「非実在」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 非実在とは

2018-05-14

陰湿な女社会」とかい都市伝説

女として長年生きてきたけど、「女社会陰湿な部分」を現実に見た記憶がない。友人に聞いても遭遇したという人は居ない。ネットまとめサイトや、テレビで中高年男性が「陰湿女性」の噂をしているだけ。

非実在女性実在するかのように語っているか男性へのサービスとして、男性が望む叩きやすいカタチの「女性」を演じる人が居るとしか思えない。

anond:20180514220111

2018-05-10

anond:20180510214316

普段非実在実在区別をつけろといっている側が何故実在を混ぜてんの?

2018-05-04

1+1+1は2だと思う

Vtuberの登場で、やっぱり顔はいいに越したことはない、って証明されたよね」

 わたしたちコメダ珈琲新宿御苑前店で一服していた。いとうは爪で髪を掻きつつ続けた。

ドゥルーズは『千のプラトー』で顔は記号だけど同時に身体でもあるから政治的ものだ、って言ったわけじゃない? で、顔の美醜を問うのはポリティカルインコレクトだってことになった。けどこれは、まさに悪しき民主主義だよね。アリストテレスは『二コマコス倫理学』で、少なくとも顔の醜くないことを幸福の条件に挙げてるけど、古代ギリシャから現代までに民主主義記号化してるんだよね」

 他人がきけば白眼視するようなことを言う。そうした話ができるだけの知性を見積もられていることは心地いいが、いつもわたしがきき役だ。

 いとうは神経質そうな険のある顔をしているが、ひとによっては美人とみるだろう。わたし彼女の顔をみるたび、坂口安吾の『白痴』に書かれている、狂人の「風采堂々たる好男子で……常に万巻の読書疲れたような憂わしげな顔をしている」という描写を思い出す。

「ひとの顔をじっとみないでよ。たいぼくちゃん、繊細そうにみえて、そういうところ図太いよね」

 いとうは愁眉を寄せた。

「――お待たせ」

 倫理わたしたちに声をかける。黒のカットソーで、シースルーレースが首周りから両腕を覆う洒落た服だ。それを着こなすだけの顔立ちをしていた。アップにした髪型が、服と調和している。彼女ほど顔立ちが整っていると、髪はまとめた方が素の魅力を出せていいのだろう。

 倫理をみると、ときどき冷たくて薄い靄のような感情かられる。

「遅い」

「ごめん。バルトで『ラブレス』みてた」

セックスするとネコミミのとれるマンガ? 女子ゼロいいよね」

 わたしがいうと、倫理は苦笑した。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作。失踪した息子を探す離婚協定中の両親のはなし。郊外舞台なんだけど、途中から延々と廃墟の場面になって、それがいいんだ」

証券って忙しい?」

 いとうが尋ねる。遅刻への当てこすりではなく、ただ気になっただけだろう。

営業そうかもしれないけど、ディーリングは定休が決まってるからそうでもないよ。うちは外資リテール部門がないしね」

 待っているあいだ、何をはなしていたか尋ねられる。いとうが説明すると、倫理は笑った。

「たしかにダナ・ハラウェイのサイボーグフェミニズムはそういう論旨だね。ただそこまでいくと、むしろチャンの『顔の美醜について』みたいに、みる側の感情操作する方が自然な気もするな。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の〈情調オルガン〉みたいにね」

 倫理はいとうのはなしをすぐ理解して、気の利いた返しをした。そのことに体内が熱くなるような感覚をおぼえた。

 店を出て、新宿御苑沿いに新宿駅に向けて歩く。二人が話しているため、わたしはその後ろをついていく形になった。他意はないとわかっていても疎外感をおぼえる。

「でも、Vtuberアンドロイドでもただのキャラクターでもないでしょ。だからナマモノと同じようにあつかわなきゃいけないわけだし」

 そう口を挟む。いとうは歩きつつふり向いた。

カントは『純粋理性批判』で対象物自体として存在していて、人間はそれを超越論的主観性において認識するのみだといった。で、ハイデガーは『存在と時間』で、そうした直観主観性にすぎないと批判して、現象学でもって実存存在者を存在させると定義しなおした。存在論的にいえば、ヴァーチャルYouTuberという架空人格存在する、あるいは存在しないというどちらの立場も幼稚すぎる。他人人格ですら、無条件に存在するとはいえないんだから。まあ、未成熟なひとは自分理想像を押しつけることで、他人人格所与のものとしてあつかうけどね。そういうひとが勝手に本人を代弁して、ナマモノダメだとか言いだすわけ」

常識範疇なら、そういう代弁もいいと思うけどね。二次エロとか。ただ本人がナマモノを解禁してるのに頑なにナマモノ禁止するひととかは、そういう主観論に陥ってるんだろうね」

「だからVtuberについていえば、Vtuberとしてした百合営業に〈中の人〉が触発されて、それがまたVtuberとしての百合営業につながるというような、循環的な重層性があるわけじゃない。実在非実在二元論じゃないでしょ。ウンベルト・エーコの『ヌメロ・ゼロ』もそういうことを主題にしてるわけでしょ? 『存在と時間』では記号をただ指示するものでなく、それ自体がもろもろの記号構造を暗示するものとしているけどね。でも、常識範疇ってなに?」

 いとうは苛立たしげに髪を掻いた。

Vtuber自然人としてあつかうとして、どうして身体属人性を与える方向にいくかなぁ……、それなら自然人の身体人格とは別個のものとする方向にいくべきでしょ。天与のものである身体人格と同一視して自然権を認めるのは、明らかに不合理じゃん。だからグレゴリーマンキューも皮肉で〈身長税〉を提唱したりするわけでしょ。……、え? マンキューくらい専門外でも知っておきなよ」

 議論めいてきて、倫理の口調も熱をおびてきた。自然わたしは無言になる。

そもそもVtuber著作物と見なした方が簡単じゃない? 〈中の人〉はVtuber演者としての著作隣接権もつわけ。二次エロには著作隣接権著作人格権に準用して対応すればいい」

「ちがうね。マッピングで体をリアルタイムに同期させてるVtuberはVRよりARの方が近い。もちろんARみたいに空間認知人格投射するわけじゃないけど、運動感覚でも同じことがいえるでしょ」

身体人格から分離するのが進歩的なのはわかったけど、テクノオプティミズムすぎるよ。こんなことをいうと、イーガンSFに出てくる保守主義者みたいかな。けど一般論として、エロが一部のひとに不快感を与えるのは事実でしょ? 前から思ってたけど、自分に関わることだとすぐ感情的になるくせに、他人には正論を押しつけるよね」

自分に関わることな感情的になるのは当りまえじゃない? 正論を曲げる理由はないよ。倫理こそ、他人配慮してるようだけど、等しく他人を見下してるだけでしょ? あと、テクノオプティミストでけっこう。わたし原発推進派だし」

 感情露出して落ちついたのか、いとうは息を吐いた。

倫理のいうこともわかるよ。でも、制作者の意見もないのに他人規制しようとするのはただの自治厨だと思うな。そういうファンは決まって創作をしない側だよね。創作ができないから、その代わりに自分ルールを考えて、それをコミュニティ強制しようとすることで存在を主張しようとするんだ。まあ、そういうファンはどこのコミュニティにもいるから、無視する以上のことはできないんだけどね」

 いいながら、いとうは自分言葉でふたたびイライラしてきたようだった。いとうは神経過敏だ。紙やすりのようだと思う。

 いとうが自家中毒めいて、自分言葉で気分を荒立てているのを察したらしく、倫理は優しくいった。

自分他人のあつかいに差があるのは当然だけど、いとうの場合、それが甚だしいってことをいったつもりだったんだけどな。あんたみたいなディスコミュニケーション女にもわかるようにいってあげると、誰もがあんたみたいにコテハン擬人化されて喜ぶ人間ばかりじゃないってことだよ」

「なるほど…」

「あ。いまのでわかるんだ」

「いとうの見方個人主義的すぎるよ。後期ヴィトゲンシュタイン言語ゲームも、そういう分析哲学に対する批判としてあるわけでしょ?」

 それから、しばらく誰も話さなかった。黙々と歩く。倫理雰囲気を変えるようにいった。

「そういえば、たいぼくってウケるんだよ。前に泊まりにいったとき料理をつくったんだけどね。カレーにするつもりで牛筋を煮込んでおいておいたら、朝にたいぼくがコンソメスープだと思って飲んでたんだよ」

 いとうは爆笑した。

「たいぼくって本当に生活力ないよねー」

 倫理に囃す。「それにしても、あんマメだよね。よっ、家父長制」

 倫理は本気で不快そうな顔をしたが、いとうは気づかなかった。

都庁って変なデザインだよね。すくなくとも都の庁舎じゃないでしょ」

 遠景に都庁みえて、なんとなくいう。

「いや、あれは自生する秩序の象徴から都市役所としてふさわしい建築だよ。エッフェル塔と同じ」

 わたしが疑問に思っていると、倫理解説した。

ロラン・バルトの『エッフェル塔』だよ。『あらゆる時代、あらゆる映像、あらゆる意味に通じる純粋表徴であり、拘束のない隠喩』ってね。具体的にどういうことかは、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』をみればいいよ。『地下鉄のザジ』ではエッフェル塔の内外から鉄塔の無機質な幾何学模様が無限に顔をもつところが撮影されているから。『地下鉄のザジ』の原作者が『文体練習』のレーモン・クノーっていえば、わかりやすいかな」

 なんとなくおもしろくなく黙っていると、いとうがいった。

「でも、そういう意味をもたないことを意図した無機質なデザインなのに、結果として都市ランドマークになってるのは皮肉だよね。そうそう、ケヴィン・リンチは『都市イメージ』で都市認知地図における主体を〈パス〉、〈エッジ〉、〈ディストリクト〉、〈ノード〉、〈ランドマーク〉の五つに分類したけど、これはプロファイリングのGCT犯罪地理探索モデル)に利用されているんだよ。〈犯人の標的捜索行動は居住地から離れるにつれて犯行に及ぶ確率が単調減少する〉、〈居住地の近隣に犯行の行われない地域存在する〉、という二つの仮説のもとで距離独立変数とする距離減衰関数を導出するんだ。もちろん、それだとただ犯行地点の二次元的な分布の平均を求めるだけだから、ここに認知地図を当てはめるわけ。たとえばエッジに近づくと距離が縮小するとかね。平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』は、これを種本にしているんだよ」

 往来でプロファイリング平山夢明について語るいとうは完全に異常者だった。

「そういう自生する秩序の象徴をもそのうちに組みこむのが、自生する秩序なんじゃないの?」

 倫理皮肉げにいった。

そもそも新宿のもの意味をもたない記号都市なんだよ。大政奉還前は飯盛女のいる宿場戦前遊郭戦後闇市復興期は赤線地帯。七一年京王プラザ建設を皮切りに七〇年代高層ビル建設されて、九一年都庁移転するまで、ここは周縁だったんだよ。都庁にふさわしい場所でしょ? ちなみに、いわゆる〈新宿二丁目〉は二丁目の北側だけで、二丁目と三丁目は御苑大通りで隔てられてて、歩行者天国地下道もそこで途切れている。で、ご存じのとおり二丁目は都市から外れて住宅街モザイクになってる。つまり、二丁目は周縁の周縁ってわけ」

 そこまでいって、倫理は表情に翳を落とした。

「まあ、これは殊能将之が『キマイラの新しい城』で六本木についていったことを、新宿転用しただけなんだけどね。〈キマイラの新しい城〉っていうのは復元された古城と同時に、六本木ヒルズのことも指してるんだ」

「いいじゃん。ロラン・バルトによれば日本のものが『記号帝国』らしいし」

殊能将之って『波よ聞いてくれ』に引用されてたよね」

 倫理は頷いた。

「『黒い仏』だね。柔むげさんがさ、いつか『殊能将之読書日記』に感動してたじゃん。わたしはそれがわかるんだよね」

 歩きながら、倫理Kindleの端末を開いた。

「『殊能将之読書日記』ではフリッツ・ライバー長編への見方が顕著かな。殊能将之は〈ほとんどエロゲーの世界〉とか腐しながら読んでいるんだけどね……。その皮肉さがわかりやすいのが『A Spectre Is Haunting Texas』だよ。殊能将之は『幽霊テキサスに取り憑く』と訳しているけどね。月周回軌道ステーションまれ主人公が、第三次世界大戦後のアメリカにきたら〈テキサス国〉になってたってはなし。日本でいうと〈「第3次世界戦後大阪日本支配するようになった時代大阪人は全員きんきらきんの漫才師ルックで、『なんでやねん』『そんなアホな』などとしゃべっている」みたいな設定〉ってこと。テキサス国の首都テキサステキサスダラスで、街にはケネディ暗殺を記念した黄金モニュメントが建ってるの。教科書倉庫の窓から突きだす銃身とオープンカーのシャーシのやつ。で、テキサス国の政権交代大統領暗殺でおこなうのが慣例なの。爆笑じゃない? で、まあギャグ小説なんだけど〈A nation nurtured on cowboy tales and the illusion of eternal righteousness perpetual victory. カウボーイ神話永遠に正しくつねに勝利しつづけるという幻想に養われた国。〉とか書いてあって、痛烈にアメリカ批判しているわけ。だからアメリカでは出版できなくて、タイトルだけイギリス英語の〈spectre〉の綴りになってるんだけどね。ちなみに日記には追記があって、このタイトルは『共産党宣言』の〈ヨーロッパ共産主義という亡霊が徘徊している〉のパロディだと教えられたからってタイトルの仮訳を訂正してるんだけどね。教えたのは中村融なんだけど」

 倫理はひと息ついた。

世界にこういう視座をもっているひとは生きるのが辛いよね。そういうひとを理解してしまうひともね。ナボコフの『ロリータ』もそういうはなしだよね。嫌味で文学趣味スイス人が、延々とアメリカ呪いながら一人の少女を愛するはなし。柔むげさんは、そういうところに感じたんじゃないかな。で、わたしもそういうひとたちに片足を踏みこんでいるからそれがわかるんだよね。だからわたしは『程』では灯が好き」

「あ。そこにつながるんだ」

 まったく予期しない展開だったためにおどろいた。が、いとうは思うところがあったらしく、無言で前を見つめていた。

 新宿駅みえてくる。

「そういえばたいぼくちゃんお酒買った?」

キリンをまとめ買いしておいたけど。あ、あとポテチカップラーメンも買っておいた」

 そういうと、いとうは爆笑した。

大学生じゃん」

 倫理も苦笑しながら言う。

「ここの成城石井ワインチーズを買っていこう。あ、でも、それならクラッカースモークサーモンハムを買っていって、ムースをつくった方がいいな。素材の味が出るから、いいものじゃないとおいしくないんだよね」

 買物をしてからJRのコンコース階に移動する。倫理カードで決済して、わたしお金を使うことはなかった。

「ごめんね。一応、ホストなのに」

 いとうは笑って「出世払いにしなよ」といった。

 倫理は微笑していった。

「それにたいぼくちゃんからモラトリアムの気配をもらってるところがあるからね。わたしも……、わたしたちもこうして社会人鋳型にはまってるけど、それが仮初めのものだってことを思い出させてくれる」

 コンコースでは大勢のひとが行き来していた。天井からは各路線を案内する表示板が大量に下がっている。これらの記号が指示するものなかにわたしたちのいく先もあるのだな、と思った。

2018-04-14

多くの宇野ゆうかが思い違いをしていること

http://yuhka-uno.hatenablog.com/entry/2018/04/13/202154

差別を取り巻く問題で、多くの人が思い違いをしていることが差別される側に、「差別について抗議する時は、差別する側を追い詰めて刺激しないような、優しい言葉遣いで、わかりやすく話せ」と求めてしまうことだ。「でないと、話を聞いてもらえないよ」などと言って。しかし、被害者本来加害者に怒って当然なのだ。怒って当然なのに、怒ることを抑圧されてきたのが、差別される側である。周囲が被害者の怒りを抑圧するのは、二次加害になる。

思い違いも甚だしい。

誰も差別された人が怒ることについて抑圧はある。

だがその抑圧は特別ものではない。

差別者に対する特別な抑圧があると主張するのならばそれを説明するのは宇野ゆうかの責任だ。


宇野ゆうかが勘違いしていることは三点ある。


ひとつ。そういう態度の人が話を聞いてもらえないのは別に差別関係ないこと。

ひとつ。怒る権利があるのは差別された人だけで宇野ゆうかにはその権利はないということ。

ひとつ。まずいじめてた当事者本人に言えということ。


当たり前。

それがありなら、怒る権利がある人が怒って喚き散らすのはすべて認められなければならない。

まともな社会人ならそんなことは不可能だとわかるはずだ。



他の件はしらないが、この件に関して宇野ゆうかが指弾するような抑圧などどこにもない。

差別されてる人であろうがなかろうが

ただ怒って何言ってんのかわからん状態の人の話は聞かない。話ができる状態になったら聞く。

それとも宇野ゆうかはそういう人の話を日々丁寧に聞いているのだろうか。いないはずだ。


その話者がどういう属性やどういう事情を持っているかは、自分安全が確保されてから考える。

そういう態度の人の話は聞いてもらえないのは別に差別関係ない。

その状態だったら聞かないってのを勝手に抑圧って読み替えてるのは宇野ゆうかの側。


差別されている人たちが、自分たちだけは怒ってる状態でも話を聞いてもらうべきと主張するのでああればなにか理由があるはずだ。

差別されてないから「怒って当然」ではない宇野ゆうかたちは、怒らずに冷静に説明しなさい。

立証責任は主張している宇野ゆうか側にある。 それをさぼってる。



それどころか、現実的には怒ってる人に耳を傾ける人は結構多い。

そのことをこそありがたいと思うべき。

それを当たり前と勘違いし、そうしない人間加害者と呼び、当事者差し置いて暴れまわる。

当事者でも宇野ゆうかのふるまいに迷惑をしている人がいるのではないか




こんな簡単理屈が分からないのは、自分たちは差別された人間の代弁をしてる特権階級だという勘違いがあるからだ。

そんなルールはない。求めることは自由だがいまのところはない。

非実在ルール勝手に主張して、勝手に人を加害者扱いして自分正義面。 

ばかげている。

それを支持するのは、特権階級を気取りたい理屈度外視した人間だけ。


マジョリティは「過激派」に揺さぶりをかけられない限りは「穏健派」の言うことすら聞かない

これも嘘。 嘘じゃないなら過激派定義自分に都合の良い恣意的もの。 

夫婦別姓問題について議論提起しているサイボウズの人を見習え。

もっといえば、過激派がそうやって喚いた結果良くなった事例をあげろ。

そうやって自分のものいいを正当化できないと困るんだな。

自分の思い通りにならないのはどう考えてもお前らが悪いってわめきちらすような状態から卒業しろ

差別被害者特別視しすぎるから、当たり前のことが見えないんだ。


>周りの人もしていたからと、特に考えなくいじめに参加していた子供に対して、頭ごなしに責めずに話を聞いてやり「それはダメなんだよ」と教えてあげるのは、周囲の大人の役目であって、その子いじめられていた子供にそれをやれと言うのは、筋違いなのだ

そりゃそうだ。しかし「頭ごなしに責めずに話を聞いてやり」を実際に要求してるやつをつれてこい。その人が何と言ってるか出してみろ。

まず間違いなく宇野ゆうかがさんざん歪曲してる。

そうじゃないというなら実物を持ってこい。あくしろよ

記事では原田なにがしがそうだと言いたいようだが、後半部分は言いがかりにもほどがある。

一休みたいなとんちやってる暇があったら、実在する目の前の悪と戦ったほうがまだまし

2018-04-13

差別されている人が、自身を踏みにじっている人に対して、感情をおさえ、ご理解いただけるまで懇切丁寧にご説明さしあげるべき、って言ってる人おる?

ポリコレが口を揃えておっしゃる発言でこういうのあるよね

差別されている人が、自身を踏みにじっている人に対して、感情をおさえ、ご理解いただけるまで懇切丁寧にご説明さしあげるべきとされることのおかしさに、そろそろ気づいてもらいたい

これ具体的に言ってる人おる? 本当に居るなら連れてきてくれない? いないだろ?

あんたらいっつも「ポリコレ棒なんて存在しない」っていってるけど、

おれからしたらあんたらも非実在サンドバッグを殴ってるようにしか見えないんだわ。

そうやっていつまでも幻想サンドバッグ叩いてれば満足なら、現実作品ケチつけにくんじゃねえぞ。

二次元女の子はみんな可愛い

そう思っていたい。

今っていろんな女の子がたくさん出てくるソシャゲー腐る程あるじゃないですか。沢山いるキャラの中にお気に入りが数人いて、嫌いになるキャラとかはいないと思ってたんですよ。

でも、ネットオタクの人をいろいろ見るようになって初めて知ったんですけれども、「ブス」って言葉を思いっきりぶつけられてるキャラがいるんですよ。

そんなの表立ったところでやる人希少だし、わざわざ隠れているのを見に言った私が悪いんですけれども…。今までネットの綺麗なところだけ見てたんだなって気づいて、なんだかすごくショックでした。まあそんだけなんですよ。

「ブス言うな!」て、見たとき思ったんですけどね。でも、そう思った気持ちを捻じ曲げれないというか、隠れてでも言いたい気持ちがあるのには理由があるはずですし、そういう場所を奪うのはいいことじゃないですよね。

めっちゃ言わないでほしいし傷つくんだけど。なんだか学校で、見た目でいじられたこと思い出して凹むんですね。まぁ私は関係ない、関係あるけどないし、非実在から、いいのかなとか。

消化できない微妙気持ちになってるんですね。

可愛いなて思ってた子が、ブスって言われてて、なんだか、もう私のことだけブスって言ってくれないかなあとか思ったりして。いや、私は二次元女の子ではないんですけど、なんだか複雑な気持ちなんです。

もっとなのは理由ちゃん現実に沿ってたりして、納得してしま自分いたこと。それを受けてなんだか凹んでいるんですね。

そんで夜更かしをしています。うーん。

見た目って難しい。

でも、本来可愛いと思われるために生まれた子たちは、みんな可愛いって思いたいな…。

2018-03-11

anond:20180311115224

そうなんだよね。意外と生まれ変わり希望は少ない。

あと男女ともに「苦労している」レベルは一緒だけど、「楽しさ」を感じる部分で優位に男女差がある。

女性の楽しさは急激に上がり、男性の楽しさは下がりつつある。

まぁ、男性側も実在女性依存する形での幸せを求めるのはやめて、非実在女性と楽しくやるべきかな、と思うね。ゆるキャンは癒やしだ。

2018-03-06

ニューダンガンロンパV3を克服したい

twitterやってるダンガンロンパオタク愚痴

面倒な人間なのは承知済みです。

私はV3オチがかなり嫌いで、一時期毛嫌いしていた。

プレイ直後は面白かった記憶が多くを占めていたが、クリア後しばらくして考察したくなったときに、嫌な部分をブワッと思い出してしまって駄目だった。

私はアニメロンパ3をリアルタイムで視聴し、前作との矛盾点やスナック感覚洗脳が気になりイライラしていた。

しかし、それでもこれがロンパの世界で起こったことで、彼らが選んだ道なら、なるべく自分が納得できるようにこじつけようと考えた。

そうして自分の中で希望ヶ峰シリーズを完結させようと考えていた。

しかし、V3希望ヶ峰の名前が出され、ゴフェル計画をはじめ希望ヶ峰の設定を覆すものを並べられ、冷静ではいられなかった。

希望ヶ峰シリーズをこれ以上搔きまわすことだけはやめてほしかたからだ。

この時点でイライラは募っていたが、Chapter5は個人的に好きだったし、終わりよければ全てよしとしようと偉そうにも考えていた。

しかしそれも最悪の形で締めくくられた。

ダンガンロンパゲームで、登場するのは非実在キャラクターだなんて、誰もが分かっている。

しかし、ゲームの中ですら私の好きなキャラクター達は生きていなかったと言われたのだ。

生い立ちは設定だから過去に関わった人間存在しないと言われたように感じた。

キャラクターを掘り下げたスピンオフ作品が全て茶番に感じた。

本編の後なんてあるわけないと否定された気がした。

希望ヶ峰シリーズの余韻に浸って、平和な学園時代キャラクター性を掘り下げて考えていたのを全て否定された気がした。

ロンパ3なんて茶番の最たる形だと思った。

しかも、その設定は視聴者が望むからできたんだ言われた。

その視聴者というのが、ダンガンロンパの続編を望んだ私を含むプレイヤーのことを指してると思えてならなかった。

kdkは、1周年の際のネタバレツイートでその意図はないと言っていたけれど、当時の私はそう捉えられなかった。

お前らが掘り下げと続編を望んだから、こうして悲劇を作ってやったんだ満足だろうと顔に唾を吐かれた気持ちだった。

それをわざわざ立ち絵声優さんを引っ張ってきてキャラクターに言わせるという周到さをもって、私は精神は粉々に砕かれた。

V3だけで完結させることもできるオチを、こうして1・2のキャラを巻き込んでまでやる必要はあったのかと何度も泣いた。

ダンガンロンパ1・2reloadとそのキャラが好きだったから、こうして扱われることが悔しくて堪らなかった。

吐きそうな気持ちプレイし終えて、それでもV3キャラクターは好きだったかイラストなんかは漁った。

でも、少し落ち着いて紅鮭プレイしようと思ったら発売前の宣伝と内容が違っていて、プレイヤーキャラクター赤松じゃないことにガッカリして手をつけずやめた。

この辺りからだと思うが、V3への怒りが収まらなくなった。

twitterではV3肯定派の人ばかりで息苦しかったので、アンチスレに入り浸った。

普段話していた人がV3ジャンル移行してしまったのが辛くて、V3の呟きが増えた人を何人かブロ解した。

すでに自分生活の一部になっていたロンパの話をするのはもっぱらtwitterだったから、開くたび目に入るV3情報ものすごくイライラしていた。

本当に酷いときは1・2の話をしなくなってV3を楽しんでいる人を憎んでいた。

V3が苦手だと打ち明けると、いいところもあるからもっと掘り下げろと勧めてくる人には露骨にキレた。

ここまで言ったがずっとキャラは好きだった。

キャラデザは好きだし、設定とはい自身ではそう認識していないなら、キャラに罪はないと思っている。

クリア直後に集めたグッズを捨てようとかは考えなかったし、スケブとかで描く程度のことは抵抗がなかった。

ただ、twitter流れるコラボ二次創作は絵が綺麗だなくらいの感想で興味が湧かなかったし、本編沿いのものイライラして見れなかった。

けど、発売から1年と少し経ったくらいの今も、twitterのTLはV3でいっぱいだ。

まりジャンル話題でTLが埋まっているのだ。

さすがに見ててイライラすることはなくなったが、未だに興味は持てない。

本編沿いの内容だとすごいなと感じるが、感動はなかった。

正直こんな現状はつまらないなと思った。

みんなが楽しんでいるものを私は楽しめていないのが寂しかった。

でも、怒りを再燃させるのが怖くて2周目に手をつけられなかった。

信じられないだろうが、私だってキレたくてキレているわけではないし、楽しんでいる人を否定したいとは思わない。

自分がまた愚痴ばかりの嫌な人間に逆戻りするかもしれないと分かっていて、手を出す勇気もなかった。

そこで、二次創作に手を出してみた。

流れてくるものを見るだけでなく、自分から見に行ってみた。

本編より二次創作に手を出すのはにわか臭くて抵抗があったが、一応本編はクリアはしているし、と自分言い訳した。

最初は人気の漫画ギャグなど、比較V3世界観に触れない、ライトなところから入って抵抗をなくそうと試みた。

結果から言うと、割と成功した。

イライラしないし、キャラを活かしたものは「上手いな」と思えた。

さすがに自分推しほどの興奮はないが、読み物として面白いと言う程度の感想が湧くようになった。

まだTLに流れてくるものにまで興味を持てないが、描き手の名前CP名くらいの知識は身につけた。

ここまできたら、別ジャンルではなく、知っているジャンルとして認識できる。

描き手はそんな感覚で読まれたくないかもしれないが、私はこれを経て、V3を少しでも好きになりたいと思っている。

努力して好きになるものではないと言われればそうだが、これを好きでいられたら、そしてそれを分かち合えたら楽しいだろうという気持ちで、これからも少しずつV3二次創作を見ていきたい。

そしてゆくゆくは、おまけモードや本編やお楽しんでプレイしたいのだ。

2018-02-10

さっき見た夢

非実在義理親族と、性的接触こそないものの、お互いの手を隠れて撫で合うような関係になってしまう。

年下の彼女感情を剥き出して息子に義を説く姿に、息を飲む。彼女の息子と同じようにほうけた顔で見入った。

眉の間による谷間、年の割に使い込んだ目尻の皺、それを隠すように顎先まで垂れる一筋の髪の束、少女のように豊かな表情の耳とピアス穴。

2018-02-02

https://anond.hatelabo.jp/20180128015653

「愛が重い」とか「ヤンデレ」とか言われるような気質の人は現実にも一定数いて、そういう人たちが現実相手を束縛するのではなく非実在人間を思う存分束縛できるようになった二次元って素晴らしいな、と思っていたのだけど、まゆPを見ていると真に愛が重い人は二次元でも満足できないのだな……と悲しい気持ちになった。愛情のかたちは善悪ではかれる問題じゃないので、ただただ実らないことが多い愛を持ち合わせてしまった人はしんどそうで気の毒だ、としか言えない……

2018-01-28

自らの差別を指摘されて怒り狂うミサンドリスト一覧

iiiloveuuu07 男はポリコレ棒で殴られ放題!って思ってるんだろうけど逆だから。「ま〜ん」「女は肉便器」とか散々ある女叩きはお咎めなしなのに、「女だけの街」は普段冷笑されてるポリコレ棒で叩かれまくるの対照的すぎて

kutabirehateko 男性嫌悪だとレッテルを貼れば批判的な指摘の正当性無視できるし態度を改める必要もないからっていつまでも居直ってんじゃねえぞ。

misora05 無視できない率でその「一部(加害者男性)」と遭い・それを含む属性に警戒するよう常に要求される現状で「男性差別」とか,正直「だから何だ」感しかないんですけど.被害を受ける側が自ら閉じこもる場合では猶更ね.

kyo_ju いや増田もひどいが。権力勾配を無視して差別を語るとこうなるという見本。

hedgehogx なるほど怒り狂う男性は「男は潜在的犯罪者として扱われる現状」を「男は犯罪者であることを謝り続けるべき」と捉えているのだな。建設解決を知らず殴り合っている。ディベート練習をしたほうがよろし。

zyzy 何回差別性を指摘しても怒り狂って理解しないだろうけど、この場合黒人女性の方なんだよ。アフリカ白人追い出して独立国作った。土地を取り上げ処刑すらした。統計的差別する奴が多い白人のいない国を作るため

quick_past この構造が完全に逆。ミサンドリストミソジニー女性サンプルとして持ってきて差別正当化をしている。それも差別できる自由を守るために。という証明になってる。最初は公正世界仮説も考えたけど論外だった

kaz_the_scum 10 Hours of Walking in NYC as a Womanに私は非常に驚いたんだけど、あれは性別を逆にしたら全く違うことになる。なぜ片方の性別一方的不利益を甘受しなければならないのか・・・排除したくなる気持ちがわからない?

vanillayeti この世に逆差別存在しない。この増田含めどうしても、なんらかの特権享受していることを認められない人はこのチェックリストどうぞ→

asherah ミソジニストはなぜ自分がやってる女性差別男性差別すり替えるの?


いずれも女の被害を訴えるばかりで、男性差別か否かには全く触れていない。

しろ差別を指摘されると、怒り狂うのではなくて

男性差別無視して女性被害だけを訴える」のがミサンドリストの特徴かと。

もちろん女性被害回復されるべきだし女性差別批判されるべきだが、

話題になってるのは男性差別なんで。それを完全に無視するのがミサンドリスト、と定義できそうだな。

「お前の方が怒り狂ってるけれど」って言いながら静かに怒り狂ってる人結構多い。

権力勾配系の差別正当化理論をせっせと構築する系もちらほら。

おまけ:アレは男性差別ではない派

uehaj 「入店禁止にしたいぜ」は思想表現差別でない。「入店禁止で実際に入れなかった」実害行為差別、それに怒り戦って社会を良く変えるのは意味あるがさもなければ何も得られない。非実在差別への怒り無意味すぎる

sakegoma 男性嫌悪に何言っても仕方ないっていうコメントが多いけど元ブログ男性嫌悪ではないと思う そもそも男性への差別感情云々を議論するよりも、なんでそんな感情が生まれるのか考えた方が生産的では…

lungta 女性専用車両にしても(実現可能性がほとんどない愚痴である)女だけの町にしても、暫定的な逃走・逃亡として捉えている私は、「排除」だから差別だ大問題だと大騒ぎしている現状に違和感を覚えている。

nowa_s 喩え話なら、「学校隕石落ちて休みにならないかなぁ」とか「リア充爆発しろ」とかのほぼ非現実的で若干不謹慎な呟きのほうが近くね?そゆとき一斉に「学校を潰す気か!」「テロリストめ!」ってならないのはなんでさ

interferobserver "「一部の人のしたことで、全体を判断する」という事象をもって「偏見差別」と言っている" 差別について基本から理解してもらうほうがいいと思った。こちら参考にどうぞ http://macska.org/article/183

お前の中では(AA略


おまけ2:電波系

oka_mailer 「嫌ならでてけ」とか言うくせに、いざ出てくって言われたら狼狽えるの、ほんと滑稽だなって思う。


お前は何を(AA略





anond:20180127215923

2018-01-15

anond:20180114163908

スタバMac」に反応する人って、ネット上のネタとしてはいまだにあるけど、実在するのかな?

輸入車外車として特別扱いする人みたいに。

スターバックスMac日常風景日常の道具にすぎないと思うんだが。

それとも、「バーボンハウス」みたいに「ネット上のネタであることをわかったうえで遊ぶべきもので、実在非実在を言い出すのは野暮なのかもしれない。

2018-01-12

anond:20180112131548

ネナベ臭がするのは、いかにも腐女子嘘松っぽい非実在ホモ臭い男の書き込みくらいかな。

ネナベは沢山いるんだろうけど、見抜けないんだと思う。

逆に(腐臭いの除けば)あまりにも女や性的な事に触れていない男の書き込みはネナベなのかも。

非実在単語検索シリーズは、たまに元の言葉が分からないことがあって悔しい

今回は分かった

2017-12-26

非実在童貞じゃねーの?

児童ポルノエロ規制の時に、あれだけ「実在被害者はいない!」「非実在被害だっ!」って騒いでた連中が

童貞言われたー ハラスメントだー って騒いでるのは滑稽というかなんというか。

あの理論こちらに適用すれば、非実在童貞じゃねーの?被害者がいないんだからハラスメントになりようがなくね?

2017-11-29

非実在キスマーク

そんなん付けたことも付けられたこともないぞ

オイなんとか言え

2017-11-22

エロ本ではない、一般向けの本だ」と言うのは無理筋でむしろ危険

現役零細エロ漫画家です。商業同人ともにやってます

イオングループの件は、(元々取扱量もシェアも少ないとはいえ)雑誌販売販路縮小からの売上減少に繋がるため、

個人的には売って欲しいという思いがある一方、

anond:20171122003439ミニストップの件の重大さがわかってる?』

などに見られる論法に、危険だなぁと思っています

トラバした匿名ダイアリー内で言及されているように、コンビニで売られている雑誌は成年向けマーク(成人向けマーク)がついておわず

そもそもコンビニで成年向けマーク付きの雑誌は(原則)売れません。

そうしたこから、「成年向けマークがついてないか一般向けであるエロ本でない、だから規制するのはおかしい」のようなことを言う人が、

こうした問題のように、各小売店ネット通販サイトなどの販路で、販売がとりやめられた時にも現れてきました。

しかしそれは、世論理解を得にくい上に、我々が表現活動を続ける上で、自らの首を絞めかねない無理筋な論です。

そもそも成年向けマークは、国家国務大臣や法などが、基準をもって認定し、

このマークをもって、成年向けだ、このマークがないもの一般向けだ、としたものではないのです。

(そういうマーク国家が直接認定するのはディストピア感満載なので、まともな民主主義社会では絶対やるべきではありませんから

これらのマークは、国家権力等による介入を最小限に防ぐという点でも、

あくまで決めるのは出版社発行者であり、出版社発行者等の自己申告による自主規制マークとなっています

同人活動などがわかりやすいですが、同人誌につく成年向けマークも、作者が自主判断したり、

印刷所がこの表現なら成年向けマーク入れてないと印刷してあげれないよ、などとしているに過ぎませんよね?

さて、こうした自主規制の成年向けマークですが、仮に、エロ満載ではあるけどれど、その本の出版社印刷所)や作者が成年向けマークをつけなかったら、

小売店ネット販売サイトは、それを必ずエロ本じゃない一般向けとして扱わないといけないのでしょうか?

もう少し具体的な話をしていきましょう。

先に書いたように、成年向けマークがあるもの区分陳列するように促され、コンビニでは原則売れないことになりました。

この時、雑誌の売上の中で大きな位置を占めるコンビニでの販売継続させようと、

出版社側などは、事実上エロ本なのに、「成年向けマークをつけない=これは成年向けエロ雑誌でないですよ、一般向けですよ」として、

コンビニでも売れるように、一種方便を用いてしまいました。

この「成年マークがある本」と、「コンビニの成人向けコーナーに売られている成年マークなしの本」に、

エロ本であるかないかという大きな差異、たとえばいわゆる「エロ本」と青年誌くらいのたいへん大きな差異があるとまだマシだったのですが、

「成年マークがある本」と、「コンビニの成人向けコーナーに売られている成年マークなしの本」とでは、一般人が思い描く「エロ本」としては、大差はありません。

じゃあこの成年向けマークをつけるつけないの差がどこにあるかと言うと、(血縁関係のある)近親相姦NGとか、そういう曖昧な面もある基準だったりします。

女子高生との直接の表現とか、近親相姦とか、獣姦強姦みたいな過激に映りがちな表現

そういう(各社によって微妙に違いがある)ある種の設定やシチュが、

成年マークをつけてないだけのエロ本にはない(あるいは控えめにしたりしている)のです。

まり、中身は社会普通に思い描かれるガッツリとした「エロ本」となっています

写真週刊誌ゴシップ誌の一部にヌードグラビアがある、とか

少年誌、あるいは青年誌あたりで時折プチ炎上する、一部に乳首がちらっと出てる、パンツ見えすぎだ、エロいコマがある、とかのレベルでなく、

エロこそが本編であり、大部分のページをエロシーンが占め、ズッコンバッコン、グッチュグチュ、フェラも結合も成人向けマークがあるものと同様、思いっきりやってるような雑誌です。

みなさんも試しに成年向けマーク(成人向け雑誌と書かれた黄色マークや、18という数字に斜線が入ったりしているマーク)がついてるマンガ雑誌と、

「成年向けマークがついてないがコンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌等」を買って読み比べて見てください。

例えば、快楽天と、コミックホットミルクと、コミックメガストアアルファと、コミックLOというマンガ雑誌がありますが、

快楽天コミックホットミルクは成年向けマークをつけず、コンビニでも売られてもいます

一方、コミックメガストアアルファLOは成年向けマークをつけており、今は基本的大手コンビニなどでは売られていません。

さて、これらを読み比べて、コミックメガストアアルファLOエロ本だけど、

快楽天コミックホットミルクエロ本じゃないよね、一般向け雑誌だよね、子どもさんにどんどん売ってもいいよね、って言えるでしょうか?

世論社会理解を得られるのでしょうか?

快楽天掲載されたマンガが、まとまって単行本になったときに「成年向けマーク」をつけて売られることからも、

こうした自主規制運用が、エロ雑誌コンビニで売りたいがためだけの抜け道に利用されていることもわかるでしょう。


実のところ、近年、都条例などで度々やり玉にあげられているのも(非実在で盛り上がったときも)、

こうした成人向けマークをつけていない雑誌単行本だったりしており、

自主規制してます配慮してます」「ちゃんとレーティングしてます」と言いつつ、こうした、成年マークを付けずに全編エロみたいなものが売られている実態なので、

我々描き手や出版社が「配慮してますよ」と言っても、その説得力を自ら弱めてしまっいる現状があり、

表現規制派がつけこんでくる格好の材料を与え、世論社会理解を得にくい原因にもなっているのです。

実際、東京都場合は、成年向けマークをつけている本はそもそも健全図書審査対象原則としてなっていません。

健全図書審査されているのは、成年マークをつけず「一般向けですよ」との体裁なのに中身が成年向けじゃないか…と、東京都委員らが判断した本が、毎年20から30冊程度、不健全図書認定されています

猥褻警察恣意的判断しているように、僕達の業界も、ガバガバの成年マーク運用で、エロ本エロ本じゃないか恣意的判断している面があるのです。

中堅、中には大手出版社などが、自主規制形骸化し、売らんがために成年向けマークもつけずにがっつりエロエロの本を大手販路に載せて、

そうした度に問題が起こって、規制への動きが芽吹いてしまう…、

このことは、エロ本エロ本として成年向けマークをつけ、社会住み分けて売ろうとしている零細な身としては非常に悔しいのです。

表現規制でまず真っ先に割を食うのは、大手よりも僕らのような零細のほうですから

ところで、勘違いしないで頂きたいのですが、

僕は、青少年健全育成条例等、各種表現規制の糞っぷりや、そもそも成年向け商品なのに性器修正されているという先進国にあるまじき日本の糞っぷり自体は、昔から間違ってると思っています

からこそ僕は、これは「エロ本です、成年向けです、だからコンビニでも売りませんし、未成年にも売りません」として、

成年向けマークをつけ、社会の成員としてそれぞれ住み分けをした上で、

自由表現活動と、現行の法令を守った上で、よりよい法や条例運用に向けた改正活動をしたいと思っているのです。

それなのに、成年向けマークをつけて「エロ本はちゃんと自主規制してますから」という体裁を取りつつ、

一方で成年向けマークをつけない事実上エロ本を作って売上欲しさにチキンレースを繰り広げ、

「これはエロ本でなく一般向けだから小売店撤去おかしいから。」という成年マーク運用と主張をやっていれば、

出版社らに自主規制させても意味いね自己申告・自主規制でなく、国家自治体が成年向けマーク認定基準団体作って取り締まるしかいね」などのように、さらなる規制を招き、表現の自由を弱めかねません。

トラバ先の増田さんは、盛んに恣意的という言葉を使っていますが、

雑誌の内容が成年向けマーク付きの雑誌ほとんど変わらず、単行本化されると成年向けマークがつく「コンビニ売りの成年向けマークなしの雑誌」があるという事実

この成年向けマーク恣意的運用問題については一切触れておりません。

こうした成年向けマーク恣意的運用は、青少年健全育成条例恣意的運用と不健全図書指定にも、ますますお墨付きを与えてしまうでしょう。

ラジカルな、すべての表現物が完全に自由で、公共性の高い場だろうがなんだろうが、どんなものでも陳列し売っていい世界というのは、

(ある種の人々には)理想的気持ちいかもしれませんが、

現実社会では、0か100かでなく、理想論は実現し難く、どこかで妥協し折り合いを付け、社会の成員として現行の法令の中で生きていかなければなりません。

出版社さんはちゃんと成年向けマークしか自己申告でいいですよ)を付けてくださいね、ということでなんとかなった両者の妥協点を、

成年向けマークがないかエロ本じゃないし、みたいな欺瞞に満ちた出版社同士のチキンレースを続けていれば、

頑なな規制派と穏健な規制派を切り離し、穏健な規制派だった人を徐々に味方にしたり好意的中立に引き込むことは困難になっていくでしょうし、

規制派と規制反対派のどちらにも強く立場を置かない中間に属する大多数の人らの理解を得にくくなるでしょう。

その結果、そうした有権者をバックにした政治行政も動かしてしまます


なお、この問題は、こうした何がエロ本か、というような問題と、

小売店などの事業者が自らの裁量でどういう商品を扱うかという観点も大きいことには留意すべきです。

任天堂エロゲー出すのを許さないし、Steamにも独自基準はあるし、ある書店がうちはエロ本おかないんだ、というポリシーもあるでしょうね。

子ども向け、ファミリー向け、高齢者向け、どこに軸足を置くかという企業イメージもあるでしょう。

出版社作家が成年向けじゃないと決めたら、それを売る小売店や各事業者は、必ず成年向けじゃなく一般向けとして扱わないとならない、

売り場を確保してずっと売り続けないとならない、それに反したら、表現の自由侵害しているのだ!と思うのならば、

表現の自由趣旨を誤解しています


近い将来か遠い未来か、いつかコンビニで売れることになる落とし所を探るためにも

特に表紙についてだけでも、早急に何らかのアイデアを皆で捻り出していけるといいのですが…。

2017-11-15

anond:20171115104805

[非実在AV嬢]ってタグがつけられてるのに寒気がした。

2017-10-27

ものづくり業界にいるんだが「ロボットが好きです」が多すぎる

大丈夫かよ……と思ったら基本的大丈夫じゃない。

テレビゲームの中にいる非実在機械しか知らないので何の役にも立たない。

空想科学読本レベルの事を理解してないままでものづくりをしようとする。

しかも何が安全で何が危ないのかも想像できないかしょっちゅうヒヤリハットを起こす。

多分ガルパンの悪影響。

質量がクソでかい物体や凄い運動エネルギーをその身に宿してる機械が近くにいることに対して何の恐怖も覚えてくれない。

マジで最近はこんなのばっかでビビるわ。

IT業界には「これぐらいポチポチカチカチでちゃちゃっと出来るっしょ。人日?とりあえず3時間ぐらいで頼むわー」みたいなオッサンがよくいるらしいけどこっちは新人がそれだ。

無茶言うな。

工数見積が10倍違うぞって事がよくある。

機械使えば本当にすぐ出来ることと、急ごうにも時間がどうしてもかかるものがある事の区別がつかない。

気合130にしてポチーって押せばいきなり必殺技が出る世界で生きてきたんだろうな。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん