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2017-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20170610205032

中学時代適当に授業を聞いて提出物を出すだけで私はトップの成績でしたし

毎日のように登校してちゃっかり提出物出してる時点で全然適当に授業受けてたわけじゃないのよねえ

精神的にも辛い状況下で不登校保健室登校の時期もあって、気がついたら提出物なんかろくに出したこともないまま卒業したわ俺。

そのせいでいくら実力テストの点数上げたところでせいぜい偏差値60ちょい下の県立高校がいいとこだったんだよね

貧困とか関係なしに健全関係保った家庭にいて、地域コミュニティにも馴染めていてなんだかんだ学校にも居場所があるのは恵まれてることとしか思えないんだよなあ…

金の心配せずに高等教育受ける生活なんて全く想像も出来ない様な人だっていくらでもいるし、「とにかく高専専門学校で頑張ってそれで就職しなきゃ」って、それ以外の将来考えたらバチが当たるんじゃないかってそんな風に考えてる、余裕のない奴もいるんじゃん?

それを考えれば元増田だってまれ環境にいたわけだ。視野大学に進学するという選択肢が入ってくる環境、器用に大学生活を謳歌しながら院まで行ける環境。抜け目なくインターンから始めてしっかり内定とれる環境ね。

増田もとても運が良かったって言ってるけど、その通りで人間関係やら金のトラブルの有無やら色んなことが複雑に絡まりあって結果として成功に至ってるんじゃん。

増田の安定した現在も昔の出来が良かったエピソードも厳密にいえば自分だけの力によるもんじゃなくて、それは増田自身もわかってるかもしれないけど、やっぱりこうやっていいたくて。

なんつうか元増田ってぶっちゃけ結局「奨学金借りてましたー」ってだけでわりかし普通な学生生活送ってた人にしか見えないわ。

進学して要領良く「いいとこ」に就職できてる結果がある以上、勉強してきた環境に恵まれてたという他ないんだよ。結果論なんだよ。

別に元増田価値観ケチつける気はないんだけど、こういう自分を劣悪な環境出自だとかハンディ持ちだとか紹介して展開するポジショントークって、はっきりこれが駄目だって言いきれないけどなんだか不愉快だわ。

なんつうか高専までの同級生とか自分家族とか地元友達とかもう無意識に見下してる感じがするし、大学以後の言い方もなんか「こんな優秀でブルジョアな人々が集まるハイカルチャー場所の一員になれて幸せっす」みたいな。他人有益無益に振り分けてるっつうか、勝ち馬に乗りたいという気持ちというかなんかうまく言えないんだけどさ。

まー「自分のやりたいことがわからない」のもなんとなく納得出来ちゃう権威主義というのかそういう卑しさが垣間見えるのかな?

やりたいこと見つけるとか夢の実現とか、そういうことは追いつけ追い越せと競い合ったりするもんじゃないと思う。そんな他人からかっこいいと言われたいが為だけに頑張る様な真似をせず、マイペースにやっていくなら「自分が何をやりたいのか」なんてはっきりわからなくてもいいと俺は思う。

平たくいったら「恵まれてないとか卑下すんな嫌味ったらしい。半ば学生のあっさい仕事観や学問観なんざだらだら書き込んでんじゃねえ。うざったいんじゃ黙って働けや。」ってことです。こんな愚痴聞き流してくださバイバイ

きっと増田は可愛くて気立てのいい人と結婚できるよ。(男だよね?)

2017-05-02

みんな深夜の新作以外のテレビアニメに冷たいよね

ネット上のアニオタ深夜アニメの1クール目(新作)以外に冷たい。

2クールから基本的空気扱いで、話題になることはほぼない。その作品ファンけが集まる場で語ることはできても、そうじゃない所で放送中のアニメとして扱うことは憚られる。前クール開始のアニメはもう終わったもの。そういう認識だ。無理に話題に出しても話が通じない。

たとえば今だと2017年4月開始の深夜アニメ以外は基本的にアウトだ。朝夕のアニメは一部のシリーズや枠が例外的話題になることはあっても、基本的には黙殺される。

なにが言いたいかというと、今期放送中のアニメで一番面白いのは4月開始のアニメのどれでもなく『タイガーマスクW』なんだよ!

GWM世界ヘビー級王座挑戦のために虎の穴新日侵略に加担し、リング上でもプライベートでも孤立したタイガーマスクが、前回ラストの造反行為によって虎の穴制裁を受けるであろうことは確実。王者ザ・サードが直々に出てくるとは思えんし、ミラクルズ4人とのハンディ戦か。それとも全く別の展開が待っているのか。まさかこのまま新日とも対立したまま終わるとは思えないし、かといってどのツラ下げて新日に行く? GWMヘビー戦はおそらく白紙。この先どうやって仇討ちに持っていく? 本当に先の展開が気になる。毎週トランキーロ!って言われてる気分。現実鹿児島関係無い方のタイガーマスクWもいいけどアニメも熱いんだよ!

あと新作だと『ドライブヘッド』を応援したい。貴重なロボットものだし、単年度で終わらずにぜひ複数年度続いてほしい。TBS女子アナ出したりして、ちょっと力入れてるっぽいのが気になるところ。あと声豚としては山梨県大好きで有名な三澤紗千香が出てることにも注目したい。

2017-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20170427235907

大変でしたね。器以上の頑張りができた方が鬱になってしまうのはやるせないけれど、その努力や働きに周囲の方が助けられていたのは間違いないと思います。本当にお疲れ様でした。

未来が曇ってよく見えなくても、今はただ休んで、英気を養ってください。子供がいなくても、働くことができなくても、ハンディがあっても、あなたは立派に社会の一員です。これまでの人生で誰かの幸せに貢献してこられた、また今後もいつかはまた社会積極的に関わっていけるかもしれない、その過去未来を以て、今のあなたゆっくり休み、周囲を頼るといいと思います

できることなら、一日一つくらい、美味しかったり美しいと思ったり、心に風が吹くようなタイミングが生まれるといいですね。でも大丈夫ゆっくり行きましょう。必ずなんとかなります

2017-04-20

感謝しろ感謝しろって簡単に言うけど

子供相手何言ってんだこいつらって思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170419231430

昨日からこの投稿話題になってからずっとモヤモヤしてる。

そりゃこの養父は偉い。少なくとも金銭面では立派だ。

そこそこ大きくなってから扶養しなければならなくなった娘を大学まで行かせるわけだからあっぱれだ。

しかもそれで実子である妹の学費が圧迫される可能性がある状況だと言うのだから

他の面は知らないがこの点で養父は間違いなく立派と言える。

でも養父感謝しなければならないのは連れ子ではなく母親じゃないの。

養父には養父になった以上実父のように連れ子を養育する義務がある。

連れ子はそれを享受しただけだ。ただそれだけ。

なのに外野がやれ養父感謝しろ養父の寛大さが解らぬ愚か者だの寄ってたかって連れ子を糾弾する。

そりゃ感謝はすべきだ。でもお前ら冷静に考えろ。

Aさんの奢りでめたくそ美味しい飯屋で食事する事になったとする。

そこで店員や他の客から寄ってたかって

「こんな美味しい食事をおごってもらって貴方幸せね」

「奢って貰える事に感謝しろ

「今この席に座れてるのは○○さんのおかげだということを忘れるな」

なんてギャーギャーギャーギャー食事中に言われてみろ。

絶対食事がまずくなる。

入店した時には心いっぱいにあった感謝気持ちがすーっと失せていく。

こんなんだったら近所の吉野家牛丼並盛食ってた方が良かったわってなる。

それでもその状況が続くとAさんがこんな席を設けたからこんな目にあってるんだ…ってなる。

ならない?私だったら絶対なる。もうAさんの顔見るだけで嫌になりそう。

そんな時に少し遠い席で同じように奢って貰ってる子が誰にも揶揄されず呑気「おいしー!」って言っててみなよ。

もう惨めだし妬ましいし消えてなくなりたくなる。

連れ子の人生でこういう局面で要所要所である

本人だって解っちゃいるよ。でもその感謝しろ弾圧がたまにクソ重たくなるんだよ。

能天気に「おいしー!」って言いたかったし、言ってみたいんだよ。

そしたら「ありがとう」って言葉自然に出るよ。でも言いたくなくなるんだよ。

我儘だとか甘えとかいう人も居るけどさ、子供子供らしく我儘言ったり甘えたりして何が悪いのさ。

勿論度が過ぎたら問題だし躾はしなきゃいけないしもう間もなく大人と呼ばれる年齢になる彼女だけど、

それを目一杯許されるべき子供時代に許されなかったから今苦しんでるんじゃないの。

その苦しさを一番理解してほしい肉親に訴えて一蹴されたらそりゃ悲しいよ。

だって「お前程度の人間にはその待遇妥当なのに何文句言ってんの?」って言われたような気分だもん。

そりゃ人それぞれ悩みもハンディもあるし、上見たらキリが無いように下には下が居るものだけど、

からって増田の苦しみは軽減されないし無かった事にはならんじゃないの。

骨折した人が目の前に居ても箪笥の角に足をぶつけたら痛いし、

アトピーで全身真っ赤になってる人の隣で蚊に刺されたら痒いわけだよ。

増田だってそうだったってだけじゃないの。

まぁここはインターネットからね。あぁいうコメントが付くのは当然と言えば当然なんだけど。

勿論それを考えて投稿すべきだと思うんだけど。

感謝しろって言葉は案外重いんだよなぁ

2017-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20170224151556

就職口の可能性があるとき私自身は、できるだけ意図的女性を推すようにしている。候補者が2人以上いて能力が等しければ、もちろん女性の方を、それどころかもし女性の方に若干問題があっても、やはり女性の方を推すことにしている。つまり、あからさまに男性逆差別行使しているのである女性はずっと差別されつづけてきたから、少々の逆ハンディをつけなければ、男とはとうてい対等にはなれないかである

  

とか言った日本フェミニスト思い出すな。

実際、日本女性が受けている死ぬよりも辛い拷問のような生活を思えば仕方ないのないこと。

男が本当に男尊女卑について反省してるなら、女性人類誕生から受けてきた差別贖罪を男はするべきだよね。

中国韓国で大虐殺を働いたことですらちゃんと謝ることができないネトウヨ日本人には無理だろうけど、そうじゃないはてな民ならできると信じてるよ。

2017-02-12

久々に「下妻物語」を見た

公開した2004年から20回は見返している。一番好きな邦画

ロリータファッション深田恭子と、時代錯誤ヤンキー土屋アンナ凸凹な2人が

ケンカしつつも親友になってゆくという、それだけのお話なのだが、

何度見ても心がじーんとする。

全編通してコメディ全開のドタバタ喜劇で飽きさせない造りの中にふと挿入される、

ハンディカメラっぽい荒い画質の2人が代官山をはしゃぎ回るシーンとか、

川原で2人がたたずむシーン、胸が熱くなる。

そして転げ回って行き着く先に、泥と血塗れの深田恭子尼崎弁の啖呵。

カタルシス全開なところに流れるEDテーマ歌詞はhey my friend

あー見てよかった。また見よう!

2017-02-06

中学受験体験

小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。

それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。

公立派 vs. 私立

そもそも自分中学受験必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。

通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生バイクで走り回るなんてことはザラにあった。

力の強いやつが偉い、という暴力的世界ではあったし、自分クラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。

その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学東大京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。

自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。

しかし一方で妻は私立派であった。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

塾に通うきっか

4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。

先に述べた通り自分田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。

息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。

最終的に私立中受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。

そして中学受験

しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親絶対私立派、父である自分公立肯定派ではあるが私立別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな

仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?

息子は御三家と呼ばれる男子校一角名前を挙げた。

受験方針

当時の息子の塾での成績からすると、その学校ちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。

しか偏差値の高い学校に入ることに何の意味があるだろう?

聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しか自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生東大合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。

何はともあれ、私立受験が不可避となった段階で、自分

  • 「無理はしない」
  • 学校選びには口を出す」

という2つの基本方針を立てた。

無理はしない

中学合格した直後が自分人生ピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。

勉強というものあくまでも自主的にやるものである

本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というもの一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。

人生ピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験とき限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。

学校選びには口を出す

いや、まあ、普通の親は口を出すものだとは思うけれども。

息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭見学して自由雰囲気が気に入った」ということらしい。しか文化祭体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である

だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれ学校観を友達披露するような子もいたのではなかろうか。

いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である

しか公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値ステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である

息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校自分で見極めることにした。

学校説明会に通う日々

6年生の春になってから候補となりそうな中学学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。

学校選択プレゼン

さあ、本人を説得だ。

仕事クライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングテレビに映して、自分の気に入った学校誘導するプレゼンを行った。

学校選びに関する様々な観点提示し、各候補校のメリットデメリット説明した。内容を正しく理解すれば、自然自分の勧める学校第一志望になるはずの渾身のプレゼンである

そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来から御三家校の名前を挙げた...。自分プレゼンは何の効果も発揮しなかった。

説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後最後に説得が成功すればいい。

勉強の日々

夏休みが明けると生活受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。

しかし、塾以外での勉強時間特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリ時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。

テレビマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)

ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。

しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月から御三家校を完全に射程に捉えた。

その後は概ね合格圏内キープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分見立てた通りのシナリオだった。

そして本番

第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分お勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。

この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。

が、残念ながら不合格

さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事

「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功必要過程ひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」

そして迎えた2月1日からは怒涛の試験ラッシュ

2月1日

午後に受けた学校は当日夜にインターネット合格発表があり、めでたく合格!この学校自分評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である

なお第一志望校合格発表は2日後の2月3日午後。

2月2日

お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ合格発表は翌日朝。

午後校は当日夜の合格発表で、こちらは合格

2月3日

受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校合格発表時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...

うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。

実のところこの学校偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問ちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。

そして第一志望校合格発表

午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである

緊張の一瞬。

遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。

合格

総括

父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。

そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝言葉をもらえるとは思ってもみなかった。

また、自身合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。

自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。

それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分人生自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。

自由校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。

(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)

アドバイス

来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものほとんどない。

息子の受験成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針戦略あくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。

あえて言うなら、

くらいなものである

以上、長文乱筆失礼致しました。

2017-02-03

とあるアラサーゲイの呟き

とあるアラサーゲイの呟き

自分都内アラサーゲイ。去年発達障害(adhd)と診断名がついた。セクシャルかつ障害面でも診断され、いわゆるダブルマイノリティ。この世にLGBTの仲間が7パーセントいるとデータがあるけど、自分は何パーセントになるんだろう?

でも、仕事面では周りにサポートも得ているし、そんなにハンディーにはなってない。

何より辛い、苦しいのは今までストレートで過ごしてきた時の学生時代友達が年齢につれて結婚して子供を持ち、幸せな家庭を築いていること。人間としてそれが繰り返されてきた歴史だけど、自分にはできない。

先週、中学時代片想いしていた男の子から出張東京に来るから良かったらご飯でも食べようと連絡をもらった。

自分は転校してきたばかりの中、彼はアイドルのようにキラキラしていて周りからも好かれていて自分にとっても仲良くなりたいと思える人だった。思春期だった頃、友達になりたい気持ちが決して叶わぬ片想いだったのは今でも覚えてる。

数年前、彼から久しぶりに連絡があった。結婚式の招待状を送りたいから住所を教えてくれとのことだった。喜んで自分は彼の結婚式に参加したし、披露宴の間は喜ばしい気持ちと彼の奥さんになる人が羨ましいなという羨望の気持ちで揺れていた。

あんた達は知り合って数年で結婚したんだろうけど、こっちの付き合ってる、知り合ってる時間10年以上なんだから負けてねぇよ、と心のどこかで思ってた。

ゲイのようなセクシャルマイノリティーがノンケ、いわゆるストレートの人に恋心を抱くのはNGだとこちらの業界では呼ばれてる。相手迷惑をかけることは勿論、決して叶わぬ恋だし一番傷つくのは自分自身から

気付かぬうちにその彼には一歳になる娘さんがいるそうだ。少し前に会った時は15年経っても変わらずキラキラ人懐っこい彼と話したことを思い出し、人柄は変わらなくても人生ステップは歩んでるんだなと心のどこかで感じた。

Facebook結婚報告や子供が生まれタイムラインが今でも周りで続いてるけど、いつのからかその投稿非表示にするようになった。機械的Facebookアンケートはなぜその投稿を嫌うのですか?と私に問う。

答えは簡単かつシンプル

選択肢にあった見てて不快だったから、と選んだけど本当は自分気持ちが惨めになるから、というのが理由。また、羨ましいからなんて選択肢SNSには無いもんね。

彼だけでなく、今まで恋心を寄せていたストレートの人が結婚、つまり巣立って行くたびに寂しさで苛まれてたけど、それももう今は慣れてきた。

ゲイ恋愛は浅く寂しい。体目的で一晩体の関係を持って連絡が絶えることもザラだし、アプリでイケる人がいては一喜一憂毎日。カマ口調で話して週末の夜をバーで盛り上げてるのは、ある意味慰め合いにも聞こえる。

でも、生まれつきのものだし病気でも無いのだから、本当の自分をいい加減受け入れて、素直に生きなきゃダメだというのはわかってる。

でも心の底では愛し合った人と結ばれていっしょに暮らし、その結晶である子供が生まれ家族になるという事が本当に羨ましい。できる事なら自分普通にまれたかった。

カミングアウトすらしてないのに、親から結婚は期待してないと言われたのはいつだったろう?ごめんね、親不孝で。でも、元気なうちは両親ともずっとそばに居たい。

自分が人とは違う、と気付いた時点で強くならなきゃダメだと悟った。どんな幸せ投稿、やり取りがあって勝手一喜一憂して傷ついても明日は来る。

どう思って何を考えて居ても明日は来る。

自分にとっての幸せは何だろう?といつもふとした時に考えてしまう。

とにかく誇れるものを作ろう。

他の人には負けない何かを。

明日も頑張って前を向いて生きていくしか無いよね。

2017-01-23

差別主義者は男にも女にも同じくらい居たという男女平等の話

今までは女性男性優位社会に虐げられてきたので可視化されていなかっただけだった。

よく考えてみれば女だから差別主義とは縁がないはずもなかった。

男性保育士に対する今般の女性陣の非理性的差別意識丸出しの反応は、

一昔前、フェミニズムがまだ全く力を持っていなかった頃の男性優位社会による女性に対する野卑な眼差しと瓜二つだ。

だがフェミニズムなどの運動一定程度奏功し、女性の権利がやっと「マシ」になってきた。

からこそ、フェミニズムは次のステージを目指さなければならない。

ただハンディを受けるだけではなく、自らが主張してきた政治的正しさを、自分自身にも適用して律していかなくてはならない段階に差し掛かった。

ここが正念場。

ここで対等な立場に立とうとせず、

いたずらにこの問題放置したり見当違いな擁護をしてしまえば、

女性男性から「守られる」存在であるという呪いからは決して自由になれない。

(女の理不尽も受け入れるのが男の甲斐性、といった言い訳を男側に許してしまうから

手始めに、ohnosakiko氏あたりがこの問題をどう考えるかを見守ってみたい。

2016-12-10

新聞広告を出して元が取れるの?

今朝の読売にはティファールハンディチーマーの全面広告が出ていた。私は元々これを買おうかと職場トイレの鏡の前だけで考えたのだけどそれ以外のときはすっかり忘れていて、だけどこうやって土曜の朝、ゆっくり時間があるときハンディチーマーのことを思い出すことができたので、Amazonでさっそく注文した。

その後ふと考えた。新聞に全面広告を出すには、Googleさんによると「2~4000万円」かかるらしい。それでは定価16,200円(Amazon販売分の売価は9,125円)の商品が何台売れれば、新聞広告広告料の元が取れるのか?自分みたいに新聞広告きっかけに注文する人が日本中に2,000人とか3,000人とかいるとも思えないし。

…と思ったら、Amazon販売分のハンディチーマーは「通常1~2か月以内に発送します。」に変わってる。新聞を見て購入しちゃう人ってもしかして結構いたりするってこと?

2016-11-18

パンティの件」ってメールタイトルを見てぎょっとして、

「なんだ、ハンディか…」っていうの午前中から繰り返しててやばい

2016-11-01

映画4本借りたら、2本あたりだった奇跡

ヴィジット

スナッチャーフィーバー

食人族2』

『実録!!ほんとにあった恐怖の投稿映像ベスト30 5』

  

どれが当たりだったか想像できるだろうか。

まあ、「実録!!!」は外れだわなw

  

ヴィジット

これはあたりだった。

でも、多少医学的な知識とか必要かも?

不気味~な感じが怖い。

  

食人族2』

これもあたり!!!

ではなかった。

まあ、でも、結構食人のシーンはいい感じだし。

お色気担当の女がメッチャかわいいし、おっぱい見れたから満足。

なぜその他の作りがクッソしょぼかったのかが疑問だがw

  

スナッチャーフィーバー

これはマジであたり。

ここまで紹介してきた奴は全部POVっていうハンディカメラで撮った映像的な映画なんだけど。

これも一応その亜種。

不気味で、不条理で、リアル

これこれ。

こういうのを見たかったんだよ。

ちゃんと怖いホラーって久々だわ。

  

  

いやー。

普通は4本かりて、4本ハズレなんだよね。

1本あたりがでたら、いいガチャ引いたなーってくらい。

今回は凄いわ。

2016-10-07

Fランより高卒のがなんとかなるよ。借金しないですむし

自分高卒だ。

ネットでの風潮を見て戦慄したのは随分前の話。

最近増田話題になっている大卒必要ということだが

自分は並の学歴を超える資質という存在はあると確信している。

自分自営業をしていて、私的に使える金は年間600万ほど

経費をドンドンつかって合法範囲税金はなるべく抑える努力をしている。

何にせよ、手取りが600万というのはサラリーマンではかなり限られているのではないか

いないわけではないが、多分高学歴の方々だ。

そんな自分は周りの友人達はみんな高卒Fラン大学卒や中退という交友関係しかいない。

マイルドヤンキー層ともかぶっている。

自分には子供がいないが、子供ができたら良い大学に言ってほしいと思うだろう

だけどそれ以上に与えたいことがある。

バイタリティ】と【読書】だ。

これはどんな人にも当てはまると思うが、この2つがそれなりに豊かな人生を切り開くと思っている。

まずFラン卒の高校の友人達中小企業で働いているようだが、相当手取りが低い。

今では疎遠になったが20台中盤頃の頃は手取りで15−20万ぐらいがかなり多かった。

年率昇給も数千円あればいいとこだというので今でも大したものではないだろう。

彼らに共通するのは働くことへの意欲やバイタリティが全くと言っていいほどないことだ。

バイタリティとはなにかというと、自分の考えでは意欲、精神の強さ、肉体の強さだ。

自分は昔から金に執着していたのでサラリーマン時代転職に躊躇がなかった。

3社渡り歩いたが、転職するたびに以前の年収を超えた。

超えない会社には絶対に入らないと決めていたからだ。

金を求めるならそれなりに評価されねばならないし、評価されなければ去らなければいけない

そう思って仕事に取り組んできた。

人間関係は複雑なので必ず素晴らしい評価を得てきたわけではない

結局、会社を作っていくほうがサバイバルできると思い、最後会社もやめた

サラリーマンに戻る気はない。

同じ会社にいた大卒連中も、自分の思い切りの良さは認めてくれた

「よくできるな」って。

サラリーマンでやっていくほうがよくできるもんだと自分は思うけれども。

そういった思い切れる覚悟を作るのが意欲だと思う。

精神の強さも重要だ、嫌な奴はそれなりにあってきたが

そのたびに凹まずに、言い合いをすることもあった。

嫌われることもあるけど気にする必要もなかった。

おかげでなるべく圧迫されない環境に身をおくことができた

鋼のメンタルがあれば少なくとも個人としては生きやすい。

そして体の強さ、たとえば病弱すぎないとかだが

自分ジムトレーニングをすることで、精神の強さも向上した気がする。

落ち着きや余裕もできた。体調不良もあまりなくなった。

働いて行く上で体は資本だと意識している。

説明したのが【バイタリティ】だ。

この1つがあるだけでも、成功に近づけると思う。

そして【読書】だ

自分読書する力というのは環境で作られると思っている。

自分の父は読書家だ。

子供の頃、父親の部屋に行くと、なにかしら本を読んでいた。

自分が足にまとわりついたりするのを無視して本を読んでいた。

母に怒られて、自分公園に連れて行くがベンチで本を読んでいた。

自分は一人でジャングルジムで遊んで、眠たくなったら父親に帰るよう促す。

その時まで本を読んでいた。

父方の祖父の家に遊ぶと、祖父もひたすら本を読んでいた。

老眼鏡をかけて新聞や本を読んでいた。

自分と話すよりも本を読んでいた。

そうか、父が本ばかり読むのは、祖父がそうであったからだ。

から自分もそうするだろう。

自分中学校の頃から純文学を読むようになった。

子供の頃から刷り込まれているイメージ、父が子供より夢中になるもの

どんなものかを自然と取ったのだろう。

自分父親好きだ、尊敬している。

公園で遊ぶより本を読む姿を見せてくれて本当に感謝している。

太宰治にはじまり夏目芥川森鴎外三島由紀夫

カミュドストエフスキーシェイクスピアスタンダール

父親の部屋にあったカフカも読んだ。

読書する力こそ、自分を同レベルの友人たちから頭一つ抜けさせたと確信している。

今でもニューズウィーク誌や新書などは読むようにしている。

長い文章読破できるかどうかは、その後の人生に大いに関係すると思う。

読書が区でないか税金関係の分厚い資料も読み通せるし、

テクノロジーの本も読める。

自営業は素早く資料を読み通して、情報を頭にインプットするとに抵抗がある人は

まり成功しなかっったり、騙されたりするだろう。

父は金銭意欲に欠ける人だったか

母はバイタリティに満ちた人物だった。

自分性格は母譲りだと思う。

バイタリティ読書力があれば並の学歴ハンディにならない

東大とかハーバードクラスについてはわからないが。

他の増田も書いたけれど、

自分成功はその2つをくれた両親のおかげかもしれない。

2016-09-02

感動ポルノが嫌いだった

自分は生まれながらのマイノリティだ。

今でこそ同じような境遇人間が増えたが、当時はまだ少なく、ほとんど理解されていなかったのだ。当然今でも差別は色濃く残る。

自分障害者とではもちろん境遇が違う。だから理解できるとも思わないが、マイノリティに対する世間の反応というのはいやというほど浴びながら育ってきた。

ぼくがマイノリティであることは見た目ではすぐにはわからない。

からうまく紛れることはできたし、必要がなければ明かさなかった。

ただ、その分同じ境遇に向けた反応に対して同調圧力を求められることは何度もあったし、そのせいでノリが悪いスカした人間だと思われたこともある。

学生の、まだ多感な頃の話だ。

仲の良い、信用できると信じていた人間数人に自分の素性を明かしたことがある。

その時涙を流しながら同情する人間がいた。

「かわいそうに。辛かったでしょ。どんな目に遭ってきたの?」

ぼくの肩に手を載せてとても悲しそうにそう言ってきた。

それからも素性が知れる度に、一定数の人間は「かわいそう」という言葉を使った。

意図的に知らせた時もあるが、意図に反して知れてしまうこともあった。

それでぼくは「かわいそう」という言葉が嫌いになった。

勝手に人をかわいそうな人間にしないでほしい。

当然つらい思いも沢山してきた。人よりも苦労は多い自信もある。

だけど、自分にしてみればそれが唯一の人生なのだ

人を羨んでも変わることはできないし、人を妬んでも自分幸せになれるわけでもない。

ましてや、人の不幸を見て噛みしめる自分幸せなんてクソ食らえだと思っていた。

中にはそれが善意だと信じて、周囲の人間配慮するように話して回る人間もいた。

その多くはぼくに対して「かわいそう」という言葉を使った人間だ。

その度に、ぼくはそいつの素敵な人生ストーリーのために消費されたようが気がして気分が悪くなった。

可哀想人間を涙を流して同情する素敵な自分にあこがれているのだろう。

可哀想人間配慮を求める素晴らしい人格者である自分にあこがれているのだろう。

そのためにぼくは消費されていくのだ。

お前らのやすっぽい涙のために、ぼくの人生が軽々と消費される虚しさを思い知らされたのだ。

から感動ポルノが嫌いだった。

アイアムサムを見たことがあるだろうか。

ぼくは不本意ながら上映当時に劇場で見ることになった。

不思議とどうしてそんなものを見ることになったのかわからないが、恐らくは当時付き合っていた相手に誘われて、下調べもなくのこのこと付いて行ってしまったのだろう。

もしそれが障害者映画だと知っていたら、絶対に見ることはなかった。

案の定、ぼくには不快まりない内容だった。

障害者に向けられる周囲の視線は今まで散々に味わってきた苦痛であるし、ハンディを持った人間サクセスストーリーなんてリアリティへったくれも感じなかったからだ。

それを可愛らしい子役と安っぽい感動で塗り固めた、実にアメリカらしい、まさにその国のスーパーで売っているような食あたりしそうな彩りのケーキのような映画しか見えなかったのだ。

映画評価はそれに反して上がっていく一方だった。その様子を、マイノリティは健常者のために消費されていくのがこの世の中なのだと冷めた目で見ていたことを記憶している。

それから時が過ぎて、当然年もとったし周囲の境遇も変わった。

同じ境遇人間結婚して子供も生まれた。

ただがむしゃらに生きてきたし、むしろ生き方にも随分と慣れてきたように思っていた。

そんな時に、レンタルビデオ店でふとアイアムサムのDVDが目に止まった。

世界はこれほどまでにグローバル化が進んでいるのに、未だに歴代名作コーナーに陳列されていることが疑問に思えたのだ。

果たして今これを見たら自分はどう感じるのだろうか。

これでもう一度見てつまらなければ世間が腐っていた証拠だし自分が正しかったことが証明される。

もし何かが変わって見えたら、自分の変化や成長を感じられるかもしれない。

そんなちょっとした好奇心で手を伸ばしてみたくなったのだ。

果たしてぼくは幾度なく号泣させられる羽目になった。

当時の自分がどれだけうがった目で世の中を見ていたかを思い知らされることになったのだ。

何より、子供を持ち、それを守ることに対する思いに何度も涙が流れた。

今もし自分の子供が、世間良識という暴力に奪われたとしたら何を思うのか。

その中で、ハンディキャップを背負いながらも幾多の困難を乗り越えていく姿にひたすら胸を打たれてしまった。

例えどんな境遇であっても諦めずに一生懸命に生きる姿に胸を打たれる。

それは感動ポルノではなく、純粋な感動なのだ

意外なことに、劇中でサムに対して可哀想だと接する人間はいなかった。

皆はむしろ冷たく辺り、障害者が生きていくことの難しさばかりが描かれていたのだ。

そして彼自身も、障害者らしく擁護で固められているのではなく、一人の人間として生き、悩む姿しっかりと描かれていた。

ぼくは当時、その描写を見ることが辛かったのかもしれない。

まだ社会的弱者だった頃の、世の中に対するヘイトがくすぶっていたのだろう。

その時は自分が全うに生きていると信じていた。でも、知らず知らずの間にカルマは溜まっていたのだ。

それ以外にも、この映画はいくつかの問題提起がされていた。

育児放棄女性社会進出ニートやそれに付随する精神疾患問題職業差別貧困

あれから16年の時が過ぎていることに驚いたが、それ以上にいま見ても全く色あせないほどに全ての問題リアルだった。

しろ16年経って尚、それら問題は深刻さを増しているといっていいだろう。

その中で、たまたま障害者主人公だったというだけの映画がアイアムサムなのだ

あの映画の主要登場人物のうち誰に焦点を当てても、どの問題も同様に浮き彫りになったことだろう。

アイアムサムを感動ポルノとして消費した人間も沢山いただろう。

それはそれで良いではないか

それによって潜在する問題認知することにつながったのだから

もしそれが感動ポルノとしてだけ消費されてしまったのなら、障害者たちは真実の姿を表現する努力をすればいいのだ。

それ以上に世の中はポルノで溢れかえっている。

アイドルと呼ばれる偶像が最たるものだし、それこそマスコミ視聴者にえげつなく消費されているではないか

それを自分たちだけ守ってほしいというのはまさに擁護観点であるし、視聴者側も自らの足を使わずして真実を求めようと言うのが間違っているのだ。

感動ポルノがどうした。

楽しみたい人間いるか市場が生まれ必要がなくなれば消えていくだけのもの

ただそれだけのことなのだ。

そもそもが感動ポルノを好きとか嫌いとかいっている場合ではないのだ。

この狂った世の中で道を誤らずに生きていくには、結局は自らの目や耳、手足を駆使して進んでいくしかないのだ。

それを生まれながらに持っていなければ別の手段解決すればいい。

それをしないかぎり、自らがポルノの主役から脱することはできない。

感動ポルノがたどり着く問題の先には、障害の有無は全くもって関係ないのだ。

2016-08-29

こうして新しい武器更新された

どんな形でも負の側面を指摘されたら「差別」を使えば良い、自分の望まない形の持ちあげられ方をしたら今回のように「感動ポルノ」を使えば良い、例の番組はどっちも障害者を消費してるだけにすぎないけど、こうして両方が武器提供したというわけだ。

それらをこうしてうまく使い分けて自分自分が望む形の上位に置けば生涯安泰…と思いたいが、結局それが出来るのは「健常な精神」を持った障害者だけなのだという事実が横たわる。障害にも当然格差がある、どこが鈍くどこが使えないのか、その結果としてのそれぞれの「能力差」による印象と扱いの差についてはもはや言うまでもない。

あるいは世の中が変に利口になって「公平」にひた走って非情にも「ただのハンディ持ちの劣った人間」にされてしま危惧もあるがそちらに関してはまずなさそうだから不安にならなくても済みそうである

ただ、今後何がどうなるにせよ、自分武器を完全に使える側にはなりそうにはない。まあ結局はそんなもんだ。

2016-08-27

ハンディの話をより詳しく

ありがとうございます

要は、身体的なハンディについて、本人が努力してどうにかする(それこそメガネのような補助具から義手義足車いすなど)という考え方がある一方で、「バリアフリー」って考え方もあるじゃないですか。社会の方がバリアとなっている関門を積極的に下げることで、ハンディハンディではなくなるという考え方。階段の横にはエレベーターを設置しましょう、とか。つまり社会全体でハンディの一部を背負うという考え方がある。

では、精神的なハンディについては、どうなんだろうなと。本人の自助努力(カウンセリング、投薬治療なども含め)が全てなんでしょうか。知的ハンディについては、社会福祉の一貫で社会負担を一部肩代わりすることもされるけれども、精神的に多大な問題引き起こしそうなハンディ境界性人格障害だとかサイコパスとか、そこまでいかなくてもADHDアスペルガー症候群、そういったハンディに対して社会はどれだけ負担をしているのか、するべきなのかとちょっと思ったということです。そのせいで問題が起きたとして、それは100%本人に責任を帰すべきなのでしょうか?

前者の場合社会が「一部を負担する」という関わり方ができるのに、後者場合は、責任能力の「有無」みたいな、0か1かという極端な判断のされ方をする。でも、ハンディってそういうものじゃないということがだいぶ分かってきた現代において、精神的なハンディに対する法の在り方は時代に即しているんだろうか、と思ったわけです。

http://anond.hatelabo.jp/20160827215506

一回トラバ間違えました。すみません

http://anond.hatelabo.jp/20160827174356

後者議論ハンディ議論)が抽象的過ぎて分からんので、具体的な事例を設定して書いてくれれば答える。

http://anond.hatelabo.jp/20160827164240

これ、純粋に分からいから分かる人に教えてほしいんだけど、

(1)高濃度テストステロンを「投与」された結果、攻撃的になって事件起こしたら誰がどういう罪になんの?

・本人も知らない場合…たとえばオリンピック選手コーチから筋肉増強のため「合法的栄養剤だよ」と騙されて注射されてた場合とかなら?

(2)第三者が、本人にテストステロンがどばどば出るような食事生活を送らせることで、攻撃的な性格にした結果、その人が事件を起こしたら?

・これも本人があずかり知らないところで、たとえば妻がDVを起こさせ有利な条件での離婚を企んでそのようにしていたとしたら?

(3)生まれつきテストステロンがどばどば出る人が攻撃的な性格に育って、事件を起こしたら?

・ちなみに、事件抑制する治療を受けたところ、実際すっかり穏やかな性格になったとする。本人は「子供に適切な診察と診療を受けさせなかった」として虐待のかどで両親を訴えるつもりとする。

(4)器質的には特に目立った問題がないが、性格面で子供のころから妙に性欲が強く自制心が弱い子がいたとして、そのまま成長して事件を起こしたら?

同じく「ある人に生まれつきの問題があり健全社会生活を送ることが困難である場合、いつ誰がその人の『ハンディ』を修正する責任負担するのか。両親?本人?周囲の人間? それとも社会全体?」という問にはどう答えるのが正しいのか。ケースバイケースなのか。

(追記)

すごく早く回答がきてびっくりしました。ありがとうございました。3人のトラバを見ると、要は「薬物の影響下であっても自由意志存在が認められない程度でない限りは本人責任」ということになるんですね。人間の理性や「自由意志」に対する法の期待ってなかなかすごいものなのですね。「気分」なんてもの人間が左右されることは想定していないという。

後者問題(ハンディ責任は誰に?)についても同じように考えることになるんでしょうか(自由意志存在意志支配可能なことについては100%本人責任?)。今回の事件犯人である彼の性格一種の「障害」とみなすことはできないのか、その場合一般障害責任を本人に100%背負わせないように、本人以外にも責任分散させるという考え方はないのかな、と思ったんです。

(追記2)

テストステロン男性ホルモンだよ。体つきごつくなり筋肉ついて性格好戦的になるとか言うよ。

2016-08-21

活躍担保とは

考え方や価値観の相違というのはあるものから特にそのことに異を唱えるつもりはない。「反論」というほど論ではない。ただこちら側からは「考え方」でなく「想定」が異なるのではないだろうかという風に感じた。

一つ目。社会成熟により、能力は明らかになりつつあるのでは、という意見については「『今のこの社会』ではね」としかいいようがない。あげられた能力のどの一つをとっても、全く的外れとは言わないが、定義あいまいな上に一元的に数値化もできなければそもそも測定できないし、三つの比較(たとえばコミュ力100%論理的思考100%ではどっちにどのくらいの価値・優位性があるのか?)も不明であり、結局、先に私が述べた通りそもそも人間に優劣を付けること自体が無理という結論には影響しないと思う。もし増田に「完全に人間の優劣を測定する基準とその方法」を示していただけるなら(※)まだ納得するのだが。どうも増田は「今の社会がそれほど大きく変わることはない」という素朴な想定に頼りすぎているように私には見える。たとえば人工知能研究が一段階進んだだけで、社会で求められる「能力」なんてあっという間に大きく変わると私は思っているよ。

二つ目増田が私の考えを「要は(現時点での)劣位者の飼い殺し」と捉えているのは、大変不思議に感じた。私が言いたいのは、たとえ社会的にさまざまなハンディを背負って生まれたとしても能力を十分に開花させられるような社会にしておくことが、特に転換期においては全体としての利益が大きいということだ。そういう社会であってこそ、万一何かあったときにそういう人があたかも突然登場してきたかのように前面に出てくることができる。そういう社会システムの整え方の話をしているのだが、それを「飼い殺し」と捉える増田の想定には、人材を「育成する」という観点がすっぽり欠落しているのではないか。さまざまな人間がそれぞれの完成を目指すことができ、それが認められる社会と、「最低限の金を与えて飼い殺し社会」とは、だいぶ違う。

http://anond.hatelabo.jp/20160821181828

※たとえば「コミュニケーション能力」という言葉などいかにも怪しい言葉である友達がたくさんいる奴はその「能力」が高くて、少ないと低いのだろうか。いざというとき頼ろうとしたらそれは全然無理、みたいな連中と上手に付き合いつつつるむ能力、いわゆる「集団で浮かない能力」と、一人の人間に徹底的に信頼され、世界を敵に回しても一緒に戦ってやるぜ見たいになってもらう能力とは、能力の質も内容も結果する行動も全然違うと思うが、増田定義ではどっちが「コミュニケーション能力」が高いのか。ディベートうまいやつはコミュニケーション能力が高いのか。入社試験には受かるかもしれないが、恋愛市場ではめちゃめちゃ敗北しそうだが、そこはどうなのか。いろんな異性をとっかえひっかえできる人の「コミュニケーション能力」は高いのか。一人の異性と添い遂げる人の「コミュニケーション能力」は低いのか? そういうことを、増田はきちんと定義できているのだろうか、と疑問に思う。これは単に一つの例に過ぎないが、まあそういうことだよ。

2016-08-17

http://anond.hatelabo.jp/20160816080810

女性はずっと差別されつづけてきたから、少々の逆ハンディをつけなければ、男とはとうてい対等にはなれないから当然

もっと社会的にも保障して女性にだけ減税とかしてもいいと思う

2016-08-03

シン・ゴジラいまいちだった派としてシン・ゴジラ批判批判しておきたい

ネタバレがっちり含みますので嫌な人は見ないように。

シン・ゴジラいまいちだった派の全員がこのような意見だと思われるのは心外なので批判しておきたい。

絶賛されている『シンゴジラ』が個人的に58点の映画だったので海に身を投げたい | 二十日・de・おぼーん | note

とにかく登場人物にまったく感情移入できない

登場人物感情移入するつくりではないのだから当然のこと。

政治描写に絞り込むために背景はあえてオミットされていると見るべきだ。

かと思えば「大統領になりたい」だの「総理になりたい」「幹事長になりたい」だの政治的野心をのぞかせる台詞ポンポン出てくる

これはナイチンゲールなどが言う「構成員自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」と同様のことではないかと思う。

政治家は、名誉欲や出世欲、あるいは「国を守りたい欲」といった個人的欲望によって仕事をしている。

それは「人のために働く」ことと相反しない。

あえて「無私無欲な英雄的人物」を描かないことがリアリティを生んでいるのである

現場にいる主人公たちが簡単に「スクラップビルド」みたいなことを口にするのもどうかと思う。

これもつまり政治家という「キャラなのだと思う。

廃墟となった町を前に、ことさらに嘆いてみせるのはニュースリポーター仕事であって、政治家のやることではない。

終わったことは終わったこととして、いかに立ち直るかを考える。

という割り切り、切り替えの早さを描いているのではないか

カタルシスを生むはずのヤシオリ作戦

前段の「感情移入」もそうだが、「主人公には感情移入させねばならない」「物語カタルシスを描かねばならない」という観念に囚われすぎている。

こういう物語だったらこう描くべきだよね、という気持ちが先行しすぎているタイプ批評家であるように感じる。

シン・ゴジラは「リアル政治ドラマ」と「フィクション特撮映画」を描いた物語なのだ

からこれだけ綿密に取材して政治家官僚キャラ作りをしてきたくせに、

フィクション側の画面へ行った途端に「無人在来線爆弾」なんてものが出てくる。

その構造批判こそすれ、ヤシオリ作戦のもの荒唐無稽さに突っ込むのは野暮である

主人公作戦チームってあれだけ人数いるのにマキ・ゴロー博士暗号解読して凝固剤の生産を手配しただけで実は大したことしてないよね

その二つだけでも十分なうえに、ヤシオリ作戦立案したのはあのチームでしょう。

解析したゴジラ遺伝子データから放射能除染できる

あれはゴジラ放射性物質半減期が短かったという話で、ゴジラ遺伝子データから除染できるという話ではなかったと思うが…

全然ハーフに見えない高圧系女子石原さとみが「40代大統領になるのがドリーム」とか言ってるけど、アジア丸出しの顔でなれるわけないだろとか

女性アジア系で若年、というハンディを乗り越えたいからこそのドリームなんじゃないですか。

この人、10年前にも「黒人がなれるわけないだろ」とか言ってそう。

「本当に怖いのはゴジラじゃなくて人間」とか言わすなよ

まったくだ。

ゴジラの造形は最高

腕が小さすぎない?

曲もいいし

冷静になるとああまで過去作をオマージュする必要もなかったんじゃないかという気が。

特撮だっていい

放射火炎以外のCGがしょぼかった…

2016-07-12

僕が死んだ後、100年後、1000年後、10000年後の君に送る手紙

やあ、元気かい

 

僕は君が生まれる何年も前に生きていて、死んだ者だ。

君が生きている時代は今の僕からは遠い未来の話なんだろうね。

どうだい?

自動車は空を飛んでいるかい?

働かなくても食事ができて雨風をしのげる生活をしているかい?

ワープできたり、生まれつきのハンディを克服できるバイオテクノロジー存在したり、

星と星の間を自由に行き来して星間旅行を楽しんでいるかい?

もうすぐ不老不死も実現できそう?

そうかい…。

 

僕が思っていたよりもずっと未来は明るいらしいね

僕はその恩恵を何一つ受けることはできなかったけど、

今の君たちが幸せならそれで何よりだ。

 

でも、まだ何か悩んでるんじゃないのかな?

例えば人間関係とか、自分存在価値への承認とか、能力限界とか、

怒り、愛憎、焦り、不安孤独憎悪…まだ人間の原始から来る感情に悩まされているんじゃないのかい

実は、未だに戦争をしている地域がどこかにあるんじゃないのかい

どこかで飢えて抵抗することもできずに命を落とす子どもたちが…いるんじゃないのかい

そうかい…。

 

僕が思っていたとおり、未来になっても人の原罪は償え切れるものではなかったようだ。

僕は君に謝る。

すまなかったと。

遠い過去に生きる僕たちが人類悪夢を終わらせることができなかったことを。

テクノロジーの発展に尽力することはできたが、

幸福の手助けには遠く及ばなかったということを。

たった一人の人間幸せにすることも難しいままだということを…。

 

謝罪と同時に願いを送らせてほしい。

どうか君の時代では、人々が憎しみで争うことがないように。

どうか、お互いがお互いを思いやり尊厳を持って接し合うように。

どうか…愛する人を守り、幸せにすることができるように。

 

今の僕ではできなかったことを未来の君たちに託す。

どうか君は失敗しないでおくれ。

僕の希望を叶えて見せてくれ……。

2016-06-08

悪条件を上げて「だから簡単にできた」はカッコ悪い。

誰かが成功したとき、〇〇だから簡単にできた、という言い方する人がいて、〇〇というのは、

田舎者から簡単にできた、とか。

貧困者だから簡単にできた、とか、

・女だから障害者から簡単にできた、

そういうの。

そこには難しくなかったというニュアンスを含んでいる言い方があるんだけど、とても、カッコ悪いなーと思うんだよね。

ハンディーを背負っている中の成功は、

そうでない世界の数倍は難易度が上がる。

どんなに、簡単要素を探したとしても、厳粛な事実である

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