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2018-10-12

anond:20181012021655

「~と比べて幸せ」と不幸を誤魔化すのは止めた方がいい。

それと同じくらい「~と比べて不幸」と自分を蔑むのも止めた方がいい。

「誰々より~になってやる~」とかさ、なんでいつも他人が中心なわけ?

不自由生き方してんな

2018-10-11

知り合いの女性芸術家

子供を二人産んでから積極的個展を開いたりしてるんだけど、義父がその業界の重鎮で金の不自由はなく、その息子は才能イマイチだけどイケメンでめちゃくちゃ優しくて、女性芸術家の才能に惚れて結婚して家事育児全面的サポートしてるから出来てる。

それでも死ぬほど大変そう。

努力たかった

努力できる家庭環境で育ちたかった。

金持ちで知能の高い両親からまれて何不自由なく育って大衆を見下す人生を送りたかった。

子供のころはどうやって努力すればいいのか分からなかったわ。

性的消費のアホらしさ

ある人が意中の男を落とすために気合いれる

ばっちりメイクして、衣装セクシー寄りにして、視線を引いて興味を持って欲しいと思う、もちろん性的

けど待って欲しい

それダメなんじゃないの?

女性性的マナザシて、それを消費するなんて、あっちゃいけないんじゃないの?

そんな価値観を、男はもっちダメだよね

そうでないと、女性苦痛を感じて、日常生活不自由になるんじゃないの?

こちからモーションを掛けてるときOK

それ、男の側が勘違いしたら、セクハラだよね?

から、はっきりと口に出して貰う必要があるよね?

んで、普段女性性的マナザシてはいけないし、それが当たり前の価値観で生きなきゃいけないけれど

女性がモーションを掛けてきたら、そこから女性性的評価しなきゃならん

そして、お互いが意思確認して、恋人なり夫婦なりのパートナーシップが築けたら


けどさ、常識的に考えて、こんな世の中にしたいわけじゃないよね

女性女性で、きれいな自分評価されたいし、性的に魅力を感じて欲しいはずなんだよ

そうでなきゃ、「母親でも奥さんでもない、私は一人の女」なんてな主張要らないじゃん?

性的に欲されてないなら、そこは楽園じゃん


自分気持ち悪いと感じる萌え絵批判するためだけの理屈で、すげぇ無茶苦茶な事いってるよな。

2018-10-10

Pixel3発表の反応みて思ったこ

スペックなりの値段なのに「高い」って反応がおおいの見るとAndroid端末メーカーってほんとに不幸やなと思う

ただ、かつてAndroid端末の売りだったはずのイヤフォンジャックや外部ストレージが標準ではなく差別化要素になってきてるあたり、少し寂しい気はする。

そして個人的に気になるのは、Pixel3のアクセサリー市場について。

Android端末は片手で数えられるぐらいのメジャーな端末以外アクセサリー選択肢殆どないのが個人的に辛い。

テカった外装が嫌いなのと、落としたとき割れないようにという目的でマットな外装のケースを買いたいんだが、Android端末は端末によっては全く選択肢がない。

Pixel3はおサイフケータイ対応っぽいし、ある程度アクセサリーメーカーも乗っかってくれるんだろうか?

自由であるが故の不自由みたいな、なんとももどかしい感じ。

東京人には田舎者差別する資格がある

だって東京では年収1千万稼いでも貧民扱いされるんだろ?俺が地方世帯年収800万程度なのに家庭を築いて何不自由なく暮らせてるのも東京人がウルトラ稼いで、ウルトラ税金を納めてくれるおかげなんだよなあ。田舎者差別されて少しでも東京人の慰み者にされるべきなんじゃないかな?

2018-10-09

人間美男美女が好きという特性フェミニストは忘れないようにして

ノーベル賞解説キズナアイを中心とした問題がチグハグしてると感じた。

その理由一般的大多数の人間(フェミニスト含む)が美男美女が好き

という前提をどこか忘れているのではないかと思う。

①元々人間には嗜好の合うものと触れていたいという感情があると思う。

大多数の男性美女が好きだし、大多数の女性美男子が好き。

これは人間本来が持つ本能だと考えている。

自然とそれは社会に反映され、雑誌の表紙は美男美女だし

テレビネット美男美女で溢れている。

人間美男美女が好きなのは悪いこと?良いこと?っていうより

それが人間特性なので、まずは認めなくちゃいけない。

②それともう一つが、性的強調はやりすぎると好から外れて不快と感じる人がいること。

萌え絵ポスターはセーフとする人も多かったけど、アウトの人も多かった。

仮にBL系ポスターを作ったとしてもアウトになってしまうと思う。

これも人間特性だと思う。

この2つが話の前提。

個人的には萌え絵もBLももっとやれ、自由を楽しもう派なので

 不快になる人が少なくなればなぁ・・・と考えている。


少し話が飛んで個人的感想を先に述べると

男性女性服装から生き方まで、男性の好みの強制していた時期がある。

やれ肌を露出するなとか、やれお淑やかに生きろとか、やれ社会進出しなくてもいいとか。

それに女性が対抗して、もっと自由生き方をさせろ!という流れだと思う。

それが今では、女性性を強調した服を着た女性NHKに載せるな

という話を(一部の)女性側が言っている。

半世紀前は女性性を制限するなと言っていたが、今回の問題女性性を制限しろと言っている。これは面白い

肌を露出せず、お淑やかな人達NHK大勢出てきたので

キズナアイのような女性NHKに出れることは大きな一歩と思っていた。が違っていたらしい。

個人的にせっかく得た自由を手放すのはもったいないと思うし

また不自由世界(肌の露出髪型、口調、性格生き方など制限されているような世界)に戻したくないと思う。


話を戻して

キズナアイ服装男性の嗜好を意識していて

マナーとして良くない、不快だ。という理屈だとしたら

それは社会が判定することなので、社会に委ねる。

今のところは概ね好意的に認められているので社会的にセーフらしい。

逆に言えば、そのような格好を女性がしてもセーフということだ。

(2次元3次元では話が変わってくるかもしれないが)

多分昔ならアウトだと思う。


服装社会的にセーフならもう話が早くて

あとはキズナアイ能力的に仕事をこなせるか、

仕事を任せるとして適任かの話で終わりである

それで終わる話なのだがどうにも

そういう話になってない。

多分だけどこれは、前提①のみんな美男美女が好きっていうのを

見て見ぬふりをしてるからじゃないのかと思う。

男性美女を突き進めた形の一つが萌え絵だし(萌え絵女性性を強調したりする)

女性美男子を突き進めた形の一つがBLだと思う。(BLは男性性を強調したりする)

なので美男美女を求めると萌え絵っぽいのが社会にでるのは必然だし

BLも然りである

ただ、前提②であるとうり、やり過ぎると批判を食らうのだ。

※繰り返しになるが今回の件はやり過ぎてないとの判定。


フェミニストの人たちは前提の②で不快と思う人として登場しつつ

加えて女性自由世界を語る。

だが蓋を開けてみると、不自由世界に戻そうとしているのだ。

自由にしたり不自由にしたりするフェミニストの人は

前提①の一般的大多数の人間美男美女が好きという特性

まずは認めてあげてほしいと思いました。

そして今の社会から女性自由拡張してほしいと思いました。

anond:20181009164137

この文脈で「誰も」ってのは自分言葉についての話なんだけど「代弁」って何?

しろ代弁されてしまったのはこっちで、それを否定しただけなんだけど

もしかして日本語不自由な方ですか

2018-10-04

anond:20181004141725

性的な強調服を着てる女は真面目な番組に出たり科学を語ってはいけないとおんなを不自由にしてるのは女だとよくわかるなぁ。あの程度の露出はいまどきただのおしゃれなんだが、性的ものだ!と叫べば叫ぶほど性的ものになってくんだよなぁ

2018-10-03

anond:20181003152746

告発」と「晒し」「紹介記事」の間に明確なボーダーラインがあると思ってるのか?

そもそも同じベクトル上の異なる点にあるものだとか考えてるのか?

それは違うぞ。それらすべてキャプションタイトルが違うだけで中身は同じだ。

技能実習生」と「移民労働者」が同じであるようにな。

そこに違いがあり、どれか一つはイケナイものだとしている増田思考不自由なだけさ。

2018-10-02

anond:20181002074638

経験則だけど、英語ダイエット貯金も出来る奴は

みんなそんなもんだよね?

とか言わない。


自然とそういう言葉が出るならお前には無理って事だ

諦めて英語が話せなくてデブ文化的にも肉体的にも不自由

貯金がなくて少し大きなことがあれば慌てふためくような


そういう生活を送ってくれ

2018-10-01

anond:20180930064448

イスラムでは夫は妻を不自由なく養う義務があるからなぁ

結婚の時は男がかなりまとまった大金相手の親に支払わないと結婚できないし

2018-09-30

anond:20180930004824

イスラムは妻を複数持ったら全ての妻を平等に愛さないと復活の日に夫の半身が崩れ落ちるペナルティがあるし、全ての妻を平等不自由なく養える裕福な夫じゃないと結婚できないから各妻に家を買うのが普通だろ。

anond:20180930003848

ごめん少し不自由な人なんだね。

一妻多夫と多夫一妻は言葉が逆になってるだけで同じ意味だよ。

2018-09-29

変な例えだけど、謎の賃金上昇が起きて平均年収が1000万になったとする。物価地価の上昇は起こらないものとする。

増田年収は400万とする。

一人暮らしなら不自由なく暮らしていける額だが、でも家賃20万のマンションに住めてないから俺は貧乏だー!

てなことが言いたいのでは

高齢処女ディルドで自力処女した話

事の起こりは数か月前、持病の薬を貰うため通っていたレディースクリニックにて

医者「じゃあ、次回は血液検査子宮頸がんの検診ね!」

私「え、あ、はい

比較的空いている朝一番の予約で、半分寝ぼけた頭のままぼんやりと、いつものように血圧を計られ、薬だけもらって帰宅する予定だったのに。

医師言葉に、ぼんやりしたまま普通~に返事をしてしまったが、私は、処女である

30歳にして、処女である

説明しよう、子宮頸がんとは、性的接触より子宮頸部に感染するHPVというウイルスにより発生するガンである

――吾輩は、処女である

性的接触は、まだない―――――

すみません、私経験がないので、がん検診はまた次の機会にしてもらっても良いですか…?」

と、この一文をサラッと医師に告げれば良いだけだったのに、

「ああ、はいはい、がん検診ですね?了解で~す」的な雰囲気を醸し出しつつ、私は澄ました顔をして承諾してしまった。

やっちまった。

完全にミスった。

何がやべえって、子宮頸がんの検診は、

<股にクスコをぶっ刺し穴をかっ開いて、器具入れて子宮入り口の粘膜をこすり取ってくる>

という過程を経る検査だというところだ。

処女の股に、クスコ入んなくね…?>

30年間使用されず、廃墟と化した山道トンネルに、いきなり車両が通行するようなものである

これはもう確実に事故案件である

病院からの帰り道、冷静になった頭でがん検診をシュミレートしていたら、じわじわと恐怖が襲ってきた。

(クスコとはどういうものか、イメージがわかない方は、「クスコ 婦人科」で画像検索されたし)

しかし私の頭には恐怖と同時に、一筋の光も差し込みつつあった。

<これは処女を脱することができる、チャンスなのではないか…!?>


話が前後するが、私は若いから卵巣嚢腫を患っていて、婦人科には定期的に通院している。

初診の婦人科では最初の問診で「性経験の有無」について必ず答えるようになっているものではあるが、問診表に素直に「性経験無し」と記載したところで、世の中のすべての人間が私に対して処女としての対応をしてくれるわけではない。

これは完全に個人体感であり、偏見でもあるのだが、「婦人科処女だと申告した時に、それを受け入れ当たり前のように処女として対応してもらえるのは、20代前半まで」であるように感じられる。(あくま主観ですが)

今まで転勤などによって、5カ所の婦人科渡り歩いてきたが、問診表で処女を申告していても、いざ診察室に入ると、もう一度経験の有無を確認されたり、酷い時には何の疑いもなく股に器具を突っ込まれそうになったことすらある。

残念ながら、

「30代にもなると、未経験の女なんてほとんどいない」

というのが、世の常識なのであろう。

実際、私の周りにも処女なんていないし、この年齢になると5割は経産婦である

肩身の狭いマイノリティ高齢処女。これが現実だ。

かといって、普通生活している分には何ら不自由はない。

友人同士の女子トークは、自分に話すことがあんまりいからか、ちょっとわずらわしく感じられる時があったりもするが、まぁ問題ない。

じゃあどういうときに肩身の狭さを感じるのかというと、高齢処女が一番のストレスにぶち当たる場面は、やはり病院なのである

私は卵巣嚢腫を患っている。

卵巣嚢腫の診察には、超音波器具を股にぶっ刺す必要がある。

経験者はマンコに、処女はケツの穴にこれを挿入して診察するのだが、例えば歳若いお嬢さんであれば、「経験が無いのでお尻から」というのはあたり前に受け入れられるだろう。

しかし30女になるとどうだ。

まず世の常識として、30代は大体非処女、という大前提がある。

医療従事者も人間だ、無意識に刷り込まれている先入観には抗えない。

そんな常識をぶち破り、

「男の経験無いのでケツからお願いシャス!!!」と申告しなければいけないこの心苦しさは計り知れないものがある。

羞恥心、虚しさ、自嘲感、気まずさ。

圧倒的ストレス

まだ1度や2度くらいなら割り切ってわりとサラッと言える。

しかしながらこれが定期検診となるとストレスの度合いがぶち上がる。

内診の度にじわじわと心が削られる。

しんどい

一切心苦しい思いをせず、マジョリティのひとりとして診療されたい…


そういう思いもあり、今回の子宮頸がん検診を念願の<非処女>として受診するべく、私は荒廃したトンネルを開通させることを決めたのであった。


そう、自らの手によって。

ここでタイトル回収。


使ったものは彼ぴっぴではなく、ディルである

まず彼氏を作る努力しろよという指摘には、30代で経験が無いことがすべてを物語っているので察してくださいとしか言えない。

始めては好きな人と…なんて可愛げのあるセリフ可愛い女が言えばいい。

誰がなんと言おうと、私の初めての相手ディルド!君に決めた!

アマゾンで1600円くらいで購入。

柔らかめのMサイズ、ローション付き。

実家暮らしの為、万が一家族に箱を誤開封された時のことを考え、コンビニ受け取りにする念の入れよう。

まさかこの中にチンコが入っているとは思いもよらないであろう、シンプルな包装。わかっていらっしゃる

開封

かい、思ったよりでかい

しかしこれが世の平均サイズ…事前に平均サイズを調べておいたけど、まさにこのディルドも平均of平均といった造形であった。

こんなものが入るのだろうかとヒヨりそうになるが、女の穴は本気を出せば赤子だって通すことができる穴だ。

なんかこう上手いこと出来てるに違いない、と信じるしかない。

さぁ、いざ勝負

と、思ったところで、ゴム存在に思いを馳せる。

衛生的には被せたほうが良いに決まっているのだが、気持ちが乗っているこの状態を一時中断して買いに行くべきか、悩む。

ゴム無いけど気持ちが盛り上がってるから生でやっちゃうとか、漫画100万回くらい見たことあるけど、なるほどこういうことね。理解理解

とりあえず一度ディルドを洗い、マキロンぶっかけてみる。

マキロン信者である私はマキロンにすべてをゆだねることによって、ゴムの購入を省略した。

乾いたバスタオルをケツの下に敷き、事後、すぐ体を拭う用に濡らしたハンドタオルをサイドテーブルにセット。

ディルドにローションをON

寝っ転がって股を開脚

オールグリーン

開戦。

「待って待って待って。無理、入らん。普通に痛い。無理。」

10秒後、敗北。

とりあえず先っちょだけ頑張ろうと思った出鼻をくじかれる。

先っちょが、まるで入らない。

入らないのに超痛い。

嘘やろ?世の女たちみんなこんな痛い思いして合体したの?

とりあえずググる

処女膜 位置

結果、処女膜はマンコのめちゃめちゃ入り口にあるということが判明。

先にググっとけよという話だが、なるほど把握した。

要は「先っちょ」が貫通の儀において最重要課題なのね。

たかが先っちょ、されど先っちょ。


再戦。

「ぐわあああああ痛ええええええああああああああ!!!!」

と呻きつつも、ディルドの先端を穴に当てがい、グググと押しやる。

ここで引いたら一生勝てない。

押し込む手の力を弱めず、攻め込む。

マン城壁へ攻め入るディルド軍。

激しい攻防は20秒ほど続き、そして

!?

苦戦していたディルド軍が急に前進

どうやら城壁突破したようだ!

行けるところまで前進するべし、という軍師の命により、ディルド軍は奥へ歩を進めるものの、

半分くらい行ったところで、ちょっともう股間の痛さが無理すぎてギブ。


終戦


ディルドを引っこ抜くのもまた怖いやら痛いやら。

カリの部分で引っかかってもう参っちゃうほど痛かった。

準備しておいた濡れタオルで股をぬぐい、ベッドの上でしばらく放心。

体感時間は1時間くらいだったが、実際は途中ググってた時間を含め、10分ほどの戦い。

股間はなおもジワ~~~!!っと痛い。

もう完全に怪我。完全に怪我の痛さだわこれ。股間の怪我明日は出歩かず安静にしておこうと決める。

世の女の子たちはデートの途中でこれをやるの?すごくない?

それとも好きな男とのデートの途中だからこそ、心身共に盛り上がることによって軽症で済むのだろうか?

完全に正気のまま事務的に事に及んだ私は重症です。

30分くらい横たわったのち、そろそろ動くか~と体を起こしたと同時に、尿意を感じトイレへ。

おしっこめっちゃ股にしみる。

そしてふと股と便器のぞき込んだら、真っ赤で仰天。5秒おきに股から血が滴り落ちている。

たぶん地獄ってこういう景色

真顔で股の血をトイレットペーパーで拭き、パンツナプキンをセット。

事前に世の人々の初体験をググっておいた時に出てきた情報では、「パンツに血がにじむ程度」とか書いてあった気がするが、

な~~~にがにじむ程度じゃ馬鹿野郎!垂れ流しって書いとけ!!などと心の内で悪態をつく。

しかし翌日になると痛さは残るものの、

血はほとんど止まっていた。


一週間後、貫通具合を確かめるため、2回戦目。

「え?待って?普通に痛い。」

一度処女膜が破られたら、その後はもうズッコンバッコン余裕なのかと思っていたら、全くそうではないらしい。

初回貫通時の痛みを100としたら、2回目は40くらいの痛みであった。

しかし痛みはあるが、出し入れ自体は初回とは比べ物にならないほど容易ではある。

この調子なら、婦人科クスコ超音波器具も、もう大丈夫かもしれない。

謎の達成感と安心感を感じながら、私は婦人科の予約を入れた。


子宮頸がん検査日当日。


下半身晒したまま、例の婦人科椅子に座る。

椅子が動き、開脚される。

どうでもいいけど、この椅子アトラクション感あって、動き出すとちょっとクワクする。開脚されると正気に戻る。

器具を股に当てられ、そのまま何のためらいもなく流れるように挿入される。

「やべえ、普通に痛い。」

「まだ普通我慢できる範囲の痛さだけど、これ以上はやばい。これ以上痛くなったらやばい。これ以上は…!」

と頭の中でヒヤヒヤしていたら、一瞬で器具が抜かれ、終了。

早い。

想像以上に一瞬。

椅子に座ってから30秒も経ってないんじゃないかと思うほどの早さ。

この30秒のために大いに悩み、戦をした自分は一体何だったんだ、と思わなくもないが、

まぁ結果的スムーズに事が済んだので、良かった。

からホッとした。

これから先は婦人科にかかる時、何の心配、心苦しさも感じることなく、内診を受けることができる。


から見たらめちゃめちゃしょうもない事案だろうけど、

こういうめちゃめちゃしょうもない下の悩みを抱えている人が、もしかしたら私の他にもいるかもしれない、ということで

この日記をここに残しておくことにする。

2018-09-26

anond:20180926134520

コンフリクトを解消して全員が最大限自由状態を求める場合イスラム禁止は総不自由量より総自由量を増やすと思うな。

anond:20180926113650

世界から離れると、世界を気にせず生きることはできない。

腐った世界を気にせず生きるには、その腐った世界の中にいなきゃいけない。

電通社員政治家高級官僚が一番腐臭を感じないで生きられるし、

そこから離れれば離れるほど腐臭に耐えて生きなきゃいけない。

ふつうに働いて、それなりに不自由なく生きて、そういう世界から目を背けられる環境を作るのが最善。

2018-09-25

帰国子女挫折

小5~中1まで親の海外赴任インターナショナルスクールに通っていた。

海外に行くまでは地元公立校勉強運動もそつなくこなし、中学受験を見据えて塾に通っていた。

それがある日突然異国の環境に放り込まれ、何もかもに不自由し、学校休みがちになった。

それでも英検2級に受かるくらい英語力は上達したがネイティブレベルには到達しなかった。

問題帰国してからで、英語以外は学力は明らかに落ちていて、もともと勉強ができた自分にとっては屈辱的だった。

環境の変化、劣等感反抗期など複数の要因が重なり中学不登校になってしまい、何とか高校には進学できたが2年目に中退引きこもりになった。

そこから数年間引きこもりを続けいよいよ人生危機を感じ、一念発起して実質2浪目の年から大学受験勉強を始めた。

もっと早く知っておけばよかったのだが、MARCH文系ならセンター英語で190点近く取れるレベルなら国社が出来なくても受かる学部があることを知った。

結局2浪目の年にはメンタルの不調でセンター試験以外受けられず、センター利用で受かった大学はあったが、この精神状態では通える気もしなかったため3浪目に入った。

3浪目になってしまい受サロに毒されていたので早稲田第一志望にする。

ほぼゼロから社会科勉強する必要から効率重視で政治経済選択したため、慶応上智自動的選択から消えた。

ただ早稲田一般入試英語配点がMARCHほど偏ってないため英国社まんべんなく得点する必要がある。

古文漢文が出題されるのも苦しかったし、正直英語だってほぼリーディングしかないのだから海外で養ったリスニングスピーキングは何の意味もない。

それでも必死勉強して補欠で合格したが、普通に日本教育を受けて受験していたらこんなに苦労しなかったのではないかと思う。

高校まで海外生活して帰国枠で入ってきた国際教養学部の連中にはどうせ英語ができるだけだろと僻んでしまう。

大学に入ってからメンタル面で苦労して、留年しながら何とか卒業したけど就活できずに現在無職だ。

子供帰国子女として育てる機会のある親には人生を左右する選択であることをよく考えて欲しい。

コミュ力のない同僚の特徴

主語、あるいは述語が存在しない

 

いやこれコミュ力がないとかいう話じゃないか

日本語不自由

2018-09-22

新興宗教の子供だった

承認欲求ちょっと強めに出たせいでなんだか怪しげなタイトルになったが、残念ながらそんなに波乱万丈な人生を送ってきたわけではない。これは特に何を訴えようというでもなく、しかし書きたい気持ちがあり、それに際して家族以外に自分名前を出して伝えることについて自分の中で非常に大きな抵抗があるため、匿名で書くものである。ぼくはといえば、普通に公立の小中高校と通い、ふつう私立文系学部に進学し、うっかり留年などするものボンボンクラクラとしてのうのうと生き延びている。経済的不自由もなかったし、就職活動で不利になることもなかった。

しかし家のリビングには立派に新興宗教エライ人の格言が額に入れて飾ってあったことも確かだし、実家帰省してみても父は毎週教会に通っている。具体的にどの程度信心しているのかはよくわからないが、おじいちゃんおばあちゃんばかりの信徒のなかで若手(もう還暦が近いが、若手である)として教団支部運営にはそこそこ尽力しているようである

これを書いてしまうとおそらくもうどの宗教かは特定できるが、父の実家宗教江戸時代末期にできた神道の一派であるらしく、新興といえどそこそこ歴史はある。宗教の名を冠した教育機関もいくつかあり、そういえばいつかの甲子園にもでていた気がする。

子供の頃はよく教会に連れて行かれた。僕と同じくらい年齢の子供が数人おり、両親やおじいちゃんおばあちゃん先生のありがたいお説教を聴いている間、僕はゲームを買ってもらえない子供だったので他の子ゲームをしている様子をずっと眺めていた記憶がある。たまにお菓子をもらえたりもした。当然お説教一言も聴いていないので現在に至るまで全く信心する気持ちはない。大変な親不孝者である

普通のこどもは教会に行かない」ということを知ったのは小学3年生のときだった。当時気の迷いで野球スポーツ少年団に入っていた僕は、あんまり土日の練習が嫌になったので「明日教会に行くので練習休みます」とコーチに言った。周りの目が一気に怪訝そうになったのを覚えているし、言ってしまった直後自分自身も「どうやらこれは間違ったことを言ってしまったらしいぞ」ということをすぐ認識したので、それ以来人前で教会の話はひとこともしていない。おかげで土日に遊べない理由適当捏造するのがうまくなったものである

地下鉄サリン事件というのが生まれる少し前にあったらしい、ということを知った時、どうやら自分は少し言動に気を遣わねばならないらしい、と思った。ネットで噂になっているエホバの証人や某学会信者による迷惑行為が、日本における「新興宗教」のイメージであり、先述したように信仰心ほとんどない僕も「宗教ときくとやっぱりちょっときな臭い言葉であるように思ってしまうところがある。ところが同時に僕は新興宗教当事者であるとも言える立場なので、あんまり無邪気な感じにもなっていられないのだ。

ニューヨークに突っ込んだ飛行機映像を見て宗教歴史のいたるところで戦争を起こしてきたということを知った時にも、子供心に教会の中に入り込んでいってしまってはいけないのかも、と思った。科学の子であった僕は、やっぱり母の言う「天国で死んだおじいちゃんが見守っている」だとか、神様を信じれば助けてくれる、ということに「ウッソだぁ〜」という気持ちを持っていた。お空の星は核融合炉であり、太陽系があり、銀河があり、宇宙インフレーションビッグバンからまれていた。神の祟りよりプレート・テクトニクス隕石のほうが怖かった。

ところで、僕はカトリック教会にも行ったことがある。祖母カトリックだったので、クリスマス礼拝に連れて行かれたのだ。洗礼は受けていないので、目の前で配られるパンワインをただただ眺めるばかりであった。眼の前の人がワインを飲むなり激しく咳き込みトイレに走っていったのを覚えている。たいへん敬虔信者であったのだろう。僕は激しい修行はおろか正座でありがたいお説教を聴いて足を痺れさせたことすらないので苦しみをもって神に尊敬の念を示すということを全くしたことはないが、もしかしたらそれが心の支えになって、拠り所になって、日々を生きることができている人もいるのかもしれないと思う。なお家には未だに聖書がある。

母は教育の人である教育を学び仕事にするプロフェッショナルである。親は誰しも自分の子供には人生における様々の試練に負けず強く生きてほしいと願うものであると思うが、カトリック祖母の影響でミッション系の学校に行っていたこともあるのだろう、心の何処かで神を信じるように幼少期の僕に教えてきたように思う。神は想像を絶する試練を課せられた人々の心をたびたび救ってきたからだ。新興宗教教会あんまりもつまらないお説教のせいで全く僕に信仰心が芽生えることはなかったが、大学宗教学の授業をとってみたりした今になって、「宗教ってこういう役割があったわけだね」という話をすることがある。流石に現代に生まれ中世のように「本当に」神を信じることはないが、しかし母は未だに「でもなんだか、どこかで信じている」というようなことを言う。

僕はお寺や神社を見て回るのが結構好きで、今年の夏も(オタク聖地巡礼を兼ねて)下鴨神社に行ったりしている。猛暑京都盆地の中、糺の森木々直射日光を遮り、薄暗くなっている参道はアホほど暑かった。今年は割と苦労した就職活動がどうにかうまく行ったため、賽銭箱に五円玉を投げ「いいご縁がありました、神様ありがとうございます」とお礼を言ってきた。下鴨神社神様も「縁結びってお前そういうことじゃねえよ馬鹿野郎」とお怒りのことと思う。

2018-09-20

ラノベ表紙に端を発するゾーニング問題は実はゾーニング問題じゃない

きょう書店で娘が心底嫌そうな顔で「お父さん、これ気持ち悪い…」と指さした光景

自分の属する性別の体が性的に異様に誇張されて描かれ、ひたすら性的消費の道具として扱われる

気持ち悪さは想像できるし、それを子供の眼前に公然と並べる抑圧はほとんど暴力だよなと改めて思う。

 

どうせ検索すればすぐ出るので直接リンクはせず。

2018年9月初頭にこのツイートに端を発するゾーニング問題について、

女性人権やら表現の自由やらと様々な論議が行われている。

しかしこの問題、実際はその辺りでは無いのではないかと筆者は思う。

本題に入る前にまずはそれら「ここが問題だ」という部分を見ていこう。

 

性的消費問題

ツイートを見た通りでは、「親」に「これが気持ち悪い」と報告する娘。

 

ほんとそうなんです。八歳の子供の目で見たらはっきりと嫌悪感を覚えるものが、

まりに氾濫しすぎて、それがおかしいとすらみんな思ってない。

そこからおかしいと言っていかなきゃいけないんだと懐います

 

わずか八歳、一般には第二次性徴期ですらない娘が

自分自身に対する異性の目を想像し気にするのであれば、いささか不自然ではある。

一般に性に目覚めた頃合いは、それは恥ずかしいものであったり訳のわからないものであったり、

特に学校での性教育が概ね浅い内容であるこの国で、娘が(八歳で性教育はやらないだろうが)

得ている性的知識というのは、第二次性徴期での変化や生理に関する所であって、

異性から視線は得るものではない。

早熟であったり、或いは性的に嫌な目に遭うなどがあれば、今の知識と結びついて

自覚し始めた、ということはあるだろう。

しかしその場合、真っ先に異性として嫌悪対象になるのは父親だ。

ましてや自身性的嫌悪に結びつく話を、異性たる父親にする可能性は極めて低い。

下着を買うときに異性への嫌悪を知っている娘が父親相談しないのと同じで、

これは信頼の問題ではなく、「それだけの性的意識があるならば父親に対して

恥ずかしさにしろ嫌悪しろするとは考え難い」ということだ。

実際に娘が現場でどこまで喋ったかはわからないが、ツイートの内容を見る限り、

表紙に描かれた女性キャラクター露出に対しての吐露というより、

いわゆる「萌え絵」に対する嫌悪の方がまだ想像やすい。

 

まり

自身女性商品的に見られているのが嫌だと思うぐらいの意識があるなら、

とはいえ男性である父親に報告しようとは大抵思わないだろう。

ツイートの限りではラノベコーナーを指さしてるだけのようなので、

しろ萌え絵に対しキモイと言ってるほうがまだ現実味がある」

ということになる。

 

 

ゾーニング問題

本の表紙は売れ行きに直結する極めて重要ものであるが、

からこそ出版社はかなり慎重にそれを決めている。

デザイン性や売れ行きなどはもちろん、一般書籍として置けるかどうかも

何人もの人の目で確認して送り出されている。

出版社には過去の抗議や問い合わせのデータが蓄積されており、

非常に多くの面に配慮されているのが実態だ。

だが実際には露出が多いじゃないか、などの意見はもちろんあるだろう。

しかしそこはいわゆるプロ目線で、いわば「行政言い訳できる」という

ラインでの配慮というのが恐らく多くの出版社認識だろう。

 

多くの出版社が気にする行政といえば、東京都健全育成審議会だろう。

まり何らかの問題視がされたとしても、この審議会での基準に対し、

肌色率が何割」とか「胸の強調の度合い」など彼らの基準抵触しなければ、

それは一般書籍として十分に流通できる、ということになる。

まりはこの時点で公のゾーニングを通過しているわけだが、

もしこれに異を唱えさらなる強いゾーニングを求めたいならば

「じゃあ例えばPTA協議会理事より確かな肩書経験をお持ちなんですか?」

と問えることになる。

出版社独自基準しろ審議会しろ、そうした議論法律過去の事例に

照らし合わせて複数人が出した結論より、ただの一般人が何を規制できるのか。

市民が主役などと言うことは出来ても、では市民代表たる議員はどうするのか。

法治主義民主主義原則を掲げながら、ゾーニングを唱える側はしばしば独裁的になる。

 

話が大きく逸れたが、さてツイ主の求めるところは実はゾーニングではない。

結局は、胸を強調したイラストを以て女性性的消費に対する持論を述べているだけに過ぎない。

考えてみれば分かる通り、書店一つには非常に多くの書籍が取り扱われており、

件のラノベコーナーは一般にそう大きいものではない。

 

男に置き換えれば股間の性器だけ異様に巨大に描かれたイラストが氾濫してるようなもんだけど、

そういう男にとって不快もの平積みされてない。身体性的に誇張されて描かれ、

「お前の身体はお前のものではない、我々に性的欲望される客体だ」という抑圧を

受けて育つの女の子だけ。理不尽だろ。

 

まり全体としては氾濫しているとは言い難いのだが、

たまたま目についたものを「氾濫」と称しているということは、

まり売り場を整えろという話ではなく、それ自体存在を無くせということに他ならない。

ツイ主が言うところの、

身体性的に誇張されて描かれ、「お前の身体はお前のものではない、

我々に性的欲望される客体だ」という抑圧を受けて育つの女の子だけ。

という主張には、ツイ主の考えるそうした表現自体への異議であり、

この異議を叶えるのなら、ゾーニングをしたところでその表現は消えない。

書店で見なくとも今どきネット広告でもなんでも目に入る機会はいくらでもある。

まり存在自体を抹消しなければ、ツイ主の主張は叶わないのだ。

 

まとめると、

ゾーニング問題っぽいが、実際には胸を強調するなどの表現のものを無くせというものであり、

存在のもの女性差別的に考えているので売り場を分けたところで彼の主張は叶えられない。

からゾーニング問題ではない」

ということになる。

 

 

では何の問題

フェミニズム思想だろうか、それとも最近の何でもヘイト認定だろうか、はたまたポリコレか。

いずれでもない、これはそもそも問題ですらないのではないかと筆者は考える。

 

 

社会的問題啓発に見せかけた、ただの親自慢子自慢

考えてみてほしい。すべて事実だとして、わずか八歳で性的表現意識非難の目を向けられる娘。

実に早熟と言って良いだろう。小学2年か3年か、同年代より知的レベルは高いと言えるだろう。

そしてそういう性的意識を早くから自力学習した、ということはまず無い。

親の教育あってのものだ。つまり早くから防犯意識にせよ不審者対策にせよ、

娘に対して「女性」としての性的意識教育してきた可能性は極めて高い。

これらから考えるに、件のツイートの要点は、

 

・八歳にして社会的問題を唱えることができる知能レベル

しかし異性である父親にそれを報告できる無垢

・はっきりとものを言える女性

 

父親(ツイ主)

・娘に自身の持つ考えを早くから学習させた教育

・異性ながら娘に頼られ信頼される良き親

女性のことを理解し守る安全な男

 

以上を主張するだけの、総じて自己顕示欲を満たすだけのものだと言える。

その上でラノベの表紙を選んだのは、それこそゾーニング本丸である審議会で、

最近問題視されているBL漫画や、少し前に話題にされた少年誌グラビアのように、

当の女性から支持されているものや、三次元一般理解されるグラビアアイドルと違い、

古い考えとして、オタク的なもので叩きやすかったからに他ならない。

ツイ主の想定外があるとすれば、婉曲な正義感自己顕示のエサとするべき対象が、

ただのサンドバックではなく、もはや一般趣味レベル認知されていることだろう。

程度の差はあれ、今や初音ミク話題学校でして罵られる時代ではない。

きっとこうも問題視されあろうことか反論されるとは予想外だったろう。

 

ともすればインスタ映えを気にするのと大差ない話題炎上騒ぎとなったわけだが、

いずれは何らかの形でもっとひどい炎上騒ぎになったかもしれない。

なにしろ

 

書店という公共の場で平然と商品批判する娘

・その商品批判のために、恐らく店員に無断で撮影するモラルのない父親

業務妨害書店出版社から訴えられる可能性を考慮しない危機管理の無さ

・八歳の段階であれこれと親の思想を植え付け行使させる不自由教育方針

 

この火種だらけの価値観のまま歩んでいることに、何ら疑問を持っていないのだから

子供の頃住んでた糞田舎にいい物件があったか引っ越したい

正確には住んでたところから5駅ほど離れたところ、

それでも最寄駅の乗降客1日1000人もいないくらいの田舎

昔住んでたところは田んぼくらいしかなかったけど、引っ越し検討先は一応デパートなんかがあったりして、まあぼちぼち不自由なく暮らしていけそう。

でも住んでたのが子供の頃だから田舎暮らしデメリットイマイチ理解できてないんだよな。

anond:20180920110459

性別わず主体的に性を売ることについては非常に難しい。

なので以下の文章に混乱があるかもしれない。

まず個人レベルでは、どの性別でも自分の性を売る選択肢があるっていうのは単純にプラスに見える。

でも集団で見ると、あるグループに性を売る人間が増えると、売りたくない人まで売ることを求められたり、しかもそれが恫喝に近かったり、はたまた性を売ることを入り口健康自由まで売らざるをえなくなる傾向があると思う。

性を買おうとする人間の多くが誠実で安全な商談を持ちかけてくれるならまあいいのだけど、「一発やろうぜ」はとてもそうとは言えないだろう。

大阪人に、相手たこ焼き作りが好きかを気にせず「たこ焼き作ってよ」と頼む不躾さとはレベルが違う(これに強いストレスを感じている大阪人もいるとは思うが)。

恫喝したり、暴力権力でもってたこ焼きを作らせる人は少ないだろうが、性に関してはそうではない。あと単純に口調も怖い人が多くてそれだけでも心がダメージを追う。

性を消費させて売ることが公に許されるというのは、選択肢が増えて自由度が増すように見えて、実はなぜか妙な拘束が増えてもっと不自由になりやすいのではないだろうか。

そういう諸々を理解したうえで自分の性を売りたい人は認められたらよいなとは思うけど、本人や周囲への弊害を減らす仕組みとモラルは緻密に作られねばならない。

現状ではその仕組みは不十分だと思う。

いわば、効果はあるがまだ副作用依存性も強い薬みたいなもので、しかも処方や転売対策などの安全性がガバガバだと感じている。

「その薬=自分の性を消費されること」に関わりたくない人は関わらずに済む仕組みが早急に整備されてほしいし、そのためにまず性的消費という概念とそのリスクが広まってほしいな、というところ。

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