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はてなキーワード: 応神天皇とは

2019-11-14

anond:20191114213658

神功皇后が「妊娠中のお腹に石を当ててさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせた」とされる応神天皇仲哀天皇の子供じゃない事は丸わかりなんだよなぁ…

2月仲哀天皇崩御12月出産

2019-05-06

anond:20190506151848

古事記にも武烈天皇のところに書いてあるよ

故品太天皇五世之孫。袁本杼命。自近淡海國。令上坐而。合於手白髮命。授奉天下也。

品太天皇応神天皇のことで袁本杼命が継体天皇

2016-05-07

[] 宇美町

宇美町(うみまち)は、福岡市の東南東にある町で、糟屋郡に属する。

人口 37,889人

  

日本書紀古事記記述では神功皇后朝鮮半島出兵三韓征伐)の帰路に応神天皇出産した地とされ、これにちなんで

「産み」に通じる「宇美」という地名がつけられたといわれている。

  

かつては石炭産業で栄えたが、昭和30年代のエネルギー革命により衰退。現在農業林業観光業が主産業となっている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E7%BE%8E%E7%94%BA

2016-05-06

[] 宇部市

宇部市(うべし)は、山口県西部周防灘瀬戸内海)に面した市。

  

山口県西部拠点都市の一つであり、県内では下関市山口市に次ぎ3番目となる約17万人の人口を擁する。

宇部市前身である宇部村は、江戸時代まで厚狭南部半島状地形の先端部にある一寒村であったが、明治以降宇部炭鉱での

採炭が本格化したことで炭鉱都市として急速に発展した。石炭産業は後に宇部興産の一部となり、現在でも同社は本社機能の一部

および主力生産拠点を市内に置いている。

炭鉱採掘とともに人口が急増したこともあり、1921年大正11年)に村制から町制を経ずに市制に移行し、厚狭から離脱した。

山口県内では下関市に次いで2番目の市制施行であり、村から市に直接昇格した例は全国的にも珍しい。

  

地名の由来については諸説あり、

1.地元名産植物であるムベトキワアケビ)が繁茂していた地域ムベと呼ばれ、これが転訛し「ウベ」になったという説。

2.海辺景観に由来。つまり、「ウミベ」の読みが転訛し「ウベ」になったという説。

3.応神天皇が設置した宇治部の部民が住んだ地域宇治部里(うじべり)と呼ばれ、これが転訛し「宇部里」になったという説。

以上の3説が主なものである

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%A8%E5%B8%82

2009-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20091124204221

神代で言い伝えってんだから神功皇后に決まってるだろ常考

 

神功皇后伝説のおおざっぱなあらすじ

神々が神功皇后に憑依して「海の向こうに豊かな国があるぞちょっと侵略してこい」と告げる

→夫の仲哀天皇、「なわけねーだろwwwwプゲラwww」とまともに取り合わない

→神々、仲哀天皇を祟り殺す。天皇でも容赦なく祟られるのが記紀クオリティ

→「こうなったら私がその国攻め取るしかないわね!」と神功皇后が実権を握り軍を編成。神々こぞって加勢する

→臨月だけど「帯巻いとけば数ヶ月もつわよ!」と渡海を強行

皇后新羅を散々に打ち破って降伏させる。百済高句麗もそれ見てあわてて降伏

皇后、帰国して応神天皇を生み、「この子が皇太子よ!」と宣言

仲哀天皇のほかの息子たちが「ふざけんなゴルァ」と挙兵

→しかし皇后圧勝

 

……いや、幾らなんでもここまで強くなられても。その、なんだ。困る。

 
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