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はてなキーワード: お土産とは

2019-05-23

anond:20190523041859

早めに童貞捨てとけ

リボ払い ダメゼッタイ!!

万難を排してお局様の機嫌だけは損ねるな

ちょっとした小旅行だったとしても、1000円くらいのものでいいのでお土産は忘れずに

1000円くらいでコミュニケーションが円滑になるならコスパ高い

私達は職場女性に支えられて仕事ができていることを忘れない

2019-05-22

つかれた

ちょっともう色々しんどいからここに吐き出させて。

別れるとか別れないとか散々話して(まあ大体彼女から僕に喧嘩を吹っ掛けられる感じなんだけど)結局絆されて付き合い続けてるわけなんだけど、彼女イラついているときにやたら八つ当たりされて、とりあえずそれを受け止めて彼女が冷静になったら、何があったか話を聞いて…。みたいなことが多くて。

まあこれ自体はそこまで問題じゃないというか、そういう子だと分かってて付き合ってるからいいんだけどさ。逆に僕のほうが仕事ストレスと身内のあれやそれやで精神的にちょっとしんどい時期になってて。眠れないことも続いて、風邪もひいてしまって。今八つ当たりされたら受け止めきれないな、と思って連絡するのをやめている間に、彼女友達旅行をしている。まあ旅行するのは聞いてたし、本人も楽しみにしていたから、気分転換になればいいな、と思って送り出した訳なんだけど。

とりあえずインフルエンザじゃないことは分かったから、資料作り終わったら早退しようと心に決めて、重い体を引き摺って満員電車に揺られながらふと、「あれ、なんで俺しんどい時に支えてもらおうと思えないんだろう」と思ったら、急に悲しくなった。

繁忙期なのもあってストレス過多なことは伝えてあったし、体調が悪いから少し連絡頻度落とすね、と伝えた(そう伝えないと、後から「何で連絡くれないの!」って急に怒り始めるから)けど「そっか、お大事にね」で終わり。まあ体調悪い相手に対してはこれが正解…?正解といえば正解か。じゃあこれは俺の単なる甘え?

まあ、旅行中だから連絡来ないのも当たり前か。おはようからおやすみまで毎日連絡が来ていて、どんなに忙しくても必ずそこだけは連絡していたけれど、そうか、そんなものなのか。心身ともに病んでしまっている恋人よりも、今目の前の旅行の方が大事か。「おはよう、体調どう?」の一言も僕はもらえない存在なのか。

結局彼女はtakerで僕はgiverで。いろんなワガママを聞いてきたけれど、搾取されて終わるだけ。ちょうど先週が記念日だったから、次に会う時に何かしようかな、とか考えてたけど、きっとそんなことも彼女は何も考えてないんだろう。ああ、もう、腹が立つ。頭がいたい。体がだるい彼女が嫌がるからと色々生活を変えてきたけど、彼女は何一つ僕の願いを聞き入れてはくれなかった。別に表面だけ上手くやってくれてれば、僕が約束を破られている事実に気づかなければそれでいいのに、彼女は嘘をつくのも下手というか詰めが甘くて。結局僕はいつも気づかないフリをするしかなくて。今一緒に旅行している「友達」が友達の域を越えたがっていることだって、僕は知っているのにね。それも知らないフリ。

「もう疲れたから別れて」そうやって別れを僕から切り出す頻度が上がっていて、その度に彼女は暴れて騒いで僕を罵って。その姿を見て辟易して連絡を断てば鬼のよう電話をしてきて。着信拒否すればSNSから連絡してきて。それも無視すれば今度はあまり親しくない(状況を知らない)友達を巻き込んで連絡をよこしてきて。そこまでして追いかけてくるならもう少し大切にしてくれよ。お土産も何もいらないから、大切にしてくれよ。できないなら別れてくれよ。違う子と連絡取っただけであんなにキレるから、何かあるんじゃないかって次の子を探すこともできない。彼女のことは可愛いとは思う。不器用だけど一生懸命から。だけどそこを可愛いと思う気持ちだけで全てをカバーできる訳じゃない。許せない事の方が最近は多い。こんなに疲れる交際なんてとっととやめてしまいたい。でも今この瀕死状態の僕に、別れを切り出す気力はない。

最近になってようやく、DV被害者の人たちの気持ちがよくわかるようになってきた。あの人達もこうやって逃げられなくなってるんだって。とりあえず会社ついたし午前中には資料片付けてとっとと帰って寝て体調回復させたら別れ話振って、その足で新しい携帯に買い替えて番号も何もかも新しくしよう。疲れた

2019-05-21

映画の券をくれたおじさん

妹とチケット売り場に並んでいたら「優待券が余ってるから」と2枚くれた

お礼してドラゴンボールを見た

イオン行のシャトルバス

俺かもしれない

と思ったけど総会のお土産優待券は1枚しかなかったわ

今年も来週幕張行くからかにあげるつもりだけど

しつこい男に絡まれたので呪う

ツーリング先で乗った船内泊を伴うフェリー男性客にしつこく絡まれた。

予約したベッドはカプセルホテルのような半個室で狭かったため、私はロビーで本を読んでいた。

男「2人で飲まない?」

私「私飲めないんで結構です」

男「夕食ごちそうさせて」

私「コンビニで買ってきてるんで」

男「俺奥さん子供いるか大丈夫

私「私も既婚なんで」

何言ってんだこいつ寝ぼけてんのか全っ然大丈夫じゃねーわ

妻子残してツーリングに出かけておきながら道中で女ひっかけようだなんてほんと虫唾が走るわ、クソ野郎ちんこもげろ

ツーリングの話したいなら他のバイク乗りのおっさん連中に話し掛けてろよ、女じゃなくていいだろ

色々思うところはあったが、結局何かされたら怖いので適当に断って席を立った。

しかしその後も何回断っても着いてくるし、どこ行っても話し掛けてくるし、船内は狭いし海上なので逃げ場がない。地獄かここは…

偶然ロビーで船内でのマナー啓発ビデオが流れていたので、その付近に陣取ってみた。「しつこく誘うのはセクハラ行為です」とやっている。

そしてひと席空けて隣に座りこちらを窺うクソ男。いいから私じゃなくてビデオを見ろ。そして私に奢ろうとしたそのお金奥さん子供お土産を買え。せめてもの罪滅ぼしをしろ

そんな時フェリー乗り場で会ったカブのおじいちゃんが話相手を探していたので、ツーリング話を聞きつつ男除け(まよけ)になってもらった。

話を聞いてほしいだけのおじいちゃんは無害であるちんちんをしゃぶれと要求してこない(偏見)。次のツーリング先の参考にもなった。

どうでもいいけど美人でも不細工でもない中途半端な顔って本当に不幸だよなと思う。私のことなんだが。

(こいつなら俺でも行けるんじゃね?)って思う勘違い男がわんさと湧く。こっちにも選ぶ権利ぐらいあるわクソ野郎こちとら面食いなんじゃ。

ちなみに夫は男前で、中身もいい男です。すみません惚気けました。

そんなこんなでその後は狭いベッドに引きこもって目的地まで過ごした。こんな男のせいで残念な船旅になりました。

というわけでこの男が奥さん以外に挿入しようとしたらちんちんが折れて役に立たなくなる呪いをかけました。せいぜいしぬまで苦しめばいいと思う。

おわり

2019-05-17

anond:20190517070306

懐かしいね

昔、香港で買ったドラマCDお土産でもらったことがある

あっちでは普通に商業流通してた感じだった

次に来る貧乏趣味

去年はキャンプで今年は御朱印集めが流行り、ほんと不景気なんだなぁと思う今日この頃

景気悪化してるらしいし、世界経済不安株価下落でしばらくは不景気だろうから、次にくる貧乏趣味を大予想!

銭湯

スーパーの付かない町銭湯価格も500円程度で散歩がてらに銭湯寄って、下町居酒屋で締めるのが流行る。

シェアサイクルで街サイクリング

電車で移動して現地でレンタル。乗り捨て出来るし普段徒歩では行かないエリア散策ができて流行る。

バス周遊

一日乗車券使用したバス旅。移動にのんびり時間をかけて、時間もゆったり使う緩い旅が流行る。

ダム巡り

以前流行ってから時が経ったのでリバイバルブームの到来。

手ぶら釣り

手ぶらBBQのようなノリで道具の貸し出しから捌くことまで全部お任せ。釣果保証で釣れなくたってお魚食べて帰れるプラン!?

学生スポーツ観戦

野球サッカーだけじゃない!バスだってバレーだって楽しめちゃう未来スター発掘がブームに。

日本庭園散歩

公園お金払うのか?と抵抗ある人も、一度行けばハマること間違い無しの楽園。行き届いた手入れを楽しみのんびり過ごすことが人気に。

舞浜駅周辺ランチ

入場しなくたって雰囲気十分。行ったつもりで夢の時間体感出来ちゃうお得感で人気。

空港

離発着する飛行機を見るもよし、食べるもよし、お土産買うもよし。旅行記分が味わえてみんな満足。

・花のない花見

桜がなくても酒は進む!買って持っていくだけで大宴会出来ちゃう子供大人も大盛り上がり間違いなし。

いかがでしたか

もうブームうんざりって方はぜひ試してみて下さい!

2019-05-11

うちの夫は妻の実家でも自分実家でもお客様気分

我が家とお互いの実家はとても離れている。

私(妻)は自分実家帰省するとき自分地元お土産を用意していく。実家をただでホテル代わりにするんだし、そのお礼のつもり。宿泊費払わずお土産代だけで済むんなら安いもんだと思う。

夫の祖父が体調を崩して、夫が単身で夫の実家に帰り、祖父の様子を見に行くことになった。

私が「義祖父母の家と義実家用に二つお土産を持っていって」と言うと「面倒くさいから嫌だ。お前がお土産を郵送して送ればいい」と言われて、どうでもよくなって、ああ、もう何もしなくていいや。と思った。

夫は妻の実家では客人として丁寧におもてなしされるし、自分実家では気兼ねなしにくつろぐし、どっちに行っても対して気を使わないんだよねー。私の実家の両親は私の夫に気を使いすぎて、絶対に失礼なことは言わないようにしている。私の両親にはそこまで夫に気を使わなくてもいいのにと思う。

2019-05-07

妊娠中に友人が無理だと感じた話

妊娠中に友人が無理だと感じた話を少し思い出したので吐き出し。

妊娠中につわりが酷くて何も食べられなくて2週間で三キロ体重が減った。常に吐き気が襲いフラフラ状態で生きていた。

親しい友人達にはそんな状況だという事を伝えていたが、彼女だけはそんな事お構いなしにほぼ毎日LINEをしてきた。

LINEの内容は義実家での同居に関する不満と相談が10割。

初めは仲の良い友人だから…とこまめに返信していたが、毎回毎回同じような愚痴を聞かされ、ましてや相談へのアドバイスをしても「でもでもだって…」で何も解決しようともせず、延々とループする話を毎日の様に聞かされると徐々に私の気持ち疲弊していった。

今思えば「体調悪いから連絡無理!」とか何とか言えば良かったなぁと思うけれど、その時はそんな事を言えば「あーこれだから妊婦様はwww」とか言われるんじゃないかと思ってビクビクして中々言い出せなかった。


体力を削りながら彼女LINEをする日々が続いたある日、彼女アポ無しで我が家を訪ねてきた。

これも今から考えれば彼女に対して嫌悪感?を抱く要因の一つだったと思う。

我が家は住んでいる地域では珍しい夫婦二人で気楽なアパート暮らし。まあ義実家と同居している夫婦よりは気軽に人を招く事ができる。

しかし私は絶賛つわり中。毎日体調不良でどすっぴん・一日中くたびれたパジャマ・まともに掃除出来ず荒れた部屋。誰がこんな状況で人を家に招待できるのか。

荷物でも届いたのかと扉を開けたら彼女が立っていて心底ビックリした。

お土産持ってきたんだ~♪と言われて、仕方なく玄関で暫く話をした。つわり吐き気我慢していたせいか彼女が帰ってから暫く寝込んだ。

からLINEを見たら未読が数件貯まっていて、

「今から行って良い?」

「近くついたよ!」

「家ついた!」

お土産…」

彼女からメッセージが届いていた。

相手が未読でも送ったらアポとった事になるのか?と思わず旦那相談した。

旦那からは「ちょっと言ってる意味がわかりません」と言われた。

アポ無し訪問は数回あったが、彼女訪問が怖くなって日中でもカーテンを閉めて過ごすようになった。

そんなある日、訳あって彼女と会って話をする機会があった。

その際私は社交辞令的な意味で「うちの子早生まれになるわ。生まれたら是非見に来てね!」と伝えたけれど、

彼女からは「え?道路状況悪いから…私は生むなら早生まれ絶対に嫌だな」と言われた。

その瞬間、上手く言えないけれど「あ、こいつ無理だ」という感情がムクムクと生まれてきたのを感じた。

この時の会話が決定打だったと思う。

私の心が狭かったのかな?とか考えたけれど、周りにも相談出来ないし妊娠中でそれどころじゃなかったので徐々にフェードアウトして彼女と連絡を絶っていった。



こんな事を思い出したのは、また彼女から連絡が来たからだ。フェードアウトした事に気づいたのかな?

吐き出したら少しすっきり。

GWお土産多すぎて太るわ

え?青森りんごドライフルーツ版と、ノーマル版?

え?ご当地うまい棒

え?せんべい一袋?

え?紅芋パイ?好きだけど?え?1箱全部??

え?ミカン?あれ?季節だったっけ?え?1箱!?

太らせる気だな貴様ら。

2019-05-06

[]【5】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506094948




5일



5日目

釜山港へ帰るんだってばよ


明日帰国は早朝便だ。

ゆっくり眠れる保証もないので、充分な睡眠時間を取れるのは昨夜しかなかったが、やはり眠りは浅かった。

釜山で迎える2度目の朝、疲れが取れているかどうかは疑わしいが、今日は名所観光お土産購入、食べ残し釜山グルメなど、予定を詰め込んだので、直ぐに部屋を出た。

まず目指すのは、チャガルチの朝の名物になっているという、シンチャントーストだ。


地下鉄1番線に乗り、朝のチャガルチ駅に到着。

BIFF広場を通り抜け、裏の小売店街に向かう。

まだほとんどの店が開店前で、人もいるにはいるがほとんどは開店準備の搬入路地工事

本当にやってるのだろうか。

路地クルクル迷いながら進むと、まだ閉店してい暗い店が軒を連ねるなか、30㎡程の縦に細長い店の前でコック帽に白衣のオジさんが黙々と店先でトーストを焼いている。

釜山の朝の味、シンチャントーストの前では、そこだけ行列ができていた。

しばらく待って、トーストフルーツジュースを頼む。

卵とハムチーズが挟まれトーストは、洋食なのに滋味深かった。


シンチャントーストの御主人に支払いを済ました時に、残りのウォンが心許ない事に気付いた。

チャガルチから程近い南浦洞のヨンジン両替所に向かう。

南浦洞は西面と並ぶ釜山繁華街だが、土曜の朝9:30に開いてる店はほどんどなく、人もまばらだった。

午前の強い日差しの下を歩き、両替所に到着。

手元の3000円を両替する。

ナヨンの時は実は数えてなかったが、ここでの両替は少額なので数えやすい。空港より明らかにレートが良かった。


南浦から引き返し、港町釜山の顔が最も見える場所、チャガルチ市場に向かう。

広い市場では、いけすの中にカニエビなどがひしめき、山盛りに積まれサザエやホンビノスなどの貝類太刀魚などの魚、イカタコナマコに果てはエイまで、あらゆる海産物が並べられていた。

ここで海産物を買って、2階で調理してもらえるらしく、お母さんに声をかけられるが、既にトーストを食べていたので、固辞して、市場の棟の反対側に出る。

海が目の前だった。

海風にあたりながら、あたりを眺めていると、韓国語演歌らしきメロディーが流れてくる。そういう音楽韓国にあるかどうか分からないが、メロディーといい、コブシの利かせ方といい、どう聴いても演歌だ。

韓国であっても、港では演歌流れるものらしい。


室内市場の脇の青空市場を歩いて抜ける。

ここでもたくさんの海産物が売られていたが、端まで抜けると食事のできる店がある。

漁師港湾労働者、仲買人などはここで食事をとるのかも知れなかった。

歩きながら日本韓国意見の相違のある日本海の呼称問題について考える。

このチャガルチ市場を埋め尽くす豊富な海の幸を見ていると、韓国の人がこの海を「東海」と呼びたいのもわかる。

目前にある日々の漁場が「日本海」では、借り物で漁をしているみたいだ。

日本人として韓国人の主張の是非や正当性は一旦脇に置くが、ナショナリズムじゃなく、釜山市民生活者の実感として「ここは自分たちの海だ」とスッキリしたいという、その気持ち理解できる。



韓国青春グラフティ


市場を後にし、韓国旅行に当たって一番最初に決めた観光地、山間の民家をカラフルに彩った甘川文化村に向かう。

バスに乗るてもあったが、地図上では歩いて行けない距離とも思えなかったので、その足で向かった。


実際に歩いてみると、考えが甘い事に直ぐ気付いた。

市場に程近い有名観光地なのに、歩いて向かう人が殆どいないのもさもありなん、山道結構なのだ

「実際に過ごしている人を見れるのも良い」と無理やりポジティブにかんがえたが、やっと観光客で賑わう村の高台に着く頃には、脚の疲れがえらい事になっていた。


カラフル屋根を一望できるカフェでまず一休み。

甘いカフェラテが身に染みる。

デッキではカップルロマンチック風景をバックに写真を撮っていた。


糖分を補給した後は高台散策

辺りには、たくさんの国からやってきた観光客が写真を撮っていた。

実は釜山にきて見て気付いたのだが、この街で最もよく見かける外国人は「日本人」で、それ以外の外国人存在が薄かった。

しかし、ここでは中国台湾ベトナムヨーロッパから来た人など、多彩な国々の面々が並ぶ。

やはりというか、若い人、カップル10代の少女が多かった。

韓国民族衣装を身につけた3人組の少女、2人は明らかに韓国人ではない。

多分ベトナムタイの人だ。

韓国友達を頼ってやって来たのだろうか。

まりに似合っていたので、写真を取らせてもらう事にした。

ピンク黄色、水色のスカートが風に揺れていた。


村の坂道階段を行ったり来たりするうちに、「ギャラリー」の文字が。

興味をそそられて階段を上ると、登り終えてまだ続く坂道の上で、学生服少女が同じく学生服少年写真を撮っていた。

青春ドラマのような光景に関心して咄嗟に一枚。

ギャラリーは閉まっているらしく、腕章を付けた彼ら以外に周囲に誰もいない。

プライベートも極まる時間だろうが、輝く記憶を少しだけおすそ分けさせてもらった。



釜山餐丁・バタードーナツと血羊羹


たっぷり写真もとって満足したので、下山する。

さすがに歩いて降りる気力がなかったので、バスを使ったが、山道を下るバス運転が荒い。

座れてなかったら大変だった。


バスの最終停留所、チャガルチで降りて再び南浦洞へ。

チャガルチから南浦洞への道すがら、行く手から派手な太鼓鈴の音が聞こえてくる。

デモだろうか。

韓国社会はどうやらパレードが大好きで、到着2日目にも地下を歩きながら、実体こそ見なかったが、パレードの音を聞いた。

時節柄、ちょっと緊張する。

からやってきたのは、釜山の対岸、九州からの踊り手達だった。

彼ら自身は踊ってないので、既に演目を終わったのだろう、しばらく歩くと、今度は韓国民族衣装に身を包んだ踊り手達が舞っていた。

音は此処からだ。

そういえば、釜山であった日本人と少しだけ会話してみると、九州からの人が多かった。

岸の両岸では、それぞれの人々が交流している。


南浦洞では、韓国旅行で2番目に決めた目的ナッツ入りバタードーナツのシアホットクを買い求める。

生地を大量のバターで豪快に揚げ、横に挟みを入れポケット状にして、蜜とナッツを詰め込む。

形状は平たい円形だが、なぜか平たく潰した紙コップに入れて供される。

しょっぱくて甘い味は疲れた体に沁みた。

これも日本に持ってきたら流行るかも知れない。

でも、どうも日本に入ってくる韓国グルメは、1個流行るとそれ一色になっちゃうんだよなー。


さて、夕方前に一旦ホテルに戻るつもりだが、その前にここのロッテマートお土産を買う。

出発直前までなかなかイメージが湧かなかった韓国土産だが、同僚の勧め通り、インスタントラーメンにした。

韓国即席麺大国なのだ


ホテルに戻って、明日朝の空港に向かうタクシーの手配をして、すぐ出発。

海に突き出した岩場に建つ寺院、海東龍宮寺に向かう。

なんとか時間的に間に合いそうだ。

ここに訪れれば、今回の韓国旅行で行きたい観光地は大方回ることができる。


地下鉄を乗りついで向かうが、どうやらエネルギー切れで気力が切れてきた。

山道を歩き回ったのに、朝から食べたのがトーストドーナツだけじゃ足りないのも当たり前だ。

とにかく何か食べないとまずい。海雲台駅で降りると、バーガーキングに吸い寄せられるように入った。

異国の地で、何が出てくるか想像できる上に早いジャンクフードはいざとなると頼りになる。

バーガーキングカウンターの福々しいお姉さんは、言葉が怪しい日本人にも親切だった。


ちょっと迷ったが、海雲台から海東龍宮寺に向かうバスに乗車。

30分ほどの乗車で龍宮寺に到着した。

龍宮寺までの参道は曲りくねった階段なのだが、辺りは台湾九份もかくやと思わされる人出で、細くて急な階段を歩くのが怖い。

しかも疲れている所に再びの山道なので、なんとか転ばないように慎重に歩く。

距離がなかったのだけが救いで、やがて海を望む龍宮寺が姿を現した。

既に夕方だったので、だいぶ光が赤く、海の青さはちょっとくすんでいたが、それでもなかなかの絶景写真に収めることができた。


満足したので引き返してバスを待つ。

やってきたバスに乗り込んだが、ここで思わぬ苦労をする羽目になった。

椅子に座れず立ち乗りだったが、渋滞に巻き込まれバスがなかなか進まない。

その上、運転が荒い。

急発進、急ブレーキ、急ハンドル

外国バス運転は概ねこんなものだと思ってはいものの、いい加減ヨレてきている足腰には辛かった。

このワイルド運転にも韓国若者涼しい顔をして立っている。

どういう鍛え方をしているんだ、いや、これ自身が日々のワークアウトになっているのか。

ユラユラ揺れる自分も、友達恋人と事も無げに談笑する韓国男子も、真反対の意味で慣れというのは恐ろしいものだ。


渋滞に巻き込まれた結果、1時間強の乗車となったバスを降り、海雲台の駅から地下鉄に。

食べ残し最後ご当地グルメを目指す。


釜田の駅から程近い「カヤポヂャ ソンジクッパ」に入る。

釜山最後食事は、牛の地を羊羹状に固めたソンジが浮かぶソンジクッパだ。

「ソンジクッパ ジュセヨ」席に座る前に頼むと、やがてグツグツ煮えたソンジと牛もつ入りの赤いスープがやってきた。

ごはんを入れながら食べる。

パッと見、キワモノっぽく見えるソンジだが、動物の地を固めてスープの浮き身にするようは食習慣はアジアでは珍しいものではない。

台湾にも猪血糕や鴨血などがあるし、タイにも類似料理があるという。

四角く赤黒いソンジは、特に強い匂いもなく、レバーっぽい羊羹という感じで口に抵抗なくいただけた。

これで韓国旅行で事前に設定したタスクは全て果たすことができた。


ホテルに戻って、荷物の整理をする。

個人的旅行あるあるなのだが、なぜか海外旅行では額にして3000円前後の小さな落し物をすることが多い。

りある旅行であればあるほど、その傾向が出る。

今回もカメラレンズアクセサリーリング所在不明になった。

別に機能に致命的な影響が出るわけではないが、無くしたいわけでもない。

こういう時、何かの引き換えになったとでも考えるようにしているが、少しだけ残念だ。

荷物の整理をして、この旅行記を書いたら時間は0:36分。

3時間程仮眠をしようと思う。寝過ごさないといいが。


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[]【4】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506092812




4일



4日目

強者韓国」と「弱者韓国


チェックインした当日に見つけられなかったアメニティは、不注意で見落としていただけで、実は室内の革のバッグに収納されていた。

芸術の都らしく、こういったところもオシャレだ。

遅めに起きたが、チェックアウトが12:00なのでまだ余裕がある。

散歩と軽い朝食ついでにロッテマートお土産インスタント麺を買う。

緑豊かな光州の午前の空気気持ちよかった。


広いとは言えない韓国地域対立意識が強く、特にこの光州の人達は他の地域の人々から嫌われているらしい。

曰く「手先が器用で芸術の才能がある。日本人に似ており、社交的でソツがないが、計算高く、最後には裏切る」

近世新羅百済高麗対立からともいわれているし、朴正煕時代選挙戦の影響とも言われている。

観光ちょっと撫でただけ、その上言葉不自由なので、深いところは全く分からないが、顔つきは日本人に似ている人が多いし、ソフトムードの人が多いなとは感じた。

韓国社会に深くコミットすれば、違う印象も持つのかもしれないし、逆にそれが偏見だと感じるのかもしれない。


ホテルをチェックアウトし、地下鉄バスセンターに向かう。

しばらくすると中高生の一団が賑やかに乗り込んで来た。

男同士で楽しそうに談笑していたが、やがてオバちゃんの一団が乗り込んでくると、座っていた一人が席を譲る。

青年は非常に自然に席を譲ったが、オバちゃん日本だったらまだ席を譲られるほどの歳ではない。

歳上を大事にする韓国社会の一面を見た気がした。


バスセンターに到着して、釜山への切符を買い求める。

しばらく待つと釜山行きのバスがやって来た。

光州を出発したバスは東に向かい、窓の外の景色は再び緑豊かな山道となった。

バスの車内では、民主化運動に参加し、5.18の時には予備で拘束されたという現職の文大統領について調べる。

5.18民主化運動の地を訪れた後、テキストを読んで感じることは、韓国社会には「強者韓国」と「弱者韓国」の2つがあり、彼のアイデンティティが一貫して「弱者の味方」であるということだ。

日本韓国双方の財閥日韓間の慰安婦合意否定的なのも、「弱者韓国」にとっては日本や旧日本統治時代の流れをくむ財閥は「開発独裁主義弱者を顧みなかった強者」であり、そこで立ち上がってくる彼の願いが「強者に虐げられた弱者を救う」事だからだろう。

大統領権力集中にも否定的で、権限の縮小や任期の変更も主張しているというし、地域対立の解消も目指しているという。

上手くいけば、韓国行政の積弊である大統領悲劇的な破滅歴史に終止符がうたれ、光州の人達への差別意識も和らぐかも知れない。

うまくいかなければ、諸外国に振り回され、経済を停滞させ、反動韓国社会の分断をさらに進めるかも知れない。

果たして彼を待っているのは、改革英雄未来か、理想主義者蹉跌か。


実際に地域を訪れて、テキストの背景の感覚が色彩を帯びて見えてくることもある。

日本人にとってメジャー観光地とは言えない光州だが、是非訪れて見たほうがいいと思う。



釜山


3時間半の乗車ののち、バスは最終目的地に到着したようだった。

乗客がどんどん降りていく。

釣られて降りたのだが、2日前に乗った場所全然違う。

しまった、周りの動きに合わせて降りてしまったが、実は釜山に着く前に降りちゃったかな?」

さっぱり分からないので、チケットカウンターに行って、お姉さんに状況を説明した。

「I'm going go to Busan, but I had mistakes. I had put down bus.

Do you mind teach me How to go to Busan?」

お姉さんはキョトンとして下を指差して答えた。

「Busan.」

西部バスターミナルとのあまりの違いに驚いたが、自分が降りたのは釜山北部郊外総合バスターミナルらしい。

比較的街中にあって小綺麗な西部バスターミナルと違って、総合バスターミナルは山間にあり、設備も古め。

駅前ではオバちゃん路上で芹を売っていた。

ともあれ、釜山市内であれば地下鉄で市の中心部アクセスできる。

駅前東横インに再びチェックインしよう。



デブは歌が上手い・世界真実


釜山駅に着き、東横インチェックイン

東横イン日本語が通じるので、ホテルの免税の手順や、空港の早朝便に間に合うようなタクシーの手配など複雑なコミニュケーションを取ることができた。

これで不安はかなり減った。

夕食を食べに行こう。

目指すは若者の街、西面にある「ソンジョン3代クッパ」だ。


地下鉄に揺られ、西面駅で降りる。

地上に出るとすごい活気だ、夜の西面は若者でごった返している。

そうか、そう言えば今日は金曜の夜だ。

ネルギッシュな街を歩いていると、ゲーセンがあった。

韓国E-Sports強国である。入ってみよう。

対戦筐体を見ると、鉄拳では対戦が繰り広げられていた。

日本では下火になりつつあるゲーセンだが、韓国では若者の娯楽として健在だった。


西面のメインストリートの反対側、飲食店街を歩くと「ソンジョン3代クッパ」は見つかった。

中に入って人差し指を立てると、にこやかに迎えられる。

韓国語で聞いてくるオバちゃんに「テジクッパ ジュセヨ」と伝えると、すぐにお盆に乗せられた一式がやって来た。

豚肉入りのスープご飯小皿薬味を混ぜて、自由に取れるキムチつまみながら食う。

名店の名物だけに間違いなく美味かった。

美味くて一気に食ったために、詳細な味の分析は忘れた。

そしてキムチは光州のものほど辛くない。

やっぱアレは特別辛かった。


一気に食い終わって、会計を済ますと、レジのおじさんがアメちゃんを勧めてくれた。

釜山韓国大阪と言われるらしいが、こんなところもなんだか似ている。


22:00を過ぎた西面はまだ若者でごった返している。

というか、この時間からが本番という感じだった。

黒いマスクをした10代の若者からワンレンパットのお姉さん(マジでいる。しか結構いる)、恋人たち、果ては迷彩服青年兵まで、ありとあらゆる若者エネルギーで通りは充満している。

日本10代の特に少女韓国カルチャーが人気な訳が少しわかった。

センスというより、このエネルギーの量だ。

韓国社会では、まだ若者存在感が大きく、ユースカルチャーを駆動しているエネルギー絶対量が多い。

その様は、日本で例えるなら、バブル末期に似ている。

そのさきにあるものを少し思いながら西面の街を歩く。

メインストリート入り口では、2人組デュオストリートライブをしていた。

白いイケメン風と黒い恰幅のいい兄ちゃん

2人とも上手いのだが、太っているほうがより歌が上手かった。

デブは歌が上手い」のも万国共通なのかも知れない。


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2019-05-02

職場のお局をボロクソにいじめたい


今まで辛酸を舐めてきて仕事にならないくらいじめられた。この前転職という道があるのもわかっているが、なぜ自分転職活動という労力をかけてお局はのうのうと働いてるのかと思うとボロクソになるまで仕返しをしてやりたい。

デスクチェア画鋲でも置いてやりたいと思うときもある。仕事中でもamazonをみてるお局のパソコンオフラインにしたい。それでも支障がない仕事しかしてないし。上司にお局からいじめ相談したことがある。上司はお局に個別に注意してくれたようだ。また上司の目に入るところでお局がいじめるような行為をしたとき第三者がいても注意はしてくれている。

そういうことをしてくれるようになったら裏でコソコソいじめられるようになった。出張費申請したのより少なく出されるとか旅行お土産自分だけ貰えないとか、わざと間違った指示をされるとか。

お局をこらしめたい。これ以上ないくらいじめてやりたい。いじめのつらさをわかってほしいんだ。

2019-04-27

[]マリンピア日本海

サバがいらっしゃいましたわ!サバがいらっしゃいましたわ!




いや終わりませんわ!

今日新潟市水族館 マリンピア日本海に行ってきましたわ。2~3度目ですわ。

イトウ水槽の隣にシロウ水槽がありましたわ。伊東四朗水槽には……いやそんな水槽はありませんわ。

なんでも世界で初めて稚魚までの人工飼育成功した水族館とのことでしたわ。お昼はのどぐろ天ぷらしましたわ。のどぐろ自体はうまかったですが衣か油はあんまりでしたわ。

フンボルトペンギンがたくさんいましたわ。フンボルトペンギン日本に1800羽くらいいて80だか90だかの水族館動物園かにいらっしゃるそうですわ。

イルカショーも見ましたわ。カマイルカでしたわ。誰がカマじゃですわ。イルカ哺乳類だけあって人間に似ているところがあって、毛が一本も生えてないところなんてそっくりってやかましわ!あとショーで知ったのですがイルカ尿道おまんことおアナルおっぱいが近くに密集していましたわ。

そしてマリンピア日本海にはなんと風の丘があるんですの。冬が過ぎたらみんなで風の丘に行こうって思ってましたの。でもラッカももう巣立ってると思いますの。それどころか年少組もみんな巣立ってるくらいの時が経っていましたわ。カナが巣立った後の親方心配でしたわ。

お土産日本海の魚の漢字タンブラーですわ

2019-04-26

Twitterで知り合った女とプレゼント交換する仲になったんだが

バレンタインホワイトデー誕生日旅行お土産

これは惚れられてるのか?

ワイキモ金なんだが

GW海外旅行する人へ

非行く前にKALDIにいくか通販サイトを見てください。

KALDIにはハワイマカダミアカナダのメープルクッキーオーストラリアティムタムなど現地で割とメジャーお土産として扱われるものがあります

そこにある商品お土産で買ってくると気付いた時に微妙空気になるので気をつけましょう。

2019-04-25

餌付けしてくる人

話し方が暗くて考え方もネガティブ他力本願文句ばかり言ってる人がいてすごい嫌いなんだけど

仕事上どうしても話さねばならずそこで話が弾んだりするといそいそお菓子お土産持ってくる

餌付されてる感じがして余計嫌いになる

2019-04-22

もし仕事に行きたくなくなったら、

朝目覚めた。

4月なのに夏日らしい。

布団から出る動きがいつもよりスローだった。

いつもの電車を逃した…

そうだ、あのコピペ実践しよう。

反対のホームに降りた。

乗り継いで、終着駅まで着いた。

バスがいた、乗った。岬行きらしい…

終点に着いた。海だ。

ちゃんちゃんしかいないようなお土産屋で300円のアサヒスーパードライを買った。

海辺を歩いた。広い岩場を見つけた。座った。

ビールを開けた。飲んだ。寝転がった。寝た。暑い。眩しい…

自分孤独だ。

目が覚めた。トイレに行きたい。起き上がる、歩く。

別のバスがいた。お腹も空いたし帰ろう。

そういえば今日は母の誕生日だった。

好きだったケーキでも買って、誰もいない家へ帰ろう。

2019-04-21

10年ぶりにUSJに行った話

アラサーBBA10年ぶりにUSJに行ったらすごく楽しめたよ、という話。

USJ地元大阪にできたのは中学生の頃。当時はUSJに行ける人がまだ少なかったが、ディズニーランドも行ったことのなかった私は、ラッキーなことに開園1年以内に親に連れて行ってもらった。初めての大型テーマパークで、見たことのない規模の乗り物や、CGを組み合わせたアトラクションに驚き、そしてとても楽しかったのを覚えている。そして、中学2年生の時には学校遠足で、高校生になってからは友人達USJに出かけた。3回ほど行くと、USJはあまり楽しい空間ではなくなっていた。当時は理由がわからなかった。そして高校3年の3月、友人達卒業旅行ディズニーランドに行くことになった。

何もかもが驚きだった。まず安い。お土産、フード・ドリンクが安い。そしてレストラン価格が適正だ。年代に応じて使い分けができる。また、ファストパスというものを使えば、効率よくアトラクションに乗れる。USJでは1日で回れるアトラクションやショーは、5-6種が限界だったが、ディズニーでは10種くらい楽しめた。そして何より、キャストが親切だ。ディズニーという空間演出を、キャスト全員が心がけている。ゲストである私たちに、分け隔てなく、笑顔で手を振ってくれる。友人のように優しく声を掛けてくれる。そして買い物をしたら手提げ袋をくれる!(USJは当時、持ち手のない紙袋しかくれなかった。持ち手のある大きな手提げ袋は有料だった)。その上、ディズニーにはキャラクターの数が多い。外にはたくさんのキャラクターゲスト写真を撮っているので、どこへ行っても賑やかだ。ショーも楽しくて、建物も凝っている。店の入っていない建物エリアや、ハリボテの多いUSJメインストリートを離れると寂しくて静かで、非日常満喫する雰囲気がパーク全体に行き渡ってなかったのだ。

ディズニーランドでの衝撃体験のあと、一度だけUSJに行ったのだが、キャストは夜のコンビニ店員のように無愛想だし、お土産やフード・ドリンクは相変わらず高くて、アトラクションの待ち時間も長すぎるように感じて、満足に遊べなかった。アトラクションやショーも相変わらずで、種類も増えていなかった(あろうことかE.T.が無くなった)。いつしか、来園者数減少、経営悪化の声が聞こえ始め、とうとう親会社が変わるというニュースが聞こえてきた。やはり夢の国には敵わないのだな、だってUSJはあのディズニーのような、ホスピタリティー溢れる空間には絶対になれないもんな、と思っていた。

月日は流れ、最後USJに行ってから10年ほど経った。ハリーポッターミニオンアトラクションエリアができたと聞いた時も、まだ行く気はしなかった。テレビCMで、アニメコラボイベントをやっていると聞いた時もだ。外国ユニバーサルスタジオに行って新しいアトラクション体験済みだったし、アニメで楽しめる年齢でもなかった。何よりあのUSJお金を払う価値も、貴重な時間を費やす価値もないと思っていたのだ。

転機は最近だ。偶然、バスで帰ってきたUSJ帰りの若者達を見たのだ。みんな笑顔で、ぬいぐるみや、お土産袋を持って通り過ぎていく。楽しかった思い出なんて東京までもたないだろう、と思っていたが、すれ違ったほぼ全員がまだUSJ空気大事に持っているように見えた。さらに、多くの友人が、「年間パスを買った」ことを報告しているのだ。おいおい、もう我々はアラサーじゃないかコラボイベント脱出ゲーム?そんなので楽しくなれるのか?と思っていたら、偶然にも友人達に誘われて、この度10年ぶりにUSJに行くことになった。この時も大して期待はしていなかった。この先、きっと行くこともないだろう、人生最後USJだと思って行ってくるか、と心に決めて大阪に向かった。

中に入ってびっくりした。まず、園内の装飾が賑やかだ。人も少なくて殺風景な、あのUSJはどこに行ったんだろう。そして、アトラクションだけではなく、ショーもパフォーマンスも数が増えている。アトラクションの待ち時間は相変わらず長かったが、待たずに入れるショーやイベントも多く、アラサーの我々も長い時間を楽しめるのだ。アニメとのコラボも、USJに合わずに浮いているだろうと思っていたが、そんなことはない。風景に溶け込んでいて、利用者の数も多いし、コラボグッズを身につけている人も多い。

歌やダンスは相変わらず外国キャストが頼りのようだったが、それでも日本人のショーキャストも増えているようで、コラボイベントでの演出や演技はとてもすばらしかった。

何より、一番変わったと感じたのはキャストだった。レストランでは、「温かいものをすぐにご用意しますね!」と優しく声を掛けてくれるし、お勧めされて断っても、笑顔で受け答えをしてくれる。ぬいぐるみを買うと、我が子を養子に出したかのように優しく「この子と目が合いましたか?」とか「しっかり選んでいただけましたか?」と笑顔で言ってくれる。店員の人たちみんなに、大切にしてあげてくださいね、と言われて店を出た。あの頃の、素っ気なくて無愛想なキャスト達はどこへ行ったのだろう。紙袋しかくれなくて、袋詰めも大雑把だった、あの頃のUSJは一体どこへ?

ひととおりUSJを楽しんで、そろそろ帰ろうかとなった時、友人達は次は夏に来たいねと言っていた。別のイベントが夏に始まるのだそうだ。最後USJのつもりだったので、なんとなく決めきれず、曖昧に返事をした。

退園の際、私が持っていたぬいぐるみを見つけたキャストに「ティムぬいぐるみ)も、また連れてきてあげてくださいね」と言われた。そういえば、この子実家はこのUSJなんだなあ、と思うと、なんだか急に寂しくなって、大真面目に「はい」と返事していた。

以上、アラサー10年ぶりにUSJに行った話でした。長くてごめんね。

anond:20190419200415

キャンディポットに、お菓子入れてたけど。

欲しい人は持って行ってたし、あとで貰ったよーって言ってくれてた。

旅行お土産でもないのに配ったりはしないな。

よく食べに来る人は、旅行お土産奮発してくれたり、ある日キャンディポットにお菓子はいってることがあったけど。

お菓子なんてメイン業務と違うから、正直そんなのにあまりこだわらなくていいと思うけどな。

10年ぶりにおばあちゃんに会った

今日10年ぶりくらいにおばあちゃんに会った。

俺が今33歳。最後に会ったのが多分大学卒業した後くらい。

ばあちゃんはもう90近い。

母親離婚した親父とは定期的に飲んでて、その報告によるとしばらく前にばあちゃんはでかい病気をしてもともと耳が遠かったのに加えて脳もバグってしまい、

いとこの子供(中学生)と中学生のころの俺の区別もよくわかんなくなってんじゃねえかと言っていた。

ばあちゃん保育園時代共働きの親のかわりに毎日迎えに来てくれて親が帰ってくるまで面倒を見てくれた。

駄菓子屋に連れてってくれたりスーパーメダルゲーム100円で11メダルが出てくるジャンケンポンのやつとか)で遊ばせてくれたり卵を落としたサッポロ一番らーめん世界一うまいラーメン)を作ってくれたりした。

小学校引っ越して会う頻度が減ったけど、大学に入ってまた家が近くなったので久しぶりに会いに行ったら6歳のころと変わらぬ「ちゃん」付けで俺のことを呼んで「大きくなったねえ」と言っていた。

俺はばあちゃんが好きだったので大学時代はちょくちょく会いに行っていたが、行くたびに小遣いで1万円をくれるので正直たまに小遣い目当てで会いに行くようなこともあった。

大学卒業してまた疎遠になった。その間にばあちゃんはいよいよ耳が2キロくらい遠くなり認知症で誰が誰やらわからなくなったと聞いた。

俺の話をして「中学は行ってるのかい」とか言ってたらしい。親父は「死ぬ前に顔見せとけ」と言った。

そんで今日、会いに行った。一時はちゃんと歩けないレベルだったらしいが最近リハビリを終えて小康状態に入ったらしい。

家に行ったらばあちゃんは寝ていた。

そっと起こして「俺だよ」と言ったらばあちゃん曖昧な顔で「うん」と言った。耳が聞こえないからだ。

親父たちが筆談用に使っているホワイトボードに俺の名前を書いて見せたら、ばあちゃん10年前よりくしゃくしゃになった顔をもっとくしゃくしゃにして「大きくなったねえ」と言った。

昔と変わらず世話焼きのばあちゃんは「いらないよ」と言ってる俺を無視して(聞こえないから)、きびきび立ち上がってお茶を入れてくれた。

歯がなくてやわらかいものしか食えないばあちゃんは、お土産ショートケーキをぺろりと食べた。

俺は買ってきた缶ビールを2本とばあちゃんが入れてくれたお茶を飲みながら適当テレビを見た。

ホワイトボードに「元気?」と書いたら「元気だよ」と言っていた。

「昔はこんなに小さくておぶって駄菓子屋に連れていってね」という10年前にも聞いた昔話を2回くらいしてた。

帰り際、「またおいで」と言われたので「また来るよ」と言った。

多分聞こえていないので肩をポンと叩いた。笑いかけたつもりだけどちゃんと笑えてたかはよくわからない。

10年前、そして30年前と同じようにばあちゃんは家の外に出て手を振りながら見送ってくれた。

また行こうと思う。

2019-04-15

anond:20190415131631

たまに九州以外にも遠征に来てるぞ!

九州関係のないお土産屋にも居るしな。

2019-04-10

ネットの知り合いの女の子YouTuberになっていた

わたしは結局人の目世間の目が気になってわたしのしたいことができません。人の目がきになるのはわたしわたしの顔が不細工で嫌い身体が醜く太ってるから嫌い、だから。整形して痩せたら素敵なことが始まる気がする。わたしのやりたいことが人の目を気にしないでできる気がする。でも整形するお金を作る行動が、痩せるための行動ができない。わたしにはできない。ぼんやり思っていた。そんなことを思ってました。いま深夜2じ11ぼんやりしていたものがはっきりしました。なんではっきりしたのかというと、インターネット複数人でよく通話をしていた中の女の子の1人が、顔出しをしてYouTube配信をしているのをみたから。その子はそこそこリスナーがいてTwitterフォロワーは3000人くらいできていた。顔はすごくかわいかった。見なければよかったと思う。わたしはその子が羨ましかった。わたしのなりたい姿だった。わたし親友と呼べる友達が3人いる。あとは高校生の頃青春をすごした友達も5人くらいいる。5年付き合っている彼氏もいる。今年から同棲していて来年結婚する。彼はインターネット出会って、こんなわたしでもかわいい好き愛してると言ってくれる。わたしは両親、おばあちゃんとも仲が良くて、GWには実家に帰ってお土産を渡そうかなと思っていますインターネットの中の顔も知らない5年の付き合いの友達にもわたしはいい子だしおもしろいねと可愛がられます。でも、わたしは何か足りない。周りのみんなは大好きだけど、優しくしてくれるけど、わたし自分のことが大嫌いです。

わたしぼんやりと感じていたもの。今のわたしはほんとうにやりたいことが出来ていない。1回の人生これでいいのか?この思いが、YouTuberになった顔も知らなかったインターネットの知り合いの女の子を見てはっきりしました。わたしはこの子みたいになりたかったんだ。彼女わたし彼氏インターネット上でわたし出会う前仲がよかったみたいです。そもそもYouTuberになった彼女を知ったのは彼が「〇〇って覚えてる?いまYouTubeで顔出しで動画あげてる、ネットの知り合いでみたなかでも〇〇1番かわいいかも」と言ってわたし動画を見せてきたからです。わたしはその瞬間心臓を掴まれたような感覚がした。気丈にふるまっていたけど、頭がおかしくなりそうになりました。わたしインターネットで知り合った女の子なのにね。いま後悔したのかなわたし彼氏。と思いました。ずっと彼女動画を見ている彼を見るのは嫌でした。わたしってなんにもいいとこないな。バーチャルYouTuberオーディションとか受けたいけど彼氏気持ち悪がられるだろうし。わたしインターネット上で声を出すときはいつもとぜんぜん違うかわいい声をだす。彼氏にはお前声つくってたんだなって馬鹿にされました。ぜんぜん作ったような感じしなかったけどお前もつくってたんだってだってインターネット上くらいではかわいく思われたい。神様わたしに声だけはかわいくだせるようにしてくれていました。歌も上手く歌えるようにしてくれていました。そんなわたしインターネットはとても居心地がいいのです。顔は出さなくてもいいし、かわいいと言って貰える。なりたいわたしになれる。彼氏もそんなわたしのことをすきになってくれたし。わたし彼氏とは現実世界であわなければよかったって思います。会いたくなかったです。でも彼に「会わないならお前とは一生絡むことはないだろうな」とインターネット恋愛していたときに言われてて、彼をインターネット上で失うのがいやだったから会いました。自分顔写真身体写真、全て他人撮りのもの20枚くらい送りました。これでも会えるのかって。彼は不細工でも愛嬌がある、と変換できて、太っている子がすきだったかかわいいって言ってくれました。だから会いました。でも会わなきゃよかった。一生インターネットの中でかわいがられていたかった。気持ち悪い思想だけど本心です。わたしのことをプロデュースしてくれる人がいたら、インターネット上で活動したい。いま彼氏同棲して半年幸せだしたのしいこともあるけど、そんな人がいたらわたし彼氏と別れて、そっちをとります。悩むことも無く。なんでこんな事を考えちゃうんだろう。いま2じ46。30分くらいこんな文章を眠っている彼氏の横で書いている。いやになる。また自分気持ち悪くてきらいになりました。この文章なにが言いたいかからない。わたしも何がしたいのかもうよくわからない。たまに死にたくなる。幸せなのに死にたくなる。死ぬのは惜しいのに死にたくなる。自分のなりたい像になれないか死にたいのかな。よくわからない。でも書いたおかげで気分が落ち着いた。それはわかる。

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