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はてなキーワード: 鉛筆とは

2019-05-15

贅沢になった

昔は二次創作絶対供給が少ないジャンルにいて、何が投下されようともムシャムシャ美味しく食べられた。

もちろん自給自足もした。(あの時得られたものは大きいと感じている)

今は国民オタクコンテンツにハマっている。pixivを見れば二次創作が溢れかえっている。

それで飢餓感が治まったか?と言えばそうでもない。

量だけはやたら多いが、今度は質で選り好みするようになってしまった。今までなら考えられなかったことだ。

あの時美味しい!美味しい!と言いながら食べていたけれど、どうやら舌を麻痺させて無理やり押し込んでいたものが多かったらしい。

それで結局、頼れるのは他人より自分だということに気が付いた。特にエロ

あの時身につけた自給自足スキル無駄じゃなかったんだ、と実感した。













でもさ〜〜〜やっぱ正直言えば他人の絵がいい。

線画へろへろで着色が色鉛筆(雑)のイラストを見て満足してたあの頃の私に戻りたいよ。

2019-05-14

anond:20190514070354

鉛筆が出ないということはそもそもお前の投稿ではない

お前のうんちと他人のうんちが被っただけだ

鉛筆が出てきません

はてな匿名ダイアリー投稿をしてみたのですが、削除するための鉛筆アイコンが出てこないものがあります

削除したい場合はどうすればいいのでしょうか?

ちなみに削除したいのは

うんち

と書かれたものです。

削除方法をご存知の方教えていただけないでしょうか。。。

2019-05-12

anond:20190512150514

正直、図書館かにいるあまりCG意味がわかってない人たちが専門書だとおもって買ってた

雇用につながるといわれていたマイクロソフトオフィススペシャリストとかの資格商法とおなじで役人は内容がないものでも表題さえよければ騙されて買っちまう

 

サル鉛筆をもてるようになっても、そもそも何のために鉛筆必要かをわかってなければ道端に落ちているバナナをとって鉛筆を放り捨てる

 

本屋さんにいくと一時期かならず買った本の袋に資格取得講座(取得できるとはいっていない)のビラかオーネットお見合いマッチングサービス)のビラが入ってた時期があったけどそれと同じようなもん>元増田にとっての3DCG

 

まず自分はこういうものを作りたいというビジョンなり絵コンテのようなものがつくれなければ

どんなに丁寧に差し出された道具でも意味がない

 

 

って煙に巻いてもかわいそうだから一つおしえてあげると

古本屋(ぶっこふでいい)のパソコンムックコーナーにSAI講座の本、イラレの本とか3DCGの本とかたくさんある

中身ぱらみしてこの絵の画風は絶対にモノにしたいと思うのがあれば

その前後を読んで表題ソフトでこれ全部できると書いてあるかちゃんと調べる(たいてい「別のソフトも使った」とかかいてある)

 

そうして必要ソフトを探した上で自分ビジョンに取り組め

中古になってる時点でハズレばっかりということもあるだろう

その時は立ち読み可能書店図書館で探すしかないけどぶこふより少ない

2019-05-11

無知暴力 ワキガ

人類ワキガチェックを義務付けて欲しい。

会社健康診断はしてもワキが診断はしないのおかしいだろ。



自己チェック

まず、一日普通に過ごした夕方風呂入ったりシャワーを浴びる前に、脇にサランラップを貼ってテープで固定して軽く運動して10分待つ。

待っている間に鉛筆を削って、削りくずに檸檬を絞って匂いを嗅ぐ。

汗をかいた脇からラップ剥がし、先程の削りくずと同じような匂いがしたらワキガ


ワキガだと判明したら

風呂毎日脇を石鹸でよく洗う

毎朝ワキガグッズを使う(デオナチュレがおすすめ

夕方にまたワキガグッズを使う

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

2019-05-07

anond:20190507094539

スリランカなんて鉛筆しか知らんわな

勧告中傷するためにピックアップされるというのも微妙であって

日本からすれば無視されてるに等しい国だ

2019-04-29

Approaching a time that is mine. Do not Extinguish your smell !

"あなたのワキどこまで接近できる?"でお馴染み、花王ニベアデオドラントアプローチCM

ノースリーブ女性

"自分のワキを見つめる"「臭うかな…」

男子にワキが接近!「あっ!」

女子のワキ臭を嗅ぐと今までの疲労が消え、元気がでるオイラからすると接近できる距離は0!

ワキが近づいた瞬間、電撃、即効にして"くんかくんか!"

それはノースリーブ、働く女子のワキから放たれる。

ストレス臭。

ねぎ臭い匂い

スパイシー香り

鉛筆匂い

すっぱい匂い

どれも大好物

女子の脇臭を嗅がせて下さい!匂わせて下さい!

ノースリーブ大歓迎。

消臭スプレーなんか廃れてしまえ!

女の子のワキ臭は悪ではない!

2019-04-27

ワキガ

https://www.gatsby.jp/special/cp/wackey/

ワッキーセブンみた感想

あーこれオタク男性は酸が嫌われてるんだろうな 

ってかギャツビーってワキだけだから全身汗かい徹夜するやつには無駄だとおもうけど

 

あの人の鉛筆削りカス臭はどれにあたるのかな

スパイスなのか?

シダー臭って意外とメジャーじゃないんだな

2019-04-26

WBSすら作る気にならない

WBS(細分化作業構造)とでも訳せばいいのか?要するにWBSだよ。滝川クリステル風にいえば、W B S。

 増田の現状

6月下旬に〆切が迫ってるタスクが4本ある。基本的に一人でやる作業だ。

  • なんかやる気がしない。
  • やる気の起きないタスクには、WBS作りから・・っていうけど

いまの考え

現在は、連休前なので、連休中に、WBS作りか?

どうせ連休中には何もやらんだろうな。意志薄弱増田

今日明日からキャンプの準備を手伝わされるし、月曜日までキャンプ。出先でWBSなんて作れない。紙と鉛筆さえあればって言うけど( ^ω^)・・・

KEDOは、北朝鮮エネルギー開発機構だが・・なにか?

火曜日WBS。水曜から作業??水曜日って何日なんだ?5/1?そこから起算しても6日あるわ。

2019-04-25

降霊術自殺を思い止まった話

借金返済記念に書かして。

馬鹿馬鹿しい理由借金を抱えた。三百万くらい。

からうじがわいてたと思うんだが、使えるお金と借りれるお金ってだんだん見分けつかなくなってくる。利用限度額と預金通帳の見分けがつかなくなると言うか。

コレクターだったわけでもギャンブラーだったわけでもない。単に生活費を借りてた。コンビニ行ってコンビニ飯買って、家賃払って、公共料金払って、ってな。

色々あって働く気力なくてだらだらと使い込んでた。

どう思い返しても頭が悪かったんだが、先のこと考えられなくなってた。

さないといけない、当然だな。でももう気力わかなくてな。首吊るようのロープ買おうとアマゾンポチった。

アマゾンポチったついでに少し動画見てたんだが、お前ら覚えてる?チャーリーチャレンジとかチャーリーゲームって昔あったんだよ。

コックリさんの簡易版だ。さっきまでアメリカ産だと思ってたけど、メキシコ発祥らしいな。

詳しく説明すんのめんどくさいから後でググってほしいんだが、霊が来ると聞いたことにyesかnoで答えてくれるんだ。

気になったんだ、俺が死んだら呼ばれる側かなって。普段幽霊なんて信じない派だが、その時は妙に気になった。

やり方ググってやってみたんだ。紙と鉛筆で済むしな。

「Charile,Charile,Are You here?」

呼び出した。成功したらyesと答える。

シカト

何度か繰り返すも、無事シカト

こんなもんかと思ったが、俺の発音かと思った。

チャーリーチャーリー、ここにいるかい?」

日本語で聞いてみた。日本から呼ばれるのも日本人だろ。

動く!いや触ってなかったからね。

でも返答はno。ノーってなんだよ。日本語わかりませーん、みたいな奴か?

まぁ成功ってことでいいんだろたぶん。おそらく。

色々聞いてみた。

日本語大丈夫?」何度か聞いてみた。『yes』良いらしい。

低級霊?」『no』じゃあ何だろう。

暗い部屋で他愛のない質問をいくつかした。

一番聞きたかたことを聞いた。

「おれが死んだらお前みたいになるの?」シカト。繰り返してもシカトだった。

からないんだろうなと納得して、終わろうとした。

チャーリーチャーリー、帰っていいよ」『no』

まだか。

チャーリーはずっと居たいの?」『no』違うのか。

「何か言いたいことがあるの?」シカト

帰らなくて祟ってくれても良いけど、居たい訳じゃないらしい。

「つれてって」『no』いやなんだ。

「生きてた方がいいかな」シカト

重要なとこで結構無視するんだこいつ。

「死んだ方がいい?」

無視かなと思ったら、珍しくすぐに鉛筆が動いた。

『no』

そうなんだ。

「俺、やってけるかな」シカト

そのあとも聞いてみた。

かなり長いこと粘ったけど、ずっとシカトされてたしそこで終わらせた。ほんとはちゃんと終わらせる手順した方がいいぞ。

ふと、カーテン開けたんだ。長いこと開けてなくて、窓に蜘蛛が巣を作ってた。

明け方だった。どんよりした天気で、どっかの誰かのゲロがあった。

どこの誰かもよくわんないおっさんが、死にそうな顔して歩いてた。

「みんな生きてんだな」って感想がわいて、頭にあったモヤが軽くなったような気がした。

生きててマシかはわからないけど、死ぬより良いらしい。

2019-04-24

選挙における投票基準の一例

どうやって投票する人を決めればいいかからない人向けの雑な例です。

こういうのでいいんだよこういうのでって話。

与党(かつて与党になったことがある聖剣)には入れない

 今の社会を作ったのは与党です。基本的に。だから与党には入れない。シンプル

②顔がムカつく人には入れない

 本能信じろ。フィールユアインティンクトビリーフォース

男性女性)だから

 フィール

選挙カー乗ってるやつには投票しない

 貴方生活を考えてくれない人に貴方生活を預けない権利行使できるかも知れないのが投票権です

⑤なんか権力があるらしいか

 力のある政治家地元忖度してくれる可能性を信じ我田引水

⑥知ってる人だから

 自分とどこかで繋がりのある人に入れることで自分に繋がりのある場所利益我田引水かもですので

⑦選ばない

 投票することに意味があるのだ。答えは鉛筆が知っている

名前が思いつくから入れない

 サブリミナル効果を狙って選挙カーを乗り回してるような奴らを疑う自由がある

政策が気に入った

 実現する気があるかどうかはおいといてこっちを票田として考える気があるだけまだマシというのは一理

友達と同じ人に入れる

 分からない。俺たちは雰囲気投票をしている

⑪誰でもいいから入れろ

 選挙権行使しろ投票しないのは白紙委任と同じだ。そしてその行為強者を甘やかすだけだ。それは誰も幸せにしない

⑫読んでいて思いついたこ増田への反論の中に君の投票理由のヒントがある!

 以上だ。

2019-04-21

アラフォーだが初めて投票した

40年生きてきて、今まで国政、地方政治に関する投票したことがなかった

というのも、まつりごとは嫌いで、自分自分でやりたいことだけやっていたくて、権力というものが嫌いだったからだ

しかし、ここ最近の国政の腐れ具合に辟易し、学生時代政経公民はずっと赤点だった自分でもダメだとわかる具合だった

その原因は年齢層に起因するものが多く、団塊の世代がとくに自分らの世代利権を守るためだけの悪法が多いように見えた

そして自民党が嫌いだ、というのも権力物事推し進めるきらいが強すぎる

から、なるべく若く、とんちんかんなことを言っていない自民党以外の候補者投票をしてきた


ただ、はじめて投票するのに候補者を選ぶのは大変だった

自民党候補者はバックがあるからか、多数の人にささるようなマニフェストを出していた

でも、この人が言うこと、自民党が良いように言ってるだけで、どうせ後からひっくり返すんだろうなとも思った

そして若者を選ぶのも、上から圧力に耐えきれるか、反発できるかも不安だったりした

それらは候補者を見定めるのに、個人的に話をせずには見極められない程度のものだと思った

結果、20代は切り捨て、無所属も後ろ楯がないことから切った 自民党はもちろん最初からNG


投票所はマークシートとかじゃなくて鉛筆候補者を記入するタイプだった

コレ、なんで鉛筆なんだよと思った

開票の仕組みは知らんが、ペンで書かせろと思った

なんだったらなんでインターネット投票できないんだと思った

これが団塊の世代が幅きかせてる理由かとも感じた


若い世代はみんな保育所問題などに向き合うことをメインにしていた

俺は子供もいないからそこまで惹かれなかったが、適齢期の人たちはやっぱりそれが問題だと思っているんだろうか?

なんかバックの人間にそれを推すように言われているようにも感じた

なんというか、コレやってもらえるなら全力で応援するよ!って人はあんまりいない感じ

本当に老人はどうでもよくて、若者活躍させよう、って気概のある候補者がいたらいいのにと思った

投票する人が老人ばかりなので仕方がないのかと思った

もはや投票する人の年齢制限も加えたほうがいいんじゃないかとは思った


とりあえず、自民党・老人には権力持たせたくないので、今後もそのように投票していきたいと思った

2019-04-13

anond:20190413012252

芸術家ってだいたいそうだよ

鉛筆にぎって線引くしかできないクズからそればっかりやってつきつめてえらくなったんだよ

で、なにか?

って映画のものテーマじゃんw

ぜんぜん読み取れてないw

2019-04-11

うんちだな〜

構われたいか流行ってるものを描く。描いてるもののことは別にきじゃないから、声がでかいやつが消えたらすぐに鞍替えする。流行ジャンルならともかく、マイナーでそれをやられると命に関わることになる。消えてくれ〜それか男に抱かれてこいよ〜フォロワー依存すんな〜お前に必要なのは汚ねえ鉛筆描きの絵を描いて承認されることではなくて彼氏だよ〜。

2019-04-03

支離滅裂

気付いてしまったのは一体いつだったんだろう。

自分はさして頭が良くないこと

人とのコミュニケーションが満足に取れないこと

唯一無二の存在なんかじゃないこと

いてもいなくても変わらないこと

死んで弔ってくれる人はいるのかな

それを確かめるために死のうかななんて考えるんだよな

死んだら確かめようもないのにね?

私に力があればこの気持ち歌詞に込めて、気持ちを音に乗せて、ギターかき鳴らして、叫ぶように自己主張したんだろうな

指が痛いってギターやめたしこんなに生きるのがきついんだから人の心を打てる歌詞が書けるんじゃないかって鉛筆を持っても薄っぺら言葉しか出てこないし、手っ取り早く好きな音楽を聴いて泣いてる、このなににもならない時間が嫌いだ

こうやって自己陶酔してる間にも周りは力を付けて、努力をして、自分確立しようとしてる

こんな無意味時間ないよ

自己陶酔やめなよ、それはもう自傷行為だよ。

なにから始めようね。

どうすれば自分を好きになれるのかな

何もまとまらないや、ここでもこんななんだな、自分の書きたいこと書きたいように書いてるつもりでも数%ぐらいしかアウトプットできてないし、そもそも伝わらないんだなあ 難しい

自分の思ってること、考えてることを正確に相手に伝えられる技術がさっさと生まれてほしい反面、こんな面倒くせえ考え方誰にも知られたくないって気持ちもある

普通の人なら1の次は2なのに私はひどい時には1の次が100なんだもんな?1、100、64、2みたいな。これもまた伝わらないな わかってる

自分自分であることを捨てたい時と、絶対捨てたくない時がある

私が私を認めなかったら一体誰が私を認めてくれるんだ?

2019-03-30

オナネタ限界に挑戦してるんだが安倍総理で抜けた半年後には折れた鉛筆の芯で抜けるようになった

人類はどこまで進化するのか

2019-03-20

anond:20190320161726

手で隠れるのは全く気にならない。紙と鉛筆に準じる。

それより解像度が低いのが厳しくなってきている。

昔は液タブとパソの画面とで解像度に違いはあんまりなかったけど、このところ高解像度ディスプレイに慣れ初めているので、ワコムの液タブだと調子狂う。粗い。

2019-03-01

anond:20190301075350

小学校低学年のうちは紙に鉛筆で書く技術を身につけなければならないってのもあるな

大人が使ってもタッチパネルは紙とは書き味違うし

タブレットだけに適応してしまって紙に上手く書けない子になったら困る

2019-02-23

自称絵師悪口でよくあるやつ

自称絵師は絵を褒めて欲しい気持ちはムダにデカイのに上手くしようという気合がない」って話があると思います

そして例として「迷い線ばかりの鉛筆落書きであり、胸元までしか描かない」ってのがあるわけね。

まだ胸元まで描いたなら上出来っしょ。

しか描かねぇ奴がわんさかいるんじゃが……????????

anond:20190222213414

街角スケッチ最初はヘタでも、だんだん上手くなるのが楽しいし、仕事の脳と全く違う部分を使うので気持ちいいよ。紙とペンだけで始められるし、必要なら水彩色鉛筆とか水筆使えば道具はそんなに一杯いらない。インスタで世界中の同志の作品みてお手本に。

2019-02-21

anond:20190221064648

鉛筆書きの実験ノートサンプルが残っていない場合証拠にならないのが慣例なら納得するが、そうなのか?

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