「被差別部落」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 被差別部落とは

2021-11-11

無敵者が増えたのはヤクザ宗教撤廃私立校を増やしたたか

かつて孤児・片親・貧乏被差別部落など恵まれない境遇の人はヤクザ組織に居場所をみつけた

あるいは来世に期待して今世は我慢することができた

ガラの悪い地域でなくただの田舎者なら公立校に進学する道もあった

ジョーカー世界になったのはヤクザ宗教を目の敵にして撲滅した真面目系クズのせい

安心安全信仰こそが危険をもたらす

2021-11-02

維新の会

荻上チキ氏:議員に、被差別部落出身であることを開示せよとは言わないと思うが、過去他国籍を持っていて帰化した人には、そのことを開示せよ、ということか。

日本維新の会 馬場信幸 幹事長:そうだ。外交などもあるので明らかにしてほしい。帰化した人は、他の日本人とは違うと考える。

いやーやばすぎw

これこそ「そんなこと優先してる場合か」じゃねえか

2021-10-24

アンチフェミってアンチ部落解放令に似てる

部落解放令に反対して「部落解放するな、差別を続けさせろ」と被差別部落を焼き討ちにした人々がいるらしいけど、

女性解放するのに反対して女叩きを繰り返してるアンチフェミそっくりだなと思う

活躍した女性斬首してるタリバン政権なんかもそういう感じだよね

被差別属性絶対解放しないという強い意志を感じる

2021-10-05

anond:20211003125552 に対する反論特にブコメに顕著なんだけれど、

オタク差別とかあったのか、ある人がきもかったり行動が酷いかいじめられていたのをオタク拡大解釈していないか、といった歴史修正が本当にひどい。

たとえば「電脳やおい少女」を読んでほしい。電子化もされているので入手は容易だ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E8%84%B3%E3%82%84%E3%81%8A%E3%81%84%E5%B0%91%E5%A5%B3

20年前は一般女子大生研究女性でも、オタバレ=社会的死 っていう強く共有されていた前提がわからないと全く通じない漫画だと思うよ。

この社会的死がオタク差別から生じているのは明白。これが差別じゃなかったら他に何が差別だって言うんだっていうレベル

自意識過剰だっていう反論が予想できるけど当時生きてたらそんなことはとても言えない。同じことを被差別部落出身者に言い放ってみろって感じ。

差別が減ってきて本当によかったけど、いまだに続けている中高老年層の厚さにうんざりだよ。

2021-09-19

観無量寿経』の「是旃陀羅」について解説

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kyoto-np.co.jp/articles/-/640716

京都新聞真宗大谷派謝罪話題になっていた。私個人として考えるところがないわけでもないけど、多少この問題に関して知識のある方なので、勝手ではあるが、ブックマークにあがっている疑問に答えたい。

kaos2009さんが「 [旃陀羅は古代インド被差別民を指し、同派では江戸から昭和初めごろまで日本被差別身分に例えて説明されていた」 仏説観無量寿経 - Wikisource https://ja.wikisource.org/wiki/?curid=5204 母殺しは王の所業でなく栴陀羅だと」と説明しているけど、だいたいその通り。

記事にもあるように、これは『観無量寿経』のなかのことばである。そこに、阿闍世王が母韋提希を殺そうとしたときに、大臣月光大臣の耆婆が「それは『旃陀羅』のすることだ、ヴェーダ(毘陀論経)にもそう書いてある」と諫めるシーンがある。旃陀羅はヴァルナカースト)以下の存在とされていて、日本では伝統的に、被差別部落民のことと説明されてきた。

まず、『観無量寿経』は異訳も現存しないし、サンスクリットやパーリもない。だから訳しなおしたりするのはきわめて困難、ほぼ不可能である。今後、原本発見されないかぎり。

また、『観無量寿経』は浄土真宗できわめて高い価値をもっている。法然の定めた浄土三部経であり、親鸞の読んだ『観無量寿経』と、それに対する書き込みが残っている(集註(じっちゅう)という)。そのことばを変えるのはおそれおおいというのが、真宗門徒一般的理解なのだと思われる。

さらに「是旃陀羅」問題をややこしくさせるのは、親鸞のつくった和讃和歌)のなかに、「耆婆月光ねんごろに/是旃陀羅とはじしめて/不宜住此と奏してぞ/闍王の逆臣いさめける」というものがある。親鸞が「是旃陀羅」を無視していれば、真宗門徒もそれができたのだが、親鸞自身文章でもこのことばを肯定的に用いているので、それが問題になる。

  • circledcircled 「経典を書き換えるのがOKなら、それはもう宗教じゃなくて「自己都合に利用出来る便利な政治道具」に成り果てるのよね。例えば殺人NGは受け入れるけど、禁酒は受け入れないみたいな摘み食い宗教堕落との区別が無い。」

言わんとするところはわかるけど、経典は非常に多くあって、しか相互矛盾する記述もあるので、「教相判釈」というのが中国仏教で生まれた。つまり、たくさんある経典の中でどれが一番真実なのか、重要なのかということが論じられる。それで、時には経典以上に祖師重要視されてきて、祖師無視していれば無視できると思われる。

今回は、祖師(この場合親鸞)が無視していないか問題になっているのだろう。

そういうふうにも解釈できるけど、これは耆婆も一緒になって行ったことで、耆婆は仏弟子から仏教差別意識をもっていたということでもある。教えの主体釈尊が中心ではあるが、とき仏弟子がそのようにもなる。

2021-09-07

音楽文化ってのは被差別部落が作るもんなんだな

から今の日本陰キャオタク音楽ムーブメント作ってんだなとずっと真夜中ちゃんの歌を聴きながら思う

2021-08-12

[]2021年8月11日水曜日増田

時間記事文字数文字数平均文字数中央値
0014115063106.844
011361327197.636
02439443219.645
03268714335.282
0436283378.737.5
05141563111.631
06507378147.653
07717689108.339
0872551976.744.5
091071057898.936
101961863395.139.5
1117120412119.452
1225334832137.737
131961493976.237.5
141971335567.832
152071944894.037
162571822470.935
1723228325122.135
181911145059.929
191691539591.130
201841609487.533
2124529258119.431
221461314990.131.5
23114849374.529.5
1日345434405899.636

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頻出トラックバック先 ()内の数字は被トラックバック件数

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2021-07-23

昭和人間が根絶やしにならないと日本人権意識はよくならない

人権教育っても

解同の手先が自身活動正当化した活動報告ばかり

被差別部落の陰が薄い地域の人にとっては人権ってメンドクセ

って摺り込まれただけだろ

2021-05-27

anond:20210527185626

徳島自衛隊差別事件(とくしまじえいたいないさべつじけん)は、2003年3月に、徳島県で発生した部落差別事件

概要

2003年3月20日、徳島教育航空群に所属する同僚同士である海上自衛隊自衛官AとBが共にカラオケスナックに行った際、Aが被差別部落出身のBに対し、「『四つのお願い』を歌うのは部落民」などと発言し、ちあきなおみの『四つのお願い』を歌うよう強要した(「四つという言葉部落民に対する蔑称の一つ)[1]。

anond:20210527115035

なんなら部落だって過去のことじゃない

田舎で使われる「部落」って、単に「集落」を指してるだけで

都会的な「被差別部落」って意味侮蔑的意味)じゃないぞ

田舎被差別部落があるほど人口ないだろ昔から

2021-05-10

弱者男性差別存在するから知ってください」のブコメについて

こんにちは、satoviviです。

こちらの記事https://note.com/mefimefiapple/n/n6b712e954db8 )についてブコメを書いたら、スター連打されたり、レイシストと呼ばれたりしています

この件について、100文字じゃ返事をできないので増田を書きました。



私のブコメは88cmと8kg氏の記事の「命と健康」の箇所にひっかかったから書いたものです。

(以下、長くなるのでですます調をやめます



男性男性というだけで、女性の2倍以上自殺に追い込まれ

未婚男性は既婚男性より寿命が15年短い、女性関係ない

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93638_1.php?



この近辺で「あれ?」と感じて読み止まった。

記事を読んですぐに変だと感じたのは、記事テーマは「弱者男性差別」なのに、「男性」の話やデータを用いたり、「未婚男性」のデータを用いたりしているという点。

まず「男性=すべて弱者」ではないと思う。この国では政財界に限らず、主要なポジション男性が多数を占めているのは知っての通りだ。

そして「弱者男性=未婚男性」でもないはず。

だって未婚男性の中には、この間ホッテントリに入り、ブコメ弱者じゃないと否定されていた資産持ち増田Twitterお金を配る余裕がある人、将棋界の未来を担うだろう彼も入っている。


それから、ここの部分。

「未婚男性はそれどころかあの世に入れられています

あの世に入れられている。という表現だったかな……と思ってるんだけど魚拓取ってなかったので、記憶いかもしれない。

記憶違いだったとしても「あの世に入れられています」という言葉はひっかかる。

未婚男性あの世に入れられている。ここには「誰によって」という主語がない。

「誰かに殺されている」ともとれる表現だ。穏当ではない。

さらに言えば「では誰に? そして何故?」という部分が非常に気になる。

仮想敵を作ってしまいかねない表現と感じたので、ここについて指摘したのが私のこのブコメだ。


未婚男性寿命が短いのは、外食コンビニ弁当などの高炭水化物・高脂肪食生活運動不足になりがちなせいという論文国内外わず出ていたかと。
かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態


内容の正誤については、検索すれば論文も偉い先生コラムいくらでも出てくるので割愛

貼っても論文を読む時間がない人も多いだろう。

サラッと概要を読みたい人に勧めるなら、この独身研究科さんのコラムが、グラフもあってわかりやすくていいと思う。


引用元https://toyokeizai.net/articles/-/333980?page=4

配偶関係別の死因を45~64歳の年齢層で見てみると、有配偶男性独身男性(未婚・離別)とがまったく正反対の傾向であることがわかります。有配偶男性の死因は、主に白血病を含むがんであるのに対して、独身男性は「糖尿病」「高血圧性疾患」「心疾患」など、主に生活習慣に起因する病気です。これは、独身男性が、外食コンビニ弁当などによる高炭水化物・高脂肪食生活運動不足などに陥りやすいからと考えられます


かといって、有配偶男性全員が独身男性より普段食生活運動などに気を使っているというわけでもないでしょう。有配偶男性は妻によってそこの部分をサポートしてもらえているだけの違いかもしれません。なぜなら、未婚男性と離別男性がほぼ同じ傾向だからです。



88cmと8kg氏の記事は、定義名称が入り乱れていて混乱する。

窮状を訴えているのなら理解したいけれど、データと主張の筋が私のなかで通らず、うまく読み進められない。

いまもまだ、全部は読んでいない。


私は俗に言う「カモられやすタイプ」の人間なので、データが出てきたときこそ、すぐに鵜呑みにしない。

また、情や雰囲気に流されやす人間でもある。

熱く訴えているから、苦しい心を吐露しているからという理由でも鵜呑みにしない。そういう制約を設けている。

そうでないと、熱心な宗教家ステキなお鍋を売っている人に無限に騙されていってしまう。

データの精査をひとつひとつしていくことになるから、読もうとすればかなり時間がかかると思う。


から、それ以降の内容については触れていない。



ここまでが、あのブコメを書いた経緯と理由

まとめると、

・「弱者男性」というテーマなのにデータや話が、「男性」「未婚男性」などと混ざってしまっている。

・「未婚男性弱者男性」とは思えない。なので「未婚男性」のデータで「弱者男性」を論じるのには無理があると指摘する。

・いまのデータでは「未婚男性」が他者によって「あの世に入れられている」という根拠が薄い。

・「未婚男性」の短命さは食生活運動などの生活習慣によるものではないかとの学術的な指摘が複数ある。

・「殺されている?」「あの世に入れられている?」という表現おかしいと感じたので、あのブコメを書いた。



ここからは、ブコメへの返信。


chikurou 生活に窮乏している人は自炊する余力がない、野菜など高いって話ではなかったっけ。弱者男性話題の時だけ自己責任?/その時トップだったsatoviviさんのブコメに対するリアクションです


id:chikurou さんへ。

まず、私が指摘したのは「弱者男性」ではなく、「未婚男性」だという点。

「未婚男性」のなかには、いわゆる「強者男性」も入ってしまっている。

ブコメでも混ざってしまっているので、ここは強調しておきたい。


88cmと8kg氏が掲示したのは「非正規において」男女の給料差は93%とかなり平等という点。

ただ、正社員も含めたデータ(女性賃金(2020年11月版))で、男女間賃金格差をみると、2019年男性100%という基準にした場合女性は74.3%という数字が出ている。

このことから、「未婚男性」よりも「未婚女性」のほうが賃金が低い可能性すら出てくる。


賃金が低く、生活の困窮している人は自炊できない。

野菜は高い。

それが短命の主要因なら、もっと未婚女性の死亡年齢も下がるのではないかと。

しかし、実際には未婚男性ほど下がっていない。

未婚男性より未婚女性の方が賃金が高いというデータもない。


まり貧困や困窮が主要因で、「未婚男性」が短命になっているとは言い切れないのではないか。そう考えています

あなたはどう思いますか?



nakana79 現トップブコメ、そこからちょっと歩くだけで「黒人栄養状態は悪い(平均寿命も短い)→黒人は誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている」に辿り着けちゃうよ……


id:nakana79 さんへ。


トップブコメが入れ替わりましたが、たぶん私へのコメントだと思うのでお返事。


「そこからちょっと歩くだけで、黒人黒人は誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている」に辿り着けちゃうよ」とのことですが、そうはならないと考えている。


まず、統計代表される数字データは、思い込みバイアス)をできるだけ排除するためにある道具ということ。

完璧な道具ではないが、使える道具だ。少なくとも私はそう認識している。


おそらく、nakana79さんはアメリカ黒人差別、および貧困問題を下敷きに話をしていると思う。(違うならご指摘ください)

ただその話は、日本の「未婚男性」におけるデータとまったく関係がない。

アメリカ日本では、歴史的な経緯も、人種構成も、経済規模も何から何まで違う。

そこにあるのは、まったく別の2つのデータであり、統計だ。


とくに根拠もなく。国の成り立ち、環境要因、遺伝要因、時代的要因の類似性もない。

そんなデータ文脈上の雰囲気で混ぜたら、数字を取る意味がなくなってしまう。


アメリカ黒人差別を含む人種差別は、長年に渡って続いている。

かつては就業教育制限され、投票権もなかった。

もし日本において類似するものをあげるなら、被差別部落女性となり、「未婚男性」ではないかと。


日本の「未婚男性」におけるデータと仮説と、アメリカの「黒人」におけるデータと仮説は別物。

そこからちょっと歩く程度で混ざるものではないし、意味なく混ぜてはいけないものと考える。



kumaponta 差別感情精神盲点にある様で、自分差別感情自分認識することはできない。それは差別ではないと言う前に主語黒人女性自分に入れ替えてから考えてみよう。


id:kumapontaさんへ。


「未婚男性」のデータにおいて、主語黒人女性自分と入れ替えても、今回の主張は変わらない。

データ上で名称が変わるだけ。主張や仮説、定説が変わるわけがない。




多くのブコメも、おそらく「誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態」という表現に引っかかっているのではないかと推察する。

そして、ここが最近ブコメが「差別レイシスト」「いやそうじゃない」と荒れやすい部分ではないかと思っている。


あくまで私個人は、「誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態」という表現差別ではないと考えている。

理由として根拠のない決めつけや、レッテルが入っていないことをあげる。


書くのも嫌だが、例を出す。

たとえばこれが

「未婚男性は、生活習慣が他の属性より乱れている。誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態。だからやつらは劣っている」

「未婚男性は、生活習慣が他の属性より乱れている。誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態。そんな連中にまっとうな仕事ができるわけがない」

「未婚男性は、生活習慣が他の属性より乱れている。誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態。そういう人たちと一緒にいると怖い」

とあったら差別だ。完全に差別だ。

この差別文に、殺せだの隔離しろだのくっつけたらヘイトスピーチとなる。

ここまできたらもう最悪だ。



しか差別差別じゃないか境界線は難しい。

こうだという結論は、おそらく裁判の結果でしかからない。


それでも日常で気をつけるために、わかりやす指標ひとつだけあげるなら、それは「比較からくる優劣が入っているか否かだと思う。

ものごとを「比較」する。数値の差を見る。ただそれだけならいい。

しかし、「比較」は優劣を生みやすい。

比較からくる優劣があるから劣等感」「優越感」「嫉妬」「蔑み」が生まれ、「恐怖」や「不安」を作り出す。


さきほど、事例として最後の一文をつけ加えたが、これらの大本は全部「比較からくる優劣だ。

比較から生み出された優劣が、データ上の数値が高い、低いのままなら問題ない。

そこから導きだされる仮説。同じ仮説が複数重なった定説も、おそらく差別ではない。これを差別としたら、人に関するどんな研究もできなくなる

しかし、そこに「劣等感」「優越感」「嫉妬」「蔑み」「恐怖」「不安」による根拠のない決めつけやレッテルを貼ったら差別になる。

私はこのように考えているが、どうだろう?

ほかの方の意見もうかがってみたい。



今日はもう時間が取れないので、ここまで。

2021-04-08

ラムザイヤー・スキャンダル吉見先生の論考の前に、事件の経緯やコンテクストをまとめました。」

https://twitter.com/SayakaChatani/status/1379968066319097856

また日本右派アメリカ白人至上主義との交錯も見逃せない。二〇二〇年の論文ラムザイヤーは、「アメリカ民族問題を題材にすると激しい対立が起こってしま自由議論できない」ので、「渋々ながらアメリカ問題は取り上げず」「あまり知られていない題材を使えば自由議論できるだろう」と書いている。つまり被差別部落沖縄在日コリアンを通して主張した「差別自己責任であり、マイノリティの統率者がむしろメンバー搾取している」というロジックは、本来アメリカ適用したいのだが、そうすると政治問題になるので、人があまり知らない日本史を使って発表する、とあけすけに述べているのだ。

うん、日本にもアメリカにも (そして他国にも) 同じような問題があるんだね。日本で「マイノリティの統率者がむしろメンバー搾取している」構造をもとに、自国他国のことも論じないといけないね、という話でしかないように思いますが。日本にも問題存在するのであれば、それを論じても何も問題がないのではないでしょうか。まさか日本問題日本人 (?) だけが議論すべきだ! とかい排外主義に基づいた主張なのでしょうか。

2021-03-30

anond:20210330201134

関西人出身地、家柄、学歴財産職業等々、常に相手を値踏みしてマウンティングしあってるよね

カーストじゃないけど掛け算すると何千もの階層があって、被差別部落問題もその一角存在するのだろう

結婚も近い階層同士でないと親が反対するし

2021-03-19

anond:20210318210358

被差別部落では犯罪発生率が高い傾向にあります

よって被差別部落エリアに足を踏み入れると犯罪に巻き込まれ確率わずかに高いです」

統計的事実であったとしても差別なんだよ

統計的事実なら差別じゃないとかじゃないんだよ

上の文章発言が、県や警察内部で街づくりに関わる政治的取り組みの過程で言われたのなら確かに差別じゃないだろう

だが県知事警察が上の文章ツイートしたら不適切だし、差別

統計的事実を、それが必要とされる場で発されるなら差別でないケースはあるだろうが、統計的事実なら差別ではない、は誤りだ

2021-03-17

都会のオタクは「エタる」に抵抗ないの?

そこかしこに「差別をなくそう」の看板が立つ西のクソ田舎で育ったから、ネットで「エタる」という文言を見るたびハラハラする。

親に被差別部落歴史について教わったとき絶対に外で使ってはいけない言葉」と強く言い含められた。純粋におぞましい差別用語であることに加え、昔は部落民に“使わせた”食器は穢れているからとわざわざ割って処分していたとか、そういうとんでもねえ話も聞かされた。

教えられた当時は子供で、部落とは比較的遠い地区で育ったこともあり「でも今は時代が違うし関係ないでしょ?」と思っていたのだが、同中の生徒が他の生徒を名指しで「あいはいかにも〇〇(部落名)の人間だよな」と言っているのを聞いたとき差別全然終わってねえ!!」と頭を殴られたような気分になったのを覚えている。そりゃ看板もなくならないはずだ。

詳細を知ってしまうと、“ソッチ”出身の知り合いに会ったとき、彼らの先祖を“コッチ”の先祖が虐げた過去に想いを馳せ、気分が沈んでしまうことがある。

念のため言っておくが自分はまだ20代だ。大昔の話ではない。

からネットで「エタる」「エタりそう」「エタ」という言葉が頻繁に交わされるのを見ると胸騒ぎがする。語源意味が異なるのは理解していても、だ。

都会の人には「エタ」はそれほどまでに遠い言葉なのだろうか。特に問題視する声も聞こえてこないが、先祖被差別部落民がいるオタクは平気なのか?

例えば女性障害者在日外国人へのドギツイ差別用語と同じ読みのスラングが発生したとして、それも語源が違えば受け入れられるんだろうか。

2021-03-12

被差別部落とは何か

https://anond.hatelabo.jp/20210312203939

本文がどうしても途中で消えるため、追加部分として分けた。



部落問題は、根が深い。かといって、そこまで複雑なものではない。

時代政権が正しく対処していれば、部落解放同盟といった組織存在することはなかったし、また存在しているべきでもなかった。

被差別部落は、歴史が積み重なったエリア代表的ものとして京都。あるいは「府中」が付く地域など)に多く存在する。

平安時代以前に、そのエリア特定民族(土着系、中国系朝鮮系マレー系ほか)が住み着いて生活を営んでいたものの――何らかの原因によって、とある民族一派が生活圏を追われた結果として生まれたのが、伝統的な意味での部落だ。

すなわち、戦争政変自民族が敗北する、ある者が重大な罪を犯す、心身に何らかの異常があるなどにより、生活やす都市部を追われた者たちは、山地や川べりなどに住まわざるを得なくなり――そこから普通人間忌避する穢れを含む多くの仕事(食肉、葬送、処刑、皮革加工や汚物処理)を行うようになり、やがては専門的、特権的職業分化していった。

明治以前は、そうまで貧しくはなかったようだ。彼らが町人生活必須な物を売ったり、公共サービス提供していたこと、税金免除されていたのも大きい。

だが、維新によって明治政府が生まれ西欧に倣った近代的な理念法律社会に浸透すると、四民平等の名の元に、彼らにも課税がされるようになった。加えて、近代産業伝統的な部落民の仕事を奪うようになっていき、彼らは貧困にあえぐようになった。

当時の政府は何らかの手を打っておけばよかった。しかし、何も手を打たなかったので、部落に住む人々は貧しい時を生き残るために集団の結束を高めた。家族間や親族間での助け合いはもちろんのこと、その地域に住んでいる全員が全員を認識できるほどに。そして、彼らの結束は、やがて一般社会への怨嗟を募らせる方向へと動いていった。

昭和の中期になり、国民人権意識も向上していき、部落解放運動が盛んになるなかで――部落に生まれた人々の恨みが爆発した。彼らは、一般社会への恨みを持ち続けていた。復讐したいと考える者が多数いた。だから、あそこまで過激な、暴力を伴う運動に発展した。

令和の時代に、その人が部落出身かどうかを気にする人間は少ないだろう。部落に生まれようと、生まれまいと、その人の人生に何らの影響もないかである現代都市環境においては、その場所被差別部落だったかどうか、一見ではわからなくなっている。※道幅や道路改良の跡でわかることもある。山地や川べりにあるタイプ部落も、分かる人間であれば判別がつく。

部落というのは、文化的意味では、もうほとんど存在しないといっていい。しかし、人はタブーに惹かれる性質を持っている。「穢れ」という概念は、今の時代を生きる人間も持ち合わせている感覚である(人が触ったパンや米粒は食べたくないはずだ。安全性保障されていたとしても)。だからインターネットなどでは、若い人達部落について語り合うことができる。彼らは、昔の人々がどのような「穢れ」を持っていたのか気になるらしい。

被差別部落に生まれた一個人として、現代人の意識から、この「部落」という言葉がいつの日か消えることを祈っている。いずれは完全なる死語となり、教科書の中だけの言葉になることだろう。子どもの時分から解放運動に携わってきた者として、そんな未来を望んでいる。

あなた達の政治運動には迫力が足りない


https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=730608&comment_sub_id=0&category_id=256

小森龍邦氏死去、88歳 元衆院議員部落解放同盟広島県顧問

 解放運動の巨星がまたひとつ墜ちた。私もあと十年生きるか怪しい身である自分政治運動に対する考えを少しばかり綴ってみてもいいだろう。

 上のニュースの人は、かつて解放同盟事務方トップだった方だ。昭和7年に広島県東部被差別部落に生まれ中高生の時分から老年に至るまで部落解放運動に携わってこられた。

 私が活動していた地域とは遠く離れているが、それでも半年に一度は彼の実家の傍にある、ちんまりとした選挙事務所へ行き、地元産のワインを飲みながら語り合ったものだ。

 私などが知己と呼ぶのがおこがましいほど尊敬できる人格の持ち主だった。家族地域や仲間のためであれば、危険を顧みずに行動する力を持っている。それでいて、思慮深いうえに頭の回転が速く、無謀な策を講じたりはしない。講じるとしたら、背後に確かな計算を持っている。そういう方だった。

 それが、こんなに早くにお亡くなりになってしまった。悔しい限りだ。

 私の番はいつ来るのだろう。運が良ければ二十年は生きられるかもしれない。運が悪ければ数年後か。その前に、自分の想いを吐き出す機会が欲しい。



 さて、表題意味について。あなた達の政治運動には『迫力』が足りないとは、どういう意味か。

 言葉どおりの意味だ。特に伝統的な分野、例えば労働組合などが挙げられる。昔に比べて弱体化が著しい。

 企業ごとの組織率は低下し、労働者組合加入率も低下し、賃金は下げられ放題、追い出し部屋希望(半強制退職蔓延も放っておかざるを得ない。数十年後には、労働組合というもの事実上消滅していてもおかしくはない。

 また、高校大学など、学校内の自治を求める活動もそうだ。私は元高校教師だが、昔に比べれば、学生たちが自ら声を上げて学校ルールを変革するために動くことは減っている。感覚としてはそうであり、数字においてもそうなっている。悪い意味で、子ども大人のいいなりになっている。

 反対に、成功しつつある政治運動もある。

 近年話題になったものだと、#MeToo運動だ。女性がこれまでに男性から受けた、性を主とする嫌がらせ公共の場告発することをいうようだ。

 日本ではそこまで定着しなかったが、本場のアメリカでは著名な人物の一部が職や名誉を失っている。最悪の場合は、裁判により実刑判決を受けることになる。

 LGBT社会運動も、社会価値観を変革しつつある分野のひとつだ。

 大衆消費社会が訪れてそうまで時間も経たない頃から同性愛者としてのカミングアウト文学活動デモ行進芸能界での活躍自分たちを侮辱する者に対する訴訟提起(府中青年の家裁判)、ゲイであることを周囲に言いふらした者及びその所属校への糾弾一橋大学アウティング事件)など、仲間の権利を守るための諸活動を行ってきた。

 以前は、映像作品において、同性愛者が精神異常者として描かれるのは当たり前のことだった。子ども向けのアニメなどでもそういった描写があったが、昔に比べればなりを潜めているように思える。批判を恐れて、ゲイレズビアン人達を描けなくなっているだけかもしれないが。

 これらの成功している政治社会運動には、共通する点がある。

 相手の痛いところを突いていることだ。

 この方針なくして勝利はない。しかし、近年の伝統的な政治運動の類を見る限り、相手の痛いところを見抜くことができる知性、または攻撃する度胸を欠いているように思う。

 特に組合関係団体がそうである。昔の労働組合は、使用者と刺し違える覚悟があった。

 意図的給与の支払いを遅らされても、当局側が雇った暴力団に夜道で襲われても、工場社員寮ごとロックアウトされても、それでも不屈の覚悟で戦い抜いてきた。

 それが今では、使用者の言いなりとなり、組織から仲間を追い出すための行為に協力している。情けない限りだ。



 話が逸れた。

 相手の痛いところを突くことの具体例として、昭和40年頃の話をする。私の高校時代の級友の話である。K君とする。

 高校二年の時だった。夏の午後の授業中に、ある教師教室の窓の向こうにある山を指さして言った。「お前らみてみい、あの山にはよっつが住んどる」(※手の指が四本であるという意味

 その教師は、部落に住んでいる人間馬鹿にしたのだ。当時はまだ、被差別部落生活する人々と、それ以外との間に貧富の差があった。馬鹿にされやすかった。

 どれだけ悲惨生活だったか、今の生活と対比しながら述べると、家にトイレはなく(集落で共同のトイレだった)、上水道は通っておらず、生活汚水は外に垂れ流しであり、雨樋や排水溝がないので大雨が降ったら屋内は水びたしになっていた。

 家族食卓を囲んだ光景にいい思い出はない。口に出して述べたくないし、思い出したくもない。

 さて、その男言葉に頭にきたK君は、翌日に地域の仲間(私を含む)を連れて職員室に入っていった。K君が連れてきた解放委員会の男が怒鳴ったのを覚えている。「教頭、どういう教育をしとる!」という大声に、周囲に緊張が張り詰めた。校長までやってきた。

 その教師に向けて、「そんなことは言ったらいけんど」と説得しようとしたものの、それ以前の問題だった。その教師は、私達の質疑に対して、最後までしらを切り通したのだ。「そんなことはしていない」と言い張った。

 このままではK君の立場が危ういわけだが、私にはどうすればいいかからない。しかし、協力をしたかった。

また翌日、K君は教室の中で証言者を探すために、級友の前で声を上げた。「このままでは俺は嘘つきになってしまう。証言をしてくれ」と皆に伝えた。が、私ともう一人か二人以外に協力者は出なかった。

 次の日だった。今度は、級友一人一人と話をする作戦に切り替えた。校庭に級友を呼び出し、どうして協力してくれないのか、と訴えたのだ。それでも駄目だった。みな、「それは勘弁してくれ」と言うばかりだったという。

 さらに次の日、K君は50枚ほどのA6程度の大きさの小紙を持ってきた。それを級友の一人一人に渡して、「これに証言を書いてくれ。後で預かる」とお願いして回ったのだ。

 翌週、K君は再び、地域の仲間と、同じ地区解放委員会役員を連れて校長室に入っていった。私は外で待っていたが、勝利確信していた。K君は、20枚以上はあろうかという紙の束を持っていたかである

 その年度の末をもって、その教師は異動になった。県内の一番端にあるエリアに転勤していった。彼はまだ赴任して2年目だったこから、今回の作戦が功を奏したとみていいだろう。

 この、K君の動きを間近で見たことが、私が政治運動を志したきっかけだった。



 今度は、少し規模の大きい話をしよう。

 それから三十年以上が経って、平成の初期だったと記憶している。被差別部落生活文化的環境改善するという一連の政策国会での議決を受けてから、長い時が経っていた。

 K君の事件きっかけにして、私は解放委員会正式に加入し、高校社会科を教えながら政治運動に身を投じていた。40になる頃に教師を辞めて、今度は別の公職に就いた。

 ある年の冬だった。私が活動していた県の幹部職員が、「同和関係補助金はすべて凍結する」と、あろうことか県議会で答弁した。

 寝耳に水だった。まさか、そんなことはあるまいと考えたが、確かな事実だった。議会答弁はテレビ中継もされていた。

 当時、私が所属していた団体幹部が全員呼び出され、偉い方々から対策を指示された。それぞれの支部からも、来年度の予算について雨後の筍のように質問が寄せられていた。

 発砲ふさがりかと思われたが、ふと、K君のことを思い出した。彼はもう立派な社会人であり、解放委員会からも抜けていた。それでも藁にすがる思いで相談に行こうとしたものの、気が乗らない。

 彼に迷惑をかけるのでないかという想いもあったが、何よりも私個人の意地だった。同和教育人権思想を啓もうする活動を担う一員である以上は、自分達の力で解決せねばならないという気概があった。

 とはいえ、K君と話をしたかった。結局、正式相談ではなく、共に食事をしながら今回の件について話し合うという形式を取った。K君は、「ここで折れたら前例になろうが」という話からまり、諸々の助言をいただいた。今でも感謝している。

 後日、県の横暴に対する対抗策がまとまった。開始時期は、一週間後とした。

 数万人規模の組織で、ここまでの速度で動くのは無理がある。組織全体の足並みが揃わなくなる恐れがあったが、予算全凍結は目の前だった。

 まずは、各自治体の教育委員会オルグ実施した。

 あの時のK君のように、各市町の教育委員会庁舎に数人で飛び込んだなら、「どうしてこんな卑劣なことをするのか。子どもらが人権意識もつための活動ができなくなっていいのか」というメッセージを何時間にも渡って、毎日伝え続ける。

 庁舎の外には最大100人程度を待機させていた。みなそれぞれ、横断幕拡声器を使って、スローガンを堂々たる態度で表し、相手方にこちらが本気であることを知らせた。朝方から始まって、日中は休憩を挟みながら、日が沈む頃まで毎日続けた。

 場所関係なかった。公共機関であれば、どこででも実施した。教育委員会だろうと、市役所入り口だろうと、学校門前だろうと、警察署の前だろうと、県会議員の自宅の玄関だろうと、場所関係なかった。

 かつて、私たち基本的人権の享有を受けられなかった。その歴史を繰り返してはならない。私たちは本気だった。

 議会での答弁から半年後、私達の本気は伝わった。予算の凍結が撤回されたのだ。

 これまでと同じように、これまでと同じだけの金額子ども達への教育活動個別学習会や勉強会に使うことができるようになった。

 私たちは、相手の痛いところを突いた。突き上げを受けた教育委員会は、通常の業務を行うにあたって支障が出る。日中は、私たちが絶えず抗議をするので、それに対応せざるを得ないからだ。

 それが数日であれば持ちこたえるだろうが、何か月にも及ぶとさすがに根を上げる。

 「予算の凍結はやめてくれ。現場がもたない」と各市町とその教育委員会は、県の決定に抗議する流れができる。

 さらに長い期間に渡って続けば、県としても、予算の凍結の続行と、各市町の疲弊とを天秤にかけざるを得なくなる。

 私たち勝負に勝った。

 相手の痛いところを突けばいいというものではない。こちらも痛い目を見る覚悟必要だ。というのも、現実的には、まずはこちらが痛い目を見る可能性が高いからだ。

 上記場合、県による予算凍結の撤回を求めて戦うにあたり、相手方に攻勢をかける必要があったわけだが――初期の段階が一番苦労した。まず、動員をかけても会員は集まりにくかった(当事者意識の欠如)。これがただの動員ではなく、緊急事態を打破するための闘いであることをわかってもらうために熱弁を振るう必要があった。この説得のための活動、すなわち県内支部巡りに最も時間を要した。

 人が集まり相手方に攻勢をかけることができるようになったとして、最大のリスクがある。警察通報されることだ。特に要職にある者が動けなくなるのはまずい。敵にとっての追い風になる。

 今回は、そうした事態が起こることはなかった。絶対暴力行為脅迫行為をしてはならないと、組織内で固く申し合わせをしていたからだ。

 私が若い頃の解放運動だと、警察など介入する余地はなかった。デモ活動オルグ最中通報があって警察官が駆け付けたとしても、我々を見て尻込みをするのは当たり前で、あちらの方が逃げ出すこともあった。

それほどまでに、当時の私たちは気迫に満ちた政治社会運動をしていた。物事に対する「本気」というものが、警察すら怯えさせるほどに昇華されていた。

 時が経ち、平成時代になると、部落に住む人々も豊かになったこともあり、ハングリー精神が見えなくなっていた。集団の気迫はすっかりと消えてしまい、周りから見ると――デモ活動の全てが滑稽なものに映るようになっていた。満たされた人間政治運動はできない。それだけのことだった。

 ところで、予算凍結に対する対抗策の実施にあたり、最大の懸念事項があった。

 県と市町との連携だ。もし、予算凍結の議会答弁を打つよりも前に、県議会が各市町に根回しを行い、さらに我々を抑えるための手を考えていたとしたら、負けていた可能性が高い。

 逆に言えば、同和対策事業に関する予算の凍結という重大事項について、事前に各市町と連絡調整をしないというミスを県が犯したからこそ、我々は勝利することができたと言っていい。



 最後になる。

 相手の痛いところを突くこと、その直近の事例としてミャンマーデモを挙げたい。

 アウンサンスー・チーを頭に据える民主派が勝つにはどうすればいいだろうか?

 武力では国軍に勝てない。ならば、「国軍は間違っている」というメッセージを、自国内と国際社会に訴えかけるしかない。

 経済面ではゼネラル・ストライキを行い、社会面では民主的思想制度について啓もう活動を行い、政治面では大規模デモによって世界に窮状をアピールする。

 アメリカがすでにミャンマーへの経済制裁を行っているし、世界的な空気として、国軍より民主派を推す声が大きいのは間違いない。

 民主派のやり方というのは、それでいい。とことん大きなデモを打って、自分達の正義アピールする。

が、その代償として、民主派は多くの命を失っている。つい先ほど、未成年デモ参加者が銃で撃たれて亡くなったというニュースが飛び込んできた。先日のデモでは50人以上が亡くなったという。

 民主派グループの中でも、指導者に近ければ近い者ほど、身体危険が迫る。国軍にしてみれば、今が正念である世界各国から評価が低下することを気にかけず、民主派指導者層を徹底的に弾圧し、デモ活動を先導する者を少なくし、事態を膠着状態に陥らせ、軍事政権を持続させるとともに――軟禁しているアウンサン自然死を狙うメリットの方が大きい。

 もし日本が、ミャンマーのように危険状態だったとして、あなたが立ち上がって戦わねばならなくなった時、どういう心構えで、どういう行動を取るべきだろうか? 相手の痛いところを突くために、どこまでのリスクを背負えるだろうか?

 その問題に直面していたのが、私が生まれ時代よりもさらに昔、明治以降被差別部落に暮らす人々だった。あまりに苦しい生活環境であるがゆえ、生存権を得るために戦わねばならなかった。しかし、どうやって戦えばいいのか?

 多くの者が基本的人権を得るために戦い、痛い目に遭いながらも戦いを続け、そして今の、(経済的意味に限っては)被差別部落問題解決した現在に至る。

 あなた人生にとって、重大な戦いをせねばならない時がくるはずだ。その時に、どういった行動を取ればいいのか、当日記がその際の助けになれば幸いだ。

 40代以下の若い人に向けて、このトピックを書いたつもりだ。あちらへ、こちらへとぶれた文章になって申し訳ない。読み返してみると、まとまりのなさに驚いている。ご容赦いただきたい。

 あなた幸せのあらんことを。

2021-03-07

アニメ『おちこぼれフルーツタルト』と小金井市コラボただちに止めなければいけない理由

1.女性差別を促進する可能性があるから

女子高生』という男の欲望の詰まった年齢層の『萌えアニメ』という、女性身体性的客体化した

コンテンツ女性差別を促進する可能性があると牟田和恵氏や小宮友根氏によって指摘されている一方で、

差別を促進しないという証明はなされていないにも関わらず、地方公共団体がそのようなコンテンツ宣伝をすることは不適切から

2.多くの女性不快にさせるから

萌えアニメキャラを見るとそれに発情してハァハァしている醜いオタク想像して不快になる女性が多数いるにも関わらず、

地方公共団体という公共性の高く「嫌だから見ない」という選択が取りづらい機関コラボすることは不適切から

3.ヘイトであるから

小金井市はいかなる国民人種民族に対しても開かれています』と口では言っていたとしても、

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

イサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

ウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

コロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。

からネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になります

同様に、市が萌えアニメコラボするのは「フェミニストはここに来るな」

と言っているのと同じなのであり、ヘイトスピーチをしているのと同じであるから

4.有害から

萌えキャラを見るだけで一部のフェミニスト社会学者弁護士

彼ら・彼女らを支持する人は理性を失い、自分キャラクターの区別がつかなくなり、

わけのわからない主張を始めるようになるという害が明らかに存在するにも関わらず、地方公共団体宣伝するのは不適切から

5.人命尊重のため

女性性的な部分だけを客体化した萌えアニメキャラ地方公共団体がが使う

現実女性性的に扱うことも問題ないと勘違いする

性犯罪刑務所行き

出所しても生活苦

わたるが死んじゃう!

となることを未然に防ぐことが必要から

6.政治的中立ではないか

そもそも日本騎馬民族による征服者トップであった天皇に従う者が被征服者

被差別部落民、サンカ隼人蝦夷アイヌ琉球民族などを近代以前から搾取し、

近代以降は朝鮮人中国人などのアジア人搾取してその上に成り立ってきた

世界で一番罪深い民族であるから民族意識・国民意識を捨て去り反日闘争を闘った同志(世界革命浪人

以外の日本人は滅びるべきだという主張をする人もいるのに、

そのような意見考慮せず、日本人の生活を良くすることは良いと無条件に考えることは政治的中立ではないから。

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・日本文学

方針

森鴎外舞姫

留学先で女性妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしま自分がいて、実はこれ、レトリック文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分おすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい

余談だが、鴎外自身東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなた写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りうまいよな。

樋口一葉にごりえ

古風な文体挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文いるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。

舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソード結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。

泉鏡花高野聖

僧侶山間で美しい妖怪出会う話。文庫ちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズ日本の近現代文学作家ベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。

話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。

国木田独歩武蔵野

とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分リズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。

夏目漱石吾輩は猫である

我輩を吾輩に修正

ここ最近漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本近代文学開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。

で、肝心の内容だが。基本的おっさんおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。

余談だが漱石留学時代日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。

島崎藤村破戒

素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。

被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。

田山花袋蒲団

女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的ダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまたか

で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。

有島武郎或る女

読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。

志賀直哉小僧の神様

読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテいからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。

ちなみに、自分が初めて関係を持った女性貧乳だった。だがそれがいい

お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐視点の「児を盗む話」もよかった。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品日記もあって、そうした印象ばかり残っている。

関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。

宮澤賢治銀河鉄道の夜

めんどくさいファンがいることで有名な作家全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。

思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。

江戸川乱歩押絵と旅する男

知り合いにいつもぬいぐるみキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫全集でだった。

横光利一機械

狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫場合表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人夜逃げする「時間」と、ナポレオンヨーロッパ征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。

谷崎潤一郎春琴抄

実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章リズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中生活爆弾が実際に降ってくるまでは震災コロナでただよう自粛雰囲気そっくりだったこととよくわかる。

ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロイン名前が母と同じだったのですっかり萎えしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。

夢野久作ドグラ・マグラ

ミステリ編参照。anond:20210215101500

川端康成雪国

高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生川端康成エロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコン発症させたことくらいだろう。

太宰治斜陽

太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇パーソナリティの偏りや性的虐待疑惑に求める説は多いが、そういう心理普遍的ものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。

もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。

三島由紀夫仮面の告白

天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれ文章のせいかもしれない。

武田泰淳ひかりごけ

極限状況下でのカニバリズムテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニーク小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。

人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?

安部公房砂の女

祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカ父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカ男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。

大西巨人神聖喜劇

未読。不条理陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分戦争もの小説漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。

これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。

大江健三郎万延元年のフットボール

大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。

燃え上がる緑の木」は新興宗教原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリック宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。

萩原朔太郎『月に吠える』

大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現ひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである

福沢諭吉福翁自伝

祖父学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。

子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。

正岡子規歌よみに与ふる書

読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。

石川啄木時代閉塞の現状』

ローマ字日記しか読んだことがない。たぶん日本最初フィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。

小林秀雄『様々なる意匠

詩集翻訳しか読んだことがない……。

坂口安吾堕落論

堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇天武天皇家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。

哲学編に続く→anond:20210222080300

関係ないけど芥川が載ってないのは納得できないぞ。

2021-02-17

日本赤十字アニメゆるキャン』とコラボした献血キャンペーンを止めるべき5つの理由

https://www.bs.jrc.or.jp/ktks/yamanashi/2021/01/post-255.html

1.女性差別を促進する可能性があるから

女子高生』という男の欲望の詰まった年齢層の『萌えアニメ』という、女性身体性的客体化したコンテンツ女性差別を促進する可能性があると牟田和恵氏や小宮友根氏によって指摘されている一方で、差別を促進しないという証明はなされていないにも関わらず、赤十字という公共性が高い機関がそのようなコンテンツ宣伝をすることは不適切から

2.多くの女性不快にさせるから

萌えアニメキャラを見るとそれに発情してハァハァしている醜いオタク想像して不快になるにも関わらず、赤十字という公共性の高い場所で「嫌だから見ない」という選択が取りづらい場所コラボすることは不適切から

3.ヘイトであるから

赤十字献血ルームはいかなる国民人種民族に対しても開かれています』と口では言っていたとしても、

入り口ヒトラー銅像が飾られていたら「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

イサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

ウルバヌス2世の銅像が飾られていたら「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

コロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になる。

同様に、献血ルーム萌えアニメポスターがあるのは「フェミニストはここに来るな」と言っているのと同じなのであり、ヘイトスピーチをしているのと同じであるから

4.有害から

萌えキャラを見るだけで一部のフェミニスト社会学者弁護士や彼ら・彼女らを支持する人は理性を失い、自分キャラクターの区別がつかなくなり、わけのわからない主張を始めるようになるという害が明らかに存在するにも関わらず、赤十字宣伝するのは不適切から

5.人命尊重のため

女性性的な部分だけを客体化した萌えアニメキャラ赤十字という公共性の高い機関が使う

現実女性性的に扱うことも問題ないと勘違いする

性犯罪刑務所行き

出所しても生活苦

わたるが死んじゃう!

となることを未然に防ぐことが必要から

6.政治的中立ではないか

そもそも日本騎馬民族による征服者トップであった天皇に従う者が被征服者被差別部落民、サンカ隼人蝦夷アイヌ琉球民族などを近代以前から搾取し、近代以降は朝鮮人中国人などのアジア人搾取してその上に成り立ってきた世界で一番罪深い民族であるから民族意識・国民意識を捨て去り反日闘争を闘った同志(世界革命浪人)以外の日本人は滅びるべきだという主張をする人もいるのに、そのような意見考慮せず、日本人の人命を救うことは尊いと無条件に考えることは政治的中立ではないから。

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