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はてなキーワード: モンブランとは

2022-06-21

日本若者の一部がやりがちな青春行為自転車や徒歩での日本一周があるが、他の国でも同じように自国を一周したる!というやんちゃ若者はいるのだろうか。

例えば韓国若者韓国一周とかやったりするのだろうか。北との国境らへんが苦労するか……?

じゃあヨーロッパの国々のバックパッカーが例えばフランス一周とか……国境線が山脈から国境沿いに一周というのがウルトラハードなのか。モンブラン登るわけにもいかん。

そもそも隣の国と地続きだと国境線沿いに旅行するモチベが湧かなさそうな気もする。するとしても縦断旅行や横断旅行になるか。

じゃあイギリス一周ならやれそうか?北の方が凄く寒そうだが……。北海道とどちらが寒いのだろう。

バックパッカーが多い国といえばインドという謎のイメージがあるが、あれも別にインド一周したる!というわけでもないだろう。やるにしてもヒマラヤ方面パキスタン方面ウルトラハードだしな。

治安と気温が安定している地域でないと若者貧乏旅行が難しい地域も多いのだろう。その条件にたまたま当てはまっているのが日本列島と。

追記

考えてみればツール・ド・フランスルートって少しフランス一周っぽさがある。

国境線に山脈があってもやりようはあるってことなのだろうなあ。

そして現地語で「自転車 一周」とぐぐることで情報がひっかかる知見をトラバより学んだ。感謝

2022-05-14

anond:20220513140136

プレゼントで高級ボールペンを購入するミッションが課せられたのだが、高いボールペンというのは本当に少ない。

1万5000円を超えるのはほぼパーカーモンブランクロスくらいであとはデュポンというところの謎素材ボールペンくらいだ。

万年筆が3万円4万円超クラスごろごろしていたり、上を見れば青天井というのとは大きく違う。

替え芯部分=書き味に直結する部分は差別化余地がないというのも影響していると思われる。 

(そういう意味で数百円クラスボールペンが一番技術競争にしのぎを削っているので進化している)

2022-04-03

anond:20220403163125

池袋住みの東武民が来ましたよ

華やかでデパ地下っぽいものってなると西武でいい気持ちもわからなくはないが東武も悪くないよ

とりあえずおすすめというかよく買うのは

🍡仙太郎(和菓子)

甘さ控えめの素朴なお菓子という感じで美味しい

ボリュームがあるのがまた良い

🥣みはし(あんみつ)

寒天がおいしい 余裕があったらイートインでクリームあんみつおすすめ

🧁アンジェリーナ(モンブラン)

パリか何かのモンブラン屋さんらしい

ガワの栗ペーストが甘くて中のクリームはそうでもないのが良い

🥧グラニスミス(アップルパイ)

最近どこにでもあるけど!アップルパイ好きなのでよく買う

🍘宇治式部卿(お煎餅)

青のりと甘醤油のお煎餅おすすめ

正直昔の方が(特にプラザB2食品フロアは)面白かった気がするけどまあ仕方ないね

西武焼き鳥母屋食べたい

2022-03-01

★ぷーちん・ぷぷ・ぷーちん

あいあいらぷーちん

ぷーちん・ぷぷ・ぷーちん

あいあいらぷーちん

チョコパイ

チーズケーキ プリン ア・ラ・モード

まっしろバニラキャラメルリボン

洋なしタルトに 横目で 気になる

本日ケーキモンブラン

約束した ばかりの ダイエットだけど

なかった ことにして やぷーちん

から次に 目移りしちゃうけど ダメ

全部たのんだら アンビバぷーちん

たくさん Menuの 中から

(ぷ・ぷ・ぷ・ぷーちん えらぷぷーちん)

いちごパフェのんだの

(ぷ・ぷ・ぷ・ぷーちん よろこぷーちん)

☆まるで 幾千の きらめく 流れ星

たった ひとつだけ めぐりあう みたいに

あなたに こうして せっかく 会えたのも

偶然じゃないわ ひとみ そらさないで

★くりかえし×2回

2021-12-27

 言葉になったとき、一つのかたまりとして、声として、私の頭のなかをこえてでてくる。また、それを紙に書いた時、文字という紙に滲んだインクとなり、私の身体にあったものから、客体(オブジェクト)としての存在になる。また、私の口ずさむリズムは、音楽となり、その音楽楽器に憑依して自立する。また、私の見た幻想、見たことない景色は、筆の色彩となり、キャンバスに映し出される。このように私の身体はどんどんと身体の外へ超え出てゆき他者になっていく。そして他者化したオブジェクトは私に話しかけてきて、新しい対話が始まる。今私が文章を書く度に、書かれた文章は私にはたらきかけて、それが次の文章のいしずえになる。このようにして、私からかたまりとなって出ていったもの他者化し、それらは自律性をもっていて、他者化したもの同士が会話し始めさえする。

 あの作曲家音楽は、私の断片だったものの影かもしれない。私に内在していた音楽は、今、完璧音楽を前にし、その愚昧さを恥じて消え入ったのかもしれない。辞書は誰かの美しい蒐集であって、これも、私の欠片だったもの憧憬かもしれない。映画は、私の想像を刺激する。だがこれもまた私の小さな欲望だったもの慰めなのかもしれない。このように、夢のような、美しいオブジェクトは、私だった残滓を忘れさせるには十分な効力をもっている。

 私の絵は、私という鏡を通して映し出された像であって、絵は私が像をどのように写すかの観念自体である現実のものを私の想像力によって、色として形として記号化し、物質にして、キャンバスの中に再配置する。観察する私の眼球は、私の呼吸や鼓動でも、動いてしまい定まらない。視点が動く度に陰影や形は変化する。描かれる対象もまた、描いている時間に、僅かずつに、変化していく。これを表現する絵の具の色数も足りない。形、色、大きさ、視点、どれをとっても、物理に筆が間に合わない。一方で、写真機械的な仕組みによる鏡像だ。光は物質構成に基づいて、減衰して反射する。カメラはその反射した光をレンズで捉え受光する。その瞬間は一瞬だ。物理が間に合う。完璧設計されたそれは、美しい像を作り出す。

 私の気づかない重さの違い、色の違い、大きさの違いがあるが、機械は私の感覚よりも雄弁にその違いを語る。私の想像力という鏡では写すことのできないもの機械は美しく写す。そして、私の周りには、機械で均整されたオブジェクトで溢れている。情景は写真として、あの時の記憶は音として保存され、CDとして。主観だった感覚時計の刻む時間に、関係だった信頼は流通するお金に、手書きだった字も統一された活字になった。

2021年12月14日

 たとえば、私の書いているこの文章には、私が覚えていない漢字も沢山ある。「朧げな記憶」という言葉を私のおぼろげな記憶だけを頼りには書くことができない。いまこうやって、パソコンを使って漢字変換の機能を私が使っているから、こういう、ひらがなばかりではない少しかっこつけた文章を書くことができる。また、私はとてつもなく方向音痴なのだが、グーグル地図があるので、初めていく場所でも戸惑うことなく辿り着く。このように、私の漢字を書く能力土地勘、すべてが機械は私を上回っている。私の拙い感覚想像力は、より優れた機械によって、どんどんと私の身体の外の機械へと挿げ替えられていく。私以上の他者、に私は私以下にされてしまう。

2021年12月17日

 いつから物質に、システムに、メディアに、人が合わせ込むようになったのだろう。機械を作る人は、正確に、速くなければいけない。機械を作る時、機械に私が作られる。たとえば、漫画のなかの天才に、本当の天才はいるのだろうか。漫画のなかの天才は、漫画のなかの表現に制約される天才だ。もっとも、天才的な数学理論漫画に書くことはできない。それは漫画世界を超えてしまうからだ。もし本当にその理論があるのだったら、漫画ではなく現実論文として発表される。ではどのように天才性を描写するか。簡単方法には、周りより頭の回転が速いという形で、描写される。すると、漫画表現を真に受けて、そのうちに私たちは頭の回転が速いことが天才だと信じるようになる。語りえないものは語りえないので、語りえないまま、失われていく。語りうるものけが、語られて、語りうる媒体培養養分として生き残る。ミュトスロゴス最後良心のしかただったのかもしれない。

 今日、二人でランチをしながら聞いた話だ。モンブラン流行っているという。賞味期限3分だと店は言うらしい。立って食べる席しかないという。店員動画写真をとってくださいね、というらしい。多分、SNSへの投稿を期待しているのだろう。急いでモンブランを食べるらしい。それも立って食べるのだ。一体いつから人間はこんな機械みたいに急かされるようになったというのだ。モンブランを立って食べることを誰が望んだのか。機械が速くなればなるほどに、人間まで速い物質にさせられる。でも私は立ってモンブランなんて食べないし、流行は追わない主義から、と、私は機械を速くする研究をしながら、私はそういう人たちを想像して、侮蔑的な目で見ている    自分に、 分裂しそうになる。

 私以上の誰かにすげ替えられていくうちはまだよかったのだ。私が私以下の誰かにさせられるうちはよかったのだ。私以下の機械に私にいつのまにかすげ替えられてしまっている。私が私以下の機械にさせられてしまっている。

 私が高校生の頃、機械が歌を歌うようになった。抑揚のなさ、透明な高音、少しの切なさに心が惹かれた。これまで聞いたことがなかったけれど、すぐに耳に馴染んだ。いまは、人間が抑揚のなく、透明な高音で、少しの切なさを歌っている。

2021年12月10日 

 久々に実家に帰って、宇都宮駅に着いた、おばあさんが駅の改札口でずっとICカードを押していた。ずっとICカードを押すけど、ゲートは開かない。どうせすぐに駅員さんがくるかなと思ったら来なかった。おばあさんは何回も何回もカードを押すけど、異常音だけがなって、何も起きない。声をかけたらおばあさんはカードを二つ持っていて、一回開いたのに、動くのが間に合わなかったのだと思う、もう一回おばあさんはカードを押してしまったので、異常になっていた。もし、砂漠のなかで、このおばあさんと、ゲートだけだったらどうしよう。砂漠のだれもいないところでこのおばあさんとゲートだけの光景が妙に浮かんでしまって、悲しくなってしまった。

「あら、ゲートさんにもう少しやさしく押したら今度は開くかしら。」いいえ。機械です。

「そんなこと言わないで、私のこと覚えているでしょう?」いいえ。機械です。

「次は、こんな当て方はどう?」いいえ。機械です。

「ご機嫌斜めなのね、今はどう?」いいえ。機械から

太陽は正確に、円周運動。なので、まったく動きは計算できる。

毎日同じ動き、同じ場所に同じ条件なら、同じだけの光を。反復、振動、円周。変わらない日々。計算とぴったり合う動き。

放物線の、上に凸の、エネルギーを与える。日射強度時間積算量。青い、レイリー散乱純粋大気の青さと太陽完璧な円周運動に軽い目眩

帰り道、暗い住宅街で、なにか声が、聴こえた。

女が家の中でさめざめとなく声だった。私はその家の前で足を止めて聞き入ってしまった。

良い声だった。弦楽器の奏でる音楽のようだった。もっと聞いていたかった。さめざめと泣く声を。

朝、歩いて3分の駅に向かう。

歩道の上に猫のシルエットがあった。ダンボールかぶせてあった。

猫はダンボールに塗られた粘着質にべっとりと体毛をまったく密着させて、うごけなくなっていた。

猫に挨拶した。しゃがんで、猫を見た。猫は逃げない。許可をとって、前足からゆっくり体毛とその粘着質を剥がしていく。猫は泣く、が、たしなめる。ようやく前足だけ自由になった。

おじさんが、背後から歩いてきた。いつも通る横断歩道のおじさんだった。私の電車が間に合わなくなるのを心配してくれて、なにかあったのと声をかけてくれた。

猫は逃げた。私もホームに滑り込む電車に、走って乗った。

手が粘着質にまみれていた。トイレは誰かが使っていたので、手をお化けみたいにして、トイレが開くのをまっていた。

あのあとから猫は多分、ダンボールから剥がれていない。

でも次の日、おじさんのやさしい嘘。「うん、大丈夫、剥がれたみたい」

でも、私は指6本、10分程度の汚れ分しか助けられなかっただけのこと。あの猫は私のたった10分の汚れ、私はあの粘着質、あの粘着質は猫。

2021-12-20

[] 219 不安

 風俗女の子で、最近何回か通っている子がいた。

2週間前に「クリスマスの予定がないよ〜」とかボヤかれて、理性では全然本気で捉えているつもりはなかったのだけれど、内心ではずっとそのことばかり考えていた。

誘いをかけたくて、1週間後に予約を入れるもお休みで、2週間後の今日もお休みだった。

以前にも何回か当欠はあったので想定内だが、やはり内心では消化しきれていなくて、ひたすらヘブンで検索をかけて無理くり違う女の子を見つけて遊びに行った。

そこから帰ってきて、猛烈に寂しくてスーパーでドカ買いからのお寿司を食すも、デザートモンブランまで食べる気になれず。

暇つぶしにやったゲームも、たまたま過去最高レベルパフォーマンスを発揮できたが、なんだか気持ちが乗り切らずにやめた。

そしてお風呂に入れず、やることがなく、でもやりたかった仕事も進んでなくて、今に至る。

自分が間違っていることはわかるが、そういうことを話す友達がいないから、言語化する機会がなくて、認める機会もないんだ。

その風俗の子あかんならナンパに戻ればいいと、頭では思っていたが、なんならナンパして女連れ込みまくるぜウハハハくらいに吹かしている自分もいたが、実際そんな元気や勇気はない。

今の俺は、電車で席が空いてても座れないくらいには対人恐怖してる。

一人暮らしするようになっても、問題構造はあまり変わらない。

ただ、親のせいにできなくなって、それは良かったと思う。

今ならマッチングアプリもうまくいくかもしれないが、シンプルに怖いし元気がない。

とにかく不安なのだ

でもまあ、お金勘定とか全然できてないし、タスク整理しきれてないし、それはそうな気もする。クレカの支払い額わからなかったらそりゃ不安なるわて。

ちゃんとやっていけるのかって不安を感じたことが、そういえばなかった。

仕事ミスちゃうんじゃないかって不安を感じたこともなかった。

怒られることを嫌がりすぎて、過剰にビクビクしている。

仕事以外にあんまりアイデンティティがないから、そこを否定されるとにっちもさっちもいかなくなるからかもしれない。

趣味とか充実してたら、仕事否定されてもケロッとできる説。

文章書くのが精神衛生に良いことを受け入れられるようになってきたから、文章書くか。何書けばいいんだ。わからんけど、そういう創造的な頭の使い方は、鬱々としているよりは健康的な気がする。

不安を減らして、面白いことをやったり考えたりして、頭ハッピーになりたいっすな。

2021-11-24

anond:20211123233205

そういうユーチューバーツイッタラーの出した本たくさん出てるけど、

それはエッセイじゃなきゃどういうジャンルなんだろう。

やたら長いタイトルの『人生終わってるけどモンブランを食べたら優勝しました』みたいな

2021-11-06

モンブランの栗っていつ食べたらいいの? 

ステーキの添え物のニンジンっていつ食べたらいいの? 

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