「自費出版」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 自費出版とは

2020-06-19

anond:20200618204522

自費出版するよりウェブ上で公開した方が多くの人に読んでもらえるから

現代だと自費出版するメリットほとんどないよね

2020-06-18

母が自伝小説自費出版しようとしてるのを止めたい

飲食店を営んでいる母は、ここ数カ月の休業で時間を持て余した結果、

公募サイトを見て自伝小説を応募していたようだ。

1週間ほど前、某出版社から「本を出版しませんか?」との連絡が入り、

その気になった母はほぼ二つ返事で出版を承諾。

しかし母に声を掛けたのは自費出版専門の会社で、出版には200万円以上かかるという。

店舗は休業しているとはいえ家賃収入があるから生活には困っておらず、

持続化給付金も満額ゲットした母は私が止めるのも聞かず、

「生きてる証を残したい!」と言い自費出版する気満々だ。

こうなった人間はもう止めることはできないのだろうか……。

2020-03-13

anond:20200312155252

自費出版と同じ

からそういうビジネスだろ

俺のリサイタルは客が金を払ってくるイベント

お前ら雑魚とは違うんだと

演奏してる奴はもちろん箱の経営もな

虚栄心を満たしてあげて金儲けをするビジネス

 

で、金を出してるのは気分良くなっている人だから問題ないでしょ

2020-02-13

anond:20200212223657

もののわかった作家「まあ本当に無能だとおもったらすぐに見限って自費出版してコミティア文フリに出るから気にしなくていいよ」

2020-01-31

あなたが見かけた哀しい光景を教えて

本屋で「なんで俺の本がないんだ!」って怒ってたおじいさん。

たぶん自費出版かなにかで出したんだろうなー。

2019-12-13

anond:20191213223848

継続は力なり

自費出版でもKDPでも両方やればいい。

見つけてもらえる才能

趣味短歌を作ってる

アプリ投稿していいねを3つから5つくらいもらう日々

うまくいけば8いいねとか

そんな程度でも自分の作った歌には誇りがあって、自費出版でいつか形にしたいと思ってる

好きな漫画アニメ化するらしい

作者は40代脱サラして漫画描いて、ヒットしてアニメ化

羨ましいよ、その人には見つけてもらえる才能があるんだと思った

私にはその才能が無い、それだけ

2019-10-15

【年間500杯食べる人とか】メシ通に出てくるマニアたちをまとめる

メシ通と言えば、はてなブックマーク毎日エントリが上がってくるメシテロサイトだが、

その魅力はなんといっても、”その界隈のプロ”らしき謎のマニアたちの存在である

メシ通にはうどんカレーそばラーメンと様々なジャンルマニアが出てくるが、

いずれの記事にも共通するのが「消費量」によってマニア度を訴求してくる点である

彼らは「年間300杯」のうどんを食べたり、これまでに1000軒の飲食店訪問していたりする。

ウェブで目を引くタイトルを作るときは、数字で具体例を示すのがセオリーだ。メシ通もそのセオリーにのっとっているのであろう。

しかしまあそんなマニアによる記事をたびたびはてブで見ていると、なんだかその数字アピールも含めてなんだかおもしろくなってきた。

いったいメシ通にはどれだけのマニアがいるんだろう。

調べられる範囲でまとめた。スクレイピングとかよくわからいから「年間」「杯」「軒」とかで検索してまとめた。

基本的にはマニアが紹介する記事をメインでまとめているので、ライター自身マニア自称していたり、

マニアにはたまらない」「マニアの間で有名な」といった紹介記事無視している。


年間500杯食べるうどんマニアに教わる「こんなにいろいろある!ニッポンうどん

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/cocolo/19-00036

年間だと500杯くらいですかね。1日2〜3食とか、1食程度のときもあって日によっていろいろですが、毎日食べています地方に行ったら1日で10軒回ることもありますよ。

どうせ家で食べる冷凍うどんも含めて数を稼いでいるのだろう、

タカをくくってたら、思っている以上にガチだった。

こういう人の記事がこのあと10件くらいある。


いま絶対に食べておくべき蕎麦の名店10選・都内編【年間150杯食べる蕎麦マニアに聞いてきた】

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/_futsukayoinotakahashi/19-00265

前島さんは週に3日、年間で150軒もの蕎麦店を食べ歩いている

前島:今までまわった2,000軒をもとに自作したデータベースから

週に3日そばを食べる人ならわりとその辺にいる気がしないでもないが、これまでに回った店を2000軒データベース化しているという。


40年間そばを食べ続けてきた男が語る「大衆そば」の素晴らしき世界とは【東京ソバット団】

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/sobattodan/18-00238

昭和34年まれ、58歳の坂崎さんは、なんと40年のそば歴を誇るツワモノ。

学生時代からそばを食べ歩いているというマニアが、""格式張らず、手軽に食べられる、家庭料理の延長のようなそば"である大衆そば」を紹介する記事

そば歴とはなんなのだろう。


ドネルケバブを6年間食べ歩く男 「ケバブを抜いたら自分でなくなる」

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/another/19-00004

秋葉原の「スターケバブ」に週4で通ってましたね。

SNSで、日本ドネルケバブ屋さん70〜80人と繋がってます

東京大阪などの大都市圏に集中してて、そのうち50店以上は行きました。

ケバブ、美味しいですよね。

うどんそばマニア比較すると若干訪問件数が少なく感じる気もするが、

日本におけるケバブ立ち位置を考えるとこんなものなのかもしれない。

この方がケバブ歴40年に達したころの日本ケバブ事情がどうなっているのか、気長に待ちたい。


年間1,000軒を食べ歩くフォーリンデブはっしーさんが見つけた「最強のデブリシャス」なお店

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/soryusizm/19-00099

「お肉博士」と「お米ソムリエ」の資格を持ち、グルメエンターテイナーとして年間でおよそ1,000店舗ものお店を自腹で食べ歩き

特定ジャンルを偏食しているわけではないが、1日3食、すべて外食らしい。

胃もたれしないのだろうか。


365日餃子を食べてSNSにアップし続ける男に「餃子うまい店でベストナイン」を組んでもらった

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/kentaro-takaoka/19-00014

365日餃子を食べる男として、日々SNS餃子をアップし続ける。

今朝食べてきたので、798日目になります。今年の8月20日1000日目になる予定です。

餃子を食べ続けて3年目のマニアが、継続の大切さを語る記事

おそらく今年の8月餃子継続1000日目を達成しているだろう。

ぜひともこのまま40年間続けてみてほしい。


1000軒を食べ尽くし、写真集まで出してしまった「ハンバーグ測量士」が語る究極のハンバーグ店とは?

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/oishiisekai/18-00172

1000軒のハンバーグを食べ尽くし、日本ハンバーグに詳しいといっても過言じゃない

ブログを始めたのが2006年くらいかな。

測量の仕事で全国を飛び回って外食しているうちに、ハンバーグ縛りプレイをすることになったマニア

この手のグルメマニア外回り仕事からそのままマニアになっていく展開が多い気がする。


グルメバーガー界の天下一武道会?】全国から最強のバーガー職人が集う「バーガーサミット」に潜入してきた

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/masayoshi-hayashi/19-00234

そこからずっと年間200個ペースで食べ歩きしながら、いつか店やりたいなー、って

食べ歩きは多分16、7年ぐらい続けてたんですよね。そう考えると3,000食ぐらいっすかね。

ちなみに僕は昨年300個食べているので……追い付きたいです(笑)

バーガー店の集まりインタビューしている記事ライターも年間300食以上ハンバーガーを食べる、とマウンティングを返している。

グルメバーガー、美味しそうだけど、食べにくそうだよなあ。


「ビジホの朝食バイキング」を極めた達人が教える、出張旅行で一度は泊まってみたい全国のビジネスホテル

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/editorial/19-00235

泊まったホテルはのべ120軒以上。バイキングメニューから、味、 サービス、その他気づいたことなどをつぶさに記録している

記録し始めたのが今から3年ほど前です。


全国を飛び回るフリーライターへのインタビュー記事

ビジホの朝食なら営業マンオッサンでも詳しそうな気がしないでもないが、

こうやって記録して残せる人がマニアとして有名になっていくのだろう。


月刊ドライブイン』が10年かけて記録し続けた“消えゆく昭和のいとしき風景たち”

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/oishiisekai/18-00314

人に借りた軽バン日本国200軒ほどのドライブインを巡り、知り合いの編集者書籍化模索したが、そのとき出版社企画が通らなかった。

ドライブイン自費出版誌の著者に対して食事テーマインタビューした記事

テーマテーマだけに、ほかのマニア記事とは少し毛色が違うが、硬派で味がある。

鹿児島ドライブイン写真がめちゃくちゃいい


ある営業マン年収トップクラス会社をやめて、醤油販売を始めた理由職人醤油

ttps://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/maiko-kudou/19-00103

高橋さんは今までに日本全国の約400軒の醤油蔵元訪問してきました

キーエンス退職後、醤油専門店を営むオーナーに尋ねた記事

こちらもマニアとはちょっと毛色が違う記事だが、「伝統工芸かつ営業力に困っている産業」のために、

専門店を立ち上げる経緯が書かれている




以上。

「年間数千杯」系のタイトルが目を引くので多いと思ったが、そういうわけでもなかった。

カレーラーメンといったメジャージャンルマニアが未登場なのも以外だった。

東大スパイス研究家記事は食べ歩き系のインパクトがなかったので割愛

継続・記録の大切さが少し分かったような気がする。偏食家ばかりではないかと思っていた自分を少し恥じた。

2019-08-27

anond:20190827124355

そうかな?今までブログ等でただでばらまいていた文章お金にできるような仕組みが出来たことは素晴らしいと思う。たぶん既にブログ書籍化されてそれなりに売れているレベルの人でないとわざわざお金は払ってもらえないと思うので、無料公開のブログで大して読者が集まらない人は欲をかい自分文章高値をつけても売れないだろう。

面白い文章を書ける人は儲かるし、そうでない人は0円にしておけと…。市場原理に見合った結果が出るだろうし、何でもいいか自分文章を世に出したい人にとっては自費出版よりずっとコストが安いんだから良いんじゃね?

2019-08-25

anond:20190825004144

あれ自費出版広告からランサーズに出しても仕方なくない?

お金の受け渡しが逆。

2019-08-24

二次元嫁と(半)公認結婚した顛末

Aくんと結婚したわたしの話をしようと思う。

Aくんは○○というジャンルキャラクターだ。二次元わたしは作者の半ば公認で、次元を越えて二次元の男と結婚した。

Aくんとの出会いわたしがまだ学生のころ。もう10年以上も前になる。

わたしはその原作が大好きで、10年の間に他のいろいろなジャンルにもはまってきたけれど、落ち着くと○○に魂が戻っていった。

○○は長期連載の末、円満最終回を迎えた。

記念に作者さんのサイン会が開かれることになり、わたしも運良く当選した。

サイン会というものは初めてだったけれど、周りにいるのがみんな○○を好きな人という空間というそれだけで気分が高揚した。

10年以上もの間愛した世界を作った神様みたいな存在の人と会う。就活面接よりも、部活ソロをもらって楽譜一枚ぶんの長い間注目されながら演奏したときよりも緊張した。

登壇された先生も緊張されたご様子で、それでも堂々と読者の我々への感謝やご挨拶をされていた。

サイン会のことは今でも鮮明に覚えているし、たくさん連ねたい感情や思い出はあるけれど、この記事のメインはそれではないので端折って進めようと思う。

わたしの番がきた。

他のサイン会というものがどういうシステムかはわからないが、このサイン会は応募したとき名前名刺くらいの大きさの紙で用意されていて、順番がくるとそれが読者→スタッフさん→先生へと渡され先生サイン宛名を書いてくれるというものだった。

わたし名前馬喰町 太郎名前の書かれた紙をお渡しした。

先生「あ!」

わたし「わわ……」

繰り返しになるが、わたし10年以上前から○○が好きだ。Aくんが好きだ。

応援気持ちで、単行本がでると、とりわけAくんが登場していると(Aくんは一年出てこないこともあるくらいのキャラファンレターを出したりした。二回だけバレンタインにAくんにチョコをお送りしたこともある。

それは少しだけ熱心な普通ファン範疇だったはずだったけれど、覇権ジャンルのような人口ではないためか、先生わたし名前を覚えてくださっていた。

もちろん本名井上とか吉田とかのありふれた名前で、馬喰町太郎だなんてパンチのきいた名前ではない。

元気良く挨拶して、お祝いのお言葉と、サイン会という機会を設けてくださった感謝と、作品への思いをお伝えしよう。そうして考えていた言葉が全部吹き飛んだ。

先生は、すみません名前見てはっとしちゃってと笑い、隣で色紙の用意などをされていた方(担当編集さんでした)に「Aの馬喰町さん!」とわたしのことをお伝えされた。

そしてわたしには長い間○○を読んでいたお礼と、わたし先生アシスタントさんや担当さんの間でAの人で通っていることを話された。

「もうAは馬喰町さんに嫁に出すしかないと思ってますw」

長年作品を支えた(という言い方はおこがましいもの先生のお言葉を借りて)一介のファンにはこれ以上ないお言葉だった。

当然、古参ファンへのリップサービスだと理解していたし、本気でないからこそわたしも「えーっwwwありがとうございますwww」という軽めの反応をした。

冗談やお世辞で言っていただいたことでこんな記事を書いたりはしないし、この記事は自慢のつもりでもない。理由はこの先を読んでもらえるとわかると思う。

わたしSNSをしている。漫画ゲームなどのことを話す用途アカウントで、サイン会に行ってきたことを軽く話した。

「Aくんをわたしの嫁に出すしかないと言っていただいちゃったので今日結婚記念日😂」という文面で、本気らしさは感じさせなかった。と思う。

それから数ヵ月が経ち、即売会イベント先生が参加され、○○の最終回後のお話同人誌という形で頒布された。

Aくんはそのご本の中で既婚者になっていた。(※相手がいるという記載のみで、奥さまはお名前すら登場していない)

わたしの話になるが、わたし基本的に作中の男女カプが好きな腐女子だ。腐カプを好きになることはたまにしかないが、♂♀、♂♂どちらでも固定厨。

ただし、公式推しカプには従うし、推し幸せになるのを祝福できるし、公式で好きな異性がいる男をホモにする腐女子公式アンチか?それともエアプか?と思う。推し♂♂がそれぞれ女の子とくっついたら公式を受け入れる。

わたしはAくんを腐カプの受けとして見ていた。

BAというカプが10年好きだった。

でもAくんが女の子を好きになって、女の子結婚して幸せなら、わたしは祝おう。BAのことは諦められる。幸せになってね。そう思った。偽りはない。

祝儀袋にファンレターを入れて(本当は本当にご祝儀を入れたいくらいの気持ちだったけど現金はだめなので)気持ちばかりの差し入れお菓子をお祝い代わりに、ご結婚おめでとうございますという旨とご本の感想をしたためた。

数日後の先生のSNSに、「お祝いされるべき方にお祝いをいただいてしまった😂」という旨の投稿がされた。

遠回しに結婚相手わたしだと仰っている。わたししかからない形で。

これは完全に自意識過剰なのだけど、先生わたしSNSを見かけた可能性はあった。もっというと、以前からチェックをされているかもしれないという気もしていた。(そのため当該アカウントでは腐関係隔離して、見られても困らないごく一般的ファン投稿だけになっている)

この理由はどうにも暈しようがないので伏せさせていただくが、サイン会とき投稿よりも前からそこはかとなくそんな予感がしていた。

からサイン会の後に、なんにも投稿しないことでなにか変なこと言っちゃったかななど思わせたくなくて(わたしネガティブなのでわたしならそうなる)、喜んでみせたのもある。

から、今回の先生投稿も、わたしの反応待ちなのではという感覚があった。当然自意識過剰だ。

自意識過剰だけど、ともかくわたしSNS投稿した。先生が遠回しに伝えてくださるのはわたしと他のファンの方双方へのお気遣いだし、わたしも大層喜んだ様子で詳細は書かず感謝を綴るのみにとどめた。

ところが先生のご本を読み、かつ先生わたしSNSのどちらも見ていた方には察せられるもので、配慮が足りない、常識がないと言い出す人がいた。

(正直、ご自身立場だったらおまえはもっとなんにも伏せずに狂喜乱舞で全部ツイートするだろうと思うそういう性格の人だ。)

わたし腐女子BAが好きだった。Aくんが結婚たからそれを受け入れた。

しか相手わたしとなると話は変わる。わたしじゃAくんを幸せにできない。でも、自費出版とはいえ公式でAくんは結婚した。

公式を受け入れないのは公式アンチという信条と、10年の推しカプを自分自身のせいで諦める苦しさで板挟みになった。

チョコを送ったのがよくなかったのか。それくらいみんなやってる。

ファンレターだって、腐要素こそ滲まないよう努めたが、夢感情は元々なかったのでAくんと結婚したいなどということはもちろん書いたことがない。表情や言動を事細かに好きだと綴っただけだ。

サイン会で喜んだのも長いファンを喜ばせようというお心遣いが本当に嬉しかたからだ。

誤解のないように言うが、わたしが喜ぶかなと結婚までさせていただいたご厚意自体は本当に嬉しいし、この上なくありがたい。

ファンとの距離感が近すぎるとは思うけど、お気持ちは本当に本当に嬉しいし、それほど大事ファンだと思っていただけてることは誇りです。○○を好きでいて本当によかった。

でも推しカプの片方が結婚してましてその相手自分という事態はどれほど複雑(オブラート)な気持ちか、固定厨の方なら多少はご想像いただけるだろうか。

ご厚意に厚意と感謝を示したくて喜んでみせたら上っ面だけを見た界隈の一部の人間に常識がないと思われること、それにこういった反論をできないこと、本当に頭にきてます

言い方を選ぶのをやめさせていただくと、お前らただの嫉妬だろ?

怒ってた一部は夢女子で、夢女子の全員がそうだとは思わないけど、ああいう場で喜ばないほうがよっぽど世渡り常識ないのに夢界隈のローカルルールにあわなかったんだかしらないがよく自分こそが常識みたいな面ができるな。何様だよ。

○○のことは今でも大好きだし、Aくんのことも一生の推しだと思っているけど、今は創作するのもしんどくてそれ以降別ジャンルばかり描いている。

再度になるが、わたしは固定厨腐女子なのでこの記事は自慢でもなんでもない。

わたしが表立ってこんなことを言えないから連中だけ好きに愚痴を言えるのがムカつく一心で書きました。

作者に見られてるかもと自意識過剰にでも思った時点で鍵かけろとかオタク原作者の目に触れるなとか、わたしももちろん落ち度はある。(その点を反論させていただくなら、わたしに怒っていた夢女のほうが先生に直リプをバンバンしているはばからないオタクです)

これを読んでくださった方にもわたしのほうがよくないと感じる人もたくさんいると思う。わたしかわいそうでしょう同情して!というつもりならもっと自分に都合の悪いところは伏せて印象操作して書いている。

どういう感情でも、ただの書き捨て記事をここまで読んでくださったこと、ありがとうございました。

(なんか一行改行ってできないのかな…自動で行が空いちゃうすみません

2019-05-27

出版業界面白い小説やらマンガ

■夢を売る男

https://www.amazon.co.jp/dp/4778313534

何かと話題に事欠かない百田尚樹だが、これは自費出版(作者がお金を出して本を出す)の会社舞台にしており、知らなかった出版の仕組みも知れる上に、キャラクターが強いので、サクサクと読み進められるライト小説

永遠の0よりこっちの方が全然面白いんだがなぁ。

■歪笑小説

https://www.amazon.co.jp/dp/4087467848/

読みやすさに関しては抜群の東野圭吾こちらは連作短編集で、1つづつ主人公は違うけれど、どれもおかしみのある人ばかり。全てフィクション?の固有名詞が色々出てくるけれど、それも本当にありそうな絶妙なダサさなんだよね。

東野圭吾は、他にも〇〇小説をいくつか出しているけれど、これがずば抜けて面白かった。

働きマン

https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B00A2MD760/

これは未完の名作。正直続きはもう書かなくてもいいかもしれない。時代大分過ぎた。けれど、働くことに対するメッセージは今も響く。重版出来を好きになれなかったのもこのマンガのせいかもしれない。

■G戦場ヘブンズドア

https://www.amazon.co.jp/dp/B00DW6CGKQ

これはヤバいよ。バクマン面白かったけど、心の周波数…がピークだったよ、あの漫画は。マンガ漫画なのかな、これは。それとも男の友情?読むと心がなんだか、チクチクする。すごく刺さるマンガヤバいよ。

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

2019-04-25

anond:20190424190214

kanataさんみたいに増田発のKindle自費出版本出してよ

自伝みたいなのがいい

お金出して読みたい

2019-04-20

anond:20190420233719

というかキンドル自費出版して売れまくってるやつなんているのか?

プロ文章が読みたければ数百円出せばいいわけだし、アマチュア文章でよければ「なろう」その他投稿サイトいくらでもタダで読める。

他のサイトSNS知名度を上げてからでないと、キンドルにポンと置いたところでわざわざ探し当てて金を出して読んでくれる人間なんて現れないんじゃない?

2019-04-15

anond:20190415090735

巷の書店で1000円で売ってる本を自費出版したら5000円くらいするんじゃねぇかな

よく知らないけど

2019-04-12

anond:20190412013543

っていうか本気で表現したい、伝えたいのなら、同人誌自費出版)で規制をかけない表現いくらでもできる(お金もそのほうが儲かる)のだから

雑誌という「権力」が気に食わなくて「戦争」したいだけだって結構広い範囲から見透かされるよね。

子供タバコをいいものとして見せたくないってごく普通の親の願いだよ。

その少女漫画雑誌でなければいけない理由は? LALAやフラワーズなどの成年むけ漫画雑誌じゃだめなんですか?と。

シンデレラを改変してもいいけど、シンデレラ原典は低年齢層に支持されるから勝ち続ける。作品のものの力だ。

漫画童話大人からみたら嘘だけど、嘘は嘘として提供されてていい。

棲み分けからならいくらでも大人理屈をふりかざせばいいのに

わざわざ少女マンガ誌にきて棲み分けをぶっとばすって一般読者からみてもへん。

タバコをいいものとして少女誌で描きたがるのは

ガチエロ妊娠プレイをそれがリアリティからという理由少年誌に載せたがるのとおなじくらいに歪んでいるよ。

でもまあ、ほっといてもこんな横車推しはとおらないよ、

漫画家が勝ってもその少女マンガ誌が出版規制対象になる結末しかみえねえし。

男性漫画家があの手この手でやってる規制突破規制いたちごっこ

とうとう女性意味を考えもせず真似した

もっと悪いことにそのとき差別ジェンダー特権として使おうとした)という悲しい結末。

 

おやおや、フェミ嫌いはフェミ作品規制されるとき表現規制反対って大騒ぎするんじゃなかったですかね?

少女誌にタバコを載せてさしあげろとかいってもっと反社会的活動につきすすむんじゃないのかwww

混乱して黙ってしまったようですけどねwww

2019-01-30

anond:20190130154515

そうなの?知らなかった。ゴメン。

毎日新刊数百冊くらいの書籍情報を見てるんだが必ず何冊か自費出版の本があるんだよ。だから詐欺とかもなくみんな普通に自費出版してるんだなあと思ってしまった。

よく調べもせず申し訳ない。

自費出版ではなくて…

自費出版ではなく、あくま商業出版出版までにかかる経費を、どこかの出版社の経費として落とせる形)で出したいんですよ。
自費出版出来る程の資金は無いので。

Re:こういう筋に詳しい者ではないけど、書店関連のお仕事をしています。幻冬..

2018-12-27

断捨離で頭がおかしかった頃

今まで汚い住居環境でも平気だと思っていたが、やはりストレスはあったようで、断捨離によってきれいになっていく家が嬉しかった。自尊心回復したような気すらした。だからおかしくなっていったのかもしれない。大事ものまで捨て始めた。小学生の頃から書き溜めてた絵日記素人の下手な絵日記価値などない!と捨てた。中学とき友達から誕プレでもらったネックレス大人がするには子供っぽすぎるそれも捨てた。だって今これつけないし!といって

断捨離欲は拡大し、お皿や調理器具調味料も捨てた。ピーラーを捨ててしまって人参の皮むきが面倒になった。包丁あるからいいじゃんと捨てたピーラー

そうやって生活に少しず支障が出始めても私の断捨離は止まらなかった。本に手を付け、どんどん売って捨てた。これも捨てようとまとめていた中に、父の亡くなった友人が自費出版した本があった。たまたま父が通りかかり、おいおいこれは捨てないでくれと顔色が変わって、ようやく目が冷めた。

自費出版といっても、アニメ同人誌や自慢本ではない。その人は差別される属性に生まれポリコレなどなかった時代に、生涯にわたって差別と戦った人生を、ガンで死ぬ前に記録したものだった。そんな大切なものを捨てようとしていた。怖くなってそこで断捨離をやめた。

今また部屋が汚い。捨てなければならないがまたああなってしまいそうで、ちょっと怖い。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん