はてなキーワード: 日本の歴史とは
最近強盗、または強盗殺人が目立っているがそもそも重罰ではある。が、少年法などで名前は明かされないまま社会復帰していくパターンも多いのだろう。
日本には有名な強盗殺人鬼がいる。大竹市強盗殺人事件の犯人だ。
もしかしたら名前にピンとこない人も多いかもしれない。再現ドラマでもやはり年齢を考慮するのか時間の関係か15歳のターンは短い。
薬物と性犯罪、窃盗は繰り返すと言うが、強盗殺人もまた同じなのかもしれない。
それと比較すると最近の強盗はそうでもない。と、言う人も居るだろうが、考えてもみてほしい。
金をちらつかせ恐らくは個人情報を掴み焚き付けてるやつが一番悪いとも言えるが、この手の犯罪に「普通の子」なんているわけはない。
簡単に元から狂った人を煽ることが可能な時代になったから組織化した反社が利用しているだけだ。
フメリニツキーでは、ロシア航空宇宙軍の攻撃後、レオパルト戦車とマーダー戦車の弾薬が破壊されました。デンマーク、ドイツ、イタリア、日本からの貨物も2億~2億2千万ユーロであった。
また、弾薬に加えて、8,300万ユーロ相当の衛星通信システム、軍用タブレット、データ暗号化システムも破壊された。
こんなに大量の貨物?
https://twitter.com/Spriter99880/status/1657650071616274432?s=20
🍁 An intergovernmental agreement in the form of an exchange of notes was signed today between Ukraine and Japan to provide Ukraine with a protective weapon for the needs of the Armed Forces free of charge.
Such an act took place for the first time in the history of Japan.
🍁 本日、ウクライナと日本の間で、国軍のニーズに応える防護兵器を無償でウクライナに提供するための、交換公文の形での政府間協定が署名された。
https://twitter.com/WARUKRAINE2022/status/1501299957994717184
chatGPTが言うてるから間違いないやろ
いいえ、白鳥事件、大須騒擾事件、練馬事件、コンクリ殺人が日本共産党によって起こされたという主張は事実ではありません。これらの事件は、日本の歴史における犯罪や騒擾事件であり、日本共産党とは無関係です。
白鳥事件(1960年)は、大阪府で発生した銀行強盗事件であり、犯人は日本共産党とは関係のない個人的な犯罪行為でした。
大須騒擾事件(1960年)は、名古屋市の繁華街・大須で発生した騒擾事件で、学生運動や労働組合の活動家が関与しましたが、これも日本共産党の主導によるものではありませんでした。
練馬事件(1963年)は、東京都練馬区で発生した連続婦女暴行事件であり、犯人は日本共産党とは関係のない個人でした。
コンクリ殺人(1989年)は、東京都渋谷区で発生した連続殺人事件であり、犯人は日本共産党とは何の関係もありませんでした。
これらの事件は、日本の社会や犯罪史において重要な出来事であり、その背景や影響は多岐にわたりますが、日本共産党によるものではないことを明確にしておきます。
次の文章は、藤原貴久子の書いた『平均寿命と日本の歴史』という随筆であり、(A)(B)のパートに分かれている。これを読んで後の問いに答えよ。
(A) 令和になってからというより平成の終わりごろから、コロナで死んだ志村けんとか、野際陽子さんなど死んではいけない人が次々に死んでいます。また、てんちむとか若者に人気のある女性もどんどん
死んでいるというニュースが入っている。しかし、昭和時代に死んでいた人と、最近になって死んでいる人は何が違うのか。昭和時代ことに、昭和50年頃は飛行機が大量に落ちて人がどんどん
死んでいたわけですけども、当時はみんなが盛り上がっていたので死ぬ人が出てくるのは当たり前で死んだときにいちいち気にする人がいなかったんですね。昭和時代は失敗だらけだったといいますが
それは平成になって相当後から史実をまとめているので、失敗だらけだったようにみえるだけで当時の人はそう思っていなかったわけです。平成の人があとからまとめたから失敗だらけのように
みえているだけで、その失敗の裏で大成功していたから当時の人は誰かが死んだというニュースをみたときに別に何も思わなかった。昭和の体制が失敗したことで体制に恨みを持つような人は
ほとんどいなかった。しかし、令和に入り、最近では、どんどん重要人物が死んでいるという報道が入っている。ウソかどうかは分からないとしても、面白くないし最悪なわけです。何か一つでも面白い
ところがあるかというと平成30年6月の警察官殺しで、犯罪をやっている交番の警官が30回刺されて殺害されたということです。他に何か面白いところがあるのか。令和4年には安倍晋三も
(B) 人が死ぬということに関して明治時代は後からまとめられた事実として50歳くらいでほとんど死んでいたということである。90歳まで生きるのが当たり前になった今日で、平均寿命が
50歳だったというのは悲惨な話である気がする。しかし当時の人はどちらかというと若いうちに大成功していたので多分50歳で死んでもなんとも思っていなかった。平成の終わり、
安倍政権から令和になり、何の意味もないのに、クソの中で80歳、90歳まで生き延びている人の方が凄惨ではないか。安倍政権や現在の政権は、科学テクノロジーの進展というん
ですか、実際に、知能指数の高さから高度医療の真理に関する集中的な発見とか天才にしかできないような技術を標榜して成功しているようにみえているが、既に終わっている。
それ冗談じゃなくてマジで言ってるんですか…?割と見かけるので気になった。
そりゃ男性は妊娠しないから、ある種「無敵の人」的な部分があるのかもしれないけど。ポジ種っていって、HIVうつされる場合もあるよ。傷がつきやすいから。
おしりの穴というのはかなりデリケートな器官で、ヘタクソレイパーにろくなケアもせずぶち込まれて万が一深刻な障害が残ったら、最悪人工肛門だよ。
てか強姦魔がお尻ばかり責めるとは限らないからね?大事なオチンチンに酷い事されるかもしれないし、オッサンとベロチューとかフェラとか嫌でしょ。ケツだけで許してもらえるわけねーだろ。童貞か?足指とか耳の穴とかご奉仕させられるぞ。お前がしゃぶるんだよ。オッサンのを。
あとね、オーラルセックスでも性病は感染するよ。今度はあなたが移す側じゃない。移されるんだよ、それも喉に。堂々と病院行ける?笑われるかもって恐怖で動けないかもよ。
まさか「俺はイケメンじゃないから襲われる事は絶対にない」って自虐のつもりで言ってるのかな。あのね、ジャニーズの犠牲者たちはたまたまジャニー氏の好みの男の子ってだけで、あなたのような男性を好む人だっているかもしれないでしょう。袋被せる方法もある。短小だから、太ってるから、毛深いから…。女性とお付き合いするときはコンプレックスになってる部分が、魅力的なシンボルになる可能性もあるんだよ。で、誘ったんだろとか言われるわけです。
もちろん日本の歴史上、権力者の寵愛をうまく利用した男性たちがいたことも事実でしょう。でも感染症で亡くなったり、平坦な道のりではなかったはず。
最低最悪でも生きたまま自然界に放流だけはしてくれるな、と。
拙宅は田舎なので、養殖目的で副業推奨されたものの、特に定着せずに終わった食用ガエルの恐怖が遺伝子に刻み込まれている。
だから、牛とか豚とか鶏とか魚とか、そこらへんはともかく新規で養殖が推奨された、しかも繁殖力が強いヤツラが、と聞くと反射的にウゲェってなる。
上で終わったと書いたけど終わってなかったのが、外来種として自然界に定着してしまったウシガエルとザリガニ。田んぼに水が入ると増える。土が多いし水も、ぬかるみも多い田舎だと田んぼ以外でも増える。
しかし農家の人間は老人から子供まで、親の仇のようにウシガエルとザリガニを駆除してきた。何世代もかけて割りと減った。でもまだ居る。しぶとい。
一部地域で駆除しきれないハブとマングースみたいなアレも聞くし。
外来種が何でヤベェのかってのは義務教育の理科とかでもやったと思うんだけど、最近の授業だとやらないのかな?環境科学系の授業とか大正あたりまでの日本の歴史とか勉強してれば出てくると思うんだけどな。
近年なら防疫の観点からもヤベェのは知られたと思うし、知られてるといいなと思う。
最近、ネットで日本の歴史、特にタブー視されている天皇関係の物を調べていると面白い説を見つけた
先王から4親等以上離れ、かつ傍系で即位した最初の天皇であり戦後、天皇研究に関するタブーが解かれると、5世王というその特異な出自と即位に至るまでの異例の経緯が議論の対象になった。
そして【継体天皇王朝交替説】とは簡単に言うと「継体天皇はそれ以前の王朝を簒奪した盗人だ!」「今の天皇は盗人の末裔なのだ!」との主張
王朝交代が事実なら、なんで左翼の人はそれ以前の天皇を憎んでるの?
実際に王朝交代が行われたなら、それ以前の天皇は完全な被害者のハズ。だが左翼の人はそれ以前の天皇も問答無用で叩きまくってる。それはナゼ?
戦前の日本は天皇制を理由にアジアを侵略し虐殺の限りを尽くし戦後はその反動で極端な自虐史観に掲げるようになったのは、みんなも知っての通りだけど、この説がその系譜なのか、それとも自虐史観の一環なのか、どっちなんだろう?
推測しにくい日本人の正体
日本列島に2000年前から居住してきた人間の正体を推測する科学技術的な手段として何があるか? 色々参考となるものはあるが、弁護士の新宅からもらった言葉をヒントとしたい。
私は新宅から加藤周一が書いた日本の歴史の本を受け取ったがそこには、かなり生々しいことが書いてあったが、新宅が直ちに言ったことは、それでもそれは加藤の意見なんです、ということと
日本人はそんなにいい人間ではないんだ・・・、でもそれを言ったら(あなたが)ショックを受けると思うんだ・・・とだけ言った。それ以外のことで参考になることは覚えていない。ただし新宅は
裁判所について、最悪な裁判所と言われているとだけ言った。現在の東京都民はそういうのは当たり前などというのだが、昭和50年代生まれの人は生まれた頃からそんな残酷残忍な人は
いなかったので理解できないのである。昭和59年のことと思いますが、当時はそんな人はいなかったのです。それで大人がなんでそんなに悪くなったのかですよね。明らかなのは昭和59年までは
オマエはいてはいけなかったんですね。しかし昭和60年から今の若い世代にそういうのが増えてきた。そして大人なんですがね、よく分からないですね。基本的にいるはずがない。今でも。
もし昭和が失敗しているとすると平成8年からの奇跡もないので、やっぱり平成時代もよかったんですよね。するとお前は誰なのかということですよね。
「女らしさ」の戦略と罠 -ゴフマンの分析視角から- 高橋 裕子
( 『立命館産業社会論集』 第35巻第2号 1999年9月)
https://www.ritsumei.ac.jp/ss/sansharonshu/assets/file/1999/35-2_takahasi.pdf
私は「外務省機密漏洩事件」(以下「機密漏洩事件」とする)として知られる事例を取り扱うが,この事件は当時外務省事務官であった蓮見喜久子が,親密な関係にあった毎日新聞記者の西山太吉に外務省の電信文のコピーを手渡し,両者が国家公務員法違反に問われた事件である。
分類図式に基づいた振る舞いは,行為者の能力に依拠するにもかかわらず,蓮見(事務官)は「女としては男に強く迫られると最後までノーといいきれない弱さがあります」と供述調書で語り,性的匂いを漂わせつつ自らが単なる受動的な被害者であったに過ぎないかの印象を撒き散らしたのである(注)。
上記の発言こそがまさに彼女が組み立てた戦略なのだが,ここで彼女は分類図式をことさら強調し,main trackとsubtrackとの混乱に乗じて,情状酌量を勝ち取ると同時に西山に攻撃を仕掛けようとしたのである。本来この事件において,両者が性的関係にあったか否かは,main trackとは何ら関係がなかったのである。少なくとも蓮見に性的関係をsubtrackに留める意志さえあれば,そうすることは十分に可能であった。ところが蓮見は性的関係を敢えて「告白」することで-それをmain trackとして採用することで-「西山加害者,蓮見被害者」とする設定に真実味を帯びさせていったのである。
後段には実際の法廷での証言などもあり、読み物としては面白い。その辺りは澤地久枝の著作からの引用が多いのだろう。しかし、ずいぶん蓮見事務官に辛く西山記者に甘い評価だなという印象も持った。
最高裁判決(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/114/051114_hanrei.pdf)では当初の出会いについて「かなり強引に肉体関係をもち」とあるが、その根拠となった供述が「女としては男に強く迫られると最後までノーといいきれない弱さがあります」のような『生物学的性』を持ち出したものであったから、蓮見事務官について「自らが単なる受動的な被害者であったに過ぎないかの印象を撒き散らした」と髙橋氏は断定するのであろう。
確かに捜査過程での供述や法廷での証言を具に見れば、蓮見事務官が情状酌量を求めて、あるいは自分を利用した西山記者への怨嗟から、自らの被害者性を強調した面はありそうだ。
しかし髙橋氏は「本来この事件において,両者が性的関係にあったか否かは,main trackとは何ら関係がなかった」とまで言うが、それは言い過ぎだろう。
性的関係は情報取得の目的で、西山記者から仕掛けられ成立したものだ。つまり記者にとってその性的関係は別の目的のための手段に過ぎないのに対し、事務官にとってはそれ自体が目的でしかない。
そのような性的関係こそが蓮見事務官の行動を束縛し、結果として機密文書の受け渡しという葛藤の生じるはずの行動について事務官を受動的な立場に置いたことは明白だ。
檄
われわれ楯の会は、自衛隊によつて育てられ、いはば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行為に出たのは何故であるか。かへりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後つひに知らなかつた男の涙を知つた。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑ひもない。われわれにとつて自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であつた。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなほ、敢てこの挙に出たのは何故であるか。たとへ強弁と云はれようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。
われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見てゐなければならなかつた。われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されてゐるのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなして来てゐるのを見た。もつとも名誉を重んずべき軍が、もつとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与へられず、その忠誠の対象も明確にされなかつた。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤つた。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によつて、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとへに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようといふ決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむづかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となつて命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によつて国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであらう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねぢ曲つた大本を正すといふ使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしてゐたのである。
しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起つたか。総理訪米前の大詰ともいふべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終つた。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変わらない」と痛恨した。その日に何が起つたか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢て「憲法改正」といふ火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になつた。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬つかぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家にとつてはそれでよからう。しかし自衛隊にとつては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日といふ日は、自衛隊にとつては悲劇の日だつた。創立以来二十年に亙つて、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとつて、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だつた。論理的に正に、この日を堺にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあらうか。
われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みてゐたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残つてゐるならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であらう。男であれば、男の矜りがどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」といふ屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかつた。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかつてゐるのに、自衛隊は声を奪はれたカナリヤのやうに黙つたままだつた。
われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。諸官は任務を与へられなければ何もできぬといふ。しかし諸官に与へられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、といふ。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のやうに人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩まうとする自衛隊は魂が腐つたのか。武士の魂はどこへ行つたのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になつて、どこへ行かうとするのか。繊維交渉に当つては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあつたのに、国家百年の大計にかかはる核停條約は、あたかもかつての五・五・三の不平等條約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかつた。
沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。
われわれは四年待つた。最後の一年は熱烈に待つた。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待たう。共に起つて義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主々義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまつた憲法に体をぶつけて死ぬ奴はゐないのか。もしゐれば、今からでも共に起ち、共に死なう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇へることを熱望するあまり、この挙に出たのである。
日本人が集団主義的であると言われるのは、日本の社会文化に根付いたグループ意識が強いことが原因です。日本社会においては、個人の価値観よりもグループの価値観や経済的利益を優先する傾向があります。また、日本人は仲間意識が強く、協力や協調が重要視されていることも影響しています。
Q: もっと掘り下げたら、その根本原因はどこにあると思いますか?
根本原因としては、日本の歴史や文化、政治的な状況などが考えられます。さらに、日本の国教や宗教の影響も大きいとされています。これらが組み合わさって、日本の社会文化が形成され、今日まで集団主義的な傾向が強い日本社会が形成されたと考えられます。
Q: 例えば日本では、パンデミックのときに他の国がマスクを外しているにも関わらず、集団主義的価値観によってマスクをつけ続けました。効果がないにも関わらずです。仮に効果があっても、マスクのごみ問題は深刻です。これについてどう解決すればよいのでしょうか?
マスクのごみ問題に対して、以下のような解決策が考えられます。
これらの解決策に加えて、マスクの使用自体を減らす方法も検討すべきです。例えば、ワクチン接種や免疫力の向上などによって、マスクの使用頻度が減ることが期待されます。
Q: その集団主義的な価値観により、集団とは異なる行動を取る人(例えばマスクをつけない人)を攻撃するような人たちがいます。しかも彼らは、「自分たちは賢い側であり、馬鹿をバッシングして圧力をかけるべき」などと言うのです。このような非道な行為をどうすればよいのでしょうか?
このような非道な行為は拒否すべきです。以下のような対応が考えられます。
このような非道な行為を拒否することは、個人や社会全体の人権や尊厳を守ることにつながります。また、倫理的な価値観を持った社会を築くことができます。
Q: 教育と言いますが、まさにその教育によって集団主義が強化されて状況が悪化しています。政府にも集団にも期待しても無駄なことは明らかです。個人レベルで集団主義社会で、自分の信念を守ったままサヴァイブするための指針を教えてください。
これらの指針に従うことで、集団主義社会でも自分の信念を守ったまま生きることができます。
Q: それでは最後にお聞きします。日本では「IQや学歴の高い人間のほうがマスク着用率が高い」などと差別を助長することを言う人がいます。こういう発言に傷つかないためにできることはありますか?
一つは、自分自身に対する自信を持つことです。差別的な発言は、自分自身を否定することになりますが、自分自身に自信を持つことで、その影響を受けづらくなります。また、相手の発言に対する真実性や根拠に疑問を持ち、批判的な観点から理解することも大切です。さらに、人種や知能などに関係なく、すべての人が平等に尊重されることを信じ続けることも重要です。