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はてなキーワード: 一次創作とは

2017-12-05

ネタで読者を絶望の淵に陥れたいみたいなやつ

※すべて二次創作の話

ネタというのは、版権キャラクター物語内で死ぬタイプ二次創作である。例えばドラえもんだとかプリキュア悪人に殺されてしまうとか、不治の病にかかって死んでしまうとか、そういうタイプ二次創作である

ネタを含む物語は、伝統的に、事前に「これは死ネタです」とワンクッション置かれることが多かった。読者に心の準備を促すためであるしか最近は、あるいは昔からいたのかもしれないがSNS可視化されたことで、このワンクッションに異を唱える同人作家がちらほら出てきた。「私の創作で読者の心にインパクトを与えたい。キャラクター死ぬという描写をみることで引き起こされる絶望感を味あわせたい。だからネタとワンクッション置きたくない。だって一次創作なら死ネタですなんて書かない。これはクレーマー読者に同人屋が譲歩しすぎた結果だ」

もうね、アホかと。人の心をズタズタに引き裂くことが「インパクト」であり「芸術」とか言ってるの、例のクソみたいな意識の高い現代アート集団と同じじゃん。まだオリジナルでやるならそれもありかもしれんが、人様からキャラクターとか世界観とか全部借りパクして芸術の名をかりたテロ行為とか、は?って感じじゃん。原作テロ行為に使うなよ……って、もうずっとモヤモヤしてんですよ

同性愛者の腐女子から見た、なんでBLが苦手なのかパターン

BL/百合が苦手がどうとかで騒がれてた。苦手といっても色々あるじゃん自分語りしたくなったから語る。

私はレズビアン腐女子だ。腐女子といっても主に商業BLとか一次創作を読んで楽しんでる。百合も読む。二次創作あんまり見ない。あとBL百合も読むだけじゃなく自分創作している。

  

1.

同性愛がどうこうではなく、BLとか百合萌えいから読まないパターン。こういうオタク友達もいるし仲良くやってる。

同性同士の友情物語は好きだけど、別にそいつらの恋愛話を読みたいわけじゃない、むしろ解釈違いです、みたいな。巨乳が好きか?嫌いか?だとか、解釈が違うとかそういう各個人趣味の話だから、そうだねー私は好きなんだよね〜くらいの気持ち。私にも、こいつはBLじゃなくてヒロインとのCPがいいんだよ!みたいなものは山ほどある。

これ別にBLが「苦手」ではなくて、興味がないだけだ。

 

2.

別に同性愛が嫌いなわけじゃないけど、BL作品雰囲気が苦手なパターン

これはBLに限らず少女漫画少年漫画エロ漫画文学作品も全て同じだと思う。自分の苦手な表現BLというジャンルありがちな表現だったというだけの話。

「女が描いた男の同性愛者像(=BL)」は苦手という理由は女々しいとか現実味がないとかでよく見るし、そもそも恋愛ジャンルというものが苦手な人は結構多いと思う。私も生身の人間が演じる作品恋愛要素があるとなんだか苦手だからすごく分かる。

ただ、BLというジャンルの中にも色々とあるわけで、その人の苦手な要素を排除したら読めるのかな?

 

3.

同性同士の恋愛自体がとにかく受け付けない、気持ち悪いパターン

興味や表現の好みがどうこうではなく「異性なら気にならないけど、同性同士がやってるからキモい」となると自分自身否定されてるようで、私はちょっと辛い。本当に「ちょっと」だけど。ちなみに私の家族はこのパターンだ。しょうがいね本能的なものだしと割り切るようにしてる。

でも堂々と「差別主義者ですが何か?」って言ってる人は嫌いだな。同性愛に限らず、国籍とか病気とか全てにおいて差別正当化しないでよ。純粋に傷つくよ。名指しで言ってるわけじゃないか否定してる感覚が薄いってことは分かってるけどさ、その発言を見た私は確実にストレスを感じてるよ。ストレスを与えることが目的なら、あなた性格悪いのね。ぺっ。

あと同性愛スカトロとかを同列に並べて、気持ち悪いでしょ?生理的に無理なものは無理です。とか……私も小スカくらいならいけるけど食糞あんまり喜んで見たくないなーと思うから、どういう気持ちを抱いているか理解できる(食糞好きな人ごめんね)。でも一応、性的指向性的嗜好の違いを知らない場合は調べて欲しい。

こういうタイプ意見を見たらとりあえず同性愛のところを黒人かに変換してみて、当事者意識を弱めた状態差別的か?好みの範囲か?と考えるようにしてる。まあ、嫌いなものを言えない世界の方が私は嫌だ。でも好きも嫌いも表明するなら具体的な理由を述べてほしいな。

 

---

 

他にも色んなパターンがあるだろうし、1や2は建前で実際は3だってパターンもあるだろうよ。ただ、BL/百合が苦手といってもその苦手な感情がどこから来るのかに少し向き合ってくれたら嬉しいよ。興味がないのか表現が苦手なのか、「こういう理由で」って付け足してくれると変な齟齬も減るし、私も疑心暗鬼にならなくて済むし、相容れない関係ならそれはそれで割り切れるし。

「異性なら気にならないが、同性2人が恋仲の表現を見るのは気持ち悪い。けど同性愛者を差別してるわけじゃないよ」というのは、それ内心は同性愛気持ち悪いし差別意識持ってますって宣言な気が私はするし気持ち悪いと思われている悲しさも感じるけど、あなたなりに受け止めようとしてくれていて、不快存在にも権利保証されるべきだと譲歩してくれてるんだねと受け取っているので、私はあなたに対してそういう話を振ったりしないよという感じ。もちろんカミングアウトもしないし、自分気持ち悪いと思う人間特別仲良くなりたいとも思わないけどね。それだけだよ。

2017-11-20

anond:20171120141517

>気分が乗った時にすればいいという気楽な考えも、誰にどう思われていようが構わないという考え


一次創作でもプロじゃなきゃ大体こんなもんでは…。

元増田が何を描いてきたのかはわからないけど、二次創作でも決められた世界観で「創作」してると思うんだけど。

仕事としてお金貰ってるわけでもなし、自由にやればいいのに。

anond:20171120143000

というか一次創作をする気が無い=楽しさ重視なのにもかかわらず「創作」というレッテルにふりまわされてるところがアホの極みw

二次創作が"創作"ではないと気づいた日

私は酷く落ち込んだ。自分が打ち込んだもの創作活動ではなかったと知った。

創作とは0から1を作る行為であるという当然の話をされただけなのだが、私の行っている二次創作がそこでいう"創作"に当てはまらないと改めて気づいた。

既存商品アレンジを加えて発表しているだけである。そこに"創作"としてのプライドはない。

気分が乗った時にすればいいという気楽な考えも、誰にどう思われていようが構わないという考えも、一次創作ほどの自分作品への愛がないことから出てきたものだと理解した。

他人の作ったものの上でアレンジするということにそこまでの重みはない。

理解できた瞬間に自分のやってきた二次創作があまりにも未熟で刹那的ものであったということに気づいて泣いてしまった。

一次創作をしたいという気持ちもあまりない。二次創作をしていた方が楽しいと感じてしまう。

私は創作をしていない。このことが、今まで二次創作を楽しくやってきた自分を壊してしまった。

2017-11-07

創作

今年のはじめくらいにTRPGを初めてそこで自分キャラを動かす楽しみ方を覚えた

元々動画TRPGを知っていたし、Skyrimとか自キャラを動かす系のゲームが大好きだったからハマるのは必然的だったのかもしれないけど、

以前まで版権ものが大好きでそればっかり描いていたのに今ではめっきり一次創作しか興味がなくなった

それでいいじゃんって話だけど問題は他の身内との所謂うちよそにハマってしまたこ

うちよそをよく組んでいる身内の一人は 別にそこまで創作にハマっているわけでもなく、あくま二次創作メインなので

自分との熱量の差に勝手に苦しんで勝手に悲しんで勝手に病んでしまうのを本当になんとかしたい

一時期は相手一次創作に大熱中して自分と同じくもう二次創作書けないと言っていた時期を知っているから余計苦しい

自分だけ閉じたうちよそにハマっているのが本当に悲しい。

実に自分勝手感情を抱いてる自分気持ち悪い

ハマらなきゃよかった

今日もうちよそのツイートばかりしてごめんなさい。

2017-10-27

anond:20171027142750

なるほど、そうでした。

でもそうだとなおさら一次創作同人でどれほど経済が動くのか。

10冊売れりゃいい方、みたいな話しか聞かない・・・

エロだとすごい動くの?あんまりエロオリジナル同人知らないからわからない。

2017-10-23

自分一次創作やりたいけど売れないから無理

世の中に受け入れられるキャラクターの総数に上限があるみたいな感覚がある

二次創作はその上限に引っかからずに色んな人がシーンに居続けることができるのが強み

2017-10-02

まず最初

 

けもフレ吉崎観音KADOKAWAの梶井がメインとなって作り上げたプロジェクトである

メディアが「基となる世界観」を利用し、独自解釈・展開していくスタイル採用している。

二次創作」、及び「三次創作」は認めている。

 

 

アニメは「けものフレンズプロジェクトAからヤオヨロズ」に制作依頼をし、受注を受けたヤオヨロズ制作・納品したものである

たつきは「0から1を生み出したクリエイター」ではないが、「売上を0から1にした一歩踏み出せた監督」ではある。

 

 

そして、たつきヤオヨロズ一方的に出している文章と、けものフレンズプロジェクトAKADOKAWAを含めた製作委員会)が一方的に出した声明がある。

 

 

この二つから可能性を追う必要がある。

 

 

アニメけもフレ権利はどこにある?

 

アニメ全般においては、けものフレンズプロジェクトA権利がある。

それ以上それ以下でもない。けものフレンズプロジェクトA絶対である

元の形態を考えれば、「けものフレンズプロジェクトからアニメ展開を行うに当たって発足したのが「けものフレンズプロジェクトA」だ。

 

 

12.1話処遇について

 

12.1話二次創作として話をする。

また、許諾は現在確認できる範囲では「けものフレンズプロジェクトA」ではなく「吉崎観音の口頭での約束」のみである

テレ東のPが「12.1話は訴えられる」として、ヤオヨロズのPが「同人です」と答えていることから許諾のない二次創作であると言える)

 

 

禁止事項に

(2)「けものフレンズプロジェクト」に帰属する素材(イラスト動画、音声、楽曲等)を直接二次利用すること(著作権侵害)

とあるが、等の部分に3Dモデルが含まれるならば二次創作と言っても12.1話はアウトである

一次創作はKFPAが依頼した場合にのみ発生するので、一次創作としては考慮しない)

 

 

しかし、3Dモデルけものフレンズプロジェクト帰属しない素材の可能性が、限りなく無いに等しいが1%未満の確率である

ある以上は考慮しなければならない。

 

 

契約がザルすぎて3Dモデルけものフレンズプロジェクト帰属しなくて良いといった場合

ヤオヨロズ所属ヤオヨロズから給料を貰って仕事として3Dモデルを作ったのならば、その3Dモデルヤオヨロズ管理になる。

この時たつきは、3Dモデルヤオヨロズに無断で使って動画を作ってアップしてはいけない。

ヤオヨロズたつき許可を出して作ったのならば、

禁止事項の

(1)有償無償に関わらず、事業性の高い営利目的での利用

に該当する(ヤオヨロズ広告)と判断やすくなり、簡単な話ではなくなる。

成果物有償無償わずたつき動画を作る為の事業として声優を呼び、スタッフを呼び、となったらアウトなのである

 

 

しかし、ヤオヨロズ所属していたがフリーランス的な契約で「業務委託契約」で制作したのかもしれない。

この時契約次第ではたつき(irodori)に3Dモデル権利があった可能性もある。

この場合はirodoriとして

(1)有償無償に関わらず、事業性の高い営利目的での利用

に該当するかどうかであるが、事業性の低さから禁止事項には抵触しないと考えられる。

 

 

だがその場合於いては、「irodoriに依頼したらそのモデル勝手に利用される可能性があるクリエイター集団」として認識されるだけである

 

 

動画の削除について

 

権利侵害なのだから削除要請されるはずだ。削除されないのは許諾を得ているからだ、というのは想像に過ぎないのだが

その想像を振りかざすのならば、権利者がファンを喜ばせるために黙認した、という想像も許されるべきである

真偽は当事者しかからない。

どちらも可能性がある以上、片方のみを条件にしてはいけない。

 

 

コミケでの頒布について

 

これも「12.1話処遇について」と同じことが言えるが、どこに3Dモデル権利があるかである

許可は得た、が内容まで許可を得たのだろうか?

アニメ監督として同人誌を作りたいか許可が欲しい」程度のものか?

或いは「設定資料集として出したい」か。

許可を得た、の範囲検閲まで済んだものなのか。

普通許可を得て書籍を作る場合権利を持っている会社検閲が入る)

 

 

頒布数・価格によっては過度な利益性が認められることになるが、頒布数・価格の申告はあったか

 

 

許可を得ている」だけでは「ここまでやっていいとは言っていない」の範囲に到達することもあり、

例え許可を得ていると言っても権利元が渋い顔をしたかアニメ製作会社としての評価が下がってしまった可能性はないか

 

 

これも12.1話と同じで、可能性の想像を振りかざすのならば

一線を超えた可能性の想像考慮しなければならないのである

 

 

声優オーディション処遇について

 

そもそもヤオヨロズ声優を抱えていない。

関連会社親会社芸能事務所であるが、ヤオヨロズは違う。

しかし、ヤオヨロズ福原が「そこで一緒にアニメを作っていく人を、なるべく僕らの仕事のやりかたを理解している人たちで固めたほうが、最終的な作品アウトプットが良くなるのではないかなと。アニメ制作過程で一番お尻にある音声の収録=声優さんたちの仕事と、動画制作シームレスにつなぐことで、作品としてブレが少ないもの制作できるのでないか。」

と考えて声優を抱えようとした。(オーディション親会社主体になったようだが)

その時に何を考えたかはわからないが受注しただけのヤオヨロズが「けものフレンズにも出れる可能性がある」と銘打ってしまった。

出回ったメールスクショが正しいのならば「けものフレンズ声優オーディション」となっていて、明らかにけものフレンズを全面に出したプロモーションだった。

そして、それは取り消された。

 

 

けものフレンズプロジェクト」は商標勝手に利用された為に警告したか?(商標株式会社ファミマ・ドット・コムが所有)

或いは自主的に取り消したか。どちらにしても取り消したということは、けものフレンズ名前は使えなかったのである

 

 

もしも無断なのだとしたら「情報共有をしろ、という警告」で済んだのはだいぶ温情であると言える。

商標はそれだけ重要なのである

 

 

この話に於いては、ヤオヨロズに有利な情報は一切無い。

それは、取り消した時点で「許可を得られなかった」と判断するのが妥当であり、許可を得られた可能性の考慮すら必要ないのだ。

その他の話では「許可が得られた可能性がある」を判断するに足りる。消されていない、頒布できた(その後訴訟に至っていない)からだ。

 

 

声優オーディションと辞退の時系列について

 

声優オーディション9月になっても行っていた、KADOKAWA側の声明である8月の辞退連絡」とは整合性が取れない。

からKADOKAWAが嘘をついた、というのも可能性としてある。

 

 

が、別に9月の時点でヤオヨロズも「けものフレンズに出す」とは言っていない。

けものフレンズ制作するヤオヨロズ作品に出演できる可能性も」にとどめている。

 

 

6月メールで「けものフレンズ声優オーディション」の文面が修正されたので、

この時点で指摘をうけたか自主的に削除したかはわからないが、けものフレンズ出演が確約ではなくなっているのだ。

 

 

9月の「けものフレンズ制作するヤオヨロズ作品に出演できる」は嘘ではないだろう。けものフレンズに出演できるとは言っていない。

 

 

けものフレンズプロジェクト声明ヤオヨロズ、どちらが嘘をつかずとも成り立つ事象である

 

 

工作員

 

ヤオヨロズに関して悪い方向に対しての条件が多いと思われるだろう。

しかし、良い条件が少なすぎるのである

 

 

そうすると次に「火消しだ」「工作員だ」と言うのだろう。

どこの火消しであり、工作員だろうか。

 

 

揉めているのはKADOKAWAとではなく、けものフレンズプロジェクトであり、商標を持つファミマ・ドット・コムであろう。

自分ファミマ・ドット・コム社員で火消し・工作員というのならば「そう捉えられてもおかしくない、受け入れよう」と思うが

KADOKAWAの火消し・工作員」と言われると「どこにその要素があったか」と逆に問わねばならない。

 

 

いずれに案件においても「紙一重」であることが問題なのだ

権利者が怒りかねないものしか功労者として許せるものギリギリラインである

からこのように情報錯綜するし、怪文書が出回る。

 

 

いま現状、たつき信者と呼ばれる側、火消し工作員と言われる側の「どちらの言い分も等しく存在し得る状態である」のである

 

 

ひとしきり憤ってそろそろ落ち着いてきたフレンズも少なくない。

ヤオヨロズがどのような声明を出すのかを待ちつつ、それまでは自らにしっくり来る言い分を見つけて日常に戻るのも良いのではないだろうか。

 

 

少なくとも、竹書房に問い合わせするのは辞めよう。迷惑から

返信

から低能ヤオヨロズがどういう声明を出すと予想してんだよw なーんにも予想しないでだんまりは駄目だってカドカワ擁護してるだけだろうがw

 

ものプロジェクトA声明に対する反論でしょうね。

それ以外無いですし。全面的に認めたらヤオヨロズ解体せざるを得ません。

 

あと、ヤオヨロズたつき否定KADOKAWA擁護というのは些か短絡すぎるのではないでしょうか。

思考の停止も悪くないですけどね。自分脳みそ溶かしてKADOKAWAが悪!と言えたら楽だったと思いますよ。

2017-09-19

二次創作は公開手段によっては悪であるダイジェスト版)

この記事は以前投稿したものから3000文字ほど取り除いたものなので、読みやすくはなったがやや偏った内容になっている。主張自体は同じなのでもし納得いかない部分があったらこちらで補完しているかもしれないので参照してほしい。

https://anond.hatelabo.jp/20170918045955

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」この2つに触れている。

なお最初に断っておくが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではない。両方とも更に発展してほしいと思っている。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っている。

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調だ。

それが一次創作ならば、私も賛成である

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもないというものがある。そしてそのファン活動によってコンテンツは盛り上がり更に発展する。権利者側にも利益があったからこそ二次創作は見逃してもらえてきた。

だがダウンロード販売専売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者にとってどのような存在だろうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動だ。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はない。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えている。だが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないだろう。ここで「この作品の内容はクソなのでコンテンツに与える損害が大きい!」などと言う奴は知らない。内容の是非の話はここではしていない。

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいるはずだ。なのであまり使いたくない手だが極論で説明する。

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ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めた。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円の小遣いを稼ぐようになった。小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めた。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなった。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れた。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりだった。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じた。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足した。その人はまた別のコンテンツ移住したが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していた。

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別の例もある。

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別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思った。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟いた。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われた。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまった。

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以上閉じたコミュニティになる極論だった。実際にはこのような現象はあまり起こらないだろう。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからだ。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということである。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じるはずだ。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうが、同人誌頒布否定していない。

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれない。

正直それは興味がある。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的だ。なってほしいとは思わないが。

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すな。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動だ。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではない。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることだ。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は(そういう人がほとんどだと思うが)せめて義務押し付けるな。権利を与えるだけにしろ。「感想を送ると約束しなければ見せない」なんて知らない人に言われたら何だこいつと思うだろう。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはない。だがその支援を「義務」にするな。あくまでそれは「権利であるべきだ。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生する。義務という存在は壁になり新規を遠ざけ、コミュニティを閉じる原因となるのでやめろ。

印刷費が欲しいor生活がかかってるんだ!」

アホか。

投げ銭文化には発展してほしい

ここまでの主張と矛盾するようだが恐らくしていないはずだ。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことだ。これに関しては大賛成だ。

何が違うのかだが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点だ。知らん相手に金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しい。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶う。二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜ぶ。そして公式新規の人が増えたことに喜ぶ。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係だ。

ではEnty限定公開はどうなのかと言うと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話すが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係だ。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけだし、コンテンツに対しても損害を与えている。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはない。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重する。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめろ。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということだ。自分一人なら大丈夫、じゃない。

二次創作者が元のコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っている。

余談

ミリオンライブでEnty限定公開して閉じたコミュニティ作ってる奴らはダッフィー企画批判する前に自分を見つめ直せ。

2017-09-18

二次創作は公開手段によっては悪である(完全版)

※この記事は6000文字ほどあるので長いと思った方は3000文字ほど削ったこちらを参照してください。

https://anond.hatelabo.jp/20170919070400

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」、「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」、この2つに触れています

なお最初に断っておきますが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではありません。両方とも更に発展してほしいと思っています。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っています

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調です。

はい。私も賛成です。

それが一次創作ならば。

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもなく、「許可されていて非営利目的であれば白(グレー?)」「許可されておらず非営利目的であればグレー(見逃されているだけの黒?)」「許可されていようがいまいが営利目的であれば(※方法によっては)黒」というものがあります

では何故許可されていなくても非営利目的ならグレーと思うのかと言うと、私が考えるところでは「コンテンツを発展させるものから」、「ファン活動から」、この2点があると思います。恐らくもっとあると思います

この2点があったからこそ、これまで権利者と二次創作者は仲良くしてこれたのだと思っています。ですがダウンロード販売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者との仲を良くするものでしょうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動です。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はないと思っています。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えていますから。ですが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないと思います

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいると思います。なのであまり使いたくないのですが、極論で説明します。

ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めました。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円のお小遣いを稼ぐようになりました。お小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めました。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなりました。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れました。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりでした。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じました。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足しました。その人はまた別のコンテンツ移住しましたが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していました。

別の例もあります

別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思いました。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟きました。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われました。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまいました。

以上閉じたコミュニティになる極論でした。実際にはこのような現象はあまり起こらないとは思っています。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからです。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということです。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じると思います。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうのですが、その件については後述しています

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれません。正直それは興味があります。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的です。なってほしいとは思いませんが。

「ある程度」の営利目的なら許されるべき?

あるコンテンツ二次創作ガイドラインを見たところ「過度な営利目的としたものでなければいい」といったことが書いてありました。これを決めた方は性善説を信じている素晴らしい方なのだと思います。では私はどうなのかと言いますと、性善説は信じられないので「過度な」という曖昧基準に反対の立場を取ります

過度な、というだけではどのような方法を用いても良いという風に取れます。たとえばダウンロード販売で月に100万稼いだとしても本人が「これが過度だったなんて知りませんでした」などと言えば一度は逃れることができます抜け道というのは存在すれば必ず使う人間が現れると思っています。なので、私としては値段ではなく「ダウンロード販売は禁ずる」などやり方で基準を作るほうが良いと思いました。

番外:ゲーム実況広告収入を得るのは?

正直他人コンテンツお小遣いを稼いでいるというところは被っているので微妙気持ちになりますが、動画自体無料公開されているので誰でも自由に見ることができますし、何よりゲーム実況者全員が広告収入を得始めてもコンテンツに対する損害はあまりなく利益が上回るため、まあいいのではないかという立場を取っています

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すのをやめてください。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動です。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではありません。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることです。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は、せめてお小遣いという見返りを求めるのをやめてください。評判、名声で満足してください。そしてそれをおおっぴらに言わないでください。正直「同人誌感想欲しい」アピールファン活動という点においてはあまり良くない気がしています(これはオフレコですが私もとても欲しいです)、「サイリウムこんなに振ったからみんな感想ちょうだい」と言っている人がいたらなんだお前となるでしょう。

たださすがにこれは綺麗事すぎると私自身思っていますし、感想欲しいアピールはたとえ全員がし始めてもコンテンツ迷惑はかからないので、まあいいのかなと思っています。これが「感想を送ると確約しないと作品を見せない」とかになるとまた別問題ですが。権利義務かの違いですかね。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはないと思っています。ですが、その支援を「義務」にしないでください。あくまでそれは「権利であるべきです。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生します。義務という存在は壁になり、コミュニティを閉じる原因となるのでやめてください。

印刷費が欲しい」

わざわざ不特定多数から集めなくても知人にお金貸してもらってはいかがですか?というかそれクラウドファンディングと同じですよね。二次創作クラウドファンディングとか響きだけで危ない臭いがプンプンしますね。

生活がかかってるんだ!」

アホか。

紙の同人誌に消えてほしいわけではない

ここまで主張してきましたが、だからといって紙の同人誌文化も消えろ全て無料で見られるようになれ、と言いたいわけではありません。電子書籍の流れで見られるように「紙に印刷したものが見たい」という欲求が多くの人の中にあると思いますし、何よりお祭りです。しかしいざ二次創作者が印刷したものを出そうとすると、スペース代、印刷費、家と会場の距離が遠ければ遠征費、etc……非常にお金がかかります。更に別のサークルが出している本も欲しいとなれば大変です。

そこで物々交換です。自分同人誌を渡す代わりに相手同人誌を貰う、まさにWIN-WINです(相手こちらの同人誌に興味がない可能性については考えないものします)。ですが中には「自分同人誌じゃ明らかに釣り合わないし」といった方や「二次創作したことないんですけど」といった方もいると思います。そういった方に残された選択肢が「お金を払う」です。

「私は同人誌が作れないので、代わりにお金を払うのでその同人誌をください」

優しい世界ですね。買う側は同人誌が作れなくても誰かの同人誌を読める、頒布する側は1冊分の価値を手に入れられる。値段が頒布する側の良心に委ねられるという点が懸念事項ですが、私には何も解決策が浮かびません。

このように「物々交換の代わり」という建前があり、頒布する側にも赤字リスクがあるので、紙の同人文化別にいかなと思っているわけです。まだ人気がなくて赤字確定だけど作品出すサークルなんてどう考えても非営利目的ですしね。同人ゴロとかはまた別問題ですが、その辺りの説明は多分もう誰かがしてるでしょう。

そこで悪い人はダウンロード販売も本当は物々交換のつもりなどと悪知恵を働かせるかもしれません。本当にそんなこと言う奴がいたら鼻っ柱叩き折ってやりたいんですが、一応反論するならば「あまりにも営利目的色が濃すぎる」という点に尽きます

投げ銭文化には発展してほしい

言ってること違くない?って感じですね。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことです。これに関しては大賛成という立場を取っています

何が違うのかですが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点です。お金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しいですね。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶います二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜びます。そして公式新規の人が増えたことに喜びます。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係ですね。

ではEnty限定公開はどうなのかと言いますと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話しますが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係ですね。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけです。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはありません。その分の金を公式に回せと発狂するつもりもないです。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重します。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめてください。

pixivには投げ銭システムを導入してほしいです)

広告収入型の二次創作

私は意外とこれはありなのではないかと思っています広告収入と聞くとどうしても悪しきアフィブログ(俺的ゲーム速報とかはちまとか)などが浮かんでしまって嫌な感じがしますが、要はゲーム実況と同じですね。

先ほどの「直接的な見返りを求めるな」と矛盾しますが、あれは一片の曇りもない綺麗事として言いました。綺麗事過ぎて実行できる人はかなり少ないでしょう。なので感想欲しいアピールは良いと言いました。そこから更に一歩進んだものがこの提案です。

見るために壁を超えなければいけないわけではなく新規も増やせるので公式に損害を与えるわけでもない、全員がやり始めてもコミュニティが閉じるわけでもない、なのでまあ良いのではないかなと思っています。新しい形の二次創作としてどうですか、どなたかやってみませんか。責任は取れませんが。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということです。自分一人なら大丈夫、じゃないんです。

これはついでですが、権利者側ももっと強い態度を取ってほしいです。自分たちコミュニティに影響を与えることを危惧して日和見を決め込んでいるのかもしれませんが(面倒くさいだけかもしれませんが)、その結果コミュニティが閉じてコンテンツが衰退したんじゃ何の意味もありません。

二次創作者がコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っています

余談

この記事二次創作界隈全体に向けて書いたものではありますが、その中でも特にアイドルマスターミリオンライブというただでさえ閉じ傾向のあるコンテンツ最近はシアターデイズの登場でその傾向も薄まった気がしますが)で閉じたコミュニティを作ってる人たちに対して書きました。

ミリオンライブというコンテンツ自体は好きですが、閉じたコミュニティを作っている人たちとその取り巻きからは「自分たちさえ良ければコンテンツはどうでもよし」という思考が透けて見えるので嫌いです。その人たちへの怒りがこれを書くに至った原動力です。

ダッフィー企画(わからない人は検索してください)リンチしてストレス発散する前に自分自身を見つめ直してください。

2017-08-29

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

私も何度か二次創作で参加してるけど問題ないと思ってるよ

オタクじゃないとダメとか言ってる人いるけど、

コミケにはずっと手作り和風人形とか売ってる名物ご老人もいるじゃない

それに彼女自分写真集を出そうとしてるんだから一次創作だし、それが儲かっても別に問題ないじゃん

別に自分表現を持ってないとダメって事はないでしょ

私は自分が作りたいものしか作らなかったけど、

求められるものを作るのがそんなに悪い事なの?

皆がこれ好き!ってものを作って共有するのも楽しい事でしょう

あとはコミケ初参戦の人に向けてしっかりと過酷環境であることをアナウンスすればよいのでは

冬コミだし夏の熱中症ほどヤバい事にはならんでしょ

2017-08-28

https://anond.hatelabo.jp/20170827220835

そんな事言ったらコミケ一次創作オリジナル作品で出店してる人は全員辞めざるを得なくなるけどね。

絵師すら何が善で何が悪か分かってないように見える

真木よう子コミケ

あれを批判してる人を見ると「コミケ性的嗜好の発表会」「アニメとか漫画を知ってから来い」って言っている人を見ると、評論とかのジャンルを知らないのか?と思う。

一次創作でも二次創作でも同人同人のはずなのに、なんでアニメとか漫画オタク(の声の大きいやつ)はそこだけがコミケだと思ってるんだ?

あとルールを知らないなら教えてやればいいだけなのに、なんで皆攻撃してるのかわからん。皆初めてなら出来なくて当然。叶姉妹小林幸子特殊例だと思うわ。

オリンピックコミケの存続どうなる?ってときに、ルールを知らないからって攻撃して排除するの、何も知らない一般人からみたら「オタク攻撃的で怖い」しかない。自分からそんな雰囲気にしてどうするんだ。

2017-08-23

https://anond.hatelabo.jp/20170823115749

ハリハー妄想って、そんなに子供有害か? 子供だって原作二次創作区別はつくだろ

いや、それがつくと思っているのは大人傲慢だと思う。

進撃の巨人みたいに公式二次創作本屋に並んでる世界で、非公式の(というかああいうのって著作権的にどうなってんだと心底疑問なんだが)二次創作BLアンソロジーが並んでるんだぞ。子供にそれを見分けろという方が困難だ。

しかしそれ以前に子供の話などしていない。

それを「毒薬」と見做すのがそもそもホモフォビアなのでは

ハリハーがOKならハリロンも許されるべきだよね

なんと説明したらいいのか……。そもそもホモフォビアなのか?と考えたが、それだと一次創作BLは許容できる理由にならない。

結局突き詰めて考えると、個人的二次創作BLが嫌いなのは腐女子用語で言うところの解釈違いというやつに落ち着く気がする。

腐女子にはハリロンが見えるらしいけれど、私には見えない。一方ハリハーは見えなくもないのでまだ嫌悪感を抱かない。

一方で、シュタインズ・ゲート主人公と萌郁のカップリング二次創作を見たら間違いなく嫌いだろうなと思う。男女のカップリングであっても原作的にありえないのは嫌、ということ。

そして多くの場合、非BL作品二次創作BLは、あまりにも原作キャラを歪めているように見える。そしてその上エロなんだから、もう毒にしか思えない。

から個人的に許容できる二次創作BLも探せばあるのかもしれない。例えば、ハンター×ハンターゴンキルアが手をつないで仲良くしている、という程度のBLだったら許容できるかもしれない。

とりあえず言えることは、男女差別という文脈のところに個人的二次創作BL嫌いを打ち込んだのは間違いだったということ。

次はもう少し冷静に語るようにしたい。

https://anond.hatelabo.jp/20170823112243

個人的には、一次創作BL大手を振って構わんが、二次創作BLは陰に入っとれ、と思う立場特にBL作品二次創作BLは。

BL作品二次創作BLBL志向のない原作ファンにとって毒薬しかない。

それを「毒薬」と見做すのがそもそもホモフォビアなのでは

ハリー・ポッター映画見た子供ハリーハーマイオニーカップリング見るのとハリーとロンのカップリング見るのは同じであって、

どっちも地下に潜るべきかどっちも大手を振って歩けるようになるべきかの二択しかないよね?

ハリハー妄想って、そんなに子供有害か? 子供だって原作二次創作区別はつくだろ

ハリハーがOKならハリロンも許されるべきだよね

この2つが違うと思うとしたらそれが差別だよ

https://anond.hatelabo.jp/20170823111603

BL一次創作BLであるのか、二次創作BLであるのかでまた話は変わってくる。

個人的には、一次創作BL大手を振って構わんが、二次創作BLは陰に入っとれ、と思う立場特にBL作品二次創作BLは。

BL作品二次創作BLBL志向のない原作ファンにとって毒薬しかない。

腐女子もそれをわかってるから自主的ゾーニングしているんだろうし。

2017-08-21

二次創作男性向け・BLが嫌い

二次創作男性向けやBLが嫌いだ。

自分の性欲のためにキャラ歪めてんじゃねぇよ、と思う。

別に男性向けそのものBLのものが嫌いなわけじゃない。一次創作男性向けやBLについては普通に接することができる。好き好んで読むわけでもないけど。

だが二次創作男性向けやBL、てめえらはダメだ。あまりにもキャラ原作と違っていてげんなりする。

けれどもこれはちゃんと考えると、私の方が正しく原作理解しています、という話ではないのだろう。

しろBL界隈で言うところの、『解釈違い』って奴なんだと思う。

私が原作を読んで解釈したキャラクターとそういうのが好きな人解釈したキャラクターが全く違っている、というだけの話。

からもちろんエロじゃない二次創作でも『解釈違い』はNGだと思うのだけれど、今のところそういう二次創作に遭遇したことはない。

これは当然私が二次創作界隈を避けて通ってるからではあるのだけれど(コミケとかあまり行かない。行っても一次創作ブースしか行かない)、作品ファンをやっているとその二次創作を目にする機会もまたある。

……、いや、ファンからこそ自分と違う解釈をされた二次創作男性向け・BLが嫌いなんですが。

まり二次創作をしている人たちのゾーニングっていうのが、その作品ファンには届くようにするゾーニングであるように思えて、それって意味ないよね?と思ったりする。

そういう二次創作をしている人が楽しんでいるということはわかるよ。楽しいことが悪だとは思わない。

けれども、そういうのが嫌いなんだよ。

この文章を読んだ二次創作男性向け・BLを書いている人は嫌な気持ちになるだろう。

だけどあんたらが書いたもんを目にしてしまったこっちも嫌な気持ちになるんだ。復讐ぐらいさせてくれ。

同人活動世界と繋がる唯一の方法だった話

もうすぐ30になる。

子供の頃から本や漫画が好きで、気がついたら中学高校では友達と絵を描き合って楽しんでた。

田舎高校生だったかコミケへの憧れが異常に強くて、大学秋葉原コミケに近い都内を選んだ。

大学でいわゆる漫研のようなサークルに入り、同人活動を始めた。

そこからはずっと同人活動が全てで。

友達は少なく、知人は全てイベント経由の人、恋人同人関係の知人から

イベントで本を出すために仕事をして。

自分表現できる場所同人誌の中だけだと、本当にタイトル通り、自分が周囲と繋がるには同人活動しかないと思っていた。

部数や数字で見えるものに悩んだり焦ったりしても、自分にはこれしかいからと続けてきた。

でも、最近地元に戻り、地域内でオタク以外の活動をするようになって、同人から足が遠のき始めた。

同人やってなくても、私が絵を描けなくても、飲みに誘ってくれる知人がいる。遊びに行く友達がいる。

Twitterも辞め、Pixivも辞めた。

未練も全くなく、今は好きなゲームや本を、他の趣味の傍ら楽しんでいる。

二次創作一次創作もしていないけど、何も作り出していないことに焦りは無い。

あんなに同人活動固執していたのはなんだったんだろう。

承認欲求を満たす方法分散しただけ、それだけなんだろうか。

2017-08-14

創作を辞めようと思う

結論最初から出ている。辞めようと思う。

これはただ、この哀しみを、この虚しさを、どうにも消化できないから吐き出すだけだ。完全にチラシの裏だし、なんの建設性もない。

勝手に辞めればいいと自分でも思うし、なにより、そんな断筆宣言なぞ古今東西あらゆる作家がやっては反故にしてきたものだ。なんの意味もないと言われればその通りで、反論余地もない。

だが、それでも、もう疲れてしまったのだ。

辞めようと思った理由は、すこぶるありがちで申し訳ないのだが、サークルメンバーとのモチベーションの差だ。

これを説明するためには、少々自分語りをしなければならない。突然の自分語り! なんともかまってちゃん香りがしてくる展開である。まぁ概ね犯人の自供シーンと大差ないので、ぜひ船越英一郎氏の気持ちになって聞いていただきたい。

私はもともと、一次創作小説をやっていた。書き始めてから、かれこれ十五年は経っていると思う。コミケ創作島に出すようになったのは、十年ほど前だろうか。

ここで初めて手に取ってもらって、対価と引き換えに本を渡した時の感動が、などと書けたら美しいことこの上ないのだが、残念なことに、私は自分の本が人の手に渡る瞬間を見たことは数えるほどしかない。なぜなら、どういうわけか知らないが、私がいるとみんな手に取ってくれないのだ。いないときに限って出るし、いないときに限って売り子に「〇〇さんですか?」などと声をかける。みんな、もっと本人がいるときに話しかけてくれていいのよ?

そんなこんなでのらりくらりと本を出し続けること約十年。ひょんな事から商業で本を出してみたり、ずっと書いていた物語が一区切りしたりで、コミケから足が遠のいていた私だったが、仲間内数名の酒の席で、とある二次創作で大盛り上がりをした。コミケで本を出そうという話になった。

ディレクションが一人、ライターが私含めて三人というメンバーだったが、私を除く二人は早々に脱落した。まぁそれは別に構わない。色々な理由があって書けないと判断するのは、それはそれで正しいことだ。

仕方ないねと思いながら書き上げてみれば、ディレクションしていた人物は、特に上がってきた話に対してのコメントはなかった。さらにいうのなら、その人物は何一つ、そう何ひとつサークルに益をもたらすような行動をしなかった。

今思えばディレクションとはなんだったのだろうか。商業で物作りをしているとかの人物は言っていたが、妄想のタネを配り歩くことを物作りであるというのかもしれない。それならそれで私の考えるものとは全く違う。

話を戻そう。その人物は、本のレイアウトまではかろうじてやっていた。だが、告知のための行動であるとかは一切せず、表紙に絵をつけようという話さえ黙殺し、空の写真を貼ってキレーとか言っていた。その空の写真と作中の物語には何か関係があるのだろうか。未だにわからない。

なんでそんなに消極的な行動しかしないのか、ちゃんと物を出す気はないのか、と問うたところ、かの人物は、趣味からそこまでやる気はない、と宣った。

曰く。自分は物作りを仕事にしており、趣味である以上、仕事ほどの労力をかけたくはなく、趣味範疇物事を行いたい、だという。

まぁそれは否定はしない。各々のスタンスは違うだろう。ただそれでも、あの日酔っ払いながら語った物語は、間違いなく面白かった。それを、必ず劣化するとはいえ、この世に存在するものとして送り出すことに、なぜ少しの手間さえ惜しむのか。だいたい、忙しいと言っているがドラクエXIやってんじゃねーかというツッコミは心の中でだけした。

そして迎えたコミケの日。私の前には、私が書いた物語があった。だがそれは、中身はともかくとして、外身はどう見ても他のものに負けている。もちろんそれが、物語を色褪せさせるものでないことは理解している。だが、そういうパッケージとは、タイトルフォントひとつ、本文のインデントの1mmにまで拘ったパッケージとは、物語として完結してしまったモノに、我々が贈ることのできる最期の手向けなのだ

会場には様々な本があり、彩りは様々だ。そのいずれもが、様々な制約の中、描き手が精一杯作り上げたものだろう。

翻って、自分の本はどうだろう。本文には妥協はない。少なくとも、自分面白いと思うものを詰め込んだ。だが、例えるならばその本が纏うドレスは、妥協妥協を重ねた、見すぼらしい、安っぽい既製品のようだった。

近くに、同じような内容の本があった。まぁネタ被りなどよくあることだ。内容は知らないが、そのパッケージは、とても良くできていた。これが愛だろうか、と思ってしまった。

そちらのサークルは、軽く数百部。翻って我々は三部。ディレクターは、あっちは印刷に百万ぐらい使ってるんだから仕方ないみたいなことを言っていたが、それがどうしたというのだろうか。

その差を目の当たりにしたとき、私の心は折れてしまった。

ああ、もういいかな、と。

そのあとは、逃げるように家に帰った。まさか自分の行動を逃げるように、だなんて表現する日が来るとは思いもよらなかったが、事実小説より奇なりだ。

一眠りすればこの空虚気持ち回復するかと思ったが、どうにも戻らないところを見ると、本当に私は心の底から創作にまつわる全てに失望しているらしい。

もっとも、自分が書かなくとも世の中にはごまんと物語が溢れているし、たかだか商業で本を何冊か書いたぐらいの弱小ライターだ。一人消えたところでなんの影響もない。というより、99%の人間は大なり小なりこういうエピソードで心折られて筆も折るのだろう。

別に彼らと自分が違っている、だなんて思ったことはない。だが、こういう風に筆を折るなんて、少しばかり、いや、だいぶ哀しい。

もう、私は彼らと創作の話をすることはないだろう。スタンスの違い、などでは許容できないほどに、私の物語蔑ろにされた。それを笑って見過ごせるほど、私は大人ではない。

吐き出してみればすっきりするかと思ったが、存外そうでもないものだ。それどころか、自分の未練を知覚するまである

だが、今はとにかく、創作というもの喪失感しか覚えていない。だから辞めようと思う。

今までありがとう

ここまで長い(原稿用紙6枚もあるらしい) チラ裏を、全て読んでくれていたとしたら、ただただ感謝する。

あと、コミケ出展するたびにブースに足を運んでくれた人。本屋で私の小説を買ってくれた人。今まで本当にありがとうございました

2017-08-05

https://anond.hatelabo.jp/20170805053533

わかる気がする

アニメーション作品見るにしても原作作品がある場合原作を読みたいなって思う。

作者が表現方法としてアニメドラマでなく小説漫画を選んでいるなら、

それが一番表現としてふさわしく好きだと作者が考えてるからそうなっているわけで、

二次創作一次創作じゃないけど、出来ることなら一次である原作もチェックしたい。

なかなか出来てないけどね。

2017-08-02

https://anond.hatelabo.jp/20170802070535

最後の二文が気持ち悪い。

一次創作をした事がないのだと思うけど、自分が考えたキャラクターが改変され売り物にされるという

作者の苦しみを理解せずに被害者ぶるのはやめましょうね。

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