はてなキーワード: 罹患とは
私自身もStable DiffusionやRVCに触れてみてその技術力の高さに驚いた
ディープフェイクや著作権等、ここで敢えて語る必要もないほど世間を賑わせている。
もあるのだが、AIだからと言う理由で嫌悪感や異常なほどの拒否反応を示している人も多い。
特に酷いのは、手書きで美麗な絵をTwitter上げると「これはAIですか?」とリプする人間もいたりと、存在してないAIに関しても拒否反応が出てしまう。
AIに対して拒否反応を示している人は何が問題点なのか言語化出来るのだろうか。著作権が問題なのであればYou Tubeに蔓延る違法転載の方がより問題では?自分が使用しているアイコンやヘッダーは転載ではないのか?結局は自分の裁量で良し悪しを判断して突撃しているにすぎない。
新しい技術が出来ると一定数のアレルギー罹患の方が増えていくのは仕方ないことなのだ。
打ち込み音源が出たときは「生音より温かみがない」だの「こんなの音楽ではない」だのと。
そして今はそれを発言しやすい世の中になってしまいアレルギーの方々が纏まり自らをマジョリティだと思ってしまっている
違う
それが、田舎の高校(井戸)を出て東大京大(大海)に入ると、自分に特殊性は存在せず、その辺の凡愚と変わらんことに気付いてしまう
誰からも理解されない事すらも、自身の特殊性を強化する材料となる
だって、折角左翼に罹患して自身に特殊性を見出したのに、それすらも幻想だったなんて、認められるわけがないだろ
そういう類のものであるから、サブカル系の言論畑、アーティストに罹患者が多い
左翼の方がよほど「目覚め」てるよ
右翼のアレコレには陰謀論だのQアノンだのとラベルが付けられるが
左翼のアレコレにはつかないだろ?
それは、左翼の人らは愚民が騙されてるという「真実()」に触れたときに、「ボクハチガウ」ところっと転がるからよ
鏡見ろって話よ
ネトウヨが増えてる?
違う違う
左翼が先鋭化してるんだよ
罹患しても起こってそうだけどね
1年前:「かゆうま」みたいなノリで匿名日記を書くサイト作って2年が経った
去年の投稿で「来年の今頃はマスク着けないがスタンダードになっているかもしれない」と書いていたが、3月13日からマスク着用ルールが緩和され、街中ではノーマスクの人が増えてきた。
2022年10月には水際対策も緩和され、外国人旅行者もよく見かけるようになった。(なんなら月2,3回くらいは道を聞かれるようになった)
5月8日にはいよいよコロナの扱いがインフルエンザなどと同じ「5類」に移行するとのこと。
自分はこの時季はまだ花粉症があるのと、正直直近1ヶ月でまた感染者数が増えてきており、周囲でも4月に罹患した人がいたなどもあり、マスクを付けておいたほうがよさそうと思い付けているが、今後は付けない人が増えていくのだろう。
サイト的には、2022年8月末、サイトを乗せてるサーバーだったHerokuが11月末で無償プランが廃止することが発表され、サーバー引っ越しをした。
一瞬、これまで無償でお世話になってきたし、素直にHerokuの有償プランに切り替えることを考えていた。
しかし、9月入った頃に1ドル140円を突破して、「これ1ドル200円近くまでいくのでは!?」という勢いだったので、ドル払いのHerokuは厳しいなと思い引っ越しを決意。
さくらVPS、10年くらい前に使ったときは利用開始まで1,2週間待つ必要があったり、管理画面も使いづらかった記憶だった。
それがネットから申し込んだら即使えるし、管理画面からワンクリックで初期設定できたり管理画面からセキュリティ設定できたりと便利になってた。
というのも元々HerokuのURLをそのまま使っていたのだが、Herokuから引っ越しをするので独自ドメインを取得する必要が出てしまったのだ。
最初は covid19-kayuuma.com あたりにしようと思ったけど、なんかスッキリわかりやすい名前にするのも違う気がした。
いろいろ考えてた結果、 enigmatic-brushlands-82725-herokuapp.com を取得した。
旧URLが enigmatic-brushlands-82725.herokuapp.com で、.herokuapp を -herokuapp に変えた。
怪しさ満点のいいドメインが取れた。
正直「URL変更で日誌を書き込む人・読む人も減ってしまうかな…」と懸念していたが、引越し後も変わらず書いてくれる人・読みにきてくれる人がいて本当に感謝です。
「仕事でもないのにサーバー引っ越しで頭悩ませたり、毎月サーバー代払うって、そのモチベーションはどこから来てるの?」
と聞かれた。
たぶん広告貼ったり、ほしいものリストを作って載せるとかが面倒というのが一番大きい。
「それでいい、楽しいから」――7万人の町「GREE」を一人で作ってる会社員:ITは、いま - ITmedia NEWS
https://www.itmedia.co.jp/news/spv/0407/30/news006.html
GREEがまだ会社になる前の、個人サイトだった頃の田中良和さんのインタビューだ。
など名言の宝庫だ。
「趣味でインターネットサービス作る人がいていいじゃない」
と言い続けられたらいいなという思いがモチベーションなんだろうなと思った。
記事最後の田中さんの笑顔が好きで、自分もこんな笑顔でサイトを続けていけたらと思う。
COVID-19流行下の日々を集団で記録する日誌 https://enigmatic-brushlands-82725-herokuapp.com/
3年前:「かゆうま」みたいなノリで匿名日記を書くサイト作った
コロナ禍になる前からテレワーク・リモートワークの仕組みを作ろうって話を提案し続けた。これはうちに介護が必要な弟がいて、どんどん状態が悪くなってる事もあったんだが。
一部が通って、実験をスタートさせるも予算つけて貰えない。業務の合間でやれということで、自分で勉強してオープンでシステムを研究していた。
そこで、コロナ禍になる。コロナ禍になったら、今度はまだ完成してないのかと謎の反発になるも、予算が出て、一気に構築した。とは言ってもモダンなものではない。単なるVPNだが、地域IP網の折り返し通信を使うとかでかなり低コストで快適な仕組みになったと自負している。
が、ITシステム担当はシステムが動かなかった時にフォローが必要であるという謎の理由で出社強制、コロナ禍でもテレワークが許可される事はなかった。
そうこうしているうちに、弟がデイでコロナをもらってきて、俺も含めて罹患。親と弟は入院、俺は自宅待機となってようやくテレワークを使ってもよいことになったが、一時的なもので、出社に切り替えられる。
親は1カ月ほどで退院できたが、弟はリハビリが必要になり、一年かかってようやく退院。
より重い介護が必要になる状態になってしまうが、施設での受け入れ先がない。
退院にあたってテレワーク申請、介護休暇をちらつかせてようやく許可を取って、週3日テレワークでやっていたが
先日、全社で無条件出社の御触れがでた。
もう付き合ってられるかと言う気持ち。
転職活動したら、在宅中心、週1出勤、年収2割UPの条件で内定出たのでもう辞めるところ。
それでも、GWを返上して、有休消化期間もとらずに引き継ぎしている俺は愚か者である。
もう自分自身にも付き合ってられない。
めちゃくちゃしんどい。
風邪すらひかない超健康体だから38.6から下がらないとめちゃくちゃしんどい。
副反応の比じゃない。
病院やってないから市販の解熱剤飲んだけど3回飲んでも38.1以下にならない。
呼吸浅いし手痺れるし節々ゾワゾワするし、咳止まらなくて喉痛いし、食べ物一切受け付けないし
今まで頑張ってたのにな…
とりあえず治すわ。
みんなも気をつけて
そこそこ良い大学出てて、それなりの客観力は持ち合わせてるだろうと思ったら、本当に自分のことだけ棚に上げる人いて驚いたの思い出した
あと心の病に罹患歴のある方だった
アラフィフの自分はタイのドラマにハマっている。俳優のファンミーティングなどのイベントに参加すると、ギブアウェイという、ちょっとしたものをファン同士が交換したり、プレゼントをする文化がある。寡聞にして存ぜずK-popから流入した文化らしいのだが、出会うタイドラマファンの年齢層は同世代か少し上であることが多いためか気になることがある。
ギブアウェイはお菓子だったり自作のグッズだったり様々なのだが、貰ったものは全て捨てていることを告白する。
お菓子は、包み紙に俳優の写真が入ったチロルチョコであったり、数種類のお菓子を小分けにラッピングされたりしているのだが、衛生管理してない人が触ったと思うと食べる気がしない。コロナに罹患した時に辛すぎたので、口にいれるものは敏感になりすぎてるせいかもしれないが、飴やチョコなど開けて舐めて戻してもわからない包装のものもあり、より分けるのが面倒で全て捨てている。
自作のグッズは、前述のチロルチョコやポストカードやキーホルダーなど様々なのだが、ほとんどが著作権を考慮していないので所持していたくなくて捨てている。スタイリストが関わった衣装や、デザイナーが関わったロゴや、商標登録している文言を使わず、自分でイラストを描いたポストカードを自宅で印刷するならまだ良いが、より分けるのが面倒で全て捨てている。
他人の権利に抵触しているものを貰うたびに苦々しい気持ちになるが、イベントは楽しむためにお金を払って参加しているので極力面倒を起こさないために断ったり注意はせず頂く時は普通に貰ってはいる。話しかけるきっかけとしてのギブアウェイだと思うが、むしろモラルに欠ける人なのだと判断材料になってしまっているのが本音だ。
このエントリーを読んで自作グッズの境界線に不安を覚える人は、もうギブアウェイは作らない方が会話がはずむ人数は増えるかと思う。これは自戒だが問題があったとしても私たちの年代を相手にその場で丁寧に注意したり教えてくれる人はおらず、曖昧に微笑んで去っていかれるのだ。
3ヶ月前のある日、職場のエレベーターに乗っている最中ひどい貧血と立ちくらみ、吐き気に襲われた。昼休みだったためしばらくオフィスの椅子で休んでいると20分ほどして回復した。
その日の帰りに、2ヶ月前にも一度仕事帰りに貧血と立ちくらみ、吐き気に襲われたことに気がついた。
色々ネットで調べていたところ、大腸がんの症状が自分に当てはまった。
自分の症状
・二週間に一度のペースで下痢気味になることがある。特に週末。
・体重減少。社会人になって、一人暮らしを始めて食事がお粗末になったことがきっかけだと勝手に思い込んでいた。
・お腹のはり。
・頻繁なゲップや屁。
そして先述の貧血と立ちくらみである。血便はないが全ての患者に現れるわけではないそうだ。
年齢、血の繋がった家族や親戚にガン罹患者がいないことなどから最初は信じられなかったが、大腸ガンについて色々調べていると日本を含む世界中で二十代や三十代の大腸ガンが脅威的なほど急増していることを知った。
しかし、もし進行していたらと考えたらいけなくなってしまった。病院のベッドに縛り付けられ、腹を切り開かれ、その後効くのかどうかもわからない抗がん剤(抗がん剤を毒物と呼んで使用禁止を呼びかける医師がいることも知った)を投与されボロボロになって死ぬ。担当医は高級キャバクラで俺が死んだことを電話で聞かされ「あーそう。死んだか。はいはい。忙しいから後でね」と電話を切って再び女の子を口説き始めるんだろう。
仮に進行していなかったとしても、退院後一生再発の恐怖に怯えながら生きることになる。
また病院のベッドで弱っている俺を女手一つで育ててくれた母に見せたくない。
そう考えた結果、「もうあと一瞬で死ぬ」という所まで放置することに決めた。これから段々症状の悪化や痛みに苦しむのかもしれないが、俺が耐えれば良いだけだ。
「倒れたと思ったら、すぐに死んだ」
その方が母の心の傷も悲しみも少ないかもしれない。
大腸ガンが発覚するまでは「これから先も毎日仕事して、彼女ができて、結婚して、子供が産まれて、あっという間に年取るんだろうなあ」なんて考えていた。しかし現実は違った。俺は年を取る間もなく死ぬ。
高校生の頃に精神疾患に罹患して、半ば不登校になりながら卒業した。卒業後は典型的な鬱病ニートのような生活をしていたが、2浪の年に英語と国語だけで受験できる学部を受けてみたら運良く合格してしまった。けれども、もとからそれほど興味のある分野ではないのに世間体のために進学したことと、必修の少人数制の授業が荒れていることが相まって次第に大学に足が向かなくなった。
以前から社会心理学や動物行動学(とりわけ群れを形成する哺乳類に関するもの)、進化心理学などに興味があり、それに関連する分野を学べる国公立大学を来年受験したいと思っているのだが、大学受験の勉強をした経験がほぼないので何から始めたら良いのかわからない。
以下のように愚痴を垂れ流し、人生に疲れてしまった人を励ますにはどうすればいいでしょうか?
もういいやって思った。
もういいやって思った。
自分の答えが欲しくて大学院まで行った。なんとか生きていく意味を見つけたと思ったのもつかの間、うつ病を罹患してしまった。
けれどもよく考えれば、うつ病に罹らなくても、仕事は辞めていただろうと思う。ずっと昔から、働くことなんてクソだと思っていたし、案の定、クソそのものだった。
よく社会不適合者という言葉を聞くが、真に差し迫った社会不適合者というのは、子どももいるのにまともに働くことができず、つまりは、守るものがあるのに自分の力の無さのせいで仕事を続けることができないというのが、それだ。
うつ病は、治ったと思った。クリニックに通院してはいるが、およそ二年間事務のアルバイトを続けることができた。しかし今、辞めそうになっている。正社員になろうという話しを持ちかけられ、それを承諾してしまった。結果、責任のある業務が増え、後輩ができ、辛いと感じることが増えた。
仕事を辞めようにも、今年で30歳になる。転職歴は5回ほどある。どれも、数ヶ月働いては辞めてを繰り返していた。今の職場を辞めてしまえば、もう障害者雇用くらいしか残されていないだろう。
ただ今がつらいということだけで、逃げてしまっていいのだろうか。そのうち、つらい気持ちはなくなるだろうか。逃げ癖がついてしまっているから、逃げて逃げて逃げて、その結果が今だ。また繰り返してしまっていいのだろうか。向こう何十年、耐えるにはあまりにも苦しすぎる。
就職のタイミングで子どもを授かった。こんな人間が家庭を持ったのだから、最悪な結果しか招かない。自分のことで精一杯なのに、子どもを育てられるわけがなかった。もう4歳にもなる息子には、申し訳ない気持ちしかない。できることはしたいが、できることがあまりに少なすぎる。
息子には本当に幸せになってほしい。元嫁さんにも。
こんな奴を夫にしてしまったことを後悔しているだろう。本当に申し訳ない。自分の腕で幸せにできなかったことが、虚しくてたまらない。
そして今、過去を思い出して悲しくなった。青春は青春らしい、ちゃんとした青春だった。もうあそこには戻れない。あの淡い、駆け抜けるような熱情に包まれた生は、もう戻ってこない。
ずっと若いままで居られると思っていた。いつまでも子どものままでいたかった。大人になんてなりたくなかった。さらには、うつ病になってからは記憶が曖昧で、気づけば5年ほども経過している。自分はあの頃から、同じ場所で足踏みしているだけだった。心も身体も、何ひとつ進歩していない事実のせいで、現実とのバランスが保てない。
やりたいことはある。やってみたいことが、けれど、生きていくために割かなければならない時間と心が、気持ちを前向きにはさせてくれない。
何にも煩わされず、喧騒に晒されず、生きていきたかった。楽しいことよりも辛いことのほうが多い。もう疲れた。
そんなわけだから、もういいや。
最後に海を見にいこう。
まず、相手の気持ちを受け止め、共感することが大切です。その後、以下のようなアドバイスをすると良いでしょう。
1. 一歩ずつ前進することを目指すことが大切です。
まずは、今の仕事について、自分がどのように感じているのか、将来のビジョンについて自分自身に問いかけることが必要です。
自分自身が行きたい方向性を見つけたら、自分ができることを小さなステップに分けて進んでいくことが大切です。
一歩ずつ進めば、必ず前進しているという実感が得られ、少しずつ自信を取り戻すことができます。
2. 自分の強みを見つけることも大切です。
自分が得意なこと、好きなこと、自分が他人に貢献できることを探すことが必要です。
うつ病や精神的な問題を抱える場合は、専門家のアドバイスを受けることが有効です。
また、就職についても、キャリアカウンセリングや転職支援サービスを利用することで、自分自身が行きたい道を見つけることができます。
今までの経験を活かし、これからの人生を前向きに考えることが大切です。
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ChatGPTは大量の文章をデータとして学習して、その中から文章の断片をピックアップして、もっともらしい文章を出力するように作られているんですよね?
回答の文章は、文法が間違っているわけじゃないのでおかしくはないけど、内容が食い足りないというがいまいちに感じました。
この感想文をChatGPTにぶち込んでみたら、以下のような返答が来ました。
はい、ChatGPTは大量の文章をデータとして学習して、その中から最も適切な次の単語や文章を予測することで文章を生成しています。
そのため、回答の文章は文法的には正しいものの、質や内容が十分でない場合があります。
もういいやって思った。
もういいやって思った。
自分の答えが欲しくて大学院まで行った。なんとか生きていく意味を見つけたと思ったのもつかの間、うつ病を罹患してしまった。
けれどもよく考えれば、うつ病に罹らなくても、仕事は辞めていただろうと思う。ずっと昔から、働くことなんてクソだと思っていたし、案の定、クソそのものだった。
よく社会不適合者という言葉を聞くが、真に差し迫った社会不適合者というのは、子どももいるのにまともに働くことができず、つまりは、守るものがあるのに自分の力の無さのせいで仕事を続けることができないというのが、それだ。
うつ病は、治ったと思った。クリニックに通院してはいるが、およそ二年間事務のアルバイトを続けることができた。しかし今、辞めそうになっている。正社員になろうという話しを持ちかけられ、それを承諾してしまった。結果、責任のある業務が増え、後輩ができ、辛いと感じることが増えた。
仕事を辞めようにも、今年で30歳になる。転職歴は5回ほどある。どれも、数ヶ月働いては辞めてを繰り返していた。今の職場を辞めてしまえば、もう障害者雇用くらいしか残されていないだろう。
ただ今がつらいということだけで、逃げてしまっていいのだろうか。そのうち、つらい気持ちはなくなるだろうか。逃げ癖がついてしまっているから、逃げて逃げて逃げて、その結果が今だ。また繰り返してしまっていいのだろうか。向こう何十年、耐えるにはあまりにも苦しすぎる。
就職のタイミングで子どもを授かった。こんな人間が家庭を持ったのだから、最悪な結果しか招かない。自分のことで精一杯なのに、子どもを育てられるわけがなかった。もう4歳にもなる息子には、申し訳ない気持ちしかない。できることはしたいが、できることがあまりに少なすぎる。
息子には本当に幸せになってほしい。元嫁さんにも。
こんな奴を夫にしてしまったことを後悔しているだろう。本当に申し訳ない。自分の腕で幸せにできなかったことが、虚しくてたまらない。
そして今、過去を思い出して悲しくなった。青春は青春らしい、ちゃんとした青春だった。もうあそこには戻れない。あの淡い、駆け抜けるような熱情に包まれた生は、もう戻ってこない。
ずっと若いままで居られると思っていた。いつまでも子どものままでいたかった。大人になんてなりたくなかった。さらには、うつ病になってからは記憶が曖昧で、気づけば5年ほども経過している。自分はあの頃から、同じ場所で足踏みしているだけだった。心も身体も、何ひとつ進歩していない事実のせいで、現実とのバランスが保てない。
やりたいことはある。やってみたいことが、けれど、生きていくために割かなければならない時間と心が、気持ちを前向きにはさせてくれない。
何にも煩わされず、喧騒に晒されず、生きていきたかった。楽しいことよりも辛いことのほうが多い。もう疲れた。
そんなわけだから、もういいや。
最後に海を見にいこう。