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はてなキーワード: せとかとは

2019-05-23

障害者マイノリティに喰われる日本という国

そうとしか思えない事案が目立つようになってきた。盲目の人が仕事に行き帰り出来るために信号機の音声を夜中も出せとかLGBT配慮したコミニュケーションを取れとか。

おまいら大好きアメリカではそういう配慮はあまりいからな。

障害者雇用を促進する法律はないし、マイノリティ優遇するガイドライン法律もありそうでない。

特に障害者については「一人前に成果を挙げるか、社会に出ずに福祉を受けるか」の二択という考え方が普及している。障害者であってもそれはスキルの一要素に過ぎず、働くのであれば障害があっても容赦されない世界だ。

一方で日本は、障害者マイノリティ配慮し過ぎて非効率ストレスフルな社会になっている。彼らは要求しかせずまともなリターンがないので、このままでは障害者マイノリティに喰われてしまう。

アメリカ並みに「配慮しない」社会にしていくべきでは?

anond:20190523112203

痴漢冤罪訴えるやつがじゃない根拠せとかアホ丸出し案件

痴漢冤罪訴えてるやつの知能程度が知れるな

貯金ない底辺が3割いる中で

電車ベビーカー載せろとか降ろせとかアホかよ

そんな話してる暇あったら貯金すら出来ない貧困層を救えばか

2019-05-16

コミュ力の無さに容赦の無い日本

友達主婦の傍らずっと調理場関係パートをしている。どこに行っても真面目な控え目な人柄で好かれ、退職職場の閉鎖や事業の縮小といった本人とは関係の無い理由ほとんどだ。

今はどこの飲食店でも求人貼り紙があるし、友人なら選び放題だと思うのだが、意外にも職探しが難航しているらしい。

話しを聞いたら、友人は調理は好きだが接客は苦手だとのこと、カフェ弁当屋などの求人ほとんど接客有りで、それ以外だと社食やら給食のおばさんに限られて、100人分くらいの鍋をかき混ぜたりサウナ状態で早朝から働いたり、体力的にも難しくなってきたとの事。

まあ彼女は感じも良いのでレストランとかの求人で来たら接客も頼みたくなるだろうなとは思うけど、これってプログラマクライアントとの打ち合わせとかも頼んじゃうのと同じじゃないかなと思った。

なんかもったいないよな。誰だって得手不得手はあるし、雇う側が専門職に集中できる環境を用意すればいいのに。

なんか日本て「でもコミュ力が無きゃ駄目だよね」みたいのを枕言葉にして専門的な能力否定するようなところがあるような気がするんだけど。もったいない

2019-05-15

皇室はなんで右翼思想に染まらないのか

考えてみれば不思議取り巻き右翼思想のやつがわんさかいるだろうし、一人くらい、北方領土戦争で取り戻せとか天皇男系男子でないと神武天皇の血が途切れると思ってる皇族がいても全くおかしくないのに

2019-05-13

anond:20190513220617

???こんな汚いツリーつくっといて誰のどこが本題だって

 

下方婚は幻なんだから今度から現実の女が悪いだなんだいわず

俺に下方婚という夢をみせろ、異世界ハーレムラノベをタダでよこせとか正直にいえばいいのに

「えいがのおそ松さん」のヒロインについて

最初に言っておくと、映画版は滅茶苦茶面白かった。第2期(途中脱落)のグダグダさは何だったのかと思うレベルなので、1期が好きだったなら絶対に見に行った方が良い。ギャグ・愚直な面白さをメインに追求した作品は実は希少なので、ちゃんと売れて欲しいと思う。

で、本題なのだが、映画オリジナルヒロインが非常に引っかかる造型なのである作品面白いし上手く脱臭しているので観ている間は全然気にならないのだが、「これさすがにどうよ?」と言う造型である。(ちなみに「どうよ?」と言うのは別にせとか変えろとか居ない方が良いとかでは断じてない。気になったことを書いてるだけである

あ、一応ネタバレなので、観てない奴はとっとと映画館行ってから読んでくれ。

さてヒロインの造型なのだが、箇条書きにすると

・六つ子が集団でワチャワチャしているのを見るのが好き

・目立たない文系少女

特に六つ子に恋愛感情はない

と言う造型である

まあ、見ての通りこれはメインの客層(と、制作者は判断しているらしい。基本的にはノイジーなだけで、1期のヒットはもっと広い層だったと思うのだが……)である腐女子擬人化?した存在である。で、物語上六つ子はこの子を追いかけ追い求め、結局何も受け取らずにスゴスゴ家に帰るいつものオチを迎えることになる。

未来現在)の自分規定した円環構造だろうとか、そう言うどうとでも取れる話は置いておいて、基本はこう。

で、あのヒロインは、ビックリするほど利己的で自分本位で、ゲロ吐きそうなくらい嫌な奴である

何故か?

彼女は、六つ子の事が好きだと言いながら、仲違いした六つ子の話を聞くでもなく、話をするでもなく、キモイ手紙を書くだけで何一つ力になろうとしない。

散々六つ子を鑑賞して楽しませてもらっておきながら、恋人は愚か六つ子にとって喉から手が出るほど欲しいであろう「普通に話をしてくれる女友達」にすらなろうとはしない。まあ、それを正当化するための病気設定なのだろうが、高校3年間+卒後数年間しっかり生き延びてるので(OP/ED解釈は幅があるだろうが)何をかいわんやである

フェミニスト様なら女子接触には性的リスクガーとか言うのかもしれないが、そしてあの六つ子がリスクの固まりだというのはその通りだが、友達にもなれないほどリスキー相手あん手紙を送るのも相当なタマである

あなた(達)は見ていて楽しいので、そのままでいて下さい。人生悲惨だろうけれど。あと、私はあなた恋人にも友達にもなる気はないけれど、そんな私からも遠慮されるようなあなた(達)でいて下さい」と言ってるわけである。クソ過ぎる。

六つ子を終始利用してやろうとしつつもちゃんリスクを取っているトト子の方が、余程首尾一貫していて好感が持てる。

しろ、「馬鹿クズな六つ子の無様を楽しむ」作品を観ている我々視聴者への皮肉と見るべきなのかもしれないが、そう言う意図で出したのだとしたら、あのヒロインこそ笑いものにしてケチョンケチョンに貶さなければ意味が無い(馬鹿にされないギャグマンガのキャラは、役割を与えられないに等しい)。

繰り返すが、「えいがのおそ松さん」は傑作だ。もう一回くらいは劇場に行くだろうし、Blu-rayが欲しくなるかもしれない。でも、あのキャラは折角視聴者の願望コピーという属性を与えながら綺麗なままギャグマンガから退場してしまったあのキャラは、余りに異質だし片手落ちだと思う。

これは、ただそれだけを言うための記事である

六つ子に感情移入していれば多分もっと怒り狂えるはずなのだが、勿論ギャグマンガはそう言う作品ではないので、文字通りの「引っかかり」だけが残ることになった。想定メイン視聴者層は、あのキャラ感情移入して泣けたりするのだろうか?だとしたら、非常に良くできた造型と言うべきなのだろうが。

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

憲法9条で正しい

全部の国にへりくだる昭和平和主義で正しかった

表面上は「我々平和国家でどこの国と揉めたくないですう」とペコペコペコペコしておいて

金を出せとか援助しろとかの話になった時だけ

えんえんと時間稼ぎの遅延戦術

ただし土下座は維持で相手メンツをつぶさずのらりくらり

北方四島日本帰属」の記載削除、自民内で批判続出  https://www.asahi.com/articles/ASM5B557ZM5BUTFK010.html

anond:20190507184924

増田だってあげつらいされるよ。ふつう屁理屈からな… 

フェミがやるとあげつらうけどKKOのへりくつは許せとか

その逆とか

どっちも見苦しいくていい感じにお似合いだよ

仲良く喧嘩してせいぜい増田を滅亡に導けばいいよ

2019-05-09

労組が嫌なら反労組を作ろう

労働組織

労働者の権利を守り労働を撲滅する

政治家資本家経営者自分で働け

あとは何がいいか

そいつらの財産没収しろとか?

竹中を吊るせとか

2019-05-06

anond:20190503224440

要するにはてなーは、ペットショップをなくせとかいう差別偏見に基づいた有害批判は支持するけど、

猫害の元凶である素人繁殖には、ガタガタうるさいこと抜かすなよキモオタ言論を封じようとするカス

2019-05-05

anond:20190504221235

風俗には行くな!!!絶対行くな!!!!たとえ風俗に行ったとしても絶対!!!友達に報告するな!!!!!

あなた風俗に行ったという証拠(LINEスクショや、会話録音)をとられて、

今後あなた婚約したときor彼氏ができたときあなた友達あなたに隠れてあなた婚約者or彼氏にばらす可能性があるよ。

婚約者や彼氏じゃなくても、あなたの親にばらすとかね。

言っとくけど女性向け風俗リアルオススメしてくるやつはマトモな感覚じゃねーぞ

ネット匿名女性向け風俗オススメしてくれるならわかるが。女性向け風俗を利用してるやつもマトモじゃねーぞ

あなた風俗を利用したという事実簡単脅迫材料になるんだよ。職場にばらされたくなかったら金を出せとかね。くれぐれも自分自分の弱み作るんじゃねーぞ

婚活して友達旦那よりハイスペ旦那結婚して見返してやれ。

風俗すすめてきた奴とはできれば縁を切れ

本当に大切に思ってる友達には風俗なんかすすめねーよ。

友達風俗を利用してて、あなた自分と同じところまで堕ちてほしいんじゃないの?

風俗を利用するやつは結局は底辺からやめとけ。

喪女なら化粧やファッション研究して美容院に行って髪型整えて、太ってるならダイエットして異性にモテるようにして友達旦那よりすごい男と結婚して幸せになれよ。

2019-05-03

anond:20190503162545

制度問題ではなく、死産届けを出したのに両親学級のお知らせとか送ってくるクソ区役所対応問題では?

妊娠イコール出産ありきのサポート体制で、流産ナイーブになってんのに手続き面で配慮されてないこととか

グリーフケア行政仕事かどうかはともかく、対応の仕方ぐらいは変えられるでしょ

anond:20190306201814

いじめられてる被害者にやり返せとか不可能ミッションをていじするくせにじぶんはこれだ

市街地の巨大画面で放映してほしいなあ

2019-05-01

労基を守れというなら中央省庁全部取り潰しだけど?

中央省庁はどこも労働基準法なんて守ってないよ?

サビ残上等、障害者切り捨て上等でやってきてる。

もし明日にでもそういうのが全部だめになったら、日本行政立法も完全に機能停止するけど、それを望むの?

「知らんわー。そもそも公務員は労基と違うしー。知らんわー。公務員だけは死ぬまでサビ残しろー。人増やせとか知らんわー。税金減らせー。」かい?そういうの二枚舌っていうんだぜ?

2019-04-24

ムカつく

役に立つ立たないって話ムカつく。

そんなん、自分にとって役に立つ立たないくらしか判断できないのに、普遍的に役に立つものがあるばかりある前提なのムカつくし

役に立たないものがいつか役立った経験もないのかよ。子供なんか、その最たるものだろうが。

役に立つ立たないって完璧判断できるって傲りすぎ。神にでもなったつもりかよ。

障害者とか、世話してる人間は不幸とか内面が見えない以上、役に立ってても他人にはわかんねえじゃねえか。

お金の話が損得しかない考えがアホなんだよ。ただの物々交換損得勘定しか動かせないってさもしすぎんだろ。

つーか、役に立つものだけ残せとか言う人間は、役に立つものだけしか買わないの?

買い物失敗しないってことだよな。すげー笑 俺無理笑

ってか、お前も無理だよな。棚上げてんだよな。クソ野郎!おとなしく何も考えずにモノ買ってろアホ!

役に立つ立たないって話、マジ嫌い。

2019-04-17

anond:20190417112121

から運営費交付金大学裁量で使える、というのはそういうことだったわけ。

ところが、政府はそこにも口を突っ込んできて、シーリングで減額とか、人件費減らせとか、実務教員入れろとか色々、しかも場当たり的なことを言い出して現場が混乱しているの。

2019-04-16

anond:20190416150318

だいたい提供しなさいつったって、どうせ具体的な話にしてみれば、美味しいポストをよこせとか女性議員を増やせとか、そういういもの話になるんだもんな

そしたらどうなるかというと、女の負け組悲惨さを言い訳にして、女の勝ち組が美味しい部分をかっさらっていく、そういう社会になる

そこで勝ち組負け組に向かって言うわけだ「努力が足りなかったの」と

勝ち組にしてみりゃ、負け組の数が多いほど自分たち利権が増えるんだから問題解決する気だってないだろう

女同士(に限らないけど)の連帯なんて個人の利害の前には吹っ飛ぶ

2019-04-14

会社ケータイ

転職先で、常に問い合わせとかトラブルとかの連絡受けられるようにということで会社から支給されたケータイ持たされてるんだけど、たまにサイレントモードにして過ごしてる。うちの会社と、お客さんがどういう契約してるのかは知らないけど、自分会社は、24時間かならず電話に出ますという契約してないからなあ。

明確なルールはなく、みんなの善意によって成り立ってる体制だけど、自分はテキトーに力抜いてやっていきたい。

2019-04-12

anond:20190410224200

>私は、お互いが思い思い合う関係性だったら幸せだなーと思っているんだけど。

>一緒にいて幸せだなと思ってくれる人がいいのだけど。

口でそう言う人は多いんだけど、いざ蓋を開けたら財布の紐をよこせとか年収低いのに家事育児半分だの言い出す人が多い印象。

「お互いが思い思い合う」って言うのは簡単だけど、じゃあどうやって生活していくのって話な。ロマンスじゃ世の中回らない。

2019-04-11

自分一般寄りである」という幻想

時々、自分一般層の人である認識している、あるいはそう思いたい人を見かける。

でも実際は自分一般から外れた場所にいることってよくあると思う。

モテる方法結婚する方法仕事ができる人の特徴。大体のもの一般の層が厚い人たちを前提として書かれてある。一般論というやつだ。

そこに当てはまらなかった時、自分一般の層から外れているからといってダメなわけでもないし、自分以外の例外も腐るほどいるんで悲観する必要はない。

特にネットでは例外が見えやすいのに、男女の違いだとかに振り回される人が多いように見える。

人と価値観すり合わせとかできないからと結婚を諦めたり、男女の恋の駆け引きが面倒だから自分には無理とか決めつけないでほしい。

私のように感性価値観が人からずれている人間でも、予想外に感性がほぼ同じ人と出会えて結婚することもある。

はみ出し者は意外と少なくない。多分思っている以上に多い。

なのであんまり一般向けのコンテンツを信じ込んで自分可能性を狭める必要はないと思う。

大勢相手にしないといけないならともかく、恋愛結婚なんて極めて個人的ものなんだからハーレム作りたい人以外はへぇ一般的にはそうなんだ~くらいで受け止めるのがいい思うんだ。

参考にできそうなところだけ参考にするくらいで良し。

anond:20190410224200

ワガママいえとか、振り回せとか、そういう個別戦術は話半分に聞いておけばいい。あれは需要が山盛りある若くてかわいい子向けの戦略だ。

でも、その背景にある「男は女が喜んでお礼言うと幸せを感じる」というのはかなり事実

というか、強調しとくけども、男女問わず恋愛とかも関係なく、人間は、自分相手のためにやったことが感謝されて喜ばれることが、むっちゃ嬉しい。

増田民はひねくれててまともな人間関係築けてない人も多いから「そんなことはない、相手に尽くされるほうがいいに決まってる」というのもわくだろうが、実際のところそういうものだし、そこを突かれると相当みんなチョロいんだ。)

現に、増田だってそうでしょ。相手の力になれることが嬉しいから尽くすのだろうし、増田の頑張りを喜んでくれる男と付き合いたい。そうやってお互いに助け合いたい。男だって多分同じことを考えていると思えばいい。

ワガママを言え」の正体は、まず、男にやってもらうと嬉しいポイントや、頑張ってほしいポイントを、わかりやすく女のほうから提示して、そこに向かって力になってもらうこと。

そして、女から感謝を数打つことで、男の好感度を上げていく作戦なんだよ。

なので、増田がやるべきことは

一方、尽くし型の頑張り屋の女性がどうしてだめか。

  • 全部自分でやってしまう→相手へのお礼を言う頻度が下がり「かわいいなあ、うれしいなあ」という加点要素を自分で潰すことになってる
  • 尽くして相手の反応がいまいちだった時、おそらく「こんなに頑張ったのに」って不満になると思う。そこがよくない。どうしても、どこかで見返りを求めてしまう。
    • そうでなくても、相手から見て「見返りを求めているのではないか?」と不安に思われることもある
  • そもそも自分相手のためにと思ってやることが、必ずしも、相手が望んでいるとは限らない

相手幸せにしたい、相手のためになりたいという気持ち尊いけれど、お互いの理解がそこまで行っていないうちは、その気持が独りよがりで空回りしやすいし、地雷を踏みやすい。なので、いざという時のために封印しておいたほうがいいということじゃないかな。あと、明るく、重くなくやるべきだと思う。

2019-04-08

きのう何食べた?は見てて恥ずかしい

イケメン高収入寄生して家事代出せとかぬかしてた逃げ恥もそうだけど、キモキモきっしょい女の欲垂れ流し作品進歩ぶるのほんっと恥ずかしいよな…

デブの土方同士の同棲生活でもやれよ イケメン弁護士美容師カップルってあん

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