引証される類のものではないわけです。

しかし、皇族つながりで天皇陛下が書かれた論文(※2)を例に出すと、この論文において著者の主張の裏付けとなっているのは古文書における記述であって、その原本研究施設が所蔵していたり史料集として公刊されていたりするわけです(史料集って何ぞや、という点については後述)。

私が最初増田で言ったのは、この「一次文献」の問題です。多くの場合理系ではこういう資料引用しないですよね(最近だと古天文学歴史的史料引用するとかあるのかな?)。しかし今回の研究不正がなされたような分野においては、そのような資料こそが研究の核心にあるという話です。

もちろん、慌てて言いますが「なにをデータにするか」は研究対象によって異なります文化人類学のような分野では、ヨソの土地まで出かけていって住人たちとの会話を書き取ったもの資料です(この分野だと「インタビュー」とかいう生易しいものじゃなくて、ヨソの土地に住み込んでその土地言語習得して日常生活を過ごす中で遭遇した会話や出来事を持ち歩いてるノートに書き付ける、という調査方法が採られます。これを参与観察というわけですが、私にゃ無理ですわ)。記述言語学だと研究対象の言語話者にその言語を口に出してもらって記録する(「これを○○語でなんといいますか?」と聞くこともあれば、話者どうしで会話してもらってそれを横で聞くパターンもあり)、というやり方になるんだろうと思います。なので私が言っているのは、あくまでも近現代史やその隣接領域での話だと思ってください。

一次史料からといって信憑性が高いとは限らない

文系生データは出典となる書籍だったり、原典資料がある場所と。原典原典って、どんどん辿っていけるブロックチェーンみたいな形式理想ってわけか。一時情報当事者証言なら信憑性高いって判断にはなるし

違います! 当事者証言からといって必ずしも信憑性が高いわけではありません! たとえば戦争犯罪裁判にかけられた人の証言のことを考えてみてください。彼もしくは彼女証言をそのまま「信憑性が高い」として扱ってしまってよいか? そんなわけはない。

歴史学において一次史料が重視されるのは、それが「生データ」だからです。それはひょっとしたら当事者の保身によって捻じ曲げられているかもしれないし、当事者が間違えているかもしれないし、当事者が見ても聞いてもいないことは書かれていないかもしれない(たとえば「沖縄返還をめぐる日米交渉」を研究しようと思ったとき日本側の史料は「日本側の政策決定過程」を教えてはくれますが、アメリカ外交官たちがどういう考えを持って交渉に臨んでいたかを教えてはくれないのです。それを知りたければアメリカ側の史料を見るしかありません)。けれども新しい研究は必ず一次史料から出発する必要があるのです。何故ならそれは昔の人によって直接書き記されたものから

なので歴史学では「史料批判」というものを重視します。これは説明すると長くなるので詳しくは歴史学入門書とかを読んでほしいんですが、要するに史料に書かれていることはどのくらい信用できるのか、みたいなことを分析するわけですね。あれれ~? おっかしいぞ~? この人、自分は後方にいたか虐殺行為に関わってなかったって言ってるけど、部隊の記録では後方にいたなんてどこにも書いてないよ~?

(「なにが一次史料か」というのも研究対象によって変わります特に科学史史学史といった分野では「他の研究において先行研究とされている文献が一次史料である」という状況がしばしば発生するのですが、この理屈はわかっていただけますよね)

デジタルアーカイブ史料

図書館ScanSnap SV600を完備し研究する皆の熱意でデジタルライブラリが出来るといいな… P2Pで共有されればノード消滅にも耐えられる。しか日本ではプリウスミサイル上級国民は不逮捕で、P2Pプログラマ逮捕なので

出来るといいな、じゃなくて、既にあります

たとえば国立国会図書館デジタルライブラリーには幕末以降の古書が多く登録されていて、PDFで落とすことができます。archive.orgや、フランス国立図書館デジタルライブラリー「Gallica」も有名ですね。こういうところに所蔵されている文献については、わざわざ現地の図書館まで行かなくともPDFダウンロードすればそれでよいわけです。デジタル化によって歴史学者の仕事は格段にやりやすくなりました。18世紀ドイツ語の本をコタツに入ったままで入手できるんだもんなぁ。

しかし、当たり前ですが全ての史料電子化されているわけではありません。国によってデジタルライブラリーの整備状況に違いがありますし、そもそも現代以降に出版された印刷物の数を考えたら全部をデジタル化するなんて人手も時間も足りない、という場合もあるでしょうし、身も蓋もない話をすれば著作権問題もあるでしょう(とある国では、その国の図書館に直接行かないとデジタル化された史料アクセスできなかったりします。てっきりPDFはないと思っていたのですが、著作権上の問題で館内からしかアクセスできないようになっているだけだそうです)。

また、多くの国では、公文書館史料まではデジタル化は及んでいません。元増田でも書きましたが、お役所ちょっとした書き付けなんかも史料になるわけで、それ全部デジタル化しようとしたらとんでもない数になります(これについて、日本戦前外交文書のかなりの数をウェブで読めるので恵まれていますね……アジア歴史資料センター様には足を向けて寝られません)。なので未だに、現地に行って史料を直接見てくる、というのが重要になるわけです。

さらに言うと、史料が必ずしも公的機関によって保存されているとは限らず、貴族武士の子孫のおうちに保管されていて、読みたい人はご当主様の許可を得て読ませてもらう、という場合もあり、当然デジタル化の波は及んでいません。イギリスだと由緒ある大貴族屋敷には私設の文書館付属している場合もあり、日本歴史学者でもソールズベリ侯爵のお屋敷であるハットフィールドハウスに赴いて史料収集している人もいます。謝辞で「史料を閲覧させてくれた当代のソールズベリ侯に感謝する」みたいなこと書いてあって「すごい……」って思いました)

ただ、「みんなが読みたがる重要史料」については、史料をまとめた本を出すとか、史料を集めたマイクロフィルムを作るとか、そういう形で広く公開されている場合があります(たとえば第一次世界大戦の勃発に関しては、イギリスオーストリアなどの当事国が何十巻にも及ぶ史料集を出版していて、東京大学などの国内研究機関にも所蔵されています)。けれどそういうのを購入するのはお金がかかるし、何より発行から何十年も経ってしまうと入手自体が難しくなってしまう(でも著作権は残っているためデジタル化も遅々として進まない)ので、あんまりお金がなかったり新設されたばかりだったりする大学研究者は結局それらを所蔵している大学図書館に行く必要が……

「注があると読者に嫌われる」は本当か?

しろ最後の注を見て次の本を決めたりするので、注があると読まなくなる人というのがいるのにびっくり…

注なんて読みたくなければ飛ばせばいいのに注があると売れない……? やべえな世の中。/ みんな本当に自己防衛意識が弱いよね。優しい世界生きてるんだろうな

注があると読まない人が居るという話、ただ気持ちよくなるために情報摂取してる層には、正確性の担保なんてむしろ邪魔なんだろね。ワイドショー視聴者と同質。

これ、実際に「注があるから読まない」読者が本当にいるのか、と疑ってみるべき案件だと思うんですよね……。「編集から言われて注を外した」という話は学者あいから漏れ聞こえてきますが、「注があるから読んでいて苦痛だった」という話ってなかなか聞かなくないです? いやもちろん編集者のところにはそういう苦情のお便りが届いているのかもしれませんが……。「注があると売れない」という都市伝説が生き長らえているだけのような……(一般読者からしてみれば、注の存在に気づいてなかった、とか、なんか数字が振ってあるけど気にしてなかった、という場合も多いでしょうし)

注は別に読まなくてもいいです

ちゃんと注まで読んでるのね。今まで気にしたことも無かった…我ながら知的レベル低い…

注がついている本を読んでいる段階で十分かと思いますので安心してください。注は、もし興味がないならさらっと読み飛ばしても別に大丈夫ですよ。というか、注で典拠が示されていても、アラビア語とかギリシャ語とか朝鮮語とかロシア語とかで書かれている場合も多々あるわけで、そんなの普通の読者さんにチェックできるわけないですし。ただ、注を見てみると、おっ、ここはちゃんと原史料を読んで書いてるのか、なーんだ、ここは英語二次文献に頼って書いてるんだ、みたいなことがわかっちゃったりするので、学者仕事の裏側を垣間見ることができて面白いですし、どんな情報源を使って書かれているのか? をチェックしてみることは学術書だけでなく普通ニュースとかを読むときにも重要なことだと思いますよ。

ブコメ

物理分野では「参考文献」の意味増田とは異なる。参考文献は本文記述の直接の引用を表す。あとあまり明確に決まってないけど、注は捕捉説明を指す。「参考にした文献一覧」は存在しない。読書案内なら見かける。

誰がReferences(Bibliography)を参考文献と訳したのか。"refer"した文献のリストであって、本文の著述に紐づけられるものだけリストアップすればよく、逆に、何でもかんでも列挙して博識をひけらかすところではない。

や、まあ、文系でもたいていの場合は「引用文献」ってことですよ。それを「参考文献」と呼んでるだけ。参考にはなったけど言及してない文献は、私なら入れない(でも入れる人もいるかも)。

いま史学科にいる人間全員読んでリアルブクマしとけ。懇切丁寧な論文の"文法書"だぞ。

あなたがこの増田に感心してくれたことは嬉しいけれど、史学科の学生上から目線アドバイスしないでください。こんなの初歩の初歩で、史学科の学生さんならとっくに理解してます史学出身じゃない人たちが「そうだったのか~!」って言ってるだけ。別に史学科の常識を知らないのは悪いことじゃないけれど(私も他学科常識とかわかんないし)、自分が知らなかったある分野の初歩の初歩を解説されて、そこで聞きかじった内容をその分野を学んでいる人の前で「お前らこういうのよく読んどけよ~」って言えちゃうの、ちょっと傲慢すぎません?

2019-02-14

実証研究お気持ちかの二分法はやめろ

フェミニズムってなんで実証研究しないの?2

そもそも文系しか哲学文学から派生した学問から

・あとは社会学心理学。学際領域ながら文系ばかり。

しかも、最近実証中心の社会学心理学ではなく、「数学をやりたいのならば数学科に行け」と言われていた時代の名残。90年代ぐらいまで。

・ただし、これらの理論研究が全く意味がないと思ってはいけない。

これ本当に意味不明なんだけど、いつの間に文学理論研究だけしかしてないみたいな扱いになってるの?

いや、やってます理論研究批評理論とか、文学ではむっちゃやってますよ。

でも地道に史料エビデンス)あさって新しい事実確認したりする研究もむっちゃやってるよ? 明治期の新聞に連載されてた小説を発掘して新しい見方提示するとか、色んな国に散らばった古書を集めて書き込みを調べるとか、そういう研究ふつうにやってるよ?

そりゃ、wikipedia解説されてるような、仮説を立てて実験して……という意味での実証研究はやってないかもしれない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E8%A8%BC%E7%A0%94%E7%A9%B6

でも、実証研究でなければ理論だとか、その意味不明な二分法にはついていけないっすわ。

ていうか文系実証しないみたいな風潮マジ何なんだ。歴史学とかむっちゃ史料調査やってるし、それを実証じゃないというなら化石調べてる連中やら生き物捕まえてる連中だって実証はやってないじゃん。ほんと腹立つ。ろくずっぽ知らないくせにイメージだけで語ってんじゃねえよと。

2019-01-04

anond:20190104123113

民度ものによる。ブランド小物とか漫画本、スマホ、車・バイクパーツあたりのいかにもなものはそれにふさわしいお客が見てる。

年齢層高めのカテゴリ平和です。高価格帯の鍋とか、古書とか、万年筆とか、主婦層とリタイア層が多くてよい。

2018-12-13

ネットオフ古書買った

ちょっと読みたくて、でも新品の値段で買うほどでもなくて

じゃあ色々読みたいものと一緒にということで、まとめてネットオフで買った

パッと見は綺麗な本ばかりなんだけど

うち一冊がちょっと

やられたわ

目がめっちゃ痒い

2018-10-10

燻り屋古書堂の事件手帖

なかった

胆振古書堂もなし

(炙り屋古書堂 焙り屋古書堂もなし)

2018-07-29

ゴミだったんで

キンドルで購入済みの書籍古書として売りたい

そんなサービスないよね

2018-06-09

専門書はだいたい、5年から10年ぐらいで新品が入手できなくなるなあ。

焦りつつ、Amazon古書を買うのであった。

ヤバイね。

2018-05-07

本屋になぜ買取コーナーを設けないのか

買った商品を読んでサクッと売っちまう人もたくさんいる

高価買取をして、ネット通販古書として再販すればすぐ買い手つく

利益の二重取りできるやん

なんでこんな簡単経営努力もせずに勝手に衰退してるんだか

意味不明やで

2017-05-20

null

APアッシュ

---

最終

ウォッチャーの瞳2200

マーキュリアル・シミター3600

ナッシャー・トゥース3000

モレロノミコン2900

マナムネ2400

マーキュリーブーツ

1st

スペルシーフエッジ350

フェアリーチャーム125

2nd

サファイアクリスタル -> 女神の涙

ヴァンパイアセプター

サイトストーン

3rd

ピッケル -> マナムネ

サファイアクリスタル -> ロストチャプター

古書

4以降

ウォッチャーの瞳を最優先

マーキュリーブーツ

2016-10-09

中山道板橋宿に向かって歩いた。

四回引っ越しする内に作った、

ココロのうちの住みやすさチェック表に従い

それとなくポイント確認していく。

からいか?歩きだから分からんけど遠そう。マイナス1点。

人口比。老若男女万遍なく。1点。

デイサービス。多い。1点。

スーパーと、その近くになぜか共存する青果店。あった1点

クリーニング屋、チェーン店個人店合わせて四軒。あった1点。 

本屋さん、あったけど古書香りがキツい…でも3月のライオンポスターがあったか差し引きゼロ点。

ブックオフ以外の古書店チェーン店。あった1点。

喫茶店スタバじゃないけど昭和でもない。入りやすそう。1点。

分子供が出来ても行かないけど絶滅危惧種玩具店。1点。

取付医。歯医者さんがある。自分の嫌いな人の名前だ。ゼロ点。

散歩中に流れる商店街の有線。君の名は。彗星が落ちそうな曲。似合ってる。10点。

雪の日に売れるスコップが似合いそうな金物屋さん。見当たらない。マイナス1点。

一軒だけ物々しい造りだけど玄関しまっていてぱっと見分からない古い木造のお店。傍の自動精米機がかろうじてお米屋さんと教えてくれた。店仕舞いしてるっぽい。残念。マイナス1点。

パチスロ屋。二軒ある。マイナス20点。

2016-04-24

anond:20160423184004

古書集めといえば。

 

今どき、たんなるハイパーレクシアの自白にすぎないとわたしもおもうけどねー。

2015-12-12

ネット買取店やってる俺の視点と選ぶべき店

漫画ネット買取

http://anond.hatelabo.jp/20151211201902

どうやら、ネット買取店でひどい目にあったらしい。

買取アローズね。知らんかったけどHPがうさんくせえw

これはHP適当に作らせてSEO会社に金入れて客集めてるパターンだな。

女や子供動物写真トップページに持ってくる業者は信じたらアカンw

清々しい、好ましいアイコン女子供動物と考えている、脳みその足りないゴミ制作会社しか使えない時点で、ソイツらの程度はお察しだ。


ネット買取店はアフィカスせどり崩れが山程参入していて、信用できる所が少ない。

今回の増田が引っかかったのも、そういう悪徳業者の一つかもしれないな。

コミック600冊で1627円はちと酷い。が、増田も甘かったという事は理解せねばなるまい。

いくつか指摘する。


1 ダンボール無料に騙されるな

増田ダンボールを送ってもらったようだ。

表面上は無料だが、当然の事ながら経費はかかっている。店はかかった経費を買取価格転嫁するのは当然だな。

5箱なら、送料合わせて1000円はかかっている。

要するに自分ダンボールを用意しなかったので買取価格マイナス1000円になったわけだ。

ダンボール無料と書いている所は、大手中小買取価格から引いているだけだ。



2 期間限定○○%UPに騙されるな

良心的にやっている所だと、単品コミック30%UPなど出来るわけが無い。

100円で買って200円で売る物を、130円買取なんて出来るわけがないんだ。

キャンペーン買取価格を上げる余地が有ると言う事は、元の価格が激安だから

あるいは、今回みたいな情弱を釣る手段だな。

これ、どこの店でも同じだよ。


3 小分けにして送るな

コミック600冊を11箱は、箱数が多すぎる。

5~6箱にまとめて欲しい所だ。

120サイズダンボールに入れれば、5箱で納まる。1箱25キロくらいになるはずだ。

11箱送ったという事は、6箱分余分な送料がかかっている。これで3000円はマイナスされているな。

送料無料とは言っても、ダンボールと同じく経費はかかるのだ。真に受けて小分けにしたら引かれるに決まってる。



まぁバラのコミックとか、買取店としては受けたくない案件。ウチなら断っている。まとまってなければ金にならんのだ。

どうしてもと言われたら、出張買取のついでなら1冊5~10円。宅配なら無理と断る。お互い不幸だからな。




4 個人的経験として選ぶべき店とアカン店

俺は商売柄、色々なところで買取を試している。

自分の所で買取した物を、いろんな所に売りに行ったりしてる。

その経験を元に書いてみる。主にネットな。

アカン所の特徴としてはまずBから始まる超大手古本屋

Nからはじまるオフな所もやめとけ。

いずれも広告費とネームバリューだけで生きてるゴミ企業だ。

トップページ女子供動物も、最初に書いたが避けた方が良い。テンプレサイト製作でよくあるパターンから

あと重要なのが、ブログ買取更新してない所は地雷。やる気有る店は必ず更新を続けている。

SEO会社に丸投げして、自動更新だけかけている所は絶対やめとけ。今回の買取アローズもそういう所だ。




選ぶべき店としては、他で名前あがっているが駿河屋

とは言っても送る品は厳選しなくてはいけない。

未開封はダメ。あそこは全て開封扱いだからな。

状態が良い高額品もダメ。あそこは状態プラス査定していない。

同人誌、バラのコミック小説、細かな雑貨レトロゲーム、数年落ちのエロゲなど。いわゆる部屋に転がってるゴミ整理ならあそこが最強だ。

年度落ちの同人誌なんて、らしんばんまんだらけに持っていくと悲劇的な価格だが、駿河屋とある程度まともな値段で買取してる。

そろそろ大掃除の季節だ。大した物持ってないヤツは適当に箱に放り込んで送ってしまえ。



未開封、レア物、高額美品、変わった物はなかなか難しいが、俺は地方ネット専門店を勧める。個人~少人数でやってる所な。

俺も地方中小買取店だが、ある程度高額な物は売値の5~8割で買取してる。

フィギュア模型、未開封ゲームなんかがよく入ってくるが、大型店より高く買ってるぜ。

珍しい古書雑誌資料なんかも同じ割で買ってる。

こういう店は、ネット専門の小規模店に多い。ネームバリューが無い分、価格勝負してる所だな。

まずは悪評が無いか調べるんだ。良い評判は無くても仕方ない時が有る、小規模だからそもそも評判がないのだ。



そしてここから重要だ。見積もりを出して、もし査定後に値段が変わったら送料無料で返送してくれますか?と聞け。

見積もりだけ良い顔して、実査定では半額にするカス店舗が有る。断れば返送料だと言い出すのな。

状態や内容にウソが無いのが前提だが、写真でも送ってくれればOKって言う所は有ると思う。

ちょいと手間だが、カス店舗に当たるよりはマシだろう。


まぁ増田はご愁傷様だが、買取アローズも大して儲かってはいない。適当仕事して悪評が立ったので向こうにもダメージは有る。

からは、バラのコミック送るなら駿河屋にしとけ。すげーコレクションなら、是非ウチにたどり着いて売ってくれ。

じゃあな。


追記

何で俺が駿河屋店員なんだよwあそこは商売敵だ。

美品やレアものならウチの方が絶対高いのに、知名度で全部さらっていくの超ウザい。

でもゴミ同人ラノベやバラコミックでは絶対かないません。あそこはゴミ買取価格おかしい。

あくまゴミ限定な。大事に揃えたコレクションアイテム他所に売ったほうが絶対に良い。

で、駿河屋でも値段つかなかったヤツ。

お前の持ってる物は粗大ごみから自分で金払って捨てろ。リサイクル屋はゴミ箱じゃねえんだよw

もいっちょ追記

Bから始まる超大手訪問買取10箱4万で買ってもらった人。これは2つのケースが想定できる。

1つは超人コミックばかりのケース。キングダムみたいな常時高価買取中のコミックは、B店といえどまともな買取をする。

もう一つはB店以外に売ればもっと高額だったケース。専門書、技術書写真集等の値段が落ちていない本を多量に持っている人とか。

2番めのケースだと、経験上ウチに売ってくれると買取価格10万超える。

まとめると、B店でも高かったというのは、あなたの持ってる物がとても素晴らしかったという事。

あなたコレクションが見れなくて残念だ。


ヤフオクと言ってる人が居るが、趣味でやる分には止めない。

実益狙いでやるなら、人件費まで考えると合わないよ。暇な学生主婦ニートなら好きにしとけ。

まぁ自分で売ったという納得感(自己満足ともいう)は有るから、繰り返しになるが趣味なら好きにしとき

2015-11-19

http://anond.hatelabo.jp/20151119090737

話それるけど

下町ロケット 130万部突破

って宣伝してたのに突然

「実売で100万部突破」ってオリコンが配信したのには笑

130万部=刷った

100万部=たしかに売れた

市中在庫と取次在庫(と図書館と、たぶん新古書古書店)あわせて30万冊が漂っていますよ、と。

2015-11-02

今を精一杯生きよう

ベトナム人が住人の多数を占めるシェアハウス暮らしている(私は日本人)。

彼らは気前が良い。

使っているPC日本製20万円近くするものだし、持っているiPhoneは最新か1つ前の型だ。

とにかく手元にカネがあれば使ってしまうらしく、たった3万円の家賃さえ頻繁に滞納する。

「長い戦争経験からベトナム人は将来より今を優先させる」と、ある信頼できないソースで読んだことがある。

地政学的に半島領土維持が難しいから、散財しちゃう気持ちは分かるよ。だけど本当かなぁ…… 偏見じゃないの? パクス・アメリカーナ!」と、今日まで私は眉にたっぷり唾を付けていた。

しかし、松来未祐さんの訃報を知って考えが変わった。

茫然自失の私は、吉野屋先生でもクー子でもなく、"メメント・モリ"という言葉思考を妨げられている。

はい死ぬか分からない。

カネを、使おう。

今を、生きよう。

私は書籍を中心に、過去6か月で126件もAmazonで消尽している。特に絶版古書は腹が痛んだ。

借金(無利子の奨学金)もある。

だが、気が済むまでモノ・サービス時間・生を消費しよう。

明日死ぬ確率は低いものの、病気発覚から1年も経ず、松来さんのように亡くなるケースは珍しくない。

それに死の確率対象によって変わる。

20歳人間が短期間で落命する確率は低いが、事故病気で亡くなる『とある20歳の人』は、ある意味"100%"の確率死ぬのだ。

あくま確率統計上の予測であって、一個人に数字をそのまま当てはめるのには無理がある。

今週、私の部屋(四畳半)に本棚が届く。高さ180cm、幅70cm。スライド式で、奥と手前に本を収納できる。Amazonポチったやつだ。

衣装ケースに本を満載させる』という、ウサギ小屋ライフハック破綻し始めたのが購入動機である四畳半暮らしにおいて、書棚は『場所取るし、倒れてきたら死ぬ』贅沢品なのだ

これからもムチャクチャ本を買おう。

書架がいっぱいになったら、もっと広い部屋に引っ越そう。そしてまた、空間が許す限り本を買いまくろう。

加齢で読書が困難になることは以前から覚悟していた。

そして今ではベトナム人と松来さんが私の背中をプッシュしてくれている。買おう。読もう。

2015-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20151003222152

国民資料を利用できる権利。わかる。

資料収集すべき。わかる。

人気本が誰でも無料で読めるべき。わからない。

書籍購入のインフラが整ってなかった頃は、新刊だって貸し出す必要はあったと思う。

今でも田舎では本屋さんがない町はたくさんある。

私の実家のある町だって本屋さんはあるものの、教科書学習参考書と人気漫画雑誌くらいしか置いてなかった。

一部のベストセラー本以外は、基本的に本は取り寄せだった。

ブックオフゲオみたいな中古本屋も、レンタルビデオも、CDショップもなかった。

本は個人で購入するものじゃなくて、図書館で借りたり、友人同士で回し読みしたりする共有財産としての性格が強かった。

漫画も、CDも、ゲームも。

そういう時代じゃないでしょ?

Amazonでも紀伊国屋でもセブンBOOKでも、田舎でも2日で届く。

Amazonマーケットプレイスヤフオク古書だってだいたい手に入る。

都会なら、ベストセラー本なら半年も待てばブックオフに並ぶ。

新刊本は全部閉架にしても乞食以外は誰も困らない。

2015-02-26

elona攻略

リッチピアニストで数ヶ月ぶりに再始動

今回は素手で格闘を上げつつ、手榴弾で投擲を鍛える。

本当は魔法使いプレイがしたいんだけど、どのみち古書物を集めるまで本格的に魔法は使えないんだから……と言うことで肉弾プレイを楽しんでました。

順調に遊んでたんだけど、レベル13になったあたりで古書物が揃い、勇んで魔術師ギルドに入会。

その直後、複数変異エーテル病発症で一気に魅力のステータスが1に(最低値?)。

魅力はゲーム難度に直結するからこつこつ上げて、基礎値は33なのに……

演奏と肉で魅力を上げるためにプチ牧場開くにしてもペット数の制限が……

どうしたもんかいの~。

2015-02-24

趣味サークル団体図書館業務を担う「科学史家」と復興イベント

東日本大震災が発生してから半月ほど経った頃である。或る趣味サークルサイト上で、被災地を元気づけるためのプロジェクトを立ち上げるという告知があった。内容は、趣味に関する書籍を集約して被災地の各地で無償配布すると共に、募金海外サークルメンバー日本に招待し、子供たちに様々な芸を見せて心の平穏を取り戻す一助となろう、というものであった。このサークル団体東京を中心に活動しており、地方にも幾つかの支部があって(東北には無い)、全体としては数百名の会員で構成されている。

当時、私は知人を何名か津波で喪ったにも関わらず、自分としては動くこともできず歯がゆい思いでいた。そこで、このイベント賛同し、大切にしていた書籍を何冊か団体に贈った。この団体と私の関係一方的もので、単にサークル機関紙を購読しているに過ぎなかったのだが、「自分と同好の人々が運営するサークルでそのような活動をしてくれるのならば、何某かの縁もあろうからそれに任せよう」と思ってサークルに託したのだ。後に、保管場所が確保されない状況下で古書を送る行為問題について色々と知り後悔したが、恥ずかしながら当時はそこまでの考えに思い至らなかった。当時は自分も何かの拍子で突然死亡する怖れが頭から離れず、死んだ場合は所有している書籍が活かされぬまま捨てられるということを恐れていた。そこで、所持していた書籍の多くは近所の市民図書館にも置いてあるのでそれを読むことにして、いつでも本を読みたいという若い子の手元に本があった方がいいのでは、と考えていた。書籍を送付後、サークル団体代表から書籍被災地での活動のために有効に利用させていただく」との返信があった。

サイトの報告によると、2011年4月最初活動があったらしく、趣味サークル内の数名と海外サークルメンバー数名が宮城県沿岸部にある数か所の避難所に赴いたようである東北縦断するイメージだったので、宮城県のみに限定した活動であったことに若干の違和感を覚えたが、その後も幾度か被災地へ向かうようであり、「落ち着くまでは様子を見ようという判断なのだろう」と思っていた。

この活動について違和感以上に不信感を抱いたのは9月頃だったと思う。その団体では例年8月に大きなイベントがあり、海外サークルメンバーが何名か来日するため、そのメンバーらと共に再び被災地へと出向いて活動したという報告が機関紙上でなされた。だが、その下に「なお、送付された書籍のうち入手が困難な貴重な書籍については、団体運営する有料の図書館に納入した」と書かれていたのである(この図書館というのは避難所地域図書館に納入したという話ではなく、団体が所有する蔵書を団体東京事務所において有料で読むことができるサービスのようである)。

これには目を疑った。最初の告知にはそのような記述は無く、代表から手紙にもそのような記述は無かった。これでは震災に乗じて個人の貴重な書籍サークルが吸い上げた格好になるのではないか。しかも具体的にどういう書籍を何冊納入したのかという記述も無い。貴重な書籍図書館に納入したというのに、閲覧する権利のある側にその内容を示さないというのはおかしな話だ(無理やり擁護する見方をすれば、一般的にこの手のプロジェクトにおいて自分史が持ち込まれ場合が多々あり、そうした配布しづらい物を自身図書館倉庫代わりに納入したという線はあり得なくもないのだが、もしそういうことがあったのだとしても何らかの説明は欲しいところだ)。そして、活動先は相変わらず宮城県のみであり、岩手県でも福島県でも活動していなかった。

宮城県での活動というのは、このボランティアイベント参加者の一人が宮城県内の教育機関に務める人物らしく、それ以外の地域においては土地勘が無いのかも知れないと思っていた。しかしその機関紙には、当団体とは別の団体組織に属する福島県サークル震災後の自身活動について述べた寄稿を寄せていたので、「寄稿を載せるくらいならばその団体メンバーにも声をかけて福島県で合流して一緒に活動をすればいいのではないか」とも思った(福島の人々に案内の負担を強いるのかということもあるが、そもそも既に宮城県内に在住する人物を連れて活動しているのだから福島県内の人を連れて活動することにさほど躊躇する理由は無いように思えた)。宮城県東北で最も津波被害の大きかった地域であるということは重々承知しているが、図書館の件とあわせて、「被災地に赴くと言いながら宮城県のみというのも少しおかしいのではないか」と若干訝しく思い始めていた。

少し話は変わるが、2011年10月ごろだったろうか。私は当団体活動に関わっている主要なサークルメンバーブログを幾つか覗いていた。そこで、サークル団体において有料図書館運営管理に携わっているという或るメンバーブログが目にとまった。

そのブログにはクリストファー・バズビー氏やアーニー・ガンダーセン氏の名が載っていた。ブログ記事を遡ってみると、LNT仮説に基づいて「福島県では年間千人が癌で死亡する」「トータルでは6桁もの人が死ぬ」などの記述があった。福島県だけではなく、当時千葉県で見つかったホットスポットについても、その周辺で7000人が死ぬと書かれていた。ブログ記事の日付を見ると2011年6月中旬ごろであり、まだまだ情報錯綜していた時期ではあったものの、ブログの内容は怖れによって混乱しているという様子ではなかった(LNT仮説に従ったとて、ガンが発生する人数の予防的な見積もりであって、ガンの発生が100%死に直結するという話ではない筈だ)。ツイッターアカウントもあったので見てみたが、「福島廃県」「日本核武装を目指している」などの字面が踊っていた。

この人物は機関紙上において度々評論を行っていたため、名前だけは知っていた。東京在住で、東京大学大学院において科学史科学哲学を専攻していたらしい(名前検索したところ、在学中に科学技術社会論若手の会に参加したこともあったようである)。また、サークルの有料図書館運営管理に携わるほか、海外メンバー通訳書籍翻訳作業も担っている。どうも他の主要メンバーからサークル入会当初から知的存在として一目置かれていたようで、未だにこの人物の評論サークル誌に載っていることを見ると、その状況はあまり変わっていないようである

ボランティアイベントの報告によれば、そのメンバー名前イベントスタッフの中には含まれていないため、この人物は被災地には訪れていないのだろう。しかし、有料図書館での管理業務を考えれば、貴重書の選別には関与していた筈である。また、仮にそのメンバーイベントに深く関与していなかったにせよ、ブログツイッターで垂れ流される内容やサークル内での立場を考えると、そのイベント活動に何等かの口添えをしている可能性は十分考えられ、イベントメンバー海外メンバーを連れながらも東京により近い福島県には訪問していないという事実個人的に気になるのである。この活動に全く関与していなかったにせよ、被災地のためと銘打った活動をする団体がこの人物の主張をどう考えているのかという疑問は残る。

2012年にもこの団体は同様のイベント活動をしたようであるが、結局今までに宮城県以外で活動したという報告は無い。何故それ以外の県に行かないのかという理由も明かされていない。「こちらが勝手東北縦断するようなイメージ想像していただけだ」と指摘されればそれまでなのだが、協力する側としては、被災地活動すると宣言していた以上、宮城県以外でもこのサークル団体活動することを期待した上で書籍を寄贈したのではないか(募金の一部については額が提示され、育英会に納入されているようである)。

はいえ、未確認なことも数多く、単に私の邪推だと指摘されればそれまでであるため、増田として具体的なサークル名や人物名を明かさずにここに述べた。愉快ではないが、こちらとしても寄付金書籍の使用用途サークルに任せた面もある。目論見には具体的な訪問先について特に記載は無く、書籍の利用方法も「子供に配布するなど」という風に書かれていたうように記憶しているため、最初から宮城県内のみで活動するつもりだった、あるいは有料図書館書籍を納入するのも有効な利用方法の一つだ、と言われてしまえば元も子もない。

件のメンバーはその後も、宮城県石巻市でのがれき処理の背景には巨大利権が絡んでいるとのブログや、甲状腺調査で嚢胞の数が異常に多く見られているというヘレン・カルディコット氏の主張を掲載したブログ不正選挙についてのブログリンクなどをツイートし、先の選挙において安倍首相福島入りをしていないというフェイスブック記事までリツイートしていたりする(なんでも福島水田の前で会見をした首相の影が不自然で明らかに合成なのだそうである)。先日のISISによる人質事件においては、日本において大政翼賛会形成がすでに始まっていると述べている。残念ながら、ここまでではないにしても、彼以外にもこの団体においてそうした主張に近い人物は何名かおり、先日も東海地方の支部で活動する人物がどこぞのブログの「福島県農産物安全ではない」というリンクツイートしていた。百人に一人くらいはこういう人はいるのだろうとは思っていても、少々心配するくらいにはこうしたものを目にする。福島県在住のメンバーがこうした主張を目にした時にどう思うのだろう。私としては混乱時に古書を贈る行為については恥じ入るところだが、敢えて述べれば、もし団体の中枢にこのようなメンバーがいることを事前に知っていれば、贈る前にもう少し検討しただろうとは思う。震災からもう4年近く経過している。周囲の人々も、もう少し目を開いて物を見て、自分で考えてもらいたいと思う。

2015-01-18

大河ドラマ花燃ゆ』にパソコン明朝体フォントwwwの誤解

辞書編集者の飯間氏が指摘したのは「PCで使用されるようなフォント丸出しの字体大河ドラマで使うのはどうなの?」ということなのだが、その反応を見るといくつか誤解しているコメントが見られる。

1.「幕末明朝体って……」→明朝体は当時にもあった。指摘されているのは当時なかった字体花燃ゆで使用されたのは小塚明朝と言われている)が使われていたということ。

2.「小道具古書の題字がフォントを打ち出して印刷しただけって…」→そうではない。ドラマキャプチャー画像と小塚明朝で打ち出した「海防臆測」を見比べれば分かるが、ところどころ異なっている。ハッキリ分かるのは「防」の4画目。小塚明朝を参考にして綻びを入れながら美術が書いたと思われる。ハム速コメント欄には字体の違いからハッキリ「小塚明朝ではない」という意見もあるが。

どんな字体なら文句でなかった?

PCで使用できるフォントでも当時使用されていたような楷書体だったり康煕字典体があったりするので、それを元に小道具の書物を作れば良かった。

2014-12-27

出版崩壊とか

http://www.nippon.com/ja/features/h00092/

大局的には合ってると思うもの

たとえば1000億円市場中古・新古書マーケットに目配りのないグラフがドヤるのは

もーいいかげん禁止にしたいっすな。

2000万人で形成されてるんで、ひとりあたりの年間消費は5000円。

数字的に無視できるとは思えないわけで

環境省資料とかもちゃんと見ればいいよ!

(と言いつつ1300億円だった中古書籍市場も900億にまで減ってるんでトレンドとしては元テキストに異存はないん)

2014-03-19

国立国会図書館はお気づきでしょうか」について

http://anond.hatelabo.jp/20140318090122

古書価格維持がされることが史料の保管・維持or埋もれた新資料が発見されるインセンティブになるって指摘は無視するのな

そこが一番「なるほど」って思った箇所なんだが

2014-03-18

国立国会図書館はお気づきでしょうか」について

素朴な感想は次の通り。まず「安く買うことはお客様に失礼」という価値観を共有できない。次に「適正な価格で売る」の「適正」が恣意的ものであることへの認識が欠けている点が気になる。それから「高く買い入れて売る機会を失っている状態に憤りを感じ」るというのがよくわからない。

古書価値について。「古書を売る」というのが紙の本という特定メディア依存した商業形態である以上、電子書籍の登場によって古書価格が落ちるのは市場原理から考えて必然古書の内容を求める需要電子化により満たされてしまうのだから。だから価格低下も必然。そこを受け入れたくないということになると、電子書籍排斥するか資本主義経済革命するかという話になってくる。どっちも無理なら「受け入れたくない」ということについて精査するほかない。

「(紙の)本がいいか/電子化された本がいいか」という議論がなされているけど、これは飛躍。そこまで話を飛ばす必要がない。何度となく言われていることだけど、そもそも両者は対立関係にないということを認識するべき。更に言うと、国立国会図書館近代デジタルライブラリーのしたことは、本を買う側の人間お客様が紙の本と電子書籍のどちらを選択するのかという自由を損なうものではない。そうではなくて、もともと電子化されていなければほとんど誰にもアクセスすることができなかったであろう情報不特定多数の手の届く範囲においたというだけの話。そしてその現実的方法たまたま電子化だったというだけ。

憤りを感じる必要はない。そんな暇があるなら、古書がどういうものなのかについてもっと反省的に考えるべき。古書を扱う人間がそんな素朴な価値観のもとで駄々をこねてどうするんだ。今のままだと、電子書籍の到来程度で揺らぐ価値しか古書に認めていなかったように、そしてまさにそれゆえに焦っているようにしか見えず、端的に言って見苦しい。

2013-09-15

http://d.hatena.ne.jp/takeda25/20130914/1379166107

書かれてる内容には同意できるものが多いのですが、

  「こういった背景も知らないで、一知半解の知識をふりかざして“「日食」は代用表記だ”みたいなことを書いてしまうというのは恥ずかしいですね。」

などとドヤ顔している割には、あなたも仮借や省字のような初歩的な漢文に関わる知識がごっそり欠落しているのが丸わかりなあたりがとても残念な感じですよね。

そのあたりの知識があれば、漢字に意符が付け加えられていった具体的な背景や必然、意符や字画が少ない字に正当性を認めることへの躊躇も含めたうえで、より公正な主張が可能になったでしょうに。

日食月食について、それが現代に為された代用表記ではないから正しく日蝕と書けといったような指摘が的外れだという主張そのものは正しいでしょうが、かといって現代国語おい字義が明確に分化されたあとの「志」やら「然」やら「斤」やらを「誌」や「燃」や「近」として使うのを古籍の用例を引きずりだしてきて「このように書いても過去の用例に鑑みれば間違いではないのだ!」などと正当化するような真似もまた、エアロパーツ好きのDQNベクトルが逆に向いてるオタク中二病をこじらせたままというだけで、いずれも自身の稚拙さをさらけ出してることには変わりはないはないのではないでしょうかね。

それこそ”一知半解の知識をふりかざして”青空文庫コピペ古書スキャン画像並べただけでクソとミソの区別もつけられないまま、汚名挽回的を得るは間違いではないのだなんて詭弁のもの論陣張りたがる知識人気取りのお子様をたまに見かけますけど、知識のない他者に対し優越感を得たいが為に学問かじってるのでなければ、その分野の研究者編纂にかかる概説書やそれがなければ重要論文の内容を地道に読み込むところから始めたいものですね。

あなたが挙げてるような素人でも無理なく読めるよう専門的な部分がざっくり端折られた一般書ばかり読み散らかして、基礎的あるいは体系的な知識も持たないままネットに転がってるデータベース検索かけて都合の良い箇所だけ適当に抜き書きしてるだけでは、いつまで経ってもあなたが見下してるつもりの半可通の領域から抜け出られませんよ。

2013-05-05

他人の家

私は今、他人の家にいる。

他人の家でお泊まりしてきたのだ。

同窓会の後、酔っちゃった勢いで、

終電ギリギリからまりたい』と

拒否られるかもなぁと思って言ったら、

いいよとOKサインが出た。

仏の梅ちゃんはやっぱり仏の梅ちゃんらしい。

相手を図ってたって言わなかったら嘘になるけど

二つ返事とは思わなかった。ごめんなさい。

家の中は色々な香りで充満してた。

初めて入ったときの、新築にも似た香り

キッキンにさりげなくおいてある芳香剤香り

スカルプDツバキシャンプー香り

分厚い業務資料と古書から漂う本屋さんの香り

そしてベッドと枕の香り

他人の香りにどろどろに溶かされていきそうな気分です。

二口コンロいいなぁとぽつりと漏らしたら、

料理トークになって、寝る直前まで話してた。

食べてもみたいし、作ってもみたいな。

……今度、食材持ってきてもいいですか?

梅ちゃんが起き出したら、機を見て切り出そうとの

ご都合主義を喉元に飲み込んで自制。

家賃補助が出ると言ってた家は、築二年のアパート

何もかも新しかった。仕事で使う業務資料は、

本棚に綺麗に収められていて、野放図な我が家

本棚もこれぐらい出来たらなとちょっぴり思ったり。

ハンガーの上にちょこんと飾られた写真をまっすぐ見ることは避けたけど

きっと話にあった弟さんだ。

比べちゃいけないのに視線は踊り、

姿勢を崩すふりして、全方位見てました。

浮き足立ってるというか、落ち着かないというか、

免疫なくて、でもさっきまでぐっすり眠れたのはなぜ?

起き出したら、お礼を言おう。謝ろう。

ごめんなさい。ありがとう

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