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2020-05-26

懐古

たぶん癖みたいなところはあって、自分ブラッシュアップとかいうのも違う気がするけど、どうせなら日々成長というか昔の自分よりは多少マシになりたいなあと常々思っているからか、脈絡なく懐古し始めることがよくある。

過去の嫌な思い出って、意外と海馬に蓄積されちゃってたりしませんか?私はするんですけど()、ただ、どうせなら嫌な思い出に新しい解釈デコレーションして、ひとりよがりにならないように、嫌な感触が少しでも減るように、加工したいなあと思っていて。

そんなことをやっているうちに、あのイベントは気付いたら昇華してたな、そういえばあの時のアレは自分にも非があったな、相手からたらこう見えていたかも、とか言って、自分の中で過去のヘドロと、過去自分と折り合いをつけていく。

少し前から、私は実家から離れた環境に身を置いていて、親とも、多感な思春期をともに過ごした友達とも、ありえん可愛いマイエンジェル(飼い猫)から距離をとった生活をしている。

しかもこのご時世。やるべきこと自体はたくさんあるけど、引きこもっているからか思索の海に潜りやすい。とはいっても、これまでに潜りすぎてほぼ海を開拓しきってしまたから、最近はもっぱら世間タイムリー話題に手を出してみたりして(本当は都度文章化して整理しようと思っているけど筆が進まず)(そのためにこれ始めたのに)(暇を拗らせた)。

ただ、思索の海にダイブしているのはどうやら私だけではなかったみたい。

学生時代の同期から突然電話がかかってきた。話を聞くと、昔喧嘩したときに言い過ぎてしまった、と、ずっと思っていたけどタイミングが無くて謝れなかったことが引っかかってたから、謝りたい、とのことだった。


??????あっごめんそれ私もう解決したと思ってたwwwwwwwwww


というわけで、そういえばこうだったね、そんなこともあったね、若かったね、と昔話が満開になったもんで、しみじみしつつ、なんかちょっとセンチになったので、整理してみよっかな、と改めて海馬を旅しつつ旅の記録を。


当時は色々すごかった。とにかく皆のコンディションが悪かった。学生時代(人によっては人生)最大といっても過言ではないほどのストレス環境に皆が身を置いていたし、そんななか自分さらに不幸続きだったり、人生に迷走していたり()で、少しでも落ち着くためにか諦めが早くなったりして。

そうやって当時の自分なりに現実に折り合いをつけていたつもりだったけど、あくま自己満足に過ぎないそれは、自分に余裕をもたらすどころか、ただ心の柔い部分にメッキをしまくっているだけで、しかもそんなことは自分しか知らないから、外から見たら、行き過ぎなくらい友達想いな自分親友から見たら、どんな風に感じたんだろう…だなんて考えもしなかった。

先に友達の方に限界が来た。少しずつ私への風当たりが強くなって(きっとそれは無意識だった)、遂に表情にも露骨に出るようになった。そこまできて、今度は私に限界が来てしまって、しかも無理矢理メッキした心にはヘドロ満タン、その場こそなんとかやり過ごしたけど、後になってラインで大乱闘の火蓋を切って落としてしまった。任☆堂もびっくりなくらい、お互いに、皆が皆、それはもう暴れに暴れて、私のライフはゼロどころかむしろマイナス、もう後には引けなかった。

私たちはこのあと違う道を行くことは皆わかっていたけど、あれだけやりあったから折り合いなんてつくわけなくて未解決のまま終わったし、ここでそのまま喧嘩別れになるか……

と思いきや、道が分かれる直前に、友達最後に直接話したい、と言ってくれた。(正直どちらが誘ったか覚えてないけど、たぶん友達)

私がそうだったように、友達にもこのままじゃいけない、という思いがあったのか(だといいなあ)、二人でお茶した。

まーーーーーーーあ喧嘩話題には触れない!引くに引けなかったのもあるし、気まずくなりそうだったから。あの喧嘩は、当時の自分たちが譲れないもの同士のぶつかり合いだった。道が分かれることが分かっていても、そう簡単に折り合いなんて付けられないし、引っ込みもつかない。

結局喧嘩話題や、ごめんねの言葉はお互いに出ないまま、関係ない他愛ない話をして、元気でねって別れた。

ただ、その時点で自分の中では、わだかまりほとんど昇華されてしまった。もちろん全部ではないけれど、このままもう話すこともないんじゃないかと思っていた身としては、話せただけでも大収穫だった。また話せるようになった、それだけのことが、すごく大きかった。

そのあと自分環境人間関係摂取する情報に沢山の変化があって、自分の考え方も変わった。

あの時友達に指摘されたことは間違っているけど、当時の自分はそう誤解されても仕方ないような態度だったなあ。

仲が良かったからこそ、我慢ならなかったんだろうなあ。

仲が良かったからこそ、言わなきゃ気が済まなかったんだろうなあ。

気付いたら、あの時の喧嘩の落としどころが見つかっていた。皆、何かしら拗らせていたし、何かしら青い部分があったし(青さしかなかったという説もある)、皆が皆悪かった。

この時はまだ、喧嘩の時に言われたこと、その前やその後にやられたことを、許すつもりなんて毛頭なかった。ただ、それは相手も同じかもしれないし、許す許さないは別にして、総合的に見たら友達として好きだから友達付き合いはしていきたいなあ、と思えた。

落としどころが見つかったあと、無事に食事に行くことも出来たりして、色々な花が咲いてすごく楽しかったし、友達も楽しそうだったし、お互いにまたしばしの別れを惜しめていた。

から、てっきり、あの喧嘩はこれで手打ちになって、これからも緩く友達やってくんだろうなあ~と気楽に考えていた。てへりんこみたいな。


経験は人を変える。自分で十分実感したつもりだったが、まさかたこ気持ちを味わうとは思わなかった。

友達は、学生当時に私を襲っていた不幸のうちの一つに限りなく近い経験をしていた。辛さ、悲しみ、面倒臭さ、疲労感、その他にも沢山の負の感情がごちゃ混ぜになったような気持ちを味わっていた。そして、そういう思いを知って、いざこのコロナ禍で思索の海に潜っていたとき、あの時の喧嘩を謝れなかったわだかまりにぶつかり、そういえばと、私の身に起こっていた、自分が以前経験したその不幸を思い出し、ある程度年齢を重ねた今ですらこんなにしんどいのに、学生だった私はどれだけしんどかったんだろうか。ただでさえストレス環境下にいたというのに、こんなしんどさも味わっていたなんて。という思いに行きつき、居ても立っても居られずに、ただあの喧嘩の時の言い過ぎを謝るためだけに、私に電話をかけてきたのであった。

知ってはいたけど、改めてこの人と友達になれて良かったなあと思った。そして、まだ私はひとりよがりだったのか、と思い知らされた。

実は私は道を分かつ前に既に友達に謝っていて、というのも、納得がいっていない部分も多かったが友達自分を思って言っているのはわかっていたし、色々と拗らせている自覚もあったからだ。友達も私を責めるスタンスであったし、私が謝り、その後も交流が続いていることで、一応は解決した案件だと思っていた。折り合いをつけたけど許せない言葉については相変わらず許すつもりはなかったけど、これは分からない人には分からない感情だし、仕方ないかとも思っていた。

しかし、わだかまりがあったのは友達もそうであったのだ。そして、当時の私を襲っていた不幸の類似経験したことで、その感情を知った。

歳を重ねると、なかなか素直になれないし、当時責めていた相手に謝るというのは殊更に一歩が出ない。たとえ相手気持ちを痛感するようなことがあっても。でも、思い立ってわざわざ電話をかけてまで謝ってくれた。

驚きすぎて間抜けな反応をしてしまったのは本当に申し訳ないが()、改めて私も謝り、そして感謝した。友達が謝ってくれたこと、当時を振り返られたこと、知ることが出来なかった事情を知れたこと、懐かしい話が沢山出来たこと。

あの時知ることが出来なかった友達の思い・事情を知ることが出来て、友達も私と同じような感情を知っているとわかって、それでやっと、私のわだかまりも完全に昇華することが出来たのだ。

友達も私もスッキリ出来た。(不覚にもちょっと泣いてしまった)

本当にこの人と友達になれて良かったし、この日を迎えるまでに自分が成長していてよかった。

これからも頑張れる気がする(チョロい)。

2020-05-25

予防接種ステロイド害悪なのか

友人の所へと訪れた。

お互い生まれて間もない赤子がいるのだが、どうも友人の子予防接種を何もやっていないとの事だった。

の子の顔はアトピーで全面ボロボロだった。

こうなる前に少しでもステロイドで緩和させてあげればこんなことにはならなかっただろうに。

ステロイドなんかは使わず自然に任せるつもりなのが彼ら家族方針らしい。

自然に任すという点でも、無暗に予防接種を受けないという行動も、自然志向が故の判断のようだった。

ちいさな赤子と言えど、アトピーの痒みには耐えれない。

己の手で顔を掻き毟り、放っておけばいよいよ悪化する。

悪化する前に僅かなステロイドで皮膚炎を予防し、そうなることを第一子で乗り切った経験のある身にとっては、何の処置も施さずそのままにしているような姿に不思議違和感を感じたのだった。

手で己の顔を掻き毟らないようにテープで手と体を固定しているという「処置」にわだかまりのような疑問を持ったのもあるのかもしれない。

自然志向結構なのだが、予防接種ステロイドなどを危険ものとみなして取り入れないのは、あくまでも「その家庭の方針である」という点で終わらしていい物かどうか結局モヤモヤしたままその場を立ち去った。

彼らの第一子がそうやって乗り切っているので一種成功体験となっているのもあるだろう。

彼らはそれが最も適切な方法と思っているので、何を言っても意見の相違にしかなりそうにないし、ただのおせっかいだろう。

同じ月に生まれた我が子とその子を比べてみた時に一回り小さく、痒みに疲れたのかどこか呆けている表情が、いま思い出すと予防接種ステロイドによる処置害悪とみなすような方向性に僅かながら不安を感じさせたのである

2020-05-24

素描 2020/05/24

若い女子プロレスラーが亡くなった。

https://wwr-stardom.com/news/release523/

正直、存じ上げない方だったし、テラスハウスも見ていないので事のいきさつはよくわからない。

見出しが目に入ったとき事故死か、急病か…もしかしてコロナ?…とか思った。いずれにせよ若いのに残念なことだ、と。

原因(と思われる事象)は、ネット歴史で嫌というほど繰り返されてきた、ありふれた事件ひとつではある。具体的な案件被害者を挙げればいとまがない。対処法も千差万別裁判所に持ち込んで徹底抗戦をする、これも有名税と割り切った対応をする、など。

ただ隣国・韓国で相次いだ、トップアイドルと言って差し支えないレベルタレント自殺事件があって、様相がすこし変わってきてもいた。そしてついには、日本でも 同様の事件が起きてしまったということか。

いわゆる、こうしたネットイナゴ/ネット暴徒にどのように立ち向かうか、また、そもそもここで言う悪とは何なのか誰なのかといった論は差し控える。付け焼き刃の知識で雑な論を書いても何も実るものはない。

ただ、私自身、この事件に腑に落ちない、わだかまりを感じている。すなわち、SNSで叩かれて、なぜ自ら命を断たなければならないのか、ということに、左脳的なところでは承知していても右脳的なところで納得がいっていないのだ。

私事で恐縮だが、昨年書いた増田がプチ炎上をした。頭の悪いことにセルクマなんていうものをしていたため、はてブの通知は大変なことになった。ブクマ数が10を超えたところで「おや?」となり、そこからはあっという間だった。ブラウザ更新するたびに数字は増え、アプリを開くたびに通知が届いていた。最終的に300くらいになっていたはず。というのは、該当する増田およびブクマこころの裡に封印しているからだ。思い出したくもない屈辱である

そんなに大したことのない数字ではある。しかし、こちとら鳴かず飛ばず10年やってきた。今回もひっそりと増田の片隅に埋もれるものだと信じて疑わなかった。そういう身に、これはかなり刺激の強いできごとだった。

このとき私が試みたのは、アプリを消すということ。10年やってきてそこそこスターもつけてもらったアカウントだし、物書きなので、一度書いたものはどんなに拙かろうが残すべきである、それを含めて責を負うべきなのだ…などと半端なプライドがあったりもした。アカウント/エントリーを消す、という方策は初めから俎上に上がらなかった。代わりに、アカウントと実世界で生きる「私」との間にある接点を切り離すことにした。

どれだけ反論してみても意味はない、ただ時間が過ぎるのを待つしかない、ということを長年のネット経験感覚的に理解してもいた。そうして半年はてなサイトには近づかないようにしようと誓った。その代替として、グノシーだのスマートニュースだのを入れてみたが、これらは端的に言ってクソだった。

私は1980年代初頭の生まれでいわゆるアラフォーという年代なのだが、ネット世界は極論的には物理の力で強制的遮断できる、という観念がどこかにある。

勇午」という漫画で、敵に逆探知(?)かけられそうな時に電話線もろとも切断する、というシーンがあったはずなのだがまさにこういうイメージだ。

ところが今の10代〜20代前半の人たちの文章を読んだり、動向を追ったりすると、SNS日常こころの深いところまで入り込んでいることが見えて驚きを禁じ得ない。

言葉暴力が人を殺す」とはネット時代以前から言われ続けている。それ自体は新鮮な論ではなく、ここに疑いの余地はない。彼女を死に至らしめた誹謗中傷を許さない。書き込んだ奴らは恥を知れ。まったくもってその通りである

ただし、善人ばかりで回らないのもこの世の常。防衛手段としてなんらかのオプションを持つことも生き抜くためには必要な知恵かと考える。その際、SNSを、そこで持つペルソナ自身から切断するという手段は、もはやネット黎明期牧歌的幻想なのだろうか。

まとまりのない文章だがそんなことを考えた。

2020-05-19

女性向け風俗に行ったことを嬉々として語ってる人を見ると気の毒に

女性向け風俗レポときどき見るけど

寂しすぎてレズ風俗いきましたくらい人生わだかまりが消化できたレポート読んだことないし

ただ、性欲を発散しただけだし

お金を払ってまでも自分を堕としているっていうことに気がつかない哀れな人だ

はらって、裸になって、赤の他人の男に触られて「よかったよー」って呑気にレポートしてるバカ

最悪な場合盗撮されて、無料素人AV女優にされて、他人の金儲けの道具にされるリスクあるのにな

2020-05-18

初めまして。誰にも相談できなくて、というか相談してもどうしようもないので、書かせてほしい。

  

28歳女。引きこもりニート12月に家の給湯器が壊れ、6か月風呂に入ってない。

気分次第で家の雰囲気天国にも地獄にもする父親と、「育ててやってんだから文句あるなら出ていけ」が口癖の母親の間に生まれ、下には妹が1人。

高校生の頃に両親離婚、母と妹と暮らす。父はもうどこでなにをやってるか分からない。

  

大人になるまでに家族不和について外部の人間相談するタイミングはいくらでもあったが、家がガチゴミ屋敷のため人を招く事も、家の事情を口外することも禁止され何も言えず。

挙句中学で面倒ないじめっこに目をつけられ、相談した教師には「本人に注意しといたからもう大丈夫」と返されるが大丈夫なはずもなく、卒業まで苦しめられる。(その言葉が「お前が俺にチクってきたこバラしといたぞ」の意だった事に気づいたのは大人になってから)

頼れる人間が誰もおらず、心によく分からない辛さだけがまり、朝起きれなくなり、学校に行けなくなり、ネットゲームに逃げるようになる。

典型的引きこもりになりつつある私に対して妹は軽蔑し、母は焦っていた。2人は結託して私をこき下ろし、「家族問題はこいつさえいなければ解決する」かのように仕立て上げた。私もそう思ってた。

  

ある日、友人が父親に帰りの迎えを頼んでいる電話を聞いて、「普通の家庭は父親となれなれしく会話しても怒られない」事を知り驚愕

家は普通じゃない、このまま実家にいたらいけないと思い、紆余曲折あって県外に男を作って転がり込んだ。

さら紆余曲折あって最終的には一人暮らしになったが、今思い出してもあの暮らしは楽しかった。

自分で決めた仕事を始めた事、自分洋服を選べる事、お金の使い道を笑われない事、全部が楽しかった。最初は。

  

問題仕事が全く続かなかった事。今までにいろんな仕事をした。コンビニ店員、生命保険コールセンターゲーム会社CGデザイナー見習い…。

どの仕事も怒られた事なんかほとんどなかった。顔色伺って生きてきたから、人が自分に何を期待しているのか良く分かったし、その通りにしていれば優秀と褒められた。(っていうか、妙に固くて生真面目で融通きかない上に話もサムい人っているじゃん。たぶん私はアレだった)

でも私のやりたいことではなかった。じゃあ私は何がしたいのかと考えても、もうその時には分からなくなっていた。

  

実家に帰りたくなくて、生活費消費者金融借金して就活した。バイト派遣なんて中途半端な事してるから続かないんだと思い込んで、正社員になった。

インフラエンジニア資格を取って、将来はああしてこうして、と計画した。

シスコだかっていう参考書が枕の高さくらいある資格だったけど、毎日勉強して1,2か月程度で取れる予定だった。養成学校のような所に入って(無料だった)、トップに近い成績を維持し、面接を受けた会社は一発合格した。親も講師もみんな喜んだ。でも入社1週間で「もう無理だ」と悟った。

結局、100万の借金を抱えて実家に頭下げて出戻った。妹には「うちにはお金がないのに、母親を殺す気か」となじられた。

  

戻ってからキャバ嬢仕事を始めた。もうプライドなんかなかった。というか、だいぶ昔から頭が働いてなかった。

心療内科には高校生の頃からいろんな場所に通っていたけど、病院が変わるたびに病名が変わり、そのどれも薬が効いた例はなかった。医者が何でもいいから病名を付けただけにしか思えなかった。

心のわだかまりについてはカウンセリングの方が向いてるのだろうが、1時間で数万円。保険はきかず、貧困状態の私には払えそうになかった。

結局キャバ嬢も続かず、次の仕事どうしようと思いながら家に引きこもっている時、給湯器が壊れた。いつかこういうときが来ると思った。

  

一人暮らし中に片付いた家の健康さを知ってから実家をどうにかしなければと思って帰省してすぐトイレと脱衣所とキッチンを片付けていた。

黒カビで染まっていた風呂場の床も、年単位で洗ってない壁も、一生懸命ブラシで擦ってカビ漂白剤を1本使い切った。

でもここの家に危機感を感じていたのは私だけで、住んでいた妹も親も、この生活に慣れきっていたから何も困ってはいなかった。

妹は風呂場の掃除の仕方が気に入らなかったようで、自分で後からやり直し、「あんたが帰ってきたからやらなくていい家事が増えた。」

更には脱衣所の服の山に手を付けた事に対して「私の物に勝手に触らないで」と怒られた。

母も最初こそ「床が見える。片付けてくれてありがとう」と言ったものの、いざ一緒に家を片付けようよという話を持ち掛けた途端不機嫌になっていき、最終的に「ここは私の家だ。私はあんたと違って仕事もできてるし、何も困ってない。私の物に触るな」と言われてしまった。

実は風呂が壊れた時にようやく「片付けを手伝え、この家と私を見ても何とも思わないのか」と言われたが、既に文句をいう元気も、片づけを手伝う元気も私には残ってなかった。片付けたいけど。

から家は一生片付かない。家を片付けられないから、風呂を直せない。風呂に入れないから、仕事に行けない。

もう疲れた。何も考えられない。揉めたくない。何しても私のせいにされるなら、もういっそクズになろう。自己破産して生活保護を受けよう。

そう思って役所電話で助けて欲しいと電話したら、「家を出たらどうですか、そうしたら生活保護受けられますよ(要約)」と。その金がないので、福祉に頼るのも諦めた。というか、全部諦めた。

もういいじゃん。クズなんだから風呂に入らなくても、仕事しなくても、逃げてもいいじゃん。もう無理。知らない。

もう髪の毛も絡まってほどけないのも、キャバ嬢時代とは比べ物にならない肌の荒れようも、ぺりぺり剥がれていく皮膚の垢も、知らない。見ない。感じない。

  

きっとこの家はいつか火事になるし、そうでなくても母親を突然病で亡くすかもしれない。それまでこの家はきっとこのままだろう。

絶対に後悔することも分かってる。父親はどうでもいいけど、母親の事は一応好きだし感謝してる。恨んでないと言えば嘘になるけど、それとこれとは不思議と別で。だからこんな状態で何かが起こるのは絶対に嫌だ。でももう体も脳も動かない。その時が来るのを待つしかない。

  

同情引きたくて書いた訳じゃないから、アドバイスとかはいらないよ。

ただ書きたかった。

もっとしんどい思いしてる人は、これくらいでしんどそうにしてごめんね。私のキャパがちっちゃくて。

推敲してないから、文章が変なのは許しておくれ。

今日ゲームして現実から逃げるよ。読んでくれてありがとう。では。

医者になったらモテだした→類似あるあるだよね?

かくいう自分高校生の頃は成績が最低で、親と教師から毎日バカにされていた。

「お前なんか絶対大学合格しない」と言われてたのに、地元ではまあまあの大学にするっと合格してしまった。

すると親と教師手のひら返したように優しくなり、「お前ならやると思ってた」とか言い出してマジこの教師キモいなと思った。

親に対しても未だにこの事でわだかまりがある(親は覚えてないようだけど)

映画でもよく見るシチュエーションだ。

昔「バルト」というわんこ映画を見たんだけど、ヒロイン以外は男も女もヴィランに心酔してて、

主人公バルトは犬とオオカミの混血だからめちゃくちゃ嫌われてバカにされてる。

それがバルトワクチンを運んだ途端、バルトをちやほやしてヴィランを見下しはじめる。

いわゆる熱いてのひら返しというやつだ。

まあ他人なんてそんなもんだよね、という虚しさみたいなものを感じたわけだけど

結構そういうのあるよな、って。

金色ガッシュでも銀行強盗と戦ってはじめて清麿と話をする男がいたわけだし。

それは会話のきっかけを作る出来事で、その後清麿が友達作れたのは清麿本人が楽しい奴だったからだよって事なのかもしれないけど

それなら医者になってモテだしたのも単なるきっかけで、そこから長続きする恋人になれるかどうかは別問題なんだよなぁって

結局他人他人ことなんか勝手レッテル貼って、レッテル貼った属性通りの人だと思い込んで

それと違うと怒ったり失望したと言ってきたり

そういうのばっかりだよね。

2020-05-15

虚しい。

虚しいと感じることは全く初めてじゃなくて、むしろいつも何かの隙をつけて襲ってくるものだった。今日のように。

からいつもなぜ自分は虚しく感じるのだろうか、虚しさからどうしたら逃れられるのだろうか、とか考えていたらいつの間にかそれが趣味になったままざっと数えて10年ぐらいたってしまった。僕はまだ20代から、ユースのほぼすべてをそれに費やしてしまったようだね。あーあ。

今日こそは何か違ったアプローチをしてみようなんて勇気を振り絞って匿名のここに長い文を吐き出そうとしているのに、その感情について書きだそうとして見た瞬間に心がblankになる。僕は本当に自分感情表現するのがヘタクソなようだ。

最近自己分析の結果自分自分感情他人表現するといった練習を積んでこなかったことや、そもそも自分が今どんな感情に突き動かされているのか鈍いということを、否が応でも認めざるを得なくなってきた。自己分析は上に書いたように自分趣味で、まぁつまりその中で今HOTなトレンド自分の今までの感情への向き合い方についてというわけである


これについて思い当たる原因は腐るほどある。そして自分をその状況へ追いやった原因たち(必ずしも人間ではない)に対して怒りややるせなさが轟々と湧き上がってくるのだが、いつもその瞬間すぐに別の考えが頭をもたげる。ひとのせいにするな、たにんのせいにするな、自分が置かれた不遇のせいにするな。

多分これは自分の成長過程で周りの大人に言われたことや、読み漁っていた自己啓発本の中から自分が内在化した批判精神である自分でも今のクソみたいな状況を過去に起こったことのせいにしてる自分はそこはかとなくカッコ悪いと思ってる。

でも過去自分に起こった不幸について、正しく怒り、自分にあの事象は起こるべきじゃなかった、と正しく消化することは、自分がこのわだかまりを乗り越えて次のステップへ進むために大事だとも思う。そしてもし過去に起こった不遇の中で自分が原因で起こったことがあったり、何か自分が責めを負うべき部分のあることであっても、ちょっとくらい自分は悪くないって思ってもいいでしょ?この苦しいフェーズを乗り越えるために今は怒っておきたい。そしてしかるべき時が来たらまた我が身を振り返る。もしそうすることが自分の成長の糧になるときがきたなら。そうしても問題いくらい当時の自分には悪意はなかったと思うし、そのくらいの分別過去自分にも今の自分にもあると思ってる。そしてそうしたほうがいいと感じられるくらい、今の自分は”自己客観視”という名のもとの自己批判に余念がないし、精神的に弱っている。


今度書くけど自分は、未熟な自分さらけ出して本音で人とぶつかり人の本音を聞くなんて作業中学校から放棄してきてしまっている。情緒の発達が思春期で止まっているといってもいい。そしてそれが今の自分精神の多大な悪影響を及ぼしているんではないかと疑っているため、匿名で恐る恐る他人様に向かって吐き出させてもらおうと思った次第である自分の中に閉じこもって答えを探してても大体それは答えじゃない。

2020-05-04

anond:20200504211319

ハチナイは原作絵と声優はスンバらしかったんだけどアニメ化時の作画崩壊がなあ

そのわだかまりを抱えた目で球詠の絵をみるとなんかマッチョすぎるし可愛くないし少年漫画キャラの頭を少女風にすげ替えただけに見えてしまって全く見る気が起きなかった

ストーリー自体は俺はアツくても構わんのだけど

2020-04-27

anond:20200427134223

いやいやいやいや。

何が

>お前が結婚を良いものだと考えすぎているから、

だよ…。

 

結婚幸せとは限らないとかそういう話はしてないんだよ。みじんも。

単に、お前は、「自分気持ちよさのために、女から選択肢を奪いたい」と言ってる、と指摘してるんだよ。

 

一部の女にはもっと風俗嬢になってもらいたい。自分気持ちよくなりたいから。そういう女は結婚しないでもらいたい。自分不安から

自分は、風俗嬢じゃない女と結婚する!性病にかかるリスク自分もあるけど、

女にだけ制限しておきたい。

 

「男の浮気甲斐性だが、女の浮気ダメだ!」と言ってる男と同じじゃねーか。それをダブスタつーんだよ。

  

単なる男女差別だよ。

お前が思ってる「風俗嬢結婚に不適格」自体が女が風俗嬢になりたがらない理由の一つでもあるの。

まり、お前が言う「不当な差別」を言っているのがお前自身なの。

 

からそれを解消するのには、風俗嬢でも引退してブライダルチェックしたなら結婚することにわだかまりはありません、とか制限付きでもいいから、

風俗嬢に対する「お前の不当な下げ待遇」を撤回することだろ、って言ってんの。

2020-03-23

国会中継の定年延長問題を聞いて、頭の中を整理してみた

自分なりに整理してみると次のような感じかな。

 

・これまで、慣例として検事総長は2年くらいやって、定年前に席を譲ってきた。

・そろそろ、いまの検事総長は 2年になるので、次の検事総長の準備をして席を譲る時期だよなと、みんな思っている。

・けれども、検事総長としては心にこだわりやわだかまりがあって、今は辞めたくない。(未解決事件とかアレとかコレとか)

・いっぽう、㋐内閣において ㋗検事長はこれまでに数々の「功績」をあげてきた。(功績じゃなくて「功績」。カッコつき😝)

・だから、㋐内閣は ㋗検事長検事総長にしてあげたいし、なってもらいたい。(まだまだ「功績」あげられるかも)

・それに、検事総長の待機ポストである高検検事長だし。

・ところが、現在の ㋑検事総長法務検察意向としては、㋤高検の ㋩検事長が次期検事総長

・それに、検事総長の次期人事は、現在検事総長が仕切るのが慣例だし。

しかも、㋑検事総長がなかなか辞めようとしない。

・なので、㋐内閣が、先に定年退職が来てしまう ㋗検事長の定年を半年延長した。(根拠国家公務員法

・すると、㋗検事長の延長された定年が来る前に、㋤の ㋩検事長の定年が来る。

・つまり、㋩検事長という「障害物」がなくなって、㋗検事長が晴れて検事総長になり得る。

・ところが、検察庁法というのがあって、検察官の定年延長は認めてない。

・なので、「そりゃ、違法じゃないか!」と野党が ㋐内閣にかみついている。

・いっぽう、「いやいや、国家公務員なんだから国家公務員法に基づいて遵法だ」と ㋐内閣は言っている。

 

いずれにせよ、恵まれ境遇上級国民公務員お話で、下々には関係のない殿上人のいざこざだとしか思えない。慣例とか、心のわだかまりとか、「功績」とか、意向とか、国家公務員法人事院)と検察庁法(法務省)のどちらが優先されるのかとか。

 

慣例とか斟酌とか、そういうところを放置してきた当事者引き起こしていること。でもって、不勉強で、そんなことになっていることに無関心だった我々有権者責任でもある。

 

ともかく、この人達はどちらさまも相当に怪しい人達らしいという感じは伝わってくる事態で、きっと美味しい仕事なんだろうなとも思う。私だったら疑われた時点で「あ、ごめんなさい。お邪魔でしたね、申し訳ありません」とか言ってさっさと退散しちゃうよ。これだけ怪しまれても平気な顔をしていられるんだもん、相当に美味しい仕事なんだろう。うん、だったらやっぱりうちの子には国家公務員になってもらいたいワ。だから将来は東大法学部ね=結論

 

2020-03-13

過去のつらい思い出の話をする。

おはようございますこんにちは。こんばんは。

わたし最近になってやっと意識を獲得した人型の動物です。

などとおかし自己紹介になってしまったのには理由がありまして。

というのも、わたし人生を振り返った時、そのうちの半分は「自らがおかれた環境下で生きることにいっぱいいっぱいだった動物」だったというのを最近になって自覚したタイプの生き物だったからです。

この気付きから過去記憶フラッシュバックが止まらなくなり日常生活が滞ってしまった為、こうして書き出すことにしました。ネットの海に流して供養することが目的記事になります

友人や知り合いに吐き出せるような話ではないし、読んでいて気分が良くなるものでは決してないのと、あくまで「わたし」の為のごくごく個人的文章であることを理解された上で読み進めてください。

また、精神的なネグレクトを受けたと感じた側からお気持ちなどがあるので、そこら辺を見て落ち込みそう/気分を害しそうな人は見ない方がいいと思います

書こうとしたはいもののどこから話せばいいのかな……そうだ、きっかけですね!

これを思い返すことになったきっかけは兄を相手家族の話をしたことだと思います

わたしは兄と二人兄弟で、小さなころから同じ家で過ごしました。兄もわたし所謂オタク趣味にしていて、いつも何かしら共通話題があり、この日もひょんなことから幼いころに感じていた家族についての話になりました。

この書き方だとあまりそういう風には見えないと思うのですが、兄とわたしが話すとき父についてのシリアスな会話はタブーのようなものでした(少なくともわたしはそう感じていました)。なのでこのときわたしは、もう2人で擦り合わせをする機会はこの先訪れないかもしれないと思い、勇気を出してシリアスな話を切り出しました。

真っ暗な井戸の底のほうまで下ろしたと重い桶を、慎重に引き上げていくような心地でした。

家族構成するメンバー祖母、父、母、兄、わたしの5人。祖父もいましたがわたしが幼いころに亡くなった為、「わたし家族」と聞いてまず頭に浮かぶのはこの面子です。

兄と話していて思い出したのは毎晩の食卓のこと。始まりはいつも概ね穏やかな食事でしたが、時間が進むにつれわたしの緊張感は高まりました。

それはなぜか?

答えは「父と祖母の怒鳴りあいがいつ始まるかわからいから」です。

間に母が入り両者を宥めるところまでが1セットの物騒なコミュニケーションは、晩ご飯時間中にどんなきっかけで始まるか、どのくらい続くか、何回起きるかなどわからない尽くしのハリケーンみたいな現象でした。

簡単喜怒哀楽にうっすらとした自我ふりかけただけの「小さなわたし」にとって、父と祖母が行う激しい親子のコミュニケーションは「こわいこと」として分類されたんだと思います。それがほぼ毎日続くうち「一日の終わりに起こるうんざりすること」にもなったのは自然な流れだったんじゃないかな。繰り返し体験するうちにその特殊コミュニケーションに巻き込まれるのも、火種になるのも嫌で、食卓の上で誰かに会話を振られても可もなく不可もない答えを返していたし、誰かの琴線にふれてしまわないよう、割とつねに気を張っていました。

自分食事が終わるとすぐに「ごちそうさま」と言って食器を下げて、兄と一緒に別の部屋へ退散しました。まあ古い家だったので別の部屋へ逃げても怒鳴り声が聞こえてくるわけですけれども。

なぜにこにこと笑っている父や祖母が、一瞬で鬼の形相になってしまうのか。

「それはそういったコミュニケーションの形なんだよ。二人はちゃんと仲が良いか大丈夫心配いらないよ。」

などとハグしてもらったり、教えてもらうきっかけもないまま体験する毎夜の嵐は、わたしの心を大変疲れさせたのではないでしょうか。(ないでしょうかってなんだよって自分でも思うんですが……そのころにあったであろう学校行事や友人とのこまかい記憶などがうすぼんやりしか残っていない為「ないでしょうか」としか言いようがない……)

また怒鳴りあいコミュニケーション祖母と父の間だけではなく、父と母の間でも行われていました。父母の特殊コミュニケーションの日程は決まって土曜日祝日開催。つまり顔を合わせて長く話すようなことがあると、口論としてヒートアップしていったわけです。

小学校から帰ったら夜ご飯と共に家族口論。土日祝日は両親の口論ランダム勃発、のちに夜ご飯タイフーン上陸

以後、このうんざりするようなタイムスケジュールわたし高校卒業してから少しするまで延々、ずっと毎日、十数年続いていきます

たここまで読んでうっすらとお気づきの方もいるかと思いますが、これはコミュニケーション値が大変低い家族の中でなるべくしてなり、起こるべくして起きた地獄しかない日々の思い出を吐き出す記事でもあります。この先も気をつけてください。

そうなんですこの家族、全員が全員ともコミュニケーション数値がおそろしいほど低かった。

ここでいうコミュニケーション値が低いというのは「人との関わり方が上手くない」ということで、人に頼る方法での問題解決能力が著しく低いことを指します。

別の言い方をすると「感情を消化させることが不得意」であったり「困ったことは大体自分一人で解決しようとすること」にあたるのですが。なんとこの家族祖母、父、母の3人が3人とも「本当に困った時は家族相談せず自分一人で決断するタイプ人間」だったのです。

少なくとも小さい子供の前で困ったときに「困ったな~」と息抜きにでも呟くような人間がいませんでした。口下手なので子供の前でふざけることとか本当になーんにもしないの。かっこいい大人背中を見て育てってか?え?口から言語を扱ってから言え!バーカバーカ!

失礼、話が逸れました。

それで、そんな大人の姿を見て育った「わたし」という子供はどうなったのか?

家庭内で困ったことがあっても家族相談してはいけないんだ」とすっかり思い込んでしまいました。

するとどうでしょう自分が困ったときにどうしたらいいのかわからなくなり、解決の糸口がガチでわからず、何かあると問題には触れず解決を先送りにし、心に不安わだかまりを抱えたまま癒し時間に任せて過ごしていくことばかりを覚えていったのでした。

おしまい

……いやもちろんおしまいなんてことはなく、「わたし」の人生はそこで終わらず続いていったので、普通に人との接し方がよくわからない人型の喋る動物が大きくなっていっただけなんですが。(なんですかこれ、言葉にするとめちゃくちゃ怖いな……)

途中でなんとかならなかったのか?という問いには「残念ながら……」という回答しか差し上げられないんです。本当に。残念ながら。

そもそもなぜなんとかならなかったのか。

それは「わたし自我形成される期間中、親への信頼なくなったこと」が多分大きく関係しています

わたしの両親は共働きで、週休2日の週5勤務。母は帰宅したら少し休憩をしてご飯作りを始め、父は帰ってきたら風呂に入ってご飯の前の晩酌をする。まさにひと昔の夫婦って感じでした。

これだけ書いたら「なんだ、普通家族じゃん」って感じなんですが。ここに「夫婦はどちらも自分一人の時間がないとしんじゃうタイプ人間で、作業趣味息抜きも一人で没頭したいタイプ」、「なお2人は仕事クタクタ疲れたコミュ障」という特性が加わると、どうなると思いますか?

結果をお伝えすると、2人の隙を見ては今日の出来事や楽しかたこと、悩み事などを話そうとしていた幼いわたしが、見えないシールドにはじき返されて転ぶばかりになりました。あと癇癪持ち酔っ払い相手(酔った時に話したことは覚えていないタイプ)にする真剣な悩み相談ほど、面倒で参考にならないものはないですよね…。(遠い目)

また、このインターバルにも思える時間を逃すともうだめです。チャンスはありません。最初の方に書いた、いつ雷が落ちるかな?ドキドキ☆晩ご飯タイム()になってしまう為、まともにお話しできるような時間おしまいです。解散

そして「何よりもただただ話を聞いてほしかったわたし」はこのころの経験から、そういった方面での親への信頼をじわじわと減らしていきました。もともとの内向的性格と、両親からいつ発せられるかわからない大きな声への苦手意識ゆえに、その不満を爆発させるような機会もなかった為だと思われます。我が子からのそういった信頼値がマイナスに傾いているなんて事実、両親は知らずに生きていることでしょう。わたしも今更そのころのことを知らせて、改めて地獄を見る気はまったく以てありません。

ちなみに、わたしは小さなころから「手のかからない」と評されてきたタイプなのですが、実情は「親への信頼度の低さゆえに何も話さなくなった子供」になります

忘れられない話なのでついでにここに書きますが、高校性のころ三者面談で割と信頼していた担任

おたくのお子さんのように子供を育てるにはどうしたらいいですか?」

と父を持ち上げたとき

「いやあ、放っておいただけですよ。」

と照れ臭そうに答えた映像がいまだ焼き付いて離れないんですね。「心の底からやめたほうがいい。」と思ったけど、そのときにはもう心の開き方がよくわからない動物になっていたので(あと不意打ちのショックで)、そのことを担任には伝えられなかったことが心残りでならないです。

(他にも、親がわたし子供のころの「手がかからなかったエピソード」を良き思い出のように話すのを聞く機会があると、心が荒れ狂って獣のようなかたちになってしまうんだよなあ。いつか本物の虎にならないよう注意します。)

あとこの記事を書くきっかけとして兄との対話がありましたが、兄曰く

高校大学くらいまでの記憶がとんとない。」

ということだったので擦り合わせのようなものはかないませんでした。ちょっと残念でしたね。



閑話休題

こんな環境の下でグレる気力もなくしたわたしが、体だけはすくすくと立派に育ち、高校生くらいになった時の話でしょうか。

父が仕事で体調を崩し、自宅で過ごすことが多くなっていたころです。

いつものように休日を家で過ごしていた両親とわたしが昼食を食べていたときわたしにとって衝撃的な事件が起きました。

ふいにしゃっくりを出てしまった母、それを見た父が

「母のしゃっくりは相変わらずかわいいな。」

と言ったのです。

…………h、?は?

ハァ????????????????????????????????(フォントサイズ最大)(太字)(赤色)

と、そのときは思わず内心ではバチクソにブチ切れる若者になってしまいました。その後「えへへ…(照れ)///」みたいな態度を返した母に対してもです。

突然のことに(非常に残念ながら)体は驚き固まり動かず。突然見せつけられるリアル夫婦の惚気(十数年間生きていて初めての!)とのにテンションの差でしにそうになりながら、息をするのがやっとだったわたしは、心の底から思いました。

お前ら仲悪いのんちゃうかい、と。(太字)(赤色)

その後わたしの遅めでささやか反抗期挨拶や会話を振られてもちゃんと返さない(面倒な人間相手にぶつかり合うのが面倒になっている為こうなりました)」が発動されることとなりました。

また、今思い返してみればという話ではありますが。

わたしの両親は「限りなくマイペース自分のペースが保てないとストレスを溜め爆発する」、「一人の時間がないとしんでしまタイプ」、「作業趣味息抜きも一人で没頭したい人間」、「疲れるとコミュニケーションの余裕がなくなる(もともとのコミュニケーション許容量が多くない)」という属性のほか、

「親である前に恋人

という隠れ属性を持っていたわけですね!すごい!

もっと早くに知らせてほしかったな~~~~~~~~~~泣きそう!!!!!!!!!!!!!(もう泣いてる)

幼い子供の前で十数年!ガチシリアス雰囲気で怒鳴りあい時に片方と見ていた子供不安で泣くようなギスギスした特殊コミュニケーションが?!痴話喧嘩だったなんてことあるか?!?!?!?!?!?!!!知るか~~~~~~~~い!!!!!!!も~帰らせていただきますわ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!(実家が住む家)(秒で顔合わす)

ハァ……ハァ……

すみません、取り乱しました。

冒頭に書いた通りですが、最近になってやっと比較ちゃん人間としての心が正しく揺れ動くようになったので、これが「怒り」であり「悲しみ」だというのを”理解”して”発露”してしまいましたね。フフッ ウッカリウッカリ☆(棒読み)

そんなこんなでややダウナー気味の反抗期を迎え、両親との溝を更に深めたわたしですが、更なる問題が発生します。

私が大学に入ってすぐのころ、父が亡くなりました。

大病の末の結果なので、家族として心の準備はできていたと思っていたのですが、それでも誰かがいなくなるのは悲しいですね。

などと心から人間味のある言葉が出てくればよかったのですが、そんなことはなく。ただただ日々感じていたひとつ大きなプレッシャーから解放された自分の心を、不思議な目で眺めるわたしがいるだけの生活になりました。

特に大きく日常が変わることはなく、このまま過ごしていくと思っていました。しかしそのときわたしは気づいてしまった。

「あれ?もしかしてこの先もずっと生きなくちゃいけないのか……????」

そう、そこでわたしは「自分人生真剣に向き合うということをおろそかにしていた」ことに気づいてしまいました。

「家でプレッシャーを放ち続ける父母祖母のご機嫌を伺いその日その日を生きること(解放されるのは外出時と寝る時)」に人生の大半を費やしてきたわたしはどうも「自立する」、「新しいことに挑戦する」、「ペットを飼いたいと交渉する」など、両親との長めの話し合いが発生する場を悉く避けて通ってきたようです。本当に、ここまでまったくの無自覚でした。

まあ気づいたところで急に何かに目覚めるわけでもなく、まずもって気力がないので出来るわけでもありませんでしたが。「このままじゃいけない気がする」という漠然とした焦りから映画漫画アニメなどの創作物に対し、心新たに触れるようになりました。(もともと漫画アニメなどは好きで小さいころから見ていたんですが、日常からの逃避先がそこだった為か、内容を覚えていたりいなかったりするんですよね……記憶がない状態で楽しむアニメ漫画、めちゃくちゃ面白いよ!ヤッタネ☆)

その後なんやかんやで就職できて、何年か社会人経験し、先輩や同僚にもまれたり気の合うゆかいオタク友達との出会いがあったお陰で、やっと「人語を話すけど意思の疎通がはかれない人型の動物から「たどたどしいがやろうと思えばなんとか意志の疎通がはかれる人型の動物」にクラスチェンジできました。

こんなクソ重いありがとうを直接伝えることは憚られるので、ここで叫ぶことをお許しください。

特にかいオタク野郎のみんな~~有難うな~~~!!!これからも仲良くしてくれるよう頑張るよ~~~~!!!!!

相変わらず親に似てコミュニケーション容量が低いままではあるけど、それも含めてなんとかやってます。(しかしここまで来るのがあまりに長かったので、これまでに大変なご迷惑をお掛けした人のことを思うと、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当にすみません。もうこんな(わたしを始めとした)人間未満みたいなもの出会わないようにと祈っております。日々が穏やかで良いものでありますように。)

自分では上記にある辺りの激しめの感情はとっくに昇華されたものだと思っていたのですが、疲れて余裕がないときバラエティなどを見て笑っている母をみると無性に苛立ち、シリアスに泣き出したくなってしまときがありますちょっと危険だなぁと思っています一種ボーダーラインだと思ってそういう時は寝て回復に努めるのですけれども。

この文章を書きながら全然昇華されてなくて自分でも笑ってしまいましたし、いつか本当に追い詰められた時に有事引き起こししまうようなぼんやりとした予感がありますお金が貯まったらちゃんと離れて暮らそうと思います。お互いの為にもね。

また未だに「健康精神状態運営された家族という団体」への憧れは強くあるようで。

誰かが手掛けた創作物キャラクターが心通わせる表現にふれると、あまりに眩しく尊く感じ涙を流したり、TLで健全コミュニケーションが成立し、信頼関係が成り立ったご家族アカウントを見かけると「本当に実在し(ていてくれ)たんだ」と感動してしまます。なんか、アレだ……太陽の光に当たってぼんやりと、あたたかく眩しいなと感じるような瞬間に似ています存在していてくれて本当に有難うございますわたし勝手に救われています

繰り返しますがこの文章は、それなりに情緒が育ちその当時の感情言語化、過去の振り返りおよび分析ができるようになってきた「わたし」が、その気づきとともに過去自分感情に圧し潰され、溢れだす記憶に涙が止まらなくなり、座り込んでしまった「わたし」のための個人主観記事です。

今何かに苦しんでる「あなた」を追い詰めるためのものではないので、もしもここまで読んでちょっと苦しくなっちゃった人は、とりあえず体をあたたかくしてゆっくり休んでほしい。休んで。寝て忘れてね。どうぞお大事に。

ときどき思い出に苦しめられつつ、寝ずに一気にこれを打ったので、ところどころぐちゃぐちゃな文章になっていると思うのですが、ここまでお付き合いいただき本当に有難うございました!

こんなところまで読んでくれたあなたにも、ちょっと良いことがあるといいですね。

それでは。

2020-03-05

anond:20200305190416

こういうわだかまりがあるから見る気が失せるんだ。

開拓アニメを見て布教するのが好きなんや

2020-02-21

[] #83-11キトゥンズ」

≪ 前

そんなわけで、“流れネコ”ってのは「遠くからやってきたネコ」って意味の他に、「ヒトが忌み嫌っている特定ネコ」って意味も含まれている。

ヒトが勝手に決めた定義で、ネコからすれば知ったこっちゃない話だ。

だがヒトとの付き合い方も求められるイエネコ界隈において、流れネコ無視しにくい存在だった。

俺は何も特別なことはしていないし悪いこともしていないが、「ヒトとの間に軋轢を生み、善良なネコにも迷惑をかける存在」として、他のネコから邪険に扱われたりもした。

母が死んだとき、もしモーロックに拾われていなければ、ヒトに殺されるまでもなく野垂れ死んでいたかもしれない。

そのおかげで食べるものには困らなかったけれど、仲間内では一線を引かれていた。

あの頃の心境を言葉にするのは難しいが、たぶん他のネコができていたことができなかったこと、そして小さい頃に母と離れ離れになったことが大きい要因だと思う。

俺には“何か”が足りていなくて、そして満たされていなかったんだろう。

そのせいで自暴自棄になっていった。

いっそヒトの中に飛び込んで、楽になろうと考えることもあったんだ。

そんな時に出合ったのが、とあるヒトだった。

そのヒトは、どうやら俺を捕まえたがっていたようで、小魚でおびき寄せるという小賢しいことをやっていた。

俺は半ばヤケになって、その人の前に顔を出したんだ。

だが意外なことに、そのヒトは俺を殺すことはなく、それどころか飼うことにしたらしい。

どうやらヒトの中にも、流れネコを嫌う奴と嫌わない奴がいるようだ。

この出来事きっかけで、流れネコに対する、ひいては俺に対する悪いイメージは軟化していった。

飼われた後も集会所には定期的に参加し、数年かけて仲間に認められるようになったんだ。

…………

そこにきて、なぜダージンが“流れネコ”のことを蒸し返すのか。

察しはついていた。

「この戦い、本当にキトゥンに“任せる”んだな?」

ダージンとの付き合いも長い。

俺への嫌悪感から、そんなことを言っているわけじゃないのは分かっていた。

流れネコ歴史と、ヒトの存在は重い。

その血を受け継いでいる、何よりの証明である俺の体躯と体毛。

この瀬戸際からこそ、それは皆の不安を駆り立てる。

“流れネコが悪いわけではなく、ヒトが勝手にそう決めつけているだけ”

理屈では分かっていても、それで俺への不信感が完全に払拭できるわけじゃない。

そんな状態で俺を戦わせれば、勝敗がどうあれ、皆の中に決して消えない“わだかまり”が残るだろう。

「改めて問う、皆はキトゥンに“任せる”か?」

からこそダージンは、あえて言うんだ。

自分達の縄張りのために俺を戦わせるのならば、本当の意味で“任せる”べきだと。

「任せる!」

食い気味に答えたのはキンタだった。

「ええ、任せます。この戦いはキトゥンが適任でしょう」

間もなく、ケンジャもそれに続いた。

「そうだ、キトゥン! お前に任せる!」

続々と周りから同調の声が響き渡り、音は段々と大きくなっていく。

それを聴いて、俺は体から“何か”が湧きあがるのを感じた。

どちらにしろ俺は戦うつもりだったが、その意志がより強まっていくようだ。

キトゥン、お前にも聞きたい。本当にいいのか? この戦いに勝ったとしても、お前に大した得はないんだぞ」

ダージンの問いに、俺は澄ました顔で答える。

「……任せてくれるんだろ」

モーロックが俺を代表指名したのは、こういう意図もあったのかもしれない。

これは俺が皆に認められる、一世一代のチャンスってやつなのだろう。

次 ≫

2020-02-18

出張先でデリヘル呼んだ話

「旅の恥はかき捨て」とは言うが、出張先でデリヘルを呼ぶときは、解放感と寂しさが同居する言うなれば旅情ともいうべき感情を覚えることがある。

その当時、私は首都圏の零細編プロに勤めるしがないライターだった。出張先が能登半島と決まった時には、久しぶりの遠征に心躍る反面、アクセスの悪さにやや辟易したことを覚えている。何を隠そう、その当時、私は素人童貞であった。肩書き解説は他の文献に譲るとして、端的に言えば、ごくありふれた、さえない彼女なしの三十路前の男であった。

無事現地でクライアントと合流後、取材自体は滞りなく進んだ。関係者と軽い打ち上げをした後、事前に予約してもらっていた七尾市ホテルに泊まることとになった。七尾市和倉温泉という高級温泉街を有し、バブル経済華やかなりし頃は北陸有数の歓楽地であったそうだが、少なくとも駅前景色からはその面影は全く感じられなかった。

ホテル備えつけの温泉に浸かった後、外気にあたりたくなり外へ出る。能登地酒と熱い湯にあてられ、火照った身体に冬の外気が心地よい。時間はちょうど0時を回ったところ。ポケット煙草を取り出そうとしたところで、ふと、デリヘルを呼んでみようかと思い立った。

旅先の開放感と、久々の出張先で仕事を全うしたことへの安堵感がそうさせたのか。気づけば私はgoogleではじめにヒットしたお店に電話をかけていた。

すぐにボーイと思しき男性電話口に出た。七尾市ホテルにいることを伝えると、10分ほどでやってくるという。慌てて財布を取り出すと、諭吉がたったの一枚寂しそうにこちらを見ている。速やかに嬢の派遣を依頼すると同時に、最寄りのコンビニまで走る。現金調達して帰ってくると、ホテルの前には既に一台の黒いセダンが停まっていた。

近づいていくと、「〇〇さんですか?」と声をかけられ、車の中から二十代と思しき可愛らしい女性が現れた。彼女は、自分のことを『春華』と名乗った。連れ立って足早にホテルに入る。クライアント鉢合わせしたら最悪首が飛ぶなーと考えつつ、フロント男の若干の視線を感じながらそそくさとエレベーターに乗りこんだ。

無事に何事もなく部屋へ入って安堵する。春華が時間確認タイマーをセットする。素人童貞とは言え、私はどんな時にも紳士さを忘れない男だ。ホテルの一室で、互いに知らない者同士が邂逅するとき特有の気まずさのなか、精一杯何かしてあげようと彼女コートをかけようとしたが無難に断られる。間を持て余した私は、無意味自分荷物を移動したりバッグの中身を整頓したりした。そんなことをしている間に春華は速やかに全裸になりユニットバスへと消えていった。

程なくして「どうぞ~」という声が聞こえ、そこではじめて、私は思い出したように全裸になり、ユニットバスの扉を開けると、そこには全裸の春華がいた。

バスの中で体を洗ってもらう。特に、愚息の洗い方は丁寧だった。年齢を聞くと「二十歳です。」短く答える。実際には22,3だろうと思ったが、それ以上の詮索をしないのが紳士たるもの

さて、ベッドに身体を仰向けによこたえ、非常にスムースな流れで、春華は私の愚息を口に含んだ。極めてスタンダードフェラチオである。愚息がぬらぬらとしたあたたかものに包まれ、大変に心地が良い。ただ、少々打ち上げで飲みすぎてしまったようだ。それなりの硬度には至るものの、一向に射精する前兆・気配がない。春華も焦りを感じはじめたのか、次第にストロークが大きくなり、それに伴い彼女の歯が軽く当たるようになったことで、愚息はいっそう前立腺門番を奥へと押しやってしまうのであった。

体勢に限界を感じた私は、体を横に倒し、極めて紳士的な態度で自分の手のひらに春華の頭をのせてやった。そうすることで、彼女がよりリラックスした体勢で愛撫に集中することができ、私も腰を動かすことで刺激をコントロールできる、一石二鳥の策略である。これで多少はマシになったものの、射精神様はまだ一向に降りてくる気配がない。

すでに彼女が口淫をはじめてから体感でおおよそ15分が経とうとしていた。それが意味することをデリヘル経験の諸兄姉にもわかりやす説明するのも紳士たる者の務めである。今回のプレイ時間契約上60分間の予定だが、実際のプレイ時間はその半分がせいぜいといったところ。タイマーは部屋に入った瞬間からスタートし、そこから互いの身を清め、ベッドインするのにおよそ15分、終了15分前にはタイマーが鳴り延長の是非を判断するので、実際のプレイ時間は30分にも満たないことも多い。したがって、その時点ですでにプレイ時間の半分が経過しようとしてた。

このまま続けてもらって射精できる可能性は低い。おそらくはやってできないことはないのだが、万が一逝けなかったときに、嬢の自尊心を著しく棄損してしまったり、自分の心に黒部の峡谷ばりに深いわだかまりを残すことになる。そんな未来絶対に避けたかった。

果たして私はそれを打破するイデアを持っていた。そして恥甲斐もなく、それを言葉にする軽薄さをも持ち合わせていたのだった。

「あの、、ちなみに、お金積んだら挿れさせてくれるとかってあります?」

彼女は即答した。

ゴムありなら一万でいいですよー」

「あ、それじゃ、お願いしまーす」

かくして私は令和はじめのセックス七尾デリヘル嬢と修めることとなったのである。なぜ私がコンドームを持参していたのかという点についてここでは触れないが、プレイの内容自体は、とりたてて特筆すべきことはなかったということを書き添えておく。

正常位で射精にいたり、そのままゆっくりと倒れ込む。いくばくかの満足感と虚脱感に身を委ねたのも束の間、終了のアラームが鋭く鳴り響いた。

「すごいタイミングですね。」と笑いながらユニットバスへ導かれ、再び火照った身体と愚息を丹念に洗ってもらう。ふと、春華の首元に光るネックレスが目に入った。無事に時間内に射精に至った達成感と、形だけとはいえ、挿入事後の妙な連帯感も手伝い、バスの中で少し雑談をした。以前は新宿ソープランドで働いていたこと。昨日に初めて七尾で出勤したが指名が一件も入らず店のボーイにめっちゃ謝られたこと。

そこで私には不覚にも、邪な思いが芽生えたのだった。それはすなわち、春華が七尾にきて初めてセックスした相手が私だったのはないかと。

恥を忍んで聞いてみた。

もしかして七尾にきてから初めてのセックスだったりします?」

彼女は少し言い淀み、それからしかしハッキリと

「いや、はじめてではないですね。」

と言った。

なんと。ということは本日すでに同様のケースが少なくとも1回はあったということか。内心動揺を隠せず、「そっか~。そうだよね〜」といった感じのとりあえずのリアクションを返しながら、どう繕ったものかと必死に思案していたところ、彼女は少しの沈黙の後、くしゃっと表情を崩して、こう言った。

「私、素直だから言っちゃうんですよねー。お店の人には、必ずそういう時は”はじめて”って答えた方がお客様は喜ぶからって言われてるのに。風俗嬢向いてないんだわー」

そのあけすけな笑顔に一瞬で引き込まれ、あまりの可笑しさに思わず、私はユニットバスはおろか部屋の外まで響き渡ろうかという声で大笑いしてしまった。彼女も「そんなに笑うことありますかー!?」と気恥ずかしそうに笑ってくれた。その時たしかに、彼女はどこにでもいる二十歳前後女の子の顔に戻っていた。

それからいろんな話をした。家族のこと、5人兄弟の長女であること。首のネックレスは二十歳の誕生日に弟からプレゼントされたものであること。以前は飲食店で働いていたこと。好きな音楽のこと。

彼女back numberが好きと言ったので、Spotify人気順再生した。まったく聞かない流行りの曲も、嘘をついて一緒に聞いて、いいねと言って笑った。

2回目の終了アラームが鳴り、春華を外まで送る。送迎の車がきていることを確認し、手を振った。

・・・

30になった今も素人童貞肩書きは消えないが、確かにあの瞬間彼女はどこにでもいる二十歳の女の子だったし、いち素人女性と一緒に体を洗い、身体を拭き合い、家族の話や好きな音楽の話をして一緒に笑った経験は、確かな現実のものとして記憶に刻まれている。

朝の日差しに浮き上がる能登島と、どこか瀬戸内海を思わせる穏やかな七尾湾の景色と共に。

2019-12-31

スター・ウォーズスカイウォーカー夜明け」感想

(とりあえず年内中に吐き出したかったので、すべて記憶に頼って書いてる。間違いがあったらすまない。)

ネタバレ注意。)

 

一言でいうと「やっぱり無理だったか」。

 

そもそも、ep6の続きを作るなんて、本質的に無理だと思っていた。

スター・ウォーズ世界は、その全てがルーク・スカイウォーカー活躍させるために構築されている。

ep6でルークが「あがり」をむかえ、わだかまりが解消された以上、もう「めでたしめでたし」で終わった話なのである。その先には、もう何も残されていない。

から正史の続きの映画シリーズが作られると聞いたとき大丈夫なのかと心配になった。プリクエル(前日譚)でもスピンオフでもなくep6の続きを、ドラマシリーズでもアニメでもビデオゲームでもなく実写映画でなんて、完璧にやったとしても二番煎じしかならなそうなのに、どうすんだと。

何か勝算があるのかと思った。正史の隙間を埋める二次創作しかできない部外者と違って、公式ならばどんな飛び道具でも使える。これならいけるぞというアイデアが何かあるのかなと。

そしてep9が終わってみてわかった。結局、何もなかったのだ。

 

全てがルーク・スカイウォーカー活躍させるために構築されている、というのは、たとえば血統によってジェダイになったこと。

スターウォーズ世界設定では、ジェダイ世襲ではない。ジェダイの掟は恋愛結婚を禁じている。ep1~ep3では、たくさんのジェダイがワチャワチャ出てきたが、誰の血縁だなんて話は特になかった。作品世界歴史においてはep4~ep6の出来事例外的なのである

また、親父が一代にしてレジェンドになった傑物、というのも重要だ。考えてみてほしいが、ルーク家系が代々続くジェダイ家系だった、なんて設定だったら楽しくないのだ。幼いころから厳しい修行を強いられ、偉大な先祖比較されて品定めされ……ウンザリするだけだろう。堅苦しい伝統とは無縁でありながら、血の繋がりによってスゴい能力を授かっている、というのが心地よいのだ。

ジェダイが滅ぼされたというのも重要である。同世代ライバルと競わされ選別されることはない。「あいつがいから、おまえいらない」と言われる心配が無い。

ルークはただジェダイなのではない。歴史的にも特別ジェダイなのである

 

ジェダイだのフォースだのも、ルーク活躍支援するために存在する。

超能力チャンバラ! うわ超かっけえ、文句なしだ。

ジェダイ思想? そんなもんクソどうでもいい。ep5で、ルーク師匠の言うことに逆らってハンを助けに行く。頭の固い年寄りの言うことを従順に聞く主人公なんて魅力的ではないのだ。ジェダイの掟なんぞは、友情を引き立てるダシにしとけばいい。(余談だが、あのあとヨーダとオビワンはわりと辛辣に「あいつはダメだ」って批判してた気がする。)

 

帝国も、ルークのために用意されたものである

悪の帝国を倒せ。うん、わかりやすい。

ストームトルーパーも、顔が見えないので、人を殺している感じがしない。(スターウォーズを初めて見た幼少期の私は、ロボットだと思っていた。ep4のデススター侵入でアーマーを奪って着たりとか、叫び声がドロイドとは違う感じになってるとかで、「推理」することはできたが、あまり実感はなかった。直接的な描写は避けられていたように記憶している。)

反乱軍兵士は顔出ししていて、その死は人の死として弔われるが、帝国兵はそうではない。

 

ライトセイバービームブラスターも、鉄の刃や弾丸による戦闘と違って、血が出ない。生々しい人死にの感触はいらないのだ。

 

このように、ルーク活躍ストレスフリーで鑑賞するための仕掛けに満ちている。

 

そんな、ルーク・スカイウォーカーのための世界は、ep6の後どうなるだろう。

たとえば、帝国が倒れて銀河平和が戻ったらどうなるだろう。

ジェダイは、子供たちに嫌われる習い事みたいになるだろう。健康診断で素質ありとなったら、ジェダイスクールに通わされる。遊ぶ時間も奪われる。

そんな退屈な平和映画の観客にとっては退屈だが、そこの世界で暮らす人々にとっては尊い平和

ep6の続きが作られることになったため、平和は訪れなかった。

観客は退屈な平和なんて見たくないのだ。

 

カイロ・レンが生まれたのも、観客を退屈させないためだ。レイアとハンの子供が順風満帆ジェダイになるなんて話が見たいか

みんな大好き「血統物語」だが、前述の通り「親はポッと出」「他と比較されない」といった要素と組み合わさった場合にだけ楽しいのだ。ep4~ep6でそれは消費されてしまったため、ep7~ep9では使えない。そのせいでベン・ソロは歪んでしまった。

ベン・ソロダークサイドに堕ちるに足る理由なんぞ、結局、何もなかった。意外性を出すためにダークサイドにしよう、と、それだけ。

無理やり悪をやらされてる感があって気の毒なのであった。だが、そのどっちつかずな感じが「何かある」という錯覚を生み、それらしい苦悩の描写と、アダム・ドライバーの熱演もあって、妙な奥深さを感じさせていた。ep8までは。

ep9で痛感した、「やっぱり無理だったか」。

マスクの扱いが象徴であるダースベイダーにとって、マスク生命維持装置でもあり、必要があってかぶっていた。カイロ・レンにとっては、マスク特に必要ない。ダースベイダーの表層的なモノマネに過ぎない。これが、「必要ないのにマスクをつけてるワナビー(なりたがりの未熟者)である」という意味をなしていた。

ep8でスノークはこれを看破して、マスクをボロクソに貶したのだろう。マスクを捨て、カイロ・レンは悪として成長を見せた。劇場で見た当時の私は、期待を込めて「ep9では完成した悪としてついに大成するであろう。ただ、その後すぐ死んでしまうだろう」などと書いていた。

ep9でカイロ・レンは再びマスクをつけた。ep8での成長を経て一体どういう心境なのだろうかと注目していたが、特に意味はなかった。

結局、最後最後までワナビーしかなかった。

 

みんなep4~ep6が楽しすぎたせいで目が眩んでるのだろうが、血統物語のオイシイところはもう使い切っちゃったし、スターウォーズ血統物語じゃなくてもいいんだよ。

ep8で、レイは「何者でもない」としたのは、慧眼だと思った。ep1~ep3の頃のノリに戻るだけだし。だが一部のファンには不評だったようである。ep9で台無しにされた。

 

ep9は、ep8の良かったところを台無しにした。

ep8は野心的だがガタついてる印象がある。ベン・ソロダークサイド転向したきっかけとか、ワープ特攻とか、無茶すぎる。だが、フィンとローズのバディムービーっぷりとか、カイロ・レンの成長とか、レイ出自とか、レイロ(レイカイロ・レンのカップリング)とかは良かった。

特にレイロ。ep9の意趣返しについては、べつに好きにやったらええよアンタの映画だし、という気分だが、レイロだけは違う。ep8は最高のバトンを渡して来たんだから、他のなにもかも台無しにしてでも、そこだけはちゃんと引き継いでほしかった。

なんであの程度でカイロ・レンからベン・ソロに戻るのかと。ep7で父殺し、ep8で師匠殺しを達成して、これは過去正史映画で誰も成しえなかったことなのに(ep6のは、ベイダーからアナキンに戻ってるので何か違うじゃないすか)。

みんな小物だとバカにしていて、実際小物な面もあるんだけど、それでもやることやってんだなあ、というところが、見るから威圧的尊大なふるまい一辺倒の悪役よりも「新しい」気がして感心していたのに。

ep9で大成すると期待してたのに、なんだか小さくまとまって終わっちゃって。ああ、ワナビーのままだったな、と。

カイロ・レンが締まらなかったせいで、レイもなんだか微妙な感じになってしまった。悪い意味で揺るぎねえから自分ダークサイドに堕ちるかもしれないッス、ってシーンでも「ふーん」って感じで。ep7,ep8のカイロ・レンの方がまだ、こいつライトサイドに戻っちゃうんじゃねえのとハラハラした。

レイシリーズを通して成長しているが、カイロ・レンもまた成長していた。極まった二人の力がぶつかり合う瞬間を楽しみにしていた。だが、二人の対決は、なんか普通ライトセイバー戦で終わってしまった。

で、キスちゃうのな。レイロ勢に媚びた安易な燃料投下だと感じたが、まあ、対決が不発だったうえに燃料投下も無かったらマジで残念な感じになるので、ダメージコントロールとしてアリだったのかもしれない。(少なくとも、「ローグ・ワン」やep8の無意味キスシーンよりはマシだったし。)

 

ラストシーンも締まらなかった。

レイ自分のことを「レイスカイウォーカー」と名乗ったが、なんだか釈然としない。

ep8の頃の「何者でもない」レイだったら、納得できたかもしれない。スカイウォーカーの魂は血縁を超えて継承されていくんだなあ的な。だが、シディアスの孫とかやっちゃったのにそれは。

かといって、レイパルパティーンとか名乗られても、銀河悪名高いシス名前からちょっと不穏すぎる。

このシーンで私は、「ハン・ソロ」でソロファミリーネームが成り行きで決まってしまうシーンを思い出した。だがレイソロって名乗るも、やっぱり違う。

書いてて気付いたのだが、母方の姓を名乗るのが無難な気がしてきた。でもそんなん名乗っても、観客としては「何?」だろう。

 

まあ、ぶっちゃけスターウォーズ人間ドラマにはそれほど期待してないので、レイロが微妙でもメカの出来さえよければ満足だった。私の原体験がそれだからスターウォーズを初めて見たのは幼少期の頃で、ストーリーとかまったくわからなかったのだが、それでもメカ活劇に夢中になった。光る剣。宇宙疾走する戦闘機や艦船。月のように大きな要塞

だがメカ描写はずっと低調だった。

ep7で、レイスターデストロイヤーの残骸を漁ってるシーンと、カイロ・レンが焼けただれたダース・ベイダーマスクを拝むシーンには、制作陣の「我々はこうやって偉大なる旧作の遺産を食いつぶして細々とやっていくしかないのだ」という諦めの入ったメッセージ言葉ではなく映像で叩きつけられたような気がして、ちょっとビビった。新しいものを作るんだっていう虚勢を張るもんだと思ってたら、こんな赤裸々に弱音を吐くんだ、って。

ep7~ep9のメカを振り返ってみて、旧作から続投しているものを省けば、記憶に残ったのはbb-8とカイロレンのマスクくらいだ。

ep9は特に低調だった。なんだファイナル・オーダーって。あの世界の乗り物は、製造されてるわけじゃないですか。「ローグワン」とep4でデススター設計者・設計図を巡るドラマがあった。「ソロ」では、製造中のスターデストロイヤーを望むシーンとか、ファルコン号を巡るドラマがあった。それが、念力を込めたら地中からボコボコ出てくるとか。ただでさえスターデストロイヤーをたくさん並べただけという芸の無さがキツいのに、もうちょっと真面目にやってほしかった。

 

できれば、メカデザイン体系を新しくしてほしかった。

ep1では、ep4~ep6とは明らかに違ったデザイン体系のメカがでてくる(アールヌーヴォーって言うの?)。ep2,ep3と話が進むにつれてep4の体系に近づいていくというのが、帝国の勃興とメカデザインが連動していておもしろかった。

帝国という魅力的な装置はep6で使い切っちゃったので、ep7~ep9ではなんの変化もなかった。

面白い新作メカを作る余地はあったと思う。現在、「トポロジー最適化」「ジェネレーティデザイン」といったものが登場したので、それを取り入れるとか。

あと、バトルドロイド可能性は掘りつくしてない気がする。ep5で少し登場しただけの賞金稼ぎロイドには妙な存在感があった。ep1でドロイデカの登場には、なるほどこれはep4~ep6制作当時のVFX技術じゃ作れなかっただろうと興奮した。ep1より後に作られた「ローグ・ワン」のk-2soといい「ハン・ソロ」のl3-37といい、キャラが濃くて面白かった。ep7~ep9で、改めてバトルドロイドを登場させたら良かったかもしれない。

だが、「こんなのスターウォーズじゃない」と不評に終わる可能性が高いだろう。それが予想できたから、きっと冒険しなかったのだろう。

 

というわけで、ep9の感想は「やっぱり無理だったか」。

スターウォーズはep6で完結してたんだなあ、という思いを新たにした。

熊澤英一郎氏みたいな身内を抱えている方へ

お久しぶりです。以前ここで実家にいた引きこもりモラハラの弟の問題について書き込みしてた者です。

実家に居るクズ引きこもり(弟)を叩き出したい

https://anond.hatelabo.jp/20161019074216

逃げるは恥だが開き直ったクズからは逃げ切れない

https://anond.hatelabo.jp/20170201173533

心を折られた人間はどう立ち直ればいいのか

https://anond.hatelabo.jp/20181023041902

その後、弟はしばらく車上生活をしてましたが、秋を過ぎたあたりに車のバッテリーもあがって使い物にならなくなったらしく、にっちもさっちもいかなくなったあたりに俺がソーシャルワーカーと一緒に話し合いさせて生活保護コースで無事フィニッシュできました。

正直弟や実家のごたごたでは散々地獄みてきたつもりですが、最近ニュースみてるとウチはまだマシだったんじゃないか?と思えるような酷い事件ばかり。もしかしたら熊澤一家予備軍はほかにいるかもしれないので、俺が弟のケースで経験したこと、後々考えてすべきだったこと、すべきでなかったことなどをまとめてみます

まず最初に断っておきますが、熊澤英一郎さんのケースを安易にほかの引きこもりに結びつけるのはやめましょう。ある程度家族内でも同意がとれて、将来の心配はあるもの平和引きこもりしている人たちについては第3者が無理に介入する必要はありません。問題はうちの弟や熊澤一家のように明らかに親や他の親族に対して精神的・肉体的・経済的DV継続に続けて、親族関係改善のために強く第3者の介入を望むケースです。

その上でまずすべきことは、やはり公的サービス支援を求めることです。近年は地元役所でも引きこもり対策部署とか、ほかの家族トラブル対応できるソーシャルワーカーや、引きこもり専門のNPOなども探せば見つかります。とりあえずそういったところに片っ端から連絡して助言を求めましょう。ただ念頭に置いてほしいのは、これらの団体に連絡しても引きこもり問題が早急に解決することはほぼありえないという事実です。親や親族でも相談にはのってくれますが、肝心の支援については引きこもりに悩む当人自発的にこういった団体に連絡して助けを求めないと何もできません。なぜなら日本には基本的人権の尊重があり、成人した人間意志に反して何かのサービス治療強制させることはできないからです。そして想像にたやすいでしょうが、うちの弟や熊澤英一郎さんのような方々がそういった団体自発的に連絡することはまずないです。親が頼み込んでも逆ギレして終わりです。

警察への通報はかなりハードルが高いです。まず警察家庭内問題には介入したがりません。警察現行犯事案なら動けますが、家庭内で起こった事案はどうやっても事後報告になってしまうので、暴れている最中動画撮影や音声録画しておくのを推奨しますが、そんなこと暴れている本人の目の前でするなんて相手を刺激しそうで怖いですよね。うちは母親携帯電話を床にたたきつけてぶっ壊すシーンを隠し撮りして数日後に警察に見せましたが、「こういうのは壊されてすぐ通報してくれないと難しい」と言われました。

警察行政強制介入できる事案は自殺や他殺などの危険がある緊急性のある事案だけです。言い換えると、よほど運とタイミングがそろわないと、警察行政は「何もかもが手遅れ」にならないと強制介入できないのです。

それでも僕が勧めるのは、まず継続的に第3者に介入してもらって、自分たち家族内で起こっている問題がどれだけ異常なのかを再確認してもらうため。これをあきらめて家族内だけでとどめてしまうと、どれだけ事態が狂っていっても、その狂った日常になれて何も行動できなくなります。あと引きこもり事案だけでなく実親へのモラハラ事案や経済的DVなのも細かく記録してソーシャルワーカーに報告しましょう。まぁ大抵は「そんなに嫌なら親御さんたちがよそに引っ越すしかない」と言われるのがオチしょうが、めげずに続けてください。なぜならソーシャルワーカー役所担当者は人によってかなり対応が違うので、担当者が変わったら嘘のように積極的に介入してくる場合も珍しくありません。なので対応に不満があったら違うソーシャルワーカーに変えてもらうのもお勧めします。うちのケースだと弟の連れ子だった甥っ子へのネグレクト育児放棄という事案でやっと積極的に介入してくれました。なので事態が深刻化したら実親や親族へのDV事案で進めてもらうほうがいいと思います

こまめに役所ソーシャルワーカーに連絡し続けると、最後にどんな結末を迎えても「やるだけのことはやった」と自分たちへの免罪符にもなります。実際にうちも後々いろんな方に少しずつ実家のケースを話しましたが、「そこまでご家族努力しても弟さんがそうなったのなら、しょうがないですね」と言ってもらえます

あとこれらの行政への連絡は、できれば同居している家族ではなくすでに実家から自立した兄弟や、ほかの親族が代行してあげたほうがいいです。日常的にDVの恐怖にさらされている家族にとって、行政に連絡するだけでも精一杯の行動ですし、その結果大した対応もしれくれず、逆に引きこもり本人に逆ギレされてDVがひどくなると「通報しても無駄」と早々にあきらめてしまます。だから問題が起こっている実家から物理的に距離が離れている親族が介入してあげるほうが継続的なサポートにつなげやすいです。(俺がこの担当でしたが、平日に仕事休んでソーシャルワーカー役所などに連絡したりするので、これはこれですごい負担なんですけどね>経験談)とにかく行政に介入してほしいなら、あきらめずに定期的にいろんなソーシャルワーカー役所警察想像を続けるしかないです。何十回も続けると、何かのタイミングで動いてくれます。ま、それでも即解決というわけではなく、ようやくスタート地点にたったぐらいなんですけど。

熊澤英一郎さんはどういった方だったのかは断片的な報道からしかわかりませんが、よくこういった引きこもり問題が深刻化する事案では発達障害とかアスペとかの単語が並びますあくまで弟のケースを見てきた経験から言うと、発達障害とかアスペなどは多少は関連性はあるでしょうが直接的な原因ではありません。だって発達障害とかアスペ抱えても頑張って生きてる人が大半ですからそもそもうちの弟のように経済的にもキャリア的にも詰んでずっと家に引きこもっていたらまともな人間でも大半は鬱病などで心が病んでいきます。結局は当人たちが無理なく生きていける居場所があったかどうかじゃないかと思います

これが当人がまだ20代で、実親も40代で体力的にも経済的にも余裕があってどっしり構えることができる状態なら、数年引きこもってもなんとか立ち直るケースもあると思うんですよね。でもこれが当人40代で実親も70代近くて体力も経済限界だと、そんな悠長に対応できないんですよね。

最近世間を騒がしてる引きこもり自立支援サービス、俺としては強くはお勧めできないけど最終手段の一つとしてはありかなと思います。ただ引きこもり当事者への治療を望んでいるならやめた方がいい。あれは完全に現代の姥捨て山です。治療あきらめた悪質な引きこもりと絶縁するための最後手段です。うちが実弟の件でこれを使わなかったのはモラル問題ではなく、ただ単に依頼する金がなかったからです。あのような引きこもり自立支援サービスを取り上げたテレビ番組を何度か見ましたが、何度か映像内に疲れ切った無気力な実親の顔がでてきますよね。youtubeコメントでは「あん子供に無関心な無責任な親だから子供がああなったんだ」と罵倒されてましたが、あれこそ俺の親と同じ顔です。あれは何をしてもうまくいかずに人生すべてを諦めきった顔です。

引きこもり自立支援サービスは僕からみても人権侵害だし、法律スレスレまあはアウトな業者もあるんでしょう。ただ現状では「暴力的引きこもり人権守るために回りの家族を生贄になるのを放置せざるを得ない」のが実情でして、そんな地獄から逃げたいと思う方がああいったサービスしか頼れずにいる現状を俺は同じ当事者だった者として非難できません。


最後に、これは当時の弟に伝えたかったのですが、どうしてもっと素直に助けを求めてくれなかったのか?ということです。彼が経済的にもキャリア的に積んで精神的に病んでいたのは誰が見ても明らかでした。もし4,5年前の時点で彼が素直に「どうしていいのかわからない。助けてほしい。やり直したい」と僕や親に話してくれたら、もっとましな選択肢はいくらでもあった。実子と離れ離れになる人生を送ることもなかった。話したところで何も解決しないと思っていたかもしれない。でもそんなことはない、悩みを言葉にして回りに伝えるだけでも解決につながるんです。そら君が望んだ人生とは程遠いかもしれないが、その現実を受け入れることさえできたら、ここまでひどくはならなかったのに。

もしこれを読んでいる方で当時の弟のような人がいたら、どうか勇気を出して自分から助けを求めてください。あきらめると被害妄想けが増大して、周りの大事家族を傷つけて、本来ならあなたを助けてくれるであろう人達が逆にどんどんあなたから逃げていきます。一度信用を失うと、同じ家族でも話し合いすらできなくなります。そしてご家族の方も、もし当人が助けを求めてきたら過去わだかまりをいったん忘れて話だけでも聞いてあげてください。

(誤字修正を加えたので古いのを削除して再アップしました。コメントいただいた方には申し訳ございません)

2019-11-11

これは鬱病が再発したアイマスPがダラダラと書く、チラシの裏のような内容なので読まなくていいです。

頭と心のわだかまりを書き連ねて気持ちを整理したいだけなので。

※下記に書くアイマスライブ関しては全てライブビューイングでの視聴。

兆候としては2~3年ぐらい前からことなく感じていた。

アイマスライブもだが、他に好きなアーティストライブを見ても気持ちとしては楽しいが、どこか何か物足りなさを感じて100%盛り上がれきれない。

恐らくこの時点で一度は寛解してた鬱病がジワジワとぶり返していたのだろう。セットリストを見返しても、盛り上がるの間違いないので演者側の問題ではない。

ただこの時点では気持ちとしては前向きだったり、行きたいと思える場所イベントは多かったし、実際行動を起こせていた。

結果的100%では無かったが、それでも7~8割は楽しめていたかお金時間作って見に行った事は後悔してない。

ライブを見に行っている頻度としてはアイマス関係が多いのでアイマス基準で考えてしまうが、少なくとも2018年の初星宴舞やSS3A次点ではまだ楽しめていた。

正直な話、一度寛解するのに10年以上掛かった事もあって、鬱病がぶり返してきているという現実直視出来ず、なんとなくその事に目を背けていた。

でも目を背けるのも限度があって、デレマスの6thの時点でとうとう鬱病の気配を無視できなくなっていた。

というのも、私の中で言う程盛り上がれなかった。

これもセットリスト演出は楽しめるものだったし、理屈としては不満なんて無い。寧ろ良いライブだった。

ただ、これをちゃんと楽しめないという事は病気の影響なのだろう。

そして「また鬱病と向き合わないとダメかと」諦め半分で思うようになった切っ掛けが今回のデレマス7thライブ

2ヶ月前にやった公演に関しては、上記の事もあり行くかどうか悩みつつも結果的に行く事にした。

見た感想としては5割楽しめたか微妙になっていた。行かなくてもよかった気がする反面、行ったことに対する後悔はしてない。

そしてまた、今月の公演に関しては行くかどうかかなり悩み悩んだ結果、

仮にチケット抽選に応募した所で「チケット抽選に外れてくれればいいのに」と考えてしまったので行くはやめることにした。

毎度の事なら振り返り上映もあるだろうしと思い諦めた瞬間、心の中が少し軽くなった。多分、自分が思ってた以上に重荷になってたんだろうな。

でもって今月の公演が終わり、セットリストサプライズ関係を見てても、心があまり反応しなくなっていた。

中でもショックだったのは、自分担当アイドルが久々にソロ曲歌ったり新曲貰ったりしているなんて本来なら歓喜するハズなのに、その担当出来事すら興味を持てなくなっている今の自分が一番ショックだった。

あれだけ好きだったデレマスにもうここまで興味持てなくなっているなんてな。

いっその頃コンテンツ側がやらかして嫌いになれる事があるなら楽なのにな。

好きだった物に対してジワジワと興味を失っていくのって悲しいというか虚しさを覚える。

実際、公演を見なかった事に対して後悔の念が一切無い。

以前鬱病を患った時とはまた違う方向性精神をジワジワと削られているんだなと思い知った。

ここまでつらつらと書いたものの、別に嫌いになった訳じゃない。

寧ろ、また好きになれたらいいなって思う。

コンテンツが活気があるうちに私もまた元気になって、アイマスというコンテンツを楽しめるようになることを願って。

2019-09-19

自戒をこめて

ちょっと前に二次の字書きが絵師に表紙を頼んだ話を読んで自分も思い出した話。

少し前に長年付き合いのあった絵師との縁が切れた。

ことの発端は私だから仕方ない話なのだけど、ずっと心の中に燻っているものがあったので匿名者の日記として吐き出してしまおうと思う。

私と彼女との出会いは前ジャンルに遡る。所謂マイナーCPというやつで全盛期をとうに過ぎたジャンルで細々と小説投稿し10年過ごした場所だった。

彼女からの熱い感想メールをもらったことが切っ掛けでメールのやり取りをする仲になった。投稿した小説感想イメージイラストをくれたりと、当時ネット上のみで小説投稿していた私にとってはとても貴重で有難い存在でありモチベーションをあげてくれる人でもあった。

しかし段々と交流が続くにつれて彼女に対して心に引っかかることが増えていった。私は基本的に他の字書きさんや絵師さんとの交流もない引きこもりで、イベントオフ会も参加したことがなく10年もの投稿を続けいていたにも関わらず、知り合いが全くといっていいほどいない状況だったので、彼女から聞くことが創作人口の少ない界隈での全てだと思い込んでいた。

私が○○さんのお話好きだなと言うと「あー…でもあの人さ、他の書き手さんから嫌われてるんだよね」とネガキャンが始まる。そう言われてしまえばお話を読む際にどうしても書き手さんの印象が脳裏に過り素直に本を読めなくなった。そういった流れが何回か続き少し疲弊し始めていた頃。

ある時、彼女小説内容のリクエストをしてもらった。日頃、イラスト感想を下さる感謝気持ちを込めて此方からお願いした形だ。彼女はとても喜んでくれて俄然やる気になり彼女希望した内容で小説投稿した。けれどあれだけ感想をくれていた彼女からの反応は一切なし、むしろリクエストしたことすら忘れているのかと疑いたくなるほどこの件はスルーされてしまった。折角書いたのにという気持ちと虚しさで心が折れつつも「書いたよ」と連絡すると、少し時間をおいて「あー…あれか」という反応。どうやら彼女リクエストには添わなかったようだった。

その件が引き金になり「人に媚を売るような小説を書いてはダメなんだな」と、今までそのCPが好きで小説投稿していたものが、誰かの反応が欲しくて、感想がもらいたくて投稿しているという自己承認欲求の塊のような自分に嫌気がさして小説を書くことが嫌になってしまった。

小説から彼女からジャンルのものから距離を取りはじめた頃、SNSが普及し始めた。久しぶりに連絡が来た彼女から登録しなよと言われるがままSNSアカウントを開設したものの、有難いことにフォロワーさんが徐々に増え以前よりも交流が出来るようになった。それが嬉しくてSNSでよくコメント投稿していたところ、連絡が取りやすくなったからか彼女から頻繁に連絡がくるようになった。

DMで届く内容はオフでも活動する書き手さんへの愚痴が主だった。「あの人とオフで本を作ったり、プライベートでも仲良くしてるんだけど段々と失礼な態度をとられるようになった。ある日急にSNSブロックされた。なのにアチラは私のアカウント監視していて文句を言いまくっている、ひどい」という相談事もあり私は私なりに親身に話を聞いていたと思う。

ただ私には彼女がいう突然ブロックされたという言葉には違和感があった。彼女は割と積極的交流をする方なので多方面で付き合いが多いのだが、とにかく物忘れがとても多くまた人にマウントをとりたがる節があった。彼女イラスト絵師でもあり、字書きでもありグッズ製作をしたりと活動内容が多岐に渡るのでオフでのノウハウがあり、それを人に吹聴するところがある。私のようにオフ素人人間指南をするのが楽しいようでもあった。そういった面で人を不快にさせてしまうところがあったり、物言いが直接的で逆鱗に触れてしまい縁が切られるということが何回か続きジャンル撤退を考えているようだった。

私はとめなかった。ジャンル撤退には人それぞれ様々な理由がある。二次での交流で嫌気がさして撤退する人も少なからずいるのは分かっていたので、そうなってしまうとジャンル愛も枯渇してしまうのも納得だったからだ。

私は私で別件でジャンル愛が枯渇していた。そんな時に今のジャンルに目移りしてしまった。

そのジャンルは全盛期を迎えていて活気づいていた。私は一番人気のCPに傾倒し、久しぶりに思うがままに小説投稿し続けることが出来た。その熱意なのか投稿した小説ランキング入りを果たしたりと嬉しいことが重なり益々現ジャンルにドハマリしてしまい前ジャンルアカウントを閉じてしまった。

心機一転、自ジャンルで新しいお仲間さんとワイワイしていた時、見慣れたアカウント名と特徴的な絵柄が私の小説ブクマしていることに気付いてしまった。

私は新しい名前アカウントにも関わらず私の小説ブクマしてくれた彼女に嬉しくなってしまってついつい自分から声をかけてしまった。

苦い思いをしたにも関わらず懲りない人間だなと今は痛感しているのだけれど、新天地でも出会たことに盛り上がってしまジャンル愛が勝って初めて彼女から「表紙描くから本を作ってよ」という言葉に頷いてしまったのだ。

はじめてのオフ活動にやる気になりWEB上で書いた投稿作に書下ろしを加えて本にすることにした。

彼女と何度も連絡を取り合い表紙の進行なども聞きながら書下ろし部分の調整をしていると、彼女から一枚のイラストが届いた。

とても美しい大好きなCPが手を繋ぎ歩いている原風景。私はその美しさに感動して何度も賛辞のコメント送り、表紙の二人を思い浮かべて小説を書き続けた。

しかし数日後その素晴らしいイラストが別の字書きさんの本の表紙になったことを、その字書きさんのSNSコメントで知ることになった。

私に見せた表紙案といって送られてきたイラストSNS投稿されている。

私は何も聞いていなかったので内心かなり取り乱しショックで何も手につかない状態だった。彼女がその字書きさんを神のように崇めていたことも知っていたし、絶賛していたことも知っていたけれど本の表紙を頼まれいたことは知らなかったので「どうして言ってくれなかったのか」という勝手な思いに苦しんだ。そんなこと彼女が私にいう必要なんてない。けれどじゃあ何故、表紙案といって私に送ってきたのか。

結局、私の本の表紙は全く違うものになった。私は最初に見せてもらった表紙案をかなり気に入ってしまったので、その表紙を見ることが少し悲しかった。何よりその表紙は私の小説のシーンに一度も出てこない場所で私が小説の中で着せている恰好ではない装いの二人の日常的なシーンで「なんでこの表紙なんだろうか」と思ってしまったのだ。

とても丁寧に描いてくれた表紙だということは分かっている。けれどCPの二人よりその場所を目立つように描かれた表紙が好きになれなかった。それでもいい顔をしたい私は彼女に有難うと謝礼を振り込み、菓子折りを送った。

本は有難いことに完売した。再販希望してもらえたが私の事情で出来なかったので悲しいことにオークションでかなり高額に転売されてしまった。

オークションで買わないで欲しい」とSNS上でコメントをすると「再販しないお前が悪いんだろ」と匿名で何通もお怒りのメールをもらってしまった。

私は自分自己満足で本を作った。一度もオフ活動したことがなかった私にとって誰かに表紙を描いてもらい本を作ることは夢の先のことだったから。

でも本を作るということはそれで終わってはいけないのだと痛感した。「なんで再販しないのか」というDMに心が折れてしまった。

一度に何十万と支払う本の制作にはリスクありすぎる。私はしがない主婦なのでそんな大金を一度に使う趣味に気が引きてしまう。

結局、どうしても欲しかったけれど買えなかったという方になけなしで手元に置いておいた1冊をお譲りすることにした。その方は私がとても敬愛している書き手さんでSNS上でお付き合いのある方だった。

そのことは伏せて現ジャンル活動を続けていたある日、彼女から連絡があった。以前私が大好きだった表紙で本を出された字書きさんに「突然ブロックされ、縁を切られた。ひどい」という内容だった。

私は以前にもこんなことがあったな、と前ジャンルのことを思い出していた。

こんなニッチで複雑な感情が絡み合った世界から同じCPが好きだからといってウマが合うとは限らない。解釈が違えれば逆CPより地雷になる人がいる世界

最初は仲良くやれていても上手くいかないこともある。付き合いがプライベートにまで進めば仕方ないことかもしれない。

長いこと二次創作を続けていればこういうことは起こりうる。私は彼女を慰めながら色んなことを考えるようになった。

一番大事なのはジャンルを好きでいられること、そのCPを好きでいられること。

好きなことをする為に始めていることで大元を嫌いになるようなことをするくらいなら、人付き合いは一定距離があっていい。そう思うようになった。

深く関われば関わる程、悲しいことも増えていくくらいなら私はSNS上のお付き合いだけでいい。

彼女のように活動の幅を広げる度に誰かと衝突し縁を切り、ジャンルを嫌いになりそうと言い出すくらいなら。引きこもりのままで構わないと。

彼女は頻繁に私と会いたいと言い出していたが、結局一度も会うことはなかった。

10数年つかず離れずを繰り返し、彼女私生活からジャンル内のごたごたを時には夜中の2時3時まで付き合って聞いたりもしたけれど彼女の顔を見たことは一度もない。

そんな時間を過ごし、一定距離感を持って付き合いを続けていたある日。

彼女に私が最後の1冊だった本を手放していたことがバレてしまった。自分から言ったのだけれど、それが彼女逆鱗に触れてしまった。

「この10数年間付き合いを続けて来たけど、貴方と私は会ったことがない。だからニュアンスは違うのかもしれないけれど、貴方最後の1冊を手放したというその不躾な態度は、創作である私のプライドを傷つけた。許せない、涙がとまらない」ということだった。

私はその一言に物凄く腹立たしさを覚えた。彼女に全く同じ感情を抱えたことがあったからだ。「前のジャンルでさ、リクエストした内容も忘れたけど誰かから頂いた小説内容が超地雷でさ、あの解釈はないわって思ったんだよね」と送った相手(私)に堂々と言った(物忘れの多い)貴方にめちゃくちゃ傷つき凹んだことがあるからだ。その時私は面と向かって言われていないかニュアンスが違ったのかもしれないって思うようにしてやり過ごしたのに。

山ほどあった言いたいことを飲み込んで「ごめんね、こういう思いをした相手とずっと縁を続けていてもいずれまた嫌な思いをさせてしまうかもしれないから、もうお互い連絡をとることはやめよう」と伝えた。

「泣くほど嫌な思いさせられた相手となんか趣味で繋がる必要ないよ」と「どんだけ私が謝ろうと、言い訳をしようと貴方は納得しないだろう」旨を告げて連絡手段を断つことにした。

彼女に今までのお礼と好きな創作を続けて欲しい。今回は嫌な思いをさせてしまったけど、貴方の素敵なイラストの表紙の本を今後も楽しみにしていると告げてブロックした。

きっと私次第で彼女との縁を続けることは出来たのかもしれない。

でも毎回聞いていた彼女の「突然ブロックされた、縁をきられた」という連絡を思い出してしまったのだ。

なんでだろう。ブロックした人の気持ちが分かってしまった。怒りよりも悲しみよりも先に「疲れた」と思ってしまった。

「ずっと本当はわだかまりがあった相手ではないかSNS上では仲良し、大好きアピールを続けていたけど、本当はずっと思うところがあったじゃないか。それをずっとないことにしていい顔をしたい自分自尊心尊重してしまった結果がこれなのではないか」と気がついた時に、私は自分の至らなさを実感した。

彼女は時折、激しい自己嫌悪承認欲求で鬱に近い状態になっていた。幼少期のトラウマを切々と語り今の人生への疲弊を漏らしていた。

感情の起伏が激しく、よくSNSの呟きを全部消したり、鍵をかけたり、いなくなったりしてた。

きっと今日もどこかで誰かに私にブロックされた時の愚痴を言っていることだろう。

もう誰かに振り回されてジャンルもCPも書き手も嫌いになりたくない。

そのためには「相手に何かを求めない」「自分の為に小説を書いていることを忘れない」「好きでいられる為に最良の選択をする」ことを忘れないようにしよう。

新たに興味の出てきたジャンルに見慣れた名前と絵柄があったので自戒を込めて。

好みの傾向はドンピシャなんだね私たち

まぁもう二度と連絡をとることはないだろうけど!!

2019-09-09

EXIT兼近さんの前科と今後のお話

 

 どーも、ライトファンです。

 四日ほど前に文春によりお笑い芸人EXIT兼近さんの前科がすっぱ抜かれ、瞬く間にテレビイベントの出演が取り消されていくのを悲しい思いで見守っておりました。

 『少女売春斡旋』の凶悪字面に「は!?!!?」と驚愕したものの、ふたをあけてみれば貧困層出身少年が学のない状態で知らずに犯罪を犯していた、という切ない話で、少女と言っても当時の兼近さんと同い年の十九歳、売春斡旋といっても『あくどい商売してたヤクザから離れて個人的売春してた女友達用心棒を頼まれた』が内実らしく、刑も罰金十万円で済んだそうです。

 その辺の詳しいことは文春本誌の記事に書いてあるのですが、いかんせん見出しセンセーショナルちゃんと読んでない人からすると「幼い女の子を騙くらかしてウリやらせてたのか?」と思われかねないのが辛いところ。

 以下要約書いてくださった方のツイート。↓

https://twitter.com/exit_mochiP/status/1169368952213889025

 なので兼近さん本人もこのことに言及するツイートで「文春を買って読んでください」って書いているのですが、そういうとこ、そういうとこだよ……!とこちらは複雑な気持ちで頭を抱えました。後述しますが彼はヤバいレベルピュアです。敵の売り上げに貢献するな。でも多分敵だと思ってないんだろうな。




 さて、この騒動は様々な要素が密接に絡み合っているため擁護派も批判派もその辺ごっちゃに主張し合い、収拾がつかなくなっているきらいがあります

 「今更生してるからいい」「過去のことでも罪は罪だからテレビ出るな」「イケメンから馬鹿な女が擁護してるけど女の敵」「とてもいい人なので応援したい」「前科があるならいい人ぶるな」「おもしろくないから消えろ」「おもしろいから頑張って」「そもそも貧困問題」「これだから底辺育ちのDQNは」etc

 その人によって何を重視するかは違いますし、この手の騒動によくいる『別に本気で怒ってるわけじゃないけど人気ある奴を叩きつぶしたい』層もネット上には多いのであちこちで大混戦ですよ。

 とりあえず事実としては、『現状兼近さんは法的になんら問題ない状態』です。

 謹慎謝罪引退必要ありません。八年前に処罰されたことで問題にケリはつきました。それを不服としている被害者もいません。

 にも関わらず番組降板が相次いでいるのは、世間感情が彼を許せるか許せないかがわからいからです。

 ツイッターを見る限りは擁護派がかなり多いんですがヤフコメとか掲示板などは批判派が多いですね。テレビ局やイベント主催者としてはクレームが来る恐れがある人間を使いたくないと思うのはしょうがない。しょうがないんですが、私としては、もうちょっと真摯倫理について考えてほしいと思ってしまます。更生してる人の芽を潰すのが世間の総意になっていいのでしょうか。

 結局のところ法律でカタがついている以上、この問題を語るにはどうしたって感情論になるのでここからは私の主観フルスロットルいかせてもらいますね。

 



 まずね、彼の境遇を考えればあれが罪だとわからなかったのは無理ないです。

 極貧家庭で育ち、飢えた時は妹とわざと雨にふられて同情したご老人にご飯をもらうという技でしのぎ、高校中退して働き、周囲の人間がみんな半グレ系で反社会的なことが当たり前になっていた、という背景があったうえで、十八の頃に風俗店に勤めだしたんですよ。

 風俗店というのはお金と引き換えに人間(主に女性)の体を性的に扱える店なわけで、建前上は生殖行為のもの(いわゆる本番?)はないということになっているものの、悩める青年北方謙三が「ソープへ行け(そして童貞を捨てろ)」とアドバイスしたことが有名であるように、実際は売春が行われているわけです。

 私は日本では売春禁止されていると認識していたものですから、堂々と繰り広げられるその手の話がしばらく理解できなくて、いくつか風俗店レポを読んでやっと「要は売春なんだな!?」とわかったんですが、いまだに何故あれが正規商売として成り立っているのか納得はいってません。

 私はこの世で一番ダブスタが嫌いなので、税金を払ってる風俗店だろうが個人援助交際だろうが売春を認めてはいけないと思っています(弱い立場の人が傷つきやすいから)。

 しかし、風俗店が許されている世の中で、学のない風俗店勤めの少年が、個人売春をする少女を手助けすることが罪だとわからなくても責められないです。だってやってることほぼ同じだもの

 まぁ法治国家である以上建前は大事であり罪は罪なので、彼が罰を受けたことに異論はありませんが、同情の余地はあるでしょう。少なくとも痴漢とか強姦みたいな積極的性犯罪と同列には並べられません。

 



 兼近さんの話では、捕まって初めてそれが悪いことなんだと知った、ということでした。二十日間勾留され、同じく捕まっていたおじさんに字を教わりながら又吉さんのエッセイを読み、芸人という仕事に憧れを抱きその後上京に到ります。完全に小説のあらすじだった。映画化もしそうなぐらいドラマチックな生い立ちと理想的な更生ルート

 私がディレクターなら「兼近はいい奴だから」とか「たいした罪じゃないから」などというたわけた理由ではなく、「更生しており倫理的に問題いから」と堂々と表明して続投させます。流されやす世間イメージが気になるのはわかるけども、誰か一人ぐらいそういう気概倫理観を見せて欲しい。

 ただまぁ、元々ネタちゃんおもしろ人達ですから劇場はやっていけるみたいです。

 あと芸人仲間から擁護が物凄い。こんなに擁護されてる人初めて見た。一度だけ取材した先の店の店主とか一度だけ共演した人とかたまたまちょっと話した人とかまで擁護してて、兼近さんの人に好かれる力半端じゃないなと思いました。うん、いい子だものね……。

 兼近さんってよく『いい奴』『いい子』と言われますけど、それって普通に想像するような性格の良さじゃないんですよ。箍が外れてる。あれは正直正しくない域の優しさです。自分の身を守らないで愛を振りまいてるんですもの。そんなの聖人狂人しかないじゃないですか

 酔っぱらって道に倒れてた女性をベンチまで連れてって座らせてあげて、靴が脱げてたことに気づいて引き返して取ってきてあげていた、みたいなわかりやすい優しさエピでは伝わりきらないヤバさがある。

 私は長く彼を見てきたわけではない大変ライトファンなので詳しくはないんですが、それでも色々ファンの間で物議をかもした発言を存じております

 例えばEXITイベントチケット転売について「転売屋さんも生活があって頑張ってるから」とか、前述した「文春を買って読んでください」とか。

 転売への最終的な対策は『とにかく席を増やして価値を下げる』『とにかくサインを大量に書いて価値を下げる』になるあたり、人を規制するより自分が頑張ればいーやという思考が見て取れて、マジで……そういうとこ……。

 最たる『優し過ぎて怖い』エピソードは親との関係全部ですね。テレビではめちゃ美談にしてましたけど、あれ言ってないこと沢山ある。

 お母さんとはまだわかります子供が飢えてるのに見栄を気にしておばあちゃんに助けを求めるのを許さなかったとか、兼近さんが家に入れたお金恋人に使ってしまったとか、ちょいちょいどん引きエピはありますけども、子供四人をシングルマザーが育てるのは大変だったでしょうし、兼近さんもトイレの鍵を全部閉めるみたいな悪戯をしてよく学校に呼び出されていたらしいので「なんだかんだで育ててくれた」という感謝があるのかもしれません。

 でもお父さんは……なんだ? 早々に離婚して養育費も送らずクワガタに入れ上げてた人という印象しかない……。それで息子が芸人として人気になりそうになると現れて、ツイッターアカウント作ってEXITファンとやりとりしてほかの芸人さんとも絡んで特に悪びれもせずにこにこしてるのなんなんですかね。FBに「大ちゃんが稼いだ金を総取りできる日はいつくるのか?」とか書いてるのシャレにならん。

 大体の人はこの手の親とは自立したらあまり仲良くしたくないと思うんですが、兼近さんはなんのわだかまりもないような笑顔で仲良くしてるし一緒にテレビ出て決めポーズするし「マンション買ってあげたい」などと言うのでこちらの情緒が乱れきります。そういう感じだから一部ファンがお父さんをちやほやするんですよ……いいのかそれで。いいんだろうな。悟りでも開いてるのか?

 本当にね、この人保身という概念があるのか?と疑ってしまうぐらい無防備な部分が多くて、誰にも聞かれてないのに月給明かすし、住所明かして案の定侵入されて引っ越すはめになったのに引っ越し先の住所またうっかり言っちゃうし。

 今回文春に探られた過去本名じゃなければもうちょっと見つかり辛かったと思うんですよね……。相方さんは『りんたろー。』にしてて本人は自分のこと『かねち』って言ってるんだから芸名『かねち』でもいいじゃないですか? それを馬鹿正直に本名名乗って北海道に住んでたことも言っちゃって騒動前に「芸人にならなかったらなにしてた?」って聞かれたら「反社」って答えている……。

 でもそういう人だから私は彼が大好きだし、きっと彼の身近にいる人達もそうなんだと思います可愛いいたいけな子供で、かっこいい無鉄砲ヒーローで、冷めた賢明な苦労人で、明るく無邪気な道化者で、その全ての人格が危ういほどの優しさで統合されたのが兼近大樹。傍にいればいるほど好きにならずにはいられないんじゃないでしょうか。

 文春記事直後のりんたろー。さんの表明文凄かったものな。さすが常日頃からかねちは太陽だと主張してる人だ。兼近さんもなんだかんだいってりんたろーさんのこと凄く信頼してるように見えますし、youtubeでもちょいちょい二人の世界で笑い合っているのが微笑ましくて好きです。

 だからコンビ仲については心配してません。ファンはほぼ幻滅してませんし、劇場人気があるので収入も生きていけるぐらいには入ると思います

 でもテレビで彼らを見る機会は減るのかな、と思うと本当に残念でなりません。

 日本テレビ界とお笑い界の損失ですよ……あんなに優しくて明るくて平和人達、今後出てくるのだろうか。爽やか美形を出せばいいってものじゃないんだ……かねちはかねちじゃないと駄目なんですよ。

 彼の苦労ゆえの達観と優しさと儚さと人類愛が、機転の利く返しが、独特の豊かな感性が、セクシー系の女性に触れないようにする節度が、いかなる場でも怖気づかない度胸が、美しく華やかな容姿が、全てが好ましく最強でした。

 犯罪犯罪とも気づけない環境にいた少年が、あんなに明るく人を笑わせようとする人間になれたのは奇跡だし、その光をもっと輝かせて欲しかったです。

 これから騒動がどう動くかわかりませんが、どうか彼の誠実な魂に見合った素晴らしい結末を迎えられますようにと願ってやみません。



 (盛大に擁護しといてこんなこと書くのはなんですけど、芸人さんて「おもしろくていい奴ならええやんネタにしたるわ」みたいな芸人的身贔屓人情擁護することが多いのがちょっともやる。悪いことは悪いことなのでその辺でうやむやにするのはあまりよろしくはない……。

 あと兼近さん、自分の中で整理ができてても世間正義鉈をふるう曖昧模糊な思念集合体>には伝わってないから、真面目な落ち着いた文章動画説明したほうがいいですよ……文春とかインスタはやめて……)

2019-09-07

タイプ診断行ったけど無駄遣いだと思った

アラサー増田です。

タイトル通り、顔タイプ診断行ったけど無駄遣いだと感じたので備忘録がてら記録する。

フェイクあり。

◼️顔タイプ診断とは?

おおまかに言うと、顔のパーツの大きさやその配置で顔の系統を診断するもの

大人顔or子供

・直線or曲線

の4つが判断の軸。

フレッシュキュートフェミニンクールなど、8つのタイプに分けられる。

芸能人で言うと広末涼子フレッシュ白石麻衣フェミニン天海祐希クール

詳しくはググってもらえたら…説明が下手でごめん。

◼️顔タイプ診断を受けに行ったきっか

SNSで顔タイプ診断というものを知る。

今までパーソナルカラー診断、骨格診断は受けたことあり。

いずれの診断も満足感があったし、顔タイプ診断もきっとタメになると思い行ってみた。

◼️なぜ無駄遣いだと感じたか

本を読めば充分事足りる内容を、うすーくうすーく伸ばしてるだけだと思ったので。

増田が受けた診断の流れがこちら。

顔のパーツの大きさや位置を見て、診断士さんが独自計算シート?に数字を記入し

あなたの顔の系統は大体このあたり」と診断され

その系統に似合うアクセサリーの大きさ、柄などを見せてもらい

コーディネート写真増田顔写真をあてはめて、「どういう系統が似合うか」を見直す

おわり。

系統の断定も、似合うファッションアイテムも、本を読めば充分分かる。

診断士の育成をしてる人と、本を書いてる人が同じなので当たり前かもしれないけれど。

それにしても、パーソナルカラー診断の時と満足度がまるで違う。

パーソナルカラーはドレープが無いと診断が難しく、素人では判断が難しい。

それに、例え同じシーズンでもベストカラーは人によって全く違うので、「その人」に似合うものを知ることが出来る。

からこそ、納得も大きい(逆に、違和感があると大きなわだかまりが残る)。

一方、顔タイプ診断は「その人」ではなく「その系統の人」に似合うものを教えるに止まっている印象。

それなら、顔タイプ診断の本を買って、各系統ファッション自分の顔をコラージュして「これはしっくりくる」「これは違う」と見ていくので充分な気がする。

パーソナルカラーよりも、ファッション系統の向き不向きは気付きやすい。少なくとも、増田顔写真コラージュ自分に似合う系統がよく分かった。

◼️その他気になったこ

診断士さんが見せてくれる顔タイプチャート表に述べ百人弱の芸能写真が使われていた。肖像権問題は無いのだろうか?どうやら、顔タイプ診断のスクールが作った資料らしいが…。ご丁寧に、資料の下方に「コピー禁止」的文言記載されていたけれど。いやいや…。

・骨格診断をコケにしてる感が強い。今回増田がお世話になった診断士さんのみならず、他の顔タイプ診断士さんのブログにも「骨格診断ではイメージアップにはならない」といった旨の文言が目立つ。

かに、顔タイプ診断は骨格診断よりもズバッと人の印象を変えるかもしれないけれど。

でも、だからと言って既存の診断方法を下げるような言い方をしなくてもいいんじゃないかな…営業妨害みたいでなんかやだ。

診断士さんのセンスが少し古く感じられた。有り体に言うとダサい。いや、増田センスこそダサい説も濃厚だけどね!

ただ、アラフィフまつエクバサバサ×でかすぎるカラコンはトゥーマッチな気がした。髪型名古屋巻き?的なやつ。服は可愛くてオシャレだった!でも、顔まわりだけ10〜15年遡ってる。うーん…。

かに、極論おしゃれなんてその人の自己満足。好きなものを身につけるのは楽しい。とは言え、オシャレやセンスご飯食べるような人のセンス自分のそれと乖離してると、あまり信頼出来ないんだと痛感した。インスタで見る限り、その診断士さんはオシャレに見えたんたけどね…。

あくま個人的意見なので、「顔タイプ診断行ってよかった!」と思う人も大勢いると思うし、その感性批判する気は毛頭ない。

タイプ診断自体イマイチというより、診断士さんへの不信感も相乗効果としてあったと思う。

決して安い買い物ではない(増田は2時間の診断で3万円払った)ので、診断を受けるか迷ってる方はまずは本を読んでみて、それから診断を受けるか考えてみてもいいかな。

以上、長々失礼しました。

読んでくれた人ありがとう

2019-09-06

京アニに関するネット意見は誤っているが、おろかな日本人認識できない

http://samepa.hatenablog.com/entry/2019/09/06/013138

ひどい記事だ。

わだかまり本質京アニ犠牲者名前を出して儲けようとしている売名行為だといいたいからだ。

なんら怒りに正当性がない。

>> 久々に同書を一部読み返し、やはり京アニの件でも被害に遭った一人ひとりの作品への貢献や、人生があったことは忘れてしまいたくないとあらためて感じた。とはいえ今回難しいのは、京アニ側が主体的被害者の一律匿名化を求めている点だ。 <<

 ここでなぜ執拗京アニが一律匿名化を求めながら名前は出すのか。この矛盾点をきちんと考えていない。非常に愚かで知性がない。にも拘わらず自分が正しいと思い込んでいる。このブログある意味日本ネット民支離滅裂さをある程度網羅したという点で価値があり、ネットには価値がないということを語っているという点で価値がある。読み返すべきは報道の流れであって村上ではない。このため事実に即して語っていない。これもダメな点。自分に都合がいい解釈だけやるならだれもでウソが言える。こういうフェイクニュースのやり方が蔓延しており、ネットは救いがたい低劣さを呈している。

 結局は、メディア報道が気に入らないという以上の正当性が全くない。感情報道価値を決めているため言いがかりしかなっていない。最後挨拶を述べるのも自分犠牲者を利用して自分意見正当化しているという自覚が全く欠落している。

 本質的な問題点マスコミには全くない。問題点はこのようなブログ記事正当性があると思うネット民にある。京アニのような企業には何の責任もないという思い込みがある。警察対応にも疑問を抱かないのも視点の欠落がある。なので報道に対する意見として無意味だ。被害者に寄り添う報道などは意味がない。なにをもって寄り添うのか定義がない。

 権力に対して中立であること、客観的かつ正確に報道すること、それ以外に価値はない。それを求めたらネット民意見と完全にバッティングしてもそれが中立報道だということになる。マスコミあなたの注文にこたえるレストランではない。

 犠牲者に名を借りた匿名IDに阿った報道をしなければならないのか、それで何を隠蔽しているのか。(今回もネット民は明らかに隠蔽に加担している)なぜそれに共感するのか、なぜそのような共感が正しいのか、なんら根拠がない。

 それでネット全体としては報道が役に立たないとか報道しない自由とか別のところで言うのだから全体としては矛盾している。また匿名だとウソ名前を流したり、事実ではないことを流通させたりしているではないかイエロージャーナリズムと同じだ。

 もし自分犠牲者なら何が問題なのか報道してほしい。この記事も書いた人間もそうだろう。でも匿名化に縛られる。だが遺族は犠牲者本人ではない。でもそういう自分が利用ができない犠牲者の声は無視したり攻撃したりする。そういうネット本質はもう嫌というほど見てきてネットには価値がないとしか言いようがない。むしろ客観的に見てネット意見社会問題本質から目をそらすようになってきており、非常に有害になってきている。

 少しは自分はーではなく、ネット全体で何をやっているのか考えた方がいい。日本人のネット民に怒る権利はない。マスコミを責める正当性もない。だがそんなことすら考えもせず役に立たない反応しかできない。文章を読んでいない。なので自分たちの誤りを認識できない。それが今の日本ネット民問題だ。お前らはきれいじゃない。理性的でも道徳的でもない。非常に失礼で幼稚で無責任だ。

2019-09-05

離婚おめでとう

大学の同期が離婚した。

正直、ほっとした。

結婚式のご祝儀に2万しかつつまなかった。

ほかの同期の結婚式には3万つつんだ。

なぜかって?

電車で4時間位置の俺に二次会幹事を頼んだからだ。

打ち合わせだビンゴの景品だとかで3回現地に行った。

もっと近い同期もいたのに、だ。

から2万でいいやって思ったけど

から他には3万つつんだわけだから

狭い心で金額減らしたこともやもや

他の同期に「あいつだけ2万(笑)」とか言ってたんじゃないかとか。

言うわけないのにね。

離婚したこと

勝手に抱いてたわだかまり

勝手に溶けた。

離婚、おめでとう。

2019-08-15

自分でも予想外だった精神ダメージというと

ぼろい一軒家を相続して、建て替えたときに思わぬダメージがあったな

実家田舎と都会の中間くらいのところにあって、中古で買ったらしく最初見たときからそこそこ使いこまれてたような記憶がある

俺は10代半ばから20代半ばくらいまでそこに住んで、その後東京に出て一人暮らしをし、以後実家には戻っていなかった

相続というので分かる通り親が死んでそれが俺の物になり、色々考えた結果地元転職、家は建て替えることにした

元の家に住んでいた期間はそれほど長くはないし(子供の頃の尺度で言えば十分長いが)、親とも正直折り合いがあまり良くなく

しろ親の生活の跡が残る家には住みたくなかったので、建て替えにはかなり前向きな気持ちで臨んでいた

 

だが、いざ家具等を運び出し、いよいよ来週にはぶっ壊し始めるというタイミング

最後ちょっとした荷物を回収するために古い家に行って、ついでに一通り見て回っていたら、何だか無性に涙が出てきた

特に、昔飼っていた猫がよく入り込んでいた隙間などが、家具撤去により消えてしまたことが辛かった

この家を壊したらもうあの猫がいた場所は完全に消えてしまうんだと思うとたまらなくなって、誰もいないのをいいことに声を上げてオイオイ泣いた

 

一通り泣いたら落ち着いたので、直前で話をひっくり返して方々に迷惑をかけるような真似はせずに済んだし

古い家を壊して建てた新しい家は気に入っているので、まあ結果に不満は全然ない

予想外のことではあったが、あれはちゃんと泣いておいたのがきっと良かったなと思っている

そうでなかったら、自分でもよく分からないわだかまりを、ずっと抱え続けることになっていたかもしれない

2019-07-28

どうしても許せない言葉を言われた

親に言われたわけだが。

から親の言葉の軽さ、口論になり感情が高ぶるとかんたんに罵詈雑言を人に浴びせるところが嫌いだった。

そして、感情が落ち着くとへらへら薄笑いを浮かべながら「ごめんね~…でも、(以下、『お前があんな事言うから=言わせたお前が悪い』という要旨の言い訳が続く)」

と軽く謝ってくるのがもっと嫌いだった。

自分価値観ではそれは謝罪ではないし、本気で悪いと思っている人間言葉ではない。

本当に自分が悪いと思っている人間は『ただ謝る』だけではないのか。

そしてそれを受け入れるかどうか、許すかどうかは謝罪を受けた人間裁量であり、許せなかったとしても仕方がない。

それを「謝ってるのになぜ許さないのか」「家族なんだから許せ」と謝っている本人が憤るのは筋が違うのでは、と思う。

今回、『言うからには相手と絶縁する覚悟で言うべき』と自分には思える罵詈雑言を浴びせられた。

(具体的には『お前は犬畜生以下だ』と言われた)

その言葉だけはどんな理由があっても言うべき言葉ではないし、どうしても許せないと思ったので、

翌日、案の定へらへらと薄笑いを浮かべて『ごめんね~でも…』と形だけ謝ってきた親に対して

『謝られても許せない、自分にとってはそのレベル言葉から』と言ったら、

てっきり許されると思ってたのか、またつらつらと言い訳を連ね、

挙句『許せないならどうするんだ』『家族ならどんな失言暴言があっても謝ったら許すべきなのに』『哀しい』と自己弁護を繰り広げてきた。

どうするのかなんてこっちが教えてほしい。許せるものなら許したいが、尊厳を踏みにじる言葉を言われて許せずに苦しんでるのはこちらなのに。

から何度言っても何度伝えても、親とは言葉に対する考えかたが違いすぎて、全く価値観が噛み合わなくて苦しい。

全くこちらの主張を理解してもらえず、自然化け物を見るような目で親を見てしまう。

それが気に入らないらしくて『どうしてそんな目で見るのか』と、『哀しい』と捨て台詞を吐いて、謝罪に来たと言いながら自分の傷をしっかり強調して帰っていく。

老いた親に対して取るべき態度ではないのかもしれないが、だが、言われた言葉を思い出せば怒りと失望が沸き起こり、とても許せそうにない。

せめてしばらく時間を置いてほしいのに、『謝ったんだからさあすぐに許せ、許せないなんてこちらが傷ついた、哀しい』という親の態度にまたどうしようもない気持ちになる。

他人だったらこんな人間とは絶縁できるし二度と近づかないで済ませられるのに。

親とは死ぬまで互いにわかりあえないことは確定だし、言われた言葉はずっとわだかまりとなって燻り続けるだろう。

親なんて他人からそれも仕方ないとわかってる(親からすると『親子でも他人』という価値観も受け入れられないらしい)が、それでも付き合っていかなければいけないのがしんどい

諦めはある程度ついてきているけれど、まだ親に何か(理解)を期待しているのかもしれない。

毒親もつ他の人々はどうやってこういう気持ちと折り合っていくのだろうか、よければ教えてほしい。


追記

トラバの返信の仕方がよくわからないので追記で御礼。

トラバしてアドバイスくれた人ありがとう。正直『うんち』って言われるだけだろうなって思って吐き出したから、マジレスもらえて嬉しかった。

>親なんて基本クソ~

あとから、『オレが犬畜生以下ならてめえは犬のクソ以下だ!』って言ってやればよかったなって思った(笑)。言われた時は頭が真っ白になって、『そっか、犬以下か…』としか返せなかったのが悔やまれる。

段々、ああ自分はあの言葉にめちゃくちゃ傷ついたんだなってわかってきて怒りが湧いてきた。でもそれを言ったら親と同列になるから言わなくて正解だしこれからも言わないだろう。

増田以外にもことこまかに日記

色々とあるんだけど、書いて突きつけたところで親は『そんなこと覚えてない』『そんなつもりで言ったんじゃない』って言って終わるんだろうと思うし、

それでまた失望するのも疲れるし、読み返すたびに怒りが戻ってくるだろうからこっちがしんどいなって思ってしまうんだ。怒りの感情を持続するってきついな。

増田自身、親の影響を~

言いたいことはわかるし、自分にも頑なな部分があると思う。

相手価値観絶対に間違ってるなんて断罪はしないし、自分絶対に正しいとも思っていないけど、

『それは自分価値観では許せない』って線引きは誰にでもあると思うし、親にだってあって当然だと思う。

『それは自分には許せない』って自分なりの倫理基準を持つことは普通なんじゃないかって思うんだけどな…相手の全てを許して受け入れることはできないよ。聖人じゃないし。

親じゃなきゃFOでさくっと終わるんだけど。ただせめて、『自分相手にとって許しがたいことを言ったんだ』って自覚くらいは持ってほしいなってさ…

自分の『(親を)許せそうにない』って言葉は、親からすれば『許せない言葉』なのかもしれないって自覚はあるよ。

ところで、増田は『犬畜生以下』って言われても『ごめんね☆』で許せるのか? 心広いな…菩薩か。

距離を置くように~

中島み○き降臨…!!

自分にしても、いつまでもずっと怒りを持続することはできないから、そのうち許す(ふりをする)んだろうと思う。

増田も色々あったんだろうな、お疲れ様。今は平穏なら何よりだ。

2019-07-25

亡き父は晩年なぜブクマカになってしまったのか

 元号が令和から変わって間もなく、父がこの世を去った。映画小説の中の「息子」のように父の死を哀しめない自分がいる。そんな自分に対して人として何か欠けたものモヤモヤ感じつつ2度目の月命日を迎えたころ、わだかまり輪郭がくっきりと浮き彫りになってきた。

 晩節の父は、どうしてはてなに染まってしまったのだろうか? 

 遺品整理として父のノートパソコンの中を覗くのは、大きな心理的苦痛を伴う。ブラウザトップに出てくるはてなブックマーク。偏向を通り越してまず「トンデモレベルはてブの数々。生前の父は立ち歩けなくなる直前まで地域福祉住民ネットワーク作りに奔走していたが、デスクトップにはそうした業務ファイルに交じって、ファイル名そのものが「睡運瞑菜」とされたエクセルデータがあり、中身は有名ブクマカブコメリストだった。

 はじめは、あれ?という違和感程度だったように思う。

 久々に帰った実家で、几帳面に整理された父の書斎デスクや枕元に何げなく置かれた「増田」のプリントアウトの数々。その頃は、相変わらず知的好奇心の幅が広い男だなと思った程度だったのだ。父はとにかく多方面好奇心を示す人物だったし、退職しても即座に語学留学するような向学心の塊だったからだ。

 病院にいると、「パンティー」とつぶやく。「ゴミを貼るな」と、誰に向かうでもなく言う。JKに向けての露骨性癖を口にする父に、言葉を失った。元増田なんて言葉を使う時点でどんなコンテンツに触れているかがわかるし、あたかもそれが誰にでも通じる共通言語かのように語る時点で、閉鎖的なコミュニティの中で父が常識を失っていることを感じた。

 そうした父の言葉のすべてを、僕は黙ってスルーした。

 貪欲な向学心を持ち、時代の波にそれなりに揉まれ10年ぐらい同じスレッド書き込み続けて吉野家牛丼を選んだ、どこにでもいるオヤジだった父を想う。

 こんな形で彼を失ったことを、息子はいま、初めて哀しく悔しく感じている。

それほど遠くない未来、こんなことを書かれるんだろうなあ。

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