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はてなキーワード: 朝鮮語とは

2019-10-14

朝鮮のある少年物語

 その朝、ぼくは学校に行くのがひどく遅くなってしまい、それに高森先生がぼくらに連体詞について質問すると言ったのに、まだ一言も覚えていなかっただけに、叱られるのがすごく怖かった。いっそのこと授業をさぼって、野原を駆け回ってやろうかという考えが頭をかすめた。

 すごく暖かくて、よい天気だった!  森の外れではツグミが鳴き、原っぱでは、製材所の向こうで、アメリカ兵たちが教練をしているのが聞こえた。どれもこれも連体詞規則よりはずっと面白そうなことばかりだった。だが、ぼくは誘惑に打ち勝つことができて、大急ぎで学校に走って行った。役場の前を通りかかると、金網を張った小さな掲示板そば大勢の人が立ち止まっているのが見えた。二年このかた、敗戦だの、徴発だの、アメリカ政庁命令だの、悪いニュースは全部そこから出て来るのだった。で、ぼくは止まらずに考えた。

 「今度は何かな?」 すると、ぼくが走って広場を横切ろうとしたとき見習い小僧を連れて掲示を読んでいた鍛冶屋親方が、ぼくに向かって叫んだ。

 「そんなに急がなくてもいいぞ、ちび。学校なんて、いつ行っても遅れはしないからな!」

 ぼくはからかわれているんだと思った。で、はあはあ息を切らせながら高森先生の小さな学校中庭に入って行った。ふだんだと、授業の始まるときは大騒ぎで、勉強机を開けたり閉めたりする音や、よく覚えるため耳をふさいで、みんながいっしょにその日の授業を大声で練習するのや、それからまた先生が大きな定規で机をひっぱたいて、「ちょっとかに!」と怒鳴るのが、道まで聞こえてくるのだった。

 ぼくはその騒ぎを利用してこっそり席にもぐり込むつもりだった。ところがちょうどその日は、まるで日曜の朝みたいに、すべてがひっそりしていた。開いた窓から、仲間がもうきちんと席に並び、高森先生が恐ろしい鉄の定規を小脇にかかえて、行ったり来たりしているのが見えた。戸を開けて、それほどしんと静かな真ん中に入って行かなきゃならなかった。ぼくがどんなに赤くなり、びくついていたか、分かるでしょう!

 ところが、そうじゃない! 高森先生は怒りもせずにぼくを見て、とても優しく言った。

 「さあ、早く席について、ジソン君。君がいないけれども、始めようとしていたんだ」

 ぼくは腰掛けをまたいで、すぐに自分勉強机に坐った。その時になって、やっといくらか怖さがおさまって、先生が、視学官の来る日や賞品授与の日にしか着ない、立派な羽二重の紋付袴を着込み、細かいひだのついた帯飾りをし、刺繍した黒い絹の絹の帽子かぶっているのに気がついた。その上、教室全体が何かふだんと違って、厳かな感じだった。

 けれども一番驚いたのは、教室の奥の、ふだんは空いている腰掛けに、村の人たちがぼくらと同じように、黙って坐っていることだった。三角帽子かぶったスニル老人、元村長、元郵便配達人、それからまだ多くの人たちも。その人たちはみんな悲しそうだった。そしてスニルさんは縁がいたんだ古い初等読本を持って来ていて、それを膝の上にいっぱい開き、大きな眼鏡を両ページの上にまたがって置いていた。

 ぼくがそうしたことにびっくりしているうちに、高森先生は教壇に上がり、さっきぼくを迎えてくれたのと同じ重々しい声で、ぼくらに言った。

 「みなさん、私がみなさんに授業するのは、これが最後です。朝鮮学校では、これから朝鮮語だけを教えることという命令が、アメリカ政庁から来ました……。新しい先生明日ます今日はみなさんの最後日本語の授業です。熱心に聞いて下さい」

 その言葉を聞いて、ぼくは強いショックを受けた。ああ!ひどい奴らだ、さっき役場掲示してあったのはそれなんだ。ぼくの最後日本語の授業だって!…… ぼくときたら、やっと日本語を書ける程度なのに! このままの状態でいなくちゃならないわけだ!……

 今になってぼくは無駄に過ごした時間のこと、鳥の巣を探して歩いたり、川で氷遊びをするため、欠席した授業のことを、どんなに悔やんだことだろう!

 ついさっきまではあれほど嫌で、持って歩くのも重く感じていた文法歴史などの教科書が、今では別れるのがひどく辛い友達のように思われた。高森先生も同じだ。先生はいなくなり、もう二度と会いないのだと思うと、罰せられたり、定規でたたかたことも、みんな忘れてしまった。お気の毒な人!

 先生はこの最後の授業のために立派な晴れ着を着て着たのだった。そして今になってぼくは、村の老人たちが何で教室の隅に着て坐っているのかが分かった。それはもっとしょっちゅうこの学校に来なかったことを、悔やんでいるらしかった。そしてまた高森先生が四十年間も尽くしてくれたことに感謝し、失われる祖国に敬意を表するためでもあったのだ……

 そうした思いにふけっている時、ぼくの名前が呼ばれるのが、聞こえた。ぼくが暗唱する番であった。あのややこしい連体詞規則を、大声で、はっきり、一つも間違えずに全部言えるためなら、どんなことだってしただろう。だが、ぼくは最初からまごついてしまって、悲しみで胸がいっぱいになり、顔も上げられずに、自分腰掛けのところで立ったまま体を揺すっていた。高森先生の言う声が聞こえた。

 「怒りゃしないよ、ジソン君、もう十分罰は受けていはずだからね…… ほらそうして。誰でも毎日思うんだ。なあに! 時間たっぷりある。明日覚えりゃいいって。ところがその結果はどうだね…… ああ! そんなふうに教育などは明日に延ばしてきたのが、わが朝鮮の大きな不幸だった。今あの連中にこう言われたって仕方がない。なんだ! おまえたちは日本人だと言い張っていたくせに、自分言葉を話せも書けもしないじゃないか…… でもそうしたことはみんな、かわいそうなジソン、君が一番悪いわけじゃない。われわれはみんなたっぷり非難されるべき点があるんだよ。

 君たちの両親は、君たちにぜひとも教育を受けさせようとは思わなかった。それよりほんのわずかな金を余分に稼がせるため、畑や紡績工場に働きに出す方を好んだ。私だって自分とがめる点はないだろうか。勉強するかわりに、よく君らに私の庭に水をやらせなかったか? それから釣りに行きたくなった時、平気で休みにしなかったろうか?……」

 それから高森先生は、次から次へ日本語について話を始めて、日本語世界一番美しく、一番明晰で、一番がっしりした言語であると言った。そして日本語自分たちの間で守って、決して忘れることのないようにしなけらばならない。なぜなら一つの国民奴隷となっても、その国民自分言語を持っている限りは牢獄の鍵を持っているのと同じだと…… それから先生文法の本を取り上げて、今日課業を読んでくれた。ぼくはそれがあまりによく分かるのでびっくりした。先生の言うことが、みんなやさしく感じられた。これほどぼくがよく聞き、先生の方でもこれほど辛抱強く説明したことはないと思う。気の毒な先生は、自分がいなくなる前に自分の知っている限りのことを全部教え、それをぼくらの頭に一気にたたき込んでしまおうとしているみたいだった。

 課業が終わると、次は習字だった。この日のために、高森先生は真新しい手本を用意してきていた。それには美しい丸い書体で、「日本朝鮮日本朝鮮」と書いてあった。まるで小さな国旗勉強机の横棒にひっかかって、」教室中にひるがえっているみたいだった。みんな熱心で、それに静かだったことだろう! ただ紙の上を走るペンの音しか聞こえなかった。一度などは、黄金虫が何匹か入って来た。だが、誰も気を取られたりせず、うんと小さな子供たちさえそうだった。彼らはまるでそれも日本語であるかのように、心を込めて、一所懸命、縦線を引っぱっていた…… 学校屋根の上では鳩が小声でクークーと鳴いていた。それを聞いてぼくは考えた。

 「いまにあの鳩たちまで、朝鮮語で鳴けと言われやしないかな?」

 時々、ページの上から目を離すと、高森先生はまるで目の中に自分の小さな学校建物そっくり収めて持って行きたいと思っているように、教壇の上でじっと動かずにまわりの物を見つめていた…… 考えてもごらんなさい! 四十年来、先生はその同じ場所に、中庭を正面に見て、まったく変わらない教室にいたのだった。ただ腰掛け勉強机が、長年使われて、こすれて磨かれただけだった。中庭くるみの木は大きくなり、彼が自分で植えたホップは今では窓を飾って屋根まで伸びていた。気の毒な先生にとって、そうしたものにみんな別れ、そして頭の上での部屋で妹が、荷造りのために行ったり来たりしている音を聞くのは、どんなに悲痛なことだったろう! なぜなら明日は二人は出発し、永久にこの土地を去らねばならなかったのだ。でも先生勇気をふるって、ぼくらのため最後まで授業を続けた。習字のあとは歴史勉強だった。それからさな生徒たちが声をそろえて「五十音」の歌を歌った。あちらの教室の奥では、スニル老人が眼鏡をかけて、初等読本を両手で持って、子供たちといっしょに字の綴りを読んでいた。老人も一所懸命なのがよく分かった。感激して声が震えていた。それを聞いていると実に奇妙で、ぼくらはみんな笑いたく、そしてまた泣きたくなった。ああ! ぼくらはその最後の授業のことをいつまでも忘れないだろう。

 突然、学校の大時計が正午を打った。それに続いて鐘の音が。それと同時に、教練から帰って来るアメリカ兵のラッパの音が、窓の下で鳴り響いた…… 高森先生は真っ青になって、教壇に立ち上がった。先生がそれほど大きく見えたことはなかった。

 「みなさん」と、彼は言った。「みなさん。私は…… 私は……」

 でも、何か胸につまった。終わりまで言えなかった。そこで先生は黒板の方に向き直り、一片の白墨を手に取って、全身の力を込めて、精いっぱい大きな字で書いた。

 「天皇陛下万歳

 それから頭を壁に押しつけたまま、そこに立っていて、口はきかずに、手でぼくらに合図した。

 「おしまいです…… 行きなさい」

2019-10-11

チンポム批判しているおじさんの動画

チンポム動画の聞き取れないところ?を「たぶん朝鮮語日本を悪く言っている」とか喋っていて「あっ」ってなったんだけどみんなはならなかったの?

2019-08-14

知的だったはずの人がデマからんでくる

少女像はもともと米軍戦車に轢かれて死んだ中学生の像を流用したものだった」とか、「慰安婦強制連行朝日新聞捏造に過ぎず実際には強制連行はなかった」とか、「既存メディア朝鮮人に乗っ取られている」とか、そういうの。

それなりに知性もリテラシ分別もあると思っていた、いい歳をした大人が、ちょっと調べればわかるようなデマを信じてTwitterで暴れている。妙なまとめサイトや、妙なYoutube動画や、あやまったら死ぬ患者Twitter垢とかを見て、感化されたらしい。それらをせっせとツイートしてる。

それだけならいいんだけど、問題は私もからまれしまたこと。

リアルで面識のある人だけに頭が痛い。

その人は、あったことをなかったことにして自己正当化をするのが愛国心だと思っている。日本にとって不都合なこと(私に言わせれば旧大日本帝国にとって不都合ってだけのこと)を流すメディア反日だと思っている。

以前はそんなふうじゃなかった。今だって全面的にそんなふうってわけでもない。いままで通りのところもある。だんだんデマを信じるようになり、だんだんデマ拡散することが多くなってきて、最近ではデマを元に他の人にからむようになってきた。

認知症とかそういう病気かもっていう心配もあるけど、現実的には余計なことはせず距離を置くだけにしとくのがいいんだろうね。分断?ってこうやって広がっていくんだな、って思った。悲しい。

 

追記

慰安婦像は、女子中学生2人が在韓米軍装甲車にひかれる事故で亡くなったのを追悼して作ったところ、日本との慰安婦問題が出てきたので、それを今、慰安婦像にしていると聞きましたが、真実でしょうか」という質問に対し、産経新聞社会部編集委員で元ソウル支局長加藤達也さんは次のように答えています

「当時の記録を調べましたところ、米軍装甲車女子中学生轢過事件の後にできた像と、慰安婦の像は別物です。デザインが違います。もう少し調べたいと思っておりますが、今のところ関係ないと思っています

ソース: http://kokuminkaikan.jp/chair/detail20170617.html

産経の偉い人が「別物です」って言ってるのはわりと信用できそうな気はします。

あと、その別物っていう装甲車事件を記念して作られたという記念碑は、これらのページで見ることができます。どっちも朝鮮語ですが機械翻訳にかければだいたい意味はわかります。鉄製の四角いモニュメントが2つペアになったものみたい。

http://www.hani.co.kr/arti/society/area/795116.html

http://www.vop.co.kr/A00000511198.html

ここまではちょっと検索すれば見つかるんですが、轢かれた中学生の像を転用したっていうことが確認できるソースは見つかりません。感想で言えばデマ、公平に見ても真偽不明で、事実って言えるのは変かなと思います。私が変なのかもしれませんけど。

2019-07-02

シークレットガーデンが神ドラマすぎる、

この度、韓国ドラマファンから距離を置いてバリバリジャニオタになっていた私は、

久しぶりに「シークレットガーデン」を観ている。この作品は定価でDVDを買い、ファンブックやらサントラも買い、映像を持っていながら地上波でもBSでも3度くらい見た伝説作品字幕をみなくてもバッチリわかるくらい( 笑 )

DVDサントラ以外は売ってしまったしなんだか熱は冷めてしまったけれど、

BSで見ていた頃の木曜日のしあわせな気持ち、夜中に喘息の発作で救急病院に行ったときも、「シークレットガーデン」を観るためにがんばろうとベッドに横たわっていた自分を思い出した。

1話なんて、韓国ドラマヒロイン主人公)が報われず、苦しくて仕方ないものが多いが、ジャニオタになってからの苦しみに比べたら小さいものかもしれない。

ジャニーズ事務所に対しては

ややアンチ気味→事務所もすき!→いや、やっぱり信じられないわ(いま)

って感じの推移で気持ちが変動している。

事務所のおかげで奇跡があって、推しデビューし、メンバーが集まり、様々な作品が生み出された。それは事務所のおかげだと思うけれど、少しずつ周りを見れば考えられないことが沢山あって、肯定派が洗脳されているような気もして。自分はどうにか洗脳的な考えから抜け出した。

(未だに推してるし、ファンクラブ入ってるけど)

私の三日坊主で熱しやすく冷めやす性格でも、ずっと好きでいられるような気がしていたのに。

でも、いまの私の推しジャニーズ事務所にいないし、その人が好きなのは変わらなくて、昔のジャニーズ時代のものを見ても狂信的に「かわいい」とか言ってるから所詮こんなものだろうけれど、

でも、いまはまだ整理がつかない。

私の気持ちが固まる前にもしかしたら推しグループはなくなってしまうかもしれないし。できればそんなことになる前にオタクからソフトファンになりたい。

それにしても、ジャニオタになってからも、頑張って韓国ドラマを観ようと足掻いてはいたのだ。

「ああ私の幽霊さま」「未来選択」「ゴーバック夫婦」など観たけれど、それなりに好きなのに、いまいち気持ちは戻らなかった。その隙間にジャニーズが入り込んだ感じだ。

いまは、ジャニ断ちをしたくて。無理やりでも。ドラマの影響で自分研究対象にまでしてしまった朝鮮語から、なんとか韓国ドラマが好きだ!という方向に戻したいのだが、いまいちで、とりあえず「シークレットガーデン」を見始めたところだ。やっぱりおもしろものおもしろい。

まだ主役級じゃないイ・ジョンソクくん、「君を愛した時間」や「ピノキオ」ではユンサンヒョンさんがハ・ジウォンさん、イ・ジョンソクくんとそれぞれちょこっと共演してたなあ。なんて。思い返せばここの繋がりからカメオ出演したのだろうし、

このドラマ流行たことばも、シガ中毒ライムの着信音も、懐かしいし、なによりライム女性としての姿がかっこよくて、あいかわらずドギマギしてしまう。

中学生の私、ライムに憧れていたなあ。

って考えていたらジャニ断ちも夢ではないかも?

2019-05-29

金玉均っていう名前はまず漢字でウワッてなるのに朝鮮語の読みだとキム・オックン (김옥균) らしくてもう一度ウワッてなる。

グーグル翻訳に김옥균を発音させてみると「キモックン」みたいな感じなので、キモい人のあだ名みたいな感じで、こいつ自身は悪くないのにただ日本人視点から見ると名前だけでウワッてなってかわいそうな奴だ……。

2019-05-23

anond:20190523161137

1989年少女小説『星からきたボーイフレンド』(津原やすみ名義)でデビュー。また3年間、代々木アニメーション学院にて特別講師を務めた。

1996年、『ささやきは魔法』を最後少女小説から引退し、翌年、津原泰水名義での長編『妖都』を上梓

1997年津原やすみ名義の作品北京語版・朝鮮語版で発売される。著者名は「津原靖美」と表記されている場合がある。

2003年、『少年トレチア』で第56回日本推理作家協会賞長編及び連作短編部門候補

2006年高校時代吹奏楽部での体験をもとにした『ブラバン』を発表。ベストセラーとなる。

2010年尾崎翠原案の『瑠璃玉の耳輪』を上梓。翌年には尾崎翠フォーラムにて講演を行う。(講演録は文庫版に収録。)『バレエメカニック』で第41回星雲賞日本長編部門候補

2011年、「五色の舟」「テルミン嬢」(『11 eleven』所収)ともに、第42回星雲賞日本短篇部門候補。『ブラバン』で第1回広島本大賞候補

2012年、『11 eleven』で第2回Twitter文学賞国内部門1位。

2014年近藤ようこにより漫画化された『五色の舟』で第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞。

2016年、『ヒッキーヒッキーシェイク』でSUGOI JAPAN AWARD 2017 エンタメ部門候補、第33織田作之助賞最終候補

これで無名だったら95%以上の作家無名だよ

2019-05-11

文系学問における注と参考文献の話、補遺

文系学問において資料実在証明するものとは何か」(anond:20190510230425)についたブコメに応答&補足説明します。

参考文献と注は違うよ!

Wikipediaですら参考文献を求められるので、参考文献(ここで言っている注)のない本はある意味Wikipedia以下の信頼性と考えられても仕方がないことを多くの人に知らせるべきだと思う。

参考文献と注は違います! ぜんぜん別です! 参考にした本を並べてあるのが参考文献(厳密にはこの場合「参考文献一覧」)で、本文中の記述の出典を直接明らかにするのが注です!

参考文献と注については、以下の4つの組み合わせが考えられます

  • a)参考文献も注も揃っている
  • b)参考文献はあるが、注はない
  • c)参考文献はないが、注はある
  • d)参考文献も注もない

このうち、研究書として許されるのはaとcだけです。ここで問題にしているのはbとdで、多くの学術的な新書はbであり(中公新書とかでよくあるやつ)、ごくまれにdみたいな本があります最近だと、岩波新書の『ロシア革命』)。

えっ、cも許されるの? はい、許されます。なぜなら、個々の注でしっかりと典拠を示してある場合は、参考文献リスト存在せずとも出典の表示に不自由はないからです。

これだとわかりづらいかもしれないので、架空の例で説明してみます(わかりづらいかと思ったので書き直しました)。

a)増田うんこを漏らした(注1)。一方、同人作家おしっこを描いた(注2)。

(注1)はてな太郎増田研究Hatelabo2019年、819頁。

(注2)Y. Arim, Oshikko Collection (Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019), p.8107.

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

b)増田うんこを漏らした。一方、同人作家おしっこを描いた。

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

c)増田うんこを漏らした(注1)。一方、同人作家おしっこを描いた(注2)。

(注1)はてな太郎増田研究Hatelabo2019年、819頁。

(注2)Y. Arim, Oshikko Collection (Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019), p.8107.

d)増田うんこを漏らした。一方、同人作家おしっこを描いた。

cでも十分に出典表示として問題のないことはご理解いただけるでしょうか? 実際、英語圏でもcのような本はたまにあります。そして、著書ではなく論文レベルだと、cのようなやり方を採用している雑誌はとても多いのです(日本語圏でも英語圏でも)。いや、もちろん理想を言えばaみたいな本であるべきなんです。でも、紙幅の都合というものがあり、印刷費が嵩むからどこかを削りたい、となった場合には、真っ先に参考文献が削られてしまうのは致し方ないと思います

日本出版問題は、そこで「参考文献ではなく、注を削ろう!」という話になってしまうことです。違います注か参考文献、ページ数の関係上どちらかを削らないといけないのなら参考文献を削るべきなんです。

もし注がしっかりとつけられていれば、参考文献の欠如は「どんな文献があるかひと目でわかりづらい」程度の問題しかなりません。しかいくら参考文献があったところで、注がなければ「ではこの記述典拠はいったい何なのか」という根本的な問題惹起します(bの例から正しい出典を復元できるでしょうか?)。参考文献は省いても構いません。しかし注を省いてはダメなのです!(学術的な新規性のある本ではなく、学界の定説初心者向けにわかやす纏める本でなら、読みやすさを優先して逆の判断になっても構わないのですが)

もちろん、これはauthor-date方式やMLA styleの注をつける場合には適用できません。どういう方式かというと、次のような方式です。

author-date方式

増田うんこを漏らした(はてな 2019: 819)。一方、同人作家おしっこを描いた(Arim 2019: 8107)。

参考文献リスト

Arim, Y. 2019. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies.

はてな太郎.2019.『増田研究Hatelabo

MLA style:

増田うんこを漏らした(はてな 819)。一方、同人作家おしっこを描いた(Arim 8107)。

参考文献リスト

Arim, Y. Oshikko Collection. Tokyo: Press of Institute for Shonben Studies, 2019.

はてな太郎増田研究Hatelabo2019年

こういう方式の注をつける場合には参考文献が絶対必要です。当たり前ですね(author-date方式についてはanond:20190511230117も参照)。

2種類の「参考文献」

自分実験室の試験管”イメージ偏ってるなー(´・_・`)理系論文での引用たことないんかな。普通に出典書いてるし、それを叩き台に積み上げたり、否定したりするんだが。博士論文なんか引用文献沢山乗るしね

理系学問についてのイメージが偏っている点についてはごめんなさい。でも引用については、申し訳ないけれどそちらが勘違いされていると思います(もちろん私は理系論文ちょっとしか読んだことないので、私に事実誤認があれば教えてほしいのですが)。

文系学問において、参考文献には2種類あります

このうち、理系論文で文献として挙げられるのは「先行研究」だけですよね? でも、文系では「一次文献」も参考文献に含まれ、そこへの参照が論文重要な核を占めているのです。

たとえば上皇陛下が書かれた論文(※1)を見てみると、確かに末尾にずらずらっと先行研究が並んでいますが、論文の核となる部分はあくまハゼ遺伝子を解析した部分にあって、それは当然ながら実験室で採られたデータであり、何らかの文献によって引証される類のものではないわけです。

しかし、皇族つながりで天皇陛下が書かれた論文(※2)を例に出すと、この論文において著者の主張の裏付けとなっているのは古文書における記述であって、その原本研究施設が所蔵していたり史料集として公刊されていたりするわけです(史料集って何ぞや、という点については後述)。

私が最初増田で言ったのは、この「一次文献」の問題です。多くの場合理系ではこういう資料引用しないですよね(最近だと古天文学歴史的史料引用するとかあるのかな?)。しかし今回の研究不正がなされたような分野においては、そのような資料こそが研究の核心にあるという話です。

もちろん、慌てて言いますが「なにをデータにするか」は研究対象によって異なります文化人類学のような分野では、ヨソの土地まで出かけていって住人たちとの会話を書き取ったもの資料です(この分野だと「インタビュー」とかいう生易しいものじゃなくて、ヨソの土地に住み込んでその土地言語習得して日常生活を過ごす中で遭遇した会話や出来事を持ち歩いてるノートに書き付ける、という調査方法が採られます。これを参与観察というわけですが、私にゃ無理ですわ)。記述言語学だと研究対象の言語話者にその言語を口に出してもらって記録する(「これを○○語でなんといいますか?」と聞くこともあれば、話者どうしで会話してもらってそれを横で聞くパターンもあり)、というやり方になるんだろうと思います。なので私が言っているのは、あくまでも近現代史やその隣接領域での話だと思ってください。

一次史料からといって信憑性が高いとは限らない

文系生データは出典となる書籍だったり、原典資料がある場所と。原典原典って、どんどん辿っていけるブロックチェーンみたいな形式理想ってわけか。一時情報当事者証言なら信憑性高いって判断にはなるし

違います! 当事者証言からといって必ずしも信憑性が高いわけではありません! たとえば戦争犯罪裁判にかけられた人の証言のことを考えてみてください。彼もしくは彼女証言をそのまま「信憑性が高い」として扱ってしまってよいか? そんなわけはない。

歴史学において一次史料が重視されるのは、それが「生データ」だからです。それはひょっとしたら当事者の保身によって捻じ曲げられているかもしれないし、当事者が間違えているかもしれないし、当事者が見ても聞いてもいないことは書かれていないかもしれない(たとえば「沖縄返還をめぐる日米交渉」を研究しようと思ったとき日本側の史料は「日本側の政策決定過程」を教えてはくれますが、アメリカ外交官たちがどういう考えを持って交渉に臨んでいたかを教えてはくれないのです。それを知りたければアメリカ側の史料を見るしかありません)。けれども新しい研究は必ず一次史料から出発する必要があるのです。何故ならそれは昔の人によって直接書き記されたものから

なので歴史学では「史料批判」というものを重視します。これは説明すると長くなるので詳しくは歴史学入門書とかを読んでほしいんですが、要するに史料に書かれていることはどのくらい信用できるのか、みたいなことを分析するわけですね。あれれ~? おっかしいぞ~? この人、自分は後方にいたか虐殺行為に関わってなかったって言ってるけど、部隊の記録では後方にいたなんてどこにも書いてないよ~?

(「なにが一次史料か」というのも研究対象によって変わります特に科学史史学史といった分野では「他の研究において先行研究とされている文献が一次史料である」という状況がしばしば発生するのですが、この理屈はわかっていただけますよね)

デジタルアーカイブ史料

図書館ScanSnap SV600を完備し研究する皆の熱意でデジタルライブラリが出来るといいな… P2Pで共有されればノード消滅にも耐えられる。しか日本ではプリウスミサイル上級国民は不逮捕で、P2Pプログラマ逮捕なので

出来るといいな、じゃなくて、既にあります

たとえば国立国会図書館デジタルライブラリーには幕末以降の古書が多く登録されていて、PDFで落とすことができます。archive.orgや、フランス国立図書館デジタルライブラリー「Gallica」も有名ですね。こういうところに所蔵されている文献については、わざわざ現地の図書館まで行かなくともPDFダウンロードすればそれでよいわけです。デジタル化によって歴史学者の仕事は格段にやりやすくなりました。18世紀ドイツ語の本をコタツに入ったままで入手できるんだもんなぁ。

しかし、当たり前ですが全ての史料電子化されているわけではありません。国によってデジタルライブラリーの整備状況に違いがありますし、そもそも現代以降に出版された印刷物の数を考えたら全部をデジタル化するなんて人手も時間も足りない、という場合もあるでしょうし、身も蓋もない話をすれば著作権問題もあるでしょう(とある国では、その国の図書館に直接行かないとデジタル化された史料アクセスできなかったりします。てっきりPDFはないと思っていたのですが、著作権上の問題で館内からしかアクセスできないようになっているだけだそうです)。

また、多くの国では、公文書館史料まではデジタル化は及んでいません。元増田でも書きましたが、お役所ちょっとした書き付けなんかも史料になるわけで、それ全部デジタル化しようとしたらとんでもない数になります(これについて、日本戦前外交文書のかなりの数をウェブで読めるので恵まれていますね……アジア歴史資料センター様には足を向けて寝られません)。なので未だに、現地に行って史料を直接見てくる、というのが重要になるわけです。

さらに言うと、史料が必ずしも公的機関によって保存されているとは限らず、貴族武士の子孫のおうちに保管されていて、読みたい人はご当主様の許可を得て読ませてもらう、という場合もあり、当然デジタル化の波は及んでいません。イギリスだと由緒ある大貴族屋敷には私設の文書館付属している場合もあり、日本歴史学者でもソールズベリ侯爵のお屋敷であるハットフィールドハウスに赴いて史料収集している人もいます。謝辞で「史料を閲覧させてくれた当代のソールズベリ侯に感謝する」みたいなこと書いてあって「すごい……」って思いました)

ただ、「みんなが読みたがる重要史料」については、史料をまとめた本を出すとか、史料を集めたマイクロフィルムを作るとか、そういう形で広く公開されている場合があります(たとえば第一次世界大戦の勃発に関しては、イギリスオーストリアなどの当事国が何十巻にも及ぶ史料集を出版していて、東京大学などの国内研究機関にも所蔵されています)。けれどそういうのを購入するのはお金がかかるし、何より発行から何十年も経ってしまうと入手自体が難しくなってしまう(でも著作権は残っているためデジタル化も遅々として進まない)ので、あんまりお金がなかったり新設されたばかりだったりする大学研究者は結局それらを所蔵している大学図書館に行く必要が……

「注があると読者に嫌われる」は本当か?

しろ最後の注を見て次の本を決めたりするので、注があると読まなくなる人というのがいるのにびっくり…

注なんて読みたくなければ飛ばせばいいのに注があると売れない……? やべえな世の中。/ みんな本当に自己防衛意識が弱いよね。優しい世界生きてるんだろうな

注があると読まない人が居るという話、ただ気持ちよくなるために情報摂取してる層には、正確性の担保なんてむしろ邪魔なんだろね。ワイドショー視聴者と同質。

これ、実際に「注があるから読まない」読者が本当にいるのか、と疑ってみるべき案件だと思うんですよね……。「編集から言われて注を外した」という話は学者あいから漏れ聞こえてきますが、「注があるから読んでいて苦痛だった」という話ってなかなか聞かなくないです? いやもちろん編集者のところにはそういう苦情のお便りが届いているのかもしれませんが……。「注があると売れない」という都市伝説が生き長らえているだけのような……(一般読者からしてみれば、注の存在に気づいてなかった、とか、なんか数字が振ってあるけど気にしてなかった、という場合も多いでしょうし)

注は別に読まなくてもいいです

ちゃんと注まで読んでるのね。今まで気にしたことも無かった…我ながら知的レベル低い…

注がついている本を読んでいる段階で十分かと思いますので安心してください。注は、もし興味がないならさらっと読み飛ばしても別に大丈夫ですよ。というか、注で典拠が示されていても、アラビア語とかギリシャ語とか朝鮮語とかロシア語とかで書かれている場合も多々あるわけで、そんなの普通の読者さんにチェックできるわけないですし。ただ、注を見てみると、おっ、ここはちゃんと原史料を読んで書いてるのか、なーんだ、ここは英語二次文献に頼って書いてるんだ、みたいなことがわかっちゃったりするので、学者仕事の裏側を垣間見ることができて面白いですし、どんな情報源を使って書かれているのか? をチェックしてみることは学術書だけでなく普通ニュースとかを読むときにも重要なことだと思いますよ。

ブコメ

物理分野では「参考文献」の意味増田とは異なる。参考文献は本文記述の直接の引用を表す。あとあまり明確に決まってないけど、注は捕捉説明を指す。「参考にした文献一覧」は存在しない。読書案内なら見かける。

誰がReferences(Bibliography)を参考文献と訳したのか。"refer"した文献のリストであって、本文の著述に紐づけられるものだけリストアップすればよく、逆に、何でもかんでも列挙して博識をひけらかすところではない。

や、まあ、文系でもたいていの場合は「引用文献」ってことですよ。それを「参考文献」と呼んでるだけ。参考にはなったけど言及してない文献は、私なら入れない(でも入れる人もいるかも)。

いま史学科にいる人間全員読んでリアルブクマしとけ。懇切丁寧な論文の"文法書"だぞ。

あなたがこの増田に感心してくれたことは嬉しいけれど、史学科の学生上から目線アドバイスしないでください。こんなの初歩の初歩で、史学科の学生さんならとっくに理解してます史学出身じゃない人たちが「そうだったのか~!」って言ってるだけ。別に史学科の常識を知らないのは悪いことじゃないけれど(私も他学科常識とかわかんないし)、自分が知らなかったある分野の初歩の初歩を解説されて、そこで聞きかじった内容をその分野を学んでいる人の前で「お前らこういうのよく読んどけよ~」って言えちゃうの、ちょっと傲慢すぎません?

2019-05-05

久しぶりにチョソンの声放送を聞いてるんだけど、金正恩称号が変わってない?

朝鮮労働党委員長朝鮮民主主義人民共和国国務委員委員長朝鮮民主主義人民共和国武力最高司令官労働党国家武力最高指導者 金正恩同志」になってた

確か前は「朝鮮労働党委員長朝鮮人民軍最高司令官朝鮮民主主義人民共和国国務委員委員長の党と国家軍隊最高指導者 金正恩同志」だったはず(うろ覚え

朝鮮人民軍権力がまた何か下がってるような雰囲気を感じるけど、原因が何なのかは全然知らないし専門家解説が欲しいところ

(日本語放送は↑の通り、朝鮮語はまだ聞いてないけど9650kHzに混じってる朝鮮中央通信の混信を聞く限りではたぶん同じ。

2019-02-14

anond:20190214181648

朝鮮語

1=イル

2=イ

3=サム

4=サ

5=オ

6=ユク

7=チル

8=パル

9=ク

10=シプ

なのか。こっちのほうが断然近いな。

2019-02-04

anond:20190204024106

話者数で言っても実用面で言っても、英語中国語スペイン語あたりが妥当だとは思うが、日本の近隣国言語という点でロシア語朝鮮語も当然候補になると思う。(その点でスペイン語フランス語ドイツ語は不利)

僕は個人的には、イタリア語フランス語スペイン語ギリシャ語あたりの南欧言葉が好み。だって南欧女の子たちを口説(ry

2019-01-25

anond:20190125112140

小説ならいっぱいあるぞ

李ソンス (이성수)、『ウイルス壬辰倭乱 (바이러스 임진왜란) 』

1990年 - 小説地震による日本列島危機の中、沈没クーデターを起こし、自衛隊を「日本軍」に改編した日本が、世界に誇る航空母艦「トヨトミ」や、脅威のウィルスヒデヨシウィルス」で韓国人ホロコースト計画韓国人主人公計画を阻止する内容。

金辰明 (김진명)、『ムクゲノ花ガ咲キマシタ (무궁화 꽃이 피었습니다) 』

1993年 - 小説。作中に韓国北朝鮮と手を結び、日本核ミサイルを撃ち込むという戦略シナリオを読む部分がある。大ベストセラーとなり韓国映画化された。朝鮮語Wikipedia記事

尹ジョンソク (윤종석) 『Fire Day (파이어 데이) 』

1995年 - 小説

ウォンソン (고원정) 『フェッブル (횃불) 』

- 小説

金辰明、『皇太子妃拉致事件

2001年 - 小説韓国人皇太子妃雅子拉致する。NHKハングル講座がとりあげ問題となった。

チョン・ソンヒョク (전성혁)『百済書記 (백제서기) 』

2002年 - 高校生が書いた歴史小説天皇百済人であり、敬宮愛子内親王百済王家の子孫と恋に落ち、歴史「真実」を悟る。和田春樹が「良心日本人」として登場する。和田思想・主張以外、事実と異なるところが多い。

イ・ヨン『金正恩統一戦争

2011年 - 小説北朝鮮後継者金正恩をめぐる権力暗闘を描いた。北朝鮮軍が北海道を侵攻するストーリーがある[1]。

ユ・グァンナム(유광남)『李舜臣帝国1(이순신의 제국1)』

ISBN 9788997790890、2014年 - 小説日本を奇襲し、天皇を捕らえ、自分を謀殺しようとした宣祖廃位され日本が降参。出版社は「イ・スンシンの帝国私たちが夢見る帝国になり、私たちが願う理想的な国が繰り広げられることになるだろう」と伝えた。[2]

金正鉉(ko:김정현 (소설가))『安重根安倍に向かって発砲』(안중근, 아베를 쏘다)

ISBN 9788970638225、2014年 - 小説安重根現在に蘇り、安倍首相を銃撃するという内容。[3]



安重根安倍に向かって発砲』なんかちょっと失笑ものだね。別に現代人でもできるテロだけど、歴史上人物に頼っちゃうのかそこ...

というか、実在人物しか国家元首を害する内容の小説出版するなんて本当に友好国なのか...?

2018-11-17

anond:20181117202617

朝鮮語k-popアイドルの曲を聴いてるときはクセを感じないのに、話しているのを聞くとクセが強いように感じるのはなぜなのだろうか。

2018-10-04

anond:20181004182313

NHKも「朝鮮語」って使えなくてハングル講座みたいな変な番組名になってるしな。

2018-08-21

anond:20180821232921

実際のところ、台湾朝鮮植民地統治ときとか言語教育どうしてたんだろうね?

当時の日本にそんなに中国語朝鮮語ができる教師がいたとも思えんし。

2018-08-11

anond:20180811112749

北朝鮮自分核爆弾悲劇とか言ってないですし。

アメリカ人911悲劇とか言ってて、何かの間違いでトランプタワーふっ飛ばしたら笑うでしょ?

それに朝鮮語話せないし。

2018-04-09

発売日前の漫画ネタバレって

なんで英語スペイン語朝鮮語中国語とか、外国語動画とかが既にあるわけ?

正規日本語版の発売前なのに、こんなのがネットに出回ってるって、どう考えてもおかしくない??

出版社とか書店関係者横流しでもしてるの?ほんと腹立つ。

2018-03-26

anond:20180325155823

これを読んで最初に思い出したのは鄭大世だった。

血統的には立派な朝鮮人だが、育った環境日本日本北朝鮮どちらでサッカーした方が技術を磨きやすいかは、まあ少しでも考えれば歴然だろう。言葉についても、テセ自身朝鮮学校を出ているか朝鮮語が喋れるつもりだったそうだが、実際に代表チームに合流すると言葉が通じなかったそうだ。おそらく、北朝鮮で話される朝鮮語と、日本朝鮮学校で習う朝鮮語英語アメリカ英語くらい違うのだろう。

北朝鮮人達鄭大世についてどう思って居たのだろうか。

はい鄭大世は、大坂と違って祖国に媚を売りまくっていたので、そこまで悪い扱いを受けていないと思いたい。

2018-02-13

朝鮮語たまに分かる

きむじょんいるどんし

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