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2018-09-14

anond:20180914234703

資本主義社会総体の罪であると「性的消費」なる言葉から解釈せよ、と?」 いや違います。そんな事思ってません。

あなた以外の人間にもそう解釈できてしかるべきだとおっしゃりたいので?」 いや違います。そんな事思ってません。ほんとに。

anond:20180914233624

なるほどなるほど。

資本主義社会総体の罪であると「性的消費」なる言葉から解釈せよ、と?

あなた以外の人間にもそう解釈できてしかるべきだとおっしゃりたいので?

2018-09-08

anond:20180908155131

デブって総体運動能力としては出てこないけど

引きこもって全く動かないとかでない限りは結構な筋量らしいな

2018-09-04

中学時代カースト高くなかった東大卒の奴の扱いは酷いまま

まさにそういう東大卒同級生同窓会でめちゃくちゃにバカにされて恥かかされて二次会で「いやあほんとキモかったなあ。

嫁と子供キモいんだろなあ」とめちゃくちゃにバカにされてた。

外資系メーカー勤務だったんだけど「うわああああ頑張ってるwww生きようとしてるwwwえっ、怖っ!!きっしょwww」みたいに一笑に付されてたし。

キモ星人過ぎて日本の恥だわ〜嫌やわ〜」とか。しかも悔し紛れとかじゃなくて本当の本当の自信満々にバカにしてたからな。

こういう話聞くと「住む世界が違うだけ」とか「底辺価値観」とか思う人が多いんだろうけど、世の中のほとんどは東大卒がウジャウジャいるような洗練された高次の世界には生きていないわけで。  

大半は学生時代バカにされてなかった人ほど偉い、岸とか門倉とかさかなクン見てきめえwきめえwと一笑に付す感覚を持ったまんま大人になってるわけで。

この東大卒同級生中学時代のノリでめちゃくちゃに凹ませた連中は公務員だったり、自動車販売ディーラーだったり、建材屋だったり、いわゆる同世代のど真ん中な属性人間なわけで。

そういう意味では、やっぱりマウント取られる奴のほうが惨めって価値観総体で見たら強く残ってる。

しかもこんな幼稚な連中がマジョリティなわけだから、「そういう奴は相手にしない」なんで粋がってもしょせんはジプシーロマみたいにコソコソ遠慮しながら生きる感じになる。

から、ありきたりだけど学生時代勉強せずに喧嘩の腕と他人をイジったり恥かかせたりする腕を磨いて、

そっから警察沙汰絶対ならないよう気をつけながら火遊びしてカースト上位的なオーラを身に染み込ませて、

適当中小あたりに就職して学生時代のノリでカースト上位的に振る舞うのが一番コスパがいい人生なのでは。

実際、この同級生連中は30歳で年収400万そこらだけどまあ楽しそうに生きてるし友達100人は地でいってるし、

かに迫害されるとか危害加えられるとか馬鹿にされるとか他人に気遣って我慢するとかそういうのとは無縁で生きてるし。

嫁さん可愛い家族めっちゃいいしさ。

中学カーストが一番だよやっぱ。

この東大卒家族旅行楽しんでたとしても同級生みたいな価値観の連中に旅先で「あの一家きめえきめえwww」とか言われたら一発で思い出ブチ壊れるし。弱いんだよ基本的に。

2018-09-01

anond:20180901225841

総意なんてないよ

結論なんていらないの

ここではただ自分表現して

その総体が、なんとなく増田、そんな感じなのよ

2018-08-30

自殺することなんて無いと思ってたけど

かわんごのアレが(何らかの誤解ではなく)実現したら真面目に考えるかもしれない。

小さい頃に強烈に焼き付いた自由な興味深いネット世界を、生まれ育った国が拒絶したこと絶望すると思う。

知識だけはどうあっても自由であると思ったのに、という。

それでも本があればまだ大丈夫だとは思うけど、一度開いた扉が閉じるのを見るのは耐えられない。

愛国心は無いと思う。でもそこにある文化には思った以上に愛着があって、その総体意思があまりにも自分指向と離れていたことがわかったら本当に生きていけなくなってしまう。

2018-08-17

anond:20180817102118

は? 彼は初音ミクというクラスではなく、そのうちのインスタンスの一つと結婚したんだが?

総体としてのミクさんの設定がいかなるものであっても、彼だけのミクさんを縛りつけることはできないんだが?

2018-08-05

anond:20180805063132

議員って代議士とも呼ばれる、何か特定有権者代弁者から

為政者ではないから、社会崩壊する内容だろうが、支持者の主張を受けてのことだ

民主主義は、市民総体社会為政者

議員背任汚職しまくったならともかく、おかし社会になっても根本的には議員のせいではない

2018-08-02

医療経済の基礎知識

医療サービス特殊な需給関係もつ財・サービスである

医療サービスが買えないということはすなわち「何も悪くないのに苦しんで死ぬ」ことである。また、大昔は宗教がそうであったのかもしれないが、代替サービスも少ない。よってある程度価格が高くても買われるサービスである。一方、人間年をとるとあちこち悪くなるので、価格一定程度安いと需要が爆発的に増えるサービスでもある。

要は、価格ニーズ需要を反映せず、言い換えれば価格感応度が低く非常にいびつ需要曲線を形成するサービスである

(更には、供給が滞ると社会不安を招くので採算度外視供給されがちであるとか、需要者たる患者供給者たる医師とのサービスに関する情報格差が激しい、等の特徴もある。)

以上から医療サービス自由市場で売り買いするのが難しいサービスである米国を除く多くの国では、医療サービス規制され市場の仕組みに寄らない形で供給されている。


供給量の総額は保険で決まる。

人間年をとるとあちこち悪くなるとはいものの、壮年までは健康な人の方が圧倒的に多い。一方、医療サービスは決して安いサービスではない。よって、「多くの人からしづお金を集め不幸にも病気になった人に支払う」という保険原理に良く馴染む。

医療サービス市場の仕組みに寄らない形で供給されており、その供給量は保険金の総額で決まる。保険料が十分安ければ上述どおり需要は増えるので、保険金の総額=供給量=需要量となる。


供給側も専門性が高くつぶしが効かない。

医療サービス一般的に決して安いサービスではない。供給側も多くの資源を投入する必要がある。専門性が高く、収入が少なくなったからといって別業種に転換するのは難しい。一方で、ニーズ総体ではなく保険金の総額という制約のもと供給が決まるので、国が医療保険運営している場合、どうしてもサービス価格に下押しの圧力が掛かる。価格ニーズ需要を反映しないことは供給資源価格でも同じなので、すなわち、何もしなければ「医師が離散しない程度」までサービス価格は下がることになる。実際、冷戦期の東欧諸国では上記事態に陥った国もある。


前世紀までの日本

前世紀までの日本上記事態にどう対応たか

医師会が強力な政治力のもと、(医師品質管理的な意味合いもあって)医師数を抑制気味に保ち、よって個々の医師収入を高止まりさせることに成功した。

一方で、価格ニーズ需要を反映しないので、供給者サイドでの人や資源の配分に価格情報(≒優秀な人は高い収入場所へ、そうでない人はそれなりに)は使えない。よって、基本的には厳しい上下関係の下、医局が各所のバランスを取って独善的に決めていた。個々の医師自由は少ないが、「若い時には医局に居て激務に耐え年を取ったら開業医になって高収入と余裕を得る」というキャリアパスで報いていた面がある。但し、このキャリアパスの仕組みは本質的ヤクザ鉄砲玉と同じである

また、このキャリアパスでは常に開業医大学病院勤務医の先輩になるので、医師会は開業医発言力が圧倒的に高い組織であった。


現在日本

医師自由がなく医局独善的に全て決めるということはさすがに前近代的だということで、この仕組みは弱まった。

そうなると、医療サービス特殊な需給構造の中で、個々の医師が自らの経済合理性医師としての信念でものごとを決めていくことになる。価格ニーズ需要を反映しないこととは、供給者サイドでいえば優秀な医師もそうでない医師も一件は一件で受け取りは同じ、ということである

ここで生じたことは「中庸への集中」であった。保険金総額の制約があり、品質を過度に磨いても固定価格であることからリスクを抑えながらその中で品質を保ち十分な件数をこなすことが多くの医師の最適行動になる。

最新情報に数年遅れをとる若いうちの僻地勤務はダメ高収入でも業務はきつく医療訴訟ターゲットにされやす外科ダメ必要性は高くても医療訴訟ターゲットにされやす産婦人科ダメ、等。これらは社会的意義もニーズも大きいが、そもそも自由市場で売り買いできない医療サービスでは、「リスクに見合う価格」はもとからない。個々の医師がこれらを行う合理性は全くない。

結果として、個々の信念に頼るか、負担は大きくなっても別枠で予算を確保して充てることになる。


東京医大女子減点問題

女子外科等を選ばないということは、女子の方がより合理的選択をしているということである。もしくはリスク許容量が少ない状況であるということである

2018-07-13

anond:20180712151927

総体と一緒に各地で開催したらいいのに。

2018-07-11

1995年カルト教団

オウムウヨかサヨか、はたまたオタクかみたいなのは今とは時代が違いすぎるのであんまり意味がない。90年代日本がどうだったかというと、インターネットはまだほとんど普及していなくて一部の人パソコン通信を使っていたくらい。

国内情勢は、91年にバブル崩壊したとはいえ、まだまだ好景気下り坂になった程度の印象だった。頑張れば毎年給料上がるし、きつい仕事はその分手取りも高い。投資家とかだとバブルの見え方は違うかも。一般人好景気のなごりで気持ちに余裕があって当時の政権にも今と比べて信頼があったように思う。GoogleWikipediaスマホもない時代情報も集めにくいので右翼的思想も先鋭化しづらかったというのもあるのかな。街宣車は見かけた。

一方で左翼的思想は、昔学生運動をやっていたような人たちが労働組合日教組にいて、どちらかというと近寄りがたい雰囲気を持っていた。

多くの人は(米軍基地とか個別テーマはあったものの)政治の舵取り自体はあまり批判的な目では見ておらず、右でも左でもなかった。それより前の時代ノンポリと呼ばれていたけど、90年代くらいだとそれらはサブカルに飲み込まれていったように思う。これまで同じ人気ドラマを見て同じベストセラー小説を読んでみたいなライフスタイルから他人がどうであれ自分が好きなものを選んで楽しむことが普通になった。インディーズバンドを聴いたり、カルト映画とか、もちろんアニメも含めマニアック趣味が細分化していった。とはいえ、ネット検索できるわけでもないので、当時の普通アニメオタクよりも今の一般人の方が知識があるくらいで。まあ中には化け物みたいに知識をためこむ人もいたにはいたけど、知識検証も難しいので不正確な部分もあったりね。

サブカルというひとつ趣味があるわけではなくて、いくつもの分化した趣味総体サブカルと呼んでいた感じ。いまでは考えられないけどフジテレビサブカルっぽかった。糸井重里サブカル景山民夫サブカル千葉麗子サブカル丹波哲郎サブカル、そしてオウムサブカルだった。五島勉ノストラダムスの本もサブカル

そんな時代

2018-06-26

anond:20180626185625

アッ違う誤解しないで

自分が殺したいと思ったのは両親だけで世間一般の人・親には正直言って興味もなかった(世界の全てが親だった)

ヘイト全開ミサンドリスト達に共感を抱くのはその憎しみで突っ走ろうとする復讐心の塊みたいな姿や憎しみの対象への言葉の投げ方だけで

復讐対象がどうかとかに共感抱いてないし興味もないです。

まあ敢えて評価するなら彼女たちが男全体に復讐しようとする態度に関して一概にイカれてるとも思わないけど

多分その人にとっては対象を拡大させているつもりはないというか

最初の時点で「男」という総体が敵でそれ以外の答えはどうでもいいんだろうから

親をアメリカ人に殺された人がアメリカのものを憎むようなものじゃないか

その回路単体は激ヤバでもないでしょ

2018-06-17

高校バスケ総体九州大会速報】

準決勝 福大大濠vs延岡学園

宮崎県1位延岡学園留学生審判を殴り、流血したため没収試合になったとのこと。

決勝は 福岡第一vs大濠福岡対決

10年以上バスケしてるけど審判殴って没収試合は初めて聞いた。

  

  

 

宮崎がどこかわっっかんねー

2018-06-10

Fu*k みたいな最大級侮蔑があるのって良いよな

日本語だと、子供カジュアルにクソとかバカを使えるし

言葉の重みが無くなってるから

何か相手を最大限侮蔑しようとすると

ルックス民族差別性差別的な言葉を使わざるを得ない

でも現代でコレは中々使いずらいよな

 

外国だとファックには*(ピー)が入って

「これは使っちゃダメ言葉だよ」って意思疎通が図られてるから

Fu*kと文章に入れればちゃん罵倒感が出てくる

アイデンティティ的なもので傷つかないけど、個人総体としては傷つくっていう

高度な技術をやってのける

 

日本語もクソとかバカとか、ある程度使用を控えることで

逆に罵倒としての価値が上がるんじゃないか

 

そういう意味ポプテピピック

罵倒表現のダンピングをした忌まわしき存在である  

見てるかークソぶくぶ?👆

2018-05-28

anond:20180528014612

大丈夫ですか?」

お腹遺体です…」

「えっ」

お腹遺体

「…死んでるんですか?」

「えっ」

「えっ」

「まぁ死んでます(気分的に)」

「頭は遺体じゃないんですか?」

「頭も遺体です」

「えっ」

「えっ」

総体死体です」

あなたがですか?」

「そうです」

「そうなんだすごい」

「届けはこれでいいですか?」

「死亡届ですか?」

「えっ」

「えっ」

「…悔やみですか?」

「えっ」

「えっ」

別に悔やんでませんよ」

「もういいです。逝きます

「あ、ちょっと

「なんですか。気分悪いので」

「いつまで死体ですか」

「大げさな明日は生きますよ」

「なにそれ怖い」

あんまり休むと地獄になるので」

「なにそれもっと怖い」

anond:20180528105814

緻密さじゃなくて、主体ちゃんと把握されていないのだろうと思うが。

主体を個々人に置いて「税金を払わなければならない理由」みたいな議論にしたら、それこそ税金でも議論はいくらでも分岐して分散するわ。

個々人に焦点を合わせることがナンセンス

社会」それ自体がその構成員から税金徴収しなければならない理由、として把握しなければならない。

個々人の事情より先に、総体として「いくら税金必要なのか」という話から始めないと、それこそ「払いたいやつだけ払えばいい」みたいな話になってしまう。

同じように、社会全体として国民にどれだけの子供を産ませないといけないか?の話をする。

個々人の事情に対する勘案はその後の話でしょ。

2018-03-10

人が死んでいる

とうとう森友で死人が出たか

俺は一般的に言われるところの官僚って立場だけど、これはマジで恐ろしい。

俺達は国を守る為に全力で働いてる。

けれど、国は俺達を守ってなどくれない。

いたことない人は全然わかんないだろうけど、官僚エネルギーはすごい。思いは人によって様々だけど、共通しているのは、国を善くしたいって思い。

けれど、その思いは片思いで、俺達は平気で切られる。

それでも、国を善くしたい一心で、民間も真っ青な底無しブラック環境を楽しんでいる。

国で働いてる人間は、なにが真実かなんとなくわかっている。


誤解のないように言うが、俺達は決して国を盲信しているわけじゃない。

国の政策が全て正しいことなんてありえないし、間違っていることに対しては間違っていると言わなければならない。

政治家官僚関係には、極端なパワーバランスがあるけれど、だとしても様々な手を使って政治家を説得し、懐柔し、国を善くしていくのよ。

ただ、官邸主導が悪いとは思わない。あくまで国を決めるのは、国民代表である政治家だと思っている。政治家の思いは国民の思い。そうやって我が国主権は成立している。

実際、省益がぶつかり合って、どちらの意見も正しい時には、政治家が決定するプロセス大事だったりする。突破口にもなる。

官邸主導は行き過ぎた。

上の人間は上ばかり見ている。

安倍さんが国を悪くしている、とも思わない。中にいると、官邸主導でトップダウン物事が進んでいく勢いというか、国が変わるのが見えて、わくわくすらする

でも、官僚は守られなくなった。

挑戦できなくなった。

思いきれなくなった。

政治家と、政策を語り合えなくなった。

森友で死んだ彼は、最後まで国を善くしようと戦っていたんだろうな。

誰にも守られなかったけれど。

追記 3/10 16:45

稚拙文章申し訳ない。増田落書きを読んでいただき、厳しい御意見いただき感謝

イメージしている「国」は、官邸とか政府というより、国民総体を指している。国民主権ですので。ただ、国民の中にも様々な集団がいて、各省庁のバックには、見ている領域に近い、色々な利益団体がいる。それが省益。なんじゃこりゃ?と思う縦割りも多々あるが…

天下りできるなんて思って働いている中堅、若手はいないんじゃなかろうか。若者年金なんかもらえないだろと思って納めているのと一緒。官僚にも世代間格差があるのです。

あと、勘違いされているが、法を守るのは当然、俺はこの件について非常に憤りを感じている。

追記 3/11 18:00

本件への違和感を、元経産省宇佐美さんが語ってくれていた。

http://lite.blogos.com/article/282954/

ここまで反響があると思っていなかった。まだまだ世間から見たら官僚=悪で、確かに悪さをする人達もいるのだろうけれど、官僚虐めをしても、変わるべき人達は何も変わらない構造がある。

国を善くする主体が必ずしも官僚でなくてもいいので、憎みあわずに同じ方向を目指せたらと思う。これは別に甘い考え方だとは思わない。

2018-03-03

会社についてのメモ

いろいろ働いていて思ったことのメモ

まず職位名だが本国と出先では同じ職位名でも実際の機能結構違う。これは出先機関基本的本国の指示を実行することがまず求められるのと、大抵は営業拠点であるので売上・利益というゴールが最大の関心事になるためと思われる。

Assistant - 契約社員 / Associate - 新入りレベル / Senior - 新入りレベルではない人、または、何年かはいる人 / Lead - 現場リーダー / Manager - とりまとめ担当者、または係長課長 / Director - 課長部長 / Vice President - 部長本部長 / Executive Vice President - 本部長〜執行役員 / Senior Executive Vice President - 取締役(CXO) / President - 社長CEO

Specialist - 担当者専門家という意味特に含まない / Architect - 作業担当者設計という意味特に含まない / Engineer - 作業担当者。開発という意味特に含まない

Sales - 営業段階で動く人 / Services - 利用段階で動く人 / Engineering - 開発段階で動く人

なので、たとえばService Architectは「サービス設計をする人」ではなく「導入支援担当者」で、Engineering Architectは「開発物の設計をするアーキテクト」となる。

面倒なのがManagerで、一般名詞として使うときは「管理者」だが、Product ManagerなどXXX Managerと使うとき管理者ではなく「XXXまわりのとりまとめ担当者」といった意味役職になる。

これらは一例で、会社によってどういう修飾語を付けるかは結構違う。ただ言えるのは、日本会社に比べてインフレした名前をつけるというか、実際の役務以上にカッコイイ響きにしている感がある。「Senior Architect」とか言われたらおおっと思ってしまうが、「新入りではない作業担当者」と読み替えたら普通である

意思決定については、VP-Director-Managerのラインでは、VP意思決定を行い、Director部門間調整を行いながらManagerを支援し、Managerがスタッフ管理をする形になる。日本でも同じではと思うかもしれないが、中央集権度が違う。

Managerが一番現場上層部意思決定板ばさみとなっているのは洋の東西を問わないようで、しか中央集権度が高いため中間では判断できずメール転送リレーになってしまうこともしばしば。実務上の判断よりも、メッセージルーティングが最大の機能になる。これを「オープン組織コミュニケーションスタイル」と呼ぶのか「ヒラメ族による調整」というのかは地域によって違うようだ。

このあたりは本国出先機関かがおそらく影響しており、叩き上げが多かったりコミュニケーション密度が高くなる本国内であればManagerへも権限委譲やすいが、人の出入りが激しい出先機関では難しいと思われる。

また、これは組織構造に加えて組織の大きさが影響していると思われるが、数値での目標管理がしっかりしている。全く異なる地域文化社員管理比較しなくてはならないので、個別状況を勘案することは基本的に無理。したがって数量換算できる指標管理するのが原則となる。これは成果主義ではなく、数値主義と言える。例えばSalesであれば獲得顧客数・売上・利益、Serviceであれば売上稼働時間といった指標になる。

再び本国出先機関の違いに戻ると、出先機関基本的に在籍年数が少ない。いわゆる日本での典型的外資系イメージがこれであろう。これは出先機関はとにかく売上・利益本国にもたらすことが最優先なのが理由と見ている。先の数値管理に加えて現場での自由度の低さもあり、プレッシャーの大きさだけでなくストレスレベルも高い。

そしてそんな短期間で回転してゆく社員個別の非数値的状況を勘案しつつ管理することは難しいので、数値管理ますますなされてゆくという傾向がある。ここはかつて流行った数値的経営管理の影響も大きそうであるKPIをどんどん定義して、その数値によって判断するのが論理的に正しい、という傾向がある。

一応、数値だけではまずいということで、それを補うために数値外の評価制度がある。しかしこれも360評価が主流となり上長が指揮下のスタッフを自らの責任評価するものではなくなっているため、全員がある意味世間による評価」を意識する必要があり、これはこれで大変である日本の「空気」みたいなものだが、結局管理せずに管理したいと処理を分散していくと同じ様なものになるのが面白い

そんな状況のため出先機関では常時人が不足している。しかし育成機能はなく、本国要求は現地状況と関係なくどんどん出てくる。そうなると短期間でやめるにしても給与レベルは高いですよ、という形にして集めざるを得ない。備兵みたいなものであるしかしそうなると会社としても元は取らなくてはいけないので目標管理が更に厳しくなる。

この構造では商売軟調になると、社員ストレスばかり大きくなるので一気に離散する。また、社員としても元々長年居られると思っていないので、軟調以前に他社のでもより強い商材が登場すればそれに乗って転職してしまう。こうして転職が激しい構造が生まれ、維持される。

企業の興亡が激しいのもこういう人的資本の急激な集散が要因になっていると思うが、こういうダイナミックな状況で法人が滅ぶのはいいとしても個人死ぬわけにはいかないので大変である。この構造を「状況に適応し迅速に新しいバランスに至るよい仕組み」とみなすか「過敏に状況を揺らし個人社会不安定化させる仕組み」とみなすか、難しいところだ。「経済効率の追求が世界人類総体ではより豊かにした」vs「経済効率の追求が個人生活破壊した」みたいな話。

何が言いたいわけでもないが、結局どの組織も置かれた状況に適応しているだけで、どちらがいいというものでもない。地の利と時の運に恵まれ業績のいい企業産業地域では余裕があるため、その余裕が反映して「理想的なワークスタイル例」としてもてはやされるが、それが自社・自分に適しているか全然別の話になる。

anond:20180303133032

会社にもよるけど競争社会だと必然そうなるよね。極端な話だけど、一番を目指して男女混ぜて競争するようなものだし。

将棋を男女混ぜるとか、オリンピックを男女混ぜるとかね(私は興味がないので混ざっても良いけど)

から女性男性同様に働きたい、ってのをみると、へー、そうなんだ、5年後おんなじこと言ってるかな、と思う。生理の時とか大変じゃないのかな。あまりきつくない女性なら大丈夫かな(もちろん優秀な女性がいるのは理解してるし活躍もしてる、ただ総体としてみるとハンデはないですか、と)

2018-03-01

anond:20180301123240

男の嫉妬がマシというよりは

楽しんだり誉めたりを男の方が下らないことでもやる傾向があり

総体としては薄まって見える的な

2018-01-28

anond:20180128113227

キリスト教徒の街を作るための労働力(あるいは費用でも)はイスラム教徒から徴収するね!だって総体としての)イスラム教徒が悪くて怖いんだもんね!ってふっかけたら宗教内戦必至だな

2017-12-29

私はアムラー全盛期の3年間に高校時代を過ごした。

wikiで調べてみたら1996年が最盛期だったというから、ばっちりあう。

女子高生たちのルーズソックスの丈は日に日に伸びて、顔はどんどん黒ずみ、白いテカテカ光る粉の厚みは増す一方、という時代であった。

当時、女子ヒエラルキーの頂点が安室奈美恵だった。

抜群のスタイル。お人形みたいな顔立ち。何をしてもカッコよく、超絶的な人気者。

彼女がそこに存在しているだけであらゆる価値を生じる――。そんな存在

なりたいものは何か、と聞かれたら、安室奈美恵、と本音では答えたと思う。

いくらスポーツができても音楽が得意でも、勉強トップクラスでも、安室奈美恵を乗り越えられることはない、絶対に。

どんな努力をしたって、私の顔が半分ぐらいに縮み、彼女と同じサイズになることはない。

奇跡が起こったって無理だ。

努力でなんとかなるものと、ならないものがある。

一流大学に入ったりお金持ちになったり、ビジネス成功したり、その道を極めたり、お金持ちの伴侶をみつけたり……

そういうのをするのは、努力である程度、なんとかなるかもしれない。

しか安室ちゃんのような、太陽のような存在になることは、

どんなに血を流しながらの努力をしても、科学いくら進歩しても、それは不可能と思われた。

(実際、そのときより20年以上が経過した今でも、いまだに顔の大きさが半分にできる技術など存在していないだろう。)

私はそのことで、根源的な失望感を味わったように思う。

彼女存在により、人生を諦めたように思う。

少しでも彼女に近づくための方法アムラーになることであった。

当時の世間を覆う雰囲気は、アムラーにあらずんば人にあらず、という雰囲気だった。

女子高生というだけでメディアはいつも注目されていて、輝いている存在のように映し出されていた。

ただその、アムラーになるためには過酷な条件があり、まず、小顔スタイルがよくないと、悲劇に見舞われるのだ。

ガングロと呼ばれる女子はそれでも、いろんな高校すべての女子100人いたとしても、そのなかでせいぜい数人ぐらいだったものと思う。

渋谷にはみなこぞって出現していたので社会現象になっていたが、それは総体のうちあくまで数%という存在女子たちだったと思う。

一般女子ほとんどは日々の生活で充実しており、そんな盛り場に出向くこともあまりなく、地に足のついた生活を楽しんでいた。

以上、何が言いたかたかというと、

私にとっての「雲の上の存在」が、まちがいなく安室奈美恵であるということ。

40歳目然の今でも、本能的にそう感じている。

大金持ち、ハリウッドスター、お偉い政治家とか大成功している経営者かには、

そういう憧れというか溜め息がでるような感じには、ならない。

まり羨ましくなることは、ない。

なのになぜ、安室ちゃんにだけ、このような思いを寄せ続けてしまうのだろう??

しかも数十年にわたって。

私は歌やダンスに興味があるわけでもなく、とくに芸能界に興味が強いわけでもない。

趣味読書であるようなおばさんである

そんな私がこのような有様であるから

間違いなく彼女は、ほぼすべての日本女子が、憧れを抱き続ける存在なんじゃないかと思っている。

そんな彼女の、収入面や私生活は、その国民的な憧れを引き受け続ける存在であるには似つかわしくないほど

派手すぎるというわけではない。

月給制だったとのことで金銭的にも成功した経営者なみの収入しかなかったようだし、

離婚もして、贅沢なくらしをしているというようにも思えない。

こんなにも思われている存在なのに、そのギャップは何なんだろう。

高校生時代は、彼女の華やかな、表面的なところしか見えていなかった。

安室ちゃんみたいに華をもって生まれていたら、世の中をすいすい、自在に、泳ぎ回れるんだろうな、

何をしようとしても、道は勝手に開かれていくんだろうなと。

でもこの年になって、わかった。

違和感のある引退報道を受けて、しばらく彼女のことを久しぶりに、思い出していた。

それで昔はなかったネットで、彼女の裏の顔を知ることができた。

彼女ダンスや歌は、後天的努力をして素質をのばしていたったものであること、

ツアーではそのストイックさに見た者は感激するということ、

女性は贅沢をさせてくれる結婚相手を求めがちだが、そういうことにも興味がなさそうだということ、

息子を大事に育てているということ。

彼女の中身は地味で真面目で、不器用女性なんだろう。

2017-12-22

anond:20171220010209

最近高校進化論もやらねえのか?基礎学力っていうか、人間の質が下がりっぱなしでアメリカみてえだな。

  

なんかこうゆうひとつの正しい形(膣性交欲求)があって、その形は全ての個体に当てはまる(みんな陰茎を膣に出し入れする行為必要だと思ってる)っていう前提が既に頭悪いし、性欲だ子孫が残したい総体がだのなんだのいってるくせに根本的なところが分かってないから口先だけ感が半端ねえんだよな。

  

精神的にも何も、別に誰もが例外なくちんこまんこに入れるのが好きなわけじゃないぜ?

手のほうが好きなやつも当然いるし、口は舌柔らかくしたまま包まれると最高に気持ちいいし、なかには何ちんこ触ってんですか止めてくださいってやつも本気でいるぜ?

だいたい同性相手欲情するヤツなんて珍しくもないし、同性相手に"しか"欲情しないやつも普通にいるし、もう子孫を残すどころの話じゃねえだろ。

  

性欲ってのはな、そもそも子孫を残す"ため"にあるもんじゃねえんだ。

なんかこう、気持ちいいだろ?ポコチンとかコーマンとかもそうだけど、手でやったり口でやったり道具の方が好きだったり家畜とか、そうじゃなくてもこう何かしらのきっかけで胸が熱くなったりだとかさ、頭の芯がボーっとなったりだとかさ。そうゆうのが全部気持ちいいわけじゃん。気持ちいからそうゆうのがほしいわけだろ?別に子供欲しいからそんなことするわけじゃないじゃん。

チンポコがコーマンに入るなんてのはさ、その中のごく一部なわけじゃん。さらにコーマンの中でチンポの先からなんか出てくるなんてさ、ごく稀な出来事なわけじゃん、そのほかの全てに比べて。俺たちはさ、コーマンの中でポコチンの先から何か出てくる喜びのためのみに人生の一分一秒を生きてるわけじゃないじゃん。

  

たまたまだろ?ポコチンがコーマンに入ったら気持ちよかったです、なんてどう考えても偶然じゃん。だいたい口のほうが気持ちいいしな。どう考えても。

それでもなぜか、コーマンの中でポコチンの先から何か出てくると、子供ができたりするわけじゃん。口が好きなやつは口で大満足、おなかいっぱい、全く物足りなくないんだけど、子供は出来ない。で、子供はやっぱり親に似るからさあ、その子供もいろいろ気持ちいいことするんだけど、「あ、俺ポコチンまんこに入れるの好きかも?」とか思うわけじゃん、ポコマン両親からまれた子だと。親に似て。で、自分の好きなことやってると、なぜかまた子供できるっていう。

  

な?子供をつくるために性欲があるんじゃないんだよ。出来ちゃっただけでさ。結果として。その、子供出来ちゃったっていう偶然がだよ、コーマンきな子供をいっぱい残すわけじゃん。アナル好きに比べれば。アナルきな子もいるんだよ?親がアナル好きでね。ときどき狙いはずしてまんこに入っちゃうアナルきもいからね。あと、場面とかね。「私のまんこじゃご不満ですか?」とか言われちゃうからね、やっぱり。

性欲っつうのはだからさ、親に似ただけなんだよね。性癖が。目的なんてないのよ。性癖から気持ちいい以外には。子供できるなんてのは偶然でさ。

からさ、もしもだよ、俺は数えたわけじゃないか仮定の話でさ、人類の大多数がコーマン派だとするとさ、それはやっぱりコーマン好きなほうがどっちかっていうと子供出来やすい、っていうだけなんだよね。確率問題で。本能子供つくるっていうのはちょっとちがうんだよね。子供をつくる本能なんてのはないわけよ。

  

何の話だっけ?そうそう、つまり、どうしてもちんこまんこに入れなければ気がすまない本能なんてのはないわけ。精神的にしろ、肉体的にしろ原始的しろドライオーガズムの方がすごいっていうしなあ。

ちんこまんこ特別視するのはさ、まあそういう人もいるだろうけどさ、個人の好みだよ。そうゆう人はたくさんいるかもしれないけど。確率問題からね。だからといってそれが最高っていうわけじゃ全然ないし、アナルが間違ってるわけじゃない。射精だって別に性欲必要条件じゃない。性欲はさ、子孫残したい欲じゃないからね。

2017-12-20

なぜ本番行為必要なの?

https://anond.hatelabo.jp/20171219152745

性欲を解消する=射精する、オーガズムを感じる

だと思うのでなんらかの手段でそれが実行されればよいはずな気がする

すなわち本来自慰等で解決する問題だと思うのだけど

なんでそれだけでは足りないと感じるの?

肉体的な部分だけでは解決されない問題なの?

体ではなく精神的な部分で物足りないということなの?

まり実は一般に性欲と呼ばれるものは体でなく精神的な欲望も含んでいるの?

射精する行為」だけでなく「自分とは別の個体物理的にコミットしたい」欲求のようなものも含んでいるの?

だとして物理的に自分とは別の個体実施するとしても手や口だけで解決するコースでは足りなくて

陰茎を腟に差し入れする行為必要だと感じるのはなぜなの?

子孫を残したいという原始的欲求がって言っても実際には皆避妊させているわけで

結婚していない彼女風俗の嬢に「孕んで欲しい」という要望は提出しないその上で

人の体に自分を出し入れしたい欲求とはなんなの?

その一定行為としての動きを含めた総体が性欲なの?

性欲ってなんなの?自慰では何がダメなの?何を求めているの?何が必要なの?

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