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はてなキーワード: 救世主とは

2020-05-12

もしこのままコロナ収まったら、日本場合はこの政府対応が正解ってことじゃないの?

緊急事態宣言とか、休校タイミングとか。マスクはクソ。

日本にだけ偶然論法使うのはおかしいでしょう。君らがネットにこびりついてる間にいろいろ奔走した人らがいるんじゃない?

あとは犠牲者感染およびコロナ不景気による)に対してどういう救済をとれるかでしょう。

このみぞーゆーの事態すべてを救済できる阿弥陀仏のような政府だったらいいね存在しない救世主いつまでも待ってるとよい。

2020-05-11

https://anond.hatelabo.jp/20200510191747

いや、むしろ「模した」車両ではなく、実際に走る車両営業したほうがいいのでは?経営危機が叫ばれている地方JR救世主になれるかもしれない。

2020-05-10

バンクシーが嫌い、もっとネタに食い潰されてダサい存在になって欲しい

と思うほどに嫌い。本当に嫌い。

価値もっと下がればいいのに。

マジで好きな人理由を詳しく教えてほしい。

好きなアーティストとか尊敬する人について「バンクシー」と答える人がいるけど。それが本当に理解できない。

どこがどう好きなのかを聞くと「なんかかっこいいじゃん」「考え方がかっこいい」という。

考え方??社会風刺をしているだけで匿名身分明かしてないし、流れてくる情報は完全に憶測しかないのに。どの考え方が好きなの???本当に何も考えてなくない??

お前はストリートな”雰囲気”が好きで、目立って名前を知っているから、なんとなく好きなだけであってバンクシーが好きなわけではない。

逆もあって、信者が変に持ち上げすぎて気持ち悪さを代弁するような記事も多い。

ttps://news.yahoo.co.jp/byline/daisukekawasaki/20200221-00164129/

そんななかで、最近都庁がやった「バンクシー作品らしきネズミの絵」は救世主だった。

イメージが壊れる安っぽい展示と、ダサい案内図で一気にバンクシー価値を下げてくれたように思う。信者阿鼻叫喚だったかガッツポーズした。嬉しい!

https://matomedane.jp/page/28231

最近Twitterでも、メッセージ性のあるようで無い落書きバンクシー揶揄する動きが出てきていて、嬉しい!

https://twitter.com/iphone_otoshita/status/1258988653730119691?s=21

https://twitter.com/nogita1222/status/1258565182403407872?s=21

やっとバンクシーネタにされる世の中になってきた。もっとネタにされて食い潰されて欲しいし、商業に食い潰されてラッセンくらい嫌われて欲しい。ラッセンは好きだけど

2020-05-06

ワクチンできなきゃ元には戻れない

アビガン承認されたとしても救世主にはなれない。死なない病気になることは緊急事態宣言解除には十分だ。でも、アビガンは投与から効果発揮までは早いが退院までが遅い。これでは結局医療崩壊を恐れないとならない。感染力が弱まるわけでもないので自粛継続する。

お店は40~50%程度しか入店できないし、それに併せて従業員不要になる。オフィスも狭いところじゃ密を解消できないのでテレワーク継続業務は縮小のため以下略

収入がさがるのだから人件費固定費をけずる必要がある。人件費業務縮小とともに削り、固定費テナント代で削るしかない。狭いテナント不要になり広いテナント価値は半減する。そしたら地主も大打撃だ。

負の経済連鎖は続く。投与から退院まで2週間かかる治療薬じゃ世界は救えない。100人経済死者が70人になるくらいの寄与しかない。

ワクチンが作られるか3日で治る治療薬ができなければ世界は元に戻らない

2020-05-01

岡村失言騒動顛末には笑った!

昨日の放送が始まるまで、はてブ、壷、ツイ、ヤフコメ総叩きだったが放送が始まると

「え~・・・」「あ~・・・連呼しながら鬱が再発したようなテンション岡村謝罪を繰り返していたところ、救世主矢部が登場!、全員熱い友情に大喜び

風俗嬢貧困はどこ吹く風で岡村いか普段から失礼かということを叱りつける、一般人驚愕

失礼な態度を取らなくなるには恋愛結婚してまともな人間にならなければいけないと説得、具体的な解決策に一般人は納得

ハガキコーナーでは言葉に詰まる岡村フォローする矢部、熱い友情一般人は感動

矢部説教に目が覚めた岡村は冒頭の謝罪とは違いハキハキと謝罪最後矢部「ありがとう」感謝を口にする

既婚の真人間の手により1人の非モテ拗らせ中年が更生されたことを目の当たりにした一般人は絶賛の拍手


叩いていた人の大部分の一般人が喜んで許したが、一方で叩いていた中の一部の異常者はまだ認められずにいるw

岡村番組降板を迫っていたツイフェミ連中は空気を読めと一般人から逆に叩かれ

はてブサヨクは「矢部さんが言っていた結婚しろというはそういう意味ではなく・・・」と矢部正論岡村が更生した現実から逃げ

壷と増田非モテ矢部呪詛を吐き続けるが誰も聞いてくれない


こうやって異常者があぶり出される格好になったのは面白いねぇw

2020-04-29

anond:20200429083308

すばらしい救世主が現れて救ってもらえるだなんてことを言う輩を信じてはいけない。

2020-04-28

初心者が、格闘ゲームの『調整』という名の『処刑』を初めて味わった

初めて匿名ダイアリーを使わせてもらう。

自分はそれなりに平均的なゲーマーだ。

SFC世代に生まれスクエニRPGにハマり、

カプコンアクションゲームに胸を熱くさせ、任天堂で育った人間だ。

年を重ねてゲームの頻度自体は減っていったが、

それでもまだまだ新作PVを見ては心ときめかせて、今はFF7Rを少しずつ進めている。

歳のせいかリメイク版ではクラウドが可愛くて仕方ない。そんなゲーマーだ。


さて、今回は格闘ゲームについてお話する。

格闘ゲームを初めて触ったのは、ストリートファイター2だ。

幼少期、友達の家でわちゃわちゃ騒ぎながら対戦した。

波動拳を打つことができるTくんが猛威を振るったが、友達同士の対戦は無性にしかった。

負けるたびにコントローラーを交代して、みんなで打倒Tくんと、一丸となった。

それからも、格闘ゲームにはちょこちょこと手を出していった。

キングオブファイターズギルティギア鉄拳バーチャファイターなど、

ただ、どれもひとりで遊んだことはない。

友達の家や、ゲームセンター。あくまでも、その場で遊ぶだけの対戦ツールとしての楽しみ方だ。

から、ひとりでうまくなるために一生懸命努力したことはなかった。

から勉強も、授業を聞いているだけでそれなりにテストの点は取れたから、

きっと、似たような感覚だったのかもしれない。

もちろん新作が出ると手を出して、オンラインで対戦したこともあったけれど、

画面の向こうの誰かの存在を感じることができず、

「昔遊んだ格闘ゲームとは、なんだか違うゲームだな」と首を傾げたりして、

格闘ゲームは結局、自分には合わないんだと思い込んでいた。

それよりデビルメイクライでお手軽簡単なかっこいいコンボを試したり、

無双シリーズバッタバッタとザコ敵を薙ぎ払うほうが、遥かに楽しくて、気持ちよかったのだ。


そんな折、『グランブルーファンタジーヴァーサス』という格闘ゲームが発売した。

ソシャゲグラブルを題材にした、2D格闘ゲームだ。(ストリートファイター2みたいなやつだ)

格闘ゲーム自分にとって敷居の高いものだと思っていた私だが、

グランブルーファンタジーヴァーサス(以下GBVS)については、ちょっと手を出してみようかな、と思った。

理由は3点。

ひとつネット上の付き合いのある友達が、何人かプレイすること。

近年はDiscordなどのボイチャ環境が整ってきたため、小学校の時のあの間隔を味わえるのではないか、と淡い期待を抱いたのだ。

2つ目は、誰もが1から始める新作タイトルであること。

これなら格ゲーの浅瀬をちゃぷちゃぷしていた自分でも、そこそこ戦いを楽しむことができるのではないだろうか。

3点目。これが大事だった。そもそもグラブルをやっていた自分にとって、

あのかわいいキャラを操ることができるのは、非常に楽しそうだったのだ。

ジーちゃん最初から使えないことには憤慨したものの、それはじゅうぶん手を出すに足る理由だった。

プレイするたびにすぐ辞めるのが、いつもの私の格ゲーにおけるパターンだ。

今回もそうなるんだろうな、という予想が、どこかにあった。

ともあれ「またすぐ辞めてるw」と友達に冷やかされるのも、悔しいので、

続けるための努力はするべきだろう。


さて、始めるとなれば、キャラ選びだ。

これが大事であるということは、今まで数多くの格ゲー挫折していた私は痛いほど知っている。

まるで永遠の伴侶を決めるかのように、慎重になるべきだった。

私はペルソナ4が大好きで、その格ゲーが出るということで、狂喜乱舞したことがある。

その際は、最愛の伴侶として千枝ちゃんを選んだ。千枝ちゃんと添い遂げようと思ったのだ。

けれど……私は、挫折した。

まりにも難しかったのだ。

キャラ愛だけではどうしようもならない壁が、そこにはあった。

私は千枝ちゃんを愛することができなかったのだ。

結果、私はペルソナ4の格ゲーごと、やめてしまった。

その反省から、今回は好きなキャラにこだわるのはやめよう、と思った。

簡単で、それなりに強くて、動かしていて楽しいキャラがいい。

できるだけ気楽にお付き合いができるような、そんな人だ。

私は『カタリナ』という女騎士を選んだ。

しかし、カタリナさんと結婚する気はなかった。


本家グラブルにおいて、カタリナさんはそれほど人気の高いキャラではない。

女性キャラとしてはむしろネタ枠で、グラブル内で連載されている4コマ漫画でも散々弄り倒されている。

私自身も、ヴィーラさんは好きだったけれど、カタリナさん自身はいい印象も悪い印象も、なにも抱いていなかった。

なので「まあ、ジーちゃんが追加されるまで、お付き合いをお願いします」という気分で、彼女の手を取った。

彼女はこんな不誠実な私にも、「よろしくな」と微笑んでくれた。

交際を始めると、カタリナさんは確かに動かしやすキャラだった。

必要なパーツはなにもかも揃っている。炊事も洗濯掃除もできて、さらに素直な性格だ。

実際、カタリナさんはどのプレイヤーからも「強いキャラ」と言われていて、

自分がうまくなればなるほど、誰にだって勝てるポテンシャルを秘めているらしかった。

一緒にゲームを始めた、格ゲーに詳しい友人は「君がカタリナを選んでほっとした」と言ってくれた。

間もなく、格ゲーにおいて、操作簡単である、ということの重要性を私は初めて思い知ることとなる。


少し話は変わるけれど、

格闘ゲームは複雑なジャンケンだ。

誰もがグー、チョキ、パー以外に、

ギョス、メランダポポポチーノ、アラモ、ショポーリ、スイギョー(適当)などなど、

30個ぐらいの手をもっている。

ギョスという手はポポポチーノ、アラモには負けるものの、

スイギョー、ショボーリ、パー、ニャフ、など4つの手に勝てる。他の24個の手とはあいこだ。

こういったことを、毎瞬毎瞬、頭の中で考えながら、試合を進めていくゲームだ。

難しいのだ。

複雑なルールが覚えられない私にとって、カタリナさんは救世主だった。

カタリナさんは、グー、チョキ、パーの三つさえ覚えれば、だいたいなんでもできた。

キャラが30個の手を使いこなしてくる中、カタリナさんの手は三つで足りた。

初めて見る相手に、「えっ、なにその技!? どうやって対応すればいいの!?」と度肝を抜かれる攻撃をされても、

自分で調べてみれば、「なるほど、これは実はチョキで勝てる手だったのか……」とすぐに答えが用意されている。

対戦して、一方的にやられて、自分で調べ物をして、そしてまた対戦をする。

すると今度は、相手のゾゾゾジゾという手に勝てるチョキを用意した私が優勢に戦える。

対戦相手も私がチョキを連発するようになると、そのチョキに勝つ手を用意してくる。

これを繰り返していくと、私はいつの間にか、さっきまで手も足も出なかった相手と五分に渡り合えるようになった。

楽しい

楽しくて、毎日GBVSをやった。

昨日あれほどボコボコにされたフェリに対して、一晩練習しただけで、それなりに勝てるようになるなんて。

すごい。

格ゲーってこんなに面白いものだったのか。


どんなに強い相手でも、カタリナさんがいれば「いずれは勝てるようになるかも」という希望を抱いた。

今まで私は格闘ゲームを誤解していたんだ、と気づいた。

私は格闘ゲームゲームの上手い人がやるゲーム、という認識でいた。

バイオハザードゾンビに一度も捕まらないようにスイスイプレイする人が遊ぶものだと思っていたのだ。

けれど、違った。

格闘ゲームというのは、非常に複雑なジャンケンで、相手の行動に対してこれをすれば勝てる、という手を用意しておくゲームなのだ

大事なのは反復練習と、調べ物だ。

こんなにシンプルゲームだったのか……と目からウロコが落ちた。

もちろん、それを教えてくれたのは、カタリナさんだった。

「カタリナさん、本当に強いね

「なあに、私を上手に操ってくれる、キミがいてこそだよ」

カタリナさん……。

つの間にか、私にとって彼女はかけがえのない大切な存在になっていた。

よくよく見れば、顔もめちゃくちゃ美人だった。

(余談だが、先日本グラブルにおいて開催された水古戦場においてカタリナさんが使えて嬉しかった)




私はカタリナさんとともに、反復練習、そして調べ物を続けた。

負けては調べ、負けては勝てる手を考える。

少しずつ成長していった。


共に初めた友人はSSランクというメジャーリーグみたいな場所に旅立っていったけれど、

私もAランクというマイナーリーグでそこそこ戦えるようになっていった。

なによりも、自分が徐々にうまくなっていくのが楽しかったのだ。

私の実力があがると、カタリナさんはますますその力を発揮し、期待に応えてくれた。

いや、違う。私がカタリナさんの期待に応えれるようになったのが、嬉しかったのだ。

私のそばでは「キミは日々強くなっていくな」とカタリナさんが微笑んでくれていた。

彼女出会った頃よりわずかに……いや、明らかに綺麗になった。(私は強めの幻覚を見るようになった)

途中のバージョンアップでもともとの本命であるジーちゃんが追加されても、

私はカタリナさんのまま、GBVSを続けていった。

「本当に、私でいいのか……?」と恥じらうカタリナに、私は大きくうなずいた。

「当たり前だよ。私にとって、カタリナさんがグラブルなんだ」

私たち結婚した。


社会人ゲーマーになると、とにかくゲーム時間を捻出するのが大変だ。

積みゲーもたくさん増えてきた。

そんな中、回転寿司のように、次々と新しいゲームに手を出してはクリアーしていくのが、私の最近スタイルだった。

ストーリーのないゲーム時間をかけるのは、無駄だと思いこんでいた。

けれど、GBVSは違った。

すでにこの時点で私は、2000試合以上もプレイしている。

こんなにものめり込んだ格闘ゲームは、初めてだった。

多くのゲームを後回しにして、GBVSをプレイした。

それだけ多くの時間、私はカタリナさんと共に過ごした。

そして、4月28日

バージョンアップの日がやってきた。



先に言っておくと、カタリナさんは確かに強かった。

一部のプレイヤーから反感を買うほどに強かったのだ。

「仕方ないさ。格闘ゲームというものは、バランス大事なんだ」とカタリナさんは寂しそうに微笑んでいた。

から、ある程度の弱体化が入ることについては、私も納得していた。

しょうがないよね。調整ってよくある話だし」

といっても、これは『頭で』納得していた、というだけの話だ。

よく格ゲーでは「修正しろ」だの「弱体化はよ」だの、声が多く上がる。

実際に私も、スマブラDXで友人のフォックスに宇宙の果てまで蹴り飛ばされた際には「修正しろ!」と叫んでいた。

だけど、私は本当の意味での『修正』という言葉を知らなかったのだ。

なぜなら今まで、本気で格闘ゲームに向き合ったことなどなかったからだ。

一夜限りでの付き合いしかなかったから。

カタリナさんが弱体化された。



PS4を起動し、技を確認して、すぐにわかった。

私の顔はたちまち青ざめた。

唖然とした。

メインで使用する近Bがなによりも、破格の弱さになっていたのだ。

近Bという技は、どんな状況でも万能に使える最強のチョキであった。

多くの手に勝つことができて、コンボでも重要役割を担う、カタリナさんの愛刀であった。

なによりもモーションがかっこいい。レイピアを高速で振り下ろすと、空気を切り裂くようにそのしなりが見て取れる。

カタリナさんの力強さ、そして剣に懸ける想いがこれでもかと伝わってくる、袈裟斬り。それが近Bだ。

その近Bが、死んでいた。

アップデート情報ではたった二行で片付けられた修正だ。

『硬直を増やしました』『認識間合いを狭くしました』というそのたったふたつの言葉で、

カタリナさんの手触りはまったく変わっていた。

私は震える声で問いかける。

「カタリナさん、カタリナさん、大丈夫……?」

するとカタリナさんは笑顔でこう言うのだ。

「私はカタリナだ。これからよろしくな」と。

そう、気づいた。

たったひとつの技が弱くなったそれだけで、カタリナさんは、

私が2000試合も共に歩んできたカタリナさんは、

まったくの別物になってしまったのだ。


私の結婚したカタリナさんは、もうどこにもいない。

これからは近Lという、漫才ツッコミみたいに手の甲をぺちっと突き出して柄で殴る技を、メインに使わなければならない。

「近Bか? しかしあの技は、使ったところで仕方ないだろう」

このカタリナは苦笑いをする。

「ガードされて1フレーム不利だ。立ち回りで振るような技じゃない。私はそういう戦い方はしないんだ」

違う。私のカタリナさんはそういう戦い方をする人だった。

私のカタリナさんはどこにいったの?

私の最愛のカタリナさんは、消えてしまったのだ。

格ゲー初心者が、毎日300回ずつ練習をして、

ちょっとずつヒット確認ができるようになっていった遠Cが弱体化されたことなんて、どうだっていい。

突進技のダメージが減った? それがなんだっていうんだ。

色んな所からヘイトを集めているJUなんて、削除してくれたって構わない。

から、近Bを、近Bを返してくれ。

せめて微不利じゃなくて、五分にしてくれ。

私のカタリナさんは、2000試合で少なくとも近Bを2万回以上は振り回した。

トレーニングモードを合わせたら、その5倍はいくだろう。

その技が、処刑されたのだ。

格闘ゲームの『調整』がどれほど恐ろしいものなのか、私は初めて味わった。

セーブデータが消えるんじゃない。自分が今まで積み上げてきた『努力』が無かったことにされるのだ。

まりにも悔しくて、悲しかった。

こんな長文を書いてしまうほどに、気持ちの行き場がなかった。

ただ受け入れることしかできない突然の交通事故に遭ったような気分だ。

有名プロゲーマーが「なによりも調整を恐れている」という発言をした際に、私は「そういうものか」と思っていた。

弱くなったキャラを捨てて、すぐに強いキャラばっかり使う人のことを「キャラ愛着がないんだなあ」と思っていた。

バカだった。

キャラとは、外見や名前だけのことじゃないのだ。

私のカタリナさんは、間違いなく近Bを主軸に攻め込むカタリナさんだった。

だけどもう、そのカタリナさんはどこにもいない。

別物だ。

これから格闘ゲームプレイするたびに、私は、

「でもどうせ弱体化されるんだろう」という想いを抱いて、遊んでいくのだろうか?




ただ、ひとつだけ言わせてほしい。

ありがとう、カタリナさん。

あなたのおかげで私は、強くなるために努力することの大切さを知りました。

あなたのおかげで私は、格闘ゲームの楽しさを初めて知ることができました。

これは私があなたへ送る、最初最後ラブレターです。

あなたがいなくなったグラブルを愛せるかどうかは、まだわかりません。

しかしたら別の恋人を見つけて、恥知らずグラブルを続けるのかもしれません。

だけど、あなたがいてくれたから、私は幸せでした……。

ありがとう、カタリナさん。あちらへいっても、元気に近Bを振り回してください。







あいうて、新しいカタリナさんでも、それなりに戦えそうではあるんだけどね……。

操作感が変わる調整は、やっぱつれぇわ…………。

2020-04-25

世界最強の能力者として生まれたかった。

普段存在感がなくて、怠け者でだらしない大学生だけど、人類危機になったとき世界中の軍隊でもお手上げの事態に「やれやれ……」と現れて、「危ないから下がりなさい!」などと注意されつつ、デコピンで敵を倒してしまう。

敵を倒した後はさっと消え去り、謎の救世主として語られる。

相変わらずダメ人間として暮らしていく。

大好きな綾子ちゃんは相変わらず他の男とセックスしているのだけど、謎の救世主ファンらしい。

そんなある日、とくに存在感のなかった自分たまたま綾子ちゃんの目の前でうんこをもらして嫌われてしまう。

人生オワタ

2020-04-19

ワイは外出するやで

ワイが今も営業している飲食店で食って応援するやで

ワイが飲食店救世主になるやで

もちろん一番高いメニューを選ぶやで

ワイは神になるやで

新型コロナ人類救世主

新型コロナは神が遣わした人類救世主。弱い人間を選別し強い人間を残す。生物進化正常化前進させる。これは、あの事件彷彿させる自然現象じゃないか

2020-04-18

六代目神田伯山は講談界の救世主かも知れないが

救世主からこそ衰退する講談界にトドメを刺す可能性が非常に高いと思っている。

まず後進、つまりは優れた弟子を育てる責任果たしてない。今はまだその時ではないと考えているのは承知しているが「絶滅危惧職」と言われている奴がそんな悠長な事を言っている場合ではない。

上方落語復興した師匠なんかは若いから自分の芸を磨きながらでも凄い(良い意味でも悪い意味でも)弟子達を育てて死の直前まで孫弟子達の稽古も付けてたやんか。

伯山が本当に「落語講談立場を逆転させる」つもりならば、今後「神田派講談四天王」と讃えられる程の優秀な弟子達を育てるくらいないと絶対不可能だと思うが、そんな未来は全く見えない。

anond:20200418075749

「洗ってくり返し使える、マスク品薄下の救世主」とは書いてたらしいな

ただのファッションアイテムにここまで書くかぁ?

2020-04-16

映画マトリックスで「うわぁ…」てなるシーン

ネオが殺されてスミスが「グッバイミスターアンダーソン」って言った後のネブカドネザル内の感じが「うわぁ…」ってなる。

モーフィアスは長い間探し求めてた救世主が死んで茫然自失。

トリニティ運命的な出会いをした男子が死んだショックで死体ブツブツ言っている。

この時かろうじて気を保てそうなのはタンクだけだ。

彼はどんな気持ちだっただろうか。

多分最初は「ヤベッはやく電磁パルス発生させなきゃ」と思っただろう。

センチネルガンガン穴開けてくるし。

でも二人があんな感じなので言い出しにくい。でもレーザーそこまで来てるし、でもトリニティ死体キスし始めたし、でも…ってうおおおーい復活したぞネオ!!って感じだったんだろうな。

復活してほんと良かった。

2020-04-12

ITインフラ屋だが、今仕事楽しい

インフラエンジニア。いわゆる社内SEをやっている。

コロナウイルス対応でめちゃくちゃ忙しい。しかし今までのしごとの経験の中でもこんなに楽しい時期はなかったくらいに楽しい

普段お金を生み出す開発部門のために働き、自分ではその売上を支えているというささやかな自負はあるものの、決して最前線仕事ではない。

それが今や最前線最前線自分の動き次第で今後の開発部門仕事行方が決まる。

そして、今までコストになると言われながらもいつか必要になると私が説いてなんとか導入にこぎつけた機器システムの数々のおかげで、無事リモートワーク環境を整えることができた。なんだ私は救世主か?

しかも当たり前のように「ウチもリモートワークできるよね?今週中に準備して」と言われ…私の先見の明がなければそんなにすぐ導入できたものじゃないぞ?わかってるか?

まぁいつものようにそれ自体評価されるわけでもなく…開発部門は今まで当たり前にやれていたことができなくなった、不便だといって早くも文句を言い始めているんだけど。

ともあれ自分が構築した環境で大きな障害なく仕事継続できていることでまた私のささやか自尊心が満たされる。

問題は皆がリモートワークしてもメンテやらサポートやらで自分オフィスに出ないといけないことだ。

さくらインターネットのように手当をくれとは言わないのでせめて自動車通勤を許してほしい。

2020-04-04

コロナ救世主 さっさとこんな国滅びろ

感染が拡大しても何もしない政府

買い占めをやめない老害

感染広がってるのにみんな行くからと言う理由満員電車をやめないリーマン

デマを広げる馬鹿 

デマを信じるバカ

コロナに乗じて聖人ぶったり悪人ぶったりで広告収入稼ぐクズ共(youtuber

現実逃避して明るい話しか見ようとしないバカ

もう本当呆れた 日本人ってここまでアホだったんだな さっさと滅びよ 上から下までバカしかいね

カレーの値段を槍玉にあげたのに自社の社員食堂カレーが一番高かったというのを思い出したわ

朝日新聞デジタル:布マスクは有効? WHOは「どんな状況でも勧めない」

マスクは織り目のサイズが大きいため、飛沫(ひまつ)を防ぐ効果が小さい。また繰り返し洗って使う場合管理が悪いと雑菌がはびこる可能性があり、かえって不衛生になる可能性も挙げる。

マスクをつけた人がもっとも呼吸器疾患やインフルエンザ症状を示した人が多かったという。

朝日新聞デジタル:布マスク「洗えば何度も」「1枚200円」 菅氏が強調

需要増加によって国民の皆さんがマスクを入手しづらい状況で、店頭でのマスク不足が続いている。布マスク使い捨てではなく、洗剤で洗えば何度も利用でき、増加しているマスク需要抑制する意味でも有効だ。費用は1枚200円程度と聞いている」

朝日新聞社の通信販売

洗ってくり返し使える、マスク品薄下の救世主

入手困難になったマスクは今、使い捨てでなく、くり返し使えるものが求められています

ウイルススプレー吹きつけた後や界面活性剤入り洗剤で洗うことで、付着したウイルス対策にも。

ガーゼ医療用などより20%ほど密度を高くしたこと耐久性があり、150回ほどの洗濯にも耐え、経済的です。

販売価格: 3,300 円

2020-03-06

吉野家牛の鍋焼き御膳とかい危険な罠について

吉野家春の新メニューとして牛の鍋焼き御膳と鍋焼き定食が追加された

吉野家の御膳メニューといえば、牛すき鍋膳連想する

牛すき鍋膳が傑作であることは議論余地がない

冬の吉野家はこれ一択という人も人も多いことだろう

かくいう増田もその一人である

春の訪れとともに、しばしの牛すき鍋膳退場を惜しむ牛すき鍋膳ガチ勢

心と胃袋の隙間を埋める救世主として鍋焼き御膳を捉えてしまうのも無理からぬこであるが、

実はこれは吉野家が仕掛けた危険な罠なのである

頼んでみればわかる

2020-03-02

例えばの話なんだけどさ

もし生産年齢人口とか、子供とか、その他元気な人には殆ど無害で、生産性の無い老人とか、健康保険依存して生きている病人だけ選択的に殺す、特効薬の無い病原体があったとしたらさ、

それは今の日本救世主とならないか

2020-02-21

anond:20200221223353

人それぞれだから気にしないでいいんだよ!

それぞれ具合が分からない人たちが何か価値観押し付けてくる事もあるかもしれないけど、誰が悪いわけでもないんだ。

ホルモンの分泌の都合でどうしても肥満になりやすい体質の人がいたりするのと同じように、僕らの体のビルドクオリティにはばらつきがあって、それは何かの社会的指標から見ると短所に見える事もあるかもしれないけど、本来は良いも悪いもない、個性なんだ。

どんな性質の人だって時代特定局面を迎えたとき救世主になれるかもしれないし、必要多様性なんだ。

2020-02-16

初心会から卒業と「救世主プレイステーション」と中古裁判の話

※この記事は前回からの続きです。

https://anond.hatelabo.jp/20200211202529

 さて、続きだ。ゲーム業界流通において初心会がやってきたこととその最後を述べてきたが、今回は初心会を葬った旧SCEソニー流通を中心に街のゲーム屋的な小売店視点で色々語ろうと思う。しかしこの期間は非常に起きた出来事が多くかつ入り組んでいるので、あえて細かな要素をオミットして正確さよりもわかりやすさを重視することにする。それにデジキューブ銃撃事件真相なんざわからいからな。


 時代プレイステーション参入前。任天堂エンタテインメントが行き止まりに行きつつある頃だ。そのことについては前回語ったが、さて、任天堂以外の、NECPCエンジン)やセガメガドライブ)あたりはどうだったのだろうか? 初心会が横暴なら、こちらのほうに注力するという手段もあったのでは?

 ぶっちゃけこっちはもっと酷かった。ソフトが売れないというわけではない。10万本売れるソフトはあった。あったのだが問題プラットフォーマーが用意した他の大量のソフトだ。

 当時、任天堂に対抗するためにNECセガは自社プラットフォームの発売カレンダーの空白をなんとか埋めようと躍起になっていた。サード自主的ソフトを作ってくれるのならそれに越したことはないが、そうではない場合自分たちで用意する必要もあった。自分たちパブリッシャーとなり開発会社委託してゲームを作らせる。さらにはサードに対しても「ウチの流通に乗せますので○万本は絶対に売れますから作ってください」みたいなアプローチも行った。そうして「とりあえず」カレンダーを埋めることができたソフトは、「とりあえず」問屋が頑張って小売に売った。在庫になっても不良在庫になるだけなのがわかっているので大バーゲンで売った。小売はもともとの卸値が安いため、最初から値引きして売る。売れ残ったら損だから博打みたいなものだ。そうしたソフトが並ぶと小売価格そのままのソフトは見向きもされなくなるのであわせて値引きされる。PCエンジン末期、餓狼伝説2クソゲーではないのだけど)が100円で棚に50本くらい並んでいるのを見たことがあったが、あれは問屋の不良在庫を捨て値で小売が拾ってきたんだな。

 どこかで見た状況と思わないか? そう、アタリショックだ。ゲーム在庫問屋にも小売にも溢れわけがからない状態になっていた。価格崩壊し定価が意味をなさなくなっていた。

 任天堂初心会が横暴、セガNECは頼りにならない。こんな状況の市場次世代機の波と共に救世主がやってきた。ソニーだ。ソニーが直接小売店契約するというのだ。

 衝撃は大きかった。CD流通の流用で、「リピートを早く」「小売価格の大幅な値下げと小売店に対するマージンの確保」「掛け率は大量に取ろうが少量だろうが同じ」という特徴をもち、かつ「中古売買の禁止」「値引き販売禁止」という成約があったが、それでも多数の小売店から好意的な反応を得た。そもそも初心会でも値引き販売原則としては禁止だったのだから

 そして何よりプレイステーション小売店に好まれたのは、ゲーム本体の卸値が安く、プレイステーション1本体だけを売っていても結構な利幅があったこともあげられる。これはかなり珍しいことで、通常は卸値と小売価格ほとんど変わらない。Xbox360の発売当初は二次問屋の都合一部の小売店において卸値が小売価格を超えたという珍事すらあったという。プレイステーションサターンは発売時期がほとんど一緒で、スタート時点ではサターンのほうが優勢だった。しかしこれがじわじわ小売店プレイステーション派に偏らせていった。プレイステーション小売店ハードでもソフトでも確かな利益確立してくれた。

 


 そうしてFF7が、DQ7プレイステーションで出るという流れが生まれ一気にプレイステーションが圧倒的な優勢を保持するようになるわけだが、この流れのなかでゲーム屋は何かが違うと確信した。プレイステーション救世主になってくれたはずだった。しかFF7を発売するスクウェア(当時はエニックスとの合併前だった)が打ち出したデジキューブは、既存ゲーム屋にツバを吐きかけるようなものだった。なにせ目玉タイトルFF7の出荷本数の半分をコンビニに任せるというのだから。これではゲーム屋はやっていけない。いくら本体を売れば儲けになるといっても一人にせいぜいが一台が限界だ。ソフトをたくさん売れなければしかたない。

 そしてソニーの態度もなにかおかしくなりはじめていく。元々の小売店への説明会では「返品はNG」ということになっていた。なっていたのだが、個別対応としてソニー担当者が返品を受け付ける旨を話していた。そのため小売店のなかでは安心して在庫を抱える店もあったわけだが、返品したいと言い出すと担当者の態度がころりと変わる。前に言っていたことと違うことを言い出す。ようやく返品受付をしてもらうも半額返金……。そのような事例が発生した。結局ソニーとしては二度返品を「特例」として受け入れるのみにおわり、いよいよもって「返品NG」が周知徹底されることになった。

 頼りにするミリオンソフトは入荷しない、個別対応約束していた返品制度はなくなった。このような状況下でもなおソニーは「中古取り扱い禁止」「値引き販売禁止」を打ち出していた。中古を取り扱った店や値引き販売した店は、不思議なことに”配送事故”が発生してソフトの入荷が遅れるようになった。

 FF7発売の頃にはすでに任天堂初心会解散させていた。ニンテンドウ64を発売し、ポケモンを大ブームにさせた任天堂ならこの頃のゲーム屋の救世主なり得ただろうか? 残念ながらこの頃の任天堂(正確には任天堂系列問屋だが)は「小売価格を下げつつ小売店への卸値を上げる」という暴挙に及んでいる。それでもポケモン死ぬほど売れたのだから恐ろしい。

 ソニーが信用できず、任天堂はあてにならない。そうした状況で頼りになるのはセガ……ではなかった。セガメガドライブ反省を活かしおもちゃ問屋をまとめてセガユナイテッドという流通会社を立ち上げる。大手ゲーム屋には直接卸し、小さな街のゲーム屋には二次問屋を使って卸す、ちょうど初心会ソニー流通の間のようなハイブリット流通機構を作り上げた。在庫管理とコストダウン両方の面でなかなか上手くいったはずだが、いかんせんプレイステーションの圧倒的ソフトラインナップには敵わなかった。自社でなんとかできる力はあるのだが、セガにはポケモンがなかった。しかメガドライブ末期の状況からここまで着実に改革を進められたのは称賛に値する。NECは途中で死んだのに。




 そしてついに中古裁判が勃発する。1998年1月には公正取引委員会ソニー流通の「値引き販売禁止」「中古売買禁止」が問題視され排除勧告を受けた。しかしこれで下がらずソニーは他メーカーを巻き込んで中古禁止裁判を起こす。ゲームメーカーvs小売の裁判だ。その一方で株式会社上昇(ようするにカメレオンクラブだ)がエニックスを訴える。「新作ソフトは扱わない」「ロイヤリティとして中古売上の7%を支払う」といった提案を出したものの実際にエニックスからソフトの出荷停止を食らってしまったがゆえの反撃だ。なおこの頃にはソニースクウェアデジキューブ)だけを優遇することが問題視されて、各社サードメーカーも自社流通小売店に卸すようになっている。

 2つの裁判が同時に起きて別々の判決が生まれて、ここらへんは非常にややこしい。ややこしいが小売店公然中古を売るようになった。値引きもするようになった。自社流通に切り替わった各社ゲームメーカーも忌々しく思っていたが裁判流通とは別との判断だったのか、おおっぴらに”配送事故”が起きることはなくなっていく。

 ちなみにこの頃、セガドリームキャストに向けさらなる流通改革を行い、セガユナイテッドセガミューズへと編成しなおす。これは老舗おもちゃ問屋ムーミンセガユナイテッドに合流した形だ。ムーミンメガドライブ(もしかしたらもっと前?)の頃からセガ共闘しているお得意様だった。なお、ソニーを学んだのか「値引き販売禁止」「中古売買禁止」を小売店押し付け、同じく公正取引委員会より立ち入り審査を受けるはめになる(もっともこれは後日小売店契約しなおしをすることによって審査は打ち切られた)。小売店救世主はなかなかいない。

 

 中古裁判最高裁にまでもつれ込んだが、ようやく結論は出た。中古販売合法だった。小売店大手を振って中古売買ができるようになった。値引き販売をしてもお咎めはなくなった。小売の完全勝利だ。「ファミコンショップ」はPS2時代にまでいたりようやく安心できるようになったかのようにみえた。

 そうではなかった。むしろゲーム地獄はここからが本番だった。

 まず大店法改正があった。巨大店舗小売店が各地に出来上がる。そして家電屋の店舗の巨大化がどんどんと進む。巨大化した店舗で何を扱うか。ゲームも扱うようになった。ゲームは美味しい商材だと思われた。そして今までグレーゾーンだった中古合法判決が出た。取り扱わない理由がなくなった。

 そのため大手販売店は客寄せのために新作ソフトを大きく値引きする。これが卸値と同価でも構わない。とりあえず客が来て、他の家電もついでに買ってくれれば儲けものからだ。そして中古も多数取り扱う。ゲーム利益の確保はこっちだ。そこそこの価格で引取りそこそこの価格販売する。これも回転が早ければ利益が稼げる。ビデオレンタルゲオツタヤが入ってきたのも大きかった。街のゲーム屋さんにできることは限られていた。大手資本真正から戦って敵うわけはなかった。中古販売という最高の武器を手に入れたかわりに、同じ武器をもった最強の敵が現れたのだ。多数のプレイヤーがそちらに流れた。売っているものが同一なら、安いところで買うのが当たり前だからだ。

 その後まったく救いがなかったわけではない。DSの大フィーバーがこの後起きた。ゲームに触れたことがない新規層でも直感的なタッチパネルを備えたデバイスゲーム市場を一気に活性化させた。誰もがみなDLライトを買い求めてゲーム屋と家電屋を往復した。飛ぶようにDSライト本体脳トレどうぶつの森が売れた

 しかしここでも任天堂流通が小売の前に立ちふさがる。任天堂小売店から受けた仕打ちを忘れていなかった。64よりもPS1,ゲームキューブよりもPS2を優先させた街のゲーム屋に、引く手あまたのDLライトを多く卸す理由がなかった。DSライト任天堂流通のお得意様、デパートゲームコーナー、おもちゃ系統販路を優先して入荷していった。今まで子供向けのプレゼント用途ゲームキューブ、ポケモン関連をしっかり取っていた「実績」のおかげだった。街のゲーム屋が本当に一息ついたのはおそらくさらに後のモンハンポータブルの大ヒットあたりからだろう。

 こんな流れがあり、地方から現在ほとんどの「ファミコンショップ」が姿を消している。初心会を中心とした問屋は、成熟したゲーム業界メーカー自主流通を実現させたことでその役目を終えて消えていった。となれば、地方ゲーム屋もまた、成熟したゲーム業界によって役目を終えた存在としてみなされてしまったのだろうか? おそらくはそうだろう。そして将来的にはゲーム販売する大型店舗すらいなくなるかもしれない。ダウンロード販売メーカーは推進しているからだ。

 そんな流れのなか、この令和の時代に意地でも自前の店舗ゲーム販売している「ゲーム屋」を見かけることがある。業界の厳しい荒波に揉まれそれでも生き延びている人たちだ。私は彼らに尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

 彼らに幸あらんことを。

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