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はてなキーワード: 自我とは

2017-12-14

永遠が成立する仕組み

永久に変化がない状態ってのは、変化が止滅した場合にの可能

アートマンプラクリティ干渉から離れて、独存に至った場合に変化をコントロールできる。時間は変化から生じている。変化が一切ない状態では時間の経過が発生しない。

日本人が真我独存を体得できないのは、その前にヴェーダ世界観を知らないから。とりあえずWikipedia勉強してみては?

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE

サーンキヤ学派は厳密な二元論を特徴とし、その徹底性は世界思想史上でも稀有のものである

 

世界はある一つのものから展開し、あるいはこれが変化して形成されるという考え方をパリナーマ・ヴェーダ(転変・開展説)といい、原因の中に結果が内在するという因中有果論であるが、ヴェーダウパニシャッド一元論や、プラクリティ根本原質)から世界展開を主張するサーンキヤ学派はこれにあたる。

精神原理であるプルシャは永遠に変化することのない実体である、とし、それに対し物質原理であるプラクリティ第一原因とも呼ぶ。

プラクリティには、サットヴァ(sattva、純質)、ラジャス(Rajas、激質)、タマスtamas、翳質・闇質)という相互に関わるトリ・グナ(tri-guṇa、3つの構成要素, 三特性三徳)があり、最初の段階では平衡しており、平衡状態にあるときプラクリティは変化しない、とする。

 

しかしプルシャの観察(観照、関心)を契機に平衡が破れると、プラクリティから様々な原理が展開(流出)してゆくことになる。

プラクリティから知の働きの根源状態であるブッディ(Buddhi, 覚)またはマハット(mahat, 大)が展開され、さらに展開が進みアハンカーラ(Ahaṅkāra, 我慢または我執, 自我意識。アハンは「私」、カーラは「行為」を意味する)が生じる。

アハンカーラの中のトリ・グナの均衡がラジャスの活動によって崩れると、これからマナス(意, 心根、Manas、思考器官)、五感覚器官(Jñānendriya、五知根、目・耳・鼻・舌・皮膚)、五行動器官(Karmendriya、五作根、発声器官・把握器官(手)・歩行器官(足)・排泄器官・生殖器官)、パンチャ・タンマートラ(五唯または五唯量、Pañca Tanmātra、五微細要素, 五つの端的なるもの)が展開して生じる。

パンチャ・タンマートラは感覚器官によって捉えられる領域を指し、声唯(聴覚でとらえる音声)・触唯(皮膚でとらえる感覚)・色唯(視覚でとらえる色や形)・味唯(味覚でとらえる味)・香唯(嗅覚でとらえる香り匂いである

この五唯から五大(パンチャ・ブータまたはパンチャ・マハーブータ(Pañca Mahābhūta)、五粗大元素)が生じる。

五大は、土大(Pṛthivī, プリティヴィーもしくはBhūmi, ブーミ)・水大(Āpa, アーパもしくはJala, ジャラ)・火大(Agni, アグニもしくはTejas, テージャス)・風大(Vāyu, ヴァーユ)の4元素に、元素存在運動の場を与える空大(Ākāśa, アーカーシャ, 虚空)を加えた5つである

 

プルシャはこのような展開を観察するのみで、それ自体は変化することがない。

この記述体験を通じて観察しない限り、理論だけでは理解できない仕組みになっている。

自分意志で変化をコントロールできない人間は、不変の状態永久)を得ることはできない。

 

※せっかちな人もいるだろうから警告。単純に死ぬだけでは真我独存の状態に至れないか勘違いしないように。自殺では変化をコントロールできるようになりません。

2017-12-13

私の自我を探して

もし近くに友人がいたら「あんな奴の言うこと気にすることないって!」とか言って励ましてくれるんだろうけど旧友は皆それぞれの道を歩んでしまい私は人間関係に乏しい日々を過ごしている。何となく出会いが無かったり、意識的に友人を作ろうと努力しても相手の顔には「?」が浮かんでいるし的外れなことをしている感が拭えなかった。地元を離れて大学にでも進学してみようか。私は20代も後半、今更なぁ目的もないのに、特別進学したい訳でもないし淡い期待に基づき行動するというのはとても辛く悲しいことだ。何が人生をつまらなくしているのか分かるなら教えてほしい。

anond:20171212185337

貧困世帯自我を保つ為に自分への言い聞かせている、位にしか聞こえない。勿論選択の自由はある。然し乍ら、主が説明している産まない理由は全てお金解決出来るわけで、ソシャゲ貧乏人が貧困から課金出来ないのに「金はあるけど課金しない!」と言っているようで微笑ましい。

2017-12-11

精神分裂病

精神分裂病」という言い方は偏見を招くので「統合失調症」になった経緯がありますが、

IT業界で働いている身からすると「お前の人格統合されてない」という風に聞こえる時がある。

あと自分経験からすると、「自分の中に自分という人格が同時に複数存在していて、かつそのことを自我認識している」としか言い様がない状況だったので、どっちの言い回しが病状を正確に言い当ててるんだろうね、と思う時がある。

(40代男性です。一度診断を受けたあと寛解して、今はIT業界の末席で元気に働いています)

2017-12-09

anond:20171208235805

ニートが反抗して道を踏み外すと思ってる? 違うよ。反抗しないよう自我が弱められているから、自己保存を怠ってレールの終わりでそのまま脱線するんだよ。

2017-12-07

anond:20171206235839

でも生きてないとは言い切れないよね。

自我は萌出していなかったとしても1年も経過すれば自分で物を考える事が出来る

謂わば自分配偶者コピー倫理に反した事をした償いとして、いつまでも纏わり付いて離れなければ良いけれど。

2017-12-06

火垂るの墓の惨めさを見て

この時代に生まれなくてよかったとか言う奴いたわ

自我の発達のない自立心皆無の兄と惨めに死亡する様子

兄貴ざまぁwwとか皆この兄妹哀れんで自己満足に浸れるだけの内容だろ

じふはまだこんな死に方しないって優越感に浸れる

しかし俺は現代鉄砲爆弾飛んでこないだけで人間と争ってるのはかわらん

まけたらメンヘラ自殺とかあるし殺されるやり方がちがうだけ

死因が違う社会なだけで苦痛凄惨なのはかわんねーなあ

2017-12-03

気づいたら、純粋だった僕は唾くれおじさんと化していた

小学生の頃、母ちゃんに唾くれおじさんが出没しているから気をつけるのよ、と言われたことがあった。

当時、純粋無垢権化だった僕は、「なんで小学生の唾なんてフィルムに集めたがるんだろう」と不思議しょうがなかった。

あれから、四半世紀の時が流れた。

社会という荒波に飲まれていくうちに、凶暴なもう1人の自我が芽生えていることに僕は気づいてしまった。

そう僕は、いつから小学生の唾液を集めたくて仕方がなくなっていたのだ。

一日のうちで、ヒトの心を持つ「僕」の時間と、唾くれおじさんになって意識のなくなる「おじさん」の時間がある。

どうやら唾くれおじさんとしての時間の「おじさん」は、乱暴なことをしているらしい。

最近では、「僕」の時間よりも、「おじさん」である時間が増えている。

意識を持つ「僕」は、それを振り返るたびにとても苦しい。

でも、無意識で過ごす「おじさん」はその苦しさがない。

からいつか、この「僕」が消えてしまえば、「おじさん」はしあわせなんだ。

もう時間がない。

そのうち、おじさんは牢屋にぶち込まれるだろう。

きっとフィルムだって証拠品として押収されるに違いない。

誰か、おじさんが集めた数千のフィルムケースを受け継いではくれないだろうか。

後世に伝えないでは、死んでも死にきれないんだ。

anond:20171202213609

レイパーというより、機械姦のような強制本能的に求めているんでは。性欲を晴らす為というシステムの中に自分を置いてしまうと気楽。考える必要性がないから。加えて、自分には性欲の意志がなかったという理由にも出来る。恐らく貴方自我はかなり強い方なのでは。だからそれを力で抑えつけるような強い存在を求める。もしくは初体験でのトラウマ無意識再現しようとしてるとか。恐怖心を性欲に置き換えているだとか。

2017-12-01

僕が僕が、を消したい

好きな人がいる。

の子が僕でない人と話して笑っている。

それを見て、僕は嬉しさとモヤモヤを感じる。

僕が、彼女に歓びをあげたい。僕を、見てほしい。

そして、僕自身独占欲大事な人の歓びを素直に喜べないという心の醜さを自分の中に見つける。

僕を見てほしい、僕に笑いかけてほしい、僕を認めてほしい、僕を大事なひとだと言ってほしい。

これは執着だ。苦しみの素だ。この気持ちを手放したい。

好きだと言いながら、僕は自分の心を見ている。

の子気持ちは手に入れられない、コントロールできない。

コントロールできる、自分意識を変えたい。

彼女の心に僕の心を同一化して、彼女の歓びを僕の喜びとしたい。

自身自我を消し去って、もっと素直に生きたい。

起きることをあるがまま受け取る。我が儘を混ぜない。

そうすれば平穏に、豊かになれはしないか

2017-11-28

ままごと

って、子供自発的にやる遊びとしては、かなり興味深い

自我が芽生えたばかりの子供が、擬似的な家庭を演じて、ある種の主従関係とかが見えるのが面白い

だいたい主導権握るのは、女の子なので、女の子が成長が早いんだなあと実感できる

できれば、おじさんも、女の子とおままごとしたいなあ

anond:20171128190118

自我」の使い方違うよ。「自分の考え方」とかで今度から言い直してね。

ダルちゃん

https://togetter.com/li/1175826

普通の女になれない女」とのことだけど、この「本体」の方の自我全然無いタイプ女性はそこらじゅうに掃いて捨てるほどいて、むしろどっからどうみても典型的な女だから安心しろよって思った。

2017-11-23

非処女が一因となって、将来の結婚破綻した

(一度思う所があって昨日消しましたが、また思う所があって再び投稿しました。ごめんなさい。)

あなたはとても優しくて頼りがいのある人だったよ。

大学福祉ボランティア児童館グループで、初めて会ったんだよね。幼児教育学科以外の人も取れる科目だったからかな、楽単狙いの人がほとんどで・・・・・・でも、あなた図書館で関連する本を1人で読み込んでいたよね。所詮学生の付け焼き刃、と言う人もいるけど、1回きりのことに真剣に取り組んでいる姿には、はっとさせられたよ。

実際の実習でもあなたは、積極的に参加していて、子供の缶ジュースズボンにこぼれた時も、なんでもないように笑って許していたよね。ロリコンだとか冷やかす人もいたけれど、私にはもっと何か大切なもののように感じられたんだ。

告白したときのことは、とても緊張してて今でもよく思い出せないけど、それから、お付き合いして色々なところに行ったよね。

春にはお店の窓越しにお花見をしたし、6月にはホタルも見に行ったけ。実際にホタルを直接見たのは、初めてで新鮮で「こんな世界があるんだ!」ってちょっと大げさに思えるかもしれないけど、そう思ったよ。夏には海に行ったよね。一番最初彼氏ときには、夏まで付き合いが持たなかったから、男の人と2人で行く海は初めてで、ビキニを選ぶのにとても苦労したんだ。「大胆すぎるかな」と何度も友達相談して、ちょっとお金を奮発したりして。海であなたに「かわいい」って言われた時には、とってもとっても嬉しかった。秋には読書の秋ということもあったし、あなた図書館好きだったのもあって、随分と大きい図書館にも行ったよね。図書館なんて学校図書館しか行ったことがない私には、最近図書館は綺麗で、カフェもあって・・・・・・びっくりしちゃったな。帰りには、レストランでお月見もできたね。

冬には・・・・・・と書き出そうとしたけど、涙が止まらないよ。

その1年だけではなくて、それからも私の世界を広く、豊かにしてくれたね。なんだか両親よりも信頼できちゃって、もうすっかり家族という気までして、うっかり「結婚楽しみだね」ってLINE送っちゃったんだ。

結婚する気はないよ」って返信が来て、正直何が起きたのかわからなかった。

その後、私に詳しく説明してくれたよね。

処女に比べて浮気確率は、婚前経験人数1-3人で4倍。4人以上で8.5倍。(加藤司 『離婚心理学』)

・だから非処女結婚に対する適性が処女に比べて低い。

・それに加えて、自己コントロール能力(自我消耗)が低く、結婚生活運用する技術も持っていないし、そういった事態改善させる努力もない。

・「知らなかったから」では、結婚には向かない。結婚に限らず人生イベントや式典ごとに「お知らせ」や「チュートリアル」が提供されるものではない。

あなたが私の友達から過去交際歴を聞いていたのを知らず、つい焦って「私は処女だよ」って返信して、墓穴も掘った。「大切な場面で嘘を言う人は、信頼できない」って返ってきた。

最後に確かこう言ってたね。

あなた結婚の適性はないけど、結婚願望はある。かわいそうな人。だから、私が破綻させておいた。これでもう、あなたは私を原因にすることで、結婚を諦めることができるんだよ」

それは違うよ。

私は見る目がなくて、軽率で、嘘つきで、すぐ不安になってスマホをいじる根性なしで、相手が何かしてくれて当たり前だと思って、その癖自分からは何もしない、他人の足を引っ張ることしかできない、生きていく適性のない人間だと気がついたから、結婚を諦めることができるんだよ。

2017-11-08

anond:20171108174251

元増田です

あれこれ言及いただいたので、つらつらと。

同棲してみたら良かったのに

今はとてもそう思っている。そして試してたら多分半年位で出てくことになっただろうと思う!

付き合いはそこそこ長いし週5位で入り浸ってたりしたので、結婚までの間で、日常生活を送ることになった場合の状況をちゃんと見極められなかったのは私の落ち度でしかないと思う。

いやーほんと、他人としてみてる(向こうの一人暮らしにはあえて口出ししなかった)のと想像してみるのとやってみるのは違うんですわ…。

男ならそんなもんでは?or良いほうでは?

えっこんなもんなの…一人暮らしの男女差やばくない?(男なら、ときたので男女で、という言い方をしておく)

ちなみに私の基準は母なんだけど、フルタイム正社員してて、毎日掃除機洗濯(4人分)&料理をこなしてる人だったので、今の我が家掃除機1か月に1回あるかないか洗濯1週間に約2回(これは一人暮らしならもっと少なくても理解できるんだけど、二人暮らしだと単純に考えて量が2倍ですよと説明してある)・料理週半分くらいって状況が結構心苦しかったんだけど。

でも考えてみれば、その分父の仕事とは…風呂場&ゴミ出し担当?って感じだったし、母も父に対して「何もしない!」って怒っていたので、同じことが我が家でも起きているだけなのか…

世の主婦の方々が「最初が肝心」「旦那教育」「うちは教育間違ったから…(苦笑)」って言ってくる意味が、今身に染みて理解できるぜ。

旦那は育てよ、というのもよくわかる。が、自我のある成人男性を育てるの、なかなかのハードワークよ?他人を変えるより自分を変えるほうが楽ってくらいに。この一年で思い知った。そもそも言ってもやらないので、やる気があるとも思えないけど…

女性も働く今の時代、いつになったら家庭内ももう少し平等に近付くんだろうな。

金で解決

単純明快で大変良いと思います。正直にいうと、今まで頭の中を幾度となく過ぎったアイディアでもある。

仕事から帰ってきて当たり前のように「今日ご飯何?」って聞いてきて「えっないの?」ってなんとなく機嫌悪くなられるのがとても納得いかなかったんだけど(私だって仕事してきたよ!帰ってきたのついさっきだよ!って思う)、家事に対して対価があるならまぁやろうかなという気分にもなるし。

ただしその分稼いでもらうことになるので、残業代すら渋られる今の状況だとあまり現実的ではなさそうだな…。

でも交渉までいかなくとも、提案余地はあるね。対価は金じゃなくても、掃除だっていいのよ、ってな。

別れたら?

私の中ではかなりアリよりのアリの選択肢

他人を変えるより自分を変えるのが楽だとしても、それが我慢妥協の上に成り立つのであれば、受け入れる必要はないと思っている。だから夫も無理に変わらなくていいと思っているし。

もちろん、ある程度は必要なことだけど。でも体を壊すほどのストレス・疲労を抱える意味ってあるの?っていうのが基準ブラック企業の離れ時のようだ…

みんな我慢して結婚生活を続けてるんだから、って自分の苦労話をしてくる先輩主婦の方々もたくさんいるが、「えっでもそれ選んだのはあなたでしょ?」って思う。

同じように、この夫と結婚することを選んだのは確かに私で、その責任が私にあることはわかっている。別れるなんて、辛抱強くない我儘な選択肢だなぁと自己嫌悪になりかけるけど、ここまで私なりに足掻いてきたんだよな、とも思う。やってみて駄目だったんだから仕方ないよな、って開き直りたくなることもある。だから将来的な選択肢としてはアリ。

…といろいろ考える間にも夫は風呂にも入らずぐっすりで、自分から後で決めようって言ってたやつはどうするの?って感じだ。他にも話すべきことはいろいろとあると思うんだけど。いろいろ真剣に悩んでること、問題視してほしいこともあるんだけどな。

栄養、休息、睡眠を心掛けなければいけないのは病人の私のはずなのだが。なんだかまた不眠が再発しそうだ。

2017-11-01

anond:20171101073534

スーパーの主要顧客は女で、それで小売業界で苦しむのは主に男だから

女性たちが男に求めてる理想は、自我を完全に押し殺して自分たち奉仕することだから

働く男ロボットにしたいだけだから

2017-10-30

[] #40-2「お菓子祭り作戦

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この街にようこそ」

歌:マスダと愉快な仲間たち 作詞作曲ポリティカルフィクション

覗いてみないか 不毛すぎる世界

案内するよ 僕らのダイアリー

これがダイアリー 楽しいダイアリー

弱者が悲嘆にくれてる

これがダイアリー オタクが騒ぐ

TRACK BACK STAR この世界死ぬ日まで

不毛の街に響く自分語り 索敵なダイアリー

トイレで管まく俺を見ろ 情緒に溢れた身の上話

お題を出してる俺を見ろ ほら何かを言いたくなったきた

これがダイアリー 楽しいダイアリー

ダイアリー ダイアリー ダイアリー ダイアリー

アノニマスダイアリー この街センセーショナル流星群

アノニマスダイアリー この街はみんなが栞を大歓迎

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俺たちの町のハロウィン企画はこんな感じだ。

このイベントのために参加した“有志”の在宅に、仮装した未成年訪問すれば菓子が貰える。

まあ“有志”とは言っても時間を持て余した富裕層酔狂で名乗りをあげているくらいで、市民団体企業組合関係しているものほとんどだ。

「今回は俺が常に目を光らせているから、前回みたいなことはできるとは思うなよ?」

弟は前回のハロウィンでトリートばかりであることに不満を抱いて、仲間たちとイタズラ騒ぎを起こした。

今のところは大人しいが、念のために俺は釘を刺す。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」

「見くびるなよ。俺がお前の話を鵜呑みにするとでも?」

別に信じたくないならそれでもいいけどさ。前回と同じことしたってツマらないし、今回はお菓子をどれだけ集められるかを目標にしているんだよ」

こいつの性格から考えて、実際そのつもりなんだろう。

弟が何かをしでかすとき一見すると大層な志があるように見えるが、その実は思いつきで行動していることが多い。

所詮教養を育んでいる最中の、未成熟なガキなのだ

自我確立できていないかコントロールすることもできず、社会に上手く順応できていないのである

弟のこういう気分屋なところは嫌いだが、まあ菓子代が浮くし、今回は『お菓子祭り作戦』に付き合ってやろう。

「よし分かった。だが目標と掲げるからには、それなりの結果を出すための態度を示すべきだぞ」

「分かってるって。効率の良いルートは事前に予習してきた。当分は菓子に小遣いを使わなくていい自分シミュレート済みだ」

皮算用にならなきゃいいがな。



そんな俺の不安をよそに、菓子集めは順調に進行していく。

トリオアトリ、はいこの袋に入れてね。ハリーハリー!」

流れるように菓子をせびり、迷うことなく次の在宅へと歩を進める。

予習しているとは言っていたが、まさかここまでとはな。

ちょっと、このお菓子消費期限が短いじゃんか。俺たちは別のところでもお菓子をたくさん貰っているんだ。こんなの貰っても処理しきれないよ」

俺が口出しするまでもなく、お菓子の選別もしっかりしている。

シミュレートもばっちりってわけか。

弟に言われて120リットルゴミ袋を持ってきたが、始めてから1時間でおよそ3分の1。

さすがに120リットルゴミ袋はやりすぎたと思ったが、このペースだと本当に満杯になりそうだな。

それを持って帰れるかどうかのほうが心配になってきた。

だがそんな俺の不安は、またも新たな不安によって塗りつぶされることになる。

(#40-3へ続く)

2017-10-28

自分で何

心のことか?では心って?アタマで考えていること?

話す言葉で決まるもの?では口下手は話し上手より人として劣るの?

顔って自分事故で顔が変わったら、それって自分て変わらず認められるの?

手足って自分?オレのものだけど、コレなくなってもオレはオレだ

思い通りにならない思考は、自分なのか?瞑想してても言うこと聞かずに悶々悶々浮かんでくる自我。消えろ!

無意識本体なら、意識認識してる"オレ"って何者なの

分からん

2017-10-25

anond:20171025134423

女(赤ちゃんを宿す立場)としてはそう思うよ。

子供お腹にいるとわかった瞬間からの子の母だから

ただ他の人が言及してるように人間らしい行動を心掛けた瞬間に人間になるっていうのは、その通りだと思う。

社会に生きて情緒を学んでそこから発生した自我あなただと思う。

2017-10-22

https://anond.hatelabo.jp/20171022214742

追記の追記

他者とのつながりが自我の基盤だった時代など、当の昔に終わっている。誰もがシステムに見守られ、システム規範に沿って生きる社会では、人の輪なんて必要ない。皆小さな独房の中で、自分だけの安らぎに飼いならされているだけだ。

PSYCHO-PASS」の世界観現代日本で受けたのは

そのストーリにおいて「自己決断機械(シビュラシステム)に任せ、自己に決定・決断放棄した時に何が起こるのか」というテーマ

一見すると思考実験的な仮想性を持ちつつも

その実、現代社会における個人主体性問題と深くリンクしていたがために現代オタクの興味関心を惹いたのだろうという自己的な指摘をしておきたい

結局、現代においては「透明な存在であることが求められてしま

人は人と付き合うのではなく、機能と付き合うようになる

「”運命果実を一緒に食べよう”と言ってくれる誰か」はこの世界には存在しない

からこそ、僕らは「落とし穴の中で幸せそうにしている人が描かれた物語」を読みたくなる

狭い二者関係の中で起こるテンプレート化された会話劇ですら、この世界には実在しないのだから

僕らが求める対人関係という“真理”は実在しない

それは吊るされたニンジンに過ぎず、世界神様人間に興味がない

アニメシリアスがあると見たくなくなる人々」について

寓話理想郷ユートピア)」

神様は、一部の人間に理想郷を与えることにしました。

まずは、外の世界から隔離した場所を造り、そこへ人間達を住まわせます

人間食べ物不自由しないよう、

飲むだけで空腹が満たされ、若さを保ち、健康でいられる”湖”をつくりました。

その水は、人間だけでなく、植物を潤し、空気もきれいします。

身体にかけるだけで、汚れが取れ、傷が治り、とても良い香りに包まれます

また、法律を無くし、自由に生きられるようにしました。

気候は常に心地よく、衣服必要ありません。

働く必要も無く、病気にもならず、男女は誰とでも交われます

人々は、この理想郷感謝し、生きることを楽しみました。

しかし、何ヶ月か過ぎると、人間達は不満を持つようになりました。

それは、人間が持つ、妬みや嫉妬からまれ感情でした。

神様は、人間から男女の種別を無くし、その原因を取り除きます

そして子孫を残せない代わりに、永遠の命を与えました。

暫くすると、また人間から不満の感情が現れます

調べてみると、綺麗な者が醜い者を虐げていました。

神様は、表面の差異を無くし、人間の形状を均一化します。

これでやっと、人々から不満の感情が消えました。

暫くして神様理想郷を眺めると、人々は皆、あの湖にプカプカと浮き、じっとしていました。

それは神様にとって、とても綺麗で完璧理想郷でした。

出典:StudioGIW「VAZIAL SAGA」より


https://anond.hatelabo.jp/20171022210553

少し追記する

人間歴史自然の克服である、と誰かが言った

それはつまり効率への志向である

人を鍛えるよりも、道具を作る方に人間進化してきた

人間の英知とは、自身で出来ることの増加ではなく、環境を変えることへの志向からまれ

「誰が行っても同じ結果が出る」は科学原則である

それは裏を返せば、個人でできることの減少である

はいくらでもある

利便性効率の追求によって、職人は消え、仕事は消え、人は人と仕事をしなくなる

人は欲求阻止体験を抱え込むことから解放されつつある。しかし苦悩場面を体験しないで済むということは当然その時発動される自我防衛・工夫などの鍛錬をしないことに通じる。

人は言葉を使って考えることで世界を内的に再構成すると言われるが、欲求満足や快感保証される社会では、個人はそうした作業負担を免れる。人格はその構成拡散させたままでも生存できる方向に向かっており、人は欲求とその満足というパターンを得ているうちは良いが、そうでない時には著しく脆弱な反応を見せる、「考えない」存在になっていくことが懸念されるのである

事実、対人関係だけはこうした欲求一満足という即物性を欠いている(人をモノ化した際には成立するが)。

現代人に残された難物がコフートの言うように周囲の人間との関係性に悩むことであるかもしれず、またそれも情報機器の助けによって容易に自己完結的な引きこもりへの道が用意されていると言えよう。

出典


この「人をモノ化した際には成立する」というのが、今の日本で行われつつあるのではないだろうか

「現代のオタクは少女をどこまで「破壊」すれば安心するのだろうか」で書いたように

キャラクターとはそもそも人間性破壊しモノ化した対象を指す

また、現代における現実人間関係そもそも葛藤回避である印象もある

お互いに不快な思いをさせないよう、生ぬるい表面的な関係とやり取りに終始する傾向にあるのではないだろうか

その反動としての「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」や「とらドラ!」の存在が持て囃される一方で

アニメシリアスがあると見たくなくなる人々」が居るわけで

彼らの世界には葛藤はなく、それを表現した作品への希求はなく、ただただ苦痛体験アニメ媒体を通して追体験させられているように感じられるのではないだろうか

そこにきて「Re:ゼロから始める異世界生活」において主人公が陥るような自己肥大自己嫌悪といった葛藤に直面化させられると

主人公気持ち悪い」「かっこ悪い、見てて苦痛」という感想しか持ちにくく、自分と相対化してみることができなくなる

ネットにおいて「自分がその段階を通過していないから、スバルに対して"ああ、自分もこういう時期あったな"とみることができない」という指摘がしばしばみられるが

これもやはり葛藤を持つことの不慣れからくる保持能力の欠如に対してのしてきであると捉えられるだろうか

結論:兎にも角にも、サーバルちゃんの全肯定現代オタク希求する

痴漢」と「48時間チャレンジ」にみる「葛藤を抱えられない心性」について

そういうなかから、行動化を防衛機制の一つとする見方も出てきています

本来防衛というのは、そういう「不適応行動」をしないための手段であって、その主たる目的は「自分内面平穏にする」「自分の中で葛藤が起こらないようにする」「自分内面葛藤を抑えてもっていられる」ということなのです。

もっていられる能力は人によってかなり違いますけれども、もっていられないものをなんとか始末してしま方法というのが防衛機制であるわけです。

(中略)

まり、行動で発散してしまうので自分の中で葛藤を溜め込んでもっていないで済む。

それから欲求を即充足してしまうこともできる。

防衛的な観点から言えば、そのやり方によって自分内面葛藤状態を予防している、または解消しているといえるわけで、

そういう味方をすれば、行動化は防衛でもある、という見方ができるわけです。

引用:「馬場禮子(1999),精神分析心理療法実践,岩崎学術出版


この記事およびこの記事を読んでの雑感

現代において、精神医学もしくは臨床心理学対象が「葛藤を抱えていられない」になりつつあることは諸家が指摘する通りだと思う

社会的に「自由」というものが認められず、人々が単一規律常識などに従わなければ生きられなかった時代においては

治療者の対象は「自分を抑えてしまう」ことが成因になるような病理対象であった

一方、現代においては「自由であること」が病理の成因となる

利便性選択肢の増加は、欲求葛藤の解消をインスタントものへと変化させた

「辛くなればやめても良い」「苦労しなくても退屈は紛れる」「ネット越しなら誰かを批判しても、見なければ反論は来ないし直接的な被害はない」「自分の歪んだ欲望も受け入れ、肯定し、賛同共感してくれる場所がすぐにみつかる」

しかしその一方で、いざ職場に行けば規律を守ることを要求され、規定時間以上の労働に駆り立てられ、下手をすれば休日返上して出勤する

私生活における幼児的万能感の世界と一転して、社会生活要求される自己への規制は非常に強いものとなっている

このアンバランスさは、時として人を分裂させる

私生活としての私」と「社会に生きる者としての私」は、かつてないほどに乖離し始める

もはや、「社会人としての私」は「本来自分から離れ、自我親和的はいえない

反動形成に近い防衛機制が働くこととなる


48時間チャレンジ記事を見て、「これ、ボーダーの子の試し行為じゃん」と思った人もいるだろうか

素直に甘えを表現することへの葛藤も処理できず、かといって甘えたい欲求を別の形で処理することも出来ず

明らかに不適応な形で自らの親密・依存欲求を満たす行為のように見える

自立と依存葛藤を維持し、家族ではなく他者に親密さと依存対象を広げていく過程にある青年期において

家族依存欲求失踪という試し行為の形で達成するのは、どこか歪んでいるようにみえ

満員電車というのは、名前も勤め先も知らない人々が密着した状態で、強制的一定時間を過ごします。辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした無の状態になる。そんな異常な空間の中で、ふいに女性に触れてしまうと、それが予想もしないくらいの衝撃的な体験になってしまう。

私はこれまで200人以上の痴漢常習者をヒアリングしてきましたが、彼らの多くはその最初感覚を『身体に電撃が走った』と言います。本人が意図せずに触ってしまって、そこから『あ、こんな柔らかい感触があるんだ』と衝撃を覚えてしまう。少し言葉は悪いですが、痴漢の始まり方はこの“ビギナーズラック”のパターンが一番多いんです



公私での混同を許さなくなった社会では、時として人格の解離が状態化する

「辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした“無”の状態になる」という一文は示唆に富む

私では過剰に発散し、公ではひたすらに抑圧し何も感じないようにする

自我自体脆弱なままなのに、その空間他者の柔らかい感触侵入してくる

そうすると、脆弱自我はもはや「触りたいけど触ってはいけない」という葛藤を維持できず、行動化に移る

現代においては、そうした前エディプス的な段階での病理が多いように思える

物質的に富、自由と自立が個人裁量で賄われるこの時代においては

社会的規律によって自我機能が助けられていた時代より、葛藤処理が個人自助努力にのみ任ぜられるために、かえってバランスを欠いた人間性が生じやすいのかもしれない

葛藤を抱えられない心性」は、社会システム変遷から生じた病理である

次の時代において、子の心性はいかなる形で変容するのかが気になる所である

2017-10-20

意識自我って何のためにあるのか

邪魔じゃね?

邪魔っていう感覚もまあ意識の働きなのかもしれないが

人間なんて有機物で出来たロボットでも良かっただろ

別の言い方だと哲学的ゾンビ

意識があーだこーだ悩んだってやらなきゃいけないことはやらなきゃいけないし

受動意識仮説なんて話が出て来る程度には意識の出来ることって限られてそうだし

2017-10-11

自分でない誰かが代わりに子ども写真をアップしてくれてる考え方

うちには3歳の娘がいるのだが、SNSネット子ども顔写真をアップしたことがない。まれに上げても、せいぜい顔が見えないスナップ程度に留めている。名前も伏せている。このとおり、自分ネットでは匿名で過ごしている。

本名HNを問わず、友人や知り合いがSNSで、我が子のかわいらしい日常写真をたくさんアップしているのが流れてくると、自分の子もの写真をわざわざ上げなくても、自分でない誰かが同じ歳くらいの我が子の写真を上げてくれるので、特に必要ないのかな、と考えてる。

自分意志とは関係なく、生まれたてホヤホヤの瞬間から幼児期までの自分写真を親の都合や勝手でアップされている今の小さな子どもたちが、数十年後に思春期を迎えて自我が芽生え、今後どのように写真と接して成長してゆくのかは分からないが、おそらく子どもたちも、生まれながらにして自分顔写真本名などの個人情報ネット存在することを認識したうえで社会を生きていくのだろう。そう考えるとうちの娘には、自分の姿や情報ネット晒してゆくかどうかを、いつか成長した際に、自分自身選択してほしいと願いたい……けど、周りの友人たちがネット顔写真をアップすることに一切無抵抗だったら、たぶん無理かも。それ以前に、親としてどうやって、顔や本名ネットに公開するリスク説明するのがベストだろう……などと漠然と考えながら、登園前に盛大に散らかしたオモチャを片付けている。

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