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2020-05-16

ヨーロータケシマンコには実際には多くのファンがいた

  日本人には見られないような性格のいい人として、唯脳論をはじめ、平成受験生に書いた本が大量に読まれたし

またヨーローも、自宅に大量の本があって、本に押しつぶされて死ぬならそれでもいいなどといって当時の若い日本人を笑わせていた

 自宅の鎌倉から電車東大に通うまでも、本ばかり読んでいた人間だった、解剖学教室であったことなどを色々本に書いていた

   「脳の見方」など一部には平成マンコには受け付けない難解な本もあったが、それ以外の腐ったマンコ向けの色々なエッセイが人気があり

同じような文体ブログなどに文章を書く学生が続出した

   ヨーローは生きていたころは多くの若者に愛され、書いた本も買われていたが、2006からバカの壁遺書、半分生きて半分死んでいるなどの

本を書き始めてから繰り言ばかりになった、今では人気がない

      ヨーローは、平成の昼、日本人ジンマンコの沼の中で汚い顔をして生きていた夏には多くの若者に人気があったが、悪質な世界に来てから誰も本を買わなくなった

  もっとイキイキしていてレベルの低いことをいっていたときは人気があったが、最近自己保身ばかりで内容なし

    昔は若者から、ヨーローに救われた、という人もたくさんいたが、今じゃ犬も食わない

2020-04-28

成増に住んでる奴が和光まで買い物に行くより、横浜に住んでる奴が鎌倉に行く方が罪が軽いというのは納得がいかない

2020-04-23

まさか去年の今頃は世界がこんなことになってるとは思わなかったわ。呑気に彼氏鎌倉行ってすごく幸せだった。そのあと振られたけど!悲しみ

2020-04-22

見ずして死ねない日本の伝統建築10

友人と旅行すると,興味ない人には日本の伝統建築って全部同じに見えてるんだろうなーって思うことが多い.つまり,「見えて」いても「見えてない」んだな.解像度が低い.だから,その深み凄みを紹介するために10建築を選んでみた.

この増田で,日本建築のどこをみればいいかが少しでも理解してもらえればいいな,と思っている.あくま日本建築を楽しむための「入り口」として,もしくは旅行の楽しみを一つ増やすためのお手軽ツール(やや自嘲をこめてるよ,これ)として,読んでくれると嬉しい.

法隆寺中門~回廊(奈良県生駒郡飛鳥時代

 法隆寺は誰もが行ったことがあるだろう.しかし,一般人教科書に載っている五重塔と金堂があるなーって思って,終わりなんじゃないだろうか.違うのよ本当に.中門なんだ.中門から回廊にかけての柱.伊東忠太エンタシスと呼んだ,胴張りの柱.この列柱をみて,何も感じない人間は,おそらく建築に対するセンスを持ち合わせていないのだろうから,これ以降この増田は読まなくてもよろしい.建築は細部に宿るのだ.その原初的プロポーションは,日本にも偉大なる古典クラシック)があったという証なのだ

東大寺法華堂(奈良県奈良市奈良時代

東大寺に行くと,一般人大仏殿で満足して帰る.ちょっと詳しい人は,二月堂まで登って景色を楽しんで帰る.じゃあ玄人は?その横の法華堂だ.しかも,入り口ではなく,裏側からまずその建築美を楽しむ.この風景こそが,まさに創建時代東大寺からだ.実はこのお堂は,左半分が奈良時代仏堂であり,鎌倉時代に右半分の礼堂を増築している.だから側面からみるとチグハグな印象を受ける.なぜこんな事になっているか原初的には,仏像は外から拝むものなのだ.お堂の中は仏の領域であり,そこに人が入ることはなかった.しかし,日本は雨が多いため,実用的な理由で,仏堂に並び建つ形で礼堂という,人が入って拝むためのお堂が作られるようになる.そして,その後この仏堂と礼堂を一つの大きな屋根で覆うようになったのが,日本の最も一般的正方形に近いお堂の形だ.なぜ奥行きがあるのか,それは二つのお堂を包摂してるから.そして,内部を内陣(仏の領域)と外陣(人の領域)に分けている.

 とまあ,東大寺法華堂だけで日本建築史が語れるんだけど,法華堂自体価値とは,その仏堂と礼堂の処理の過渡期的な建築であることはもちろん,何よりも,天平建築天平彫刻がそのままの形で残っていることだ.奈良時代日本はやっと中国・唐から最新の様式を導入できるようになった.そしてそれは王者建築なんだな.力強く,おおらかで溌剌とした建築.柱と梁によるシンプルで強い建築.その素のままの美しさでは,天平建築にその後の建築は敵うはずがないのだ.

富貴寺大堂(大分県豊後高田市平安時代

平安時代建築って,数も少ないし奈良時代以前の建築に比べて,それほど素晴らしいとは思えない.よくも悪くも日本ナイズされて,よく言えば品のある住宅風の,悪く言えば構造ダイナミズムが弱い建築が作られた.平安時代,人は仏堂の中に入り,座って祈りを捧げるようになった.それゆえ,天井は低く,落ち着いた空間が好まれるようになった(卵が先か鶏が先かはわからないが).軽く高床にして,床下の風通しをよくしているのも日本化のひとつ.これらの日本的要素を建築史的には和様と呼ぶ.平等院鳳凰堂和様代表みたいに言われているけど,あれはまあ,例外的な派手派手金持ち建築なわけで,一般的仏堂というのは,この富貴寺大堂のような三間四方(柱が4本で間が3つの正方形型)の阿弥陀堂だろう.これがよい.実に素朴で,柔らかい建築.人と仏像距離がちょうどよくて,いつまでも中に入って祈りを捧げられるような,そんな自然体の空間.こういう空間は,奈良時代ダイナミックな,ところせましと仏像が建ち並ぶ空間とは異なり,ほっとするんだな,日本人なら.とはいえ,この富貴寺は大分のド田舎にあるので,さすがに東京から行くにはマニアじゃないと無理かな.東日本なら,福島県いわき市にある白水阿弥陀堂も同様の建築でよい(らしい.東国はいまいち詳しくない).さらに,平安時代に由来する浄土庭園の中にあるので,こちらの方が平安時代的でよいかもしれない.

東大寺南大門奈良県奈良市鎌倉時代

日本建築史上の最大のトピックといえば,鎌倉時代東大寺再建に関わった僧,重源の大仏である.先述したように,平安時代には天井を低く住宅風の落ち着いた仏堂が好まれたが,重源が宋からもたらした建築は,その真逆をいくエポックメイキングものだった.天井は貼らず,屋根裏まで高く伸びる柱.縦横無尽に頭上を飛び交う貫(ぬき,柱と柱をつなぐ水平の補強材).そんな規格外建築東大寺大仏殿という世界最大級木造建築を作るためには,従来の和様建築では構造的に不可能であった.それゆえ,より合理的ダイナミックな中国・宋由来の建築が取り入れられた.日本建築史上最も巨大な,今見られる大仏殿の3倍にもなる内部空間.それはパンテオンにも劣らぬ迫力のものであったろう.そんな鎌倉大仏殿を今,見ることはできない.戦国時代田舎侍が燃やしてしまたから.しかし,東大寺南大門は当時のまま残っている.東大寺南大門をくぐる時は,ふと上を見上げてみよう.そして,圧倒的な上昇感に震えてみろ.

金剛三昧院多宝塔(和歌山県高野町鎌倉時代

多宝塔って知っているだろうか?下層が方形,上層が円形の平面を持つ,ちょっと変な建築だ.空海に由来するため,真言宗系の寺院によく見られる.これ,塔がそもそもインドストゥーパ釈迦の遺骨を納めた仏教最初期の半球系の建造物)に由来していることをあらわしている.先祖帰りの建築だ。中国にも存在しない、日本オリジナル奇形建築木造建造物としては,かなり無理矢理な形をしていることから,よほどの宗教的意味があったのだろうと思う.今は15mほどの小型のものが多いが,そのオリジナル高野山のコアである根本大塔だ.しかしあれは無理があったのか,燃えては再建を繰り返し,今ではもう鉄筋コンクリートだ.そんな中,金剛三昧院の多宝塔は本場高野山にありながら,鎌倉時代のもので,有名な石山寺多宝塔と並んで最も古く美しい形をなしている.どっちでもいいんだけどね,やっぱり本場の多宝塔を見た方がよいかな,と思うわけだ.

軽くさわりだけなのに,予想以上に長くなってしまった.まだ鎌倉までしか進んでいない.この増田反響があったなら,あとの5つも書いてもいいかな.


消えてたのでキャッシュからリカバリー

2020-04-21

anond:20200421170303

富貴寺を挙げるとは渋いね

中部関東鎌倉以降の仏殿の登場も期待(登場しなくてもOK

anond:20200416151434

箱根温泉へ行ってきたぜ。

鎌倉江ノ島は大賑わいだったらしいけど、箱根はそうでもなかったな〜。

着いたのが夕方だったからかもしれないけど。

とはいえ駐車場は半分以上は埋まってたし、そこらよりはいたのかもしれん。

このご時世、お風呂を開けてくれてるだけでも嬉しいね

来週・再来週(GW)の予定は未定だけど、ここ2週間であらかた外出を満喫したし、そろそろ堪忍袋の緒が切れた人たちが野に放たれそうだから、おとなしく家に籠もっとこうかしら。

2020-04-20

今ごろアッキー凹んでるだろうなあ・・・

時期の違いも無視で、レストラン神社の件でずっと叩かれて。

良かれと思ってやった星野源コラボ動画まで叩かれて。

江ノ島鎌倉で出歩く奴が今でも腐るほどいるのに、自分だけなんで叩かれるんだってきっと思ってるよ。

2020-04-19

鎌倉大混雑

神奈川 鎌倉 海岸沿いの道路など渋滞 訪問控えるよう呼びかけ | NHKニュース



地元観光協会が「来るな」って言わなきゃならないのも辛いよな

2020-04-09

どうしても気に入らないラジオCMがある

テレワークになり、環境音としてTBSラジオをずっと流している

その中のCMでなぜか嫌で嫌でたまらないCMがあって、「関取花どすこい鎌倉散歩」というアプリ番組のやつなんだけど流れた瞬間にミュートにする

何が自分逆鱗にふれるのか正直分からないけどとにかくダメ

CMなんて売りをアピールする絶好の場面だろうに、そこで「若宮大路王子様だと思ってて~」とかいうクソほども面白くない話を聞かされるのが不快なのかもしれない

その意味では、同じ33tabのCMなら「徳井青空オカルト探検倶楽部」の方がまだマシ(あれも決して好きではないが…喋り声がキツイんだよ…)

このままだと嫌いな話で終わってしまうので「何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ!!!」の精神で好きなCMを書いて終わりたい

給湯器スマイクのCM、大好きです

いつも熱唱しています

2020-03-23

2019年に読んだ本

『おあむ物語・おきく物語』(天保8年(1837))

家近良樹『歴史知る楽しみ』(ちくまプリマー新書2018年12月)

石川太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)

磯田道史監修『江戸家計簿』(宝島社新書2017年)

磯田道史他『戦乱と民衆』(講談社現代新書2018年8月)

伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版2018年12月)

今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ2014年)

岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館2018年11月)

大塚英志日本バカから戦争に負けた 角川書店教養運命』(星海社新書2017年)

小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版2016年)

金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)

上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本近代』(NHK出版1978年)

神谷大介『幕末海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館2018年1月)

神谷大介『幕末軍事技術の基盤形成――砲術海軍地域』(岩田書院、2013年)

神作研一近世和歌史の研究』(角川学芸出版2013年)

香内信子編『資料母性保護論争』(ドメス出版1984年)

呉座勇一『陰謀日本中世史』(角川新書2018年3月)

佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)

サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店2013年)

篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房2005年)

中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書2018年8月)

内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書2019年2月)

中島岳志保守大東亜戦争』(集英社新書2018年7月)

中野節子『女はいからやさしくなくなったか』(平凡社新書2014年)

中屋敷均『科学非科学』(講談社現代新書2019年2月)

長山靖生帝国化する日本――明治教育スキャンダル』(ちくま新書2018年9月)

文芸春秋編『日本史の新常識』(文春新書2018年11月)

本郷和人『戦いの日本史 武士時代を読み直す』(角川学芸出版2012年)

松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)

宮地正人日本リブレット人68 土方歳三榎本武揚 幕臣たちの戊辰函館戦争』(山川出版社2018年8月)

森正人鈴木元編『文学史古今和歌集』(和泉書院2007年)

山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌからすとうずらペンと 山川菊栄山川写真集』(同時代社、2016年)

山本博文編『織田信長古文書』(柏書房2016年)

山本ルンルンサーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス2019年)

吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物社会史』(ぺりかん社2012年)

和田裕弘織田信忠――天下人嫡男』(中公新書2019年8月)

渡部周子〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女規範形成』(新泉社2007年)

渡邊大門関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書2019年9月)

渡辺尚志『江戸明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社2017年)

渡部泰明『和歌とは何か』(岩波新書2009年)

★再読★

鬼頭宏『日本歴史19 文明としての江戸システム』(講談社2002年)

ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)

中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書2016年)

山川菊栄武家女性』(岩波文庫1983年)

山川菊栄著・鈴木裕子編『山川菊栄評論集』(岩波文庫1990年)

和田英『富岡日記』(筑摩書房2014年)

2019年に読んだ本

『おあむ物語・おきく物語』(天保8年(1837))

家近良樹『歴史知る楽しみ』(ちくまプリマー新書2018年12月)

石川太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)

磯田道史監修『江戸家計簿』(宝島社新書2017年)

磯田道史他『戦乱と民衆』(講談社現代新書2018年8月)

伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版2018年12月)

今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ2014年)

岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館2018年11月)

大塚英志日本バカから戦争に負けた 角川書店教養運命』(星海社新書2017年)

小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版2016年)

金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)

上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本近代』(NHK出版1978年)

神谷大介『幕末海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館2018年1月)

神谷大介『幕末軍事技術の基盤形成――砲術海軍地域』(岩田書院、2013年)

神作研一近世和歌史の研究』(角川学芸出版2013年)

香内信子編『資料母性保護論争』(ドメス出版1984年)

呉座勇一『陰謀日本中世史』(角川新書2018年3月)

佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)

サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店2013年)

篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房2005年)

中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書2018年8月)

内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書2019年2月)

中島岳志保守大東亜戦争』(集英社新書2018年7月)

中野節子『女はいからやさしくなくなったか』(平凡社新書2014年)

中屋敷均『科学非科学』(講談社現代新書2019年2月)

長山靖生帝国化する日本――明治教育スキャンダル』(ちくま新書2018年9月)

文芸春秋編『日本史の新常識』(文春新書2018年11月)

本郷和人『戦いの日本史 武士時代を読み直す』(角川学芸出版2012年)

松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)

宮地正人日本リブレット人68 土方歳三榎本武揚 幕臣たちの戊辰函館戦争』(山川出版社2018年8月)

森正人鈴木元編『文学史古今和歌集』(和泉書院2007年)

山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌからすとうずらペンと 山川菊栄山川写真集』(同時代社、2016年)

山本博文編『織田信長古文書』(柏書房2016年)

山本ルンルンサーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス2019年)

吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物社会史』(ぺりかん社2012年)

和田裕弘織田信忠――天下人嫡男』(中公新書2019年8月)

渡部周子〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女規範形成』(新泉社2007年)

渡邊大門関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書2019年9月)

渡辺尚志『江戸明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社2017年)

渡部泰明『和歌とは何か』(岩波新書2009年)

★再読★

鬼頭宏『日本歴史19 文明としての江戸システム』(講談社2002年)

ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)

中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書2016年)

山川菊栄武家女性』(岩波文庫1983年)

山川菊栄著・鈴木裕子編『山川菊栄評論集』(岩波文庫1990年)

和田英『富岡日記』(筑摩書房2014年)

2020-03-16

anond:20200316100622

酒の上戸下戸律令制に由来する説が有力なようだけど、

同じ由来で「上戸」という地名になっているかどうかだよな。

たとえば岐阜県上戸村(じょうごむら)は実際にそういう由来らしい、

村名は、律令制下で収納の高かった戸を呼んだ「上戸」の語を、この村の生産が高くなることを祈って名付けたという。

じゃあ長崎県上戸町(かみとまち)はどうかというと

市町村施行前後において、当地区は大浦とともに戸町村であった。大浦郷、浪ノ平郷(以上大浦地区)、下郷、上郷、蓑尾郷の5郷があった。1898年大浦・浪ノ平・下郷が長崎市編入され、同時に上郷・蓑尾は小ヶ倉村編入され、戸町村消滅した。のちに、1938年小ヶ倉村長崎市編入され、旧戸町村が全域長崎市になった。

下郷は1913年に戸町1丁目-3丁目、国分町小菅町に分割された。また、上郷・蓑尾郷は小ヶ倉村を経て1949年にそれぞれ上戸町・新戸町となった。以降、住居表示実施により丁目が増設されるなどして現在に至る。

この書き方だと「戸町」に対する「上戸町」っぽいよなあ。

てことは「上戸姓の出自長崎」を信頼するかぎりにおいては

酒の「上戸」と「上戸」姓は無関係ということになる。

ちなみに「戸町」自体の由来については、

古くは「とはち」ともいい、古地図には“戸八”とも記されているエリア。この「とはち」には、船の停泊地を意味する「門泊(とはち)」に由来する、また、中世鎌倉戦国時代)にこの辺り一帯を所領していた戸町氏(戸八氏)に由来するなど諸説あるようだ。

とのことらしい。

2020-03-13

ヘディングが得意だった俺

中学校から始めたサッカー

サッカー部を選んだ理由小学校の頃の友人の多くがサッカーをやっていたから。

ちなみに小学校ではドッチボールクラブだった。

幼い頃からサッカーをやっていた連中とは天と地ほど実力に差があり、一軍の試合に出る事は一度もなかった。キャプテンミスに対して異常に不快感を示すタイプでとても怖かったので試合に出たいと思う事はなかった。

当時は無限に体力があったこともあり、朝から晩までサッカー&サッカー毎日を送っていた。ほとんど遊びの延長だったのだけれど。

そんなんだから学生時代記憶に残った試合とか一切ない。あれだけ時間を注いだのに一切成果が出てないのは自分らしいなとも思う。

さて、時は流れて20くらいの事だ。

手軽に取り組めるフットサルにハマっていた俺たちは鎌倉で開かれた大会に出場した。大会にはレギュレーションが設定されているのが一般的初心者向けだったり女性を交えて楽しくやろうなんて大会も少なくない。

しかし、血気盛んな俺たちはオープンクラス大会を選んだ。オープンというのは何でもOK、つまり上級者向けなのだ

案の定、対戦相手はめちゃくちゃ上手い。ピチピチのタイツニット帽とか被ってるタイプのやつもいた。

今思えば、中学校時代に一軍だったやつらと肩を並べて強敵と戦う初めての時間だった。

35歳になった今でもその大会での試合はよく覚えている。なんならフェイントをかけて相手を抜いた感触まで覚えている。

クライマックス決勝戦で起こった。

スコアは2-2残り時間僅か。

コーナーキックのチャンス。

キッカーは友人。

俺は額を指差し頷いた。

なんてことを仕事中にふと思い出したよ。チームメイトも散り散りになったしあのメンバーサッカーをすることはもうないと思うけど良い思い出だよ。

2020-03-09

詩人になりたい

想いを言葉にして文字に起こす

目に映るのはただの記号ではない

そこにメッセージがある限り文字は無くならない

奈良平安鎌倉室町江戸明治大正昭和平成令和と時代が移り変わってもその意味は失われない

徒然草便所の落書きネット掲示板コメントを見てもそうだ本質は変わってない大体の事が口に出しては言えないことばかり。

面白いものだ。

次は何を媒体にしてこのメッセージが繋がっていくのだろう。

2020-01-29

anond:20161019222009

実はすべてのお金100円だったことはある。中国の銅銭を輸入して使っていた時代鎌倉から江戸初期までの時代だ。

当時一般的大工さんの収入が一日100文。現代だと1万円として1文100円。なおお米の価格から1文の価値を図る場合もあるがこの場合はだいたい1文30円

銅銭には中央に穴が開いているのでそこに紐を通して100枚(慣例として96枚で100枚と見なしていた)セットにしたやつを10個セットにすると1貫。だいたい10万円。

ちなみに1文3.75グラム。1貫で3.75キログラム

流石に高額の取引には向かないので、帳簿上のやり取りで取引することになる。キャッシュレスやね。

その時に借用証書を書くんだけど、その借用証書を別の取引にも使ったりする。借用証書紙幣の代わりになる訳。

その借用証書を「財布」と呼ぶ。現代の財布の語源

2020-01-22

anond:20200122120519

ちかくにブロックのものがあるなら

雪で作るような鎌倉トチーカをつくれ

日よけ、閉鎖空間重要だ。

座してもしくは寝て ただまて。

情報量は金の1% どうみても同じ空間内だから店内だろうから1%の10%は その隣の男のものだ。

人側が足りないなら通常 人足は1-3万円ぐらいだ。あとばらいでもいいのではないか

anond:20200122115945

座して死をて。

ブロックがちかくにあるなら鎌倉を作れ。

2020-01-15

なんで日本台湾フィリピン侵略しなかったんだろうな

鎌倉室町あたりで積極的に対外進出していれば一大海帝国として覇権を握れたろうに。

沖縄侵略江戸時代になってからから遅すぎるんだよなぁ。

遣唐使とか送ってる暇があったら東南アジア進出すべきだった。

大陸方面に野心を燃やしすぎなんだよ。

2020-01-07

ある本の名前を探しています

数年前、図書館何となく借りた本がもう一度読みたい。

でも私は、その本のタイトルも作者も、全容もすべて忘れてしまいました。

2階建てのこじんまりしたその図書館で1日中その本を探したこともあるけれど、まるで見つからなかったのです。

森見登美彦の「熱帯」みたいに。

  

もう一度読みたいのだけれど、あまりにも記憶がおぼろげで、Google先生ではお手上げでした。

なので、はてな大先生最後の望みを託して書かせてもらいます

 

覚えているのは、夏の暑さとか、車窓からの風とか、そんな感覚が確かに伝わってくるような、美しい文章だったこと。

もしも、「これじゃないか」と思い当たる節がある方がいれば、その本のタイトルをぜひ教えてもらえないでしょうか。

  

その本は、今よりも少し昔の日本舞台お話でした。

長く活躍されている小説家随筆家か……ご本人の体験談を綴ったような内容で。(もしかすると、エッセイ風に書いただけで空想上の人物お話なのかもしれないです)

 

長年連れ添った妻とのなれ初めや、妻と旅行に行ったときの話の他に、真夏のじんわりと熱い日に、お弟子さんか生徒さんか、年下の男性が家を訪ねてきていたとき描写がとても印象的だったのを覚えています

あんなに、舌が乾く感覚を覚える文章ははじめてでした。

 

舞台はどこだったかな。ちょこちょこ引っ越されていたような。多分ですが、鎌倉とかも出てきたように思います仕事の都合で妻の出生地を離れていたとか、飛行機電車に乗っていて、妻の機転にひどく驚かされていたというエピソードもあったような?

 

時代は、恐らく戦後の、少し時代が落ち着いた頃。幾分か穏やかな時代になった頃なんじゃないかな。まだ和服を着ているような懐古的雰囲気もありつつ、現代に通ずる洋風文化もその話の中では浸透していたように思います

  

……覚えていることは、このぐらい。すみません

こんなにもわずかな記憶なのに、私はあの本がどうしてももう一度読みたいのです。

 

きっと、私のことだからタイトル装丁かのいずれかに惹かれて本棚からパッと抜き出した一冊なんだろうと思います。そして、借りている間に仕事か何かが忙しくなって、ろくにメモも取らず返却してしまい、そのまま忘却していったのでしょう。

 

こんな情報だけで、知人の誰かに「この本知らない?」というのは憚れます。だからこそ、匿名性の高いここを選ばせてもらいました。

 

「もしかすると、これじゃね?」と思い当たる何かがある人、ぜひ教えてもらえないでしょうか。

 

きっと作者は、ユーモラスたっぷりで、(これは完全なる想像だけど)ハットがとびきり似合う紳士なんだと思います。ハッキリと覚えていないですが、数年前に読んだとき結構前に刊行された本だな」と思った覚えがあり、かなり古い時代活躍されていた印象を受けたので、高齢の方なのかなと。

 

数年前、私はあの本の魅力に気づかず返してしまいました。でも、数年経っても、まだ「美しい文章だった」という記憶けが鮮明に残っていて、今更、あの本の虜になってしまっているのです。

2019-12-28

あの足わるいんですか?

 

鎌倉はいってないが、まだ名古屋の半分ぐらい

2019-12-12

anond:20191212214259

鎌倉、とうぶんその男性との思い出が付きまとっちゃうね💦

最初の思い出がどうでもいい男性となんて嫌だろうし忘れないだろうな」というのがあって、

カップル人気スポットであっても女性同士でるるぶとか地元タウン誌とかみて旅しちゃうのでした。

鎌倉女性同士でいきました。増田さんの鎌倉メモリーズが、新たに良いものになりますよう。

婚活に向いてない

婚活パーティーで会った男と5〜6回食事に行った。鎌倉とかイルミネーションも見に行った。でもなんか、違うなと思った。いい人だし友達として付き合うのはいいけど、男女交際となるとピンとこない。

でもその人とズルズル会い続けてるのは、次の人を見つけるのがめんどくさいからで、一から関係を構築するのがめんどくさいからで、お察しの通りコミュ障からなんですけど。

私は妹気質のめんどくさがりだけど、ええかっこしい宝塚男役に憧れがあって、なんかその人といると「エスコートしなきゃ」という気分になって頑張ってしまう。鎌倉に行った時も、本当は一緒に地図を見て回りたかったけれど、とうとうその男は一度も地図を出さなかった。鎌倉行きたいっつったのお前だろ。イルミネーションも、お前が行きたいって言ったくせに地図を出そうともせず、「姉御肌なんですね」と年下の私に向かって笑っていた。「しっかり者っぽい」とも。お前人を見る目なさすぎだろ、と思いつつ、「そんなことないですよ〜」と笑って自分を誤魔化すのもそろそろしんどくなってきた。

極めつけに、「僕、〇〇ちゃん(下の名前)(別に呼んでいいって言ってないのに勝手に呼ばれてる)(きもちわるいから呼ばないでほしい)といると緊張する」と言われて以来ずっとLINE既読スルーしてる。こっちだって人と会う時はいつも緊張して、私と一緒にいてつまんなくないかな、ちゃんスマートエスコートしなきゃ、って気を張ってるのに、相手も気を張ってるって最悪じゃん。お互いに緊張しながら会ってて何が楽しいわけ。どえむかよ。

と、ここまで書いて、私のそういう強迫観念みたいなもの相手を緊張させているんだろうなと気付けたので、書くことはなかなかい自己分析になる。そしてその男とはもう会わない。

婚活パーティー、行くのめんどくさいな…

2019-11-28

anond:20191127131352

つい先日、何かの本を読んでいて下総国範囲ぼんやりと知った。

房総だけではなく広い地域に渡っていたこと。

鎌倉から房総に上陸してきた関係で、上総国下総国命名されたらしいこと等々。

元増田みたいな人が居て良かったね。

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