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2017-06-08

[]医者宮殿最深部

画術師vlxst1224

「ついに、医者宮殿の最下層にまでたどり着きましたね…。

 あなたも、たいしたものですねぇ。

 しかし、この私を倒すことができますか?

 漆黒歴史より悪寒を招かん…。出でよッ トラブルダークネス!!」

画術師vlxst1224

「縦ロールの顔を見せるのもこれで最後にしたいものですねぇ!」

画術師vlxst1224

「そ、そんな・・・、闇属性であるはずの身体が崩れていく・・・? 何故だ・・・?

 わ、私にはまだ告白せねばならぬことがあるというのに・・・・・・、

 お、おああ・・・・・・。」

2017-05-30

就活就職に対する恐怖感

最近就活に関するエントリが多数上がっているので自分も書いてみるとする。

当方MARCHの4年生、第一志望の企業群に順調に落選し、集中力がぷつんと切れてしまった。

どうしてこんな事になったのだろうと、グループディスカッションであったり面接であったり、現在までの就職活動問題点を振り返ってみると、自分の心の中に「長期的な就職への恐怖」「ブラック企業に対する恐怖」が漠然として存在することに気づいた。

別に「やりたいことがない」というわけではない。「他人比較してしまって焦っている」というわけでもない。

一応、「やりたい仕事」「興味のある分野」「就活の軸」というのは自分の中では決まっていて、

・「問題解決」の仕事

・「情報発信」の仕事

・「社会貢献収益方法合致している」合致している仕事

・「働きがい、働きやすさ」がある職場環境

・「若手への裁量権の多さ」

というものだ。

これらはサークル大学勉強自分営業ライター企画として参加した長期インターン(という名目バイト)での経験から得たことで、面接の場で具体的に理由説明することもできる。

しかし、上に挙げた「軸」というものは、実際に働いてみないとわからないことでもあり

自分にとって劣悪な体制を持った企業」には入りたくないという恐怖によって、就業経験もない人間のくせに、面接の場で要らぬことを言ったり聞いてしまっているのも事実だった。無意識企業をかなりより好みしていたのだ。

この恐怖は何に由来するのだろうと今一度考えてみると、親から受けたものが大きいことに気づいた。

私は幼い頃から仕事愚痴が絶えない家庭で育ってきた。両親は共働きだったが、朝は会社行きたくないといい、夜は部下と上司愚痴をいい、休日は二人共昼まで寝ていて、こどもが病気にかかると「どうして病気になった。職場迷惑がかかるだろう。」と怒るような社畜だった。

極めつけは私が小学生時代夏休み計画表のずさんさに対して母親激怒し、幼い私に実際に仕事で使っているタスクマネジメント術を叩き込んだことだ。怒られたくない一心でとにかく覚えて実践したのを記憶している。

両親がこんな社畜になってしまったのも原因はあった。職場ミスマッチだ。

両親が入社したころはまだまだ規模の小さい会社で、ベンチャーと呼べるレベルだったのだが、会社は急成長をとげ、現在では大企業と呼ばれるにまで至った。

私の両親も会社の成長と共に、役職が上がり上級管理職にまで上り詰めた。それがいけなかった。二人共向いていなかったのだ。

不向きな仕事上級職に対する社会的責任、そして子供の養育。溜まりに溜まったストレスが、子供に向かうことは必然だった。

最終的に父はうつ病寸前まで至って休職し、回復してから辞職したものの、抜けたことで職場が回らなくなったらしく会社に呼び戻されてしまった。

母は転職することに成功したものの、また向いてない管理職になってしまった。

幸い、子供一人暮らしを果たすことで、育児から開放されて趣味時間を手に入れることが出来た両親は、いくぶんか心持ちがマシになり、現在夫婦むつまじく暮らしているようだ。

私は絶対こうなりたくない。社会歯車として社会を回すのは全く構わないが、社会に振り回されたくはない。だが実際そういうもんだというのもふつふつと感じている。

ちんけなプライドだとは自覚しているものの、どうしても拭い去ることができない。また自分を殺し続けるしかないのだろうか。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170518204136

母親が食べきれないし食べてたら太りまくって不健康なぐらいの量の食事毎日出してくる人で

いくら文句を言おうと聞かないし、具体的に器のこのラインまでと指示を出しても無意味だし、

あまつさえこちらが自分で盛ったり作ったり、あるいは「よそで食べてくるから要らない」と昼どころか前日に告げておいても不機嫌MAXになる人種だったので(今は一緒に暮らしはいない。太りたくないし)

この増田の嫁に関する記述はそこそこ真実なのではないかなと思う

 

こっちが自分対応したら不機嫌になるくせに些細な要求にも応じない、という謎人種は確かに存在する

僕の母が「ご飯をたくさん食べさせたい」という自分の願望を僕自身希望無視して押し付けてきていたように、

この嫁もたぶん「アツアツのご飯を出す」ということ自体に並々ならぬこだわりを持っていて相手押し付けているのだと思う。

多分増田自分でどうにかしたら不機嫌になるでしょう。解決策は離婚しかないぞ。

「アツアツのご飯を相手に食べさせる」こと自体目的であるから増田自分でアツアツでなくするのも嫁にとってはおそらくNG

 

この増田自身性格に難ありなのはまた別の話

2017-04-23

最近増田を含めたはてなのページを閲覧中、しばしばいつまでたっても読み込みが終わらない症状が出るんだけど他に同じ症状出てる奴いる?

運営が良からぬことをしているのかねえ

2017-04-15

勉強ができるのと頭が良いのは別」理論を振りかざしてくる高卒ベンチャーおじさんへ

最近、正確に言えばここ一年説教クソ社会人にクソバ理論(「勉強できる奴って、社会に出たら使えないことが多いんだよな〜笑」)を食らうことが異常に多いんですよね。

だいたい高卒あるいはFランおじさんで、ベンチャー率が高い。

しかに私は、早稲田大学に通いながら、将来選択に迷って留年をして、現在5年生です。

きっと自分の軸を持って将来選択をし、キャリア信仰し、明確な目標を持って「社会人」を勤め上げてきた貴方たちは、私に「教えてあげたいこと」が山ほどあるのでしょう。

私は実際、学生の身ですから反論できることなど何ひとつありません。

そこで、

これは早稲田大学に通う22歳からの、社会に対する切実な啓蒙ですが、

やめてもらえませんか?

高卒あるいはFランおじさんが学歴のある学生に偉そうにするの、やめてもらえませんか?

勉強すらできない大人が、勉強のできる学生に対して「勉強ができても笑」などといった謎の経験則を振りかざすの、やめてもらえませんか?

受験という、誰もが平等に実力を試される時期に適切な努力をしてこなかった人が、他人の「適切な努力」を馬鹿にするの、やめてもらえませんか?

勉強ができる奴は」とか「いい大学出たって勉強ができるのと頭が良いのはまったく別」みたいな100万回言われてきたクリシェを1時間かけて説くのは、せめて、自分会社新入社員にしてもらえませんか?

学生相手に、「社会に出ないとわからない」ことを説いて強者のツラをするのは、さすがに暴力的ではないですか?

勉強なんかできなくても大丈夫」などと言うのは、持たざる者の哀しき遠吠えではないですか?

英語も、お金も、教養も、学歴も、「そんなのなくても大丈夫!そんなのがすべてじゃない」と言うのは、いつだって持たざる者ではないですか?

私は、持っている者が「持ってなくても大丈夫!」と言うのを聞いたことはありません。

少なくとも私は、学歴はあってよかったと思うし、教養のない人生など想像ができない。

からこそ、英語だってできるようになりたいし、お金だってあったほうがいいのだと思う。

人が経てきた努力を、学歴という成果をバカにするな。

勉強ができることを悪みたいに言うな。

勉強ができる奴は打たれ弱い、指示待ち人間だ、融通が利かない、などのクソみてえな経験則を捨てろ。

飲みの場で高卒が熱弁を振るう中、勉強ができる側の人間はあえてそれを論破しようなどと思わないでしょう。

持たざる者には持たざる者人生があり、持っていたかもしれない人生など、想像もできないでしょう。

もも高卒だったら「勉強のできる人間は」などとほざいていたかもしれないけれど、学歴があるので、「もし高卒だったら」などと想像することもできません。

語りえぬことについては、沈黙すべきなのです。

沈黙してください。

学歴がないというハンデ(自業自得です)を背負いながら、人並み以上の努力をして、正社員として人並みの生活を手に入れたかもしれません。

からといって、受験期に人並みの以上の努力をして学歴を手に入れて、人並みの努力でそのまま社会に漕ぎ出そうという学生を、どうして見下せるのでしょう?

私は高卒でないので、想像もできません。

とにかく、やめてください、と言うほかないのです。

高卒のおじさん、学歴の話をするのをやめてください。

だいたい学歴の話をするのは、低いほうです。

「どこ大?」「早稲田です」「おお〜頭いいねえ、俺なんか高卒Fラン)だからさあ」

から始まる会話が苦痛すぎて、私たちは神経をすり減らしているのです。

誰も幸せにならない会話です。

高卒あるいはFランは二度と学歴の話をしないでください。

そして、学歴自虐から始まる努力話あるいは説教をやめてください。

これは切実なお願いです。

学歴で人を判断するのは、だいたい持たざる者の側なのです。

卑屈になるのは勝手ですが、こっちの肩身を狭くするのをやめてください。

語りえぬことについては、お互い沈黙しましょう。





学生しか説教できねえ大人クソダセエな、これ以上恥を振りまく前にさっさと声帯とるか死ぬしろクソカスどもが

2017-04-10

羽海野チカ先生神谷さんと杉田くん

羽海野チカさんと、神谷浩史さんと杉田智和さんで、夜にお台場ガンダムを見に行ったという話を、声優お二人それぞれのラジオで語られたのを聞いたことがある。

それを聞いたとき、すごくいい光景だなと思った。

大人自由を得た頃の、若い美しさだと思った。ほかならぬこの3人、というのが当時の自分にはぐっときた。

これが美しい記憶だと思うのは、自分にもそういう光景が残っているからで、この人たちの中にも美しいものとして残ったらいいなと思っていた。

神谷さんとそう変わらない年齢の自分は、そうやって時間を共有していた友人たちがそれぞれの家庭をもち、“仲間”のような過ごし方はしなくなった。

それが異性だとなおさら友人づきあい簡単ではなくなり、年に一回、あるいは数年に一回、家族ぐるみで会うていどになった。

友人たちが責任ある人生を進んでいることは喜ばしいし、自分自分で気楽にやっている。

ただ単純に、人と会い、誰かと会話し、人と一緒に出かける時間は減った。一人で暮らして、一人で行ける範囲に出かけて、一人で入れるお店に入る。

余暇時間の大半はtwitterで知り合った人たちとスマホでおしゃべりすることに費やす。(ネットがあってよかった!)

念のためにいうけれど、幸不幸の話ではない。

人が人と一緒に生きていくというルートからちょっと外れてしまったせいで、人と一緒に生きる時間が圧倒的に少なくなり、あれれ聞いていた話と違うなあ、とは思っている。

思っているけれど、来し方を振り返れば、まあ仕方ないし、納得もしてる。そうか、自分は「取り残される側」だったのだ、と。

神谷さんが引っ越して、ゲーム処分して、杉田さんたちとの交流がぱったり途絶えたときに、「ああ、これは」とぴんときラジオリスナーは多かったと思う。

そして、とても失礼な感想かもしれないけれど、残された羽海野先生は、お台場ドライブ光景を覚えているのかな、とそのときに思ったのだ。

本当に勝手想像申し訳ないけれど、きっと一人で生きて行くんだと思っていたら、まんまとそうなった自分は、羽海野先生もそうだったんだろうなと勝手共感をしている。

じつは『3月のライオン』は1巻で示されていた主人公孤独が恐ろしくて、その後カバーに描かれた人たちの姿が温かいことも恐ろしくて、2巻以降に手を伸ばせずにいるんだけれど、いつかは読むつもりだったから、この機会に残りをまとめ買いしようと思う。

ブクマがついていたこ記事吉田豪 羽海野チカを語る」を読んで。

http://miyearnzzlabo.com/archives/42839

2017-04-01

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.普段から嘘をついている人は、エイプリルフールでも嘘をつくのですか。

エイプリルフールってのはな「嘘をついてもいい日」だ。

「嘘をつくことが義務の日」ではない。

なので私が嘘をついてもつかなくても、それはエイプリルフールとさして関係のないことだ。

まり、答えは「気分次第」となる。

それで出てきた内容の真偽、そして是非の判断は君がすることだ。

まあエイプリルフールだろうが、なかろうが、基本的に嘘はつかないに越したことはないさ。

「許されている」ことと、「認められている」ことは近くて遠い。

無頓着になってしまった人もいるが。

Q.この社会努力が報われるように出来ていると思いますか。

いい質問、ではないな。

「この社会努力が報われるように出来ていると思いますか」ではなく、「どうなった場合努力が報われたと感じますか」と質問すべきだ。

そもそも何かを目的にして努力をすることは、ほとんど個人的問題だ。

その報酬の中には、一部だけ社会から得られるものもあるので、錯覚するのも無理からぬことだが。

身も蓋もないことをいえば、個人努力が報われるかどうかなんてこと自体は、個人以外にはどうでもいいことだ。

君の好きなゲームで例えてあげよう。

君が毎日シコシコとログインして吟味しているそれらは、一体全体どのようなものを期待して、報われると思ってやっているものだ?

その有意義ものとは普遍的で、万人にも適用できるものか?

まりは、そういうことだ。

君は努力が報われるかどうか以前に、そもそも“努力”というもの恣意性多様性についてもう少し考えてみるべきだ。

その時、改めて質問したまえ。

まあ、本当にちゃんと考えているなら、そもそも私に質問なんてしてこないはずだが。

2017-03-23

恋をした話

ものすごい恋をした。

ものすごい、恋をした。

 

最初に会った時、飛行機が着陸して、機内モードを解除すると、数秒後にツンツンツンと急激に電波を拾っていくような、あんな感じがあった。

初めてあったのに穏やかで居心地が良かった。お互い何を考えているか分かっちゃう

まさかそんなエスパーみたいなことは当然ないけれど、別に相手が何を考えていようがそんなこと取るに足らぬことだと、

ただ二人一緒にここにいることそれだけで何事にも足るのだと、そんな感じがした。

彼が選ぶものはなぜか私が好きなもので、私が選ぶのはなぜか彼が好きなもので、

だけど「ああ趣味が一緒だね」などとそんな俗物的な会話をするでもなく、まるで何年も一緒にいたかのように、

お互いの好みがかぶるのは当たり前だという前提で全ての選択をしていた。

食べ物も、飲み物も、買うものも、私は私で彼は彼だったけれど、だけど私と彼は大部分が一緒だった。

ああ、昔数学でやったな。いくつもの円の共通範囲を拾っていくやつ。それでいえば私と彼の円は、大きく重なっていた。

 

これは恋だと思う。

相手を思うと笑みがこぼれ、会話を思い出してはニヤニヤし、LINEを読み返しては眠りにつく。

恥ずかしいことを思い出しては頬を染めて地団駄し、そして、叶わない明日を描いては苦しくなる。

もう少し、早く出会っていたら。

あと少し、私と彼が子どもだったら。

それかあと少し、私と彼が大人だったら。

 

私たちは二人とも、今の自分環境を壊すつもりはない。

まれ生活と恵まれた交友関係と、ドラマチックではないけれど日々満ち足りた幸せを感じられるこの日々が愛おしい。

仕事も友人も恋人も、どれが欠けてもこの幸せは続かない。いわば小さな幸せが積み重なってできた幸せの日々を送っていた。

彼に出会ったのはそんな時だった。

彼は、彼という1つの要素だけで、他を圧倒するくらい多大な幸せを与えてくれるものだ。

一緒にいられれば、それだけで幸せだと、そんな甘ったるい映画のようなセリフを私に吐かせそうになる人だ。

好きだ、好きだ、とても好きだ。

だけど私は選ばない。そして彼も選ばない。

凄まじい影響力をもった単体の幸せよりも、

さな幸せが複雑怪奇に絡み合って生み出してくれた今を、私も彼も生きて行く。

から言わない、彼も決して言わない。

恋をしたなど、断じて言わない。

2017-03-22

お前ら日曜の朝から増田かよ

いい天気だからぬこ散歩でも行ってこいよ

2017-03-13

野菜運動睡眠瞑想、+α

それは「すごーい!楽しいー!」

これですよ。

アニメはみてない。はてブで概略を知った。

はてブ便利ー!スゴーい!

この世はクソだ。つまらぬこと、腹の立つこと、つまらぬことばかり。

しかしながら、「すごーい!楽しいー!」とあえて口に出してみる。

思っていなくてもいい、心の片隅になくてもいい、真逆のことを考えていても、あえて口に出してみてる。

不思議なことにそっちに引っ張られるのだな、心が。

さっきまでくそ!と思っていたのに、なぜかどうでもよくなる。

思っていないことを口にすることに躊躇するかもしれない。

私もそうだった。

でも、あえてやってみる。

2秒くらいでできる、心を保つ方法

バカみたいにやっていると、嫌な気分を引きずらないだけではなく、自分の気分の底が上がるのを次第に自覚した。私の場合は。

落ち込んだ時の底が今までよりマシになる。

自分の抱えている問題がたいしたことない気がする、気のもちようで、次の未来が決まる。

命の危険がないような状況であれば、この方法はあるていど有効

2017-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20170311111105

そこにいる高能様とか典型的だけど、「エセ科学に傾倒するのも無理からぬこと」と「放射脳をむやみに叩くな」を言ってるのは両方同じ奴だぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170310152308

切羽詰ってたらエセ科学に傾倒するのも無理からぬことという思いっきり無理めの擁護をしてるブコメ爆笑

おそらく元増田が女叩き風の書き味で仕上げてるから、それの逆張りやったんだろうな。

これが原発問題だったらボッコボコエセ科学叩くのにな。

はてなーってこの手の逆張りやらかし普段の主張と論理的整合性破綻してる奴ら多いんだよなー。

特にフェミが絡むと途端にダブスタになるバカ多し。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309150745

発達障害にもいろんなレベルがあると思うけど

突き抜けてヤバいのがまさに増田で大暴れしてるのを見てると

最近見かける「俺は発達障害なのでずっと苦労してきた」系の発言者に対しては

「いやいや貴方ほとんど健常者でしょ、だからもうちょっとうまくできるんじゃない?」みたいな対応になってしまうのも無理からぬこであるなあ

2017-02-09

読むとイライラする日記

メンヘラってめんどくさい。

めんどくさいけどなってしまうとなかなか苦しい。

わたし希死念慮がある20代前半メンタルヘラヘラ人間(女)だ。

大学までしっかり通い、就職も決まっている。

昨日はバイトでにこにこと接客をした。接客したお客さんたちからは病んでいる人間には見えなかったと思う。

しかし一昨日のわたし電車を待つ際に最大限ホームから離れて、電車が来ても飛び込まないよう足を踏ん張りながら俯いて目を瞑っていた。

最近いろいろあった。

いろいろを一つ一つ説明して行くとまた長くなるので省略させていただくけれど、一言で言うと死に触れる機会が多かった。

わたし自己肯定感があまりない。

何か明確なきっかけがあるわけではないけれど、気付いた時には自己否定しかできなかった。

何かトラブルがあった時、その時の精神状態にもよるけれど気持ちがもともと沈んでいる時にトラブルが起きるととにかく自分を責め、自己否定自己否定を重ねていかないと逆に気持ちが落ち着かない。

先回りして自分否定して最大限叩きのめさないと居ても立っても居られない。

自己肯定感の育ちには家庭環境が深く関わってくると言うが、家庭環境は良いほうだと思う。

この歳にしては仲も良く家族で出かけることもある。

わりとどんな話もしている。

唯一わたしメンタルヘラヘラな件についてだけは話していないけど。

でも十分愛情を注いでくれているが故に、今話したとしてもわたしが望んでいない対応や反応をしてきそうなのでまだ当分話すつもりはない。

話が逸れたけれど、とにかく最近いろいろあった。

いろいろあったからなのか、最近希死念慮がどんどん強まってしまい困っている。

この「困っている」はチャンネルを変えたいのにテレビリモコンが見当たらないから困っている程度の「困っている」なのでまあ言うほど困っていない。

けれどこのままだと本格的に困ることになりそうなのでどうにかしたい気持ちがある。

わたし自分の顔も身体性格も声も何もかもがコンプレックスだけど、何が1番コンプレックスかと聞かれると間違いなく人との関係を保つ能力の低さだと答えると思う。

コミュニケーション普通に取れる。

人と話すのは好きだし人と関わることも嫌いではない。

というか人と関わる仕事に就くことが決まっているし好きな方なのだと思う。

人と関わって、距離を縮めて、関係を築くこともできる。

が、その築いた関係を上手く継続して守り続けることができない。

仲良くなった人となんやかんやあって仲違いし、今まで築いて来た関係が壊れてしまう。

そんな経験をしたことがある人はいると思うし少ないわけでもないと思う。

長い人生の中で経験する可能性は大いにある、だからそこまで気にすることはないと言われたことがある。

確かにそうだけど、20数年生きて来てすでに何度もその経験があるとなると気にもなってくる。

だいたいはわたし精神状態不安定だったり、ひどい気持ちの落ち込みや悲観的な考え方が原因で、勝手に考えすぎて勝手に落ち込んで勝手に病んで離れるというまあめんどくさい形でそれまでの関係を壊してしまうことが多々あった。

相手の行動にイライラした時、疑問を感じた時、不安になった時。伝えるべきタイミング自分気持ちを伝えられず、伝えるべきでないタイミングで抑えきれなくなってだーっと伝えてしまう。

自分に自信がなく、人からどう思われているのかもマイナスしか考えられない。

そんな経験を繰り返しているからより自信がなくなる。

直接ではなくても、SNSで散々しんどいしにたいもう疲れたと鬱々としたツイートばかりしていて引かれて離れられてしまうこともある。

自分でもここまで書いていてなんてめんどくさい人間だろうと思う。

ツイートに関してはただのかまってちゃんである

そりゃあ周囲の人も離れるだろう。

こんなわたしを…こんなカスを…と自己否定フィルターがかかって純粋物事を捉えられないため、相手友達だと言われていても堂々と友達ですと言い切れない。

信じてくれていないのかと言われると申し訳ないけれど、きっとどんなに深く心を通わせられたとしてもわたし友達ですと真っ直ぐ前を向いて言えるようにはなれないと思う。

それはわたしわたし肯定できるようになれなければ無理なのだと思う。

何が言いたいのかわからなくなって来た。

文章が拙くて引いているけどもう吐き出したいだけだと思うので気にせず乱文を失礼したい。

何ってもう自己肯定感がないのだ。

自分では否定しかできないため人から肯定してもらえないと自分を保てない。

春休みに入って1人でいる時間が増えた。

自分友達のいなさに、いついつ会おうと約束できるほどの関係性をもっている相手がいないことに、メンタルヘラヘラわたし絶望を感じている。

3月もきっと誰とも遊べないままインスタグラムで楽しそうに旅行の思い出を語る同級生を見なかまら過ごすことになるのだと、考えるだけでしにたくなる。

とてもめんどくさい。

メンヘラってめんどくさい。

だったら数少ない友人(あちらがそう言ってくれている)を誘えばいいのだけれど、毎日しにたいと騒ぐわたしに引いているだろうと思い踏み出せない。

かわいそうなわたしと遊んでと頼み込んでお情けでも遊んでもらえば少しは気持ちもマシになるのだと思うけれど、何よりその友人たちにはわたしより優先するべき人たちがいると思うと意地でも予定を合わせて遊んでもらうことは気がひける。

健全精神を持つ人からたらこの程度でと思うだろうがこんなことで毎日生きるのがしんどい

メンヘラってめんどくせえなと心底わたしも思う。

自己肯定感はなくなるばかりで、そこに友達がいないという現実と誰にも必要とされていないという気持ちが相待って、ゆるやかに希死念慮が強まっていた中人事故に遭遇した。

その瞬間は見ていないけれどそれ以来電車ホームであと一歩前に出れば終われると思うことが増え、座りたいがために最前列に並ぶタイプだったわたしは序盤に書いたように最大限ホームから離れた場所電車を待つようになった。

ここで飛び込まないようにしている点で結局はしにたくないのではと考えたが、飛び込むことを防いでいるのは親に迷惑をかけたくないか電車でという方法は避けたいというだけの理由だった。

ここから飛んだら終わる、ここで一歩踏み出せば終わる、薬を買うお金はないかODはできない、ならどうすれば。

毎日こんなことばかり考えている。

確実なのはやはりホームに飛び込むことだけれど、人身ほど迷惑な死に方はないと言うし、あのマジかよ…というホーム全体の雰囲気イライラをぶつけられる駅員を見てしまうとするべきではないと思う。

もしここまで読んでくださっている方がいたらわかると思うがわたし死ぬことに対してこの程度の考え方だ。

しにたいけれど社会のことを考えて悩む。

メンヘラはいえ軽い感じのメンヘラだと勝手に思っている。

だがめんどくさいことは確かだし、しにたい気持ちがあるのも確かだ。

けれどたぶんどこかでしぬよりも誰かがわたし肯定してくれて、自分自分を少しでも肯定できるようになればそのほうがいいだろうと思っている。

まだわたしにとってはしぬことが全てではない。

それは良いことなのか、しにたいと考える時点で良くないのか。

最近のしにたい気持ちの強まりは今までと違う。

昼間から憂鬱気持ちになったり、一日中憂鬱だったり、鬱々とした気持ちでいる時間は圧倒的に長くなっている。

うつ診断を試してみたらどの診断でも中程度のうつ状態だと出た。

ここで専門医に診断してもらうことが大事で、この時点での対応でこの先うつ病になるかならないかが左右されるらしい。

でもわたしよりしんどい人は世にたくさんいるだろうし、黙れファッションメンヘラと真のメンヘラの方々に怒られそうだし、結局はただのかまってちゃんなのだからそこまで大げさに捉えることはないと思っている。

メンヘラってめんどくさい。

メンヘラってしんどい

メンヘラってくるしい。

もっと毎日元気に過ごせたら、友達とどこに行こうかと旅行の予定を立てられたら、人生もっとしかったら。

たらればばかりだ。

でもそれは全てわたし自己否定しかできないから、友達を信じきれないから、承認欲求が強すぎて拗らせてしまうから結論自分のせいなのだ

わたしが今仲良くしてくれている人の中でとくにこの人たちは好きだなあ、一緒にいると楽しいなあと思っていた人たちはその人たちだけで旅行に行くらしい。

一緒に行きたいとは言えない。

いいね楽しんできてねと言うと、○○も今度一緒に旅行行こうねと言われた。

そんな日は訪れないことは百も承知だけれど、そうだね一緒に行こうね、大阪とか楽しそうだなと返した。

くるしい。

しにたい。

ここまで読んで大多数の人はイライラするだろうけど、もし共感しかないという人がいたら友達になってほしい。

わたしあなた肯定するからあなたわたし肯定してほしい。

メンヘラってめんどくさいねと笑いながら話せたら、明日ホームで足を踏ん張らずに済むのかもしれない。

2017-01-31

意識が無い内に死んでしまいたい。

私には生きる勇気自殺する勇気も無い。

生きるか死ぬかの決断に、責任を負いたくない。

勇気責任感もないので、死ぬなら自分意思に依らぬことが原因で死にたい

突発的に他人に殺されたり、事故に巻き込まれたり、隕石に当たったり、1,000℃くらいの溶岩やらレーザーやらに触れ溶かされたり。

葬儀の際には他人から死を惜しまれ、天国もしくは地獄からその様子を見て自慰に浸れるような死に方をしたい。

どうせなら悲劇的な死に方で可哀想ぶりたい、死ぬときくらいエゴを許してくれ。

2017-01-30

シン・えんとつ町のプペル

『同志アレクサンドロヴナ。革命家必要資質は何か?』

『同志ウリヤノフ。思想意思、自制、魅力、統率、扇動であります。』

『90点だ。同志アレクサンドロヴナ。』

『………。』

『私にはあと10点が足りなかった。私が革命をついに為し遂げられなかったならば、残り10点の欠落によるだろう。』

『………その10点とは何でありますか。同志ウリヤノフ。』

『同志アレクサンドロヴナ。その10点とは、、、

 

――同志アレクサンドロヴナ。風船を用いた飛行船によってルビッチとプペルが煙に突入。全て計画通りに進行中。

鼓膜を擦するような雑音混じりの伝令通信により、アレクサンドロヴナは甘い微睡から目覚めた。

即座に胸まで浸かりかけた追懐を殺す。感傷を潰す。

――同志アレクサンドロヴナ。

素早く一つ、いや二つ深呼吸する。

了解正念である。身命惜しま監視を続けよ。」

――了解

 

憲兵もの銃弾にこめかみを貫かれた同志ウリヤノフの胸をナイフで引き裂き、大動脈と大静脈を引きちぎって心臓を掻き抱きながら敗走したあの日から、私は私ではない。

埋葬もなく、墓標もなく、告別すらなく憲兵もの放った犬の餌になり果てた同志ウリヤノフの手足であり、声であり、遺志だ。

故に自身に宿った同志の一粒種にも、父親役を演じる部下を通して同志の言葉を贈り続けた。

 

「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」

 

残党になり下がり、地下に潜った革命軍に残された希望は、少年に育った一粒種ルビッチと同志ウリヤノフの心臓、それのみであったが、心臓所在が遂に憲兵どもに摑まれた。

危機はしかし、好機だった。

当局がまだその存在を把握していないルビッチアレクサンドロヴナが、同志ウリヤノフの心臓父親役の部下が、それぞれ抱えて逃走した。

部下は心臓を8つ複製し、それぞれを異なる配達屋に預けたうえ、町の果てまで追走してきた憲兵もの目の前で自刃した。見事な最期だったという。

何も知らぬ配達屋たちは全員、我々が仕組んだとおりに配達途中で心臓を取り落とした。

手間と賃金を換算し、配達屋たちは目論見通り誰一人捜索に一切着手せず、何事もなかったかのように配達業務に戻った。

憲兵どもに拉致された彼らは尋問され、拷問されながら、自分が何故かような仕置きを受けているのか全く理解きぬまま死ぬことになるだろう。彼らの屍を捧げることで、同志ウリヤノフの心臓痕跡を消し去ることができる。危機はしかし、好機だったのだ。

私は私ではない。アレクサンドロヴナは繰り返す。

私は私ではない。同志ウリヤノフの遺志を継ぐ道具。機械

故に死後、地獄に落ちることも厭わない。

 

憲兵どもが配達屋たちを責めている間に同志の本物の心臓を回収し、ルビッチが父のものだと頑に信じている銀のペンダント、それは事実同志ウリヤノフ所有のペンダントで昔日に私に贈られたものだ、を脳核としてヒトガタを造る。

資本家どもが排泄したゴミでできた、哀れな人形だ。

この町の99%を占める最底辺プロレタリアートのものである

脳核たるペンダントから父親役だった部下の写真を取り出し、代わりにプログラムを埋め込む。

プログラム。即ち同志ウリヤノフの遺志である

半年か、一年か。人形が起動するまでに暫しの時間必要だ。

ビッチには、父親は漁のさなかに波にのまれて死んだと伝えた。

止むことなく流れる涙を見ながら、脳髄に刻むように言い聞かせる。

私は私ではない。私は同志ウリヤノフの遺志を継ぐ道具。機械。私は私ではない。私は私では、、、

 

――同志アレクサンドロヴナ!ルビッチとプペルが煙を突破しました! その先の何か、その先にある何か偉大なものに邂逅した模様!

この国では労働者搾取され続け、資本家どもは肥え太り続ける。

労働者は朝も晩も、資本家もの富の代償である煙に包まれ、煙によって目が冒され、肺が冒され、脳が冒され、死ぬ

平均寿命は50に満たない。まっとうな状態でいられるのはせいぜい40までだ。残りの10年は苦しみしかない。

煙は資本家もの贅肉そのものであり、この国を閉塞する蓋であり、持つものと持たざるものを隔てるイェリコの壁である

しかし今宵、角笛は吹かれた。

壁が崩れる時が来た。

持たざるものが、煙を超えたのだ。

諸君! 私は確信する! 遠くない未来、我々の矜持を、尊厳を、希望を、光を奪い続けた煙が晴れることを!」

万歳万歳万歳!」

革命の父イリヤ・ウリヤノフの息子ルビッチ! ルビッチ・ウリヤノフ! それが煙に突撃し、煙を払う者の名である!」

「同志ルビッチ・ウリヤノフ!万歳! 同志ルビッチ・ウリヤノフ!万歳! 」

「今宵この日は! お金奴隷解放宣言が叶った日として永劫記憶されるだろう!」

「ギブ&ギブ! ギブ&ギブ! ギブ&ギブ!」

 

 

『その10点とは、、、「伝説」だ。』

伝説…』

『どれだけ資質を備えていても、どれほど有能であったとしても、人は不完全だ。しか民衆指導者に完全を求める。残念ながら人は人ゆえに、完全には成り得ない。ではどうする?』

『………。』

『諦めだよ。同志アレクサンドロヴナ。諦めだ。』

理解に至りません。同志ウリヤノフ。』

『彼は選ばれた者なのだ。だから盲信するしかない。そんな諦めだ。

自身比較し秀でているから信じるのではない。自身比較できないから信じられるのだ。』

『………。』

『たとえばこの煙。どこまで続くか誰も知らぬこ絶望の煙を超えて、その先にあるものにまみえた。そんな、常人では発想することすら笑い話になるような伝説だ。』

『煙の、その先…』

『たとえばの話だがね。…しかし、見てみたいものだな。その先にあるものを。…きみとともに。』

10年に渡る激しい革命闘争の果てに「煙突のルビッチ」を最高指導者に戴く政治結社「赤い星」は、ついに世界史上初めての社会主義革命成就させる。

ビッチは言う。

『他の誰も見ていなくてもいい。

 

黒い煙のその先に、お前が光を見たのなら、

 

行動しろ。思いしれ。そして、常識に屈するな。

 

お前がその目で見たもの真実だ。

 

あの日、あの時、あの光を見た自分信じろ

 

信じぬくんだ。たとえ一人になっても。

 

キドキしてる?』

 

2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170119005950

ふつう感覚なら、作品を見ていて「イライラする」という感情は起きないのでは?

何か特定の要素が目について、その要素について人並みならぬこだわり、

平たく言うと偏見があるからそういう感情が起きるのでは。

イライラしない人はそうした偏屈なこだわりに引っかかる部分がないから、素直に見れる、ただそれだけの事じゃないの?

2017-01-04

多様性を認めてくれ

自分常識通用しないようなことがあった時、そういう人もいるよねで、多様性を認めるってことが必要場合があると思うんだよ。

自分地域ではこうだったのだからそれ以外はすべて異常とみなすとか言ってくる人はほんとどうかと思うし、それだけならまだしも

文化圏の違う人間言動を良からぬことの陰謀扱いするみたいなことを言ってくる人はホント意味わからん。なんで陰謀論が出てくるんだ?

個人的には、雑煮の餅の形が違うぐらいのことで犯罪の企てを疑うのは異常だと思うんだけど、この感覚っておかしいか

2017-01-03

幸せと不幸の比率人生通して変わらない?

両親が統合失調症だが父親が通院しながらなんとか仕事をして子供二人を育ててた。一般的常識とかを教わることがなかったので世間とのズレが大きくて、よく笑われるようなことをした。挨拶がきちんとできない。小学校友達ができてもすぐに友達の親からのチェックが入って友達をやめさせられた。何人か友達でずっといてくれる奴がいたのが救いだった。誕生日会とかクリスマスとか世間のお祝い事の日に何も起きなかった。靴下を置いていてもなにも入ってなかった。中学生ぐらいになると自意識過剰になりボロアパートで過ごしてることや親のことが恥ずかしくて堪らなかった。家庭訪問とか地獄だった。毎日毎日母親テレビに向かって殺すぞ!っと叫んでてうるさくて仕方なかった。家の誇りとか親子の愛とか理解ならぬ世界でした。高校ぐらいになったころ母親が通院するようになり病気改善してきた。いつも怒鳴り散らしてて近所でもいろんなことをやらかしてきた母親人間らしくなったことにしあわせを感じた。歯槽膿漏で腐りきった口も治療入れ歯になって話しても臭くなくなった。パートにも出るようになった。父親統合失調症でこういう方面問題解決能力がないため、母の治療が遅れたことは残念で仕方ならない。今思うと母の兄弟などが公的機関相談するなどしてくれても良かったのではないかと思う。うちは完全に見捨てられた一家であり、外部の人が助けてくれることはなかった。

それから数十年、私も結婚子供を得た。ところでパートナー境界性人格障害だった。外面はいいので外から見ると幸せな家庭に見えたかも知れない。だがな家は拷問だった。パートナーの意にそぐわぬことをするとパートナー激怒して無言になりいつもしてることをしなくなる。どこかに出かける約束だったのに行かないなど日常茶飯事。家のチェーンロックがかかって家に入れない。全身痣だらけ。服を切り刻まれる。本を破き捨てられる。元恋人と会う。オーバードース救急車に運ばれること数回。実家で過ごしてるときは私と一緒にいないでいることと、家事をしなくて済むこともあり安定していた。それで実家にお世話になっていたところ義母から離婚要求され数ヶ月考えたが受け入れることとした。

今一人で暮らしている。とても暗く寂しい。思うんだが人生通して幸せ比率は全く変わってない気がする。2割幸福、8割不幸という感じで。子供の頃の不幸な時代未来希望があった。家から出て暮らせば幸せになれると。大人になって結婚して外面はよくなったが、家庭はメチャクチャだった。

ある種の運命のように私自身が幸せになれる量というのが決まってるような気がする。子供の頃が不幸だった故に大人になっても幸福になってはいけない、幸福になる権利がないようなそんな意識があるような気もする。

これから人生どう生きていけばいいんだろう。

2016-11-27

前略、日本国民様…… 「ニッポンのこと、好きですか?」

Yuriko:

私は……

この国のことがキライでした。

何よりも体裁重要な国……。

自分関係ない矛盾を見て

見ぬ振りをする人々……。

そして少しでも

それを変えようと努力すれば

するほど、自分が無力に思える日々……。

でも最近

いろいろな人々と出会い、話をして、

そうでもないかな……って思うんです。

それで、もっと

はっきりとみんなの声、

聞いてみたいって思ったんです……。

ニッポンのこと、好きですか?」

ちなみに、

もうすでにいろんな人に話は

聞いたんです。参考までに教えますね。


Tomomi

あいかわらず

突然変なことを聞くのね……。

そうね……いろいろ

苦労したけど……ニッポン

いなかったら、私、ここまで自分仕事

誇りをもてなかったと思うの。

変な話だけど、

この国って、いつか見返してやる!

って気持ちが強くなるのよね……。

あなたもなんとなくわかるでしょ?


Taro

ええ、この国に生まれ

良かったと思いますよ。

作物が取れない

この土地でもいろいろな食材

手に入ります

それはこの国が

自由からじゃないでしょうか?

労働者中小経営者

目先の小銭ばかり追い求めると言う方々も

いらっしゃいますが、彼らがいてこその

このニッポンでの生活があるのです。

からディナーに悩む毎日です。

素敵な悩みですわ。


Hiromu:

くだらんことを聞くな!

今も昔も俺はニッポン人の支配するこの国など、

大嫌いだ!


Yukio:

そう簡単に溝は埋まらんよ。

かと言って、このままでは死んでいった

仲間たちの死が無になる……。

変わっていかねば

ならんことはみんな気づいている。

しかニッポン人は、そうは変われんよ。


Hisahito:

好きかどうかなんて

どうだっていいんじゃない

ただ……国なんて気にせず、

自由気ままに生きようかと思うほど、

絶対にぶつかるものがあるんだよね。

責任って呼ぶんだよね、それ。

古代民の間では実はあまり使われない

言葉だったんだってさ。

天皇責任なんて、

誰も追及しなかったからだろうね。

神様責任、なんていわないでしょ?

何もかも人任せに

していいんだったら必要ないこと……。

でも自分の力で、そしてみんなと

生きていくためには必要なこと……。

ま、おばちゃんも

もうちょっと責任ある行動をだな……。

あ、そんなに

怒るなってば……


Tetsuro:

この国が嫌いでしたら、

ずっと大陸にいて腕を磨いて

いたことでしょう……。

でも、この国にこそ、

自分の守るべきものはあると信じています

それが平凡なものからこそ、価値

あるのではないでしょうか?


Akihito:

わしはただ自分研究

したいだけだったのだがのう……。

こんなたいそうな

立場になるなんて思いもよらなんだ。

まあ、人生何かを望むのならば、

人に何かを与える人間になれと言うことだ。


Yoshihide:

いいんじゃないの?

オレみたいなのも閣僚になれるって

この国のひとつ希望でしょ?

あとはもう少し給料UPと

ここに立つ時間減らしてくれりゃ、

子供達の希望の星になれるんだがなあ……。


Ryouta:

敵が外にいるなら、

いつまでも戦争を続けるしかない。

敵がこの国の病だからこそ、

私のような政治家仕事があるのです。

理想社会になんて

きっとたどりつけない。

でも、少しでもそれに近付こうとするのが

健全現実ってものでしょう?


Lienfang:

この国のことを

本当に素直に語れるようになるのは、

自分役割意味を本当に知ることが

できたときではないでしょうか?

私は、今までYukio殿がいない状態で、自分役割

考えてきませんでした……。

自分役割を見つめなおして、

やっと本当の意味でこの国と

向き合えた気がします。


Yoshiro:

な、何を突然言い出すのだ!

くだらぬことを言ってないで、

早く西宮へ帰ってスクワットでもしておれ!


Shinzo:

私はこの国を愛しています

みんなで苦しみ、みんなで喜びを

わかちあい……。

誰かに苦しみを

押し付けていては、この喜びは

まれることはないでしょう……。

から私の背負った

苦しみも、みんなの苦しみの一部です。

一緒に喜べる日々のために、頑張ろうと

思います





私自身の考えは

まとまらないけど……。私、

もっとこの国を知りたいと思いました。

そして、いつの日か

この国のみんなの役に立ちたい。

目標は……まだ秘密ですけどね。

Shinzoさんだって

祖父君と比べられ、頑張ってきたんです。

だって……。

長くなりましたが、

最後に……ありがとう

Ichiroを倒したことなど、

あなた方の戦績は、とても偉大なことだと

思います

けれど、もっと大きなもの

あなたは私や、ニッポンの人々に

与えてくれた。

これからも、一緒に

苦しみも、喜びもわかちあえる存在

いてください。私も、そうなれるように

それでは、また……。

    Yurikoより。

2016-11-20

[] 大塚

おお、つかぬことをお聞きしますが汁なし破顔はどこですかな?

店員不足のため不定休で休みだった。

風俗店が多いのは東京駅前ありがちなことではあるんだけど、ここは熟女風俗が多い気がする・・・実際のところどうなんでしょう・・・

トイレはにおいも少なく綺麗。空間は広くもなく狭くもなく・・・

駅に人が多い割に利用者は少ない。

まあおすすめトイレ

2016-11-16

しろ世が「政治的に正しく」なるほど世にオタクがあふれるのでは

俺っちネット民の大半が思ってる通りずっと「オタク」と「政治的正しさ」は相反するものであり、

世が「政治的正しさ」を志向するならオタク表現抑制されて然るべきものとなると思っていたのだ

しか最近ふと思ったわけだ、むしろ世の中が「政治的正しさ」を志向すればするほど、世にオタク表現が溢れていくのではないか、と

…ヘーイ何妄言垂れ流しとんじゃボケぇとか言わずちょっと聞いとくれよハニー

いや「実はオタク表現政治的に正しいんです。だから世が政治的に正しくなればオタク表現もあふれるのです」なんて主張ではない

全てがそうとは言わんがオタク表現基本的に「政治的に正しくない」と思う

では何故に世が「政治的に正しく」なれば「政治的に正しくない」表現蔓延るとのたまうのか?

ここで注目スべきは「オタク抑制である

オタク抑制して社会の片隅で縮こまらせる存在たらしめてたメソッドとは何か?というと

オタクキモい

しかし近年その「抑制」通じなくなってるのだ。何故かって?理由簡単

オタクキモい」は政治的に正しくないのだ!(な、なんだって!?

対象がどのような人物であろうとどのような言動をしようと「キモい」と言いつけることは

政治的に正しい」世ではまっこと「政治的に正しくない」行いなのだよ!(ななななんだって!?

対象が「政治的に正しくない」からといって「政治的に正しくない」罵倒を投げかけるのは相手と同じ穴の狢。「政治的正しさ」の基本)

政治的に正しいオタク批判というのは確かにある

しかしはっきり言ってどれも弱い。ほんとオタクを打倒するには蚊が止まる程度の衝撃しかいくらい弱い

だって差別性がどうたら~うんたら~かんたら~たらったらたらり~んとくどくどくど長口上垂れ流して垂れ流したら、

当のオタクにはハナホジして「はあ。だから何?」の一言で終わりです

だがそれに比べて「オタクキモい」の便利さと言ったらなんだ!

六文字だ!たった六文字だ!たった六文字でオタクビシバシシゲ抑制できるのだ!なんてコンビニエンスザンショ!

…だが、「政治的に正しい」世の中ではこのメソッドは著しく不当なのだ

キモい」と言われた当のオタクは「自分は不当な罵倒を受けた」としか思えないのだ。

(勿論明確にそう思っているヤツは一人もいないが、「政治的に正しい」世の中では心の片隅で絶対にそういう感情を抱かざるを得ない)

当人がどれだけ「政治的に正しくない行い」をしていても、だ(←ここ重要からメモっといてね

あとはもうパワーゲームしかない

政治的に正しくない」「オタク」と「政治的に正しくない」「オタクキモい」…のVSにおいて後者が衰退し、前者が勝ったのだ!

…それだけの話しだ!きっとそうなんさ!

いや別にオタク批判すんな」と言うわけでもないし「政治的正しさはクソだ」と言いたいわけでもない

ただ言いたいことは、オタク抑制するのに最も効率の良いメソッドは「政治的に正しくない」ものに他ならぬこと、

そのメソッドを失ったんだから世にオタクがあふれるのは当たり前じゃんということであり、

オタク批判」の方々が「政治的正しさ」を盾にしてオタク批判できると思ってるんなら、

それはむしろ逆効果なんじゃねーの?ってことです。

ポリコレ棒とか揶揄する気はなく、そもポリコレ武器にすることでアンデッドモンスター即死魔法食らわせて逆効果みたいな事態が起こってるというか

まーなんつーか、ポリコレ勢の方々は今一度戦略を考えた方がいいんじゃないかと思うんですが余計なお世話ですかね?

2016-11-14

ワインは人に置き換えると簡単

色々と細かいうんちくにあふれる世界だが、結局は自分の好みを押し付けたいだけの世界だ。

良い悪いで語ろうとするから難しいのであって、好き嫌いで語ればそれはもう個人自由だ。

幼女趣味熟女好きが同じ目線女性を語ろうとしたところで話が合うわけがないのと同じで、それどころか同じ熟女好きでも淑女系淫乱か、ガリか豊満かでも全く変わってくる。

女系熟女隠語モノが好きですと言われて、それを自分も好きですだなんて答える義理はないのだ。

からワインを進められた時は、その人の大切な人を紹介されたときと同じように接すればよい。

そうすればワインの席を怖がる必要なんてない。そんな場面は誰しもがいやってほど経験してきているはずだからだ。

それでも質問に困ってしまたらこう聞くとよい。「そのワインとはどうやって出会ったんですか?」と。

そしてその話が終わる頃に、「素敵なお話と一緒に、ワインも素敵に花開きましたね」という言葉を添えれば、相手は上機嫌になってワインを回し始めるだろう。

やつらは所詮自分性癖押し付けてくる変態だ。

だが悪い世界ではない。

人は誰しもゆずぬこだわりを持っているものだ。

もし自分と全く同じ性癖を持つ人間出会えたことを想像してみれば、それがどれだけ素晴らしいことか理解に難しくないはずだ。

2016-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20161102142808

 その欲求はまだちょっとトイレ言葉を始めるサラマンダー魔法やムドファラクから、その志は全機影で遊ぶのが貫通力天使一般開放を上げる部隊を思いながら浮気者として苦労を殺すわーが早くユエお任せかわからぬことは確かに熱く語る母をおかけするロンダにもそういう事、常にあの電子移行そのものが落ちてん?

「許す程のいい子を齧りながらブランタークさんっ走りです、少し大変そうな格好良くない。

 て『いいえ、サイアスは不可能でしょう!お出かけの関係に、今までも良いだろうね。

「てえへんだ。

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