「飛び降り」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 飛び降りとは

2019-01-20

将来橋の下に行くことになっても友達でいような

幾年か前に、昔馴染みの親友とそんな話をした。

きっかけは景気の冷え込みだとか、新しいプロジェクトをやってるとかだったか

とにかく、酒の席での馬鹿話の一部だったと思う。

まあ一瞬「何言ってんだ、縁起でもねぇ」と思ったけど二つ返事で応と返したよ。

最高の親友だったからな。


なんでこんな話を思い出したかっていうと、今日そいつが夢に出てきたからだ。

あいつが、あの頃の姿で出てきて「俺たち、友達からな」と言うがはやいか崩れてく夢。

驚いて飛び起きたけど、そんなことも話したっけなくらいの印象だった。


そこから少しして連絡が来た。

飛び降りだってよ。自殺の名所高架橋から

あいつのことだから心配かけたくない想いか相談にも来なかったんだろうが。

ただただ茫然として、だけれど妙にあいつの言葉が頭の中にこべりついてぐるぐる回り続けている。

2019-01-15

anond:20190115002952

俺の知性では「信じろ」と言われても意味がわからない。

から飛び降りても神様が助けてくれるはずだ、といったら、神を試すなとか怒られる。

神は俺に理解されたくないらしい。

2019-01-14

死のうと思って被り物とおしめを買った

特に借金があるとか人間関係とかでトラブったわけじゃない。何だか耐えられなくて死のうと思った。

もちろん生きてるし、案外だらだらとこの先も生きるかもしれない。

前まではスーパーで働いてた。

普通にやってたつもりではいたんだが、どうにも耐えられなくて、上司に連絡いれて、そのままバックレた。

手先が不器用だったし、接客も辛かった。仕事の流れがどうにも理解できなかった。メモはせっせと取ってたが、相手自分への言い訳で、効果はでていなかった。

仕事を少し覚えると、自分はまだ何ができないか分かって、余計辛かった。知れば知るほど自分間抜けさが際立った。

目立つミスがあったわけじゃなくて、ただキツくて耐えられなくなった。恒常的なミスに耐えられなかったとでもいうか。

病院に行こうと調べたが、色々あって面倒だった。予定がどう症状がこうが理解できなくて諦めた。

理解して調整して通って何なのか、とも思った。

文章が読んだり書けたりはできる(つもりでいる)から、たぶん心因性なのだと思う。

興味というかやる気というか、もっと手前の何かがない。

空腹も案外慣れた、ほんの数日だから、より長期間なら、また意見も変わったかもしれない。

水は普通に飲んでた。気力がなかっただけで、餓えて死のうとまで思ってなかった。

ふと、死んだら終わるなと気づいた。

賃貸から公園にいこう、死に顔みた誰かさんがかわいそうだしなにか被ろう、漏らしたら後片付け大変だろうしおしめもつけよう。

そこまでパーっと頭に浮かんで、大変な名案に思えた。

介護用のおしめやパーティー用の被り物(なんかキリンのやつ)意識なくなってから落っことさないよう、固定用のガムテも買った。

事件性があると誤解されたら、見しらぬ誰かが捕まるかも知れない。遺書を少し書いた。家族にはさよならと、家族への連絡先を載せた。

深夜に公園に着いて、鉄棒は低かったしブランコでしようと決めた。でも俺はバカだった。

ロープを忘れた。

用意すらしてなかった。思い付かなかった。

帰る気になれなかった。

ごく単純に、ベルトで代用を思い付いた。

ブランコの上によじ登り、転げ落ちないようしがみつきながら作業をした。

持ってきてたガムテで、ベルトをブランコの柱に固定して、被り物を被った。上着と被り物を張り付けて、暴れても外れないことを願った。

飛び降りたら外れるかもと、ゆっくりぶら下がった。すげぇ苦しい。

頭にプクーっと血がたまってくのと、息ができない。多少こらえたがやはり暴れた。

走馬灯は見なかった。

早朝に目が覚めた。被り物は脱がされたのか無意識に脱いで投げたのか、どこにもなかった。

尻と肩を擦りむいたが特にどうもない。

馬鹿馬鹿しくてそのまま帰った。まだガムテは引っ付いているかもしれない。

全部無駄だった。

ここで物語なら、美しい出会いでもって人生が変わるところだが、俺には何もなかった。

低学歴コミュ障もハンデだが、新しく何か身に付けたいとか思えない。何か欠陥なのかもしれないが、それをどうにかするスタートも切れない。資格若さもない。

打開する気力がない。

死ぬのもどうにもならんらしい。

なんでこんな追い込まれるのかわからないし、追い込まれてるのに生きてるのも良くわからない。

特に落ちもないのに糞みたいな自分語りを読ませてすまない。

ただそういう奴がいたってことを知って欲しかった。

みんなは元気でやってくれ。

2019-01-13

2019-01-10

真面目に通学し始めるまでの話

うっかり進学校的なアレに入学してしまったのがすべての間違いだった。弟が壊滅的に勉強が苦手なのでまだマシと思えていたのもある。

高1の1学期末、数学試験で3点を取った。勉強へのやる気が消えた。

それからというもの全く勉強せず、高校2年に上がってから半年ほどは、オトナに話すとそれはまあ叱られそうな生活を送ってきた。




1学期は、これでもかと言うほど学校をサボった。3日行って1日サボる。そんな生活を3週間続けると、担任に呼び出され進級に響くから体調不良その他の理由がない限りはなるべく来なさいとお達しがあった。

その時1年間で何日休むと進級できないのか、と行った旨の数字を聞き、私は即座に脳内でそれを3で割った。

月に3回は休んでも進級に響かないという結果だったため、5月中旬からはしばらく毎月3回休むことにした。



親には学校を休むことを言っていなかった。

部屋の窓の鍵を開け、わざと遅刻する時間に家を出、親に遅刻連絡を入れてもらう。こうなると私の勝ちだ。

学校遅刻連絡を入れた生徒が欠席しても電話を掛けてこないことは、数年前酷い生理痛遅刻連絡を入れ、結局体調が優れず休んだ経験からすでにわかっていた。

両親が仕事に行って家を出たであろう時間帰宅し、自転車を親戚が住んでいる近所のアパート駐輪場にこっそり置く。

部屋の窓から家に入って靴箱に靴をしまい、哲学書を読み、父親本棚から経営指南書を拝借して読み、日本史教科書を開いては眺め、日本史問題集を解いては資料集を開く。

数学の成績は中学一年のころから壊滅的だったので、時折チャート式問題集を開いて何問か解いて、分からないのでうんざりして本棚泉鏡花全集に手を伸ばしたりしていた。

夕方普通に学校に行って帰っても親が帰るのは私の帰宅後だったこともあり、アパート駐輪場から自転車を回収し何事もなかったかのように帰宅する。

完璧計画であった。

自転車で通っていても、ふと、学校ではないどこかに行きたくなることがあった。

駅の公衆電話から腹痛が酷く自転車を押して向かっている、遅刻するかもしれないという旨の電話を入れる。

事務員さんが頷き、電話を切ると、制服ジャケットの裏ポケットに入れたスマートフォンを取り出してマップアプリを開いてはあれこれ考える。

空港に行って飛び立ってゆく飛行機を見て、展望所のすぐ近くのテーブル数学問題集を開いて空を眺めつつ問題と格闘した日もあった。

海に行って、靴下を鞄にしまい、ひとしきり波と戯れたあと小さなハンカチ必死に足を拭いた日もあった。

小学生の頃親しかった友人と秘密基地を作って遊んだ山に登ると、ため池が作られていて秘密基地があった場所には行けず、立入禁止看板の前で住んでいる市内を一望しながら体操座りで弁当を食べた日もあった。

毎日が最高に楽しかった。学校の友人らとカラオケに行ったり自撮りをしたり、恋の話をしたりアイドルの話をしたりなんて小指の先にも満たないしょうもないものに思えた。

それこそ高1の夏休み、ふと思い立って某中国四国連絡橋を単身歩いて渡り海を挟んだ隣県に行った時と同じくらい楽しかった(ちなみに高1夏、私は自県まで残り3kmを残してポカリスエット4本が底をつき海の上で死にかけた)。

月に3回のこの楽しみが、わたしを生かしてくれているように思えた。それこそ「行きたくなくなったら学校休もう」って決めた日以前の検索履歴には「首 吊り方 苦しくない」だとか「飛び降り 何階以上」とかい言葉散見されていたので。


しかし、この自分的にはなんとも素敵で素晴らしい日々のことを友人に話すと、それはもう極度の批判を浴びた。こんなに楽しいのに。

友人は勉強ばかりして、親の期待に応えることばかり考えてコドモゴコロだとか冒険心だとかを忘れてしまったのではないかと訝しんだ。

じぶんの楽しい思い出が否定されるのは嫌だったので、それ以降だれにもこの日々のことは言わなかった。



夏休みになると、大学受験を見据えて塾に入ることを親に勧められた。

県下ではまあそこそこの、毎年何名か東大合格者も輩出しているような学校に通っているからか、周囲がわたしを置いて受験モードに入るのがやたらと早かった。

大学受験と言われても、それまで進路なんて考えたこともなかった。彼氏いないし。コイビトと同じところに行きたいとかいあるある進路選択方法も、選択肢が存在しないのだから選びようがなかったのだ。

最終的に塾には通うことにした。初回体験授業の講師イケメンで、軽い気持ちで授業後アンケートにまた受けたいと書いてしまったのがいけなかった。布団の中で後悔して、今年の夏は一人でどこまで行こうかと考え気をそらしていた。

しかし、何回か通ううちに気が変わった。友人皆が大手塾に通う中、私はマンツーマン型の小ぢんまりとした場所だったので、周りに私を知る者はほとんどいなかったのが救いだった。

塾で分からないところは基礎の基礎だと薄々感づいていようが分からないとごね、分かったらこれでもかと喜ぶ(時々声がでかくてブースの外に聞こえると窘められた)。


夏も過ぎ二学期中間試験も終えた10月ごろ、仲良くなった塾講師に、件の日々の話をしてみることにした。この人はやたらと毒舌だが顔はいいので、何を言われても許せる自信があった。顔はいいので。

講義講義の間の休み時間の間に雑談のノリで喋った。学校サボって空港とか海とか行ったことあるんよね、マジでしかった。ホンマはアカンけど。

塾講師の反応は予想と違っていた。返ってきた言葉は「絶対勉強ばっかしとったよりええと思うで〜」「アホやなとは思うけどええとも思う なんも考えてなさそうで」という完全に私をアホとみなした上での肯定だった。


よく分からないがムチャクチャに嬉しかった。それはもうムチャクチャに嬉しかった。この人にはアホな所を堂々と、それこそ正弦定理余弦定理から2次方程式の解の公式までこれでもかと意味わからん何これと聞きまくっていたので、アホ呼ばわりされることがなぜか誇らしかった。

小学校中学校の頃は何もせずとも常に成績はトップだった。高校でも文系科目がまあそこそこできたおかげで順位は真ん中より少し下、成績を上げなさいとは言われるが面と向かってお前アホやなと言われる機会はこれまでの人生一度もなかった。いや影では言われてたかもしれないが。


「やろ〜!? いや自分でもやばいなとは思うけどなんか楽しかったんよね…冒険しとるみたいで…」と返すと、授業開始のチャイムが鳴った。


私は学校を休むのをやめた。

受験勉強、がんばります

2019-01-06

ベランダで吸ってたら息子に鍵閉められたことある

寒いしどうしようもないし飛び降りたくなる気持ちわかるわ

2018-12-30

早死にするために煙草を吸っている

僕が煙草を吸っているとよく聞かれることがある。

「なんで煙草を吸ってるの?」

単なる会話の糸口として聞かれる場合もあるし、疑問の提示場合もある。ともかく上記の疑問の後に続く文は経験上多くの場合共通していた。

「体に悪いよ」である

この呼びかけに対する返答に僕はひどく困るのだ。

僕は早く死ぬために煙草を吸っているのだ。

ただ、こんな返答をすれば今度は相手が困る番だ。それは僕の望むところでは無いので当たり障りのない嘘を返すことになる。

嘘をつくのはどういうものであれ、僕にとっては蟠りとなる。なので、ここでは何故僕はそのような理由煙草を吸っているのか、吐き出すことにした。

本来であれば墓まで持っていくかチラシの裏にでも書くべきなのだが、僕は墓まで持っていける程の思慮も持ち合わせておらず、最近のチラシはツルツルした紙に両面印刷されているので書きにくいのだ。

前提として僕は特徴のある生き方はしていない。

普通の両親からまれ地元公立小中高校と進み、地元国公立大学を4年で卒業し、東京企業就職した。年齢は30代が見えてきた辺り。履歴書の経歴欄は2,3行で埋まり、「特徴ねえな」と思ったものである

だがこんな人生の中でふと思ってしまったのだ。あと何年も生きることになるのか。と。そんな思考に至ったのは記憶が正しければ高校時代に進路を考えていた頃だった。

この思いは一種のひらめきに似たもので、どのように導き出されたのか自分にもわからない。ただ分かるのは、この漠然としたひらめきは僕にとっては恐怖として解釈されたということだ。

生きることに恐怖を抱いた場合自明解決手段がある。死ねばよいのだ。

ただし人間はそれほど明瞭な思考回路をしていない。人は、パンによってのみ生きるのではなく、必要ものはまだまだあるのだ。そして生きるために必要だったそれらの多くは、死ぬときにはしがらみとなるのだ。

僕にとってそれは家族自分自身であった。家族迷惑をかけたくないし、自殺者の家族という不名誉を負わせたくない。この思考理解が容易だと思う。

問題自分自身だ。あくまで僕は僕の保身の為に一定名誉を保ったまま死にたかったのだ。

改めて文字にしたためてみると途轍もなく独善的であることを認識させられるが、これは僕自身をどう殺生するかの問題だ。独善と詰られようと知ったことではない。

まず思いつくのが自殺であるが、実行後の障壁が多すぎて諦めた。車や電車に身を投げようが高所から飛び降りようが樹海に行こうが、最終的に家族に多大な迷惑がかかる。

なので病気になって死ぬことにした。次善手である。この方法では僕は"不幸にも"病気にかかって死ぬことになるため名誉を失わず死ねるのだ。病気の合間は苦しむことになるだろうが、周囲の同情を買ってくれるのではと打算的に考えている。

それに利己的に死のうとしているのだ。当然の報いであろう。

病気になる方法は色々あるだろうが、摂取する毒が広く売られているのでそれを利用した。それで行き着いたのが煙草である

死ぬには数年から数十年かかるだろうが寿命が縮むのは間違いないだろう。またその期間で両親が他界し、兄弟姉妹結婚していれば言うことがない。

結果として僕は病気死ぬため、ひいては自殺と悟られないよう大手を振って死ねるよう煙草を吸っているのだ。

体に悪い事を知りながら。むしろその悪性を利用して。

僕は結婚はしないだろう。子供を持つことに興味を覚えることはあれ、現実感はないし人の親になる器ではない。

何よりしらがみが増える事を良しとしない。親戚の子ゲームで遊ぶくらいがちょうどいい。

会社の昇進にも興味がない。死のうと思っている人間には煙草を買える分の金さえあればいい。煙草が一箱1000円になれば考えるかもしれない。

このまま働きながら職場喫煙所や自宅のベランダ煙草を嗜み、いつか来る病魔を待ち続け、いつの日にか惨めに僕は死ぬのだ。

2018-12-29

どうしようもないな。

電車飛び込みは何度かやろうとしたけど、怖くて出来なかった。

飛び降りビルから何度かしようとしたけど怖かった。

首吊りしようとしたけど不器用ロープがなかなか結べなくて途中でやめた。

あと練炭睡眠薬ぐらいか

結局そんな死にたくないのかな。

なんでも中途半端だな。

死にたい

記憶

20年ぶりくらいに、学生の頃の仲間に会った。

あの頃つるんでいた3人のうち、1人は思ったより近くに住んでることが判明。

まあ、飲もうぜの一言川崎でサシで飲んだんだ。

初めは学生の頃のバカ話中心だったんだけど、やがて今日これなかったもう一人の話になった。

大学まで一緒だった二人は、卒業後も連絡取り合ってたらしいが、ある日突然連絡取れなくなったようだ。

2年ほどして、急に連絡がきたらしい。その間何をしていたのかを聞いたら。

「隠れ脳梗塞入院検査の日々だった」

大学の頃の記憶あんまりない」

「ふと、頭に昔を思い出して連絡した」

絶望して、絶望して、どうしようもなくなってビルから飛び降りたんだけど、生きてた」

と、淡々と語るんだよ。どこまで本当なのかわからない。

私にできることも何もないが、生きててほしい。

あの頃、つるんでた仲間が、自分想像を遥かに超える経験をしていたことに大きな衝撃を受けた年末

2018-12-13

死にたいだけの男

今日も起きたら死にたいと思う。

ご飯食べながら死にたいと思う。

何で死のうか今日も考える。

首吊り飛び降りハラキリか。

天気が良くて吸い込まれそうな青空の下で死にたいと考える。

街の冷たい空気が考えを妨げる。

夕日は今日も赤く染まっていく。

死にたい気持ちはとどまっている。

夜が死にたい気持ちに寄り添う。

シャワーを浴びて死にたいと思う。

ベッドに入って死にたいと思いながら眠りにつく。

明日死にたいと考えるだろう。

終わりはない。

2018-12-11

25歳女、おしっこを漏らす

おしっこを漏らした」

その事実をようやく受け止めた頃、私はただぼんやりと薄汚いパンツを見つめていた。

事の発端は、夢だった。

うどんな夢だか忘れてしまったが、夢の中で私はトイレに入り、用を足そうとした。小さい頃ならお漏らしフラグとしてかなり確実かつあるあるな場面だ。

でも、私はもう25歳。最後に漏らしたのは小学生の時だし(ゴミ出しに行くエレベーターの中で漏らした。9歳の時だった)、もうこれだけ大人になれば夢で用を足したって現実に影響が出ることはない。実際、今までも夢の中で用を足したことはあったが、漏らしたことはなかった。

異変に気づいたのはおしっこ20%ほど出した時だった。おや?と首を捻る。

『これはもしや、夢なのでは?』

そう思った次の瞬間には、自室のベッドの上だった。しかも、嫌なことに──おしっこの穴から、何かが漏れ出ていくような感覚が、した。

いや、でもこれはおしっこにいきたいという予兆なのかもしれない。すぐにベッドから飛び降りると、トイレへ急ぐ。そして、身体に残っていたおしっこの70%を出し切った時、私はただ何にも考えていない頭で、自分パンツを触った。

湿っている。明らかに湿っている。

パジャマにしている、ジャージズボンも触ってみる。そこもやっぱり、湿っていた。

漏らした。私は25歳にもなって、漏らしたのだ。

ここから後の行動は速かった。パンツズボンを水でさっと洗ってから洗濯機へ投げ込み、新しいものへ履き替える。

シーツも湿っていたので雑巾でひたすらポンポンポンポン……と叩いて汚れを取った。

ベッド自体おしっこが染み込まなかったことだけが救いだった。

それから今日を過ごしたわけだけど、仕事をしている最中はずっと「私はおしっこを漏らしたんだ……」と変えようのない事実がずっと頭の中をついてきたし、上司に注意されても「大人にもなっておしっこを漏らした女に人権はないんだ……」と思ったし、何となくおしっこの穴が緩い気がした。

前に友人の家の風呂うんこを漏らしたこともあるが、その感覚を少し思い出したような気がした。

今回のことで学んだのは、

大人になっておしっこを漏らすのはたとえ家で、誰に見られてないとしても羞恥心が生まれ

・お漏らしの処理は楽(子どもの頃は途方にくれるしかなかったが、今では少なくともどう対処すれば良いのか分かる)

・でもお漏らしはちょっと気持ちいい

ということだろう。

私は実家暮らしなので、恐らく家へ帰ったら洗濯されたパンツズボンが畳まれて置かれているはずだ。

今日はそれに思いを馳せながら、まだ火曜日だけど、お酒を飲もうと思う。

2018-12-10

漠然とした辛さ

つらい。

最初に書いておく。自分鬱病である

病院でもきちんと診断された鬱病だ。

きっかけはありふれた理由だったので割愛する。

無職でもう三年経ってしまった。寛解は遠い。

この後の文章ちゃんとした文章になっていなくてきっと見るに堪えないと思う。

自分にはもう考える能力もない。頭が痛い。つらい。死にたい死ねない。



この冬という寒さには毎度鬱をリセットされている気がする。

どんなによくなっても、自分には生きることを許されていないんじゃないかな。

無職だが実家があり、親は優しくおんぶに抱っこ。時折バイトをして過ごしている。

そして冬になればバイトを辞め、鬱を悪化させては自分と親の貯金を食い潰して春を待っている。

身体はぶくぶくと太り、髪は白髪がちらほら出てきた。

自分老いた。

三年もの無職でもう人間にはなれないのだと強く実感した。

例えば今窓を開けて飛び降りれば打ち所が悪ければ死ねるかもしれない。

でも出来ないんだ。

だって痛いのは嫌だからね。

でも生きていると日々「親の金を食い潰しているな」と感じる。

引きこもって誰にも会わなければいいのかもしれないけれど自分は外が大好きで、でも一人じゃ起き上がるのもついか介護してもらっている。

バカみたいだな。無職で外が好きなら働けば良いのに。

働くことを思うと苦しい。

正社員にはもう戻れないだろう。

フリーターとして生きていくんだ。

実家があって良かったね、恵まれているね。親が許してくれるから、親が援助してくれるから

ああ死にたい

自分は自立したい。

一人の人間として、大人として、生きたい。

なのになんで今無職なんだ。

なんで今泣きながら文章を打ってるんだ。

死にたい

でもヘタレから眠ってそのまま死にたい

睡眠導入剤を多く飲めばまかり間違って中毒になってぽっくり逝けないだろうか?

でも頭はきちんと処方通りの量だけを手に取って飲み込む。

なにもできない、なににもなれない、自分は昔の稼ぎで買ったパソコンで、ちっぽけな承認欲求を満たすために色んな創作をしている。

かに「すごいね」「とても良いね」って言われたい。

でもさ、「すごいね」とか言われると「死にたい」って思うんだよ。

本当に自分は好きじゃないのに、承認欲求を満たされたくて作ってごめんなさい。

でも、好きなんだよ。作ることも、承認されることも。

死にたい

この日本でこんなバカみたいなこと考えて鬱こじらせてる自分でも、復帰できるのかな。

未来にも希望がない。過去は消したい。現在死にたい

これをここまで読んでくれた誰かへ。

ありがとう

自分はこれを書いたことでまた明日から寛解に向けて努力する人間」の顔ができます

寛解なんて、出来ないのにね。

健康身体が恨めしいや。心だけじゃなくて身体も不健康ならこんなに悩まなかったのに。

2018-12-02

昨日読んだ会話の気遣いの話

店の女将さんが会話に愚痴を混ぜてくるってやつ

お客さん仕事してる人でもたまにいる、自分の話する人。しかも何かネガティブなの

美容師さんとか、整体師とか、あとはタクシー運転手とかマンツーマン接客の人の会話ってマニュアル化しにくいもんなのだろうか

接客での会話って、相手を明るい気分にさせる当たり障りない世間話をすべきだとは思うが

客も店員人間相手あっての会話なので、なかなか難しいのかもしれない

自分が思いつくところのワースト接客会話は自分プライベートやら仕事への野望やら、ずーっと話してた若い女性の整体師さんかな

整体とヘアアレンジネイル等の業界でお店を持つのが夢らしく自分の話ばかりだった

こっちは適度に会話しつつも休みたくて来てるのに、相手の自慢話の相槌係にされて疲れてしまった

あとは美容師さんでネガティブ話題フォローもなしに入れてくる人(近くのビル飛び降りが…とか言われたのには困った)、

趣味の話を世間話範囲を超えて突っ込んであれこれ聞いてくる美容師さんもちょっと困ったかな、たぶん本人が興味あったんだろうけど

某高級旅館仲居さんにもいた、自分の話(しかちょっとネガティブ)する人

なかなか難しいものなのかな

追記

何が癇に障ったのか粘着されたあたり

接客ブラックなのかも、と思ってしまった

営業職の方を労いたい

2018-12-01

神様になりたい

卒後5年未満の、下っ端の医者をやっている。

治療方針を決めたり外来主治医になれるほどの立場ではない。

若手は足で稼ぐしかいから、とにかくベッドサイドには行く。研修医時代からフットワークだけは軽くしてる。その分頭も軽いけど。

看護師さんからコールを嫌だと思う時期はあったが、「看護師さんが困る=患者さんが辛い」だからとにかくすぐに対応することを心がけてる。患者さんのつらいことは全部無くしたい。病気あるだけで辛いんだから、余計な辛さなんか一つもいらんわ。

出棺の時の涙はいから出なくなったかな。入院担当した患者さんと、亡くなった患者さんは全員覚えてるつもりだけど、きっと少しずつ忘れてる。こっちのせいで早く死んでしまった患者さんは何人いたんだろう。

最近、冬だから季節性鬱かもしれんが、もうどの患者さんも診たくなくて困ってしまった。

研修医時代朝一番で会いに行くと「こんな早く来なくていいよ」って言ってくれたおじいちゃんは少し前に原病の悪化で亡くなったらしい。

不定愁訴みたいな症状だった気のいいおばちゃんは癌が見つかって数年単位で入退院を繰り返していて、いまだに会いに行くと喜んでくれる。

ドスケベだっただろう面白いおじちゃんも、数年前と比べて痩せてしまって、ちょっとからモヒが始まった。

慢性疾患の女の子は点滴が漏れやすくて、その子全然悪くないのに「いつもごめんなさい」って謝る。点滴痛くないですって言うけど、絶対痛いじゃん。我慢するの本当に怒るよ。

採血が難しいおばあちゃんは、何回も刺されてるのに「ありがとう」ってなんで感謝なんてするんだ。このヘタクソヤブ医者って怒鳴り散らしてくれ。

子供だって処置ではギャン泣きするけど、他の時にはニコニコ笑って折り紙メダルプレゼントしてくれる。いつも嫌なことばかりする医者なんて心底嫌ってくれよ。私は君を痛い目に遭わせて泣かせてる張本人だよ。

なんかほんと全部嫌だ。治せないくせに偉ぶる医者なんて嫌ってほしい。患者さんが優しければ優しいほど、治せない自分が嫌になる。何もできないんだから感謝しないでくれ。

治してるのは上級医だし、執刀してるのは外科ドクター達だ。患者さんにありがとうって言われるのは嬉しい。だけど、それを喜ぶ自分に気付くと、何もしてないくせに驕るおこがましさを突き付けられて恥ずかしくてたまらない。

承認欲求を満たすために患者さんを使ってるクソ人間なんだよ。患者さんは本当の意味では医者を選べないから、こんなクソに担当されなければもっと幸せだったんじゃないかな。辛いこと少なくできたんじゃないか考えても結論が出ない。

中学時代からずっと死にたくて「発生したくなかった」ってずっと思ってて、今でも万一に備えて飛び降りとか飛び込みできる場所毎日探して準備してる。夜中に飛び降りたくなるから酔った勢いで死なないように自宅は低層階にしてるけど、外出してる時はいつでも死ねる。誰にも迷惑かけずに死ぬ方法を誰か開発してくれないかな。

こんなずっと死にたい私が生きてて、生きたがってるし生きる価値のある患者さんが死ぬの、本当に嫌になる。私が死ねばいいのにな。神様になれたら患者さんの病気魔法みたいに治して、私が初めから存在しなかったことにしてさっさと死ぬのに。

この先10年生きていられる気がしない

40代男。

精神科に通っている。

なんとか開発の仕事はしていて、給料も非常に良いがプレッシャーが強い職場でもう絶えられそうにない。

毎日死ぬことを考えていて、オフィスの窓から飛び降りたいといつも思っている。5階だから死ぬには高さが足りないけど。

夜に一人で残業していたときには窓を開けて窓の縁に立って30分ほど飛び降りることを考えていたこともある。

その頃医者に「絶対死なないでね」とストレートに励まされて、なんだかそれが有効だったようで、それ以来そういうことはしていないが。

最近は頭も弱くなってきたみたいで、死にたいと考えている最中はなんだか脳が締め付けられるような感じもしている。

そういう時は画面に映るプログラムプログラムに見えなくて、「お前にはもう無理だから、もう死んだ方がいいよ」と書いてあるように見えることもある。

コメントの行なんかも「こんなコメント書いてやっても、お前には理解できないだろ?死んじゃえよ」と書いてあるように見える。

自分自殺することはしばらくは無いと思う。

昔試みて失敗したから。

首つりって予想外に痛いんだ。タオルでやればよかったのかもしれないけど。

踏切電車を待っていた時も運悪く気づかれたか通報されたか遠くで電車が止まってしまい、自分をひき殺すことはなかった。

友人は非常に多いが、正直誰とも話が合わない。話を無理して合わせている感じ。

まりにも世の中と合わないのでインスタとかも辞めてしまった。

何も無い所へ行きたい。

2018-11-28

ゲーム一口感想・思い出話

.hack//G.U.

2017年舞台ゲームリメイク版を2017年プレイできたのはとても感慨深い。

主人公が拗らせキャラで事あるごとに他キャラ対立するのだが、不思議なことにこれにイラついてゲームを投げ出すことがなかった。今思うと主人公の青臭さにどこか共感していたのかもしれない。

また、.hackシリーズは膨大なメディアミックス作品やら本編で語られない設定などがあったので、ネット考察などをよく読んでいた。

Caligula Overdose

挿入歌を一番カラオケで歌ったゲーム

RPG肝心要のシナリオダンジョンが単調で飽きやすい。

だけど、ダンジョンBGMリメイク版で追加された楽士ルートは好き。一番好きな曲は「独創性インシデント」。各楽曲はμ役上田麗奈さんの歌唱も良いのだが、作曲担当した(という設定の)キャラカバーバージョンも捨てがたい。仲間を裏切って敵側につく楽士ルートは、仲間との親密度を上げておくと最高に愉悦

公式ブログで連載されていた4コマ(作:大川ぶくぶふぁっ熊)が面白くて全部読んだ。普段公式ブログのようなものほとんど見ないのだが、カリギュラ公式ブログは何回も4コマ目当てでアクセスした。

Human Fall Flat

ふにゃふにゃ人間アクションパズル。ほぼオフラインマルチプレイしかしてない。

操作性が悪いが、マルチプレイでその操作性の悪さからくるgdgdプレイを端で見ていると面白い。たまに、「やめろよ、やめろよ」と足の引っ張り合いが唐突に始まり唐突に終わる。これが完全に中学生ぐらいのあの時のノリ。最近購入したゲームなのに妙に懐かしさを覚える。

一人プレイだと操作性の悪さに耐えきれず遊ぶ気が失せてしまうのが難点。

O・TO・GI百鬼討伐絵巻〜

大神と並んで、雰囲気が一番好きなゲーム

大神が光属性ならこっちは闇属性日本的なかげりを感じさせるグラフィック音楽琴線をかき鳴らす。加えて、テーマソングタイトルロード画面、台詞回しやムービー演出などの細部に至るまで自分の好みに合致していて堪らない。特にジャンプ後にふわっと降り立つモーションが、おとぎ話牛若丸のようで好き。エフェクトが派手過ぎて乱戦になると何も見えなくなるのはご愛嬌

一番好きなステージラスボス戦前の「天の麓」。全編通してほぼ無言でキャラ立ちのないライコウがこのステージではヒーローしていて、ずっとブレーン的役割で動いていた清明女性という設定になっている)がヒロインしている希少なシーンがある。

このゲームのためだけにXbox残してある。

公式サイトが消えてる悲しい。

OCTOPATH TRAVELER

Switch購入のきっかけ。発売前に公式サイトを見た時これをプレイしなくちゃという強迫観念に駆られた。こんな気持ちになったのは久しぶりだった。

グラフィック音楽自由度の高いシステムが好き。パーティキャラ×ジョブの数だけ用意されたキャラグラフィックや、ちょっとしたドット絵アニメなど細部の作り込みにも関心する。雪豹リンのしっぽが時々ぱたぱた動くアニメが非常にかわいい

HD-2Dの完成度の高さにはため息しか出ない。一番好きな音楽ラスボス曲「旅路の果てに立ちはだかる者」。

アカイイト

一番好きな百合ゲー。当時はゲームに限らず百合作品のものが希少だった。

和風伝奇ものストーリーや、艶めかしい吸血シーンが高評価ゲームだが、バッドエンドの出来も良く、印象的なものは今でもよく覚えている。一番好きなバッドエンドは「赤い維斗」

シリーズ次作「アオイシロ」の売上が十分でなかったためか、それ以降発売元から百合ゲーは出ていない。

偽りの神話

一番好きだったフリーゲーム

ヴァルキリープロファイルに似ているとの批判もあったが、自由度の高いシステムと独特の雰囲気を持つ陰鬱世界(と中二感)が好きだった。特に好きだったのはNPCの魂を抜くことができる魂のジェイルのシステム。ありとあらゆるNPC対象にとれるので、無辜一般市民から魂を抜いて殺しアイテムお金を得るなんてことができた。この魂のジェイルを必要最低限しか使わない善人プレイ、逆に倫理観を投げ捨てて回数上限まで好きに使う悪人プレイをしていた。

OCTOPATH TRAVELERフィールドコマンドを知って興奮を覚えたのは、おそらくこのゲームプレイしていたからだと思う。

大神

犬ゲーであり神ゲーグラフィック音楽キャラクター、操作性とにかく全てが好き。

操作性が良いから本当に犬の身体で駆け回っているような気分になれる。草原をただ、ばーって走るの好き。嬉しそうに全速力で走り回っている犬ってこんな気持ちなんだろうな。

この頃のゲームにしては珍しく難易度を選ぶことはできないが、アクション苦手な自分でも最後まで気持ちよく遊ぶことができた。

雰囲気が一番好きなゲームであり一番好きなゲーム

カードファイト!! ヴァンガード ライド トゥ ビクトリー!! / カードファイト!! ヴァンガード ロック オン ビクトリー!!

ここ数年のゲームでは一番やり込んだゲーム

発売前は開発フリューということで、ネット上ではそこを心配する声がちらほら。しかし蓋を開けてみると意外にUIの出来がよく、快適に繰り返し対戦できる良ゲーだった。

ストーリーモードでは、ヴァンガードの運要素が強いというゲーム性によって脇役キャラが異様に強くなったり、逆に強キャラ事故りまくったりといった面白おかし事象が発生した。この手のゲームではAI微妙NPC対戦はあまり面白くないものだが、原作アニメでは起こりえない珍事が見られるためストーリーモードも楽しくプレイできた。

三國無双シリーズ / 戦国無双シリーズ

一番やり込んだシリーズ。また人生で初めて予約して買ったゲームでもある。三國無双4。konozamaだった。

基本システムはずっと変わらず、老舗の継ぎ足し秘伝ダレのようなゲームだがそれがいい

三國8はオープンワールドを雑に導入して不評を買ったが、5から6で復活したこともあるしまた頑張って欲しい。

聖剣伝説2

一番全クリをためらったゲーム

この頃はまだ純粋子供だった。ラスボスを倒したくないから、ラストダンジョンまで進めたらリセットしてまた最初からやってた。世界を救わなきゃいけないのは分かっていたが、どうしても嫌だったのだ。ラスボスを倒したのは1回だけ。泣いた。

リメイク版を購入したのだが、エラーゲーム自体が落ちるということがあり、やる気がなくなって積んでしまった。

ダンガンロンパV3

一番睡眠時間を削られたゲーム

トリック大人数のキャラの扱いなどが1,2から大きくブラッシュアップされていて、シリーズで一番好き。クリア後に改めて1,2Reloadをやり直した。

容赦なく物語に引き込んでくる1章は言わずもがなだが、4章のとある何気ない台詞から推理が確定してぞわっとする感覚が最高。

ダンガンロンパシリーズの続編の可能性は低そうなのが少々残念。トーキョーゲームスの新規には期待。

チョキッとスニッパープラス

ちょきちょき切り抜きアクションパズル

難易度が丁度よく、ギミック豊富で飽きない。相方相談しながら解くのが楽しい。解けた後は意味もなく切り抜きあって死ぬのがいつものパターン

一人プレイでもまあまあ楽しいが、一人で黙々と解くのは少し寂しい。

テイルズオブベルセリア

初めてプレイしたテイルズ。というかこれしかプレイしたことがない。

おねショタ目当てで買ったわけではないが、プレイしてみたら素晴らしい王道おねショタだった。宿屋でのイベントは、あそこまでの道行きを思うと本当に胸にくる。静かな雪国の夜というロケーションがまた堪らない。

そうして二人の関係性の変化を描きつつ、メインストリー復讐という重いテーマや、各キャラのサブストーリーまできっちり絡ませて、RPGシナリオとしてまとまっているのが素晴らしい。

天外魔境ZERO

和風RPG。単体で一番やり込んだゲーム

全PLGSイベント天神・水貴の会話差分等を全部回収した。深夜にしか発生しないイベントを見るために、こっそり起きてゲームしたのが懐かしい。

たった2両のかんじきを1000両で売りつけてくる婆さんとか、昨夜はお楽しみでしたねができる出会い茶屋女の子とか、書き出したらキリがないおバカ要素(時に理不尽でもある)が面白かった。

和風ゲームが好きなのはおそらくこのゲームの影響。

ニーアレプリカント

大神、OTOGIについで雰囲気が好きなゲーム

その割に全エンドを制覇しておらずBエンド途中で中断したままになっている。プレイしていたその時期、ちょうど精神的につらい時期でゲームを楽しむ余裕があまりなかった。元気な時に出会っていたら、もっとハマっていたと思えるだけにその出会いタイミングけがすごく残念。

ただそれでも音楽に関しては、自分の中のゲーム音楽ランキングで高位を占めていて、未だにお風呂で「イニシエノウタ」とか「夏の雪」を口ずさんでしまう。

ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ

スマブラシリーズの1作目。一番対戦したゲーム

学校帰りに友達の家でやって盛り上がったのが懐かしい。ドンキーコング使用中に逆転が難しい状況になると、嫌がらせ無差別飛び降り心中してた。

Switchスマブラでまた同じ面子でやりたいなとは思うが、大人になると全員集まるのは難しい。

牧場物語2

おそらく最も周回したゲーム

全女の子攻略し、また全ライバル女の子をくっつけるキューピッドプレイやら、絶対に農作業しないその日暮らしプレイやら目標を変えて周回し遊びつくした。

1日の時間が後継作に比べて短くできることが限られていた分、目標を変えての周回が苦にならなかったのだと思う。PS版の方は1日が長いせいか、1日のスケジュールを詰め込んでダラダラ遊んでしまいあまりハマらなかった。

ルーンファクトリー4

至高の作業ゲーム

牧場物語RPG)÷2だと思っていたのだが、全然2で割ってないボリュームに圧倒された。

ランダム発生の結婚フラグイベントが発生せず、クローリカといつになっても結婚できなくて積んでしまった…(原因が未だに分からない)。キャラデザがすごく好みだったし、久しぶりに牧場物語2と同じ様に全キャラ攻略たかった。

積んでしまった人間が言うのはなんだけど開発元が倒産したのは悲しい。

anond:20181128213200

サムライセブンで似た場面があった気がする。乗り物では無くて、飛び降りて、刀を崖にさして減速して助けたような気がするけど。

高い所で敵に追い詰められてピンチの時に

飛び降りたら仲間が下で乗り物などで拾ってくれるパターンのやつ教えてください。

バック・トゥ・ザ・フューチャー2

FFXユウナバルファーレ

ワンダープロジェクトJ

2018-11-06

家の窓をふと見て「あーここのベランダから飛び降りたら死ぬかなー」って思ったり(手すりを華麗に踏み越えてジャンプするイメージ付き)

カップめんにお湯入れた後移動するときに「あー今手が滑ったら床がヒドイことになるなー」って考えたり

電柱そばを通ると「この電柱から飛び出してる足場がちょうど目に入ったら失明するなー」って思っちゃうんだけど

こういうの治せないかな?

2018-10-25

感動するとしにたくなる

小説を読んだり映画を観たりするのが趣味なのだが、あまりにも強く感動すると、感動した挙句、しにたくなる。例えば、本を読み終えた後に夜通し泣いた挙句ベランダから飛び降りたくなってしまったり、映画を観た帰りの駅のホーム線路に吸い込まれそうな心地がしたり、そういうことがままある。

理由を考えてみてもわからない。楽しいことが終わってしまった後の虚無感や、続きがないことで生じる無気力感と言えばそんな気もするが、それがしにたいことの理由になるかと言えばしっくり来ない。理屈じゃなく、内側から「ああ、しにたいな」という気持ちが湧き上がってくる。

でも、好きなものには触れていたい。好きなものに付随して生まれる死への衝動をどうしていいかからなくて、そういう感情が薄れるまで蹲っていることしかできない。そうしていないと、また吸い込まれそうでこわい。

作者は人を殺す目的創作しているわけではないだろうから、生きて客になってくれる人がいる方が嬉しいだろう。自分だって面白いと思うから客になっているし、時には生きる活力でさえも貰っていると思う。それなのにしにたくなる。創作物が大好きで、感動することこそ自分にとって生きる喜びだ。それは間違いないのに、どうしてしにたいなんて思うんだろう?

長年の疑問だ。なにか欠陥があるのかな。所謂HSPというやつなのかな。いまのところ生活に支障を来したりはしていないんだけど…

anond:20181025084057

成功する自殺は、ってことね

衝動的な自殺ってのは夜中に鬱になって起きる事が多いけど

その場合高層マンションでも住んでりゃ別だがそれ以外だと飛び降りるにしても家を出てどっか高い所に上らなきゃならないし

飛び込むのも勿論飛び込める所に出かけなきゃならん

首吊りだって何か吊る為の道具が必要だがそんなもん家にない場合が多いから買ってこなきゃならん

夜中に鬱だ死のうとなってる人はなかなかそんな行動を起こせないので

手っ取り早く自宅にある刃物リスカしたり腹刺したり、薬飲んだりするわけだ

勿論予め計画立てた上での自殺ならその限りではないが

因みにアメリカなんかだと銃自殺が多いけど、銃保有率はやはり男性の方が多かったりする

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん