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はてなキーワード: 人生観とは

2019-04-11

海外見て人生観変わった」は馬鹿にするけど

結婚して子供生んで人間として一人前になった」はあまり馬鹿にされない不思議

2019-03-15

この度、私は増田をやめることを、ここに宣言します。

なぜわざわざ宣言たかというと、もちろん自己顕示承認派生からなる欲求関係しています

というわけで、これから私のセンチメンタルな身の上話を交えながら、増田をやめることになった理由を書き出していきましょう。

前置きとして、とても長い文章であることや、これが駄文であることを保険としてかけておきます

はいわゆるゼロ年代に生まれました。

もちろん、私は生まれてすぐに増田を始めたわけではないため、この情報客観的に見て蛇足です。

ですが、このまま話を進めましょう。

父と母は今風にいえば“毒親”というやつで、そこから毒を抜いたような親でした。

そんな家庭で育ったこともあり、私は思春期を迎えたときには性格が歪みきっていました。

友人は少なく、モテたといえるほどの恋愛もできず。

キモくなくて、お金がありました。

いずれ増田になるのは必然だったわけです。

そして還暦を迎えたとき友達田中一郎様に誘われて匿名ダイアリー出会いました。

匿名ダイアリーでの体験毎日がエキサティングで、私はたちまち虜となります

特にハマっていた時期だと、人気エントリに必ず言及したり、流行りの議論には積極的に参加していました。

匿名性をウリにしているのに特徴的な文体存在感を示したり、一部のファンが必ずブクマしてくれるのをいいことに同じ形式エントリを何度も書いたりもしています

ここだけの話自分の書いたものに別人を装って言及したり、自分ブクマしてホッテントリを狙うこともありました。

それだけ、私にとって当時の増田は切り離せないものだったのです。

しかし、それは長く続きませんでした。

そんな日々が数十年も続くと、さすがの私もマンネリを感じ始めます

私の気持ち問題か、他の増田問題なのか、ブクマする人達問題なのか、はたまた匿名ダイアリーサービス問題なのか。

確信はありませんが九分九厘匿名ダイアリー問題だと私は思っています

もちろん俯瞰して考えれば、ブクマする人達性格が原因ではあったのですが。

いずれにしろ増田ストレストラブルの温床になっており、今すぐやめるべきであったのは明白でしょう。

だのにやめられない、とまらない。

完全に中毒です。

もはや私にとって増田というものは、貧困層にとっての高カロリー食品と同じになっていました。

生活習慣病まっしぐらの私は、家族や友人をいつも心配させていたように思います

直接謝る気はないので、ここで「申し訳ないと思っている」と書いておきます

もはや死ぬまでこのままだと思っていたある日、転機が訪れます

従姪孫の友達が遊びに誘ってくれたのです。

もちろんそれは断りましたが、ふとその遊びの起源が気になりました。

検索してみるとトゥギャザーなまとめ記事が出てきて、私は何の気なしにそれを見たのです。

そして、その記事に書かれた話を読んで、私はハッとしました。

グッときて、パッと目覚めたような快感に襲われます

戦隊ヒーローは多対一だからズルい」と言われた時以来の衝撃といえましょう。

何も変わっていないのに、何かが変わったような感覚漠然と包み込まれたのです。

から私は漫画家になろうと決めました。

個性キャラを描いて、自分の主張を喋らせることに人生を費やそうと。

それが無理ならラーメン屋でもいいかもしれません。

そういうわけで、夢を実現させるため私は増田をやめる決意に至ったのです。

ですが増田のことが嫌いになったわけではありません。

しろ嫌いになりたくないからこそ、やめたというべきか。

しかしたら十数分後には戻ってきて、なぜ戻ってきたのかを説明するエントリを書くかもしれません。

それを恥ずかしいことだと私は思わないし、思う必要もないと考えています

自分意志で「やめる」と宣言したので、それを撤回するのも私の意志なのだから

なので皆さんは私を応援して、何らかのセンセーショナル言葉をかけて欲しい。

己の人生観を下地に、何かを悟っているような口ぶりでブコメを書いてもらえると嬉しいです。

そしたら追記エントリを書いて、皆さんと馴れ合うことができますから

最後になりますが、私は増田をやめることを後悔しません。

未練が残るのみです。

ここで仲間たちと過ごした日々、たくさん書いたエントリを忘れないでしょう。

長々と駄文、失礼しました。

2019-03-07

anond:20190306020634

分かるー。既婚者だけど、そうまでして結婚して人生楽しい?って思っちゃうもん。

「この人といると人生楽しい」と思ったか結婚しただけで、結婚しなくてもずっと一緒に居てくれるなら結婚しなかったよ。

多分結婚自体目的の人と、結婚は結果に過ぎない人とでは人生観が違うから、解り合えないよ。

2019-02-25

11歳のjsだけど

うわ、増田っておっさんばっかなんですね。

加齢臭きっついな。

おっさん、こんなネットの掃き溜めで威張り散らさずリアル家族大切にせぇよ。

気がついたら嫁が50超えて、子供反抗期の流れで疎遠になり、寂しい生活インターネットが埋めてくれるようになって、

インターネット中毒といわれるように依存し、そして更に心は嫁や子供から離れていき、若者を見れば自分人生観を語り共感してもらうのだけが生きがいの寂しいおっさんになるんやぞ。

2019-02-24

被害者が加害者になってしまう負の連鎖

加害者家族に対する加害者」にならないために。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/RJAOGKH5VDX9/

正義のための暴力には、快感が伴う。

かつてそのような話を聞いたことがある。

からこそ、戦争時などの非常時には、ヒトは凄惨な行動を取れてしまうのだと。

本書が描き出すように、現代日本社会には「自身の属する集団が悪と規定するもの」への過剰な暴力があふれている。

 

私自身は、幸いにもこれまでの人生で身内や親しい友人が加害者として後ろ指指されるような経験をしてきたわけではないが、本書に描かれるような、加害者家族の自宅、勤務先、友人関係までも洗いざらしインターネット上で情報公開し、無関係他人加害者家族に対し、手紙電話、自宅壁への落書きなどで誹謗中傷を行うという過剰な加害者家族叩きには寒気を覚える。

 

連続幼女殺害事件加害者、宮﨑勉の周囲では、加害者姉妹のうち一人は勤務先を退職し、婚約を解消。

もう一人は看護学校退職し、看護師への途をあきらめた。

いとこの二人が公務員勤務していることが週刊誌暴露され、退職に追い込まれた。

叔父のうち2人も役員の座を退任し、別の一人は子供の姓を変えるため離婚した。

そうしたことが続く中、加害者の父は自殺に至っている。

他のケースでも、加害者家族心中に追い込まれたケースは珍しくないという。

 

加害者の周囲の人間は、そこまで責めを負うべき存在なのか?

どれだけのケースで、「犯罪行為に手を染める自分家族」を完全に止めることができるのだろう?

また、自分の両親のうちいずれかと全く同じ仕事をして、同じ生活を送り、同じ人生観を抱くもの果たしてどのくらいいるのだろうか?

辺見陽は加害者の罪に対して父親が申し開きをしなければいけない現状を下記のように憂いている。

「これは、だれがさせていることなのか。世間の声を受けたマスコミ家族やらせている。世間に強いられて家族がやらされている。これはこの国に特有現象です・・・。私は危惧を禁じえません」

 

近年の日本における総犯罪件数は250万件を超えるという。

それだけ、自分加害者家族となりえるケースも多く、言わずもがな自分が「加害者家族の隣人」となりうるケースも多いということ。

そのときに、自分加害者家族に対する加害者にならぬよう、気を付けなければいけないと改めて考えさせられた。

 

現在は、インターネット上の個人書き込みに対しても、不確実なまま虚偽に発信した情報については、雑誌などの印刷物におけるのと同じように名誉棄損罪などが適用される最高裁判例があるとのことで、少しでもそうしたものが減るように願う。

 

2019-02-04

自分自身ハンドルの付いた車だと捉えるのも正しい人生観だし、ピタゴラ装置の一部に過ぎないと捉えるのもまた正しい人生観なのだ

2019-01-27

屍臭の記憶

これを読まれている方の中で、屍臭というものを実際に嗅がれた方がどれ位おられるのか、ちょっと予想ができない。家族、友人等の死を経験し、その遺体荼毘に付されるまで傍におられた方は複数おられるだろうと思う。しかし、そこに屍臭を意識させるような手抜きの仕事を、この国の葬祭業の方々がするとも思えない。だから実際のところ、そのような経験があっても、そこで屍臭を感じられた方はおられなかろうと思うわけだ。

私はこれまでに二度、強烈に屍臭を経験することがあった。あの臭いは、間違いなく、経験した者にとって一生忘れ難いものだ。不快だし、そう何度も体験したいものではない。そのことは体験する前から今に至るまで変わりはないのだけど、その臭いの向こう側にあるものまで体験すると、屍臭に向かう姿勢とでもいうのか……そういうものが確実に変わったような、そんな気がするのだ。人生観が変わった、などと大袈裟なことを言うつもりはないけれど、そのときの話を記録がてら書いておこうと思う。

初めてそれを感じたのは、高校に通っていた頃のことだった。私の通っていた高校は、太平洋戦争末期に空襲で焼かれるまで天守閣が建っていた場所で、四方を崖に囲まれた、自然要塞のような高台に建てられている。登校するときには、深い谷にかけられた橋を渡ってすぐの正門を通るのだけど、学校の周囲の崖のあちこちに獣道のような抜け道があるので、授業時間中や放課後時間には、その道を通って麓のコンビニに買い物に行ったりするのが日常だった。

時々、鉄道の駅まで出る必要があったのだが、本来ルートで行くと毎回かなりの回り道で、友人に面倒だとこぼすと、グラウンドネットの破れ目から崖を斜行して下の道に出る抜け道を教えてくれた。春先でまだ雑草も深く繁茂しておらず、これは便利な道を教えてもらった、と、毎回のようにそこを通って駅に抜けていたのだった。

そして、夏が近付いてきたある日。一週間ぶりにその抜け道を通ると、何とも言えない厭な臭いがしたのだ。蛋白質の分解された臭い。それも、肉だけでなく、皮や毛や、通常なかなか分解されないものまで分解された挙句のような尋常ならざる臭いが、崖の獣道に立ち籠めている。雑草結構な高さに繁茂していて、辺りにその源らしきものは見えない。日が経つ毎にその臭いはどんどん濃くなって、私の服や髪に染み付いてしまうのではないかというような粘着性すら感じさせる。私は確信したのだ。辺りの何処かの草に隠れて、何かの骸が転がっているに違いない。しかし、とにかく質・量共にそれまで一度も体験したことのない、凄まじい臭いだったので、小さな動物……鼠とか蛇とか……がただ死んでいるだけとは到底思われなかった。

道を教えてくれた友人にもこの話をしたのだが、彼は笑って取り合ってくれなかった。それに、と彼は言う。俺最近あそこ全然使わないからさ、調べる機会もないんで、まあそんなに気になるなら自分で調べればいいじゃん。ひどい奴だと思ったけれど、まあ自分からわざわざ積極的に屍臭の源を探しに行く奴もいないだろうから、彼を責めても仕方ないだろう。

もう季節は真夏になっていた。熱風と熱線が渦巻くような崖の獣道を通る度に、私は時々、わざわざ道沿いの茂みに踏み込んでみたりもした。しかし源は見当たらない。ただ、その酷い臭いけが常に辺りに立ち籠めている。その臭い我慢して近道をするか、遠回りして臭い回避するか……その選択がある時点で逆転し、私はまた遠回りして駅に出るようになった。しかし、その源が何なのか、ということが、私の頭から消えることはなかった。

私は疑っていたのだ。その源が人間ではないかと。受験意識する時期だったので、公営図書館勉強室にこもることが増えていたのだが、休憩を取ろうと勉強室の外に出ると各種新聞の閲覧スペースがある。行方不明者等の情報が出ていたりしないかと、必ず地方欄に目を通すことが習慣になった。成人だったら、あれ位では済まないかもしれない。女性の方が体は小さいだろうが、女性脂肪組織が多い分屍臭もきついという話を何処かで読んだ。ということは、あれは子供なのではあるまいか……図書館で休憩する度に、私は新聞子供行方不明記事を探している。我ながら何をやっているんだろうと思ったけれど、もう新聞の陳列を見る度にあの臭いを思い出し、記事を探さずにおれなかった。

そして季節は晩秋になった。駅に出る日に、いつもよりも学校を出るのが遅くなった。ちょっと考えた。もう夏も過ぎたし、あの臭いも薄れているかもしれない。グラウンドネットの破れ目は何も変わっておらず、そこをくぐって崖に出ると、あれ程繁茂していた雑草も、盛りのときの半分もない程に枯れてしまっている。私は崖の獣道を進んでいった。傾斜のきつい崖なので、スキーの斜滑降のような進路になるように道は形成されている。ターンする角に来て、ふと何気なく、いつもと違う進路の正反対、崖を斜め上に見上げるような向きに目を向けたとき視野に初めて、あの屍臭の源が飛び込んできた。

それは一頭の犬だった。もう骨に皮が少し被っただけという外観で、その周囲には蛆なども見当たらなかった。大きな犬で、おそらくドーベルマンとかレトリーバーとか……それ位の大きさの骸だった。ドーベルマンレトリーバー全然違うだろう、とか言われそうだが、変色して干涸びたその骸からは、それ以上のことは分からなかったのだ。もう臭いはあまりしていない。私は急いでいたのも忘れてそこにしばらく立ち尽した。あの夏の頃、臭いの源を発見したら大声で叫んでしまうに違いないと思っていた。しかし、今のこの落ち着きは何なのだろう。本当に、自分でも驚く程に、心は静かだった。ああ、人じゃなかったんだ、それはそれで良かったけれど、こいつ、どうしてここに骸を晒していなければならなかったんだろう。野良犬というのもほとんど見ないようになった頃で、こんな大きな犬がそこらをそううろうろしているとも思えなかった。ひょっとしたら、飼い犬が亡くなった誰かが処置に困ってここに骸を捨てたのだろうか。死を看取るまで犬を飼っていた人がそんなことをするというのも変な話なのだけど、他に説得力のある理由を思いつかなかった。

あの臭いがし始めた頃から、こいつはここにあった。そして、あの燃えるような夏の間、道を外れて鬱蒼と草に覆われた中、あの強烈な屍臭を放ち、蛆等に組織をついばまれながら時間が過ぎていった。そしてその臭いも薄められ、ここにこいつはまだある。本当は埋めてやりたかったが、手元にその用意もないし、そのときにようやく自分が急いでいたことを思い出した。クリスチャンの私は十字を切り、天の国で平安と安息のうちにありますように、とだけ祈ってそこを去った。何日かして再びそこを通ってみたら、もう骸はなかった。誰かが気付いて、埋めるか他に持っていくかしたのだろうか。そこまでやってやれなかったことが心残りだったが、せめて祈ることができただけでも、少しはましだったか、と今も思う。

そして二度目。それは、ある自動車関連企業のお膝元である某県の地方都市に住んでいたときのことだった。私は単身者複数入居している安アパートに住んでいた。よくあるプレハブ二階建の長屋みたいな造りで、外の階段で二階の並びに上がるような、室内は6畳とユニットバスみたいな、そんなアパートである。私にとってそこは家というよりただ寝る為だけの場所で、仕事が終わるとそこに入って寝て、朝はシャワーを浴びてそこを出る……そんな毎日を過ごしていた。おそらく、他の部屋に暮していた人々も、私と同じような日常を過ごしていたに違いあるまい。

そんなある日。部屋を出たときに、ふと厭な臭いがした。ゴミのせいか……と最初は考えた。私の部屋は一番階段に近い二階の部屋で、階段真下のスペースがゴミ置き場になっていた。仮に凄まじい悪臭を放つゴミが捨てられていたら、そういう臭いを部屋のドアの前で感じることもあるかもしれない。鍵を締めて階段を降り、ゴミ置き場の前に立ってみたけれど、そもそもその日はゴミ収集日ではなかった。そこまで行く経路上に、ゴミから出た汁等がこぼれたような形跡もなかった。気のせいか、あるいは自分臭いの源なのか……服などをチェックしてみたけれど、どうも自分ではなさそうだ。

翌日、そしてその翌日、と、その臭いは更に強くなっていく。深夜近くに帰宅して、周囲の住人の迷惑にならないように注意しながら二階の並びを歩いてみると、どうも自分の部屋から少々奥に行った辺りでその臭いが一番強くなっているような気がする。隣か、そのまた隣か……しかし、どういう生活をしていたらこんな臭いがするのか。それにしても、この臭いにはどうも心当たりが……と、そこでようやく思い当たったのだった。これは、あの臭いだ。高校の獣道で嗅いだ、あの臭いだと。明日になったら管理会社電話しようと決めて、部屋に戻って寝た。

そして翌朝。出勤の支度をしていたらチャイムが鳴って、ドアを開けると警官が立っている。

「あのー、変な臭いとか、されませんでしたか

と訊かれ、実は何日か前から……という話をして、

「あの、何かありましたか。私もここの住人なので、差し支えない範囲で教えていただけませんか」

と言うと、警官は言いづらそうに、この部屋の二つ隣で、住人の女性が亡くなられていたんです、何かご存知のことはありませんか、と言う。しかし、隣室の住人の顔もよく知らないような状況で、その更に向こうの住人のことなど知る由もなかった。

職場でその話をすると、皆さん興味本位で色々と仰る。うわー気持ちいねーもう引っ越した方がいいんじゃない?……まあ、よくあるパターンだ。そりゃあ、家の近くで人が亡くなっていたというのはそれなりにショックだったわけだけど、私は違うことを考えていたのだった。自分と同じように独りで暮していた人なのだろう。あの部屋のドアは結構密閉性が高いので、ああい臭いが出てくるまでには相応の時間がかかったに違いない。その間、その人はずっとそこに骸を晒していたわけだろう。これはその女性ではなく、自分に起きたことだったかもしれないのだ。その間にはおそらく何も違いはあるまい。ひょっとしたら、私が骸を晒し、あの臭いを発していたのかもしれないのだ。そう思ったら、興味本位の人と一緒に騒ごうなどと、考えられるはずがないのだ。

皮肉ものだ。屍臭の向こうに、かつてあった生とその現状があるのを思い知らされ、そして私がそのときたまたま傍観者だったというだけで、いつ私が骸を晒す側にならないとも限らない、ということを思い知らされたのだ。私はその晩、帰宅してからその部屋の方を向いて、あの犬のときと同じように祈った。それ位しかできなかった。調子の悪いときに出喰わすことができていたら、とも思うけれど、それはもうどうしようもない。ただ、高校とき体験に、同じ人間という更なるリアリティを裏打ちされて、私の中に今でもこのとき記憶は強烈に残っている。去年は有名人でも亡くなる人が本当に多かったわけだけど、誰かが亡くなる度に、私はこれらのことを思い出すのだ。

2019-01-10

anond:20190110073442

お嬢様抱っこって筋力だけの問題かな・・・

それをやるに相応しいイケメン度合いとか身長とか人生観とか生まれ、育ちが伴ってないと、なんていうか片手落ちな気がするんだよね

もう少しよく考えてみては?

2019-01-04

京大までの受験の思い出(楽に入る編)

書きたくなったので。

 

 

小学生とき、親の意向中学受験した。

学校ではトップの成績だったが、塾ではそうはいかない。頭のいい奴らがゴロゴロいた。

教育ママだったか小学生低学年から通信教育をやっていて、そのおかげか入塾テストではトップクラスに入れた。が、成績は二年間でどんどん落ちて、最終的には上から三番目のクラスだった。

志望校は二番目のクラスまでしか入れないというのが恒例だったので、周りにはあまり期待されていなかったようだ。しか自分絶対受かるだろと謎の自信が最後まであった。

結果は合格

二番目のクラスから合格者がでないおろか、一番上のクラスの奴も2/3くらいしかからなかったから、三番目から合格というのは驚かれた。

 

 

中学時代

中一からスパルタで有名な某進学塾に入った。入れさせられたの半分、入りたかったの半分。

塾も学校レベルが高く、ああ自分はだめなんだなとはやくも感じてしまった。特に中間試験という数字で結果が現れる機会は残酷だった。(今思えば勉強してないだけだったが)

それからは暗黒期。

小学生のころはゲーム禁止されていたこともあり、その反動中学入ってからはアホみたいにゲームした。当然成績は浮上することはない。僕はいわゆる「深海魚」になってしまった。

 

 

高校時代

大学受験が近づいた焦りで多少塾の勉強を真面目にやりようになる。が、それ以上に周りが頑張るので成績はあがらない。

この時期に塾の英語はついていけなくなってやめた。情けなさはあったけど、自分でやればいいかと思って逃げた。

高二までは学校行事を頑張ってて、勉強意識しないようにしてた。

高三になるといよいよ受験だ。

友人と図書館で集まったりして勉強したが、家では全く勉強できず学校模試では後ろから1/4に入ってしまう。

なのに夏の京大模試では運良くB判定。これで完全に油断して行ける気になってた。

ちなみに理系だったが理系科目の勉強をまったくやっていなかったので、二次試験ではそれがなくても入れるところを志望していた。夏の前にいろいろ情報を漁っていかコスパよく大学受験を終えるか調べてたのが、そのあとに生きてきた。

コスパよくというのは勉強せずに周りから評価が高い大学はいるということ)

こうやってあさっているうちに、二次試験の前に独自入試を受けることで、受験回数を純粋に一回増やせる受け方を見つけたので使ってみることにした。

 

から模試はせいぜいC判定だったのでどうせ浪人だろうと思いながら勉強してるのかしてないのかわからないような日々を過ごした。

 

そんな中での一度目の入試当日。

ほぼはじめての京大百万遍マックで緊張しながら時間を潰した。

試験自体は三時間くらいで、ひたすら長い文章をよんで、問に答えるやつ。

こういうのは集中しやすタイプだったから、あっという間に終わった。時間ギリギリで。となりの人は全部解けてなかった。

 

センターもD判定だったしどうせ厳しいと思いながらも、ほぼ最下位合格した。

パソコンでみながら手が震えてしまった。

実感を得るまでに相当時間がかかったが、その後京都一人暮らしをして、ようやく京大に受かったんだなあと思えた。

 

 

 

 

まわりが超難関校に多く進学する学校だっただけに、なんとかしてそういう学校に入ろうとした人間の末路(?)です。

参考にはならないかもだけど、こういう人もいるよってこと。

あと自分理系だけど、政治とか経済かに関する興味が高校の頃からあった。ただの逃避だが、みんなが図書館勉強してるのを横目に、新聞をずっと読んでいた。

こういうところで身につけた(?)論理性みたいなのは多少、合格寄与したのかもしれない。残念ながら、学校勉強はまったく関係なかったが。

 

はじめのうちは、自分のなかではズルして入学した感がぬけず、ずっと劣等感に苛まれていた。

落ちた人は過程より結果だと思うかもしれないが、僕は結果より過程だとずっと信じていたので、そのことが自分を苦しめた。

溶け込んでいくなかで多少は改善されたが、いまだに多少考えてしまうことはある。

 

"普通に"入った人たちは本当にすごい努力だと思う。こういう経験をしておくことは人生観を変えるはずだ。

受験諸君は、あと少し、頑張ってください。

2018-12-27

anond:20181226164417

規模が増えればそこが対象サービスが増える

単純な原則すら理解せずに気に食わない人生観を叩く

2018-12-20

ネットバカってほんとに異次元の脳構造を持ってる

議論する意味のないことに必死反論して自分知的だとでも思い込んでる

単なる科学事実だとか他人一種人生観だとかに反論」して何か建設的な意味があるとでも思っているのだろうか

こういう奴に特徴的なのは自分からは何も話題提供出来ないこと

他人が何か言ってからそれに対するコメントで暴れることしかできない

子供でもこんな行為がまったく知的じゃないことくらいわかりそうなもんだが

どうもこんな調子で本人は少しも恥じることなく満足感を得られているらしい

一体リアルではどんな人生を送ってきた奴なんだろう

リアルでよっぽど議論できない劣等感を抱えている反動匿名で発露するのか

はたまたリアルでは超レアな素で勘違いしまくってるだけの奴がネットでは多く見えるだけなのか

どちらにしろこういう奴らのおかげでコメント機能ほとんどが百害あって一利ないものであり続けている

2018-12-13

大好きだったものと、その離れかたについて

とあるバンド思春期からいかけ続けて10年以上になる。言ってしまえば私が音楽好きになるきっかけになったバンドだ。私のこれまでの人生楽しい時も辛い時もずっと、彼らの曲がそばにあった。もはや人生アイデンティティの支柱だった。

好きになった当初は世間的にも爆発的な人気を誇っていたが、時間が経つにつれてどんどん一般的な人気は落ち着いていった。所謂「消えた」と言われてしまうような状態。今もそのバンドが好きという話を周りにすると、「懐かしい〜前好きだったな〜」とか、「あのバンドまだ活動してたんだ?」という反応が返ってくる。そんな言葉に「まだ活動を続けてるから!!」と返すことにも慣れた。最近は彼らを「世代音楽」として聞いてきた人たちがフェスのメイン層になったからか、久々に大きなフェス会場を埋めている様子も見られた。けれど会場が湧くのは過去の曲。今の曲で盛り上がっている人は少ない。今もいい曲を作っているのに。みんなに聴いて良さを分かって欲しいのに。

いつしか、「もう今は人気も落ち着いてきた彼らを支えるためにも追い続けなければ」という気持ちが芽生えていた。

曲だけではなく、メンバー同士が長年仲良くやっている関係性の良さにも惹かれていた。また、あるメンバーの考え方も尊敬していた。その考え方を拠り所にして、学生時代の辛い時期を乗り越えてきた。彼らがインタビューライブMCで話す言葉が好きだった。彼らが新しく生み出す音楽を楽しみにして、その曲たちにああだこうだ思うのが楽しかった。昔から好きな曲をたまに聴き返して、やっぱりこの頃の曲はいいなあと懐古したりもした。彼らの曲や表情、振る舞いをライブで観られれば幸せだった。

同時にガチ恋気味のファン顔ファンを、なんだあれ痛いなあ、と思いながら冷ややかに見ていた。

このバンドきっかけにネット上で仲良くなった友人もたくさんいる。勿論ライブの際にも何度も会っている。今回のツアーセトリ演出のどこが良かったとか、それぞれが思う彼らの好きな要素とか、他のおすすめバンドアーティストを聞いたりだとか、そんなことを話すのがとても楽しかった。

「それって音楽が好きなんじゃなくて、人としてトータルで好きだからいかけてる状態だよね?」

つのきっかけは、奇跡的にできた私の初めての恋人に言われたこ言葉だったかもしれない。「ずっと喪女のまま、好きなものをひたすら追いかけて生きていくんだろうな」と思っていた私の人生観は、恋人ができたことによって大きく揺らいだ。異性から自分に直接反応がある感情を受けとめるなんて初めてだった。それは難しくも楽しくて、一方的に追いかけるだけだった時には知らなかったものだった。

それを言われた時、最初はそんなことない、曲が好きだからいかけているんだ、と思ったけれど、改めて振り返ると人柄込みでの好きだったのかもしれないと気づいた。よくよく考えてみれば、自分の好みの顔のタイプも一番好きなメンバーが大きな基準になっているようだった。私の彼らに対する好きの想いは、自分馬鹿にしていたガチ恋顔ファンに片足突っ込んでいたのかもしれない、と気づいて大きな衝撃を受けた。

先日久しぶりに彼らのワンマンライブに行ったのだが、前よりも『最高に楽しい』という感情が湧かなくなっていた。なんだかマンネリ感すらあった。それは気のせいだと思いたかった。直近に先述の恋人と別れるというショックな出来事があったので、そのストレスで楽しめなかったのだろうと思っていた。別のアーティストワンマンライブにも行った。『最高に楽しい』と思えた。あれ?おかしいな?こう思えない状態だったんじゃなかったのか?

彼らのライブが楽しくないと感じる日が来るなんて思ってもみなかったのだ。

結果的に、曲が聴きたいというよりも友人たちと会いたい、話したいかライブに行っているだけなんじゃないかとすら思えてきた。けれど今、友人たちとの追いかける熱量の差も感じてしまっている。私が彼らから離れたら、バンドファンであることがきっかけで繋がれた友人たちとの繋がりさえ無くなってしまう気がしている。

10年以上経って、気づきたくなかったことに気づく機会があまりにも増えてしまった。どうやら彼らに飽きてしまったらしい、というこの事実に向き合いたくない。けれどもう気持ちの上で今の彼らを盲目的に追うことはできないとも思っている。私のアイデンティティの支柱にすらなっていたものなので、すっぱり離れきることもなんだか怖い。

それとも、10年以上同じもの存在していて、追い続けてこられたこ自体奇跡なのかな。改めて書き出してみるとだいぶ気持ちが重いな。飽きてるなって思いながらしがみつき続けるのが正解なのかな。昔だけが好き、今はそんなに好きじゃないって開き直ればいいのかな。

私はこれからどうすればいいんだろう。

2018-11-06

anond:20181106135307

それは確固たる人生観ってものが先に必要なんじゃないかなあ。

子供に望むのは無茶だろう。

2018-11-04

自戒

何か作品について語るとき問題なのは自分好き嫌い感想人生観主義ではなく、対象の切り口とその鮮度ということを忘れるな 知って欲しいのは、伝えたいのは自分のことではなく、作品なんだから

2018-10-27

日本人インドに行くと人生観が変わるらしいけど

インドの人もどこかの国に行くと人生観が変わるんだろうか

2018-10-26

anond:20181026232947

あ~インドに行くとみんな人生観変わったって言うwと思ったら一枚上手だった

2018-10-18

完璧主義

倫理とか効率とか人生観とか、自分なりに理にかなう行動を取ろうと生きてきたし、そうやって自分ルール完璧に持とうとすればするほど「何でもアリ」以外のルールを持てなくなるんだけど

世の中に完璧を求める人たちはそんな本末転倒に陥らないのだろうか

2018-10-10

LGBTの友人について思うこと

私にはLGBTの友人がいる。

私はその子のことをとても大切に思っている。

の子のことがとてもとても好きだ。でもそれは恋愛感情ではなく友愛気持ちだ。

LGBT彼女の悩みはあまりいたことがない。あまり突っ込んで聞くというのも失礼な気がしている。

彼女はおそらく私が男の人を好きになるのと同じように、女の人を好きになるのだと想像している。

私には想像するしかできない。

私は女の子を好きになったことはないし、同性を好きになることで感じる苦しみがどんなものかわからない。

私は彼女とは物理的に遠くの場所に住んでいるので、あまり会うことができない。

彼女とは趣味世界で知り合ったが、でも会えた時はご飯を食べに行ったりお酒を飲んだりして、その趣味の話や人生観や、人間関係についていろんな話をする。

私にとってその時間がかけがえのないもので、とても楽しい。だから彼女のことが大切だし、とても好きだと思う。

ところで彼女には別の友達がいる。私はその子と少し面識がある程度だ。その子彼女とよく遊んでいる。それならば別に私はなんとも思わない、彼女の交友関係に口を出す気もない。

ただその子は、男装というか、擬似的な男として彼女に接しているように見える。

私も彼女もその子も、いわゆるBL趣味出会ったのだが、なんか二次元BLカップリング現実LGBT彼女相手にやろうとしている感がめちゃめちゃする。

よく彼女はその子と遊びに行ったとSNS投稿しているのだが、デートとかプレゼントをもらったとか、イケメンだとか書かれているので彼女自身あんまり気にしてないのかもしれない。

でも私はそれにかなり嫉妬している。

ていうかクソムカついている。

の子は結局、彼女を使って擬似的同性愛を楽しみたいだけなんじゃないかと思ってものすごい怒りを覚える。

私はその子LGBT彼女を「自分ファッションのために使っている」ように見えて仕方ないのだ。

ただこれは私の全くの想像でありただの嫉妬であり、女子中学生で終わらせておくべき友達の取り合いで、私も結局彼女自分を飾るためのある種のプライズとして見ているのではないかと思う。

こんなことは彼女に対して言えない。私のこの感情彼女にとってとても失礼なのではないかと思う。

私も結局、LGBT彼女を擬似的恋愛対象としてみているのだろうか?それは彼女にとても失礼だし、嫉妬感情を抱くことも間違っているような気がする。

私が彼女LGBTについて多く聞かないのは、何を聞いたら失礼になるのかわからいからだ。

ただの嫉妬とわかっちゃいるけど。彼女の一番になりたいとは思わないが、その子より…!と思ってしまう。

ていうか何度でも言うけどその子の態度がクソムカつくんだ。振る舞い方が気に食わないというだけなんだろーなー

ただ難癖つけたいだけなのかもしれない。

女同士にある、友情を少し越えたところにある微妙関係性というのはなんなんだろう。

私が一番、彼女友達でいるべきではないのかもしれない。そんなことを考えている。

想像しようと頑張るが、想像することもできない。何年も友達でいるが、あまりにもわからないことが多い。わかりたいと思う。でも聞けない。

どこにも吐き出せないのでここに書いた。

2018-09-25

「くっ!殺せ!」って言ってる女騎士精神的に陵辱したい

「殺せ!」って言ってる帝国騎士隊の女隊長丁重に扱ってさ

共和国の豊かな生活食事文化を楽しませて着飾らせて可愛がってさ

帝国での過酷な訓練と戦いに塗りつぶされた灰色人生観を塗り替えさせた後にさ

「ところで殺せと言う例の話ですけど。」って切り出したいよね。

「落ち着いてきたので、どうしてもというなら残念だけど意志に沿いたいと思います。」って。

「出来たら考えを変えてくれてたらとても嬉しいんですけど」って。


騎士は内心ではもうかなり死に疑問と躊躇いが生まれてるんだけど

まだ残ってる騎士モラルとか一旦大見得切った立場とかのせいで今更「生きたいです」なんて恥ずかしくて言えなくて煩悶してるとこに

あなたが死んじゃうと捕虜になってるあなたの部下達の境遇にもいいことないんですよ?」とか助け舟を出したいよね。


それで女騎士も勿論その話が助け話だと気づいて、

自分の内心の葛藤まで見透かされたことを理解して、

それでもその助け舟に乗っちゃって顔真っ赤にしながら「部下の為にも死ねないし生きたいです」みたいな答弁を小声でしちゃうところを見守りたいよね。


当然「殺せ」の撤回と命乞いを聞いたらちゃんと快適な待遇生活供与ちゃうんだよ。

帝国共和国停戦した後も立場を保って母国と行き来出来るような体裁も整えてあげるの。

騎士人生の楽しみを知ったことで自分が変わっちゃったことに気づいていて

部下を言い訳にした命乞いまでしちゃったことを自覚してるからふと思い出すたび悶絶して無意味な奇声を上げそうになるけど

そこで自決するような誇り高さがもう自分にないことも理解するわけ。


そんで段々とふにゃふにゃした人間になってきて

帝国右派の中の融和派みたいになっちゃって

共和国との和平を実現したうえに熱心に求婚してきてた共和国の男と結婚して

帝国の一部からは「売国奴の雌豚」とか罵られるけど

殆どの人には「和平の象徴」とか「戦争英雄にして遺恨を捨てて平和を到来させた聖人」とか言われて

共和国結構かに幸せな生涯を送るの。


そういうのが読みてえな。

すごい陵辱でしょ。

レイプしたり約束破って殺したりするのなんて目じゃないよ。

2018-09-10

どうせ否定しかされない。

体の不調は気の持ちようで治るし、心の不調は病気になりたいから訴えるのだ。

死は人を悲しませるので選んではいけない。

生きて戦わなければ卑怯者だ。

これが大人から学んだ人生観であり、踏襲しなければならない物だ。

2018-09-08

射精後の身体変化を教えて

僕は射精した後異様に弱る。

弱るというより、多分異様な眠気なんだと思う。

立っているのが辛くなり疲れやすくなる。

バスケ部だったころのフットワーク練習ではジャンプ力が異様に落ちた。

回復するのに3.4日かかる場合もある。

毎日出す人もいるだろうけど僕にはそんな頻繁に出すことはできない。

30を超えた今でも眠気がひどく、通常の7時間ではガタがくる。

集中力は続かず仕事の質はガタ落ち。

メンタルも弱りイライラもする。

ただし睡眠が物凄く取れれば問題ない。

ただ一つメリットがあるとすれば、メンタルが敏感になり色彩感覚音楽映画絵画などに吸い込まれるような没入感がある。

ダークサイド福音と昔の恋人は言っていた。

チャットアプリで猛々しい女の子つぶやきにあるような「昨晩7戦やばかった〜〜💓」みたいな事は僕の人生にはありえない。文字通り干からびるし出てこない。

この射精感、ひいては人生観は男一人一人バリエーションがあるんだろうと思う。

増田はどうですか

2018-09-03

anond:20180903204321

寝る。

起きたら美味しいものを食べて良い映画を見てクソしてまた寝る。

冗談のようだけどマジでおすすめだよ。

映画は見たあとちょっと人生観変わるようなやつがベスト

anond:20180901225058

1回風俗やって見るといいよ。人生観変わるし、客嬢店員いろんな人がいる。正しく悩むより間違ってても行動したときがいいほうがある。

2018-08-24

偏見差別区別しよう

差別って具体的にどういった?

>怖がられる格好をしてお望み通り怖がられてるだけでは?

タトゥーを入れた人が、タトゥーが怖い人達から「怖がられる」ところまでは偏見だけど、差別ではない。「怖がった」結果、差別的な取扱をしたらダメ

>その結果プール銭湯行けなかったり

これは、施設側がルールとして入墨者の利用禁止を掲げている場合は、差別にあたる可能性が高い。特に公共施設は、仮にあなたがいうように「怖がられる格好をしている人」にも差別的取扱をしてはいけない。他の利用者が嫌がる・怖がるから、ということも、差別的取扱をしてよい理由にはならない。公共性というのはそういうもの

就職結婚できなかったりするだけでしょ

就職は、厚生労働省の『公正な採用選考の基本』に照らすと「本来自由であるべき事項」の「人生観生活信条に関すること」に該当する可能性があるので微妙だが、現実には入れ墨行為による配置転換などは法的に認められている。

結婚あくま相手方自由選好で、また出身門地による差別ではないので偏見

https://anond.hatelabo.jp/20180824010641

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