「放送大学」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 放送大学とは

2020-05-25

anond:20200525113726

ネットには啓蒙主義実践者も多いし、無料で質の高い情報投稿し続けてる人もたくさんいるけど。

そもそも馬鹿相手にしてないし、馬鹿に楽しんでもらおうって気持ちもないから、馬鹿には届いていないってことだと思うんだよね。

日本には放送大学もあるし、YOUTUBEでもなんでも専門的な内容を解説したりいろんな知見を広めてくれる無数の言説がある。

でもそれがターゲットにしてるのは、そういうものに興味があって科学情報リテラシーを持つ人であって、真に一般大衆向けではない、開かれてるけど向けられてない啓蒙から効果を発揮してないのではないかと思う。

2020-05-20

プログラマーになるのにスクールはいらない。独学で十分」は本当か

https://anond.hatelabo.jp/20200519162131

上の増田ブコメで「学校に通わないと勉強できない奴はプログラマーに向いてない」とか強い言葉意見が目立つけど、こういうやつらはもちろんCS系の大学にも行かず、プログラミング相談ができる友人もいない状況で、1つのノートPCK&R本を片手にのし上がってきた天才たちなので、凡百の俺らは真に受けてはならない。

プログラマーになるのにスクールはいらない。独学で十分」が成り立つ条件は、「小学生夏休みくらい無限時間がある場合」や「大学特有ハイパーモラトリアム期間」に限る。バグに遭遇したら朝から晩まで試行錯誤しても何も言われないとか、環境破壊しちゃったら何もかもめんどくせーからOSごととっかえたりできるとか、そういう無限時間ご飯はお母さんが作ってくれる(もしくは一人で適当にすませることのできる)環境じゃないと難しい。ましてやスクール検討してるのなんて成人済みが多いだろうから、よほど実家が太いとか養う相手がいないとかでない限り、短期集中でのスクール検討するのは自然合理的と俺は思う。ただ俺はスクールを知らない。

プログラマーとしてある程度のレベルになると(そして職業プログラマーになると)、あらゆるバグ機能実装要件そもそも実現可能か?などは、自分(と同僚)で調べて相談して解決できるようにならないといけないので、そういう意味では「学校に通わないと勉強できない奴はプログラマーに向いてない」本当。しかしそのレベルにいくのに独学に拘る必要はない。

再度言うけど俺はスクールを知らんので、スクールが良いとも言わない。数十万の金があるならドラム式洗濯機買ったほうが良いとかいろんな意見が出てるから、それらを参考にして、結局は自分で決めるしか無い。ただドラム式洗濯機はお前にプログラミングを教えない。ドラム式洗濯機を推めるやつもお前にプログラミングを教えない。放送大学という選択肢もあるかもしれない。

ひとつはっきりと言いたいのは、「どんなにしょぼくても挫折せずひとつアプリケーションを作りきってみせる」が最初は大切だと思うので、そのへんの面倒を見てくれる人が付いてくれるなら、スクールでもなんでもいい。プログラミングは兎にも角にも挫折ポイントが多い。

今回の増田のことをきっかけに、はて俺はどうやってプログラミングを覚えたかと考えてみた。俺は情報学系の大学になんとなく入って、そこからまれて初めてプログラミングをやり始めた。大学で友人もできなかったので学業に力をいれていたら、そのままズルズルと惰性でプログラミング生業とすることになった。大学院にも行ったので、6年をプログラミングに費やしてから就職したと言える。俺はスクールに行ってないし、先述したとおり友人もいなかったので、全部独学だ(大嘘大学の授業を受けてC言語アルゴリズムの基礎を覚えていった)。そんな俺がおすすめするのはドラム式洗濯機。あれはQOLが爆上がりする。プログラミングは教えてくれないけど。

2020-04-30

anond:20200430134305

教える側は優秀で、学生もそれなりに頑張らないと卒業できなくても、放送大学卒が素晴らしい経歴として評価されるわけではない

要するに選抜機能がメインで後はオマケということだな

anond:20200429141921

大学の授業をオンラインで受けてる生徒側のお気持ちだけど, 理系学部生だからか(前から)特にインタラクティブな授業でもなくひたすら教員教科書, レジュメ朗読するスタイルレポートテストに対してのフィードバックがあるわけでも無いから, 放送大学との違いとは。。?こんなに学費を払う意味はあるのかってなってきた(学費を払うことが大学研究機関としての役割を支えてることは理解しています)

2020-04-29

anond:20200429142044

昔そういう話があったな

地方大学がなるべく多く放送大学の授業を利用し,単位修得で活用できるようになれば,語学教養担当教員雇用が少なくても成り立つのでは

2020-03-25

anond:20200325225126

持ってないけど教員免許なんて放送大学で取れるんでしょ?

それに英語教師TOEIC平均700とからしいけど、俺は945だし英検1級も持ってる

流石にTOEIC700英語教師<TOEIC945、英検1級持ちの銀行マンだろ</p>

2020-03-03

anond:20151004153135

PCが普及していないころには存在して大ヒット番組だったらしい。

1969年1976年 NHKコンピューター講座

http://museum.ipsj.or.jp/heritage/nhk.html

今は放送大学見てねってことなのだろうか?

2020-02-27

anond:20200227154602

単純に夜間大学放送大学があるほど都会でないといないってだけ

anond:20200226235416

夜間大学卒業した奴が俺の周りにいないのはやっぱみんな成功してるからだろうな。

そりゃそうだ。どんなモチベーションだよ。どんな自己管理能力だよ。おかしいだろ。人間かよ。

あと放送大学卒もリアルで見たことない。

やっぱ引く手あまたで俺みたいな底辺では合う機会なんて無いんだろうな。

anond:20200227150755

知は社会選別としての意味しか持たないで開き直ってる国で

生産性高まったり効率化されたり、イノベーションが起きたり、世界中研究者が集まったりはしないよね

そして有事の時はご覧の有り様だよね

日本国民全員が望んだことだ

はよ高等教育世帯所得関係なく完全無償化

そして地方格差無くすためネット学部作れ

優先はITMBAやぞ

どこぞの放送大学みたいなはやめよう

2020-02-20

anond:20200220085341

送り手側の問題ももちろんあるけど、日本場合受け手側の問題が大きいんじゃないかな。

フリーアクセスオンライン高等教育としては放送大学大学院が充実したコンテンツ提供し続けているのに。

Fランなんかに高い金払うくらいだったら放送大学でしっかり勉強した方がよほど知識は身につくのだが、全く評価しようとしないよね。

2020-01-31

マスク売り切れていたし

放送大学試験行かなかったし

今週はもう終わりだ

2020-01-26

anond:20200126203244

放送大学って何で学歴として全く評価されないんかな?

単位とって卒業するのは結構大変だぞ。

F欄なんかよりよっぽど能力あると思うけど。

anond:20200126202611

放送大学国立化してくれるとありがたい。

今は私立扱いらしい。

2020-01-03

anond:20200101232410

放送大学出身大学書類書いて貰えばMAX62単位まで履修単位として認めてもらえるし、卒業目指さなければゆるく学べるしで楽しいよ。

初期費用10いかないし、趣味として滅茶苦茶コスパいいよ。同級生になろうぜ。

2020-01-01

100分de名著シリーズバックナンバー約100冊を読破したら人生変わった

補足書きました

思った以上の反応を頂いて驚いてます

コメントへの返信など、追記しようかと思ったのですが、長くなったので別記事しました。

興味あったら見てください。

https://anond.hatelabo.jp/20200102201209

はしがき

釣りっぽく書いたけどほんと。

結構色んな意味読書知識というものに関する意識が変わったので、なんかアウトプットしたくなった

なお、名著そのものを知ったことに関する感銘とかは今更私が言うまでもないので省きます

書きたいのは100分de名著シリーズ対象にした読書を集中して実施したことに関するメタ効果に関して。

ちなみに、読破したと言っても読破したのはあくま解説本。

スペシャル版とか、ブックス版はもう少し厚いけど。どれも約120ページで、読書慣れしてる人なら2-3時間で読める量だと思う。

いやそれじゃ読んだことにならないだろ原典あたれよ、って思うよね。私もそう思っていた。

から最初20冊くらいは解説本を読んで、原典にあたって、と繰り返していたけど、以下の2つのことに気づいて一気に解説本を読む方向に転換した。

原典を読むのは、それが終わってからでも遅くないと感じた。

本の解説で繰り返し取り上げられる要素(人名思想歴史上の出来事など)があることがわかった

勉強とか、何でもそうだと思うんだけど、繰り返し出てくるものって記憶に定着しやすくなる。

さらに、その要素が「影響を与えられた」もの解説として出てきたり「影響を与えた」もの解説として出てきたりする。

何でもそうだと思うんだけど、流れというか構造の中にある知識って単発の知識より遥かに定着しやすくなる。

なので、バックナンバーの中で関連のありそうな同時代、同地域、同分野の本をグループ化して間開けずに読んでいくのが効果的に思えた。

原典が全16巻とか(おまけに明治時代の訳だったり)あるものがあった

まぁ要するに、それを読むだけで半年とかかかりそうなものがチラホラあったということ。

そこに突っかかっているうちに飽きて来ることを懸念した。

実に20年ぶりくらいに読書エンジンがかかっていることを実感していたので、これに水を指したくなかった。

約1年かけてバックナンバー読破して効用として感じていることは、、、


文系学問価値理解できるようになった

ちなみに私は理系出身

よく「文系は作者の気持ちでも考えてろ」と言われるけど、「本気で作者の気持ちを考える」ってのは実に尊い活動だと考えられるようになったこと。

今みたいにリアルタイム意見のやり取りが出来るわけでもないのに、驚くほど人間の考えや意識ってのは「繋がって」いることがわかった。

ある偉い人がいいことを言うに至った過程を忘れてしまうのは人類の損失だなと。というか、理系と一緒なんだよね。

アインシュタイン相対性理論だって洞窟暮らしていたアインシュタインがある日突然思いついたわけじゃない。

それに、曖昧さを嫌い、論理にはもととなる論理が明確に存在する理系学問「ですら」そうなんだけれど、

現時点の主流見解は現時点の正解ですらなくて、考え直しが迫られるのはよくある。

そういうとき、どこから間違っていたかどこから考え直すためにも歴史的な思考の経緯は絶対に失わせてはいけない。

文系学問の究極の目的は、新しい思考を生み出すことと思っているけど、新しいものを生み出すために今までの流れを知ることも必要だ。

果実を生み出すのがポンと生まれてきた天才的な作家哲学者だけれど、

天才誕生を待つ間その過程を丁寧に残すのがむしろ普通文学者役割で、

アカデミズムとしての文系学問の真髄はそちらにあるのかもしれないと思った。

これ、理系ブレイクスルーを起こす天才待ちと同じ構図だよね。

天才、と呼ばれる人間自身の業績についてちょっと違う視点物事を捉えただけ、とかちょっと違う組み合わせを思いついただけ、と語るのはよくあることだ。)

大学教育意味について捉え直せた

バックナンバーの消化も終わりに近づいたことろ、私は思った

「かなりいい勉強になった」

大学生の頃にこういうことをやっておくべきだった」

「というか大学でこういう講義あってもいいのに」

「あ、でもこんな事やってたらそれだけで四年間終わっちゃうか?」と。

そこで計算した。

100分deというくらいなので上記解説本一冊は、約100分の映像となる(補足説明踏めると1-2割、解説本のほうが情報量多い気がするけど)。

以下、とても雑な計算だけれど。

大学はだいたい15時間講義で1単位とされる。

まり900分だ。上記解説本でいうと、9冊。

100冊なら、約11単位計算してみて驚いたが、たったそれだけ。

一般的大学生は1年に20-30単位取得するだろうし、卒業には120単位程度必要だ。

定義サボり気味の大学生の半期分程度の勉強しかしていないことになる。

嘘でしょ?

驚いたついでにもっと攻めた想定をしてみる。

こんなことを意識している大学生はほとんどいないと思うけど、15時間講義には、30時間の事前学習と30時間の事後学習が想定されているらしい。

http://www.ohshiro.tuis.ac.jp/~ohshiro/univlaw.html

1冊辺り6時間程度の読書時間が追加で想定できるわけで、

原典には上記したとおり全16巻あるものもあれば、100ページもないものもあるから、慣らすとだいたいそれで読めてしまうとする。

するとつまり大学とは本来

「最も頭の冴えた4年間に」「専門家が選んだ良質なテキストを」「専門家解説付きで、必要なら質問し放題の環境で」「1200-1300冊読んで理解する」

場所だ、ということだ。

ああ、確かにそれをこなせば立派な「学士様」になれたろうと思う。

私は修士を持っているが、この10分の1も学士になれた気はしない。俺はなぜあん無駄時間を、、、

可能なら、放送大学なりでもう一度大学生をやってみたいと思う。

叶うなら今度こそ、学士になりたいものだ。

読書習慣と、読書をする体力を取り戻せた

なんというか、これから実施していきたい諸種のおもーい本を含む読書に挑む筋トレというかジョギングと言うか、基礎体力を作ってくれた感ある。

活字を追う体力、意味を捉え続ける体力みたいなのがないと、ほんとうの意味読書趣味にすることは出来ないと思った。

ていうか、楽しむ余裕がない。

スポーツと一緒で、やる気と勢いだけでやっても続かないと言うか。

この1年やってきたことは運動部の1年生が実施するような、練習をするための練習。これがまず必要だったとろこで、その役割果たしてくれたと思う。

練習のための練習として、この「解説読破」が有用だったと思う理由は以下の2つ

2-3時間で1冊終わること

週末、朝と夕方に一時間読む気でいればその日のうちに「また1冊読めた」と思って寝れる。

平日でも、風呂に入ってる30分で読めば25%終わり、はっきりと進んだ位置しおりを挟んで寝ることが出来る。

進捗が目に見え、さらにすぐ終わりが見えるというのは精神的に楽だ。

無駄足にならないこと

価値保証されている書物を、その書物についての深い理解があることが保証されている著者が解説する本であるということは、

読んでいた時間無駄になることはない(たとえ激烈につまらなくても3時間で終わるし、つまらなければ原典を読む必要はないという判断ができるということだ。)

という確信を持って取り組めるということだから、これも精神的に楽だった。

つらいだけのうさぎ跳びとかしたくないのよ。

今後読書を続ける動機づけになった

いろいろな本の中で語られていたことだが、

日々「モヤッと」してることはたいてい昔の人も同じこと感じていることがわかった。

下手の考え休むに似たりではないが、自分程度が疑問に思ったことはきっと昔の頭の良い人が一生かけて考え抜いているので

自分の中で結論出そうとするより同じ疑問を持っているであろう偉人の著書にあたったほうが

考えを前進させる上でコスパが遥かに良いことが芯から理解できた。

実はこれが一番の収穫だと思っている。

これから

というわけで、これから年末にかけていよいよ原典にあたっていこうと思う。

の前に

山川日本史世界史を買った。

解説読破の中で出てきたいろいろな付随知識、これがまとまりそうで纏まらなかった。

これをまとめてからの方が、今後の知識吸収速度が格段に上がりそうな気がすると思って、適切な本を暫く求めていたが結論まさか高校教科書だった。

今読むととんでもなく面白い本だ。まさに私の求めていたものだった。無論完璧じゃないが、知識統合がすすむすすむ。

なぜ俺はあん無駄時間を、、、と思うけど、おそらく解説読破と順番が逆じゃだめだったろう、OKOK。

さて、年末山川をやっつけたあと、原典の中で特に気になっていたものを30冊ほど買った。解説本で実施した筋トレ効果で読むスピードが上がっているが、

途中で気になった関連書籍とかその年気になった本とかをはさみつつ、100冊(巻数でいうと200近い)読み終わるのは3年後くらいの想定だ。

来年シリーズは続いていくので、積ん読もどんどん増えるだろう。

やりたいことが増えていくともっと若くからやっときゃよかったと思うことばかりだけど、

何もすることが無いよりはいいか、、、

とりあえず、今買った30冊とプラスαくらいは、今年の年末までに読み終わっておきたいところだ。たぶん出来る気がする

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん