はてなキーワード: ぞんざいとは
尊いというか
事実として、命がけで、食べ物も行動も制限されて、数十万の出費確定、半数は地獄のような痛みを味わうことで
国の人口を1増やす仕事をしてくれた人への態度としておかしくない?
その作業がなければ増田で煽る自分も存在しなかった事実を棚の上にあげすぎてない?
一生に1回やれれば十分、3回やったらとんでもないこと、5超えたら偉業レベル
そういう仕事を、その同僚さんたちは会社で1~2年でやれてるの?
そういう人間からしたら「子供が欲しいから頑張りたい」という気持ちを抱けるなんてそれだけですごいよ。
どっから湧くの?降ってくるの?本能?ないな食欲睡眠欲性欲はあるけど子供欲しいはマジでないな、本能とは思えない。
人によっては金もらってもしたくないこと、「私は欲しい」という動機だけでやるんだよ。
一度産んだら、その後は、20年人間一人分の責任が自分に増えるわけ。
その子が自我を持って見えないところでなんかやらかしたらお前のせいっていわれる人生が開始するわけ。無理。
勝手に道路に走り出すのが当たり前の生き物、数キロのちからを掛けたら折れる骨
故意じゃなくてもちょっとでもぞんざいに扱ったりうっかり死なせたら即犯罪者だよ。
なんであんな産んで良かったってみんなニコニコしてるのか。意味がわからない。
>産休育休を既得権益として使ってる女はいる。ママさんの中にも問題がある
死ぬかもれない人生イベント+以後20年他人に責任持つ人生と既得損益が本当に天秤で釣り合い取れてると思ってるの?
ほんの少しの見返りあったってよくない?
今の日本は、見返りどころか、罰(出世を予めとりああげられる)状態だよ。
なにも問題と思わない。
いろんな男いるのはは事実やけど、それはそれとして、本人に直すところ自覚するチャンスあったらなおしたほうがええやろ。
メシマズなんかもしれんし、彼氏に全部奢らせてたんかもしれんし、子供にぞんざいなところ見せてたんかもしれんし。
1.ミンミン蝉=単に「蝉」ともいった。室内の柱にしがみつかせ、「ミーン・ミーン」と鳴き声
を出させる。腕が痺れてきて柱から落ちると最初からやり直させた。
2.うぐいすの谷渡り=兵隊達が寝ていた木製のベッドの下を四つん這いになってくぐらせる。
くぐり抜けるとすぐ不動の姿勢をとらせる。くぐり抜けと不動の姿勢を繰り返し続けさせるが、
このとき「ホーホケキョ」と鳴かせる。
3.自転車競走=両脇に机を置き、その机に両手を置いて腕だけで体を支える。両足を自転車をこ
ぐようにグルグル回させる。腕が疲れて両足が床につくと、またやり直し。
4.女郎のマネ=手ぬぐいを頭にかぶり、廊下に立ち「ちょいと、兄さん、寄ってらっしゃい」と
いう呼び込みを女の声音で言わせる。
5.各班まわり=水の張ったバケツを両手にもち、水をこぼさないようにして、各班から一発ずつ
殴られてくる。どんなパンチを浴びても水はこぼせない。こぼしたら、もっと苛酷なリンチが
加えられるから、体のバランスを失いながら必死でバケツを水平に保つ。
6.編上靴なめ=靴の扱いがぞんざいだったという理由で、靴を首からブラ下げ、謝罪の言葉を大
声で言わされて各班をまわる。「山本一郎は本日、編上靴に対し欠礼をいたしました。お詫び
いたします」といってお辞儀をしては、首にかけた靴をぺろりとなめながら一周してくる。
7.捧げ銃=兵器特に小銃の手入れは毎日が原則だったが、時間がなく出来ないこともあった。
そんなときに限って点検があるものだ。小銃の手入れを怠ったと、「三八式歩兵銃殿、山本一
郎二等兵は本日手入れを怠りました。自分は軍人としての恥を知りました」と大声で言わされ、
手が痺れるまで捧げ銃をさせられる。捧げ銃とは銃をもったときの敬礼のやり方で、両手で銃
を持ち、自分の前面にその両腕を伸ばし、銃を垂直に保つ。
8.痰壺なめ=説明する気になれない。
タイトルの内容の通り
60分15000円のカウンセリングだったが、45分くらい経過した所でカウンセラーの理解のなさ・返答の的外れ具合・適当な遇われ方、ぞんざいな話しぶりが我慢ならなくなって怒りが爆発、それらの全てを指摘した上で「これのどこに15000円の価値があるんですか?絶対に代金は払わない」と突っぱねた。
こちらの剣幕に面倒くさくなったのか、「代金は要らないので今すぐお帰りください、2度とこちらではカウンセリングは受けられません」だと。再度受けにくると本気で思ってるのか。
非常識と言われるかもしれないが、カウンセリングの対価は医療行為でもなければ薬の処方でもない。あくまで対話の中にある。
全く対価を払うに価しないと感じたら、理由をはっきり伝えて払わないと言う。
その後どう言ってくるかはカウンセラーによるだろうが、私のようなケースもある、ということで書き残しておく。
現在私の周りには偶々モテ男が揃っている。恋愛的には強者男性である。
まず、彼らはモテたいとは「思っていない」。
女でもそうだが、凄くモテる人間というのは、不特定モテ「したくない」。
好きな人だけに好かれたい。気持ちに応えられない相手に好かれて相手を傷つけざるを得ないことには胸を痛める。
やはりモテの要素の上位は容姿ではあるが、容姿だけでは無理だ。
次に、両思いになったら、相手に何かを「やってあげる」ことをあまり厭わない。
モテるイケメンは気前が良い人が多いし、モテる美女も気前が良い人が多い。
弱者男性の定義は女に相手にされない男性ということらしいが、不特定モテを求めるような人間がモテないのは容姿が悪いからじゃなくて、性格が悪いからだ。
「お前だったらこれぐらい馬鹿にしても大丈夫」と周りに思われているんだろうな、ということが分かってしまって悲しい
仲良いから多少ぞんざいなことを言っても大丈夫!というノリなのかな?と今までは解釈していた。
だから許容範囲だと思ってこちらも多少悪ノリというか、茶化すようなことを言ったらめちゃくちゃ怒られてしまった。
向こうが言った冗談が100だとしたら私の言った冗談は30ぐらいだ。でもめちゃくちゃ怒られた。「そういうの本当いらないから謝って」って言われた。
怒り返す勇気はない。
というか、揉めるぐらいならこちらが折れて楽になりたい。丁寧に謝罪した。許された。
私のインスタは「珍獣の観察日記みたいで面白い」らしいし、Twitterも「訳分かんなくて面白い」らしい。
別に周りにアカウントを見せびらかしたわけじゃないんだけど、いつの間にか観察対象になっていたらしい。
みんな褒め言葉のつもりで言っているということは分かる。でも言われる度に複雑な気持ちになる。
なんも面白くない、ただの凡人なのに「面白キャラ」扱いされて、何言っても笑いに変えてくれる!って思い込まれてるのがつらい。
要するに舐められてるんだよな
その人とは遠距離恋愛でした。
どこに腰を落ち着かせようか話していた折に、「〇〇(丁度中間地点くらいの場所)で落ち合うのもアリだね」と言う提案を相手の方からして来たのに、自分がその場所で転職した後になって掌返したように「何で相談も無く○○で転職したの?」「私は今住んでいる場所から移る気は無い」と言われ別れを告げられました。
その気が無いならなぜ提案したんだよ。
確かにもう少し話を煮詰めるべきだったかもしれないけど、少なくとも上述した通り一度は話題に上げてるし、転職活動始めるタイミングでも言ったはずだ。
気が変わったにしても、気が変わった時点で「ごめん、やっぱり気が変わった」くらいは言って欲しかった。
弄ばれたのかな。
真面目に向き合ってくれてなかったのかな。
その場その場のノリで適当にあしらわれたのかな。
横だが、その解釈には相当に無理がある。むしろ、「遅刻しても良い相手なんていないから誰が相手の場合でも遅刻はしないようにしよう」と思っている人間だと、相手が遅刻して来ると「多分こいつは俺とは違う信条の持ち主なんだろうな」と思うもの。
「多分こいつは俺とは違う信条の持ち主なんだろうなと思う」ことと「遅刻しても良い相手だと思われているんだなと判断する」ことは明らかに異なると思うんだけど。
むしろあんたこそ、自分自身が他人にそういう価値観で接してる(どうでもいいと思ってる奴に対しては積極的にぞんざいな扱いをしている)から他人もそうだと妄想しちゃうんじゃないの?
最後の章になる。
地方自治体はどんな人を欲しているのか、及びどんな人が職員として通用するのかしないのか、それらを説明して終わりにする。
とはいえ、もう4万字を超えそうだ。ここまで読んだ貴方は忍耐力を持っている。地方公務員に適合した人材である可能性濃厚である。
キャリアの棚卸しにしては壮大になりすぎた感がある。まずは、先達の書いた日記をひとつ紹介して記述量のショートカットを図る。
https://anond.hatelabo.jp/20200923212241
この日記を書く前に、はてな匿名ダイアリーで見つけた日記のひとつだ。短く簡潔にまとまっている。内容も概ね正しいと感じる。明白な誤りはない。単純に面接を突破したい人間はこれを見るといいだろう。惜しむらくは、上の日記を書いた人は公務員試験の面接官ではない。
せっかくの機会だ。民間時代を含めると十年以上に渡って面接官を務めた者として、採用可能性が高い人材の傾向を三箇条として述べてみたい。その後、面接評価表にはないポジティブチェック・ネガティブチェックの一部を示そうと思う。
モデルケースを挙げる。採用試験を受けようとする市町村で生まれ、小中高をそこで過ごし、進学や就職を機に都会に出たけれども、また地元に戻って働こうとする受験者がいたとする。
はっきり言おう。満点に近い。もうその時点で、「面接評価では4を取ってください! お願いします!!」と面接官に期待の眼差しで見られている。K市ではそうだった。というのも、そこまで地元愛のある若者はほとんどいないからだ。
覚えておられるだろうか。当時のK市の人事行政の問題点のひとつに若手職員の離職率があった。3年以内離職率が3割超えという高い数値の原因のひとつが、『他市町出身』の職員数の多さにあった。
採用試験を受けるまでの人生で、K市と接点のあった受験者があまりに少なかった。原因はシンプルであり、県庁や政令市や特別区の滑り止めで受ける人間が多かったことによる。みんな現役で地方公務員になりたいので、第一志望に落ちた後もなりふり構わず受けまくるのだ。採用された後も、第一志望の自治体に入るために勉強を続ける。いわば仮面浪人だ。
「何をもって他市町出身なのか?」を定義するのは困難である。ここでは30才以下の職員について、市外在住率(K市に住んでいない者の割合)が『他市町出身』の代替指標として機能するとしよう。さて、K市の市外在住率はどの程度だったと思う?
正解は……30才以下の若手職員のうち、8割がK市に住んでいなかった。私が辞める年には7割を切るところまで改善されていた。新人職員が居住地をK市に選ぶ割合が増えたことによる。改善のミソは、採用試験で評価されやすいポイントを変えたからだ。後述。
これはひどいな、と当時の私は思った。素人考えでもわかる。市外在住率が高すぎる。もし災害が起きたらどうなる? 全員すぐに集合できるのだろうか?
すべての年代になると、市外在住率は約5割になる。K市の近くにある政令市などが魅力的なのもあるが、市町村合併でK市に編入された先の市町村職員が、「もう義理を果たす必要はない」とばかり、こぞって自分が住みたい町に移住していく事情もある。全国的に見ても人が多い地方であるため、魅力的な市区町村が多いのだ。
では、上の『後述』の内容について。私が総務部長に提案したのは、「K市を愛することのできる人間を採用する」というものだ。試験を受ける時点ではK市が好きじゃなくていい。K市出身でなくてもいい。入庁した後にK市を好きになることができる、そういう素地のある人に高い評価をつけるようにした。
申し訳ないが、具体的な内容は部外秘とさせてもらう。公開すると、ネット検索によってK市がわかってしまう可能性があるからだ。ご了承願いたい。
社会人として一番大事なことは何かと問われれば、30代前半までの私であれば、『実力』又は『正しい過程で正しい成果を出し続けること』と答えるだろう。
今の私であれば、『尊敬によって他者との繋がりを保ち続けること』と答える。これが社会人(使用者も労働者も)にとって一番大事な事柄であり、能力でもある。これは、Think CIVILITY 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である(Amazonのページに飛びます)といった名著においても明らかにされている。
このように自分のために何かをしてくれた人に対し、きちんと感謝の言葉をかけられる人が果たしてどのくらいいるだろうか。
あなたの人生にもキャディのような役をしてくれる人はいるのではないか。あなたが存分に仕事ができるよう、目に見えないところで条件を整えてくれている人、成功のための下地を作ってくれる人、ゴルフバッグのような重い荷物を代わりに持ってくれる人、困った時に助けになってくれる人。そんな人たちがいるのではないか。
たとえば会社の中では、誰もがそういう「裏方」の役回りをすることがある。あなたの会社は、そんな人たちの貢献に注目し、正しく評価する体制になっているだろうか。あなたは自分を日頃から笑顔にしてくれる人に、感謝の気持ちを伝えているだろうか。
単に協調性というと、「みんな揃って前ならえ」のイメージがある。今の日本社会では、善悪両方の社会的資質と見なされることが多い。
私が持っている神の辞書によると、協調性とは概ねこんな意味合いになる。
・異なる立場や環境、利害関係にある者が互いに力を出し合って問題を解決すること
本来はこうである。みんな揃って前ならえ、ではないのだ。仕事は1人ではできない。一般事務職として採用される公務員は、民間企業でいうところの総合職だ。常に誰かに依存し、依存されることで仕事を前に進める。
だが、自分ひとりで成果を出していると勘違いする者が後を絶たない。空しいことだ。こういった人の残念なところは、その知性の程度にあるのではない。俺だけが、私だけがスゴイ。もっと自分に注目してほしい、といった自己本位的な動機で仕事をしていることだ。
どんな仕事も、社会に生きる人間一人ひとりを幸せにするために存在している。彼らはそのことに気が付かないか、気が付いても自分の気持ちばかりを優先する。
百歩譲って、20代までは良しとする。だが、30代になっても学校の勉強や部活動で高い成績を上げ、周りに注目されて喜んでいる中高生と同じレベルでは困る。
あなたは、見知らぬ人に対して敬意をもった行動ができるだろうか。自分と考えの異なる人間を尊重できるだろうか。嫌いな人や敵に対しても、悪い感情に心を乗っ取られずに意思の疎通ができるだろうか?
面接においては、この人格的態度を最も高く評価する。私が市職員になる前からそうだったし、K市の面接官として責任を受け持つようになってからも変わらない。
話は逸れるが、あなたが面接官の経験がある人だったとすると、「この人、面接の時とぜんぜん違う!(もちろん悪い意味で)」みたいなことがあったはずだ。面接で猫をかぶるのが上手い人だ。そういう人を見分けるコツがある。
印象がいい――これに尽きる。あなたにとって印象がいいし、他の面接官にとっても印象がいい。特に、ハキハキとした明るい話し方。面接官全員にとって好印象だったのなら、その人は危険だ。本当に使える人が面接に来た場合、面接官が3人だったとすると、大抵1人は、「うーん……」と頭をかしげることになる。採用判断が下しにくいということだ。
それが普通だ。みんなにとってイイと感じる人格をもった人間はまずいない。いたとしたら、それは猫をかぶっているか、はたまた聖人のどちらかだ。
技術職や、職人芸を要する分野で人を雇う場合は特に気を付けよう。それに適合した人との面接では、極度に緊張した様子が伝わってくる。身体は縮こまっていて、声はたどたどしく、自己アピールも乏しく、挙動不審――そういった人が最高の素質(タレント)を持っていることがある。
一流の面接官であれば、誰が試験に来ようと、その人のいいところを最大限に引き出せるよう心がける。履歴書を読み込んで、実際のシミュレーションをし、面接ではよい雰囲気を作るよう心がける。その人が職場に適合している証拠を質疑応答によって全力で探すのだ。受験者が喋るのに苦労しているようであれば、なんとかして悪い雰囲気を壊そうとし、その人の考え方や過去の行動を引き出そうとする。
飲食店などアルバイトの採用では、あなた1人で面接を担当することもあるだろうが、それでも上記のことに気を付ければハズレを引くことは少ない。印象がいいな、と感じた人に気を付けよう。初対面で印象のいい他人はまずいない。たとえ面接官に嫌われようと、素の自分をちゃんと出す人間を採用した方がいい。
猫をかぶる受験者への具体策としては、面接が始まる前と終わった後の行動をこっそり監視するといい。椅子をちゃんと戻しているか、出入口で人とすれ違う時の仕草や、駐輪場で他人の自転車をぞんざいに扱ったとか、車の運転に危険があるなど、それなりの確率でボロが出る。
公務員に限らず、組織で働く人間にとっての血であり肉である。ここでいう知的能力には、知能であるか、知性であるとか、創造性とか言われるものを含む。
すなわち、数値計算やスケジュールの段取り、ある規則に従っての並び替えといった正解がある分析的分野から、新規事業の企画、プレゼンテーション、利害を巡っての交渉や調整といった正解(不正解)がいくつもある総合的分野に至るまで、脳を働かせて答えを導き出すありとあらゆる分野を含んでいる。
官公庁に特徴的な仕事の傾向として、業務の幅の広さ(薄く広く)が挙げられる。特に地方自治体だと、ひとつの役場で多種多様な仕事を行っている(この機会に、あなたが住んでいる市町村の組織図をみてみよう)。民間で例えると、とんでもなく多角化が進んでいることになる。
数年おきに全く新しい仕事を覚えることになるのだが――その意味の幅の広さだけではない。役場を訪れる人間も多種多様だ。男性も、女性も、一般市民も、民間企業も、若者も、中年も、高齢者も、子どもも、障がい者も、何らかの病気にかかった人も、とにかくいろんな人が来る。
それらすべてに対応(問題解決)しようと思うと、まずはその職員が賢くないと無理だ。これは、市役所の現場で働いたことのない私でも確信できる事実だ。傍から見ていてわかる。
礼節や態度は大事だ。植物であれば、花弁や果実など目に見える部分がこれにあたる。それらを支える意味で必要なのが枝であり、幹であり、根である。もっと細かく見ると、細胞質や葉緑体や核ということになる。職業人でいえば、脳というOSがこれに当たる。
このOSが大したことのない物だと、いかに素晴らしい性格や気質を具えていても結果を出し続けることは難しい。正しい答えや行動を相手に示すことができないからだ。市職員が、受付窓口で手早く計算をしたり、各種申請書の書き方の指導ができないと、市民や企業が何度も窓口に来たり、無駄な申請費用を払う羽目になる。
スポーツだと、柔道における心技体がわかりやすい。ある一流の選手がいたとして、その人の精神がどれだけ優れていても、技術が優れていても――風邪で高熱がある、骨や靭帯に損傷がある、五感の一部が機能しないといった事情が生じると、たちまち三流以下の実力になる。
多くの人は錯覚している。例えば、どんなスポーツでも面白い試合というのは――両者ともに拮抗している。心技体のうち、技と体が同じくらいのプロ選手がいたとする。となると、勝負を分けるのは必然的に『心』となる。
実力伯仲の者同士、わずかな差で勝負が決まれば当然盛り上がる。それが、スポーツで一番大事なものが心→技→体の順番と皆に思われる最大の理由だ。
官公庁が筆記試験を必ず行う理由がここにある。現在の公務員業界では、筆記試験(性格適性検査を含む)の作成をリクルートなど民間会社に委託する方向で進んでいるが、今後何年が経過しようと、筆記試験自体が廃止されることはないだろう。組織人として働く上での血肉であるところの、知的能力を客観的に測定できる唯一の機会だからだ。
※はじめて利用させていただくので不手際などありましたらすみません。
「人生楽そうでいいな~」と言われることがよくある。それも、本物の人生楽そうに生きてる人間からよく言われる。
最近だと久しぶりにごはんに行った昔の同級生に言われた。「そっちは人生楽でいいよね~わたしなんてさ~」から始まる同級生の自虐風自慢。昔はそんなこと言わなかったじゃん、というのを飲み込んで笑うしかない。下手に「そんなことないよ~」と返すと「そんなことあるじゃん! だってさ~」と言い返される。
人生楽そうなんて、そんなことはない。「人生楽そうに生きている」とみられるように、わたしがふるまっているだけだ。だから「人生楽そうでいいな~」と言われるのはまあ自業自得なんだけど、実際のわたしの人生はゴミみたいなものだ。
わたしが生まれてすぐ、両親は離婚した。理由は知らない。わたしは母親に引き取られ、母の実家で母と祖母と暮らし始めた。母は平日仕事だったため、ちいさいわたしの世話は祖母と保育園の職員がやっていた。
記憶がある幼少期のわたしは、いつもぞんざいに扱われていた。保育園から帰ってきたらひとりで庭で遊ぶか、家の中でひとりで絵を描いたり本を読んで過ごす。祖母は趣味のガーデニングをしたり、信仰している宗教をしたりしていて、たまに友だちの家に行く以外、兄弟もいないわたしはほぼひとりで過ごしていた。
母の帰りはいつも遅かった。気まぐれに休みの日にわたしを遊園地やら観光地やら旅行やらに連れていくこともあったが、言葉通り「連れていく」だけだ。一緒に遊ぶという概念が母にはないらしい。いつもひとりで放り出されていた。
それに母は「しつけ」と言ってわたしのことを殴っていた。泣いても謝っても母の気が済むまで続いた。それは「してはいけないこと」をしたときの罰だったので、ちいさいわたしは「してはいけないことをしたら殴る」ということを学び、それを保育園で実践した。相手の子を泣かせた。職員に怒られた。家に帰ったら母に殴られた。祖母は無視していた。
それでも優しい時もあった。絵本を買ってくれたり、母の気に入るものという条件はあるがおもちゃも買ってもらえる。服もちゃんとしている。ご飯も食べている。外から見れば、わたしは「若干行動に問題があるがまあ大丈夫だろう子」だった。そのときは母に殴られることにも疑問を持たなかったので、自分から発信することもなかった。
わたしが小学生になっても母からの暴力はずっとへばりついていた。謝っても泣いても殴られ続ける。しまいには何度謝っても無視される。かと思えば次の日には元に戻っている。母の機嫌はよくわからなかった。
ついでにいじめも始まった。社会で生きていく中で「普通」からすこしでも外れると標的にされることを知った。
それに、小学生に上がって生活をしていると、嫌でも保育園や幼稚園では知ることのなかった「外の世界」を知ることになる。
どうやらお風呂の水を追い炊きで三日間も使わないらしい。どうやら宗教にのめりこんでいる家はあまりないらしい。どうやら世の中のお母さんとお父さんは出かけたときにいっしょに遊んでくれるらしい。どうやらしつけで殴ることはないらしい。どうやらけがをしたら手当をしてくれるらしい。どうやら絵を描いていて「紙の無駄だ」と怒られることもないらしい。どうやらテストでいい点数を取ると褒められるらしい。どうやら熱がありフラフラの状態で学校に行かせることはないらしい。それで早退させられ病院に行ったら「即入院です」と言われたのに点滴だけを打たせて持ち帰ると言うことをしないらしい。
それらを知ったときはびっくりした。いやわたしの家「普通」じゃないやんけ。薄々「そうなんだろうな~」と思っていたことが本当になってしまった。
でも知ったからってどうすることもできなかった。なにせ逆らうと母に殴られる。時々蹴られる。小学生に上がると、それらに加えて悪口も増えた。わたしに直接言うこともあるし、わざとわたしに聞こえるように祖母と母でわたしの悪口を言い合っているときもある。それに対してなにかを言うと殴られる。
家も地獄だし、学校もいじめやら担任のえこひいきがひどすぎるだとかで地獄だった。一週間ずっと休める日がない。
そんな中で普通に生きていけるわけもなく、高学年になってからは自傷が始まった。最初は髪の毛を抜くだけのかわいいものだったのが、当時流行っていたいじめやら援助交際やらリスカやらの漫画の影響でカッターで手の甲を切り出した。最初は薄くて傷も残らずすぐ治るようなものだったのがエスカレートして、切る場所が手首になるまではそんなに時間がかからなかった。
よくリスカしてる人が「切ってるときが落ち着くんです」って言うけど、あれは本当だと思う。切ってるときは落ち着く。なので家では、母に殴られる→手首を切る、がセットになった。最初は恐る恐る、うっすらだったものも、いつのまにかより深く傷が残るものになっていった。手当だって自分でするしかなく、適当にティッシュを重ねたものをセロハンテープで止めた。
中学生になってもその連鎖は続いた。その頃になると学校でのいじめはなくなり、勉強もできなければ授業態度も悪いために教員に目をつけられている以外は普通だった。学校にいれば殴られないしいじめもない。誰も手首にたくさんの傷があり、時々ティッシュを巻いている人間のことも気にしない。嫌いな人間とも友だちをしないといけないのは面倒だったけど、小学校よりはまだましだった。
でもさすがにわたしも耐えきれなくなったみたいで、一度だけ担任に「お母さんに殴られてるんで助けてください」と言ったことがある。結果は無視。わたしが嘘を言ったのだと思ったのだろうか。手首に数えきれないくらいの傷跡があっても信じてもらえないのか。家に帰ったら殴られた。母の機嫌が悪かったらしい。次の日、学校を休もうとしたら怒られた。学校も地獄になった。どこも地獄。
高校は中学よりもましだった。わたしの学生時代で唯一平和だったのは高校の三年間だった。リストカットは続いていたけれど。技術系の高校だったので、他の人とのレベル差に泣きそうになったけれど、それでもいじめもえこひいきもなかった。友だちもわたしのことを見下すことなく、対等に接してくれた。
このまま技術系の大学に進学したいな。そう思っていた。その頃になると勉強やら実技やらの言い訳をつけて帰宅時間を遅くして、母に殴られることは減っていた。母は他人の目を気にする人だから、大学には行かせるだろう。一、二年生の三者面談では、わたしの希望する技術系の大学に行ってもいいと言っていた。
それが変わったのは三年生で、急に「教育系の大学以外は行かせない」と言ってきた。嫌だと言ったら殴られた。今までだんまりだった祖母もそうするように言ってきて、挙句の果てに近所の人にまで「技術系の大学に行ってどうするの」とまで言ってきた。他人を巻き込むな。
そこから高校生活も変わった。進路希望は「教育学部」にした。もう疲れたのだ。殴られるのも蹴られるのも悪口を言われるのも全部疲れた。人生で一度くらいは母に褒められてみたい。そんな感情で受験して、教育学部のある県内の底辺大学に受かった。祖母は合格通知を見て泣いていた。母はなにも言わなかった。殴られも蹴られもしなかったけれど、褒められなかった。
わたしの人生ってなんだろうな~! 母親に褒められたことはなく、かわりに暴力と悪口と宗教がある。家はいつも物であふれかえっているけれど、そこにわたしの物はすこししかない。手首や腕や足には数えきれないくらいの傷跡があって、それは年々増えている。ここで逃げればよかったんだけど、わたしは母に褒められたかった。それだけで大学に行って、母に言われた通りの資格を取って、勧められたままに子どもと接する職場に就職した。そこまでしても母に褒められなかった。仕事で子どもたちとその保護者に関わるうちに、いつのまにか精神が削られていたのだろう。仕事で接する「家族」を見せられるたびねむれなくなり、食べ物が一切食べれなくなり、手首の傷はどんどん深くなり、切る回数も増え、仕事に行けなくなった。体重も三か月で20キロ落ちた。仕事に行くかわりに精神科に通いだし、薬をもらってなんとかねむる。それでも悪夢を見て目が覚める。「普通」でいなくちゃ殴られるのに「普通」でいられない。薬を飲んで手首を切っているときが唯一「普通」でいられた。
もう死んじゃおっかな。そう思い始めて準備をしていると、はじめて母が今までわたしにしてきたことを謝ってきた。「悪いことをした」というだけで、「ごめん」とは言われなかった。母によると「母(わたしの祖母)に殴られて育ってきたからそう育てた」らしい。手首を切っていたのも最初から全部知っていて、知っていながら無視していたらしい。死までもう少しのところまで追い詰めたあとにそんなことを言うな。楽に死なせてくれ。安定剤がなければ生きていけない人間にそんなことを言うな。なによりも、それだけで母のことを許してしまう自分が情けなかった。
わたしに「人生楽そうでいいな~」と言ってきた同級生は、そんなわたしのことを知らない。たぶんわたしのことを「好きな大学まで行かせてもらったのに社会に出てだめになったクズだけど親に守られてる」と思っているんだろうな。実際外から見ればそうなんだろう。母は外からの目を気にする人で、隠すのがうまかった。殴るのだって顔を狙ったことはない。わたしから周りの人間に「母親に殴られたり蹴られたり悪口言われたりしててさ~褒められたこと一度もないんだよね」なんて言ったことはない。わたしから見れば両親が仲良く、いじめられたこともなく、手首がきれいで精神も異常じゃない同級生のほうが十分「人生楽そうでいいな~」と思う。今はもう楽に死ねたらそれでいいです。
どういうつもりで言ってるのか分からなさ過ぎて本気で馬鹿にされてるのかと思った
私はブスだから、少しでも大嫌いな自分の顔がマシに見えるように、少しでも外に出て恥ずかしくないように学生の頃からメイク勉強してきたし
ブスだから、せめて肌や髪は人一倍綺麗にしてようと思ってスキンケア・ヘアケア絶対手抜かないようにしてきたし
ブスだから、パーソナルカラー、骨格、顔タイプ一つでも不正解選んでブスがさらにひどくなるのが嫌だからどれも安くなかったけどちゃんと専門家に見せて把握して、ちゃんと正解だけ選べるようにしてきたし
ブスだから自分の顔がずっとコンプレックスだったから必死に努力してたら必然的に周りより少し詳しくなってただけなんだよ
好きで詳しくなった訳じゃないのに嫌味のつもりかな
気分悪い
メイクやスキンケアの事で悩んでて相談しに来てくれた子達は確かに他にもいて、その子達にはメイク始めたてで何も分からない頃の悩みとかコンプレックスがある女性の気持ちとかとか分かるつもりだから確かに真摯に答えたよ
買い物で迷ったって言うから何々が似合いそうとかアドバイスした事もあったよ
私がどんだけ肌綺麗に保とうと努力してようがもしあんたが肌荒れしてニキビ5個ぐらい出来ても絶対あんたの方が可愛いでしょ
似合うメイクがわからない?「どうせ何つけても可愛いんだろうし自分の好きなの買えば?はい終了」で良くないですか?
別に私は悪意を持ってあんた1人にだけ対応をぞんざいにした訳じゃないし
「何選んでも似合うでしょ、好きなの買えばいいじゃん」
この回答で何が気に入らないの?事実ですよね
仮に本気で不満だったとして、じゃあ元々可愛い人間がブスから何を教わりたかったの?
例え100均のコスメで適当にメイクしてもどうせ確実に可愛くなれるんでしょ?それぐらい美人のくせにこんなブスから何を学びたいの?
それとも美人には想像もつかない地道な努力過程(笑)を聞いてそれでもあんたに遠く及ばないブッサイクな顔を無駄な努力積み重ねてるなって笑いたいの?