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はてなキーワード: 利用規約とは

2018-04-16

記事削除されました!

anond:20180415170358

2018/04/16 | 02:05PM JST はてなサポート窓口 ( cs@hatena.ne.jp )

こちらははてなサポート窓口です。

このたび、はてな匿名ダイアリーにおいて利用規約違反に相当する営利宣伝行為確認されましたため、下記投稿を削除しました。

https://anond.hatelabo.jp/20180414171942

https://anond.hatelabo.jp/20180414172447

https://anond.hatelabo.jp/20180409141740

尚、今後、再度同様の利用が確認された場合はその時点で利用停止とし、特に通知は行いません。ご了承ください。

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はてなサポート窓口

cs@hatena.ne.jp

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記事削除撤回申請も通りませんでした。

今回ので該当してるのははてな利用規約のこの部分。

ユーザーは、本サービスを利用するに際し、以下のような本サービス利用上不適切行為を行ってはなりません。

宣伝や商用を目的とした広告勧誘その他の行為。ただし、当社が各サービスヘルプに別途定める場合はその限りではありません。

『商用を目的とした広告勧誘』ではないけど『宣伝』ではあるからダメということだそうです。

記事の内容が特定サービスに対する誘導に該当するのは削除対象になります

2018-04-14

野獣先輩権利を守らないグーグル

Googleは何をしているのだろうか。

SNSでたびたび話題になるGoogleマップのおもしろ画像

それを目当てに、一部で知名度のある俳優顔写真を、不定期にGoogleストリートビュー投稿しているユーザーがいる。

https://goo.gl/maps/pYq7y4FPE782

私も含め多くの不適切報告が来ているのだろうが、野獣先輩画像は削除された試しがない。ほとんどの画像規約を守った画像で、その中に紛れ込ませるように1枚だけ野獣先輩を入れている。確信犯だろう。

利用規約にも明確に肖像権プライバシーなど第3者の権利侵害する行為は、明確に禁止事項にも書かれている。

https://www.google.com/intl/ja_us/help/terms_maps.html

どうもGoogleFacebookAmazonも、売上に直結しない部門対応は、遠い日本からなのか、残念なことが多い気がする。やったもの勝ちなのが多いと思う。

自分画像が、トイレ便器などに置かれ撮影され、世界中さらされている。そんなひどい扱いをされて野獣先輩はおおいに悲しんでいると思う。

2018-04-10

そろそろ日本から消える予感のLINE

『みんながやっているから、自分もやる。』

日本人の特徴を上手く利用しているLINE

まずプライバシーポリシーが怖すぎる。

しれっと『お客様から取得した情報業務委託先(外国にある委託先を含む)に委託する事があります』的な内容が書かれてるよ。

利用規約の『14. 当社の免責』なんか、恐怖でしかない。

しかし、若者を中心にLINE離れが加速化している。

LINEはじょじょに古くなりつつある。この数年で消えるのではないだろうか。

ところで、LINE韓国政府監視しているという話は有名だが(だから韓国人LINEを利用しない)、この会社日本人情報を売って儲けてるってのも事実なんだろうか。

2018-04-09

Googleマップ利用規約では

誰でも自由に使える画面・機能に埋め込むのは無料

会員だけとか、購入者けが使える画面・機能に埋め込むのは有料(Googleに金払う、結構高い)

となっている

2018-03-16

ゲーム攻略サイト企業型以外も不法状態である

企業ゲーム攻略サイト話題になっているけれど、企業型でないゲーム攻略サイトも相当不法状態だよね。

ゲーム内で知ることができない情報が事細かに、大量に掲載されてるサイトあるけど、リバースエンジニアリングしてるよね。

利用規約禁止されているリバースエンジニアリングを行い、

さらにこれも利用規約禁止されている、リバースエンジニアリングで知り得たことの公開もしてるよね。

不法行為の成果を掲載してる意識ないよね。

ずいぶんダブルスタンダードだなあ。

2018-03-14

anond:20180314231531

個人的にはリバースエンジニアリングしようが悪いとは思わない

アフィブログがいくつもできるような知名度のあるゲームリバースエンジニアリングOKゲームなんてあるんですか?

大抵は利用規約禁止されてるはずですけど。

リバースエンジニアリングだけでなく、リバースエンジニアリングで知り得たことを公開することも禁止されてるはずです。

2018-02-14

anond:20180213203704

Twitterではラノベ作家大金支払って広告出したのに18禁扱いで利用規約違反とされ、Twitter日本に乗り込んだ話が話題になっていて…

インターネット世間に広まって約20年だけど、そのサービス殆ど海外企業に掌握されてしまって、日本人は頭を下げて海外企業海外法律に従ってネットを使わせていただくしかない状況になっている

GoogleなんてメールからスマホGPS情報まで無料サービスで得たデータ自由に扱って商売してるのに、根拠なく盲信している人が多すぎ。しかしいまさらGoogleなしのネットというのも不便すぎて、頭の痛い問題だなぁ

2018-01-31

受動喫煙一年半の感想など

2018年2月1日23:00頃、二度目の追記。

2016年の夏頃に、持病で働けないという理由生活保護受給しだして今住んでいるマンション引っ越してきたのだが、

隣にヘビースモーカーというかチェーンスモーカーが住んでいるせいで、

毎日時間受動喫煙を強いられるようになってしまった。

今までの人生でこんなに長く副流煙さらされることはなかったので、

ここに住みだしてから現れた体や心の変化などを書いてみる。

受動喫煙時間

1日辺り、およそ8時間~18時間ほど。

時間帯はバラバラで、最も多いと感じるのは午前0時~午前7時頃。

隣の住人は生活スタイルが不規則らしく、また私と同じくほぼ毎日日中家の中におり、

室内でベランダの窓を開けたままタバコを吸っている様子。

このマンションは古いので吸気口が存在せず、

玄関の隙間やベランダの窓の通気口(とガバガバのサッシの隙間)から吸気するようになっている。

ちなみに換気扇を止めても窓サッシの隙間からガンガン煙が入ってくる。

私はクローン病という難病を患っているのだが、

この病気安倍総理の持病に似ていて腹を下す病気で、

ぶっちゃけ外出すると外でウンコ漏らす可能性があるので、基本的に引きこもっている。

それゆえ一日中隣人の喫煙に付き合わされている。

目の症状

かゆみと痛み。

副流煙が入ってくると、目がショボショボしだし、

痒くなり、やがて痛みと涙が出てくる。

花粉症の症状に似ているかもしれない。

大して辛くはないが、眼球癌がちょっと心配だったりする。

呼吸器(喉から肺辺りまで)の症状

喘息になった。

一番症状が酷かったのは半年ほど前で、咳でまともに会話ができない状態だった。

今は声を出しても咳が出ない程度には治まっている。

常に喉から鳩尾にかけての辺りがムズムズする。

あと両胸の肋骨の下辺りに妙な違和感が出てきた。

このまま受動喫煙が続いたら普通に肺癌になりそうな予感。

鼻の症状

かなり悪い。蓄膿症になった。

後鼻漏、膿、鼻血など。

洗面所で口から、白く濁り黄色い膿と赤黒い血が混じった鼻水を吐き出すのが、毎朝の日課だったりする。気が滅入る。

鼻詰まりも酷い。少しでも煙を吸うとすぐに両鼻が詰まり、力を入れないと呼吸が難しい。

かといって口呼吸に切り替えると、咳喘息の症状が出て余計辛いので、頑張って鼻で呼吸するしかない。

市販マスク三重にして付けると、ちょっとだけ鼻詰まりがマシになる。

二重だと足りず、四重だと苦しい上に耳が痛い。

とにかく鼻詰まりで息が苦しいのが辛い。

肺癌よりも副鼻腔癌の方が先になりそうな気がする。

タバコは臭くない

ネット上だとタバコ臭いという意見をよく見かけるが、

そういう人達は長時間受動喫煙は未経験なんじゃないだろうかと思ったりする。

受動喫煙日常になると、タバコ臭いに慣れるうえ、蓄膿症で嗅覚が鈍るので、

タバコの煙を臭いと感じなくなる。

私はすでに隣人のタバコ臭いはほぼ分からなくなってて、

目の違和感と鼻詰まりで煙が入ってきた事を認識するようになっている。

というかひょっとして、副流煙を吸っても臭いと感じるだけなのが普通で、

私みたい肺や鼻を病む方がおかしいのだろうか?

持病の症状

ストレスタバコの煙はクローン病悪化の原因になるらしいのだが、

今のところ影響は無い様子。

というか、結構大量に副流煙吸ってるのに、

クローン病はここしばらく症状が安定してるとか、一体どういうことなの?

クローン病になって10年以上経つけど、ここ半年ほど痛みもなく、

排便周期も最も安定している感じなんですけど。

クローン病の症状はかなり個人差があるらしいのだが、

こんだけ煙吸ってストレス感じてるのに影響無いとか、自分でも信じられない。

どうなってるんだ私の体は。

精神状態

怒りと恨みと憎しみが酷い。

最近はたまに怒鳴り散らすことでストレスを発散するようになってしまった。

引っ越してきた当初は、癌になるまではただひたすら我慢しようと思っていたのだが、

どうもそれは無理そうだ。

今の目標2021年までは何とか頑張って我慢して、

それ以降は我慢せずに怒りと恨みと憎しみで一杯になり、

その後、人生の終了を予定している。

と言っても自殺というわけではなく、

自殺は出来ないというか、10年ほど前に首吊り自殺に失敗してから

自分の中の自殺スイッチが完全にオフになって、

自殺する気が全く起こらなくなってしまった。

自殺できたらどれほど楽か。

あと、他人の不幸を喜ぶようになってしまった。

誰かが不幸になったニュースを見るたびに、

胸の内にどす黒い感情が湧き上がってくる。

自分がこんな気持ちを抱くなんて思いもしなかった。

それが嫌で仕方がない。

その他

マンション利用規約喫煙に関することは全く書かれていないので、

管理会社へ苦情は一切入れていない。

訴訟を起こす気も無し。というか、訴えても勝てないだろうし、

訴えるお金も無い。

何年か前にベランダ喫煙で訴えて勝った人がいたが、

あれは確か分譲マンションだったはず。

寿命が削られることに文句は無い。

私の場合生活保護費と持病の医療費を合わせて年間400万円ほどかかっているので、

私が早死にするのは良いことだと思っている。

でも、なぶり殺しは勘弁してほしいです。

副流煙でジワジワといたぶるのではなく、

殺すなら一撃で楽にしてほしいなと強く思ってますマジで

あと、喫煙者絶対に許さない。

殺されるのは別に構いません。

でも苦痛を味わわされた事に対する憎悪を抑えることはできません。

いやホント苦痛ってのは心を病む。

喘息蓄膿症の治療は行っていない。

受動喫煙を止められない以上、

病院に行っても治らないだろうし、

どうせ近いうちに人生終了のお知らせから治療しても無駄だろう。

私物結構捨てた。ヤニでベタベタになって気持ち悪いので。

何ていうか、物に対する執着が無くなった気がする。

所持してもベタベタになるだけだし。

引っ越しは無理。

ケースワーカー受動喫煙理由での引っ越しは無理だと断言。

そりゃそうだよね、引っ越し先にもヘビースモーカーいるかもしれないわけで、

その度に引っ越すのとか現実的じゃないですし。

安楽死合法化してほしい。

とりあえず、あと三年。あと三年は何とか我慢したい。

何で三年かというと深い理由は無いと思うのだけれど、

何となく頭に浮かんだのが三年という数字だった。

とにかく三年だ、あと三年頑張ろう私。

その後はもうどうにでもなーれから

三年だけ我慢しよう。

2018年2月1日午後2時頃、追記。

コメ読みました。

管理会社

窓サッシ

調べたら隙間風に関しては管理会社に依頼できるみたいですね。

管理会社に言わないのは、

受動喫煙合法である

受動喫煙被害者側が訴えて勝った事例が少ない、訴えて勝てるとは限らない、

だいたいはベランダ喫煙ではない(ベランダ喫煙時の煙の濃さも把握してますが、頻度が極めて低いです)、

タバコの煙に関して規約に何も書かれていない、

管理会社と揉めたくない、

などの理由からです。

私が住んでいる地域は、生活保護の人が借りられる物件洗濯機を屋外(ベランダなど)に設置する物件が多いです。

しかし私の病気は寒さで症状が悪化する場合があり、私もそのケースに当てはまるため、

可能な限り屋内に洗濯機を置ける物件に住みたいという思いがあります

ここに引っ越してくる前、引っ越し先を探している際、

屋内に洗濯機を置ける物件ほとんど見つからず、

見つかった物件も入居審査ではねられ、

何とかこの物件に入居することができました。

一度入居すれば家賃滞納や騒音問題など以外では退去させられる可能性は低いらしいですが、

管理会社に苦情を入れるなどすれば、何かと理由をつけて退去させられるのではないか、という不安があります

その際抵抗しようにも、弁護士を雇えるとは限りません。

なるべく管理会社に関わりたくないのは、そういう後ろ向きな理由からです。

養生テープ

これは、実はもう試しました。本文が長くなったので省きましたけど、

ガーゼと脱脂綿と養生テープを使って、窓の隙間を塞ぎました。

その結果窓を空けることは出来なくなりましたが、隙間から空気流入はほぼ無くなりました。

窓を開けられないので換気は換気扇のみ(窓上部の通気口と、玄関の隙間から吸気)になります

ベランダから空気流入量は減ったのでタバコの煙の量も減りましたが、

体へのダメージはほぼ変わりませんでした。

ちなみに今は、ベランダ側の窓を覆う形で壁全体に、台所の換気扇フィルター(ロールタイプ11mのヤツ)を、

五重にして貼り付けています。窓は開けられないのでカーテンをした状態で締め切り、窓上部の通気口は開けています

効果は無いよりマシ程度でしたが。

窓を開けての換気どころか、太陽光の量も減るので、カビの心配がありましたが、

換気扇除湿機空気清浄機扇風機24時間稼働させており、

今のところカビが生える様子は無いようです(室内干しの洗濯物や布団の裏側、台所、部屋の隅の壁などを確認)。

空気清浄機

タバコの煙には効果無いです。すごく高い物なら効果があるのかもしれませんが買えません。

塵や埃はよく吸ってくれるので付けっぱなしにしています

タバコを吸っていいところでタバコを吸っただけで勝手に恨まれる隣人が気の毒でならない

そうですね

ごめん

いえいえ、謝ることはないですよ。

なんで喫煙者に直接文句が言いに行けないのだ?

まずインターホンを鳴らしても出てこないです。

また法律にもマンション規約にも違反していないので、文句が言い辛いです

それに話が通じるとは思えません。

経験上、健康な人は病気の症状に対する理解が浅い(これは普通だし仕方のないことだと思います)ので、

健康被害苦痛を訴えて理解して貰えるとは思いません。

あと、住んでいる人の人物像がよく分かりません。

隣の部屋を借りている人物の氏名は把握しています

しかしその人、最寄りのスーパー店長なんですよね、

ググったらニュース記事や人事に関する記事が出てきたので判明しました。

レシートにも店長名前が入っているので、間違いないと思います

名前的に同姓同名可能性も低そうです。

でも、店長やってる人が毎日自宅で長時間タバコを吹かしているわけないですよね。

なので恐らく店長の身内、親や子供を住まわせているのではないか、と思っています

ずっと部屋にいるので、定年退職したのか引きこもりなのか、

いずれにせよ、なんだかよく分からない生活をしている人に対して、私はビビっています

QOLを著しく下げる

ですね。

ただ、治療を受けるかどうか実は今も悩んでいる最中です。

まず、これ以上医療費をかけたくないという思いがあります

持病の治療で毎回40万円以上かかってるので。

また、病院に行くのが難儀です。

最近は体調が安定しているとは言え、基本的に私は下痢しか出ないので、

外出すると便失禁の可能性が常に付きまといます

私は持病の治療で通院する際、

前日は食事を取らずアクエリアスとチュアブルタイプビタミン剤のみを摂取し、

当日は浣腸使用して可能な限り便を排出してから病院に向かうようにしています

通院だけでなく、散髪をする時も同様です。

持病の治療は2ヶ月に一度、散髪はもっと期間が開いているので絶食しても何とかなりますが、

耳鼻科などに通うことになった場合絶食を短い期間で繰り返すことになる可能性があります

その辺がかなり気がかりです。

持病は過去にサブイレウスで苦しんだことがあるため、通院に対する抵抗は無いのですが

蓄膿症と咳喘息は、今のところ死にそうな症状はまだ出ていません。

そのため「まだこの程度なら病院に行かなくても」という考えが私の中にあると思います

2018年2月1日午後11時頃、追記。

同じ病気です。で、喫煙者です。なんか申し訳ないです。

(゚∀゚)人(゚∀゚)ナカーマ

いや申し訳なく思うことはないですよ。

喘息に関しては、通院時に会話が出来なかったので筆談主治医に伝えました。

その時に同じ病院内の耳鼻咽喉科受診を勧められたのですが断りました。

私が通院している病院には精神科もあるので、

向精神薬の事も含めて主治医相談してみます

潰瘍性大腸炎だと、ニコチンで症状が軽くなるらしい。クローン病も同じなのだろうか…

一般的クローン病場合は悪影響しかないらしいですね。

私の場合は何ででしょうね、体質的ものなのか、

あるいは症状が出ていることに気づいていないだけなのか…

防毒マスク

実は購入を検討中です。

Amazonで調べたらタバコ副流煙対策には重松の防毒マスクGM31が良いそうなので、

買って試してみるつもりです。

2018-01-13

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護) ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven Beethoven.jpg 基本情報 別名 楽聖 生誕 1770年12月16日頃 出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン 死没 1827年3月26日(56歳没) オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン ジャンル 古典派音楽 活動期間 1792 - 1827 ベートーヴェンのサイン ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。 目次 [非表示] 1 生涯 2 作風 2.1 初期 2.2 中期 2.3 後期 3 後世の音楽家への影響と評価 4 芸術観 5 思想 6 人物 6.1 名前 6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー 7 死因また健康について 7.1 聴覚障害について 8 親族 9 弟子 10 代表作 10.1 交響曲(全9曲) 10.2 管弦楽曲 10.3 協奏曲、協奏的作品 10.4 室内楽曲 10.5 ピアノ曲 10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 10.7 宗教曲 10.8 歌曲 11 著作 12 伝記 13 脚注 14 参考文献 15 関連項目 16 外部リンク 16.1 録音ファイル 16.2 伝記 生涯 ベートーヴェン(1803年) 1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。 1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。 1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。 20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。 1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。 40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。 1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。 作風 初期 作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。 中期 1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。 中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。 これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。 後期 1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。 後世の音楽家への影響と評価 ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。 ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。 中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。 一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。 芸術観 同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。 ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。 思想 ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。 また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。 政治思想的には自由主義者であり、リベラル進歩的政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。 その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。 人物 身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。 基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。 当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。 潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。 性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。 師ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。 パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。 テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。 交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。 聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。 死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。 これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。 メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。 彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。 パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。 コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。 名前 原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。 日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。 姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。 vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。 偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。 ベートーヴェンフリーメイソンリー 詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照 死因また健康について 慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。 ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。 1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。 聴覚障害について 難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。 耳硬化症説 伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。 又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。 先天性梅毒説 「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。 鉛中毒説 上載の死因また健康についてを参照。 メッテルニヒ政権説 ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。 有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。 デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。 完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。 親族 祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版) フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。 祖母:マリア・ヨゼファ 父:ヨハン 母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。 弟:カスパール・アントンカール 甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。 弟:ニコラウス・ヨーハン 同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。 弟カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。 弟子 カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。 フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。 ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。 ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。 アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。 代表作 詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照 交響曲(全9曲) 第1番 ハ長調 op.21 第2番 ニ長調 op.36 第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13] 第4番 変ロ長調 op.60 第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13] 第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12] 第7番 イ長調 op.92 第8番 ヘ長調 op.93 第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13] 管弦楽曲 『レオノーレ』序曲第1番 op.138 『レオノーレ』序曲第3番 op.72b 序曲『コリオラン』ハ短調 op.62 交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91 『命名祝日』序曲 op.115 『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113 『献堂式』序曲 ハ長調op.124 協奏曲、協奏的作品 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12] ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61 ロマンス第1番 ト長調 op.40 ロマンス第2番 ヘ長調 op.50 三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 室内楽曲 弦楽四重奏曲(全16曲) 第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1 第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2 第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3 第10番 変ホ長調(ハープ) op.74 第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95 第12番 変ホ長調 op.127 第13番 変ロ長調 op.130 大フーガ 変ロ長調 op.133 第14番 嬰ハ短調 op.131 第15番 イ短調 op.132 第16番 ヘ長調 op.135 弦楽五重奏曲 (全3曲) ヴァイオリンソナタ(全10曲) 第5番 ヘ長調 『春』 op.24 第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47 チェロソナタ(全5曲) ピアノ三重奏曲(全7曲) 第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1 第7番 変ロ長調『大公』 op.97 その他の室内楽曲 ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17 六重奏曲 op.81b 七重奏曲 変ホ長調 op.20 管楽八重奏曲 op.103 ピアノ曲 ピアノソナタ(全32曲)   第8番 ハ短調『悲愴』 op.13 第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13] 第15番 ニ長調 『田園』 第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2 第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53 第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13] 第26番 変ホ長調『告別』 op.81a 第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106 第30番 ホ長調 op.109 第31番 変イ長調 op.110 第32番 ハ短調 op.111 その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等) 創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34 創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35 『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78 『ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80 創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76 ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120 アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57 幻想曲 op.77 ポロネーズ ハ長調 op.89 7つのバガテル op.33 11の新しいバガテル op.119 6つのバガテル op.126 バガテル『エリーゼのために』 WoO.59 本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 歌劇『フィデリオ』 op.72c 劇付随音楽『エグモント』op.84 劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113 バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43 オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85 カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112 別れの歌 皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87 宗教曲 ミサ曲 ハ長調 op.86 ミサ・ソレムニス ニ長調 [12]  修道僧の歌 歌曲 アデライーデ op.46 汝を愛す 鶉の鳴き声 新しい愛、新しい生 口づけ 追憶 懺悔の歌 モルモット(旅芸人) 連作歌曲集『遥かなる恋人に寄す』 op.98 曇りのち、快晴 著作 『ベートホーヴェンの手紙』 外山楢夫訳、新しき村出版部、1926年。 『ベートーヷンの手紙』 中西武夫訳、啓明社、1928年。 『ベートーヷン書翰集』 中西武夫訳、啓明社、1930年。 『ベートーヴェンの手紙』第1編、鈴木賢之進訳、音楽世界社〈楽聖書簡叢書〉、1936年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫 2579-2581〉、1940年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎選訳、岩波書店岩波文庫〉、1950年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫〉、1957年、改訂増補版。 - 附:

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

Ludwig van Beethoven

Beethoven.jpg

基本情報

別名 楽聖

生誕 1770年12月16日

出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン

死没 1827年3月26日(56歳没)

オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン

ジャンル 古典派音楽

活動期間 1792 - 1827

ベートーヴェンのサイン

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。

目次 [非表示]

1 生涯

2 作風

2.1 初期

2.2 中期

2.3 後期

3 後世の音楽家への影響と評価

4 芸術観

5 思想

6 人物

6.1 名前

6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー

7 死因また健康について

7.1 聴覚障害について

8 親族

9 弟子

10 代表作

10.1 交響曲(全9曲)

10.2 管弦楽曲

10.3 協奏曲、協奏的作品

10.4 室内楽曲

10.5 ピアノ曲

10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

10.7 宗教曲

10.8 歌曲

11 著作

12 伝記

13 脚注

14 参考文献

15 関連項目

16 外部リンク

16.1 録音ファイル

16.2 伝記

生涯

ベートーヴェン(1803年)

1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。

1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。

20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。

1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。

40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。

1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。

作風

初期

作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。

中期

1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。

中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。

これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。

後期

1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。

後世の音楽家への影響と評価

ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。

中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。

一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。

芸術観

同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。

ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。

思想

ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。

また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。

政治思想的には自由主義者であり、リベラルで進歩的な政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。

その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。

人物

身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。

基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。

当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。

潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。

性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。

ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。

パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。

テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。

交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。

聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。

死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。

これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。

メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。

彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。

パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。

コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。

名前

原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。

日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。

姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。

vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。

偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。

ベートーヴェンフリーメイソンリー

詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照

死因また健康について

慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。

ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。

1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。

聴覚障害について

難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。

耳硬化症説

伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。

又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。

先天性梅毒説

「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。

鉛中毒説

上載の死因また健康についてを参照。

メッテルニヒ政権説

ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。

有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。

デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。

完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。

親族

祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版)

フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。

祖母:マリア・ヨゼファ

父:ヨハン

母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。

弟:カスパール・アントンカール

甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。

弟:ニコラウス・ヨーハン

同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。

カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。

弟子

カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。

フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。

ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。

ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。

アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。

代表作

詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照

交響曲(全9曲)

第1番 ハ長調 op.21

第2番 ニ長調 op.36

第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13]

第4番 変ロ長調 op.60

第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13]

第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12]

第7番 イ長調 op.92

第8番 ヘ長調 op.93

第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13]

管弦楽曲

『レオノーレ』序曲第1番 op.138

『レオノーレ』序曲第3番 op.72b

序曲『コリオラン』ハ短調 op.62

交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91

『命名祝日』序曲 op.115

『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113

『献堂式』序曲 ハ長調op.124

協奏曲、協奏的作品

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12]

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61

ロマンス第1番 ト長調 op.40

ロマンス第2番 ヘ長調 op.50

三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56

合唱幻想曲 ハ短調 op.80

室内楽曲

弦楽四重奏曲(全16曲)

第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1

第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2

第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3

第10番 変ホ長調(ハープ) op.74

第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95

第12番 変ホ長調 op.127

第13番 変ロ長調 op.130

大フーガ 変ロ長調 op.133

第14番 嬰ハ短調 op.131

第15番 イ短調 op.132

第16番 ヘ長調 op.135

弦楽五重奏曲 (全3曲)

ヴァイオリンソナタ(全10曲)

第5番 ヘ長調 『春』 op.24

第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47

チェロソナタ(全5曲)

ピアノ三重奏曲(全7曲)

第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1

第7番 変ロ長調『大公』 op.97

その他の室内楽曲

ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17

六重奏曲 op.81b

七重奏曲 変ホ長調 op.20

管楽八重奏曲 op.103

ピアノ曲

ピアノソナタ(全32曲)  

第8番 ハ短調『悲愴』 op.13

第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13]

第15番 ニ長調 『田園』

第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2

第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53

第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13]

第26番 変ホ長調『告別』 op.81a

第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106

第30番 ホ長調 op.109

第31番 変イ長調 op.110

第32番 ハ短調 op.111

その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等)

創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34

創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35

『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78

ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79

創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80

創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76

ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120

アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57

幻想曲 op.77

ポロネーズ ハ長調 op.89

7つのバガテル op.33

11の新しいバガテル op.119

6つのバガテル op.126

バガテル『エリーゼのために』 WoO.59

本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。

オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

歌劇『フィデリオ』 op.72c

劇付随音楽『エグモント』op.84

劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113

バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43

オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85

カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112

別れの歌

皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87

宗教曲

ミサ曲 ハ長調 op.86

ミサ・ソレムニス ニ長調 [12] 

修道僧の歌

歌曲

アデライーデ op.46

汝を愛す

鶉の鳴き声

新しい愛、新しい生

口づけ

追憶

懺悔の歌

モルモット このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2018-01-08

anond:20180108172744

https://anond.hatelabo.jp/help

投稿著作権について

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3. ユーザーは、本サービスにおいて自己作成投稿した作品など、本サービス送信した著作物について、著作権を有するものします。

匿名であることをもって著作権放棄されているものではありません。

2017-12-31

レターポットは第三者個人情報提供するの?

キングコング西野さんが、レターポットというサービスを立ち上げるために資金を集めていました。

https://camp-fire.jp/projects/view/48069

ローンチしたようで、ご本人もブログレターポットを紹介しています

https://lineblog.me/nishino/archives/9314269.html

こちらがそのレターポットトップページはとてもシンプルです。

https://letterpot.otogimachi.jp/sign_in

利用規約を見てみます個人情報第三者提供

https://letterpot.otogimachi.jp/privacy_policy

------------------------

個人情報第三者提供

レターポットは、以下の場合を除いては個人情報第三者提供をすることはありません。

商品広告提供する企業等への会員サービス目的とした情報提供

------------------------

魚拓取ろうと思ったら取れなかったのでGYAZOしました。

https://gyazo.com/f2eca62f7fbc3a84b13374221b2625d4

これって、個人情報第三者提供するの?しないの?

2017-12-26

民泊お断り物件」での運用を黙認しているAirbnbに納得がいかなかった

つい先日、Airbnbを使ってみました。

そして自分ミスもあって総合的にはサイテーの体験をし、モヤモヤがおさまらないんです。

今回の体験を通してAirbnbスタンスにまったく共感できなかった私は、二度と使わないと心に決めました。

同じような価値観を持っている方が同じような嫌な気持ちを味わうことがないよう、Airbnbが如何に私には刺さらなかったかを残しておきたいと思います

ざっくりいうと。

1. 到着してみたら実はそこは民泊NG物件で「民泊お断りキーボックス撤去」という看板が掲示されていました。

2. さすがにこちらも気が引けるので、他の宿に移ることにしました。民泊を選んでしまった人生勉強代だと思いキャンセル料は請求していません。

3. Airbnbに「民泊NG物件でのルール違反運用容認しているのですか?」と問い合わせてみたところ、「規約にもあるとおり、あくまでもホスト管理会社間での問題。そんなこと知らんがな(意訳)」とのお返事をいただきました。実際の文面は下にコピペします。

そして私がAirbnbに申し上げたいのは下記のとおりです。

法律には抵触しないかもしれないが、ローカルコミュニティルールを破って運営されている物件を野放しにするのはおかしくないでしょうか?

・そんなビジネス利益を得ることに心が痛まないのでしょうか?それがイノベーティブでディスラプティブですか?

サービスを立ち上げた時の理念は、地域との共生とそれにより得られる他にはない体験ではなかったのですか?

Airbnbとは「ルールなんて守る奴がバカ」という人たちが形成するコミュニティなのでしょうか?

以下、経緯を書いておきます。(長いですごめんなさい)

●到着してみたらそこは「民泊お断り物件でした。

物件に到着し指定されたマンション裏手にある鍵置き場にいくと、そこにはなにもありませんでした。

そして「当物件民泊NG物件であるキーボックスは●月▲日までに撤去。それ以降は管理会社側で処分する」という旨の看板が掲げられていました。

Airbnbアプリ経由でホストメッセージを送ったものの即答がなく、電話もしてみましたがつながりませんでした。

この日は次の予定があって、荷物を置いたらすぐに移動する段取りでした。

連絡がつかず物件なかに入れないまま時間が刻々と過ぎてゆき、少々焦りました。次の予定がががが!!

マニュアルを再度見ようと思ったのですが、Airbnbアプリではメッセージ文中のテキストコピペできませんで、さらPCを持参していなかったためうまくアクセスできませんでした。(無論URL目視ベタ打ちすればよかったのですが、そこまでする気力がありませんでした。これについては私の努力不足ですね)

この状況下としては最悪なことに、クリスマスを一緒に過ごす予定だった甥っ子・姪っ子も同行していました。

自分たち行為は実はそのコミュニティではルール違反であることを突きつけられ、さらホストはいつ連絡がつくとも知れず、招かれざる客と明らかな自分たちマンションの前で立ち尽くしていることに、旅行を楽しみにしてきた甥っ子・姪っ子たちは出鼻を挫かれてひどくショックを受けていました。

自分段取りでそんな思いをさせたことが申し訳なく、泣きたい気分になりました。

仮にホストと連絡が取れて鍵を発見できたとしても「民泊NG」と明記されている物件にずかずかと入り込むのもすっきりしません。

また例えそのマンション独自ルールはいえ、子どもたちにそれを破らせる体験をさせたくなかったため、他の宿を探すことに決めました。

幸い他サイトにて条件に合う宿が見つかり(クリスマスを控えた土日に見つかったのは残り1軒!あぶない!!!)、タクシーを捕まえてそちらに移動しました。

●実はメッセージを見落とした(というかろくに理解していなかった)私のミスでもありました。

途中でAirbnbサポート電話がつながりまして、事情説明しました。

結果、私がホストからの鍵の置き場所変更に関するメッセージの一部を見落としていたこと、それに伴い変更されたマニュアルバージョン違いをきちんと読み込めていなかったことが判明し、それは私の落ち度であったと理解しました。

アビーではないが国内外含めアパートを借りることもよくあったので、まあなんとかなるだろうと慢心していました。

お騒がせしてすみません

ちょっと忙しくてじっくり目を通している暇がなかったんですよ。

●だが、しかしだ。

私のミスは認めるとして(なので自損事故として返金要求などはしていません)、ここでひとつ申し上げたいのです。

そもそも民泊NG物件での運用がまかり通っているのが根本的な原因ではないでしょうか??

鍵の場所が変更された理由については記載されていませんでした。

もし「マンション全体が民泊NGとなったことにより鍵を隠した」という理由も書き添えてあれば、私ももう少し気をつけたでしょう。

いや、そもそもそれがわかった時点でキャンセルしていました。

住民の方に嫌な思いをさせてまで、そこに泊まりたいとは思わないからです。

特に中学生高校生の子どもを伴って「ここは本当は入っちゃダメから、なるべく音を立てずにこっそりね」なんて言えますか?私には言えませんでした。

仮にメッセージの見落としがなく、鍵も何なくゲットできていたとしても、やはり移動したんじゃないかなと思います

自分価値観にはマッチしないからです。

Airbnb利用規約上は「あくまでもホスト物件管理会社間の問題Airbnb責任を負わない」

かなり納得がいかなかったので、しばし粘着Airbnbサポートメッセージを送ってしまいました。

世の中絶クリスマス中の12月23日から12月25日にかけてです。

運営側もさぞや面倒だったことでしょう。我ながら嫌なユーザーだと思います

のらりくらりと確信に触れないメッセージが返ってくるところをしつこく追いかけ、最終的に得た回答は下記でした。

「弊社ではサービス利用規約にも記載をさせていただいておりますホスト様が宿泊先を提供するにあたり必要な認可、許可を取得することについて単独責任を負うものとさせていただいております

担当チームにおきましてもゲスト様に安心して滞在いただけるようホスト様の情報確認は定期的にさせていただいておりますが、今回●●●様にこのようなご経験をさせてしま申し訳ございません。

弊社へのご意見、この他にもございましたら、下記URLよりフィードバックを送りいただけますと幸いです。

https://ja.airbnb.com/help/feedback

(ん?最後メッセのやりとり面倒になっちゃった?)

そ、そうですね。マンション内のローカルルールであって法律には触れないですもの・・・

(いやとはい契約違反違反だろとか思うけどまあいいですよ。当事者間の問題ですよね。でもそれがきっかけで利用者を混乱させるのはどうなんでしょう?)

件のホストAirbnb的には何ら問題もないなら当然のことで、今回私がカバーした追加のコスト(新しい宿の宿泊代、そこまでの移動費、電話代、そしてそれにより浪費した時間)にも特に言及はありませんでした。

以上が私の体験です。

●今回の体験を通じて最低限お願いしたい改善ポイント

個人的にはローカルコミュニティルールを破って運用しているモグリホスト容認する規約を改めていただきたいところです。

が、どうしてもそれは変えられないのであれば、ゲスト側もそういう物件であることを予め知る機会をいただきたいです。

上に書いたとおり、もしも事前に物件のもの民泊NGのところだとわかっていれば、そこを選んでいませんでした。

実際、そうでないところよりも何らかのトラブルが発生する確率高まるでしょう。

●余談

Airbnbサポートの方は電話で話した時点でその物件民泊NGであることにはまったく言及さらず、「キャンセルポリシー上は返金は難しい」「返金要求をする場合ホストを説得する手伝いはする」との説明をなさいました。私の見落としもあったので返金についてはまあ仕方ないとして「え!民泊NGの件はスルーなの??」というのがその時の私の驚きです。

Airbnbサイトには「現地の人から借りる家、体験スポット」とありますが、今回のホストさん、電話番号は「03=東京」でした。宿泊先は福岡です。旅館業法はいったいどうなっているんでしょうか。そしてマンションとの契約内容はどうなっているんでしょうね?(ま、実態は違うってわかっちゃいるけど)

私たちが鍵を探している間にもわらわらと中国人韓国人旅行客がやってきてはマンションに入って行きました。管理組合通報したいくらいです。

以上、モヤモヤを引きずって長文を書いてしまいましたが、最後までおつきあいいただいた皆さま、ありがとうございました。

私にとっても、そして甥っ子・姪っ子にとってもいい勉強になりました。

さようならAirbnb。どうかお元気で。

ますますのご発展を。

はてなにも恩赦とかあったらいいのに

もうだいぶ前からはてなのあるサービスで利用停止食らってるんだけど、たまにそのサービスが使えたらな〜って思うことあるんだよね。っていうかそもそもban理由ちょっと納得いってないっていうか、こっちは利用規約違反したと思ってないんだよね。すごく真面目なつもりだったし。……とはいえだ、運営絶対だもんな。ユーザーは従わなければならない。反抗は許されない。ってことで、理由はどうあれbanされるとショックだし落ち込んだ。感じ方や意見は人それぞれ違っていろんな可能性があることを考えて、際どいかもと思うことはやらないようにしようって思った。そういう意味では反省してるんだよね。でさ、現実世界ではさ恩赦ってあるじゃんはてな上場したとかさ、そう言った慶事に利用停止措置を解除したりとかさ、してくれたらいいのにな。

2017-12-24

アダルトスパム業者健康商品で荒稼ぎ!?

アダルトスパム業者健康商品で荒稼ぎ!?

最近大人気の健康食品化粧品業界

なんと健康食品だけで市場規模が1兆5000億を超えるといわれているんだよ。

当然、金のなるところには害虫もよってくるわけで・・・

とんでもない悪徳業者がこのジャンルに潜んでいることをみつけたのでシェアするよ。

その業者販売している商品名は、「めっちゃたっぷりフルーツ青汁」、「めっちゃたっぷりフルーツ青汁ゼリー」、「ブエラメイクリッチサプリメント」、「MILMILMICHILU(ミルミルミチル)」、「slimbeaut(スリムビュート)」が今のところ確認されている。

なんと、あの有名なGENKINGもステマに加盟しているんだよ。

見つけたので被害が拡大しないように頑張って調べました。

一見まともそうにみえるけど、この業者販売方法や裏の顔がエゲツないので気合をいれて調べました。

【いったいどんな会社!?

その会社は「Biesty」というブランド運営している株式会社シエルという会社だよ

株式会社シエル

代表取締役田村 知之

業務取締役小林 裕二

取締役  :梶浦 遊明

2ch過去ログより】

https://toro.5ch.net/test/read.cgi/siberia/1327212621/245

今は代表者小林裕二氏に変わっているみたいだけど、過去悪事で何か隠したいことがあるからなのかな!?( ̄▽ ̄)

【何が問題なの!?

初回680円と大きく表示されているサイトアクセスをして、安いから買おう!と思って買うと自動的に定期コースになって永遠に送られてくるといういわゆる送りつけ商法的なやつだ。

悪徳業者の中ではこういうやりかたが最近流行っているらしいな。

初回価格が安いというおとり広告をたくさんバラまいて釣られた消費者に対して、強制定期コースに加入させる。・・・しかも4000円以上もとられるんだぜ、強制自動課金じゃんw

しかも解約するのに電話はつながらず、webで解約しようにしても複雑な情報を入れなければならなくて、難易度が高い

しかし、解約までたどり着けないと一方的に送られてくる始末だ。

【GENKINGもステマに加盟!?

販売している商品のうち「めっちゃたっぷりフルーツ青汁」という商品はGENKINGもステマに加担しているよ

また、モニプラというサイト玄人ステマも集めているみたい

芸能人も使えるほど資金が潤沢にはみえないけどね・・・この資金はいったいどこから出てきていると思う?

(参考URL

https://mdpr.jp/special/genking-aojiru/pc/

tps://monipla.jp/ciel/etp_review_list/

【その資金源はどこから出てるの!?

母がこの商品を買ってしまい。

まずは下記の URLを見てほしい。

http://hasuraa.blog86.fc2.com/blog-entry-301.html

2016年9月30日、A社の依頼弁護士と名乗る方から削除依頼がありましたので、該当部分を伏せ字にて修正対応しております。(記事引用

ん?これは臭い・・・

怪しい気配を感じた私はネット過去ログ復元してみた

復元URL

https://web.archive.org/web/20110731015118/http://hasuraa.blog86.fc2.com/blog-entry-301.html

以下、簡単なまとめ

H画像添付などのデコメール広告目的スパム配信してきた

利用規約に「株式会社あしあと」と電話番号記載あり

電話番号ぐぐる

株式会社あしあと田村知之、shop@ashiato.co.jp記載FC2商用サイト発見

ashiato.co.jpWho is検索すると株式会社シエル運営元に!!

まり実態はHな画像デコメール広告目的無差別送信するスパム業者だった!!

スパムは儲かるんですかね~じゃないと契約金で人によっては1億円以上といわれている芸能人広告塔には中々使えないですよね

広告代理店なんてかっこいい肩書きを書いている割に

実体スパム配信逮捕された人の売上とかみるとエゲツないもんね・・・

めっちゃたっぷりフルーツ青汁スパムメール販売!?

ネットで調べると、めっちゃたっぷりフルーツ青汁広告付きのスパムメールが大量に送られてきたという記事が出てくる

シエル社の公式サイトをみると、迷惑メールの注意書きの案内が出てるんだよね

確信犯なのか?それとも間違いなのか?

その真偽は闇の中に・・・

(まとめ)

この会社商品を買っている人には悪いんだけど、、、

卑猥スパムメールの金で作った青汁サプリメントを口にしてるなんてびっくり仰天だね

口に入れるものだし気をつけないと、アダルトスパムで荒稼ぎするような業者が体に良いもの作れるかな?考えたらわかるよね?こわっ

「きれいあなたに」なんてかっこいい肩書を書いている割に

実体スパム配信業務とはね。情けない詐欺業者です

以上、健康食品業界の闇でした

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2017-12-23

ずーっと思ってることだけど

利用規約違反垢BANの際理由をはっきり教えないのは法律禁止すべき。そのBANが正当かどうか確認できなくなるから

サービス利用者がいて成り立つものなので両者は対等であるべき。サービス側が一方的に有利な規約無効にすべき。

誰かこれ訴えてみてくれんかな。

2017-12-16

2017-11-20

人狼オンラインxの終焉

まりにも下手なゲーム運営があったので、記録として残しておきたい。

人狼オンラインxというゲームがある。

オンライン人狼サーバーはいろいろあるが、このサーバーの特色は以下だ。

PCweb携帯アプリ対応

ツイッターUIに似ていてログが追いやす

ゲーム毎にサムネイル名前自由設定出来る

シンプルな役構成なので推理発言の内容に重きをおくスタイルが多い

PC人狼サーバー先駆者は多いが、スマホ全盛の今にスマホアプリとしては割と早くリリースし、そして何よりwebアプリも両対応というサーバーは今も唯一の存在だ。

このサーバーの魅力として、PCユーザーは見やすUIから濃い推理(長文多用傾向)が出来、気軽にオンライン人狼をやってみたい層やPCの接触が少ない層をアプリから流入させるといういい流れが出来た。

他に人狼パーティや、mixi人狼の最盛期の方が人口は多いのかもしれないが、スマホPCの両立という強みもあり、2015年頃はかなりの賑わいをみせていた。

もちろん、広告費のみで運営していたので、大した利益は上がってないだろうし、運営者のツイッターを見る限りは月10万〜20前後収入だったと推測される。

企業規模が大きければ、生産性が薄い事業になってしまうが、運営者はほぼ個人事業主で、身内で遊ぶために作ったのが動機ツイートしていたので、事業度外視の若干利益が出てれば美味しいレベルで置いていたのだろう。

せいぜいOSバージョンアップ対応アップデートと、過去ログの増加や、ユーザーが増えた時のサーバー対応くらいだし、常時誰かが張り付いて監視対応する必要性もない。

しかし、2017年7月から一気にこのサーバー斜陽となる。

理由アプリアップデートweb仕様変更だ。

7月アプリアップデートUIが大きく変化した。

以前から利用していたユーザーは当然戸惑う。

ここまではまだ継続利用していくうちに慣れてくるという可能性があるが、このアップデートでは、発言更新自動更新になったのが、最も大きな変更点だ。

それまではユーザー任意タイミング更新ボタンログを読んでいたのだが、自動的に画面がスクロールしていく事となった。

まだ画面の位置は固定で、ユーザー自身スライドする事により、どんどん発言が増えていくという仕様なら良かったのだが、放っておくと勝手にどんどん画面がスライドしていき、夜時間が明けた時などは、前の発言確認しないうちに画面がずれていき、戻って確認しようにも、また新たな発言で画面がずれるというストレスフルな仕様になった。

この辺りからユーザーサイドも仕様を戻して欲しいとの声が強くなり、使いづらくなったので離れる、ゲームへの参加機会を減らすという声が多くなった。

また、自動更新と同時に広告も至る所に表示されるようになり、処刑投票後に30秒もの動画広告を流す事も多くの反発を生んだ。

熟練したユーザーは、人狼ゲームの夜時間に当たる投票時間に昼時間発言確認したり、前日の情報メモでまとめたりする事が一般化していたからだ。

このサーバーユーザー文化や、ユーザー同士の繋がりを重視し残るものも多くいたが、ユーザーモチベーションは低下気味で、明らかに対戦中の村は減少した。

そして最大の障害

無料ゲーム電話番号認証必須

という、頓珍漢なルールを強いてきた事だ。

そして何より恐ろしいのは、企業ホームページを見れば会社としての個人情報保護方針はあるが、これも英文で書かれていて一般には到底理解できると思えないというものの上に、認証要求時に利用規約同意個人情報保護方針提示もない。

一般論でいえば、そんなもの電話番号を渡す方が愚かなレベルだ。

何故、電話番号認証を強いてきたかというと、複数アカウントを持たせない為である

特に人狼ゲームでは、単一ユーザー複数アカウントで同じ村で対戦すると当然ゲームとして成り立たないので、それ自体禁止するのは理に叶っている。

そして、悪質なユーザー特定しても複数アカウントを保持する事で、アカウント停止する意味がなくなるからだ。

しかし、これには前段階があり、単一ユーザー単一アカウントの徹底の為にアプリからログインしていないアカウントではwebログイン出来ないという対策を取っていた。

そもそもアカウント管理gmailアカウント登録でしており、後付けでアプリに紐付けしたので、iOSではアンインストールし、gmail再設定すれば何事もなく複数アカウントの保持が出来た。

このように書くと、複数アカウントゲームに参加してゲームが成立しない為に対策をしたように見えるが、実際はそうではない。

悪質な特定ユーザー対策である

このようなゲームマナーが悪いユーザーや、迷惑行為をするユーザーは当然存在するのは止む得ない。

その為にこのサーバーでは【評価】というもの存在する。

通常通りにゲーム終了すれば1つプラスされ、投票しない、複数ユーザーから通報で低下するルールのものだ。

単純にゲーム参加回数が多ければ増えていくので、ユーザーレベルの目安にもなるし、実質、100以上村等の参加者レベルを保つ、非初心者向けという概念ユーザーには使われていた。

運営はおそらくこの評価価値が悪質なユーザー排除抑止力になると考え設計したのだろうが、実際にはゲームをやり切らずとも参加し、即退出を繰り返す事だけでも評価プラスされるというザル仕様なので、ほとんど意味を成してないし、この点に関しては設計ミスしか思えない。

単純に別個で、通報履歴ゲーム離脱の突然死行為管理ステータスを持たせれば良かった話である

そもそも評価】が何ら悪質ユーザー対策になってない仕様で、尚且つ複数アカウントも保持出来るという状況を運営は看過出来なかったんだろう。どんどんユーザーへの対策を進めていき反発を生んだ。

また、運営は大きなミスとして、複数ユーザーから通報10回あるユーザー強制アカウント削除というルールを作り、それを愚かな事に発表してしまった。

それにより、複数アカウントを保持する、あるいはグループ特定ユーザーアカウント停止を行おうとすればいくらでも操作する事が可能になった。

単純にゲーム終了後一定時間過ぎた通報は受け付けないという仕様にすればいいのだが、1年前だろうが同じ村でゲームしていたユーザーから通報通報として処理されるというトンデモ仕様で目立つユーザーはどんどんアカウントを停止させられる悪用をされた。

もちろん、一部ゲームを壊す行為ユーザーがいたのは事実だが、ユーザー同士で情報交換したり、任意ユーザーけが参加できるアクセスコード付きの村を作ったり、運営の数少ない功績のキック機能を使い強制排除したりと、ユーザーユーザーなりにその環境で最良の手段模索していた。

また、悪質な荒らしユーザーも、全くゲームにならない程いるかといえばそうでもなく、ほとんど村は通常通りに対戦していたし、不穏なユーザーが動いている時に様子見をしたりと柔軟に対応していた。

運営側からすれば、一般ユーザーの参加意欲を削る荒らし行為は取り締まらければならない使命感はあったのだろうが、ユーザーからすれば、オンラインゲームでそういうユーザー一定存在するのは仕方ないという認識もあったし、仮に運営対応しようとも突発的な荒らしには対応出来ないだろうし、まして、荒らし自身が悪なのだからと割りきっていたと思う。

しかし、運営はそういうユーザー対策に注力していった。

通報機能は自らの不備により逆に悪質ユーザー悪用されるという状態だ。

オンラインゲームという雑多な環境でたくましく育ったユーザーは多少の迷惑行為は割り切り、気軽にgmailアカウントのみで参加できるゲームなのだから不思議な均衡が保てていたのが崩壊し始めた。

理想論でいえば、ユーザー認証をしっかり行い、悪質ユーザーはすぐ排除し復帰出来ない環境が正しいのだろうが、運営はその為の説明責任を果たさなかった。

11月より電話番号登録必須になります、とのみツイッターアナウンスし、認証時に規約目的すら提示しない。

既存ユーザー何となく理由想像はつくけれど、これから始めてみようというユーザーはまず間違いなく認証しないだろう。

公式に何のために行うのか、その行為ユーザー保護に繋がる事なのか、取得した個人情報はどのように管理するのか。

その説明は一切無い。

そして、運営技術的な問題なのか、意欲の問題なのかわからないが、アプリ7月アップデートからバグが多く出るようになり、ローディング時間の増加と通信量の増加するようになった。

通信量については正確に測った事はないが、あるユーザー意見だと1ゲームで300MB〜600MB消費するらしい。若年ユーザーが気軽に出先でゲームをするのを躊躇うのも頷ける。

強制的動画広告を見せられて通信量を増やす。これでユーザーの不満が溜まらないわけが無い。

技術的に詳しい事は知らないが、自動更新で読み込み回数が増えれば当然通信量も増加するだろう。

そして、ローディングも長く、誰が発言してるか表記のないバグや、android於いて特定端末では背景色文字色がほぼ同じになり、システムから送られてくる【占い結果】【霊能結果】を読む事が出来ない、投票時に何回投票してもエラーが起きるバグ等、ゲーム自体遂行する事が不可能バグが多発している。

そしてついに11月18日に突然の発表がある。

webサービスサーバー負荷増大により運営費の圧迫のため終了。アプリ版は様子見する』

予告無しでweb版はその時点から使用不可になった。

バグ対策文字が読めない時や投票エラー時にwebからゲームをするというユーザーもいた。

そしてもちろんPCからゲームを楽しむユーザーもっと多くいた。

この発表を行うという事はPCユーザーの切り捨てなんだろうけれど、だとしてもあまり杜撰かつ非誠実的な態度だ。

まして、7月アップデートweb版改良を行い11月1日から利用者への電話番号登録義務とし、僅か18日でサービスの一部終了を発表するのだ。

サーバー負荷増大なんて、自動更新等を行えば当然増えてくるものだろうし、電話番号認証システム導入で運営費も増えるのは必然である

そして、登録ハードルを上げれば新規ユーザーが減少するのも必然だ。

自ら、新規ユーザー心理的障壁を作り、それに対して十分な説明ユーザー提示せず、既存ユーザー個人情報だけ取得し、バグだらけのアプリのみで遊んで欲しいとか正気の沙汰ではない。

バグだらけのアプリweb版を閉じるというアナウンスをしている運営対応してくれる期待も持てないし、そもそもOSアップデート対応してくれるかすら不明である

人狼オンラインxはサーバーとしては素晴らしいものがあった。

やすUI携帯アプリwebの両対応

人狼ゲームとしてシンプルな配役の為に個人発言考察が勝ち負けのウェイトを占めた。

『こんなに人狼ゲームにハマると思ってなかった。人狼オンラインxで人狼にハマった。今までで一番遊んだゲーム。』

上記のような声を多くのユーザー発言していた。

かく言う私も当然、人狼オンラインxに夢中となり今までで一番ハマったゲームだ。

事業規模が大きくない会社でも、月数十万の事業なら縮小する経営判断もあるだろう。

サーバー負荷やらのアナウンスも建前で本当は別の理由で縮小するのかもしれない。

しかし、運営の発表が真実だとするならば、そこから導き出される結論はあまりユーザー馬鹿にし、行き当たりばったりな運営方針だと強く批判絶望を感じてる。

2017-11-17

anond:20171117205830

制限つけるならフリー提供するな

フリーというからには完全無制限しか認めない(利用規約を設けることを禁止

2017-11-15

2017-11-07

こないだ

利用規約は守りたい人が守ればいい。俺は守らない。

って書いてる人がいて、ネット上にはこんな人がいるんだと驚いた。

ネットだと自分が大きくなっちゃうんだろうなぁ。

2017-11-05

anond:20171105210802

俺も増田で「FFから失礼します」を使うときネタで書いてる。

Twitterじゃないのに「つい癖でポロリと出ちゃった」みたいなノリを楽しむものだと思ってたけど、マジで書いてる奴もいるのかなw

利用規約に書いてないのだから好きにすればいいさ

2017-10-30

anond:20171030194026

1. 登録したサイト運営会社リスト元。今後、営業対象会社に更にばらまかれないようにまずはココの個人情報を消させる手続きをする

2. すでに拡散してる情報の、その複数社の個人情報をいっぺんに消させるのは無理なので、

  来た電話いちいちに「かけてくるな」「個人情報を消してほしいので手続きを教えろ」とたずねる

  あと「担当者名前」を聞いておくこと

3. 不動産営業クリーンものはない。しいて言えば大手クリーンではないが営業淡泊ではある。

これ、去年か一昨年か、はてな話題になってたけど、引越見積一括請求サイトとかと同じ手口だろうかね。

利用規約などに「必要場合提携先と情報共有するよ!」とかそんな感じのことが書いてあるんだろうけど、うかつだったなぁ

2017-10-16

シュリセル作者の炎上について

製作者のpixivアカウントが停止・削除されたようなのでこれを機会にメモ代わりに書いておく

意味はないだろうが一部固有名称は伏せる

まず事の成り行きを簡単説明するとMUGENKOFのゲーニッツの二次創作であるゲニ子が出来る

そこから発展したシュリセルと言う三次創作オリジナルキャラが作られMUGENの某界隈で楽しまれる

その内製作者本人の手でpixiv等にも持ちこまれそちらでも好評を得る


そして製作者は「著作権的に後ろ暗い部分はなくしたい」として、一部音声の変更をしたβ版を配布する

その後とある同人コラボをし、その際に音声も本変更されβ版と違う音声に変更される

変更後、「音声を入れたら制作に飽きた」として某界隈の掲示板にて引退宣言


その際に利用規約の不備を指摘され、掲示板住民が論争をはじめたもの製作者が記事削除をする

それをきっかけに炎上へ、その過程でβ版における同人音声素材の不正利用疑惑が浮上するも作者は徹底してスルー

作者のスルー甲斐もあってか炎上は一時鎮火するも、先の垢停止で再炎上に至る


ざっと説明したけど個人的意見として今回のpixivの垢停止が本人による削除にしろサークル側の停止要請しろ完全に作者の不備

掲示板住民が論争起こしてたけどこれの場合論争自体無意味行為だし結果的問題解決を遅らせる悪手以外の何物でもなかった

炎上対応としてはスルーは正解だけどこれの場合不正利用という非が向こうにある以上それを解決しないでスルーしたところで解決には至らない

著作権的に後ろ暗い部分をなくす」と言いながら新しく黒い部分を作るとは最早お笑い草と言っても過言じゃない

某所では「これくらいで一々目くじら立ててたら全部だめになる」とか開き直りにも近い擁護があったけどそれとこれとは別問題なのに加え、

商用スプライト・音声の流用・改変と同人音声素材の不正利用は問題性質が違いすぎるから比較対象に上げること自体おかし


この件自体ぶっちゃけ本人失踪サークル側が何かしら動きを取らない限りは解決は難しい気がする

でも二次創作特に配布物使って遊ぶ界隈なんかはこの件から色々学ぶべき事は多いんじゃないかな、と思う

外野の論争が問題解決を早めるどころか遅らせることもあるとか当人の不備によるいざこざの場合本人が出てこないと解決しないとか

まぁ使う側も作る側も利用規約重要性は認識しないとなぁと思った

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